(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022097267
(43)【公開日】2022-06-30
(54)【発明の名称】鋼の中心偏析評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2202 20180101AFI20220623BHJP
G01N 23/2252 20180101ALI20220623BHJP
G01N 23/2251 20180101ALI20220623BHJP
G01N 33/20 20190101ALI20220623BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20220623BHJP
C22C 38/06 20060101ALN20220623BHJP
【FI】
G01N23/2202
G01N23/2252
G01N23/2251
G01N33/20 100
C22C38/00 301F
C22C38/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020210746
(22)【出願日】2020-12-18
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】石田 智治
(72)【発明者】
【氏名】菅原 誠也
(72)【発明者】
【氏名】鼓 健二
【テーマコード(参考)】
2G001
2G055
【Fターム(参考)】
2G001AA03
2G001BA05
2G001BA07
2G001BA15
2G001CA01
2G001CA03
2G001GA06
2G001GA07
2G001HA13
2G001KA01
2G001LA02
2G001NA12
2G001RA01
2G001RA02
2G055AA03
2G055BA06
2G055CA09
2G055CA20
2G055CA27
(57)【要約】
【課題】HIC感受性との相関性に優れた鋼の中心偏析の評価方法を提供する。
【解決手段】鋼から中心偏析部を含む断面を有する試料を採取し、前記断面の中の前記中心偏析部を含む測定対象領域における、偏析金属元素を含む介在物の面積率を測定し、測定した前記面積率に基づいて、前記鋼の中心偏析を評価することを特徴とする、鋼の中心偏析評価方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼から中心偏析部を含む断面を有する試料を採取し、
前記断面の中の前記中心偏析部を含む測定対象領域における、偏析金属元素を含む介在物の面積率を測定し、
測定した前記面積率に基づいて、前記鋼の中心偏析を評価することを特徴とする、鋼の中心偏析評価方法。
【請求項2】
前記介在物をMx1Ay1とし、Mx1Ay1より溶解度積が小さい化合物をNx2Ay2とするとき、
前記試料の前記測定対象領域を、元素Nのイオンを含む溶液で処理して、前記測定対象領域に露出した前記介在物の表面に位置するMをNで置換し、
その後、前記測定対象領域における元素Nの面積率を測定し、
測定した前記元素Nの面積率を前記介在物の面積率として採用する、請求項1に記載の鋼の中心偏析評価方法。
ここで、
M:介在物に含まれる偏析金属元素
N:M以外の金属元素
A:元素Mと化合して前記介在物を形成し、かつ、元素Nと化合して前記化合物を形成する元素
x1及びy1:前記介在物の組成比を表す数値
x2及びy2:前記化合物の組成比を表す数値
を表す。
【請求項3】
MがMnであり、AがSであり、NがAgである、請求項2に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【請求項4】
EPMAを用いて前記測定対象領域における元素Nのマッピング分析を行い、
前記測定対象領域における、元素Nが所定濃度以上検出される領域の面積率を求め、
当該面積率を前記元素Nの面積率として採用する、請求項2又は3に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【請求項5】
前記測定対象領域のSEM画像を取得し、
前記SEM画像におけるコントラストに基づいて、前記介在物の候補である候補領域を選定し、
前記候補領域に対してSEM-EDS分析を行って、元素Nが所定濃度以上検出される領域を特定し、
前記測定対象領域における当該領域の面積率を求め、
当該面積率を前記元素Nの面積率として採用する、請求項2又は3に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【請求項6】
前記SEM画像が反射電子像である、請求項5に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【請求項7】
前記鋼が、鋳片、厚鋼板、及び薄鋼板のいずれかである、請求項1~6のいずれか一項に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【請求項8】
前記断面は、前記鋳片の鋳造方向に垂直な断面、前記厚鋼板の圧延方向に垂直な断面、及び前記薄鋼板の圧延方向に垂直な断面のいずれかである、請求項7に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の中心偏析評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼の製造過程で生じる中心偏析は、各種の製品で品質劣化を引き起こすことが知られている。特に、硫化水素が多く含まれる原油、天然ガス等を輸送するために用いられるラインパイプでは、表面から鋼中に水素が侵入しやすいため、水素誘起割れ(Hydrogen Induced Cracking:HIC)が多発して問題となった。鋼材の中心偏析部には、延伸したMnS、酸化物、炭化物等の介在物などが存在しており、侵入した水素が集積しやすく、中心偏析部での水素誘起割れが多発しやすい。このため、従来から、中心偏析を測定し、中心偏析を軽減するために、数多くの技術開発が行われてきた。
【0003】
中心偏析を評価する代表的な方法として、マクロ腐食法、スライス法、及びHプリント法があり、一般に広く用いられている。マクロ腐食法は、鋳片又は厚鋼板の中心偏析部を含む切断面を研磨し、当該切断面をピクリン酸等の腐食液によりマクロ腐食させて、当該切断面における中心偏析の発生状況を目視にて観察する方法である。スライス法は、鋳片又は厚鋼板を表面から厚さ方向にスライスしていき、採取した切粉の成分を逐次分析することで、厚さ方向における偏析金属の濃度分布を得る方法である。Hプリント法は、鋳片又は厚鋼板の中心偏析部を含む切断面をマクロ腐食し、その後、当該切断面から写し取ったプリントから中心偏析部の最大粒径等を測定する方法である。
【0004】
しかし、上記の中心偏析評価法の対象となるようなマクロ的な偏析が除かれた後でも、Mnのスポット的な偏析部が存在すると、当該スポット偏析部ではMnSが群状に形成され、この群状のMnSが起点となって、HICが発生する場合があることが特許文献1に記載されている。
【0005】
このスポット的なMn偏析部のようなミクロ的な中心偏析を評価する方法が、幾つか知られている。例えば、特許文献1には、電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)を用いて、ラインパイプの中心偏析部を含む断面におけるMnのマッピング分析を行い、平均Mn濃度の1.32倍以上のMn濃度を有するMnスポット偏析部のサイズを測定する方法が開示されている。特許文献2には、連鋳鋳片の軸心部の硬度を測定し、その硬度の測定値の平均値、最大値、最大値と最小値との差の中の1種以上から連鋳鋳片の中心偏析度を把握する方法が開示されている。また、特許文献3には、連続鋳造鋳片又は厚鋼板のC断面(鋳造方向又は圧延方向に対して垂直となる断面)を研磨し、EPMA等を用いて、当該C断面の中の中心偏析部を含む測定対象領域における、指標元素(偏析金属元素)のマッピング分析を行い、指標元素の濃度が所定の閾値濃度以上である領域の面積を求め、その面積又は測定対象領域に対する面積率によって、中心偏析を評価する方法が開示されている。これ以外にも、従来行われてきた評価方法として、中心偏析部とそれ以外のマトリックスである母材において、指標元素の濃度の平均値をそれぞれ求め、中心偏析部の平均濃度を母材の平均濃度で除した値により、中心偏析を評価する方法がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6-271974号公報
【特許文献2】特開平9-178733号公報
【特許文献3】特開2009-236842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、鋳片の中心偏析度は、C断面において、厚さ方向及び幅方向で均一であるとはいえない。そのため、鋳片又は厚鋼板の中心偏析を調べるためには、C断面の広い領域に亘って、中心偏析を評価することが必要となる。しかし、特許文献2の方法で鋳片の全幅を評価しようとすると、中心偏析部のすべての硬さを測定する必要があり、測定に非常に時間がかかる。さらに、硬さの最大値を求める場合には、その位置が最大値であることを担保するために、統計的にさらに多くの位置で硬さを測定する必要があり、測定に長時間を要するという問題がある。特許文献1及び特許文献3に記載された方法、並びに前記従来行われてきた評価方法は、鋳片又は厚鋼板の中心偏析を定量的かつ高精度で、広い領域を比較的迅速に評価することができるという利点はあるが、HIC試験の割れ面積率(CAR)との十分な相関が得られず、中心偏析とHIC発生との相関が不明瞭であった。そのため、HIC発生に対する偏析度の影響について、過大又は過小評価する可能性があるという問題がある。すなわち、特許文献1及び特許文献3に記載された方法や前記従来行われてきた評価方法では、対象とする偏析金属元素の濃度分布は明らかになるものの、鋼材のHIC感受性を評価するまでには至っていない。
【0008】
そこで本発明は、上記課題に鑑み、HIC感受性との相関性に優れた鋼の中心偏析の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、特許文献1及び特許文献3の評価方法や、前記従来行われてきた評価方法において、HIC試験の割れ面積率(CAR)と十分な相関が得られない理由を、単にMn等の偏析金属元素の濃度分布のみを評価しているためであると考えた。すなわち、例えば、ある領域において同じ濃度のMnが存在したとしても、Fe中にMnが濃化している場合とMnSを形成している場合とでは、HIC性に対する影響が異なり、これを識別する必要があると考えられた。そして、偏析金属元素の面積率よりも、偏析金属元素を含む介在物の面積率の方が、CARと高い相関が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
さらに、本発明者らは、偏析金属元素を含む介在物の面積率を求める好適な方法を見出した。前記介在物の面積率を求めるには、基本的には、介在物の構成元素の元素マッピングなどを行えば良い。ここで、鋼材の中心偏析部は、鋼の凝固過程で鋼中の溶質元素が凝固時の再分配によって未凝固の液相側に濃化されることで形成される。すなわち、中心偏析部に存在する介在物の構成元素は、低濃度ではあるものの、マトリックスである母材中にも存在する。このことから、母材中に存在しない元素で介在物を修飾すれば、元素分析による介在物の識別が明瞭になり、より簡便かつ高感度に、介在物の面積率を定量化できると考えられる。
【0011】
そこで本発明者らは、これまでの経験から、鋼中のMnSをSEM等で観察している際、MnSの中にしばしばAgが検出されていたことに着目した。これは、MnSに比べてAg2Sの溶解度積が小さいために、観察用試料表面を電解エッチングする際に、鋼中に不可避的不純物としてppmオーダーで存在するAgが電解液中に溶出し、MnS中のMnがこのAgと置換したためであると考えた。そこで、介在物Mx1Ay1より溶解度積の小さい化合物Nx2Ay2中の金属元素Nのイオン(上記の例ではAgイオン)をあらかじめ添加した溶液で分析面を処理して、介在物をNで修飾し、Nの面積率を測定することによって、介在物の面積率を精度よく求める方法を着想した。
【0012】
以上の知見に基づいて完成された本発明の要旨構成は以下のとおりである。
[1]鋼から中心偏析部を含む断面を有する試料を採取し、
前記断面の中の前記中心偏析部を含む測定対象領域における、偏析金属元素を含む介在物の面積率を測定し、
測定した前記面積率に基づいて、前記鋼の中心偏析を評価することを特徴とする、鋼の中心偏析評価方法。
【0013】
[2]前記介在物をMx1Ay1とし、Mx1Ay1より溶解度積が小さい化合物をNx2Ay2とするとき、
前記試料の前記測定対象領域を、元素Nのイオンを含む溶液で処理して、前記測定対象領域に露出した前記介在物の表面に位置するMをNで置換し、
その後、前記測定対象領域における元素Nの面積率を測定し、
測定した前記元素Nの面積率を前記介在物の面積率として採用する、上記[1]に記載の鋼の中心偏析評価方法。
ここで、
M:介在物に含まれる偏析金属元素
N:M以外の金属元素
A:元素Mと化合して前記介在物を形成し、かつ、元素Nと化合して前記化合物を形成する元素
x1及びy1:前記介在物の組成比を表す数値
x2及びy2:前記化合物の組成比を表す数値
を表す。
【0014】
[3]MがMnであり、AがSであり、NがAgである、上記[2]に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【0015】
[4]EPMAを用いて前記測定対象領域における元素Nのマッピング分析を行い、
前記測定対象領域における、元素Nが所定濃度以上検出される領域の面積率を求め、
当該面積率を前記元素Nの面積率として採用する、上記[2]又は[3]に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【0016】
[5]前記測定対象領域のSEM画像を取得し、
前記SEM画像におけるコントラストに基づいて、前記介在物の候補である候補領域を選定し、
前記候補領域に対してSEM-EDS分析を行って、元素Nが所定濃度以上検出される領域を特定し、
前記測定対象領域における当該領域の面積率を求め、
当該面積率を前記元素Nの面積率として採用する、上記[2]又は[3]に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【0017】
[6]前記SEM画像が反射電子像である、上記[5]に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【0018】
[7]前記鋼が、鋳片、厚鋼板、及び薄鋼板のいずれかである、上記[1]~[6]のいずれか一項に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【0019】
[8]前記断面は、前記鋳片の鋳造方向に垂直な断面、前記厚鋼板の圧延方向に垂直な断面、及び前記薄鋼板の圧延方向に垂直な断面のいずれかである、上記[7]に記載の鋼の中心偏析評価方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明の鋼の中心偏析評価方法によれば、HIC感受性との相関に優れた中心偏析評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】発明例において、Ag面積率と中心部CARとの関係を示すグラフである。
【
図2】比較例において、Mn濃化度と中心部CARとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
次に、本発明を実施する方法について具体的に説明する。なお、以下の説明は、本発明の好適な実施態様を示すものであり、本発明は、以下の説明によって何ら限定されるものではない。
【0023】
本発明の一実施形態による鋼の中心偏析評価方法は、(1)試料調製工程と(2)介在物の面積率を測定する工程を有する。なお、本明細書において、「介在物」とは、MnSなど、鋼の中心偏析部に存在し、偏析金属元素を含む化合物であり、溶鋼段階から存在していた化合物(原始的な介在物)と、溶鋼が凝固する過程で析出した化合物(析出物と称されることもある)との両方を含むものとする。各工程で行なう操作について、以下に述べる。
【0024】
(1)試料調製工程
本発明における評価対象は鋼であり、本発明は、鋳片、厚鋼板、及び薄鋼板のいずれにも適用できる。本発明の評価方法によって得られる情報の産業上の有用性という観点から、本発明は、特に耐HIC性が重要となるラインパイプ、ガスタンク用の厚鋼板、及び当該厚鋼板用の鋳片に好適に適用することができる。
【0025】
まず、評価対象の鋼から、中心偏析部を含む断面を有する試料を採取する。中心偏析は幅方向に不均一である場合があるため、前記断面は、C断面(鋳片の場合は鋳造方向に垂直な断面、厚鋼板及び薄鋼板の場合は圧延方向に垂直な断面)とすることが好ましい。中心偏析部は、厚み方向の中央部に存在するため、厚み方向中央部から試料を採取する。試料のサイズは特に限定されないが、代表性を有する大きさで、かつ元素分析装置の試料室に入るサイズとする。SEMやEPMAで評価する場合は、100mm角程度までが好ましい。前記断面の中の中心偏析部を含む適切な領域が、後述の測定に供される「測定対象領域」となる。
【0026】
次いで、試料の断面を鏡面研磨する。研磨の方法は、試料に応じて機械研磨や電解研磨など適切な手法を用いればよい。介在物の生成状態をより強調して観察したい場合には、研磨後、断面にナイタール等で軽くエッチングを行ってもよい。
【0027】
次いで、介在物をMx1Ay1とし、Mx1Ay1より溶解度積が小さい化合物をNx2Ay2とするとき、試料の測定対象領域を、元素Nのイオンを含む溶液で処理して、測定対象領域に露出した介在物の表面に位置するMをNで置換することが好ましい。
ここで、
M:介在物に含まれる偏析金属元素
N:M以外の金属元素
A:元素Mと化合して介在物を形成し、かつ、元素Nと化合して化合物を形成する元素
x1及びy1:介在物の組成比を表す数値
x2及びy2:化合物の組成比を表す数値
を表す。
すなわち、溶液中の金属イオンNとしては、元素Aと化合した際に、介在物Mx1Ay1よりも溶解度積の小さい化合物Nx2Ay2を形成する金属イオンを適宜選択すればよい。例えば、MがMnであり、AがSである場合、すなわち、介在物としてMnx1Sy1に着目した場合、主要な介在物組成はMnSであるが、鋼中には、y1=1としたときに、x1=1~2となる種々の組成の介在物が存在する。この場合、Mnを置換する元素Nとしては、Agが好ましい。例えば、MnSはAg2Sに置換され、Mn2SはAgSに置換される。このように、化合物組成比を表すx2及びy2は、介在物の組成比に応じて変わりうる。
【0028】
また、後述するようなSEMを用いた評価方法では、最初に反射電子像を用いて介在物を識別する。その際、もとの介在物に含まれる金属元素を置換した後の化合物の平均原子番号とマトリックスであるFeの原子番号との差が大きいほど、コントラスト差が明瞭に得られ、介在物の識別に有利である。このような観点や、さらに、取り扱いのしやすさ、後述する元素マッピング時の検出感度の高さなどの観点からも、Agを溶解させた溶液(Agイオンを含む溶液)が好ましい。
【0029】
溶液の溶媒としては、目的の金属を溶解して、金属イオンを生成させることができれば特に制限されず、水系溶媒、非水系溶媒のいずれも用いることができる。溶液中の金属イオン濃度についても特に限定されないが、0.005~1.0質量%程度が好ましい。
【0030】
水系溶媒を用いる場合、溶液中に金属イオンを安定的に保持するため、溶媒は硝酸等の酸を用いることが好ましい。そして、溶液による処理方法の一態様として、試料の測定対象領域を、元素Nのイオンを含む溶液に浸漬させることが挙げられる。このときの浸漬時間は、その後の評価に必要な感度及び精度に応じて、適宜決定すればよい。介在物の金属元素の置換は極めて短時間で発現し、例えば先述したMnSの場合には、0.1質量%のAgを含む硝酸水溶液に2~3秒浸漬し、その後直ちに取り出し、洗浄した後に元素分析に供しても、介在物表面からAgが確認された。すなわち、数秒の浸漬でも介在物の修飾は一定程度進行していた。ただし、高精度な分析の観点から、浸漬時間は、好ましくは5秒以上とし、より好ましくは10秒以上とする。他方で、長時間の浸漬では、腐食反応により試料表面に反応生成物が付着し、分析面の評価が行なえなくなってしまうことがある。この観点から、浸漬時間は、好ましくは3600秒以下とし、より好ましくは600秒以下とする。
【0031】
また、溶液による処理方法の別の一態様として、非水系溶媒で元素Nのイオンを含む電解液を用いた電解操作を挙げることができる。この場合には、電解液中に元素Nを安定的に分散させるためにキレート剤を添加することが好ましい。キレート剤としては、アセチルアセトン(AA)などを好適に用いることができるが、これに限らず、多くのキレート剤が好適に利用できる。また、キレート剤の濃度は、介在物および置換金属元素に応じて適宜設定すればよい。この場合の電解時間(電解液中の浸漬時間)は、高精度な分析の観点から、析出物の定量分析を通常の電解抽出法で行なう程度の電流密度条件下において、好ましくは10秒以上とし、より好ましくは30秒以上とする。他方で、長時間の電解では、析出物の抽出・置換という効果以外に粒界の選択エッチングが発現するなど母材組織の影響が顕著となり、観察を行なう場合に支障をきたす可能性がある。この観点から、電解時間(電解液中の浸漬時間)は、好ましくは1000秒以下とし、より好ましくは500秒以下とする。
【0032】
(2)介在物の面積率を測定する工程
その後、測定対象領域における、偏析金属元素を含む介在物の面積率を測定する。介在物の面積率の測定には、元素分析により行うことができる。分析に用いる機器としては、SEM-EDSやEPMAなど、元素分析できるものであれば、いずれも用いることができる。以下に、介在物の面積率の測定方法の例を示す。
【0033】
まず、(1)試料調製工程にて、元素Nのイオンを含む溶液で処理を行う場合、例えば以下の2つの方法で、間接的に、測定対象領域における介在物の面積率を求めることができる。
【0034】
第一の方法では、(i)EPMAを用いて測定対象領域における元素Nのマッピング分析を行い、(ii)測定対象領域における、元素Nが所定濃度以上検出される領域の面積率を求め、(iii)当該面積率を前記元素Nの面積率として採用する。加速電圧や倍率等の分析条件は、介在物の面積を求めることができる条件であれば特に制限はなく、適宜選択すればよい。この方法では、元素Nが所定濃度以上検出される領域を介在物の存在領域とみなし、その面積を算出する。「所定濃度」は、試料のマトリックス部と介在物とを識別できるように適宜設定すればよい。このようにして求めた「元素Nが所定濃度以上検出される領域」の総面積を、測定対象領域の面積で除すことにより、元素Nの面積率を算出することができ、当該面積率を介在物の面積率として採用して、中心偏析指標として評価する。
【0035】
第二の方法では、(i)測定対象領域のSEM画像(例えば反射電子像)を取得し、(ii)このSEM画像におけるコントラストに基づいて、介在物の候補である候補領域を選定し、(iii)当該候補領域に対してSEM-EDS分析を行って、元素Nが所定濃度以上検出される領域を特定し、(iv)測定対象領域における当該領域の面積率を求め、(v)当該面積率を前記元素Nの面積率として採用する。加速電圧や倍率等の分析条件は、介在物の面積を求めることができる条件であれば特に制限はなく、適宜選択すればよい。中心偏析は、一般に広い範囲にわたって評価することが好ましいが、上述の第一の方法では、分析時間が長くなる。迅速に評価する目的で、第一の方法に替えて、SEM画像のコントラストから、次のように介在物の面積率を求めることもできる。まず、測定対象領域のSEM画像(例えば反射電子像)を取得する。取得したSEM画像におけるコントラストの違いから介在物を識別し、そのSEM画像における介在物の面積を算出する。このとき、測定対象領域に付着した異物が介在物と類似のコントラストで観察されていると、異物の面積も介在物の面積としてカウントされてしまう。これを防ぐため、介在物の候補である候補領域に対してSEM-EDS分析を行って、指標元素Nが含まれているかを調査する。このとき、前記第一の方法と同様、指標元素Nの濃度が予め設定した閾値以上である候補領域を介在物の存在領域とみなす。SEM-EDS分析を行うことで、介在物の候補領域から、指標元素Nが含まれている候補領域のみの面積、すなわち介在物の面積を算出することができる。なお、各候補領域の全体に対してSEM-EDS分析を行って、元素Nが所定濃度以上検出される領域を特定してもよいし、各候補領域の代表位置(例えば重心位置)に対してSEM-EDS分析を行って、当該位置で指標元素Nの濃度が予め設定した閾値以上である場合には、その候補領域は介在物であるとみなして、「元素Nが所定濃度以上検出される領域」として特定してもよい。このようにして得た「元素Nが所定濃度以上検出される領域」の総面積を、測定対象領域の面積で除すことにより、元素Nの面積率を算出することができ、当該面積率を介在物の面積率として採用して、中心偏析指標として評価する。
【0036】
以上説明したように、測定対象領域に露出した介在物の表面を金属Nで修飾し、Nの面積率を測定することによって、介在物の面積率を精度よく求めることができ、HIC感受性との相関に優れた中心偏析評価を行うことができる。
【0037】
次に、(1)試料調製工程にて、元素Nのイオンを含む溶液で処理を行わない場合、測定対象領域における介在物の面積率を直接的に測定する必要がある。この場合、上記第一の方法及び第二の方法において、「元素N」を「介在物の全構成元素(例えば、Mn及びS)」と読み替える。すなわち、第一の方法では、(i)EPMAを用いて測定対象領域における介在物の全構成元素(例えば、Mn及びS)のマッピング分析を行い、(ii)測定対象領域における、介在物の全構成元素(例えば、Mn及びS)が所定濃度以上検出される領域の面積率を求め、(iii)当該面積率を介在物の面積率として採用する。第二の方法では、(i)測定対象領域のSEM画像(例えば反射電子像)を取得し、(ii)このSEM画像におけるコントラストに基づいて、介在物の候補である候補領域を選定し、(iii)当該候補領域に対してSEM-EDS分析を行って、介在物の全構成元素(例えば、Mn及びS)が所定濃度以上検出される領域を特定し、(iv)測定対象領域における当該領域の面積率を求め、(v)当該面積率を介在物の面積率として採用する。
【0038】
なお、測定対象領域を鋳片又は厚鋼板の場所(厚み)ごとに複数設定することで、より高度な中心偏析評価を行うこともできる。
【実施例0039】
偏析金属元素としてMnを選択し、厚鋼板(板厚:20mm)の中心偏析を評価した発明例及び比較例を具体的に説明する。
【0040】
発明例及び比較例とも、表1に示す成分組成(残部はFe及び不可避的不純物)を有する厚鋼板を用意し、中心偏析とHICとの関係を調査した。中心偏析の評価結果とCARとの相関を取るために、互いに異なる製造条件で製造され、中心偏析の程度が互いに異なる5種類の厚鋼板を用意した。中心偏析測定用試料の寸法は、板幅方向:80mm×圧延方向:10mm×板厚(20mm)とし、HIC試験用試料の寸法は、幅方向:20mm×圧延方向:100mm×板厚(20mm)とした。中心偏析測定用の試料のC断面を鏡面研磨し、分析面とした。また、中心偏析部を含む測定対象領域は、発明例及び比較例ともに幅方向:80mm×板厚方向:15mm(板厚中心の±7.5mm)とした。耐水素誘起割れ性の指標としては、HIC試験における割れ面積率(CAR(%))を用いた。なお、発明例及び比較例ともに、同じ種類の厚鋼板から4個の試料を準備して、中心偏析測定及びHIC試験を行なうことで再現性(繰り返し評価精度)も確認した。
【0041】
【0042】
[発明例]
上記試料を、1000質量ppmのAg標準液(硝酸ベース)に30秒浸漬させて、測定対象領域に露出したMnx1Sy1の表面に位置するMnをAgで置換した。その後、取り出した試料をメタノールで洗浄した後に乾燥させて、SEM観察に供した。SEMの加速電圧を20kVとし、200倍の倍率で観察される領域を1視野とし、反射電子像を取得した。得られた反射電子像から、母材とコントラストの異なる領域を抽出して、介在物の候補である候補領域を選定した。なお、抽出するコントラストの異なる領域は、面積が10μm2以上の領域を対象とした。抽出した候補領域に対してSEM-EDS分析を行って、Agが2質量%以上検出される領域を特定し、当該領域の面積を求めた。この測定を複数の視野で繰り返し、測定対象領域全体における、Agが2質量%以上検出される領域の総面積を算出した。求めた総面積を測定対象領域の面積で除して、Ag面積率を算出し、これを介在物Mnx1Sy1の面積率として採用した。
【0043】
[比較例]
EPMAを用いて、試料の測定対象領域を元素マッピングした。なお、EPMAによる分析は、加速電圧25kV、照射電流:5μA、ビーム径:100μm、積算時間:10msecの条件で行い、測定対象領域におけるMnの濃度分布を測定した。このとき、EPMAのビーム径が100μmであることから、幅方向:80mm×板厚方向:15mmの測定対象領域全体をマッピングするため、800×150点分の測定を行った。
【0044】
試料は中心偏析部を含む板厚中心部から採取したため、板厚方向の上下端部が最もMn偏析度が小さい。このことから、試料の板厚方向の上端の800×2点および下端の800×2点分の測定結果からMnの平均濃度を求め、この値を鋼中の平均Mn濃度(C0)とした。また、同じ幅方向位置における板厚方向に沿った150点のMn濃度の最大値(Cmax)を求めた。これを、測定対象領域の幅方向に対して行い、800点分のCmaxの平均値を求め、その平均値をMn偏析濃度Cとした。このようにして求めたCをC0で除し、Mn濃化度C/C0を算出した。
【0045】
[HIC試験]
HIC試験用試料を用いて、NACE TM0284-96規格に準じてHIC試験を行い、割れ面積率(CAR(%))を測定した。
【0046】
以上、発明例におけるAg面積率と中心部CARとの関係を
図1に示し、比較例におけるMn濃化度と中心部CARとの関係を
図2に示す。なお、
図1及び
図2中、エラーバーは、4つの測定値の2σであり、プロットは、4つの測定値の平均値である。
図1より、発明例では、Ag面積率がCARと十分に相関しており、HICとの相関に優れた中心偏析評価方法であることが確認された。一方、
図2に示す比較例では、CARが3.5%以下の領域で、Mn濃化度との相関が見られなかった。
図2では、エラーバーは小さい様に見えるが、これはEPMAによる測定ピッチが100μmと介在物に対して大きく、感度不足のために結果的に誤差が小さくなったためであると考えられる。すなわち、1測定領域(100μm)内に数μmサイズの介在物が形成されていても、比較例ではその領域全体に対する平均濃度が測定されるため、介在物形成の影響は希釈されることになる。このため、比較例においては精密な介在物の面積を求めているとは言えず、CARとの相関も得られにくいと考えられる。
【0047】
以上より、本発明の中心偏析評価方法を用いることにより、従来法と比較して中心偏析状態の違いをより精緻に評価できるといえる。また、本発明による中心偏析評価方法は、CARと良い相関が得られていることから、HIC感受性の予測も可能である。
以上、述べたたように、本発明の方法によれば、鋼の中心偏析状態を正確に評価することが可能である。これにより、分析した中心偏析指標をもとに鋳造時の適切な製造条件を決定することが可能となった。この結果、工程条件適正化によるコスト削減ができるなど、産業上、有益である。