(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022097330
(43)【公開日】2022-06-30
(54)【発明の名称】ヤマブシタケ由来のNGF合成促進物質単離のための菌床栽培および製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/14 20060101AFI20220623BHJP
A61K 36/07 20060101ALI20220623BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220623BHJP
A61K 31/23 20060101ALI20220623BHJP
C12P 7/64 20220101ALI20220623BHJP
【FI】
C12N1/14 G
A61K36/07
A61P43/00 111
A61P43/00 105
A61K31/23
C12P7/64
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020210895
(22)【出願日】2020-12-20
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】503380814
【氏名又は名称】株式会社愛しとーと
(74)【代理人】
【識別番号】100195970
【弁理士】
【氏名又は名称】本夛 伸介
(72)【発明者】
【氏名】清水 邦義
(72)【発明者】
【氏名】中村 浩之
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4C088
4C206
【Fターム(参考)】
4B064AD85
4B064CA07
4B064CC01
4B064CE08
4B064DA01
4B064DA10
4B064DA16
4B065AA71X
4B065AC14
4B065BC31
4B065BD16
4B065CA13
4B065CA41
4B065CA44
4C088AA02
4C088AC17
4C088BA08
4C088BA11
4C088BA32
4C088CA03
4C088CA14
4C088NA14
4C088ZB21
4C088ZC41
4C206AA04
4C206DB06
4C206DB53
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZB21
4C206ZC41
(57)【要約】
【課題】
ヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の特定の生理活性成分、特にNGF合成促進物質であるヘリセノン類の効率的生産を企図した菌床栽培方法と、当該栽培方法によって得られた子実体から所望の機能性成分種を選択的に得る方法等を提供することにある
【解決手段】
本発明によれば、ヤマブシタケの菌床栽培において、子実体の生育ステージを6期に区分し、当該子実体生育ステージ6期時に成熟子実体を収穫し、当該子実体につき、n-ヘキサンにより特定の条件で抽出する方法によって、所望の神経成長因子(NGF)合成促進作用物質を含有する抽出物を高濃度で得ることができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)若しくは(2)で表される神経成長因子(NGF)の合成促進作用を有するヘリセノン類を選択的に含むヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培方法。
【化1】
【請求項2】
ヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培において、子実体の生育ステージを8期に区分し、当該子実体生育ステージ6期時に子実体を収穫することを特徴とする請求項1に記載のヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培方法。
【請求項3】
ヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培において、培地として「ミズナラ木粉」又は「コーンコブミール及び/又はコットンハル混合」を使用し、それぞれの培地には栄養剤として米ぬかを添加したことを特徴とする請求項1乃至2に記載のヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培方法。
【請求項4】
請求項1乃至3の栽培方法で得たヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の子実体の子実体及びn-ヘキサンを用いた、請求項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される神経成長因子(NGF)合成促進作用物質を含有する抽出物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般式(1)若しくは(2)で表される神経成長因子(Nerve Growth Factor ; NGF)の合成促進作用を有するヘリセノン類を選択的に高濃度に含んだヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培方法を提供するものである。
さらに本発明は、上記特定の栽培方法で得たヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の子実体と特定の有機溶媒により、一般式(1)若しくは(2)で表される神経成長因子(NGF)の合成促進作用を有するヘリセノン類を抽出単離するための製造方法を提供するものである。
【化1】
【背景技術】
【0002】
きのこは古来より食料として扱われてきたが、近年、栄養価の高さや健康機能性に関する研究が進んだことにより、一般消費者からの注目度が高くなっている。きのこ類の生産量は年々増加しており、平成30年の統計では468,007トン(林野庁特用林産物生産統計調査)を示している。
【0003】
出願人がこれまでに研究を継続してきたヤマブシタケ(Hericium erinaceus)も、健康機能性の高さから近年注目されているきのこの一種であり、サンゴハリタケ科サンゴハリタケ属に分類される食用きのことして知られるところ、平成30年の統計では195.9トン(林野庁特用林産物生産統計調査)の内、約77%が長野県で生産されている。
【0004】
ヤマブシタケは、その乾燥子実体を粉砕したものが中国の漢方において「猴頭(ほうとう)」として処方され、胃潰瘍、胃炎 、身体虚弱などに薬効があるとされ使用されてきた。
また、ヤマブシタケには、近年様々な効用が見いだされ、その報告がされている。
【0005】
例えば、特許文献1には、ヤマブシタケの子実体または液体培養菌糸の熱水抽出液またはその濃縮液1重量部に対して0.5~5重量部のアルコールを加え、沈澱する高分子物質画分を有効成分として含有することからなる抗腫瘍剤とその製法が開示されている。
【0006】
特許文献2には、ヤマブシタケ子実体中の成分に、生体内でIL-12の産生を促進する作用が見いだされたことが開示されている。
【0007】
特許文献3には、ヤマブシタケおよび/またはそのエタノール抽出物について、毛髪や皮膚の老化等の外見に現れる老化の進行を抑制する作用や、老化による学習・記憶能力の衰退を抑制する作用が見出されたことが開示されている。
【0008】
特許文献4には、ヤマブシタケ子実体中に、痴呆症の改善に有効に作用する「神経成長因子(Nerve Growth Factor;以下、単にNGFと呼ぶことがある)」の合成促進物質が含まれることが開示されている。このNGFの機能不全はアルツハイマー型認知症の原因に関与していると考えられているため、NGFの合成を促進することでアルツハイマー型認知症の予防や治療に繋がると考えられている。
このようなことから、特にNGFに関しては近年の関心度が高く、その合成促進物質の特定もされている(例えば、特許文献5および特許文献6など)。
【0009】
ヤマブシタケを代表する生理活性成分の一つがヘリセノン類であるが、当該ヘリセノン類はNGFの合成促進物質であり、NGFはニューロンの分化や成熟、機能維持に不可欠である。前記のとおり、NGFの機能不全はアルツハイマー型認知症の病因に関与していると考えられており、NGFの合成を促進することはアルツハイマー型認知症への予防および治療効果に繋がると大きく期待されているところである。
【0010】
その他にもヤマブシタケの菌糸体のみから単離、同定されているエリナシン類や子実体から単離され菌糸体においても同定されているヘリセン類が代表的な生理活性成分として挙げられており、近年、ヤマブシタケの健康維持に寄与する機能性に注目が集まっている。
【0011】
ここで、これらヤマブシタケに由来する生理活性成分のうち、出願人らが特に着目しているヘリセノン類は、2020年2月現在、ヘリセノンAからヘリセノンLまで13種類が子実体より単離、同定されており、いずれもヤマブシタケ固有の二次代謝産物であるところ、1321N1 (ヒトアストロサイトーマ由来) 細胞にヤマブシタケのエタノール抽出物を添加したとき、NGFのmRNA遺伝子発現を促進したことやヤマブシタケの粉末を含有したサプリメントを摂取した人の認知機能が改善されたことが見いだされている(「Kawagishi. H et al, Tetrahedron letters, 31(3), 373-376, (1990) 」、「Kawagishi. H et al., Tetrahedron letters, 32(35), 4561-4564, (1991)」)。
【0012】
一方、きのこ類では、霊芝 (Ganoderma lingzhi)の例のように、子実体の生育過程に伴い代謝物の違いが見られることが明らかとなっている。
【0013】
この点、ヤマブシタケにおいて、二次代謝産物の定量分析方法は確立されておらず、また子実体発育過程に伴い、どの代謝物がどのように産生されるのか網羅的および包括的な研究は未だ十分に行われていない。
【0014】
ヤマブシタケの発育段階における機能性の高い二次代謝産物の分析方法を確立し、その変動を解明することができれば、規格化された高機能性ヤマブシタケの効率的な生産を可能とするため、栽培現場での品質管理方法の確立やサプリメントなど機能性食品としての応用拡充にも繋がる期待がある。
【0015】
そこで本研究では、特にNGFに係るヤマブシタケの代表的な二次代謝産物であるヘリセノン類に着目し、当該ヘリセノン類が、菌糸体から子実体発育に伴ってどのように変化するのか、高速液体クロマトグラフ―フォトダイオードアレイ検出器-蒸発光散乱検出器 (HPLC-PDA-ELSD) および液体クロマトグラフ四重極飛行時間型質量分析装置(LC-Q-TOF/MS)を用いて検討を重ねたものである。
その結果、ヤマブシタケ子実体中のヘリセノン類化合物の定量分析方法が確立され、子実体発育過程に伴う成分含量の挙動について得た知見から本発明を完成するに至ったものである。
【0016】
すなわち、本発明によれば、一般式(1)もしくは(2)で表される神経成長因子(Nerve Growth Factor ;NGF)の合成促進作用を有するヘリセノン類を選択的に高濃度に含むヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培方法と、これによって得られた子実体からNGF合成促進物質を高収率で抽出した抽出物が提供される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開平5-17366号公報
【特許文献2】特開2003-32741号公報
【特許文献3】特開平11-01438号公報
【特許文献4】特開平9-59172号公報
【特許文献5】特開平7-69961号公報
【特許文献6】特開2012-77030号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明の目的は、上記の従来からの問題点に鑑みて、ヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の特定の生理活性成分、特にNGF合成促進物質であるヘリセノン類の効率的生産を企図した菌床栽培方法と、当該栽培方法によって得られた子実体から所望の機能性成分種を選択的に得る方法等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討し、先ず、ヘリセノン類の抽出に最適な溶媒を検討するため、6種類の有機溶媒による抽出を行った。凍結乾燥子実体粉末にn-ヘキサン、クロロホルム、ジクロロメタン、酢酸エチル、エタノール及びメタノールを個別に用い抽出物の重量と抽出効率を確認したところ、溶媒極性が高くなるにつれて抽出率は高くなり、メタノール抽出物が最も高い抽出率を示した。
【0020】
しかしながら、ヘリセノン類について、これら6種類の抽出物のクロマトグラムを比較解析したところ、n-ヘキサンによる抽出物が最も高いピーク強度を示し、ヘリセノン化合物はn-ヘキサン抽出物に最も多く含まれていることが明らかになった。
【0021】
さらに、発明者らは、HPLCの所定条件下(表1)で分析の結果、ヘリセノンCとヘリセノンDの標品から、クロマトグラムにおけるヘリセノンCとヘリセノンDとピーク位置を同定し、上記6種の溶媒抽出物中のヘリセノンCとヘリセノンDのピークの面積値から抽出物1mgあたりのヘリセノン相対量を算出した。
【表1】
【0022】
その結果、n-ヘキサンは6種類の溶媒に比して抽出率が最も低かったものの、所望のヘリセノン類(CおよびD)を選択的に抽出できる溶媒であることが確認されたため、本発明者らは、n-ヘキサンが本発明の目的とするNGF合成促進物質ヘリセノンCおよびDの抽出溶媒として最適であると判断した。
【0023】
次に、本発明者らは、ヤマブシタケの菌床栽培において、ヘリセノン類の挙動を確認することを試みた。
まず、菌糸体接種後の培地として、スギ木粉、ミズナラ木粉およびコーンコブミールを検討したところ、スギ木粉を使用した培地は、菌糸の蔓延が遅く、きのこも発生しなかったが、ミズナラ木粉培地によれば、約1か月間の培養できのこが発生し、約3週間かけて成熟子実体へと成長させることができた。
また、コーンコブミール培地ではミズナラ木粉培地に比べ、約1週間遅れてきのこが発生し、それから約2週間程度で成熟子実体になった。このようなことから、ミズナラ木粉およびコーンコブミールの2種類培地で収穫実験を行うこととした。
【0024】
収穫実験は、便宜的に、ヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培において、子実体の生育ステージを以下の8期に区分し、各区分で収穫した子実体について、成分分析する方法で行った。
(1) ステージ1;培養後きのこが発生した段階である原基の状態。
(2) ステージ2;原基から成長した幼子実体。
(3) ステージ3;ピンク色になった状態。
(4) ステージ4;子実体の針が全体的にみられる状態。
(5) ステージ5;子実体の針が約1cm伸長した成熟子実体の状態。
(6) ステージ6;子実体の針が2-3cm伸長した成熟子実体の状態。
(7) ステージ7;子実体が変色せず、白色のまま針がさらに伸長し
た状態。
(8) ステージ8;針の伸長が止まり、先端が曲がるあるいは黄褐色
~茶色に変色が始まった状態
上記、子実体の各ステージにおける成長段階は目視により判断した(
図1)。
【0025】
本発明者らは、収穫したステージ毎にHPLCで分析したクロマトグラムをもとに、ヤマブシタケ乾燥粉末1gあたりのヘリセノン類の定量を行った(定量はヘリセノン類とヘリセン類のUV-visスペクトルが類似していることから、ヘリセノンDの検量線をもとに行った)。
その結果、ヘリセノンCとヘリセノンDは、ステージ5からステージ6にかけて急激に含有量が増加していることが確認できた(
図17及び18)。
なおその一方、ステージ6をこえ、発育過程がステージ8に至ると、急激に含有量が下がることも判明した(
図23乃至25)。
このことから、本発明のヤマブシタケの菌床栽培において、子実体の最適な収穫時期は、ステージ6であると判断した。
【0026】
また、ミズナラ木粉培地とコーンコブミール培地とでは、ヘリセノン含量に有意な差(危険率5%)が認められ、ヘリセノン類の生合成にはコーンコブミール培地がより適している可能性が示唆され(
図17及び18)、培地としては、コーンコブミールが好ましいことが確認できた。
【0027】
すなわち、本発明によれば、以下の(1)乃至(4)に記載のヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培方法と、当該栽培方法によって得られた子実体から所望の機能性成分を選択的に得る抽出方法が提供される。
【0028】
(1)一般式(1)若しくは(2)で表される神経成長因子(NGF)の合成促進作用を有するヘリセノン類を選択的に含むヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培方法。
【化2】
(2)ヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培において、子実体の生育ステージを8期に区分し、当該子実体生育ステージ6期時に子実体を収穫することを特徴とする上項(1)に記載のヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培方法。
(3)ヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培において、培地として「ミズナラ木粉」又は「コーンコブミール及び/又はコットンハル混合」を使用し、それぞれの培地には栄養剤として米ぬかを添加したことを特徴とする上項(1)乃至(2)に記載のヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の菌床栽培方法。
(4)上項(1)乃至(3)の栽培方法で得たヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の子実体及びn-ヘキサンを用いた、上項(1)に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される神経成長因子(NGF)合成促進作用物質を含有する抽出物の製造方法。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、ヤマブシタケ(Hericium erinaceus)の特定の生理活性成分、特にNGF合成促進物質であるヘリセノン類の効率的生産を企図した菌床栽培方法と、当該栽培方法によって得られた子実体から所望の機能性成分を選択的に得る方法を提供が提供されるものである。
ヤマブシタケに含まれる有用成分の経時的な挙動に基づき完成されたものであるから、産生子実体を無駄なく利用でき、所望の成分を高収率で単離することが可能である。結果として、単離成分を配合した種々の製剤を広く認知症患者への利活用を促進し得るほか、生産面ではコスト低減等の経済的効果にも資するものである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】菌床栽培におけるヤマブシタケ子実体の生育ステージ
【
図2】6種類の溶媒を使用し得られた抽出物のクロマトグラム
【
図4】n-ヘキサン抽出物のELSDのクロマトグラム
【
図5】クロロホルム抽出物のELSDのクロマトグラム
【
図6】ジクロロメタン抽出物のELSDのクロマトグラム
【
図7】酢酸エチル抽出物のELSDのクロマトグラム
【
図8】エタノール抽出物のELSDのクロマトグラム
【
図9】メタノール抽出物のELSDのクロマトグラム
【
図10】各抽出物1 mgあたりのピーク面積値から推察されるヘリセノン相対量
【
図12】菌糸体n-ヘキサン抽出物のクロマトグラム
【
図13】ミズナラ木粉培地から収穫した6ステージのクロマトグラム
【
図14】「コーンコブミール及びコットンハル混合培地」から収穫した6ステージのクロマトグラム
【
図16】6ステージのヘリセノン類含有量 ヘリセノンC
【
図17】6ステージのヘリセノン類含有量 ヘリセノンD
【
図22】ヤマブシタケ子実体に含まれるヘリセノン類含量
【
図23】ステージ6:ヘキサン抽出物のHPLCクロマトグラム
【
図24】ステージ8:ヘキサン抽出物のHPLCクロマトグラム
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明を実施するための具体的な形態について詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下に開示する具体的な形態のみに限定されるものではない。
【0032】
本発明では、機能性素材としてヤマブシタケ(Hericium erinaceus)を使用する。
ヤマブシタケ(Hericium erinaceus)は、サンゴハリタケ科サンゴハリタケ属の食用きのこである。日本や中国など北半球の温帯地域に分布しており、菌床や原木による人工栽培も進んでいる。中国では消化不良や胃潰瘍、神経衰弱などに効果があるとして、古くから漢方薬として用いられている。
【0033】
一般的にきのこは多数の薬用成分が含まれていることが知られているが、前述のとおり、ヤマブシタケは神経成長因子(Nerve Growth Factor ; NGF)の合成促進や抗菌活性、抗腫瘍活性、抗酸化活性などを示すことが公知である。神経成長因子とは神経栄養因子の一つであり、神経細胞の分化促進や生存、機能維持に作用するところ、このNGFの機能不全はアルツハイマー型認知症の原因に関与していると考えられているため、NGFの合成を促進することでアルツハイマー型認知症の予防や治療に繋がることが期待できる。
【0034】
本発明で使用するヤマブシタケの子実体収穫は、一般的な手法である菌床栽培を用いて行うが、単離目的の生理活性物質は、NGF合成促進作用を有するヘリセノン類である。その中でも特にヘリセノンC及びDを選択的に得るため、育成したヤマブシタケ子実体の収穫時期と抽出に用いる溶媒種の選択が極めて重要である。
この点については、既に上記の課題解決の手段において説明した通りである。
【0035】
すなわち、菌床栽培においては、ヤマブシタケの生育段階を便宜的に、以下の8ステージに分け、予め培養した菌糸体接種後の子実体生育状態を定義した。
(1) ステージ1;培養後きのこが発生した段階である原基の状態。
(2) ステージ2;原基から成長した幼子実体。
(3) ステージ3;ピンク色になった状態。
(4) ステージ4;子実体の針が全体的にみられる状態。
(5) ステージ5;子実体の針が約1cm伸長した成熟子実体の状態。
(6) ステージ6;子実体の針が2-3cm伸長した成熟子実体の状態。
(7) ステージ7;子実体が変色せず、白色のまま針がさらに伸長し
た状態。
(8) ステージ8;針の伸長が止まり、先端が曲がるあるいは黄褐色
~茶色に変色が始まった状態
【0036】
ここで、菌糸体を接種する培地にも最適な種類があるが、発明者らは、種々検討した結果、好ましいものとして、ミズナラ木粉およびコーンコブミールを見出した。
また、より好ましい培地はコーンコブミールであるが、コーンコブミール培地は他の培地や生育助長剤との混合によって菌床栽培することも本発明の目的を損なわない範囲で任意である。
例えばコットンハル等を添加することによって、ヤマブシタケ菌糸体の成長が助長され、栽培期間の短縮や品質・収量アップなどの効果が期待できる。
ここで、コットンハルとは、綿実を機械的に破砕し、核を取り出した後の殻と短繊維の混合物を意味し、主な成分はセルロース、ヘミセルロース、リグニンであることが知られている。
さらに、培地には米ぬか等の栄養剤を適宜添加し、発育過程を調整することも許容される。
【0037】
本発明での菌床栽培で産生されるヤマブシタケ子実体中のヘリセノンC及びDの量は、後述の実施例から明らかなとおり、ステージ6で最大になることから、本発明では、ステージ6で子実体を収穫するのが最適である。
【0038】
収穫したヤマブシタケ子実体からヘリセノン類を抽出するのに最適な溶媒は、n-ヘキサンである。本発明における抽出は、次の工程で行うのが好ましい。
すなわち、凍結乾燥子実体粉末にn-ヘキサンを加え、超音波処理を行い遠心分離して得られた上清を濃縮する。これを都合最低4回繰り返し行って得られたものを、本発明のヘリセノンC(HericenoneC)及びヘリセノンD(HericenoneD)の高濃度含有抽出物とする。
【化3】
【0039】
当該抽出物については、そのまま有効成分として使用できるが、適宜、使用の目的や製剤形態に応じ、精製或いはヘリセノンC及びヘリセノンDを常法により単離し、好適には認知症治療用の有効成分として供し得るものである。
【0040】
本発明の抽出法で得た有効成分を、抽出物そのものとして、若しくはヘリセノンC及びヘリセノンDをそれぞれ単離して製剤に利活用する場合、適用製剤の形態は、本発明の目的を損なわない限りにおいて、経口、非経口いずれも許容されるものである。
【0041】
経口の形態、飲食等としては、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、粉剤、シロップ剤、液剤などの公知の形態に製剤化して自由に使用できる。飲食品の具体例として、例えば、ドリンク、サプリメントなどの栄養補助食品、特定保健用食品、機能性食品およびいわゆる健康食品などのほか、ゼリー、清涼飲料、スープ、クッキー、キャンディー、グミ、ガム等の各種一般加工食品として許容し得る形態が広く挙げられる。
【0042】
本発明の非経口の製剤は、非経口タイプは、重篤な認知症を患う者や服薬コンプライアンスが難しい対象者に便宜であるが、医薬品のカテゴリーとして許容しうる形態を含むものであり、その剤型としては、本発明の目的を損なわない範囲であれば特に制約されない。
例えば、注射剤、坐剤、経皮吸収型のパップ剤、クリーム、軟膏、乳剤、リニメント剤、ペースト剤、ローション、乳液、エッセンス、ゲル剤及びトニックなどの形態があげられ、非経口(経皮)での適用に際して、公知の経皮吸収促進剤の併用は任意であり、使用部位に応じて最適に製剤設計する。
【0043】
経口および非経口の製剤設計時の配合基剤(賦形剤)については、施用上許容し得る任意の液状及び固形状の原料を幅広く使用できる。その際、必要に応じて保湿剤、安定剤、酸化防止剤など種々の汎用の添加剤を加えることができる。
【0044】
本発明の抽出法で得た有効成分を、抽出物そのものとして、若しくはヘリセノンC及びヘリセノンDをそれぞれ単離して製剤に利活用する場合、同種の効果を有する公知成分との併用は許容される。
【実施例0045】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は当該実施例に限定されるものではない。
【0046】
<実施例1> ヤマブシタケ子実体の収穫
(1)ヤマブシタケ菌糸体の培養
Potato Dextrose Agar (PDA) 培地の作製を行った。Difco(登録商標) Potato Dextrose Broth 24 gと寒天15 gとRO水 1 Lを混合し、オートクレーブで121℃、30分間滅菌処理を行った。
その後、クリーンベンチ内でシャーレにPDA培地を分注した。市販されているヤマブシタケ子実体 (株式会社微創研から購入した菌床ブロックより発生した子実体) からクリーンベンチ内で組織分離を行った。組織分離は子実体を2分割し、その内部をナイフで切り込み、欠片を寒天培地上に播種した。約3週間20℃のインキュベーター内で菌糸体が生長するまで培養を行った。
【0047】
(2)ヤマブシタケ子実体の栽培
ヤマブシタケの収穫は、ヤマブシタケ栽培において一般的な手法である菌床栽培を行った。異なる培地組成により栽培したヤマブシタケの二次代謝産物への影響を調べるため、3種類の培地を準備した。
培地には広葉樹おが粉 (ミズナラ木粉、群馬県産) 100 %、コーンコブミール (輸入品) 50 % + コットンハル (輸入品) 50 %及び針葉樹おが粉 (スギ木粉、大分県産) を使用した。それぞれに栄養剤として米ぬか (JA) を加え、含水率65 %となるように水道水を加えた。
栽培培地550 gを量り取り、プラスチックボトルに詰めた後、オートクレーブで121 ℃、60分間滅菌し、一晩放置後、 PDA培地に蔓延したヤマブシタケ菌糸を木粉培地に接種した。暗所、20 ℃にて約1ヵ月間、菌糸を培養し、きのこが発生したものから明所で13 ℃、湿度90 %の発生室で栽培を行った。
【0048】
(3)培養と菌床栽培後のヤマブシタケ子実体の収穫
ヤマブシタケ子実体の収穫を行うため、PDA培地上でヤマブシタケ菌糸体の培養を行ったところ、約3週間でシャーレ全体に蔓延した。
ミズナラ木粉培地では約1か月間の培養後、子実体原基の形成を開始し、原基形成から約3週間かけて成熟子実体となった。
これに対して、コーンコブミール+コットンハル混合培地では1週間ほど遅れて原基形成を開始し、約2週間で成熟子実体となった。
スギ木粉培地では、プラスチックボトル内での菌糸の生長が遅く、子実体の形成も見られなかった。
そのため、ミズナラ木粉培地およびコーンコブミール+コットンハル混合培地の2種類から子実体の収穫を行った。
ヤマブシタケの生育段階は6ステージとし、ステージ1は原基、ステージ2は幼子実体、ステージ3はピンク色を示した段階、ステージ4はヤマブシタケ特有の針が全体に現れた段階、ステージ5は針が約1 cm程度伸長した子実体の段階、ステージ6はさらに針が2-3 cm伸長した成熟子実体(
図1)とし、後述の定性定量分析に資することとした。
【0049】
<実施例2> ヤマブシタケ抽出物の分析
(1) 抽出溶媒の検討
ヘリセノン類の抽出に最適な抽出溶媒の検討を行った。溶媒はn-ヘキサン (試薬特級、富士フィルム和光純薬株式会社)、クロロホルム (試薬特級、富士フィルム和光純薬株式会社)、ジクロロメタン (試薬特級、富士フィルム和光純薬株式会社)、酢酸エチル (試薬特級、富士フィルム和光純薬株式会社)、エタノール (試薬特級、富士フィルム和光純薬株式会社)、メタノール (試薬特級、富士フィルム和光純薬株式会社) の6種類を使用した。
【0050】
ヤマブシタケ凍結乾燥子実体をミキサーにかけ、得られた粉末1 gに各溶媒10 mLを添加し、超音波処理を30分間行った。これを遠心分離して得られた上清を、エバポレーターを用いて濃縮しエキスを得た。これを3回繰り返した。各エキスはメタノール (LC/MS用、富士フィルム和光純薬株式会社) に10 mg/mLとなるよう溶解し、HPLC分析を行った。
【0051】
分析機器はJASCO Photo Diode Array Detector (MD-4015、日本分光株式会社)、JASCO 3-Line Degasser (DG-1580-53、日本分光株式会社)、JASCO Ternary Gradient Unit (LG-1580-02、日本分光株式会社)、JASCO Intelligent HPLC Pump (PU-1580、日本分光株式会社)、JASCO Intelligent Sampler (AS-950、日本分光株式会社)、GL science Column Oven (CO 631A、ジーエルサイエンス株式会社) を使用し、注入量は5マイクロ L、流速は1.0 mL/min、カラム温度は40℃、検出波長は292 nmに設定した。カラムはPoroshell 120 EC-C18 (4.6×150 mm, 2.7マイクロm) を使用した。
【0052】
溶媒はA:95%メタノール (100%メタノールに5%超純水を混合) (LC/MS用、富士フィルム和光純薬株式会社)、B:イソプロパノール (LC/MS用、富士フィルム和光純薬株式会社) を使用し、グラジエントの条件はA:100%-A:100%(10min)-A:50%(15min)-A:30%(1min)-A:30%(5min)-A:100%(1min)-A:100% (7min)とした。
【0053】
また、UV吸収を持たない化合物の検出を行うため、蒸発光散乱検出器 (Evaporative Light Scattering Detector ; ELSD) を使用した分析も行った。分析機器は1220 Infunity LC (Agilent Technologies) および1290 Infinityツー ELSD (Agilent Technologies) を使用し、それ以外は全く同じ条件で分析を行った。
【0054】
上記の試験方法に従って、6種類の有機溶媒を使用し抽出を行ったところ、抽出効率は6種類の有機溶媒の中で最も極性の高いメタノールを使用した際に、33.7 %で最も高くなった (表2)。
【表2】
【0055】
また、それぞれの抽出物についてHPLC分析を行ったところ、ピークのリテンションタイムから6種類の抽出物にはヘリセノンC (RT : 12.02 min) およびヘリセノンD (RT : 17.02 min) が含まれていることを確認した(
図2,
図3)。
【0056】
さらに、ELSDを使用し、UV検出できない化合物についても調べた (
図4乃至9)ところ、極性の低い溶媒では、30分以降にUVでは検出されなかったピークを確認した。これは脂質由来の化合物である可能性が示唆された。また抽出溶媒が高くなるにつれて、30分以降のピークは小さくなり、1分から2分あたりに新たなピークが出現した。これは、極性の高い化合物であると考えられ、糖類である可能性が示唆された。
【0057】
超音波抽出を3回行ったとき、292 nmにおけるクロマトグラムの面積値からヤマブシタケ抽出物1 mgあたりのヘリセノン相対量はn-ヘキサン抽出物、ジクロロメタン抽出物、酢酸エチル抽出物、クロロホルム抽出物、エタノール抽出物、メタノール抽出物の順にヘリセノンCおよびヘリセノンDが多く含まれていた(
図10)。
この結果から、ヘリセノン類をより選択的に抽出できると考えられる抽出溶媒としては、n-ヘキサンが最適であることが判明した。
【0058】
(2)抽出回数の検討
前項でのべたように、最適な溶媒が、n-ヘキサンであることが確認できため、n-ヘキサン抽出物を使用し、抽出回数の検討を行った。
ヤマブシタケ凍結乾燥子実体をミキサーにかけ、得られた粉末1 gにn-ヘキサン(試薬特級、富士フィルム和光純薬株式会社) 10 mLを添加し、超音波処理を30分間行った。これを遠心分離して得られた上清を、エバポレーターを用いて濃縮しエキスを得た。これを10回繰り返した。各エキスはメタノール (LC/MS用、富士フィルム和光純薬株式会社) に10 mg/mLとなるよう溶解し、HPLC分析を行った。HPLC分析は抽出溶媒を検討した際に使用した条件と同じ条件で行った。
【0059】
n-ヘキサン抽出物を使用した抽出は、10回行い、HPLC分析を行った時のピーク面積値の値からヘリセノンCおよびDの相対値を求めた。
各抽出回数の抽出物重量と抽出率を表3に示す。
【表3】
【0060】
ヘリセノンCとヘリセノンDは共に4回抽出を行った時に90%以上回収することが出来た。
以上の結果から、ヘリセノン類の抽出にはn-ヘキサンを抽出溶媒として使用し、超音波処理を4回行うことが最適である。
【0061】
(3)高速液体クロマトグラフ―四重極飛行時間型質量分析
HPLC分析の結果から、各ピークの化合物を推定するため高速液体クロマトグラフ―四重極飛行時間型質量分析装置 (LC-Q-TOF/MS) を使用し分析を行った。各エキスはメタノールに100 ppmとなるよう溶解し、LC-Q-TOF/MS分析を行った。LC-Q-TOF/MSの分析条件はHPLCの分析条件をもとに確立した。分析機器はAgilent 6545 LC/Q-TOFを使用し、液体クロマトグラフィーの条件は、注入量1マイクロL、流速0.2 mL/min、カラム温度40℃、検出波長295 nmに設定した。カラムはPoroshell 120 EC-C18 (2.1×100 mm, 2.7マイクロm) を使用した。溶媒はA:95%メタノール (100%メタノールに5% 超純水を混合) (LC/MS用、富士フィルム和光純薬株式会社)、B:イソプロパノール (LC/MS用、富士フィルム和光純薬株式会社)を使用し、グラジエントの条件はB:0%-B:0%(5min)-B:45%(12min)-B:100% (1min)-B : 100% (7 min) - B : 0% (0.5 min) - B : 0% (3.5 min)とした。質量分析の条件は、イオン化はエレクトロスプレー (ESI) 法、フラグメンター120 V、ネブライザーガスはN2 (50 psi)、ドライガスはN2 (10 L/min, 325℃)、キャピラリー電圧は3500 Vとした。
【0062】
n-ヘキサン抽出物を使用し、LC-Q-TOF/MSによる各ピークの化合物を推定した(
図11)。推定されたピークはリテンションタイムの早い順に1.ヘリセノンE (RT : 6.855)、2.ヘリセノンC (RT : 8.215)、3.ヘリセノンI (RT : 8.839 min)、4.エルゴステロール (RT : 8.973 min)、5.ヘリセノンD (RT : 10.695 min)、6.ヘリセンD (RT : 12.602 min)、7.ヘリセンA (RT : 13.789 min)、8.ヘリセンB (RT : 14.277 min)、9.ヘリセンC (RT : 15.842 min) であった。ヘリセノンCとヘリセノンDは標品と一致したため、同定することが出来た。
【0063】
<実施例3>各成長段階でのヤマブシタケ抽出物の分析
(1)抽出
ヘリセノン類の抽出に最適な条件を検討した結果、n-ヘキサン (試薬特級、富士フィルム和光純薬株式会社) を使用し4回行うこととなった。PDA培地に蔓延したヤマブシタケ菌糸体から電子レンジで寒天培地を溶解し、菌糸体のみを25 mLチューブに移し約12時間凍結乾燥を行った。
また、ミズナラ木粉培地と「コーンコブミール及びコットンハル混合培地」から収穫した6ステージの子実体を約4日間凍結乾燥した。凍結乾燥したサンプルはミキサーにより粉砕し粉末にした。
【0064】
菌糸体粉末は120 mgにn-ヘキサン (試薬特級、富士フィルム和光純薬株式会社) を10 mL添加した。他の子実体粉末は500 mgにn-ヘキサン (試薬特級、富士フィルム和光純薬株式会社) を5 mL添加した。それぞれ超音波処理を30分間行い、遠心分離 (3500 rpm, 5 min) 行った後、得られた上清はエバポレーターを用いて濃縮した。これを4回行った。デシケーター内で抽出物を乾固したものの重量を測定し、抽出率を求めた。
【0065】
(2)高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析
得られた抽出物はメタノール (LC/MS用、富士フィルム和光純薬株式会社) に10 mg/mLとなるよう溶解し、HPLC分析を行った。分析機器はJASCO Photo Diode Array Detector (MD-4015、日本分光株式会社)、JASCO 3-Line Degasser (DG-1580-53、日本分光株式会社)、JASCO Ternary Gradient Unit (LG-1580-02、日本分光株式会社)、JASCO Intelligent HPLC Pump (PU-1580、日本分光株式会社)、JASCO Intelligent Sampler (AS-950、日本分光株式会社)、GL science Column Oven (CO 631A、ジーエルサイエンス株式会社) を使用し、注入量は5 マイクロL、流速は1.0 mL/min、カラム温度は40℃、検出波長は295 nmに設定した。カラムはPoroshell 120 EC-C18 (4.6×150 mm, 2.7マイクロm) を使用した。溶媒はA:95%メタノール (100%メタノールに5% 超純水を混合) (LC/MS用、富士フィルム和光純薬株式会社)、B:イソプロパノール (LC/MS用、富士フィルム和光純薬株式会社) を使用し、グラジエントの条件はA:100%-A:100%(10min)-A:50%(15min)-A:30%(1min)-A:30%(5min)-A:100%(1min)-A:100%(7min)とした。またヘリセノン類の定量を行うため、ヘリセノンD標品から検量線の作成を行った。濃度は0.1, 0.25, 0.5, 1.0 mg/mLの4段階とした。
【0066】
(3)高速液体クロマトグラフ―四重極飛行時間型質量分析
各ピークの化合物を推定するため、ミズナラ木粉培地から収穫したStage1とStage6について、高速液体クロマトグラフ―四重極飛行時間型質量分析装置(LC-Q-TOF/MS)を使用し分析を行った。
それぞれの抽出物はメタノールに100 ppmとなるように溶解し、LC-Q-TOF/MS分析を行った。LC-Q-TOF/MSの分析条件はHPLCの分析条件をもとに確立した。
【0067】
分析機器は液体クロマトグラフには1290 Infunity ツー LC (Agilent Technologies)、 質量分析には6545 LC/Q-TOF (Agilent Technologies) を使用し、液体クロマトグラフィーの条件は、注入量1マイクロL、流速0.2 mL/min、カラム温度40℃、検出波長295 nmに設定した。カラムはPoroshell 120 EC-C18 (2.1×100 mm, 2.7マイクロm) を使用した。
【0068】
溶媒はA:95%メタノール、B:イソプロパノールを使用し、グラジエントの条件はB:0%-B:0%(5min)-B:45%(12min)-B: 70% (1min)-B:70%(4min)-B:0%(0.5min)-B:0% (3.5min)とした。質量分析の条件は、イオン化はエレクトロスプレー (ESI) 法、フラグメンター120 V、ネブライザーガスはN2 (50 psi)、ドライガスはN2 (10 L/min, 325℃)、キャピラリー電圧は3500 Vとした。
【0069】
(4)検討結果(成長段階での生理活性成分の定量分析)
上記(1)乃至(3)に基づき得られた結果を以下に述べる。
菌糸体およびミズナラ木粉培地と「コーンコブミール及びコットンハル混合培地」のそれぞれ6ステージのn-ヘキサン抽出物について、確立した分析方法でHPLCを行った。各抽出物の重量と抽出率を求めた (表4;菌糸体および6ステージの抽出物重量と抽出率)。
【表4】
【0070】
菌糸体のn-ヘキサン抽出物はエルゴステロールのみを検出し、ヘリセノン類などの生理活性成分は検出されなかった (
図12)。
ミズナラ木粉培地から収穫した6ステージのn-ヘキサン抽出物のクロマトグラムから、ヘリセノン類は子実体の成長に伴い、増加していた。これに対し、ヘリセン類はステージ3で一度増加し、ステージ4~5にかけて減少し、ステージ6でもう一度増加していた (
図13)。
ステージ6では、複数の生理活性成分が検出された。溶出順序の早い順に、ヘリセノンE (RT : 9.84 min)、ヘリセノンC (RT : 12.01 min)、ヘリセノンD (RT : 17.02 min)、ヘリセンD (RT : 19.92 min)、ヘリセンA (RT : 21.48 min)、ヘリセンB (RT : 21.91 min)、ヘリセンC (RT : 24.07 min) であった。
また、クロマトグラムの1分から3分に現れた極性の高い化合物については成長に伴い、減少傾向を示した。
【0071】
「コーンコブミール及びコットンハル混合培地」のクロマトグラムからミズナラ木粉培地の生理活性成分と含有量異なるものの、ピークの形状はほとんど同じであった (
図14)。ヘリセノン類はステージ6で最も多く、ヘリセン類はミズナラ木粉培地に比べ少ないものの、ステージ3で一度増加し、ステージ4~5にかけて減少し、ステージ6で増加した。
【0072】
このクロマトグラムをもとにヘリセノン類およびヘリセン類を定量した。ヘリセノンDの標品を使用し、検量線を作成した (
図15)。ヘリセノンD以外の化合物はヘリセノンD当量として算出した。
ヘリセノンCおよびヘリセノンDではステージ6で急激に増加し、ミズナラ木粉培地と「コーンコブミール及びコットンハル混合培地」では危険率5%で含有量に有意な差が認められた (
図16、17)。また、ヘリセン類の定量結果から、ステージ3で一度増加していることを確認した (
図18,19)。
【0073】
<実施例4>ステージ6とステージ8の比較
ステージ6とステージ6の育成過程を超えた子実体の針の身長が著しいもの(ステージ8相当)を用い、ヘリセノン類の挙動を以下の条件(表5)で、確認した。
ヤマブシタケ凍結乾燥子実体をミキサーにかけ、得られた粉末1 gにヘキサン10 mLを添加し、超音波処理を30分間行った。これを遠心分離して得られた上清を、エバポレーターを用いて濃縮しエキスを得た。これを3回繰り返した。各エキスはメタノールに10 mg/mLとなるよう溶解し、HPLC分析を行った。
【表5】
【0074】
図22乃至24のとおり、ヘリセノンCはステージ6で含量が最も多かった(1.36 mg/g-乾燥粉末)。また、ステージ8ではヘリセノンC含量が劇的に減少した(0.05 mg/g-乾燥粉末)。このことから、機能性成分であるヘリセノン類はステージ6で最も高含有になる可能性が考えられる。
【0075】
<考察>
これまで、ヤマブシタケに関する研究は、主にヤマブシタケ特有の二次代謝産物の単離やその化合物の生理活性について調べられてきた。特に菌糸体より単離されたエリナシン類や子実体より単離されたヘリセノン類は神経成長因子 (NGF) の合成を促進することが報告されている。繰り返し述べているように、NGFの機能不全はアルツハイマー型認知症の病因であるとされており、NGFの合成を促進することでアルツハイマー型認知症の予防や治療に繋がると言われている。アルツハイマー型認知症の治療に有効な手段は少ないため、これらの二次代謝産物に対する注目度が高い。
【0076】
本発明らが検討した試験結果で、極性の異なる6種類の有機溶媒を使用したとき、ヘリセノン類の抽出にはn-ヘキサン溶媒が最適であることが明らかとなった。また4回抽出を行った時に、ヘリセノンCおよびヘリセノンDを90%以上回収することが出来たため、ヘリセノン類の分析を行うにはn-ヘキサン溶媒で4回抽出することで複数のヘリセノン類とヘリセン類のHPLCおよびLC-Q-TOF/MS分析方法を確立することが出来た。これは、今後機能性の高いヤマブシタケの育種を進めるにあたり、栽培現場でも活用していくことが出来るものと考えられる。