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特開2022-98547木質材料用防火薬剤、並びに、当該防火薬剤を用いた防火木質材料及びその製造方法
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  • 特開-木質材料用防火薬剤、並びに、当該防火薬剤を用いた防火木質材料及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022098547
(43)【公開日】2022-07-04
(54)【発明の名称】木質材料用防火薬剤、並びに、当該防火薬剤を用いた防火木質材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 21/04 20060101AFI20220627BHJP
   B27K 3/52 20060101ALI20220627BHJP
   B27K 5/00 20060101ALI20220627BHJP
   C09K 21/12 20060101ALI20220627BHJP
【FI】
C09K21/04
B27K3/52 B
B27K5/00 A
C09K21/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020211976
(22)【出願日】2020-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(71)【出願人】
【識別番号】591082889
【氏名又は名称】細田木材工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】512109242
【氏名又は名称】株式会社西尾木材工業所
(74)【代理人】
【識別番号】100121784
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 稔
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 貴文
(72)【発明者】
【氏名】古田 裕三
(72)【発明者】
【氏名】神代 圭輔
(72)【発明者】
【氏名】宮藤 久士
(72)【発明者】
【氏名】細田 悌治
(72)【発明者】
【氏名】西尾 良一
【テーマコード(参考)】
2B230
4H028
【Fターム(参考)】
2B230AA07
2B230BA03
2B230CA19
2B230DA02
2B230EB01
2B230EB12
4H028AA07
4H028AA38
4H028BA02
(57)【要約】      (修正有)
【課題】防火薬剤水溶液のpHが弱酸性から中性付近にあり、処理した際の防火木質材料の材色変化が軽微であり、処理後の防火木質材料の吸湿性が低く、防火薬剤の噴き出しや白華を抑制することのできる木質材料用防火薬剤、並びに、当該防火薬剤を用いた防火木質材料及びその製造方法を提供する。
【解決手段】リン酸及び/又はリン酸の無機塩、尿素、並びに、リン酸の有機塩を溶解した水溶液からなり、リン酸の有機塩は、単独の溶解度を超えて溶解している。リン酸の有機塩は、リン酸尿素、リン酸グアニル尿素、リン酸尿素とリン酸グアニル尿素の配合物、又は、これらと他のリン酸の有機塩との配合物である。リン酸の無機塩は、アンモニウム塩である。この水溶液において、リン酸及び/又はリン酸の無機塩と、尿素との配合比率は、モル比で1:1~1:2の範囲内にあり、水溶液のpHは、4~8の範囲内にある。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸及び/又はリン酸の無機塩、尿素、並びに、リン酸の有機塩を溶解した水溶液からなり、
前記リン酸の有機塩は、単独の溶解度を超えて溶解していることを特徴とする木質材料用防火薬剤。
【請求項2】
前記リン酸の有機塩は、リン酸尿素、リン酸グアニル尿素、リン酸尿素とリン酸グアニル尿素の配合物、又は、これらと他のリン酸の有機塩との配合物であることを特徴とする請求項1に記載の木質材料用防火薬剤。
【請求項3】
前記リン酸の無機塩は、アンモニウム塩であることを特徴とする請求項1又は2に記載の木質材料用防火薬剤。
【請求項4】
前記水溶液において、前記リン酸及び/又はリン酸の無機塩と、尿素との配合比率は、モル比で1:1~1:2の範囲内にあることを特徴とする請求項1~3のいずれか1つに記載の木質材料用防火薬剤。
【請求項5】
前記水溶液のpHは、4~8の範囲内にあることを特徴とする請求項1~4のいずれか1つに記載の木質材料用防火薬剤。
【請求項6】
木質材料を請求項1~5のいずれか1つに記載の木質材料用防火薬剤により処理してなる防火木質材料であって、
前記木質材料に付与された前記木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量が、10質量%以上減量された状態で定着したものであることを特徴とする防火木質材料。
【請求項7】
木質材料に請求項1~5のいずれか1つに記載の木質材料用防火薬剤を注入する注入工程と、
前記注入工程後の前記木質材料に前記木質材料用防火薬剤の有効成分を定着させる定着工程とを有し、
前記定着工程において、15℃~150℃の温度範囲において前記木質材料を処理することを特徴とする防火木質材料の製造方法。
【請求項8】
前記定着工程において、
前記注入工程後の前記木質材料中に注入された前記木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量に対して、
前記定着工程後の前記木質材料中に残存する前記木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量は、10質量%以上減量されていることを特徴とする請求項7に記載の防火木質材料の製造方法。
【請求項9】
前記定着工程は、乾燥操作と加熱操作とからなり、
前記乾燥操作においては、15℃以上80℃未満の温度で前記木質材料を乾燥し、
前記加熱操作においては、80℃以上150℃以下の温度で前記木質材料を加熱することを特徴とする請求項7に記載の防火木質材料の製造方法。
【請求項10】
前記定着工程中の加熱操作において、
前記注入工程後の前記木質材料中に注入された前記木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量に対して、
前記加熱操作後の前記木質材料中に残存する前記木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量は、10質量%以上減量されていることを特徴とする請求項9に記載の防火木質材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、住宅や店舗、その他建築構造物の内外装に利用される木質材料を防火するための木質材料用防火薬剤に関するものである。また、当該防火薬剤を用いた防火木質材料及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
平成10年度(1998年度)に建築基準法の一部が改正され、防火性能の評価方法の一つとして、コーンカロリメータを用いた発熱性試験方法が新たに規定された。防火材料には、難燃材料・準不燃材料・不燃材料があるが、いずれも同法により評価され、それぞれ5分間・10分間・20分間の加熱時間において、以下の3つの条件を満たす必要がある。
(1)総発熱量が8MJ/m以下であること。
(2)防火上有害となる裏面まで貫通する亀裂および穴がないこと。
(3)最高発熱速度が10秒以上継続して200kw/mを超えないこと。
【0003】
木質材料が上記3つの条件を充足するためには、木質材料中に大量の防火薬剤を導入する必要がある。木質材料中に防火薬剤を導入する方法には、木質ボード作製時に防火薬剤を粉体のまま接着剤に混入するなどの方法もある。しかし、最も普遍的且つ効率的な方法としては、溶媒に溶解した防火薬剤を減圧加圧注入法などにより木質材料の内部にまで注入する方法が行われる。そして、コストや安全面から、溶媒には水を用いた防火薬剤の水溶液が用いられる。
【0004】
一般に、不燃化には木質材料1m当たり、固形分として250kg以上の防火薬剤が必要とされている。この量の防火薬剤を一度の減圧加圧注入法などにより導入するには、水100ml当たり、50g以上の防火薬剤を溶解させる必要がある。このような溶解度が大きく、且つ防火性能を発現できる薬剤としては、リン酸やその塩(特に無機塩)など極限られたものとなる。また、これら溶解度が大きな薬剤を用いた場合、その高い親水性のために防火木質材料が極めて高い吸湿性を有することとなる。このような高い吸湿性を有する防火木質材料は、外気の湿度が上がると大量の湿気を吸い込み、外気の湿度が下がったときにそれを吐き出し、防火木質材料の表面から防火薬剤がベタツキのある液状体となって噴き出すという問題があった。
【0005】
一方、リン酸やその塩と並んで防火性能を発現できる薬剤としては、ホウ酸とその塩が知られている。これらは、非常に溶解度が低く、単独では水溶液として使用できる防火薬剤とはならない。そこで、下記特許文献1においては、ホウ酸を水に溶解させる際に、特定のアルカリ金属化合物の塩を併用し、ホウ素濃度が高いホウ酸化合物水溶液の製造方法を提案している。また、下記特許文献2においては、炭酸水素ナトリウムを用いてホウ酸の溶解度を超える不燃薬剤を調製した改質木材とその製造方法を提案している。
【0006】
下記特許文献1及び2の方法においては、ホウ酸やその塩の溶解度は低く吸湿性も低いが、その溶解度を高めるために用いている薬剤はいずれも高い親水性を有している。よって、これらの薬剤を併用して溶解されたホウ酸化合物水溶液で処理された防火木質材料の吸湿性は高く、外気の湿度が上がると大量の湿気を吸い込み、外気の湿度が下がったときにそれを吐き出した際、防火薬剤が防火木質材料表面から噴き出し、ホウ酸やその塩が木質材料の表面で固化するという問題があった。この現象を「白華」といい、リン酸やその塩のベタツキのある液状体の噴き出しと共に防火木質材料の最大の欠点となっている。
【0007】
そこで、親水性の薬剤を併用せずホウ酸やその塩の溶解度を高める方法として、加温という手段がある。沸騰水を用いてホウ酸やその塩を溶解させて防火薬剤を調製し、それを加圧注入する方法である。防火薬剤水溶液を木質材料中に導入するには、一般的に減圧加圧注入法が採用される。この方法では、加圧を行う前段階として一定時間減圧状態に保つことにより、木質材料の空隙中に存在する空気を排除して加圧注入する防火薬剤水溶液の量を多くすることができる。しかし、加温手段を用いた加圧注入法においては、減圧状態に保つことが難しい。
【0008】
加温手段において減圧すると、激しく沸騰して高い減圧度が得られない。また、防火薬剤の温度が低下して再結晶化してしまう危険性があり、防火薬剤の濃度管理が難しくなるという問題があった。更に、加温により木質材料が軟化するため、加圧時に木質材料が圧潰することも多々見られ、高い圧力をかけることができず、良好な注入結果を得ることができないという問題があった。その他、薬剤面だけでなく、注入にかかる設備全体を作業中加温し続ける必要があり、加圧操作及び設備メンテナンス上にも問題があった。このように、加温により防火薬剤の溶解度を高めることは理論上容易であるが、実務的には多くの問題があった。
【0009】
そこで、これらに代わる防火薬剤の使用が求められていた。上述のように、リン酸の無機塩は極めて吸湿性が高いが、リン酸とチッソを含有する有機塩の中には吸湿性が低いものがある。例えば、リン酸ジグアニジン、リン酸グアニル尿素、リン酸尿素などが挙げられる。しかし、これらはいずれも溶解度が低く、室温では水100ml当たりの溶解度が、それぞれ、15.5g、8.5g、5.0gであり、単独では防火薬剤水溶液とはなり得ない。
【0010】
これまでに、本発明者は、下記特許文献3~5の新たな不燃化薬剤を提案した。まず、下記特許文献3において、リン酸を添加してリン酸ジグアニジンの溶解度を高める方法を提案した。また、下記特許文献4において、炭酸アンモニウム又は炭酸水素アンモニウムを添加してリン酸ジグアニジン等の溶解度を高め、防火薬剤の注入後に木質材料を加温して、炭酸アンモニウム又は炭酸水素アンモニウムを分解除去する方法を提案した。また、下記特許文献5において、グアニジンに対して特定のモル比でリン酸及び有機酸を添加することで溶解度を高め、且つ吸湿性の低い防火木質材料を得ることに成功した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2008-74670
【特許文献2】特開2006-082533
【特許文献3】特開2007-016057
【特許文献4】特開2009-113258
【特許文献5】特開2010-162727
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ここで、上記特許文献3の方法においては、添加したリン酸により防火木質材料の吸湿性が極端に高くなり、防火薬剤の噴き出しが時としてみられた。また、上記特許文献4の方法においては、低い吸湿性の防火木質材料を得ることができたが、実大サイズで加工を行った結果、炭酸アンモニウム又は炭酸水素アンモニウムの分解で生じたアンモニアの臭気を除去するのに、長い加温時間を要した。
【0013】
また、上記特許文献5の方法においては、生成したリン酸グアニル尿素水溶液のpHが3.8であり、有機酸を用いて調製した防火薬剤のpHも4以下であった。このような酸性の防火薬剤水溶液で処理された防火木質材料は、材色変化(酸焼け)を生じることがあり、また、使用時には金属腐食性や、接着剤の性能発現と耐久性、塗料の付着性と耐久性などに問題が生じる危険性をはらんでいる。
【0014】
そこで、本発明は、上記問題に対処して、防火薬剤水溶液のpHが弱酸性から中性付近にあり、処理した際の防火木質材料の材色変化が軽微であり、処理後の防火木質材料の吸湿性が低く、防火薬剤の噴き出しや白華を抑制することのできる木質材料用防火薬剤、並びに、当該防火薬剤を用いた防火木質材料及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題の解決にあたり、本発明者らは、鋭意研究の結果、リン酸やリン酸の無機塩に尿素を併用することにより、防火性能を有しているが溶解度の低いリン酸の有機塩を単独の溶解度を超えて水溶液とすることができ、且つ、この水溶液を木質材料へ注入後に加熱処理することにより、上記課題を解決できることを見出し本発明の完成に至った。
【0016】
即ち、本発明に係る木質材料用防火薬剤は、請求項1の記載によると、
リン酸及び/又はリン酸の無機塩、尿素、並びに、リン酸の有機塩を溶解した水溶液からなり、
前記リン酸の有機塩は、単独の溶解度を超えて溶解していることを特徴とする。
【0017】
また、本発明は、請求項2の記載によると、請求項1に記載の木質材料用防火薬剤であって、
前記リン酸の有機塩は、リン酸尿素、リン酸グアニル尿素、リン酸尿素とリン酸グアニル尿素の配合物、又は、これらと他のリン酸の有機塩との配合物であることを特徴とする。
【0018】
また、本発明は、請求項3の記載によると、請求項1又は2に記載の木質材料用防火薬剤であって、
前記リン酸の無機塩は、アンモニウム塩であることを特徴とする。
【0019】
また、本発明は、請求項4の記載によると、請求項1~3のいずれか1つに記載の木質材料用防火薬剤であって、
前記水溶液において、前記リン酸及び/又はリン酸の無機塩と、尿素との配合比率は、モル比で1:1~1:2の範囲内にあることを特徴とする。
【0020】
また、本発明は、請求項5の記載によると、請求項1~4のいずれか1つに記載の木質材料用防火薬剤であって、
前記水溶液のpHは、4~8の範囲内にあることを特徴とする。
【0021】
また、本発明に係る防火木質材料は、請求項6の記載によると、
木質材料を請求項1~5のいずれか1つに記載の木質材料用防火薬剤により処理してなる防火木質材料であって、
前記木質材料に付与された前記木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量が、10質量%以上減量された状態で定着したものであることを特徴とする。
【0022】
また、本発明に係る防火木質材料の製造方法は、請求項7の記載によると、
木質材料に請求項1~5のいずれか1つに記載の木質材料用防火薬剤を注入する注入工程と、
前記注入工程後の前記木質材料に前記木質材料用防火薬剤の有効成分を定着させる定着工程とを有し、
前記定着工程において、15℃~150℃の温度範囲において前記木質材料を処理することを特徴とする。
【0023】
また、本発明は、請求項8の記載によると、請求項7に記載の防火木質材料の製造方法であって、
前記定着工程において、
前記注入工程後の前記木質材料中に注入された前記木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量に対して、
前記定着工程後の前記木質材料中に残存する前記木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量は、10質量%以上減量されていることを特徴とする。
【0024】
また、本発明は、請求項9の記載によると、請求項7に記載の防火木質材料の製造方法であって、
前記定着工程は、乾燥操作と加熱操作とからなり、
前記乾燥操作においては、15℃以上80℃未満の温度で前記木質材料を乾燥し、
前記加熱操作においては、80℃以上150℃以下の温度で前記木質材料を加熱することを特徴とする請求項7に記載の防火木質材料の製造方法。
【0025】
また、本発明は、請求項10の記載によると、請求項9に記載の防火木質材料の製造方法であって、
前記定着工程中の加熱操作において、
前記注入工程後の前記木質材料中に注入された前記木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量に対して、
前記加熱操作後の前記木質材料中に残存する前記木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量は、10質量%以上減量されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
上記構成によれば、本発明に係る木質材料用防火薬剤は、リン酸及び/又はリン酸の無機塩、尿素、並びに、リン酸の有機塩を溶解した水溶液からなる。この水溶液において、リン酸の有機塩は、単独の溶解度を超えて溶解している。このことにより、防火薬剤水溶液のpHが弱酸性から中性付近となり、処理した際の防火木質材料の材色変化が軽微となる。また、処理後の防火木質材料の吸湿性が低く、防火薬剤の噴き出しや白華を抑制することができる。
【0027】
また、上記構成によれば、リン酸の有機塩は、リン酸尿素、リン酸グアニル尿素、リン酸尿素とリン酸グアニル尿素の配合物、又は、これらと他のリン酸の有機塩との配合物であってもよい。また、リン酸の無機塩は、アンモニウム塩であってもよい。これらのことにより、上述の作用効果をより一層具体的に発揮することができる。
【0028】
また、上記構成によれば、水溶液において、リン酸及び/又はリン酸の無機塩と、尿素との配合比率は、モル比で1:1~1:2の範囲内にあってもよい。また、水溶液のpHは、4~8の範囲内にあってもよい。これらのことにより、上述の作用効果をより一層具体的に、且つより効果的に発揮することができる。
【0029】
また、上記構成によれば、本発明に係る防火木質材料は、木質材料を請求項1~5のいずれか1つに記載の木質材料用防火薬剤により処理されてなり、当該木質材料に付与された木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量が、10質量%以上減量された状態で定着したものである。このことにより、防火木質材料の材色変化が軽微であり、且つ、防火木質材料の吸湿性が低く、防火薬剤の噴き出しや白華を抑制することができる。
【0030】
また、上記構成によれば、本発明に係る防火木質材料の製造方法は、注入工程と定着工程とを有している。注入工程においては、木質材料に請求項1~5のいずれか1つに記載の木質材料用防火薬剤を注入する。定着工程においては、注入工程後の木質材料に木質材料用防火薬剤の有効成分を定着させる。また、定着工程においては、15℃~150℃の温度範囲において木質材料を処理する。このことにより、上述の作用効果をより一層具体的に発揮することができる。
【0031】
また、上記構成によれば、定着工程において、注入工程後の木質材料中に注入された木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量に対して、定着工程後の木質材料中に残存する木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量は、10質量%以上減量されていてもよい。このことにより、上述の作用効果をより一層具体的に、且つより効果的に発揮することができる。
【0032】
また、上記構成によれば、定着工程は、乾燥操作と加熱操作とからなる。乾燥操作においては、15℃以上80℃未満の温度で木質材料を乾燥する。加熱操作においては、80℃以上150℃以下の温度で木質材料を加熱する。このことにより、上述の作用効果をより一層具体的に、且つより効果的に発揮することができる。
【0033】
また、上記構成によれば、定着工程中の加熱操作において、注入工程後の木質材料中に注入された木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量に対して、加熱操作後の木質材料中に残存する木質材料用防火薬剤の有効成分の総質量は、10質量%以上減量されていてもよい。このことにより、上述の作用効果をより一層具体的に、且つより効果的に発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】予備的検討1のリン酸と尿素の水溶液において、リン酸と尿素のモル比を1:1~1:3までの範囲で変化させた各試験体の薬剤残存率と平衡含水率との関係を示すグラフである。
図2】予備的検討3の第2リン酸アンモニウムと尿素とリン酸グアニル尿素の水溶液において、第2リン酸アンモニウムと尿素のモル比を1:1と1:1.2に変化させた各試験体の薬剤残存率と平衡含水率との関係を示すグラフである。
図3】実施例1及び比較例1における加熱処理時間の異なる各防火木質材料の薬剤残存率と平衡含水率との関係を示すグラフである。
図4】実施例5における加熱処理時間の異なる各防火木質材料の薬剤残存率と平衡含水率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0035】
まず、本発明に係る木質材料用防火薬剤について説明する。本発明に係る木質材料用防火薬剤は、少なくとも3種類の成分を配合した防火薬剤を水に溶解した水溶液として構成されている(以下、「防火薬剤水溶液」ともいう)。なお、3種類の成分を水に溶解する順序などは、特に限定するものではない。
【0036】
第1成分は、リン酸、リン酸の無機塩、又は、リン酸とリン酸の無機塩の配合物のいずれかである。リン酸としては、オルトリン酸、ピロリン酸、メタリン酸など広義のリン酸でよいが、特にオルトリン酸を使用することが好ましい。以下、リン酸というときはオルトリン酸をいうものとする。
【0037】
リン酸の無機塩としては、特に限定するものではないが、一般に溶解度の大きな塩を使用することができる。また、本発明においては、リン酸の無機塩の中でもアンモニウム塩を使用することが好ましい。リン酸のアンモニウム塩としては、リン酸二水素アンモニウム(以下、「第1リン酸アンモニウム」という)、リン酸水素二アンモニウム(以下、「第2リン酸アンモニウム」という)、リン酸三アンモニウム(以下、「第3リン酸アンモニウム」という)を使用することができる。
【0038】
これらの中でも、第1リン酸アンモニウム、第2リン酸アンモニウムを使用することが好ましく、第2リン酸アンモニウムを使用することがより好ましい。第2リン酸アンモニウムの水溶液のpHが中性付近にあることから、リン酸と併用した場合にも防火薬剤水溶液のpHを弱酸性から中性付近にすることができ、処理した防火木質材料の材色変化(酸焼け)を軽微にすることができる。
【0039】
第2成分は、尿素である。尿素は溶解度が高く、本発明の目的の一つである防火木質材料の吸湿性を低くすることに反すると考えられる。しかし、本発明者らは、いずれも溶解度の高い第1成分と第2成分とを所定の配合比率(モル比)で配合することにより、処理後の防火木質材料の吸湿性を低くできることを見出した(詳細は後述する)。なお、第2成分として尿素を使用することが好ましいが、その一部又は全部を尿素誘導体などで代替することもできる。
【0040】
第3成分は、リン酸の有機塩であり、防火薬剤水溶液の主剤を構成する。第3成分としては、リン酸の有機塩の中でも防火薬剤として使用できる薬剤を使用する。これらの薬剤は、特に限定するものではないが、吸湿性が低いもの、即ち溶解度の低いリン酸の有機塩を使用することが好ましい。また、これらのリン酸の有機塩は、単独で防火薬剤水溶液の第3成分(主剤)を構成してもよく、或いは、2種以上の薬剤を配合して使用するようにしてもよい。
【0041】
防火薬剤として使用でき溶解度の低いリン酸の有機塩としては、例えば、リン酸尿素(尿素リン酸ともいう)、リン酸グアニル尿素(リン酸ジシアンジアミジンともいう)、リン酸ジグアニジンなどが挙げられる。また、これらの配合物を使用するようにしてもよい。ここで、リン酸尿素の溶解度は、5.0g/水100ml、リン酸グアニル尿素の溶解度は、8.5g/水100ml、リン酸ジグアニジンの溶解度は、15.5g/水100mlであり、いずれも低い溶解度を有してる。なお、これら溶解度の低いリン酸の有機塩に溶解度が比較的高い、例えば、リン酸モノグアニジンなどを混合して使用するようにしてもよい。
【0042】
<防火薬剤水溶液の調整>
本発明においては、第1成分に第2成分を併用することにより、溶解度の低い第3成分をその単独での溶解度を超えて溶解した防火薬剤水溶液を調整することができる。また、第2成分である尿素の作用は、第3成分を溶解するだけでなく、第1成分と第3成分のpHが低い場合であっても、防火薬剤水溶液のpHを弱酸性から中性付近に維持することである。このことにより、処理した防火木質材料の材色変化(酸焼け)を軽微にすることができる。
【0043】
1.予備的検討1
なお、本発明においては、第1成分と第2成分とを所定の配合比率(モル比)で配合することが好ましい。本発明者らは、予備的検討1として第1成分としてリン酸を使用し、第2成分の尿素とのモル比を変化させて材色変化(酸焼け)を検討した。この場合には、第3成分を配合せずに検討した。具体的には、リン酸と尿素のモル比を1:0.8~1:3までの範囲で、両薬剤の合計質量が31.6gとなるように測り採り、室温の蒸留水50mlに溶解させた。
【0044】
次に、その水溶液にスギ辺材の試験体(繊維方向の長さ6mmで木口面の形状が30mm角)を漬け込み、約50hPaの減圧下で1時間注入させた。その後、60℃で24時間以上乾燥させ、続いて80℃に昇温して48時間(2日間)加熱処理を行った。その結果、リン酸と尿素のモル比が1:0.8~1:1付近(1:1未満)までの薬剤で処理をすると材色変化(酸焼け)が生じた。これに対して、尿素のモル比が1:1以上の条件では材色変化は見られず、余剰となった尿素が分解して発生するアンモニアが酸焼けを防ぐことが分かった。
【0045】
次に、本発明者らは、上記と同様にして水溶液をスギ辺材に減圧注入し、注入前後の質量差から注入量を求めた。具体的には、60℃で24時間乾燥後に、80℃で2日間~19日間加熱処理を行った。加熱処理を終えた試験体の質量を測定して、処理に伴う質量増加量を求め、それを薬剤の注入量と濃度を乗じた理論上の質量増加量で除して、薬剤残存率を求めた。その結果、尿素のモル比が高いほど、薬剤残存率は低くなった。
【0046】
一例を示すと、80℃で19日間加熱処理を行った場合、リン酸と尿素のモル比が1:1の薬剤残存率は73%であった。これに対して、モル比1:2の薬剤残存率は56%、モル比1:3の薬剤残存率は49%であった。仮に、リン酸が縮合することを考慮すると、薬剤残存率は理論上81.6%となる。従って、これら薬剤残存率の値は、尿素がアンモニアと二酸化炭素とに分解、除去されていることを示している。
【0047】
次に、本発明者らは、予備的検討1における防火木質材料の吸湿性を評価するために、上記の薬剤残存率の測定で使用した各試験体の平衡含水率を測定した。具体的には、各試験体に対して20℃で相対湿度88%のデシケータ中で平衡になるまで調湿して平衡含水率を求めた。図1は、予備的検討1のリン酸と尿素の水溶液において、リン酸と尿素のモル比を1:1~1:3までの範囲で変化させた各試験体の薬剤残存率と平衡含水率との関係を示すグラフである。なお、リン酸と尿素のモル比が1:0.8~1:1付近(1:1未満)までの試験体においては、材色変化(酸焼け)が生じたので図1には示していない。
【0048】
図1において、リン酸と尿素のモル比が1:1の水溶液で処理した試験体の平衡含水率は15.5%、モル比が1:2の試験体の平衡含水率は15.7%、モル比が1:3の試験体の平衡含水率は18.1%であった。また、尿素のモル比を小さくする方が、防火材料の吸湿性が抑制できるという点で好ましい。この予備的検討1の結果から、第1成分であるリン酸と第2成分である尿素のモル比が1:1~1:2の範囲内であることが好ましい。また、第1成分と第2成分のモル比が1:1~1:1.5の範囲内であることがより好ましく、特に第1成分と第2成分のモル比が1:1.2の付近にあることが最も好ましいと判断した。
【0049】
2.予備的検討2
次に、本発明者らは、予備的検討2として第1成分と第2成分とに溶解度の低い第3成分を加え、第3成分であるリン酸グアニル尿素(又はリン酸尿素)が、その溶解度を超えて溶解することを確認した。具体的には、リン酸と尿素のモル比を1:1.2とし、両薬剤の合計質量が21.1gとなるように測り採り、その1/2量(10.5g)のリン酸グアニル尿素(又はリン酸尿素)とともに、室温の蒸留水50mlに投入して攪拌した。その結果、全ての薬剤が溶解して、透明な水溶液を得ることができた。
【0050】
このとき、第1~第3成分の薬剤の合計の濃度は、38.7%であった。また、リン酸と尿素の存在下ではリン酸グアニル尿素(又はリン酸尿素)は、常温の水100mlに対して21.1g溶解したことになる。これは、リン酸グアニル尿素単独又はリン酸尿素単独での溶解度8.5g/100ml、5.0g/100mlを大きく超えていた。その結果、リン酸と尿素の存在下においては、溶解度が低く低吸湿性の薬剤であるリン酸グアニル尿素やリン酸尿素がその溶解度を超えて溶けることを確認した。なお、防火薬剤水溶液における各成分の濃度は、特に限定するものではなく、木質材料の種類と大きさ、要求される防火性能(不燃・準不燃・難燃)により適宜調整すればよい。
【0051】
3.予備的検討3
次に、本発明者らは、予備的検討3として予備的検討2の水溶液において、第1成分であるリン酸を第2リン酸アンモニウムに置換した水溶液について検討した。具体的には、第2リン酸アンモニウムと尿素のモル比を1:1又は1:1.2とし、両薬剤の合計質量が21.1gとなるように測り採り、その1/2量(10.5g)のリン酸グアニル尿素とともに、室温の蒸留水50mlに投入して攪拌した。その結果、全ての薬剤が溶解して、透明な水溶液を得ることができた。
【0052】
このとき、第1~第3成分の薬剤の合計の濃度は、38.7%であった。また、第2リン酸アンモニウムと尿素の存在下ではリン酸グアニル尿素は、常温の水100mlに対して21.1g溶解したことになる。これは、リン酸グアニル尿素単独での溶解度8.5g/100mlを大きく超えていた。その結果、第2リン酸アンモニウムと尿素の存在下においては、溶解度が低く低吸湿性の薬剤であるリン酸グアニル尿素がその溶解度を超えて溶けることを確認した。なお、防火薬剤水溶液における各成分の濃度は、特に限定するものではなく、木質材料の種類と大きさ、要求される防火性能(不燃・準不燃・難燃)により適宜調整すればよい。
【0053】
次に、本発明者らは、予備的検討3における防火木質材料の吸湿性を評価するために、上記の薬剤残存率の測定で使用した試験体の平衡含水率を上記の予備的検討1と同様にして測定した。図2は、予備的検討3の第2リン酸アンモニウムと尿素とリン酸グアニル尿素の水溶液において、第2リン酸アンモニウムと尿素のモル比を1:1と1:1.2に変化させた各試験体の薬剤残存率と平衡含水率との関係を示すグラフである。
【0054】
図2において、第2リン酸アンモニウムと尿素のモル比を1:1と1:1.2に変化させた各試験体においても防火材料の吸湿性が抑制できる。また、この予備的検討3の結果から、第1成分である第2リン酸アンモニウムと第2成分である尿素のモル比が1:1.2の水溶液で処理した試験体の方が、第1成分と第2成分のモル比が1:1の水溶液で処理した試験体よりも吸湿性が低いことが分かる。この点からも、第1成分と第2成分のモル比が1:1.2の付近にあることが最も好ましいと判断した。
【0055】
次に、上記の木質材料用防火薬剤を用いた防火木質材料の製造方法について説明する。本発明に係る防火木質材料の製造方法は、木質材料に防火薬剤水溶液を注入する注入工程と、注入工程後の木質材料に防火薬剤水溶液の有効成分(防火剤成分)を定着させる定着工程とを有している。
【0056】
<注入工程>
注入工程においては、通常の木材加工と同様の装置及び操作を行うことができる。一般的な木材注入法としては、減圧加圧注入法、減圧注入法、加圧注入法、温冷浴法等があるが、本発明においては減圧加圧注入法を採用することが好ましい。木質材料に防火薬剤水溶液を加圧注入する前に、一定時間減圧状態に保つことにより、木質材料の空隙中に存在する空気を排除して加圧注入する防火薬剤水溶液の量を多くすることができるからである。なお、減圧又は加圧の際の減圧度と加圧度、処理時間、処理温度などは、特に限定するものではなく、木質材料の種類と大きさ、注入する防火薬剤水溶液の濃度等により適宜選定すればよい。
【0057】
<定着工程>
定着工程においては、15℃~150℃の温度範囲において注入工程後の木質材料を処理する。具体的には、注入工程後の木質材料から防火薬剤水溶液の水分を除去(乾燥)させ、有効成分(防火剤成分)を定着させる。なお、定着工程は、所定の温度で木質材料を処理するものであってもよく、或いは、段階的に昇温しながら処理するものであってもよい。また、1段操作であってもよく、或いは、乾燥操作と加熱操作とから構成されていてもよい。なお、本発明においては、乾燥操作と加熱操作との2段処理であることが好ましい。
【0058】
定着工程が乾燥操作と加熱操作との2段処理で構成されている場合には、まず、1段目の乾燥操作において、注入工程後の木質材料を乾燥する。乾燥操作における処理は、15℃以上80℃未満の温度で行うことが好ましい。なお、乾燥器内で行うことなく、風乾であってもよい。一方、乾燥操作後の加熱操作における処理は、80℃以上150℃以下の温度で行えばよいが、80℃以上120℃以下の温度で行うことが好ましく、更に80℃以上100℃以下の温度で行うことがより好ましい。この加熱操作において、防火薬剤水溶液の有効成分(防火剤成分)に変化が生じ、且つ木質材料の内部に定着するものと考えられる。
【0059】
なお、本発明においては、定着工程(特に加熱操作)において防火薬剤水溶液の有効成分の質量が減量することを特徴とする。上述のように、防火薬剤水溶液に溶解する3種類の成分のうち、防火薬剤としての主剤である第3成分(リン酸尿素・リン酸グアニル尿素など)は、溶解度が低く非吸湿性の物質である。一方、第3成分を溶解し水溶液のpHを弱酸性から中性付近に維持するための成分である第1成分(リン酸・リン酸の無機塩)と第2成分(尿素)は、溶解度が高く吸湿性の物質である。従って、単に木質材料に防火薬剤水溶液を注入して乾燥しただけでは、各成分の性質(吸湿性)が影響を与える。特に、第1成分と第2成分の影響を受けて、防火木質材料の吸湿性が高くなり、防火薬剤の噴き出しや白華が生じることとなる。
【0060】
しかし、本発明においては、その主目的である防火木質材料の吸湿性を低くし、防火薬剤の噴き出しや白華を抑制することができる。その効果を発現する機作は、木質材料中に注入された防火薬剤水溶液の有効成分の総質量が10質量%以上減量されることにより、新たな防火成分或いは新たな防火成分配合物が形成されたことと考えられる。具体的には、定着工程において、注入工程後の木質材料中に注入された防火薬剤水溶液の有効成分の総質量に対して、定着工程後の木質材料中に残存する防火薬剤水溶液の有効成分の総質量が10質量%以上減量される。なお、防火薬剤水溶液の有効成分の総質量の減量は、上記の乾燥操作と加熱操作との間で厳密に区別されるものではなく、80℃に至るまでの比較的高温の乾燥操作中にも生じうるものである。
【0061】
本発明において、処理後の木質材料中の有効成分(防火剤成分)の吸湿性が低下する理由については定かではないが、本発明者らは、次のように考えている。リン酸やその塩(特にリン酸の無機塩)の縮合は尿素存在下で生じ、更に水が存在することで反応温度が低温側にシフトする。例えば、工業化学雑誌第69巻, 第11号, P.37-42 (1966)によれば、80℃以上あれば縮合してポリリン酸あるいはポリリン酸塩となるとされている。ここで、尿素はリン酸やその無機塩との間に等モルで塩を形成すると推察され、これらの反応が合わさって、防火木質材料の吸湿性が減じるものと考えられる。
【0062】
なお、定着工程後の防火木質材料中に、余剰の尿素が残留すると吸湿性を高める。しかし、定着工程の加熱操作において、尿素が80℃以上で加熱されることにより分解してアンモニアを生成する。生成したアンモニアは、酸性側にあるリン酸グアニル尿素(希水溶液のpHは3.8)やリン酸尿素(同1.9)を中和するのに寄与するものと思われる。また、リン酸の無機塩は、塩の種類によってpHが幅広く異なるため、それでのpH調整も可能になり、結果として温和な薬剤での木質材料の防火加工が可能になるものと考えられる。
【0063】
一方、別な視点として、例えば、第3成分であるリン酸グアニル尿素の複数のアミノ基(又はイミノ基)のうち、リン酸と塩を形成していない他のアミノ基と、例えば、第2成分である第2リン酸アンモニウムのアンモニウムイオンとがイオン交換して、系外へ脱アンモニアが生じる。このことにより、リン酸とグアニル尿素との間で複数の塩形成(擬架橋)が生じ、網目構造が形成されて防火薬剤としての親水性が低下するものと考えられる。なお、現在のところ、どのような機作で防火木質材料の吸湿性が低くなるのか明確ではないが、上記の考え方などが作用して防火薬剤水溶液の有効成分の総質量が10質量%以上減量されるものと考えられる。
【0064】
以下、本発明を各実施例により具体的に説明する。なお、本発明は、以下の各実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例0065】
<防火薬剤水溶液の調整>
本実施例1においては、第3成分であるリン酸グアニル尿素(又はリン酸尿素)が、その溶解度を超えて溶解することを確認した際(予備的検討2)に使用した防火薬剤水溶液を使用し、実際に木質材料を防火加工し、薬剤残存率と平衡含水率との関係を評価した。すなわち、第1成分としてリン酸、第2成分として尿素、第3成分としてリン酸グアニル尿素(又はリン酸尿素)を使用して防火薬剤水溶液を調整した。具体的には、リン酸と尿素のモル比を1:1.2とし、両薬剤の合計質量が21.1gとなるように測り採り、その1/2量(10.5g)のリン酸グアニル尿素(又はリン酸尿素)とともに、室温の蒸留水50mlに投入して攪拌した。
【0066】
その結果、全ての薬剤が溶解して、本実施例1に係る防火薬剤水溶液を得た。この防火薬剤水溶液の有効成分の濃度は、38.7%であった。また、リン酸と尿素の存在下ではリン酸グアニル尿素(又はリン酸尿素)は、常温の水100mlに対して21.1g溶解し、単独での溶解度を超えて溶けていた。
【0067】
<注入工程>
調製した防火薬剤水溶液を減圧注入法(約50hPaの減圧下で1時間)により、スギ辺材の試験体(繊維方向の長さ6mmで木口面の形状が30mm角)に注入した。
【0068】
<定着工程>
まず、定着工程の乾燥操作において、60℃で24時間以上乾燥させた。次に、定着工程の加熱操作において、80℃で時間を変化させて最長12日間加熱処理を行い、防火薬剤水溶液の有効成分の減量率の異なる実施例1の一連の防火木質材料を得た。加熱処理時間を変化させた一連の防火木質材料の質量を測定して、処理に伴う質量増加量を求め、それを薬剤の注入量と濃度を乗じた理論上の質量増加量で除して、薬剤残存率(100%-減量率)を求めた。
【0069】
<平衡含水率の測定>
次に、実施例1の一連の防火木質材料に対して、20℃で相対湿度88%のデシケータ中で平衡になるまで調湿して平衡含水率を求めた。図3は、実施例1及び比較例1(比較例1については後述する)における加熱処理時間の異なる各防火木質材料の薬剤残存率と平衡含水率との関係を示すグラフである。なお、図3には、実施例1のうちリン酸グアニル尿素についてのデータのみを示す。
【0070】
図3において、実施例1の一連の防火木質材料は、薬剤残存率(100%-減量率)が低くなるにつれて、平衡含水率が低下した。特に、薬剤残存率が90%以下になったときに低吸湿性の防火木質材料になり得ることが明らかになった。本発明者らは、平衡含水率(20℃で相対湿度88%の雰囲気下)が約16%以下となる防火木質材料は、吸湿性が低く、防火薬剤の噴き出しや白華を抑制することを確認した。
【0071】
また、図3において、実施例1の一連の防火木質材料は、同じ薬剤残存率において比較例1の一連の防火木質材料よりも吸湿性がかなり低くなった(比較例1については後述する)。これは、質量で1/3添加したリン酸グアニル尿素の低吸湿性によると考えられる。このことにより、リン酸グアニル尿素をその溶解度を超えて溶解させることによる作用効果が明らかになった。
【0072】
なお、図3には示していないが、リン酸グアニル尿素に代えてリン酸尿素を用いた場合には、薬剤残存率を85.2%に調製したときの20℃で相対湿度88%での平衡含水率は11.2%であり、リン酸尿素でもリン酸グアニル尿素と同様に、比較例1よりも吸湿性は低くなり、その溶解度を超えて出来る限り多く溶解させることによる作用効果が明らかになった。
【0073】
(比較例1)
次に、上記実施例1に対する比較例1として一連の防火木質材料を作製した。具体的には、リン酸と尿素のモル比を1:1.2とし、両薬剤の合計質量が31.6gとなるように測り採り、室温の蒸留水50mlに投入して溶解し、比較例1に係る防火薬剤水溶液(リン酸グアニル尿素又はリン酸尿素を含まない)を調整した。調整した防火薬剤水溶液のpHは3.8であり、酸性側に寄っていた。
【0074】
次に、実施例1の注入工程と同様にして、調製した防火薬剤水溶液を減圧注入法(約50hPaの減圧下で1時間)により、スギ辺材の試験体(繊維方向の長さ6mmで木口面の形状が30mm角)に注入した。次に、実施例1の定着工程と同様にして、60℃で24時間以上乾燥する乾燥操作と、80℃で時間を変化させて最長12日間加熱処理をする加熱操作と行って、防火薬剤水溶液の有効成分の減量率の異なる比較例1の一連の防火木質材料を得た。また、実施例1と同様にして、薬剤残存率(100%-減量率)を求めた。
【0075】
<平衡含水率の測定>
次に、比較例1の一連の防火木質材料に対して、20℃で相対湿度88%のデシケータ中で平衡になるまで調湿して平衡含水率を求めた。上述したように、実施例1(上述した)及び比較例1における加熱処理時間の異なる各防火木質材料の薬剤残存率と平衡含水率との関係を図3に示す。
【0076】
図3において、実施例1の一連の防火木質材料及び比較例1の一連の防火木質材料は、いずれも薬剤残存率(100%-減量率)が低くなるにつれて、平衡含水率が低下した。また、上述したように、実施例1の一連の防火木質材料は、同じ薬剤残存率において比較例1の一連の防火木質材料よりも吸湿性がかなり低くなった。
【実施例0077】
<防火薬剤水溶液の調整>
本実施例2においては、上記実施例1と同様の防火薬剤水溶液を調整し、発熱性試験を行った。但し、第3成分としては、リン酸グアニル尿素のみを使用した。
【0078】
<注入工程>
調製した防火薬剤水溶液を減圧加圧注入法(50hPaの減圧1時間、1MPaの加圧2時間)により、3体のスギ辺材板目板の試験体(厚さ15mmで120mm角)に注入後、一昼夜液中に置き、防火薬剤水溶液の注入を終えた。
【0079】
<定着工程>
まず、定着工程の乾燥操作において、60℃で7日間乾燥させた。次に、定着工程の加熱操作において、80℃で8日間加熱処理を行い、薬剤残存率が90%以下となった実施例2の防火木質材料を得た。
【0080】
<発熱性試験>
防火加工を終えた防火木質材料を厚さはそのままにして、99±1mmに鋸断して、コーンカロリメータによる発熱性試験を実施した。発熱性試験の結果、10分間の総発熱量は2.5~3.1MJ/mで、充分に準不燃材料の基準を満たした。
【実施例0081】
<防火薬剤水溶液の調整>
本実施例3においては、上記実施例2の防火薬剤水溶液の有効成分の濃度(38.7%)を更に濃くした防火薬剤水溶液を調整し、発熱性試験を行った。具体的には、上記実施例2と同様のモル比率で、第1成分のリン酸、第2成分の尿素、第3成分のリン酸グアニル尿素を配合して、有効成分の濃度が45.0%の防火薬剤水溶液を常温で得た。このとき、リン酸グアニル尿素は100mlの水に27.3gが溶解しており、リン酸グアニル尿素単独での溶解度8.5g/100mlを大きく超えていた。
【0082】
<注入工程>
調製した防火薬剤水溶液を上記実施例2と同様にして、減圧加圧注入法(50hPaの減圧1時間、1MPaの加圧2時間)により、3体のスギ辺材板目板の試験体(厚さ15mmで120mm角)に注入後、一昼夜液中に置き、防火薬剤水溶液の注入を終えた。
【0083】
<定着工程>
まず、上記実施例2と同様にして、定着工程の乾燥操作において、60℃で7日間乾燥させた。次に、定着工程の加熱操作において、80℃で8日間加熱処理を行い、薬剤残存率が90%以下となった実施例3の防火木質材料を得た。
【0084】
<発熱性試験>
上記実施例2と同様にして、防火加工を終えた防火木質材料を厚さはそのままにして、99±1mmに鋸断して、コーンカロリメータによる発熱性試験を実施した。発熱性試験の結果、20分間の総発熱量は5.8~7.5MJ/mで、不燃材料の基準を満たした。
【実施例0085】
<防火薬剤水溶液の調整>
本実施例4においては、上記実施例1の防火薬剤水溶液の第1成分であるリン酸の一部又は全部を第2リン酸アンモニウムで置換して、防火薬剤水溶液のpHの変化を確認した。まず、上記実施例1で第3成分としてリン酸グアニル尿素を用いた防火薬剤水溶液の第1成分のリン酸の1/5量を第2リン酸アンモニウムに置換することで、防火薬剤水溶液のpHが4.0を超え中性に近づいた。また、上記実施例1で第3成分としてリン酸尿素を用いた防火薬剤水溶液の第1成分のリン酸の1/3量を第2リン酸アンモニウムに置換したところ、防火薬剤水溶液のpHが4.0を超え中性に近づいた。
【0086】
次に、上記実施例1の防火薬剤水溶液のリン酸の全量を第2リン酸アンモニウムに置換して防火薬剤水溶液を調整した。すなわち、第1成分として第2リン酸アンモニウム、第2成分として尿素、第3成分としてリン酸グアニル尿素(又はリン酸尿素)を使用し、各成分のモル比を上記実施例1と同様にして防火薬剤水溶液を調整した。その結果、全ての成分が溶解した防火薬剤水溶液を得た。
【0087】
この防火薬剤水溶液の有効成分の濃度は、41.7%であった。また、第2リン酸アンモニウムと尿素の存在下ではリン酸グアニル尿素(又はリン酸尿素)は、常温の水100mlに対して21.1g溶解し、単独での溶解度を超えて溶けていた。また、この防火薬剤水溶液のpHは、リン酸グアニル尿素を配合した場合6.5、リン酸尿素を配合した場合6.0であり、ほぼ中性になった。
【実施例0088】
<防火薬剤水溶液の調整>
本実施例5においては、上記実施例4と同様にして、リン酸の全量を第2リン酸アンモニウムに置換した防火薬剤水溶液を調整した。なお、第3成分としては、リン酸グアニル尿素(又はリン酸尿素)を使用した。
【0089】
<注入工程>
調製した防火薬剤水溶液を上記実施例2と同様にして、減圧加圧注入法(50hPaの減圧1時間、1MPaの加圧2時間)により、スギ辺材の試験体(繊維方向の長さ6mmで木口面の形状が30mm角)に注入した。
【0090】
<定着工程>
まず、上記実施例1と同様にして、定着工程の乾燥操作において、60℃で24時間以上乾燥させた。次に、定着工程の加熱操作において、80℃で時間を変化させて最長12日間加熱処理を行い、防火薬剤水溶液の有効成分の減量率の異なる実施例5の一連の防火木質材料を得た。加熱処理時間を変化させた一連の防火木質材料の質量を測定して、処理に伴う質量増加量を求め、それを薬剤の注入量と濃度を乗じた理論上の質量増加量で除して、薬剤残存率(100%-減量率)を求めた。
【0091】
<平衡含水率の測定>
次に、実施例5の一連の防火木質材料に対して、20℃で相対湿度88%のデシケータ中で平衡になるまで調湿して平衡含水率を求めた。図4は、実施例5における加熱処理時間の異なる各防火木質材料の薬剤残存率と平衡含水率との関係を示すグラフである。
【0092】
図4において、実施例5の一連の防火木質材料は、薬剤残存率(100%-減量率)が低くなるにつれて、平衡含水率が低下した。特に、薬剤残存率が90%以下になったときに平衡含水率(20℃で相対湿度88%の雰囲気下)が約16%以下となり、低吸湿性の防火木質材料になり得ることが明らかになった。なお、図4において、リン酸グアニル尿素を配合した防火木質材料の方が、リン酸尿素を配合した防火木質材料よりも同一の薬剤残存率において平衡含水率が低いことが分かる。
【実施例0093】
<防火薬剤水溶液の調整>
本実施例6においては、上記実施例5と同様の防火薬剤水溶液(有効成分:41.7%)を調整し、発熱性試験を行った。但し、第3成分としては、リン酸グアニル尿素のみを使用した。
【0094】
<注入工程>
調製した防火薬剤水溶液を減圧加圧注入法(50hPaの減圧1時間、1MPaの加圧2時間)により、3体のスギ辺材板目板の試験体(厚さ15mmで120mm角)に注入後、一昼夜液中に置き、防火薬剤水溶液の注入を終えた。
【0095】
<定着工程>
まず、定着工程の乾燥操作において、60℃で7日間乾燥させた。次に、定着工程の加熱操作において、80℃で8日間加熱処理を行い、薬剤残存率が90%以下となった実施例6の防火木質材料を得た。
【0096】
<発熱性試験>
防火加工を終えた防火木質材料を厚さはそのままにして、99±1mmに鋸断して、コーンカロリメータによる発熱性試験を実施した。発熱性試験の結果、20分間の総発熱量は1.0~7.9MJ/mで、不燃材料の基準を満たした。
【実施例0097】
<防火薬剤水溶液の調整>
本実施例7においては、上記実施例6の防火薬剤水溶液の有効成分の濃度(41.7%)を更に濃くした防火薬剤水溶液を調整し、発熱性試験を行った。具体的には、上記実施例6と同様のモル比率で、第1成分の第2リン酸アンモニウム、第2成分の尿素、第3成分のリン酸グアニル尿素を配合して、有効成分の濃度が50.0%の防火薬剤水溶液を常温で得た。このとき、リン酸グアニル尿素は100mlの水に29.4gが溶解しており、リン酸グアニル尿素単独での溶解度8.5g/100mlを大きく超えていた。また、防火薬剤水溶液のpHは6.5であり、ほぼ中性になった。
【0098】
<注入工程>
調製した防火薬剤水溶液を上記実施例2と同様にして、減圧加圧注入法(50hPaの減圧1時間、1MPaの加圧2時間)により、3体のスギ辺材板目板の試験体(厚さ15mmで120mm角)に注入後、一昼夜液中に置き、防火薬剤水溶液の注入を終えた。
【0099】
<定着工程>
まず、上記実施例2と同様にして、定着工程の乾燥操作において、60℃で7日間乾燥させた。次に、定着工程の加熱操作において、80℃で8日間加熱処理を行い、薬剤残存率が90%以下となった実施例7の防火木質材料を得た。
【0100】
<発熱性試験>
上記実施例2と同様にして、防火加工を終えた防火木質材料を厚さはそのままにして、99±1mmに鋸断して、コーンカロリメータによる発熱性試験を実施した。発熱性試験の結果、20分間の総発熱量は4.0~5.5MJ/mで、安定して不燃材料の基準を満たした。
【0101】
以上説明したように、本発明においては、防火薬剤水溶液のpHが弱酸性から中性付近にあり、処理した際の防火木質材料の材色変化が軽微であり、処理後の防火木質材料の吸湿性が低く、防火薬剤の噴き出しや白華を抑制することのできる木質材料用防火薬剤、並びに、当該防火薬剤を用いた防火木質材料及びその製造方法を提供することができる。
【0102】
なお、本発明の実施にあたり、上記各実施例に限らず次のような種々の変形例が挙げられる。
(1)上記各実施例のうち第1成分としてリン酸の無機塩を使用する場合には、第2リン酸アンモニウムを使用したが、これに限るものではなく、他のリン酸の無機塩、例えば、第1リン酸アンモニウムや第3リン酸アンモニウムなどを使用してもよい。
(2)上記各実施例のうち第1成分としてリン酸の無機塩を使用する場合には、第2リン酸アンモニウムを単独で使用したが、これに限るものではなく、他のリン酸の無機塩、例えば、第1リン酸アンモニウムや第3リン酸アンモニウムなどと配合して使用してもよい。
(3)上記各実施例のうち第3成分としてリン酸の有機塩を使用する場合には、リン酸グアニル尿素又はリン酸尿素を使用したが、これに限るものではなく、他のリン酸の有機塩、例えば、リン酸ジグアニジンなどを使用してもよい。
(4)上記各実施例のうち第3成分としてリン酸の有機塩を使用する場合には、リン酸グアニル尿素又はリン酸尿素をそれぞれ単独で使用したが、これに限るものではなく、他のリン酸の有機塩と配合して使用してもよい。
図1
図2
図3
図4