(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022098809
(43)【公開日】2022-07-04
(54)【発明の名称】有機高分子系被膜強化剤、歯科用接着性組成物およびキット
(51)【国際特許分類】
A61K 6/30 20200101AFI20220627BHJP
A61K 6/60 20200101ALI20220627BHJP
A61K 6/70 20200101ALI20220627BHJP
【FI】
A61K6/30
A61K6/60
A61K6/70
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020212413
(22)【出願日】2020-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】加藤 茜
(72)【発明者】
【氏名】福留 啓志
【テーマコード(参考)】
4C089
【Fターム(参考)】
4C089AA10
4C089BC03
4C089BC13
4C089BE15
(57)【要約】
【課題】 酸性基含有重合性単量体を含有する重合性単量体、水及び揮発性有機溶媒を含む歯科用接着性組成物に少量配合することにより、当該歯科用接着性組成物の施用時において有機溶媒を除去したときに形成される被膜の強度を向上させる添加剤である有機高分子系被膜強化剤であって、前記揮発性有機溶媒としてエタノールを使用した場合であっても有効に機能する被膜強化剤を提供する。
【解決手段】 セルロース分子中の-OH基を基:-O-R及び/又は基:-O-C(=O)-R(但し、これら基におけるRは1価の有機基を意味する。)で置換したセルロース誘導体であって、25℃における、水に対する溶解度が0.1(g/100g-溶媒)以下であり、揮発性有機溶媒に対する溶解度が1(g/100g-溶媒)以上であるセルロース誘導体を有機高分子系被膜強化剤として使用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性基含有重合性単量体を含有する重合性単量体、水及び揮発性有機溶媒を含む歯科用接着性組成物用の有機高分子系被膜強化剤であって、
セルロース分子中の-OH基が基:-O-R及び/又は基:-O-C(=O)-R、(但し、これら基におけるRは1価の有機基を意味する。)によって置換されたセルロース誘導体であって、25℃における、水に対する溶解度が0.1(g/100g-溶媒)以下であり、前記揮発性有機溶媒に対する溶解度が1(g/100g-溶媒)以上であるセルロース誘導体からなることを特徴とする、有機高分子系被膜強化剤。
【請求項2】
前記セルロース誘導体が、分子量140000以上の成分含有割合が20%以上となる分子量分布を有する高分子化合物又は高分子組成物である、請求項1に記載の有機高分子系被膜強化剤。
【請求項3】
前記セルロース誘導体が、前記Rが炭素数1~5のアルキル基であるアルキルセルロースからなる高分子化合物又は高分子組成物であり、エタノールを含む揮発性有機溶媒を用いた前記歯科用接着性組成物用の有機高分子系被膜強化剤である、請求項1又は2に記載の有機高分子系被膜強化剤。
【請求項4】
酸性基含有重合性単量体を含む重合性単量体成分:100質量部、水:5~30質量部、エタノール:10~295質量部、並びに請求項1~3の何れか1項に記載の有機高分子系被膜強化剤:0.05~3質量部を含有する、ことを特徴とする歯科用接着性組成物。
【請求項5】
シランカップリング剤:0.5~20質量部を更に含む、請求項4に記載の歯科用接着性組成物。
【請求項6】
無機系被膜強化剤:1~50質量部を更に含む、請求項4又は5に記載の歯科用接着性組成物。
【請求項7】
酸性基含有重合性単量体(a1)及び酸性基非含有重合性単量体(a2)からなる重合性単量体成分(A):100質量部、
シランカップリング剤(B):0.5~20質量部、
水(c1):5~30質量部及びエタノール(c2):10~295質量部を含む溶媒成分(C):20~250質量部、
請求項1~3の何れか1項に記載の有機高分子系被膜強化剤(d1):0.05~3質量部を含む被膜強化剤(D):0.05~53質量部、並びに
単一又は複数の成分で構成される重合開始剤(E):0.01~20質量部を含有する、ことを特徴とする歯科用接着性組成物。
【請求項8】
互いに分包された第1剤及び第2剤を有し、これら2剤を混合することにより請求項7に記載された歯科用接着性組成物を調製することができるようにしたキットであって、
前記第1剤及び第2剤は、夫々、調製目的物となる前記歯科用接着性組成物の組成に基づいて、当該組成で規定される各成分を、下記(1)~(5)に示される条件を満足するように振り分けることによって決定される組成を有する第1組成物及び第2組成物からなることを特徴とする前記キット。
成分の振り分け条件:
(1)前記重合性単量体成分(A)は、第1剤のみに含まれる。
(2)前記シランカップリング剤(B)は、第2剤のみに含まれる。
(3)前記溶媒成分(C)について、前記エタノール(c2)は、第2剤のみ又は第1剤と第2剤の両方に含まれ、他の成分は、第1剤及び/又は第2剤に含まれる。
(4)前記有機高分子系被膜強化剤(d1)は、第1剤及び第2剤の何れか一方又は両方に含まれる。
【請求項9】
調製目的物となる前記歯科用接着性組成物が、被膜強化剤(D)として無機系被膜強化剤(d2):1~50質量部を更に含み、当該無機系被膜強化剤(d2)は第1剤のみに含まれるようにした、請求項8に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用接着性組成物に好適に使用される有機高分子系被膜強化剤、該被膜強化剤を含む歯科用接着性組成物および該歯科用接着性組成物を調製するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療において、う蝕を除去したあとの窩洞に修復材料を充填する際に、歯質に対して様々な材質を接着する必要がある。修復材料の種類は例えばコンポジットレジン、金属、ジルコニア、アルミナ、二ケイ酸リチウムガラス、ポーセレンなど多岐にわたる。従来、歯質あるいは前記の修復材料を接着するために、各材料専用の接着材を使用するのが一般的であったが、様々な歯科用材料に対する接着性に優れ、歯質に対する接着強さとシリカ系セラミックスに対する接着強さの両方において良好な接着強さが得られる歯科用接着性組成物も開発されている。
【0003】
すなわち、特許文献1には、様々な歯科用材料に対する接着性に優れ、歯質に対する接着強さとシリカ系セラミックスに対する接着強さの両方において良好な接着強さが得られる歯科用接着性組成物として、「互いに分包された第1剤および第2剤を有し、(A)酸性基含有重合性単量体、(B)硫黄原子含有重合性単量体、(C)シランカップリング剤、(D)ボレート化合物、および、(E)水からなる5成分を少なくとも含み、前記第1剤には、前記5成分のうち、前記(A)酸性基含有重合性単量体および前記(B)硫黄原子含有重合性単量体のみが含まれ、前記第2剤には、前記5成分のうち、前記(C)シランカップリング剤、前記(D)ボレート化合物および前記(E)水のみが含まれることを特徴とする2液型歯科用接着性組成物」が開示されている。
【0004】
そして、特許文献1には、上記2液型歯科用接着性組成物に関して、(1)成分(A)は、歯質、卑金属及びジルコニアセラミックスに対する接着成分であり、成分(B)は貴金属に対する接着成分であり、成分(C)はシリカ系酸化物に対する接着成分であること;(2)成分(E)水は成分(A)の存在下において、歯質の表面を脱灰して歯質に対する接着性を向上させると共に、成分(C)シリカ系酸化物および複合樹脂材料に対する接着性も向上させる機能を持つものであること;(3)前記第1剤及び第2剤の保存安定性や両剤を混合して得られる(混合後の)接着性組成物の操作性等の観点から両剤は(F)揮発性有機溶媒を含むことが好ましいこと;並びに(4)安定して高い接着強度を得るために、被膜強化剤を配合することが有効であること;等が説明されている。
【0005】
ここで、被膜強化剤とは、歯科用接着性組成物を被体表面に施用したときに形成される被膜を強化する機能を有する添加剤を意味する。上記被膜は、被着体(相互に接着される2つの接着対象物)間に介在する接着層となるものであるが、その強度が弱いと、溶媒除去時のエアブロー時に接着成分も被着面から剥がれたり、接着時の圧接によって押し出されて乱れたりすることによって接着不良が起こるのに対し、被膜強化剤を使用することによりこのような現象の発生を抑制することができる。前記2液型歯科用接着性組成物では、被膜強化剤として、ポリメチルメタクリレート(PMMA)樹脂などの樹脂材料、シリカ粒子、シリカ-ジルコニア粒子、石英、フルオロアルミノシリケートガラスなどの無機充填材、ポリメチルメタクリレート、ポリメチルメタクリレート-ポリエチルメタクリレート共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体、スチレン-ブタジエン共重合体などの有機高分子からなる粒子(有機充填材)が使用できるとされており、ポリ低級(メタ)アクリレートを使用した歯科用接着材も知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2018-27913号公報
【特許文献2】特許第5808447号公報
【特許文献3】特表2013-515775号公報
【特許文献4】特許第5395362号公報
【特許文献5】特許第3664425号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前記したように、特許文献1には、安定して高い接着強度を得るために、被膜強化剤を配合することが有効であると説明されているが、使用可能な被膜強化剤が例示されているにとどまり、詳細な検討はされていない。そこで、本発明者等が被膜強化剤の添加効果について検証を行ったところ、任意成分である(F)揮発性有機溶媒を配合した系においては、使用する有機溶媒の種類によっては所期の効果が得られないことがあることが判明した。具体的には、(F)成分としてエタノールを使用した場合には、特許文献1に例示されている被膜強化剤を配合しても十分な効果が得られないことがあることが判明した。エタノールは、歯科用接着性組成物で比較的汎用される有機溶媒であり、その安全性の高さから使用頻度は増加する傾向にあり、エタノールを含む系で被膜の強化を図れないことは製品設計上、大きな制約となる。
【0008】
そこで、本発明は、特許文献1に記載された前記2液型歯科用接着性組成物を含めて“(揮発性)有機溶媒としてエタノールを使用した場合であっても有効に機能する被膜強化剤を提供し、延いては、安定して高い接着強度を得る“有機溶媒としてエタノールを使用する歯科用接着性組成物”を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するものであり、本発明の第一の形態は、酸性基含有重合性単量体を含有する重合性単量体、水及び揮発性有機溶媒を含む歯科用接着性組成物用の有機高分子系被膜強化剤であって、セルロース分子中の-OH基が基:-O-R及び/又は基:-O-C(=O)-R(但し、これら基におけるRは1価の有機基を意味する。)によって置換されたセルロース誘導体であって、25℃における、水に対する溶解度が0.1(g/100g-溶媒)以下であり、前記揮発性有機溶媒に対する溶解度が1(g/100g-溶媒)以上であるセルロース誘導体からなる有機高分子系被膜強化剤である。
【0010】
上記形態の有機高分子系被膜強化剤(以下、「本発明の有機高分子系被膜強化剤」或いは「本発明の被膜強化剤」ともいう。)においては、前記セルロース誘導体が、分子量140000以上の成分含有割合が20%以上となる分子量分布を有する高分子化合物又は高分子組成物である、ことが好ましい。
【0011】
また、前記セルロース誘導体が、前記Rが炭素数1~5のアルキル基であるアルキルセルロースからなる高分子化合物又は高分子組成物であり、エタノールを含む揮発性有機溶媒を用いた前記歯科用接着性組成物用の有機高分子系被膜強化剤である、ことが好ましい。
【0012】
本発明の第二の形態は、酸性基含有重合性単量体を含む重合性単量体成分:100質量部、水:5~30質量部、エタノール:10~295質量部、並びに本発明の有機高分子系被膜強化剤:0.05~3質量部を含有する、ことを特徴とする歯科用接着性組成物である。
【0013】
上記形態の歯科用接着性組成物(以下、「本発明の歯科用接着性組成物」ともいう。)は、シランカップリング剤:0.5~20質量部及び/又は無機系被膜強化剤:1~50質量部を更に含むことが好ましい。
【0014】
さらに、本発明の歯科用接着性組成物は、酸性基含有重合性単量体(a1)及び酸性基非含有重合性単量体(a2)からなる重合性単量体成分(A):100質量部、シランカップリング剤(B):0.5~20質量部、水(c1):5~30質量部及びエタノール(c2):10~295質量部を含む溶媒成分(C):20~300質量部、本発明の有機高分子系被膜強化剤(d1):0.05~3質量部を含む被膜強化剤(D):0.05~53質量部、並びに単一又は複数の成分で構成される重合開始剤(E):0.01~20質量部を含有する、ことが特に好ましい。
【0015】
本発明の第三の形態は、互いに分包された第1剤及び第2剤を有し、これら2剤を混合することにより、上記の特に好適な本発明の歯科用接着性組成物を調製することができるようにしたキットであって、前記第1剤及び第2剤は、夫々、調製目的物となる前記歯科用接着性組成物の組成に基づいて、当該組成で規定される各成分を、下記(1)~(5)に示される条件を満足するように振り分けることによって決定される組成を有する第1組成物及び第2組成物からなることを特徴とする前記キットである。
成分の振り分け条件:
(1)前記重合性単量体成分(A)は、第1剤のみに含まれる。
(2)前記シランカップリング剤(B)は、第2剤のみに含まれる。
(3)前記溶媒成分(C)について、前記エタノール(c2)は、第2剤のみ又は第1剤と第2剤の両方に含まれ、他の成分は、第1剤及び/又は第2剤に含まれる。
(4)前記歯科用有機高分子系被膜強化剤(d1)は、第1剤及び第2剤の何れか一方又は両方に含まれる。
【0016】
上記形態のキット(以下、「本発明のキット」とも言う。)においては、調製目的物となる前記歯科用接着性組成物が、被膜強化剤(D)として無機系被膜強化剤(d2):1~50質量部を更に含み、当該無機系被膜強化剤(d2)は第1剤のみに含まれるようにした、ことが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の有機高分子系被膜強化剤は、特許文献1に記載された前記2液型歯科用接着性組成物を含めて揮発性有機溶媒としてエタノールを使用した場合であっても被膜強化剤として有効に機能する。そして、揮発性有機溶媒としてエタノールを使用し、更に本発明の有機高分子系被膜強化剤を含む本発明の歯科用接着性組成物は、安定して高い接着強度を発揮できるという特長を有する。さらに、本発明のキットは、本発明の歯科用接着性組成物の中でも、様々な歯科用材料に対する接着性に優れ且つ安定して高い接着強度を発揮できる歯科用接着性組成物を簡便に調製できるばかりでなく、長期間安定に保管できるという優れた特長を有する。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の有機高分子系被膜強化剤は、酸性基含有重合性単量体を含有する重合性単量体、水及び揮発性有機溶媒を含む歯科用接着性組成物に特有の前記課題を解決するものであり、水に対する溶解度が0.1(g/100g-溶媒)以下であり、前記揮発性有機溶媒に対する溶解度が1(g/100g-溶媒)以上であるセルロース誘導体からなることを特徴とする。
【0019】
ここで、有機高分子系被膜強化剤とは、酸性基含有重合性単量体を含有する重合性単量体、水及び揮発性有機溶媒を含む歯科用接着性組成物に少量(通常は、重合性単量体100質量部に対して10質量部以下)配合することにより、当該歯科用接着性組成物の施用時において有機溶媒を除去したときに形成される被膜の強度を向上させる有機系の添加剤を意味する。また、セルロース誘導体とは、セルロース分子中の-OH基が基:-O-R及び/又は基:-O-C(=O)-R(但し、これら基におけるRは1価の有機基を意味する。)によって置換された高分子化合物を意味する。
【0020】
上記したような溶解度を有するセルロース誘導体は商業的に入手可能で、歯科分野でも使用されている材料である。しかしながら、その具体的用途は、仮着用(歯科用)セメントの粘度調整剤(特許文献3参照。)、金属コロイド溶液よりなる歯科用プライマー組成物のコロイド保護剤(特許文献4参照。)、歯科用レジンセメントのようなラジカル重合性組成物の硬化時における重合阻害を低減するのに好適な歯科用表面被覆材の主要成分(特許文献5参照。)等であり、これら何れの剤及び材にも、酸性基含有重合性単量体は含まれておらず、また2種の被着体間に介在する接着層を形成するものでもない。そして、前記特許文献1及び2に示されるように、酸性基含有重合性単量体を含有する重合性単量体、水及び揮発性有機溶媒を含む歯科用接着性組成物用の被膜強化剤としては、ポリ低級(メタ)アクリレートを含む、ポリ(メタ)アクリレート系樹脂、エチレン-酢酸ビニル共重合体、スチレン-ブタジエン共重合体、シリカ粒子、シリカ-ジルコニア粒子、石英、フルオロアルミノシリケートガラスなどが知られているが、セルロース誘導体を上記歯科用接着性組成物用の被膜強化剤として使用した例は、本発明者等が知る限りにおいて存在しない。そして、上記セルロース誘導体が歯科用接着性組成物に特有の前記課題を解決する被膜強化剤として機能することは今回初めて確認されたことである。
【0021】
以下、本発明の有機高分子系被膜強化剤、本発明の歯科用接着性組成物及び本発明のキットについて、詳しく説明する。なお、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。また、本明細書において、「(メタ)アクリル系」との用語は「アクリル系」及び「メタクリル系」の両者を意味する。同様に、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味し、「(メタ)アクリロイル」との用語は「アクリロイル」及び「メタクリロイル」の両者を意味する。
【0022】
1.本発明の有機高分子系被膜強化剤
本発明の有機高分子系被膜強化剤は、酸性基含有重合性単量体を含有する重合性単量体、水及び揮発性有機溶媒を含む歯科用接着性組成物用の有機高分子系被膜強化剤であって、25℃における、水に対する溶解度が0.1(g/100g-溶媒)以下であり、前記揮発性有機溶媒に対する溶解度が1(g/100g-溶媒)以上であるセルロース誘導体からなることを特徴とする。エタノールに対する溶解性が高いことで、エタノールを揮発性有機溶媒として用いた剤に対しても被膜の強化が可能であるとともに、水に対する溶解性が低いために、エアブロー後に揮発性有機溶媒が除去された後、膨潤することなく水を速やかに除去可能である。
【0023】
ここで、セルロース誘導体とは、セルロース分子中の-OH基が基:-O-R及び/又は基:-O-C(=O)-R(但し、これら基におけるRは1価の有機基を意味する。)によって置換された化合物を意味し、セルロース自体が分子量に分布を有する高分子化合物であることから、セルロース誘導体も分子量に分布を有する高分子化合物となる。
【0024】
セルロース分子中の-OH基を置換する前記基における-Rとしては、メチル基、エチル基、プロピル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、ヒドロキシプロピル基等を挙げることができる。セルロース誘導体としては、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース及びアセチルセルロースからなる群より選ばれる少なくとも1種を使用することが好ましい。これらの中でも、親水性が高すぎないためにエアブロー時に水を容易に除去可能であり、強固な被膜を形成可能であるという理由から、Rが炭素数1~5のアルキル基であるアルキルセルロース、特にエチルセルロースを使用することが、より好ましい。
【0025】
セルロース誘導体の性質は、セルロース自身の重合度(セルロース誘導体の分子量分布に対応する。)、置換度、置換基分布などに依存することが知られており、各種溶媒に対する溶解性もこれらに影響を受けると考えられるが、市販されているセルロース誘導体については、これらの分析値が不明なことが多い。本発明者等の検討によれば、水に対する溶解度が0.1(g/100g-溶媒)以下であり、前記揮発性有機溶媒に対する溶解度が1(g/100g-溶媒)以上であるセルロース誘導体であれば、エタノールを含めて、歯科用接着性組成物に一般的に使用される揮発性有機溶媒を含む歯科用接着性組成物に対して被膜強化剤として有効に機能することを確認している。
【0026】
揮発性溶媒としてエタノールを使用した歯科用接着性組成物に対する被膜強化効果の観点から、セルロース誘導体としては、エタノールに対する前記溶解度は、1(g/100g-エタノール)以上のものを使用する。なお、溶解度は分子量に依存し、セルロース誘導体が極めて低分子量の成分の含有率が高過ぎる場合には、被膜強化効果は低下すると考えられる。本発明の有機高分子系被膜強化剤を配合した歯科用硬化性組成物が、適度な流動性を持ち、均一に塗布することが可能であるとともに、施用して揮発性有機溶媒を除去するために行うエアブロー後に良好な被膜形成が可能となるという理由から、セルロース誘導体としては、分子量:140000以上の成分含有割合が20%以上となる分子量分布を有する高分子化合物又は高分子組成物を使用することが好ましい。
【0027】
有機高分子系被膜強化剤の分子量およびその分布は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)やアドバンスドポリマークロマトグラフィー(APC)によって測定することができる。また、測定の標準物質としてはポリスチレン製のスタンダード、例を挙げるならAQCUITY APC Polystylene Middle MW Calibration Kit(Waters社製)を用いることができる。また、この時の溶媒は標準物質と有機高分子系被膜強化剤の両方の溶解性の観点からテトラヒドロフランが好ましい。
【0028】
2.本発明の歯科用接着性組成物
本発明の歯科用接着性組成物は、酸性基含有重合性単量体及び酸性基非含有重合性単量体からなる重合性単量体:100質量部、水:5~30質量部、エタノール:10~295質量部、並びに本発明の有機高分子系被膜強化剤:0.05~3質量部を含有する、ことを特徴とする。
【0029】
本発明の歯科用接着性組成物は、揮発性有機溶媒として安全性の高いエタノールを使用し、且つ様々な歯科用材料に対する接着性に優れ且つ安定して高い接着強度を発揮できるという理由から、酸性基含有重合性単量体(a1)及び酸性基非含有重合性単量体(a2)からなる重合性単量体成分(A):100質量部、シランカップリング剤(B):0.5~20質量部、水(c1):5~30質量部及びエタノール(c2):10~295質量部を含む溶媒成分(C):20~250質量部、本発明の有機高分子系被膜強化剤(d1):0.05~3質量部を含む被膜強化剤(D):0.05~53質量部、並びに単一又は複数の成分で構成される重合開始剤(E):0.01~20質量部を含有する歯科用接着性組成物(以下、「本発明のシランカップリング剤含有歯科用接着性組成物」とも言う。)であることが特に好ましい。
【0030】
本発明の歯科用接着性組成物、特に本発明のシランカップリング剤含有歯科用接着性組成物は、様々な被接着体を対象とすることができる。具体的には、ジルコニアセラミックスや、シリカ系セラミックス(ポーセレンなど)などのセラミックス、歯質(象牙質、エナメル質)、鉄、ニッケル、クロム、コバルト、スズ、アルミニウム、銅、チタン等を主成分として含む卑金属、シリカ粒子あるいはシリカ-ジルコニア粒子などのフィラーを分散含有するレジン硬化体(硬質レジン歯、ハイブリッドレジン、CAD/CAMレジンブロック)等の各種歯科材料に対する接着に利用できる。
【0031】
本発明のシランカップリング剤含有歯科用接着性組成物以外の本発明の歯科用接着性組成物においては、酸性基非含有重合性単量体(a2)及び重合開始剤(E)の配合が任意となっており、その点を除けば、発明のシランカップリング剤含有歯科用接着性組成物と特に変わる点は無いので、以下に、本発明のシランカップリング剤含有歯科用接着性組成物を例に本発明の歯科用接着性組成物について詳しく説明する。
【0032】
(1)重合性単量体成分(A)
重合性単量体(A)は、酸性基含有重合性単量体を含む重合性単量体成分であり、本発明のシランカップリング剤含有歯科用接着性組成物においては、酸性基含有重合性単量体(以下、「酸モノマー」とも言う。)(a1)及び酸性基非含有重合性単量体(以下、「非酸モノマー」とも言う。)(a2)からなる。酸モノマー(a1)及び非酸モノマー(a2)は、従来の歯科用接着性組成物と特に変わる点はなく、従来の歯科用接着性組成物で使用されているものが特制限なく使用できる。
【0033】
重合性単量体成分(A)における酸モノマー(a1)の含有量は、接着性及び保管安定性の観点から(A)成分全体の質量を100質量部としたときに1質量部以上60質量部以下の範囲内であることが好ましく、5質量部以上30質量部以下の範囲内であることがより好ましい。なお、100質量部から酸モノマー(a1)の含有量を差し引いた量が非酸モノマー(a2)の含有量となる。
【0034】
(1-1)酸性基含有重合性単量体(a1)
(a1):酸性基含有重合性単量体(酸モノマー)とは、ホスフィニコ基{=P(=O)OH}、ホスホノ基{-P(=O)(OH)2}、カルボキシル基{-C(=O)OH}、リン酸二水素モノエステル基{-O-P(=O)(OH)2}、リン酸水素ジエステル基{(-O-)2P(=O)OH}、スルホ基(-SO3H)、及び酸無水物骨格{-C(=O)-O-C(=O)-}等の酸性基と、重合性不飽和基と、を分子内にそれぞれ1つ以上有する化合物を意味する。酸モノマー(a1)は、前記特許文献1に記載されている2液型歯科用接着性組成物における場合と同様に、歯質、卑金属及びジルコニアセラミックスに対する接着成分として機能する。水に対する安定性が高く、歯面のスメアー層の溶解や歯牙脱灰を緩やかに実施できるため、酸性基として、カルボキシル基、リン酸二水素モノエステル基、リン酸水素ジエステル基を有する化合物であることが好ましく、酸二水素モノエステル基及び/又はリン酸水素ジエステル基を有する化合物であることが最も好ましい。
【0035】
好適に使用できる酸モノマーを例示すれば、リン酸二水素モノエステル基またはリン酸水素ジエステル基を有するものとして、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルジハイドロジェンホスフェート、ビス[2-(メタ)アクリロイルオキシエチル]ハイドロジェンホスフェート、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルフェニルハイドロジェンホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルフェニルハイドロジェンホスフェート、10-(メタ)アクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート、1,3-ジ(メタ)アクリロイルプロパン-2-ジハイドロジェンホスフェート、1,3-ジ(メタ)アクリロイルプロパン-2-フェニルハイドロジェンホスフェート、ビス[5-{2-(メタ)アクリロイルオキシエトキシカルボニル}ヘプチル]ハイドロジェンホスフェート等が挙げることができる。また、カルボキシル基を有する酸モノマーとして、アクリル酸、メタクリル酸、4-(メタ)アクリロキシエチルトリメリット酸、11-(メタ)アクリロイルオキシ-1,1-ウンデカンジカルボン酸、1,4-ジ(メタ)アクリロイルオキシピロメリット酸、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルマレイン酸、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルフタル酸、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルヘキサヒドロフタル酸等を挙げることができる。さらに、ルホ基を有する酸モノマーとして、2-メタクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、p-ビニルベンゼンスルホン酸、ビニルスルホン酸等を挙げることができる。これら酸モノマーは単独で、又は複数種を混合して使用することができる。
【0036】
(1-2)酸性基含非有重合性単量体(a2)
(a2):酸性基含非有重合性単量体(非酸モノマー)とは、分子内に酸性基を有さず且つ少なくとも1つの重合性不飽和基を持つ化合物を意味する。非酸モノマー(a2)は、主として接着材層を形成する基材成分として機能する。
【0037】
好適に使用できる非酸モノマーを例示すれば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、グリジジル(メタ)アクリレート、2-シアノメチル(メタ)アクリレート、ベンジルメタアクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、グリセリルモノ(メタ)アクリレート等の単官能性重合性単量体;エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ノナエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、2,2’-ビス[4-(メタ)アクリオイルオキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’-ビス[4-(メタ)アクリロイルオキシエトキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’-ビス[4-(メタ)アクリロイルオキシエトキシエトキシエトキシエトキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’-ビス{4-[2-ヒドロキシ-3-(メタ)アクリロイルオキシプロポキシ]フェニル}プロパン、1,4-ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6-ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9-ノナンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、1,6-ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)-2,2,4-トリメチルヘキサン、1,6-ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)-2,4,4-トリメチルヘキサン、ウレタン(メタ)アクリレート、エポキシ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリメタクリレート、ペンタエリスリトールテトラメタクリレート等の多官能性重合性単量体;フマル酸モノメチル、フマル酸ジエチル、フマル酸ジフェニル等のフマル酸エステル化合物;スチレン、ジビニルベンゼン、α-メチルスチレン、α-メチルスチレンダイマー等のスチレン、α-メチルスチレン誘導体;ジアリルフタレート、ジアリルテレフタレート、ジアリルカーボネート、アリルジグリコールカーボネート等のアリル化合物等を挙げることができる。これら非酸モノマーは、単独で使用しても良いし、複数のものを併用しても良い。
【0038】
また、貴金属に対する接着性を向上させるために、非酸モノマー(a2)として、6-メタクリロイルオキシヘキシル-2-チオウラシル-5-カルボキシレートや2-(11-メタクリロイルオキシウンデシルチオ)-5-メルカプト-1,3,4-チアジアゾールなどの硫黄原子含有重合性単量体を、(A)成分全体の質量100質量部に対して、0.01~10質量部程度配合してもよい。
【0039】
(2)シランカップリング剤(B)
シランカップリング剤(B)は、前記特許文献1に記載されている2液型歯科用接着性組成物における場合と同様に、シリカ系セラミックスに対する接着成分として機能し、上記2液型歯科用接着性組成物で使用できるとされているものが特に制限なく使用できる。
【0040】
接着性及び取扱い性の観点から、重合基を有するシランカップリング剤が好適に使用される。好適に使用される重合基を有するシランカップリング剤を具体的に例示すると、γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルトリ(トリメチルシロキシ)シラン、γ-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルトリイソプロポキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、メタクリロキシプロピルトリアリルシラン等を挙げることができる。
【0041】
シランカップリング剤(B)の配合量は、通常、重合性単量体成分(A):100質量部に対して0.5~20質量部であり、好ましくは1~10質量部である。
【0042】
(3)溶媒成分(C)
溶媒成分(C)は、水(c1)及びエタノール(c2)を含み、必要に応じてエタノール以外の揮発性有機溶媒(以下、「その他溶媒」とも言う。)(c3)を含んでもよい。水(c1)は、酸モノマー(a1)による脱灰作用を促進する機能を有し、エタノール(c2)及びそれ以外の揮発性有機溶媒(c3)は、接着材を均一に塗布するための希釈剤として、また歯質への接着材成分の浸透を促す成分としての役割を果たす。その他溶媒(c3)としては、アセトン、メチルエチルケトン、イソプロピルアルコール、t-ブチルアルコール、ジメトキシエタン等が好適に使用できる。
【0043】
重合性単量体成分(A):100質量部に対する溶媒成分(C)の含有量は、通常、20~300質量部であり、好ましくは30~250質量部である。また、重合性単量体成分(A):100質量部に対する水(c1)、エタノール(c2)及びその他溶媒(c3)の配合量は、夫々、(c1):5~30質量部、(c2):10~295質量部、及び(c3):0~285質量部であり、(c1):7~20質量部、(c2):15~245質量部、及び(c3):0~235質量部であることが好ましい。更に溶媒成分(C)全体に占めるエタノール(c2)の割合は、35質量%以上であることが好ましい。
【0044】
(4)被膜強化剤(D)
被膜強化剤(D)は、本発明の有機高分子系被膜強化剤(d1)を含み、必要に応じて無機系被膜強化剤(d2)を含んでもよい。無機系被膜強化剤(d2)としては、シリカ粒子、シリカ-ジルコニア粒子、石英、フルオロアルミノシリケートガラス、酸化アルミニウム等が好適に使用される。
【0045】
被膜強化剤(D)は、0.05~53質量部であり、本発明の有機高分子系被膜強化剤(d1)の含有量は重合性単量体成分(A):100質量部に対して0.05~3質量部である。(d1)の含有量が、0.05質量部よりも少ない場合には良好な被膜形成ができない。また、3質量部を超えると、エアブロー前の接着性組成物の粘度が高すぎ、被着体に均一に塗布できなくなる。また、無機系被膜強化剤(d2)を含む場合における(d2)の含有量は、重合性単量体成分(A):100質量部に対して1~50質量部とすること好ましい。
【0046】
(5)重合開始剤(E)
重合開始剤(E)は、被着体としての歯質に浸透した重合性単量体成分(A)を重合・硬化させることで接着強さを高める機能を有する。重合開始剤(E)としては、歯科用接着性組成物で使用可能なもの、たとえば前記特許文献1に記載されている2液型歯科用接着性組成物で使用できるとされる単一又は複数の成分で構成される重合開始剤が特に制限なく使用できる。重合開始剤(E)としては、光重合開始剤あるいは化学重合開始剤を使用することが好ましい。
【0047】
好適に使用できる光重合開始剤を例示すれば、カンファーキノン、2,4,6-トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、フェニルビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィンオキシド等を挙げることができる。また、これら光重合開始剤に光重合促進剤を組み合わせて用いることもできる。好適に使用できる光重合促進剤を例示すれば、p-ジメチルアミノ安息香酸エチル、N,N-ジエチルアニリン、4-ジメチルアミノピリジン等を挙げることができる。
【0048】
化学重合開始剤としては、有機過酸化物、アミン類、アリ―ルボレート化合物、チオ尿素化合物、遷移金属化合物等を単独で又は適宜組み合わせて使用することができる。有機過酸化物としては、t-ブチルハイドロパーオキサイド、1,1,3,3-テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド、t-ブチルペルオキシー3,5,5-トリメチルヘキサノエート、t-ブチルぺルオキシベンゾエート等が;アミン類としては、N-メチルーp-トルイジン、N,N-ジエチルアニリン、N,N-ジメチルp-トルイジン、p-ジメチルアミノ安息香酸、p-ジメチルアミノ安息香酸エチル、トリエチルアミン、N,N-ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、等が;アリ―ルボレート化合物としては、テトラフェニルホウ素のナトリウム塩、テトラフェニルホウ素の取りエタノールアミン塩、テトラキス(p-フルオロフェニル)ホウ素のナトリウム塩、テトラキス(p-フルオロフェニル)ホウ素のトリエタノールアミン塩、テトラキス(3,5-ビストリフルオロメチル)フェニルホウ素のナトリウム塩、テトラキス(3,5-ビストリフルオロメチル)フェニルホウ素のトリエタノールアミン塩、テトラキス(3,5-ビストリフルオロメチル)フェニルホウ素のホスホニウムイオン塩等が;チオ尿素化合物としては、N,N‘-エチレンチオ尿素、N-ベンゾイルチオ尿素、N,N’-ジメチルチオ尿素、1-(2-ピリジル)-2-チオ尿素、1-アセチルー2-チオ尿素等が;遷移金属化合物としては、チタニウム(IV)テトライソプロポキシド、酸化バナジルアセチルアセトナート(IV)、シュウ酸バナジル(IV)、ビス(マルトラート)オキソバナジウム(IV)、酢酸マンガン(II)、酢酸鉄(II)、酢酸鉄(III)、酢酸コバルト(II)、トリスアセチルアセトナトコバルト(III)、塩化ニッケル(II)、アセチルアセトナトニッケル(III)、塩化銅(II)、酢酸銅(II)、アセチルアセトン銅(II)、酢酸亜鉛(II)等が、夫々好適に使用できる。
【0049】
(6)その他成分
本発明の歯科用接着性組成物においては、前記(A)~(E)の成分以外に本発明の硬化を損なわない範囲で、重合禁止剤、重合促進剤、顔料、(D)成分以外のポリマー、防かび剤、抗菌剤等の成分を含有することができる。
【0050】
3.本発明のキット
本発明のシランカップリング剤含有歯科用接着性組成物は、保存安定性の観点から、第1剤と第2剤に分けて包装したキットとして使用することが好ましい。すなわち、本発明のキットは、調製目的物となる本発明のシランカップリング剤含有歯科用接着性組成物の各成分(A)~(E)を、夫々の組成物が安定に保管できるような条件を満足するよう無組み合わせで2つの組成物(第1組成物及び第2組成物)に分割して包装した包装体として保管し、使用時において両包装体を開封して、内容部である第1組成物及び第2組成物を混合することにより本発明のシランカップリング剤含有歯科用接着性組成物を調製できるようにしたものである。
【0051】
ここで、上記各成分の分割の際に満足すべき条件とは、(1)前記重合性単量体成分(A)は、第1剤のみに含まれること、(2)前記シランカップリング剤(B)は、第2剤のみに含まれること、(3)前記溶媒成分(C)について、前記エタノール(c2)は、第2剤のみ又は第1剤と第2剤の両方に含まれ、他の成分は、第1剤及び/又は第2剤に含まれること、及び(4)前記有機高分子系被膜強化剤(d1)は、第1剤及び第2剤の何れか一方又は両方に含まれることである。
【0052】
なお、溶媒成分(C)となる水(c1)及び必要に応じて配合されるその他有機溶媒は、夫々第1剤及び第2剤の何れか一方又は両方に配合することができるが、第2剤は水(c1)及びエタノール(c2)を含むようにすることが好ましい。また、前記重合開始剤(E)は、実際に使用する重合開始剤に応じて、保管中に前記重合性単量体成分(A)の重合が起こらないように第一組成物、第二組成物の一方又は両方に分けて配合すればよい。たとえば重合開始剤が単一成分からなる化学重合開始剤で有る場合には、第二組成物のみに配合すればよく、複数成分の組み合わせからなる化学重合開始剤の場合には、全ての成分を第二組成物のみに配合するか、又は重合活性を示す状態で前記重合性単量体成分(A)と共存しないように成分を第一組成物と第二組成物に適宜分けて配合すればよい。重合開始剤が光重合開始剤である場合には、遮光下で保管すれば、原則、どちらの組成物に配合しても構わないが、化学重合開始剤の場合に準じて、光が照射された場合に重合活性を示す状態で前記重合性単量体成分(A)と共存しないようにすることが好ましい。
【0053】
さらに、前記特許文献1に記載された2液型歯科用接着性組成物のように、調製目的物となる本発明のシランカップリング剤含有歯科用接着性組成物が、重合性単量体成分(A)として硫黄原子含有重合性単量体を含み、更に重合開始剤の一成分としても機能するボレート化合物を含む場合には、当該ボレート化合物は第二組成物のみに配合することが好ましい。この場合において、重合開始剤(E)が有機過酸化物を含むときには、有機過酸化物と硫黄原子含有重合性単量体とが保管中に反応しゲル化が起こることがあるため、有機過酸化物は第二組成物のみに配合することが好ましい。
【0054】
第1組成物及び第2組成物の具体的な組成は、調製目的物となる本発明のシランカップリング剤含有歯科用接着性組成物に基づき、前記条件を満足するように各成分を第一組成物、第二組成物の一方又は両方に分けることにより決定すればよい。
【実施例0055】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
【0056】
1.以下に、実施例および比較例において使用した物質の略称について説明する。
(1)a1:酸性基含有重合性単量体(酸モノマー)
・MDP:10-メタクリルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート
・AET:4-アクリロイルオキシエチルトリメット酸。
【0057】
(2)a2:酸性基非含有重合性単量体(非酸モノマー)
・HEMA:2-ヒドロキシエチルメタクリレート
・BisGMA:ビスフェノールAジ(2‐ヒドロキシプロポキシ)ジメタクリレート
・UDMA:ジ(メタクリロイルオキシ)-2,2,4-トリメチルヘキサメチレンジウレタン
・3G:トリエチレングリコールジメタクリレート。
【0058】
(3)B:シランカップリング剤
・SC1:γ-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン
・SC2:γ-メタクリロキシプロピルトリイソプロポキシシラン
・SC3:メタクリロキシプロピルトリアリルシラン。
【0059】
(4)d1:本発明の被膜強化剤
・EC1:エチルセルロース (分子量140000以上の成分の含有率:24.6%、溶解性:0.1g/100g水以下、1g/100gエタノール以上、和光純薬製)
・EC2:エチルセルロース (分子量140000以上の成分の含有率:16.2%、溶解性:0.1g/100g水以下、1g/100gエタノール以上、和光純薬製)
なお、上記分子量分布及び後述するHPC1及びHPC2の分子量分布は、Waters社製Advanced Polymer Chromatographyシステム(カラム:AQUITY APC XT 45 1.7μmを2本連結、標準物質:ACQUITY APC Polystylene Middle MW Calibration Kit、溶媒:テトラヒドロフラン)を用いた測定結果に基づくものである。
【0060】
(5)d2:無機系被膜強化剤
・DM-30:平均1次粒径7nm、ジメチルジクロロシラン処理のシリカ粒子(株式会社トクヤマ製)。
【0061】
(6)d3:d1以外の有機高分子系被膜強化剤
・HPC1:ヒドロキシプロピルセルロース(分子量140000以上の成分の含有率:42.0%、溶解性:5g/100g水以上、1g/100gエタノール以上、和光純薬製)
・HPC2:ヒドロキシプロピルセルロース(分子量140000以上の成分の含有率:32.3%、溶解性:5g/100g水以上、1g/100gエタノール以上、和光純薬製)
・PMMA:ポリメチルメタクリレート(重量平均分子量1000000、溶解性:0.1g/100g水以下、0.1g/100gエタノール以下)。
【0062】
(7)E:重合開始剤
・CQ:カンファーキノン
・DMBE:p-ジメチルアミノベンゾイックアシッドエチルエステル
・V1:ビス(マルトラート)オキソバナジウム(IV)
・V2:シュウ酸バナジル
・V3:酸化バナジウムアセチルアセトナート
・Cu1:酢酸銅(II)
・Cu2:アセチルアセトナト銅(II)
・PO1:t-ブチルハイドロパーオキサイド
・PO2:1,1,3,3‐テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド
・PO3:t-ブチルぺルオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート
・PO4:t-ブチルぺルオキシベンゾエート
・B1:テトラフェニルホウ素のトリエタノール塩
・B2:テトラフェニルホウ素のナトリウム塩
・TU1:N-ベンゾイルチオ尿素
・TU2:N,N‘-エチレンチオ尿素。
【0063】
2.歯科用接着材の評価方法
実施例及び比較例で調製した歯科用接着材については、接着性の評価と被膜の評価とを行った。以下にこれら評価方法について説明する。
【0064】
(1)接着性評価
歯科用接着材の接着性評価は、各歯科用接着材を用いて(1)歯質とコンポジットレジンとを接着させたときの歯質/コンポジットレジン系(歯質/CR系)及び(2)ポーセレン陶材とレジンセメントを接着させたときのポーセレン陶材/レジンセメント系(P陶材/Rセメント系)の夫々の系についての初期接着性試験と接着耐久性試験を行い、そのときの接着強さによって評価した。この際、通常よりも強圧条件でエアブローを行った。
【0065】
また、保存安定性を調べるために、上記評価を、調製直後の組成物を接着剤として使用した場合と、調製後50℃の温度下で2週間保存した後の組成物を接着剤と使用した場合の夫々について行った。以下に評価方法の詳細を説明する。
【0066】
(1-1)評価試料(サンプル)の作製方法
1) 歯質/CR系接着強度測定用サンプルの作成方法: 屠殺後24時間以内に抜去した牛前歯を、注水下、耐水研磨紙P600で研磨し、唇面に平行かつ平坦になるように、象牙質平面を削り出した被着体を準備した。次に、これら2種類の被着体のそれぞれの研磨面に、直径3mmの穴を開けた両面テープを貼り付けた。続いて、研磨面のうち両面テープの穴から露出している接着面に、各実施例および各比較例で調製した歯科用接着材を塗布し、強圧条件で5秒間エアブローして乾燥させた。この際の強圧条件とは、0.2MPaの圧力でエアブローノズルから被着体表面までの距離を5cmとした場合を示す。通常の接着試験においては0.2MPaの圧力で8cm離して行っている。
【0067】
直径8mmの穴が設けられた厚み0.5mmのパラフィンワックスを、パラフィンワックスの穴と、両面テープの穴とが同心円となるように歯科用接着材が塗布された接着面に貼り付けて模擬窩洞を作製した。この模擬窩洞に歯科用コンポジットレジン(エステライトΣクイック、トクヤマデンタル社製)を充填してポリエステルフィルムで軽く圧接した後、可視光線照射器(エリパー、3MESPE社製)を用い、光照射10秒による光硬化を行った。その後、あらかじめ研磨したSUS304製丸棒(直径8mm、高さ18mm)をレジンセメント(ビスタイトII、トクヤマデンタル社製)で接着し、評価用試料(サンプル)を作製した。なお、使用したコンポジットレジンは、カンファーキノンおよびアミン化合物を含む光重合性の組成物である。
【0068】
2) P陶材/Rセメント系接着強度測定用試料の作製: 被着体として、シリカ系結晶化ガラスを材質とする歯科用セラミックス(いわゆるポーセレン)である「ノリタケスーパーポーセレンAAA」(クラレノリタケ社製、縦15mm×横15mm×厚さ3mm)を用い、この被着体の片面を#800の耐水研磨紙で研磨した。その後、被着体の研磨面に、直径3mmの穴を開けた両面テープを貼り付けた。続いて、研磨面のうち両面テープの穴から露出している接着面に各実施例、および各比較例の歯科用組成物をそれぞれマイクロブラシで塗布し、接着面に塗布された歯科用組成物を5秒間エアブローすることにより乾燥させた。その後、あらかじめ研磨したSUS304製丸棒(直径8mm、高さ18mm)をレジンセメント(リライエックスアルティメットレジンセメント、3MESPE社製)で接着し、評価用試料(サンプル)を作製した。なお、使用したレジンセメント(リライエックスアルティメットレジンセメント、3MESPE社製)は、化学重合性の組成物である。
【0069】
(1-2)初期接着強さ及び接着耐久性の評価方法
上記のようにして作成したサンプルを各実施例あるいは比較例ごとに2つの試験群に分け、その一方の試験群について、各サンプルを37℃の水中にて24時間浸漬した後に万能試験機(島津製作所社製オートグラフ)を用い、クロスヘッドスピード2mm/分で引張接着強さ(初期接着強さ)を測定した。測定は、接着強さ測定用のサンプルを水中から引き上げて約1日以内に実施した。各実施例および各比較例について、4個のサンプルの測定値を平均し、測定結果とした。
【0070】
さらに、接着耐久性を調べるために、もう一方の試験群について、各サンプルを5℃および55℃の恒温水槽に各1分ずつ交互に浸漬するサーマルサイクルを3000サイクル実施することで接着耐久性測定用のサンプルとし、上記と同様にして引張接着強さ(耐久試験後接着強さ)を測定した。
【0071】
(2)被膜評価
屠殺後24時間以内に抜去した牛前歯を、注水下、耐水研磨紙P600で研磨し、唇面に平行かつ平坦になるように、象牙質平面を削り出した。この象牙質平面に各実施例および各比較例で調製した歯科用接着材を塗布し、5秒間エアブローして乾燥させた。エアブロー後の接着材層を目視により観察し、被膜形成されているか確認した。良好な被膜が形成されている場合を「良」、接着性組成物として十分な被膜が形成されている場合を「可」、被膜形成が不十分あるいは被膜性状が悪い場合を「不可」とした。
【0072】
3.実施例及び比較例
実施例1
(1)歯科用接着性組成物の調製:MDP2g,HEMA2.5g,BisGMA3.3g,3G2.2g,アセトン12.8g、DM-30を2g、V1を0.02g混合し、第1剤を得た。また、水1g、エタノール8g、ECを0.05g、PO1を0.2g、B1を0.3g混合し、第2剤を得た。
【0073】
(2)接着性評価:(1)で得た歯科用接着性組成物を接着材として用いて、前記した接着性評価を行った。その調製直後の組成物を用いた結果は、象牙質に対する接着強さは、初期において、18.2MPa,サーマルサイクル3000回後で16.4MPaとともに高い接着強さを示している。ポーセレンに対する接着強さも同様に高く、初期で20.1MPa、サーマルサイクル後で18.5MPaであった。さらに、50℃2週間保管した組成物を用いた場合は、象牙質に対する接着強さが初期で17.8MPa、サーマルサイクル後で16.0MPaであった。ポーセレンに対する接着強さは初期で19.5MPa,サーマルサイクル後で18.1MPaであった。50℃2週間後も良好な接着強さを示したことから、本発明の歯科用接着性組成物は優れた保管安定性を有するといえる。また、被膜観察試験の結果も「良」であった。
【0074】
実施例2~25
各成分の量比を表1および表2に示されるように変える他は実施例1と同様にして、接着性組成物を調製し、得られた組成物を接着材として用いて接着性評価及び評価を行った。その結果を表3に示す。表3に示されるように、何れの実施例においても初期・保管後ともに高い接着強さを示している。また、被膜形成も良好である。なお表中の「↑」は、「同上」を意味し、各成分の後ろに表記される括弧内の数値は当該成分の配合量(質量部)を表す。
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
比較例1~19
各成分の量比を表4に示されるように変える他は実施例1と同様にして、接着性組成物の調製し、得られた組成物を接着材として用いて接着性評価及び評価を行った。評価結果を表5に示す。
【0079】
【0080】
【0081】
表5に示されるように、(a1)成分を含まない比較例1では、歯質に対する接着成分が含まれないために、歯質に対する接着強さが低かった。
(a1)成分を2剤に含む比較例2や(d2)成分を2剤に含む比較例14では、(B)成分の保存安定性が悪いため、50℃2週間後のポーセレンに対する接着強さが低かった。
(C)成分を含まない比較例3と(C)成分の含有量が20質量部未満の比較例4では、歯面の脱灰が不十分となり、象牙質に対する接着強さが低下した。また、各成分の濃度が高いため、エアブロー前から組成物の粘度が高く、均一に塗布することが困難であった。それに伴い、各接着強さも低い値を示した。
(C)成分の含有量が250質量部を超える比較例5では、接着成分の含有割合が少ないために接着強さが低下した。また、(D)成分の濃度が低いため、被膜形成が不十分であった。
(c1)成分を含まない比較例6と(c1)成分が5質量部未満である場合比較例7では、歯面の脱灰が進行しないため象牙質に対する接着強さが低かった。
(c1)成分の含有量が30質量部を超える比較例8では、水をエアブローで完全に除去できず、被膜形成が不十分であるとともに、象牙質に対する接着強さが低下した。
第2剤に(c2)成分を含まない比較例9では、(d1)成分の溶解性が低下し均一な第2剤の調製ができなかった。
【0082】
(B)成分を含まない比較例10、(B)成分の含有量が0.5質量部未満である比較例11では、ポーセレンに対する接着強さが低下した。
(B)成分の含有量が20質量部を超える比較例12では、(C)成分濃度が高いことで保存安定性が低下し、50℃2週間保管後のポーセレンに対する接着強さが低かった。
(d1)成分を含まない比較例13や(d1)成分の含有量が0.05質量部未満の比較例16では、被膜形成が不十分であった。またそれに伴って接着強さも低い値を示した。
(d1)成分として本発明の有機高分子系被膜強化剤を含まず、代わりに第2剤の被膜強化剤として有機ポリマーであるPMMAを用いた(比較例15では、PMMAがエタノールに溶解しないため均一な第2剤の調製ができなかった。
(d1)成分の含有量が3質量部を超える比較例17では、エアブロー前から組成物の粘度が高いために、均一に塗布することが困難であった。それに伴い、各接着強さも低い値を示した。
被膜強化剤が水に対する溶解度が0.1g/100g水である有機高分子系被膜強化剤d3を用いた比較例18及び比較例19では、エアブローにより水が除去しきれず被膜形成が不十分であった。それに伴い、各接着強さも低い値を示した。