(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022099043
(43)【公開日】2022-07-04
(54)【発明の名称】キメラ受容体
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20220627BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20220627BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20220627BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20220627BHJP
【FI】
C12N5/10
G01N33/68 ZNA
C12Q1/06
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020212785
(22)【出願日】2020-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】000006770
【氏名又は名称】ヤマサ醤油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】保科 元気
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045AA25
2G045BA13
2G045BB20
2G045CB01
2G045CB17
2G045DA36
2G045DA54
2G045FA11
2G045FA34
2G045FB01
2G045FB03
2G045FB08
2G045FB12
2G045FB13
2G045GC12
2G045GC15
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ61
4B063QR02
4B063QR48
4B063QR77
4B063QS36
4B063QX02
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、オキシトシン測定系のS/N比を改善し、実用的なオキシトシン測定系を提供することである。
【解決手段】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体及びcAMPバイオセンサーを用いることで、受容体の活性化シグナルを良好なS/N比で測定できることを見出した。さらに、検討を進めることにより、本発明を完成させた。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
V2受容体の細胞外領域配列の一部をオキシトシン受容体の細胞外領域配列へと置換したキメラ受容体とcAMPバイオセンサーが発現されていることを特徴とする、動物細胞。
【請求項2】
V2受容体の第一細胞外領域配列をオキシトシン受容体の第一細胞外領域配列へと置換したキメラ受容体とcAMPバイオセンサーが発現されていることを特徴とする、動物細胞。
【請求項3】
V2受容体の第一・第二・第三細胞外領域配列をオキシトシン受容体の第一・第二・第三細胞外領域配列へと置換したキメラ受容体とcAMPバイオセンサーが発現されていることを特徴とする、動物細胞。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の動物細胞を含む、オキシトシン測定キット。
【請求項5】
V2受容体の細胞外領域配列の一部をオキシトシン受容体の細胞外領域配列へと置換したキメラ受容体を用いることを特徴とする、cAMPバイオセンサーを用いたオキシトシン測定系のS/N比向上方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オキシトシン(Oxytocin)受容体とV2受容体のキメラ受容体に関する。
【背景技術】
【0002】
オキシトシンは、下垂体後葉から分泌される9アミノ酸からなるホルモンである。子宮筋の収縮作用による分娩の促進や出産後授乳時の射乳反射を惹起する機能があり、分娩誘発剤として臨床的に用いられている。近年では、神経伝達物質として、精神神経疾患、社会的/性的なふるまいに関与している可能性が示唆されており、精神神経疾患などのバイオマーカーとして応用が期待されている。
【0003】
オキシトシン受容体(OXTR)は、中枢神経、子宮、乳腺等の細胞膜上に存在するオキシトシンの受容体であり、Gタンパク質共役受容体の一種である。下垂体後葉から分泌されるオキシトシンがOXTRに結合すると、その刺激によりGタンパク質αq(Gαq)を介して細胞中のホスホリパーゼCが活性化、ホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸(PIP2)が分解され、ジアシルグリセロール(DAG)およびイノシトール1,4,5-トリスリン酸(IP3)が産生される。IP3は小胞体上のカルシウムチャネルであるIP3受容体に結合して細胞質内にカルシウムを流入させる。DAGはカルシウムとともにプロテインキナーゼCを活性化、さらに下流にシグナルを伝達する。OXTRはオキシトシンだけでなくアルギニンバソプレシン(AVP : Arginine Vasopressin)にも強い親和性を有する。
【0004】
AVPは、オキシトシン同様、下垂体後葉から分泌され、腎臓における水再吸収を調節するホルモンである。9アミノ酸からなり、オキシトシンとは2アミノ酸が異なる。中枢性尿崩症では血中AVP濃度が低下することから、診断補助にAVP測定が用いられている。
【0005】
V2受容体(V2R)は、腎集合管の細胞膜上に存在するAVP受容体であり、Gタンパク質共役受容体の一種である。下垂体後葉から分泌されるAVPがV2Rに結合すると、その刺激により細胞中のGタンパク質αs(Gαs)を介してアデニレートシクラーゼが活性化されて環状アデノシン一リン酸(cAMP)が産生され、cAMPシグナルによるプロテインキナーゼA活性化を介して、腎臓における水の再吸収が行われる。AVPの受容体として、V2Rのほかに、V1a受容体(V1aR)、V1b受容体(V1bR)が知られているが、それぞれ発現組織が異なる。また、V2RはGαsと、V1aRおよびV1bRはGαqと共役することが知られている。これらの受容体はオキシトシンにも弱いながらも親和性を有する。
【0006】
オキシトシンの測定法として、質量分析(特許文献1)や、抗体を用いた免疫学的測定法であるRIA法(非特許文献1、2)、酵素免疫測定法(特許文献1、非特許文献1、2、3)、免疫生物発光測定法(特許文献2)等が知られている。
【0007】
Gタンパク質共役受容体に対するリガンドや自己抗体活性を迅速に測定する方法の1つとして、cAMPバイオセンサー及びGタンパク質共役受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を用いてcAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する方法が検討されている(特許文献3)。当該方法においては、以下の工程(a)~(c)を行うことにより、被験者試料のTSHRに対する自己抗体活性を算定することができる。
(a)cAMPバイオセンサー及びTSHRの両方が発現する動物細胞を、被験者から採取された血液試料存在下でインキュベートする工程;
(b)工程(a)の後、前記cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する工程;
(c)工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較し、TSHR活性化レベルを算定する工程;
しかし、当該測定原理をオキシトシンの測定系に応用した知見は存在しない。
【0008】
V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換することで、オキシトシンへの親和性が向上するとの先行研究が存在している(非特許文献3)。しかし、当該報告は受容体の機能学的側面に対する研究であり、オキシトシンの測定法に応用するための研究・検討は一切行われてこなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第6445861号
【特許文献2】特許第6734258号
【特許文献3】WO2020/050208
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Szeto Angela et al, STATISTICS AND METHODS, Vol. 73, 5, 393-400, 2011
【非特許文献2】Arthur Lefevre et al, Scientific Reports, DOI:10.1038 / s41598‐017‐17674‐7
【非特許文献3】Rolf Postina et al. THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY Vol. 271, No. 49, December 6, 31593‐31601, 1996
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の第一の課題は、既存のオキシトシン測定系に存在した、測定に放射性同位元素の利用が必要、反応に一晩程度の時間がかかる、前処理が必要である、という問題を解決することにある。
【0012】
さらに、本発明者らは、オキシトシン測定法の検討を行う中で、放射性同位元素を用いない測定系(例えば、特許文献3に記載の測定系)は、オキシトシン受容体の特性に起因してシグナル/ノイズ比(S/N)が低く、実用化に適さないことを確認した。
【0013】
本発明の第二の課題は、オキシトシン測定系のS/N比を改善し、実用的なオキシトシン測定系を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体及びcAMPバイオセンサーを用いることで、受容体の活性化シグナルを良好なS/N比で測定できることを見出した。さらに、検討を進めることにより、本発明を完成させた。
【0015】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
[1]V2受容体の細胞外領域配列の一部をオキシトシン受容体の細胞外領域配列へと置換したキメラ受容体とcAMPバイオセンサーが発現されていることを特徴とする、動物細胞。
[2]V2受容体の第一細胞外領域配列をオキシトシン受容体の第一細胞外領域配列へと置換したキメラ受容体とcAMPバイオセンサーが発現されていることを特徴とする、動物細胞。
[3]V2受容体の第一・第二・第三細胞外領域配列をオキシトシン受容体の第一・第二・第三細胞外領域配列へと置換したキメラ受容体とcAMPバイオセンサーが発現されていることを特徴とする、動物細胞。
[4] [1]から[3]のいずれか1項に記載の動物細胞を含む、オキシトシン測定キット。
[5]V2受容体の細胞外領域配列の一部をオキシトシン受容体の細胞外領域配列へと置換したキメラ受容体を用いることを特徴とする、cAMPバイオセンサーを用いたオキシトシン測定系のS/N比向上方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、既存のオキシトシン測定系に存在した、測定に放射性同位元素の利用が必要、反応に一晩程度の時間がかかる、前処理が必要である、といった問題を解決することが可能である。さらに、本発明のキメラ受容体は、受容体の恒常活性が抑制されていることに起因して、S/N比が改善し、オキシトシン測定感度が向上している。この特性により、オキシトシンの迅速測定に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、本明細書実施例1にて作製されたキメラ受容体OXTR(E1)-V2Rを示す模式図である。OXTR(E1)-V2Rでは、V2Rの第一細胞外領域(E1)配列がOXTRの第一細胞外領域(E1)配列に置換されている。V2Rに由来する部分は黒色で、OXTRに由来する部分は点線/網かけで示されている。
【
図2】
図2は、本明細書実施例1にて作製されたキメラ受容体OXTR(E1)-V2Rについて、配列の由来を示したものである。キメラ受容体OXTR(E1)-V2Rでは、第一細胞外領域(E1)配列がOXTRの第一細胞外領域(E1)配列に置換されている。OXTRに由来する配列に下線が引かれている。
【
図3】
図3は、本明細書実施例1にて作製されたキメラ受容体OXTR(E123)-V2Rを示す模式図である。OXTR(E123)-V2Rでは、V2Rの第一、第二、第三細胞外領域(E1, E2, E3)配列がそれぞれOXTRの第一、第二、第三細胞外領域(E1, E2, E3)配列に置換されている。V2Rに由来する部分は黒色で、OXTRに由来する部分は点線/網かけで示されている。
【
図4】
図4は、本明細書実施例1にて作製されたキメラ受容体OXTR(E123)-V2Rについて、配列の由来を示したものである。キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rでは、第一、第二、第三細胞外領域(E1, E2, E3)配列がそれぞれOXTRの第一、第二、第三細胞外領域(E1, E2, E3)配列に置換されている。OXTRに由来する配列に下線が引かれている。
【
図5】
図5は、本明細書実施例1にて作製されたキメラ受容体OXTR-V2R(IC)を示す模式図である。OXTR-V2R(IC)では、OXTRの第一、第二、第三、第四細胞内領域配列がそれぞれV2Rの第一、第二、第三、第四細胞内領域配列に置換されている。V2Rに由来する部分は黒色で、OXTRに由来する部分は点線/網かけで示されている。
【
図6】
図6は、本明細書実施例1にて作製されたキメラ受容体OXTR-V2R(IC)について、配列の由来を示したものである。キメラ受容体OXTR-V2R(IC)では、OXTRの第一、第二、第三、第四細胞内領域配列がそれぞれV2Rの第一、第二、第三、第四細胞内領域配列に置換されている。OXTRに由来する配列に下線が引かれている。
【
図7】
図7は、本明細書実施例2の野生型V2R、野生型OXTR及びキメラ受容体における、オキシトシンを10~100000pg/mL添加したときのS/N比(Fold change)を示している。縦軸はS/N比(Fold change)の値を示している。横軸は添加したオキシトシン濃度(pg/mL)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本明細書において、OXTRおよびV2Rのアミノ酸配列は、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/guide/)のデータベースに登録されているOXTRおよびV2Rアミノ酸配列であることとする。本明細書において、OXTRおよびV2Rの由来はヒトに限定されないが、由来について特に記載のない場合、OXTRおよびV2Rはヒト由来であることを意味する。ヒト由来OXTRのアミノ酸配列を配列番号1に、ヒト由来V2Rのアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0019】
本明細書において、「V2Rの配列の一部がOXTRの配列へと置換される」とは、V2Rの2以上連続するアミノ酸配列が、対応するOXTRのアミノ酸配列に置換されていることを意味する。
【0020】
本明細書において、「V2受容体の細胞外領域配列」とは、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/guide/)のデータベースに登録されているOXTRおよびV2Rの細胞膜貫通領域で分断されるアミノ酸配列区画の1,3,5,7番目であることとする。ただし、V2Rの2番目の細胞膜貫通領域はOXTRおよびV2Rのアラインメントの結果、89番目のAlaまでとした。
【0021】
本明細書において、OXTRおよびV2Rの細胞膜貫通領域で分断されるアミノ酸配列区画の1番目、すなわちN末端から1番目の細胞外領域を第一細胞外領域と定義し、E1と表記することがある。同様に、OXTRおよびV2Rの細胞膜貫通領域で分断されるアミノ酸配列区画の3番目、すなわちN末端から2番目の細胞外領域を第二細胞外領域と定義しE2と表記し、細胞膜貫通領域で分断されるアミノ酸配列区画の5番目を第三細胞外領域と定義しE3と表記することがある。
【0022】
本明細書において、V2RのE1配列をOXTRのE1配列へと置換したキメラ受容体を、OXTR(E1)-V2Rと表記することがある。同様に、V2RのE1、E2、E3配列をそれぞれOXTRのE1、E2、E3配列へと置換したキメラ受容体を、OXTR(E123)-V2Rと表記することがある。
【0023】
本明細書において、「cAMPレベル」とは、キメラ受容体に起因して哺乳動物細胞内で産生されるcAMP量を意味し、以下に記載の方法で測定した際のRLUと定義する。
【0024】
[使用動物細胞]ヒト胎児腎細胞由来細胞株(HEK293細胞)(ECACC[European Collection of Authenticated Cell Cultures]より入手、Cat no. 85120602)。
【0025】
[使用ベクター]GloSensor cAMP、すなわち、ホタルルシフェラーゼ(firefly luciferase)の359~544番目のアミノ酸残基と、プロテインキナーゼA(PKA)の制御サブユニットのcAMP結合領域と、ホタルルシフェラーゼの4~355番目のアミノ酸残基とを含むタンパク質が発現するプラスミドベクター(pGloSensor-22F、Promega社製)と、野生型ヒトV2Rを発現するベクターpYS_CMV_V2R_Puro。なお、以下に記載の方法において、pYS_CMV_V2R_Puroの代わりに、適宜キメラ受容体が発現するpYS_CMVベクターを用いることもある。
【0026】
[細胞調製法]
〔1〕1.5×104個のHEK293細胞を10%FBS含有D-MEM培地に播種し、24時間培養する。
〔2〕pGloSenso-22FとpYS_CMV_V2R_Puroを、PEI MAX(Polyscience社製)を用いて1:4の比率で混合、20分静置した後、HEK293細胞に添加してトランスフェクションする。
〔3〕トランスフェクションされた細胞を24時間培養した後、受容体刺激物質(例えばオキシトシンやオキシトシンを含む検体)の添加により発光強度の増加が見られるものを選抜する。
【0027】
[活性測定条件]
〔1〕細胞を24時間培養した後、細胞を回収、インキュベート用液に6.0×105cells/mLとなるよう置換し、96ウェルハーフエリアホワイトプレート(Corning社製)に26μLずつ分注する。8mM D-Luciferin(OZBIOACIENCE社製、10mM HEPES-KOH, pH7.5で溶解)を10μLずつ加え、室温で2時間平衡化処理を行う。
〔2〕オキシトシンを添加し、20分間インキュベーションした後、ルミノメーターを用いてRLUを測定する。測定されたRLUを、cAMPレベルと定義する。
【0028】
なお、本明細書におけるcAMPレベルの測定法は、上記測定法と同等性が担保される範囲内で、適宜改変することもできる。
【0029】
本明細書において、「受容体活性化レベル」とは、オキシトシンに対するV2Rあるいはキメラ受容体の応答性を意味し、哺乳動物細胞中のオキシトシン非添加条件のRLUに対する、オキシトシン存在下におけるcAMPレベルの比(Fold change)によって定義される。
【0030】
本明細書において、「シグナル/ノイズ比」及び「S/N比」、「S/N ratio」とは、前記cAMPレベル測定法に従いV2Rあるいはキメラ受容体を一過性発現する株において、オキシトシンを添加したときの、受容体活性化レベルを意味する。ある濃度X(pg/mL)のオキシトシンを添加したときの受容体活性化レベルをX(pg/mL)におけるS/N比と定義する。
【0031】
本明細書において、「S/N比が高い(低い)」とは、あるオキシトシン濃度において、一方のS/N比が、他方の1.2倍以上高い(低い)ことを意味する。すなわち、ある濃度X(pg/mL)において、キメラ受容体がV2RよりもS/N比が高いといったときには、X(pg/mL)におけるキメラ受容体のS/N比が、X(pg/mL)におけるV2RのS/N比よりも1.2倍以上であることを意味する。キメラ受容体のS/N比が高いことは、そのキメラ受容体をオキシトシン測定系に用いた場合、感度及び鑑別能力に優れていることを意味する。
【0032】
本明細書において「ポリヌクレオチド」とは、ヌクレオチドもしくは塩基、又はそれらの等価物が、複数結合した形態で構成されているものを含む。ヌクレオチド及び塩基は、DNA塩基又はRNA塩基を含む。上記の等価物は、例えばDNA塩基又はRNA塩基がメチル化等の化学修飾を受けているもの、又はヌクレオチドアナログを含む。ヌクレオチドアナログは、非天然のヌクレオチドを含む。
「DNA鎖」とは、DNA塩基又はそれらの等価物が2個以上連結した形態のことを表す。
「RNA鎖」とは、RNA塩基又はそれらの等価物が2個以上連結した形態のことを表す。
【0033】
本明細書において「ベクター」は、例えば大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322、pUC12、pET-Blue-2)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5)、酵母由来プラスミド(例えばpSH19、pSH15)、動物細胞発現プラスミド(例えばpA1-11、pcDNAI/Neo)、λファージなどのバクテリオファージ、アデノウイルス、レトロウイルス、バキュロウイルスなどのウイルス由来のベクターなどを用いることができる。これらのベクターは、プロモーター、複製開始点、又は抗生物質耐性遺伝子など、タンパク質発現に必要な構成要素を含んでいてもよい。ベクターは発現ベクターであってもよい。
【0034】
本明細書において「cAMPバイオセンサー」とは、哺乳動物細胞中のcAMPの産生量及び/又は濃度に依存し、可視化(イメージング)及び/又は定量可能な、自身に由来する指標(例えば、酵素活性レベル、発色レベル、発光[蛍光]レベル)が変化するタンパク質を意味する。上記cAMPバイオセンサーは、通常、cAMP結合領域を有し、かかるcAMP結合領域にcAMPが結合することにより、cAMPバイオセンサーの立体構造が変化し、不活性化状態から活性化状態への変化、不可視化状態から可視化状態への変化等のアロステリックな効果を有する。
【0035】
本発明の一態様は、V2受容体の細胞外領域配列の一部をオキシトシン受容体の細胞外領域配列へと置換したキメラ受容体を発現し、細胞内にcAMPバイオセンサーを有することを特徴とする、動物細胞である。V2Rの配列中に含まれるOXTRの配列は、連続する2以上のアミノ酸配列である必要があり、5以上のアミノ酸配列であることが好ましく、10以上のアミノ酸配列であることがより好ましく、20以上のアミノ酸配列であることがより好ましい。一方、受容体の機能を保持する観点から、置換される領域はアミノ酸配列全体の50%以下であることが好ましい。
【0036】
本発明に係るキメラ受容体は、cAMPバイオセンサーを用いてオキシトシンを測定する際に、低濃度域(10pg/mL)、中濃度域(100pg/mL)、高濃度域(1000pg/mL)の少なくとも1つの濃度域において、S/N比が向上している。当該キメラ受容体は、S/N比が向上している濃度域において感度よく受容体活性化レベルを測定できるため、好適にオキシトシンの測定に用いることができる。
【0037】
本発明に係る置換は、機能的ないし構造的な単位で行われることが、受容体の機能保持の観点から好ましい。機能的ないし構造的な単位の例としては、タンパク質のドメインなどが挙げられ、具体的には細胞膜貫通領域、細胞外領域、細胞内領域などが挙げられる。
【0038】
本発明に係る置換の中でも、S/N比が向上することが後述の実施例にて実証されていることから、少なくともV2RのE1配列がOXTRのE1配列に置換されていることがより好ましい。中でも、低濃度域のオキシトシンを感度良く測定できることから、E1, E2, E3がいずれも置換されていることがより好ましい。
【0039】
今回我々は当該置換により、オキシトシン未添加時のcAMPレベル、すなわち受容体の恒常活性が低下することで、結果的にオキシトシン測定系のS/N比が向上して、オキシトシン測定感度が向上することを明らかにした。
【0040】
本願発明の特徴は、後述する実施例2に記載するように、オキシトシン添加時のcAMPレベルは、特に低濃度域においてV2R受容体よりも低下するが、それ以上にオキシトシン非添加時のcAMPレベル(受容体の恒常活性)が低下することで、オキシトシン測定系のS/N比を向上させ、オキシトシン測定系の感度を向上させることである。
これに対し、非特許文献4においては、V2RやOXTR、キメラ受容体の恒常活性について、一切の記載がない。
さらに、非特許文献4には、V2Rの配列の一部をOXTRの配列へと置換することで、受容体のオキシトシンに対する親和性が向上することが記載されているが、この場合、親和性向上に伴いオキシトシン添加時のcAMPレベルは増大すると考えられる。
一方、本願発明においては、この考えに反し、特にオキシトシン低濃度域において、置換前と比較してcAMPレベルは低下している。
すなわち、本願発明の効果は、非特許文献4に記載の内容からは全く予想することのできない顕著なものであった。
【0041】
本発明に用いることができるOXTRおよびV2Rは、オキシトシンなどの測定対象に反応を示す限りにおいて、その由来に制限はない。動物細胞にて発現した際にヒトのOXTRおよびV2Rと近い反応性を示すことから、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄類、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等由来の細胞を例示することができる。中でも、生体内のオキシトシンなどのリガンドに対する受容体活性を比較的よく反映できる点から、ヒトOXTR(配列番号1)及びヒトV2R(配列番号2)であることがより好ましい。
【0042】
本発明のキメラ受容体は、これまで記載した変異の他に、OXTR活性の顕著な低下やS/N比の顕著な低下を引き起こさない範囲内で、さらにアミノ酸配列を欠失、置換、挿入もしくは付加する変異を有していても良い。一般に、特に活性と直接的に関与しない部位において、1もしくは数個のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入、又は他のアミノ酸による置換を受けたポリペプチドが、その生物学的活性を維持しうる(Mark et al., Proc Natl Acad Sci U S A.1984 Sep;81(18):5662-5666.、Zoller et al., Nucleic Acids Res. 1982 Oct 25;10(20):6487-6500.、Wang et al., Science. 1984 Jun 29;224(4656):1431-1433.)ことが知られている。
【0043】
本発明の実施形態に係るキメラ受容体が特定のアミノ酸配列を含むとき、そのアミノ酸配列中のいずれかのアミノ酸が化学修飾を受けていてもよい。そのような場合でも、本発明の実施形態に係るキメラ受容体は、特定のアミノ酸配列を含むといえる。一般的に、タンパク質に含まれるアミノ酸が生体内で受ける化学修飾としては、例えばN末端修飾(例えば、アセチル化 、ミリストイル化等)、C末端修飾(例えば、アミド化、グリコシルホスファチジルイノシトール付加等)、又は側鎖修飾(例えば、リン酸化、糖鎖付加等)等が知られている。
【0044】
本発明に係るポリヌクレオチドは、DNA/RNA合成装置を用いて合成可能である。その他、DNA塩基又はRNA塩基合成の受託会社(例えば、インビトロジェン社やタカラバイオ社等)から購入することもできる。本発明のポリヌクレオチド配列は、本発明のキメラ受容体のアミノ酸配列と、遺伝暗号表から、適宜設計することができる。
【0045】
前記ポリヌクレオチドを含むベクターは、一般に知られている分子生物学的手法によって調製することができ、その調製方法として、例えばTAクローニング法、平滑末端クローニング法、ライゲーション法、In-fusionクローニング法、Gatewayクローニング法、アッセンブリ―法等が例示される。
【0046】
本発明の一態様である動物細胞は、前記ベクターの導入により、前記キメラ受容体が一過的(transient)又は安定的(stable)に発現する動物細胞であればよい。使用される細胞株に特に限定は無いが、購入や実験のし易さの点から、ヒト胎児腎細胞由来細胞株[HEK293細胞、HEK293T細胞等]、チャイニーズハムスター卵巣由来細胞株[CHO細胞]、ヒト骨肉腫細胞株[U2OS細胞]が好ましく、中でも遺伝子導入効率や安定増殖の点からヒト胎児腎細胞由来細胞株[HEK293細胞、HEK293T細胞等]、チャイニーズハムスター卵巣由来細胞株[CHO細胞]がより好ましい。
【0047】
本発明の動物細胞は、この分野で一般的に用いられている遺伝子工学的手法により作製することができる。例えば、プロモーター(例えば、サイトメガロウイルス[CMV]のIE[immediate early]遺伝子のプロモーター、SV40[Simian virus 40]の初期プロモーター、レトロウイルスのプロモーター、メタロチオネインプロモーター、ヒートショックプロモーター、SRαプロモーター、NFATプロモーター、HIFプロモーター)と、かかるプロモーターの下流に作動可能に連結されているTSH受容体をコードする遺伝子を含むベクター(例えば、pcDNA3.1(+)、pcDM8、pAGE107、pAS3-3、pCDM8)を、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、DEAE(Diethylaminoethyl)デキストラン法、ウイルス感染法等の方法を用いて、哺乳動物細胞へ導入(トランスフェクション)することにより得ることができる。リガンドの測定に用いられるために、適宜キメラ受容体をコードする遺伝子以外の遺伝子が導入されていても良く、例えばcAMPバイオセンサーをコードする遺伝子が導入されていても良い。
【0048】
本発明に用いることのできるcAMPバイオセンサーとしては、例えば、cAMP結合領域(例えば、プロテインキナーゼA[PKA]の制御サブユニット由来のcAMP結合領域、Epac1由来のcAMP結合領域)を含むレポータータンパク質(例えば、HRP[horseradish peroxidase];アルカリホスファターゼ;β-D-ガラクトシダーゼ;緑色発光ルシフェラーゼ[SLG]、橙色発光ルシフェラーゼ[SLO]、赤色発光ルシフェラーゼ[SLR]等のルシフェラーゼ;緑色蛍光タンパク質[GFP]、赤色蛍光タンパク質[DsRed]、シアン色蛍光タンパク質[CFP]等の蛍光タンパク質)を挙げることができ、具体的には、PKAの制御サブユニット由来のcAMP結合領域を含むルシフェラーゼであるGloSensor cAMP(Promega社製)や、Epac1由来のcAMP結合領域を含む赤色蛍光タンパク質であるPink Flamindo(Pink Fluorescent cAMP indicator)(文献「Harada K., et al., Sci Rep. 2017 Aug 4;7(1):7351. doi: 10.1038/s41598-017-07820-6.」参照)を挙げることができ、本実施例において、その効果が実証されているため、GloSensor cAMP(Promega社製)が好ましい。
【0049】
本発明の一態様は、前記キメラ受容体を発現する動物細胞を含む、オキシトシンの測定キットである。
【0050】
本発明の一態様であるオキシトシン測定キットは、常用されている試薬を適宜用いることができる。一例として、動物細胞液、発光基質液、反応プレート、標準液、希釈液のようなキット構成が考えられる。 cAMPバイオセンサーの可視化及び/又は定量が可能な基質としては、例えば、上記cAMPバイオセンサーがアルカリホスファターゼの場合、p-ニトロフェニルリン酸を挙げることができ、上記cAMPバイオセンサーがβ-D-ガラクトシダーゼである場合、X-gal(5-Bromo-4-Chloro-3-Indolyl-β-D-Galactoside)、ONPG(o-nitrophenyl-β-D-galactopyranoside)を挙げることができ、上記cAMPバイオセンサーがルシフェラーゼである場合、ルシフェリン、セレンテラジンを挙げることができる。
【0051】
本発明の一態様は、V2受容体の細胞外領域配列の一部をオキシトシン受容体の細胞外領域配列へと置換したキメラ受容体を用いることを特徴とする、cAMPバイオセンサーを用いたオキシトシン測定系のS/N比向上方法である。cAMPバイオセンサーを用いたオキシトシン測定に、V2受容体の細胞外領域配列の一部をオキシトシン受容体の細胞外領域配列へと置換したキメラ受容体を用いることで、S/N比を向上させることができる。
【0052】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例0053】
実施例1.キメラ受容体の調製
以下に示す方法に従い、野生型V2R及びOXTRをもとに、各キメラ受容体を調製した。
【0054】
1-1.キメラ受容体の設計
V2Rの細胞外領域をOXTRの細胞外領域に置換した以下のキメラ受容体を検討した。
OXTR(E1)-V2R:配列番号3
OXTR(E123)-V2R:配列番号4
また、比較対象として、OXTRの細胞内領域をV2Rの細胞内領域に置換した以下のキメラ受容体についても、検討した。
OXTR-V2R(IC):配列番号5
【0055】
キメラ受容体OXTR(E1)-V2Rのタンパク質構造を、
図1に模式的に示す。当該タンパク質のアミノ酸配列について、配列番号3に示す。当該タンパク質のアミノ酸配列の由来について、
図2に示す。
【0056】
同様に、キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rのタンパク質構造を、
図3に模式的に示す。当該タンパク質のアミノ酸配列について、配列番号4に示す。当該タンパク質のアミノ酸配列の由来について、
図4に示す。
キメラ受容体OXTR-V2R(IC)のタンパク質構造を、
図5に模式的に示す。当該タンパク質のアミノ酸配列について、配列番号5に示す。当該タンパク質のアミノ酸配列の由来について、
図6に示す。
【0057】
1-2.キメラ受容体の発現ベクター調製
1-1.に記載したキメラ受容体に対応するよう、野生型ヒトV2Rを発現するベクターpYS_CMV_V2R_Puroの内、置換したい領域の外側に向けて3’側と5’側に20~30merの人工プライマーを設計し、タカラバイオ社PrimeStarHS(Code No. R010A)によるPCR増幅を行った。また、野生型ヒトOXTRを発現するベクターpFN21AE0658(かずさDNA研究所)の、置換したい領域の内側に向けて3’側と5’側に人工プライマーを設計するが、その際V2Rの置換領域の外側に重複する配列を15~25merほど付加しておき、当該プライマーを用いてNEB社Q5 Hot Start High Fidelity DNA Polymerase(Code No. M0494S)でPCR増幅を行った。これらPCRをタカラバイオ社Nucleospin Gel and PCR Clean-up(Code No. 740609.250)で精製した後、NEB社NEBuilder HiFi DNA Assembly Master Mix(Code No. E2621S)によるアッセンブリ―法でベクター構築を行い、コンピテントセルDH5αに形質転換した。OXTR-V2R(IC)については、人工遺伝子合成した配列を上記同様に、アッセンブリ―法で発現ベクターを構築し、コンピテントセルDH5αに形質転換した。プラスミドを形質転換した大腸菌シングルコロニーをコロニーPCRにて目的配列の置換を確認、さらに精製したプラスミドのシーケンス解析により目的配列の置換を確認した。
【0058】
1-3.キメラ受容体一過性発現細胞株の取得
1.5×104個のヒト胎児腎細胞由来細胞株(HEK293細胞)(ECACC[European Collection of Authenticated Cell Cultures]より入手、Cat no. 85120602)を、10%FBS含有D-MEM培地とともに6ウェルマルチプレートに播種し、24時間培養した。
1-2.にて取得したキメラ受容体ベクター0.5μgと、ホタルルシフェラーゼ(firefly luciferase)の359~544番目のアミノ酸残基と、プロテインキナーゼA(PKA)の制御サブユニットのcAMP結合領域と、ホタルルシフェラーゼの4~355番目のアミノ酸残基とを含むタンパク質が発現するプラスミドベクター(pGloSenso-22F、Promega社製)1.5μgを、PEI MAX(Polyscience社製)と1:4の比率で混合、20分静置した後、HEK293細胞に添加してトランスフェクションした。上記操作によって、キメラ受容体を一過性発現する、HEK293細胞を取得した。
【0059】
キメラ受容体の一過性発現株に対する対照として用いるため、1-2記載の野生型ヒトV2Rおよび野生型ヒトOXTRの発現ベクターにより、野生型ヒトV2Rおよび野生型ヒトOXTR一過性発現株も取得した。
【0060】
実施例2.キメラ受容体のオキシトシンに対する活性測定
実施例1にて得られたキメラ受容体ないし野生型ヒトV2Rおよび野生型ヒトOXTRを一過性発現するHEK293細胞に、オキシトシンを添加して、各キメラ受容体のS/N比を測定した。
【0061】
測定法は以下の通りである。
[測定条件]
キメラ受容体を一過性発現するHEK293細胞及び野生型ヒトV2Rおよび野生型ヒトOXTRを一過性発現するHEK293細胞を24時間培養後、細胞を回収、インキュベート用液に6.0×105cells/mLとなるよう置換し、96ウェルハーフエリアホワイトプレート(Corning社製)に26μLずつ分注した。8mM D-Luciferin(OZBIOACIENCE社製、10mM HEPES-KOH, pH7.5で溶解)を10μLずつ加え、遮光して室温で2時間静置した。2時間後、オキシトシンを0、0.1、1、10、100、1000、10000、100000pg/mLとなるよう添加、20分間インキュベーションした後のRLU値を96ウェルマルチプレートルミノメーター(Promega社製)で測定した。
【0062】
各キメラ受容体の各濃度におけるS/N比(Fold change)を、
図7及び表1に示す。
【0063】
【0064】
上記結果より、OXTR(E1)-V2R、OXTR(E123)-V2Rのキメラ受容体において、野生型ヒトV2Rよりも複数濃度域におけるS/N比が向上していることが読み取れる。OXTR-V2R(IC)や野生型OXTRでは、オキシトシン濃度依存的なS/N比の上昇は見られなかった。
【0065】
上記キメラ受容体の中でも、特にOXTR(E123)-V2Rにおいて、野生型ヒトV2Rよりも10~100000pg/mLにおけるS/N比が向上していることが読み取れる。S/N比1.5以上の濃度を測定可能と判定すると、野生型V2Rは1000pg/mL以上で測定可能である一方、OXTR(E123)-V2Rでは10pg/mL以上で測定可能となり、オキシトシン測定感度がおおよそ100倍向上した。