(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022099051
(43)【公開日】2022-07-04
(54)【発明の名称】摺動部材および摺動部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20220627BHJP
C01B 32/05 20170101ALI20220627BHJP
F16C 33/18 20060101ALI20220627BHJP
【FI】
C23C14/06 F
C23C14/06 P
C01B32/05
F16C33/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020212801
(22)【出願日】2020-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】591029699
【氏名又は名称】日本アイ・ティ・エフ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】高松 玄
(72)【発明者】
【氏名】大城 竹彦
(72)【発明者】
【氏名】内海 慶春
【テーマコード(参考)】
3J011
4G146
4K029
【Fターム(参考)】
3J011AA20
3J011DA01
3J011DA02
3J011MA02
3J011SE02
4G146AA01
4G146AB07
4G146AC03A
4G146AC03B
4G146AC16A
4G146AC16B
4G146AC23A
4G146AC23B
4G146AC30A
4G146AC30B
4G146AD02
4G146AD17
4G146BB23
4G146BC10
4K029AA02
4K029BA07
4K029BA34
4K029BB02
4K029BB10
4K029BD04
4K029CA03
4K029DD06
4K029EA01
4K029EA08
4K029FA04
4K029FA05
4K029FA07
(57)【要約】
【課題】平滑性に優れる摺動部材を得ること。
【解決手段】基材(1)と、基材(1)における少なくとも相手材と摺動する表面を被覆する被膜と、を含む摺動部材(10)であって、前記被膜が、第1の非晶質炭素層(4)と第2の非晶質炭素層(5)とを含み、第1の非晶質炭素層(4)は、基材(1)と第2の非晶質炭素層(5)との間に形成され、第1の非晶質炭素層(4)は、第2の非晶質炭素層(5)よりも硬度が高く、前記被膜の断面において、第1の非晶質炭素層(4)中に存在するマクロパーティクル(P)を核とする異常成長物(7)の密度が、11.8×10
-3個/μm
2以下であることを特徴とする、摺動部材。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材における少なくとも相手材と摺動する表面を被覆する被膜と、を含む摺動部材であって、
前記被膜が、第1の非晶質炭素層と第2の非晶質炭素層とを含み、
前記第1の非晶質炭素層は、前記基材と前記第2の非晶質炭素層との間に形成され、
前記第1の非晶質炭素層は、前記第2の非晶質炭素層よりも硬度が高く、
前記被膜の断面において、前記第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度が、11.8×10-3個/μm2以下であることを特徴とする、摺動部材。
【請求項2】
前記第1の非晶質炭素層の層厚が、100nm以上であり、1000nmと前記被膜の総膜厚の20%とを比べて厚い方の層厚以下であることを特徴とする、請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記第1の非晶質炭素層の硬度が、40GPa以上、80GPa以下であることを特徴とする、請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記第1の非晶質炭素層のラマン分光によるID/IGの値が1.0以下であり、Gピークシフトが1535cm-1以上、1570cm-1以下であることを特徴とする、請求項1~3の何れか1項に記載の摺動部材。
【請求項5】
前記被膜の膜厚が、1μm以上、50μm以下であることを特徴とする、請求項1~4の何れか1項に記載の摺動部材。
【請求項6】
請求項1~5の何れか1項に記載の摺動部材を製造する方法であって、
前記基材上に、物理的気相蒸着法を用いて、前記第1の非晶質炭素層を形成する工程、および、
前記第1の非晶質炭素層上に、前記第2の非晶質炭素層を形成する工程を含み、
前記第1の非晶質炭素層を形成する工程において、前記基材の最高到達温度を、150℃以下に制御することを特徴とする、摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材および当該摺動部材の製造方法に関する。ここで、摺動部材とは、例えば、軸と軸受けのように、相対的に擦れ合いながら滑り合う摺動部を構成する部材である。また、摺動部は、一般的に、機械装置の駆動部分に使用される。
【背景技術】
【0002】
摺動部を摺動させた際に摩擦が発生する。前記摩擦により、前記摺動部を構成する摺動部材の耐久性および精度等が低下するという問題があった。
【0003】
前記問題を解決する方法としては、摺動部材の摺動面を非晶質炭素膜によって被覆する方法が知られている。
【0004】
上述の非晶質炭素膜によって摺動面が被覆された摺動部材の一例としては、例えば、特許文献1に記載の、基材の少なくとも外周摺動面上に非晶質炭素膜である硬質炭素膜が形成された構造を備え、かつ、当該硬質炭素膜は、sp2成分比が40%以上80%以下の範囲内であり、水素含有量が0.1原子%以上5原子%以下の範囲内であり、表面に表れるマクロパーティクル量が面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内である、ピストンリングが挙げられる。なお、sp2成分比とは、前記硬質炭素膜を構成する炭素(C)におけるsp2結合とsp3結合の合計に対するsp2結合の数の割合を意味する。
【0005】
また、非晶質炭素膜と摺動部材における基材との密着性を向上させた摺動部材として、特許文献2に記載の、母材(基材)側である内面側から外面側に向かうにしたがってsp2比が増加する傾斜構造を有し、前記非晶質硬質炭素膜の前記内面側のsp2比:A%と、前記非晶質硬質炭素膜の前記外面側のsp2比:B%とが、する(B-A)≧20との関係である摺動部材が挙げられる。なお、ここで、sp2比とは、非晶質硬質炭素膜を構成する炭素(C)におけるsp2結合とsp3結合の合計に対するsp2結合の数の割合を意味する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開2015/115601号パンフレット
【特許文献2】特許第6357606号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述のような従来の非晶質炭素膜によって摺動面が被覆された摺動部材は、特に当該非晶質炭素膜が厚膜化した場合に、表面粗度が大きくなり、平滑性が悪化するという問題があった。
【0008】
本願発明の課題は、前記問題を解決し、非晶質炭素膜が厚膜化した場合であっても、表面粗度が小さく、平滑性に優れる摺動部材を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の[1]~[6]に示す発明を含む。
【0010】
[1]基材と、前記基材における少なくとも相手材と摺動する表面を被覆する被膜と、を含む摺動部材であって、
前記被膜が、第1の非晶質炭素層と第2の非晶質炭素層とを含み、
前記第1の非晶質炭素層は、前記基材と前記第2の非晶質炭素層との間に形成され、
前記第1の非晶質炭素層は、前記第2の非晶質炭素層よりも硬度が高く、
前記被膜の断面において、前記第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度が、11.8×10-3個/μm2以下であることを特徴とする、摺動部材。
【0011】
[2]前記第1の非晶質炭素層の層厚が、100nm以上であり、1000nmと前記被膜の総膜厚の20%とを比べて厚い方の層厚以下であることを特徴とする、[1]に記載の摺動部材。
【0012】
[3]前記第1の非晶質炭素層の硬度が、40GPa以上、80GPa以下であることを特徴とする、[1]または[2]に記載の摺動部材。
【0013】
[4]前記第1の非晶質炭素層のラマン分光によるID/IGの値が1.0以下であり、Gピークシフトが1535cm-1以上、1570cm-1以下であることを特徴とする、[1]~[3]の何れか1つに記載の摺動部材。
【0014】
[5]前記第1の非晶質炭素層の層厚と、前記第2の非晶質炭素層の層厚との合計が、1μm以上、50μm以下であることを特徴とする、[1]~[4]の何れか1つに記載の摺動部材。
【0015】
[6][1]~[5]の何れか1つに記載の摺動部材を製造する方法であって、
前記基材上に、物理的気相蒸着法を用いて、前記第1の非晶質炭素層を形成する工程を含み、
前記第1の非晶質炭素層を形成する工程において、前記基材の最高到達温度を、150℃以下に制御することを特徴とする、摺動部材の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一実施形態に係る摺動部材は、平滑性に優れるとの効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】従来の第1の非晶質炭素層および第2の非晶質炭素層からなる被膜によって被覆された摺動部材の構造を表す模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る摺動部材の構造を表す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の一実施形態に関して以下に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明は、以下に説明する各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態に関しても本発明の技術的範囲に含まれる。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意味する。
【0019】
[実施形態1:摺動部材]
本発明の実施形態1に係る摺動部材は、基材と、前記基材における少なくとも相手材と摺動する表面を被覆する被膜と、を含む摺動部材であって、前記被膜が、第1の非晶質炭素層と第2の非晶質炭素層とを含み、前記第1の非晶質炭素層は、前記基材と前記第2の非晶質炭素層との間に形成され、前記第1の非晶質炭素層は、前記第2の非晶質炭素層よりも硬度が高く、前記被膜の断面において、前記第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度が、11.8×10-3個/μm2以下であることを特徴とする。
【0020】
[基材]
【0021】
本発明の一実施形態における基材は、本発明の一実施形態に係る摺動部材の用途に応じて適した材料を選択すればよい。例えば、本発明の一実施形態に係る摺動部材を、ピストンリング、ピストンピンおよび圧縮機の何れかの製造に利用する場合には、当該振動部材における基材としては、各種の鋼材、ステンレス鋼材、鋳物材、鋳鋼材等の、ピストンリング、ピストンピンおよび圧縮機の基材として一般に使用される基材を挙げることができる。
【0022】
本発明の一実施形態における基材は、被膜によって被覆される前に、必要に応じて、前処理されていてもよい。前記前処理としては、例えば、表面研磨によって表面粗さを調節すること、および、洗浄剤およびプラズマ等を用いて表面を洗浄すること等を挙げることができる。
【0023】
また、前記基材と前記被膜との間に中間層が形成されていてもよい。前記中間層としては、前記基材と前記被膜との密着性を向上させるための層として、前記基材を構成する金属と格子整合性があり、かつ、当該金属よりも前記第1の非晶質炭素層の炭素と炭化物を形成し易い金属元素またはその金属炭化物から構成される層を挙げることができる。前記金属元素は、具体的には、チタン(Ti)、クロム(Cr)、ケイ素(Si)、コバルト(Co)、バナジウム(V)、モリブデン(Mo)およびタングステン(W)からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素である。
【0024】
前記中間層の層厚は、特に限定されず、例えば、0.01μm以上であることが好ましく、0.03μm以上であることがより好ましく、0.05μm以上であることがさらに好ましく、0.1μm以上であることが特に好ましい。前記中間層の層厚が前述の値以上であることは、前記中間層により、前記基材と前記被膜との密着性が好適に向上し得る面において好ましい。一方、前記中間層が過剰に厚い場合には、前記中間層の変形が前記基材と前記被膜との密着性にかえって悪影響を与えることが考えられる。そこで、前述の悪影響を与えることを防止するとの観点から、前記中間層の層厚は、例えば、5μm以下であることが好ましく、0.4μm以下であることがより好ましく、0.3μm以下であることがさらに好ましく、0.2μm以下であることが特に好ましい。
【0025】
なお、以下において、前記中間層が形成されている場合には、前記基材と前記中間層とからなる部材も、「基材」に含まれる。
【0026】
[被膜]
本発明の一実施形態における被膜は、前記基材における少なくとも相手材と摺動する表面を被覆し、後述する第1の非晶質炭素層と後述する第2の非晶質炭素層とを含む。また、本発明の一実施形態における被膜は、後述する第1の非晶質炭素層と後述する第2の非晶質炭素層とからなることが好ましい。
【0027】
(第1の非晶質炭素層)
本発明の一実施形態における第1の非晶質炭素層は、前記基材と前記第2の非晶質炭素層との間に形成され、好ましくは、前記基材上に直接形成される。
【0028】
本発明の一実施形態に係る摺動部材は、前記被膜の断面において、前記第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度、言い換えると、前記第1の非晶質炭素層内に存在する、異常成長物の核となるマクロパーティクルの密度が、11.8×10-3個/μm2以下であり、1.5×10-3個/μm2以下であることが好ましい。
【0029】
本発明の一実施形態における被膜のように、基材側に非晶質炭素層を含む被膜においては、当該非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核として、当該非晶質炭素層形成時の熱によって、コーン状の異常成長物が発生する。
図1は、従来の摺動部材10’の構成を模式的に示した断面図である。
図2は、本実施形態に係る摺動部材10の構成を模式的に示した断面図である。
【0030】
ここで、
図1に示すように、従来の摺動部材10’は、基材1と、第1の非晶質炭素層2と、第2の非晶質炭素層3と、を有する。摺動部材10’の被膜は、第1の非晶質炭素層2と第2の非晶質炭素層3とからなる積層構造を少なくとも有する。第1の非晶質炭素層2は、基材1側に形成されており、第2の非晶質炭素層3は、第1の非晶質炭素層2における基材1と反対側に形成されている。前記被膜において、真空アーク蒸着法で非晶質炭素層を成膜したとき、第1の非晶質炭素層2には、硬質炭素のマクロパーティクルPが存在する。そして、マクロパーティクルPを核として異常成長物7が生じる。この異常成長物7は、第1の非晶質炭素層2の成膜時、すなわち成膜初期から成長する。そして、異常成長物7は、その成長に伴ってコーン状に拡大し、被膜の最表面6にて隆起状形態物として現れる。従来の摺動部材10’では、異常成長物7が成膜初期から成長するので、第2の非晶質炭素層3の膜厚が大きくなるに従い、異常成長物7は、最表面6に対して大きく隆起する。その結果、従来の摺動部材10’は、第2の非晶質炭素層3の膜厚が大きくなるに従い、表面粗度が大きくなる。
【0031】
一方、
図2に示すように、本発明の一実施形態に係る摺動部材10における被膜は、第1の非晶質炭素層4と、第2の非晶質炭素層5と、からなる積層構造を有する。第1の非晶質炭素層4は、基材1側に形成されており、第2の非晶質炭素層5は、第1の非晶質炭素層4における基材1と反対側に形成されている。本発明の一実施形態に係る摺動部材10によれば、前記被膜において、第1の非晶質炭素層4には、硬質炭素のマクロパーティクルPの密度が、11.8×10
-3個/μm
2以下であるか、あるいは存在しない。マイクロパーティクルPは、主に第2の非晶質炭素層5中に存在する。それゆえ、本発明の一実施形態に係る摺動部材10では、異常成長物7は、第2の非晶質炭素層5の成膜時から成長する。異常成長物7は、成膜初期から成長したものではないため、従来の摺動部材10’と比較して、被膜の最表面6にて現れる隆起状形態物は大きく隆起しない。その結果、本発明の一実施形態に係る摺動部材10は、表面粗度が小さく、平滑性に優れる。
【0032】
前記第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度を測定する方法は特に限定されず、例えば、次の方法を挙げることができる。まず、前記摺動部材を前記基材の表面に垂直な方向に切断して得られる任意の断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し、前記第1の非晶質炭素層中に起点が存在する異常成長物の数を測定する。その後、測定された異常成長物の数を、SEMの評価長さと前記第1の非晶質炭素層の層厚との積にて除して、前記第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度を算出する。
【0033】
前記第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度を制御する方法としては、例えば、次の方法が挙げられる。すなわち、後述の本願発明の実施形態2に係る摺動部材の製造方法のように、物理的気相蒸着法を用いて前記第1の非晶質炭素層を形成する際の前記基材の最高到達温度を特定の範囲に制御する方法が挙げられる。
【0034】
しかしながら、前記第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度は、前記第1の非晶質炭素層を形成する際の前記基材の最高到達温度のみに依存するのではなく、前記第1の非晶質炭素層を形成する時間等によっても変動する。ここで、物理的気相蒸着法を用いて前記第1の非晶質炭素層を形成する方法としては、非晶質炭素源と基材との間に放電を発生させ、イオン化した炭素を前記基材に吹き付ける方法が一般的である。前述の方法による前記第1の非晶質炭素層の形成が開始された直後は、前記放電が安定し難く、前記異常成長物の核となるマクロパーティクルが発生し易くなっている。一方、前記第1の非晶質炭素層の形成における時間が経過するにつれて、前記放電が安定化し、その結果、前記異常成長物の核となるマクロパーティクルの発生が抑制される。よって、前記第1の非晶質炭素層を形成する時間を、前記放電が安定化する程度の時間に制御することによって、前記異常成長物の核となるマクロパーティクルの発生を抑制し、その結果、前記第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度を制御することができる。一般的に、前記第1の非晶質炭素層を形成する時間が長いほど、製造される前記第1の非晶質炭素層の層厚は大きくなる。また、同一の条件下にて物理的気相蒸着法を用いて前記第1の非晶質炭素層を形成する場合には、前記第1の非晶質炭素層の層厚が大きいことは、前記第1の非晶質炭素層の形成時間も大きいことを意味している。よって、前記同一の条件下にて物理的気相蒸着法を用いて前記第1の非晶質炭素層を形成する場合には、前記第1の非晶質炭素層の層厚が大きいほど、第1の非晶質炭素層における前記異常成長物の密度は小さくなると考えられる。なお、具体的には、前記第1の非晶質炭素層を形成する時間を、通常の条件下において、層厚が後述の好ましい範囲内である前記第1の非晶質炭素層を形成できる程度の時間に制御することが好ましい。
【0035】
本発明の一実施形態における第1の非晶質炭素層は、後述する第2の非晶質炭素層よりも硬度が高い。本明細書において、硬度は、ダイヤモンド圧子を対象物に押し込んだ際に測定できる押込み硬さを表している。また、前記硬度は、例えば、ナノインデンターの方法によって測定され得る。
【0036】
本発明の一実施形態における第1の非晶質炭素層の具体的な硬度は、40GPa以上、80GPa以下であることが好ましく、55GPa以上、80GPa以下であることがより好ましい。
【0037】
本発明の一実施形態における第1の非晶質炭素層の層厚は、100nm以上であり、1000nmと前記被膜の総膜厚の20%とを比べて厚い方の層厚以下であることが好ましく、500nm以上であり、1000nmと前記被膜の総膜厚の20%とを比べて厚い方の層厚以下であることがより好ましい。なお、前記第1の非晶質炭素層の層厚を測定する方法は、特に限定されず、例えば、前記摺動部材を前記基材の表面に垂直な方向に切断して得られる任意の断面をSEMにて観測することによって測定する方法を挙げることができる。また、前記第1の非晶質炭素層の硬度が比較的低硬度な場合、SEMでは前記第1の非晶質炭素層と前記第2の非晶質炭素層との区別がつきにくいことがあるため、その場合にはカロテスト法による層厚測定も併せて行うことによって、前記第1の非晶質炭素層の層厚を測定することが好ましい。
【0038】
本発明の一実施形態において、前記第1の非晶質炭素層の層厚が100nm以上であることによって、前記異常成長が前記摺動部材の最表面にて現れる隆起状形態物大きさをより小さくし、前記摺動部材の平滑性をより好適に向上させることができる。また、本発明の一実施形態において、前記第1の非晶質炭素層の層厚が1000nmと前記被膜の総膜厚の20%とを比べて厚い方の層厚以下であることによって、硬度がより高い第1の非晶質炭素層が前記被膜に占める割合が大きくなることによって、前記被膜における内部応力が増大し、その結果、前記摺動部材より前記被膜が剥離することを、好適に防ぐことができる。
【0039】
本発明の一実施形態において、前記第1の非晶質炭素層のラマン分光によるID/IGの値は、1.0以下であることが好ましく、0.9以下であることが好ましい。また、本発明の一実施形態において、前記第1の非晶質炭素層のラマン分光によるGピークシフトは、1535cm-1以上、1570cm-1以下であることが好ましく、1550cm-1以上、1570cm-1以下であることがより好ましい。
【0040】
ここで、非晶質炭素層のラマン分光によって得られるラマンスペクトルは、波数1350cm-1の付近にDピークを有し、波数1550cm-1の付近にGピークを有する。前記IDが、前記Dピークのピーク面積である。前記IGは、前記Gピークのピーク面積である。前記Gピークシフトの値は、前記Gピークにおけるピーク位置の波数である。
【0041】
前記ID/IGの値および前記Gピークシフトの測定方法としては、例えば、以下の(1)~(3)に示す方法を挙げることができる。
【0042】
(1)前記第1の非晶質炭素層に対して、市販のラマン分光分析機を用いて測定することによって、ラマンスペクトルを得る。
【0043】
(2)得られたラマンスペクトルラマンスペクトルから直線によりベースラインを除去した後、前記Dピークと前記Gピークにピーク分離を行う。
【0044】
(3)ピーク分離された前記Dピークおよび前記Gピークのピーク面積、並びに、前記Gピークのピーク位置を測定し、測定された値に基づき、ピーク面積比ID/IGの値とGピークシフトの値を算出する。
【0045】
(第2の非晶質炭素層)
本発明の一実施形態における第2の非晶質炭素層は、前記第1の非晶質炭素層よりも、前記基材から遠い位置に形成されている。
【0046】
本発明の一実施形態における第2の非晶質炭素層は、前記第1の非晶質炭素層よりも、硬度が低い。第2の非晶質炭素層は、好ましくは、摺動部材の最表面を構成する。前記最表面は、前記摺動部材にて構成される摺動部において、他の部材と接触する部分である。よって、前記第2の非晶質炭素層の硬度が低いことにより、特に前記被膜が厚膜化した場合において、厚膜であることにより前記他の部材との接触および擦れ合いに対する耐摩耗性が向上し、硬度が低いことにより前記他の部材に対する相手攻撃性が低下する。また、前記第2の非晶質炭素層の硬度が低いことによって、前記摺動部材の磨き性およびスループットが向上する。
【0047】
本発明の一実施形態における第2の非晶質炭素層の具体的な硬度は、10GPa以上、40GPa未満であることが好ましく、20GPa以上、38GPa以下であることがより好ましい。
【0048】
本発明の一実施形態における第2の非晶質炭素層の層厚は、0.1μm以上、50μm以下であることが好ましく、0.5μm以上、30μm以下であることがより好ましい。また、前記被膜の総膜厚との関係において、本発明の一実施形態における第2の非晶質炭素層の層厚は、前記被膜の総膜厚の60%以上であることが好ましい。なお、前記第2の非晶質炭素層の層厚を測定する方法は、特に限定されず、例えば、前記第1の非晶質炭素層の層厚の測定方法と同様、前記摺動部材を前記基材の表面に垂直な方向に切断して得られる任意の断面をSEMにて観測することによって測定する方法を挙げることができる。また、前記第1の非晶質炭素層の硬度が比較的低硬度な場合、前記第1の非晶質炭素層の層厚の測定方法と同様、SEMでは前記第1の非晶質炭素層と前記第2の非晶質炭素層との区別がつきにくいことがあるため、その場合にはカロテスト法による層厚測定も併せて行うことによって、前記第2の非晶質炭素層の層厚を測定することが好ましい。
【0049】
本発明の一実施形態において、前記第2の非晶質炭素層の層厚が0.1nm以上であることは、前記他の部材に対する相手攻撃性を好適に低下させる面において好ましい。また、本発明の一実施形態において、前記第2の非晶質炭素層の層厚が50nm以下であることは、前記摺動部材が過剰に大きくなり、機械装置等に組み込み難くなることを防ぐことができる面において好ましい。さらに、前記第2の非晶質炭素層の層厚が膜厚の60%以上であることは、前記他の部材に対する相手攻撃性を好適に低下させる面に加えて、前記他の部材との接触および擦れ合いに対する耐摩耗性を好適に向上させる面においてより好ましい。
【0050】
(その他の層)
本発明の一実施形態における被膜は、前記第1の非晶質炭素層および前記第2の非晶質炭素層以外のその他の層を含んでいてもよい。
【0051】
前記その他の層としては、例えば、前記第1の非晶質炭素層と前記第2の非晶質炭素層との間に形成される他の非晶質炭素層、および、前記第2の非晶質炭素層上記形成される耐摩耗表面処理層等を挙げることができる。
【0052】
前記その他の層の層厚は、本発明の効果を損なわない範囲であれば、特に限定されず、前記被膜の総膜厚の20%以下であることが好ましく、前記被膜の総膜厚の10%以下であることがより好ましい。
【0053】
(被膜の物性)
本発明の一実施形態に係る被膜の膜厚は、1μm以上、50μm以下であることが好ましく、2μm以上、30μm以下であることがより好ましく、5μm以上、30μm以下であることがさらに好ましい。
【0054】
本発明の一実施形態において、前記被膜の膜厚が1μm以上であることは、保護膜として機能する前記被膜の膜厚が十分大きくなることにより、前記他の部材との接触および擦れ合いに対する耐摩耗性を好適に向上させ、前記他の部材に対する相手攻撃性を好適に低下させることができる面において好ましい。本発明の一実施形態において、前記被膜の膜厚が30μm以下であることは、前記摺動部材が過剰に大きくなり、機械装置等に組み込み難くなることを防ぐことができる面において好ましい。
【0055】
本発明の一実施形態において、前記被膜中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度は、30×10-3個/μm2以下であることが好ましく、25×10-3個/μm2以下であることがより好ましい。
【0056】
本発明の一実施形態において、前記被膜中に存在するマクロパーティクルを規定とする異常成長物の密度が上述の範囲内であることは、前記摺動部材の平滑性を悪化させる要因となり得る異常成長の数が少なくなり、その結果、前記摺動部材の平滑性が好適に向上する面において好ましい。
【0057】
[実施形態2:摺動部材の製造方法]
本発明の実施形態2に係る摺動部材の製造方法は、本発明の実施形態1に係る摺動部材を製造する方法であって、前記基材上に、物理的気相蒸着法を用いて、前記第1の非晶質炭素層を形成する工程、および、前記第1の非晶質炭素層上に、前記第2の非晶質炭素層を形成する工程を含み、前記第1の非晶質炭素層を形成する工程において、前記基材の最高到達温度を、150℃以下に制御することを特徴とする。
【0058】
前記物理的気相蒸着法(PVD法)とは、炭素材料を蒸発、イオン化させて得られる炭素イオンを、前記基材に吹き付けることによって、前記基材上に前記炭素イオンを堆積させ、非晶質炭素層を形成する方法である。
【0059】
本発明の一実施形態において、物理的気相蒸着法の種類は、特に限定されず、非晶質炭素層の形成に一般的に使用される方法を適宜採用することができる。前記物理的気相蒸着法としては、ターゲットから発生したマクロパーティクルをろ過するフィルタード式真空アークPVD装置(フィルタード真空アーク(FVA)装置とも称する)を用いる、フィルタード真空アーク蒸着法を採用することが好ましい。
【0060】
本発明の一実施形態における前記第1の非晶質炭素層を形成する工程において、前記基材の最高到達温度を、150℃以下に制御し、好ましくは130℃以下に制御する。
【0061】
前記第1の非晶質炭素層を形成する工程において、前記基材の最高到達温度を、上述の範囲に制御することによって、形成される第1の非晶質炭素層における異常成長物の起点となるマクロパーティクルの密度を、好適な範囲に制御することができる。
【0062】
前記基材の最高到達温度を制御する方法としては、特に限定されず、例えば、前記第1の非晶質炭素層を形成する工程において、前記第1の非晶質炭素層の形成を適宜中断して前記基材を冷却する工程を1回または複数回実施すること、および、ヒーターを用いて、前記基材の温度を制御する方法、並びに、前記基材に加わる総イオンエネルギー量を制御する方法が挙げられる。より詳細には、FVA蒸発源の数を調整する方法、前記第1の非晶質炭素層を形成に使用するアーク電流の大きさを調整する方法および基材バイアスを調整する方法等を挙げることができる。
【0063】
ここで、物理的気相蒸着法によって、非晶質炭素層を形成する場合、イオン化した炭素を前記基材に吹き付けることから、必然的に、前記基材にイオンエネルギーが加えられる。その際に加えられる総イオンエネルギー量は、目的とする非晶質炭素層の層厚等の特性によって変動する。すなわち、特定の範囲の層厚等の特性を有する非晶質炭素層を形成するためには、特定の範囲の総イオンエネルギー量を前記基材に加える必要がある。
【0064】
前記総イオンエネルギー量が大きい場合は前記基材の温度が上昇し易い。一方、前記総イオンエネルギー量が小さい場合には、前記基材の温度が上昇し難い。よって、前記基材の最高到達温度を制御する方法のより詳細な具体例としては、目的とする非晶質炭素層を形成するための前記総イオンエネルギー量が大きい場合には、前記非晶質炭素層の形成を適宜中断して前記基材を冷却する工程を1回または複数回実施して、前記基材の温度が過剰に上昇しないように、前記基材の温度を制御する方法が挙げられる。また、必要に応じて、ヒーターの加熱なしに、前記基材の最高到達温度を制御することもできる。また、目的とする非晶質炭素層を形成するための前記総イオンエネルギー量が小さい場合には、ヒーターを用いて前記基材を加熱して、前記基材の温度を制御する方法を挙げることができる。
【0065】
また、前記第1の非晶質炭素層を形成する工程においては、前記基材の最高到達温度を、150℃以下に制御するのに加え、前記第1の非晶質炭素層の膜厚が100nm以上、mと前記被膜の総膜厚の20%とを比べて厚い方の層厚以下でとなるまで成膜することが好ましい。これにより、前記摺動部材の平滑性をより好適に向上させるとともに、前記摺動部材より前記被膜が剥離することを、好適に防ぐことができる。
【0066】
本発明の一実施形態における前記第2の非晶質炭素層を形成する工程において、前記第2の非晶質炭素層を形成する方法としては、特に限定されず、非晶質炭素層の形成に一般的に使用される方法を適宜採用することができる。前記第2の非晶質炭素層を形成する方法としては、好ましくは、前記第1の非晶質炭素層を形成する工程と同様、物理的気相蒸着法を採用することができ、より好ましくは、フィルタード真空アーク蒸着法を採用することができる。
【0067】
本発明の一実施形態における前記第2の非晶質炭素層を形成する工程において、前記第1の非晶質炭素層上に、前記第2の非晶質炭素層を形成するとは、前記第1の非晶質炭素層上に直接前記第2の非晶質炭素層を形成すること、および、前記第1の非晶質炭素層と前記第2の非晶質炭素層との間に、他の非晶質炭素層等の他の層が形成された摺動部材を製造する場合において、当該他の層上にて前記第2の非晶質炭素層を形成することの双方を含む。
【0068】
本発明の一実施形態における前記第2の非晶質炭素層を形成する工程において、前記第2の非晶質炭素層の硬度が、前記第1の非晶質炭素層の硬度よりも低くなるように、製造条件を制御する。前記第2の非晶質炭素層の硬度を制御する方法としては、当業者にとって既知の方法を採用することができる。前記第2の非晶質炭素層の硬度を制御する方法としては、具体的には、例えば、前記第2の非晶質炭素層を形成する工程における前記基材の温度を、前記第1の非晶質炭素層を形成する工程における前記基材の最高到達温度以上の温度に制御すること等を挙げることができる。
【0069】
前記基材の温度を、前記第1の非晶質炭素層を形成する工程における前記基材の最高到達温度以上の温度に制御する方法としては、特に限定されず、例えば、ヒーターを用いて、前記基材を加熱する方法、並びに、フィルタード真空アーク蒸着法を採用する場合において、前記基材に加わる総イオンエネルギー量を制御する方法、より詳細には、FVA蒸発源の数を増やす方法、高アーク電流を用いて被覆する方法および基材バイアスを大きくする方法、等を挙げることができる。
【0070】
本発明の一実施形態に係る摺動部材の製造方法は、前記第1の非晶質炭素層を形成する工程および前記第2の非晶質炭素層を形成する工程以外に、任意で、その他の工程を含み得る。
【0071】
前記その他の工程としては、前記基材上に前記中間層を形成する工程、前記第1の非晶質炭素層と前記第2の非晶質炭素層との間に、他の非晶質炭素層を形成する工程、前記第2の非晶質炭素層上に前記耐摩耗表面処理層を形成する工程等を挙げることができる。
【0072】
前記その他の工程においては、前記中間層、前記他の非晶質炭素層および前記耐摩耗表面処理層のそれぞれの層を形成するための既知の方法を採用できる。
【実施例0073】
以下、実施例および比較例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0074】
[物性の測定]
実施例および比較例において、摺動部材、並びに、当該摺動部材を構成する第1の非晶質炭素層および第2の非晶質炭素層の物性を、以下の方法で測定した。
【0075】
[層厚、膜厚]
実施例および比較例にて製造された摺動部材を、基材の表面に垂直な方向に切断した。そして、当該切断により得られる断面に対して、イオンミリング法(CP加工)により化学研磨した後、当該断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観測することによって、第1の非晶質炭素層および第2の非晶質炭素層、並びに、第1の非晶質炭素層および第2の非晶質炭素層からなる被膜全体の膜厚を測定した。
【0076】
[異常成長の密度]
実施例および比較例にて製造された摺動部材において、前述の層厚、膜厚の測定と同様の方法にて得られる任意の断面に対して、倍率1000倍の光学顕微鏡で観察した後、さらに異常成長物が第1の非晶質炭素層または第2の非晶質炭素層のいずれに存在するマクロパーティクルを核としているのかを、マイクロスコープの評価長さ340μmの条件下にてSEMを用いて観察し、前記被膜全体における異常成長の数、および、第1の非晶質炭素層のマクロパーティクルを起点とする異常成長の数を測定した。
【0077】
得られた第1の非晶質炭素層のマクロパーティクルを核とする異常成長物の数を、前記マイクロスコープの評価長さ340μmと第1の非晶質炭素層の層厚との積にて除した値を算出した。そして、この算出値を、前記第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度とした。
【0078】
同様に、得られた前記被膜全体における異常成長物の数を、前記マイクロスコープの評価長さ340μmと前記被膜の膜厚との積にて除した値を算出し、前記被膜中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度とした。
【0079】
[硬度]
実施例および比較例にて製造された摺動部材に対して、カロテスト法を用いて、第1の非晶質炭素層および第2の非晶質炭素層の硬度を測定した。
【0080】
具体的には、球径が30mmの鋼球、粒径が0μmより大きく、2μm以下のダイヤモンドスラリーを用いて、前記摺動部材に対する、カロテストを行った。その際、得られる前記被膜(非晶質炭素膜)のカロテスト痕直径に対して、後述するCr下地のカロテスト痕直径が25%以下になるようにカロテストを行った。硬度測定はナノインデンテーション法により行い、三角錐圧子(バーコビッチ圧子)、荷重300mgfの条件のもとで測定した。具体的には、超微小押し込み硬さ試験機((株)エリオニクス製 ENT-1100a)を用いて、第1の非晶質炭素層および第2の非晶質炭素層の硬度を測定した。
【0081】
[ラマンスペクトル]
実施例および比較例にて製造された摺動部材において、前述の硬度測定にて得られたカロテスト痕における第1の非晶質炭素層および第2の非晶質炭素層それぞれに対して、ラマン分光分析機(日本分光(株)製NRS-5100、波長532nm)を用いて、ラマンスペクトルを測定した。得られたラマンスペクトルから直線によりベースラインを除去した後、波数1350cm-1の付近に存在するDピークと波数1550cm-1の付近に存在するGピークとにピーク分離を行った。その後、ピーク分離された前記Dピークおよび前記Gピークのピーク面積、並びに、前記Gピークのピーク位置を測定した。測定された前記Dピークおよび前記Gピークのピーク面積に基づき、ピーク面積比ID/IGの値を算出した。また、測定された前記Gピークのピーク位置の波数を、Gピークシフトの値とした。
【0082】
[表面粗さ]
実施例および比較例にて製造された摺動部材において、触診式粗さ計((株)アルバック製 Dektak 150)の測定装置を用いて、ANSI B46.1に準ずる方法により、前記被膜の表面粗さRaを測定した。続いて、測定された表面粗さRaの値を、前記被膜の膜厚にて除して、単位膜厚あたりの表面粗さ(Ra/膜厚)を算出した。
【0083】
[密着性]
【0084】
実施例および比較例にて製造された摺動部材に対して、ロックウェル硬度計((株)明石製作所製 ARK-600)を用いて、前記摺動部材の基材とは反対側の面(最表面)から、120℃ダイヤモンド圧子にて、150kgfの荷重を加えて(HRC試験)、前記摺動部材の最表面に圧痕を付けた後、当該圧痕の付近における損傷状態をVDI 3198規格を基に分類した。以下の表3においては、前記規格における損傷状態評価でHF1~HF4を「○」にて表し、前記規格における損傷状態評価でHF5~HF6を「×」にて表す。
【0085】
[実施例1~17、比較例1~2]
(摺動部材の製造)
基材として、クロムモリブデン鋼(商品名:SCM415、ロックウェル硬さ(HRC):約58)からなる鋼材を使用した。
【0086】
ターゲットから発生したマクロパーティクルをろ過するフィルタード式真空アークPVD装置(以下、FVA装置)の真空チャンバー内の基材ホルダに、前記基材を設置した。なお、前記基材ホルダは2R回転する基材ホルダであった。
【0087】
続いて、前記真空チャンバーを真空排気した。その後、アルゴン(Ar)ガスを、真空排気した前記真空チャンバーの内部に導入し、グロー放電によってArプラズマを発生させ、続いて、二次電子放出を利用したArプラズマを発生させることにより、前記基材の表面をクリーニングした。
【0088】
前記真空チャンバー内において、クリーニングされた前記基材に対して、クロム(Cr)ターゲットを用いて、スパッタリングすることにより、前記基材上にCrからなる中間層(Cr下地)を被覆した。その後、前記真空チャンバー内部を真空排気しながら、前記基材を、前記基材の温度が100℃未満になるまで放置して、冷却した。
【0089】
前記基材の温度が下がった後、前記真空チャンバー内において、Arガス:3scc、基材バイアス:0V、アーク電流150Aの条件下にて、前記基材の最高到達温度が、以下に示す表1に記載の「第1の非晶質炭素層形成時」における「最高到達温度」となるよう、前記基材の温度を制御しながら、物理的気相蒸着法を用いて、気相状態にて、イオン化した炭素(C)を前記基材に吹き付けることによって、前記基材上に、第1の非晶質炭素層を形成して、前記基材を前記第1の非晶質炭素層にて被覆した。
【0090】
ここで、目的とする第1の非晶質炭素層を形成するための前記基材に加える総イオンエネルギー量が大きい場合には、前記第1の非晶質炭素層の形成を適宜中断して前記基材を冷却する工程を1回または複数回実施して、前記基材の温度が過剰に上昇しないように、前記基材の温度を制御する方法、および、目的とする第1の非晶質炭素層を形成するための前記総イオンエネルギー量が小さい場合には、ヒーターを用いて前記基材を加熱して、前記基材の温度を制御する方法を適宜採用して、前記基材の最高到達温度、すなわち、前記基材の温度を、以下の表1に示す温度に制御した。
【0091】
前記第1の非晶質炭素層を形成した後、前記真空チャンバー内において、Arガス:3scc、基材バイアス:0V、アーク電流150Aの条件下にて、前記第1の非晶質炭素層形成時の前記基材の最高到達温度よりも高く、最高到達温度が、以下に示す表1に記載の「第2の非晶質炭素層形成時」における「最高到達温度」である温度範囲に、前記基材の温度を制御しながら、物理的気相蒸着法を用いて、気相状態にて、イオン化した炭素(C)を前記基材に吹き付けることによって、前記第1の非晶質炭素層上に、第2の非晶質炭素層を形成して、前記基材を前記第1の非晶質炭素層および前記第2の非晶質炭素層からなる被膜にて被覆した。その結果、前記基材上におよび前記被膜からなる摺動部材を製造した。
【0092】
ここで、前記第2の非晶質炭素層を形成する際は、前記基材を加熱した。前記基材を加熱する方法としては、ヒーターを用いて、前記基材を加熱して前記基材の温度を制御する方法、並びに、目的となる前記第2の非晶質炭素層を形成できる範囲において、前記基材に加わる総イオンエネルギー量を制御する方法、より詳細には、FVA蒸発源の数を増やす方法、高アーク電流を用いて被覆する方法および基材バイアスを大きくする方法を適宜採用した。
【0093】
[比較例3]
基材として、クロムモリブデン鋼(商品名:SCM415、ロックウェル硬さ(HRC):約58)からなる鋼材を使用した。
【0094】
ターゲットから発生したマクロパーティクルをろ過するフィルタード式真空アークPVD装置(以下、FVA装置)の真空チャンバー内の基材ホルダに、前記基材を設置した。なお、前記基材ホルダは2R回転する基材ホルダであった。
【0095】
続いて、前記真空チャンバーを真空排気した。その後、アルゴン(Ar)ガスを、真空排気した前記真空チャンバーの内部に導入し、グロー放電によってArプラズマを発生させ、続いて、二次電子放出を利用したArプラズマを発生させることにより、前記基材の表面をクリーニングした。
【0096】
前記真空チャンバー内において、クリーニングされた前記基材に対して、クロム(Cr)ターゲットを用いて、スパッタリングすることにより、前記基材上にCrからなる中間層(Cr下地)を被覆した。その後、前記真空チャンバー内部を真空排気しながら、前記基材を、前記基材の温度が100℃未満になるまで放置して、冷却した。
【0097】
前記基材の温度が下がった後、前記基材上に、前記第1の非晶質炭素層を形成することなく、前記真空チャンバー内において、Arガス:3scc、基材バイアス:0V、アーク電流150Aの条件下にて、最高到達温度が、以下に示す表1に記載の「第2の非晶質炭素層形成時の最高到達温度」となるように、前記基材の温度を制御しながら、物理的気相蒸着法を用いて、気相状態にて、イオン化した炭素(C)を前記基材に吹き付けることによって、前記基材上に、第2の非晶質炭素層を形成して、前記基材を前記第2の非晶質炭素層からなる被膜にて被覆した。その結果、前記基材上におよび前記被膜からなる摺動部材を製造した。
【0098】
(結果)
実施例1~17および比較例1~3における、基材の最高到達温度、非晶質炭素層の形成時間といった製造条件を以下の表1に示す。また、実施例1~17および比較例1~3において製造された摺動部材、並びに、当該摺動部材を構成する第1の非晶質炭素層および第2の非晶質炭素層、並びに、被膜について、前述の方法にて測定した物性を、以下の表2および表3に示す。
【表1】
【表2】
【表3】
【0099】
(結論)
表2および表3を参照して、実施例1~17と、比較例1~2との比較から、基板上に、より硬度が高い第1の非晶質炭素層と、より硬度が低い第2の非晶質炭素層を含む被膜が積層してなる摺動部材において、前記第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度が、11.8×10-3個/μm2以下である摺動部材は、当該第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを起点とする異常成長の密度が11.8×10-3個/μm2よりも大きい摺動部材よりも、表面粗さが小さく、平滑性に優れることが分かった。
【0100】
また、実施例1~17と比較例3との比較から、第1の非晶質炭素層を含まない場合、被膜の表面粗さは悪化することが分かった。よって、基板上に、硬度が高い第1の非晶質炭素層と、硬度が低い第2の非晶質炭素層を含むこともまた、被膜の表面粗さを低減させ、摺動部材の平滑性を向上させることに寄与していることが分かった。
【0101】
上述の事項から、本発明の実施形態1に係る摺動部材は、平滑性に優れるとの効果を奏することが分かった。
【0102】
また、実施例1~16と、実施例17との比較から、第1の非晶質炭素層の硬度が80GPaを超えて架橋に大きい場合には、基材と被膜との間に剥離が発生し、密着性が低下することが分かった。
【0103】
表1に示すとおり、実施例1~17においては、第1の非晶質炭素層形成時の基材の最高到達温度を、150℃以下の低温に制御している。また、実施例1、9~12および14~17と、比較例2とは、第1の非晶質炭素層形成時において、形成時間が共に1Hourである。これに対して、第1の非晶質炭素層形成時の基材の最高到達温度については、実施例1、9~12および14~17が150℃以下の低温である一方、比較例2は160℃である。すなわち、比較例2における第1の非晶質炭素層形成時の基材の最高到達温度は、150℃を超える温度となっている。そして、その結果、実施例1、9~12および14~17において、第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度が、比較例2よりも小さくなっている。
【0104】
上述の事項から、第1の非晶質炭素層形成時の基材の最高到達温度を、150℃以下の低温に制御することによって、第1の非晶質炭素層中に存在するマクロパーティクルを核とする異常成長物の密度を好適に制御し、本発明の実施形態1に係る摺動部材を製造できることが分かった。
本発明の一実施形態によれば、表面粗さが小さく、平滑性に優れた摺動部材を得ることができる。この平滑性に優れた摺動部材は、例えば、車両用のエンジン等の機械装置における、長時間稼働させた場合の耐久性に優れ、かつ、精度が低下し難い摺動部の製造に利用することができる。