(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022099307
(43)【公開日】2022-07-04
(54)【発明の名称】超臨界流体クロマトグラフの移動相中の添加剤濃度を制御するシステム
(51)【国際特許分類】
G01N 30/02 20060101AFI20220627BHJP
G01N 30/34 20060101ALI20220627BHJP
G01N 30/26 20060101ALI20220627BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20220627BHJP
【FI】
G01N30/02 N
G01N30/34 E
G01N30/26 A
G01N30/72 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021206773
(22)【出願日】2021-12-21
(31)【優先権主張番号】P 2020212509
(32)【優先日】2020-12-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】307010166
【氏名又は名称】第一三共株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100126985
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 充利
(72)【発明者】
【氏名】山口 真優
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、超臨界流体クロマトグラフィーにおいて移動相の組成を正確に制御し、サンプルの分離や分析を迅速かつ高精度に行うことのできる技術を提供することである。
【解決手段】本発明は、(a)超臨界流体、モディファイア、添加剤を含有するモディファイアを混合することによって、超臨界流体とモディファイアのグラジエントを形成させる工程と、(b)超臨界流体およびモディファイアを含む移動相に試料を注入してカラムに導入し、カラムを通過する間に試料中の成分を分離する工程と、を備える。本発明によれば、超臨界流体およびモディファイアを含む移動相を用いて超臨界流体クロマトグラフィーによって成分を分離することができる。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
超臨界流体およびモディファイアを含む移動相を用いて超臨界流体クロマトグラフィーによって成分を分離する方法であって、
(a) 超臨界流体、モディファイア、添加剤を含有するモディファイアを混合することによって、超臨界流体とモディファイアのグラジエントを形成させる工程と、
(b) 超臨界流体およびモディファイアを含む移動相に試料を注入してカラムに導入し、カラムを通過する間に試料中の成分を分離する工程と、
を備えた、上記方法。
【請求項2】
工程aにおいて、モディファイアと、添加剤を含有するモディファイアとを混合した後に、さらに超臨界流体を混合することによって、超臨界流体とモディファイアのグラジエントを形成させる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
超臨界流体が二酸化炭素である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
モディファイアが極性溶媒を含むものである、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
極性溶媒がメタノールまたはエタノールである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
添加剤が揮発性の有機化合物である、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
揮発性の有機化合物が酢酸アンモニウムを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
添加剤としてキレート剤を用いる、請求項1~7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
キレート剤がアセチルアセトンを含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記試料が、生体関連物質を含む試料である、請求項1~9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれかに記載の方法によって分離した成分を検出する工程を含む、試料の分析方法。
【請求項12】
質量分析によって成分を検出する、請求項11に記載の分析方法。
【請求項13】
超臨界流体を送液する第1のポンプと、
添加剤を含有するモディファイアを送液する第2のポンプと、
添加剤を含有しないモディファイアを送液する第3のポンプと、
それぞれのポンプから送液された流体の合流部よりも下流に配置された分離カラムと、
合流部と分離カラムとの間に配置された試料注入部と、
を備えた、超臨界流体およびモディファイアを含む移動相を用いる超臨界流体クロマトグラフィー装置であって、
超臨界流体、モディファイア、添加剤を含有するモディファイアを混合することによって、超臨界流体とモディファイアのグラジエントを形成できるように構成された、上記装置。
【請求項14】
第2のポンプから送液されたモディファイアと第3のポンプから送液されたモディファイアを合流させる合流部よりも下流に、第1のポンプから送液された超臨界流体と合流させるための合流部が配置されている、請求項13に記載の装置。
【請求項15】
前記分離カラムの下流に配置された、前記分離カラムから溶出した成分を検出する検出器、をさらに備える、請求項13または14に記載の装置。
【請求項16】
前記検出器の下流に配置された、移動相を回収する容器、をさらに備える、請求項15に記載の装置。
【請求項17】
移動相を回収する容器をさらに備えており、前記検出器および移動相を回収する容器が、前記分離カラムの下流に分配器を介して配置されている、請求項15に記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超臨界流体クロマトグラフを用いて試料中の成分を分離する方法に関する。また、本発明は、超臨界流体クロマトグラフを用いて試料中の成分を分離し、試料を分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
超臨界流体クロマトグラフィー(Supercritical Fluid Chromatography:SFC)は、臨界点を超える温度および圧力を有する超臨界流体を移動相とするクロマトグラフィーである。超臨界流体は、液体に近い密度を有しているため分析対象の物質をよく溶かすことができ、また、液体よりも粘度が低く、拡散係数が高いため流速を上げた場合でも高い分解能が得られる。
【0003】
超臨界流体クロマトグラフィーでは、取り扱いが容易であること、温度、圧力ともに臨界点が比較的低いこと、廉価であることなどの理由により、超臨界流体として二酸化炭素が広く利用されている。超臨界流体として二酸化炭素を用いた超臨界流体クロマトグラフでは、移動相の流速を高めることができ、従来の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に比べても短時間で分析することが可能である(特許文献1)。
【0004】
超臨界状態の二酸化炭素はヘキサンと同程度の極性を有するが、二酸化炭素だけではカラムから目的成分を溶出させることができないこともある。そのため、高極性の有機溶媒をモディファイアとして超臨界流体に添加することによって移動相の極性を調整し、疎水性化合物だけでなく親水性化合物も含めた幅広い化合物の分析を行えるようにすることが一般的である。例えば、特許文献2には、ヘキサフルオロイソプロパノールを超臨界流体に添加することによってクロマトグラム上のピークをシャープにすることが記載されている。
【0005】
超臨界流体クロマトグラフィーにおける移動相の制御に関して、例えば、特許文献3には、圧力トランスデューサーを用いて移動相を制御することが記載されており、特許文献4には、超臨界流体クロマトグラフィーと液体クロマトグラフィーを切り替えて使用することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許公開2016/0202218
【特許文献2】国際公開WO2019/087393
【特許文献3】特開平6-43148号公報
【特許文献4】特開2016-130691号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
超臨界流体クロマトグラフィーの移動相に広く用いられる二酸化炭素は、非極性のヘキサンに類似した極性を有しているため、二酸化炭素の超臨界流体に対して溶解度の低い高極性成分については、超臨界二酸化炭素のみを用いて超臨界流体クロマトグラフィーで分析することは難しい。そこで、高極性の有機溶媒をモディファイアとして添加して移動相の極性を調整することによって、非極性物質から極性物質まで幅広い極性を持つサンプルを分離することが行われる。
【0008】
また、超臨界流体クロマトグラフィーにおいても、液体クロマトグラフィーと同様に、種々の目的で、酸や塩基、塩などの各種添加剤を移動相に添加することがある。移動相に二酸化炭素を使用する超臨界流体クロマトグラフィーではこのような添加剤を二酸化炭素のボンベ内に入れることが困難であるため、モディファイアにのみ添加されることになるが、例えば、添加剤を含むモディファイアを使用して、移動相中の超臨界流体とモディファイアの組成を連続的に変化させながら試料を分離・分析する方法(グラジエント法)を実施すると、分析中に移動相中の添加剤濃度が変動するために、流路内に高濃度に残留した添加剤によって、カラムを初期状態に戻すのに時間がかかり、分析のスループットを上げることが難しくなる場合がある。さらに、超臨界流体クロマトグラフィーによる分析を中断し、流路内の加圧を解除して測定装置を停止させた場合には、移動相の二酸化炭素は超臨界流体ではなく気体となるため、移動相中の添加剤はその一部が流路内で濃縮される場合がある。濃縮された添加剤は分析再開後の分析結果に好ましくない影響を及ぼす場合があるため、通常、装置を停止させる前に流路内の添加剤を除くための洗浄操作が必要となるが、その場合においても、測定時の添加剤が高濃度になった場合、より長い洗浄時間(より多い洗浄溶媒)で流路内の添加剤を除くことが必要となる。また、移動相中の添加剤濃度の上昇に伴って、検出器による検出感度の低下を引き起こす特性を有する試料成分も存在し、そのような成分を含有する混合試料の分離・分析においては、グラジエント法による迅速かつ高精度な分離が困難になることがあった。したがって、分析精度の観点からも、装置の効率的な使用の観点からも、添加剤を移動相に添加する場合においては、その濃度は必要最小限とすることが好ましい。
【0009】
このような状況に鑑み、本発明の課題は、超臨界流体クロマトグラフィーにおいて移動相の組成を正確に制御し、サンプルの分離や分析を迅速かつ高精度に行うことのできる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題について鋭意検討したところ、超臨界流体およびモディファイアを送液するポンプに加えて、添加剤を含むモディファイアを送液するポンプを用いることによって、超臨界流体クロマトグラフィーにおける移動相の組成を制御し、サンプルの分離や分析を迅速かつ高精度に行うことができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
これに限定されるものではないが、本発明は、下記の発明を包含する。
[1] 超臨界流体およびモディファイアを含む移動相を用いて超臨界流体クロマトグラフィーによって成分を分離する方法であって、
(a) 超臨界流体、モディファイア、添加剤を含有するモディファイアを混合することによって、超臨界流体とモディファイアのグラジエントを形成させる工程と、
(b) 超臨界流体およびモディファイアを含む移動相に試料を注入してカラムに導入し、カラムを通過する間に試料中の成分を分離する工程と、
を備えた、上記方法。
[2] 工程aにおいて、モディファイアと、添加剤を含有するモディファイアとを混合した後に、さらに超臨界流体を混合することによって、超臨界流体とモディファイアのグラジエントを形成させる、[1]に記載の方法。
[3] 超臨界流体が二酸化炭素である、[1]または[2]に記載の方法。
[4] モディファイアが極性溶媒を含むものである、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 極性溶媒がメタノールまたはエタノールである、[4]に記載の方法。
[6] 添加剤が揮発性の有機化合物である、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 揮発性の有機化合物が酢酸アンモニウムを含む、[6]に記載の方法。
[8] 添加剤としてキレート剤を用いる、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9] キレート剤がアセチルアセトンを含む、[8]に記載の方法。
[10] 前記試料が、生体関連物質を含む試料である、[1]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11] [1]~[10]のいずれかに記載の方法によって分離した成分を検出する工程を含む、試料の分析方法。
[12] 質量分析によって成分を検出する、[11]に記載の分析方法。
[13] 超臨界流体を送液する第1のポンプと、
添加剤を含有するモディファイアを送液する第2のポンプと、
添加剤を含有しないモディファイアを送液する第3のポンプと、
それぞれのポンプから送液された流体の合流部よりも下流に配置された分離カラムと、
合流部と分離カラムとの間に配置された試料注入部と、
を備えた、超臨界流体およびモディファイアを含む移動相を用いる超臨界流体クロマトグラフィー装置であって、超臨界流体、モディファイア、添加剤を含有するモディファイアを混合することによって、超臨界流体とモディファイアのグラジエントを形成できるように構成された、上記装置。
[14] 第2のポンプから送液されたモディファイアと第3のポンプから送液されたモディファイアを合流させる合流部よりも下流に、第1のポンプから送液された超臨界流体と合流させるための合流部が配置されている、[13]に記載の装置。
[15] 前記分離カラムの下流に配置された、前記分離カラムから溶出した成分を検出する検出器、をさらに備える、[13]または[14]に記載の装置。
[16] 前記検出器の下流に配置された、移動相を回収する容器、をさらに備える、[15]に記載の装置。
[17] 移動相を回収する容器をさらに備えており、前記検出器および移動相を回収する容器が、前記分離カラムの下流に分配器を介して配置されている、[15]に記載の装置。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、超臨界流体クロマトグラフィーにおいて移動相の組成を正確に制御し、サンプルの分離や分析を迅速かつ高精度に行うことが可能になる。従来の超臨界流体クロマトグラフィーでは、特に高極性の化合物の分離において、添加剤濃度の変動に由来する不都合を生じさせる場合があったところ、本発明によれば、高極性の化合物の分離においても、高い分離性能で分離・分析することができる。
【0013】
また、本発明によれば、極性の異なる成分が混在する試料を高いスループットで効率良く処理することができ、分取や精製はもちろん、試料を精度良く同定したり定量したりすることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、比較例で用いた装置(2ポンプグラジエントシステム)の模式図である。
【
図2】
図2は、実施例で用いた装置(3ポンプグラジエントシステム)の模式図である。
【
図3】
図3は、デヒドロエピアンドロステロン硫酸(DHEA-S)の分析結果を示すチャートである(比較例の装置、上:酢酸アンモニウム無添加、下:酢酸アンモニウム添加)。
【
図4】
図4は、プロゲステロンの分析結果を示すチャートである(比較例の装置、上:酢酸アンモニウム無添加、下:酢酸アンモニウム添加)。
【
図5】
図5は、比較例と実施例の装置を用いたプロゲステロンの分析結果を示すチャートである(a:比較例の装置で測定、b:実施例の装置で測定、c:比較例の装置を用いてaの測定をした翌日に3ポンプグラジエントシステムに切替えて測定、d:実施例の装置を用いてbの測定をした翌日に同じ装置で測定)。
【
図6】
図6は、DHEA-Sとプロゲステロンの両方を含有する培養上清を実施例の装置で分析した結果を示すチャートである。
【
図7】
図7は、実施例の装置を用いて作成した検量線である(上:DHEA-S、下:プロゲステロン)。
【
図8】
図8は、実験2においてサンプル1(キレート剤を含有しない試料)を分析した結果を示すチャートである(上:サンプル調製直後に分析、下:サンプル調製から24時間後に分析)。
【
図9】
図9は、実験2においてサンプル2(キレート剤を含有する試料)を分析した結果を示すチャートである(上:サンプル調製直後に分析、下:サンプル調製から24時間後に分析)。
【
図10】
図10は、実験2においてサンプル1(キレート剤を含有しない試料)を分析した際に生じるインソースフラグメントに関するチャートである(上:サンプル調製直後に分析、下:サンプル調製から24時間後に分析)。
【
図11】
図11は、実験2においてサンプル2(キレート剤を含有する試料)を分析した際に生じるインソースフラグメントに関するチャートである(上:サンプル調製直後に分析、下:サンプル調製から24時間後に分析)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
一つの態様において、本発明は、超臨界流体クロマトグラフィー(以下、SFCともいう)によって試料を処理するための方法または装置に関する。本発明においては、超臨界流体およびモディファイアを含む移動相を用いて成分を分離する。本発明は、超臨界流体、モディファイア、添加剤を含有するモディファイアを混合することによって、超臨界流体とモディファイアの組成比に時間経過に伴う勾配(グラジエント)を形成させる工程と、超臨界流体およびモディファイアを含む移動相に試料を注入してカラムに導入し、カラムを通過する間に試料中の成分を分離する工程と、を備える。
【0016】
本発明は、極性の異なる種々の成分を含有するサンプルに好適に適用できるため、従来からSFCによって分離または分析されてきたものだけでなく、種々の物質を対象とすることができる。本発明は、例えば、低分子化合物だけでなく高分子化合物にも好適に適用でき、それらが混在しているような試料にも適用することができる。
【0017】
本発明は、例えば、脂質やビタミン類、アミノ酸、ペプチド、たんぱく質、核酸、糖などの内因性の生体関連物質や、医薬品およびその代謝物などの生体機能に影響しうる外因性の生体関連物質に好適に適用することができる。特に本発明は、極性の異なる種々の成分を含有するサンプルに好適に適用でき、例えば、アミノ基、アミド基、カルボキシル基、水酸基、糖などを含む高極性の成分についても好適に分離することが可能であり、分取や精製はもちろん、定性分析や定量分析にも好適に応用できる。
【0018】
本発明は、種々の極性の異なる成分が混在する試料に好適に適用することができるため、例えば、リン脂質やリゾリン脂質などの極性脂質とアシルグリセロールなどの非極性脂質を含む試料、水溶性ビタミンと脂溶性ビタミンを含む試料、薬物と一般に極性が増すことが多いそれら薬物の代謝物または抱合体(ステロイドとその硫酸抱合体など)、糖と糖リン酸を含む試料、化合物とその配糖体を含む試料などに用いることができる。
【0019】
超臨界流体
本発明においては移動相として超臨界流体を使用する。超臨界流体は液体に比べて粘性が低く、超臨界流体中の物質の拡散係数は液体中より大きくなるため、SFCでは移動相の流速を大きくしても高い分離能が得られる。超臨界流体の密度や性質は、圧力や温度によって変化するため、SFCにおいては、圧力と温度が分離を調整するための操作条件となる。
【0020】
本発明の好ましい態様において、超臨界流体として二酸化炭素を使用する。二酸化炭素の極性はヘキサンと同程度であり、基本的には非極性の物質の分離に適しており、例えば、シリカゲルを充填剤としたカラムを用いると、順相クロマトグラフィーのような保持挙動を示すことになる。
【0021】
モディファイア
本発明においては、モディファイアと呼ばれる補助溶媒を使用する。SFCにおいては、超臨界流体にアルコールなどの補助溶媒を混合することにより、移動相全体の性質を変化させ、保持時間や分離を調整することが行われる。
【0022】
モディファイアとして使用する溶媒は特に制限されず、超臨界流体や試料に応じて公知の補助溶媒を適宜使用することができる。超臨界流体として二酸化炭素を使用する場合、極性が高い物質を分離するときにはモディファイアとして極性溶媒が用いられることが多く、特に極性の異なる成分が混在する試料を処理する場合は、超臨界流体とモディファイアでグラジエントを形成させる。
【0023】
本発明に係るSFCにおいては、超臨界流体とモディファイアを含む移動相を使用するが、超臨界流体とモディファイアの混合比を分析中に変化させるグラジエント法を行う。グラジエントは、試料に応じて適宜設定すればよく、本発明においては、超臨界流体、モディファイア、添加剤を含有するモディファイアを混合することによって、超臨界流体とモディファイアのグラジエントを形成させる。グラジエントパターンは、時間経過に伴って超臨界流体とモディファイアの比率を適宜変化させればよいが、例えば、モディファイアの比率を時間に対して徐々に増加させることはもちろん、モディファイアの比率を階段状に増加するように設定したり、常に一定割合になるように設定したりしてもよい。
【0024】
モディファイアとして用いる補助溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール(イソプロパノール)、アセトニトリル、n-ヘキサン、酢酸エチル、アセトン、ジクロロメタン、クロロホルム、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、1,4-ジオキサン、イソオクタン、トルエン、キシレン、水などを挙げることができ、好適には、メタノールなどのアルコール類、アセトニトリルなどのニトリル類を使用することができる。また、上記の補助溶媒のうち複数を組合せた混合溶媒をモディファイアとして使用することもできる。
【0025】
添加剤
一般にSFCにおいては、分離した成分について、ピークのテーリングが大きく、ピーク開始点から終了点までの幅が拡がってしまったり、ピークの波形形状が悪く、シグナル/ノイズ比が低くなってしまったりすることがある。そのような場合、酢酸アンモニウムやギ酸などの揮発性の有機化合物を添加剤として添加するが、本発明においても、このような添加剤を使用する。
【0026】
SFCにおいては、移動相とする超臨界流体の二酸化炭素はボンベから供給され、このボンベには添加剤を加えることが難しい。また、添加剤と試料中の特定の成分が反応性を有することなどの理由により、注入試料へ事前に添加剤を混和しておくことを避けることが望ましい場合がある。例えば、キレート剤であるアセチルアセトンは、自ら金属と配位することで試料成分の金属への吸着を抑制するため、金属への吸着性を有する成分を含む試料の分離や分析において、当該成分の検出時におけるピークテーリングを抑制するのに有効であるものの、アミノ基を有する化合物との反応性を有することから、アミノ基を有する化合物を成分として含みうる試料の分離や分析においては、アセチルアセトンと当該試料成分との共存は、濃度および時間の両観点から最小限とするのが望ましく、アセチルアセトンは注入試料へ事前に混和しておくことを避けることが望ましい添加剤に該当する。
【0027】
以上のような理由から、一般にモディファイアに添加剤を加えることになるが、超臨界流体とモディファイアでグラジエント法を行う場合、モディファイアの比率の変動に伴い流路内の添加剤濃度が変動することになり、これが、カラムにおける分離能や検出器での検出感度などに影響を及ぼし、分析結果に好ましくない影響を及ぼす場合がある。本発明においては、添加剤を含有するモディファイアを独立して送液できるポンプを使用することによって、流路内の移動相における添加剤濃度を一定に保つことや、添加剤濃度の変動幅を小さく制御することが可能になり、分析を好適に実施することができる。
【0028】
本発明においては、SFCで用いられる公知の添加剤を制限なく使用することができ、例えば、ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、ジエチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルアミン、アンモニア、ギ酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸塩、キレート剤(エチレンジアミン四酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、アセチルアセトンなど)、イオンペア試薬(4級アンモニウム塩など)、ジ(2-エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウム、水などを挙げることができる。本発明においては、1つの添加剤を使用することもでき、複数の添加剤を併用することも可能である。添加剤としてキレート剤を使用する場合、質量分析の感度に悪影響を及ぼしにくいことから、エチレンジアミン四酢酸などの不揮発性のキレート剤よりも、アセチルアセトンなどの揮発性を有するキレート剤を用いることが好ましい。
【0029】
分離カラム
本発明においては、超臨界流体およびモディファイアを含む移動相に試料を注入してカラムに導入し、カラムを通過する間に試料中の成分を分離する。本発明においては、公知のカラムを制限なく使用することができ、例えば、順相カラム、逆相カラム、HILICカラムのいずれも使用することができる。
【0030】
本発明に係る装置においては、超臨界流体およびモディファイアを含む移動相が形成され、そこに試料が注入された後に分離カラムにおいて試料が処理される。したがって、分離カラムは、それぞれのポンプから送液された流体の合流部よりも下流に配置されることになる。
【0031】
検出器
本発明においては、SFCによって処理したサンプルを検出器によって分析してもよい。検出器としては、公知の検出器を制限なく使用することができ、例えば、質量分析計(MS)はもちろんのこと、紫外/可視吸光度検出器(UV-Vis)、ダイオードアレイ検出などの多波長検出器、旋光度検出器、円二色性検出器(CD)、蛍光検出器、屈折率検出器、蒸発光散乱検出器などの光学的検出器、水素炎イオン化検出器(FID)などを使用することができる。本発明によれば質量分析における感度低下を効果的に抑制できるため、本発明の好ましい態様において、検出器としてMSを使用する。本発明に係る装置においては、分離カラムから溶出した成分を検出するため、検出器は分離カラムの下流に配置されることになる。
【0032】
装置構成
本発明は、一つの態様において、超臨界流体およびモディファイアを含む移動相を用いる超臨界流体クロマトグラフィー装置である。本発明に係る装置は、超臨界流体を送液する第1のポンプと、添加剤を含有するモディファイアを送液する第2のポンプと、添加剤を含有しないモディファイアを送液する第3のポンプと、それぞれのポンプから送液された流体の合流部よりも下流に配置された分離カラムと、合流部と分離カラムとの間に配置された試料注入部と、を備える。本発明に係る装置は、超臨界流体、モディファイア、添加剤を含有するモディファイアを混合することによって、超臨界流体とモディファイアのグラジエントを形成できるように構成されている。
【0033】
本発明に係る超臨界流体クロマトグラフィー装置について、その一実施態様を
図2に示す。移動相を供給するために、超臨界流体を送液する第1のポンプ、添加剤を含有するモディファイアを送液するための第2のポンプ、添加剤を含有しないモディファイアを送液する第3のポンプが設けられており、それぞれのポンプから送液された流体が合流して移動相を形成する。
【0034】
移動相の超臨界流体として用いる二酸化炭素は、液化炭酸ボンベなどから液体状態で採取し、それを第1のポンプで加圧して送液する。また、モディファイアは、モディファイアを貯留する容器から第2のポンプおよび第3のポンプで加圧して送液され、それらが合流後にさらに超臨界流体に合流する。本発明においては、超臨界流体とモディファイアによるグラジエント法を行う場合においても添加剤を含有するモディファイアは第2のポンプによって送液され、移動相における添加剤濃度を調整することになる。
【0035】
超臨界流体とモディファイアから移動相が形成されると、流路中を移動相が移動する。流路上には、移動相の流れに対する上流側から、流路に試料を注入する試料注入部、分離カラムが配置されている。試料注入部として、例えば、オートサンプラーを使用することもできる。
【0036】
分離カラムはカラムオーブンに収容されて一定温度に保たれる。カラムが内装されたカラムオーブンは、移動相の主要物質である二酸化炭素の臨界温度(31℃)を超える温度(例えば40℃程度)に調整することができる。カラム内を通過する移動相は超臨界状態にあり、移動相の流れに乗ってカラム内に導入された試料は、カラム内に設けられた固定相との相互作用により成分ごとに分離される。成分ごとに分離された試料は、時間差を有してカラムから溶出し下流側流路に流れる。
【0037】
また、分離カラムの下流には、圧力調節器が配置される。圧力調整器は、背圧(バックプレッシャー)を調整するために使用され、流路内の移動相を超臨界状態に維持するために、流路内を一定圧力(加圧状態)に保つために使用され、加圧状態と大気に解放する解放状態との間で切り換えられるように構成されたものである。
【0038】
検出器は、分離カラムの下流に配置され、分離カラムで分離された試料成分を電気信号に変換する。検出器としてMSを使用する場合、移動相を除去してから試料成分を分析するため、検出器は圧力調整器の下流に配置する。圧力調整器の上流側の流路では移動相は超臨界状態にあるが、圧力調整器の下流側では移動相は大気圧下に放出され、試料成分は移動相とともに霧状になって放出される。検出器としてMSを使用する場合、MSのイオン化室の前で電圧(エレクトロスプレー電圧)を印加することにより、分離した試料成分がイオン化され、MSにより分析される。
【0039】
本発明に係る装置においては、それぞれのポンプや圧力調整器の動作を制御するために制御部を設けてもよい。制御部は、例えば、それぞれのポンプを作動状態としたり、圧力調整器を制御し、流路を加圧状態に維持したり、解放状態に切り替えたりすることができる。一つの態様において、制御部にデータ処理部を接続し、所定のプログラムに基づいてグラジエントを形成させたり、分析結果に応じたフィードバック制御によってポンプや圧力調整器などの動作を調整したりする。制御部とデータ処理部は典型的にはコンピュータであり、SFCシステム専用のコンピュータであってもよく、汎用のコンピュータであってもよい。
【0040】
圧力調整器は、流路内を一定圧力に保つことができ、かつその加圧状態と解放状態との間で切り換えるものである。一つの態様において、圧力調整器は背圧弁であり、超臨界流体クロマトグラフィーを実行する際はアクチュエータなどによって隙間の大きさを調節して移動相を超臨界流体状態に維持したり、隙間の大きさを拡げて流路を大気圧に解放したりする。特に図示しないが、圧力調整器を経た移動相は回収容器などで回収してもよい。
【実施例0041】
以下、具体例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は下記の例に限定されるものではない。また、本明細書において特に記載しない限り、濃度などは質量基準であり、数値範囲はその端点を含むものとして記載される。
【0042】
実験1
1-1.装置構成および実験手順
(1)2ポンプグラジエントシステム(比較例)
図1に示す構成のシステムを使用した。具体的には、超臨界流体クロマトグラフ(Nexera UC、島津製作所)とMS(API5000、SCIEX社)を組み合わせたSFC-MS/MSシステムを使用した。
【0043】
この装置においては、超臨界流体(二酸化炭素)が第1のポンプ、モディファイアである有機溶媒(メタノール)が第2のポンプによって送液され、サンプルを注入した上で分離カラムに送られることになる。第1のポンプとしてCO2送液ユニット(LC-30ADSF、島津製作所)、第2のポンプとして送液ポンプ(LC-30AD、島津製作所)を使用し、背圧レギュレーター(BPR)によって系の圧力を10MPa以上に維持した。
【0044】
グラジエントなどの分離条件は下表のとおりである。第2のポンプによって送液される移動相Bは、メタノールと酢酸アンモニウム溶液(10M、遺伝子工学研究用、富士フイルム和光純薬)を100:0.2の比率(v/v)で混合して調製した。
【0045】
【0046】
(2)3ポンプグラジエントシステム(実施例)
図2に示す構成のシステムを使用した。具体的には、超臨界流体クロマトグラフ(Nexera UC、島津製作所)とMS(API5000、SCIEX社)を組み合わせたSFC-MS/MSシステムを使用した。第3のポンプ(LC-30AD、島津製作所)を追加した以外は、基本的に
図1のシステムと同様である。なお、
図2において11で示す試料注入部より下流側は、
図1に示す2ポンプグラジエントシステムと共通であり、5で示す第3のポンプを作動させなければ2ポンプグラジエントシステムへの切り替えが可能である。
【0047】
この装置においては、添加剤(酢酸アンモニウム)を含有するモディファイア(メタノール)が第2のポンプ、添加剤を含有しないモディファイアが第3のポンプによって送液され、両者をミキサーで混合した上で、第1のポンプによって送液された超臨界流体(二酸化炭素)と合流させる。
【0048】
グラジエントなどの分離条件は下表のとおりである。このシステムでは、第1のポンプおよび第3のポンプによって二酸化炭素とメタノールのグラジエントを形成させ、第2のポンプによって流路内の添加剤濃度を一定に保つことにした。
【0049】
【0050】
(3)MS条件
2ポンプグラジエントシステムおよび3ポンプグラジエントシステムのいずれにおいても、MSによって定量を行った。測定条件の詳細を下表に示す。
【0051】
【0052】
1-2.測定サンプルの調製
高極性の物質として、Avanti Polar Lipids社(Alabaster, AL)より入手したデヒドロエピアンドロステロン硫酸(DHEA-S、分子量368.5)を使用した。
【0053】
【0054】
また、低極性の物質として、東京化成工業より入手したプロゲステロン(分子量314.5)を使用した。
【0055】
【0056】
(1)検量線標準溶液の調製
DHEA-Sおよびプロゲステロンをそれぞれメタノールで溶解して1mMの溶液を調製し、さらに、水/メタノール(1:1、v/v)で10μMに希釈して保存溶液とした。水はMilli-Q水を用い、メタノール(LC/MSグレード)は関東化学から購入した。
【0057】
次いで、この保存溶液を段階的に希釈して、下表に示す濃度の検量線作成用の標準溶液を調製した。
【0058】
【0059】
(2)内標準溶液(IS溶液)の調製
d6-DHEA-S(シグマアルドリッチ社)および13C3-プロゲステロン(シグマアルドリッチ社)をメタノールに溶解して希釈し、IS溶液を調製した(d6-DHEA-S濃度:5ng/mL、13C3-Progesterone:8nM)
(3)測定試料の調製
培養上清または検量線用標準溶液(50μL)にIS溶液(50μL)およびメタノール(100μL)を混合し、遠心処理(540×g、15秒、4℃)後、その上清を測定試料とした。培養上清としては、DMEM/F12(ギブコ社)に2.5%の活性炭/デキストラン処理したウシ胎児血清(ハイクロン社)とITS液体培地サプリメント(シグマアルドリッチ社)を添加した培地を用いてNCI-H295R細胞(ATCC)を培養した際の培養上清を使用した。
【0060】
1-3.実験結果
(1)2ポンプグラジエントシステムによる分離および分析
DHEA-Sについては、酢酸アンモニウムを含有しないメタノールをモディファイアとして使用した場合、ピーク形状がブロードで十分な感度が得られなかった(
図3上)。
【0061】
一般に、ピークテーリングが起こる化合物を分析する際、酢酸アンモニウムなどの揮発性の有機酸塩を添加してピーク形状が改善することがある。そこで、酢酸アンモニウムを添加したメタノール(酢酸アンモニウム濃度:20mM)をモディファイアとして使用したところ、DHEA-Sのピーク形状が改善され、高感度でDHEA-Sを検出することが可能になった(
図3下)。
【0062】
一方、プロゲステロンについては、ピーク形状に対する添加剤(酢酸アンモニウム)の影響は認められなかったが、プロゲステロンのシグナル強度が低下した(
図4)。これはグラジエントによって添加剤(酢酸アンモニウム)が高濃度になるに従いイオン化抑制が顕著となったと考えられた。さらに、翌日に同一の装置を使用して再度測定を実施した場合はプロゲステロンのシグナル強度が1/3以下にまで低下し、シグナル強度を回復させるために流路内の酢酸アンモニウム濃度を低くするためには長時間の平衡化が必要とされた。
【0063】
このように、従来のシステムを用いた場合、極性の異なる複数の物質を好適に分離および分析することが難しかった。
(2)3ポンプグラジエントシステムによる分離および分析
3ポンプグラジエントシステムを使用したところ、2ポンプグラジエントシステムを使用した場合と比較して、イオン化抑制が抑えられ、プロゲステロンを約2倍の高感度で検出可能となった(
図5a:比較例、
図5b:実施例)。
【0064】
上述したように、2ポンプグラジエントシステムを用いて測定し、同一の装置を用いて翌日に再度測定を実施した場合には、プロゲステロンのシグナル強度が1/3以下にまで低下し、このシグナル強度の低下は、2ポンプグラジエントシステムを用いた測定の翌日の再測定において、第3のポンプを作動させて3ポンプグラジエントシステムに切り替えただけでは回復せず(
図5c)、シグナル強度を回復させるには半日以上のメタノール洗浄が必要であった。これは、装置を停止後に超臨界状態が解除されることで流路内の二酸化炭素が気化して酢酸アンモニウムの濃縮が起こること、高濃度に達した酢酸アンモニウムのカラム内や流路内の平衡化には有機溶媒濃度の平衡化に比較して長時間を要することが原因と考えられた。
【0065】
それに対して、3ポンプグラジエントシステムでは、グラジエント法による分析の場合においても流路内の酢酸アンモニウム濃度を分析開始時の低いまま一定に保つことにより流路内の平衡化が不要で、超臨界状態をいったん解除した翌日の分析においても同程度の強度のシグナルが得られた(
図5d)。
【0066】
従来の2ポンプグラジエントシステムでは、一度高濃度に達した酢酸アンモニウムの濃度が初期条件に戻らないまま次検体の測定が開始されていると考えられ、それがプロゲステロンの感度低下の一因になっていたと考察される。一方、本発明の3ポンプグラジエントシステムによれば、測定ごとの長時間の平衡化は必要なく連続分析が可能であることが示された。
【0067】
(3)3ポンプグラジエントシステムによる複数化合物の同時定量
DHEA-Sとプロゲステロンの両方を含有する培養上清を3ポンプグラジエントシステムで分析した。
図6に示すように、ステロイドの硫酸抱合体であるDHEA-Sと非極性のステロイドであるプロゲステロンは夾雑ピークとそれぞれ明確にベースライン分離され、良好な直線性が確認された(
図7、DHEA-S:2~1000ng/mL、プロゲステロン:0.2~100ng/mL)。
【0068】
本実験で用いた培養上清には、細胞培養の際に細胞から分泌される種々のステロイドが含まれているところ、本発明によれば、同系統で極性の異なる複数の化合物を同時に定量することが可能だった。
【0069】
(4)まとめ
本発明によって移動相中の添加剤濃度を制御することによって、ステロイドの硫酸抱合体であるDHEA-Sのピーク形状を改善することができた。また、本発明によって、高濃度の添加剤(酢酸アンモニウム)によって引き起こされるプロゲステロンの検出感度低下を抑制することができた。
【0070】
本発明によれば、極性の大きく異なる化合物を含有するサンプルについて、極性の異なる化合物を同時に定量することができた。
実験2
一般に、金属への吸着性を有する成分を含むサンプルの分離や分析において、当該成分がクロマトグラフィーのカラムや配管の金属に吸着してしまい、ピークテーリングを起こすことがある。例えば、リン脂質などのリン酸基を有する化合物を分析する場合であれば、リン酸基が金属に吸着してしまうことが考えられ、特に超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)では、すべての配管が金属であるため、ピークテーリングに関する強い懸念がある。
【0071】
金属への吸着性を有する成分を含むサンプルの分離や分析において、アセチルアセトンやエチレンジアミン四酢酸などのキレート剤を添加して金属と配位させ、サンプルの金属への吸着を抑制することによって、当該成分のピークテーリングを抑制することが知られている。
【0072】
本実験では、酢酸アンモニウムだけでなくキレート剤を添加したモディファイアを用いてリン脂質を含むサンプルを分析した。
2-1.装置構成および実験手順
図2に示す構成のシステムを使用した。具体的には、超臨界流体クロマトグラフ(Nexera UC、島津製作所)とMS(API5000、SCIEX社)を組み合わせたSFC-MS/MSシステムを使用した。
【0073】
この装置においては、添加剤を含有するモディファイア(メタノール)が第2のポンプ、添加剤を含有しないモディファイアが第3のポンプによって送液され、両者をミキサーで混合した上で、第1のポンプによって送液された超臨界流体(二酸化炭素)と合流させる。実験1と同様に、第1のポンプとしてCO2送液ユニット(LC-30ADSF、島津製作所)、第2および第3のポンプとして送液ポンプ(LC-30AD、島津製作所)を使用し、背圧レギュレーター(BPR)によって系の圧力を10MPa以上に維持した。
【0074】
グラジエントなどの分離条件は下表のとおりである。このシステムでは、第1のポンプおよび第3のポンプによって二酸化炭素とメタノールのグラジエントを形成させ、第2のポンプによって添加剤を含有するモディファイアを送液した。第2のポンプによって送液される移動相Bは、下記のBAとBBを50:50(v/v)の比率でブレンドしたものである。
(BA) メタノール(LC/MSグレード、関東化学)と酢酸アンモニウム溶液(10M、遺伝子工学研究用、富士フイルム和光純薬)を100:1(v/v)の比率で混合したもの
(BB) メタノールとアセチルアセトン(東京化成工業)を10:2(v/v)の比率で混合したもの
【0075】
【0076】
(2)MS条件
実験2では、1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホ-L-セリン(18:1PS)および1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-リン酸(18:1PA)の多重反応モニタリング(MRM)によって検出を行った。測定条件の詳細を下表に示す。
【0077】
【0078】
2-2.測定サンプルの調製
18:1PS(Avanti Polar Lipids社、Alabaster、AL)をメタノールで溶解して10μMの標準溶液を調製した。この標準溶液50μL、メタノール150μLおよび水4μLを混合し、アセチルアセトンを含まない試料を調製した(サンプル1)。
【0079】
また、標準溶液50μL、メタノール50μL、水4μLおよびアセチルアセトン/メタノール(2:100、v/v)100μLを混合し、アセチルアセトンを約1%含む試料を調製した(サンプル2)。
【0080】
2-3.実験結果
図8に分析結果を示すが、本発明に係る装置を用いて、アミノ基を有するリン脂質である18:1PSを含む試料を問題なく分析することができた。すなわち、本発明を適用して、アセチルアセトンおよび酢酸アンモニウムを添加したモディファイアを供給することによって、試料の高精度な分析が実現できた。
【0081】
また、アセチルアセトンを含有しない試料(サンプル1)については、サンプルを調製直後に分析した場合(
図8上)とサンプルを調製してから24時間後に分析した場合(
図8下)で、18:1PSのシグナル強度に差は見られなかった。一方、アセチルアセトンを含有する試料(サンプル2)については、サンプルを調製直後に分析した場合(
図9上)と比較して、サンプルを調製してから24時間後に分析した場合、18:1PSのシグナル強度が低下した(
図9下)。
【0082】
ここで、ホスファチジルセリン(PS)をMS測定する場合、イオン化の際にPSは、一定の割合でセリン部分が外れたインソースフラグメントイオン(この場合、ホスファチジン酸(PA)のイオン)となるため、PSの一部がPAのMRMによって検出される。アセチルアセトンを含有しない試料(サンプル1)についてインソースフラグメントを分析したところ、サンプルを調製直後に分析した場合(
図10上)とサンプルを調製してから24時間後に分析した場合(
図10下)で、クロマトグラムに大きな変化は見られなかった。一方、アセチルアセトンを含有する試料(サンプル2)については、サンプルを調製直後に分析した場合、2.7分あたりに未知のピーク(unknown)が出現し(
図11上)、サンプルを調製してから24時間後に分析した場合、インソースフラグメントのピークが減少する一方、未知ピークが増加した(
図11下)。詳細な構造は未確定ながら、この未知ピークは18:1PSのセリン部分にあるアミノ基とアセチルアセトンが反応した生成物が、イオン化の際にセリンとアセチルアセトン部分が外れたインソースフラグメントイオンとなり、18:1PSのインソースフラグメントイオンと同様に18:1PAのMRMによって検出されたものであると考察された。
【0083】
図8~11に示す結果から、アミノ基を有するリン脂質を含む試料にキレート剤であるアセチルアセトンを添加すると、アセチルアセトンが試料中のアミノ基を有するリン脂質と反応してしまうことが示唆された。したがって、ピークテーリングを抑制するためにキレート剤などの添加剤を使用する場合、当該添加剤が試料中成分との反応性を有するものであるときには、添加剤は注入試料中に添加するのではなく、本発明に基づいてモディファイアに添加した上で、試料との共存時間および濃度を最小限とすることが望ましいと考えられた。