IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ピップ株式会社の特許一覧

特開2022-99478磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。
<>
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図1
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図2
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図3
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図4
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図5
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図6
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図7
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図8
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図9
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図10
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図11
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図12
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図13
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図14
  • 特開-磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。 図15
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022099478
(43)【公開日】2022-07-05
(54)【発明の名称】磁場曝露によりeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法。
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20220628BHJP
   C12N 13/00 20060101ALI20220628BHJP
   C12N 5/071 20100101ALN20220628BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALN20220628BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALN20220628BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALN20220628BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20220628BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
C12N13/00
C12N5/071
C12Q1/02
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020213264
(22)【出願日】2020-12-23
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PLURONIC
(71)【出願人】
【識別番号】000112299
【氏名又は名称】ピップ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【弁理士】
【氏名又は名称】奥原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100178571
【弁理士】
【氏名又は名称】関本 澄人
(72)【発明者】
【氏名】川上 穣
(72)【発明者】
【氏名】神谷 仁支
(72)【発明者】
【氏名】大和 開
【テーマコード(参考)】
2G045
4B033
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045AA40
2G045CB01
2G045DB07
2G045FB04
4B033NG05
4B033NH04
4B033NJ02
4B033NK01
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QQ53
4B063QQ89
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR62
4B063QR66
4B063QR77
4B063QS25
4B063QS39
4B063QS40
4B063QX02
4B065AA93X
4B065BB19
4B065BB25
4B065BB34
4B065BC03
4B065BC07
4B065BC11
4B065BD09
4B065BD12
4B065BD50
4B065CA01
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】 血管内皮細胞を磁場に曝露する際に生じる該細胞内のカルシウムイオン上昇の発生機序、及び該イオンの上昇後にeNOSの活性化が誘導される機序について解明することを目的とする。
【解決手段】血管内皮細胞の磁場への曝露はTRPV4が反応することによって細胞内カルシウムイオンを上昇させ、ERK及びp38の活性化を介してeNOS遺伝子発現を誘導することでNO産生増加を引き起こすことを見出した。更に、磁場を所定の時間のみ印加しさえすれば、該遺伝子発現を誘導出来ることや、血管内皮細胞の磁場への曝露によるeNOS活性化誘導を代替する物質のスクリーニング方法を示した。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
TRPV4を発現する細胞の磁場への曝露によるeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法であって、
TRPV4を発現する細胞に被験物質を接触させるステップAと、
該細胞でのeNOS遺伝子発現上昇を確認するステップB
を含むスクリーニング方法。
【請求項2】
前記ステップA及びステップBに加え、
TRPV4を発現していない細胞に、前記被験物質を接触させるステップCと、
該細胞でのeNOS遺伝子発現上昇が生じていないことを確認するステップD
を含むことを特徴とする請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記ステップA及びステップBに加え、
該ステップAの細胞と同一種の細胞に、前記被験物質を接触させるのと共に、TRPV4選択的阻害剤を接触させるステップEと、
該細胞でのeNOS遺伝子発現上昇が生じていないことを確認するステップF
を含むことを特徴とする請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記ステップAに係るTRPV4を発現する細胞の種類が血管内皮細胞であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記した細胞の磁場への曝露によるeNOS遺伝子発現上昇が、該細胞内カルシウム濃度上昇によって示されることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記した細胞の磁場への曝露によるeNOS遺伝子発現上昇が、該細胞内NO産生上昇によって示されることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
TRPV4を発現する細胞を所定の時間、磁場に曝露することにより、曝露終了後に前記細胞によるeNOSの遺伝子発現を上昇させる方法。
【請求項8】
前記細胞の種類が血管内皮細胞であることを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記所定の時間が2時間以上であることを特徴とする請求項7又は8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の時間、TRPV4を発現する細胞を磁場に曝露することにより、曝露終了後に前記細胞によるeNOSの遺伝子発現を上昇させる方法及び該TRPV4を発現する細胞の磁場への曝露によるeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、磁気の利用が、様々な生体内及び生体外の生物学的な効果をもたらすことが知られている。
【0003】
一般によく知られているものとしては、肩こりや腰痛の症状を緩和するために、患部に磁石を固定することで、細胞を磁場に曝露し、血行をよくする磁気治療器がある。また、表皮越しに、その内側の線維芽細胞及びコラーゲン組織に磁場を照射することで、表皮下方のコラーゲン組織を収縮させる等により肌の張りを改善する美容機器(特許文献1)や、脳疾患に対する治療方法として、所定の周波数の高周波交番磁界を、適切な磁界強度で、患部における特定の細胞(例えば、グリア細胞)に作用させることにより、該細胞内のカルシウムイオン濃度を上昇させて、神経栄養因子群の合成及び放出を促進させる方法(特許文献2)等も知られている。
【0004】
特に、肩こりや腰痛症状の緩和を目的とする磁気治療器については、磁石が固定された絆創膏等を使用者の皮膚に貼り付けて使用する貼付磁気治療器が広く普及している。該貼付磁気治療器の多くは、磁石を特定位置の患部に固定する為、所望の部位が一定強度の磁場(静磁場)に継続的に曝露されるのに対し、近年、磁石を何らかの方法で移動させる、いわゆる変動磁場に関する磁気治療器が、より効果的に血行改善を実現する点で脚光を浴びている(特許文献3-6)。
【0005】
静磁場、変動磁場いずれの態様においても、肩こりや腰痛症状等への治療機器として、磁場は斯様に広く利用されているが、該磁場が生体に及ぼす効果、特に血流の亢進を誘起する機序については、未だ不明な点が多い。例えば、前記の磁気治療器により如何にして血流改善が生じるかについては、絶えず体内を流動している血液やリンパ液等の体液に磁場が作用することにより発生する起電力によって電流が生じ、該電流により血液中のイオンが増加、これが自律神経の働きに影響を与えることで血液の循環を促進する、という自律神経による制御を介するとした説があるが、明確に実証はされていない。
【0006】
近年、磁場による血流改善効果が、血管系に直接作用して発現するという報告がなされている。
【0007】
血管の組織構造は、中心部が中空な管状構造をしており、該中空部分(血管内腔)を血液が循環している。血管を構成する組織の最内側に位置し、該血管内腔に接する部位に局在している細胞が血管内皮細胞であり、該血管内皮細胞の外周側は、血管内腔での血流量を物理的に制御している血管平滑筋細胞によって周覆されている。即ち、何らかの制御機構によって血管平滑筋が収縮した場合、血管内腔が狭まり、流過する血流量が減少するのに対し、反対に、該血管平滑筋が弛緩した場合は、血管内腔が拡張することで血流量が増加する(図1)。
【0008】
最近の報告によると、血管内皮細胞が、磁気による血行促進に重要な役割を果たすことが明らかとなってきた(非特許文献1)。即ち、磁場が血管内皮細胞に印加されることで、該細胞内のカルシウムイオンが上昇し、該細胞内の一酸化窒素合成タンパク質(eNOS)が活性化、一酸化窒素(NO)の産生が誘導され、該NOが隣接する血管平滑筋細胞に移行、血管内皮細胞とは逆に細胞内カルシウムイオンを減少させ、この結果、平滑筋の収縮抑制及び血管拡張が実現する、というものである(図1)。
【0009】
しかしながら、上記の機序において、血管内皮細胞を磁場に曝露することにより、如何にして該細胞内のカルシウムイオンが上昇するのか、そして、該イオンの上昇がeNOSの活性化に繋がるのか、については、依然として不明な点が多い。特に磁場による細胞内カルシウムイオンの上昇の機構においては、特定の因子の関与を示唆する報告はあるが(非特許文献5)、具体的には不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2015-13094
【特許文献2】WO2008/56414
【特許文献3】特開2003-62091
【特許文献4】特開2016-209115
【特許文献5】特開2017-80103
【特許文献6】特開2017-225615
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Berridge、2008年発行、Journal of Physiology、vol.586.21、pp.5047-5061
【非特許文献2】Lindstromら、1993年発行、Journal of Cellular Physiology、vol.156、pp.395-398
【非特許文献3】Lindstromら、1995年発行、Bioelectromagnetics、vol.16、pp.41-47
【非特許文献4】Weyら、2000年発行、Environmental Health Perspectives、vol.108、pp.135-140
【非特許文献5】Madecら、2003年発行、Bioelectrochemistry、vol.60、pp.73-80
【非特許文献6】Zhangら、2009年発行、Communications in Theoretical Physics、vol.52、pp.168-172
【非特許文献7】Chenら、2018年発行、https://doi.org/10.1371/journal.pone.0191078
【非特許文献8】Liedtkeら、2000年発行、Cell 103、pp.525-535
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記事情を鑑みて、本発明は、血管内皮細胞を磁場に曝露する際に生じる該細胞内のカルシウムイオン上昇の発生機序、そして、該イオンの上昇後、eNOSの活性化が誘導される機序について解明することを目的とする。
【0013】
また、上記機序を解明することにより、該機序に基づき、eNOS活性化を所望の時期および/又は程度に制御することや、磁場への曝露と同一の機構によりeNOS活性化を誘導する物質を見出すことが可能となれば、磁気を用いた肩こりや腰痛症状の緩和等に関連する産業に大いに資することが期待される。
よって、上記目的に加え、磁場曝露によるeNOS活性化を制御する方法および該磁場曝露によるeNOS活性化誘導を代替する物質をスクリーニングする方法を見出すことも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者らは、血管に磁場を印加した際に発生する現象を培養細胞にて再現するべく、血管内皮細胞を培養し、該細胞を磁場に曝露する系を構築、該曝露後に細胞内において生じる現象を、時系列を追って研究した。即ち、磁気が血管内皮細胞の何らかの因子を活性化させることで、細胞内カルシウムイオンを上昇させ、最終的には血管拡張効果を有するシグナルである一酸化窒素(NO)を増加させるという作用機序仮説に則り、細胞内カルシウムイオンを上昇させる因子及びカルシウムイオンの上昇とNO増加の間をつなぐ細胞内情報伝達経路の同定を行った。その結果、磁場に曝露することでカルシウムイオンを上昇させる因子はtransient receptor potential(TRP)チャンネルの一種であるTRPV4であること、そして、該TRPV4の活性化により誘導されたカルシウムイオン上昇によって細胞外シグナル調節キナーゼ(Extracellular Signal-regulated Kinase、ERK)が活性化し、これに続いてp38分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(p38)が活性化、さらに該活性化によりeNOS遺伝子発現が誘導されることでNOの増加が引き起こされることを見出した。
【0015】
更に発明者らは、血管内皮細胞を磁場に所定の時間曝露し、該曝露終了後、別途の所定の時間経過時に該細胞におけるeNOSの遺伝子発現を測定した結果、磁場を遺伝子発現測定時まで継続的に印加し続けなくとも、所定の時間印加しさえすれば、該遺伝子発現を誘導できることを見出した。
【0016】
以上の知見に基づいて、本発明は完成されるに至った。
すなわち、本発明は以下の(1)~(9)に関するものである。
(1)TRPV4を発現する細胞の磁場への曝露によるeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法であって、
TRPV4を発現する細胞に被験物質を接触させるステップAと、
該細胞でのeNOS遺伝子発現上昇を確認するステップB
を含むスクリーニング方法。
(2)前記ステップA及びステップBに加え、
TRPV4を発現していない細胞に、前記被験物質を接触させるステップCと、
該細胞でのeNOS遺伝子発現上昇が生じていないことを確認するステップD
を含むことを特徴とする(1)に記載のスクリーニング方法。
(3)前記ステップA及びステップBに加え、
該ステップAの細胞と同一種の細胞に、前記被験物質を接触させるのと共に、TRPV4選択的阻害剤を接触させるステップEと、
該細胞でのeNOS遺伝子発現上昇が生じていないことを確認するステップF
を含むことを特徴とする(1)に記載のスクリーニング方法。
(4)前記ステップAに係るTRPV4を発現する細胞の種類が血管内皮細胞であることを特徴とする(1)~(3)のいずれかに記載のスクリーニング方法。
(5)前記した細胞の磁場への曝露によるeNOS遺伝子発現上昇が、該細胞内カルシウム濃度上昇によって示されることを特徴とする(1)~(4)のいずれかに記載のスクリーニング方法。
(6)前記した細胞の磁場への曝露によるeNOS遺伝子発現上昇が、該細胞内NO産生上昇によって示されることを特徴とする(1)~(4)のいずれかに記載のスクリーニング方法。
(7)TRPV4を発現する細胞を所定の時間、磁場に曝露することにより、曝露終了後に前記細胞によるeNOSの遺伝子発現を上昇させる方法。
(8)前記細胞の種類が血管内皮細胞であることを特徴とする(7)に記載の方法。
(9)前記所定の時間が2時間以上であることを特徴とする(7)又は(8)に記載の方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、血管内皮細胞を始めとするTRPV4を発現する細胞を、所定の時間のみ磁場に曝露することにより、曝露終了後に前記細胞によるeNOSの遺伝子発現を上昇させることが出来る。これにより、磁気治療器等による長時間に渡る磁場印加が不要となり、限定した時間の磁場の印加による効率的な処置が可能となる。
また、本発明において磁場に対するTRPV4の関与を明確にしたことにより、血管内皮細胞での磁場曝露によるeNOS活性化誘導を代替する物質をスクリーニングすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】血管内皮細胞を介した血管拡張のメカニズム。
図2】短期磁気曝露による細胞内カルシウムイオンへの影響。HUVECを0mT及び40mTの磁場に10分間曝露する前後の細胞内カルシウムイオンの変化倍率の纏め。
図3】中期磁気曝露による細胞内カルシウムイオンへの影響。HUVECを0mT及び40mTの磁場に115分間曝露する前後の細胞内カルシウムイオンの変化倍率の纏め。
図4】短期磁気曝露によるカルシウムイオン上昇への各種TRPV阻害剤の影響。
図5】中期磁気曝露によるカルシウムイオン上昇へのTRPV4阻害剤の影響。
図6】磁気曝露によるERK活性化への影響。
図7】磁気曝露によるp38活性化への影響。磁場の強度は、磁気曝露時間ごとに左から、0mT、100mT、200mT及び300mTである。
図8】磁気曝露によるp38活性化へのTRPV4阻害剤の影響。
図9】磁気曝露によるeNOS遺伝子発現への影響。
図10】磁気曝露によるeNOS遺伝子発現へのp38活性化阻害剤の影響。
図11】磁気曝露による細胞内NOへの影響。磁場の強度は、磁気曝露時間ごとに左から、0mT、100mT、200mT及び300mTである。
図12】磁気曝露による細胞内NOへのTRPV4阻害剤の影響。
図13】磁気曝露による細胞内NOへのp38活性化阻害剤の影響。
図14】磁気2時間曝露後4時間経過時におけるeNOS遺伝子発現変動とTRPV4阻害剤の影響。
図15】磁気1時間曝露後5時間経過時及び磁気2時間曝露後4時間経過時における細胞内NOの変動。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の第1の形態は、磁場に所定の時間、TRPV4を発現する細胞を曝露することにより、曝露終了後に前記細胞によるeNOSの遺伝子発現を上昇させる方法である。
【0020】
発明者らは、血管に磁場を印加した際に発生する現象を明らかにするべく、培養した血管内皮細胞を磁場に曝露し、細胞内カルシウムイオンの変動を観測した。適当な磁場の強度は、当業者であれば、磁場を印加する対象及び状況に応じて、カルシウムイオン変動を予備的な実験で検討することにより決定することが出来る。例えば、今回の検討においては、磁束密度40mTから300mTの磁場を印加することで、顕著な細胞内カルシウムイオン上昇を確認したが、特にこれに限定されるものではない。一般に磁気治療器等に用いられている磁場強度等も鑑みて、特に限定はしないが40mT以上300mT以下である。
【0021】
本発明に係る磁場は、本研究において、主に静磁場、即ち時間的に変動しない磁場を用いているため、好ましくは静磁場である。しかしながら、該磁場は特に静磁場に限定することは無く、時間と共に変化する磁場、いわゆる変動磁場であってもよい。
【0022】
発明者らの評価によると、磁束密度40mTの磁場に10分間(図2)または115分間(図3)血管内皮細胞を曝露した直後に細胞内カルシウムイオンの変動を測定したところ、いずれの場合も有意な上昇を確認した。即ち、血管内皮細胞には磁場印加を検知しうる何らかの因子が存在することとなる。発明者らは鋭意調査を行った結果、該因子がTRPチャンネルである可能性を検討することとした。
【0023】
TRPチャンネルは,非選択性カチオンチャネルの一種であり、遺伝子解析の結果,多くのTRPホモログが同定されており,TRPチャネルスーパーファミリーは,哺乳類においては少なくとも29種類の遺伝子から構成され,六つのサブファミリーを構成している。該サブファミリー中の1つであるTRPVファミリーには、唐辛子の辛み成分であるカプサイシンの受容体であるTRPV1を始め、全部で6つのサブタイプ(TRPV1~6)が存在し、温度上昇、pH変化、機械刺激、浸透圧等の物理・化学的な刺激で活性化することが知られている。
【0024】
特にTRPV1は、磁場の単独印加では変化は認められないところ、該チャンネルに対するリガンド(カプサイシン)の効果(細胞内カルシウムイオン増加)において、リガンド添加と同時に磁場を印加することによりカルシウムイオン上昇の増強が認められることから(非特許文献7)、これまで細胞の磁場への曝露と細胞内カルシウムイオン上昇の仲介をする因子の候補として有力視されていた。
【0025】
そこで発明者らは、血管内皮細胞への磁場印加による細胞内カルシウムイオン上昇の系に、TRPチャンネル全般に有効な阻害剤(Ruthenium Red)、TRPV1特異的な阻害剤(SB-366791)及びTRPV4特異的な阻害剤(RN-1734)をそれぞれ用いたところ、TRPV1特異的阻害剤では磁場曝露によるカルシウムイオン上昇を抑制することは出来なかったのに対し、TRPV4特異的阻害剤によって該イオン上昇を抑制することを見出した(図4及び図5)。このことより、TRPV1ではなく、TRPV4こそが磁場印加-カルシウムイオン上昇を仲介する真の因子であることが明らかとなった。
【0026】
TRPV4は2000年にLiedtkeらにより浸透圧センサーとして機能同定された陽イオンチャンネルである(非特許文献8)。これまで低浸透圧刺激やアラキドン酸、エンドカンナビノイド、機械刺激といった刺激によって活性化する多刺激受容体であると共に、温刺激(およそ27度-35度)によっても活性化する温度感受性TRPチャンネルの一つであることが知られていたが、本願研究により、磁気に反応することが新たに見出された。
【0027】
TRPV4は生体内の多くの臓器で発現しており、具体的には神経系、腎臓、皮膚、血管、肺、消化管、膀胱等である。この為、TRPV4を発現する細胞としては、該臓器に存在する細胞であり、特に限定はしないが、該臓器が含有する上皮細胞(例えば腸管上皮細胞、脳室内脈絡叢上皮細胞、食道上皮細胞、皮膚の上皮細胞など)や海馬、視床下部、三叉神経節、後根神経節やガッセル神経節などの神経細胞や角化細胞、肺や血管の内皮細胞などが好ましく、特に好ましくは血管内皮細胞である。
【0028】
血管内皮細胞の具体例としては、本研究で用いた臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)や肺動脈内皮細胞(HPAEC)を始め、臍帯動脈内皮細胞、冠状動脈内皮細胞、伏在静脈内皮細胞、大動脈内皮細胞、皮膚血管内皮細胞、皮膚微小血管内皮細胞、子宮微小血管内皮細胞、肺微小血管内皮細胞、心臓微小血管内皮細胞、皮膚微小リンパ管内皮細胞等が挙げられるが、これに限定されるものではない。また、生体から採取された血管内皮細胞としては、ほ乳動物から採取された血管内皮細胞であることが好ましく、ブタ、ヒト、イヌ、ウシ、モルモット、ウサギ等から採取された血管内皮細胞であることがより好ましい。採取された血管内皮細胞から細胞株を樹立する方法は、特に制限されることはなく、常法に従うことができる。
【0029】
TRPV4を発現する細胞は、本発明に係る研究において扱った様な培養細胞に限定されるものではなく、生物個体内部に存在する、いわゆるin vivo(生体内)にて生存している細胞を除外するものではない。
【0030】
血管内皮細胞への磁場印加が、TRPV4を介して細胞内カルシウムイオン上昇を誘導することが明らかとなったことに続き、発明者らは、該カルシウムイオン上昇が如何にしてeNOSの活性化及びNOの産生増加に帰結するのか、について鋭意研究を行った。細胞内カルシウムイオン上昇により、細胞内では様々な情報伝達系が活性化することが知られている。発明者らはその中でERKに着目して検討を行った。ERKは分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(Mitogen-activated Protein Kinase、MAPK)の1種であり、細胞増殖を始め、様々な生体現象に関与している。該タンパクが活性化する際には所定の部位がリン酸化されるため、活性化の有無は該リン酸化部位を特異的に認識する抗体によって判別出来、活性化の程度を定量することが可能となる。発明者らは、血管内皮細胞に磁場を様々な時間(5分-90分)印加し、各時点でのERKの活性化状態を測定したところ、一過的(10分間曝露の時点)に有意な活性化亢進を認めた(図6)。細胞への磁場印加による細胞内カルシウムイオン上昇は、該時点よりも早期に誘導されることから、該イオン上昇以後の情報伝達経路としてERKの活性化が示唆された。
【0031】
ERKの経由する細胞内情報伝達経路の下流に位置する因子は数多く存在するが、発明者らは鋭意検討の末、特にp38に注目した。p38もERKと同様にMAPKファミリーに属するプロテインキナーゼであり、TRPファミリータンパクがセンサーとなっているサイトカインによる刺激や紫外線照射、熱・浸透圧ストレスなどによって活性化されることが知られている。また、活性化はThr180/Tyr182のリン酸化の有無によって判別することが可能であるため、ERKと同様に、該リン酸化部位を認識する抗体を用いて、磁場印加後の細胞内でのp38の活性化の定量を試みた。その結果、血管内皮細胞に2時間に渡る磁場印加後に、磁場強度に依存した顕著なp38活性化を確認し(図7)、該評価系にTRPV4特異的阻害剤を添加したところ、該活性化は消失した(図8)。このことから、該p38活性化は、磁場印加後にTRPV4を介して誘導されていることが明らかとなった。
【0032】
血管内皮細胞を磁場に曝露することでNO産生が増加することは一般に知られており、これはNOを産生するeNOSが何らかの形で活性化するためであると推察されているが、該活性化が、既存のeNOSの単位活性量が上昇することによるのか、eNOS遺伝子の発現が増加することによるのか明らかにするべく、本願での研究において、発明者らは血管内皮細胞への磁場印加後のeNOS遺伝子発現量をqPCR法により定量した。磁束密度200mTの磁場を該細胞に印加したところ、曝露6時間以後(6時間、12時間、24時間)で有意なeNOS遺伝子発現上昇が確認され(図9)、更に、該評価系にp38活性化の阻害剤(PH-797804)を添加することで、eNOS遺伝子発現上昇はすべて消失した(図10)。以上より、磁場印加により生じるeNOSの活性化は、少なくともeNOS遺伝子の発現上昇によって実現しており、該発現上昇は、p38活性化を伴う伝達経路を介していることが確認された。
【0033】
続いて、発明者らは、血管内皮細胞への磁場印加によるeNOS遺伝子発現上昇の結果、細胞内NOの産生が増加していることを確認するべく、細胞内NOを可視化・定量する測定系を構築した。該測定系を用いて、血管内皮細胞に磁場を様々な時間(2時間-24時間)印加し、各時点での細胞内NO量を測定したところ、eNOS遺伝子発現と同様に、曝露6時間以後(6時間、12時間、24時間)で、磁場強度依存的な著しいNO産生上昇が確認され(図11)、該産生上昇は、TRPV4特異的阻害剤(RN1734)、p38活性化阻害剤(PH-797804)のいずれかの添加によっても消失した(図12及び図13)。これらの結果から、細胞への磁場印加により誘導される細胞内NO産生増加は、TRPV4及びp38活性化を経由する伝達経路を介していることが分かる。
【0034】
上記の研究結果を総合的に勘案すると、TRPV4を発現する細胞を磁場に曝露することにより、該TRPV4が該磁気に反応し、細胞内カルシウムイオン上昇を誘導、その下流でERKの活性化及びp38の活性化が順次発生し、eNOS遺伝子発現が上昇、少なくとも該増加により細胞内NO産生の増加が引き起こされている、と強く推察される。
【0035】
最後に発明者らは、細胞を所定の時間磁場に曝露し、該曝露終了直後ではなく、別途の所定の時間経過後の細胞への影響を検証した。該条件を検討することにより、常時磁場を印加することなく、限定された所定の時間にのみ磁場に細胞を曝露することで、所望の事象、例えばeNOS遺伝子発現等を誘導しうるかを明確に出来るためである。
【0036】
具体的には、血管内皮細胞を磁束密度200mTの磁場に2時間連続して曝露し、該曝露終了時から4時間後にeNOS遺伝子発現量を測定したところ、磁場非印加群に対して有意な該遺伝子発現の上昇が確認され、該発現上昇はTRPV4特異的阻害剤により消失した(図14)。このことから、研究者らが構築した血管内皮細胞の評価系においては、2時間の磁場印加後、該印加終了時から4時間経過した時点において、TRPV4を介した情報伝達系により、磁場曝露の効果であるeNOS遺伝子発現が誘導されていることが明らかとなった。
【0037】
更に発明者らは、血管内皮細胞を3群に分け、1)磁場印加を何ら行わず6時間維持した群、2)磁束密度200mTの磁場に1時間連続して曝露し、該曝露終了時から5時間磁場を印加せず維持した群、3)2時間連続して曝露し、該曝露終了時から4時間磁場は印加せず維持した群、とし、それぞれの群での細胞内NO産生量を測定したところ、3)の群では有意な該NO産生量の上昇が確認された一方で、1)の群のみならず、2)の群においても、3)の群で見られるNO産生量の上昇は認められなかった(図14)。上記した様に、本研究に係る評価系において、NO産生量の上昇はeNOS遺伝子発現量の上昇によるものと強く推察されるため、該評価系において有意なeNOS遺伝子発現を誘導するためには、1時間の磁場曝露では不十分であり、少なくとも2時間の磁場印加が必要であることが明らかとなった。
【0038】
以上の結果を鑑みた時、本発明の第1の形態に係る磁場に曝露する所定の時間とは、TRPV4を発現する細胞を磁場に曝露する時間において、該時間以上の期間、磁場に曝露することで、該曝露細胞内でのeNOS遺伝子発現を確実に上昇させることが出来る時間である。ここで、磁場に曝露する所定の時間として適当な時間は、当業者であれば、様々な磁場曝露条件でのeNOS遺伝子発現量を予備的な実験で検討することにより決定することが出来る。例えば、今回の検討においては、磁束密度200mTの磁場への1時間の曝露ではeNOS遺伝子の発現上昇を見出すことは出来なかったが、同強度の磁場に2時間曝露することで、曝露終了4時間後に顕著なeNOS遺伝子発現上昇を確認したが、特にこれに限定されるものではない。特に限定はしないが2時間以上が望ましく、特に望ましくは6時間以上である。
【0039】
本発明の第2の形態は、TRPV4を発現する細胞の磁場への曝露によるeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法であって、
TRPV4を発現する細胞に被験物質を接触させるステップAと、
該細胞でのeNOS遺伝子発現上昇を確認するステップB
を含むスクリーニング方法、である。
【0040】
上記の通り、本発明に係る研究により、TRPV4が細胞外からの磁場印加に反応し、細胞内カルシウムイオン上昇を誘導する因子であることが新たに見出された。このため、該TRPV4を発現する細胞に様々な被験物質を接触させることにより(ステップA)、該被験物質の中で、磁場への曝露と同様な効果(例えば、eNOS遺伝子発現上昇など)を発揮する物質を選択することで、該磁場曝露という行為の代替となる物質をスクリーニングすることが初めて可能となった。
【0041】
本形態に係る被験物質には特に制限はなく、任意の物質を用いることが可能である。特に限定はしないが、例えば、天然由来の化合物、人工合成された化合物、ペプチド、タンパク質、脂質、核酸(リボ核酸、デオキシリボ核酸等) が挙げられる。被験物質として、食品由来の物質を用いてもよい。被験物質は、単一の化合物であってもよく、抽出物等の組成物であってもよい。
【0042】
本形態に係る細胞に被験物質を接触させる方法としては、被験物質が細胞に均等に接触することが担保できればいかなる方法でもよい。例えば、TRPV4を発現する細胞由来の培養細胞を維持する培養液に、所望の被験物質、又は該被験物質の溶液を添加することにより行うことができるが、該方法に限定するものではない。
【0043】
本形態に係るTRPV4を発現する細胞とは、本発明の第1の形態における〔0027〕に記載の細胞であってもよい。該細胞は生来、TRPV4を発現している、いわゆるendogenous(内在的)に該チャンネルを発現している細胞であるが、第2の形態に係るTRPV4を発現する細胞には、本来TRPV4を発現していない細胞に、外来性のTRPV4遺伝子を生物学的、化学的または物理的な手法を用いて導入したものを含めてもよい。例えば、ウイルスやトランスポゾンを用いた生物学的方法やリポフェクション法、ポリマーやペプチドを使用する化学的方法、物理的方法としては電気穿孔法やパーティクル・ガン法、超音波を使用する方法などがあるが、これらに限定されるものではない。但し、該方法によってTRPV4が発現した細胞のうち、該発現後に初めて、磁場曝露によるeNOS遺伝子発現の誘導が確認されたもののみに限る。
【0044】
本形態に係る、細胞でのeNOS遺伝子発現上昇を確認する方法としては、該eNOS遺伝子発現上昇を確認できるのであれば、如何なる方法でもよく、例えば、本研究において用いた定量PCR法やeNOS特異的抗体を利用する免疫化学的手法、NOS活性測定方法などが挙げられるが、特にこれらに限定するものではない。
【0045】
本発明の第2の形態に係るスクリーニング方法で被験物質を選択した場合、TRPV4非依存的に該物質と接触した細胞でのeNOS発現を上昇させる物質、いわゆるfalse positive(誤検出)される物質の選択を回避できない。このため、該形態に係るスクリーニング方法を構成する前記ステップA及びステップBに、TRPV4を発現していない細胞に、被験物質を接触させるステップCと、該細胞でのeNOS遺伝子発現上昇が生じていないことを確認するステップDを加えてもよい。該制限を加えることで、誤検出される物質を除外することが可能となる。
【0046】
ここで、ステップCに係るTRPV4を発現していない細胞とは、〔0027〕に記載の内在的にTRPV4を発現している細胞から一過的又は恒久的に該チャンネルの発現を抑制した細胞であり、その作成方法等は特に限定しない。例えば、RNA interferenceやアンチセンス核酸を用いたアンチセンス法、遺伝子組み換えやゲノム編集などが挙げられる。また、〔0043〕に記載の、外来性TRPV4遺伝子を導入する前の、本来TRPV4を発現していない細胞もこれに該当する。
【0047】
前記第2の形態に係るスクリーニング方法で被験物質を選択した場合に生じる誤検出を回避するもう1つの方法として、該形態に係るスクリーニング方法を構成する前記ステップA及びステップBに、該ステップAの細胞と同一種の細胞に、被験物質を接触させるのと共に、TRPV4選択的阻害剤を接触させるステップEと、該細胞でのeNOS遺伝子発現上昇が生じていないことを確認するステップFを加えてもよい。該制限を加えることによっても、誤検出される物質を除外することが可能となる。
【0048】
ここで、ステップEに係るTRPV4選択的阻害剤とは、選択的にTRPV4による細胞内カルシウムイオン上昇のみを抑制し、それ以外の影響を、投与する細胞に及ぼさない物質であればよく、特に限定はしない。投与量に関しても、該要件を満たしうる濃度であればよい。例えば本研究に用いたRN1734や、結合することでTRPV4のカルシウムイオン上昇誘導能を抑制する抗体などが挙げられる。
【0049】
前記〔0033〕に記載の通り、本研究の結果より、TRPV4を発現する細胞を磁場に曝露した場合、該TRPV4が該磁気に反応し、細胞内カルシウムイオン上昇を誘導、その下流でERKの活性化及びp38の活性化が順次発生し、eNOS遺伝子発現が上昇、少なくとも該増加により、最終的には細胞内NO産生の増加が引き起こされていると考えられ、これらの各事象は一連の情報伝達経路の中において相互間で密接に連関していることが強く示唆される。このため、本発明の第2の形態に係るeNOSの遺伝子発現上昇という事象は、該事象の上流及び/又は下流に位置する前記事象のいずれとも同義と考えてもよい。即ち、eNOSの遺伝子発現上昇の代わりに、該事象の上流に位置する細胞内カルシウムイオンの上昇、ERKの活性化、p38の活性化、該事象の下流に位置する細胞内NOの産生増加のいずれかまたはこれらの組み合わせと置き換えることが出来る。
【0050】
eNOSの遺伝子発現上昇の代わりに置き換えられる上記事象の中で、スクリーニングの指標として、細胞内カルシウムイオン上昇は特に有用である。カルシウムは細胞内において情報を伝達する物質として重要な役割を果たしている。通常、細胞内には極微量のカルシウムイオンしか存在せず、該カルシウム濃度は細胞外の10,000分の1程度に維持されているが、細胞外から何らかの刺激が加わることで、細胞内カルシウム濃度は短時間で1000~10000倍に増加する。本発明に係るTRPV4による細胞内カルシウムイオン上昇も他の事象の発現に比して極めて迅速に発生するため、ハイスループットスクリーニングの実現を想定した場合、特に好ましい。
【0051】
細胞内カルシウムイオン上昇の確認方法としては、細胞内のカルシウムイオン量を定量するいかなる方法でもよく、特に制限はしないが、例えば、細胞に被験物質を接触させる前に、該細胞を含む反応液にカルシウムイオン指示薬を添加し、該細胞に被験物質を接触させた後に、該カルシウムイオン指示薬を指標として、カルシウムイオン量を測定する方法を用いてもよい。ここでカルシウムイオン指示薬としては、カルシウムイオンの存在量と相関する信号を検出できる試薬であればよく、例えば、カルシウムイオンと定量的に反応する蛍光指示薬、発光指示薬、又は吸光指示薬などを用いることが可能である。
【0052】
eNOSの遺伝子発現上昇という事象の代わりに置き換えられるスクリーニングの指標として、該事象の下流に位置する細胞内NOの産生増加も又、有用である。該事象によって産生されるNOこそが、例えば血管においては隣接する血管平滑筋細胞を弛緩させ、血管拡張を誘発する要因物質であるため、直接の効果測定に繋がりうる。それ故、本発明の形態において、eNOSの遺伝子発現上昇の代替として細胞内NO産生増加の事象を用いてもよい。
【0053】
細胞内NO産生増加を確認する方法としては、細胞内NO量を定量するいかなる方法でもよく、特に制限はしないが、例えば、グリース反応法( G r i e s s 法) 、電極法、電子スピン共鳴法、オゾン化学発光法、NO指示薬を用いた方法など、NOを直接又は間接的に測定する方法でもよく、特に好ましくはNO指示薬を用いた方法である。具体的には、細胞に被験物質を接触させる前に、該細胞を含む反応液にNO指示薬を添加し、該細胞に被験物質を接触させた後に、該NO指示薬を指標として、細胞内NO量を測定する方法を用いてもよい。ここでNO指示薬としては、NOの存在量と相関する信号を検出できる試薬であれば如何なるものでもよく、例えば、NOと定量的に反応する蛍光指示薬、発光指示薬、又は吸光指示薬であってもよい。
【実施例0054】
以下に実施例を示す。これらは、あくまでも例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の改良及び設計の変更を行ってもよい。
【0055】
1.ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)の磁場への短期曝露による細胞内カルシウムイオンへの影響
1-1.概要
血管内皮細胞に短時間(10分)磁場を印加することで、細胞内カルシウムイオンに如何なる変動が生じるか検討すべく、細胞内カルシウムイオン濃度の変動をカルシウム指示薬であるFura2-AMにより可視化する実験を行った。
【0056】
1-2.細胞培養
内皮細胞は、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)(LONZA社製)およびヒト肺動脈内皮細胞(HPAEC)(Promocell社製)を用いた。HUVEC(5.0×10個)およびHPAEC(5.0×10個)は、Endothelial Cell Growth Medium 2(2%FCS、5ng/ml Epidermal Growth Factor、10ng/ml Basic Fibroblast Growth Factor、20 ng/ml R3 IGF-1、0.5ng/ml Vascular Endothelial Growth Factor 165、1μg/ml Ascorbic Acid、22.5microg/ml Heparin、0.2microg/Hydrocortisone)(Promocell社製)を用いて25cm細胞培養ポリスチレンフラスコ(住友ベークライト社製)に播種し、37度 5%CO条件下で培養した。細胞はコンフルエント80~90%でReagentPackTM(LONZA社製)を用いて1回継代を行い、細胞数が5.0×10個になるようCell Reservoir One with DMSO(Nacalai Tesque社製)を用いて液体窒素に保管した。
【0057】
1-3.磁場の印加
実験では3種類のネオジム磁石を用いた。細胞内カルシウムイオン測定実験では20mm×12mm×12mm(最大表面磁束密度470mT、実効値40mT)、細胞内NO測定実験では70mm×10mm×3mm(最大表面磁束密度310mT、実効値200mT)、ウエスタンブロッティングおよびリアルタイムPCR実験では40mm×10mm(最大表面磁束密度360mT、実効値100、200、300mT)。また、コントロールとして各磁石の無着磁品を用いた。
【0058】
1-4.Fura2-AMアッセイによる細胞内カルシウムイメージング及び定量
細胞内カルシウムイオンは蛍光指示薬FURA2-AM(Nacalai Tesque社製)を用いて測定した。
HUVECはガラスボトムディッシュ(松波硝子社製)に播種し、コンフルエント80%以上で使用した。サンプルは0.2%FCSの血清飢餓処理を16時間以上行い、HEPES Buffer(10mM HEPES、140mg/L CaCl、100mg/L MgCl-6HO、100mg/L MgSO-7HO、400mg/L KCl、60mg/L KHPO、350mg/L NaHCO、8000mg/L NaCl、48mg/L NaHPO、1000mg/L D-Glucose)(Gibco社製)で1回洗浄後、Loading Buffer(5microM FURA2-AM、0.04% Pluronic F-127、HEPES Buffer)またはLoading Bufferに阻害剤(Ruthenium Red、RN1734、SB366791)を加えた溶液で37度にてインキュベートした。その後、HEPES Bufferまたは阻害剤を加えたHEPES Bufferを添加した。サンプルの細胞質内Fura-2はカルシムイメージングモジュールを搭載した蛍光顕微鏡(Leica社製)で測定した(32度 5%CO条件下)。磁気曝露は、測定を開始してから5分後に5~115分間行った。細胞質内のFura-2は340nm(励起波長:カルシウムイオン結合型)および387nm(励起波長:カルシウムイオン非結合型)で励起させ、510nmの蛍光波長を検出した。カルシウムイオンの濃度は蛍光強度比F(F340nm/F380nm)から算出した。
【0059】
1-5.統計解析
着磁群および無着磁群の比較はカルシウムイオンの変化倍率(磁気曝露後平均蛍光強度F/磁気曝露前平均蛍光強度F)を算出しt検定にて行った。
【0060】
1-6.結果
上記方法に従い、カルシウム指示薬であるFura2-AMにより、HUVECにおける細胞内カルシウムイオン変動を可視化及び定量したところ、磁束密度40mTの磁場に10分間曝露することで有意な細胞内カルシウムイオン上昇を確認した(図2)。
【0061】
2.HUVECの短期磁気曝露による細胞内カルシウムイオンへの影響
2-1.概要
上記1.にて評価した磁場への短時間(10分間)曝露の結果に対し、より長時間(115分)に渡る磁場曝露では如何なる細胞内カルシウムイオン変動が生じるか確認するべく、1.と同様の細胞内カルシウムイオン変動の可視化・定量実験を行った。
【0062】
2-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0063】
2-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0064】
2-4.Fura2-AMアッセイによる細胞内カルシウムイメージング及び定量
1-4に準じた。
【0065】
2-5.統計解析
1-5に準じた。
【0066】
2-6.結果
10分間の磁場印加による細胞内カルシウムイオン変動の評価に続き、115分間の磁場印加による該イオン変動を可視化・定量したところ、10分間の磁場印加と同様に、有意な細胞内カルシウムイオン上昇を確認した(図3)。
【0067】
3.短期磁気曝露によるカルシウムイオン上昇への各種TRPV阻害剤の影響。
3-1.概要
磁場への短時間(10分間)曝露による細胞内カルシウムイオン上昇に、TRPVファミリーに属するイオンチャンネルが関与しているかを明らかにすべく、該ファミリーに属する数種のイオンチャンネルに特異的な阻害剤を用いて検討した。
【0068】
3-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0069】
3-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0070】
3-4.阻害剤の添加
実験では以下の阻害剤を使用した。TRPVアンタゴニスト;0.5microM Ruthenium Red(Sigma社製)、TRPV4アンタゴニスト;10microM RN1734(Tocris社製)、TRPV1アンタゴニスト;10microM SB366791(Wako社製)、p38アンタゴニスト;1microM RH797804(Abcam社製)、ERK1/2アンタゴニスト;2microM SCH7729842(ChemScene社製)。全ての阻害剤はDMSO(Nacalai Tesque社製)で溶解した。
【0071】
3-5.Fura2-AMアッセイによる細胞内カルシウムイメージング
1-4に準じた。
【0072】
3-6.統計解析
1-5に準じた。
【0073】
3-7.結果
10分間の磁場(磁束密度40mT)印加による細胞内カルシウムイオン上昇を確認したHUVECに、TRPVファミリー全般に対する阻害剤(Ruthenium Red)、TRPV4特異的阻害剤(RN1734)及びTRPV1特異的阻害剤(SB366791)を添加したところ、前二者においては磁場印加による有意な細胞内カルシウムイオン上昇が抑制されたが、TRPV1特異的阻害剤添加群では有意な該イオン上昇が維持された(図4)。以上より、血管内皮細胞の磁場への曝露により生じる細胞内カルシウムイオン上昇は、TRPV1ではなく、TRPV4を介して誘導される可能性が示唆された。
【0074】
4.中期磁気曝露によるカルシウムイオン上昇へのTRPV4特異的阻害剤の影響。
4-1.概要
短時間での磁場曝露のみならず、磁束密度40mTの磁場を115分曝露することによって誘導される細胞内カルシウムイオン上昇にも、TRPVファミリー4が関与しているかを確認すべく、該イオンチャンネルに特異的な阻害剤を用いて検討した。
【0075】
4-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0076】
4-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0077】
4-4.阻害剤の添加
3-4に準じた。
【0078】
4-5.Fura2-AMアッセイによる細胞内カルシウムイメージング
1-4に準じた。
【0079】
4-6.統計解析
1-5に準じた。
【0080】
4-7.結果
磁束密度40mTの磁場を115分間印加したHUVECに、TRPV4特異的阻害剤(RN1734)を添加したところ、本来は誘導されるべき細胞内カルシウムイオン上昇を見いだせなかった(図5)。このことから、血管内皮細胞の磁場への曝露により生じる細胞内カルシウムイオン上昇はTRPV4を介して誘導されることが更に示唆された。
【0081】
5.磁気曝露によるERK活性化への影響。
5-1.概要
血管内皮細胞(HPAEC)の磁場への曝露によって誘導された細胞内カルシウムイオン上昇に続いて、ERKの活性化が生じているかを明らかにすべく、トータルERK及びリン酸化ERK特異的な抗体を用いたウエスタンブロッティングを用いて検討した。
【0082】
5-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0083】
5-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0084】
5-4.細胞からのトータルタンパク質の抽出
HPAECはポリスチレンディッシュ(住友ベークライト社製)に播種し、コンフルエント80%以上で0.2%FCSの血清飢餓処理を16時間以上行い使用した。磁気曝露は阻害剤(RN1734、SCH7729842)を添加した後に0~6時間行った。サンプルを冷HEPES Bufferで洗浄し、EDTA-free Protease Inhibitor Cocktail tablet(Roche社製)およびPhosSTOP EASY pack(Roche社製)を加えたRIPAバッファー(150mM NaCl、1.0%Nonidet P-40、0.5% deoxycholate、0.1% SDS、50mM Tris pH8.0、1×phosphatase inhibitor cocktail)(Nacalai Tesuque社製)で溶解させた。得られたタンパク質はプロテインアッセイBCAキット(Nacalai Tesuque社製)で定量した。
【0085】
5-5.ウエスタンブロッティングによるERK活性測定
タンパク質をNuPAGETM4-12% Bis-Tris Protein Gels(Invitrogen社製)で電気泳動し、iBlotドライトランスファーシステム(Invitrogen社製)を用いてPVDFメンブレンに転写した。メンブレンのブロッキング処理はBlocking One-P(Nacalai Tesuque社製)を用いて室温で1時間インキュベートし、TBST(TAKARA社製)でそれぞれ15、10、5分間洗浄した。一次抗体反応では、抗体をCan Get Signal immunostain Immunoreaction Enhancer Solution(Nacalai Tesuque社製)に溶解し、4度で16時間または室温で2時間反応させた。使用した一次抗体は次の通り、p-p38(abcam社製)、p38(abcam社製)、ERK1/2(abcam社製)、p-ERK1/2(abcam社製)。また、コントロールとしてbeta-Actin(abcam社製)を用いた。メンブレンをTBSTでそれぞれ15、10、5分間洗浄した。二次抗体反応では、Goat Anti-Rabbit IgG H&L(HRP)(abcam社製)を室温で1時間反応させた。メンブレンをTBSTでそれぞれ15、10、5分間洗浄し、TBS(TAKARA社製)で1回洗浄した。タンパク質はECL Western Blotting Detection Reagents(GE Healthcare)を用いてFUSION FX-7(Vilber-Lourma社製)で検出し、シグナルの強度はBio1Dソフトウェア(Vilber-Lourma社製)で算出した。メンブレンはEzReprobe(ATTO社製)を用いて37度1時間のストリッピングの後リプローブをおこなった。着磁群および無着磁群の比較はタンパク質の活性倍率(p-p38/p38、p-ERK/ERK)を算出しt検定にて行った。
【0086】
5-6.統計解析
1-5に準じた。
【0087】
5-7.結果
HPAECを磁束密度200mTの磁場に0分~90分の7時点までそれぞれ曝露し、各時点でのERK活性化(リン酸化ERK/トータルERK)をウエスタンブロッティングにより測定したところ、磁気曝露10分の時点で有意なERK活性化を確認した(図6)。以上より、血管内皮細胞の磁場への曝露により生じる細胞内カルシウムイオン上昇に続いて、ERKの活性化が誘導されることが示唆された。
【0088】
6.磁気曝露によるp38活性化への影響。
6-1.概要
血管内皮細胞(HPAEC)の磁場への曝露によって誘導された細胞内カルシウムイオン上昇及びERKの活性化に続いて、p38のリン酸化が生じているかを明らかにすべく、トータルp38及びリン酸化p38特異的な抗体を用いたウエスタンブロッティングを用いて検討した。
【0089】
6-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0090】
6-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0091】
6-4.細胞からのトータルタンパク質の抽出
5-4に準じた。
【0092】
6-5.ウエスタンブロッティングによるp38活性測定
5-5に準じた。
【0093】
6-6.統計解析
1-5に準じた。
【0094】
6-7.結果
HPAECを磁束密度100mT/200mT/300mTの3種の磁場に0~6時間の4時点までそれぞれ曝露し、各時点でのp38活性化(リン酸化p38/トータルp38)をウエスタンブロッティングにより測定したところ、特に磁気曝露2時間の時点で磁場強度依存的な著しいp38活性化を確認した(図7)。以上より、血管内皮細胞の磁場への曝露により生じる細胞内カルシウムイオン上昇及びERKの活性化に続いて、p38の活性化が誘導されることが示唆された。
【0095】
7.磁気曝露によるp38活性化へのTRPV4阻害剤の影響。
7-1.概要
前記実施例6.に記載の磁気曝露によるp38活性化が、TRPV4特異的阻害剤の処理によって影響を受けるか検討した。
【0096】
7-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0097】
7-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0098】
7-4.阻害剤の添加
3-4に準じた。
【0099】
7-5.細胞からのトータルタンパク質の抽出
5-4に準じた。
【0100】
7-6.ウエスタンブロッティングによるp38活性測定
5-5に準じた。
【0101】
7-7.統計解析
1-5に準じた。
【0102】
7-8.結果
TRPV4特異的阻害剤(RN1734)を培養液に添加したHPAECに磁束密度200mTの磁場を2時間印加したところ、本来は誘導されるべきp38活性化を見いだせなかった(図8)。このことから、血管内皮細胞の磁場への曝露により生じるp38活性化はTRPV4を介して誘導されることが示唆された。
【0103】
8.磁気曝露によるeNOS遺伝子発現への影響。
8-1.概要
血管内皮細胞(HPAEC)の磁場への曝露によって誘導された細胞内カルシウムイオン上昇、ERKの活性化及びp38の活性化に続いて、eNOS遺伝子が発現しているかを明らかにすべく、定量PCR法を用いて検討した。
【0104】
8-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0105】
8-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0106】
8-4.細胞からの核酸画分の抽出
HPAECはポリスチレンディッシュに播種し、コンフルエント80%以上で0.2%FCSの血清飢餓処理を16時間以上行い使用した。磁気曝露は阻害剤(PH-797804)を添加した後に0~24時間行った。トータルRNAはRNeasy Plus Mini Kit(Qiagen社製)を用いて抽出した。
【0107】
8-5.定量PCR法によるeNOS遺伝子発現測定
逆転写反応にはReverTra Ace qPCR RT Master Mix with gDNA Remover(TOYOBO社製)を用いた。遺伝子発現解析はTaqman gene expression assays (Life Technologies社製)により行い、probeはeNOS(Hs01574665_m1)、および内部標準としてACTB(Hs99999903_m1)を使用した。各試験は三重検定にて行った。着磁群および無着磁群の比較は遺伝子発現レベルを算出しt検定にて行った。
【0108】
8-6.統計解析
1-5に準じた。
【0109】
8-7.結果
HPAECを磁束密度200mTの磁場に0~24時間の5時点までそれぞれ曝露し、各時点でのeNOS遺伝子発現を定量PCR法により測定したところ、磁気曝露6時間以降の時点で有意なeNOS遺伝子発現上昇を確認した(図9)。以上より、血管内皮細胞の磁場への曝露により生じる細胞内カルシウムイオン上昇、ERKの活性化及びp38の活性化に続いて、eNOS遺伝子発現が誘導されることが確認された。
【0110】
9.磁気曝露によるeNOS遺伝子発現へのp38活性化阻害剤の影響。
9-1.概要
前記実施例8.に記載の磁気曝露によるeNOS遺伝子発現上昇が、p38活性化阻害剤の処理によって影響を受けるか検討した。
【0111】
9-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0112】
9-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0113】
9-4.阻害剤の添加
3-4に準じた。
【0114】
9-5.細胞からの核酸画分の抽出
8-4に準じた。
【0115】
9-6.定量PCR法によるeNOS遺伝子発現測定
8-5に準じた。
【0116】
9-7.統計解析
1-5に準じた。
【0117】
9-8.結果
p38活性化阻害剤(PH-797804)を培養液に添加したHPAECに磁束密度200mTの磁場を6時間/12時間/24時間印加したところ、本来は誘導されるべきeNOS遺伝子発現上昇を見いだせなかった(図10)。このことから、血管内皮細胞の磁場への曝露により生じるeNOS遺伝子発現はp38の活性化を介して誘導されることが示唆された。
【0118】
10.磁気曝露による細胞内NOへの影響。
10-1.概要
血管内皮細胞(HPAEC)の磁場への曝露によって誘導されたeNOS遺伝子発現上昇に続いて、細胞内NOが生じているかを明らかにすべく、NO指示薬を用いたイメージングにより可視化・定量を行った。
【0119】
10-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0120】
10-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0121】
10-4.NO指示薬による細胞内NOイメージング及び定量
細胞内NOはDAF-2DAを用いて測定した。HPAECはポリスチレンディッシュに播種し、コンフルエント80%以上で0.2%FCSおよび終濃度1mM L-(+)-Arginine Hydrochloride(Nacalai Tesque社製)を添加し16時間以上の血清飢餓処理を行い使用した。磁気曝露は阻害剤(RN1734)を添加した後に0~24時間行った。サンプルをHEPESバッファーで1回洗浄後、Loading Medium(HEPES Buffer、5microM DAF-2DA、1mM L-(+)-Arginine Hydrochloride)で37度 20分間インキュベートした。サンプルの細部内NOは蛍光顕微鏡で測定した(32度 5%CO条件下)。細胞内のDAF2-DAは495nm(励起波長)で励起させ、515nmの蛍光波長を検出した。着磁群および無着磁群の比較は細胞内NO蛍光強度を算出しt検定にて行った。
【0122】
10-5.統計解析
1-5に準じた。
【0123】
10-6.結果
HPAECを磁束密度100mT/200mT/300mTの3種の磁場に0~24時間の5時点までそれぞれ曝露し、各時点での細胞内NO量をNO指示薬による細胞内NOイメージングにより測定したところ、eNOS遺伝子発現と同様に、磁気曝露6時間以降の時点で磁場強度依存的な著しい細胞内NO産生上昇を確認した(図11)。以上より、血管内皮細胞の磁場への曝露により生じるeNOS遺伝子発現に続いて、細胞内NO産生が誘導されることが示唆された。
【0124】
11.磁気曝露による細胞内NOへのTRPV4阻害剤の影響。
11-1.概要
前記実施例10.に記載の磁気曝露による細胞内NO産生が、TRPV4特異的阻害剤の処理によって影響を受けるか検討した。
【0125】
11-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0126】
11-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0127】
11-4.阻害剤の添加
3-4に準じた。
【0128】
11-5.NO指示薬による細胞内NOイメージング及び定量
10-4に準じた。
【0129】
11-6.統計解析
1-5に準じた。
【0130】
11-7.結果
TRPV4特異的阻害剤(RN1734)を培養液に添加したHPAECに磁束密度200mTの磁場を6時間/12時間/24時間印加したところ、本来は誘導されるべき細胞内NO産生増加を見いだせなかった(図12)。このことから、血管内皮細胞の磁場への曝露により生じる細胞内NO産生はTRPV4を介して誘導されることが示唆された。
【0131】
12.磁気曝露による細胞内NOへのp38活性化阻害剤の影響。
12-1.概要
前記実施例10.に記載の磁気曝露による細胞内NO産生が、p38活性化阻害剤の処理によって影響を受けるか検討した。
【0132】
12-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0133】
12-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0134】
12-4.阻害剤の添加
3-4に準じた。
【0135】
12-5.NO指示薬による細胞内NOイメージング及び定量
10-4に準じた。
【0136】
12-6.統計解析
1-5に準じた。
【0137】
12-7.結果
p38活性化阻害剤(PH-797804)を培養液に添加したHPAECに磁束密度200mTの磁場を6時間/12時間/24時間印加したところ、本来は誘導されるべき細胞内NO産生増加を見いだせなかった(図13)。このことから、血管内皮細胞の磁場への曝露により生じる細胞内NO産生はp38の活性化を介して誘導されることが示唆された。
【0138】
13.磁気2時間曝露後4時間経過時におけるeNOS遺伝子発現変動とTRPV4阻害剤の影響。
13-1.概要
血管内皮細胞(HPAEC)を磁束密度200mTの磁場に2時間連続して曝露し、該曝露終了時から4時間後のeNOS遺伝子発現を確認した。また、該eNOS遺伝子発現の変動が、TRPV4特異的阻害剤の処理によって影響を受けるかについても検討した。
【0139】
13-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0140】
13-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0141】
13-4.阻害剤の添加
3-4に準じた。
【0142】
13-5.細胞からの核酸画分の抽出
8-4に準じた。
【0143】
13-6.定量PCR法によるeNOS遺伝子発現測定
8-5に準じた。
【0144】
13-7.統計解析
1-5に準じた。
【0145】
13-8.結果
血管内皮細胞を磁束密度200mTの磁場に2時間連続して曝露し、該曝露終了時から4時間後にeNOS遺伝子発現量を測定したところ、磁場非印加群に対して有意な該遺伝子発現の上昇が確認され、該発現上昇はTRPV4特異的阻害剤により消失した(図14)。このことから、2時間の磁場印加後、該印加終了時から4時間経過した時点において、TRPV4を介した情報伝達系によりeNOS遺伝子発現が誘導されていることが示唆された。
【0146】
14.磁気1時間曝露後5時間経過時及び磁気2時間曝露後4時間経過時における細胞内NOの変動。
14-1.概要
血管内皮細胞(HPAEC)を磁束密度200mTの磁場に1時間連続して曝露し、該曝露終了時から5時間磁場を印加せず維持した群と2時間連続して曝露し、該曝露終了時から4時間磁場を印加せず維持した群での細胞内NO産生量を測定した。
【0147】
14-2.細胞培養
1-2に準じた。
【0148】
14-3.磁場の印加
1-3に準じた。
【0149】
14-4.NO指示薬による細胞内NOイメージング及び定量
10-4に準じた。
【0150】
14-5.統計解析
1-5に準じた。
【0151】
14-6.結果
血管内皮細胞を3群に分け、1)磁場印加を何ら行わず6時間維持した群、2)磁束密度200mTの磁場に1時間連続して曝露し、該曝露終了時から5時間磁場を印加せず維持した群、3)2時間連続して曝露し、該曝露終了時から4時間磁場は印加せず維持した群、とし、それぞれの群での細胞内NO産生量を測定したところ、3)の群では有意な該NO産生量の上昇が確認された。一方で、1)の群のみならず、2)の群においても、3)の群で見られるNO産生量の上昇は認められなかった(図15)。このことから、有意な細胞内NO産生増加を誘導するためには、1時間の磁場曝露では不十分であり、少なくとも2時間の磁場印加が必要であることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0152】
本発明に係る方法によれば、血管内皮細胞を始めとするTRPV4を発現する細胞を、所定の時間のみ磁場に曝露することにより、曝露終了後に前記細胞によるeNOSの遺伝子発現を上昇させることが出来るため、磁気治療器等による長時間に渡る磁場印加が不要となり、限定した時間の磁場の印加により最大限の効果を発揮する効率的な処置や、該方法を応用した機器の開発が可能となる。
また、TRPV4を発現する細胞の磁場への曝露によるeNOS遺伝子発現上昇を代替する物質をスクリーニングする方法は、該方法により、例えば、血管内皮細胞の磁場への曝露による血流改善効果と同等の効果を有する、磁場曝露に替わる物質を見出すことが期待され、産業上大いに資するものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15