(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022099748
(43)【公開日】2022-07-05
(54)【発明の名称】CrN被膜、及び摺動部材
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20220628BHJP
F16J 9/26 20060101ALI20220628BHJP
【FI】
C23C14/06 A
F16J9/26 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020213722
(22)【出願日】2020-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】菅原 駿
(72)【発明者】
【氏名】岩下 誉二
【テーマコード(参考)】
3J044
4K029
【Fターム(参考)】
3J044AA01
3J044AA20
3J044BA01
3J044BB06
3J044BB28
3J044BC07
3J044BC08
3J044DA09
4K029AA02
4K029BA58
4K029BB07
4K029BD04
4K029CA04
4K029DD06
(57)【要約】
【課題】潤滑環境がより厳しい環境下であっても、クラックを起点とする被膜の剥離が生じにくい、耐剥離性に優れたCrN被膜を提供することを課題とする。
【解決手段】該CrN被膜の、XRDによる優先配向が200であり、(111)面に対する(200)面のX線回折強度比(200)/(111)が5.5以上であり、且つEBSD解析により測定される結晶粒径の分布において、1μm以下の結晶粒子の割合が85%以上であることで、課題を解決する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
CrN被膜であって、該CrN被膜の、XRDによる優先配向が200であり、(111)面に対する(200)面のX線回折強度比(200)/(111)が5.5以上であり、且つEBSD解析により測定される結晶粒径の分布において、1μm以下の結晶粒子の割合が85%以上である、CrN被膜。
【請求項2】
前記CrN被膜は、マイクロビッカース硬さが800HV以上1300HV以下である、請求項1に記載のCrN被膜。
【請求項3】
前記CrN被膜は、ISO14577-1に準拠し、ビッカース圧子を用いて測定した塑性仕事率が61%以上、69%以下である、請求項1または2に記載のCrN被膜。
【請求項4】
摺動面が請求項1~3のいずれか1項に記載のCrN被膜により被覆された、摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CrN膜及び該CrN膜により被覆された摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
CrN被膜は、過酷な摺動環境で使用される摺動部材の摺動面に設けられ、良好な摺動性や耐摩耗性が要求される。一例として、内燃機関において用いられるピストンリングにおいては、筒内圧の上昇や直噴化及び使用される潤滑油粘度の低下などと相まって、その表面が受ける負荷が増大する傾向にある。そのため、ピストンリングの表面を覆うCrN被膜に摺動影響によりクラックが入ったり、CrN被膜が剥離したり、する場合があった。
【0003】
このような問題を解決すべく、金属クロムに炭素、りん、窒素、硼素、珪素からなる群から選択される1つの元素を固溶した組成を有し、高硬度、水素脆弱、靭性、疲労に対し強い被膜が提案されている(特許文献1参照)。
また、CrN型の窒化クロムからなる被膜であって、結晶の格子定数及びCr含有量が特定の範囲である被膜によって、摺動特性及び耐剥離性を向上させたことが開示されている(特許文献2参照)。
更には、窒素が固溶した金属クロムとCr2Nが混在した組成からなる被膜において、特定の回折ピークを有する被膜とすることで、耐摩耗性に優れ、且つ、特に耐亀裂性・剥離性を備えた高靭性の被膜を提供することが開示されている(特許文献3参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭58-144473号公報
【特許文献2】特開2001-335878号公報
【特許文献3】国際公開第2013/136510号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のとおり、耐剥離性が優れたCrN被膜が提案されている。しかしながら、潤滑環境がより厳しい環境下での摺動時には、クラックを起点として被膜の剥離が生じやすい。本発明は、このような潤滑環境がより厳しい環境下であっても、クラックを起点とする被膜の剥離が生じにくい、耐剥離性に優れたCrN被膜、及びそれが被覆された摺動部材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を進め、CrN被膜を形成する結晶のサイズを小さくし、且つ、優先配向を特定の範囲とすることで上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
本発明は、CrN被膜であって、該CrN被膜の、XRD(X線回折:X-Ray Diffraction)による優先配向が200であり、(111)面に対する(200)面のX線回折強度比(200)/(111)が5.5以上であり、且つEBSD(電子線後方散乱回折法:Electron BackScatter Diffraction
Pattern)解析により測定される結晶粒径の分布において、1μm以下の結晶粒子の割合が85%以上である、CrN被膜である。また、結晶粒径は2.3μm以上の粒
子が存在しないことが好ましく、結晶粒径は2.0μm以上の粒子が存在しないほうが好
ましい。
さらに、好ましい形態は、マイクロビッカース硬さが800HV以上1300HV以下である。緻密でありながら被膜硬さを低く抑えることで、脆くない被膜となって耐剥離性が向上し、好ましい。マイクロビッカース硬さが800HV未満では耐摩耗性が不足する場合があり、1300HVより大きい場合には加工時の取り扱いによりカケ及び欠落が生じやすい傾向にある。
また、好ましい形態は、ISO14577-1のナノインデンテーション試験の国際規格に準拠し、ビッカース圧子を用いて測定した塑性仕事率が61%以上69%以下である。ここで塑性仕事率とは、インデンテーション試験における全押し込み仕事に占める塑性変形仕事の割合を指す。高い塑性仕事率を有する被膜は、クラックを基点とする被膜の耐剥離性が向上する。塑性仕事率が61%未満では硬さが1300HVよりも高くなる傾向があり、69%より大きい場合には硬さが800HVよりも低くなる傾向にある。
【0008】
また、本発明の別の形態は、摺動面が上記CrN被膜により被覆された、摺動部材である。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、潤滑環境がより厳しい環境下であっても、クラックを起点とする被膜の剥離が生じにくい、耐剥離性に優れたCrN被膜、及びそれが被覆された摺動部材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一形態である、CrN膜により被覆されたピストンリングの断面模式図である。
【
図2】イオンプレーティング法によりCrN被膜をピストンリングに堆積させる装置の概略図である。
【
図3】実施例で得られたCrN膜を形成する結晶粒子の拡大画像である(図面代用写真)。
【
図4】実施例1のCrN被膜の結晶粒径の分布を示すグラフである。
【
図5】耐剥離性試験に用いたピンディスク試験装置の断面模式図である。
【
図6】耐剥離性試験後のCrN膜を示す画像である(図面代用写真)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施形態は、CrN被膜である。CrN被膜は、CrNを主成分とする被膜であり、Cr2N、窒素が固溶した金属クロム、不可避不純物などが含まれていてもよい。CrN被膜がどの様な相から構成されているかは、XRD(X線回折:X-Ray Diffraction)により評価することができる。CrN被膜の組成は、EPMA(電子線マイクロアナライザー:Electron Probe MicroAnalyzer)で分析することができる。CrN被膜中、Crは45at%以上であってよく、50at%以上であってよく、また60at%以下であってよい。また、被膜中の窒素含有量は40at%以上であってよく、50at%以上であってよく、また、55at%以下であってよい。
【0012】
本実施形態では、CrN被膜は、XRDによる優先配向が200であり、(111)面に対する(200)面のX線回折強度比(200)/(111)が5.5以上であり、且つEBSD解析により測定される結晶粒径の分布において、1μm以下の結晶粒子の割合が85%以上である。
【0013】
CrN被膜は、XRDによる優先配向が200であり、更に(111)面に対する(200)面のX線回折強度比(200)/(111)が5.5以上、好ましくは6以上、よ
り好ましくは6.5以上であることで、耐剥離性が向上する。上限は限定されないが、通常20以下であり、10以下であってよい。
CrN被膜は、EBSD解析により測定される結晶粒径の分布において、1μm以下の結晶粒子の割合が85%以上、好ましくは86%以上、より好ましくは90%以上であることで、緻密なCrN被膜となり、仮にクラックが生じたとしてもクラックの連結が生じ難いため、耐剥離性が向上する。上限は限定されず100%以下であってよく、99%以下であってよく、95%以下であってよい。
【0014】
CrN被膜は、ISO14577-1のナノインデンテーション試験の国際規格に準拠し、ビッカース圧子を用いて測定した塑性仕事率が61%以上であることが好ましく、64%以上であることがより好ましく、また69%以下であることが好ましい。本実施形態のCrNは、緻密なCrN被膜であり高い塑性仕事率を有する。
また、CrN被膜は、マイクロビッカース硬さが800HV以上1300HV以下であることが好ましく、1100HV以下であることがより好ましく、1000HV以下であることが更に好ましい。被膜のマイクロビッカース硬度が高すぎないことで、脆くない被膜となり、耐剥離性が向上する。
本実施形態のCrN被膜を得るためには、以下に説明するイオンプレーティング法によりCrN被膜を形成することが好ましい。特に、カソード周辺に配置された制御用マグネットの位置や形状を変化させることで、放電時にターゲット材表面に形成されるアークスポットの挙動を変化させ、CrN被膜の物性を制御することができる。
【0015】
図1は、本実施形態の一例であるピストンリングの一部分の断面図である。ピストンリング10の上下面、及び摺動面(図中左側面)は、CrN被膜12を有する。本実施形態では、ピストンリング10の少なくとも摺動面にCrN被膜12を有するものであるが、その他の面、例えば上下面外周面にもCrN被膜を有してもよい。摺動面のCrN被膜の厚みは特に限定されず、通常3μm以上であり、5μm以上であってよく、また通常50μm以下であり、30μm以下であってよい。なお、ピストンリングは摺動部材の一形態であり、摺動部材としてはその他、ピストン、軸受、ワッシャー、バルブリフタがあげられる。
【0016】
ピストンリングの場合、ピストンリング10の基材11は、従来からピストンリング基材として使用されている材質であれば、材質は特に限定されない。例えば、ステンレス鋼材、鋼材などが好適に用いられ、具体的には、マルテンサイト系ステンレス鋼、シリコンクロム鋼などが好適に用いられる。
【0017】
CrN被膜とピストンリング基材との間には、Crめっき被膜、窒化クロム被膜、窒化チタン被膜などを更に有してもよく、ピストンリング基材に直接CrN被膜を形成してもよい。また、基材がステンレス鋼である場合は、基材に窒化処理が施されていてもよい。
【0018】
CrN被膜は、イオンプレーティング法やスパッタリング法などの物理気相成長によって形成することができる。イオンプレーティング法によりCrN被膜を形成する例を図により説明する。
図2は、イオンプレーティング法によりCrN被膜を形成する装置20の一例を示す断面模式図である。真空チャンバ21は、ガス導入管22、真空排気系配管23が接続され、またヒータ(図示しない)によって真空チャンバ21内の温度を制御できる。またカソード24と、アノード25とを備え、カソード24の先端部(図中カソードの右端部)には、制御用マグネット26が配置され、アーク放電によりターゲット材料27をプラズマ・イオン化する。
【0019】
真空チャンバ21内の回転テーブル(図示しない)にピストンリングを設置し、ガス導
入管22から窒素ガスを導入しながらターゲット材料であるクロムをイオン化し、ピストンリング表面に堆積させる。この際の装置の運転条件は、アーク電流を100~200A、バイアス電圧を0~50V、チャンバ内圧力を1~4Pa、ヒータによる加熱温度を300~400℃とすることができる。
CrN中の窒素含有量は、導入するガスの内圧や窒素分圧によって、制御することが可能である。
【0020】
また、カソード周辺に配置された制御用マグネットの位置・形状を変えることで、CrN被膜の性質を制御することもできる。例えばカソードの先端部を周回するようにマグネットを配置することで、アークスポットが微小化し、各アークスポットがカソード表面を移動する速度が高速化し、発生したプラズマがピストンリング近傍まで伸びるため、イオン化率が向上し、より緻密なCrN被膜を形成しやすくすることができる。
【実施例0021】
以下、本発明について、実施例により詳細に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
被膜の物性値は、以下の装置を用いて測定した。
<X線回折測定>
被膜のXRDによる優先配向は、XRD装置(Bruker AXS製 D8 DIS
COVER)を使用した。XRDの使用管球、X線はCu、Kα線を使用し、管電圧40kV、管電流40mAにて2θ=30~90°の範囲で測定した。試料は、外周面にCrN被膜が被覆されたピストンリングを切断して使用し、その外周摺動面側からX線を照射し測定した。得られたXRD図形から、CrNの(111)面と(200)面のピーク強度を求め、その比を算出した。
【0022】
<結晶粒子径測定(EBSD解析)>
被膜の結晶粒子径の測定は、FE-SEM(日本電子製 JSM-7100F)とEBSD解析ソフト(TSL製 DigiviewIV)を使用した。加速電圧15.0kV、測定間隔0.02μm、測定領域20×20μmで測定した。試料は、外周面にCrN被膜が被覆されたピストンリングを切断して使用し、その外周摺動面をダイヤモンドスラリーにて研磨後超音波洗浄し、研磨痕除去を目的にArイオンミリングを行ってから外周面側より電子線を照射し測定した。傾斜させた試料に電子線を照射し、散乱した電子線から反射電子回折パターン(kikuchi線)を測定した。そのkikuchi線を解析し、各結晶方位に沿った逆極点図を作成した。逆極点図より、結晶粒は5°以下の方位差内の連続した測定点をまとめ、ひとつの結晶粒と定義し、測定領域内の逆極点方位図マップを作成した。逆極点方位図より各結晶粒子の粒径を測長し、測定エリア全体に対する面積率を0.1μm区切りで算出した。0.1μm区切りで作成した結晶粒径分布のヒストグラムから、測定面全体に対する結晶粒径1μm以下の割合(面積率)を計算した。
【0023】
<被膜成分>
被膜成分の測定は、EPMAにて行った。EPMAの測定は、島津製作所製 EPMA-1720HTを使用した。加速電圧15kV、照射電流50nA、電子ビーム径100μm、標準試料としてCrは純Cr、NはBNにて定量分析を行った。試料はEBSDで用いたものと同じ手順で準備した。標準試料で得られた強度を100%として、未知試料の強度との比より試料の重量%を計測した。測定対象とする元素について、得られた重量%の総和が100%となるように規格化し、原子%を計算した。
【0024】
<塑性仕事率>
被膜の塑性仕事率の測定は、フィッシャー・インストルメンツ製ナノインデンテーション測定器、型式HM-2000を使用した。ISO14577―1に準拠した測定方法に
より、ビッカース圧子を用いて、押し込み荷重1000mN、最大押し込み荷重までの時間を30s(秒)として測定した。試料は、外周面にCrN被膜が被覆されたピストンリングを切断し、樹脂包埋後、測定面である外周面をエメリー紙及びダイヤモンドスラリーにて研磨したものを用いた。塑性仕事率は、荷重-押込み深さ曲線から求めた塑性変形仕事率ηplastとした。
【0025】
<実施例、比較例>
ピストンリング基材としてJIS G3651 SWOSC-V相当の鋼材を準備し、ピストンリング形状(φ73.0mm×厚さ1.0mm)に加工した。これに
図2に概略を示す、イオンプレーティング法によりCrN被膜を形成する装置を用いて、CrN被膜を形成した。CrN被膜の形成は、以下の表1に示す条件で行った。
次に、形成したCrN被膜の物性を測定した。結果を表2に示す。なお、いずれのCrN被膜も200が優先配向であった。また、実施例では2.0μm以上の結晶粒径は存在しなかった。さらに、実施例1のCrN被膜の結晶粒子を
図3に示し、実施例1のCrN被膜の結晶粒径の分布を
図4に示す。
【0026】
<耐剥離性試験>
耐剥離試験は、ピストンリング片を、一定速度で回転するディスクの側面に押し付け、一定時間運転後の摺動面損傷(亀裂や剥離)の有無で優劣を評価した。耐剥離性の判定は摺動面に剥離がないものをA、剥離の大きさが最大長さ100μm未満をB、剥離の大きさが最大長さ100μm以上をCとした。
試験条件は、荷重は40N、速度は5~10m/s、時間は5分、潤滑油は0W-20で実施した。ディスクの材質はS45C材、表面粗さはJIS-B0601(2001)に従う十点平均粗さRzjisで1.5μmとした。
判定方法は、金属顕微鏡(オリンパス製倒立金属顕微鏡GX71)にて摺動痕画像を撮影し、画像解析ソフト(オリンパス製工業用画像解析ソフトウェアOLYMPUS Stream)にて剥離痕の最大長さを測定した。
【0027】
【0028】
【0029】
実施例1~8、及び比較例1~4で得られたCrN被膜に対し、それぞれ耐剥離性試験を実施した。耐剥離性試験は、
図5に概要を示すピンディスク摺動試験を行った後の、被膜表面の観察により行った。観察結果の一部及び判定例を
図6に示す。結果を表2に示す。
観察の結果、実施例のCrN被膜は、部分的にクラックが生じていたものの、被膜の剥離は生じなかったものと剥離の大きさが最大長さ100μm未満のものであった。一方で比較例のCrN被膜は、クラックが生じて更に剥離も最大長さ100μm以上の大きさで生じていた。