(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022099903
(43)【公開日】2022-07-05
(54)【発明の名称】バルカナイズドファイバー及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
D21H 11/20 20060101AFI20220628BHJP
【FI】
D21H11/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020213970
(22)【出願日】2020-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】000241810
【氏名又は名称】北越コーポレーション株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098899
【弁理士】
【氏名又は名称】飯塚 信市
(74)【代理人】
【識別番号】100163865
【弁理士】
【氏名又は名称】飯塚 健
(72)【発明者】
【氏名】田村 篤
(72)【発明者】
【氏名】福島 彰太
(72)【発明者】
【氏名】根本 純司
【テーマコード(参考)】
4L055
【Fターム(参考)】
4L055AA02
4L055AA08
4L055AC06
4L055AF10
4L055AG34
4L055AG88
4L055AH50
4L055BE10
4L055BE11
4L055BE20
4L055EA08
4L055FA11
(57)【要約】
【課題】
引っ張り強度等の強度低下を抑えながら柔軟性を付与したバルカナイズドファイバーを提供すること。
【解決手段】
柔軟剤を含有し、みかけ密度が1.1g/cm
3以下であることを特徴とするバルカナイズドファイバー。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
柔軟剤を含有し、みかけ密度が1.1g/cm3以下であることを特徴とするバルカナイズドファイバー。
【請求項2】
前記柔軟剤がグリセリン及び/又はポリエチレングリコールであることを特徴とする請求項1に記載のバルカナイズドファイバー。
【請求項3】
彫刻が施されており、彫刻前後での坪量の減少率が10~40%の範囲であることを特徴とする請求項1又は2に記載のバルカナイズドファイバー。
【請求項4】
バルカナイズドファイバー原紙を準備する原紙準備工程と、
前記バルカナイズドファイバー原紙を反応薬品に浸漬して前記バルカナイズドファイバー原紙の表面を膨潤及び膠化させる膠化工程と、
前記反応薬品よりも濃度の薄い溶液に前記バルカナイズドファイバー原紙を浸漬して前記反応薬品を除去する脱液工程と、
前記脱液後の前記バルカナイズドファイバー原紙を乾燥させてバルカナイズドファイバー基材を得る乾燥・仕上工程と、
前記バルカナイズドファイバー基材に柔軟剤を含浸させる柔軟剤含浸工程と、
前記柔軟剤を含浸したバルカナイズドファイバー基材を乾燥させてバルカナイズドファイバーを得る柔軟剤乾燥工程とを有し、
前記バルカナイズドファイバー基材のみかけ密度が1.1g/cm3以下であることを特徴とするバルカナイズドファイバーの製造方法。
【請求項5】
前記乾燥・仕上工程と前記柔軟剤含浸工程との間に、さらに前記バルカナイズドファイバー基材に彫刻を設ける彫刻工程を有することを特徴とする請求項4に記載のバルカナイズドファイバーの製造方法。
【請求項6】
前記彫刻工程の前後で、坪量の減少率が10~40%の範囲であることを特徴とする請求項5に記載のバルカナイズドファイバーの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バルカナイズドファイバー及びその製造方法に関する。詳しくは、強度低下を抑えながら柔らかさを付与したバルカナイズドファイバー及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バルカナイズドファイバーはバルカンファイバーとも呼ばれ、木材パルプ、綿パルプなどの天然繊維素を主とした原紙を、塩化亜鉛の水溶液等のパルプを膨潤及び膠化する性質のある反応薬品に浸漬して原紙表面を膨潤及び膠化させ、その後反応薬品を洗浄液で除去して膨潤・膠化反応を停止させ、次いで乾燥、仕上げを行って製造される強靭な有機工業材料である。バルカナイズドファイバーは、主体繊維が天然セルロース繊維で構成されているため、廃棄された場合の生分解性及びクリーンな焼却処理適性も有しており、環境に優しい工業材料である。
【0003】
バルカナイズドファイバーは鞄、財布、ヒンジ等への展開が望まれており、そのため柔軟性を付与するという要望がある。その提案としてグリセリンに代表される保湿剤を含浸させ、柔軟性を向上させる目的で保湿性及び吸湿性を付与する提案がなされている(特許文献1参照)。またバルカナイズドファイバーに含窒素・含硫黄水溶性化合物を含浸又は塗布する提案もある(特許文献2参照)。
【0004】
特許文献1のように、バルカナイズドファイバーに保湿剤密度が高く空隙が少ないを含浸させて柔軟性を向上させる方法もあるが、バルカナイズドファイバーは、という理由からグリセリン等の保湿剤を吸収しにくく、保湿剤の添加のみでは目的を満たすレベルの所望る柔軟性の付与は困難であった。また、特許文献2のように含窒素・含硫黄水溶性化合物を含浸又は塗布したバルカナイズドファイバーは、金属が接すると腐食が発生するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】実用新案登録第3099092号
【特許文献2】特開2015-89986号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、引っ張り強度等の強度低下を抑えながら柔軟性を付与したバルカナイズドファイバー及びその製造方法を提供することを目的とする。
【0007】
本発明の他の目的並びに作用効果については、以下の記述を参照することにより、当業者であれば容易に理解されるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述の目的を達成するために、本発明のバルカナイズドファイバーは、柔軟剤を含有し、みかけ密度が1.1g/cm3以下であることを特徴とする。
【0009】
ここで「みかけ密度」とは、バルカナイズドファイバーの実態部分(繊維等の実部)だけではなく、空隙部分(気孔などの空間部分)をも含んだ単位体積当たりの質量をいう。
【0010】
そして、このような構成によれば、従来のバルカナイズドファイバーよりもみかけ密度が低いことにより柔軟剤を吸収しやすく、柔軟性に優れたバルカナイズドファイバーが得られる。
【0011】
また、本発明の好ましい実施形態においては、前記柔軟剤がグリセリン及び/又はポリエチレングリコールであってもよい。このような構成によれば、金属腐食などの弊害のない柔軟なバルカナイズドファイバーとなる。
【0012】
また、本発明の好ましい実施形態においては、バルカナイズドファイバーは彫刻が施されており、彫刻前後での坪量の減少率が10~40%の範囲であってもよい。
【0013】
ここで「彫刻」とはバルカナイズドファイバーの表面が切削されて物理的な空隙が設けられた状態であることを意味する。
【0014】
そしてこのような構成によれば、バルカナイズドファイバーの強度が保持されながらも、彫刻により物理的な空隙が設けられることでみかけ密度を容易に低下させることができる。
【0015】
また、本願発明は、バルカナイズドファイバーの製造方法としても捉えることができる。
【0016】
本発明に係るバルカナイズドファイバーの製造方法は、バルカナイズドファイバー原紙を準備する原紙準備工程と、前記バルカナイズドファイバー原紙を反応薬品に浸漬して前記バルカナイズドファイバー原紙の表面を膨潤及び膠化させる膠化工程と、前記反応薬品よりも濃度の薄い溶液に前記バルカナイズドファイバー原紙を浸漬して前記反応薬品を除去する脱液工程と、前記脱液後の前記バルカナイズドファイバー原紙を乾燥させてバルカナイズドファイバー基材を得る乾燥・仕上工程と、前記バルカナイズドファイバー基材に柔軟剤を含浸させる柔軟剤含浸工程と、前記柔軟剤を含浸したバルカナイズドファイバー基材を乾燥させてバルカナイズドファイバーを得る柔軟剤乾燥工程とを有し、前記バルカナイズドファイバー基材のみかけ密度が1.1g/cm3以下であることを特徴とする。
【0017】
このような構成によれば、強度を保持しつつも柔軟性が付与されたバルカナイズドファイバーを製造することができる。
【0018】
また、本発明の好ましい実施形態においては、前記乾燥・仕上工程と前記柔軟剤含浸工程との間に、さらに前記バルカナイズドファイバー基材に彫刻を設ける彫刻工程を有してもよい。
【0019】
このような構成によれば、彫刻によるみかけ密度が低下することに加え、後の工程において柔軟剤がより含浸し易くなる。
【0020】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記彫刻工程の前後で、坪量の減少率が10~40%の範囲であってもよい。
【0021】
このような構成によれば、彫刻により物理的な空隙が設けられてみかけ密度を低下できる一方で、バルカナイズドファイバーの強度も保持される。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、強度低下を抑えながら柔軟性を付与したバルカナイズドファイバー及びその製造方法を提供できる。本発明のバルカナイズドファイバーは、皮革のようなしなやかさを持ち、バルカナイズドファイバーでありながら折りや曲げなどの加工適性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明に係るバルカナイズドファイバーの製造工程の一例を示すゼネラルフローチャートである。
【
図2】バルカナイズドファイバーの断面構造の一例を示す図である。
【
図3】実施例及び比較例に係るバルカナイズドファイバー基材の組成を示す図表である。
【
図4】実施例及び比較例に係る彫刻後バルカナイズドファイバーの組成を示す図表である。
【
図5】実施例及び比較例に係るバルカナイズドファイバーの評価結果を示す図表である。
【
図6】彫刻を施したバルカナイズドファイバー基材の表面の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明について説明するが、本発明はこれらの実施形態に限定して解釈されるものではない。
【0025】
本発明に係るバルカナイズドファイバーは、柔軟剤を含有し、みかけ密度が1.1g/cm
3以下であることを特徴とするものである。本発明に係るバルカナイズドファイバーの製造工程の一例が
図1に示されている。なお、本明細書においては、乾燥工程50が完了した段階のものを「バルカナイズドファイバー基材」、柔軟剤加工工程70が完了した段階のものを「バルカナイズドファイバー」と表している。以降においては
図1を参照しつつ説明する
【0026】
<原紙準備工程10>
本発明においてバルカナイズドファイバーに用いるバルカナイズドファイバー原紙は、原料から製造しても良いし条件に合うものを仕入れて使用しても良い。バルカナイズドファイバー原紙を製造する場合には、木材パルプや、綿パルプなどの天然繊維素から製造する。木材パルプとしては、針葉樹溶解サルフェイトパルプ(NDSP)、針葉樹晒しクラフトパルプ(NBKP)や針葉樹未晒しクラフトパルプ(NUKP)、広葉樹晒しクラフトパルプ(LBKP)、広葉樹未晒しクラフトパルプ(LUKP)などの化学パルプ、砕木パルプ(GP)やサーモメカニカルパルプ(TMP)などの機械パルプ、脱墨パルプなどの古紙パルプが挙げられ、これらのパルプから選択した1種又は2種以上を使用することができる。例えば、全パルプスラリー100質量部中、NDSPを15~55質量部、NUKPを25~75質量部、NBKPを5~25質量部含むパルプスラリー(構成例1)や、全パルプスラリー100質量部中、NDSPを25~45質量部、NUKPを35~65質量部、NBKPを10~20質量部含むパルプスラリー(構成例2)を使用することができる。
【0027】
また、バルカナイズドファイバー原紙製造用のパルプスラリーは、適切なろ水度に調整することが好ましい。例えば、前述の構成例1,2であれば、叩解後のろ水度がカナダ標準ろ水度(フリーネス)(JIS P 8121:1995「パルプのろ水度試験方法」)で、構成例1:450~750mlCSF、構成例2:550~650mlCSFの範囲とすることが好ましい。
【0028】
さらに、この原紙には、綿ボロパルプ、リンターなどの木綿繊維、木材繊維の製紙用パルプ、ケナフ、竹パルプなどの非木材繊維、レーヨンなどの再生セルロース繊維を湿式抄紙によって製造されたものを好適に用いることができる。また、本発明の目的とする効果が損なわれない範囲で有機化学合成繊維、無機繊維の配合も可能である。原紙は、パルプを膨潤及び膠化する性質の或る反応薬品、例えば塩化亜鉛水溶液への浸漬の際に、塩化亜鉛水溶液が原紙内に均一に浸透するように適度な吸水性、透気性及び均一な地合を有することが好ましい。
【0029】
<膠化工程20>
膠化工程20においては、バルカナイズドファイバー原紙を従来慣用の方法で反応薬品に浸漬して、表面を膨潤及び膠化させる。なお、以降において膠化工程を「バルカン化」と表現することがある。ここで用いる反応薬品としては、塩化亜鉛水溶液等のバルカナイズドファイバーの膨潤及び膠化に用いられる慣用のものを用いることができる。反応薬品として塩化亜鉛水溶液を用いる際の塩化亜鉛の濃度は、65~74ボーメ(゜Be)の範囲であることが好ましく、浸漬処理時の水溶液の温度は、28~55℃の範囲であることが好ましい。
【0030】
先にも述べたように、本発明においてはバルカナイズドファイバーのみかけ密度が1.1g/cm3以下と低くなるように構成することで、強度の維持と柔軟性の付与を両立している。みかけ密度の低いバルカナイズドファイバーを得るには、みかけ密度の低いバルカナイズドファイバー原紙を用いる、膠化工程20において塩化亜鉛水溶液の濃度を低くする、浸漬処理の時間を短くする、浸漬処理の温度を低くする、などの方法が有効である。塩化亜鉛水溶液の濃度や浸漬時間、浸漬処理の温度の調整でバルカナイズドファイバー基材の密度が低くなるのは、セルロース繊維に入り込む塩化亜鉛の浸透度合いが緩くなることが理由である。バルカナイズドファイバー基材の密度を低くすることで柔軟剤が吸収されやすくなり、柔軟化を行いやすい。
【0031】
バルカナイズドファイバーに2枚以上の原紙を用いる場合には、膠化工程20でこれらの原紙を積層する。より具体的には、バルカナイズドファイバー原紙を反応薬品に浸漬させてから数秒後に液中で積層処理を行う。1枚の原紙からなるバルカナイズドファイバーには積層工程は不要である。ここで用いる反応薬品としては、セルロース繊維を膨潤及び膠化するものであれば特に限定するものではなく、塩化亜鉛の水溶液の他に、N-メチルモルフォリン-N-オキシド、N-メチルモルフォリン-N-オキシドと極性液体との混合溶液、硫酸などを用いることができるが、塩化亜鉛の水溶液を用いる方法が最も工業化されており、大量生産を行う上では最も望ましい。
【0032】
<脱液工程30>
脱液工程30では、膠化工程20で用いた反応薬品を洗浄液で除去する。より具体的には、洗浄液としては膠化工程20で用いた塩化亜鉛水溶液よりも濃度の低い塩化亜鉛水溶液を用い、段階的に塩化亜鉛濃度が低くなっていく複数の洗浄槽に順次浸漬する、若しくは洗浄槽内の洗浄液濃度を順次下げていくことで反応液の除去を行う。複数の洗浄槽を用いる場合には、第1槽から最終槽まで段階的に塩化亜鉛濃度が低くなっていくように洗浄槽を設け、最終槽の洗浄液は塩化亜鉛成分を殆ど含まない溶液若しくは真水とし、これらの洗浄槽に膠化工程20後の原紙を順次浸漬することで塩化亜鉛水溶液を除去する。一方、単槽で処理するのであれば、洗浄槽内の洗浄液を順次全量入れ替えて徐々に濃度の低い溶液にする、洗浄槽内に徐々に水を流し込むことで洗浄液の濃度を下げる、などの方法で反応液の除去を行うことができる。
【0033】
脱液工程30で用いる洗浄液は膠化工程20で用いた塩化亜鉛水溶液よりも濃度の低い塩化亜鉛水溶液とする。例えば、膠化工程20において濃度65~74ボーメの塩化亜鉛水溶液を用いたのであれば、これよりも濃度の低い15~33ボーメの塩化亜鉛水溶液から開始して、塩化亜鉛をほとんど含まない溶液、若しくは塩化亜鉛をまったく含まない水まで段階的に塩化亜鉛の濃度を落とした洗浄液を用意し、上述の方法で脱液を行う。さらに、脱液工程においては、特開平09-302594号に開示されているように、塩化亜鉛などの反応薬品の除去を促進するために軸方向に振動する振動軸に一段又は多段振動羽根板を回転不能に固定してなる装置を脱塩化亜鉛槽内、すなわち洗浄槽の洗浄液中に投入し、振動羽根板に振動数10~60Hz、振動幅2~30mmの振動を与えながら脱液処理を行ってもよい。
【0034】
<乾燥工程40、仕上工程50>
脱液工程30を経た後は、乾燥工程40及び仕上工程50を経てバルカナイズドファイバー基材を得る。ここで用いる乾燥方法は特に限定するものではなく、熱風乾燥、マイクロウェーブ乾燥、赤外線乾燥、ロールドライヤー乾燥など既知の乾燥方法を用いることができ、所望の含有水分量となるまでバルカナイズドファイバー基材を乾燥させる。仕上工程50では、ロール巻取り処理や平板断裁などによる所定の寸法への断裁加工処理等を行う。必要に応じてキャレンダー加工を施し平滑性を付与してもよい。
【0035】
<柔軟剤含浸工程60>
柔軟剤含浸工程60では、原紙準備工程10~仕上工程50を行うことで得られたバルカナイズドファイバー基材に柔軟剤を含浸させる。ここで用いる柔軟剤としては、グリセリン、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリアクリル酸塩、1,2-ヘキサンジオール、1,5-ペンタンジオール、アミノ酸、ヒアルロン酸、等を用いることができ、これらの中でも柔軟性の付与効果が高いことからグリセリン又はポリエチレングリコールが好ましく、より好ましくはグリセリンである。グリセリンはバルカナイズドファイバー基材に吸収させやすく、柔軟性の付与効果が高い。柔軟剤の付与方法については、特に限定するものではないが、例えば柔軟剤を含有する含浸液にバルカナイズドファイバー基材を浸漬させる方法を用いることができる。
【0036】
柔軟剤としてグリセリンを用いる場合には、濃度20~90質量%のグリセリン水溶液を含浸液として用いることが好ましく、濃度30~70質量%のグリセリン水溶液であればより好ましい。グリセリン水溶液の濃度が90質量%を超えると、粘度が高くなりすぎてグリセリン水溶液がバルカナイズドファイバー基材に含浸しにくくなるおそれがある。一方、グリセリン水溶液の濃度が20質量%未満となると、含浸性は増してもバルカナイズドファイバー基材に付与されるグリセリンの量が少なくなり、所望する柔軟性が得られにくくなるおそれがある。また、柔軟剤の付与をバルカナイズドファイバー基材へ柔軟剤を含浸させる形で行う場合には、事前にバルカナイズドファイバー基材を水に含浸させることが好ましい。バルカナイズドファイバー基材を予め水に含浸させることで柔軟剤がより浸透しやすくなる。事前に水への含浸を行う場合の含浸時間は30分~6時間程度が好ましい。
【0037】
<柔軟剤乾燥工程70>
バルカナイズドファイバー基材に柔軟剤を含浸させた後、乾燥させることで目的とするバルカナイズドファイバーを得ることができる。ここで用いる乾燥方法は特に限定するものではなく、熱風乾燥、熱乾燥、マイクロウェーブ乾燥、赤外線乾燥、ロールドライヤー乾燥など既知の乾燥方法を用いることができるが、60~100℃の条件下で15分~3時間程度かけて熱乾燥することが好ましい。
【0038】
先にも述べたように、本発明のバルカナイズドファイバーは、みかけ密度を1.1g/cm3以下とするものであり、みかけ密度が1.0g/cm3以下であればより好ましい。ここで「みかけ密度」とは、バルカナイズドファイバーの実態部分(繊維等の実部)、即ち多孔質シートの樹脂部だけではなく、空隙部分(気孔などの空間部分)をも含んだ単位体積当たりの質量をいう。本願発明者等の知見によれば、みかけ密度を1.1g/cm3以下とすることで柔軟剤を含むバルカナイズドファイバーの柔軟性をより高くし、皮革のようなしなやかさを与えることができる。なお、一般的なバルカナイズドファイバーのみかけ密度は1.20~1.35g/cm3程度である。
【0039】
本発明においてバルカナイズドファイバーのみかけ密度を1.1g/cm3以下とする方法は特に限定するものではなく、前述の反応薬品の浸透度合い以外にも、バルカナイズドファイバー基材の密度を低くすること、例えば1.1g/cm3以下とすることで達成することができる。バルカナイズドファイバー基材に柔軟剤を含浸させると含浸した柔軟剤の分だけバルカナイズドファイバーの重量は増えるが、それにつれて厚みも増すためにバルカナイズドファイバーのみかけ密度はバルカナイズドファイバー基材の密度である程度コントロールすることが可能である。
【0040】
本発明においてバルカナイズドファイバー基材の密度は特に限定するものではないが、例えば0.7~1.4g/cm3とすることで所望する効果が得られやすくなる。密度が小さい方が柔軟化効果を得やすいため、特に0.7~0.9g/cm3とすることが好ましい。バルカナイズドファイバー基材の密度を低く抑えるにはバルカン化の条件を緩め、例えば塩化亜鉛水溶液の温度を低くするなどをすればよい。
【0041】
また、バルカン化の条件以外のみかけ密度のコントロール方法として、バルカナイズドファイバーに後述する彫刻を施すなどして物理的に空隙を設ける方法も考えられる。
【0042】
本発明においてバルカナイズドファイバーの厚さは用途に応じて所望の厚さに設定できるが、例えば一般的な用途の範囲であれば、0.1~2.5mm程度の厚さが考えられる。その一方で本発明においては厚みが少ない方が柔軟化効果を得やすいため、本発明の効果をより顕著に発現させることを目的とするのであれば厚みは0.2~1.5mmの範囲であることが好ましく、0.3~1.0mmの範囲であればより好ましい。
【0043】
バルカナイズドファイバーの23℃×50%RHの環境下で調湿した平衡水分値は、特に限定するものではないが、5~11%の範囲であることが好ましく、5.5~10.5%の範囲であればより好ましい。平衡水分値が5%未満であると紙粉が発生しやすく、また脆くなったり割れやすくなったりするおそれがある。一方平衡水分値が11%を超えると、伸縮度合いが大きくなるため加工が難しくなるおそれがある。水分の調整方法は特に限定するものではなく、本発明の分野で用いられる公知の方法を用いることができ、主に乾燥工程40で調整することができる。乾燥温度は80~180℃の範囲で適宜設定することが好ましい。
【0044】
<彫刻工程>
本発明においては、バルカナイズドファイバー基材若しくはバルカナイズドファイバーに彫刻などにより物理的な空隙を設けることも可能である。彫刻を施すことでみかけ密度を低下させると同時に、バルカナイズドファイバー基材の段階で彫刻を施すのであれば柔軟剤を含浸しやすくさせるという効果も得られる。彫刻を施すタイミングとしては、仕上工程50と柔軟剤含浸工程60との間、若しくは柔軟剤含浸工程70が完了した後のいずれかに行うことができるが、彫刻後に柔軟剤を含浸させた方がより高い柔軟効果が得られるため、仕上工程50と柔軟剤含浸工程60との間にバルカナイズドファイバー基材に対して行うことが好ましい。なお、彫刻などでバルカナイズドファイバーの表面に空隙を設けた場合のみかけ密度の算出は、空隙を設けていない部分の厚みを用いて行うことができる。
【0045】
バルカナイズドファイバー基材に彫刻を施した際の断面構造の一例が
図2に示されている。同図において、1はバルカナイズドファイバー基材、2はバルカナイズドファイバー基材表面、3は切削部(凹部)、Taはバルカナイズドファイバー基材の厚み、Tbは切削部の厚み、である。先の彫刻を設けた場合のみかけ密度の算出は、
図2の例であれば彫刻が施された箇所の実際の厚みはTa-Tbとなるが、みかけ密度の算出はTaを用いて行われる。
【0046】
本発明において彫刻の手法としては、レーザー加工、プラズマエッチング、リアクティブイオンエッチング、電子線エッチング、フォーカスイオンビーム、エンボス加工など、基材表面に凹を作る手段であればこだわらないが、彫刻デザインの作成及び変更の容易さからレーザー加工が好ましい。
【0047】
本発明においては、バルカナイズドファイバー基材への彫刻パターンは特に限定するものではなく、十文字や円形などの一般的な模様や、その他の任意の彫刻パターンを適宜設けることができる。十文字の彫刻模様を形成する場合であれば、例えば、線幅0.05mmで長さが1.0mmの直線を交差させるようにして十文字の彫刻模様を形成することができる。なお、バルカナイズドファイバーの剛度は、原紙の流れ方向(MD方向)の方が幅方向(CD方向)よりも大きくなる傾向にあるので、全方向を同程度の柔らかさとするにあたっては、原紙の流れ方向の剛度が低下しやすくなるように彫刻することが好ましい。一例として十文字の彫刻模様を設ける場合には、原紙の流れ方向に沿って入れる彫刻の長さより、原紙の幅方向に沿って入れる彫刻の長さを大きくすることで全方向を同程度の柔らかさとしやすくなる。また、円形の彫刻パターンとする場合には、原紙の幅方向に沿って直径が長い楕円形とすることで同様の効果が得られる。
【0048】
本発明においては、バルカナイズドファイバー基材への彫刻前後において同基材の坪量減少率が10~40%の範囲であることが好ましく、15~35%の範囲であればより好ましい。坪量減少率が10%未満では彫刻による柔軟効果に乏しい場合がある。一方、坪量減少率が40%を超えると強度低下が大きくなり実用に欠けるおそれがある。
【0049】
また、本発明において切削部の凹みの深さはバルカナイズドファイバー基材の厚みに対して30~95%の範囲であることが好ましく、50~90%の範囲であればより好ましい。凹みの深さが30%未満ではバルカナイズドファイバー基材の厚みの減少が少ないために柔軟効果に乏しい場合がある。一方、凹みの深さが95%を超えると残存部分が少なすぎるために貫通しやすくなり、結果として柔軟性は得られるものの強度低下が大きくなるおそれがある。
【0050】
個々の彫刻の形状としては、例えば十字形やL字形などを採用することができ、隣り合う彫刻部分とは繋がりあうことがなく0.05mm以上の間隔が空いていることが好ましく、0.1mm以上の間隔があればより好ましい。個々の彫刻部分が繋がることで強度低下が大きくなるおそれがある。また、個々の彫刻模様の大きさとしては、一つの模様が直径2mm以下であることが好ましい。ここでいう直径とは、楕円形や十文字のような長辺と短辺を有する形状の場合には長辺の長さを意味する。
【0051】
図6には彫刻を施したバルカナイズドファイバー基材の表面の一例が示されている。同図の例では、線幅が0.14mmで長さが0.75mmの直線と、線幅が0.14mmで長さが0.33mmの直線とを交差させるようにして十文字の彫刻模様が形成されている。また、個々の模様同士も0.1mm以上の間隔が設けられている。なお、
図6は後述の実施例1に対応するものである。
【0052】
本発明においては、バルカナイズドファイバー基材へ彫刻することで最終的にバルカナイズドファイバーの見かけ密度を0.5~1.1g/cm3とすることが好ましい。彫刻により表面を削り取り所望の見かけ密度としても良いし、バルカナイズドファイバー自体の密度を低く抑えて彫刻量を少なくしても良い。見かけ密度が1.1g/cm3以上では所望する柔らかさが得られないおそれがあり、逆に0.5g/cm3を超えると強度が低下しすぎるおそれがある。
【実施例0053】
以下、本発明に係るバルカナイズドファイバーの製造方法について、実施例を用いて具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。また、例中の「部」、「%」は、特に断らない限りそれぞれ「質量部」、「質量%」を示す。なお、添加部数は、固形分換算の値である。
【0054】
(実施例1)
<原紙の作製>
C.S.F500mlに調整したコットンリンター70質量部、NBKP30質量部からなるスラリーを抄紙原料とし長網抄紙機で抄紙し、原紙を得た。
<バルカナイズドファイバー基材の作製>
原紙10枚をそれぞれ塩化亜鉛の水溶液(69゜Be、44℃)に浸漬して原紙表面を膨潤及び膠化させ、原紙を積層させた。その後、各槽毎に23゜Beの塩化亜鉛水溶液から塩化亜鉛を含まない水まで段階的に濃度を落とした洗浄液を含む複数の浴槽内に順次浸漬させ、原紙から塩化亜鉛水溶液を除去する脱液処理、熱風及びシリンダードライヤーでの乾燥処理、キャレンダー処理の順で行い、バルカナイズドファイバー基材を得た。バルカナイズドファイバー基材の厚みは1.0mmであった。
<彫刻処理>
得られたバルカナイズドファイバー基材の片面に、小型CO2レーザー加工機(HAJIME CL1:オーレーザー株式会社製)を使用して彫刻を施した。彫刻は十文字の模様であり、線幅0.14mmで、バルカナイズドファイバー基材の幅方向に長さ0.75mm、同流れ方向に長さ0.33mmの直線をそれぞれ中心で直交させ、この彫刻模様を複数彫刻した。彫刻模様同士のそれぞれの間隔はバルカナイズドファイバー基材の幅方向に1.13mm、流れ方向に0.38mmとした。なお、レーザー出力は90%で行った。
<柔軟剤含浸及び乾燥処理>
彫刻済みのバルカナイズドファイバー基材を1時間水に浸し、次いでグリセリン50%水溶液に振とう機を用いて1時間浸した。その後、80℃で30分熱乾燥し、23℃×50%RHの環境下で調湿した。調湿後のバルカナイズドファイバーの坪量は1219g/m2、見かけ密度は1.02g/cm3であった。
【0055】
(実施例2)
バルカナイズドファイバー基材への彫刻の模様を変更した以外は実施例1と同様にしてバルカナイズドファイバーを得た。彫刻は十文字の模様であり、線幅0.28mmで、バルカナイズドファイバー基材の幅方向に長さ1.50mm、同流れ方向に長さ0.65mmの直線をそれぞれ中心で直交させたものとした。彫刻模様同士のそれぞれの間隔はバルカナイズドファイバー基材の幅方向に2.25mm、流れ方向に0.75mmとした。調湿後のバルカナイズドファイバーの坪量は1269g/m2、見かけ密度は1.07g/cm3であった。
【0056】
(実施例3)
バルカナイズドファイバー基材への彫刻の模様を変更した以外は実施例1と同様にしてバルカナイズドファイバーを得た。彫刻は十文字の模様であり、線幅0.07mmで、バルカナイズドファイバー基材の幅方向に長さ0.38mm、同流れ方向に長さ0.17mmの直線をそれぞれ中心で直交させたものとした。彫刻模様同士のそれぞれの間隔はバルカナイズドファイバー基材の幅方向に0.57mm、流れ方向に0.19mmとした。調湿後のバルカナイズドファイバーの坪量は889g/m2、見かけ密度は0.86g/cm3であった。
【0057】
(実施例4)
バルカナイズドファイバー基材への彫刻の模様を変更した以外は実施例1と同様にしてバルカナイズドファイバーを得た。彫刻は円形の模様であり、円の直径が0.75mmとした。彫刻模様同士のそれぞれの間隔はバルカナイズドファイバー基材の幅方向に1.25mm、流れ方向に1.00mmとした。調湿後のバルカナイズドファイバーの坪量は1289g/m2、見かけ密度が1.01g/cm3であった。
【0058】
(実施例5)
バルカナイズドファイバー基材への彫刻の模様を変更した以外は実施例1と同様にしてバルカナイズドファイバーを得た。彫刻は楕円形の模様であり、楕円の直径をバルカナイズドファイバー基材の幅方向に1.75mm、流れ方向に0.60mmとした。彫刻模様同士のそれぞれの間隔はバルカナイズドファイバー基材の幅方向に2.50mm、流れ方向に1.25mmとした。調湿後のバルカナイズドファイバーの坪量は1332g/m2、見かけ密度は1.04g/cm3であった。
【0059】
(実施例6)
バルカナイズドファイバー基材の両面にレーザー出力を30%に下げ彫刻をした以外は実施例1と同様にしてバルカナイズドファイバーを得た。調湿後のバルカナイズドファイバーの坪量は1205g/m2、見かけ密度は1.02g/cm3であった。
【0060】
(実施例7)
原紙枚数を10枚から8枚、塩化亜鉛の水溶液を69゜Be、44℃から67゜Be、30℃に変更した以外は実施例1と同様にしてバルカナイズドファイバーを得た。調湿後のバルカナイズドファイバーの坪量は853g/m2、見かけ密度は0.91g/cm3であった。
【0061】
(実施例8)
柔軟剤をグリセリン50%水溶液からポリエチレングリコール(試薬名:PEG400/富士フイルム和光純薬株式会社製)50%水溶液に変更した以外は実施例1と同様にバルカナイズドファイバーを得た。調湿後のバルカナイズドファイバーの坪量は1209g/m2、見かけ密度は1.02g/cm3であった。
【0062】
(実施例9)
実施例7で得られたバルカナイズドファイバーに彫刻をしなかった以外は実施例1と同様にしてバルカナイズドファイバーを得た。調湿後のバルカナイズドファイバーの坪量は940g/m2、見かけ密度は1.04g/cm3であった。
【0063】
(比較例1)
彫刻をしなかった以外は実施例1と同様にしてバルカナイズドファイバーを得た。
【0064】
(比較例2)
彫刻をせず、グリセリン含浸もしなかった以外は実施例7と同様にしてバルカナイズドファイバーを得た。調湿後のバルカナイズドファイバーの坪量は803g/m2、見かけ密度は1.00g/cm3であった。
【0065】
各実施例及び比較例で得られたバルカナイズドファイバーについての組成が
図3,4に、その評価結果が
図5にそれぞれ示されている。なお、
図3は前述のバルカナイズドファイバー基材の作製後、
図4は彫刻処理後、
図5は柔軟剤含浸及び乾燥処理後の段階で測定乃至評価を行ったものである。また、
図3~5に示された各数値の測定や評価は、以下の方法により行った。
【0066】
<厚さ及び密度>
JIS P 8118:14 紙及び板紙-厚さ、密度及び比容積の試験方法に準拠してバルカナイズドファイバーの厚み及び密度について測定した。
【0067】
<坪量>
JIS P 8124:11 紙及び板紙-坪量の試験方法に準拠してバルカナイズドファイバーの厚み及び密度について測定した。
【0068】
<ガーレー剛度の測定>
JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No40:2000 紙及び板紙-荷重曲げによるこわさ試験方法-ガーレー法に準拠してバルカナイズドファイバーの縦方向(MD方向)と横方向(CD方向)について測定を行った。
【0069】
<引張強度の測定>
JIS K7161-1プラスチック-引張特性の求め方に準拠してバルカナイズドファイバーの縦方向(MD方向)と横方向(CD方向)について測定を行った。
【0070】
図5に示された結果から明らかなように、実施例1~8により得られたバルカナイズドファイバーは、柔軟性に優れたものであった。これに対して、比較例1で得られたバルカナイズドファイバーは、レーザー加工機での彫刻処理を行っていないためにグリセリンの含浸が不十分であったのか、柔軟性に乏しいものであった。比較例2で得られたバルカナイズドファイバーは、グリセリンの含浸を行っていないため、柔軟性に乏しいものであった。