(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023100120
(43)【公開日】2023-07-18
(54)【発明の名称】培養器を用いない牛体外受精卵生産方法、培養受精卵、培養ガス等調製シリンジ、および牛体外受精卵生産用セット
(51)【国際特許分類】
A01K 67/02 20060101AFI20230710BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230710BHJP
【FI】
A01K67/02
C12M1/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022000561
(22)【出願日】2022-01-05
(71)【出願人】
【識別番号】309015019
【氏名又は名称】地方独立行政法人青森県産業技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100119264
【弁理士】
【氏名又は名称】富沢 知成
(72)【発明者】
【氏名】平泉 真吾
(72)【発明者】
【氏名】水木 若菜
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029DB19
4B029GA08
(57)【要約】 (修正有)
【課題】牛体外受精の全般に亘って高価な培養器を用いることなく、または少なくとも部分的にこれを用いることなく、牛体外受精卵生産を行うことのできる技術を提供すること。
【解決手段】牛体外受精卵生産方法は、OPU由来卵子1を用いて、順に成熟培養段階P10、受精(媒精)段階P20、発生培養段階P30を経ることにより体外受精卵50を生産する牛体外受精卵生産方法について、その一部または全部を、培養器を用いずに所定空間内で行う培養器不使用段階PXとする牛体外受精卵生産方法であり、少なくとも発生培養段階P30を培養器不使用段階PXとし、ここでは所定空間として牛膣内を用いて発生培養を行うこととする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
順に成熟培養、受精、発生培養の各段階からなる牛体外受精卵生産方法の一部または全部を培養器を用いずに所定空間内で行う培養器不使用段階とする牛体外受精卵生産方法であって、少なくとも発生培養段階を該培養器不使用段階とし、ここでは該所定空間として牛膣内を用いて発生培養を行うことを特徴とする、牛体外受精卵生産方法。
【請求項2】
前記培養器不使用段階は、原料ガスの混合により当該段階に必要な所定組成のガスを調製するガス調製過程と、当該段階に必要な培養液と該ガスとが容器内に入っている状態を形成する培養準備過程と、該培養準備過程後の該容器を前記所定空間内に置いて当該段階を行う本過程とからなることを特徴とする、請求項1に記載の牛体外受精卵生産方法。
【請求項3】
前記培養器不使用段階ではチューブ型容器を用いて当該段階が行われることを特徴とする、請求項1、2のいずれかに記載の牛体外受精卵生産方法。
【請求項4】
前記チューブ型容器内に注入されて用いられるガスはシリンジを用いて調製されることを特徴とする、請求項3に記載の牛体外受精卵生産方法。
【請求項5】
前記受精段階を培養器不使用段階とし、ここでは前記所定空間として保温容器を用いて受精を行うことを特徴とする、請求項1、2、3、4のいずれかに記載の牛体外受精卵生産方法。
【請求項6】
前記保温容器が飲み物用保温ボトルであり、これに温水を入れて前記受精段階に供することを特徴とする、請求項5に記載の牛体外受精卵生産方法。
【請求項7】
前記成熟培養段階を培養器不使用段階とし、ここでは前記所定空間として牛膣内を用いて成熟培養を行うことを特徴とする、請求項1、2、3、4、5、6のいずれかに記載の牛体外受精卵生産方法。
【請求項8】
請求項1、2、3、4、5、6、7のいずれかに記載の牛体外受精卵生産方法により得られることを特徴とする、培養受精卵。
【請求項9】
請求項1、2、3、4、5、6、7のいずれかに記載の牛体外受精卵生産方法に用いるガスを調製するためのガス調製シリンジであって、各原料ガスの吸引量を示す表示が付されていることを特徴とする、培養ガス等調製シリンジ。
【請求項10】
請求項9に記載の培養ガス等調製シリンジと、および、これにより調製されるガスならびに所定の培養液とを収容して牛体外受精卵生産を行うためのチューブ型容器とからなることを特徴とする、牛体外受精卵生産用セット。
【請求項11】
前記培養ガス等調製シリンジは2本以上が備えられ、2本の該培養ガス等調製シリンジの吸入口同士を接続する接続管も備えられていることを特徴とする、請求項10に記載の牛体外受精卵生産用セット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は培養器を用いない牛体外受精卵生産方法、培養受精卵、培養ガス等調製シリンジおよび牛体外受精卵生産用セットに係り、特に、高価な培養器を全般に亘って用いることなく、または少なくとも部分的に用いることなく牛体外受精卵生産を行うことのできる技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
家畜市場においては子牛の血統によりその価格差が大きいことから、高能力肉用牛生産、優良血統牛の生産拡大のための受精卵移植が、積極的に実施されている。そのようなことから、受精卵の安定確保に対する要求度は高く、より生産性の高い受精卵生産技術の開発が求められている。牛の受精卵生産技術には、過剰排卵処理技術と体外受精技術がある。前者は、雌牛にホルモン注射を行って多数の受精卵を生産する技術であり、広く普及している。
【0003】
後者の体外受精技術は、超音波診断装置を用いて卵巣から卵子を採取し(OPU、経腟採卵技術)、体外受精により受精卵を生産する技術である。これにより能力の高い雌雄間から短期間に多数の受精卵を作製することが可能であるため、効率的な家畜の改良促進、増産に有効な技術として生産現場および技術者から期待されており、その伝達・普及が求められている。だが、体外受精を実施するためには高度な無菌操作と高価な培養器(炭酸ガス培養器、約80万~120万円)、さらに機器の無菌的な衛生維持管理が必要であり、これらが妨げとなっており、普及には至っていない。
【0004】
牛の体外受精技術については従来、特許出願等もなされている。たとえば後掲特許文献1には、牛凍結精液の体外受精効率を向上可能な方法として、牛精子を牛卵管上皮細胞と共培養した後、牛卵子と培養して体外受精させる方法が、また特許文献2には、体外受精卵を、胚盤胞はもとより桑実胚のステージまで高い発生率にて体外培養する工業的な方法として、in vitroで成熟および受精をさせた牛受精卵を牛子宮内に移植可能な段階までin vitroで発生させるに際し、受精卵を牛栄養芽細胞小胞と共培養する牛体外受精卵体外発生方法が、それぞれ開示されている。だがこれらも、高額な培養器の使用が前提である。
【0005】
上述の通り、受精卵移植の普及によってより多くの受精卵が必要となっており、受精卵不足は深刻な状況である。したがって、優良雌牛から一度に多くの受精卵を作出でき、効率的な優良血統牛の早期作出を可能とする体外受精技術の普及が求められている。体外受精に必要な超音波診断装置については、家畜診療所等の公的機関や開業獣医師の多くがこれを所有しており、したがって体外受精の手順のうち卵子吸引採取については可能な状況である。問題は、高価な培養器、およびその衛生的管理や高度な無菌操作が本技術には必要であるということであり、これらを解決しなくてはならない。
【0006】
かかる状況を踏まえて出願人は先に、体外受精技術を構成する段階の一部を高価な培養器を用いずに行う方法を完成し、特許出願した(後掲特許文献3)。すなわち、成熟培養、受精、発生培養の各段階からなる牛体外受精卵生産技術のうち、受精卵発生培養段階において高価な培養器を用いない方法として、培養用のガスを調製するガス調製過程と、受精卵が含有される培養液とガス調製過程で得られた培養ガスとが培養容器内に入っている状態を形成する培養準備過程と、培養準備過程後の準備済み培養容器を家畜の体内に置いて体外受精卵を培養する培養過程とから構成される方法が開示されている。より詳しくは、下記〔r1〕~〔r12〕の通りである。
【0007】
〔r1〕 家畜の体外受精卵の発生培養方法であって、培養用のガスを調製するガス調製過程と、受精卵が含有される培養液と該ガス調製過程で得られた培養ガスとが培養容器内に入っている状態を形成する培養準備過程と、該培養準備過程後の該培養容器を該家畜の体内において該体外受精卵を培養する培養過程とからなることを特徴とする、受精卵発生培養方法。
〔r2〕 前記ガス調製過程では、複数種類の原料ガスを所定組成で混合して前記培養ガスを得ることを特徴とする、〔r1〕に記載の受精卵発生培養方法。
〔r3〕 前記原料ガスの混合にはシリンジが用いられることを特徴とする、〔r2〕に記載の受精卵発生培養方法。
〔r4〕 前記原料ガスはCO2、N2、および空気であることを特徴とする、〔r2〕、〔r3〕のいずれかに記載の受精卵発生培養方法。
〔r5〕 前記培養過程における受精卵の乾燥による死滅を防ぐため、前記培養準備過程における前記培養液容量は前記培養ガス容量以上とすることを特徴とする、〔r1〕~〔r4〕のいずれかに記載の受精卵発生培養方法。
〔r6〕 前記培養容器はポリスチレン製の発生培養用容器とすることを特徴とする、〔r1〕~〔r5〕のいずれかに記載の受精卵発生培養方法。
〔r7〕 前記ガス調製過程で用いられる原料ガスの純度は95%以上とすることを特徴とする、〔r1〕~〔r6〕のいずれかに記載の受精卵発生培養方法。
〔r8〕 前記培養過程が、前記培養準備過程後の前記培養容器を前記家畜の腟内に挿入、留置して、該家畜体温を利用し培養する過程であることを特徴とする、〔r1〕~〔r7〕のいずれかに記載の受精卵発生培養方法。
〔r9〕 〔r1〕~〔r8〕のいずれかに記載の受精卵発生培養方法により得られることを特徴とする、培養受精卵。
〔r10〕 家畜の体外受精卵の発生培養方法に用いるための培養ガス調製シリンジであって、各原料ガスの吸引量を示す表示が付されていることを特徴とする、培養ガス調製シリンジ。
〔r11〕 〔r10〕に記載の培養ガス調製シリンジと、これにより調製される培養ガスと体外受精卵含有の培養液とを収容して発生培養を行うための培養容器とからなることを特徴とする、体外受精卵発生培養用セット。
〔r12〕 家畜の体外受精卵の発生培養方法に用いるための培養ガス調製シリンジ2本以上と、2本の該培養ガス調製シリンジの吸入口を接続する接続管と、該培養ガス調製シリンジを用いて調製される培養ガスと体外受精卵含有の培養液とを収容して発生培養を行うための培養容器とからなることを特徴とする、体外受精卵発生培養用セット。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9-28721号公報「ウシ精子の体外受精効率促進方法」
【特許文献2】特開平2-227016号公報「ウシ体外受精卵の体外発生方法」
【特許文献3】特願2020-119045号公報「受精卵発生培養方法、培養受精卵、培養ガス調整シリンジ、および体外受精卵発生培養用セット」(本願出願時未公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記文献3記載の発明によれば、従来のような高価な培養器を用いることなく体外受精卵発生培養を行うことができ、牛の体外受精技術の普及を促進することができる。しかしながら、発生培養段階のみならず、それに先立つ受精段階や成熟培養段階においても培養器不使用で賄えれば、実用性はさらに高まる。特に成熟培養―受精―発生培養の全段階を培養器不使用にて実施できるようになれば、牛体外受精技術の普及促進・拡大に及ぼす効果は極めて大きい。
【0010】
そこで本発明が解決しようとする課題は、かかる従来技術の状況を踏まえ、牛体外受精の全般に亘って高価な培養器を用いることなく、または少なくとも部分的にこれを用いることなく、牛体外受精卵生産を行うことのできる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者は上記課題を研究テーマとして設定し、実験を行った。すなわち、卵子の成熟・受精・発育に必要であるところの、培養器内にて用いるものと同じ気相を注射筒(シリンジ)内で作製し、OPU由来卵子を入れた試験管内の気相を当該作製した気相に置換し、その後、体外受精は保温ボトル内で加温しつつ行った。なお、体外成熟培養段階と発生培養段階では、牛膣内へ試験管を留置することによって必要な温度管理を行った。体外受精後の卵子を試験管に移し、牛腟内に7日間留置後取り出して卵子を回収したところ、受精卵移植に使用可能な受精卵を確認することができた。このようにして上記課題を解決できることが見出され、これに基づいて本発明を完成するに至った。すなわち、上記課題を解決するための手段として本願で特許請求される発明、もしくは少なくとも開示される発明は、以下の通りである。
【0012】
〔1〕 順に成熟培養、受精、発生培養の各段階からなる牛体外受精卵生産方法の一部または全部を培養器を用いずに所定空間内で行う培養器不使用段階とする牛体外受精卵生産方法であって、少なくとも発生培養段階を該培養器不使用段階とし、ここでは該所定空間として牛膣内を用いて発生培養を行うことを特徴とする、牛体外受精卵生産方法。
〔2〕 前記培養器不使用段階は、原料ガスの混合により当該段階に必要な所定組成のガスを調製するガス調製過程と、当該段階に必要な培養液と該ガスとが容器内に入っている状態を形成する培養準備過程と、該培養準備過程後の該容器を前記所定空間内に置いて当該段階を行う本過程とからなることを特徴とする、〔1〕に記載の牛体外受精卵生産方法。
〔3〕 前記培養器不使用段階ではチューブ型容器を用いて当該段階が行われることを特徴とする、〔1〕、〔2〕のいずれかに記載の牛体外受精卵生産方法。
〔4〕 前記チューブ型容器内に注入されて用いられるガスはシリンジを用いて調製されることを特徴とする、〔3〕に記載の牛体外受精卵生産方法。
〔5〕 前記受精段階を培養器不使用段階とし、ここでは前記所定空間として保温容器を用いて受精を行うことを特徴とする、〔1〕、〔2〕、〔3〕、〔4〕のいずれかに記載の牛体外受精卵生産方法。
【0013】
〔6〕 前記保温容器が飲み物用保温ボトルであり、これに温水を入れて前記受精段階に供することを特徴とする、〔5〕に記載の牛体外受精卵生産方法。
〔7〕 前記成熟培養段階を培養器不使用段階とし、ここでは前記所定空間として牛膣内を用いて成熟培養を行うことを特徴とする、〔1〕、〔2〕、〔3〕、〔4〕、〔5〕、〔6〕のいずれかに記載の牛体外受精卵生産方法。
〔8〕 〔1〕、〔2〕、〔3〕、〔4〕、〔5〕、〔6〕、〔7〕のいずれかに記載の牛体外受精卵生産方法により得られることを特徴とする、培養受精卵。
〔9〕 〔1〕、〔2〕、〔3〕、〔4〕、〔5〕、〔6〕、〔7〕のいずれかに記載の牛体外受精卵生産方法に用いるガスを調製するためのガス調製シリンジであって、各原料ガスの吸引量を示す表示が付されていることを特徴とする、培養ガス等調製シリンジ。
〔10〕 〔9〕に記載の培養ガス等調製シリンジと、および、これにより調製されるガスならびに所定の培養液とを収容して牛体外受精卵生産を行うためのチューブ型容器とからなることを特徴とする、牛体外受精卵生産用セット。
〔11〕 前記培養ガス等調製シリンジは2本以上が備えられ、2本の該培養ガス等調製シリンジの吸入口同士を接続する接続管も備えられていることを特徴とする、〔10〕に記載の牛体外受精卵生産用セット。
【発明の効果】
【0014】
本発明の培養器を用いない牛体外受精卵生産方法、培養受精卵、培養ガス等調製シリンジ、および牛体外受精卵生産用セットは上述のように構成されるため、これらによれば、牛体外受精の全般に亘って高価な培養器を用いることなく、または少なくとも部分的にこれを用いることなく、牛体外受精卵生産を行うことができる。すなわち、
(I)発生培養段階を培養器なしで行うこと、
(II)受精段階―発生培養段階を培養器なしで行うこと、
(III)成熟培養段階および発生培養段階を培養器なしで行うこと、
(IV)成熟培養段階―受精段階―発生培養段階の全段階を培養器なしで行うこと、
が本発明のパターンとして可能である。特に(IV)は、培養器を全く用いないという、画期的な発明である。
【0015】
本発明方法では、受精卵の発育に必要な環境として、その気相条件は市販のガスを用いて試験管内で再現することができ、さらに温度条件としては牛体内の体温を利用して体外成熟培養や発生培養を、また容易に入手可能かつ安価な飲み物用保温ボトルなどを利用して体外受精を行うことができ、体外受精卵を培養作製することができる。このように、高価な培養器を用いずに体外受精卵生産を可能とする本発明は、体外受精技術の普及促進・拡大に大いに有利であり、産業上極めて有効である。
【0016】
ところで出願人は、従来は高額な専用凍結器を用いなくては行えなかった受精卵凍結保存技術に関しても並行して研究開発を行い、その成果たる発明について先に特許出願した(特願2020-117170、「受精卵凍結用容器および受精卵凍結保存方法」 本願出願時未公開)。これは、家庭用冷蔵庫の冷凍室を用いて受精卵を凍結するための新規考案の凍結用容器を主とするものであり、これにより、極めて低コストかつ場所を選ばずに、簡易に受精卵凍結処理を行えるようになった。かかる受精卵凍結技術発明と本願の体外受精卵発生培養方法等発明を合わせ用いることにより、高度な受精卵供給態勢を整備することができ、優良血統家畜の生産拡大に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の前提である牛体外受精卵生産方法のフローを示す説明図である。
【
図2】本発明牛体外受精卵生産方法のパターンを示す説明図である。
【
図3】本発明に係る培養器不使用段階の構成を示すフロー図である。
【
図4】培養器不使用段階におけるシリンジを用いたガス調製方法を示す説明図である。
【
図5】培養器不使用段階におけるシリンジを用いたガス調製方法の別法を示す説明図である。(以下の各図は実施例に係る。)
【
図8】成熟培養段階における試験方法詳細を示す説明図である。
【
図9】受精(媒精)段階における試験方法詳細を示す説明図である。
【
図10】発生培養段階における試験方法詳細を示す説明図である。
【
図12】本試験により生産された牛体外受精卵を示す写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面により本発明を詳細に説明する。
図1は、本発明の前提である牛体外受精卵生産方法のフローを示す説明図である。また、
図2は、本発明牛体外受精卵生産方法のパターンを示す説明図である。これらに示すように本発明牛体外受精卵生産方法は、OPU由来卵子(超音波診断装置を用いて牛生体から吸引採取した卵子)1を用いて、順に成熟培養段階P10、受精(媒精)段階P20、発生培養段階P30を経ることにより受精卵移植可能な体外受精卵50を生産する牛体外受精卵生産方法について、その一部または全部を、培養器を用いずに所定空間内で行う培養器不使用段階PXとする牛体外受精卵生産方法であり、少なくとも発生培養段階P30を培養器不使用段階PXとし、ここでは所定空間として牛膣内を用いて発生培養を行うことを、主たる構成とする。
【0019】
かかる構成の本発明牛体外受精卵生産方法では、成熟培養段階P10、受精段階P20、発生培養段階P30を経て行われる牛体外受精卵生産方法における一部または全部の段階を培養器不使用段階PXとし、培養器使用段階Paを減らすかまたは全く用いない方式とすることができるため、これまで牛体外受精技術の普及の障害となってきた高価な培養器の使用を減じることができ、または全く用いないようにすることができる。したがって、牛体外受精技術の普及促進に大いに貢献する。本発明では少なくとも発生培養段階P30を、培養器を用いず行う段階である培養器不使用段階PXとし、培養器に替えて牛膣内を用いる。
【0020】
図2に示すように、本発明牛体外受精卵生産方法としては4つのパターンがある。すなわち;
パターンI 発生培養段階P30のみを培養器不使用段階PXとする、
パターンII 受精段階P20―発生培養段階P30を培養器不使用段階PXとする、
パターンIII 成熟培養段階P10および発生培養段階P30を培養器不使用段階PXとする、
パターンIV 成熟培養段階P10―受精段階P20―発生培養段階P30の全段階を培養器不使用段階PXとする、
である。パターンIVは全段階を培養器不使用段階PXで賄うことができ、培養器使用段階Paが不要である。つまり、高価な培養器を導入しなくても牛体外受精技術を実施できるため、言うまでもなく最も本発明所期の効果が高い。
【0021】
図3は、本発明に係る培養器不使用段階の構成を示すフロー図である。図示するように培養器不使用段階PXは、原料ガスの混合により本段階に必要な所定組成のガスを調製するガス調製過程PX1と、本段階に必要な培養液とガスとが容器内に入っている状態を形成する培養準備過程PX2と、培養準備過程PX2後の容器を培養器以外の所定空間内に置いて本段階を行う本過程PX3とから構成される。
【0022】
かかる構成の培養器不使用段階PXでは、ガス調製過程PX1において培養用のガス(培養ガス)が調製され、ついで培養準備過程PX2において培養容器内に受精卵が含有される培養液と培養ガスとが入っている状態すなわち準備済み培養容器の状態が形成され、ついで本過程PX3において準備済み培養容器が培養器以外の所定空間内に置かれて本段階が行われる。
【0023】
培養器不使用段階PXは少なくとも発生培養段階P30において実施されるのであるが、ここでは培養準備過程PX2後の培養容器すなわち準備済み培養容器が、前記所定空間であるところの牛腟内に挿入、留置され、牛の体温を利用して本段階PX3である発生培養がなされる。上記パターンIII、IVでは、発生培養段階P30に加えて成熟培養段階P10においても同様に、所定空間として牛膣内が用いられ、牛の体温を利用して本段階PX3である成熟培養がなされる。
【0024】
一方、上記パターンII、IVでは、発生培養段階P30に加えて受精段階P20も培養器不使用段階PXとして実施される。ここでは培養器に替わる所定空間として、牛膣内ではなく、より簡便な保温容器を用いるものとすることができる。たとえば市販されている飲み物用保温ボトルを用い、これに温水を入れて当該所定空間とすることができる。すなわち、培養準備過程PX2で準備された準備済み培養容器が温水入りの保温容器に収容され、一定に保たれる温度を利用して本段階PX3である受精段階がなされる。
【0025】
培養器不使用段階PXのガス調製過程PX1では、複数種類の原料ガスを所定組成で混合して培養ガスを得る方式とすることができる。原料ガス混合による培養ガス調製について、図を用いて具体的に説明する。
【0026】
図4は、培養器不使用段階におけるシリンジを用いたガス調製方法を示す説明図である。ガス調製過程PX1では、図中、(1)~(4)の順でガス調製がなされる。図示するように培養器不使用段階PXでは、チューブ型の培養容器18を用いて当該段階が行われるが、ここで、チューブ型容器18内に注入されて用いられるガスはシリンジ14を用いて調製される。つまり本ガス調製方法では、シリンジ14と原料ガスボンベ16a等入りの原料ガス15a等を用いる。最終的に調製されるべき培養ガスのガス組成から必要な原料ガス15a等の種類と使用量を特定し、それに従って各原料ガス15a等を順にシリンジ内に吸引していくことで、培養ガスの原料をシリンジ14内に貯留する。用いるシリンジ14の容量・サイズ・材質などの仕様は適宜に決めればよい。
【0027】
図示する例に即して説明する。
図4(1):
培養ガス調製に必要な原料ガス15aが充填されている原料ガスボンベ16aから、シリンジ14内に原料ガス15aを必要量吸引し、貯留する。
【0028】
図4(2):
ついで、培養ガス調製に必要な原料ガス15bが充填されている原料ガスボンベ16bから、シリンジ14内に原料ガス15bを必要量吸引し、貯留する。これによりシリンジ14内には、必要な原料ガス15a、15bのそれぞれ必要量が貯留される。
【0029】
図4(3):
ついで、培養ガス調製に必要な原料ガス15cとしての大気から、シリンジ14内に原料ガス15cを必要量吸引し、貯留する。これによりシリンジ14内には、必要な原料ガス15a、15b、15cのそれぞれ必要量が貯留される。
【0030】
なお、ここに示したのはガス調製方法の例であり、かかる原料ガス構成や手順に本発明が限定されるものではない。たとえば、
図4中(1)~(3)で示した吸引順序と違う順序でも、また用いる原料ガス15a等の数や種類、原料ガスとしての大気使用の有無などは、適宜に設計可能である。
【0031】
本発明受精卵発生培養方法に用いる原料ガス15a等は、CO2(「炭酸ガス」とも表記する。)、N2(「窒素ガス」とも表記する。)、および空気(大気)とすることができる。
炭酸ガス培養器を用いた従来の牛体外受精卵生産方法における培養条件は、次の通りである。
成熟培養段階
ガス組成:5%CO2+95%空気
受精段階
ガス組成:5%CO2+95%空気
発生培養段階
ガス組成:5%CO2、5%O2、90%N2
各段階
温度:38.5℃、湿度:約100%
そこで、これら各段階のガス組成を得るために、安全性が高く取り扱いしやすいCO2、N2の各ガス、およびO2が約20%含まれる空気(大気)を、原料ガス15a等として用いるものである。
【0032】
図示したように本発明では、1本のシリンジ14を用いて、これに順次原料ガス15a等を吸引して必要な原料ガス構成とそれらの分量を内部に貯留する方式を主とするが、厳密にこの方式に限定されるものではない。たとえば、複数のシリンジを用いて各原料ガスの必要量を取り、最終的には培養準備過程で使用される1本のシリンジ中に各原料ガスの混合状態を形成する方式など、適宜の複数のシリンジを併せ用いる方式であっても本発明の範囲内である。複数シリンジ方式では管理するシリンジ数が増えるが、各シリンジにおける吸引量が固定された構造とすることで、原料ガス必要量を管理しやすくすることができる。これについては付記する。
【0033】
また、ガス調製過程PX1で用いられる原料ガス15a等としては、原料ガスボンベ16a等の形態で市販されているものを用いるのが便利であるが、純度95%以上のものを用いることが望ましい。
【0034】
また、以上説明したいずれかの牛体外受精卵生産方法に用いるガスを調製するためのガス調製シリンジであって、各原料ガスの吸引量を示す表示が付されていることを特徴とする、培養ガス等調製シリンジもまた、本発明の範囲内である。すなわち、
図4に示すように1本のシリンジ14内に各原料ガス15a等を吸引・貯留する方式に用いることのできる当該シリンジ14であり、これに、原料ガス15a等の吸引量を案内する適宜の表示が付されているシリンジである。表示には目盛りを好適に用いることができる。
【0035】
上述した複数本のシリンジからなる構成など、複数のシリンジによるセットの構成であっても、本発明の範囲内である。この方式では、吸引・貯留可能な量をあらかじめ固定した構造とすれば、敢えて原料ガスの吸引量を示す目盛り等の表示を設なくてもよい。
【0036】
図4中の(4)は、(1)~(3)で示したシリンジから培養容器へのガス注入作用を示す説明図である。必要な種類の原料ガス15a等を必要量吸引、貯留した後、OPU由来卵子あるいは受精卵含有の培養液が入っている培養容器18にシリンジ14内のガス全量を注入し、培養容器18内既存のガスと置換する。注入されたガス全量は培養容器18内で混合、均一化し、培養ガス15mとなる。こうして培養準備が調った準備済み培養容器18はその後、本過程PX3に供される。
【0037】
なお、本発明牛体外受精卵生産方法に係る成熟培養段階、および受精卵発生培養段階の各段階において、培養準備過程PX2における培養液の容量は注入される培養ガスの容量以上とすること、すなわち、注入する培養ガス容量は培養液容量以下とすることが望ましい。成熟培養段階P10であっても発生培養段階P30であっても、培養準備過程PX2の後の本過程PX3におけるOPU由来卵子や受精卵の乾燥による死滅を有効に防止するためである。
【0038】
また、培養容器18は、成熟培養段階、受精段階、発生培養段階の全てにおいて、ポリスチレン(PS)製とすることが望ましい。従来、受精卵を含め細胞や組織の長期培養にはPS製のシャーレ、培養フラスコ、試験管が用いられている。一方、ポリプロピレン(PP)は主に試薬等の凍結保存容器の素材に用いられている。PP製容器の場合、長期間培養中における卵子に対する毒性成分溶出の可能性があり、したがってPS製容器が推奨される。
【0039】
以上説明したいずれかの牛体外受精卵生産方法により得られる培養受精卵自体もまた、本発明の範囲内である。なお、培養受精卵には、桑実胚、胚盤胞、脱出胚盤胞など、発生培養段階P30以後に形成される各発生ステージのものを広く含む。
【0040】
また、以上説明したいずれかの構成の培養ガス等調製シリンジ14、および、これにより調製されるガスならびに所定の培養液とを収容して牛体外受精卵生産を行うためのチューブ型の培養容器18とからなる牛体外受精卵生産用セットもまた、本発明の範囲内である。本セットの構成例としては、培養ガス等調製シリンジは2本以上を備えることとし、2本の培養ガス等調製シリンジの吸入口同士を接続する接続管をも備えたものであってもよい。
【0041】
かかる構成の本牛体外受精卵生産用セットの使用方法を説明する。培養容器18にはOPU由来卵子あるいは受精卵含有の培養液が入れられ、その後培養ガス調製シリンジ14等により培養ガスが入れられた状態で、成熟培養段階、受精段階、または発生培養段階に供される。培養ガス調製シリンジ14は、所定のガスボンベ等から原料ガスを所定量吸引、貯留し、培養容器18への全ガス注入に用いられる。
【0042】
本牛体外受精卵生産用セットは、培養ガス調製シリンジ14等のみならず、セットされる培養容器18の数も限定されない。また培養容器18を、培養ガス調製シリンジ14等によるガス注入を行いやすい形態・仕様に形成するものとしてもよい。
【0043】
図5は、培養器不使用段階におけるシリンジを用いたガス調製方法の別法を示す説明図である。以上説明した方法とは別に、培養ガス調製は次のようにして行うこともできる。なお、寸法、容量などは全て一例である。
・培養ガス調製別法
1)100mlシリンジ34に、窒素ガスを71.2ml吸引する。
2)5mlシリンジ24に、炭酸ガスを5ml吸引する。
【0044】
3)1)で準備した窒素ガス入り100mlシリンジ34に、2)で準備した炭酸ガス入り5mlシリンジ24を、長さ1cm程度のシリコン管58を用いて接続し、5mlシリンジ24側を押し出す。これにより、100mlシリンジ34には、窒素ガス71.2ml+炭酸ガス5mlが貯留している状態になる。
【0045】
4)100mlシリンジ34から5mlシリンジ24を取り外し、100mlシリンジ34の目盛りが100のところまで、大気を吸引する。
5)もう1本の空の100mlシリンジ44を用意し、4)で調製したガスの入った100mlシリンジ34を、3)で使用したシリコン管58で接続し、3回程度ガスを移動することで混合して、培養ガスの調製を完了する。
【0046】
このように、培養ガス調製シリンジを2本以上、および2本の培養ガス調製シリンジの吸入口を接続する接続管を用いて行う方法も可能であり、またこれを含めた牛体外受精卵生産用セットも構成可能である。
この方式では特に、2本のシリンジを接続管で接続して内部のガスの移動操作を行うことにより、原料ガスの良好な混合を図ることができる。
【実施例0047】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明がこれに限定されるものではない。なお、本発明完成に至る研究経過の概要説明をもって実施例とする。
研究テーマ:培養器不要の体外受精卵生産技術に関する試験・研究開発
+ + + + + + + +
1.目的
従来用いられている高額な培養器を用いることなく、牛体温を利用することでOPU由来卵子を培養し、体外受精卵を生産する技術を開発する(前掲
図1参照)。
【0048】
2.材料と方法
(1)材料
・OPU由来卵子、
それが成熟培養された卵子、
およびOPU由来卵子による牛体外受精卵
・牛(培養過程用)
・ガスボンベ
炭酸ガス、窒素ガス(99.9% 大陽日酸ガス&ウェルディング(株))
・100mlシリンジ
・発生培養用容器:ポリスチレン(PS)製5ml試験管
・成熟用培地:後記(3)成熟培養段階の試験方法 に記載の通り
・媒精液:後記(4)受精(媒精)段階の試験方法 に記載の通り
・発生用培地:後記(5)発生培養段階の試験方法 に記載の通り
・ウシ腟内留置型黄体ホルモン剤(オバプロン(登録商標)V、共立製薬(株))
・実験用テープ(ラボピタ(登録商標)、(株)アグリス)
・飲み物用保温ボトル(市販物)
【0049】
(2)試験区構成
図6は、本実施例の試験区構成を示す説明図である。また、
図7は試験実施スケジュールを示す説明図である。図示するように本発明牛体外受精卵生産方法の各パターンのうち、パターンI、II、およびIVを実験することとし、それぞれ、試験区1(C区)、試験区2(FC区)、および試験区3(MFC区)とした。また、全段階を培養器使用によって行う区を対照区とした。
図7に示すように、1グループ2頭を2グループ、計4頭(牛a、牛b、牛c、牛d、グループA、グループB)を供試し、設定した順序で試験を実施した。それぞれの牛における試験―試験の間隔は1週間以上空けた。試験項目は、各区における発生成績、各培養温度(牛体温、受精時は温水の温度)とした。
【0050】
(3)成熟培養段階の試験方法
経腟採卵で得られた未受精卵子(OPU由来卵子)を成熟培養する。成熟培養の方法は試験区による。
図8は、成熟培養段階における試験方法詳細を示す説明図である。図示するように、本段階での具体的な試験方法は次の通りである。
・成熟用培地:
25mM Hepes緩衝TCM199(10%子牛血清、0.02AU/ml FSH、0.5μg/ml E2、0.2mMピルビン酸ナトリウム、抗生物質)
【0051】
・実施空間:培養器(対照区、試験区1、2)
気相:5%CO2、95%空気
温度:38.5℃
培養液量:100μl
容器:dish型
培養器内で21~22時間、成熟培養
【0052】
・実施空間:牛膣内(培養器なし、試験区3)
気相:100mlシリンジ内で混合・作製 作製方法詳細は(6)混合気相の調製方法 に記載の通り。
CO25ml + 空気95ml
温度:牛体温を利用
培養液量:3ml
容器:tube型(ポリスチレン製)
牛膣内で21~22時間、成熟培養
【0053】
(4)受精(媒精)段階の試験方法
成熟培養段階後22~24時間目に媒精液キットを用いて体外受精を行う。体外受精の方法も試験区による。なお媒精液キットは、媒精液、精子洗浄液、媒精液添加剤から構成される。
図9は、受精(媒精)段階における試験方法詳細を示す説明図である。図示するように、本段階での具体的な試験方法は次の通りである。
・媒精液:
媒精液G-セット IVF110S((株)機能性ペプチド研究所)
【0054】
・実施空間:培養器(対照区、試験区1)
気相:5%CO2、95%空気
温度:38.5℃
媒精液量:100μl
容器:dish型
培養器内で5~6時間、受精
【0055】
・実施空間:保温ボトル(培養器なし、試験区2、3)
気相:100mlシリンジ内で混合・作製 作製方法詳細は(6)混合気相の調製方法 に記載の通り。
CO2 5ml + 空気 95ml
温度:39℃温水入り保温ボトル 開始から3時間後温水を交換
39℃は、通常よりやや高めの温度である。なおこの方法での保温により、水温が38℃未満となることはない。
媒精液量:300μl
容器:tube型(ポリスチレン製)
保温ボトル内で5~6時間、受精
体外受精終了後、発生培養用容器に発生用培養液を入れ、100mlシリンジにマイクロピペット用チップを取り付け、試験管の気相部分に調製した混合気相を全量注入することで気相を置換する。その後密栓し、受精終了まで38.5℃でガス平衡を行う。
【0056】
(5)発生培養段階の試験方法
図10は、発生培養段階における試験方法詳細を示す説明図である。図示するように、本段階での具体的な試験方法は次の通りである。
・発生用培地:
0.1%PVP+KSOM/aa+10%RD培地
【0057】
・実施空間:培養器(対照区)
気相:5%CO2、5%O2、90%N2
温度:38.5℃
培養液量:100μl
容器:dish型
培養器内で7日間、発生培養
【0058】
・実施空間:牛膣内(培養器なし、試験区1、2、3)
気相:100mlシリンジ内で混合・作製 作製方法詳細は(6)混合気相の調製方法 に記載の通り。
CO2 5ml、N2 71.2ml、空気 23.8ml
これにより、5%CO2、5%O2、90%N2 の気相ができる。
温度:牛体温を利用
培養液量:3ml
容器:tube型(ポリスチレン製)
牛膣内で7日間、発生培養
体外受精終了後、ガス平衡した発生用培養液入り試験管に卵丘細胞を除去することなく受精卵を入れ、再度、調製した混合気相を注入して試験管に蓋をし、実験用テープで密閉する。受精卵の入った試験管を黄体ホルモン剤に括り付け、牛体温を利用しての培養のため、牛腟内へ挿入する。ホルモン剤挿入から6日目(体外受精から7日目)に、ホルモン剤を取り除く。
【0059】
(6)混合気相の調製方法
成熟培養段階、受精段階
1本の100mlのシリンジにCO2ガス5ml、空気95mlを吸引、充填することにより、シリンジ内に培養ガス用の混合気相を調製する。これにより、5%CO2、95%空気組成の培養ガス100mlが調製される。
発生培養段階
1本の100mlのシリンジにCO2ガス5ml、N2ガス71.2ml、空気23.8mlを吸引、充填することにより、シリンジ内に培養ガス用の混合気相を調製する。これにより、5%CO2、5%O2、90%N2組成の培養ガス100mlが調製される。
【0060】
なお、いずれも純度100%のCO2、N2各ボンベ、および大気(20.9%O2、78.1%N2)を原料ガスとすることにより、培養ガス組成は上記の通りとなる。一方、純度が95%以上(すなわち残部5%は大気)の各ボンベを用いる場合は、最終的な培養ガス組成は、CO2=4.8~5% O2=5~5.8% N2=90~86.2%となる。
【0061】
3.評価項目
下記各項目について評価した。(5)については、ホルモン剤挿入から6日目(体外受精から7日目)に受精卵を回収し、評価した。
(1)成熟培養後の卵子回収率
成熟培養段階における回収率。回収卵数/培養卵数×100(%)
(2)受精後の卵子回収率
受精段階における回収率。回収卵数/培養卵数×100(%)
(3)発生培養後の卵子回収率
発生培養段階における回収率。回収卵数/培養卵数×100(%)
(4)卵割率
(発生培養段階での回収卵数―mono cell数)/発生培養段階での回収卵数×100(%)
対照区では、回収卵数に替えて培養卵数
(5)7日後発生率(day7発生率)
7日後発生数(day7発生数)/発生培養段階での回収卵数×100(%)
【0062】
4.実験結果
図11は、試験結果を示す説明図であり、各試験区および対照区における各評価結果を表にまとめたものである。ここに示すようにいずれの試験区においても、培養器不使用段階を経た後の卵子回収率は90%を越えた。また、卵割率も対照区を下回ることなく、70%を越えた。7日後発生率も全ての試験区において20%を越え、試験区1では対照区を上回る35.3%であった。なお各培養温度(牛体温、受精時は温水の温度)の実測値については省略する。
【0063】
図12は、本試験により生産された牛体外受精卵を示す写真図であり、全段階において培養器を用いずに生産された牛体外受精卵(試験区3供試卵)である。図示するように、全く培養器を用いない本発明方法によって、十分に使用可能な受精卵を得ることができた。
図11の対照区の結果に示されるように従来の牛体外受精技術における7日後発生率はだいたい30%程度であることに鑑みると、培養器不使用という簡便さ、導入しやすさ、実用性を重視した本発明方法は、従来技術に対し遜色なく用いることができると考えられる。
【0064】
なお、本試験結果のうち、全段階を培養器なしで行う牛体外受精卵生産方法についての概要を述べれば、次の通りである。
試験管内に採取直後の卵子を培養液と共に移し、試験管を牛膣内に挿入し牛体温を利用し、21~22時間成熟培養を行った。成熟培養後、試験管内から卵子を回収し体外受精を行った。体外受精は、精子懸濁液の入った試験管へ卵子を移し、39℃の温湯の入った保温ボトル内で6時間媒精を行った。媒精終了後、卵子と培養液の入った試験管を牛膣内に留置し、牛体温を利用し7日間培養を行った。試験管内の気相は、体外成熟培養、体外受精では培養器内と同じ気相(5%炭酸ガス、95%空気)、発生培養では(5%炭酸ガス、5%酸素、90%窒素)を注射筒内で作製、試験管内の気相を各々置換した。試験管を牛腟内に7日間留置後取りだし、卵子を回収したところ、受精卵移植に使用可能な受精卵が確認され、培養器を用いず体外受精卵を作製することが可能であることが確認された。
【0065】
5.まとめ
(1) 本発明は、牛体温を利用することで卵子を成熟培養、発生培養し、保温容器で加温して体外受精を行い、体外受精卵を生産する技術開発に関するものである。
(2) 炭酸ガスと窒素ガスを注射筒内で大気と混合することにより、容易に受精卵の発育に適した気相を作製できることが確認された。
(3) 保温ボトル内で加温し、体外受精が可能なことが確認された。
(4) 牛腟内温度は、牛受精卵に適した温度を維持していることが確認された。
(5) 受精卵の発育に適した気相と培養液と共に受精直後の卵子を入れ、牛腟内に7日間留置し加温することで発育する受精卵が確認された。
本発明の培養器を用いない牛体外受精卵生産方法、培養受精卵、培養ガス等調製シリンジ、および牛体外受精卵生産用セットによれば、牛体外受精の全般に亘って高価な培養器を用いることなく、または少なくとも部分的にこれを用いることなく牛体外受精卵生産を行うことができ、牛体外受精技術の普及促進、優良牛の生産拡大に繋がる。したがって、牛の繁殖分野、および関連する全分野において、産業上利用性が高い発明である。