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特開2023-100325軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機
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  • 特開-軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機 図1
  • 特開-軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機 図2
  • 特開-軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機 図3
  • 特開-軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機 図4A
  • 特開-軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機 図4B
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023100325
(43)【公開日】2023-07-19
(54)【発明の名称】軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230711BHJP
   C23C 8/26 20060101ALI20230711BHJP
   H01F 1/16 20060101ALI20230711BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20230711BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20230711BHJP
   C21D 1/76 20060101ALN20230711BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20230711BHJP
【FI】
C22C38/00 303S
C23C8/26
H01F1/16
H01F1/147
C21D1/18 Y
C21D1/76 M
C21D6/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022000898
(22)【出願日】2022-01-06
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】田畑 智弘
(72)【発明者】
【氏名】小室 又洋
(72)【発明者】
【氏名】浅利 裕介
(72)【発明者】
【氏名】寺田 尚平
【テーマコード(参考)】
4K028
5E041
【Fターム(参考)】
4K028AA02
4K028AB01
5E041AA05
5E041CA04
5E041NN01
5E041NN06
(57)【要約】
【課題】電磁純鉄板よりも高いBsを示しながらPiの過度の増加を抑制し、かつパーメンジュールよりも低コスト化が可能な軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機を提供する。
【解決手段】本発明に係る軟磁性鉄合金板は、Coを1~30原子%で含み、Nを0.2~10原子%で含み、MN型窒化物を形成しうるM成分を0.5~5原子%で含み、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、前記軟磁性鉄合金板の断面を観察したときに、前記M成分の窒化物粒子が平均粒径0.5μm以下かつ数密度50個/100μm2以下で析出していることを特徴とする。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性鉄合金板であって、
Coを1原子%以上30原子%以下で含み、Nを0.2原子%以上10原子%以下で含み、MN型窒化物を形成しうるM成分を0.5原子%以上5原子%以下で含み、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
前記軟磁性鉄合金板の断面を観察したときに、前記M成分の窒化物粒子が平均粒径0.5μm以下かつ数密度50個/100μm2以下で析出していることを特徴とする軟磁性鉄合金板。
【請求項2】
請求項1に記載の軟磁性鉄合金板において、
前記M成分は、V、Cr、Ti、Al、NbおよびMoのうちの一種以上であることを特徴とする軟磁性鉄合金板。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の軟磁性鉄合金板において、
前記軟磁性鉄合金板の断面を観察したときに、前記M成分の窒化物粒子の占有率が10面積%以下であることを特徴とする軟磁性鉄合金板。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の軟磁性鉄合金板において、
飽和磁束密度が2.20 T超であり、鉄損が60 W/kg以下であることを特徴とする軟磁性鉄合金板。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載の軟磁性鉄合金板において、
ビッカース硬さが200以上であることを特徴とする軟磁性鉄合金板。
【請求項6】
軟磁性鉄合金板の積層体からなる鉄心であって、
前記軟磁性鉄合金板が請求項1乃至請求項5のいずれか一項に記載の軟磁性鉄合金板であることを特徴とする鉄心。
【請求項7】
鉄心を具備する回転電機であって、
前記鉄心が請求項6に記載の鉄心であることを特徴とする回転電機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性材料の技術に関し、特に、電磁純鉄板よりも高い飽和磁束密度を有する軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転電機や変圧器の鉄心として、電磁純鉄板や電磁鋼板(例えば、厚さ0.01~1 mm)などの軟磁性材料を複数枚積層成形した積層鉄心が広く利用されている。鉄心では、電気エネルギーと磁気エネルギーとの変換効率が高いことが重要であり、高い磁束密度および低い鉄損が重要になる。
【0003】
一方、鉄心を利用する機械装置において、軟磁性材料のコスト低減は当然のことながら重要な課題のうちの一つであり、要求される特性を満たしながら安価に安定して製造するための技術開発が従来から活発に行われてきた。
【0004】
例えば、特許文献1(特開2005-264315)には、質量%で、C:0.0400%以下、Si:0.2~4.0%、Mn:0.05~5.0%、P:0.30%以下、S:0.020%以下、Al:8.0%以下、N:0.0400%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、組織が体積率でフェライト相:50%以上、マルテンサイト相:50%以下を満足する範囲で主としてフェライト相からなり、かつ、鋼材内部に直径0.050μm以下の金属間化合物を含有することを特徴とする電磁鋼板、が開示されている。また、上記電磁鋼板は、Fe:70質量%以上およびNi、Mo、Ti、Nb、Co、Wの1種または2種以上を各元素について10.0質量%以下で含有してもよく、Zr、Cr、B、Cu、Zn、Mg、Snの1種または2種以上を各元素について10.0質量%以下で含有してもよく、Ag、Pt、Ga、Ge、In、V、Pd、Ir、Rh、Cd、Taの1種または2種以上を各元素について5.0質量%以下で含有してもよい、とされている。
【0005】
特許文献1によると、使用時に抗張力が60 kg/mm2以上の高強度となり、耐変形性、耐疲労性、耐摩耗性等を有し、通常の軟質な電磁鋼板と同等のすぐれた磁気特性を兼ね備えた高強度無方向性電磁鋼板を、安定して製造することができる、とされている。
【0006】
特許文献2(WO 2007/069776 A1)には、質量%で、C:0.010%以下、N:0.010%以下で、かつ「C+N≦0.010%」に抑制し、Si:1.5%以上5.0%以下、Mn:3.0%以下、Al:3.0%以下、P:0.2%以下、S:0.01%以下を含有し、さらに、Ti,Vのうちいずれか1種または2種合計:0.01%以上0.8%以下で、かつ「(Ti+V)/(C+N)≧16」を満足する範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物である成分組成を有し、かつ鋼板中の未再結晶回復組織の存在比率が面積率で50%以上であることを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板、が開示されている。また、上記高強度無方向性電磁鋼板は、質量%で、Ni:0.1~5.0%、Sb:0.002~0.1%、Sn:0.002~0.1%、B:0.001~0.01%、Ca:0.001~0.01%、Rem:0.001~0.01%およびCo:0.2~5.0%からなる群より選ばれる少なくとも1種をさらに含有してもよい、とされている。
【0007】
特許文献2によると、鋼板製造上の制約や新たな工程を、通常の無方向性電磁鋼板の製造に実質的に加えることなく、高強度でかつ板形状と磁気特性にも優れる無方向性電磁鋼板およびその製造方法を提供することができる、とされている。
【0008】
特許文献3(特開2020-132894)には、高飽和磁束密度を有する板状又は箔状である軟磁性材料であって、鉄、炭素及び窒素を含み、炭素及び窒素を含有するマルテンサイト及びγ-Feを含み、前記γ-Feには窒素を含有する相が形成されている軟磁性材料、が開示されている。
【0009】
特許文献3によると、純鉄を超える飽和磁束密度を有しかつ熱安定性を有する軟磁性材料を低コストで製造し、これを用いて電動機等の磁気回路の特性を高め、電動機等の小型化、高トルク化等を実現することができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2005-264315号公報
【特許文献2】国際公開第2007/69776号
【特許文献3】特開2020-132894号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
回転電機において、高出力化/高トルク化のためには軟磁性材料の飽和磁束密度Bsを高めることが重要であり、高効率化のためには軟磁性材料の損失(鉄損Pi)を抑制することが重要である。Piはヒステリシス損失と渦電流損失との和であり、ヒステリシス損失の低減には保磁力Hcが小さいことが望ましく、渦電流損失の低減には高電気抵抗化や薄板化が有効である。
【0012】
市販の電磁純鉄板の磁気特性は、Bs≒2.1 Tと言われている。電磁純鉄板を用いた鉄心は、高いBsおよび低い材料コストの利点があるが、Hcが比較的高いためPiが大きくなり易いという弱点がある。特許文献1~2の電磁鋼板は、機械的強度が高くPiが小さい利点があるが、Bsが電磁純鉄板よりも小さいことから、鉄心全体のBsも電磁純鉄の鉄心を超えないという弱点がある。また、特許文献3の軟磁性材料は、電磁純鉄板よりも高いBsを有する利点があるが、Hcが電磁純鉄板よりも高いという弱点があると思われる。
【0013】
電磁純鉄板よりも高いBsを有する鉄系材料としては、Fe-Co系材料やFe-N系マルテンサイト材料が知られている。
【0014】
Fe-Co系材料では、パーメンジュール(49Fe-49Co-2V 質量%=50Fe-48Co-2V 原子%)が現在商用化されている軟磁性材料の中で最も高いBs(約2.4 T)を示す材料である。ただし、Coの材料コストは、市況による変動はあるが、Feの材料コストの100~200倍高いことから、パーメンジュールは材料コストが高いという弱点がある。また、パーメンジュールは、加工性にやや難点があり、加工コストが高くなり易いという弱点もある。Co含有率を下げればその分だけ材料コストを下げることができ加工性も改善するが、最大の特長であるBsも低下してしまうという残念さがある。
【0015】
一方、Fe-N系マルテンサイト材料(例えば、Fe8N相(α’相)、Fe16N2相(α”相))は、材料コストがパーメンジュールよりも圧倒的に安く、かつパーメンジュールに匹敵する高いBsを示す魅力的な材料である。しかしながら、N原子侵入による結晶格子の歪の増加やN原子の局所濃度差による結晶格子間の歪差によって、HcおよびPiが増加し易いという弱点がある。
【0016】
近年、回転電機や変圧器における高トルク化/高出力化設計の要求が非常に強くなっており、軟磁性材料のBs向上が強く求められている。言い換えると、軟磁性材料のBs向上がより優先され、Bsの向上度合が大きければ、ある程度のPi増加は許容される傾向にある。例えば、2.20 T超のBsを達成することができれば、回転電機を設計する上でPi=60 W/kgまでは許容できるとされている。
【0017】
したがって、本発明の目的は、電磁純鉄板よりも高いBsを示しながらPiの過度の増加を抑制し、かつパーメンジュールよりも低コスト化が可能な軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
(I)本発明の一態様は、軟磁性鉄合金板であって、
Co(コバルト)を1原子%以上30原子%以下で含み、N(窒素)を0.2原子%以上10原子%以下で含み、MN型窒化物を形成しうるM成分を0.5原子%以上5原子%以下で含み、残部がFe(鉄)および不純物からなる化学組成を有し、
前記軟磁性鉄合金板の断面を観察したときに、前記M成分の窒化物粒子が平均粒径0.5μm以下かつ数密度50個/100μm2以下で析出していることを特徴とする軟磁性鉄合金板、を提供するものである。
【0019】
なお、本発明において、窒化物粒子の平均粒径とは、微細組織観察(例えば、走査型電子顕微鏡観察)により観察された窒化物粒子の等価面積円の直径の平均とする。数密度とは、微細組織観察により観察された窒化物粒子の所定面積当たりの析出個数とする。
【0020】
本発明は、上記の軟磁性鉄合金板(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記M成分は、V、Cr、Ti、Al、NbおよびMoのうちの一種以上である。
(ii)前記軟磁性鉄合金板の断面を観察したときに、前記M成分の窒化物粒子の占有率が10面積%以下である。
(iii)飽和磁束密度が2.20 T超であり、鉄損が60 W/kg以下である。
(iv)ビッカース硬さが200以上である。
【0021】
(II)本発明の他の一態様は、軟磁性鉄合金板の積層体からなる鉄心であって、
前記軟磁性鉄合金板が上記の本発明に係る軟磁性鉄合金板であることを特徴とする鉄心、を提供するものである。
【0022】
(III)本発明の更に他の一態様は、鉄心を具備する回転電機であって、
前記鉄心が上記の本発明に係る鉄心であることを特徴とする回転電機、を提供するものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、電磁純鉄板よりも高いBsを示しながらPiの過度の増加を抑制し、かつパーメンジュールよりも低コスト化が可能な軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明に係る軟磁性鉄合金板を製造する方法の一例を示す工程図である。
図2】鉄合金板2の断面の走査型電子顕微鏡(SEM)観察像である。
図3】鉄合金板3の断面のSEM観察像である。
図4A】回転電機の固定子の一例を示す斜視模式図である。
図4B】固定子のスロット領域の拡大横断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の基本思想としては、パーメンジュールよりもCo含有率を減少させて材料コストを低減し、Co含有率の減少によるBsの低下分をFe-N系マルテンサイト相の生成で補うことを考えた。しかしながら、Fe-Co系材料は、N原子が侵入・拡散しにくく、Fe-N系マルテンサイト相の生成が難しいとされていた。
【0026】
Fe-N系マルテンサイト相を生成させるために、Fe-Co系材料にN原子の侵入・拡散を促進する元素を単純に添加すると、非磁性の窒化物粒子を生成し易くなり、生成した窒化物粒子が磁化反転時の磁壁移動を妨げるピンニング点として作用する。非磁性粒子の生成はBsの低下につながり、磁壁のピンニング点はPiの増大につながるという問題が生じる。
【0027】
前述したように、本発明の軟磁性鉄合金板は、電磁純鉄板よりも優れたBsを示すことが目的の一つである。本発明者等の数多くの実験から、比較対象の軟磁性材料よりもBsが0.03 T以上向上すれば、明確な特性向上/有意差と言えることが判明している。このことから、本発明の軟磁性鉄合金板は、少なくとも2.17 T以上のBsを示す必要がある。回転電機における近年の高トルク化/高出力化要求の観点からは、2.21 T以上のBsがより望ましく、2.24 T以上のBsが更に望ましい。
【0028】
そこで、本発明者等は、Fe-Co系合金板に窒素原子を侵入・拡散させ、かつFe-N系マルテンサイト相を効果的に生成させる方法について鋭意研究を行った。その結果、N原子の侵入・拡散を促進する元素(MN型窒化物を形成しうるM成分)を添加する一方で、M成分の拡散・再配列が困難な温度領域(拡散係数が十分に小さい温度領域)でN原子の侵入・拡散を行うことにより、窒化物粒子の生成を抑制しながらFe-N系マルテンサイト相を生成できることを見出した。本発明は、当該知見に基づいて完成されたものである。
【0029】
以下、本発明に係る実施形態について、図面を参照しながら製造手順に沿って具体的に説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることが可能である。
【0030】
図1は、本発明に係る軟磁性鉄合金板を製造する方法の一例を示す工程図である。図1に示したように、本発明の軟磁性鉄合金板の製造方法は、概略的に、出発材料用意工程S1と浸窒素熱処理工程S2とサブゼロ処理工程S3とを有する。以下、各工程をより具体的に説明する。
【0031】
出発材料用意工程S1では、出発材料として、Feを主成分(最大含有率の成分)としCoを1原子%以上30原子%以下で含み、MN型窒化物を形成しうるM成分を0.5原子%以上5原子%以下で含む板材(厚さ0.01 mm以上1 mm以下)を用意する。
【0032】
Co含有率を30原子%以下にすることによって、パーメンジュールに比して材料コストを大きく低減できる。優れたBsを確保する観点から、Co含有率の下限は、5原子%以上がより好ましく、10原子%以上が更に好ましい。また、材料コスト低減の観点から、Co含有率の上限は、25原子%以下がより好ましく、20原子%以下が更に好ましい。
【0033】
MN型窒化物を形成しうるM成分としては、V、Cr、Ti、Al、NbおよびMoのうちの一種以上を好ましく利用することができ、0.5原子%以上5原子%以下で含有させることが好ましい。N原子の侵入・拡散を促進する観点から、M成分含有率の下限は、1原子%以上がより好ましく、1.5原子%以上が更に好ましい。また、窒化物粒子の生成を抑制する観点から、M成分含有率の上限は、4原子%以下がより好ましく、3.5原子%以下が更に好ましい。
【0034】
なお、MN型窒化物とは、Mの原子と窒素原子とが「1:1」の比率で化合する窒化物を意味するものとする。不純物(出発材料に含まれうる不純物、例えば、H(水素)、B(ホウ素)、C(炭素)、Si(ケイ素)、リン(P)、硫黄(S)、マンガン(Mn)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)など)に関しては、当該軟磁性鉄合金板のBsに特段の悪影響を及ぼさない範囲(例えば、合計濃度2原子%以内)で許容される。
【0035】
つぎに、浸窒素熱処理工程S2において、用意した出発材料の板材にN原子を侵入・拡散させる浸窒素熱処理を行う。所望のN含有率まで浸窒素を行った後、急冷してマルテンサイト相を生成させる。本発明に係る軟磁性鉄合金板の製造方法は、この浸窒素熱処理工程S2に最大の特徴がある。
【0036】
工程S2によるN含有率(鉄合金板全体の平均含有率)は、0.2原子%以上10原子%以下が好ましい。N含有率を0.2原子%以上とすることにより、有意な量のFe-N系マルテンサイト相(Fe8N相(α’相)および/またはFe16N2相(α”相))が生成してBs向上に寄与する。N含有率を10原子%以下とすることにより、望まない窒化鉄相(例えば、Fe4N相(γ’相)やFe3N相(ε相))の生成を抑制することができる。N含有率の下限は、0.3原子%以上がより好ましく、0.4原子%以上が更に好ましい。また、N含有率の上限は、5原子%以下がより好ましく、3原子%以下が更に好ましい。
【0037】
浸窒素熱処理は、所定のNH3(アンモニア)ガス雰囲気下で、NH3の分解反応が起こり出発材料の内部にN原子が侵入可能となる温度領域であり、かつM成分の拡散・再配列が困難な温度領域(拡散係数が十分に小さい温度領域)で行うことが好ましい。具体的には、450℃以上700℃以下が好ましく、480℃以上650℃以下がより好ましく、500℃以上600℃以下が更に好ましい。
【0038】
NH3ガス雰囲気としては、NH3ガス単体の他、NH3ガスとN2ガスとの混合ガスや、NH3ガスとAr(アルゴン)ガスとの混合ガスや、NH3ガスとH2ガスとの混合ガスを好適に利用できる。NH3ガスの導入は、450℃以上の温度になってから行うことが好ましい。これは、450℃未満の低温領域から積極的にNH3ガスを導入すると、望ましい正方晶構造のFe-N系マルテンサイト相(α’相および/またはα”相)よりも、望まない窒化鉄相(γ’相やε相)が生成し易くなるためである。
【0039】
鉄合金板中のN含有率の制御は、熱処理温度、NH3ガス分圧および/またはNH3ガス供給時間の制御によって行うことができる。鉄合金板の厚さ方向(板厚方向)でのN含有率の分布制御は、NH3ガスを含む雰囲気とNH3ガスを含まない雰囲気とを交互に切り替えることによって行うことができる。
【0040】
浸窒素熱処理工程S2における急冷によって、オーステナイト相(γ相)の大部分をマルテンサイト組織に変態させることができるが、一部のγ相が残存することがある(残留γ相)。γ相は非磁性であるため、磁気特性の観点から残留γ相の体積率は5%以下にすることが好ましい。
【0041】
そこで、浸窒素熱処理工程S2に引き続いて、残留γ相をマルテンサイト組織に変態させるためサブゼロ処理工程S3を行うことが好ましい。サブゼロ処理とは、0℃以下に冷却する処理であり、ドライアイスを使用した普通サブゼロ処理や、液体窒素を使用した超サブゼロ処理を好ましく利用できる。
【0042】
必須の工程ではないが、軟磁性鉄合金板に靭性を与える目的で、サブゼロ処理工程S3の後に100℃以上210℃以下の焼戻し工程S4を更に行ってもよい(図1中には図示せず)。
【0043】
以上説明したように、Feを主成分としCoを1~30原子%で含みMN型窒化物を形成しうるM成分を0.5~5原子%で含む板材に対して、M成分の拡散・再配列が困難な温度領域(拡散係数が十分に小さい温度領域)で0.2原子%以上10原子%以下のN原子を侵入・拡散させた後、急冷を行うことにより、窒化物粒子の生成を抑制しながらFe-N系マルテンサイト相を生成できる。
【0044】
言い換えると、M成分を含有させたことにより、板材全体に亘って所望含有率のN原子を侵入・拡散させることができるとともに、N原子の侵入・拡散温度を低く抑えることにより、M成分の窒化物粒子の析出を平均粒径0.5μm以下かつ数密度50個/100μm2以下に抑制することができ、窒化物粒子の占有率を10面積%以下に抑制することができる。窒化物粒子の平均粒径、数密度および占有率は、それぞれ0.4μm以下、40個/100μm2以下および5面積%以下がより好ましく、0.3μm以下、30個/100μm2以下および2面積%以下が更に好ましい。
【0045】
その結果、本発明の軟磁性鉄合金板は、電磁純鉄板よりも高いBsを達成しながら、窒化物粒子の生成に起因するPiの増大を抑制することができる。具体的には、Bsが2.20 T超であり、Piを60 W/kg以下に抑制することができる。
【0046】
[鉄心および回転電機]
図4Aは回転電機の固定子の一例を示す斜視模式図であり、図4Bは固定子のスロット領域の拡大横断面模式図である。なお、横断面とは、回転軸方向に直交する断面(法線が軸方向と平行の断面)を意味する。回転電機では、図4A図4Bの固定子の径方向内側に回転子(図示せず)が配設される。
【0047】
図4A図4Bに示したように、固定子20は、鉄心10の内周側に形成された複数の固定子スロット11に、固定子コイル21が巻装されたものである。固定子スロット11は、鉄心10の周方向に所定の周方向ピッチで配列形成されるとともに軸方向に貫通形成された空間であり、最内周部分には軸方向に延びるスリット12が開口形成されている。隣り合う固定子スロット11の仕切る領域は鉄心10のティース13と称され、ティース13の内周側先端領域でスリット12を規定する部分はティース爪部14と称される。
【0048】
固定子コイル21は、通常、複数のセグメント導体22から構成される。例えば、図4A図4Bにおいて、固定子コイル21は、三相交流のU相、V相、W相に対応する3本のセグメント導体22から構成されている。また、セグメント導体22と鉄心10との間の部分放電、および各相(U相、V相、W相)間の部分放電を防止する観点から、各セグメント導体22は、通常、その外周を電気絶縁材23(例えば、絶縁紙、エナメル被覆)で覆われる。
【0049】
本発明に係る回転電機とは、本発明の鉄心10を利用した回転電機である。本発明の鉄心10は、従来の電磁純鉄板や電磁鋼板からなる鉄心よりも高いBsを有することから、回転電機の高トルク化/高出力化につながる。また、本発明の鉄心10は、パーメンジュール板からなる鉄心よりも低コスト化が可能であることから、回転電機の過度なコスト上昇を抑制することができる。
【実施例0050】
以下、種々の実験により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実験に記載された構成・構造に限定されるものではない。
【0051】
[実験1]
(出発材料1、参照試料1および参照試料2の用意)
市販の純金属原料(Fe、Co、V、Cr、それぞれ純度=99.9%)を混合し、水冷銅ハース上のアーク溶解法(大亜真空株式会社製、自動アーク溶解炉、減圧Ar雰囲気中)により合金塊を作製した。このとき、合金塊均質化のために、試料を反転させながら再溶解を6回繰り返した。得られた合金塊に対してプレス加工、圧延加工を施して、出発材料1となるFe-18.5原子%Co-2.2原子%V-1.1原子%Cr合金板(厚さ=0.1 mm)を用意した。
【0052】
出発材料1に対して、Arガス雰囲気中(0.8×105 Pa)、500℃で加工歪除去アニールを施して、参照試料1を用意した。また、市販の電磁鋼板(厚さ=0.35 mm、日本製鉄株式会社製、35H300)を参照試料2として別途用意した。
【0053】
[実験2]
(鉄合金板1の作製)
実験1で用意した出発材料1に対して、浸窒素熱処理工程として、N2ガス雰囲気(0.8×105 Pa)で500℃まで昇温し30分間保持した後に、NH3ガス雰囲気(0.8×105 Pa、1分間)とN2ガス雰囲気(0.8×105 Pa、20分間)とを交互に繰り返して、約0.4原子%のN含有率となるようにN原子を侵入拡散させ、水焼入れ(20℃)を行った。その後、5分間以内に当該供試材を液体窒素に浸漬する超サブゼロ処理を行って、鉄合金板1を作製した。
【0054】
[実験3]
(鉄合金板2の作製)
実験1で用意した出発材料1に対して、浸窒素熱処理工程として、N2ガス雰囲気(0.8×105 Pa)で600℃まで昇温し30分間保持した後に、NH3ガス雰囲気(0.8×105 Pa、10分間)とN2ガス雰囲気(0.8×105 Pa、20分間)とを交互に繰り返して、約1.1原子%のN含有率となるようにN原子を侵入拡散させ、水焼入れ(20℃)を行った。その後、5分間以内に当該供試材を液体窒素に浸漬する超サブゼロ処理を行って、鉄合金板2を作製した。
【0055】
[実験4]
(鉄合金板3の作製)
実験1で用意した出発材料1に対して、浸窒素熱処理工程として、N2ガス雰囲気(0.8×105 Pa)で900℃まで昇温し30分間保持した後に、NH3ガス雰囲気(0.8×105 Pa、1分間)とN2ガス雰囲気(0.8×105 Pa、20分間)とを交互に繰り返して、約1.5原子%のN含有率となるようにN原子を侵入拡散させ、水焼入れ(20℃)を行った。その後、5分間以内に当該供試材を液体窒素に浸漬する超サブゼロ処理を行って、鉄合金板3を作製した。
【0056】
[実験5]
(鉄合金板4の作製)
実験1で用意した出発材料1に対して、浸窒素熱処理工程として、N2ガス雰囲気(0.8×105 Pa)で900℃まで昇温し30分間保持した後に、NH3ガス雰囲気(0.8×105 Pa、10分間)とN2ガス雰囲気(0.8×105 Pa、20分間)とを交互に繰り返して、約3.4原子%のN含有率となるようにN原子を侵入拡散させ、水焼入れ(20℃)を行った。その後、5分間以内に当該供試材を液体窒素に浸漬する超サブゼロ処理を行って、鉄合金板4を作製した。
【0057】
以上説明したように、鉄合金板1~2は、浸窒素熱処理工程の温度を比較的低く抑えており、本発明の実施例となる鉄合金板の試料である。鉄合金板3~4は、浸窒素熱処理工程の温度が比較的高くなっており、本発明に対する比較例となる試料である。
【0058】
[実験6]
(鉄合金板1~4、参照試料1および参照試料2の性状調査および磁気特性調査)
まず、各試料の表面に対して、X線回折装置(株式会社リガク製、Rint-Ultima III)を用いてCu-Kα線による広角X線回折測定(WAXD)を行って結晶相の同定を行った。
【0059】
その結果、参照試料1および参照試料2は、α相(フェライト相)のみの回折ピークが確認された。これに対し、鉄合金板1~4は、α相を主相としながら、α’相(Fe8N相)とVN相(窒化バナジウム相)とCrN相(窒化クロム相)との回折ピークが確認された。また、鉄合金板4では、ε相(FeN相)の回折ピークも確認された。
【0060】
これらの結果から、浸窒素熱処理工程およびサブゼロ処理工程によって、Fe-N系マルテンサイト相のα’相と、MN型窒化物相のVN相およびCrN相とが生成していることが確認された。結果を後述する表1にまとめる。
【0061】
各試料から微細組織観察用の試験片を採取し、試験片の断面を鏡面研磨してピクリン酸水溶液エッチングを行った。当該断面に対して、走査型電子顕微鏡(SEM、日立ハイテクノロジーズ社製、S4800)を用いて微細組織観察を行った。また、得られたSEM観察像に対して画像解析を行って、面積100μm2の正方形内で観測される析出粒子の数から数密度を算出し、当該100μm2の正方形内での析出粒子の占有率(面積%)を算出した。さらに、当該100μm2の正方形内で観測される析出粒子の平均粒径(各析出粒子の等価面積円の直径の平均)を算出した。結果を表1に併記する。
【0062】
図2は、鉄合金板2の断面SEM観察像であり、図3は、鉄合金板3の断面SEM観察像である。図2~3に示したように、母相1の中に析出粒子2が点在しているのが分かる。また、鉄合金板2と鉄合金板3とを比較したときに、析出粒子2の数密度および占有率が、大きく異なっていることが容易に確認される。WAXDの結果を考え合わせると、析出粒子2はVN相およびCrN相の粒子(すなわち、MN型窒化物粒子)であると考えられる。
【0063】
微細組織観察用の試験片断面に対して、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA、日本電子株式会社製、JXA-8530F)を用いてN濃度の定量分析を行った。具体的には、試験片断面の厚さ方向(板厚方向)に沿って等間隔で200点のスポット測定を行い、その平均値をN含有率とした。また、200点のスポット測定のうち、母相領域(析出粒子ではない領域)のみの測定値の平均を母相N濃度として算出した。結果を表1に併記する。
【0064】
つぎに、機械的特性として、微細組織観察用の試験片の断面に対して、マイクロビッカース硬度計(株式会社マツザワ製、AMT-X7AFS)を用いてビッカース硬さ(Hv)を測定した(荷重:100 gf、保持時間:15秒、10点測定の平均)。結果を表1に併記する。
【0065】
各試料の磁気特性(Bs、Hc、Pi)を調査した。振動試料型磁力計(理研電子株式会社製、BHV-525H)を用いて磁界1.6 MA/m、温度20℃の条件下で試料の磁化(単位:emu)測定し、試料体積および試料質量から飽和磁束密度Bs(単位:T)と保磁力Hc(単位:A/m)とを求めた。また、BHループアナライザ(株式会社IFG製、IF-BH550)および縦型ヨーク単板試験機を用いたHコイル法(JIS C 2556:2015に準拠)により、磁束密度1.0 T、400 Hz、温度20℃の条件下で試料の鉄損Pi-1.0/400(単位:W/kg)を測定した。結果を表2に示す。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
表1の結果から、鉄合金板1~4にかけてN含有率が増加し、Fe-N系マルテンサイト相(α’相)とMN型窒化物相(VN相、CrN相)とが生成していることが分かる。鉄合金板1~4の製造プロセス(実験2~5の浸窒素熱処理工程)をかんがみると、熱処理温度を高くしたりNH3ガス供給時間を長くしたりすると、N含有率が増加することが確認される。
【0069】
ここで、浸窒素熱処理工程の温度が比較的高い鉄合金板3~4は、MN型窒化物粒子の析出量が多くなっており、鉄合金板全体のN含有率に比して母相N濃度が低くなっている。これに対し、浸窒素熱処理工程の温度が比較的低い鉄合金板1~2は、MN型窒化物粒子の析出量が少なくなっており、鉄合金板全体のN含有率と母相N濃度とが同じになっている。これらのことから、浸窒素熱処理工程の温度を低めに設定する(M成分の拡散・再配列が困難な温度領域とする)ことにより、MN型窒化物粒子の生成・析出を抑制できることが確認される。
【0070】
また、母相N濃度が高くなるにつれて(その結果としてα’相の生成量が増加するにつれて)、ビッカース硬さが高くなることが確認される。ビッカース硬さは引張強さ等の機械的強度と正の相関があることから、母相N濃度を高めてα’相生成量を増加させると、機械的強度も高まることが期待される。
【0071】
表1および表2の結果を合わせて見ると、市販の電磁鋼板である参照試料2は、十分に低いHcおよびPi-1.0/400を示しているが、Bsが電磁純鉄板のBs(約2.1 T)に届いていない。N成分を侵入・拡散させておらずα’相を生成していない参照試料1は、電磁純鉄板よりも高いBsを有するが、パーメンジュールのBs(約2.4 T)からは大きく低下している。
【0072】
これらに対し、本発明の実施例となる鉄合金板1~2は、N成分を侵入・拡散させてα’相を生成させたことにより、参照試料1に比して明確にBsが向上しており、かつPi-1.0/400が60 W/kg以下を示している。
【0073】
一方、比較例となる鉄合金板3~4は、母相N濃度がさほど高くない(N含有率に比して明らかに低い)ことからα’相の生成量も多くないと考えられ、Bsが鉄合金板1と同程度である。また、窒化物粒子が大量に生成・析出していることから、HcおよびPi-1.0/400が非常に高くなっている。
【0074】
以上の各実験から、Fe-Co-M系合金板(MはMN型窒化物を形成しうる元素)に対して、M成分の拡散・再配列が困難な温度領域(拡散係数が十分に小さい温度領域)でN原子を侵入・拡散させてα’相および/またはα”相を生成させ、かつM成分の窒化物粒子の析出を所定のレベル以下に抑制することにより、優れたBsを示しながらPiの過度の増加を抑制できることが、確認・実証された。
【0075】
上述した実施形態や実験は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0076】
1…母相、2…析出粒子、
10…積層鉄心、11…固定子スロット、12…スリット、13…ティース、14…ティース爪部、
20…固定子、21…固定子コイル、22…セグメント導体、23…電気絶縁材。
図1
図2
図3
図4A
図4B