(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023100347
(43)【公開日】2023-07-19
(54)【発明の名称】肺疾患モデル動物
(51)【国際特許分類】
A01K 67/027 20060101AFI20230711BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230711BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20230711BHJP
【FI】
A01K67/027
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】29
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022000925
(22)【出願日】2022-01-06
(71)【出願人】
【識別番号】506208908
【氏名又は名称】学校法人兵庫医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100218268
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】児玉 大志
(72)【発明者】
【氏名】平田 豊
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼木 治行
(72)【発明者】
【氏名】山門 亨一郎
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA29
2G045AA40
(57)【要約】
【課題】肺疾患モデル動物を提供する。
【解決手段】片側の肺のみに病変を有する、体外から肺へ貫通する傷またはその傷跡を有しない肺疾患非ヒトモデル動物を提供する。また、以下の工程を含む、肺疾患非ヒトモデル動物の製造方法を提供する:(1)非ヒト動物の片側の気管支にカテーテルを挿入する工程;および(2)片側の気管支にカテーテルを介して肺疾患誘発物質を注入する工程。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
片側の肺のみに病変を有する、体外から肺へ貫通する傷またはその傷跡を有しない肺疾患非ヒトモデル動物。
【請求項2】
肺疾患が、間質性肺炎、抗原誘発性喘息、および慢性閉塞性肺疾患からなる群から選択される、請求項1記載の非ヒトモデル動物。
【請求項3】
肺疾患が間質性肺炎であり、片側の肺のみに間質の線維化を有する、請求項2記載の非ヒトモデル動物。
【請求項4】
片側の肺の細気管支壁が肥厚している、請求項3記載の非ヒトモデル動物。
【請求項5】
片側の肺における気管支周囲の線維芽細胞が増殖している、請求項3または4に記載の非ヒトモデル動物。
【請求項6】
片側の肺における肺胞マクロファージの細胞が増殖している、請求項3~5のいずれかに記載の非ヒトモデル動物。
【請求項7】
片側の肺の間質において細胞浸潤が生じている、請求項3~6のいずれかに記載の非ヒトモデル動物。
【請求項8】
肺疾患が抗原誘発性喘息であり、片側の肺のみに気管支周囲における好酸球浸潤を有する、請求項2記載の非ヒトモデル動物。
【請求項9】
肺疾患が慢性閉塞性肺疾患であり、片側の肺において胸部CT画像における低濃度域が拡大している、請求項2記載の非ヒトモデル動物。
【請求項10】
片側の肺のみに気腫性変化を有する、請求項9記載の非ヒトモデル動物。
【請求項11】
気胸を併発していない、請求項1~10のいずれかに記載の非ヒトモデル動物。
【請求項12】
げっ歯類である、請求項1~11のいずれかに記載の非ヒトモデル動物。
【請求項13】
マウスである、請求項12記載の非ヒトモデル動物。
【請求項14】
以下の工程を含む、肺疾患非ヒトモデル動物の製造方法:
(1)非ヒト動物の片側の気管支にカテーテルを挿入する工程;および
(2)片側の気管支にカテーテルを介して肺疾患誘発物質を注入する工程。
【請求項15】
工程(1)がX線透視下で行われる、請求項14記載の方法。
【請求項16】
肺疾患が、間質性肺炎、抗原誘発性喘息、および慢性閉塞性肺疾患からなる群から選択される、請求項14または15に記載の方法。
【請求項17】
肺疾患が間質性肺炎であり、肺疾患誘発物質が、ブレオマイシン、TGF-βまたは酸化鉄である、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
間質性肺炎誘発物質が、ブレオマイシンである、請求項17記載の方法。
【請求項19】
肺疾患が抗原誘発性喘息であり、肺疾患誘発物質が、卵白アルブミン、ダニ抗原、ゴキブリ抗原またはアスペルギルス抗原である、請求項16に記載の方法。
【請求項20】
肺疾患が慢性閉塞性肺疾患であり、肺疾患誘発物質がエラスターゼである、請求項16に記載の方法。
【請求項21】
非ヒトモデル動物が気胸を併発していない、請求項14~20のいずれかに記載の方法。
【請求項22】
非ヒトモデル動物がげっ歯類である、請求項14~21のいずれかに記載の方法。
【請求項23】
非ヒトモデル動物がマウスである、請求項22記載の方法。
【請求項24】
以下を含む、肺疾患を治療する物質のスクリーニング方法:
(1)請求項1~13のいずれかに記載の非ヒトモデル動物に候補物質を投与する工程、および
(2)肺疾患に対する候補物質の有効性を評価する工程。
【請求項25】
肺疾患が、間質性肺炎、抗原誘発性喘息、および慢性閉塞性肺疾患からなる群から選択される、請求項24記載の方法。
【請求項26】
肺疾患が間質性肺炎である、請求項25記載の方法。
【請求項27】
以下を含む、肺疾患を予防する物質のスクリーニング方法:
(1)非ヒト動物に候補物質を投与する工程、
(2)非ヒト動物から請求項14~23のいずれかに記載の方法により肺疾患非ヒトモデル動物を製造する工程、および
(3)肺疾患に対する候補物質の有効性を評価する工程。
【請求項28】
肺疾患が、間質性肺炎、抗原誘発性喘息、および慢性閉塞性肺疾患からなる群から選択される、請求項27記載の方法。
【請求項29】
肺疾患が間質性肺炎である、請求項28記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、肺疾患モデル動物を提供する。
【背景技術】
【0002】
肺疾患の一種である間質性肺炎では、肺胞の壁に炎症や損傷が起こり、壁が厚く硬くなるため(線維化)、肺胞による酸素取り込みが阻害される。間質性肺炎の原因は様々であるが、原因不明のものを特発性間質性肺炎(IIP)と総称する。IIPは主要な6つの病型、稀な2つの病型および分類不能型に分類される。
【0003】
IIPのなかでは特発性肺線維症(IPF)が80~90%と最も多く、次いで特発性非特異性間質性肺炎が5~10%、特発性器質化肺炎が1~2%程度である。わが国におけるIPFの調査では、発症率が10万人対2.23人、有病率が10万人対10.0人とされている。IPFは50歳以上の男性に多く、ほとんどが喫煙者であることから、喫煙が「危険因子」であると考えられている。
【0004】
IPFに対して有効な治療法は無く、対症療法が中心となっている。このため、多くの製薬企業が新規治療薬開発を目指している。
【0005】
間質性肺炎のモデル動物として、ブレオマイシン投与モデルが知られている(非特許文献1~3)。マウスの気管内にブレオマイシンを投与することにより、細気管支壁の線維性肥厚、気管支周囲での線維芽細胞の増殖と間質性の線維化、肺胞マクロファージの増加と間質を主とした細胞浸潤などが両肺で観察される。しかしながら、ブレオマイシン投与後の死亡率が高く、肺線維症病変が完成する以前にマウスが死亡してしまうため、長期的な観察は困難である。
【0006】
肺疾患の一種である抗原誘発性喘息は、特定の抗原により誘発される喘息である。抗原誘発性喘息のモデル動物として、卵白アルブミン、ダニ抗原、ゴキブリ抗原またはアスペルギルス抗原を投与したモデルが知られている(非特許文献4)。
【0007】
肺疾患の一種である慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、タバコ煙などの有害物質を長期間吸入曝露することで生じる肺の炎症性疾患である。慢性閉塞性肺疾患のモデル動物として、エラスターゼを投与したモデルが知られている(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Eur Respir J. 2008 Nov;32(5):1337-43. Effects of edaravone, a free-radical scavenger, on bleomycin-induced lung injury in mice S Tajima 1, M Bando, Y Ishii, T Hosono, H Yamasawa, S Ohno, T Takada, E Suzuki, F Gejyo, Y Sugiyama.
【非特許文献2】J Cell Commun Signal. 2010 Dec;4(4):187-8. Commentary on a recent article-"A prostacyclin analogue, Iloprost, protects from bleomycin-induced fibrosis in mice" Zhu Y et al. Respir Res. 2010 Mar 20;11(1):34 Richard Stratton, Florence Newton.
【非特許文献3】Exp Lung Res. 2015 May;41(4):173-88. Amelioration of bleomycin-induced pulmonary fibrosis in a mouse model by a combination therapy of bosentan and imatinib. Shanmuga Reddy Chilakapati, Mamatha Serasanambati, Prabhakar Vissavajjhala, Jagadeeshwara Reddy Kanala, Damodar Reddy Chilakapati.
【非特許文献4】Debeuf N, Haspeslagh E, van Helden M, et al. Mouse Models of Asthma. Curr Protoc Mouse Biol. 2016;6(2):169-184.
【非特許文献5】Liang GB, He ZH. Animal models of emphysema. Chin Med J (Engl). 2019;132(20):2465-2475.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本願は、肺疾患モデル動物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願は、片側の肺のみに病変を有する、体外から肺へ貫通する傷またはその傷跡を有しない肺疾患非ヒトモデル動物を提供する。
【0011】
本願はまた、以下の工程を含む、肺疾患非ヒトモデル動物の製造方法を提供する:
(1)非ヒト動物の片側の気管支にカテーテルを挿入する工程;および
(2)片側の気管支にカテーテルを介して肺疾患誘発物質を注入する工程。
【0012】
本願はまた、以下を含む、肺疾患を治療する物質のスクリーニング方法を提供する:
(1)本願の非ヒトモデル動物に候補物質を投与する工程、および
(2)肺疾患に対する候補物質の有効性を評価する工程。
【0013】
本願はまた、以下を含む、肺疾患を予防する物質のスクリーニング方法を提供する:
(1)非ヒト動物に候補物質を投与する工程、
(2)非ヒト動物から本願の方法により肺疾患非ヒトモデル動物を製造する工程、および
(3)肺疾患に対する候補物質の有効性を評価する工程。
【発明の効果】
【0014】
本願によって、肺疾患非ヒトモデル動物が提供される。また本願の方法により、肺疾患非ヒトモデル動物を作製できる。本願の肺疾患非ヒトモデル動物は片側の肺のみに病変を有し、肺疾患のモデル動物として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】片肺にブレオマイシンを投与したマウス(Unilateral)、ピルフェニドン投与を伴う片肺にブレオマイシンを投与したマウス(Unilateral + Pirfenidone)、ブレオマイシンを両肺投与したマウス(Bilateral)および健常マウス(Control)の生存率。
【
図2】片肺にブレオマイシンを投与したマウス(Unilateral)、ピルフェニドン投与を伴う片肺にブレオマイシンを投与したマウス(Unilateral + Pirfenidone)、ブレオマイシンを両肺投与したマウス(Bilateral)および健常マウス(Control)の体重変化。
【
図3】片肺にブレオマイシンを投与したマウスにおける肺組織切片の線維組織染色。右図はブレオマイシンを投与した側の肺の染色像を示す。左図は逆側の肺の染色像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本開示では、数値が「約」の用語を伴う場合、その値の±10%の範囲を含むことを意図する。例えば、「約20」は、「18~22」を含むものとする。数値の範囲は、両端点の間の全ての数値および両端点の数値を含む。範囲に関する「約」は、その範囲の両端点に適用される。従って、例えば「約20~30」は、「18~33」を含むものとする。
【0017】
肺疾患非ヒトモデル動物
本願は、片側の肺のみに病変を有する、体外から肺へ貫通する傷またはその傷跡を有しない肺疾患非ヒトモデル動物を提供する。
【0018】
肺疾患は、肺に病変を有する疾患の総称である。肺疾患としては、例えば、間質性肺炎、抗原誘発性喘息および慢性閉塞性肺疾患などが挙げられる。肺疾患は、間質性肺炎、抗原誘発性喘息および慢性閉塞性肺疾患からなる群から選択され得、例えば間質性肺炎であり得る。本明細書において、病変は肺疾患により現れる症状または特徴を意味する。
【0019】
ある態様において、肺疾患は間質性肺炎である。間質性肺炎は、肺の間質に炎症が起こる疾患の総称である。間質性肺炎の特徴としては、間質の線維化、細気管支壁の肥厚、気管支周囲の線維芽細胞の増殖、肺胞マクロファージの細胞の増殖、および間質における細胞浸潤などが含まれる。
【0020】
ある実施形態において、本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物は、片側の肺のみに間質の線維化を有する。すなわち、本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物は、片側の肺に間質の線維化を有し、逆側の肺には間質の線維化を有しない。間質の線維化は、例えばアザン染色またはマッソントリクローム染色した組織切片の間質において膠原線維の増生やコラーゲン沈着を観察することで確認できる。例えば、本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物は、片側の肺の膠原線維が対照の肺と比較して増生している。対照の肺は、例えば本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物の逆側の肺または健常な非ヒト動物の肺である。
【0021】
ある実施形態において、本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物は、片側の肺の細気管支壁が肥厚している。ある実施形態において、本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物は、片側の肺の細気管支壁が対照の肺と比較して肥厚している。対照の肺は、例えば本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物の逆側の肺または健常な非ヒト動物の肺である。肺の細気管支壁の厚さは、例えばヘマトキシリンエオジン染色した組織切片において確認できる。
【0022】
ある実施形態において、本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物は、片側の肺における気管支周囲の線維芽細胞が増殖している。ある実施形態において、本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物は、片側の肺における気管支周囲の線維芽細胞が対照の肺と比較して増殖している。対照の肺は、例えば本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物の逆側の肺または健常な非ヒト動物の肺である。気管支周囲の線維芽細胞の数は、例えばVimentinで免疫染色した組織切片において確認できる。
【0023】
ある実施形態において、本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物は、片側の肺における肺胞マクロファージの細胞が増殖している。ある実施形態において、本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物は、片側の肺における肺胞マクロファージの細胞が対照の肺と比較して増殖している。対照の肺は、例えば本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物の逆側の肺または健常な非ヒト動物の肺である。肺胞マクロファージの細胞数は、例えば抗CD68抗体を用いた免疫染色により確認できる。
【0024】
ある実施形態において、本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物は、片側の肺の間質において細胞浸潤が生じている。間質において細胞浸潤が生じていることは、例えばヘマトキシリンエオジン染色した組織切片において確認できる。
【0025】
ある態様において、肺疾患は抗原誘発性喘息である。抗原誘発性喘息は、特定の抗原により誘発される喘息である。抗原誘発性喘息の特徴としては、気管支周囲の好酸球浸潤などが含まれる。
【0026】
ある実施形態において、本願の抗原誘発性喘息非ヒトモデル動物は、片側の肺のみに気管支周囲における好酸球浸潤を有する。気管支周囲において好酸球浸潤を有することは、例えばヘマトキシリンエオジン染色した組織切片において確認できる。
【0027】
ある態様において、肺疾患は慢性閉塞性肺疾患である。慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、タバコ煙などの有害物質を長期間吸入曝露することで生じる肺の炎症性疾患である。慢性閉塞性肺疾患の特徴としては、胸部CT画像における低濃度域の拡大および気腫性変化などが含まれる。
【0028】
ある実施形態において、本願の慢性閉塞性肺疾患非ヒトモデル動物は、片側の肺において胸部CT画像における低濃度域が拡大している。胸部CT画像における低濃度域とは、例えば約-950HU以下の領域であり得る。ある実施形態において、本願の慢性閉塞性肺疾患非ヒトモデル動物は、片側の肺の胸部CT画像における低濃度域が対照の肺と比較して拡大している。対照の肺は、例えば本願の慢性閉塞性肺疾患非ヒトモデル動物の逆側の肺または健常な非ヒト動物の肺である。胸部CT画像における低濃度域が拡大していることは、例えばCT検査により確認できる。
【0029】
ある実施形態において、本願の慢性閉塞性肺疾患非ヒトモデル動物は、片側の肺のみに気腫性変化を有する。気腫性変化とは、肺胞壁の破壊を伴う肺胞の異常な拡大を意味する。気腫性変化は、例えばヘマトキシリンエオジン染色した組織切片において確認できる。
【0030】
ある態様において、本願の肺疾患非ヒトモデル動物は、気胸を併発していない。本願において、気胸とは、肺に穴が開き、胸腔に空気がたまっている状態を指す。本願の肺疾患非ヒトモデル動物が気胸を併発していないことは、例えばX線透視画像および/または呼吸状態の観察により確認できる。
【0031】
非ヒト動物は、非ヒトであって肺疾患を生じ得る動物である限りいかなる種の動物でもよい。ヒトの肺疾患のモデルとして用いる観点から、ヒト以外の哺乳類であることが好ましい。このような哺乳類としては、サルなどの霊長類、げっ歯類、ウサギ、ネコ、イヌ、ウマ、ウシ等が挙げられる。実験動物としての取り扱いが容易であるとの観点から、マウス、ラット、モルモット、ハムスター等のげっ歯類が好ましく、マウスがより好ましい。
【0032】
肺疾患非ヒトモデル動物の製造方法
本願はまた、以下の工程を含む、肺疾患非ヒトモデル動物の製造方法を提供する:
(1)非ヒト動物の片側の気管支にカテーテルを挿入する工程;および
(2)片側の気管支にカテーテルを介して肺疾患誘発物質を注入する工程。
【0033】
カテーテルとしては、気管支に挿入するために用いられ得るサイズの任意のカテーテルが使用できる。カテーテルの形状、直径および長さは、非ヒト動物のサイズに合わせて適宜選択すればよい。非ヒト動物がマウスである場合、例えばプログレートλ17(テルモ株式会社)が使用できる。
【0034】
工程(1)において、カテーテルは、例えば非ヒト動物の口から気管を経由して左右どちらかの気管支に挿入される。ある実施形態において、工程(1)はX線透視下で行われる。工程(1)をX線透視下で行うことにより、カテーテルを片側の気管支に容易に挿入できる。工程(1)をX線透視下で行う場合、X線不透過性のカテーテルを使用することが好ましい。X線不透過性のカテーテルは、例えば放射線不透過性を有する樹脂材料により形成され得る。放射線不透過性を有する樹脂材料は、例えばポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコン樹脂またはフッ素樹脂などの樹脂材料に三酸化ビスマス、タングステンまたは硫酸バリウムなどの放射線不透過材料を混ぜて形成され得る。例えば、X線透視画像において気管内に挿入されたカテーテルの先端の方向がマウスの体軸に対して正中より左または右に傾いている場合、カテーテルが左または右気管支内に挿入されたと判断され得る。X線透視装置には市販の装置を使用でき、例えばWHA-50(島津製作所)が使用できる。
【0035】
ある実施形態では、工程(1)において、ガイドワイヤーが使用され得る。ガイドワイヤーを使用することにより、安全かつ確実に目的とする部位までカテーテルを挿入できる。ガイドワイヤーは、カテーテル内に挿入可能なサイズの任意のガイドワイヤーが使用できる。
【0036】
ある態様において、肺疾患は間質性肺炎である。間質性肺炎誘発物質は、間質性肺炎を誘発できる物質である限り特に限定されないが、例えばブレオマイシン、TGF-βおよび酸化鉄が挙げられ、好ましくはブレオマイシンである。間質性肺炎誘発物質がブレオマイシンである場合、その投与量は約0.5mg/kg体重~約10mg/kg体重、または約1mg/kg体重~約5mg/kg体重であり得、例えば約1mg/kg体重である。
【0037】
本態様において、通常、工程(2)の10日~30日後、例えば14日~21日後に、非ヒト動物は片肺において間質性肺炎の症状を示す。本願の間質性肺炎非ヒトモデル動物が間接性肺炎の症状を示すことは、間質性肺炎の上記特徴のうち少なくとも1つを有することによって確認され得る。
【0038】
ある態様において、肺疾患は抗原誘発性喘息である。抗原誘発性喘息誘発物質は、抗原誘発性喘息を誘発できる物質である限り特に限定されないが、例えば卵白アルブミン、ダニ抗原、ゴキブリ抗原またはアスペルギルス抗原である。抗原誘発性喘息誘発物質が卵白アルブミンである場合、その投与量は約5μg/個体~約200μg/個体、または約10μg/個体~約100μg/個体であり得る。抗原誘発性喘息誘発物質がダニ抗原である場合、その投与量は約5μg/個体~約50μg/個体、または約10μg/個体~約25μg/個体であり得る。抗原誘発性喘息誘発物質がゴキブリ抗原である場合、その投与量は約10μg/個体~約80μg/個体、または約20μg/個体~約40μg/個体であり得る。抗原誘発性喘息誘発物質がアスペルギルス抗原である場合、その投与量は約1μg/個体~約10μg/個体、または約2μg/個体~約4μg/個体であり得る。
【0039】
本態様において、通常、工程(2)の10日~40日後、例えば14日~28日後に、非ヒト動物は片肺において抗原誘発性喘息の症状を示す。本願の抗原誘発性喘息非ヒトモデル動物が抗原誘発性喘息の症状を示すことは、抗原誘発性喘息の上記特徴のうち少なくとも1つを有することによって確認され得る。
【0040】
ある態様において、肺疾患は慢性閉塞性肺疾患である。慢性閉塞性肺疾患誘発物質は、慢性閉塞性肺疾患を誘発できる物質である限り特に限定されないが、例えばエラスターゼである。慢性閉塞性肺疾患誘発物質がエラスターゼである場合、その投与量は約0.5IU/個体~約10IU/個体、または約1IU/個体~約5IU/個体であり得る。
【0041】
本態様において、通常、工程(2)の1日~10日後、例えば3日~7日後に、非ヒト動物は片肺において慢性閉塞性肺疾患の症状を示す。本願の慢性閉塞性肺疾患非ヒトモデル動物が慢性閉塞性肺疾患の症状を示すことは、慢性閉塞性肺疾患の上記特徴のうち少なくとも1つを有することによって確認され得る。
【0042】
肺疾患を治療する物質のスクリーニング方法
本願はまた、以下を含む、肺疾患を治療する物質のスクリーニング方法を提供する:
(1)本願の肺疾患非ヒトモデル動物に候補物質を投与する工程、および
(2)肺疾患に対する候補物質の有効性を評価する工程。
【0043】
「候補物質」は、肺疾患を治療する物質の候補となり得るものであればよく、その種類は特に限定されない。候補物質には、タンパク質、アミノ酸、核酸、脂質、糖質、低分子化合物、無機化合物などのあらゆる物質が包含される。候補物質は、典型的には精製または単離されているものを使用できるが、未精製または未単離の粗精製品であってもよい。候補物質は、化合物ライブラリー、核酸ライブラリー、ランダムペプチドライブラリーなどの形態で提供されてもよく、また天然物として提供されてもよい。
【0044】
候補物質の投与方法は特に限定されない。投与方法として経口投与、経皮投与、胃内投与、粘膜を介した投与、注射または点滴による静脈内、動脈内、筋肉内、皮下、皮肉、腹腔内などへの投与などが例示される。候補物質の投与は、必要に応じて候補物質を担体と共に適宜製剤化した投与形態により行うことができる。
【0045】
工程(2)において、候補物質の有効性の評価は、病変を確認することによりなされ得る。例えば、候補物質を投与した非ヒトモデル動物において、病変が対照と比較して改善している場合、候補物質を肺疾患の治療に有効な物質として選択できる。対照は、例えば、候補物質を投与する前の非ヒトモデル動物の病変を有する肺、候補物質を投与していないか、または不活性物質を投与した非ヒトモデル動物の病変を有する肺であり得る。
【0046】
ある態様において、肺疾患は間質性肺炎である。本態様において、候補物質の有効性の評価は、病変を有する肺において上記の間質性肺炎の特徴を確認することによりなされ得る。例えば、候補物質を投与した非ヒトモデル動物の病変を有する肺において、上記の間質性肺炎の特徴のうちいずれかが対照と比較して改善している場合、候補物質を間質性肺炎の治療に有効な物質として選択できる。対照は、例えば、候補物質を投与する前の非ヒトモデル動物の病変を有する肺、候補物質を投与していないか、または不活性物質を投与した非ヒトモデル動物の病変を有する肺であり得る。
【0047】
ある態様において、肺疾患は抗原誘発性喘息である。本態様において、候補物質の有効性の評価は、病変を有する肺において上記の抗原誘発性喘息の特徴を確認することによりなされ得る。例えば、候補物質を投与した非ヒトモデル動物の病変を有する肺において、上記の抗原誘発性喘息の特徴のうちいずれかが対照と比較して改善している場合、候補物質を抗原誘発性喘息の治療に有効な物質として選択できる。対照は、例えば、候補物質を投与する前の非ヒトモデル動物の病変を有する肺、候補物質を投与していないか、または不活性物質を投与した非ヒトモデル動物の病変を有する肺であり得る。
【0048】
ある態様において、肺疾患は慢性閉塞性肺疾患である。本態様において、候補物質の有効性の評価は、病変を有する肺において上記の慢性閉塞性肺疾患の特徴を確認することによりなされ得る。例えば、候補物質を投与した非ヒトモデル動物の病変を有する肺において、上記の慢性閉塞性肺疾患の特徴のうちいずれかが対照と比較して改善している場合、候補物質を慢性閉塞性肺疾患の治療に有効な物質として選択できる。対照は、例えば、候補物質を投与する前の非ヒトモデル動物の病変を有する肺、候補物質を投与していないか、または不活性物質を投与した非ヒトモデル動物の病変を有する肺であり得る。
【0049】
本明細書において、「治療」は、疾患の原因を軽減または除去すること、疾患の進行を遅延または停止させること、その症状を軽減、緩和、改善または除去すること、および/またはその症状の悪化を抑制することを意味する。
【0050】
肺疾患を予防する物質のスクリーニング方法
本願はまた、以下を含む、肺疾患を予防する物質のスクリーニング方法を提供する:
(1)非ヒト動物に候補物質を投与する工程、
(2)非ヒト動物から本願の方法により肺疾患非ヒトモデル動物を製造する工程、および
(3)肺疾患に対する候補物質の有効性を評価する工程。
【0051】
「候補物質」は、肺疾患を予防する物質の候補となり得るものであればよく、その種類については特に限定されない。候補物質には、タンパク質、アミノ酸、核酸、脂質、糖質、低分子化合物、無機化合物などのあらゆる物質が包含される。候補物質は、典型的には精製または単離されているものを使用できるが、未精製または未単離の粗精製品であってもよい。候補物質は、化合物ライブラリー、核酸ライブラリー、ランダムペプチドライブラリーなどの形態で提供されてもよく、また天然物として提供されてもよい。
【0052】
候補物質の投与方法は特に限定されない。投与方法として経口投与、経皮投与、胃内投与、粘膜を介した投与、注射または点滴による静脈内、動脈内、筋肉内、皮下、皮肉、腹腔内などへの投与などが例示される。候補物質の投与は、必要に応じて候補物質を担体と共に適宜製剤化した投与形態により行うことができる。
【0053】
工程(2)において、非ヒト動物から本願の方法により肺疾患非ヒトモデル動物を製造する。通常、非ヒト動物は、本願の方法により肺疾患誘発物質を注入され、一定期間経過後に片肺において肺疾患の症状を示す。したがって、例えば工程(3)は、工程(2)において非ヒト動物に肺疾患誘発物質を注入してから一定期間経過後に行われる。
【0054】
ある態様において、肺疾患は間質性肺炎である。非ヒト動物は、本願の方法により間質性肺炎誘発物質を注入された後、通常10日~30日後、例えば14日~21日後に片肺において間質性肺炎の症状を示す。したがって、例えば工程(3)は、工程(2)において非ヒト動物に間質性肺炎誘発物質を注入した10日~30日後、例えば14日~21日後に行われる。
【0055】
ある態様において、肺疾患は抗原誘発性喘息である。非ヒト動物は、本願の方法により抗原誘発性喘息誘発物質を注入された後、通常10日~40日後、例えば14日~28日後に片肺において抗原誘発性喘息の症状を示す。したがって、例えば工程(3)は、工程(2)において非ヒト動物に抗原誘発性喘息誘発物質を注入した10日~40日後、例えば14日~28日後に行われる。
【0056】
ある態様において、肺疾患は慢性閉塞性肺疾患である。非ヒト動物は、本願の方法により慢性閉塞性肺疾患誘発物質を注入された後、通常1日~10日後、例えば3日~7日後に片肺において慢性閉塞性肺疾患の症状を示す。したがって、例えば工程(3)は、工程(2)において非ヒト動物に慢性閉塞性肺疾患誘発物質を注入した1日~10日後、例えば3日~7日後に行われる。
【0057】
工程(3)において、候補物質の有効性の評価は、病変を確認することによりなされ得る。例えば、候補物質を投与した非ヒトモデル動物において、病変が対照と比較して改善している場合、候補物質を肺疾患の予防に有効な物質として選択できる。対照は、例えば、候補物質を投与していないか、または不活性物質を投与した非ヒトモデル動物の肺疾患誘発物質を注入した肺であり得る。
【0058】
ある態様において、肺疾患は間質性肺炎である。本態様において、候補物質の有効性の評価は、病変を有する肺において上記の間質性肺炎の特徴を確認することによりなされ得る。例えば、候補物質を投与した非ヒトモデル動物における間質性肺炎誘発物質が注入された肺において、上記の間質性肺炎の特徴のうちいずれかが対照と比較して改善している場合、候補物質を間質性肺炎の予防に有効な物質として選択できる。対照は、例えば、候補物質を投与していないか、または不活性物質を投与した非ヒトモデル動物における間質性肺炎誘発物質を注入した肺であり得る。
【0059】
ある態様において、肺疾患は抗原誘発性喘息である。本態様において、候補物質の有効性の評価は、病変を有する肺において上記の抗原誘発性喘息の特徴を確認することによりなされ得る。例えば、候補物質を投与した非ヒトモデル動物における抗原誘発性喘息誘発物質が注入された肺において、上記の抗原誘発性喘息の特徴のうちいずれかが対照と比較して改善している場合、候補物質を抗原誘発性喘息の予防に有効な物質として選択できる。対照は、例えば、候補物質を投与していないか、または不活性物質を投与した非ヒトモデル動物における抗原誘発性喘息誘発物質を注入した肺であり得る。
【0060】
ある態様において、肺疾患は慢性閉塞性肺疾患である。本態様において、候補物質の有効性の評価は、病変を有する肺において上記の慢性閉塞性肺疾患の特徴を確認することによりなされ得る。例えば、候補物質を投与した非ヒトモデル動物における慢性閉塞性肺疾患誘発物質が注入された肺において、上記の慢性閉塞性肺疾患の特徴のうちいずれかが対照と比較して改善している場合、候補物質を慢性閉塞性肺疾患の予防に有効な物質として選択できる。対照は、例えば、候補物質を投与していないか、または不活性物質を投与した非ヒトモデル動物における慢性閉塞性肺疾患誘発物質を注入した肺であり得る。
【実施例0061】
以下に実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明は実施例により何ら限定されるものではない。
【0062】
本実施例で使用した試薬の詳細を表1に示す。
【表1】
【0063】
片肺間質性肺炎モデルの作成手順
8週齢のC57BL/6Jマウスに対し、2.5%イソフルラン吸入後、腹腔内に3種混合薬(塩酸メデトミジン、ミダゾラム、酒石酸ブトルファール)を注入し、麻酔を行った。
【0064】
マウスを背臥位とし、オトスコープを口腔内に挿入して喉頭を確認後、キシロカインゼリーで喉頭麻酔を行い、直視下に1.7Fr.マイクロカテーテルを気管内に挿入した。
【0065】
マイクロカテーテル内に0.016inchガイドワイヤーを挿入し、X線透視下にガイドワイヤーで右ないし左主気管支内にすすめ、カテーテルを右または左主気管支に留置した。X線透視装置にはWHA-50(島津製作所)を使用し、通常の透視モードにて実験を行った。
【0066】
ブレオマイシン(1.0mg/kg)を50μLの生理食塩水に溶解し、カテーテルを通して右または左気管支より緩徐に注入した。注入後はカテーテルを抜去し、呼吸状態に問題が無いことを確認し、手技を終了した。
【0067】
両肺間質性肺炎モデルの作成手順
8週齢のC57BL/6Jマウスに対し、2.5%イソフルラン吸入後、腹腔内に3種混合薬(塩酸メデトミジン、ミダゾラム、酒石酸ブトルファール)を注入し、麻酔を行った。
【0068】
マウスを背臥位とし、オトスコープを口腔内に挿入して喉頭を確認後、キシロカインゼリーで喉頭麻酔を行い、直視下に1.7Fr.マイクロカテーテルを気管内に挿入した。
【0069】
ブレオマイシン(1.0mg/kg)を50μLの生理食塩水に溶解し、カテーテルを通して気管内に緩徐に注入した。注入後はカテーテルを抜去し、呼吸状態に問題が無いことを確認し、手技を終了した。
【0070】
片肺間質性肺炎モデルの生存率および体重変化
片肺にブレオマイシンを投与したマウス、両肺にブレオマイシンを投与したマウスおよび健常マウス(コントロール)の生存率および体重変化を比較した(
図1および2)。具体的には、8週齢のC57BL/6Jマウスを用いて、コントロール群(5匹)、片肺ブレオマイシン投与群(10匹)、両肺ブレオマイシン投与群(10匹)を作成した。ブレオマイシン投与1,3,7,14,21,28日後に、動物用体重計(CJ、新光電子)を用いて体重を測定した。削痩が見られた場合は苦痛軽減の観点から、ペントバルビタール過量投与により安楽死させた。28日後時点で生存マウスは全例安楽死させ、実験を終了とした。
【0071】
片肺にブレオマイシンを投与したマウスは、ブレオマイシンを両肺投与したマウスよりも投与後30日目において生存率が著しく高く、体重の減少量も有意に低かった。したがって、ブレオマイシンを片肺に投与することにより、長期生存する間質性肺炎の動物モデルが作製できた。なお、健常マウスの生存率は28日後においても100%であった。
【0072】
また、片肺にブレオマイシンを投与したマウスにさらにピルフェニドンを投与した。具体的には、300mg/kgのピルフェニドンを200μLの0.5%カルボキシメチルセルロース溶解液に混和し、ゾンデを使用してブレオマイシン投与同日から28日後まで毎朝経口投与した。片肺にブレオマイシンを投与したマウスにさらにピルフェニドンを投与した場合、生存率および体重の減少量が改善した(
図1および2)。これは、片肺にブレオマイシンを投与したマウスが既存薬(ピルフェニドン)の治療効果の評価にも有効であったことを示している。
【0073】
片肺間質性肺炎モデルの肺組織切片の線維組織染色
次に、片肺にブレオマイシンを投与したマウスにおいて、肺組織切片の線維組織染色を行った。具体的には、上記実験とは別に2匹のC57BL/6Jマウスを用いて片肺ブレオマイシン投与群を作成し、14日後に安楽死させ、両肺を摘出し、10%ホルマリンで固定した。摘出した健常肺及び病的肺の組織切片を作成し、ヘマトキシリンエオジン染色ならびにマッソントリクローム染色を行った。その結果、ブレオマイシンを投与した肺は、逆側の肺と比較して膠原線維(青色に染色されている)が著しく増生していた(
図3)。