(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023100859
(43)【公開日】2023-07-19
(54)【発明の名称】直交(orthogonal)用途の古細菌ピロリジルtRNA合成酵素
(51)【国際特許分類】
C12N 15/52 20060101AFI20230711BHJP
C12N 15/31 20060101ALI20230711BHJP
C12N 9/00 20060101ALI20230711BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230711BHJP
C12P 19/34 20060101ALI20230711BHJP
C12P 13/04 20060101ALI20230711BHJP
【FI】
C12N15/52 Z
C12N15/31 ZNA
C12N9/00
C12N5/10
C12P19/34 A
C12P13/04
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023076736
(22)【出願日】2023-05-08
(62)【分割の表示】P 2019520153の分割
【原出願日】2017-10-13
(31)【優先権主張番号】16194038.2
(32)【優先日】2016-10-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
2.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】301076083
【氏名又は名称】ヨーロピアン モレキュラー バイオロジー ラボラトリー
【氏名又は名称原語表記】European Molecular Biology Laboratory
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】弁理士法人信栄事務所
(72)【発明者】
【氏名】レムケ,エトワート
(72)【発明者】
【氏名】ニキッチ,イヴァナ
(72)【発明者】
【氏名】エストラダ ジロナ,ゲンマ
(72)【発明者】
【氏名】クーラー,クリスティーヌ
(57)【要約】 (修正有)
【課題】存在量の少ないポリペプチドでも効率的に標識して超解像顕微鏡法(SRM)の利用を可能にするために、真核細胞における遺伝暗号の拡張の効率を改善する方法を提供する。
【解決手段】核局在化シグナルを欠く及び/又は核外搬出シグナルを含む古細菌ピロリジルtRNA合成酵素、前記ピロリジルtRNA合成酵素をコードするポリヌクレオチド、前記ポリヌクレオチドと該ピロリジルtRNA合成酵素によってアシル化されるtRNA又はそのようなtRNAをコードするポリヌクレオチドを含む真核細胞、非天然アミノ酸残基を含むポリペプチドを作製するための前記細胞の利用方法、並びに、前記方法に有用なキットを提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
核局在化シグナルを欠く及び/又は核外搬出シグナルを含む古細菌ピロリジルtRNA合成酵素。
【請求項2】
ピロリジルtRNA合成酵素が、メタノサルキナ(Methanosarcina)属のピロリジルtRNA合成酵素又はその機能的な断片;より好ましくは、配列番号1もしくは2のMethanosarcina mazeiのピロリジルtRNA合成酵素、配列番号3のMethanosarcina barkeriのピロリジルtRNA合成酵素又はそれらの機能的な断片を含む、請求項1に記載のピロリジルtRNA合成酵素。
【請求項3】
核外搬出シグナルが、配列番号4に示すアミノ酸配列又は配列番号5に示すアミノ酸配列を含む、請求項1又は2に記載のピロリジルtRNA合成酵素。
【請求項4】
核外搬出シグナルが、配列番号6~9に示す配列から選択されるアミノ酸配列を含む、請求項1又は2に記載のピロリジルtRNA合成酵素。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のピロリジルtRNA合成酵素をコードするポリヌクレオチド。
【請求項6】
さらにtRNAPylをコードする請求項5に記載のポリヌクレオチドであって、該tRNAPylが、該ポリヌクレオチドがコードするピロリジルtRNA合成酵素によってアシル化され得るtRNAである、請求項5に記載のポリヌクレオチド。
【請求項7】
少なくとも1つの請求項5に記載のポリヌクレオチドと、tRNAPylをコードする少なくとも1つのポリヌクレオチドとを含むポリヌクレオチドの組み合わせであって、該tRNAPylが請求項5に記載のポリヌクレオチドによってコードされるピロリジルtRNA合成酵素によってアシル化され得るtRNAである、ポリヌクレオチドの組み合わせ。
【請求項8】
tRNAPylのアンチコドンが、終止コドン、4塩基コドン及びレアコドンから選択されるコドンの逆相補体である、請求項5もしくは6に記載のポリヌクレオチド又は請求項7に記載のポリヌクレオチドの組み合わせ。
【請求項9】
以下を含む真核細胞:(a)請求項1~4のいずれか一項に記載のピロリジルtRNA合成酵素をコードするポリヌクレオチド配列;及び、(b)(a)の配列によってコードされるピロリジルtRNA合成酵素によってアシル化され得るtRNA、又はそのtRNAをコードするポリヌクレオチド配列。
【請求項10】
前記細胞が哺乳動物細胞である、請求項9に記載の真核細胞。
【請求項11】
1つ以上の非天然アミノ酸残基を含む標的ポリペプチドの作製方法であって、該方法は下記工程を含む:(a)以下を含む真核細胞を提供する工程:
(i)請求項1~4のいずれか一項に記載のピロリジルtRNA合成酵素;
(ii)tRNA(tRNAPyl);
(iii)非天然アミノ酸又はその塩;及び、
(iv)標的ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド(非天然アミノ酸残基に占められる該標的ポリペプチドの任意の位置が、tRNAPylに含まれるアンチコドンの逆相補体であるコドンによりコードされている);
但し、tRNA合成酵素(i)は、tRNAPyl(ii)を、非天然アミノ酸又はその塩(iii)を用いてアシル化することができる;並びに、(b)真核細胞によるポリヌクレオチド(iv)の翻訳を可能にし、それにより標的ポリペプチドを産生する工程。
【請求項12】
下記工程を含むポリペプチド結合体の作製方法:(a)請求項11の方法を用いて、1つ以上の非天然アミノ酸残基を含む標的ポリペプチドを作製する工程;及び、(b)標的ポリペプチドを1つ以上の結合パートナー分子と反応させて、標的ポリペプチドの非天然アミノ酸残基に結合パートナー分子を共有結合させる工程。
【請求項13】
少なくとも1つの非天然アミノ酸又はその塩及び以下を含むキット:
(a)請求項5、6及び8のいずれか一項に記載のポリヌクレオチド;又は、
(b)請求項7もしくは8に記載のポリヌクレオチドの組み合わせ;又は、
(c)請求項9もしくは10に記載の真核細胞;
但し、古細菌ピロリジルtRNA合成酵素は、tRNAPylを非天然アミノ酸又はその塩を用いてアシル化することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核局在化シグナルを欠く及び/又は核外搬出シグナルを含む古細菌ピロリジルtRNA合成酵素、前記ピロリジルtRNA合成酵素をコードするポリヌクレオチド、前記ポリヌクレオチドと該ピロリジルtRNA合成酵素によってアシル化されるtRNA又はそのようなtRNAをコードするポリヌクレオチドを含む真核細胞、非天然アミノ酸残基を含むポリペプチドを作製するための前記細胞の利用方法、並びに、前記方法に有用なキットに関する。
【背景技術】
【0002】
イメージングを可能にする設計された蛍光タグ又は他の標識を用いて生体試料内で生体分子を視覚化する能力は、最新のバイオテクノロジー、細胞生物学及びライフサイエンスにおける主要なツールとなっている。これらの標識ベースのイメージング技術に共通する主な課題は、理想的には可能な限り小さい標識部位を遺伝的にコードすることである。
【0003】
宿主の機構に直交するtRNA/アミノアシルtRNA合成酵素(tRNA/RS)対を利用した、特に終止コドン抑制を用いた非天然アミノ酸の直接的な遺伝的コード化によるタンパク質の翻訳修飾を結果としてもたらす遺伝暗号の拡張は、非常に優れた特異性、標的タンパク質内での配置の自由度及び最小限の構造変化を提供する。それと同時に、この方法は、目的とするいくつかの非天然アミノ酸残基を遺伝的にコードするために使用されてきた。例えば、設計されたMethanococcus jannaschii tRNA/チロシルtRNA合成酵素、E.coli tRNA/ロイシルtRNA合成酵素、並びに、Methanosarcina mazei及びM.barkeri tRNA/ピロリジルtRNA合成酵素の対は、ポリペプチド中の様々な機能性を遺伝的にコードするために使用されてきた(非特許文献1;非特許文献2;非特許文献3;非特許文献4)。現在までに、200を超える様々な非天然アミノ酸(例えば、非特許文献5、非特許文献6を参照)が、残基の適合性(residue precision)によって組み込まれてきた。
【0004】
近年、本発明者らは、歪のあるアルキニル又は歪のあるアルケニル基を含む非天然アミノ酸が、Methanosarcina mazeiに由来するtRNA/ピロリジルtRNA合成酵素対を利用することでアンバーコドンに応答して生きた哺乳動物細胞においてコードされ得ることを示した(非特許文献7;特許文献1)。歪のあるアルキニル、歪のあるアルケニル又はノルボルネニル基等の反応性基を有する非天然アミノ酸残基を含むポリペプチドは、それぞれテトラジン又はアジドを用いた歪み促進逆電子要請型Diels-Alder環状付加反応(SPIEDAC)や歪み促進アルキン-アジド環状付加反応(SPAAC)等の超高速バイオ直交型クリック反応に使用できる。テトラジンで官能化された色素は、非常に高解像度のイメージング法用に哺乳動物細胞中の表面タンパク質又は細胞骨格タンパク質のいずれかを標識するために、そのようなクリック反応において既に使用されてきた(非特許文献8;特許文献2;非特許文献9)。
【0005】
遺伝暗号の拡張の一般的な(特にそれに基づく高解像度イメージングについての)最大の問題点としては、宿主内部の翻訳終結機構と終止コドン抑制との競合があり、細胞内のそれほど多くないタンパク質の標識の効率を制限している。真核生物における遺伝暗号の拡張のこの重要な問題に取り組むために、2~3の例を挙げると、プロモータ工学、RSのより望ましい進化、放出因子工学及びtRNAの複数連鎖(multi-chaining)を含む多くの方法が探求されてきた(例えば、非特許文献10を参照)。
【0006】
これらの取り組みにもかかわらず、たとえ存在量の少ないポリペプチドでも効率的に標識して超解像顕微鏡法(SRM)の利用を可能にするために、真核細胞における遺伝暗号の拡張の効率(及び細胞によって発現する、標識とイメージングの目的に使用することができる、非天然アミノ酸残基を含む標的ポリペプチドの量)を改善する戦略に対する要求は依然として高い。したがって、本発明の目的はこの課題に取り組むことである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2012/104422号
【特許文献2】国際公開第2015/107064号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Chin et al.,J Am Chem Soc 124:9026,2002
【非特許文献2】Chin et al.,Science 301:964,2003
【非特許文献3】Nguyen et al,J Am Chem Soc 131:8720,2009
【非特許文献4】Yanagisawa et al.,Chem Biol 15:1187,2008
【非特許文献5】Liu et al.,Annu Rev Biochem 83:379-408,2010
【非特許文献6】Lemke,ChemBioChem 15:1691-1694,2014
【非特許文献7】Plass et al.,Angew Chem Int Ed Engl 51(17):4166-4170,2012
【非特許文献8】Nikic et al.,Angew Chem Int Ed Engl 53(8):2245-2249,2014
【非特許文献9】Uttamapinant et al.,J Am Chem Soc 137(14):4602-4605,2015
【非特許文献10】Chin et al.,Annu Rev Biochem 83:379-408,2014
【発明の概要】
【0009】
本発明者らは、真核細胞において核局在化シグナルとして作用し得る古細菌ピロリジルtRNA合成酵素の配列を同定した。本発明者らは、合成酵素のアミノ酸配列が核を対象とせずに修飾されている場合、古細菌ピロリジルtRNA合成酵素をベースとする遺伝暗号の拡張の効率が高くなり得ることを示した。この目的のために、核局在化シグナルは合成酵素から除去されてもよいし、又は、適切な核外搬出シグナルを導入することによって無効化されてもよい。
【0010】
本発明者らは、真核細胞内で発現する古細菌ピロリジルtRNA合成酵素の核への誤局在が、そのような合成酵素をベースとする遺伝暗号の拡張の効率を制限すると推察する。翻訳が行われる細胞質において利用可能な合成酵素の量が制限されるからである。細胞の細胞質内、特にリボソームにおいて、高濃度の古細菌ピロリジルtRNA合成酵素と、合成酵素により非天然アミノ酸でアシル化された高濃度のtRNAが存在する場合、翻訳中に非天然アミノ酸が成長中のポリペプチド鎖に組み込まれる傾向が強いと考えられている。
【0011】
したがって、本発明は、核局在化シグナル(NLS)を欠く及び/又は核外搬出シグナル(NES)を含む古細菌ピロリジルtRNA合成酵素(PylRS)に関する。また本発明は、本発明のPylRSをコードするポリヌクレオチドを提供する。
【0012】
さらに本発明は、本発明のPylRSをコードする少なくとも1つのポリヌクレオチド及びtRNAPylをコードする少なくとも1つのポリヌクレオチドを含むポリヌクレオチドの組合せを提供する。なおtRNAPylは前記PylRSによってアシル化され得るtRNAである。
【0013】
また本発明は、(i)本発明のPylRSをコードするポリヌクレオチド配列及び(ii)前記PylRSによってアシル化され得るtRNAPyl又はそのようなtRNAPylをコードするポリヌクレオチド配列を含む真核細胞、好ましくは哺乳動物細胞に関する。tRNAPylをコードするポリヌクレオチド配列は、PylRSをコードするポリヌクレオチド又は別のポリヌクレオチド上に位置し得る。適切には、真核細胞はPylRS、また適用可能であれば、tRNAPylを発現することができる。
【0014】
また本発明は、1つ以上の非天然アミノ酸(UAA)残基を含む標的ポリペプチドの作製方法に関し、該方法は下記工程を含む:(a)以下を含む本発明の真核細胞を提供する工程:
(i)本発明のPylRS;
(ii)tRNA(tRNAPyl);
(iii)UAA又はその塩;及び、
(iv)標的ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド(UAA残基に占められる該標的ポリペプチドの任意の位置が、tRNAPylに含まれるアンチコドンの逆相補体であるコドンによりコードされている);
但し、PylRS(i)は、tRNAPyl(ii)を、UAA又はその塩(iii)を用いてアシル化することができる;並びに、(b)真核細胞によるポリヌクレオチド(iv)の翻訳を可能にし、それにより標的ポリペプチドを産生する工程。
【0015】
また本発明は、下記工程を含むポリペプチド結合体(polypeptide conjugate)の作製方法に関する:(a)本発明の方法を用いて、1つ以上のUAA残基を含む標的ポリペプチドを作製する工程;及び、(b)標的ポリペプチドを1つ以上の結合パートナー分子と反応させて、標的ポリペプチドのUAA残基に結合パートナー分子を共有結合させる工程。
【0016】
さらに本発明は、本発明のポリヌクレオチド又はポリヌクレオチドの組み合わせ又は真核細胞を含むキットに関する。一実施形態によれば、本発明は、少なくとも1つのUAA又はその塩、及び本発明のPylRSをコードするポリヌクレオチドを含むキットを提供する。別の実施形態によれば、本発明は、少なくとも1つのUAA又はその塩、及び本発明の真核細胞を含むキットを提供する。該キットは、PylRSによってアシル化できるtRNAPyl又はそのようなtRNAPylをコードするポリヌクレオチド配列をさらに含んでもよい。tRNAPylをコードするポリヌクレオチド配列は、本発明のPylRSをコードするポリヌクレオチド又は別のポリヌクレオチド上に位置し得る。本発明のPylRSは、tRNAPylをUAA又はその塩でアシル化することができる。このキットは、真核細胞内において、1つ以上のUAA残基を有する標的ポリペプチドを発現させるのに有用である。したがって、このキットは、真核細胞内において、1つ以上のUAA残基を有する標的ポリペプチドを発現させる、例えば本発明の方法を使用するための説明書をさらに含んでもよい。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、UAA1及び2の構造;及びtRNA
Pyl/PylRS
AF(a)又はtRNA
Pyl/NES-PylRS
AF(b)のいずれかをトランスフェクトしたHEK293T細胞を示す。左枠:Hoechst 33342で染色;中央枠:ラット抗PylRSポリクローナル抗体+Alexa Fluor 594結合ヤギ抗ラットIgG(H+L)で免疫染色;右枠:重ね合わせ。
【
図2】
図2は、tRNA
Pyl/PylRS
AF(a)又はtRNA
Pyl/NES-PylRS
AF(b)のいずれかをトランスフェクトしたCOS-7細胞を示す。左枠:Hoechst 33342で染色;中央枠:ラット抗PylRSポリクローナル抗体+Alexa Fluor 594結合ヤギ抗ラットIgG(H+L)で免疫染色;右枠:重ね合わせ。
【
図3】
図3は、tRNA
Pyl/PylRS
AF(a)又はtRNA
Pyl/NES-PylRS
AF(b)のいずれかをトランスフェクトしたHEK293T細胞を示す。左枠:Hoechst 33342で染色;中央枠:tRNA
Pylを用いた蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH);右枠:重ね合わせ。
【
図4】
図4は、tRNA
Pyl/PylRS
AF(a)又はtRNA
Pyl/NES-PylRS
AF(b)のいずれかをトランスフェクトしたCOS-7細胞を示す。左枠:Hoechst 33342で染色;中央枠:tRNA
Pylを用いた蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH);右枠:重ね合わせ。
【
図5】
図5は、iRFP-GFP
Y39TAGアンバー抑制レポーター及びアンバー抑制対(tRNA
Pyl/PylRS
AF及びtRNA
Pyl/NES-PylRS
AF)の1つを同時トランスフェクトしたHEK293T細胞のフローサイトメトリー分析の結果を示す。各々のアンバー抑制対について、UAAなし(左)と、BOCの添加あり(右)のトランスフェクトした試料を示す。アンバー抑制細胞(ゲート「iRFP、GFP」)のパーセンテージは、総トランスフェクト集団(ゲート「iRFP」、「iRFP、GFP」及び「GFP」の細胞の合計)を基準に算出する。また明るい二重陽性細胞(「明るい(Bright)DP」)のパーセンテージを伴う追加のゲートも示す。
【
図6】
図6は、iRFP-GFP
Y39TAGアンバー抑制レポーター及びtRNA
Pyl/PylRS
AF又はtRNA
Pyl/NES-PylRS
AFのいずれかを同時トランスフェクトしたHEK293T細胞のフローサイトメトリー分析の結果を示し、UAA1存在下のPylRS
AFのアンバー抑制効率(左)及びUAA1存在下(中央)又はUAA非存在下(右)のNES-PylRS
AFのアンバー抑制効率を評価する。
図6は、以下の実施例3に記載の様々なDNA濃度にわたるタイトレーションの累積データを示す。
【
図7】
図7は、様々な量のアンバー抑制レポーターiRFP-GFP
Y39TAG(1ウェルあたり100~500ngのプラスミドDNA)及びtRNA
Pyl/PylRS
AF(リファレンス)又はtRNA
Pyl/NES-PylRS
Aのいずれかを用いて、低濃度(50μM、左グラフ)又は高濃度(250μM、右グラフ)のUAA1の存在下で培養した同時トランスフェクトされた細胞試料において、フローサイトメトリーによって観察されたGFP蛍光HEK293T細胞(「薄暗いDP」、「明るいDP」及び「非常に明るいDP」に分類した)の数の変化を要約する。実施例3も参照のこと。
【
図8】
図8(a)は、Click-PAINT法の概略図を示す。アンバーコドンをコードするアミノ酸残基を有する目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド配列(「POI(TAG)」)は、trans-シクロオクテニル基を含むUAA(例えばUAA2)の存在下で、アンバー抑制対tRNA
Pyl/NES-PylRS
AFで同時トランスフェクトされた真核生物(例えば哺乳動物)細胞において発現する。アンバーコード部位に組み込まれたUAAを含む発現した目的のポリペプチド(POI)は、二段階の標識反応に供され、テトラジン結合-結合DNAストランドは、SPIEDAC反応によりPOIのUAA由来アミノ酸残基に化学的に結合する。そして第2に、色素と結合した相補的イメージャストランドを細胞に添加する。さらに
図8は、pVimentin
N116TAG-PSmOrangeとtRNA
Pyl/NES-PylRS
AFを同時トランスフェクトしたHEK293T細胞におけるタンパク質発現のコントロールとして使用されるvimentin
N116a2-mOrange構築物のmOrange融合タンパク質の蛍光シグナル(b);tRNA
Pyl/NES-PylRS
AF及びpVimentin
N116TAG-PSmOrange(c)又はpGFP
N149TAG-Nup153(d)のいずれかを同時トランスフェクトし、アンバーコード部位に組み込まれたUAA2を有するvimentin-mOrange融合体(c)又はGFP-Nup153融合体(d)を発現したHEK293T細胞のDNA-PAINTに基づくSRMを示す。なお融合タンパク質は、本明細書に記載のClick-PAINTプロトコルを使用して、UAA2由来のアミノ酸残基に標識する(核膜孔の拡大像のスケールバーは100nm)。
【
図9】
図9は、mCherry-GFP
Y39TAGアンバー抑制レポーター及びアンバー抑制対の1つ(tRNA
Pyl/PylRS
AF又はtRNA
Pyl/NES-PylRS
AF)を用いて同時トランスフェクトしたSf21細胞のフローサイトメトリー分析の結果を示す。各アンバー抑制対について、UAAなしで様々な濃度のUAA1を添加したトランスフェクトした試料を示す。各ドットプロットは4つの区分に分けられる:左上の区分は、mCherryを発現した(すなわち、うまくトランスフェクトされた)が、GFPを発現しなかった(すなわち、GFP
Y39TAG中のアンバー終止コドンを抑制できなかった)「mCherryのみ」細胞を示し;右上の区分は、mCherry及びGFPの両方を発現した(すなわち、うまくUAA1をGFPに組み込んだ)「二重陽性」細胞を示し;そして、左下の区分は「二重陰性」細胞(すなわち、うまくトランスフェクトされなかった)を示す。実施例6も参照のこと。
【
図10】
図10は、
図9に示すSf21細胞試料中の様々なUAA1濃度について、トランスフェクトされた細胞の総数に対する「二重陽性」の割合を示す。実施例6も参照のこと。
【
図11】
図11は、
図9に示すSf21細胞試料中の様々なUAA1濃度について、「二重陽性」におけるGFPシグナルの幾何平均を示す。実施例6も参照のこと。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[発明の詳細な説明]
本明細書中で別途に定義されない限り、本発明に関して使用される科学的及び技術的用語は、当業者によって一般的に理解される意味を有する。用語の意味及び範囲は明確であるべきである。しかしながら潜在的な多義性がある場合、本明細書に規定される定義はあらゆる辞書又は外部の定義よりも優先される。さらに、状況による別段の要求がない限り、単数形の用語は複数形を含み、複数形の用語は単数形を含む。
【0019】
本発明は、(a)NLSを欠く、又は、(b)NESを含む、又は(c)(a)及び(b)の両方である古細菌PylRSを提供する。
【0020】
ピロリジルtRNA合成酵素(PylRS)はアミノアシルtRNA合成酵素(RS)である。RSは、tRNAをアミノ酸又はアミノ酸類似体でアシル化できる酵素である。適切には、本発明のPylRSは酵素的に活性であり、すなわちtRNA(tRNAPyl)を特定のアミノ酸又はアミノ酸類似体、好ましくはUAA又はその塩でアシル化することができる。
【0021】
本明細書で使用される「古細菌ピロリジルtRNA合成酵素」(「古細菌PylRS」と略される)という用語は、少なくともPylRSアミノ酸配列のセグメント又は全PylRSアミノ酸配列が、古細菌由来の天然PylRSのアミノ酸配列又はその天然PylRSの酵素的に活性な断片のアミノ酸配列に対して、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも99%又は100%の配列同一性を有するPylRSを意味する。
【0022】
本発明の特定の実施形態では、古細菌は、メタノサルキナ(Methanosarcina)属、例えばM.mazei又はM.barkeriである。本発明の好ましい実施形態によれば、古細菌はM.mazeiある。本発明のさらに好ましい実施形態によれば、古細菌はM.barkeriである。
【0023】
本発明のPylRSは、野生型又は変異型古細菌PylRS、又はその酵素的に活性な断片を含むことができる。
【0024】
変異型古細菌PylRSは、1つ以上のアミノ酸残基の付加、置換及び/又は欠失を含む点で、対応する野生型PylRSとは異なる。好ましくは、これらは、PylRS安定性を改善し、PylRS基質特異性を改変し、及び/又はPylRS酵素活性を増強する修飾である。例えば、変異型古細菌PylRSは、Yanagisawa et al.,Chem Biol 2008,15:1187又はEP2192185に記載の変異体である。
【0025】
特定の実施形態によれば、本発明のPylRSは、M.mazei野生型PylRS又はその酵素的に活性な断片を含む。野生型M.mazeiのPylRSのアミノ酸配列を配列番号1に示す。
【0026】
【0027】
別の特定の実施形態によれば、本発明のPylRSは、変異型M.mazeiのPylRS又はその酵素的に活性な断片を含む。前記変異型M.mazeiのPylRSは、対応する野生型M.mazeiのPylRSと比較して(置換、付加及び欠失から独立して選択される)1つ以上のアミノ酸改変を含む。特定の実施形態によれば、そのアミノ酸改変はアミノ酸置換Y306A及びY384Fから選択される。例えば、本発明のPylRSは、mazeiのPylRSAF又はその酵素的に活性な断片を含む。M.mazeiのPylRSAFのアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0028】
【0029】
さらなる特定の実施形態によれば、本発明のPylRSは、M.barkeri野生型PylRS又はその酵素的に活性な断片を含む。野生型M.barkeriのPylRSのアミノ酸配列を配列番号3に示す。
【0030】
【0031】
用語「核外搬出シグナル」(「NES」と略される)は、それを含むポリペプチド(本発明のNES含有PylRS等)が真核細胞の核から搬出されるように指示できるアミノ酸配列を意味する。該搬出は、大部分がCrm1(染色体領域維持1;カリオフェリンエクスポーチン1としても知られる)によって媒介されると考えられている。NESは当技術分野において公知である。例えば、データベースValidNES(http://validness.ym.edu.tw/)は、実験的に検証されたNES含有タンパク質の配列情報を提供する。さらに、例えばNESbase1.0(www.cbs.dtu.dk/databased/NESbase-1.0/;Le Cour et al.,Nucl Acids Res 31(1),2003参照)等のNESデータベースや、NES予測のためのツール、例えばNetNES(www.cbs.dtu.dk/services/NetNES/;La Cour et al.,Protein Eng Des Sel 17(6):527-536,2004参照)、NESpredictor(NetNES,http://www.cbs.dtu.dk/;Fu et al.,Nucl Acids Res 41:D338-D343,2013;La Cour et al.,Protein Eng Des Sel 17(6):527-536,2004参照)及びNESsential(ValidNESと組み合わせたウェブインターフェース)が一般に向けて利用可能である。疎水性のロイシンに富むNESが最も一般的であり、現在までに最もよく特徴がわかっているNESのグループを示す。疎水性ロイシンに富むNESは、3又は4個の疎水性残基を有する非保存的モチーフである。これらのNESの多くは、保存されたアミノ酸配列パターンLxxLxL(配列番号4)又はLxxxLxL(配列番号5)を含む。なお、各Lはロイシン、イソロイシン、バリン、フェニルアラニン及びメチオニンのアミノ酸残基から独立して選択される。また各xは、任意のアミノ酸から独立して選択される(La Cour et
al.,Protein Eng Des Sel 17(6):527-536,2004参照)。
【0032】
用語「核局在化シグナル」(「NLS」と略され、当技術分野では「核局在化配列」とも呼ばれる)は、それを含むポリペプチド(例えば、野生型古細菌PylRS)を真核細胞の核に取り込むように指示できるアミノ酸配列を意味する。前記輸送は、核膜孔を通って移動する複合体を形成するための、NLS含有ポリペプチドのインポーチン(カリオフェリンとしても知られる)への結合によって媒介されると考えられている。NLSは当技術分野で公知である。多数のNLSデータベース及びNLS予測のためのツールが一般に向けて利用可能である。例えば、NLSdb(Nair et al.,Nucl Acids Res 31(1),2003参照),cNLS Mapper(www.nls-mapper.aib.keio.ac.jp;Kosugi et al.,Proc Natl Acad Sci USA.106(25):10171-10176,2009;Kosugi et al.,J Biol Chem 284(1):478-485,2009参照),SeqNLS(Lin et al.,PLoS One 8(10):e76864,2013参照)及びNucPred(www.sbc.su.se/~maccallr/nucpred/;Branmeier et al.,Bioinformatics 23(9):1159-60,2007参照)である。
【0033】
本発明の古細菌PylRSは、天然古細菌PylRSのアミノ酸配列を改変することによって、特に前記天然PylRSに見られるNLSを除去する及び/又は少なくとも1つのNESを導入する1つ以上のアミノ酸改変(アミノ酸置換、欠失及び付加から独立して選択される)を導入することによって作製できる。天然PylRS中のNLSは、例えばcNLSマッパー等の既知のNLS検出ツールを用いて同定できる。
【0034】
古細菌PylRS等のポリペプチドからのNLSの除去及び/又はポリペプチドへのNESの導入は、真核細胞で発現したときにこのように改変されたポリペプチドの局在化を変化させること、特に真核細胞の核内のポリペプチドの蓄積を回避又は減少させることができる。したがって、真核細胞において発現する本発明のPylRSの局在化は、それが(依然として)NLSを含み、そしてNESを欠くという点で本発明のPylRSとは異なるPylRSと比較して変化することができる。
【0035】
本発明の古細菌PylRSがNESを含むが(依然として)NLSを含む場合は、NESの強度がNLSを無効にし、真核細胞の核内のPylRSの蓄積を妨げるようにNESが選択されることが好ましい。
【0036】
本発明のPylRSを得るための、野生型又は変異型PylRSからのNLSの除去及び/又は野生型又は変異型PylRSへのNESの導入は、PylRS酵素活性を無効にはしない。好ましくは、PylRS酵素活性は基本的に同じレベルに維持される。すなわち、本発明のPylRSは、対応する野生型又は変異型PylRSの酵素活性の少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%又は少なくとも95%を有する。
【0037】
NESは、NESが動作するように本発明のPylRS内に適切に配置される。例えば、NESは、野生型又は変異型古細菌PylRSのC末端(例えば、最後のアミノ酸残基のC末端)又はN末端(例えば、アミノ酸残基1、N末端メチオニン、及びアミノ酸残基2の間)に結合することができる。
【0038】
本発明のPylRSに適したNES配列は、当技術分野で公知である(例えば、NESデータベースから)。一実施形態では、本発明のPylRSは、疎水性ロイシンに富むNES、特にアミノ酸配列LxxLxL(配列番号4)又はLxxxLxL(配列番号5)を含むNESを含む。なお、各Lは独立してロイシン、イソロイシン、バリン、フェニルアラニン及びメチオニンから選択される。また各xは独立して任意のアミノ酸から選択される。より具体的には、NESは、L1xxL2xxL1xL3(配列番号6)、L1xxxL2xxL1xL3(配列番号7)、L1xxL2xxxL1xL3(配列番号8)及びL1xxxL2xxxL1xL3(配列番号9)から選択されるアミノ酸配列を含む。なお、L1はロイシンであり、L2はロイシン、イソロイシン、バリン、フェニルアラニン及びメチオニンから選択され、L3はロイシン及びイソロイシンから選択される。また各xは独立して任意のアミノ酸から選択される。好ましくは、NESは、HIV-1 Revタンパク質に見られるアミノ酸配列LPPLERLTL(配列番号10)を含み、又はより好ましくはアミノ酸配列ACPVPLQLPPLERLTLD(配列番号11)を含む。
【0039】
特定の実施形態によれば、本発明のPylRSは、配列番号2に示すM.mazei PylRSAFのアミノ酸配列の酵素的に活性な断片、及び配列番号10又は配列番号11のアミノ酸配列を含むNESを含む。そのPylRSの好ましい例は、配列番号12のアミノ酸配列を含むか又は本質的にそれから成る。
【0040】
【0041】
そのPylRSのさらに好ましい例は、配列番号13のアミノ酸配列を含むか又は本質的にそれから成る。
【0042】
【0043】
特定の実施形態によれば、本発明のPylRSは、配列番号1に示す野生型M.mazei PylRSのアミノ酸配列の酵素的に活性な断片、及び配列番号10又は配列番号11のアミノ酸配列を含むNESを含む。そのPylRSの好ましい例は、配列番号14のアミノ酸配列を含むか又は本質的にそれから成る。
【0044】
【0045】
そのPylRSのさらに好ましい例は、配列番号15のアミノ酸配列を含むか又は本質的にそれから成る。
【0046】
【0047】
さらなる特定の実施形態によれば、本発明のPylRSは、配列番号3に示すM.barkeri PylRSのアミノ酸配列の酵素的に活性な断片、及び配列番号10又は配列番号11のアミノ酸配列を含むNESを含む。そのPylRSの好ましい例は、配列番号16のアミノ酸配列を含むか又は本質的にそれから成る。
【0048】
【0049】
そのPylRSのさらに好ましい例は、配列番号17のアミノ酸配列を含むか又は本質的にそれから成る。
【0050】
【0051】
本発明のPylRSはtRNAPyl/PylRS対で使用される。なお、PylRSは、好ましくはUAA又はその塩で、tRNAPylをアシル化することができる。
【0052】
特に指示のない限り、本明細書で使用される「tRNAPyl」は、本発明のPylRSによって(好ましくは選択的に)アシル化できるtRNAを意味する。本発明の状況において、本明細書に記載のtRNAPylは、ピロリジンを用いてPylRSによってアシル化することができる野生型tRNA、又はそのtRNAの変異体、例えば古細菌由来の、例えばメタノサルキナ属(例えばM.mazei若しくはM.barkeri)由来の、野生型もしくは変異型tRNAであってもよい。UAAのPOIへの部位特異的組み込みのために本発明のPylRSと共に使用されるtRNAPylに含まれるアンチコドンは、適切には、セレクターコドンの逆相補体である。特定の実施形態では、tRNAPylのアンチコドンはアンバー終止コドンの逆相補体である。例えば、プロテオーム標識化(Elliott et al.,Nat Biotechnol 32(5):465-472,2014)等の他の用途では、本発明のPylRSと共に使用されるtRNAPylに含まれるアンチコドンは、真核細胞の内因性tRNAによって認識されるコドンであってもよい。
【0053】
本明細書で使用される「セレクターコドン」という用語は、翻訳過程中にtRNAPylに認識される(すなわち結合する)コドンであって、真核細胞の内因性tRNAには認識されないコドンを意味する。またこの用語は、例えばDNAプラスミド等、メッセンジャーRNA(mRNA)ではないポリヌクレオチドのポリペプチドをコードする配列中の対応するコドンにも使用される。好ましくは、セレクターコドンは、天然の真核細胞において少量のコドンである。tRNAPylのアンチコドンは、mRNA中のセレクターコドンに結合し、そうしてUAAを前記mRNAによってコードされるポリペプチドの成長鎖に部位特異的に組み込む。既知の64個の遺伝的コドン(トリプレット)は、20個のアミノ酸及び3個の終止コドンをコードする。翻訳の終結には終止コドン1個のみが必要なので、他の2個は原則として非タンパク質原性アミノ酸をコードするために使用できる。例えば、アンバーコドン、UAGは、非天然アミノ酸の取り込みを指示するin vitro及びin vivo翻訳系において、セレクターコドンとしてうまく使用されいる。本発明の方法で利用されるセレクターコドンは、使用される翻訳系のタンパク質生合成機構の遺伝的コドンのフレームワークを拡張する。具体的には、セレクターコドンには、これらには限定されないが、終止コドン(例えばアンバー(UAG)、オーカー(UAA)及びオパール(UGA)コドン)等のナンセンスコドン;3個を超える塩基から成るコドン(例えば、4塩基コドン);並びに天然又は非天然の塩基対に由来するコドンが含まれる。所定の系について、セレクターコドンは天然の3塩基コドン(すなわち天然トリプレット)のうちの1つを含むこともできる。このとき内因性の翻訳系(例えば、該天然トリプレットを認識するtRNAを欠いている系又は該天然のトリプレットがレアコドンである系)は、前記天然トリプレットを使用しない(又は、ほとんど使用しない)。
【0054】
所定の翻訳系(例えば、真核細胞)において、終止コドン、4塩基コドン又はレアコドン等を介して読めるように、mRNAの読みを変更させる組換えtRNAは、サプレッサーtRNAと呼ばれる。セレクターコドンとして働く終止コドン(例えばアンバーコドン)の抑制効率は、(アミノアシル化)tRNAPyl(サプレッサーtRNAとして作用する)と、終止コドンに結合してリボソームから成長するポリペプチド鎖の放出を開始する放出因子(例えばRF1)との間の競合に依存する。したがって、終止コドンのそのような抑制効率は、放出因子-(例えば、RF1-)欠損株を用いて増加させることができる。
【0055】
標的ポリペプチド(本明細書では、目的のポリペプチド又はPOIとも言う)をコードするポリヌクレオチド配列は、1つ以上・BR>A例えば2つ以上、3つ以上等のコドン(例えばセレクターコドン)を含むことができる。それらは、tRNAPylに含まれるアンチコドンの逆相補体である。POIをコードするポリヌクレオチド配列を生成するために、従来の部位特異的変異誘発を使用して、前記コドンをポリヌクレオチド配列の目的の部位に導入することができる。
【0056】
1以上のUAA残基を含むPOIは、真核細胞を用いて本発明に従って作製することができる。該真核細胞は、作製されるPOIのUAA残基に対応する少なくとも1つの非天然アミノ酸又はその塩を含む(例えば、供給される)。該真核細胞はさらに以下を含む:(i)本発明のPylRS及びtRNAPyl(PylRSは、好ましくは選択的に、tRNAPylをUAA又はその塩でアシル化することができる);及び、(ii)POAをコードするポリヌクレオチド(UAA残基に占められるPOIの任意の位置が、tRNAPylのアンチコドンの逆相補体であるコドン、例えばセレクターコドンにコードされている)。
該真核細胞は、POIをコードするポリヌクレオチド(ii)の翻訳をできるように培養され、それによりPOIを産生する。
【0057】
本発明の方法に従ってPOI(標的ポリペプチド)を作製するために、工程(b)の翻訳は、真核細胞を好適な条件下で、好ましくはUAA又はその塩の存在下で(例えば、UAA又はその塩を含有する培地中で)、細胞のリボソームにおける翻訳を可能とするのに適した時間の間、培養することにより達成できる。POIをコードするポリヌクレオチド(また場合により、PylRS、tRNAPyl)に応じて、例えばアラビノース、イソプロピル β-D-チオガラクトシド(IPTG)又はテトラサイクリン等の転写を誘導する化合物を添加することによって発現を誘導することが必要となりうる。標的ポリペプチドをコードする(そして、tRNAPylに含まれるアンチコドンの逆相補体である1つ以上のコドンを含む)mRNAは、リボソームと結合する。次いで、それぞれのアミノアシルtRNAが認識(結合)するコドンがコードする位置に、アミノ酸及びUAAが段階的に結合することによりポリペプチドが形成される。この結果、UAAは、tRNAPylに含まれるアンチコドンの逆相補体であるコドンがコードする位置で、標的ポリペプチドに組み込まれる。
【0058】
真核細胞は、細胞によるPylRSの発現を可能にする本発明のPylRSをコードするポリヌクレオチド配列を含むことができる。同様に、tRNAPylは、細胞に含まれるtRNAPylをコードするポリヌクレオチド配列に基づいて、真核細胞によって産生することができる。PylRSをコードするポリヌクレオチド配列及びtRNAPylをコードするポリヌクレオチド配列は、同じポリヌクレオチド又は別々のポリヌクレオチドのいずれかに位置することができる。
【0059】
したがって、一実施形態において、本発明は、1つ以上のUAA残基を含むPOIの作製方法を提供し、該方法は下記工程を含む:(a)以下をコードするポリヌクレオチド配列を含む真核細胞を提供する工程:
-本発明の少なくとも1つのPylRS;
-PylRSによりアシル化できる少なくとも1つのtRNA(tRNAPyl);及び、
-少なくとも1つのPOI(UAA残基に占められるPOIの任意の位置が、tRNAPylのアンチコドンの逆相補体であるコドンによりコードされている);並びに、(b)UAA又はその塩の存在下で、真核細胞によるポリヌクレオチド配列の翻訳を可能にし、それによりPylRS、tRNAPyl及びPOIを産生する工程。
【0060】
本明細書に記載の1つ以上の非天然アミノ酸残基を含むPOIを作製するために使用される真核細胞は、PylRS、tRNAPyl及びPOIをコードするポリヌクレオチド配列を真核(宿主)細胞に導入することによって産生できる。前記ポリヌクレオチド配列は、同じポリヌクレオチド上又は別々のポリヌクレオチド上に位置することができ、(例えば、ウイルス媒介遺伝子送達、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、リポフェクション等を使用するなど)当技術分野において公知の方法によって細胞に導入することができる。
【0061】
また本発明は、本発明のPylRSをコードするポリヌクレオチドを提供する。そのポリヌクレオチドは、本発明のPylRSに加えて、PylRSによってアシル化できるtRNAPylをコードしてもよい。
【0062】
さらに本発明は、本発明のPylRSをコードする少なくとも1つのポリヌクレオチドと、該PylRSによってアシル化できるtRNAPylをコードする少なくとも1つのポリヌクレオチドとの組み合わせを提供する。
【0063】
本発明のポリヌクレオチド、並びに、本発明の状況で使用されるtRNAPylをコードする及び/又はPOIをコードするポリヌクレオチドは、真核細胞をトランスフェクトし、コードされたPylRS、tRNAPyl及びPOIの発現をそれぞれ前記細胞中で可能にするのに適した発現ベクターであることが好ましい。
【0064】
また本発明は、本発明のPylRSを発現できる真核細胞を提供する。特に、本発明は、ポリヌクレオチド又はポリヌクレオチドの組み合わせを含む真核細胞を提供する。ここで、前記ポリヌクレオチドは、本発明のPylRS及びtRNAPylをコードし、tRNAPylは、PylRSにより(好ましくは選択的に)アシル化され得るtRNAである。適切には、本発明の真核細胞は、tRNAPylと本発明のPylRSの両方を発現することができる。ここで、PylRSは、アミノ酸(例えばUAA)を用いて(好ましくは選択的に)tRNAPylをアシル化することができる。
【0065】
本発明の真核細胞は、これらには限定されないが、哺乳動物細胞、昆虫細胞、酵母細胞及び植物細胞から選択することができる。本発明の真核細胞は、個々の細胞として存在してもよく、又は組織の一部であってもよい(例えば、(培養された)組織、器官又は生体全体の中の細胞)。
【0066】
本発明のPylRSとtRNAPylは直交性であることが好ましい。
【0067】
本明細書で使用される「直交」という用語は、目的の翻訳系(例えば、本明細書に記載のPOIの発現に使用される真核細胞)によって低い効率で使用される分子(例えば、直交tRNA及び/又は直交RS)を意味する。「直交」とは、不能又は効率の低下を意味する。例えば、目的の翻訳系の内因性RS又は内因性tRNAとそれぞれ作用する直交tRNA又は直交RSの効率が、20%未満、10%未満、5%未満、又は例えば1%未満である。
【0068】
したがって、本発明の特定の実施形態では、本発明の真核細胞の任意の内在性RSは、内在性RSによる内在性tRNAのアシル化と比較した場合、低い効率又はゼロの効率で(直交)tRNAPylのアシル化を触媒する。例えば、20%未満の効率、10%未満の効率、5%未満の効率、又は1%未満の効率である。あるいは又はさらに、本発明の(直交)PylRSは、細胞の内因性RSによるtRNAPylのアシル化と比較して、本発明の真核細胞の任意の内因性tRNAを低い効率又はゼロの効率でアシル化する。例えば、20%未満の効率、10%未満の効率、5%未満の効率、又は1%未満の効率である。
【0069】
別段の指示がない限り、本明細書で使用される「内因性tRNA」及び「内因性アミノアシルtRNA合成酵素」(「内因性RS」)という用語は、それぞれ本発明の状況で使用される本発明のPylRSとtRNAPylを導入する前に最終的に翻訳系として使用される細胞に存在するtRNA及びRSをそれぞれ意味する。
【0070】
用語「翻訳系」は、一般に、成長するポリペプチド鎖(タンパク質)中に天然アミノ酸を取り込むために必要な一組の構成要素を意味する。翻訳系の構成要素としては、例えば、リボソーム、tRNA、アミノアシルtRNA合成酵素(RS)、mRNA等を含むことができる。翻訳系は、前記構成要素、細胞抽出物及び生細胞(例えば、生きている真核細胞)の人工混合物を含む。
【0071】
本発明に従ってPOIを作製するために使用するPylRSとtRNAPylの対は、好ましくは、POIを作製するために使用する真核細胞において、tRNAPylが本発明のPylRSによってUAA又はその塩(UAA)で選択的にアシル化されるという点で直交性である。適切には、前記真核細胞において、直交対は、前記細胞がUAAアシル化tRNAPylを使用してUAA残基をPOIの成長中のポリペプチド鎖に組み込むように機能する。組込みは部位特異的方法で起こり、例えば、tRNAPylは、POIをコードするmRNA中のコドン(例えば、アンバー終止コドン等のセレクターコドン)を認識する。
【0072】
本明細書で使用される場合、用語「選択的にアシル化される」は、真核細胞の内因性tRNA又はアミノ酸と比較して、PylRSがtRNAPylをUAAでアシル化する効率が、例えば、約50%の効率、約70%の効率、約75%の効率、約85%の効率、約90%の効率、約95%の効率、又は約99%以上の効率を意味する。UAAはその後、tRNAPylに含まれるアンチコドンの逆相補体である、特定のコドン(例えば、セレクターコドン)について、高い正確性(例えば約75%を超える、約80%を超える、約90%を超える、約95%を超える、又は約99%以上の効率)で成長中のポリペプチド鎖に組み込まれまる。
【0073】
本発明によるPOIの作製に適したtRNAPyl/PylRS対は、変異型tRNA及びPylRSのライブラリから、例えばライブラリスクリーニングの結果に基づき選択することができる。そのような選択は、例えばWO02/085923及びWO02/06075に記載のtRNA/RS対を進化させる既知の方法と同様に実施できる。本発明のtRNAPyl/PylRS対を生成するために、野生型又は(依然として)核局在化シグナルを含み、NESを欠く変異型の古細菌PylRSから開始し、適切なtRNAPyl/PylRS対を同定する前又は同定した後に、核局在化シグナルを除去し、及び/又は、NESを導入することができる。
【0074】
翻訳後、本発明に従って作製された標的ポリペプチドは、当技術分野において一般的に知られている手順に従って、部分的に又は実質的に均一になるまで、任意に回収及び精製することができる。標的ポリペプチドが培地に分泌されない限り、回収は通常、細胞破壊を必要とする。細胞破壊の方法は当技術分野において周知であり、例えば超音波(ultrasound)処理による物理的破壊、(例えば、フレンチプレスを用いた)液体剪断破壊、機械的方法(例えばブレンダーもしくは粉砕機を利用するもの)又は、凍結融解サイクル、並びに、脂質-脂質、タンパク質-タンパク質及び/又はタンパク質-脂質の相互作用を破壊する薬剤(洗剤等)を用いた化学的溶解、並びに、物理的破壊技術と化学的溶解の組み合わせを挙げることができる。細胞溶解物又は培地からポリペプチドを精製するための標準的な手順もまた当技術分野で周知である。例えば、硫酸アンモニウム又はエタノール沈殿、酸又は塩基抽出、カラムクロマトグラフィー、アフィニティーカラムクロマトグラフィー、アニオン又はカチオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー、レクチンクロマトグラフィー、ゲル電気泳動等を挙げることができる。タンパク質リフォールディング工程は、必要に応じて、正しく折り畳まれた成熟タンパク質を作製する際に用いることができる。高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、アフィニティークロマトグラフィー又は他の適切な方法は、高純度が望まれる最終精製工程において使用することができる。本発明のポリペプチドに対して作製された抗体は、精製試薬として、すなわちポリペプチドの親和性に基づく精製に使用することができる。様々な精製/タンパク質折り畳み法が当技術分野において周知である。例えば、Scopes,Protein Purification,Springer,Berlin(1993);Deutscher,Methods in Enzymology Vol.182:Guide to Protein Purification,Academic Press(1990);及び本明細書中に引用する参考文献に記載のものが挙げられる。
【0075】
すでに述べたように、当業者は、合成、発現及び/又は精製の後、ポリペプチドが関連するポリペプチドの所望の立体構造とは異なる立体構造を有する場合があることを認識するであろう。例えば、原核細胞系により産生されるポリペプチドは、しばしばカオトロピック剤への曝露により最適化され、適切な折り畳みを達成する。例えばE.coli由来の溶解物からの精製中に、発現したポリペプチドは、必要に応じて変性され、次いで復元される。これは、例えばグアニジンHCl等のカオトロピック剤の中にタンパク質を可溶化することにより達成される。一般に、発現したポリペプチドを変性及び破壊し、次いでポリペプチドを好ましい立体構造にリフォールディングすることが時には望ましい。例えば、グアニジン、尿素、DTT、DTE及び/又はシャペロニンを目的の翻訳産物に添加することができる。タンパク質を還元、変性及び復元する方法は当業者に周知である。ポリペプチドは、例えば酸化型グルタチオン及びL-アルギニンを含有するレドックス緩衝液中でリフォールディングすることができる。
【0076】
本明細書で使用される用語「非天然アミノ酸」(「UAA」と略される)は、20個の標準アミノ酸の1つ又はセレノシステイン又はピロリシンではないアミノ酸を意味する。またこの用語は、アミノ酸類似体を意味する。例えば、アミノ酸とは異なり、α-アミノ基がヒドロキシル基及び/又はカルボン酸官能基で置換され、エステルを形成する化合物である。ポリペプチドに翻訳的に組み込まれた場合、前記アミノ酸類似体は、20個の標準アミノ酸又はセレノシステイン又はピロリジンに対応するアミノ酸残基とは異なるアミノ酸残基を生じる。翻訳系(真核細胞等)において、アミノ酸類似体であるUAA(カルボン酸官能基が式-C(O)-O-Rのエステルを形成している)が、ポリペプチドの作製に使用される場合、Rは原位置で、例えば酵素的に、POIに組み込まれる前の翻訳系において除去されると考えられる。したがって、Rは、UAA又はその塩を本発明のPylRSによって認識及び処理される形態に変換する翻訳システムの能力と両立するように適切に選択される。
【0077】
本発明の方法及びキットに有用なUAAは、先行技術に記載されている(例えば、Liu et al.,Annu Rev Biochem 83:379-408,2010;Lemke,ChemBioChem 15:1691-1694,2014を参照のこと)。
【0078】
UAAは、他の分子(本明細書では「結合相手分子」という)の適切な基(本明細書では「ドッキング基」という)との反応を促進する基(本明細書では「標識基」という)を有することができ、それにより結合相手分子はUAAに共有結合する。標識基を有するUAAが標的ポリペプチドに翻訳的に組み込まれた場合、標識基は標的ポリペプチドの一部となる。したがって、本発明の方法に従って作製された標的ポリペプチドは、1つ以上の結合相手分子と反応させることができ、それにより、結合相手分子は標的ポリペプチドの非天然アミノ酸残基(の標識基)に共有結合する。この結合反応は、標的ポリペプチドを発現する細胞又は組織内の標的ポリペプチドのin situカップリング、又は単離されたもしくは部分的に単離された標的ポリペプチドの部位特異的結合に使用することができる。
【0079】
標識基と(結合相手分子の)ドッキング基の組み合わせについて、特に有用な選択肢は、金属フリークリック反応により反応できるものである。このようなクリック反応としては、歪み促進逆電子要請型Diels-Alder環状付加反応(SPIEDAC;例えば、Devaraj et al.,Angew Chem Int Ed Engl 2009,48:7013参照)、並びに、歪のあるシクロアルキニル基、又は、アミノ基で置換された三重結合が結合していない環原子を1つ以上有する歪のあるシクロアルキニル類似体基と、アジド、ニトリルオキシド、ニトロン及びジアゾカルボニル試薬との環状付加反応(例えば、Sanders et al.,J Am Chem Soc 2010,133:949;Agard et al.,J Am Chem Soc 2004,126:15046参照)、例えば、歪み促進アルキン-アジド環状付加反応(SPAAC)を挙げることができる。このようなクリック反応は、標的ポリペプチドのUAA標識基とカップリング相手分子の適切な基との超高速二重直交型共有結合部位特異的カップリングを可能にする。
【0080】
上記のクリック反応を介して反応できるドッキング基及び標識基の対は当技術分野において公知である。ドッキング基を含む適切なUAAの例としては、これらには限定されないが、例えばWO2012/104422及びWO2015/107064に記載のUAAが挙げられる。
【0081】
(結合相手分子に含まれる)ドッキング基と(POIのUAA残基に含まれる)標識基の特定の適切な対の例としては、これらには限定されないが、以下を挙げることができる:(a)アジド基、ニトリルオキシド官能基(すなわち、式で表される基、ニトロン官能基又はジアゾカルボニル基)から選択される基を含む(又は本質的にそれから成る)ドッキング基と、任意に置換された歪のあるアルキニル基を含む(又は本質的にそれから成る)標識基との組み合わせ(これらの基は、銅フリー歪み促進アルキン-アジド環状付加反応(SPAAC)において共有結合的に反応することができる);(b)任意に置換された歪のあるアルキニル基を含む(又は本質的にそれから成る)ドッキング基と、アジド基、ニトリルオキシド官能基から選択される基を含む(又は本質的になる)標識基との組み合わせ(これらの基は、銅フリー歪み促進アルキン-アジド環状付加反応(SPAAC)において共有結合的に反応することができる);(c)任意に置換された歪のあるアルキニル基、任意に置換された歪のあるアルケニル基及びノルボルネニル基から選択される基を含む(又は本質的にそれから成る)ドッキング基と、任意に置換されたテトラアルキニル基を含む(又は本質的にそれから成る)標識基との組み合わせ(これらの基は、銅フリー歪み促進逆電子要請型Diels-Alder環状付加反応(SPIEDAC)において共有結合的に反応することができる);(d)任意に置換されたテトラジニル基を含む(または本質的にそれから成る)ドッキング基と、任意に置換された歪のあるアルキニル基、任意に置換された歪のあるアルケニル基及びノルボルネニル基から選択される基を含む(又は本質的にそれから成る)標識基との組み合わせ(これらの基は、銅フリー歪み促進逆電子要請型Diels-Alder環状付加反応(SPIEDAC)において共有結合的に反応することができる)。
【0082】
任意に置換された歪のあるアルキニル基としては、これらには限定されないが、任意に置換されたtrans-シクロオクテニル基(例えば、WO2012/104422及びWO2015/107064に記載のもの)が挙げられる。任意に置換された歪のあるアルケニル基としては、これらには限定されないが、任意に置換されたシクロオクチニル基(例えば、WO2012/104422及びWO2015/107064に記載のもの)が挙げられる。任意に置換されたテトラジニル基としては、これらには限定されないが、WO2012/104422及びWO2015/107064に記載のものが挙げられる。
【0083】
アジド基は式-N3の基である。
【0084】
ニトロン官能基は、式-C(Rx)=N+(Ry)-O-の基である。式中、Rx及びRyは有機残基、例えば本明細書に記載のC1-C6-アルキルから独立して選択される残基である。
【0085】
ジアゾカルボニル基は、式-C(O)-CH=N2の基である。
【0086】
ニトリルオキシド官能基は、式-C≡N+-O-又は好ましくは、式-C=N+(Rx)-O-の基である。式中、Rxは有機残基、例えば本明細書に記載のC1-C6-アルキルから独立して選択される残基である。
【0087】
シクロオクチニルは、環構造中に8個の炭素原子及び1個の三重結合を有する不飽和脂環式基である。
【0088】
「trans-シクロオクテニル」は、環構造中に8個の炭素原子及びトランス配置の1個の二重結合を有する不飽和脂環式基である。
【0089】
「テトラジニル」は、4個の窒素環原子及び2個の炭素環原子を有する6員単環式芳香族基である。
【0090】
特に指示のない限り、用語「置換された」は、基が1、2又は3個、特に1又は2個の置換基で置換されていることを意味する。特定の実施形態において、これらの置換基は、水素、ハロゲン、C1-C4-アルキル,(RaO)2P(O)O-C1-C4-アルキル,(RbO)2P(O)-C1-C4-アルキル,CF3,CN,ヒドロキシル,C1-C4-アルコキシ,-O-CF3,C2-C5-アルケノキシ,C2-C5-アルカノイルオキシ,C1-C4-アルキルアミノカルボニルオキシ又はC1-C4-アルキルチオ,C1-C4-アルキルアミノ,ジ-(C1-C4-アルキル)アミノ,C2-C5-アルケニルアミノ,N-C2-C5-アルケニル-N-C1-C4-アルキル-アミノ及びジ-(C2-C5-アルケニル)アミノ(式中、Ra及びRbは独立して水素もしくはC2-C5-アルカノイルオキシメチルである)から独立して選択することができる。
【0091】
ハロゲンという用語は、いずれの場合も、フッ素、臭素、塩素又はヨウ素基、特にフッ素基を意味する。
【0092】
C1-C4-アルキルは、1~4個、特に1~3個の炭素原子を有する直鎖又は分岐鎖のアルキル基である。例としては、メチル並びにエチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、2-ブチル、イソブチル及びtert-ブチル等のC2-C4-アルキルが挙げられる。
【0093】
C2-C5-アルケニルは、2、3、4又は5個の炭素原子を有する単一不飽和炭化水素基である。例としては、ビニル,アリル(2-プロペン-1-イル),1-プロペン-1-イル,2-プロペン-2-イル,メタリル(2-メチルプロパ-2-エン-1-イル),1-メチルプロパ-2-エン-1-イル,2-ブテン-1-イル,3-ブテン-1-イル,2-ペンテン-1-イル,3-ペンテン-1-イル,4-ペンテン-1-イル,1-メチルブタ-2-エン-1-イル及び2-エチルプロパ-2-エン-1-イルが挙げられる。
【0094】
C1-C4-アルコキシは、式R-O-の基である。式中、Rは本明細書で定義されるC1-C4-アルキル基である。
【0095】
C2-C5-アルケノキシは、式R-O-の基である。式中、Rは本明細書で定義されるC2-C5-アルケニルである。
【0096】
C2-C5-アルカノイルオキシは、式R-C(O)-O-の基である。式中、Rは本明細書で定義されるC1-C4-アルキルである。
【0097】
C1-C4-アルキルアミノカルボニルオキシは、式R-NH-C(O)-O-の基である。式中、Rは本明細書で定義されるC1-C4-アルキルである。
【0098】
C1-C4-アルキルチオは、式R-S-の基である。式中、Rは本明細書で定義されるC1-C4-アルキルである。
【0099】
C1-C4-アルキルアミノは、式R-NH-の基である。式中、Rは本明細書で定義されるC1-C4-アルキルである。
【0100】
ジ-(C1-C4-アルキル)アミノは、式Rx-N(Ry)-の基である。式中、Rx及びRyは、独立して本明細書で定義されるC1-C4-アルキルである。
【0101】
C2-C5-アルケニルアミノは、式R-NH-の基である。式中、Rは本明細書で定義されるC2-C5-アルケニルである。
【0102】
N-C2-C5-アルケニル-N-C1-C4-アルキルアミノは、式Rx-N(Ry)-の基である。式中、Rxは本明細書で定義されるC2-C5-アルケニルであり、RyはC1-C4-アルキルである。
【0103】
ジ-(C2-C5-アルケニル)アミノは、式Rx-N(Ry)-の基である。式中、Rx及びRyは、独立して本明細書で定義されるC2-C5-アルケニルである。
【0104】
C2-C5-アルカノイルオキシメチルは、式Rx-C(O)-O-CH2-の基である。式中、Rxは本明細書で定義されるC1-C4-アルキルである。
【0105】
本発明の状況で使用されるUAAは、それらの塩の形で使用することができる。本明細書に記載のUAAの塩は、酸又は塩基付加塩、特に生理学的に許容される酸又は塩基との付加塩を意味する。生理学的に許容される酸付加塩は、塩基型のUAAを適切な有機酸又は無機酸で処理することによって形成できる。酸性プロトンを含有するUAAは、適切な有機及び無機塩基で処理することによってそれらの無毒性の金属又はアミン付加塩の形態に変換できる。また本発明の文脈で記載されているUAA及びその塩は、それらの水和物及び溶媒付加形態、例えば、水和物、アルコラート等をも含む。
【0106】
生理学的に許容される酸又は塩基は、特に、UAA残基を有するPOIの作製に使用される翻訳系により許容されるものである。例えば、生きた真核細胞に対して実質的に非毒性である。
【0107】
本発明の状況において有用なUAA及びその塩は、当技術分野において周知であり、例えば本明細書に引用した様々な刊行物に記載の方法と同様に作製することができる。
【0108】
カップリング相手分子の性質は使用目的に依存する。例えば、標的ポリペプチドは、イメージング法に適した分子と結合していてもよく、又は生物活性分子と結合して官能化されていてもよい。例えば、ドッキング基に加えて、カップリング相手分子は、これらには限定されないが、下記から選択される基を有することができる:色素(例えば、ダンシル、クマリン、フルオレセイン、アクリジン、ローダミン、シリコンローダミン、BODIPY又はシアニン色素等の蛍光色素、発光色素又は燐光色素);試薬と接触して蛍光を発することができる分子;発色団(例えば、フィトクロム、フィコビリン、ビリルビン等);放射性標識(例えば、水素、フッ素、炭素、リン、硫黄又はヨウ素の放射性形態、例えば、トリチウム、18F,11C,14C,32P,33P,33S,35S,11In,125I,123I,131I,212B,90Y又は186Rh等);MRI感受性スピン標識;親和性タグ(例えば、ビオチン、Hisタグ、Flagタグ、Strepタグ、糖、脂質、ステロール、PEGリンカー、ベンジルグアニン、ベンジルシトシン又は補助因子);ポリエチレングリコール基(例えば、分岐状PEG、線状PEG、様々な分子量のPEG等);光架橋剤(p-アジドヨードアセトアニリド等);NMRプローブ;X線プローブ;pHプローブ;IRプローブ;樹脂;固体支持体及び生物活性化合物(例えば、合成薬)。適切な生物活性化合物としては、これらには限定されないが、細胞傷害性化合物(例えば、癌化学療法化合物)、抗ウイルス化合物、生物学的応答調節剤(例えば、ホルモン、ケモカイン、サイトカイン、インターロイキン等)、微小管作用薬、ホルモン調節剤及びステロイド化合物等が挙げられる。有用なカップリング相手分子の具体例としては、これらには限定されないが、受容体/リガンド対の構成要素、抗体/抗原対の構成要素、レクチン/炭水化物対の構成要素、酵素/基質対の構成要素、ビオチン/アビジン、ビオチン/ストレプトアビジン、及び、ジゴキシン/抗ジゴキシンが挙げられる。
【0109】
特に、本明細書に記載のクリック反応により、結合相手分子(のドッキング基)にin
situで共有結合する特定のUAA残基(の標識基)の能力は、標的ポリペプチドを発現する真核細胞内又は組織内でそのUAA残基を有する標的ポリペプチドを検出するために、そして標的ポリペプチドの分布と結末を研究するために使用できる。具体的には、真核細胞における発現によって標的ポリペプチドを作製するための本発明の方法は、細胞又はその細胞の組織内の標的ポリペプチドを検出するために超解像顕微鏡法(SRM)と組み合わせることができる。いくつかのSRM法が当技術分野において公知であり、本発明の真核細胞によって発現される標的ポリペプチドを検出するためにクリックケミストリーを利用するように適合させることができる。そのSRM法の具体例としては、DNA-PAINT(ナノスケールトポグラフィにおけるイメージングのためのDNA点集積(DNA point accumulation);例えば、Jungmann et al.,Nat Methods 11:313-318,2014に記載)、dSTORM(直接確率的光学再構築顕微鏡法)及びSTED(誘導放出抑制)顕微鏡法が挙げられる。
【0110】
また本発明は、本発明のPylRSをコードするポリヌクレオチド又はそのPylRSを発現することができる真核細胞を含むキットを提供する。本発明のキットは、PylRSによって触媒される反応においてtRNAをアシル化するために使用できる少なくとも1つの非天然アミノ酸又はその塩をさらに含むことができる。また本発明のキットは、PylRSによってアシル化できるtRNA(tRNAPyl)を含むことができる。本発明のキットは、本明細書中に記載されるように、UAA残基を含有する標的ポリペプチド又はその結合体の作製方法に使用することができる。
【実施例0111】
方法(A)UAAの合成
化合物2(TCO*)は、WO2015/107064に記載のように作製した。
【0112】
(B)細胞培養、トランスフェクション及びUAAの補給
HEK293T細胞(ATCC CRL-3216)及びCOS-7細胞(ATCC CRL-1651)を、1%ペニシリン-ストレプトマイシン(Sigma,10,000 U/ml ペニシリン,10mg/ml ストレプトマイシン,0.9% NaCl),2mM L-グルタミン(Sigma),1mM ピルビン酸ナトリウム(Life
Technologies)及び10% FBS(Sigma)を添加したダルベッコ改変イーグル培地(Life Technologies、41965-039)中で維持した。細胞を37℃、5% CO2雰囲気下で培養し、2~3日ごとに15~20継代まで継代した。
【0113】
全ての場合において、細胞をトランスフェクションの時点で70~80%の培養密度となる密度でトランスフェクションの15~20時間前に播種した。HEK293T実験用のチャンバーを、Nikic et al.(Nat Protoc 10(5):780-791,2015)に記載のように、ポリ-L-リシン(Sigma)で被覆した。免疫標識及びFISHをガラス底付き24ウェルプレート(Greiner Bio-One)上で実施した。
【0114】
全てのトランスフェクションを、JetPrime試薬(PeqLab)を製造元の推奨に従って用いて行った。
【0115】
使用する全てのUAAのストック及びワーキングソリューションは、Nikic et al.(Nat Protoc 10(5):780-791,2015)に記載のように作製した。特に明記しない限り、細胞培養培地中の最終UAA濃度は250μMであった。
【0116】
(C)抗PylRS抗体の作製
大腸菌BL21(DE3)AI細胞をプラスミドpTXB3-6His-TEV-PylRSAFで形質転換し、M.mazei PylRSAFとTEVのコードされたHisタグ融合体(His6-TEV-PylRSAF)を、0.02%アラビノース及び1mM IPTGによる誘導後、18℃で一晩TB培地中で組換え発現させた。細胞を遠心分離により収集し、4×PBS(pH8、1mM PMSF、0.2mM TCEP)に再懸濁し、次いで、高圧ホモジナイザーを用いて溶解した。破砕物を遠心分離により除去し、4℃で1時間Ni-NTA磁気ビーズと共にインキュベートしてHis6-TEV-PylRSAFを透明な上清から精製し、濃度を上げながらイミダゾールを用いて洗浄し、次いで、4×PBS中の400mM イミダゾールで溶出した。タンパク質含有溶出画分をタンパク質フィルター装置(Spin-X UF,Corning,30kDa cutoff)を用いて濃縮した。分取ゲル濾過クロマトグラフィー(Superdex 200、GE Healthcare)を用いてタンパク質をさらに精製した。タンパク質含有画分を濃縮し、2頭のラット(Eurogentec)の免疫に使用した。得られた抗PylRSポリクローナル抗体は、本明細書に記載の実施例において、PylRSAF及びその変異型の検出に使用した。
【0117】
(D)フローサイトメトリー
特に明記しない限り、細胞をトランスフェクションの2日後に回収し、1×PBSに再懸濁し、次いで、70μmの細胞濾過器に通した。POIをコードするプラスミド(UAAに占められるアミノ酸位置をコードするTAGコドンを含む)、アンチコドンCUAを有するtRNAPyl(以下、簡単にtRNAPylという)をコードするプラスミド、及び、PylRS又はその変異型をコードするプラスミドを、総DNAを1.2μgとして、それぞれ1:1:1の比で用いて、フローサイトメトリー用の同時トランスフェクションを行った。細胞培養培地を、トランスフェクションの4~6時間後にUAAを含有する新鮮な培地と交換し、回収時まで放置した。データの取得及び分析は、LSRFortessa SORP Cell Analyzer(Becton,Dickin・BR>唐盾・BR> and Company)と、FlowJo software(FlowJo)を用いて行った。細胞には、最初に細胞型(FSC-A x SSC-A パラメータを使用)によって、次に単一細胞(FSC-A x SSC-W)によって、ゲートをかけた。GFP蛍光は、488-530/30チャンネルで、iRFP蛍光は640-730/45チャンネルで取得した。
【0118】
(E)PylRS免疫染色及びイメージング、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)
トランスフェクションの1日後、細胞を1×PBS中の2%パラホルムアルデヒド中で室温で10分間固定し、次いで1×PBS中の0.5%Triton中で室温で15分間透過処理した。透過処理した細胞試料をブロッキング溶液(1×PBS中3%BSA)中で90分間インキュベート(室温で90分間)し、次いで一次抗体(本明細書記載のように作製した抗PylRSポリクローナル抗体、ブロッキング溶液中に1μg/ml)と共に、4℃で一晩インキュベートした。翌日、細胞試料を1×PBSで洗浄し、二次抗体(Thermo Fisher Scientific、ヤギ抗ラットIgG(H+L)Alexa Fluor 594結合、ブロッキング溶液中2μg/ml)と共に室温で60分間インキュベートした。DNAをHoechst 33342(1×PBS中1μg/ml)を用いて室温で10分間染色した。
【0119】
トランスフェクションの1日後に、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)実験を行った。ハイブリダイゼーションのプロトコル(Pierce et al.,Methods Cell Biol 122:415-436,2014)を24ウェルプレートに適合させた。ハイブリダイゼーションプローブ:5’-CTAACCCGGCTGAACGGATTTAGAGTCCATTCGATC-3’(5’末端をジゴキシゲニンで標識した;配列番号18)を0.16μMで使用した。SSCで洗浄した後、細胞をブロッキング緩衝液(0.1M TrisHCl、150mM NaCl、1×ブロッキング試薬(Sigma 000000011096176001))中で室温で1時間インキュベートした。次いで、細胞をブロッキング緩衝液中1:200希釈の抗ジゴキシゲニン-フルオレセイン抗体結合(Sigma 000000011207741910)と共に4℃で一晩インキュベートした。翌日、Tween緩衝液(0.1M TrisHCl、150mM NaCl、0.5% Tween20)中で5分間の洗浄を3回行った。最後に、DNAをHoechst 33342(1×PBS中1μg/ml)を用いて室温で10分間染色した。
【0120】
励起のために405nm(Hoechst 33342用)及び594nm(Alexa 594用)レーザーラインを用いてLeica SP8 STED 3X顕微鏡で共焦点画像を取得した。HyD検出器を用いて、放出光をそれぞれ420~500nm及び605~680nmで捕集した。
【0121】
(F)ビメンチン及びNup153:構築物及びトランスフェクション
PCRベースの部位特異的変異誘発により、目的の構築物のプラスミドDNA配列に特異的変異を導入し、それによりcDNA中にインフレームのアンバーコドンを生成した。ビメンチンについては、pVimentin-PSmOrangeプラスミド(Addgene plasmid #31922;Subach et al.,Nat Methods 8:771-777,2011)をビメンチンのN116位で変異させて、それによりpVimentinN116TAG-PSmOrange構築物を作製した。Nup153については、コドン最適化したNup153 cDNAをpEGFPバックボーンに挿入することによりpGFP-Nup153プラスミドを構築した。続いて、GFP遺伝子のN149位を変異させて、それによりpGFPN149TAG-Nup153構築物を生成した。哺乳動物細胞におけるアンバー抑制システムの発現のために、細胞をpcDNA3.1 tRNAPyl/NES-PylRSAFプラスミドでトランスフェクトした。
【0122】
Click-PAINTの実験のために、pcDNA3.1 tRNAPyl/NES-PylRSAFと、pVimentinN116TAG-PSmOrange又はpGFPN149TAG-Nup153のいずれかを1:1の比率で用いて、本明細書に記載の方法(B)を使用して細胞を同時トランスフェクトした。トランスフェクションの直後にUAA2(TCO*)を添加した。トランスフェクションの8~10時間後、細胞培養培地を交換し、細胞を新鮮なUAA溶液と共に一晩培養した。トランスフェクションの約30~36時間後、細胞培養培地を新鮮な培地と交換し、細胞をUAAなしで一晩培養した。
【0123】
(G)Click-PAINT標識
トランスフェクションの約48時間後、細胞をPBSで洗浄し、1×PBS中の2%パラホルムアルデヒド中で室温で10分間固定した。次いで、1×PBS中の0.1%Triton中で室温で15分間透過処理した。標識化の前に、透過処理した細胞試料をPBSで再度洗浄した。Click-PAINT標識のために、細胞を1xPBS中の15μMの結合ストランドのオリゴヌクレオチド(5’-ttatacatcta-3’、5’末端を1,2,4,5-テトラジンで官能化;配列番号19)中で、37℃で10分間インキュベートした。その後、1×PBSで洗浄した。イメージングの前と、結合ストランドを用いた細胞のインキュベーションの当日又は最長3日後のいずれかの日に、イメージャストランド(5’-ctagatgtat-3’、3’末端をAtto655で官能化、配列番号20)を細胞に最終濃度800pM(1×PBS中、500mM NaCl、pH8)で添加した(Jungmann et al.,Nat Methods 11:313-318,2014に記載の通り)。
【0124】
(H)Click-PAINTイメージングと画像処理
Leica HCX PLAPO 160x/NA 1.43 oil CORR TIRF PIFOC対物レンズ並びにGFP,Cy3及びCy5フィルターセットを装備したLeica GSD顕微鏡を用いてClick-PAINT顕微鏡法を行った。全ての画像はTIRFモードで取得した。ビメンチンのイメージングについては、Cy3チャンネル(532nm励起)を使用し、vimentin-mOrange融合体をベースにトランスフェクト細胞を同定した。C末端のmOrangeの位置のために、vimentin-mOrangeの発現時、UAAを成功裏に取り込んだ細胞のみが蛍光シグナルに寄与した。Nup153については、GFP融合体を用いてトランスフェクトされた細胞を同定した。Atto655を642nmレーザーで励起し、TIRFモードで100msの露出で画像を取得した。各画像について、30,000~100,000フレームを取得した。
【0125】
IgorPro(Wavemetrics,Portland,USA)用のLocalizer Package(Dedecker et al.,J Biomed Opt 17:126008,2012)を用いて超解像Click-PAINT画像を再構築した。最初に、最大尤度比に基づく閾値を適用し、続いてスポットの局在化について対称な2Dガウス関数を用いて適合させた。結合ストランドとイメージャストランドの散発的な長期持続性の関連性が観察され、連続的なフレームにおいて反復的な局在が生じた。これを補正するために、同一のエミッタ(1標準偏差内におさまるスポット)を統合し、単一の強度加重局在(intensity-weighed localization)とした。最後に、検出した全ての事象をビニングし、得られた画像をNup153についてのフーリエ環相関2σ基準及びビメンチンについての0.143基準で決定される解像度に従ったガウス幅で畳み込むことによって、超解像画像を再構築した(Banterle et al.,J Struct Biol 183:363-367,2013)。
【0126】
(I)昆虫細胞のバキュロウイルスベースのトランスフェクション
標準的なプロトコルに従って、Sf21系統の昆虫細胞を、Spodoptera frugiperda細胞用のタンパク質不含無血清標準培地(Sf-900(商標)III SFM)中、27℃で180rpmで振盪しながら培養した。毎日、Sf21細胞を0.6x106細胞/mlの密度に、又は、3日ごとに0.3x106細胞/mlの密度に分割した。
【0127】
tRNAPyl,mCherry-GFPY39TAG及びPylRSAF又はNES-PylRSAFのいずれかをコードする発現カセットを有するバキュロウイルスのシャトルベクター(Bacmid)DNAを、標準的なクローニング及び組換え手順を用いて作製した。
【0128】
トランスフェクション用に、0.3x106 Sf21細胞/mlの3ml/ウェルを6ウェル細胞培養マルチディッシュ(Nunclon Delta Surface,Thermo scientific)に播種し、次いで、製造元の使用説明書に従って非リポソームトランスフェクション試薬(FuGENE(商標)HD Transfection Reagent,Promega)を使用し、Bacmid DNAを用いてトランスフェクトした。トランスフェクションの70時間後にV0-ウイルスを回収し、V1-世代を開始した。すなわち、25mlのSf21細胞(0.6x106細胞/ml)を3mlのV0-ウイルスを用いてトランスフェクトした。細胞増殖が停止した後、さらに培養物を180rpmで振盪しながら、27℃で48~60時間保持した。トランスフェクトされた細胞を遠心分離(500rpm、10分)によって回収し、上清(すなわちV1-ウイルス)を4℃で保存した。
【0129】
(J)トランスフェクトされた昆虫細胞を用いた発現実験
5~25mlのSf21細胞(0.6x106細胞/ml)に、方法(I)により作製したV1-ウイルスを100:1(vol/vol)(細胞:ウイルス)の比で用いて形質導入した。1日後、様々な量のUAA1(最終濃度0~1mM)を培養物に添加した。3日間の培養後、細胞を遠心分離(500rpm、10分)により回収し、4℃に冷却し、2mlの滅菌した1×PBSに再懸濁し、細胞濾過器(Falcon、70μm、Fisher Scientific)を通して濾過し、分析まで氷上に保持した。LSRFortessa SORP Cell Analyzer(Becton,Dickinson and Company)及びFlowJo software(FlowJo
Enterprise)を使用して、各試料の500,000細胞のデータを取得し、分析した。細胞には、最初に細胞型(FSC-A x SSC-A パラメータを使用)によって、次に単一細胞(FSC-A x SSC-W)によって、ゲートをかけた。GFP蛍光は、488-530/30チャンネルで、mCherry蛍光は561-610/20チャンネルで取得した。
【0130】
実施例1:M.mazei及びM.barkeri PylRSにおける推定NLSの同定
M.mazei PylRS及びM.barkeri PylRSのアミノ酸配列(下記に示す)のコンピューター分析は、推定核局在化配列(NLS、下記に示すPylRS配列の下線部分)を予測した。
【0131】
【0132】
【0133】
NLSモチーフは、「cNLS Mapper」(Kosugi et al.,Proc Natl Acad Sci USA 106:10171-10176,2009)を使用して予測された。
【0134】
実施例2:M.mazei PylRSAFの細胞内局在
実施例2~5では、M.mazei PylRSAFを使用した(ここでは、簡単に「PylRSAF」という)。
【0135】
HEK293T細胞及びCOS-7細胞を、真核生物のtRNAPyl/PylRSAFの発現を促進するプラスミド(pcDNA3.1 tRNAPyl/PylRSAF)を用いてトランスフェクトし、本明細書に記載の方法(B)及び(E)を用いて、抗PylRSポリクローナル抗体で免疫染色するか、又は、tRNAPylをFISHにより検出した。
【0136】
図1a、2a、3a及び4aに示すように、HEK293T細胞及びCOS-7細胞の両方について、強度な核と推定核小体の免疫染色、及び、FISHシグナルが検出されたが、一方、細胞質にはほとんどシグナルがなかった。これは、PylRS
AF及びtRNA
Pylが、翻訳が行われる細胞質内よりも、むしろ核内に主に局在したことを示す。
【0137】
実施例3:PylRSAF及びNES-PylRSAFによるアンバー抑制
強度なN末端NES(「NES-PylRSAF」、配列番号12に示すアミノ酸配列)を有する点でPylRSAF(配列番号2に示すアミノ酸配列)とは異なる、PylRSAF変異型を作製した。
【0138】
HEK293T細胞を、本明細書に記載の方法(B)を用いて、tRNAPyl、iRFP-GFPY39TAG及びPylRSAF又はNES-PylRSAFのいずれかをコードするポリヌクレオチドと同時トランスフェクトした。1(BOC)の存在下又は非存在下で、iRFP-GFPY39TAGを発現するHEK293T細胞を、トランスフェクションの2日後に本明細書に記載のフローサイトメトリー法(D)を用いてGFP及びiRFP蛍光を分析した。
【0139】
iRFP-GFPY39TAGは、iRFP(赤外蛍光タンパク質)とGFP(緑色蛍光タンパク質)の融合体であり、GFPの許容部位39はアンバー(TAG)終止コドンによりコードされている。適切にトランスフェクトされると細胞は赤くなる(iRFPが発現する)が、GFPはアンバーコドンがUAA(本明細書ではBOC)をコードするように抑制されている場合にのみ産生されるので、iRFP-GFPY39TAGはアンバー抑制レポーターとして機能する。したがって、細胞内の緑色蛍光(GFP)と赤色蛍光(iRFP)の比率は、アンバー抑制効率の指標となる。
【0140】
図5に示すように、NES-PylRS
AFは、PylRS
AFと比較して、アンバー抑制効率の有意な増強(68.6%)を示した。効率低下における相違は、「明るいDP」(二重陽性)集団の調査により特に顕著であった。
【0141】
本明細書に記載の方法(B)を用いて追加の実験を行った。該実験においては、HEK293T細胞を、様々な量(1ウェルあたり100~500ngのプラスミド)のiRFP-GFP
Y39TAG及びtRNA
Pyl/PylRS
AF又はtRNA
Pyl/NES-PylRS
AFのいずれかを用いて、また低高濃度(50μM)又は高濃度(250μM)のUAA(BOC)を使用し、同時トランスフェクトを行った。本明細書に記載の方法(D)を用いたこれらの細胞のフローサイトメトリー分析は、変異型NES-PylRS
AFのアンバー抑制効率が、PylRS
AFと比較して有意に増強されたことを確認した(
図6及び7参照)。明るいGFP蛍光細胞(すなわち、成功したiRFP-GFP
Y39TAGアンバー抑制)の数により、NES-PylRS
AFをトランスフェクトし、1の存在下で培養した細胞試料が、PylRS
AFをトランスフェクトし、1の存在下で培養した対応する細胞試料と比較して15倍まで増強されたことが認められた。
【0142】
実施例4:NES-PylRSAFの細胞内局在
HEK293T細胞及びCOS-7細胞を、真核生物のtRNAPyl/NES-PylRSAFの発現を促進するプラスミドを用いてトランスフェクトし、次いで、抗PylRSポリクローナル抗体で免疫染色するか、又は、tRNAPylを本明細書に記載の方法(B)及び(E)を用いてFISHにより検出した。
【0143】
図1b、2b、3b及び4bに示すように、HEK293T細胞及びCOS-7細胞の両方について、明瞭な細胞質の免疫染色及びFISHシグナルが検出されたが、一方、PylRS
AFで観察される核における強い蛍光は存在しなかった(実施例2参照)。これは、NES-PylRS
AF及びtRNA
Pylの細胞質内分布を示す。
【0144】
実施例5:超解像顕微鏡法におけるNES-PylRSAFの使用
例えば、Jungmann et al.(Nat Methods 11:313-318,2014)に記載されたDNA-PAINT顕微鏡法の原理を使用するClick-PAINTと呼ばれる方法を用いた超解像顕微鏡法において、トランスフェクトされたHEK293T細胞内の標的ポリペプチドの分布を調べるために、新規のtRNAPyl/NES-PylRSAFアンバー抑制対を用いた。
【0145】
Click-PAINTの原理を
図8aに概説する。細胞は、UAA残基を含む標的ポリペプチド(POI)を発現する。該UAA残基は標識基(例えば、trans-シクロオクテニル基)を含む。該細胞を、クリック反応(SPAAC又はSPIEDAC等)を介してUAA残基の標識基と反応するドッキング基(例えば、1,2,4,5-テトラジン基)を有する結合ストランドのオリゴヌクレオチドと接触させ、それにより結合ストランドをPOIに結合させる。次に、イメージング基(例えば、Atto 655等の色素)を担持するイメージャストランドを細胞に加える。結合ストランドのオリゴヌクレオチド内のドッキング基の位置(例えば、5’末端)及びイメージャストランド内のイメージング基の位置(例えば、3’末端)の適切な選択により、イメージャストランドをPOI結合-結合ストランドとアニーリングすると、イメージング基が標識されたPOIの標識部位(UUA残基)に直接的に近接して位置することを可能にする。
【0146】
新規のClick-PAINT法は2つのPOIを用いて試験された。
【0147】
細胞骨格要素は、それらが明らかなフィラメント状パターンを生じさせ、該フィラメントが特有のタンパク質に非常に富んでいるので、SRM技術を検証するための理想的な出発点である。故に、第1のPOI(VimentinN116TAG-mOrange)は、N末端に細胞骨格タンパク質ビメンチンの変異体(N116がアンバーコドン(vimentinN116TAG)で置換されている)と、C末端にmOrangeを含む融合タンパク質である。mOrangeは、従来の広視野顕微鏡を用いて標識の特異性をチェックするためのリファレンスとして役立つ。
【0148】
新規のClick-PAINT法の感度を試験するための第2のPOI(GFPN149TAG-Nup153)は、核膜孔複合体のタンパク質であり、細胞骨格よりもはるかに少ない構造であった。核膜孔複合体は、約30の様々なタンパク質から構築され、約60nm3のサイズを有する32コピーのタンパク質Nup153を含むリング様構造である。したがって、Nup153上の潜在的な標識部位の密度は、細胞骨格フィラメント上の潜在的な標識部位の密度よりも実質的に低い。具体的には、第2のPOIは、N末端に変異型GFP(N149がアンバーコドン(GFPN149TAG)で置換されている)を含み、C末端にNup153を含む融合タンパク質であった。
【0149】
標的ポリペプチドの発現のための構築物を作製し、HEK293T細胞をtRNAPyl/NES-PylRSAF及びVimentinN116TAG-mOrange又はGFPN149TAG-Nup153のいずれかをコードするポリヌクレオチドを用いて同時トランスフェクトし、次いで、トランスフェクトした細胞を本明細書に記載の方法(F)を用いてUAA2中で培養した。本明細書に記載の方法(G)及び(H)を用いて、Click-PAINT標識、イメージング及び画像処理を実施した。
【0150】
図8cは、上記Click-PAINT法とVimentin
N116TAG-mOrangeを使用して生成したSRM画像を示す。前記画像は、mOrance基準チャネルの回折限界イメージングと比較して明らかに向上した解像度を有する(
図8b参照)。
【0151】
POIとしてGFP
N149TAG-Nup153を使用し、Click-PAINT法により、核膜孔複合体の特徴的な円形の外観を示す高コントラストの超解像画像を生成した(
図8d参照)。細胞は野生型Nup153も発現し、これは標識することができず、GFP
N149→2-Nup153タンパク質との核膜孔複合体への取り込みについて競合するため、観察された全ての環構造が閉じているわけではない。
【0152】
実施例6:バキュロウイルスに基づく昆虫細胞タンパク質発現におけるPylRSAF及びNES-PylRSAFによるアンバー抑制
Sf21細胞をtRNAPyl、mCherry-GFPY39TAG及びPylRSAF又はNES-PylRSAFのいずれかをコードするBacmid DNAを用いて形質導入し、様々な濃度(0、10、50、100、250、500又は1000μM)のUAA1(BOC)と共に培養し、本明細書に記載の方法(I)及び(J)を使用して分析した。
【0153】
細胞のmCherry蛍光は、Bacmid DNAを用いた形質導入の成功を示した。細胞のGFP蛍光は、GFPY39TAGレポーター遺伝子のアミノ酸位置39をコードするアンバー終止コドンの、前記位置へのUAA1の組込みによる抑制の成功を示した。
【0154】
フローサイトメトリー分析は、PylRS
AF及びNES-PylRS
AFの両方について、UAA1用量依存的にmCherry蛍光及びGFP蛍光(「二重陽性」)細胞が増加することを示した。ここでは、NES-PylRS
AF発現細胞の増加はPylRS
AF発現細胞より有意に顕著であった。これは、より低いUAA1濃度であっても、NES-PylRS
AFが、PylRS
AFよりも高い効率を可能にしたことを示す。
図9、10、11、及び表1を参照のこと。
【0155】
表1:tRNAPy、mCherry、GFPY39TAG及びPylRSAF又はNES-PylRSAFのいずれかをコードするBacmid DNAを用いて形質導入し、様々な濃度のUAA1と共にインキュベートしたSf21細胞における蛍光細胞亜集団の相対的な大きさ
【0156】
【0157】
略語
RS=アミノアシルtRNA合成酵素
BOC=Boc-l-Lys-OH=N-α-tert-ブチルオキシカルボニル-L-リシン(
図1a、化合物1)
Crm1=染色体領域維持1(カリオフェリンエクスポーチン1としても知られる)
dSTORM=直接確率的光学再構築顕微鏡法
E.coli BL21(DE3)AI=大腸菌株BF
ーompT gal dcm lon hsdS
B(r
B
ーm
B
ー)λ(DE3[lacI lacUV5-T7p07 ind1 sam7 nin5])[malB
+]
K-12(λ
S)araB::T7RNAP-tetA
FBS=ウシ胎児血清
FISH=蛍光in situハイブリダイゼーション
GFP=緑色蛍光タンパク質
Hoechst 33342=2’-(4-エトキシフェニル)-5-(4-メチル-1-ピペラジニル)-2,5’-ビ-1H-ベンゾイミダゾール三塩酸塩
IPTG=イソプロピルβ-D-1-チオガラクトピラノシド
iRFP=赤外蛍光タンパク質
NES=核外搬出シグナル
NLS=核局在化シグナル
PBS=リン酸緩衝食塩水
PAINT=ナノスケールトポグラフィにおけるイメージングのための点集積
PylRS=ピロリジルtRNA合成酵素
PylRS
AF=アミノ酸置換Y306A及びY384Fを含む変異型M.mazeiピロリジルtRNA合成酵素
PMSF=フッ化フェニルメチルスルホニル
POI=目的のポリペプチド、標的ポリペプチド
RP-HPLC=逆相高速液体クロマトグラフィー
RT=室温
TCEP=トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン
TEV=タバコエッチウイルス核封入体-エンドペプチダーゼ
tRNA
Pyl=野生型又は改変されたPylRSによってアシル化された、UAAのPOIへの部位特異的組み込みのための、好ましくはセレクターコドンの逆相補体であるアンチコドンを有するtRNA(実施例で使用されたtRNA
Pylでは、アンチコドンはCUAである)
SPAAC=(銅フリー)歪み促進逆アルキン-アジド環状付加反応
SPIEDAC=(銅フリー)歪み促進逆電子要請型Diels-Alder環状付加反応
SRM=超解像顕微鏡法
TB =テリフィック(Terrific)ブロス
TCO
*=N-ε-((trans-シクロオクタ-2-エン-1-イルオキシ)カルボニル)-L-リシン(
図1a、化合物2)
UAA=非天然アミノ酸