(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023100987
(43)【公開日】2023-07-19
(54)【発明の名称】多能性幹細胞由来の板状軟骨およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20230711BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20230711BHJP
【FI】
C12N5/077 ZNA
C12N5/10
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023080097
(22)【出願日】2023-05-15
(62)【分割の表示】P 2020531354の分割
【原出願日】2019-07-18
(31)【優先権主張番号】62/700,489
(32)【優先日】2018-07-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】妻木 範行
(57)【要約】 (修正有)
【課題】複数の多能性幹細胞由来軟骨パーティクルが合体してなる板状軟骨、および当該板状軟骨の製造方法を提供する。
【解決手段】工程1:多能性幹細胞由来軟骨パーティクルを製造する工程、および工程2:板状軟骨の形成に必要数の軟骨パーティクルを、隣接する軟骨パーティクルが相互に接触し得る状態で培養する工程、を含むことを特徴とする方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の多能性幹細胞由来軟骨パーティクルが合体してなる板状軟骨の製造方法であって、
工程1:多能性幹細胞を分化誘導して軟骨パーティクルを製造する工程、および
工程2:板状軟骨の形成に必要数の軟骨パーティクルを、隣接する軟骨パーティクルが相互に接触し得る状態で培養する工程、
を含み、工程2において、液体が通過可能な容器に必要数の軟骨パーティクルを収容し、培養液を流動させながら培養することを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞由来の板状軟骨およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
関節軟骨は骨の端部を覆い、関節運動中に対向する骨の間に潤滑を提供する。軟骨は軟骨細胞および軟骨細胞を埋め込む軟骨細胞外マトリックス(ECM)からなる。軟骨細胞と軟骨ECMは相互依存関係にあり、軟骨細胞は軟骨細胞のECMを産生し、軟骨ECMは軟骨細胞がその特性(軟骨ECMの産生を含む)を維持するための環境を提供する。
【0003】
軟骨の損傷は軟骨ECMを失うため、ほとんど治癒することはない。細胞は軟骨ECMが存在しないと軟骨細胞になることはできず、非軟骨細胞は損傷によって生じた関節表面の欠損部に軟骨ECMを産生しない。最近の再生医療は、自己軟骨細胞または間葉系幹細胞の関節軟骨欠損部への移植を採用しているが、軟骨ECMを伴わないこれらの細胞移植は、線維軟骨修復組織の形成によって示されるように、軟骨を再生しない。この制限を克服するために、アロジェニック軟骨の移植が採用されてきた。軟骨は免疫原性が低いので、関節軟骨損傷は、HLAタイプを一致させることなく、または免疫抑制薬を使用することなく、アロジェニック軟骨を移植することによって治療されてきた。有望な結果が得られているが、ドナーの欠如、異なる個体から得られる軟骨のヘテロな品質、および疾患伝播のリスクから、代替方法が望まれている。特に、関節損傷の再生医療として関節軟骨欠損に移植できる新しい材料が望まれている。
【0004】
本発明者らは、以前に、ヒトiPS細胞から足場のない軟骨組織を作り出す方法を報告した(特許文献1、2、非特許文献1、2)。軟骨細胞に分化したヒトiPS細胞の懸濁培養での三次元培養は、これらの細胞に軟骨ECMを分泌および沈着させて軟骨を形成させる。これらのヒトiPS細胞由来軟骨は球状であり、直径約1~3mmである。得られたヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルを免疫抑制薬で処置したミニブタの関節軟骨欠損部に移植した場合、それらは関節軟骨を構成し、移植後4週間でミニブタ本来の関節軟骨との合体の徴候を示した(非特許文献1)。得られたヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルを免疫不全ラットの関節軟骨欠損部に移植した場合、移植後4週間で、それらは側面で隣接するラット本来の軟骨と、底面で骨と合体した(非特許文献1)。さらに、本発明者らは、混合リンパ球反応アッセイにおいてリンパ球の増殖の欠如によって示されるように、ヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルが天然軟骨のように低免疫原性であることを見出した(非特許文献3)。これらの知見から、ヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルが関節軟骨欠損を治療するためのアロジェニック移植のための新しい供給源になり得ることを示している。欠損部を埋めるために必要なヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルの数は、関節軟骨の欠損部のサイズによって異なる。臨床現場では、1cm2の欠損あたり約25個のヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルを移植し、それらをフィブリン糊で固定することを計画している。しかし、複数の軟骨パーティクルをフィブリン糊で固定する場合は、固定力が弱いため、移植後に軟骨パーティクルが脱落する可能性がある。
【0005】
また、本発明者らは、分化開始から90日目に得られた2個のヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルを、培養液中で接触した状態で60日間培養すると、2個のパーティクルが合体して1個のパーティクルが形成されたことを報告している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2015/064754
【特許文献2】WO2016/133208
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Yamashita, A., Morioka, M., Yahara, Y., Okada, M., Kobayashi, T., Kuriyama, S., Matsuda, S., and Tsumaki, N. Generation of Scaffoldless Hyaline Cartilaginous Tissue from Human iPSCs. Stem cell reports 4, 404, 2015.
【非特許文献2】Yamashita, A., Morioka, M., Kishi, H., Kimura, T., Yahara, Y., Okada, M., Fujita, K., Sawai, H., Ikegawa, S., and Tsumaki, N. Statin treatment rescues FGFR3 skeletal dysplasia phenotypes. Nature 513, 507, 2014.
【非特許文献3】Kimura, T., Yamashita, A., Ozono, K., and Tsumaki, N. Limited Immunogenicity of Human Induced Pluripotent Stem Cell-Derived Cartilages. Tissue Eng Part A 22, 1367, 2016.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、関節軟骨の欠損部位に移植可能な、多能性幹細胞由来の板状軟骨を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の各発明を包含する。
[1]複数の多能性幹細胞由来軟骨パーティクルが合体してなる板状軟骨。
[2]軟骨損傷部位への移植用である前記[1]に記載の板状軟骨。
[3]前記[1]または[2]に記載の板状軟骨の製造方法であって、
工程1:多能性幹細胞由来軟骨パーティクルを製造する工程、および
工程2:板状軟骨の形成に必要数の軟骨パーティクルを、隣接する軟骨パーティクルが相互に接触し得る状態で培養する工程、
を含むことを特徴とする方法。
[4]工程2において、培養液中に設置可能な枠、または、液体が通過可能な容器に必要数の軟骨パーティクルを収容することを特徴とする前記[3]に記載の方法。
[5]前記容器が、必要数の軟骨パーティクルを単層状態で収容可能である前記[4]に記載の方法。
[6]前記軟骨パーティクルが、形成途中の軟骨パーティクルである前記[3]~[5]のいずれか1つに記載の方法。
[7]前記工程2において、培養液を流動させながら培養することを特徴とする前記[3]~[6]のいずれか1つに記載の方法。
[8]前記工程2において、FGF受容体アゴニストを含有する培養液を用いることを特徴とする前記[3]~[7]のいずれか1つに記載の方法。
[9]前記FGF受容体アゴニストがFGF18である前記[8]に記載の方法。
[10]前記[1]または[2]に記載の板状軟骨を含む、損傷軟骨修復用医薬組成物。
【0010】
[11]前記[1]または[2]に記載の板状軟骨を軟骨欠損部位に移植する工程を含む、軟骨修復方法。
[12]軟骨修復のために使用する、前記[1]または[2]に記載の板状軟骨。
[13]損傷軟骨修復用医薬組成物を製造するための、前記[1]または[2]に記載の板状軟骨の使用。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、多能性幹細胞由来の板状軟骨を提供することができる。本発明の板状軟骨は、関節軟骨の欠損部位の大きさに適合したサイズに形成あるいはトリミングした後に移植することができ、関節損傷の再生医療用の医薬組成物として有用である。また、移植前に軟骨パーティクルを合体させることで、従来法の問題点である移植後の軟骨パーティクルの脱落の可能性を低減することができる。また、欠損部のサイズに適合した多能性幹細胞由来軟骨組織を移植することができるようになる。その結果、関節軟骨のより広範な欠損や変性に対しても移植することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】(A)は1対のヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルを含む丸底96ウェルプレートのウェルの画像であり、(B)は(A)のウェルの模式図、(C)は合体したヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルの連続切片の模式図である。
【
図2】ヒトiPS細胞株QHJIから作製した1対の軟骨パーティクルを丸底96ウェルプレート中に入れ、3、7、14、28、56および84日目に観察した結果を示す図であり、左列は肉眼観察した図、第2列は切片をサフラニンO-ファストグリーン-鉄ヘマトキシリンで染色した図、第3列は第2列の四角で囲まれた領域の拡大図、右列は第2列または第3列の四角で囲まれた領域の拡大図である。スケールバーは500 μm。
【
図3】ヒトiPS細胞株QHJIから作製した1対の軟骨パーティクルを丸底96ウェルプレート中に入れ、7、14および84日目の合体した軟骨パーティクルの切片を抗I型コラーゲン抗体免疫染色した結果(左列、第2列、第3列)、および84日目の切片を抗II型コラーゲン抗体免疫染色した結果(右列)を示す図である。第2列および第3列は、左列の四角で囲まれた領域の拡大図である。スケールバーは500 μm。
【
図4】ヒトiPS細胞株409B2、604B1および1231A3から軟骨パーティクルを作製し、培養ディッシュ内で接触した状態にして培養した60日目の合体した軟骨パーティクルの切片を、サフラニンO-ファストグリーン-鉄ヘマトキシリンで染色した図である。
【
図5】合体していない軟骨パーティクル(左)から軟骨膜様膜(右上)と中心軟骨(右下)を分離し、各切片をサフラニンO-ファストグリーン-鉄ヘマトキシリンで染色した結果を示す図である。
【
図6】軟骨膜様膜および中心軟骨における遺伝子発現の差を示す図である。各点は1つの遺伝子を表す。y軸は、軟骨膜様膜におけるRPKMの変化と中心軟骨おけるRPKMの変化の比(fold change)を示す。x軸は、軟骨膜様膜におけるRPKMのlog10を示す。矢印はFGF18遺伝子を示す。
【
図7】軟骨膜様膜および中心軟骨におけるマーカー遺伝子のリアルタイムRT-PCRによる発現解析の結果を示す図である。Mは軟骨膜様膜、Cは中心軟骨である。エラーバーは平均±標準偏差を示す。
【
図8】ヒトiPS細胞株QHJIから作製した1対の軟骨パーティクルを丸底96ウェルプレート中に入れ、FGF18(最終濃度、100 ng/mL)の存在下または非存在下(Vehicle)で培養し、3、7および14日目に観察した結果を示す図であり、左列は肉眼観察した図、第2列は切片をサフラニンO-ファストグリーン-鉄ヘマトキシリンで染色した図、第3列は第2列の四角で囲まれた領域の拡大図である。スケールバーは500 μm。
【
図9】ヒトiPS細胞株QHJIから作製した1対の軟骨パーティクルを丸底96ウェルプレート中に入れ、FGF阻害剤NVP-BGJ398(最終濃度、50nM)の存在下または非存在下(Vehicle)で培養し、14日目に観察した結果を示す図であり、左列は肉眼観察した図、第2列は切片をサフラニンO-ファストグリーン-鉄ヘマトキシリンで染色した図である。スケールバーは500 μm。
【
図10】ヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルをメッシュバッグに入れ、軟骨形成培地を入れたバイオリアクターにメッシュバッグを投入して攪拌しながら4週間培養し、得られた板状軟骨を示す図であり(A)、(B)はその正面拡大図、(C)はその側面拡大図である。
【
図11】
図10の板状軟骨の組織切片をサフラニンO-ファストグリーン-鉄ヘマトキシリンで染色した図である。
【
図12】軟骨形成培地を入れた培養用ディッシュに置いた星形の枠内にヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルを入れ、4週間培養して得られた星形の板状軟骨を示す図(A)であり、(B)は板状軟骨の組織切片をヘマトキシリンエオジン染色したもの、(C)は板状軟骨の組織切片をサフラニンO-ファストグリーン-鉄ヘマトキシリンで染色したものである。
【
図13】軟骨形成培地を入れた24ウェルプレートの各ウェルにポリカーボネート製トランスウェルまたはポリエステル製トランスウェルを設置し、トランスウェル内にヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルを入れ、4週間培養して得られた合体軟骨を示す図であり、(A)はポリカーボネート製トランスウェルの結果、(B)はポリエステル製トランスウェルの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔板状軟骨〕
本発明は、多能性幹細胞由来の板状軟骨を提供する。本発明の板状軟骨は、複数の多能性幹細胞由来軟骨パーティクルが合体してなる板状軟骨(板状軟骨組織)である。本発明の板状軟骨は、複数の多能性幹細胞由来軟骨パーティクルが複層に合体してなる板状軟骨であってもよく、複数の多能性幹細胞由来軟骨パーティクルが単層に合体してなる板状軟骨であってもよい。
【0014】
本発明の板状軟骨は、生体軟骨に見られる厚さと同等の厚さを有してもよい。例えば、板状軟骨の厚さは、5mm以下であってもよく、4mm以下であってもよく、3mm以下であってもよく、2mm以下であってもよい。板状軟骨の厚さは、約1.5~約4.5mmであってもよく、約2~約4mmであってもよく、約2.5~約3.5mmであってもよい。板状軟骨の厚さは、板状軟骨の複数箇所の厚さの平均値を用いることができ、一部に規定の厚さを超える部分があってもよい。
【0015】
本発明の板状軟骨は、軟骨損傷部位への移植に好適に用いることができる。軟骨損傷部位の軟骨欠損部の形状および大きさに適合するように、本発明の板状軟骨を形成あるいはトリミングして移植することができるので、非常に有用である。また、本発明の板状軟骨の厚さは、関節軟骨の厚さと同等であるので、本発明の板状軟骨は、関節軟骨損傷部位への移植に特に適している。本発明の板状軟骨は、移植された後、生体内でリモデリングされうる。そのため、その形状、大きさ、および厚さは、移植する部位に完全に一致するものでなくてもよい。
【0016】
軟骨パーティクルを製造するために使用可能な多能性幹細胞は、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞であればよく、特に限定されない。例えば胚性幹(ES)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、精子幹(GS)細胞、胚性生殖(EG)細胞、人工多能性幹(iPS)細胞、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)などが含まれる。好ましい多能性幹細胞は、ES細胞、ntES細胞、およびiPS細胞である。
【0017】
(A) 胚性幹細胞
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。
【0018】
ES細胞は、受精卵の8細胞期、桑実胚後の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。ES細胞は、マウスで1981年に発見され (M.J. Evans and M.H. Kaufman (1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された (J.A. Thomson et al. (1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al. (1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848;J.A. Thomson et al. (1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall (1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。
【0019】
ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor (LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor (bFGF))などの物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒトおよびサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al. (1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848; Thomson JA, et al. (1998), Science. 282:1145-1147; H. Suemori et al. (2006), Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; M. Ueno et al. (2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559; H. Suemori et al. (2001), Dev. Dyn., 222:273-279;H. Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al. (2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。
【0020】
ES細胞作製のための培養液として、例えば0.1mM 2-メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸、2mM L-グルタミン酸、20% KSR(KnockOut Serum Replacement, Invitrogen)および4ng/mL bFGFを補充したDMEM/F-12培養液を使用し、37℃、2% CO2/98% 空気の湿潤雰囲気下でヒトES細胞を維持することができる(O. Fumitaka et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:215-224)。また、ES細胞は、3~4日おきに継代する必要があり、このとき、継代は、例えば1mM CaCl2および20% KSRを含有するPBS中の0.25% トリプシンおよび0.1mg/mL コラゲナーゼIVを用いて行うことができる。
【0021】
ES細胞の選択は、一般に、アルカリホスファターゼ、Oct-3/4、Nanogなどの遺伝子マーカーの発現を指標にしてReal-Time PCR法で行うことができる。特に、ヒトES細胞の選択では、OCT-3/4、NANOG、ECADなどの遺伝子マーカーの発現を指標とすることができる(E. Kroon et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:443-452)。
【0022】
ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)およびWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2およびKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0023】
(B) 精子幹細胞
精子幹細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ(M. Kanatsu-Shinohara et al. (2003) Biol. Reprod., 69:612-616; K. Shinohara et al. (2004), Cell, 119:1001-1012)。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF))を含む培養液で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、精子幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊),41~46頁,羊土社(東京、日本))。
【0024】
(C) 胚性生殖細胞
胚性生殖細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞であり、LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立しうる(Y. Matsui et al. (1992), Cell, 70:841-847; J.L. Resnick et al. (1992), Nature, 359:550-551)。
【0025】
(D) 人工多能性幹細胞
人工多能性幹(iPS)細胞は、特定の初期化因子を、DNAまたはタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら,Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);国際公開WO 2007/069666)。初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNAまたはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO 2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO 2010/111409、WO 2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D, et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al. (2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al. (2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A, (2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al. (2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al., (2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al. (2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al. (2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al. (2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al. (2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al. (2011), Nature. 474:225-9.に記載の組み合わせが例示される。
【0026】
上記初期化因子には、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸 (VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool (Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、MEK阻害剤(例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327およびPD0325901)、Glycogen synthase kinase-3阻害剤(例えば、BioおよびCHIR99021)、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、5-azacytidine)、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、BIX-01294 等の低分子阻害剤、Suv39hl、Suv39h2、SetDBlおよびG9aに対するsiRNAおよびshRNA等の核酸性発現阻害剤など)、L-channel calcium agonist (例えばBayk8644)、酪酸、TGFβ阻害剤またはALK5阻害剤(例えば、LY364947、SB431542、616453およびA-83-01)、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA)、ARID3A阻害剤(例えば、ARID3Aに対するsiRNAおよびshRNA)、miR-291-3p、miR-294、miR-295およびmir-302などのmiRNA、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)、神経ペプチドY、プロスタグランジン類(例えば、プロスタグランジンE2およびプロスタグランジンJ2)、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBl等の樹立効率を高めることを目的として用いられる因子も含まれており、本明細書においては、これらの樹立効率の改善目的にて用いられた因子についても初期化因子と別段の区別をしないものとする。
【0027】
初期化因子は、タンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTATおよびポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよい。
【0028】
一方、DNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(WO 2010/008054)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、初期化因子をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する初期化因子をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。
【0029】
また、RNAの形態の場合、例えばリポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入しても良く、分解を抑制するため、5-メチルシチジンおよびpseudouridine(TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良い(Warren L, (2010) Cell Stem Cell. 7:618-630)。
【0030】
iPS細胞誘導のための培養液としては、例えば、10~15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12またはDME培養液(これらの培養液にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L-グルタミン(L-glutamine)、非必須アミノ酸類(nonessential amino acids)、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)またはマウスES細胞培養用培養液(TX-WES培養液、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培養液(霊長類ES/iPS細胞用培養液、リプロセル社)、無血清多能性幹細胞維持培地(例えば、mTeSR(Stemcell Technology社)、Essential 8(Life Technologies)、StemFit AK03(AJINOMOTO))などの市販の培養液が例示される。
【0031】
培養法の例としては、例えば、37℃、5%CO2存在下にて、10%FBS含有DMEMまたはDMEM/F12培養液上で体細胞と初期化因子とを接触させ約4~7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞(たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上に播きなおし、体細胞と初期化因子の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培養液で培養し、該接触から約30~約45日またはそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。
【0032】
あるいは、37℃、5% CO2存在下にて、フィーダー細胞(たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上で10%FBS含有DMEM培養液(これにはさらに、LIF、ペニシリン(penicillin)/ストレプトマイシン(streptomycin)、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25日~約30日またはそれ以上後にES様コロニーを生じさせることができる。望ましくは、フィーダー細胞の代わりに、初期化される体細胞そのものを用いる(Takahashi K, et al. (2009), PLoS One. 4:e8067またはWO2010/137746)、もしくは細胞外マトリックス(例えば、Laminin-5(WO2009/123349)およびマトリゲル(BD社))を用いる方法が例示される。
【0033】
この他にも、血清を含有しない培地を用いて培養する方法も例示される(Sun N, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:15720-15725)。さらに、樹立効率を上げるため、低酸素条件(0.1%以上、15%以下の酸素濃度)によりiPS細胞を樹立しても良い(Yoshida Y, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:237-241またはWO2010/013845)。
【0034】
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培養液と培養液交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cm2あたり約5×103~約5×106細胞の範囲である。
【0035】
iPS細胞は、形成したコロニーの形状により選択することが可能である。一方、体細胞が初期化された場合に発現する遺伝子(例えば、Oct3/4、Nanog)と連動して発現する薬剤耐性遺伝子をマーカー遺伝子として導入した場合は、対応する薬剤を含む培養液(選択培養液)で培養を行うことにより樹立したiPS細胞を選択することができる。また、マーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、iPS細胞を選択することができる。
【0036】
本明細書中で使用する「体細胞」なる用語は、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞または分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)をいう。体細胞には、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、および成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、および株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞および脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0037】
また、iPS細胞を移植用細胞の材料として用いる場合、拒絶反応が起こらないという観点から、移植先の個体のHLA遺伝子型が同一もしくは実質的に同一である体細胞を用いることが望ましい。ここで、「実質的に同一」とは、移植した細胞に対して免疫抑制剤により免疫反応が抑制できる程度にHLA遺伝子型が一致していることであり、例えば、HLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座あるいはHLA-Cを加えた4遺伝子座が一致するHLA型を有する体細胞である。
【0038】
(E) 核移植により得られたクローン胚由来のES細胞
ntES細胞は、核移植技術によって作製されたクローン胚由来のES細胞であり、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している(T. Wakayama et al. (2001), Science, 292:740-743; S. Wakayama et al. (2005), Biol. Reprod., 72:932-936; J. Byrne et al. (2007), Nature, 450:497-502)。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がntES(nuclear transfer ES)細胞である。ntES細胞の作製のためには、核移植技術(J.B. Cibelli et al. (1998), Nature Biotechnol., 16:642-646)とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される(若山清香ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊), 47~52頁)。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
【0039】
(F) Multilineage-differentiating Stress Enduring cells(Muse細胞)
Muse細胞は、WO2011/007900に記載された方法にて製造された多能性幹細胞であり、詳細には、線維芽細胞または骨髄間質細胞を長時間トリプシン処理、好ましくは8時間または16時間トリプシン処理した後、浮遊培養することで得られる多能性を有した細胞であり、SSEA-3およびCD105が陽性である。
【0040】
〔板状軟骨の製造方法〕
本発明は、上記板状軟骨の製造方法を提供する。本発明の製造方法は、以下の工程を含むものであればよい。
工程1:多能性幹細胞由来軟骨パーティクルを製造する工程
工程2:板状軟骨の形成に必要数の軟骨パーティクルを、隣接する軟骨パーティクルが相互に接触し得る状態で培養する工程
【0041】
工程1は、多能性幹細胞由来軟骨パーティクルを製造する工程である。多能性幹細胞を分化誘導して軟骨パーティクルを製造する方法は公知であり、例えば、特許文献1、非特許文献1、非特許文献2などに記載されている方法から適宜選択して使用することができる。具体的には、以下の方法を好適に用いることができる。ただし、多能性幹細胞由来軟骨パーティクルを製造する方法は、この方法に限定されない。
【0042】
本発明の製造方法の工程1で用いる方法は、以下の方法であってもよい。
(i)多能性幹細胞を骨形成タンパク質(BMP)2、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βおよび増殖分化因子(GDF)5から成る群より選択される1以上の物質ならびにヒドロキシメチルグルタリルCoA(HMG-CoA)還元酵素阻害薬を含む培養液中で接着培養する工程、および
(ii)前記工程(i)で得られた細胞をBMP2、TGFβおよびGDF5から成る群より選択される1以上の物質ならびにHMG-CoA還元酵素阻害薬を含む培養液中で浮遊培養する工程。
【0043】
(i)に供する多能性幹細胞は、未分化状態を失われないよう、維持しながら3次元浮遊培養することにより細胞塊の状態にすることが好ましい。3次元浮遊培養とは、細胞を非接着条件にて、培養液中で撹拌または振とうしながら培養する方法である。
【0044】
細胞塊の直径が300μmを超えると、細胞が分泌するサイトカイン等の影響により分化誘導や細胞塊内部に壊死が起きるため、細胞塊の直径が300μm以内に調整することが必要である。細胞塊の直径を調整するためには、細胞密度および撹拌速度を適宜調節することや、適当な大きさの細胞塊を選択するなどして、大きさを調整することが例示される。
【0045】
工程(i)において使用される培養液は、動物細胞の培養に用いられる基礎培地へBMP2、TGFβおよびGDF5から成る群から選択される1以上の物質ならびにHMG-CoA還元酵素阻害薬を添加して調製することができる。工程(i)で用いる好ましい培養液は、BMP2、TGFβ、GDF5およびHMG-CoA還元酵素阻害薬が添加された基礎培地である。基礎培地としては、例えば、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium(DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、およびこれらの混合培地などが挙げられる。基礎培地には、必要に応じて、血清(例えば、FBS)、アルブミン、トランスフェリン、KnockOut Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)(Invitrogen)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、エタノールアミン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、GlutaMAX(Invitrogen)、非必須アミノ酸(NEAA)、ピルビン酸ナトリウム(sodium pyruvate)、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの物質も含有しうる。工程(i)の1つの実施形態において、基礎培地は、インスリン、トランスフェリン、亜セレン酸ナトリウム、エタノールアミン、アスコルビン酸(ascorbic acid)、非必須アミノ酸、ピルビン酸ナトリウム、抗生物質および血清を含むDMEMである。
【0046】
工程(i)において、BMP2には、ヒトおよび他の動物由来のBMP2、ならびにこれらの機能的改変体が包含され、例えば、Osteopharma社等から市販されているものを使用することができる。本工程で用いるBMP2の濃度は、0.1 ng/mLから1000 ng/mL、好ましくは、1 ng/mLから100 ng/mL、より好ましくは、5 ng/mLから50 ng/mL、10 ng/mLである。本発明において、BMP2は、BMP4に置き換えてもよい。
【0047】
工程(i)において、TGFβには、ヒトおよび他の動物由来のTGFβ、ならびにこれらの機能的改変体が包含され、例えば、PeproTech社等から市販されているものを使用することができる。本工程で用いるTGFβの濃度は、0.1 ng/mLから1000 ng/mL、好ましくは、1 ng/mLから100 ng/mL、より好ましくは、5 ng/mLから50 ng/mL、10 ng/mLである。
【0048】
工程(i)において、GDF5には、ヒトおよび他の動物由来のGDF5、ならびにこれらの機能的改変体が包含され、例えば、PeproTech社等から市販されているものを使用することができる。本工程で用いるGDF5の濃度は、0.1 ng/mLから1000 ng/mL、好ましくは、1 ng/mLから100 ng/mL、より好ましくは、5 ng/mLから50 ng/mL、10 ng/mLである。
【0049】
工程(i)において、HMG-CoA還元酵素阻害薬は、例えば、メバスタチン(コンパクチン)(USP3983140参照)、プラバスタチン(特開昭57-2240号公報(USP4346227)参照)、ロバスタチン(特開昭57-163374号公報(USP4231938)参照)、シンバスタチン(特開昭56-122375号公報(USP4444784)参照)、フルバスタチン(特表昭60-500015号公報(USP4739073)参照)、アトルバスタチン(特開平3-58967号公報(USP5273995)参照)、ロスバスタチン(rosuvastatin)(特開平5-178841号公報(USP5260440)参照)、ピタバスタチン(特開平1-279866号公報(USP5854259およびUSP5856336)参照)を含むが、これらに限定されない。本発明におけるHMG-CoA還元酵素阻害薬は、好ましくは、メバスタチン、アトルバスタチン、プラバスタチン、ロスバスタチン、フルバスタチンおよびロバスタチンから成る群より選択される薬剤である。
【0050】
工程(i)において、HMG-CoA還元酵素阻害薬としてロスバスタチンを用いる場合、濃度は、0.01μMから100μM、好ましくは、0.1μMから10μM、より好ましくは、0.5μMから5μM、1μMである。
【0051】
工程(i)において、さらに、bFGFを基礎培地に添加してもよく、bFGFには、ヒトおよび他の動物由来のbFGF、ならびにこれらの機能的改変体が包含され、例えば、WAKO社等の市販されているものを使用することができる。本工程で用いるbFGFの濃度は、0.1 ng/mLから1000 ng/mL、好ましくは、1 ng/mLから100 ng/mL、より好ましくは、5 ng/mLから50 ng/mL、10 ng/mLである。
【0052】
工程(i)において、さらに、プテロシン誘導体を基礎培地に添加してもよく、プテロシン誘導体は、例えば、14/315,809に記載のプテロシン誘導体が例示され、より好ましくは、プテロシンBである。本工程で用いるプテロシンBの濃度は、10μMから1000μM、好ましくは、100μMから1000μMである。
【0053】
接着培養するとは、細胞が培養容器に接着している状態で培養することである。使用する培養容器は、培養細胞の接着培養が可能な培養容器であれば特に限定されない。例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリディッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、カルチャースライド、シャーレなどが挙げられる。培養容器は、細胞接着に適した表面加工を施したものでもよく、そのような表面加工を施していないもの(ノンコーティング)でもよい。細胞接着に適した表面加工をした培養容器は、市販のものを用いることができ、例えば、IWAKIの組織培養用ディッシュが例示される。他の態様として、細胞外基質をコーティング処理された培養容器を用いて培養することによって行ってもよい。コーティング処理は、細胞外基質を含有する溶液を培養容器に入れた後、当該溶液を適宜除くことによって行い得る。
【0054】
コーティングに用いる細胞外基質は、天然由来であっても、人工物(組換え体)であってもよい。例えば、ポリリジン、ポリオルニチン、コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリリン、ラミニンといった物質およびこれらの断片が挙げられる。これらの細胞外基質は、適宜組み合わせて用いてもよい。
【0055】
工程(i)において、培養温度は特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~5%、好ましくは約5%である。工程(i)の培養期間は、播種した細胞塊が培養容器に接着して結節が形成される期間より長い期間であれば、特に限定されない。工程(i)の培養期間は、7日以上、14日以上、21日以上、28日以上であってもよい。工程(i)の培養期間は、35日以下、28日以下、21日以下、14日以下であってもよい。好ましくは14日である。
【0056】
工程(i)において、結節を形成した細胞は、培養期間中に自然に剥がれて浮遊する場合と、培養期間の終了まで培養容器に接着したままの場合がある。自然に剥がれて浮遊した結節(細胞塊)は、そのまま工程(ii)の浮遊培養に供される。培養容器に接着している結節(細胞塊)は、培養容器から剥離して工程(ii)の浮遊培養に供される。結節(細胞塊)を培養容器から剥離させる方法は、力学的分離方法(例えば、ピペッティング、またはスクレーパー等を用いる方法)により行うことが好ましく、プロテアーゼ活性および/またはコラゲナーゼ活性を有する分離溶液(例えば、トリプシンとコラゲナーゼの含有溶液Accutase(TM)およびAccumax(TM)(Innovative Cell Technologies, Inc)が挙げられる)を用いない方法が好ましい。
【0057】
工程(ii)では、前記工程(i)で得られた細胞を浮遊培養する。浮遊培養するとは、細胞が培養容器に非接着の状態で培養することであり、特に限定はされないが、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリックス等によるコーティング処理)されていない培養容器(例えば、ペトリディッシュ)、または、人工的に接着を抑制する処理(例えば、ポリヒドロキシエチルメタクリル酸(poly-HEMA)によるコーティング処理)した培養容器を使用して行うことが好ましい。
【0058】
工程(ii)では、前記工程(i)と同一の培養液を用いることができる。
【0059】
工程(ii)において、培養温度は特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~5%、好ましくは約5%である。培養期間は特に限定されず、所望の軟骨パーティクルが得られるまで培養すればよい。工程(ii)の培養期間は、7日以上、14日以上、21日以上、28日以上、35日以上、42日以上、49日以上、56日以上、63日以上、70日以上であってもよい。工程(ii)の培養期間は、140日以下、133日以下、126日以下、119日以下、112日以下、105日以下、98日以下、91日以下、84日以下、77日以下、70日以下、63日以下、56日以下、49日以下、42日以下、35日以下、28日以下、21日以下、14日以下であってもよい。軟骨パーティクルが製造されていることは、培養物から一部のパーティクルを採取し、サフラニンO染色を行うことで確認することができる。
【0060】
工程2は、板状軟骨の形成に必要数の軟骨パーティクルを、隣接する軟骨パーティクルが相互に接触し得る状態で培養する工程である。工程2に供される軟骨パーティクルは工程1で製造された軟骨パーティクルであるが、工程1において、分化誘導開始(軟骨分化培地に培地交換した日)からの日数により、軟骨パーティクルの大きさが異なることを本発明者らは確認している。具体的には、分化誘導開始から4週目の軟骨パーティクルの大きさ(直径)は約1mm、12週目の軟骨パーティクルの大きさ(直径)は約2~3mm、その後培養を続けても直径が約3~4mmで軟骨パーティクルの成長が止まることを、本発明者らは確認している。工程2に供される軟骨パーティクルは、工程1において分化誘導開始から4週(28日)未満の軟骨パーティクル、4週(28日)~6週(42日)の軟骨パーティクル、6週(42日)~8週(56日)の軟骨パーティクル、8週(56日)~10週(70日)の軟骨パーティクル、10週(70日)~12週(84日)の軟骨パーティクル、12週(84日)~14週(98日)の軟骨パーティクルであってもよく、14週(98日)超の軟骨パーティクルであってもよい。好ましくは、形成途中の軟骨パーティクルである。形成途中の軟骨パーティクルとしては、分化誘導開始から6週(42日)以下、5週(35日)以下、4週(28日)以下の軟骨パーティクルが好ましく、より好ましくは約4週(25~32日目)の軟骨パーティクルである。
【0061】
軟骨パーティクルの必要数は、製造しようとする板状軟骨の大きさに応じて適宜決定することができる。工程2に供する軟骨パーティクルが形成途中の軟骨パーティクルである場合は、工程2の培養期間における軟骨パーティクル自身の増大を考慮して、軟骨パーティクルの必要数を調整することが好ましい。
【0062】
工程2において、隣接する軟骨パーティクルが相互に接触し得る状態で培養するために、培養液中に設置可能な枠を好適に用いることができる。例えば、培養ディッシュに培地を入れ、その中に適当な枠を設置することができる。具体的には、より小さいサイズの培養ディッシュ、細胞遊走試験用のトランスウェルなどを枠として用いることができる。この枠内に、工程1で製造した軟骨パーティクルを収容する。軟骨パーティクルは枠内に、隣接する軟骨パーティクルと接触するように充填することが好ましく、かつ、単層に充填することが好ましい。
【0063】
工程2において、隣接する軟骨パーティクルが相互に接触し得る状態で培養するために、液体が通過可能な容器を好適に用いることができる。液体が通過可能な容器としては、例えば、生検サンプル保存用のメッシュバッグなどが挙げられる。メッシュバッグの大きさは、製造しようとする板状軟骨の大きさに応じて選択すればよい。メッシュバッグ内に工程1で製造した軟骨パーティクルを収容し、培養液中に投入する。メッシュバッグ内に収容する軟骨パーティクルの必要数は特に限定されず、メッシュバッグ内に単層最密充填し得る数でもよく、単層最密充填に必要な軟骨パーティクル数の約90%、約80%、約70%、約60%、約50%、約40%、約30%であってもよい。工程2に供する軟骨パーティクルが形成途中の軟骨パーティクルである場合は、工程2の培養期間における軟骨パーティクル自身の成長を考慮して、軟骨パーティクルの必要数を調整することが好ましい。
【0064】
工程2において、液体が通過可能な容器に軟骨パーティクルを収容して培養を行う場合、培養液を流動させながら培養することが好ましい。培養液を流動させながら培養する方法としては、例えば、バイオリアクターを用いる方法が挙げられる。具体的には、バイオリアクター中の培養液に、軟骨パーティクルを収容した液体が通過可能な容器を投入し、培養液を流動させる方法が挙げられる。使用するバイオリアクターは特に限定されず、例えば、マグネチックスターラーを設置したエイブル社のバイオリアクターを好適に使用することができる。
【0065】
工程2で使用する培養液には、工程1の(i)で使用する培養液からHMG-CoA還元酵素阻害薬を除いた培養液を用いることができる。
【0066】
工程2で使用する培養液には、線維芽細胞増殖因子(FGF)受容体アゴニストが含まれていてもよい。FGF受容体(FGFR)アゴニストは、FGFRに結合して細胞内情報伝達系を作動させる因子であればよい。FGFRアゴニストは、FGFR1、FGFR2、FGFR3またはFGFR4のアゴニストであってもよい。FGFRアゴニストには、ヒトおよび他の動物由来のFGF、ならびにこれらの機能的改変体が包含される。好ましくはFGF18であり、より好ましくはヒトFGF18である。FGFRアゴニストの濃度は、1 ng/mLから1000 ng/mL、好ましくは、5 ng/mLから500 ng/mL、より好ましくは、10 ng/mLから200 ng/mL、100 ng/mLである。FGF受容体アゴニスト培養液を用いることにより、隣接する軟骨パーティクルの合体を促進することができ、その結果板状軟骨の形成を促進することができる。
【0067】
軟骨パーティクルの合体は、最初に軟骨パーティクル周囲の軟骨膜様膜が合体し、続いて軟骨パーティクル中心部の軟骨が合体する。FGFシグナルは、初期の軟骨膜様膜の合体を促進することが、発明者らにより確認されているので、FGFRアゴニストを含む培地は、工程2の初期の一時期に使用すればよく、工程2の全期間を通じて使用することを要しない。例えば、FGFRアゴニストを含む培地の使用時期は、工程2の開始から28日以内、14日以内、12日以内、10日以内、9日以内、8日以内、7日以内であってもよい。
【0068】
工程2において、培養温度は特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われる。CO2濃度は、約2~5%、好ましくは約5%である。工程2の培養期間は、隣接する軟骨パーティクルが相互に合体して板状軟骨が形成される期間より長い期間であれば、特に限定されない。工程2の培養期間は、7日以上、14日以上、21日以上、28日以上、35日以上、42日以上、49日以上、56日以上、63日以上、70日以上であってもよい。工程2の培養期間は、140日以下、133日以下、126日以下、119日以下、112日以下、105日以下、98日以下、91日以下、84日以下、77日以下、70日以下、63日以下、56日以下、49日以下、42日以下、35日以下、28日以下、21日以下、14日以下であってもよい。板状軟骨が形成されていることは、肉眼で隣接する軟骨パーティクルが相互に合体していることを確認すればよい。
【0069】
〔医薬組成物〕
本発明は、上記本発明の板状軟骨を含む、損傷軟骨修復用の医薬組成物を提供する。本発明の医薬組成物はまた、有効量の本発明の板状軟骨を含みうる。ここで、医薬組成物には、医薬品、医療機器、および再生医療製品が含まれうる。本発明の医薬組成物の投与方法としては、損傷した軟骨における軟骨欠損部に板状軟骨を投与(移植)する方法が挙げられる。投与する板状軟骨は、軟骨欠損部の形状および大きさに適合するように形成あるいはトリミングして投与することが好ましい。軟骨欠損部と板状軟骨の接触部には、フィブリン糊、ゼラチンゲル、コラーゲンゲル、ヒアルロン酸ゲル等を塗布して板状軟骨の剥がれ落ちを防止してもよい。また、軟骨欠損部に投与(移植)した板状軟骨を骨膜等で固定してもよい。また、軟骨板に糸をかけて周囲軟骨あるいは骨に逢着してもよい。本発明の医薬組成物の投与対象は、例えば哺乳動物(例:マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒト)であり、好ましくはヒトである。
【0070】
本発明の医薬組成物の治療対象疾患は、例えば、鼻軟骨、耳介軟骨などの顔面軟骨の欠損および関節軟骨の欠損、変性あるいは断裂した半月板、および変性した椎間板あるいは髄核が挙げられる。関節軟骨の欠損としては、外傷による軟骨損傷、および変形性関節症が挙げられる。本発明の医薬組成物はまた、これらの疾患の予防を目的として用いてもよい。
【0071】
また、本発明は、上述の本発明の医薬組成物に準じて、以下の発明も包含する。
(i)本発明の板状軟骨を軟骨欠損部位に移植する工程を含む、軟骨修復方法。
(ii)軟骨修復のために使用する、本発明の板状軟骨。
(iii)損傷軟骨修復用医薬組成物を製造するための、本発明の板状軟骨の使用。
【0072】
本発明にはさらに、以下の発明が含まれる。
(1)多能性幹細胞由来軟骨同士および/または多能性幹細胞由来軟骨と成体軟骨との融合を促進する方法であって、FGF受容体アゴニストの存在下で、多能性幹細胞由来軟骨同士および/または多能性幹細胞由来軟骨と成体軟骨とを接触させることを特徴とする方法。
(2)FGF受容体アゴニストがFGF18である前記(1)に記載の方法。
(3)FGF受容体アゴニストを含む培地を用いて、複数の多能性幹細胞由来軟骨を接触させながら培養する工程を含む、移植用軟骨塊の製造方法。
(4)FGF受容体アゴニストがFGF18である前記(3)に記載の方法。
(5)複数の多能性幹細胞由来軟骨が融合(integrate)してなる移植用軟骨塊。
(6)軟骨欠損部位に多能性幹細胞由来軟骨を移植する工程、および、多能性幹細胞由来軟骨部位にGF受容体アゴニストを補充する工程を含む軟骨修復方法。
(7)FGF受容体アゴニストがFGF18である前記(6)に記載の方法。
(8)関節軟骨欠損部位を修復するための前記(6)または(7)に記載の方法。
(9)変形性関節症の関節軟骨欠損部位を修復するための前記(8)に記載の方法。
【実施例0073】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、すべての実験は、京都大学の施設内審査委員会、施設内動物委員会(必要に応じて)および施設内バイオセーフティ委員会によって承認された。
【0074】
〔実施例1:96ウェル丸底プレートを用いたヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルの合体〕
1.材料および方法
(1)細胞
京都大学iPS細胞研究所の、沖田博士、中川博士および山中博士から分与された4系統のヒトiPS細胞株(409B2、604B1、1231A3およびQHJI)を、ヒトiPS細胞として使用した。409B2はヒト皮膚線維芽細胞から作製され、604B1、1231A3およびQHJIはヒト末梢単核球から作製された。エピソームプラスミドベクター(pCXLE-hOCT3/4-shp53-F, hSK, hUL, EBNA1)がエレクトロポレーションされ、全ての細胞はゲノム組み込みについて陰性であった。
【0075】
(2)ヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルの作製
非特許文献1に記載の方法を一部改変した方法で、ヒトiPS細胞由来軟骨パーティクル(以下、「軟骨パーティクル」と記す)を作製した。具体的には、以下の方法で軟骨パーティクルを作製した。
【0076】
(2-1)ヒトiPS細胞の培養
培養中のヒトiPS細胞に、0.5×TrypLE Selectを添加し、インキュベーションの後、セルスクレーパーを用いて細胞を剥離させた。細胞を計数し、0.5-1.0×107個を 100 mLバイオリアクター(BWV-S10A、エイブル)へ移し、10 nM Y-27632(Wako)を添加したStemFit AK03N(Ajinomoto)を100 mLを加えて、マグネチックスターラー(BWS-S03NOS-6、エイブル)により60 rpmで回転させ、37 ℃、CO2 5%の条件下で、4-7日間培養した。その結果、直径50 μmから300 μmのiPS細胞塊が得られた。
【0077】
(2-2)軟骨細胞誘導
上記の方法で得られたiPS細胞塊を回収し、軟骨分化培地を5 mLを入れた10 cm suspension culture dish(sumitomo)4-12 dishesへ iPS細胞塊を播種した。なお、軟骨分化培地としては、0.2% FBS(Invitrogen)、1% ITS-X(Invitrogen)、50 μg/mL ascorbic acid(Nakalai)、1×10-4 M nonessential amino acids(Invitrogen)、1 mM sodium pyruvate(Invitrogen)、10ng/mL BMP2(PeproTech)、10ng/mL TGF-β3(Wako)、10ng/mL GDF5(Biovision)、1μM rosuvastatin(Biovision)、を添加したDMEM(SIGMA)を用いた。播種後、37 ℃、CO2 5%条件下で培養した。1-3日後に、新しい軟骨分化培地へ交換し、以後、2-5日の間隔で培地交換を行い、2-3週間培養を継続した。すると、iPS細胞塊は次第にdishへ接着して結節(nodule)が形成された。得られた結節は自然にdishからはがれて浮遊するか、あるいは結節をセルスクレーパーで剥がし、6 cm suspension culture dish(sumitomo)へ移し、37 ℃、CO2 5%条件下で培養した。1-5日後に、新しい軟骨分化培地へ交換した。以後、2-7日ごとに培地交換を行った。なお、培地交換時に、dishに貼付いた結節があればセルスクレーパーで剥がして浮遊させた。分化誘導開始から12週間後の軟骨パーティクルを以下の実験に使用した。
【0078】
(3)インビトロでの軟骨パーティクル合体
2個の軟骨パーティクルを96ウェル丸底プレートに入れ(
図1(A)、(B)参照)、軟骨形成培地(以下を含むDMEM (Sigma):1% ITS, 1% FBS, 2 mM L-glutamine (Thermo), 1 x 10
-4 M nonessential amino acids (Thermo), 1 mM sodium pyruvate (Thermo), 50 units penicillin, 50 mg/mL streptomycin, 50 μg/mL ascorbic acid (Nacalai), 10 ng/mL BMP2 (Peprotech), 10 ng/mL TGFβ1 (Peprotech), および10 ng/mL GDF5 (PTT))で、37 ℃、CO
2 5%条件下で培養した。各1対の軟骨パーティクルを含むウェルを、合計84個準備した。ウェルを7つの群(1群あたり12対)に分け、実験開始後0、3、7、14、28、56日目に、肉眼的および組織学的分析を行った。培地交換は、軟骨パーティクルの位置を変えないように注意して、毎日穏やかに行った。
【0079】
(4)合体のコマ撮り画像
AAVS1遺伝子座を標的とするCAG-EGFP(317-12)またはCAG-mCherry(511-5B)のいずれかのトランスジーンを保持するヒトiPS細胞株201B7から、軟骨パーティクルを作製した。EGFP発現軟骨パーティクルとmCherry発現軟骨パーティクルの合体を、多光子レーザー顕微鏡(Nikon A1R MP +)と解析ソフトウェア(Nikon NIS Elements)を用いてコマ撮り観察を行った。蛍光画像を連続11.5日にわたって1時間ごとに記録した。ムービーの各画像は100ミリ秒を表す。したがって、24時間は2.4秒に相当する。iPS-Cartが動いて視野から外れると、コマ撮り画像が数回中断された。
【0080】
(5)軟骨パーティクルの合体におけるFGFシグナルの検討
組換えヒトFGF18(PeproTech)をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に溶解してストック溶液(100 μg/mL)を調製した。合計90対の軟骨パーティクルを、上記(3)の条件で培養した。1ウェルあたり1対の軟骨パーティクルを0.3 mLの培地中で培養した。45対の軟骨パーティクルを、溶媒(0.3 μlのPBS)を添加した培地中で培養し、他の45対を0.3μlのFGF18ストック溶液を添加した培地中(最終濃度、100 ng/mL)で培養した。各群の45対をさらに3つの群に分け、組織学的分析に供した(実験開始後3、7または14日)。
【0081】
合体に対するFGFの効果をさらに調べるために、FGF阻害剤であるNVP-BGJ398(ChemScene LLC)を培養に使用した。NVP-BGJ398をDMSOに溶解して50 μMのストック溶液を調製した。合計30対の軟骨パーティクルを、上記(3)の条件で培養した。15対の軟骨パーティクルを、溶媒(0.3 μlのDMSO)を添加した培地中で培養し、他の15対を0.3 μlのNVP-BGJ398ストック溶液を添加した培地中(最終濃度、50nM)で培養した。14日間の培養後、組織学的分析に供した。
【0082】
(6)組織学的分析
軟骨パーティクルの対を4%パラホルムアルデヒドで固定し、処理してパラフィン中に包埋した。2個の軟骨パーティクル間の最も接触する領域をカバーする切片を確保するために、サンプルの合体部の周囲に20~150の連続切片を作製した(
図1(C)参照)。最大の接触部分の連続切片を選択し、さらなる分析に使用した。切片をヘマトキシリン-エオジンおよびサフラニンO-ファストグリーン-鉄ヘマトキシリンで染色した。また、切片をヤギ抗I型コラーゲン抗体(Souther Biotech)および抗II型コラーゲン抗体(Thermo)で免疫染色した。
【0083】
(7)RNA抽出
ヒトiPS細胞株QHJIから作製した軟骨パーティクルの軟骨膜様膜を中心軟骨から分離するために、実体顕微鏡下でピンセットを用いて軟骨膜様膜を剥がした。軟骨膜様膜および中心軟骨から別々にRNAを抽出した。試料を液体窒素中で凍結させ、Multi Beads Shocker(安井機械)で粉砕し、ISOGEN(登録商標)(Nippon Gene)を用いて全RNAを抽出し、RNeasy(登録商標)(Qiagen)で精製した。
【0084】
(8)RNA配列分析
抽出したRNAの品質は、Bioanalyzer 2100(Agilent Technologies)で評価した。1 μgの全RNAをTruSeq(登録商標) Stranded mRNA Library Prep Kit(Illumina)を用いて、製造業者の指示に従ってライブラリーを作製した。構築したライブラリーの品質および量は、Bioanalyzer 2100およびQubit(登録商標) dsDNA HS assay kit(Thermo)で評価した。ライブラリーは、NextSeq(登録商標) 500(Illumina)の75サイクルのSingle-Read modeで配列決定した。全ての読み出された配列は、BCL2FASTQ Conversion Software(v2.17.1.14)を用いてFASTQフォーマットで抽出された。アダプター、ポリA配列、および3'読み取り末端の低品質塩基は、cutadapt-1.12によってトリミングされた。トリミングされていない読み出し配列およびトリミングされた読み出し配列を、TopHat-2.1.1を用いてヒトゲノムhg38にマッピングした。GENCODE release v25からのヒト遺伝子アノテーションを利用した。遺伝子発現分析のために、Cufflinks-2.1.1を使用して、各遺伝子の発現レベルを100万読み出し配列当たりのエクソン1kb当たりの読み出し(RPKM)に対して正規化した。
【0085】
(9)リアルタイムRT-PCRによる発現解析
3つの軟骨膜様膜サンプル、3つの中心軟骨サンプル、および3つの軟骨パーティクル全体から、別々にトータルRNAを抽出した。500 ngの全RNAを、ReverTra Ace(登録商標)(東洋紡、東京、日本)およびオリゴ(dT)20プライマーを用いてfirst-strand cDNAに逆転写した。KAPA PROBE FAST qPCR kitまたはKAPA SYBR(登録商標) FAST qPCR kit Master Mix ABI prism(KAPA Biosystems、MA、USA)を使用してPCR増幅を行った。使用したPCRプライマーを表1に示した。RNA発現レベルをGAPDH発現のレベルに対して正規化した。増幅産物を用いて、リアルタイム定量RT-PCR用の標準曲線を導いた。
【0086】
【0087】
(10)統計解析
データは平均および標準偏差として示される。この研究では、両側スチューデントのt検定またはSteel-Dwass検定を使用した。P値が0.05未満のとき、統計的に有意であるとみなした。
【0088】
2.結果
(1)ヒトiPS細胞株QHJIから作製した軟骨パーティクル間のインビトロ合体過程の分析
2個の軟骨パーティクルは7日後に結合し始め、その後しっかりした結合を形成し始めた(
図2、左列)。組織学的には、1つの軟骨パーティクルは、中心部の軟骨と軟骨を包む軟骨膜様の膜組織から構成されていた(
図2、第2列、第3列、右列)。軟骨パーティクルが合体を開始した7日目では、軟骨膜様膜のみが合体し、軟骨パーティクルの軟骨は膜によって分離されていた。合体部における軟骨膜様膜の一部は、14、28および56日目に厚くなった(
図2、右列)。これは軟骨膜様膜の細胞が増殖したことを示唆している。14日目に、2つの軟骨パーティクルの軟骨の一部が接触しているのがわかった。接触は28日目に実質的になり、軟骨は56日目および84日目までに合体した(
図2、第2列、第3列)。
【0089】
軟骨パーティクルの軟骨膜様膜はI型コラーゲンを発現していた(
図3)。一方、中心軟骨はII型コラーゲンを発現していた(
図3、右列)。7日目に、2個の軟骨パーティクル間の接触面にI型コラーゲンの発現があることを示す明確な線が検出された(
図3、第2列)。これは、2個の軟骨パーティクル間の接触面におけるI型コラーゲン発現であり、接触が軟骨膜様膜間であったことを示す。14日目には、I型コラーゲン発現の線は消失しつつあり、84日目までには完全に消失した。これは、2個の軟骨パーティクルが軟骨で合体したことを示している。II型コラーゲンは、中央軟骨と同じくらいの強さで結合部に発現した(
図3、右列)。
【0090】
(2)軟骨パーティクルの合体進行の統計解析
統計解析を行うために、各タイムポイントにおける軟骨パーティクルの合体の程度にグレードを付けた。合体なしをグレード0、軟骨膜様膜の合体をグレード1、軟骨の合体をグレード2とした(表2)。グレードはノンパラメトリックデータであるため、Steel-Dwass検定を使用して統計分析を行った。全てのサンプルは、0日目にグレード0(合体なし)、56日目にグレード2(軟骨の合体)であった。7日目以降のタイムポイントにおけるグレードは、0日目のグレードと有意に異なっていた(表3)。14日目以前のタイムポイントにおけるグレードは、56日目のグレードと有意に異なっていた(表3)。
【0091】
【0092】
【0093】
(3)異なるヒトiPS細胞株で作製した軟骨パーティクルの合体
ヒトiPS細胞株QHJIと異なるヒトiPS細胞株で作製した軟骨パーティクルも同様に合体することを確認するために、ヒトiPS細胞株409B2、604B1および1231A3から軟骨パーティクルを作製した。2個の軟骨パーティクルを培養ディッシュ内で接触した状態にして培養すすると、それらは徐々に自発的に合体し、60日目の組織切片のサフラニンO-ファストグリーン-鉄ヘマトキシリン染色標本では、組織学的にも合体が確認された(
図4)。
【0094】
(4)軟骨パーティクル合体のコマ撮り画像
取得した軟骨パーティクル合体のコマ撮り画像は、軟骨膜様膜の細胞が他の軟骨パーティクルの軟骨膜様膜に移動したことを示した。この観察結果は、軟骨膜様膜が合体において実質的な役割を果たすことを示唆している。
【0095】
(5)軟骨パーティクルの軟骨膜様膜のmRNA発現解析
軟骨膜様膜を剥がした軟骨パーティクルの組織学的分析により、軟骨膜様膜と中心軟骨の分離が確認された(
図5)。RNAを軟骨膜様膜および中心軟骨から別々に抽出し、RNA配列分析に供した。COL2A1およびSOX9のRPKM値は、軟骨膜様膜よりも中心軟骨の方が高かったが、COL1A1のRPKM値はその逆であった(表4)。この結果は、サンプリングとRNAシーケンス実験がうまく行われたことを示している。発現量が異なる遺伝子の中で、FGF18 mRNAは中心軟骨より軟骨膜様膜においてより高発現していた(表4、5、
図6)。リアルタイムRT-PCR発現解析により、これらの遺伝子の発現が軟骨膜様膜と中心軟骨とで異なることを確認した(
図7)。
【0096】
【0097】
【0098】
(6)FGF18による軟骨パーティクルの合体の調節
培地へのFGF18の添加は軟骨パーティクルの合体を促進した。14日目において、溶媒群(Vehicle)では最低限の軟骨パーティクルの合体を示したが、FGF18群では実質的な合体を示した(
図8)。組織学的には、FGF18群では軟骨膜様膜による厚い結合を示した。14日目において、溶媒群とFGF18群の軟骨パーティクルの合体グレードに有意差が見られた(表6)。
【0099】
【0100】
培地へのFGFR阻害剤NVP-BGJ398の添加は、軟骨パーティクルの合体を阻害した。14日目において、溶媒群(Vehicle)では15対中11対の軟骨パーティクルが合体したが、NVP-BGJ398群では合体した軟骨パーティクルは無かった(
図9、表7)。
【0101】
【0102】
〔実施例2:メッシュバッグを用いたヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルの合体〕
実施例1の材料および方法(2)と同じ方法でヒトiPS細胞株QHJIから軟骨パーティクルを作製し、分化誘導開始から4週間後の軟骨パーティクルを使用した。生検サンプル保存用のメッシュバッグ(栄研化学、商品名:サンプルバッグ、品番:KA1000、45 mm×74 mm)に軟骨パーティクルを入れた。軟骨パーティクル量は、軟骨パーティクルをメッシュバッグの片隅に寄せ、メッシュバッグの面積(30 mm×50 mm)の30%~40%になる量とした。実施例1の材料および方法(3)に記載の軟骨形成培地を入れたバイオリアクター(BWV-S03A、エイブル)中に軟骨パーティクルを収容したメッシュバッグを投入し、37 ℃、CO
2 5%条件下で、培養液を攪拌しながら4週間培養を行った。メッシュバッグから軟骨パーティクルを取り出したところ、板状に合体した軟骨が形成されていた(
図10)。
図11は、得られた板状軟骨の組織切片をサフラニンO-ファストグリーン-鉄ヘマトキシリンで染色した図である。サフラニンOで染色される軟骨ECM中に細胞が散在する軟骨の組織像を呈していた。
【0103】
〔実施例3:枠を用いたヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルの合体〕
実施例1の材料および方法(2)と同様の方法でヒトiPS細胞株409B2から軟骨パーティクルを作製した。ただし、本実施例ではrosuvastatinは添加しなかった。分化誘導開始から8週間後の軟骨パーティクルを使用した。培養用3.5 cmディッシュに実施例1の材料および方法(3)に記載の軟骨形成培地を入れ、その中に星形の枠を置き、枠内に軟骨パーティクルをすき間なく置き、培養用ディッシュを静置して、37 ℃、CO
2 5%条件下で16週間培養を行った。枠内の軟骨パーティクルは合体して星形の板状軟骨が形成されていた(
図12)。
【0104】
〔実施例4:トランスウェルを用いたヒトiPS細胞由来軟骨パーティクルの合体〕
実施例1の材料および方法(2)と同じ方法でヒトiPS細胞株QHJIから軟骨パーティクルを作製し、分化誘導開始から4週間後の軟骨パーティクルを使用した。ポリカーボネート製トランスウェルおよびポリエステル製トランスウェルを用いた。24ウェルプレート(Corning)の各ウェルに実施例1の材料および方法(3)に記載の軟骨形成培地を入れ、トランスウェル(メンブレン径6.5 mm)を各ウェルに設置し、その中に軟骨パーティクルをすき間なく置き、プレートを静置して、37 ℃、CO
2 5%条件下で5週間培養を行った。枠内の軟骨パーティクルは合体して板状軟骨が形成されていた(
図13)。
【0105】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。