(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023101425
(43)【公開日】2023-07-21
(54)【発明の名称】光吸収材料、太陽電池、および光吸収材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01L 31/068 20120101AFI20230713BHJP
H01L 31/18 20060101ALI20230713BHJP
H01L 21/266 20060101ALI20230713BHJP
H01L 21/265 20060101ALI20230713BHJP
【FI】
H01L31/06 300
H01L31/04 440
H01L21/265 M
H01L21/265 602A
H01L21/265 U
H01L21/265 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022001975
(22)【出願日】2022-01-08
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ・令和3年2月26日公開の第68回応用物理学会春季学術講演会の講演予稿集(発表番号17p-Z15-5) ・第68回応用物理学会春季学術講演会における令和3年3月17日の口頭発表(発表番号17p-Z15-5) ・令和3年1月10日公開の城之下勇個人の自作ウェブサイト(https://regionforsolarcell.wordpress.com/)
(71)【出願人】
【識別番号】514184315
【氏名又は名称】城之下 勇
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】城之下 勇
【テーマコード(参考)】
5F151
5F251
【Fターム(参考)】
5F151AA02
5F151AA16
5F151CB19
5F151CB24
5F151CB29
5F151DA03
5F251AA02
5F251AA16
5F251CB19
5F251CB24
5F251CB29
5F251DA03
(57)【要約】
【課題】太陽電池等に使用される光吸収材料ついて、光吸収効率の値を改善(向上)させた光吸収材料、またそのような光吸収材料を備えた太陽電池、およびそのような光吸収材料の製造方法を提供する。
【解決手段】半導体結晶と、前記半導体結晶中に規則的に配置されたドーパントリッチ領域と、を有し、前記ドーパントリッチ領域は、複数のドーパントイオンを含み、可視域に複数の共鳴吸収波長を有する光吸収材料とする。また、そのような光吸収材料を光吸収層として備える太陽電池とする。さらに、変分法を用いた分子軌道法により、所望の共鳴吸収エネルギーが得られるように、前記ドーパントリッチ領域の直径、含有するドーパントイオンの数、ドーパントイオンの間の距離を決定する製造方法とする。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体結晶と、
前記半導体結晶中に規則的に配置されたドーパントリッチ領域と、を有し、
前記ドーパントリッチ領域は複数のドーパントイオンを含み、
可視域に複数の共鳴吸収波長を有する、光吸収材料。
【請求項2】
可視域の連続したエネルギー域の光を吸収可能である、請求項1に記載の光吸収材料。
【請求項3】
前記光吸収材料の光吸収の確率密度関数は、太陽光の強度が最大であるエネルギーの±10%のエネルギーに、最大値を有する、請求項1または請求項2に記載の光吸収材料。
【請求項4】
前記半導体結晶はシリコン結晶であり、
前記ドーパントはリンであり、
前記ドーパントリッチ領域は、
直径が5nm以上7nm以下であり、
含有する前記ドーパントイオンの数が4個以上10個以下、かつ平均7個であり、
前記ドーパントイオンの間の距離が2nm以上である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の光吸収材料。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の光吸収材料を光吸収層として備える、太陽電池。
【請求項6】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の光吸収材料を製造するに際し、変分法を用いた分子軌道法により、所望の共鳴吸収エネルギーが得られるように、前記ドーパントリッチ領域の直径、含有するドーパントイオンの数、ドーパントイオンの間の距離を決定する、光吸収材料の製造方法。
【請求項7】
前記半導体結晶の表面に、前記半導体結晶と格子定数の異なる結晶膜を作成し、
前記結晶膜を介して前記半導体結晶に、前記ドーパントイオンを注入することで、前記ドーパントリッチ領域を形成する、請求項6に記載の光吸収材料の製造方法。
【請求項8】
前記ドーパントイオンを注入する際のイオン注入量、イオンエネルギー、およびイオン注入後の熱処理の条件により、前記ドーパントリッチ領域の直径、含有するドーパントイオンの数、ドーパントイオンの間の距離を制御する、請求項7に記載の光吸収材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光吸収材料、太陽電池、および光吸収材料の製造方法に関するものである。さらに詳しくは、結晶構造をなす半導体材料中に、イオン注入によってドーパントを注入することによって作製される、周囲と異なる電子状態を有するnmサイズの領域による光吸収を扱う。
【背景技術】
【0002】
図1に、現在一般的に使用されているSi単結晶太陽電池のエネルギーバンド図と発電方法の概念図を示す。太陽電池に注がれた光は光吸収層と呼べるpn接合のpタイプ側(
図1での左側)の価電子帯にある電子を伝導帯まで励起し、励起された電子は、nタイプ側(
図1での右側)を経由し、負荷へと流れ、太陽電池の出力電流となる。そしてこの出力(電子)電流は負荷通過後、太陽電池のpタイプ側の価電子帯へと戻る。この時の負荷で消費される電流×バンドギャップ(伝導帯の電位と価電子帯の電位差)が太陽電池の出力となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】城之下勇著、「イオン注入技術を応用した量子ドット構造の作成」、太陽エネルギー、日本太陽エネルギー学会、2014年5月、第40巻、第3号、p.87-96(特にp.94)
【非特許文献2】喜多隆編、「太陽電池の変換効率」、コロナ社、2012年10月、p.40
【非特許文献3】城之下勇、”チャンネリングイオンの軌道計算”、[online]、2016年9月19日、インターネット<URL:http://www7b.biglobe.ne.jp/~elbow/>(特にp.10, Fig.32)
【非特許文献4】斎木敏治、戸田泰則、共著「ナノスケールの光物性」オーム社、2004年8月、p.8~p.10
【非特許文献5】中山正昭著「半導体の光物性」、コロナ社、2013年8月、p.51
【非特許文献6】大津元一著「ドレスト光子」、朝倉書店、2013年3月、p.10~p.32
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2016-025178号公報
【特許文献2】特開2020-202225号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献2、および下記の参考文献1(特に第5頁 Appendix7 sheet「conventional」)において述べられているように、pタイプ側(
図1での左側)の価電子帯にある電子が入射光により、伝導帯まで励起された際、バンドギャップを超える分の入射光のエネルギーは、即座に熱損失として消費され、太陽電池出力として取り出すことはできず、熱損失となる。また、伝導帯をこえるエネルギーまで電子を励起できない光は、価電子帯の電子により吸収することができずに透過損失となる。これらの損失のため、入射する太陽光として6000℃の黒体表面のスペクトルを想定すると、電力として変換しうる光の吸収効率は実質的に44.3%にしかならない。
[参考文献1]本発明にかかる研究の詳細を、以下のウェブページにて公開している。
Isamu Jonoshita”Electron energies in nm-scale impurity region and their application for photovoltaics”、[online]、2021年1月10日、インターネット<URL:https://regionforsolarcell.wordpress.com>
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、上記の光吸収効率の値を改善(向上)させた光吸収材料、またそのような光吸収材料を備えた太陽電池、およびそのような光吸収材料の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
Si単結晶太陽電池の光吸収層を構成するpn接合のpタイプ側(
図1での左側)等に適用される光吸収材料に、ドーパントイオンを注入することにより、ナノメートルスケールのドーパントリッチな領域(以降、DR領域と記述する場合がある)を作成することが、上記課題の解決の手段である。
以下に、DR領域を有する光吸収材料およびそのような光吸収材料の製造方法について述べる。
【0008】
最初に、本発明の実施態様を説明する。
本発明の実施形態にかかる光吸収材料は、半導体結晶と、前記半導体結晶中に規則的に配置されたドーパントリッチ領域と、を有し、前記ドーパントリッチ領域は複数のドーパントイオンを含み、可視域に複数の共鳴吸収波長を有している。
【0009】
ここで、前記光吸収材料は、可視域の連続したエネルギー域の光を吸収可能であるとよい。
【0010】
前記光吸収材料の光吸収の確率密度関数は、太陽光の強度が最大であるエネルギーの±10%のエネルギーに、最大値を有するとよい。
【0011】
前記半導体結晶はシリコン結晶であり、前記ドーパントはリンであり、前記ドーパントリッチ領域は、直径が5nm以上7nm以下であり、含有する前記ドーパントイオンの数が4個以上10個以下、かつ平均7個であり、前記ドーパントイオンの間の距離が2nm以上であるとよい。
【0012】
本発明の実施形態にかかる太陽電池は、本発明の実施形態にかかる前記光吸収材料を光吸収層として備えるとよい。
【0013】
本発明の実施形態にかかる光吸収材料の製造方法においては、本発明の実施形態にかかる前記光吸収材料を製造するに際し、変分法を用いた分子軌道法により、所望の共鳴吸収エネルギーが得られるように、前記ドーパントリッチ領域の直径、含有するドーパントイオンの数、ドーパントイオンの間の距離を決定する。
【0014】
本製造方法において、前記半導体結晶の表面に、前記半導体結晶と格子定数の異なる結晶膜を作成し、前記結晶膜を介して前記半導体結晶に、前記ドーパントイオンを注入することで、前記ドーパントリッチ領域を形成するとよい。
【0015】
さらに、前記ドーパントイオンを注入する際のイオン注入量、イオンエネルギー、およびイオン注入後の熱処理の条件により、前記ドーパントリッチ領域の直径、含有するドーパントイオンの数、ドーパントイオンの間の距離を制御するとよい。
【0016】
ここで、製造方法の詳細として、以下にまとめるとおり、特許文献2に詳細に説明しているのと同様の方法を適用するとよい。ここでは、半導体結晶をSi単結晶に限らず、またドーパントをリンイオンに限らず、説明する。
光吸収材料の製造方法において、半導体単結晶表面に、前記半導体単結晶と格子定数の異なる結晶膜を作製し、前記半導体単結晶において直線上に原子核が存在しない前記半導体単結晶のチャンネルと、前記結晶膜において直線上に原子核が存在しない前記結晶膜のチャンネルとが重なる格子整合点が規則的に配列された構造を形成する第1の工程と、前記結晶膜を介して前記半導体単結晶に、前記半導体単結晶中でドーパントとなるイオンを注入することで、前記結晶膜の表面に対して注入した前記イオンのうち、前記結晶膜の前記チャンネルを進み、前記格子整合点を通過して、前記半導体単結晶の前記チャンネルを前記半導体単結晶の内部まで進んで停止する前記イオンによって、前記格子整合点の周期に対応した周期でDR領域が規則的に分布した構造を作製する第2の工程と、を実施するとよい。
【0017】
ここで、前記イオンは、前記半導体単結晶中でn型ドーパントとなるものであるとよい。この場合に、前記イオンは、リンイオンであるとよい。また、前記半導体単結晶は、p型半導体よりなるとよい。前記半導体単結晶はSi単結晶であり、前記結晶膜はGe結晶膜であるとよい。
【0018】
前記第2の工程において、注入される前記イオンの運動エネルギー、そしてイオン注入後のアニールにおける温度と時間を調整することで、前記半導体単結晶に前記DR領域が形成される位置の深さおよび前記DR領域の大きさを制御するとともに、前記イオンの注入量を調整することで、前記DR領域におけるドープ密度を制御するとよい。
【0019】
このようにして得られる光吸収材料は、p型半導体、i型半導体、n型半導体のいずれか1つよりなる半導体単結晶と、それらのいずれか他の1つよりなるDR領域と、を有し、前記DR領域は、前記半導体単結晶にドーパントがドープされた、ナノメートルスケールの領域であり、前記半導体単結晶中に、規則的に配列されたものとなる。
【0020】
また、上記のようにして得られる光吸収材料は、太陽電池を構成するのに好適に用いることができ、その場合に太陽電池は、前記半導体単結晶がp型であり、DR領域がn型である光吸収材料を、光吸収層として備えるものとすればよい。
【0021】
ここで、DR領域を有する光吸収材料が可能とする光吸収について簡単に説明する。
上記で述べたDR領域を有する光吸収材料について、Si結晶膜内のリンイオンの分布の例を
図2に示す。イオン注入後に適切なアニールを行うことにより、これらのリンイオンはシリコン結晶内のシリコン原子と置換、活性化される。この時、DR領域内の電子軌道のエネルギーは、Ritzの変分法によって計算できるが、その計算結果によれば、ある条件において、これらのDR領域のポテンシャル障壁の分布は可視光の光子の持つエネルギー分布と同様の分布範囲を呈する。このポテンシャル障壁により、DR領域は電子を領域内に閉じ込めることが可能となる。DR領域内に閉じ込められた電子は、ポテンシャル障壁と同じエネルギーの光に対して特異的に大きな光吸収を持つ。つまり、DR領域は個々に固有のポテンシャル障壁を持ち、そのポテンシャルエネルギーと同じエネルギーの光を特異的に吸収する。
【発明の効果】
【0022】
本発明の実施形態にかかる光吸収材料は、従来よりも光吸収効率の値を改善(向上)させた光吸収材料となる。
物質の光の吸収のしやすさを表す指標として光吸収係数がある。確率密度関数0.5と仮定したとき、DR領域を含有する光吸収層の光吸収係数の値は、
図3に示すように、光エネルギーが約3.3eV以下の場合は、バンドギャップによる吸収よりもDR領域による吸収が支配的である。また、
図4に示すように、本発明にかかるDR領域を含むSi層による光吸収は、従来利用されてきたバンドギャップによる吸収と異なり、上記光エネルギーがDR領域のポテンシャル障壁と同じときだけ、光が吸収される。上記の条件のもとに光が吸収されると、熱損失も透過損失も発生せず、基本的に損失の無い吸収となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】現在一般的に使用されているSi単結晶太陽電池のエネルギーバンド図と発電方法の概念図である。
【
図2】本発明の実施形態にかかる方法により作製されたSi結晶膜内のリン原子(あるいはリンイオン)の分布の例を示す図である。
【
図3】光吸収係数の変化を、DR領域による吸収とSi結晶バンドギャップによる吸収について示す図である。
【
図4】DR領域を含むSi層による光吸収の概念を示す図である。
【
図5】各条件において、リンイオンの数に対するポテンシャル障壁の変化を示す図である。(a)は領域サイズを変化させた場合について示し、(b)は、リンイオン間距離を変化させた場合について示している。
【
図6】DR領域内の電子軌道のエネルギー状態とポテンシャル障壁の関係を示す図である。
【
図7】DR領域のポテンシャル障壁と確率密度関数の関係を示す図である。
【
図8】光のエネルギーと光吸収係数αの関係曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態にかかる光吸収材料、太陽電池、および光吸収材料の製造方法について詳細に説明する。
【0025】
発明者は、太陽電池における光吸収の効率を改善することを目的に、最適な材料や、材料の製造方法について研究を行ってきた。特許文献1においては、結晶材料中に、イオンが豊富に注入された、非常に小さな(ナノメートル単位)サイズの領域を作成する方法を開示している。結晶シリコンに対して、ZnTe結晶膜をフィルターとして4方向から酸素イオンを注入することにより、ナノメートルサイズの半導体量子ドット(SiO2の絶縁領域)を規則的に、高密度に、そして均一性よく作ることができる。
【0026】
さらに特許文献2において、特許文献1における注入イオンを酸素イオンからドーパントであるリンイオン(P+)に変更し、フィルター膜をゲルマニウム結晶膜に変更することで、イオン注入量を低減できることを示している。なお、イオン注入領域のサイズは特許文献1のものと比較して約1.5倍大きくなっており、イオン注入領域間の距離も同様の比率で長くなっている。
【0027】
本発明においては、特許文献1および特許文献2を踏まえて、より効率的な光吸収を行うことができる方法を提案することを目的に、Si結晶中のイオン注入領域における電子の挙動を詳細に検討し、従来の光発電の避けがたい損失を改善する方法を発案した。
【0028】
図2に提唱するDR領域の概念図を示す。
注入イオンがリンイオン(P
+)の場合、P
+は一旦電荷を失いリン原子となるが、入後適切に熱(アニール)処理されたリン原子は結晶構造中のSi原子と入れ替わり、ドーパントとして結晶構造に組み込まれリンイオンとなる。そして、リンイオンの周りのSi結晶領域の自由電子は、特定のエネルギーの軌道を描くことになる。これら特定のエネルギーは、Ritzの変分法を用いた分子軌道法により近似値として計算できる。
【0029】
図2では、試行を経て適切なパラメータの組として得た下記の条件のもと、Si結晶中に無作為にリンイオンを配置した一例を示している。
条件1)DR領域内のリンイオンの個数は4個から10個(平均値は7個)。
条件2)DR領域内のサイズ(円に近似した際の直径)は約5nm、6nm、7nmとする。
条件3)DR領域内、個々のリンイオン間の距離は2nm以上とする。
これらの条件は、適切に制御されたイオン注入量、イオンエネルギー、そして適切に温度と時間を制御されたイオン注入後の熱処理(アニール)によって実現できる。
【0030】
<計算方法>
前述のように、DR領域内の電子準位のエネルギーを近似計算するために下記手順に従い、“Ritzの変分法”を使用する。
【0031】
(手順1)有効ボーア半径と有効リュードベリエネルギーの計算
Si結晶中では、リン原子はリンイオンとなり、その周りに「真空中の水素原子核と同様の電界」を生じさせる。ただし、Si結晶中のリンイオンの場合は、真空に相当するのはSi結晶構造となり、この場合有効ボーア半径a
Bと有効リュードベリエネルギーE
Rが下記式により計算される。
【数1】
【数2】
上記計算式(1)および(2)において、
a
0:ボーア半径(0.0529nm)、
E
0:リュードベリエネルギー(13.6eV=2.18×10
-18J)、
m
0:電子質量、
m
e:有効電子質量(ここではSiに対して、m
e/m
0=0.2とする)、
ε
e:比誘電率(ここではSiに対して、11.9とする)を示す。
計算を行った結果、a
B=3.15nm、E
R=0.019eV=3.07×10
-21eVとなる。
【0032】
(手順2)重なり積分、クーロン積分、共鳴積分の計算
Ritzの変分法では、下記行列式(3)を解く必要がある。
【数3】
ここでE
φは固有値、S
ijは“重なり積分”と呼ばれ式(4)により計算される。
【数4】
H
ijは二つの意味があり、i=jの場合は“クーロン積分”と呼ばれ、式(5)により計算される。
【数5】
ここで、
ε
0:真空の誘電率(8.854×10
-12F/m)、
R:リンイオン間の距離、
R
a:DR領域内において、関係するリンイオンとその他のリンイオンの平均中心位置との距離を示す。つまりDR領域内で関係するリンイオン以外の複数のリンイオンを、中心に電荷をもつ一つの粒子、すなわち点電荷で近似し、その点電荷から関係するリンイオンまでの距離をR
aとすることにする。またこの場合、点電荷のもつ電荷nは、点電荷を中心とした半径がR
aの空間の電荷、つまり点電荷を中心とした半径がR
aの空間に「実際にある」リンイオンの数となる。
【0033】
i≠jの場合は、H
ijは“共鳴積分”と呼ばれ、式(6)により計算される。
【数6】
ここで、
R
b:個々の注入されたリンイオンの中心間距離、を示す。
【0034】
(手順3)固有値E
φを求める。
行列式|H
ij-E
φS
ij|の値は、各エネルギー値に対して計算される。これは、x-y座標空間において”E
φ”の関数として、行列式|H
ij-E
φS
ij|の値が曲線を描くことを意味する。この場合、xが”E
φ”、yが|H
ij-E
φS
ij|の値となる。また線形結合を考えた場合、この曲線は、x軸といくつかの交点を持つことになるが、この交点の数はDR領域内の電子エネルギーの状態数を示し、さらにこの数は領域内のリンイオンの数と同じとなる。そして、領域内の電子軌道のエネルギーがxとして計算できる。参考文献1に詳述しているように、
図2における個々のDR領域の電子エネルギーの最小値(絶対値としては最大値)およびDR領域におけるポテンシャル障壁の計算を行った。
【0035】
<計算結果>
上記の計算結果より下記のことが明らかになった。
結果1)個々のDR領域内のリンイオンの数が多いほど、ポテンシャル障壁は小さくなる。(自由電子のエネルギーを0として絶対値としては大きくなる。)
結果2)個々のDR領域のサイズが小さいほど、ポテンシャル障壁は小さくなる。(自由電子のエネルギーを0として絶対値としては大きくなる。)
結果3)個々のDR領域のポテンシャル障壁の値は、-6eVから-0.2eVの範囲にある。
結果4)個々のDR領域内、0eV付近には、いくつかの電子エネルギーの状態がある。
【0036】
図5(a)は、DR領域のサイズとポテンシャル障壁の関係を、領域サイズ、4nm、5nm、6nm、7nmの場合にについて示している。また、
図5(b)は、その関係を、リンイオン間距離2nm以上、2.5nm以上、3nm以上の場合について示している。結果1)から結果3)は
図5より明らかである。これらのグラフには各条件におけるポテンシャル障壁の変化を示している。
【0037】
図6を用いて結果4)について詳細に説明する。Ritzの変分法による計算結果より、0eV付近にいくつかの電子のエネルギーの状態が存在し、その一つ一つに共鳴エネルギーが定義できる。これは、共鳴エネルギーと一致する光子がDR領域付近に来た時、これらの光子がDR領域の電子に吸収され、DR領域内の電子は0eV程度の状態に引き上げられる状態が複数あることを意味している。そのような状態が複数あるということは、「共鳴エネルギーと一致する光子」の存在確率が増えることを意味する。なぜならば、自由電子のエネルギー(0eV)との差異が室温エネルギー(25.8meV、300K)以下の電子は、簡単にDR領域から離脱できるからである。
【0038】
次に、それぞれのDR領域のポテンシャル障壁の分布範囲について検討する。前述の条件1)から3)がすべて同じでもポテンシャル障壁の値は、ある程度の分布範囲を持つが、この分布範囲に加えて条件1)から3)の変化によってもポテンシャル障壁の分布範囲を広げることができる。DR領域としては、サイズや電荷密度が異なるものが共存することが許容され、それらのDR領域の共存により、ポテンシャル障壁の分布範囲に広がりが生じる。この分布範囲を可視光のエネルギー分布範囲より広くすれば、すべての可視光のエネルギーを吸収できる可能性を持つことになる。従って本発明において、ポテンシャル障壁の分布範囲は非常に重要となる。
【0039】
このことを示すために、
図7にポテンシャル障壁と確率密度関数の関係を示す。(このグラフのデータは、参考文献1のAppendix4.を参照のこと。)
図7の実線の曲線は、“領域内のリンイオンの平均個数7個、領域のサイズ約5nm、リンイオン間の中心間距離2.5nm以上”という条件の下でのポテンシャル障壁(横軸)と確率密度関数(縦軸)を示す。破線の曲線は“平均個数7個、サイズ約6nm、リンイオン間の中心間距離2.5nm以上”の条件、点線の曲線は各パラメータを”7個、約7nm、2nm以上”とした条件での曲線である。
【0040】
また
図7には、日本の地表における太陽光のエネルギースペクトルのとして、AM1.5のエネルギースペクトルを記載している。3種の確率密度関数の曲線のそれぞれにおいて、概略の分布として、DR領域のポテンシャル障壁の分布範囲がAM1.5のエネルギー範囲をカバーしていることが判る。
【0041】
(以下、式(7)~式(11)の詳細については非特許文献4及び非特許文献5参照)
さらに、光吸収材料の光吸収係数について検討する。物質の光子の吸収しやすさを図る尺度として、光吸収係数があるが、この光吸収係数の値は非常に重要である。いくらDR領域のポテンシャル障壁の共鳴エネルギーが可視光のすべての範囲に渡っていても、バンドギャップによる光吸収係数がDR領域による光吸収係数より支配的であれば、バンドギャップによる光吸収が大きくなり損失が発生するからである。
【0042】
この光吸収系の光吸収係数αの値は、(7)式によって計算できる。
【数7】
ここで、ωは光の周波数、Cは光の速度、n
2は光の屈折率の虚部の値であり、n
2は下記(8)式により計算される。
【数8】
ここでε
1は誘電関数の実数部、ε
2は虚数部であり、下記(9)式、(10)式により計算できる。
【数9】
【数10】
ここで、N
0は単位体積内のDR領域の個数、γはDR領域の励起の緩和時間の逆数である。なお、γは共鳴周波数ω
iでのε
2の半値幅(FWHM)を表す。
【0043】
この条件の下、DR領域を電気双極子と考えると、共鳴周波数は下記(11)式で計算できる。
【数11】
【0044】
表1は式(7)~(11)による計算例を示す。
図8(参考文献1のFig.5)は光のエネルギーと光吸収係数αの関係曲線である。これらの関係から、どのような光吸収が起こるかが判る。
図8の曲線から、αの値は光のエネルギーが共鳴条件(ω
i=ω)となる場合に特別に大きくなり、その他の場合はほぼ0である、ことが判る。これは、特定のエネルギーの光のみが、その光と共鳴する特定の領域に特別に大きな光吸収係数αで吸収されることを意味する。言い換えれば、DR領域による光吸収では、共鳴領域の損失の無い光吸収のみが可能である。DR領域のポテンシャル障壁の値は大体-6eVから-0.2eVであるから、この領域の光を、損失無く高効率に吸収することが可能である。
【0045】
【0046】
次に、共鳴条件(ω
i=ω)について検討する。共鳴範囲を表すのに通常、半値幅(FWHM)が用いられる。(7)、(8)式よりαの値を決定する重要な値はε
2であることが判るが、ε
2の半値幅はγによって表される。そして緩和時間を1ns(=1×10
-9[s])とした場合、半値幅は(12)式によりエネルギーの単位に変換される。
【数12】
その結果、ε
2の半値幅は僅か1.05×10
-25[J](=6.6×10
-7[eV])にしかならないことが判る。
【0047】
一方、
図7より、ポテンシャル障壁が共鳴エネルギー付近である場合の確率密度関数を約50%とすると、ある領域のポテンシャル障壁が、ある光の共鳴領域の半値幅内にある確率は、わずか0.000033%にしかならない。この非常に低い確率のため、(10)式内のN
0の値が小さくなる。その結果、ε
2値も小さくなり、αの値も小さいものとなる。この小さいαの値では、表1にあるように、光子数の90%を吸収するのに必要な光吸収層の厚さは、100μmオーダーになってしまう。これは通常のバンドギャップによる吸収と比較して薄いとは言えず、DR領域による光吸収に優位性があるとは言えない。
【0048】
しかし、この必要な厚さを改善(薄く)できる、言い換えれば実質的なαの値を大きくする次のような要因がある。
【0049】
1)0eV付近での電子エネルギー状態が複数あること
DR領域内の電子エネルギー状態のうちのいくつかは、電子エネルギー0eV付近にある。これはいくつかの共鳴状態があることを意味しており、それらは、他の状態とわずかに異なる共鳴エネルギーを持っている。この要因を考慮すると(10)式内のN
0の値は(13)式で計算されるN
effに置き換えられる。
【数13】
ここで、fは、(表1で与えられた)あるDR領域のポテンシャル障壁が半値幅内にある確率を示す。Nは、0eV付近でのエネルギー状態の数である。
【0050】
2)隣接するDR領域の影響
(以下、式(14)~式(19)については非特許文献6参照)
次に、隣接するこれらのDR領域同士の影響を検討する。DR領域間の距離が充分短ければ、いわゆる“近接場光”(ドレスト光子)によるエネルギー移動が発生する。交換エネルギーの値は次の(14)式により計算される。その値は参考文献1のFig.6、そしてAppendix5にあるように、1meVの大きさになりうる。
【数14】
【数15】
【数16】
m
pol:ポラリトンの有効質量(=0.2m
0:と仮決めする)
m
α:DR領域αの有効質量(=0.5m
0と仮決めする)
r:DR領域の中心間の距離
【0051】
そして、(14)の基になった式である下記の(17)式(非特許文献6参照)から判るが、エネルギー移動の大部分がDR領域の共鳴エネルギーが光のエネルギー付近にある場合に集中している。
【数17】
ここで、
【数18】
E(k):ポラリトンのエネルギー
Eα:DR領域αの共鳴エネルギー
k:光の波数
(17)式の被積分項のみを抽出して、下記の(19)として表す。
【数19】
(19)式から、vの値は、入射光のエネルギーがDR領域の共鳴エネルギー(E
sあるいはE
p)よりわずかに小さいときに極大になり、わずかに大きいときに極小(マイナスの値、絶対値としては極大)となることが判る。
【0052】
入射光のエネルギーが共鳴エネルギーよりわずかに大きいとき、マイナスの値になるということは、このDR領域からのエネルギーの放出を意味する。言い換えれば、入射光のエネルギーがDR領域の共鳴エネルギー付近でわずかに大きい場合、DR領域の電子を励起するためのエネルギーは、外部にエネルギーを放出することにより減少する。しかしその放出エネルギーの値は、電子励起のためのエネルギーが共鳴エネルギーと等しくなった時、0となる。つまり、電子励起のためのエネルギーは共鳴エネルギーに自動的に調整される。(参考文献1のAppendix5のgraph2を参照)
【0053】
前述したように、共鳴領域は非常に狭い領域で、緩和時間が1nsの場合、共鳴領域はわずか6.5×10-7[eV]程度である。しかしながら、もしエネルギー移動が共鳴条件の調整要因となるのであれば、共鳴領域は1meV(1.0×10-3[eV])程度となる。これは直接、太陽電池の光吸収に必要な厚さに影響し、その厚さを1/1000にまで削減できる。
上記1)項および2)項の効果の計算およびその結果を表1の右側の列、および参考文献1のAppendix6に示す。
【0054】
[結論]
Si結晶等の半導体結晶中に、リンイオン等のドーパントを複数含むDR領域を形成した光吸収材料は、可視域に複数の共鳴吸収波長を有する光吸収材料となる。さらに、光吸収材料は、可視域の連続したエネルギー域の光を吸収可能なものとなりうる。
【0055】
さらに、DR領域を使用した光発電方法として適した形態はどのようなものかを、本明細書に記載した方法により、検討した。この検討より、以下の結論が得られた。
図7に示すように、AM1.5の光のスペクトルと、実線の曲線(”リンイオンの平均個数7個、DR領域のサイズ約5nm、リンイオン間の中心間距離2.5nm以上”という条件の曲線)と比較すると、x軸上、そのピーク位置がほぼ同じ位置にあることが簡単に理解できる。このピークに相当する最大のエネルギーを与える周波数の光を最も効率良く吸収できる。これはまた、この条件でのDR領域を含むpタイプSi結晶層を光吸収層として用いれば、光のエネルギーを効率よく吸収しうることを示している。おおむね、太陽光の強度が最大であるエネルギーの±10%のエネルギー範囲に光吸収の確率密度関数の最大値が位置するように、DR領域の具体的なパラメータ(DR領域のサイズ、含有するリンイオンの数、リンイオンの間の距離等)を設定すればよい。さらに高効率を望むのであれば、例えば
図7中に破線や点線で示すものなど、別の条件で設計した光吸収層のDR領域を有する光吸収体を積層した多層構造も考えられる。単層構造と多層構造のいずれを採用するか、また各層の構成条件(リンイオンの平均個数、DR領域のサイズ、リンイオン間の中心間距離)は、求められる光吸収効率等、状況に応じて決定すればよい。
【0056】
設計したDR領域を有する光吸収材料を実際に製造するには、特許文献2に開示しているのと同様の方法を用いればよい。つまり、Si等の半導体結晶の表面に、半導体結晶と格子定数の異なる結晶膜を作成し、その結晶膜を介して半導体結晶に、リン等のドーパントイオンを注入することで、DR領域を形成すればよい。この時、ドーパントイオンを注入する際のイオン注入量、イオンエネルギー、およびイオン注入後の熱処理の条件により、ドーパントリッチ領域のサイズ、含有するドーパントイオンの数、ドーパントイオンの間の距離等のパラメータを制御することができる。
【0057】
現状のSi結晶によるバンドギャップによる太陽電池の変換効率の限界は29%と言われている。光子エネルギーはSi結晶のp-n接合のバンドギャップによって電子のエネルギーへと変換されるが、光子のエネルギーがバンドギャップより大きな場合、その分のエネルギーを熱エネルギーとして失ってしまう。また光子のエネルギーがバンドギャップよりも小さい場合は、光子は吸収されずに通過してしまう。一方、
図1と
図4を比較すると判るように、DR領域による光子のエネルギー吸収機構は全く異なっている。ほとんどの光子は、そのエネルギーと一致するポテンシャル障壁のDR領域内の電子に吸収される。そのため、光のエネルギーと電子に与えられるエネルギーが一致しているため、
図1にある熱損失も通過損失も理論的には発生しない。
【0058】
最後に、本発明の実施形態にかかるDR領域を含む光吸収材料を光吸収層として持った太陽電池と、いわゆる量子ドット太陽電池との基本的な違いを述べる。
量子ドット太陽電池もDR領域を有する光吸収材料を用いた太陽電池も、内部にある電子を励起させ(量子ドットあるいはDR領域から取り出す過程において)光のエネルギーを吸収することは同じであるが、電子を取り出す方法、そして取り出した電子を太陽電池外へと運ぶ方法が異なる。
【0059】
量子ドット太陽電池では、電子を外部に取り出す方法は、トンネル効果による電子の波動関数の染み出しであり、その波動関数を量子ドット間で連続させ、結果として量子ドットが含まれる光吸収層から電子を取り出す。そして、各量子ドット間で波動関数を一致させるために、量子ドットのサイズをそろえる必要がある。また、その波動関数に沿った分のエネルギーを吸収するので、バンドギャップによる吸収と同様に、熱損失、通過損失が発生する。ただし、量子ドットの大きさによって波動関数のエネルギーを変更することが可能なため、各層ごとに大きさを一致させた光吸収層を積層させれば、いくつものバンドギャップを持つ化合物太陽電池のように、熱損失、通過損失の少ない太陽電池を作成することが可能である。
【0060】
一方、DR領域による電子の取り出しは、ポテンシャル障壁と一致するエネルギーを持つ光を吸収することによる取り出しであり、ポテンシャル障壁と吸収エネルギーが一致した際に起こる。DR領域の条件(リンイオンの平均個数、領域のサイズ、リンイオン間の中心間距離)を適切に設定することで、0eV付近に複数のエネルギー準位を設けることができ、さらに、隣接する領域間でのエネルギー移動により、吸収可能な光エネルギーの幅が広くなる。これらの結果として、幅広いエネルギーの可視光を、共鳴的に吸収することが可能となる。この共鳴吸収の過程において、理論的には熱損失、通過損失は発生しない。また、取り出した電子の輸送は、通常の結晶型シリコン太陽電池と同じく、取り出された電子の拡散とpn接合による電界によって起こり、基本的にはDR領域のサイズ、領域内部のドーパント(リンイオン)数、ドーパント間の距離に影響されない。
【0061】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。