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特開2023-102210表面処理アルミニウム板、樹脂被覆表面処理アルミニウム板、及び成形体
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  • 特開-表面処理アルミニウム板、樹脂被覆表面処理アルミニウム板、及び成形体 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023102210
(43)【公開日】2023-07-24
(54)【発明の名称】表面処理アルミニウム板、樹脂被覆表面処理アルミニウム板、及び成形体
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/00 20060101AFI20230714BHJP
   B32B 15/20 20060101ALI20230714BHJP
【FI】
C25D11/00 301
B32B15/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022002640
(22)【出願日】2022-01-11
(71)【出願人】
【識別番号】390003193
【氏名又は名称】東洋鋼鈑株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000419
【氏名又は名称】弁理士法人太田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武永 智靖
(72)【発明者】
【氏名】下田 洋一
(72)【発明者】
【氏名】田口 直美
(72)【発明者】
【氏名】田屋 慎一
【テーマコード(参考)】
4F100
【Fターム(参考)】
4F100AA19B
4F100AB10A
4F100AB31A
4F100AK01C
4F100AK42C
4F100BA02
4F100BA03
4F100BA10C
4F100EJ64A
4F100EJ68A
4F100GB17
4F100GB18
4F100JA11B
4F100JA12B
4F100JB01
4F100JB12C
4F100JB16C
4F100JK06
4F100JL01
4F100JL11
4F100YY00B
4F100YY00C
(57)【要約】
【課題】耐食性、加工追従性、及び、樹脂密着性を兼ね備えた表面処理アルミニウム板を提供する。
【解決手段】アルミニウム基材と、前記アルミニウム基材の少なくとも一方の面に形成された非晶質層と、を含み、アルミニウム基材が、アルミニウム板、又はアルミニウム合金板であり、前記非晶質層が、水酸化アルミニウムを含むと共に、酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)が1.7~3.0の範囲であり、厚みが1nm以上であることを特徴とする、表面処理アルミニウム板。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム基材と、
前記アルミニウム基材の少なくとも一方の面に形成された非晶質層と、を含み、
前記アルミニウム基材が、アルミニウム板、又はアルミニウム合金板であり、
前記非晶質層が、水酸化アルミニウムを含むと共に、酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)が1.7~3.0の範囲であり、厚みが1nm以上であることを特徴とする、
表面処理アルミニウム板。
【請求項2】
前記非晶質層上に形成された結晶質層をさらに含み、
前記結晶質層が、水酸化アルミニウムを含むと共に、酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)が1.7~3.0の範囲であり、厚みが5nm以上である、請求項1に記載の表面処理アルミニウム板。
【請求項3】
前記結晶質層の厚みが、前記非晶質層の厚みの20倍以下である、請求項2に記載の表面処理アルミニウム板。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム板上に、さらに樹脂層を有し、前記樹脂層が熱可塑性樹脂層又は熱硬化性樹脂層である樹脂被覆表面処理アルミニウム板。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか一項に記載の表面処理アルミニウム板、又は、請求項4に記載の樹脂被覆表面処理アルミニウム板からなる、成形体。
【請求項6】
前記成形体が、容器、蓋、及び構造部材のうちのいずれかである、請求項5に記載の成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面処理アルミニウム板、樹脂被覆表面処理アルミニウム板、及び成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、食缶や飲料缶等に適用される表面処理アルミニウム板として、リン酸クロメート処理による表面処理アルミニウム板が製造されている。また、家電部品や建築用構造部材等に適用される表面処理アルミニウム板として、クロム酸クロメート処理による表面処理アルミニウム板が製造されている。そして、近年の六価クロムに対する規制に鑑みて、いわゆるクロムフリー表面処理アルミニウム板が知られている。
【0003】
例えば下記の特許文献1~5には、クロムフリーの表面処理として、アルミニウム基材表面にベーマイトと呼ばれる水酸化アルミニウムを形成させる処理が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開50-158539号公報
【特許文献2】特開50-158536号公報
【特許文献3】特開平11-12762号公報
【特許文献4】特開平11-163485号公報
【特許文献5】特開2003-13253号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
クロムフリー表面処理アルミニウム板に対しては、リン酸クロメート処理、クロム酸クロメート処理と同等またはそれ以上の性能が求められる。具体的には、耐食性、成形加工に対する追従性(加工追従性)、表面処理層と樹脂層や塗膜との密着性(以下「樹脂密着性」とも称する。)、等が求められる。
【0006】
一般的に上述のベーマイトは、アルマイト皮膜の封孔処理に使用され、耐食性を有する物質として知られている。さらにベーマイトは、表面に凹凸を持った針状組織として知られている。ベーマイトはこの針状組織により、塗膜やフィルム等の樹脂層に対するアンカー効果を発揮し、樹脂密着性を向上させると考えられている。
【0007】
一方で一般的にベーマイト等の水酸化アルミニウムを含む被膜は、アルミニウム基材を熱水に浸漬させ、又は水蒸気や過熱水蒸気に曝す処理により得られる。そして上述の針状組織を得るためには処理時間を長くする必要があるため、従来、短時間処理が要求される、連続的に板を流す製造ラインには適用されていなかった。また上記の処理時間の理由により、コストの低減が実現できないという問題を有していた。
【0008】
さらには、上述の針状組織が脆い組織であるため、このような針状組織を有する表面処理アルミニウム板は、絞り及びしごき加工等の金属プレス加工に十分に追従することができないという問題を有していた。
【0009】
本発明は、かような課題を解決することを鑑みてなされたものであり、耐食性、加工追従性、及び、樹脂密着性を兼ね備えた表面処理アルミニウム板を提供することを目的とする。また、その表面処理アルミニウム板を用いた樹脂被覆表面処理アルミニウム板、及び成形体を提供することをも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記に例示した課題を解決するために、本発明の一実施形態における表面処理アルミニウム板は、(1)アルミニウム基材と、前記アルミニウム基材の少なくとも一方の面に形成された非晶質層と、を含み、アルミニウム基材が、アルミニウム板、又はアルミニウム合金板であり、前記非晶質層が、水酸化アルミニウムを含むと共に、酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)が1.7~3.0の範囲であり、厚みが1nm以上であることを特徴とする。
【0011】
上記(1)において、(2)前記非晶質層上に形成された結晶質層をさらに含み、前記結晶質層が、水酸化アルミニウムを含むと共に、酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)が1.7~3.0の範囲であり、厚みが5nm以上であることが好ましい。
【0012】
上記(2)において、(3)前記結晶質層の厚みが、前記非晶質層の厚みの20倍以下であることが好ましい。
【0013】
上記に例示した課題を解決するために、本発明の一実施形態における樹脂被覆表面処理アルミニウム板は、(4)上記(1)~(3)のいずれかの表面処理アルミニウム板上にさらに樹脂層を有し、前記樹脂層が熱可塑性樹脂層又は熱硬化性樹脂層である。
【0014】
上記に例示した課題を解決するために、本発明の一実施形態における成形体は、(5)上記(1)~(3)のいずれかに記載の表面処理アルミニウム板、又は、(4)に記載の樹脂被覆表面処理アルミニウム板からなることが好ましい。
【0015】
上記(5)において、(6)前記成形体が、容器、蓋、及び構造部材のうちのいずれかであることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、耐食性、加工追従性、及び、樹脂密着性を兼ね備えた表面処理アルミニウム板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の第一の実施形態の表面処理アルミニウム板を模式的に示した図である。
図2】本発明の第二の実施形態の表面処理アルミニウム板を模式的に示した図である。
図3】本発明の実施形態の樹脂被覆表面処理アルミニウム板を模式的に示した図である。
図4】本発明の第二の実施形態の表面処理アルミニウム板のTEM(透過電子顕微鏡)による断面像を示した図である。
図5】本発明の実施例における試験評価方法を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<表面処理アルミニウム板100>
以下、本発明の表面処理アルミニウム板を実施するための実施形態について説明する。図1は、本発明の表面処理アルミニウム板の一実施形態を模式的に示した図である。
【0019】
本実施形態の表面処理アルミニウム板100は、アルミニウム基材10、及び、アルミニウム基材10の少なくとも一方の面に形成された非晶質層20と、を含む。なお図1に示される表面処理アルミニウム板100はその片面に非晶質層20を有しているがこれに限られるものではなく、アルミニウム基材10の両面に非晶質層20を有していてもよい。
【0020】
<アルミニウム基材10>
本実施形態の表面処理アルミニウム板100において、アルミニウム基材10としては、純アルミニウム板およびアルミニウム合金板を用いることができる。アルミニウム基材の合金種は用途に応じて選定される。例えば容器や蓋用の材料には加工性及び強度、耐食性の観点から、JIS規格の3000系または5000系のアルミニウム合金板が用いられる。また、自動車等の構造部材にはその用途に応じて6000系や7000系のアルミニウム合金板が用いられる。
【0021】
<非晶質層20>
本実施形態の表面処理アルミニウム板100において、非晶質層20は、水酸化アルミニウムを含むと共に、酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)が1.7~3.0の範囲であり、厚みが1nm以上であることを特徴とする。
【0022】
本実施形態の非晶質層20は、水酸化アルミニウムを含む。本実施形態において非晶質層20に含まれる水酸化アルミニウムは、アルミナ1水和物(AlO(OH))やアルミナ3水和物(Al(OH))を含むことが好ましい。水酸化アルミニウムとしてアルミナ1水和物やアルミナ3水和物を含むことで、非晶質層20の耐食性及び加工追従性、樹脂密着性を向上させることができる。非晶質層20の形成方法は特に限定されないが、例えば30~100℃に加熱されたpH8~13のアルカリ溶液中にアルミニウム基材を0.1~20秒浸漬せた後、5~100℃の水で洗浄することにより形成することができる。なお、非晶質層20の形成方法について詳細は後述する。
【0023】
また、本実施形態の非晶質層20における水酸化アルミニウムを含む被膜は非晶構造を有する。なお本実施形態において非晶構造とは、TEM(透過電子顕微鏡)による断面像において、格子縞が観察されない状態を称するものとする。この格子縞とは、結晶から出射する電子線の透過波と、その結晶のある格子面からの回折波との二つの波が結像されて現れるものであり、その結晶格子の面間隔に対応した明暗の縞模様のことである。被膜が結晶構造を有する場合、TEMの断面像において、上述の回折条件を満たした被膜中の微小領域においてこの格子縞が観察されるが、被膜が非晶構造の場合は上述の回折条件が満たされないため、被膜中に格子縞は観察されない。
【0024】
一般的に熱水に浸漬させる、又は水蒸気や過熱水蒸気に曝す処理によってアルミニウムまたはアルミニウム合金の表面に形成されるベーマイト等の水酸化アルミニウムを含む被膜は、膜厚が500~3,000nm程度であり、TEMによる断面像では針状又は羽毛状と称される凹凸を持った組織が観察される。この針状組織は結晶構造を有しており、TEMによる断面像で上述の格子縞が観察される。一方で本実施形態における非晶質層20にはこの針状組織が観察されず、また、非晶質層20は非晶構造であり、TEMによる断面像では、上述の格子縞は観察されない。
【0025】
本実施形態において、非晶質層20の厚みは1nm以上であれば耐食性及び加工追従性、樹脂密着性が向上するが、より好ましくは3nm以上であり、さらに好ましくは6nm以上である。一方で非晶質層20の厚み上限に特に制限はないが、処理時間等の観点から1,000nm以下が好ましく、500nm以下がさらに好ましい。
【0026】
従来、ベーマイトに代表される水酸化アルミニウムの樹脂密着性は針状又は羽毛状の凹凸によるアンカー効果によりもたらされると考えられてきた。アンカー効果により樹脂密着性が向上することは事実ではあるが、さらに詳細に研究を行ったところ、水酸化アルミニウムが水に溶けない、又は溶け難い性質を有することも樹脂密着性に大きく寄与していることが分かった。アルミニウム基材の表層が自然形成された水溶性の被膜だと、水分が樹脂との接着界面に到達した場合に、そのアルミニウム基材表層の被膜が溶解してしまうため、樹脂層が基材から簡単に剥離してしまう。特に飲料缶や食缶などは内容物を充填するプロセスで熱水や水蒸気による加熱殺菌を行うので、水分による樹脂層の剥離はより顕著となる。また、高温多湿環境下で使用される構造部材等についても同様の剥離現象が生じる。対策としてアルミニウム基材表層を不溶性又は難溶性の水酸化アルミニウムを含む被膜とすることで、接着界面が維持され、樹脂密着性を大幅に向上させることが可能となる。
【0027】
従来、ベーマイト処理等の水酸化アルミニウムを形成させる処理では、樹脂密着性を向上させるために水酸化アルミニウムの針状組織が必須であると考えられてきた。そのため、針状組織を十分に成長させるために30~120秒程度の処理時間がかかっていた。本発明者らは水酸化アルミニウムの水に溶けない、又は溶け難いという性質に着目し、水酸化アルミニウムを含む被膜を形成させる際に生じる初期の、0.1~2秒程度の極短時間で形成される1~10nm程度の極薄い被膜でも樹脂密着性が向上するのではないかと考えた。実際に試験を行って確認したところ、推測した通りの結果が得られ、被膜形成初期の1~10nmの水酸化アルミニウムを含む被膜でも樹脂密着性が大きく向上することを発見した。この際に得られた水酸化アルミニウムを含む被膜は針状組織を持たない非晶質層であり、非晶質層故に非常に優れた加工追従性を有することが分かった。このメカニズムによって、加工した後の樹脂密着性においても良好な結果を得ることができた。
【0028】
本実施形態において、非晶質層20における酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)は、1.7~3.0の範囲である。なお、比(O/Al)はTEMによる断面像から非晶質層を特定し、その層の中央部分のエネルギー分散型X線分析(EDS)により求められる。
【0029】
一般的に、酸化アルミニウム(Al)の比(O/Al)は1.5程度、アルミナ3水和物(Al(OH))の比(O/Al)は3.0程度、アルミナ1水和物(AlO(OH))の比(O/Al)は2.0程度で有ることが知られている。本実施形態において、必要とされる耐食性及び加工追従性、樹脂密着性を得るには、非晶質層20の比(O/Al)を1.7~3.0の範囲にする必要がある。
【0030】
本実施形態の非晶質層20は、実質的にリン又はクロムを含有しない。一方で、本実施形態の非晶質層20は水酸化アルミニウムとしてアルミナ1水和物やアルミナ3水和物を含む。また、それ以外の化合物として上述の酸化アルミニウム(Al)を含んでいてもよい。また処理液中に存在する極微量の化合物、例えば二酸化ケイ素(SiO)や酸化マグネシウム(MgO)等を含んでいてもよい。本実施形態において重要なのは、非晶質層20の比(O/Al)を1.7~3.0の範囲にすることである。
【0031】
上述した通り、本実施形態において重要なことは表面処理アルミニウム板の表層被膜を水に対して不溶性、又は難溶性の被膜とすることである。水酸化アルミニウムは水と活性な金属アルミニウムが接触することにより形成されると考えられており、形成された被膜は水中で極めて安定な状態となる。故にできた被膜は水に対して不溶性、又は難溶性となる。形成された水酸化アルミニウムを含む被膜がアルミナ3水和物を多く含む場合には比(O/Al)は3.0に近い値となる。また、形成された水酸化アルミニウムを含む被膜がアルミナ1水和物を多く含む場合には比(O/Al)は2.0に近い値となる。一方で比(O/Al)が1.5付近である酸化アルミニウム(Al)を含む場合には、被膜中の酸化アルミニウムの割合が多くなるほど、被膜全体の比(O/Al)は小さな値となる。被膜中の酸化アルミニウムの割合が多くなると水酸化アルミニウムを含む被膜であっても水に溶け易くなるため、必要とされる耐食性及び樹脂密着性が得られなくなる。他の元素による化合物が多く含まれる場合も同様である。
【0032】
本発明者らが行った試験の結果から、十分な耐食性及び樹脂密着性を得るには非晶質層20の被膜全体の比(O/Al)を1.7~3.0の範囲とすることが好ましい。また、被膜に含まれる水酸化アルミニウムにおいてアルミナ3水和物よりも、アルミナ1水和物の割合が多くなるほど耐食性及び樹脂密着性が向上するので、比(O/Al)は1.8~2.6の範囲とすることがより好ましく、さらに好ましくは1.9~2.2の範囲である。アルミナ3水和物よりもアルミナ1水和物の方が熱的に安定であるため、高温の水の中でも不溶性の性質が安定的に維持されるからである。
【0033】
<表面処理アルミニウム板200>
次に、本発明の表面処理アルミニウム板について、以下の第二実施形態によりさらに説明する。図2は、第二実施形態にかかる表面処理アルミニウム板200を模式的に示した図である。なお、第二実施形態にかかる表面処理アルミニウム板200は、主には非晶質層20上に結晶質層30が形成されている点において第一実施形態と相違する。そのため、共通の構成には同じ符号を付してその説明は省略する。
【0034】
なお図2においては、アルミニウム基材10の片面に非晶質層20及び結晶質層30が形成されているが、これに限られるものではない。例えば、アルミニウム基材の両面に非晶質層20及び結晶質層30が形成されていてもよい。また、アルミニウム基材10の片面に非晶質層20及び結晶質層30の両方が形成されると共に、他面には非晶質層20のみが形成される形態でもよい。また、アルミニウム基材10の片面に非晶質層20及び結晶質層30が形成され、他面には公知の金属層や樹脂層が形成されてもよい。
【0035】
<結晶質層30>
本実施形態にかかる表面処理アルミニウム板200は、非晶質層20上に結晶質層30が形成されている。結晶質層30は、非晶質層20と同様に水酸化アルミニウムを含む被膜として形成される。水酸化アルミニウムの形態としてはアルミナ1水和物やアルミナ3水和物であり、結晶質層30の酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)が1.7~3.0の範囲である。
【0036】
本実施形態の結晶質層30は、実質的にリン又はクロムを含有しない。一方で、本実施形態の結晶質層30は、アルミナ1水和物やアルミナ3水和物の他に上述の酸化アルミニウム(Al)を含んでいてもよい。また処理液中に存在する極微量の化合物、例えば二酸化ケイ素(SiO)や酸化マグネシウム(MgO)等を含んでいてもよい。本実施形態において重要なのは、結晶質層30の比(O/Al)を1.7~3.0の範囲にすることである。
【0037】
結晶質層30をTEMやSEM(走査電子顕微鏡)等で拡大断面観察した場合、針状又は羽毛状の凹凸が観察される。図4は本実施形態における非晶質層20及び結晶質層30の一例を示すTEMによる断面像であるが、アルミニウム基材10上に形成された非晶質層20は緻密な組織であり、その上に針状組織を有する結晶質層30が形成されている。このように、結晶質層30における水酸化アルミニウムを含む被膜は針状組織を有しており、断面像において非晶質層20とは明らかに異なる構造が観察される。なお、図4においてアルミニウム基材10と非晶質層20の間の線、及び、非晶質層20と結晶質層30の間の線は、各々の境界を分かりやすくするために追加された線である。
【0038】
本実施形態の結晶質層30における水酸化アルミニウムを含む被膜が結晶構造を有するか否かは、TEMの断面像において、格子縞が観察されるか否かにより判断することが可能である。結晶質層である場合には格子縞が観察される。この格子縞とは、結晶から出射する電子線の透過波と、その結晶のある格子面からの回折波との二つの波が結像されて現れるものであり、その結晶格子の面間隔に対応した明暗の縞模様のことである。被膜が結晶構造を有する場合、TEMの断面像において、上述の回折条件を満たした被膜中の微小領域においてこの格子縞が観察されるが、被膜が非晶構造の場合は上述の回折条件が満たされないため、被膜中に格子縞は観察されない。
なお、図4のTEM断面像は100万倍で観察した結果だが、この倍率では上述した格子縞の有無は判断できない。被膜の結晶構造の有無を判断するために行う格子縞の観察は、倍率を200万倍以上にして行う必要がある。
【0039】
本実施形態において結晶質層30の厚みは5nm以上であり、好ましくは25nm以上であり、さらに好ましくは50nm以上である。一方で結晶質層30の厚み上限は特に制限はないが、処理時間やコストの観点から400nm以下が好ましく、200nm以下がさらに好ましい。
【0040】
この結晶質層30の役割は針状又は羽毛状の凹凸によるアンカー効果で樹脂密着性を向上させることである。このアンカー効果は被膜の厚みに依存するものではなく、被膜表面の粗度に依存するため、必要以上に厚くする必要はない。結晶質層30を必要以上に厚くすると処理時間が長くなるため、生産性が低下しコストが増加する。本発明者らが試験により確認した範囲では結晶質層30の厚みが5nm以上でアンカー効果が得られ、樹脂密着性が向上するが、200nm付近で樹脂密着性の向上効果は飽和し、400nm以上では向上しないことが分かった。また、500nm以上に厚くすると、この結晶質層30は加工に追従できないため、加工時に凝集破壊してしまい、反対に樹脂密着性が低下するという問題を生じる。
【0041】
本実施形態において、非晶質層20と結晶質層30との比としては、結晶質層30の厚みが非晶質層20の厚みの20倍以下であることが好ましい。上述した通り、非晶質層は加工追従性に優れるため、例えば絞り及びしごき加工で大きな変形を付与した場合でも非晶質層20は加工に追従し、加工部の表面を均一に覆うことができる。一方で結晶質層30の針状組織は結晶質故に加工に追従することができず、皮膜割れを引き起こしながら加工される。絞り及びしごき加工後のアルミニウム板表面を観察したところ、結晶質層30は部分的にばらばらになった状態で存在しており、また、その断面を観察したところ結晶質層30が残った部分と残ってない部分とで大きな段差を生じていることが分かった。
【0042】
この現象をさらに詳細に調査したところ、非晶質層20の厚みに対して結晶質層30の厚みが20倍を超えると加工後に生じる非晶質層20と結晶質層30の段差によって樹脂層が剥離してしまい、樹脂密着性が低下することが分かった。そのため、非晶質層20と結晶質層30との比を上記の値以下とすることは、加工部の樹脂密着性を確保するという観点から好ましい。さらに好ましくは上記厚み比を15倍以下とすることである。なお、この問題は結晶質層30が非晶質層20に対して極端に厚くなる場合でのみ生じるため、上記厚み比の下限は存在しない。
【0043】
また、非晶質層20が存在しない場合、つまりアルミニウム基材上に結晶質層30のみが形成された場合には、加工に追従できる層が存在しないため、加工部の耐食性及び樹脂密着性が著しく低下してしまう。従って本実施形態において非晶質層20は必須であり、この層がアルミニウム基材上に存在することで良好な加工追従性、加工部の耐食性及び樹脂密着性が得られる。
【0044】
<樹脂被覆表面処理アルミニウム板300>
次に、本発明の樹脂被覆表面処理アルミニウム板について説明する。図3は、本実施形態にかかる樹脂被覆表面処理アルミニウム板300を模式的に示した図である。なお、本実施形態にかかる樹脂被覆表面処理アルミニウム板300は、非晶質層20の上、又は結晶質層30の上に樹脂層40が形成されている点において、第一実施形態又は第二実施形態の表面処理アルミニウム板と主に相違する。そのため、共通の構成には同じ符号を付してその説明は省略する。
【0045】
なお図3においては、樹脂層40は、結晶質層30を介して非晶質層20上に形成されているが、これに限られるものではない。すなわち本実施形態において、樹脂層40は非晶質層20上に直接形成されていてもよい。また本実施形態において、アルミニウム基材の両面に非晶質層20及び樹脂層40が形成されていてもよい。
【0046】
本実施形態において樹脂層40の材質としては、金属基材に被覆される公知の樹脂を適用することが可能であり、中でも熱可塑性樹脂又は熱硬化性樹脂が好ましく適用できる。熱可塑性樹脂を例示すると、ポリオレフィン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、ポリアミド樹脂、フッ素樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂等の1種又は2種以上の樹脂を好ましく適用することが可能である。また、熱硬化性樹脂を例示すると、アクリル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、尿素樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコーン樹脂、ポリイミド樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂等の1種又は2種以上の樹脂を好ましく適用することが可能である。
【0047】
熱可塑性樹脂の中では、ポリオレフィン樹脂又はポリエステル樹脂、及びこれらの混合物をさらに好ましく適用可能である。ポリオレフィン樹脂を例示すると、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、エチレン-プロピレン共重合体樹脂、エチレン-アクリル酸エステル共重合体樹脂、アイオノマー樹脂等の1種又は2種以上の樹脂を好ましく適用できる。ポリエステル樹脂を例示すると、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンイソフタレートが共重合されたポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンイソフタレートが共重合されたポリブチレンテレフタレート樹脂等の1種又は2種以上の樹脂を好ましく適用できる。樹脂層40としてはポリエステル樹脂をより好ましく適用できる。
【0048】
樹脂層40は多層の樹脂層であってもよく、例えば異なる割合でポリエチレンイソフタレートが共重合された2層のポリエチレンテレフタレート樹脂層等が使用できる。また、樹脂層40は複数の異なる樹脂がブレンドされた樹脂層であってもよく、例えばポリエチレンテレフタレート樹脂にアイオノマー樹脂やエチレン-プロピレン共重合体樹脂をブレンドした樹脂層や、ポリエチレンテレフタレート樹脂とポリブチレンテレフタレート樹脂をブレンドした樹脂層等が適用できる。
【0049】
樹脂層40には公知の樹脂用配合剤、例えば非晶質シリカ等のアンチブロッキング剤、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、タルク、ガラス等の無機フィラー、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維等の各種繊維、帯電防止剤、トコフェノール等の酸化防止剤、紫外線吸収剤等を公知の方法に従って配合することができる。
【0050】
樹脂層40の厚みは特に限定されないが、熱可塑性樹脂の場合は3~300μmの範囲が好ましく、5~230μmの範囲がより好ましい。熱硬化性樹脂の場合は0.5~100μmの範囲が好ましく、1~50μmの範囲がより好ましい。一般に樹脂層が厚くなるほど耐食性は向上するが樹脂密着性及び加工追従性が低下するため、用途に応じた最適な厚み範囲が存在する。なお、樹脂層40の形成方法については後述する。
【0051】
<表面処理アルミニウム板の製造方法>
次に、本実施形態における表面処理アルミニウム板の製造方法について以下に説明する。なお、本実施形態においてここに示す製造方法はその一例に過ぎず、この方法に限定されるものではない。
【0052】
本実施形態における表面処理アルミニウム板の製造方法は、アルミニウム基材を、30℃~100℃、pH8~13のアルカリ溶液中に浸漬させて0.1秒~20秒間接触させる方法や、30℃~100℃、pH8~13のアルカリ溶液中で0.1秒~10秒間、陰極電解処理する方法、又は同じアルカリ溶液中で0.1秒~10秒間、陽極電解処理する方法等がある。これらの処理方法により、前記アルミニウム基材上に、水酸化アルミニウムを含むと共に、酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)が1.7~3.0の範囲であり、厚みが1nm以上の非晶質層を形成することが可能である。
【0053】
上記処理工程において用いる処理液(アルカリ溶液)は、具体的には、炭酸ナトリウム水溶液、アルミン酸ナトリウム水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等が好ましく用いられる。なお、アルカリ溶液に使用する水については純水が好ましく、一般的には電気伝導率が1μS/cm以下のイオン交換水が用いられるが、300μS/cm以下の水道水等も使用できる。溶液中に不純物として炭酸カルシウムや二酸化ケイ素が存在すると、水酸化アルミニウム被膜形成の阻害因子として作用するため、これらの不純物が除去された水を用いる方が良い。
【0054】
上記処理工程において用いる処理液(アルカリ溶液)のpHは8~13とするのが好ましく、より好ましくはpH8~12、さらに好ましくはpH8~11である。水酸化アルミニウムはpH6以下の酸性溶液中ではほとんど形成されず、pH7以上の水、又はアルカリ溶液中で安定した被膜形成が可能となる。pH8以上が好ましい理由は処理前のアルミニウム基材表面に存在する自然形成された酸化膜を極短時間で溶解させるためである。一般的にアルミニウム基材の自然酸化膜は酸化アルミニウムを主体とした被膜であり、アルカリ溶液中で極短時間で溶解させることができる。水酸化アルミニウムを形成させるためには水と活性な金属アルミニウム表面が接触する必要があるため、処理時間を短縮するには自然酸化膜を極短時間で溶解させる必要がある。一方でpHが13を超えると金属アルミニウム表面が過剰に溶解してしまい、むらの少ない均質で安定した水酸化アルミニウムを含む被膜の形成が困難となる。また、pHが11を超えると形成される水酸化アルミニウムがアルミナ3水和物を主体としたものになるため、高温水中でより安定なアルミナ1水和物が形成され難くなる。従って、優れた樹脂密着性を確保するという観点からpHは11以下がより好ましい。
【0055】
上記処理工程に用いる処理液(アルカリ溶液)の温度は30℃~100℃が好ましく、より好ましくは50℃~100℃、さらに好ましくは60℃~100℃である。処理液の温度が高くなるほど処理前のアルミニウム基材表面に存在する自然酸化膜をより短時間で溶解させることができる。
【0056】
上記処理工程において、アルミニウム基材とアルカリ溶液との接触は、浸漬処理に比して、陰極電解処理により行われることが好ましい。陰極電解処理を行うことで局所的なアルミニウム基材の溶解が抑制され、より均質な水酸化アルミニウムを含む被膜を形成させることができる。また、この処理工程における陰極電解処理の電流密度としては、例えば、1~10A/dm等とすることができる。
また、上記処理工程において均質で厚い水酸化アルミニウムを含む被膜を形成させる方法として陽極電解処理を用いることもできる。この処理工程における陽極電解処理の電流密度としては、例えば、1~10A/dm等とすることができる。
【0057】
<樹脂被覆表面処理アルミニウム板の製造方法>
次に、本実施形態における樹脂被覆表面処理アルミニウム板の製造方法について以下に説明する。なお、本実施形態においてここに示す製造方法はその一例に過ぎず、この方法に限定されるものではない。
【0058】
本実施形態における樹脂被覆表面処理アルミニウム板の製造方法は、上述のようにして得られた表面処理アルミニウム板上に樹脂層を形成させる方法等が挙げられる。樹脂層の形成は任意の方法で行うことができ、例えば、熱可塑性樹脂の場合は溶融状態の樹脂を直接、表面処理アルミニウム板に積層する方法や、別のラインでフィルムの状態に加工したものを、ラミネートラインで加熱された表面処理アルミニウム板に熱圧着させる方法等がある。また、より樹脂密着性を高める方法として、接着面に熱硬化性樹脂による接着層が積層された熱可塑性樹脂フィルムを用いることもできる。熱硬化性樹脂の場合はロールコーターで塗工した後、オーブンで乾燥させる方法や、スプレーでコーティングした後、オーブンで乾燥させる方法等がある。
【0059】
<成形体(容器、容器蓋、その他)及びその製造方法>
次に、本実施形態における成形体及びその製造方法について以下に述べる。
本実施形態における成形体は、上述の表面処理アルミニウム板、又は樹脂被覆表面処理アルミニウム板を加工して成形される成形体であり、具体的には、容器、蓋、構造部材、等を含む。
【0060】
容器としては、飲料缶、食缶、角形缶、ドラム缶、スプレー缶、バッテリーケース等が挙げられる。これらの容器の製造方法としては、上述の表面処理アルミニウム板、又は樹脂被覆表面処理アルミニウム板を使用して、公知の成形法で行うことができる。以下に一例を説明すると、表面処理アルミニウム板、又は樹脂被覆表面処理アルミニウム板を所定の形状及び寸法に打抜き、次いで、プレス型で各種容器に成形加工する。成形加工法として、絞り加工、絞り再絞り加工、絞り及びしごき加工等の従来公知の加工手段を適用することができる。表面処理アルミニウム板の表面に予め熱可塑性樹脂層又は熱硬化性樹脂層を形成させることで、加工ツールに対する表面の摩擦係数を下げることが可能となり、容器側壁部の薄肉化が行え、容器の軽量化が可能となる。また、容器製造工程における洗浄水の使用量削減や容器成形後に行う塗装及び焼き付け工程を省略できるなど、低環境負荷での容器製造が実現できる。
【0061】
蓋としては、ステイ・オン・タブ(SOT)タイプのイージーオープン蓋、フルオープンタイプのイージーオープン蓋(EOE)、アルミ箔を用いたイージーピール蓋、溶接缶などの3ピース缶用底蓋、王冠型蓋、スクリューキャップ、被せ蓋、等が挙げられる。SOTやEOEの成形方法の一例としては、まず、表面処理アルミニウム板、又は樹脂被覆表面処理アルミニウム板を所定の形状及び寸法に打抜き、次いで、或いは同時に、プレス型で缶蓋に成形する。次いで、缶蓋の外面側にパーシャル開口型あるいはフルオープン開口型のスコア加工及びリベット加工を行い、かつ開口用タブの取り付けを行い、二重巻締用に開口端縁部をカール成形し、カール内面側にシーリングコンパウンドを塗布し乾燥させて、缶蓋を作製する。また、溶接缶などの3ピース缶用の底蓋では、上記のうちスコア加工、リベット加工、タブ取り付け加工の工程がない方法で作製される場合もある。
【0062】
構造部材としては、自動車用構造部材、船舶用構造部材、航空機用構造部材、家電製品用構造部材、ドア、シャッター、ダクト、アルミサッシ等の建築用構造部材、等が挙げられる。これら構造部材はいずれも、上述の表面処理アルミニウム板、又は樹脂被覆表面処理アルミニウム板を用いて、プレス加工等の公知の方法により製造することが可能である。
【0063】
<実施例>
以下に、実施例を挙げて本発明について、より具体的に説明する。まず、実施例における測定方法について記載する。
【0064】
[酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)の測定]
アルミニウム基材に水酸化アルミニウムを含む非晶質層又は非晶質層及び結晶質層を形成した後、マイクロサンプリング法によってサンプルを切り出し、Cu製の支持台上に固定した。その後、FIB(収束イオンビーム)加工により厚さ100nm程度の断面TEM試料を作製し、TEM観察、EDS分析を行い、酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)を算出した。
なお、本分析では正確な情報を得るためにFIB加工からTEM分析までを冷却環境下(クライオ加工及び観察)で実施した。
<TEM(透過電子顕微鏡)>
分析機器 日立ハイテクノロジーズ製 H-9500
観察条件 加速電圧 : 200kV
倍率精度 : ±10%
<EDS(エネルギー分散型X線分光法)>
分析機器 日立ハイテクノロジーズ製 HD-2700(透過電子顕微鏡)
加速電圧 : 200kV
ビーム径 : 直径約0.2nm
元素分析装置 : Oxford Instruments製
Ultim Max TLE
X線検出器 : Siドリフト検出器
エネルギー分解能 : 約130eV
X線取出し角 : 24.8°
立体角 : 約1.1sr
取込時間 : 10秒
【0065】
[180°ピール試験及び評価]
製缶後における、樹脂層と表面処理層との密着性は以下のように試験及び評価した。
まず表面処理アルミニウム板上に樹脂層を形成し、樹脂ラミネート板を作製した。具体的には、280℃で10秒間加熱した表面処理アルミニウム板の両面に、無延伸の二層PETフィルム(厚み20μm)をラミネートし、水に入れて急冷して樹脂ラミネート板を得た。なお、二層PETフィルムは、表層としてイソフタル酸(IA)を2モル%共重合したPET樹脂、下層としてイソフタル酸(IA)を15モル%共重合したPET樹脂、の二層を、層比4/1で積層したフィルムを使用した。
次いで得られた樹脂ラミネート板を使用して飲料缶を作製した。具体的には、樹脂ラミネート板の両面に50mg/mのパラフィンワックスを塗布し、ブランク径142mmで打ち抜き、1stカップを作製した。次いでこの1stカップを、公知の製缶機械(Body Maker)を用いて、リダクション率65%の350mL缶に加工した。この時、評価面を缶外面側とした。
成形した缶の側壁部を図5(a)に示す位置及び寸法でT字形に切り出した後、図5(b)に示す180°ピール試験で15mm幅のフィルムの180°ピール強度を測定した。測定には引張試験機を用い、室温で20mm/minの引張速度で測定した。製缶後の樹脂密着性は以下のように評価した。
合格:引張試験機による最大引張強度が0.8N/15mm以上
不合格:引張試験機による最大引張強度が0.8N/15mm未満
【0066】
[レトルト密着試験及び評価]
湿潤環境下における樹脂密着性について、上記の飲料缶を使用して以下の方法で試験及び評価した。まず、作製した350mL缶の外面の缶底から90mmの高さ位置にカッターでフィルムに切れ目を入れた。その缶を水道水に浸漬させた状態でレトルト釜に入れて、125℃×45分のレトルト処理を行った。取り出した缶のカッターで切れ目を入れた部分の下側の最大フィルム剥離長さを測定し、以下のように評価した。
なお、この製缶後の加工部におけるレトルト密着試験は耐食性と相関が取れることが知られており、本試験により加工部の耐食性と樹脂密着性の両方を評価することができる。
合格:フィルム剥離長さ30mm以下
不合格:フィルム剥離長さ30mm超
【0067】
(実施例1)
合金種A3104、質別H19、板厚0.27mmのアルミニウム基材を準備した。アルミニウム基材の圧延油を公知の方法により脱脂した後、60℃の1%炭酸ナトリウム水溶液(処理液A-1)中で1秒間の陰極電解処理を行った。その後直ちに20℃のイオン交換水(処理液B)で0.5秒間洗浄してローラーで水を切り、ドライヤーで乾燥させて両面に水酸化アルミニウムを含む被膜が形成された表面処理アルミニウム板を得た。
【0068】
得られた表面処理アルミニウム板のTEMの断面像によれば、アルミニウム基材上に平均厚み2.5nmの非晶質層が確認された。なお、被膜の平均厚みはTEMの断面像から、凹凸部を均等に含む任意の10点を測定し、その平均値を用いた。また、非晶質、結晶質の判断はこの断面像の格子稿の有無で判断した。具体的には200万倍の高倍率で観察を実施し、2~3箇所の異なる任意の断面像を観察して格子縞の有無を判断した。
非晶質層の酸素元素とアルミニウム元素の比(O/Al)を、被膜断面のEDS分析により求めた結果、3.0であった。なお、この比(O/Al)はTEMの断面像において、対象とする層の中央部を任意に5点選び、それら5点のEDS分析の結果から、各点の比(O/Al)を計算し、その5点の平均値を用いた。
【0069】
次いで、得られた表面処理アルミニウム板の非晶質層上に樹脂層を熱圧着し、樹脂ラミネート板を作製した。具体的には、280℃に加熱した表面処理アルミニウム板の両面に、無延伸の二層PETフィルム(厚み20μm)をラミネートし、水に入れて急冷して樹脂ラミネート板を得た。なお、二層PETフィルムは、表層としてイソフタル酸(IA)を2モル%共重合したPET樹脂、下層としてイソフタル酸(IA)を15モル%共重合したPET樹脂、の二層を、層比4/1で積層したフィルムを使用した。樹脂ラミネート板の両面に50mg/mのパラフィンワックスを塗布し、ブランク径142mmで打ち抜き、1stカップを作製した。次いでこの1stカップを、製缶機械(BodyMaker)を用いて、リダクション率65%の350mL缶に加工した。作製した飲料缶の外面、缶壁部のフィルム剥離強度を180°ピール試験にて評価した。評価結果は表3のとおりであった。
【0070】
次いで同じ方法で作製した飲料缶を用いて飲料缶の外面、缶壁部のレトルト密着試験を行った。レトルト密着試験の評価結果は表3のとおりであった。
【0071】
(実施例2)
処理液の温度及び処理時間を表1のように変更した以外は、実施例1と同様に行った。結果を表2~3に示す。
【0072】
(実施例3)
処理液の温度及び処理条件、処理時間を表1のように変更した以外は、実施例1と同様に行った。結果を表2~3に示す。
【0073】
(実施例4)
処理条件を陽極電解処理とし、処理時間を表1のように変更した以外は、実施例1と同様に行った。結果を表2~3に示す。
【0074】
(実施例5)
処理時間を表1のように変更した以外は、実施例4と同様に行った。結果を表2~3に示す。
【0075】
(実施例6)
合金種A5021、質別H18、板厚0.25mmのアルミニウム基材を準備した。アルミニウム基材の圧延油を公知の方法により脱脂した後、98℃の0.004%の炭酸ナトリウム水溶液(処理液A-2)に15秒間浸漬処理した後、水洗を行わずにそのままローラーで絞りドライヤーで乾燥させて両面に水酸化アルミニウムを含む被膜が形成された表面処理アルミニウム板を得た。得られた表面処理アルミニウム板は実施例1と同様の評価を行った。結果を表2~3に示す。
【0076】
(実施例7)
処理液を0.001%の炭酸ナトリウム水溶液(処理液A-3)とし、処理時間を表1のように変更した以外は、実施例6と同様に行った。結果を表2~3に示す。
【0077】
(実施例8)
処理液を0.1%アルミン酸ナトリウム水溶液(処理液C-1)とし、処理液の温度、処理時間を表1のように変更した以外は、実施例3と同様に行った。結果を表2~3に示す。
【0078】
(実施例9)
合金種A3104、質別H19、板厚0.27mmのアルミニウム基材を準備した。アルミニウム基材の圧延油を公知の方法により脱脂した後、60℃の1%炭酸ナトリウム水溶液(処理液A-1)中で5秒間の陰極電解処理を行った。その後直ちに98℃のイオン交換水(処理液B)で2秒間洗浄してローラーで水を切り、ドライヤーで乾燥させて両面に水酸化アルミニウムを含む被膜が形成された表面処理アルミニウム板を得た。得られた表面処理アルミニウム板は実施例1と同様の評価を行った。結果を表2~3に示す。
【0079】
(実施例10)
処理後の水洗時間を表1のように変更した以外は、実施例9と同様に行った。結果を表2~3に示す。
【0080】
(実施例11)
処理液を0.5%アルミン酸ナトリウム水溶液(処理液C-2)に変更した以外は、実施例8と同様に行った。結果を表2~3に示す。
処理液C-2のpHは12.3であり、pHが12を超えると浸漬処理中に水酸化アルミニウムが形成されると同時にアルミニウム金属表面が過剰にエッチングされてしまい、肌荒れ状に急成長した針状組織が形成される。この場合、結晶質層の厚みが、非晶質層の厚みの20倍を超えてしまい、加工の際に生じた針状組織の固まりと非晶質層との段差によってフィルム剥離を生じるため、上記180°ピール試験の評価及びレトルト密着試験の評価は合格ではあったが、他の実施例に比して加工部の樹脂密着性が低下してしまう。
【0081】
(比較例1)
合金種A3104、質別H19、板厚0.27mmのアルミニウム基材を準備した。アルミニウム基材の圧延油を公知の方法により脱脂した後、表面処理を行わないまま、実施例1と同様の評価を行った。結果を表2~3に示す。
脱脂後に自然形成された被膜は酸化アルミニウムを主体とした被膜であり、酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)は1.6となった。この場合、レトルト時にアルミニウム板表層の被膜が水に溶解してしまうため、十分な樹脂密着性を得ることができない。
【0082】
(比較例2)
合金種A3104、質別H19、板厚0.27mmのアルミニウム基材を準備した。アルミニウム基材の圧延油を公知の方法により脱脂した後、60℃、0.5%の硫酸水溶液(処理液D)に2秒浸漬させた後、直ちに20℃のイオン交換水(処理液B)で0.5秒間洗浄してローラーで絞り、ドライヤーで乾燥させて表面処理アルミニウム板を得た。得られた表面処理アルミニウム板を実施例1と同様の評価を行った。結果を表2~3に示す。
酸洗処理はリン酸クロメート処理等の前工程として一般的に行われているが、酸性溶液に浸漬させる方法では水酸化アルミニウムを含む被膜がほとんど形成されず、酸化アルミニウムが主体の被膜となる。故に表面処理後の被膜の酸素元素及びアルミニウム元素の比(O/Al)は1.6となり、レトルト時にアルミニウム板表層の被膜が水に溶解してしまうため、十分な樹脂密着性を得ることができない。
【0083】
【表1】
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【0086】
以上の実施例及び比較例によれば、本実施例により製造された表面処理アルミニウム板は耐食性、加工追従性、及び、樹脂密着性を兼ね備えていることが示された。また、本実施例により製造された表面処理アルミニウム板は短い処理時間でも上記効果を達成できることが示された。一方で比較例の無処理又は表面処理アルミニウム板は要求される耐食性、加工追従性、及び、樹脂密着性のいずれかを満足できないことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0087】
以上説明したように、本発明の表面処理アルミニウム板は、食缶、飲料缶、バッテリーケース等の容器及びその蓋や、船舶用、航空機用、自動車用及び家電用構造部材、建築用構造部材、熱交換器部材など広い分野の産業への適用が可能である。
【符号の説明】
【0088】
100 表面処理アルミニウム板
10 アルミニウム基材
20 非晶質層
30 結晶質層
200 表面処理アルミニウム板
300 樹脂被覆表面処理アルミニウム板
40 樹脂層
図1
図2
図3
図4
図5