(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023010222
(43)【公開日】2023-01-20
(54)【発明の名称】高張力鋼板のプレス成形方法と高張力鋼板製プレス成形品
(51)【国際特許分類】
B21D 22/20 20060101AFI20230113BHJP
C23C 8/20 20060101ALI20230113BHJP
C23C 8/30 20060101ALI20230113BHJP
C23C 8/44 20060101ALI20230113BHJP
C23C 8/54 20060101ALI20230113BHJP
C23C 8/66 20060101ALI20230113BHJP
C23C 8/74 20060101ALI20230113BHJP
【FI】
B21D22/20 E
C23C8/20
C23C8/30
C23C8/44
C23C8/54
C23C8/66
C23C8/74
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021114205
(22)【出願日】2021-07-09
(71)【出願人】
【識別番号】000247971
【氏名又は名称】株式会社マルナカ
(74)【代理人】
【識別番号】100144749
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 正英
(74)【代理人】
【識別番号】100076369
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 正治
(72)【発明者】
【氏名】中島 一夫
【テーマコード(参考)】
4E137
4K028
【Fターム(参考)】
4E137AA02
4E137AA13
4E137AA17
4E137BA01
4E137BB01
4E137BC01
4E137CA09
4E137CA24
4E137DA04
4E137EA01
4E137GB01
4E137GB20
4K028AA01
4K028AA03
4K028AB01
4K028AC07
(57)【要約】
【課題】 引張強度が超高張力鋼板よりも低い高張力鋼板で、超高張力鋼板と同程度の引張強度、又は引張強度と表面硬度を備えたプレス成形品を成形する。
【解決手段】 本発明の高張力鋼板のプレス成形方法は、超高張力鋼板よりも引張強度が低い高張力鋼板を冷間プレス成形し、そのプレス成形品を浸炭処理又は浸炭窒化処理して、それら処理前の引張強度の2倍以上又は超高張力鋼板の引張強度と同程度又はそれ以上の引張強度を付加する方法である。本発明の超高張力鋼板製プレス成形品は、高張力鋼板のプレス成形方法により成形されたプレス成形品であり、材料が高張力鋼板であっても、浸炭処理又は浸炭窒処理前の引張強度の2倍以上又は超高張力鋼板の引張強度と同等又はそれ以上の引張強度を備えたプレス成形品である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
超高張力鋼板よりも引張強度が低い高張力鋼板を冷間プレス成形し、プレス成形品を浸炭処理又は浸炭窒化処理して、プレス成形品に浸炭処理又は浸炭窒化処理前の引張強度の2倍以上又は超高張力鋼板の引張強度と同程度又はそれ以上の引張強度を付加する、
ことを特徴とする高張力鋼板のプレス成形方法。
【請求項2】
超高張力鋼板よりも引張強度が低い高張力鋼板を冷間プレス成形し、プレス成形品を浸炭処理又は浸炭窒化処理して、プレス成形品に浸炭処理又は浸炭窒化処理前の引張強度の2倍以上又は超高張力鋼板の引張強度と同程度又はそれ以上の引張強度を付加し、浸炭処理又は浸炭窒化処理前の表面硬度と同程度又はそれ以上の表面硬度を付加する、
ことを特徴とする高張力鋼板のプレス成形方法。
【請求項3】
請求項1記載の高張力鋼板のプレス成形方法により成形された高張力鋼板製のプレス成形品であり、
浸炭処理又は浸炭窒化処理前の引張強度の2倍以上又は超高張力鋼板の引張強度と同程度又はそれ以上の引張強度を備えた、
ことを特徴とする高張力鋼板製プレス成形品。
【請求項4】
請求項2記載の高張力鋼板のプレス成形方法により成形された高張力鋼板製のプレス成形品であり、
浸炭処理又は浸炭窒化処理前の引張強度の2倍以上又は超高張力鋼板の引張強度と同程度又はそれ以上の引張強度と、浸炭処理又は浸炭窒化処理前の表面硬度と同程度又はそれ以上の表面硬度を備えた、
ことを特徴とする高張力鋼板製プレス成形品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高張力鋼(ハイテン鋼:ハイテン材:High Tensile Strength Steel:HTSS)のプレス成形方法と、その方法で成形された高張力鋼板製プレス成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイテン鋼は低炭素鋼にクロム(Cr)、ニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)などを添加した材料であり、添加する元素の種類によっていくつかの種類がある。ハイテン鋼は通常の鋼と比べて引張強度が高く、板厚を薄くしても強度を確保できることから軽量化ができる。炭素含有量が少ないため溶接時に熱の影響による硬化が少ない。非調質鋼であるため価格も安いといった利点がある。
【0003】
近年、地球環境の改善を目指して、国際的に二酸化炭素(CO2)の削減が求められており、自動車業界に対してもCO2の排出量の削減が求められている。自動車業界のCO2削減に向けた取り組みとして、ハイブリッド車(HA車)、プラグインハイブリッド車(PHEV車)、電気自動車(EV車)の開発が進められている。これに伴って、走行距離の向上、燃費向上、操作性等の面から自動車部品には軽量化が求められている。ハイテン鋼はこれら要請に適応する自動車部品材料である。
【0004】
高張力鋼は前記したような利点がある反面、引張強度が強く、硬いためにプレス加工しにくいという難点がある。
【0005】
高張力鋼板には引張強度の異なるものが各種ある。自動車部品用の高張力鋼板には冷間圧延鋼板(SPCC:Steel Plate Cold Commercial )と熱間圧延鋼板(SPHC:Steel Plate Hot Commercial )が有り引張強度が270~780MPaのものがある。引張強度の特に高い高張力鋼板は超高張力鋼板(ウルトラハイテン鋼板)と呼ばれている。超高張力鋼板の特定された定義はないが、一般的には引張強度980MPa以上といわれている。
【0006】
引張強度が比較的低いSPCC780及びSPHC780以下の高張力鋼板は一般の冷間プレスで成形(加工)できるが、超高張力鋼板は一般の冷間プレス成形では曲げ、穴あけ、絞り等のプレス成形が困難である。曲げ加工の場合はプレス成形品が欠けたり、亀裂が入ったりし易く(破断し易く)、成形除荷時の弾性回復で成形品が戻る(スプリングバックする)こともあるため寸法精度不良が出やすい。孔あけの場合はバリが出やすい。いずれの場合も、金型が摩耗し易く、折損もし易く、金型の寿命が短くなる。このため、引張強度、表面硬度が特に高い超高張力鋼板は熱間プレス成形(ホットスタンプ成形)されていることが多い。
【0007】
熱間プレス成形では、超高張力鋼板を900℃程度に加熱してからプレス成形し、成形後に急速に冷却して焼き入れしているため、作業工程が多く、作業に手間が掛り、生産スピードが遅く(生産性が低く)、コスト高になるといった難点がある。また、焼き入れ後の成形品は高硬度になるため、プレス成形後のトリミングやピアッシングといった加工がしにくく、レーザー加工が必要になることがある。この場合、レーザー加工設備の導入に伴うイニシャルコスト、その使用に伴うランニングコストが嵩むといった難点もある。
【0008】
前記難点を解消すべく、金型内で鋼板を直接水冷する方法が開発されている(非特許文献1)。この方法によれば、常温で焼き入れするよりも生産性を3倍に上げることができるとのことである。しかし、この方法はあくまでも熱間プレス成形である。冷間プレス成形で生産性を向上させる方法は本件出願人の知る限りにおいては知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】ユニプレス株式会社 2013年5月20日ニュースリリース(https://www.unipres.co.jp/asset/3912/view)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の解決課題は、引張強度が超高張力鋼板よりも低い高張力鋼板を使用して、引張強度を高めること、好ましくは2倍以上又は超高張力鋼板の引張強度と同程度又はそれ以上に向上させることにある。ここでいう超高張力鋼板の引張強度と同程度とは、一般的に超高張力鋼板といわれている引張強度980MPa程度をいう(以下において同じ。)。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の高張力鋼板のプレス成形方法は、引張強度が超高張力鋼板よりも低い高張力鋼板を、冷間プレス成形し、成形されたプレス成形品を浸炭処理又は浸炭窒化処理して、プレス成形品の少なくとも引張強度を、浸炭処理又は浸炭窒化処理前の引張強度の2倍以上好ましくは超高張力鋼板の引張強度と同程度又はそれ以上に向上させることを特徴とするプレス成形方法である。ここでいう、浸炭処理又は浸炭窒化処理とは汎用の各種浸炭処理又は浸炭窒化処理をいう(以下において同じ。)。
【0012】
本発明の高張力鋼板製プレス成形品は、高張力鋼板を本発明のプレス成形方法により成形したプレス成形品であり、浸炭処理又は浸炭窒化処理して、それら処理前の引張強度の2倍以上好ましくは超高張力鋼板の引張強度と同程度又はそれ以上の引張強度を備えたものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の高張力鋼板のプレス成形方法は、超高張力鋼板よりも引張強度が低い高張力鋼板を使用するので、冷間プレス成形でも容易に成形でき、熱間プレス成形に比して成形作業が容易であり、生産性が向上するので、コスト低減が可能となる。プレス成形による欠けや亀裂が少なく、寸法精度の高い成形を行うことができる。トリミングなどの後加工をプレス成形で行うことができるので、レーザー加工機を導入する必要がなく、イニシャルコスト、ランニングコストの嵩みもない。金型の摩耗、損傷も少ない。焼き入れ、焼き戻し等の工程を必要としないので生産性が向上し、コストも低減する。
【0014】
本発明の高張力鋼板製プレス成形品は、高張力鋼板であっても、少なくとも引張強度が浸炭処理又浸炭窒化処理前の引張強度の2倍以上又は超高張力鋼板の引張強度と同程度又はそれ以上であるため、欠けや亀裂がなく、寸法精度が高く、トリミング、その他の後加工が容易である。板厚が薄くても前記引張強度を維持できるので軽量になる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の浸炭窒化処理したプレス成形品の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(高張力鋼板のプレス成形方法の実施形態)
本発明の高張力鋼板のプレス成形方法は、超高張力鋼板よりも引張強度が低い高張力鋼板を冷間プレス成形し、プレス成形品を浸炭処理(浸炭焼き入れ)又は浸炭窒化処理(浸炭窒化焼き入れ)して、引張強度を前記処理前の引張強度の2倍以上又は超高張力鋼板の引張強度と同程度又はそれ以上にする方法である。
【0017】
[浸炭処理]
浸炭処理は汎用の浸炭処理であり、プレス成形品の表面に炭素を拡散浸透させ、その後に、焼き入れ、焼き戻しを行って、プレス成形品の引張強度を向上させる方法である。この場合、焼き入れによりプレス成形品の表面硬度も向上する。
【0018】
[浸炭窒化処理]
浸炭窒化処理は汎用の浸炭窒化処理であり、プレス成形品の表面に炭素と窒素を同時に拡散浸透させ、その後に、焼き入れ、焼き戻しを行って、プレス成形品の引張強度を向上させる方法である。この場合も、焼き入れによりプレス成形品の表面硬度も向上する。
【0019】
浸炭処理、浸炭窒化処理のいずれの場合も、固体浸炭、液体浸炭、滴下式浸炭、ガス浸炭、真空浸炭、プラズマ浸炭等の各種浸炭処理があるが、本発明における浸炭処理、浸炭窒化処理はこれらいずれの浸炭処理、浸炭窒化処理であってもよく、可能であれば他の条件での浸炭処理、浸炭窒化処理であってもよい。
【0020】
本発明では、浸炭処理による炭素の拡散浸透の深さ(浸炭深さ)、浸炭窒化処理による炭素及び窒素の拡散浸透の深さ(浸炭窒化深さ)、引張強度等はプレス成形品の用途、プレス成形品に要求される仕様に応じて設定する。表面硬度も同様とすることができる。
【0021】
自動車、工作機械、各種産業用機器の部品、特に、自動車部品には、軽量化、強靭性等の面から、高張力鋼板を材料とした部品が要求される。本発明の高張力鋼板のプレス成形方法は、板厚を薄くしても、引張強度を超高張力鋼板の引張強度と同等又はそれ以上とすることができるので、自動車部品のプレス成形に特に好適である。
【0022】
(本発明における浸炭窒化処理と高張力鋼板製プレス成形品の実施形態)
板厚2mmのSPHC270の高張力鋼板と、板厚2mmのSPHC590の高張力鋼板の夫々を、冷間プレス成形で自動車部品を成形し、成形したプレス成形品1に汎用の浸炭窒化装置を使用して、本発明における浸炭窒化方法で浸炭窒化処理を行って、プレス成形品1の表裏両面から板厚方向に炭素及び窒素を浸透させた(
図1)。
【0023】
[本発明における浸炭窒化方法]
本発明における浸炭窒化方法の一例を
図2に示す。
図2の実施形態では、880℃で30分パージ、130分浸炭、その後に15分で840℃になるまで焼き入れし、60℃で油焼き入れ(OQ:OIL Quench)し、その後に180℃で90分焼き戻しを行ってから、空気冷却(AC)した。15分で840℃になるまで焼き入れしたのは、プレス成形品の歪発生を防止するためである。この実施形態(
図2)では拡散は行っていないが、本発明における浸炭窒化処理では、必要に応じて拡散を行うことができ、その温度、時間等は、浸炭窒化処理の目的に応じて任意に設定可能である。前記浸炭窒化処理により得られたSPHC270のプレス成形品とSPHC590のプレス成形品は次のような特性を備えた。
【0024】
[浸炭深さ、表面硬度]
浸炭深さ、表面硬度は表1のとおりであった。表面硬度については浸炭窒化処理したプレス成形品の3箇所を測定した。3箇所の表面硬度は大差なく、略均一であった。
【0025】
【0026】
[硬度分布]
浸炭窒化処理後の硬度分布(高張力鋼板の表面からの深さ方向の硬度分布)、芯部硬度は表2のとおりであった。
【0027】
【表2】
芯部硬度は浸炭窒化後の硬度であるが、本発明における浸炭窒化処理では、炭素、窒素が芯部2(
図1)まで浸透しないので、浸炭窒化処理前と同じ(ほとんど同じ)である。
【0028】
浸炭窒化処理後の引張強度は表3のとおりであった。
【表3】
【0029】
表3より、高張力鋼板SPHC270のプレス成形品、高張力鋼板SPHC590のプレス成形品のいずれも、浸炭窒化処理後の引張強度は浸炭窒化処理前の2~3倍以上になった。特に、高張力鋼板SPHC590では1227~1320MPaとなり、超高張力鋼板の引張強度と同程度又はそれ以上となった。
【0030】
[浸炭処理]
本発明者らは、浸炭処理については実験を行っていないが、浸炭処理は、基本的には、浸炭窒化処理と同じであり、異なるのは、窒素浸透の有無であるため、処理後の引張強度、表面硬度、硬度分布等は浸炭窒化の場合と略同程度の効果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
前記実施形態はあくまでも本発明の一例である。本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、浸炭処理する高張力鋼板の板厚、プレス成形品に要求される仕様、その他の条件に合わせて、浸炭処理又は浸炭窒化処理の環境、条件、それら処理に使用する装置等は変えることができる。
【0032】
本発明の高張力鋼板のプレス成形方法は自動車部品に限らず、工作機械、各種産業用機器等の金属部品の成形にも利用できる。
【符号の説明】
【0033】
1 プレス成形品
2 芯部