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特開2023-102254積層造形用ワイヤ、積層造形物、および積層造形方法
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  • 特開-積層造形用ワイヤ、積層造形物、および積層造形方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023102254
(43)【公開日】2023-07-24
(54)【発明の名称】積層造形用ワイヤ、積層造形物、および積層造形方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20230714BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20230714BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20230714BHJP
【FI】
B23K35/30 340A
C21D9/00 Z
B33Y70/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022168584
(22)【出願日】2022-10-20
(31)【優先権主張番号】P 2022002134
(32)【優先日】2022-01-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山下 正和
(72)【発明者】
【氏名】舘 和希
(72)【発明者】
【氏名】大▲崎▼ 元嗣
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA24
4K042AA26
4K042BA03
4K042BA06
4K042BA10
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA04
4K042CA05
4K042CA07
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA11
4K042CA12
4K042CA14
4K042CA16
4K042DA06
4K042DB03
4K042DB04
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DE03
4K042DE05
4K042DE06
(57)【要約】
【課題】積層造形を行った際に、オーステナイト相とフェライト相をバランス良く含む二相ステンレス鋼よりなる積層造形物を与える積層造形用金属ワイヤ、またそのような積層造形用ワイヤを用いた積層造形物、および積層造形方法を提供する。
【解決手段】質量%で、0%<Si≦2.0%、0%<Mn≦6.0%、3.0%≦Ni≦15.0%、20.0%≦Cr≦30.0%、1.0%≦Mo≦5.0%、0%<N≦0.50%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、C≦0.10%であり、Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5(Nb+W)+2(Ti+Al)、Nieq=Ni+30C+20N+0.5(Mn+Cu+Co)、A=-16.2+6.3Creq-9.3Nieqとして、27<A<67である、積層造形用ワイヤとする。ここで、CreqおよびNieqの定義式において、各元素記号は、質量%を単位とした各元素の含有量を示す。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
0%<Si≦2.0%、
0%<Mn≦6.0%、
3.0%≦Ni≦15.0%、
20.0%≦Cr≦30.0%、
1.0%≦Mo≦5.0%、
0%<N≦0.50%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、
C≦0.10%であり、
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5(Nb+W)+2(Ti+Al)、
Nieq=Ni+30C+20N+0.5(Mn+Cu+Co)、
A=-16.2+6.3Creq-9.3Nieqとして、
27<A<67である、積層造形用ワイヤ。
ここで、CreqおよびNieqの定義式において、各元素記号は、質量%を単位とした各元素の含有量を示す。
【請求項2】
さらに、質量%で、
0.01%≦Cu≦6.0%、
0%<Co≦5.0%、
0%<W≦5.0%、
0%<Al≦0.30%、
0%<Ti≦0.50%、
0%<Nb≦4.0%、
0%<Mg≦0.0050%
から選択される少なくとも1種を含有する、請求項1に記載の積層造形用ワイヤ。
【請求項3】
1200℃から800℃における最遅冷却速度を10℃/s以上140℃/s以下として形成した積層造形物において、フェライト量が30体積%以上70体積%以下となる、請求項1または請求項2に記載の積層造形用ワイヤ。
【請求項4】
PREN=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16Nとしとして算出される耐孔食指数PRENと、
1200℃から800℃における最遅冷却速度を10℃/s以上140℃/s以下として形成した積層造形物の臨界孔食温度CPTとが、
CPT/PREN≧0.7の関係を満たす、請求項1または請求項2に記載の積層造形用ワイヤ。
ここで、PRENの定義式において、各元素記号は、質量%を単位とした各元素の含有量を示す。
【請求項5】
ソリッドワイヤまたはメタルコアードワイヤである、請求項1または請求項2に記載の積層造形用ワイヤ。
【請求項6】
CuまたはCu合金より構成される被覆層を外周に有する、請求項1または請求項2に記載の積層造形用ワイヤ。
【請求項7】
請求項1または請求項2に記載に積層造形用ワイヤを用いて構成された、積層造形物。
【請求項8】
フェライト量が30体積%以上70体積%以下である、請求項7に記載の積層造形物。
【請求項9】
請求項1または請求項2に記載の積層造形用ワイヤを用いて積層造形を行う、積層造形方法。
【請求項10】
1200℃から800℃における最遅冷却速度を10℃/s以上140℃/s以下として積層造形を行う、請求項9に記載の積層造形方法。
【請求項11】
製造された積層造形物に対して、800℃以上1200℃以下の温度で熱処理を行う、請求項9に記載の積層造形方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層造形用ワイヤ、積層造形物、および積層造形方法に関し、さらに詳しくは、金属の積層造形に用いられる積層造形用ワイヤ、およびそれを用いた積層造形物および積層造形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
三次元構造物を製造する新しい技術として、積層造形技術の発展が近年著しい。金属材料を用いた積層造形技術として、金属粉末を用いるものと、金属ワイヤを用いるものが代表的である。金属ワイヤを用いた積層造形においては、金属ワイヤをアークやレーザ光によって溶融させ、凝固して形成される造形層を、三次元的に積層することで、所望の形状への造形を行う。
【0003】
積層造形用の金属ワイヤとして、ステンレス鋼よりなるものが、しばしば用いられる。得られる積層造形物において、機械的強度等、所望の特性を得る観点から、積層造形用のステンレス鋼よりなるワイヤの成分組成が検討されている。例えば、下記の特許文献1に、溶着時に安定的にほぼオーステナイト単相を得られる溶着積層造形用の金属ワイヤが開示されている。また、特許文献2に、マルテンサイト組織が常に現れるように成分調整された溶着積層造形用の金属ワイヤが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2020-164882号公報
【特許文献2】特開2020-147785号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ステンレス鋼よりなる金属ワイヤを用いて積層造形を行う場合に、得られる積層造形物の特性は、積層造形物中の金属組織の状態に大きく依存する。よって、積層造形物において、所望の特性を得る観点から、金属組織を制御することが重要となる。特許文献1では、オーステナイト単相、特許文献2ではマルテンサイト組織を得る観点から、金属ワイヤの成分組成を設定している。また、二相ステンレス鋼よりなるワイヤを積層造形に用い、耐孔食性および高強度等、二相ステンレス鋼が有する特性を積層造形物において発現させることも検討されている。
【0006】
しかし、積層造形の原料となる金属ワイヤとして、二相ステンレス鋼を用いたとしても、積層造形のプロセスにおいて、加熱、冷却等の熱履歴の影響で、オーステナイト相とフェライト相の相比が変化してしまい、所望の金属組織や特性を得ることは難しい。特に、積層造形を経ることで、オーステナイト組織が過多となり、積層造形物の耐孔食性が低くなりやすい。得られた積層造形物に対して熱処理を施せば、オーステナイト相とフェライト相の相比を調整することもできるが、通常、相比の調整には、1350℃以上での熱処理が必要となり、工業的な実用性に乏しい。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、積層造形を行った際に、オーステナイト相とフェライト相をバランス良く含む二相ステンレス鋼よりなる積層造形物を与える積層造形用金属ワイヤ、またそのような積層造形用ワイヤを用いた積層造形物、および積層造形方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1]上記課題を解決するため、本発明にかかる積層造形用ワイヤは、質量%で、0%<Si≦2.0%、0%<Mn≦6.0%、3.0%≦Ni≦15.0%、20.0%≦Cr≦30.0%、1.0%≦Mo≦5.0%、0%<N≦0.50%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、C≦0.10%であり、Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5(Nb+W)+2(Ti+Al)、Nieq=Ni+30C+20N+0.5(Mn+Cu+Co)、A=-16.2+6.3Creq-9.3Nieqとして、27<A<67である。ここで、CreqおよびNieqの定義式において、各元素記号は、質量%を単位とした各元素の含有量を示す。
【0009】
[2]上記[1]の態様において、前記積層造形用ワイヤはさらに、質量%で、0.01%≦Cu≦6.0%、0%<Co≦5.0%、0%<W≦5.0%、0%<Al≦0.30%、0%<Ti≦0.50%、0%<Nb≦4.0%、0%<Mg≦0.0050%から選択される少なくとも1種を含有するとよい。
【0010】
[3]上記[1]または[2]の態様において、1200℃から800℃における最遅冷却速度を10℃/s以上140℃/s以下として形成した積層造形物において、フェライト量が30体積%以上70体積%以下となるとよい。
【0011】
[4]上記[1]から[3]のいずれか1つの態様において、PREN=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16Nとしとして算出される耐孔食指数PREN(Pitting Resistance Equivalent Number)と、1200℃から800℃における最遅冷却速度を10℃/s以上140℃/s以下として形成した積層造形物の臨界孔食温度CPT(Critical Pitting Temperature)とが、CPT/PREN≧0.7の関係を満たすとよい。ここで、PRENの定義式において、各元素記号は、質量%を単位とした各元素の含有量を示す。
【0012】
[5]上記[1]から[4]のいずれか1つの態様において、前記積層造形用ワイヤは、ソリッドワイヤまたはメタルコアードワイヤであるとよい。
【0013】
[6]上記[1]から[5]のいずれか1つの態様において、前記積層造形用ワイヤは、CuまたはCu合金より構成される被覆層を外周に有するとよい。
【0014】
[7]本発明にかかる積層造形物は、上記[1]から[6]のいずれか1つの態様にかかる積層造形用ワイヤを用いて構成されたものである。
【0015】
[8]上記[7]の態様において、前記積層造形物において、フェライト量が30体積%以上70体積%以下であるとよい。
【0016】
[9]本発明にかかる積層造形方法は、上記[1]から[6]のいずれか1つの態様にかかる積層造形用ワイヤを用いて積層造形を行うものである。
【0017】
[10]上記[9]の態様において、1200℃から800℃における最遅冷却速度を10℃/s以上140℃/s以下として積層造形を行うとよい。
【0018】
[11]上記[9]または[10]の態様において、製造された積層造形物に対して、800℃以上1200℃以下の温度で熱処理を行うとよい。
【発明の効果】
【0019】
上記[1]の構成を有する本発明にかかる積層造形用ワイヤは、上記成分組成を有することにより、積層造形を行った際に、オーステナイト相とフェライト相をバランス良く含む二相ステンレス鋼よりなる積層造形物を与えるものとなる。特に、フェライト相をおおむね30~70体積%含む二相ステンレス鋼を与えるものとなり、オーステナイト相およびフェライト相の含有過多が避けられることで、高い耐孔食性を与えるものとなる。
【0020】
上記[2]の態様においては、積層造形用ワイヤがさらに、質量%で、上記の量のCu、Co、W、Al、Ti、Nb、Mgから選択される少なくとも1種を含有する。Cu、Coの少なくとも一方を含有する場合には、オーステナイト相が安定に生成し、積層造形物の強度向上に高い効果を示す。また、W、Al、Ti、Nbから選択される少なくとも1種を含有する場合には、フェライト相が安定に生成し、積層造形物の強度および耐孔食性の向上、また組織の微細化に高い効果を示す。Mgも、組織の微細化に効果を有する。
【0021】
上記[3]の態様においては、1200℃から800℃における最遅冷却速度を10℃/s以上140℃/s以下として形成した積層造形物において、フェライト量が30体積%以上70体積%以下となることで、積層造形物において、オーステナイト相とフェライト相をバランス良く含む二相ステンレス鋼の組織が得られる。積層造形を行う際に、先に形成された造形層の上層に、次の造形層が積層されるため、各造形層が冷却されにくくなり、冷却速度が遅くなることで、オーステナイト相が生成しやすい傾向があるが、本発明の積層造形用ワイヤを用いることで、冷却速度が遅い場合にも、オーステナイト相の生成過多を抑えることができる。
【0022】
上記[4]の態様においては、耐孔食指数PRENと臨界孔食温度CPTとが、CPT/PREN≧0.7の関係を満たすことから、積層造形用ワイヤの合金組成から予測される耐孔食性と、実際の耐孔食性がよく対応していることになる。本発明にかかる積層造形用ワイヤは、上記の組成を有し、オーステナイト相とフェライト相をバランス良く含でいることと対応して、合金組成から予測される耐孔食性をよく反映する適正な組織を有するものとなる。
【0023】
上記[5]の態様においては、積層造形用ワイヤが、ソリッドワイヤまたはメタルコアードワイヤであることで、積層造形用ワイヤを実際の積層造形に好適に使用することができる。
【0024】
上記[6]の態様においては、積層造形用ワイヤの外周に、CuまたはCu合金より構成される被覆層が設けられることにより、被覆層が積層造形用ワイヤの送給性を高める役割を果たし、積層造形用ワイヤの送給をスムーズに行うことができる。また、ワイヤ送給時に、溶接トーチの先端の溶接チップ等、積層造形装置の構成部材の損耗が抑制される。
【0025】
上記[7]の構成を有する本発明にかかる積層造形物は、上記の積層造形用ワイヤを用いて構成されることで、オーステナイト相とフェライト相をバランス良く含む二相ステンレス鋼の組織を有するものとなる。その結果、積層造形物は、高い耐孔食性等、二相ステンレス鋼に特徴的な特性を示すものとなる。
【0026】
上記[8]の態様においては、積層造形物において、フェライト量が30体積%以上70体積%以下であることで、オーステナイト相とフェライト相をバランス良く含む二相ステンレス鋼の組織が得られる。とりわけ、オーステナイト相の含有過多による耐孔食性の低下を避けることができる。
【0027】
上記[9]の構成を有する本発明にかかる積層造形方法においては、上記の積層造形用ワイヤを用いて積層造形を行うものであり、積層造形時の熱履歴による相比への影響を低減して、オーステナイト相とフェライト相をバランス良く含んだ二相ステンレス鋼よりなる積層造形物を与えるものとなる。
【0028】
上記[10]の態様においては、1200℃から800℃における最遅冷却速度を10℃/s以上140℃/s以下として積層造形を行うことで、オーステナイト相を30~70体積%含み、高い耐孔食性を有する積層造形物を好適に製造することができる。
【0029】
上記[11]の態様においては、製造された積層造形物に対して、800℃以上1200℃以下の温度で熱処理を行うことで、熱処理によって、積層造形物におけるオーステナイト相とフェライト相の相比を調整することができる。従来、二相ステンレス鋼の相比の調整のための熱処理は、1350℃以上の高温で行っており、それよりも低い温度で熱処理を行うことになる。熱処理温度を低くすることで、熱処理時に発生する熱応力による積層造形物の変形を抑制することができる。本発明の積層造形用ワイヤを用いて得られる積層造形物においては、オーステナイト相とフェライト相の間の変態温度が低いため、800℃以上1200℃以下の熱処理により、1:1またはそれに近い相比への調整を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】二相ステンレス鋼の組織予測図の概略である。
図2】金属ワイヤを用いた積層造形について説明する模式図である。
図3】積層造形中の積層造形物の温度の時間変化について、一例を示す図である。
図4】複数の合金種よりなる積層造形用ワイヤを用いて積層造形を行う場合について、最遅冷却速度とオーステナイト量の関係を示す図である。
図5】2種の試料について、熱処理温度とオーステナイト量の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下に、本発明の実施形態にかかる積層造形用ワイヤ、積層造形物、および積層造形方法について詳細に説明する。本明細書において、合金の成分組成を示す単位は、質量%とする。また、金属相の存在量を示す単位は、体積%とする。合金の成分組成について、各元素の含有量の関係性を示す式において、各元素記号は、質量%を単位とした各元素の含有量を示すものとする。
【0032】
[積層造形用ワイヤ]
まず、本発明の一実施形態にかかる積層造形用ワイヤ(以下、金属ワイヤと称する場合がある)について説明する。本発明の一実施形態にかかる積層造形用ワイヤは、積層造形の原料として用いられるものであり、下に説明する成分組成を有することに対応して、製造される積層造形物が、オーステナイト相(γ相)とフェライト相(α相)を含んだ二相ステンレス鋼(SUS)より構成されるものとなる。
【0033】
(成分組成)
本発明の一実施形態にかかる積層造形用ワイヤは、以下に挙げる元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる。添加元素の種類、成分比、および限定理由などは、以下のとおりである。
【0034】
・0%<Si≦2.0%
Siは、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、フェライト相を安定に生成させるものとなり、積層造形物の強度および耐孔食性を向上させるのに効果を有する。Siは少量でも上記の効果を示すため、含有量に下限は特に設けられず、0%<Siであればよい。上記の効果をさらに高める観点から、0.30%≦Si、また0.40%≦Siであると、さらに好ましい。
【0035】
一方、Siが多量に含有されると、積層造形物においてフェライト相が過剰となり、二相SUSとしての特性がかえって得られにくくなる。また、酸化スラグが過剰に生成し、造形物の形状が悪化する。そこで、フェライト量を適度な範囲に抑えるとともに、造形性を維持する観点から、Si≦2.0%とされる。さらに好ましくは、Si≦1.5%であるとよい。
【0036】
・0%<Mn≦6.0%
Mnは、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、オーステナイト相を安定に生成させるものとなり、積層造形物の強度を向上させるのに効果を有する。Mnは少量でも上記の効果を示すため、含有量に下限は特に設けられず、0%<Mnであればよい。上記の効果をさらに高める観点から、0.30%≦Mn、また0.60%≦Mnであると、さらに好ましい。
【0037】
一方、Mnが多量に含有されると、積層造形物においてオーステナイト相が過剰となる。また、Mnを過剰に添加するとスラグが生成し、造形性が悪化する。そこで、オーステナイト量を適度な範囲に抑え、積層造形物において高強度と高耐孔食性を両立するとともに、造形性を維持する観点から、Mn≦6.0%とされる。さらに好ましくは、Mn≦2.0%であるとよい。
【0038】
・3.0%≦Ni≦15.0%
Niも、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、オーステナイト相を安定に生成させるものとなり、積層造形物の強度を向上させるのに効果を有する。それらの効果を十分に得る観点から、Niの含有量は、3.0%≦Niとされる。それらの効果をさらに高める観点から、4.0%≦Niであると、さらに好ましい。
【0039】
一方、Niが多量に含有されると、積層造形物においてオーステナイト相が過剰となる。そこで、オーステナイト量を適度な範囲に抑え、積層造形物において高強度と高耐孔食性を両立する観点から、Ni≦15.0%とされる。さらに好ましくは、Ni≦10.0%であるとよい。
【0040】
・20.0%≦Cr≦30.0%
Crは、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、フェライト相を安定に生成させるものとなり、積層造形物の強度および耐孔食性を向上させるのに効果を有する。それらの効果を十分に得る観点から、Crの含有量は、20.0%≦Crとされる。それらの効果をさらに高める観点から、23.0%≦Crであると、さらに好ましい。
【0041】
一方、Crが多量に含有されると、積層造形物においてフェライト相が過剰となり、二相SUSとしての特性がかえって得られにくくなる。そこで、フェライト量を適度な範囲に抑える観点から、Cr≦30.0%とされる。さらに好ましくは、Cr≦27.0%であるとよい。
【0042】
・1.0%≦Mo≦5.0%
Moも、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、フェライト相を安定に生成させるものとなり、積層造形物の強度および耐孔食性を向上させるのに効果を有する。それらの効果を十分に得る観点から、Moの含有量は、1.0%≦Moとされる。それらの効果をさらに高める観点から、2.0%≦Moであると、さらに好ましい。
【0043】
一方、Moが多量に含有されると、積層造形物においてフェライト相が過剰となり、二相SUSとしての特性がかえって得られにくくなる。そこで、フェライト量を適度な範囲に抑える観点から、Mo≦5.0%とされる。さらに好ましくは、Mo≦4.0%であるとよい。
【0044】
・0%<N≦0.50%
Nは、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、オーステナイト相を安定に生成させるものとなり、積層造形物の強度を向上させるのに効果を有する。Nは少量でも上記の効果を示すため、含有量に下限は特に設けられず、0%<Nであればよい。上記の効果をさらに高める観点から、0.10%≦N、また0.15%≦Nであると、さらに好ましい。
【0045】
一方、Nが多量に含有されると、積層造形物においてオーステナイト相が過剰となる。また、Nの過剰添加により、積層造形物中にブローホールが発生する。そこで、オーステナイト量を適度な範囲に抑え、積層造形物において高強度と高耐孔食性を両立するとともに、ブローホールの生成を抑制する観点から、N≦0.50%とされる。さらに好ましくは、N≦0.40%であるとよい。
【0046】
本実施形態にかかる金属ワイヤは、上記所定量のSi、Mn、Ni、Cr、Mo、Nを含有し、残部は、Feと不可避的不純物よりなる。ここで、不可避的不純物として含有されうるCは、以下の含有量に制限される。
【0047】
・C≦0.10%
Cは、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、少量でも、オーステナイト相の生成を促進するものとなる。そこで、オーステナイトの過剰生成を避ける観点から、Cの含有量は、C≦0.10%に抑えられる。さらに好ましくは、C≦0.05%であるとよい。
【0048】
さらに、本実施形態にかかる金属ワイヤにおいては、不可避的不純物として含有されうるP、S、Oの含有量が、以下の範囲に制限されていることが好ましい。
【0049】
・P≦0.050%
・S≦0.050%
PおよびSは、原料等に起因して、金属ワイヤに不可避的に混入されるものであるが、ともに0.050%以下の含有量であれば、製造される積層造形用ワイヤにおいて、金属組織の状態に顕著な影響を与えない。
【0050】
・O≦0.20%
Oも、原料等に起因して、金属ワイヤに不可避的に混入されるものである。Oが含有されると、金属組織の微細化が起こりやすくなり、強度向上につながるが、スラグが形成し、積層造形物の耐孔食性を劣化させる。そこで、Oが0.20%以下の含有量に抑えられていれば、製造される積層造形物において、スラグ形成を制限でき、造形形状を保ちやすくなる。
【0051】
C、P、S、O以外に、金属ワイヤに含有されうる不可避的不純物としては、希土類元素、Sn、Bi、B、Zr、H、Ca等が想定される。それらの元素の含有量は、希土類元素、Sn、Bi、B、Zr、H、Caの合計量で、0.01%以下に抑えられていることが好ましい。
【0052】
本実施形態にかかる金属ワイヤは、上述した必須元素に加えて、さらに、以下の元素から選択される1種または2種以上の元素を任意に含有していてもよい。以下に列挙するそれぞれ所定量の各添加元素のうち、Cu、Coの少なくとも一方を金属ワイヤが含有する場合には、オーステナイト相が安定に生成し、積層造形物の強度向上に高い効果を示す。また、金属ワイヤがW、Al、Ti、Nbから選択される少なくとも1種を含有する場合には、フェライト相が安定に生成し、積層造形物の強度および耐孔食性の向上、また組織の微細化に高い効果を示す。金属ワイヤがMgを含有する場合にも、組織の微細化の効果が得られる。
【0053】
・0.01%≦Cu≦6.0%
Cuは、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、オーステナイト相を安定に生成させるものとなり、積層造形物の強度を向上させるのに効果を有する。Cuは少量でも上記の効果を示すため、0.01%≦Cuであればよい。上記の効果をさらに高める観点から、0.03%≦Cuであると、さらに好ましい。なお、金属ワイヤは、0.01%以上の濃度でCuを含有しない場合でも、不可避的不純物として、0.01%よりも少量のCuを含んでもよい。
【0054】
一方、Cuが多量に含有されると、積層造形物においてオーステナイト相が過剰となる。そこで、オーステナイト量を適度な範囲に抑え、積層造形物において高強度と高耐孔食性を両立する観点から、Cu≦6.0%とされる。さらに好ましくは、Cu≦2.0%であるとよい。
【0055】
・0%<Co≦5.0%
Coは、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、オーステナイト相を安定に生成させるものとなり、積層造形物の強度を向上させるのに効果を有する。Coは少量でも上記の効果を示すため、含有量に下限は特に設けられず、0%<Coであればよい。上記の効果をさらに高める観点から、0.30%≦Coであると、さらに好ましい。
【0056】
一方、Coが多量に含有されると、積層造形物において、オーステナイト相が過剰となる。オーステナイト量を適度な範囲に抑え、積層造形物において高強度と高耐孔食性を両立する観点から、Co≦5.0%とされる。さらに好ましくは、Co≦1.0%であるとよい。
【0057】
・0%<W≦5.0%
Wは、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、フェライト相を安定に生成させるものとなり、積層造形物の強度および耐孔食性を向上させるのに効果を有する。Wは少量でも上記の効果を示すため、含有量に下限は特に設けられず、0%<Wであればよい。上記の効果をさらに高める観点から、0.10%≦Wであると、さらに好ましい。
【0058】
一方、Wが多量に含有されると、積層造形物においてフェライト相が過剰となり、二相SUSとしての特性がかえって得られにくくなる。また、加工性が悪くなる。そこで、フェライト量を適度な範囲に抑える観点および加工性を維持する観点から、W≦5.0%とされる。さらに好ましくは、W≦4.0%であるとよい。
【0059】
・0%<Al≦0.30%
・0%<Ti≦0.50%
AlおよびTiも、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、フェライト相を安定に生成させるものとなり、積層造形物の強度および耐孔食性を向上させるのに効果を有する。また、AlおよびTiは、積層造形物において、金属組織を微細化する効果を有する。金属組織が微細化されることで、積層造形物の強度の向上に効果を有する。AlおよびTiは少量でもそれら効果を示すため、含有量に下限は特に設けられず、0%<Al、また0%<Tiであればよい。上記の効果をさらに高める観点から、0.02%≦Al、また0.02%≦Tiであると、さらに好ましい。
【0060】
一方、AlおよびTiが多量に含有されると、積層造形物においてフェライト相が過剰となり、二相SUSとしての特性がかえって得られにくくなる。組織の微細化の効果も飽和する。それらの現象およびスラグ形成による造形性の悪化を避ける観点から、Al≦0.30%、またTi≦0.50%とされる。Alについては、さらに好ましくは、Al≦0.20%であるとよい。
【0061】
・0%<Nb≦4.0%
Nbは、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、金属組織を微細化する効果を有する。Nbは少量でもその効果を示すため、含有量に下限は特に設けられず、0%<Nbであればよい。効果をさらに高める観点から、0.10%≦Nbであると、さらに好ましい。
【0062】
一方、Nbによる組織の微細化の効果が飽和するのを避ける観点から、また、Laves相の生成による強度低下や耐食性低下を避ける観点から、Nb≦4.0%とされる。さらに好ましくは、Nb≦0.60%、またNb≦0.50%であるとよい。
【0063】
・0%<Mg≦0.0050%
Mgは、金属ワイヤを用いて製造される積層造形物において、金属組織を微細化する効果を有する。Mgは少量でもその効果を示すため、含有量に下限は特に設けられず、0%<Mgであればよい。効果をさらに高める観点から、0.0010%≦Mgであると、さらに好ましい。一方、組織の微細化の効果が飽和するのを避ける観点から、Mg≦0.0050%とされる。さらに好ましくは、Mg≦0.0040%であるとよい。
【0064】
本実施形態にかかる金属ワイヤは、上記の必須元素および任意元素を上記所定の含有量だけ含有することに加え、各元素の含有量の間に、以下の関係性を有する。ここで、Cr当量(Creq)およびNi当量(Nieq)、またそれらのバランスを示すA値を、以下のように定義する。
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5(Nb+W)+2(Ti+Al) (1)
Nieq=Ni+30C+20N+0.5(Mn+Cu+Co) (2)
A=-16.2+6.3Creq-9.3Nieq (3)
本実施形態にかかる金属ワイヤにおいては、このA値が、27<A<67の範囲をとる。
【0065】
上記Cr当量(Creq)の定義式に含まれる各元素は、フェライト相を安定に生成させる元素であり、それらの元素の含有量が多くなり、Cr当量の値が大きくなることで、SUS組織中のフェライト相の割合が多くなる傾向がある。一方、上記Ni当量(Nieq)の定義式に含まれる各元素は、オーステナイト相を安定に生成させる元素であり、それらの元素の含有量が多くなり、Ni当量の値が大きくなることで、SUS組織中のオーステナイト相の割合が多くなる傾向がある。A値は、Cr当量を正の寄与で含み、Ni当量を負の寄与で含むため、Aの値が小さくなるほど、SUS組織中のオーステナイト相の割合が多くなりやすく、Aの値が大きくなるほど、SUS組織中のフェライト相の割合が多くなりやすい。なお、A値においてCreqおよびNieqに乗じている係数の値は、実施例に基づく回帰分析によって得られたものである。なお、上記CreqおよびNieqの定義式には、必須元素のみならず、任意元素も含まれているが、任意元素が含有されない場合には、式中でそれらの元素の含有量をゼロとすればよい。
【0066】
本実施形態にかかる金属ワイヤにおいては、A値が27<A<67となっていることにより、製造される積層造形物の組織が、フェライト相とオーステナイト相をバランス良く含む二相SUSとなる。つまり、27<Aであることで、フェライト相が十分に生成し、高い耐孔食性が得られる。また、製造した積層造形物に事後的に熱処理を施して相比を調整する場合に、熱処理温度を高温にしなくても、フェライト相の比率を増大させやすい。それらの効果を高める観点から、30<A、さらには31≦A、また35≦Aであると、より好ましい。一方、A<67であることで、オーステナイト相が十分に生成し、高硬度等、高い機械的強度が得られる。それらの効果を高める観点から、A≦65、さらにはA≦55、A≦50であると、より好ましい。
【0067】
図1に、二相SUSの組織予測図を示す。ここでは、所定のフェライト量(α相量;金属組織中でフェライト相が占める体積割合)を与えるCr当量とNi当量の関係が、直線にて表示されている。図1は、後に示す実施例で確認されたフェライト相量とCr当量およびNi当量との関係性に、近似の範囲内で対応している。
【0068】
図1に示されるように、所定のフェライト量を与えるNi当量とCr当量は、直線的な関係をとり、Cr当量の増大に伴ってフェライト量が増大する一方、Ni当量の増大に伴ってフェライト量が減少する。この組織予測図において、とるべきフェライト量の範囲の上限および下限を定めた際に、それら上限に対応する直線と下限に対応する直線の間に位置するCr当量およびNi当量を満たすように、成分組成を設定すれば、二相SUSの組織において、その下限と上限の間のフェライト量が実現できることになる。例えば、フェライト相とオーステナイト相の相比が1:1に近い、40%以上60%以下のフェライト量を達成したい場合に、図1中に斜線で表示した領域に入るように、Cr当量とNi当量を設定すればよいことになる。
【0069】
上記のように、本実施形態にかかる金属ワイヤは、27<A<67となる組成を有していることで、積層造形を行い、さらに適宜、熱処理を行った際に、フェライト量が、30%以上から70%以下の範囲、さらには40%以上から60%以下の範囲にある二相SUSが得られやすくなっている。さらに、熱処理の条件を適切に選択すれば、オーステナイト相とフェライト相の相比(体積比)を1:1またはそれに極めて近い比率とすることができる。相比が1:1である場合に、積層造形物の強度と耐孔食性のバランスが最も優れたものとなる。
【0070】
本実施形態にかかる金属ワイヤは、上記で説明した所定の成分組成を有するものであれば、具体的な種類を特に限定されるものではなく、適用される具体的な用途に応じたワイヤ材として構成されればよい。例えば、金属ワイヤは、ソリッドワイヤ(solid wire)またはメタルコアードワイヤ(metal-cored wire)として構成されるとよい。ソリッドワイヤは全体が金属材料より構成されるワイヤ材である。メタルコアードワイヤは、金属製の外被に囲まれた空間に、金属粉末が充填されたものである。
【0071】
本実施形態にかかる金属ワイヤ、特にソリッドワイヤは、表面に設けられる被覆層として、CuまたはCu合金よりなる層を外周に有していてもよい。特に、被覆層がCuよりなることが好ましい。CuやCu合金よりなる被覆層(以下単に、Cu被覆層と称する場合がある)は、金属ワイヤの送給性を高める役割を果たす。その結果、トーチ2(図2参照)の先端の溶接チップをはじめとした積層造形装置の構成部材に対して金属ワイヤが引っ掛かりを起こし、金属ワイヤのスムーズな送給を妨げることや、金属ワイヤとの接触に伴ってそれらの構成部材が損耗を起こすことが、抑制される。金属ワイヤの表面に、Cu被覆層を直接形成してもよいが、金属ワイヤの表面に、NiまたはNi合金よりなる下地層を形成してから、下地層の表面にCu被覆層を形成することが好ましい。下地層は、金属ワイヤに対するCu被覆層の密着性を高めるものとなり、Cu被覆層を安定化する。下地層およびCu被覆層は、金属ワイヤの表面へのめっきによって、好適に形成することができる。金属ワイヤがソリッドワイヤである場合には、それらの層を形成した後、伸線を行えば、Cu被覆層の密着性をさらに高めることができる。
【0072】
Cu被覆層の厚さは、特に限定されるものではないが、送給性向上の効果を十分に発揮する観点から、0.1μm以上であることが好ましい。一方、Cu被覆層の形成による効果の飽和を避けるとともに、金属ワイヤの成分組成への影響を抑える観点から、Cu被覆層の厚さは、3.0μm以下であるとよい。下地層の厚さも、特に限定されるものではないが、Cu被覆層の密着性向上の効果を十分に発揮する観点から、0.1μm以上であることが好ましい。一方、金属ワイヤの成分組成への影響を抑える観点から、下地層の厚さは、2.0μm以下であるとよい。なお、これらの厚さでCu被覆層(および下地層)を形成するのに適した金属ワイヤの直径として、0.4mm以上5.0mm以下の範囲を例示することができる。
【0073】
本実施形態にかかる金属ワイヤが、メタルコアードワイヤの場合や、被覆層(および下地層)が表面に形成されている場合等、金属ワイヤ全体が均一な材料より構成されない場合でも、ワイヤ全体として、つまり外被と金属粉末を合わせたメタルコアードワイヤ全体、また被覆層(および下地層)まで合わせたワイヤ全体として、上記で説明した所定の成分組成を有するものとする。金属ワイヤは、フラックスを含まないものであることが好ましい。
【0074】
(製造される積層造形物の特性)
ここで、図2を参照して、金属ワイヤ1を用いた積層造形の工程について説明する。積層造形を行う際には、トーチ2で保持した金属ワイヤ1をアークまたはレーザ光等の熱源によって加熱することで、金属ワイヤ1を溶融させる。溶融した金属材料は、基材Sの表面の所定の位置に垂下する。この溶融金属は、基材S上で凝固する(溶着)。基材Sに対して金属ワイヤ1を相対的に移動させることで、金属ワイヤ1を構成する金属材料が基材Sの面上で所定のパターンをとって溶着された造形層A1が形成される。三次元の積層造形物Aを形成するために、基材Sの表面に形成された造形層A1の上に、再度、金属ワイヤ1の溶融と凝固によって、造形層A1を形成する。このように、所望の三次元形状をとるように、複数の造形層A1が繰り返して形成され、三次元的に積層される。
【0075】
ここで、最下層の造形層A1上の位置である下層位置Pにおける温度の変化に着目する。図3に、図2のように複数の造形層A1を積層して積層造形を行う間の下層位置Pの温度変化を実測した例を示す。図3において、少なくとも150秒程度までの時間領域において、温度が急激に立ち上がった後、緩やかに下降するサイクルが繰り返されている。各サイクルにおいて、急激な温度の立ち上がりは、金属ワイヤ1が溶融され、高温の溶融金属が新たに供給される過程に対応する。その後の緩やかな温度の下降は、溶融金属の放冷に対応する。積層造形工程においては、既に形成された造形層A1の上層に、次以降の造形層A1が繰り返して形成されるため、新たな造形層A1が形成されるごとに、その新たな造形層A1を形成するための溶融金属によってもたらされる熱により、下層の造形層A1も昇温されることになる。そのため、下層位置Pにおいて、温度の上昇と下降のサイクルが、何度も繰り返されることになる。ただし、積層数が多くなるほど、下層位置Pに及ぼされる熱の影響が小さくなるので、サイクル数を重ねるに従って、温度の上昇および下降における変化幅および変化速度が小さくなる。
【0076】
積層造形工程においては、既に形成された造形層の上に積層して、次の造形層を形成する工程が繰り返されるため、金属材料を多層に積層することなく溶融・凝固させるアーク溶接等の工程と比較して、昇温された金属材料の冷却速度が遅くなる。二相SUSにおいては、連続冷却変態曲線(CCT曲線)によると、溶融または昇温した金属材料を冷却する際に、その冷却速度が遅いほど、オーステナイト相が生じやすくなる。よって、二相SUSを与えうる金属ワイヤを用いて積層造形を行う際には、得られる積層造形物において、オーステナイト相が多く生成しやすい傾向がある。
【0077】
しかし、本実施形態にかかる金属ワイヤは、上記の成分組成を有することにより、オーステナイト相とフェライト相の相比のバランスに優れた積層造形物を与える。ここで、図3のような積層造形中の温度変化のグラフにおいて、1200℃から800℃の温度域での最遅冷却速度を考える。つまり、図3中に点線で囲んで示すように、1200℃から800℃の温度域で冷却が起こる過程について、温度変化を直線近似し、その直線の傾きとして冷却速度を求める。そして、その冷却速度の最遅値を考える。ここで、800℃以上の温度域のみを対象としているのは、800℃未満の領域では、拡散係数が小さく、相変態速度の影響が小さいためである。また、冷却速度について、最遅値を扱うのは、上記のように、冷却速度が遅い場合にオーステナイトの過剰生成が起こりやすいからである。
【0078】
本実施形態にかかる金属ワイヤは、上記の成分組成を有することに対応して、1200℃から800℃における最遅冷却速度を10℃/s以上140℃/s以下として形成した積層造形物において、フェライト量(組織全体に占めるフェライト相の体積割合)が30%以上70%以下の範囲に収まりやすい。さらには、フェライト量が40%以上60%以下の範囲に収まりやすい。10℃/s以上140℃/s以下の範囲にあるいずれかの最遅冷却速度において、上記範囲のフェライト量が達成されればよいが、好ましくは、最遅冷却速度10℃/s以上140℃/s以下の全範囲で、フェライト量が、30%以上70%以下、さらに40%以上60%以下となるとよい。
【0079】
ここで、金属ワイヤより得られる積層造形物のフェライト量を規定する最遅冷却速度の範囲を、10℃/s以上140℃/s以下としているが、この範囲の冷却速度は、実際に積層造形を行う際の冷却速度として典型的なものであるとともに、後に積層造形方法について説明するように、耐孔食性と硬度に優れた積層造形物を好適に製造できる冷却速度となる。積層造形工程においては、製造すべき積層造形物の形状や、積層造形時の具体的な条件により、冷却速度が変化しうるが、最遅冷却速度が上記範囲にある場合に、フェライト量が30%以上70%以下という中間的な範囲に収まる積層造形物が得られることにより、積層造形工程において、冷却速度等の熱履歴に多少の変動があっても、積層造形物の組織において、極端にフェライト相が多い状態や、極端にオーステナイト相が多い状態は生じにくく、積層造形物の組織を安定に制御しやすい。その結果、フェライト相とオーステナイト相の両方をバランス良く含む積層造形物を安定して与えるものとなる。
【0080】
さらに、本実施形態にかかる金属ワイヤは、耐孔食指数(PREN;Pitting Resistance Equivalent Number)と、臨界孔食温度(CPT;Critical Pitting Temperature)が、CPT/PREN≧0.7の関係を満たすことが好ましい。ここで、耐孔食指数(PREN)は、金属ワイヤの成分組成に基づいて、以下の式(4)によって算出される。
PREN=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N (4)
また、臨界孔食温度(CPT)は、1200℃から800℃における最遅冷却速度を10℃/s以上140℃/s以下として形成した積層造形物の臨界孔食温度として実測される値である(単位:℃)。臨界孔食温度は、例えばASTM G48 C法によって評価することができる。
【0081】
耐孔食指数は、SUSの成分組成に基づいて、耐孔食性を予測するものである。耐孔食指数と臨界孔食温度の比率CPT/PRENは、合金組織が、高い耐食性を実現する観点で適正かどうかを判断するための指標となり、その値が大きいほど、実際に得られているSUSの金属組織が、成分組成によって与えられる耐孔食性を十分に発揮できる組織となっていることを示す。つまり、積層造形物において、CPT/PREN≧0.7となっていることは、冷却速度等、積層造形時の熱履歴による金属組織への影響が低く抑えられており、成分組成の効果による高い耐孔食性が実際の金属組織において発揮されることを示す。10℃/s以上140℃/s以下の範囲にあるいずれかの最遅冷却速度において、CPT/PREN≧0.7が達成されればよいが、好ましくは、最遅冷却速度10℃/s以上140℃/s以下の全範囲で、CPT/PREN≧0.7を満たすものであるとよい。さらに好ましくは、CPT/PREN≧0.8であるとよい。
【0082】
[積層造形物]
次に、本発明の一実施形態にかかる積層造形物について説明する。本発明の一実施形態にかかる積層造形物は、上記で説明した本開示の一実施形態にかかる積層造形用ワイヤを用いて、積層造形を行い、製造されたものである。図2に示したように、積層造形に際しては、積層造形用ワイヤを溶融・凝固させて形成される造形層を三次元的に積層して、所望の形状の積層造形物とされる。
【0083】
積層造形物の成分組成は、上記で説明した積層造形用ワイヤの成分組成から、ほぼ変化しない。積層造形物がそのような成分組成を有することにより、積層造形物は、オーステナイト相とフェライト相をバランス良く含む二相SUSより構成されたものとなる。それにより、積層造形物は、耐孔食性と、硬さ等の機械的強度の両方に優れたものとなる。
【0084】
好ましくは、積層造形物におけるフェライト量が、30%以上70%以下の範囲にあるとよい。さらに好ましくは、フェライト量が40%以上60%以下の範囲にあるとよい。上記で説明した積層造形用ワイヤを用いて、1200℃から800℃における最遅冷却速度が10℃/s以上140℃/s以下となる条件で積層造形を行うことで、それらの範囲のフェライト量を有する積層造形物が、得られやすい。さらに、その範囲の最遅冷却速度で製造された積層造形物は、CPT/PREN≧0.7の関係を満たし、成分組成によって与えられる高い耐孔食性を発現する適正な組織を有するものとなりやすい。
【0085】
積層造形物は、不可避的に生成する他の相を除いて、全体がフェライト相とオーステナイト相よりなることが好ましい。つまり、組織全体の30%以上70%以下、あるいは40%以上60%以下を占めるフェライト相以外は、オーステナイト相が占めていることが好ましい。フェライト相とオーステナイト相の相比が1:1である場合に、積層造形物は、強度と耐孔食性のバランスに最も優れたものとなる。後の積層造形方法の説明において述べる熱処理を適宜実施し、許容される誤差の範囲(例えばフェライト量およびオーステナイト量にして±15%の範囲)で、1:1の相比を有する積層造形物とすることが好ましい。
【0086】
[積層造形方法]
次に、本発明の一実施形態にかかる積層造形方法について説明する。本発明の一実施形態にかかる積層造形方法においては、上記で説明した本開示の一実施形態にかかる積層造形用ワイヤを用いて、積層造形を行う。積層造形を行うに際しては、図2に示したように、積層造形用ワイヤ1をトーチ2等で保持し、アークの発生またはレーザ光の照射によって加熱して、溶融・凝固させ、造形層A1を形成する。造形層A1を繰り返して形成し、積層することで、所望の三次元形状を有する積層造形物Aを製造する。
【0087】
本実施形態にかかる積層造形方法においては、1200℃から800℃における最遅冷却速度を10℃/s以上140℃/s以下として、積層造形を行うことが好ましい。最遅冷却速度を10℃/s以上としておくことで、十分な量のフェライト相を生成させるとともに、冷却過程におけるσ相の析出を抑制し、製造される積層造形物の耐孔食性を高く保ちやすくなる。それらの効果を高める観点から、最遅冷却速度は、15℃/s以上、さらに20℃/s以上とすることが好ましい。一方、フェライト量は一定の冷却速度を超えると減少しないが、最遅冷却速度を140℃/s以下と規定することで、積層造形物において、十分な量のフェライト相を確保しやすくなる。それらの効果を高める観点から、最遅冷却速度は、130℃/s以下、さらに120℃/s以下とすることが好ましい。積層造形時の冷却速度は、使用する積層造形用ワイヤの種類や径、積層造形用ワイヤを加熱する際に投入する熱量、積層造形用ワイヤの移動速度等、積層造形時の条件により、調整することができる。
【0088】
積層造形用ワイヤを用いた積層造形により、所望の形状の積層造形物を製造した後、さらに、製造された積層造形物に対して、熱処理を行ってもよい。熱処理により、積層造形物におけるフェライト相とオーステナイト相の相比を調整することができる。積層造形用ワイヤが、上記の所定の成分組成を有することにより、積層造形工程を実施した際に、一般の二相SUSよりなるワイヤを用いて積層造形を行う場合と比較して、フェライト相とオーステナイト相がバランス良く含有された積層造形物が得られやすい。しかし、積層造形工程においては、形成された造形層に次の造形層が積層されることにより、一般的な溶接工程よりも、オーステナイト相が生成しやすい環境にある。そこで、製造された積層造形物に対して、熱処理を行うことで、フェライト相の割合を増加させ、フェライト相の割合が十分に高い所望の相比に調整することができる。
【0089】
本実施形態においては、積層造形用ワイヤが上記の成分組成を有することにより、製造された積層造形物において、オーステナイト相とフェライト相の間の相転移が、低温でも進行する。よって、比較的低温での熱処理で、相比の調整を行うことができる。具体的には、800℃以上1200℃以下の温度で、熱処理を行うことが好ましい。好ましくは、1:1またはそれに近い相比が得られるように、具体的な積層造形物の組成等に応じて、800℃以上1200℃以下の範囲内で熱処理温度を選択すればよい。従来の二相SUSにおいては、相比の調整に1350℃以上の高温での熱処理が必要になることが多いが、本実施形態においては、1200℃以下というそれよりも低い温度での熱処理により、相比の調整を達成できる。熱処理温度を低く抑えられることで、熱処理後の冷却時に発生する熱応力による造形物の変形(熱処理歪み)を低減することができる。また、熱処理を工業的に実施しやすくなる。熱処理は、上記の800℃以上1200℃以下の温度範囲で、例えば1分以上、10時間以下にわたって実施するとよい。また、大気雰囲気、窒素雰囲気、アルゴン雰囲気等の環境で、熱処理を実施するとよい。
【実施例0090】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。
【0091】
[1]金属ワイヤの成分組成と積層造形物の状態との関係
まず、金属ワイヤの成分組成を変化させ、さらに積層造形時の冷却速度を変化させて、積層造形を行い、得られる積層造形物において、相比と耐孔食性に関する評価を行った。
【0092】
[試料の作製]
下の表1に示すA~Mの成分元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる金属ワイヤを製造した。金属ワイヤの製造に際しては、各成分元素を溶製し、鋳造を行い、熱間鍛造と熱間押出、冷間加工により、棒状に加工した。さらに、伸線と焼鈍、酸洗を行うことで、積層造形用の金属ワイヤ(ソリッドワイヤ)とした。さらに、Dの成分組成を有する金属ワイヤの表面にCu被覆層を形成し、全体としてD’の成分組成を有するCu被覆ワイヤを作製した。この際、上記製造工程において、棒状に加工した合金材に対して、焼鈍、酸洗を行った後、CuめっきによってCu被覆層を形成したうえで、伸線を行った。
【0093】
[試験方法]
<金属組織の評価>
上記で作製した金属ワイヤを用いて積層造形を行った。この際、積層造形中の1200℃から800℃における最遅冷却速度を、150℃/s、100℃/s、50℃/s、15℃/s、10℃/sと、最大で5通りに変化させた。最遅冷却速度の制御は、水冷による強制冷却や、入熱管理、パス間管理によって行った。そして、得られた積層造形物の断面の光学顕微鏡観察およびX線回折(XRD)測定によって、フェライト相およびオーステナイト相の生成量(それぞれの相が組織全体に占める体積割合)を評価した。この金属組織の評価は、積層造形物に対して熱処理を行わない状態で実施した。
【0094】
<耐孔食性の評価>
上記で作製した各積層造形物に対して、ASTM G48C法に準じた試験を実施し、臨界孔食温度(CPT)を評価した。そして、得られた臨界孔食温度(CPT)と、金属ワイヤの成分組成に基づいて上記式(4)によって算出される耐孔食指数(PREN)との比率を算出した。CPT/PREN≧0.7である場合には、高耐孔食性を与える適正組織が得られている(OK)と判定した。一方、CPT/PREN<0.7である場合には、高耐孔食性を与える適正組織が得られていない(NG)と判定した。耐孔食温度の評価も、積層造形物に対して熱処理を行わない状態で実施した。
【0095】
[試験結果]
下の表1に、金属ワイヤを構成する合金A~Mの成分組成、およびCu被覆ワイヤの全体組成D’を示す(単位:質量%)。表には合わせて、成分組成より上記式(1)~(4)によって算出されるCr当量(Creq)、Ni当量(Nieq)、A値、耐孔食指数(PREN)も示す。
【0096】
【表1】
【0097】
表2,3に、上記合金A~Mよりなる金属ワイヤ、および全体としてD’の組成を有するCu被覆ワイヤを用いて、800℃以上1200℃以下の温度域における最遅冷却速度が異なる条件で、積層造形によって作製した各試料について、評価の結果を示す。評価の結果としては、金属組織の評価によって得られたフェライト相(α相)およびオーステナイト相(γ相)の生成量と、耐孔食性の評価によって得られたCPT/PREN値の判定結果を示している。さらに、図4に、合金A~Fを用いた場合について、最遅冷却速度とγ相の生成量との関係をグラフにて示す。
【0098】
【表2】
【0099】
【表3】
【0100】
表1に示すとおり、合金L,Mは、上記で説明した本発明の実施形態にかかる所定の成分組成を有さず、A値も27<A<67の範囲を満たしていない。表3によると、それら合金L,Mを用いた試料L1,M1においては、α相とγ相の相比のバランスが悪くなっている。具体的には、A値が27以下である合金Lを用いた試料L1では、α相が20%に対してγ相が80%と、γ相の割合が大きくなっている。一方、A値が67以上である合金Mを用いた試料M1では、α相が80%に対してγ相が20%と、α相の割合が大きくなっている。CPT/PREN値の判定結果も、ともに「NG」となっており、高耐孔食性を与えるのに適正な組織が得られていない。
【0101】
これらに対し、合金A~Kおよび組成D’は、上記で説明した本発明の実施形態にかかる所定の成分組成を有し、A値も27<A<67の範囲を満たしている。表2,3によると、これら合金A~Kおよび組成D’を適用した場合には、いずれも、10~140℃/sの範囲の少なくとも一部の最遅冷却温度において、α相とγ相の生成量がともに30~70%の範囲に収まっており、α相とγ相がバランスの良い相比で生成していると言える。また、少なくとも一部の最遅冷却温度において、CPT/PREN値の判定結果が「OK」となっており、高耐孔食性を与えるのに適正な組織が得られている。これらの結果から、上記で説明した本発明の実施形態にかかる所定の成分組成を有し、A値が27<A<67を満たす合金で積層造形用ワイヤを構成することで、α相とγ相をバランスよく生成させ、高い耐孔食性を与える組織を有した積層造形物を製造できることが分かる。
【0102】
図4を見ると、各合金を用いた場合について、最遅冷却速度が速くなるほど、γ相の生成量が少なくなることが分かる。α相の生成量は、それに伴って多くなっていることになる。いずれの合金を用いた場合にも、最遅冷却速度が10~140℃/sとなる範囲の少なくとも一部が、破線で表示したγ相の生成量が30~70%となる領域の中にある。つまり、これら各合金よりなるワイヤを用いて積層造形を行う際に、10~140℃/sの範囲で最遅冷却速度を適切に選択することで、γ相量が30~70%となる相比を実現できることが分かる。特に合金Bについては、最遅冷却速度10℃/s~140℃/sの全域で、γ相の生成量が30%~70%以下の範囲に収まっている。
【0103】
[2]熱処理による相比の調整
次に、代表的な試料を用いて、熱処理による相比の調整の効果について確認した。
【0104】
[試験方法]
上記試験[1]で試料C3および試料D3として得られた積層造形物に対して、熱処理を行った。そして、熱処理後の試料の断面を観察し、γ相の生成割合を評価した。熱処理温度は、950℃から1300℃の範囲で、50℃刻みで変化させた。熱処理は、大気雰囲気中で行い、熱処理時間は60分以上とした。
【0105】
[試験結果]
図5に、試料C3および試料D3について、熱処理温度とγ相の生成量の関係を示す。図5によると、試料C3、試料D3ともに、おおむね、高温で熱処理を行うほど、γ相の生成量が減少している。つまり、高温で熱処理を行うことで、α相の比率を高め、積層造形物の耐孔食性を高めることができる。また、試料C3,D3ともに、熱処理温度が1200℃以下の領域で、γ相の割合が大きく変化している。このことから、1200℃以下の比較的低い温度で熱処理を行っても、相比の調整を広範囲で行えることが分かる。
【0106】
試料C3と試料D3の挙動を比較すると、試料C3において、熱処理温度のほぼ全域で、試料D3よりもγ相の生成量が少なく抑えられている。例えば、相比1:1に対応する50%のγ相量が得られる熱処理温度は、図中に矢印で表示するように、D3で1250℃であるのに対し、試料C3では1100℃となっている。試料C3と試料D3はともに、積層造形時の最遅冷却速度が50℃/sであるが、ワイヤの成分組成が相互に異なっており、A値が、試料D3(A=31.0)よりも試料C3(A=50.1)において大きくなっている。このことから、A値を大きくしておく方が、熱処理温度を高温まで上げなくても、γ相の割合を効果的に増大させられると言える。熱処理温度の選択による相比の調整幅も、試料C3において試料D3よりも大きくなっている。
【0107】
以上、本発明の実施形態、実施例について説明した。本発明は、これらの実施形態、実施例に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0108】
1 金属ワイヤ(積層造形用ワイヤ)
2 トーチ
A 積層造形物
A1 造形層
P 下層位置
S 基材
図1
図2
図3
図4
図5