(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023102327
(43)【公開日】2023-07-25
(54)【発明の名称】B型肝炎ウイルスワクチン
(51)【国際特許分類】
A61K 39/29 20060101AFI20230718BHJP
A61P 31/20 20060101ALI20230718BHJP
C07K 14/02 20060101ALI20230718BHJP
C12N 15/51 20060101ALI20230718BHJP
C12N 15/10 20060101ALI20230718BHJP
【FI】
A61K39/29 ZNA
A61P31/20
C07K14/02
C12N15/51
C12N15/10 200Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022002717
(22)【出願日】2022-01-12
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、感染症実用化研究事業「効果的な新規B型肝炎ウイルスワクチンの開発を目指した基礎的研究」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】591222245
【氏名又は名称】国立感染症研究所長
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(71)【出願人】
【識別番号】503100821
【氏名又は名称】株式会社ビークル
(74)【代理人】
【識別番号】110003557
【氏名又は名称】弁理士法人レクシード・テック
(74)【代理人】
【識別番号】100115255
【弁理士】
【氏名又は名称】辻丸 光一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100201732
【弁理士】
【氏名又は名称】松縄 正登
(74)【代理人】
【識別番号】100154081
【弁理士】
【氏名又は名称】伊佐治 創
(74)【代理人】
【識別番号】100194515
【弁理士】
【氏名又は名称】南野 研人
(72)【発明者】
【氏名】加藤 孝宣
(72)【発明者】
【氏名】明里 宏文
(72)【発明者】
【氏名】郷 保正
【テーマコード(参考)】
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
4C085AA03
4C085BA89
4C085CC21
4C085DD86
4C085EE06
4C085FF12
4C085GG03
4C085GG04
4C085GG05
4C085GG06
4C085GG08
4H045AA11
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA02
4H045DA86
4H045EA31
4H045FA74
4H045GA22
4H045GA26
(57)【要約】 (修正有)
【課題】エスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘導可能なB型肝炎ウイルスワクチンを提供する。
【解決手段】本開示のワクチンは、対象に投与することにより、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発する方法に用いるためのB型肝炎ウイルスワクチンであって、B型肝炎ウイルスのLタンパク質またはその変異体のみと、脂質膜とを含む表面抗原粒子を含む。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象に投与することにより、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発する方法に用いるためのB型肝炎ウイルスワクチンであって、
B型肝炎ウイルスのLタンパク質またはその変異体のみと、脂質膜とを含む表面抗原粒子を含む、ワクチン。
【請求項2】
前記Lタンパク質またはその変異体は、下記(a)または(b)のタンパク質である、請求項1に記載のワクチン:
(a)配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号2のアミノ酸配列において、6番目から113番目のPre-S1領域内で6個以下、114番目から162番目のPre-S2領域内で6個以下、163番目から385番目のS領域内で13個以下であって、かつ合計で16個以下のアミノ酸が欠失または置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質。
【請求項3】
対象への投与により、前記Lタンパク質のPre-S1領域および/またはPre-S2領域に対する抗体が産生される、請求項1または2に記載のワクチン。
【請求項4】
対象への投与により、前記Lタンパク質のPre-S1領域および/またはPre-S2領域に対する細胞性免疫が誘導される、請求項1から3のいずれか一項に記載のワクチン。
【請求項5】
対象への投与により、投与後2週間までに、前記対象においてLタンパク質のPre-S1領域および/またはPre-S2領域に対するに対する抗体が産生される、請求項1から4のいずれか一項に記載のワクチン。
【請求項6】
免疫賦活化剤を含む、請求項1から5のいずれか一項に記載のワクチン。
【請求項7】
前記免疫賦活化剤は、スクワレン含有アジュバントである、請求項6に記載のワクチン。
【請求項8】
前記B型肝炎ウイルスに対する中和抗体価が、少なくとも2から1000である、請求項1から7のいずれか1項に記載のワクチン。
【請求項9】
前記B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体は、B型肝炎ウイルスのSタンパク質を含むB型肝炎ワクチンにより誘導される中和抗体に対するエスケープ変異体である、請求項1から8のいずれか一項に記載のワクチン。
【請求項10】
前記B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体は、B型肝炎ウイルスのS領域のG145R変異体、G145A変異体、および/またはI126S変異体である、請求項1から9のいずれか一項に記載のワクチン。
【請求項11】
前記対象は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に感染している対象、および/または、B型肝炎ウイルスのSタンパク質を含むワクチンを投与された対象である、請求項1から10のいずれか一項に記載のワクチン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、B型肝炎ウイルスワクチンに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、B型肝炎ワクチン(HBV)の有効成分(免疫原)は世界的に酵母で産生されたS抗原が主に利用されている。例外的に、HBVの免疫原として、CHO細胞を用いて製造したMタンパク質を含む抗原(例えば、Genhevac B)が利用されているものもある。また、前記HBVワクチンの免疫原として、同じくCHO細胞を用いて製造したSタンパク質とMタンパク質とに加えて、Lタンパク質も含むと謳われているワクチン(Sci-B-Vac(登録商標))もある。日本では、HBVワクチンとして、酵母由来のS抗原を用いた2種類のHBVワクチン(ヘプタバックス(登録商標)(遺伝子型A株)およびビームゲン(登録商標)(遺伝子型C株))が承認され、使用されている。これらのワクチンは、HBVに対する中和抗体の誘導に関して同程度の誘導能を有すると考えられている。しかしながら、非特許文献1に記載のように、S抗原を有効成分とするHBVワクチンから誘導された中和抗体では、感染阻止が難しいHBVの変異株(エスケープ変異体)が発生して問題となっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】William F. Carman et.al., “Vaccine-induced escape mutant of hepatitis B virus”, The Lancet, 1990, vol.336, pages 325-329
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本開示は、エスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘導可能なB型肝炎ウイルスワクチンの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記目的を達成するために、本開示のワクチンは、対象に投与することにより、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発する方法に用いるためのB型肝炎ウイルスワクチンであって、
B型肝炎ウイルスのLタンパク質またはその変異体のみと、脂質膜とを含む表面抗原粒子を含む。
【発明の効果】
【0006】
本開示によれば、エスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘導できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図2】
図2は、HBVにおけるL抗原、M抗原、およびS抗原の構造と、各抗原の構造の違いを示す図である。
【
図3】
図3は、実施例1のL抗原の投与スケジュールおよび投与量を示すグラフである。
【
図4】
図4は、実施例1の両ワクチン液投与後の抗体価の推移を示すグラフである。
【
図5】
図5は、実施例1のワクチン液投与後の抗体価の推移を示すグラフである。
【
図6】
図6は、実施例1のHBVレポーターウイルスの調製方法および中和活性の測定方法を示す図である。
【
図7】
図7は、実施例1の血漿中の中和抗体の活性を示すグラフである。
【
図8】
図8は、実施例1の血漿中の中和抗体の活性を示すグラフである。
【
図9】
図9は、実施例1の血漿中の中和抗体の活性を示すグラフである。
【
図10】
図10は、実施例1のワクチン液投与後の抗体価の推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
<定義>
本明細書において、「タンパク質」は、未修飾アミノ酸(天然のアミノ酸)、修飾アミノ酸、および/または人工アミノ酸から構成されるペプチドのポリマーを意味する。前記ポリマーの形状は、例えば、直鎖、分岐、および環状等があげられる。前記タンパク質は、ペプチドまたはポリペプチドということもできる。
【0009】
本明細書において、「核酸」は、デオキシリボヌクレオチド(DNA)、リボヌクレオチド(RNA)、および/または、改変ヌクレオチドのポリマーを意味する。本明細書において、「核酸」が特定のタンパク質と組合わせて用いられる場合、前記「核酸」は、タンパク質のアミノ酸配列をコードするヌクレオチドのポリマーを意味する。前記核酸は、例えば、ゲノムDNA、cDNA、mRNA等があげられる。前記核酸は、例えば、一本鎖または二本鎖等であってもよい。前記核酸は、「ポリヌクレオチド」または「核酸分子」と互いに読み替え可能である。
【0010】
本明細書において、「宿主」は、外来の核酸を導入される細胞、および/または、個体を意味する。前記宿主が細胞の場合、前記宿主は、宿主細胞ということもできる。
【0011】
本明細書において、「ベクター」および「発現ベクター」は、in vitroまたはin vivoにおいて、宿主または宿主細胞に送達される核酸を含む組換えプラスミドまたはウイルスを意味する。前記「ベクター」および「発現ベクター」は、ウイルスベクターおよび非ウイルスベクターがあげられる。
【0012】
本明細書において、「Lタンパク質」とは、B型肝炎ウイルスのL抗原(HBs-L抗原、L-HBs抗原)を構成するタンパク質を意味する。本明細書において、「Mタンパク質」は、B型肝炎ウイルスのM抗原(HBs-M抗原、M-HBs抗原)を構成するタンパク質を意味し、本明細書において、「Sタンパク質」は、B型肝炎ウイルスのS抗原(HBs-S抗原、S-HBs抗原)を構成するタンパク質を意味する。
【0013】
前記HBVのウイルス粒子表面には、HBs-L抗原、HBs-M抗原、およびHBs-S抗原の3種類のタンパク質(表面抗原)が存在する(
図1、
図2)。前記HBs-L抗原は、表面に提示されるタンパク質のN末からPre-S1領域、Pre-S2領域、およびS領域の3つの領域から構成される。前記Pre-S1領域は、HBVが感染する肝細胞を認識し結合するセンサー領域であり、HBV感染機構の最初のステップで重要な役割を持っていることが知られている。前記Pre-S2領域は、発癌との関与が推定されている他、HBVが感染細胞へ侵入する際に役割を果たすと推定されている。前記S領域は、HBVがウイルス粒子としての構造を保持するために重要な膜貫通ドメインを有している。前記HBs-L抗原は、3つの領域から構成されている。前記HBs-M抗原は、Pre-S1領域を有しない。前記HBs-S抗原は、Pre-S1領域およびPre-S2領域を有さず、S領域のみから構成されている。前記HBs-L抗原を形成するLタンパク質は、通常、400個のアミノ酸からなっているが、欠失が多いタイプでは、例えば、382個のアミノ酸から構成されるものもある。前記Lタンパク質が400個のアミノ酸からなる場合(配列番号1)、前記Pre-S1領域は、N末側からの1番から119番目まで、前記Pre-S2領域は、120番から174番目まで、前記S領域は、175番から400番目までのアミノ酸で構成されている。種々の変異体において、各領域の重要なアミノ酸配列は良く保存されており、400個のアミノ酸から構成されるLタンパク質のアミノ酸配列とアライメントすることにより、当業者であれば、欠失が多い変異体においても、3つの領域を容易に区別できる。前記配列番号1のアミノ酸配列は、NCBIアクセッション番号:X01587で登録されたポリヌクレオチドによりコードされるアミノ酸配列である。
【0014】
Lタンパク質(400アミノ酸)(配列番号1)
[MGGWSSKPRQGMGTNLSVPNPLGFFPDHQLDPAFGANSHNPDWDFNPNKDHWPEANQVGAGAFGPGFTPPHGGLLGWSPQAQGVLTTVPVAPPPASTNRQSGRQPTPISPPLRDSHPQA][MQWNSTTFHQALLDPRVRGLYFPAGGSSSGTVNPVPTTASPISSISSRTGDPAPN][MENTTSGFLGPLLVLQAGFFLLTRILTIPQSLDSWWTSLNFLGGAPTCPGQNSQSPTSNHSPTSCPPICPGYRWMCLRRFIIFLFILLLCLIFLLVLLDYQGMLPVCPLLPGTSTTSTGPCKTCTIPAQGTSMFPSCCCTKPSDGNCTCIPIPSSWAFARFLWEGASVRFSWLSLLVPFVQWFVGLSPTVWLSVIWMMWYWGPSLYNILSPFLPLLPIFFCLWVYI]
【0015】
本明細書において、「エスケープ変異体」は、Sタンパク質を含むHBVワクチンで誘導される中和抗体において感染阻止能が低減しているHBVの変異株を意味する。前記エスケープ変異体は、例えば、下記参考文献1のエスケープ変異体を参照できる。具体例として、前記エスケープ変異体は、例えば、前記S領域の129番目のグルタミン(Q)がヒスチジン(H)に置換された変異体(Q129H)、130番目のグリシン(G)がアスパラギン(N)に置換された変異体(G130N)、143番目のセリン(S)がロイシン(L)に置換された変異体(S143L)、144番目のアスパラギン酸(D)がアラニン(A)に置換された変異体(D144A)、145番目のグリシン(G)がアルギニン(R)に置換された変異体(G145R)変異体、145番目のグリシン(G)がアラニン(A)に置換された変異体(G145A)変異体、および/または126番目のイソロイシン(I)がセリン(S)に置換された変異体(I126S)等があげられる。前記エスケープ変異体において、前記S領域のアミノ酸の変異箇所の数は、1つでもよいし、複数でもよい。本開示のワクチンは、特に、エスケープ変異体の主な変異体を占める、G145R変異体、G145A変異体、および/またはI126S変異体に対する中和抗体を好適に誘導できる。
参考文献1:Qiang Ma and Yefu Wang, “Comprehensive Analysis of the Prevalence of Hepatitis B Virus Escape Mutations in the Major Hydrophilic Region of Surface Antigen”, Journal of Medical Virology, 2012, vol. 84, pages 198-206
【0016】
本明細書において、「液性免疫応答の誘発」は、B細胞が特異的抗原を認識し、前記抗原に対する抗体を作ることで、生体内に侵入した抗原を排除する免疫反応を誘導(例えば、惹起増強、または増大)することを意味する。前記液性免疫応答の誘発は、抗体の誘導、抗体産生の誘導、中和抗体の誘導、中和抗体産生の誘導、抗体産生の増強、中和抗体の増強、中和抗体産生の増強等ということもできる。
【0017】
本明細書において、「脂質膜」は、脂質から構成される膜状体を意味する。前記脂質膜は、平面状の膜を形成してもよいし、ベシクル(リポソーム)またはミセル等の立体状の膜を形成してもよい。前記脂質膜は、前記HBVの表面抗原タンパク質と組合わせることにより、前記表面抗原の自己組織化能により、表面抗原粒子(ウイルス様粒子)を形成できる。
【0018】
本明細書において、「アジュバント」または「免疫賦活化剤」は、製剤または組成物において、特定の免疫原(抗原)と組み合わせて使用されるとき、得られる免疫応答を増強、改変、または修飾する化合物を意味する。前記免疫応答の増強、改変、または修飾は、例えば、抗体応答および細胞性免疫応答の少なくとも一方の特異性の強化、増加、または増強を意味する。前記免疫応答の増強、改変、または修飾は、特定の抗原特異的免疫応答の低下、低減、または抑制を意味してもよい。
【0019】
本明細書において、「処置」は、治療的処置および/または予防的処置を意味する。本明細書において、「治療」は、疾患、病態、もしくは障害の治療、治癒、防止、抑止、寛解、改善、または、疾患、病態、もしくは障害の進行の停止、抑止、低減、もしくは遅延を意味する。本明細書において、「予防」は、疾患もしくは病態の発症の可能性の低下、または疾患もしくは病態の発症の遅延を意味する。前記「治療」は、例えば、対象疾患を発病する対象(患者)に対する治療でもよいし、対象疾患のモデル動物の治療でもよい。
【0020】
本明細書において、「対象」は、動物または動物由来の細胞、組織もしくは器官を意味する。特にヒトを含む意味で用いられる。前記動物は、ヒトおよび非ヒト動物を意味する。前記非ヒト動物は、例えば、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、サル、イルカ、アシカ等の哺乳類動物があげられる。
【0021】
本明細書において、「単離」または「単離された」は、同定され、かつ分離された状態、および/または自然状態での成分から回収された状態を意味する。前記「単離」または「単離された」は、例えば、少なくとも1つの精製工程を経ることにより実施できる。
【0022】
以下、本開示について例をあげて説明するが、本開示は以下の例等に限定されるものではなく、任意に変更して実施できる。また、本開示における各説明は、特に言及がない限り、互いに援用可能である。なお、本明細書において、「~」という表現を用いた場合、その前後の数値または物理値を含む意味で用いる。また、本明細書において、「Aおよび/またはB」という表現には、「Aのみ」、「Bのみ」、「AおよびBの双方」が含まれる。
【0023】
<B型肝炎ウイルスワクチン>
ある態様において、本開示は、エスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘導可能なB型肝炎ウイルスワクチンを提供する。本開示のワクチンは、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発する方法に用いるためのB型肝炎ウイルスワクチンであって、B型肝炎ウイルスのLタンパク質またはその変異体のみと、脂質膜とを含む表面抗原粒子を含む。本開示のワクチンによれば、G145R変異体等のエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発できる。
【0024】
本発明者らは、HBVのレセプターであるNTCP(Na+-taurocholate cotransporting polypeptide)に結合するHBVの領域であるPre-S1領域を含む表面抗原をワクチン成分とすることにより、エスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発できるのではないかとの着想を得た。そして、本発明者らは、鋭意研究の結果、Lタンパク質(L-HBs抗原)をワクチン成分として使用することにより、霊長類モデル(アカゲザル)においてエスケープ変異体の感染を中和できることを見出し、本開示を確立するに至った。このため、本開示によれば、エスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発できる。
【0025】
本開示のワクチンは、免疫原のHBV表面抗原タンパク質として、Lタンパク質またはその変異体のみを含む。このため、本開示のワクチンは、前記Lタンパク質を含んでもよいし、その変異体を含んでもよいし、両者を含んでもよい。また、本開示のワクチンは、前記Lタンパク質のみを含んでもよいし、その変異体のみを含んでもよいし、両者のみを含んでもよい。前記Lタンパク質およびその変異体は、その発現過程および発現後に、前記Lタンパク質またはその変異体を発現させた宿主における代謝活性により、その一部が代謝(分解)される。このため、本開示のLタンパク質またはその変異体は、前記Lタンパク質またはその変異体の代謝物を含んでもよい。前記代謝物の含有量は、例えば、前記HBV表面抗原タンパク質全量に対して、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、または1%以下である。前記Lタンパク質またはその変異体は、単離されたLタンパク質またはその変異体でもよいし、脂質膜とともに表面抗原粒子(ウイルス様粒子)を形成したLタンパク質またはその変異体でもよい。前記脂質膜は、例えば、前記Lタンパク質またはその変異体の発現に用いる形質転換体の細胞膜に由来する。本開示のワクチンは、前記HBV表面抗原タンパク質として、実質的にMタンパク質およびSタンパク質を含まない。前記「実質的にMタンパク質およびSタンパク質を含まない」は、前記Mタンパク質およびSタンパク質の含有量が、検出限界以下であることを意味する。
【0026】
前記Lタンパク質またはその変異体は、例えば、下記(a)、(b)、(c)、または(d)のタンパク質があげられる。
【0027】
(a)配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2のアミノ酸配列において、6番目から113番目のPre-S1領域内で6個以下、114番目から162番目のPre-S2領域内で6個以下、163番目から385番目のS領域において13個以下であり、かつ合計で16個以下のアミノ酸が欠失または置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質
(c)配列番号2のアミノ酸配列に対して、80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質
(d)配列番号2のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質
【0028】
前記(b)、(c)、または(d)のタンパク質は、L抗原として機能するタンパク質である。「L抗原として機能するタンパク質」とは、動物にL抗原を接種したときに抗体を産生させ、当該抗体が、B型肝炎ウイルス、特に、エスケープ変異体に対して中和活性を有するようにワクチンとして機能するタンパク質であることを意味する。
【0029】
前記配列番号2のアミノ酸配列は、以下の通りである。前記配列番号2のアミノ酸配列は、Lタンパク質のアミノ酸配列の一例である。
【0030】
Lタンパク質(配列番号2)
KVRQGMGTNLSVPNPLGFFPDHQLDPAFGANSNNPDWDFNPNKDQWPEANQVGAGAFGPGFTPPHGGLLGWSPQAQGILTTVPAAPPPASTNRQSGRQPTPISPPLRDSHPQAMQWNSTTFHQALLDPRVRGLYFPAGGSSSGTVNPVPTTASPISGDPAPNMENTTSGFLGPLLVLQAGFFLLTRILTIPQSLDSWWTSLNFLGGAPTCPGQNSQSPTSNHSPTSCPPICPGYRWMCLRRFIIFLFILLLCLIFLLVLLDYQGMLPVCPLLPGTSTTSTGPCKTCTIPAQGTSMFPSCCCTKPSDGNCTCIPIPSSWAFARFLWEWASVRFSWLSLLVPFVQWFVGLSPTVWLSVIWMMWYWGPSLYNILSPFLPLLPIFFCLWVYI
【0031】
前記(c)において、「同一性」は、例えば、前記(c)が、L抗原として機能するタンパク質である範囲であればよい。前記(c)の「同一性」は、前記(a)のアミノ酸配列に対して、例えば、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上である。前記「同一性」の算出は、例えば、全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI)の相同性アルゴリズムBLAST(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)において、デフォルトのパラメーターを用いることによって算出できる(以下、同様)。
【0032】
前記(d)において、「1もしくは数個」は、例えば、前記(d)が、L抗原として機能するタンパク質である範囲であればよい。前記(d)の「1もしくは数個」は、前記(a)のアミノ酸配列において、例えば、1~77個、1~58個、1~38個、1~19個、1~15個、1~13個、1~11個、1~10個、1~6個、1~5個、1~3個、1または2個である。本開示において、個数の数値範囲は、例えば、その範囲に属する正の整数を全て開示するものである。
【0033】
前記(c)および(d)のタンパク質は、例えば、下記(i)~(iv)のタンパク質があげられる。下記(i)~(iv)のタンパク質は、L抗原として機能するタンパク質である。前記(i)のタンパク質は、例えば、前記配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質と言うこともできる。
【0034】
(i)配列番号2のアミノ酸配列の1番目から5番目のKVRQG(配列番号3)に代わってMGGWSSKPRKG(配列番号4)が挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質
(ii)配列番号2で表されるアミノ酸配列の156番と157番との間へSIFSRT(配列番号5)の6個のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質
(iii)配列番号2のアミノ酸配列の163番目から385番目のS領域において13個以下のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質
(iv)配列番号2のアミノ酸配列において、6番目から113番目のPre-S1領域内で6個以下、114番目から162番目のPre-S2領域内で6個以下、163番目から385番目のS領域内で13個以下であり、かつ合計で16個以下のアミノ酸が欠失または置換された配列(156番と157番との間への6個のアミノ酸の挿入を除く)
【0035】
本開示のワクチンは、さらに、免疫賦活化剤を含んでもよい。この場合、本開示のワクチンは、ワクチン組成物ということもできる。前記免疫賦活化剤は、例えば、CpGオリゴヌクレオチド(CpG ODN)、リポ多糖(Lipopolysaccharide:LPS)、アルミニウム塩、スクワランもしくはスクワレン等のスクワレン含有アジュバント、完全もしくは不完全フロイントアジュバント、またはこれらの混合物があげられる。前記LPSとしては、例えば、MPL(Monophosphoryl lipid A)があげられる。前記スクワレン含有アジュバントとしては、例えば、スクワレンの水中油滴型エマルションであるAddaVax(商標)、MF-59(登録商標)があげられる。本開示のワクチンは、前記Lタンパク質と組合わせることにより、前記Lタンパク質に対して、より早期に、より高い抗体産生を誘導できることから、スクワレン含有アジュバントを含むことが好ましい。
【0036】
本開示において、前記Lタンパク質およびその変異体の作製方法(以下、「作製方法」という)は、特に制限されず、例えば、酵母等の宿主を用いて遺伝子工学的手法による合成してもよいし、無細胞系により合成してもよく、当業者に周知の方法を用いることができる。
【0037】
前記Lタンパク質を遺伝子工学的手法により合成する場合は、まず、前記Lタンパク質をコードする核酸を設計して合成する。前記設計および合成は、例えば、前記Lタンパク質をコードする核酸を含むベクター等を鋳型とし、所望の核酸領域を合成し得るように設計したプライマーを用いて、PCR法により行うことができる。そして、得られた核酸を適当なベクターに連結することによってタンパク質発現用組換えベクター(発現ベクター)を得て、この組換えベクターを目的遺伝子が発現し得るように宿主中に導入することによって形質転換体を得ることができる(Sambrook J.et al.,Molecular Cloning,A Laboratory Manual(4th edition)(Cold Spring Harbor Laboratory Press(2012))。
【0038】
前記変異体タンパク質は、例えば、前記Lタンパク質をコードする遺伝子(核酸)に変異を導入することにより実施できる。前記変異導入は、例えば、変異を持った遺伝子情報を元に発現ベクターを構築してもよいし、前記Lタンパク質をコードする核酸を含む発現ベクターに対して、Kunkel法やGapped duplex法等の部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット等を用いて行うことができる。前記変異導入用キットは、例えば、市販のキットが使用でき、具体例として、QuikChangeTM Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)、GeneTailor TMSite-Directed Mutagenesis SysTEM(インビトロジェン社製)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Supe Express KM等:タカラバイオ社製)等があげられる。
【0039】
形質転換に使用する宿主としては、目的の遺伝子を発現できるものであれば、特に制限されず、例えば、微生物、動物細胞、昆虫細胞、または、これらの培養細胞等の非ヒト宿主、単離したヒト細胞またはその培養細胞、哺乳類細胞等があげられる。前記原核生物は、例えば、大腸菌(Escherichia
coli)等のエッシェリヒア属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas
putida)等のシュードモナス属等の細菌があげられる。前記真核生物は、例えば、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces
cerevisiae)等の酵母等があげられる。前記動物細胞は、例えば、COS細胞、CHO細胞等があげられ、前記昆虫細胞は、例えば、Sf9、Sf21等があげられる。
【0040】
前記発現ベクターは、ウイルスベクターおよび非ウイルスベクターがあげられる。前記導入方法としてヒートショック法により宿主の形質転換を行う場合、前記発現ベクターは、例えば、バイナリーベクター等があげられる。前記発現ベクターは、例えば、pETDuet-1、pQE-80L、pUCP26Km等があげられる。大腸菌等の細菌に形質転換を行う場合、前記発現ベクターは、例えば、pETDuet-1ベクター(ノバジェン社)、pQE-80L(QIAGEN社)、pBR322、pB325、pAT153、pUC8等があげられる。前記酵母に形質転換を行なう場合、前記発現ベクターは、例えば、pYepSec1、pMFa、pYES2等があげられる。前記昆虫細胞に形質転換を行なう場合、前記発現ベクターは、例えば、pAc、pVL等があげられる。前記哺乳類細胞に形質転換を行なう場合、前記発現ベクターは、例えば、pCDM8、pMT2PC等があげられる。
【0041】
前記発現ベクターは、例えば、前記Lタンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現および前記Lタンパク質のポリヌクレオチドがコードする前記本開示のLタンパク質の発現を調節する、調節配列を有することが好ましい。前記調節配列は、例えば、プロモーター、ターミネーター、エンハンサー、ポリアデニル化シグナル配列、複製起点配列(ori)等があげられる。前記発現ベクターにおいて、前記調節配列の配置は、特に制限されない。前記発現ベクターにおいて、前記調節配列は、例えば、前記Lタンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現およびこれがコードするLタンパク質の発現を、機能的に調節できるように配置されていればよく、公知の方法に基づいて配置できる。前記調節配列は、例えば、前記発現ベクターが予め備える配列を利用してもよいし、前記発現ベクターに、さらに、前記調節配列を挿入してもよいし、前記基本ベクターが備える調節配列を、他の調節配列に置き換えてもよい。
【0042】
前記発現ベクターの宿主への導入方法は、特に制限されず、公知の方法により行うことができる。前記導入方法は、例えば、前記宿主の種類に応じて、適宜設定できる。前記導入方法は、例えば、パーティクルガン等の遺伝子銃による導入法、リン酸カルシウム法、ポリエチレングリコール法、リポソームを用いるリポフェクション法、エレクトロポレーション法、超音波核酸導入法、DEAE-デキストラン法、微小ガラス管等を用いた直接注入法、ハイドロダイナミック法、カチオニックリポソーム法、導入補助剤を用いる方法、アグロバクテリウムを介する方法、プロトプラスト法等があげられる。前記リポソームは、例えば、リポフェクタミンおよびカチオニックリポソーム等があげられ、前記導入補助剤は、例えば、アテロコラーゲン、ナノ粒子およびポリマー等があげられる。前記宿主が、微生物の場合、例えば、中でも、E.coliまたはPs.putida等を介する方法が好ましい。前記本開示のLタンパク質のポリヌクレオチドは、例えば、前記本開示の発現ベクターにより前記宿主に導入してもよい。
【0043】
そして、本開示の作製方法は、例えば、前記形質転換体を培養し、その培養物から抗原として使用されるLタンパク質を採取する。前記培養物は、培養上清でもよいし、培養細胞もしくは培養菌体等の形質転換体、またはその処理物もしくは破砕物のいずれでもよい。
【0044】
前記培養後、前記Lタンパク質およびその変異体が宿主内に生産される場合、本開示の作製方法は、例えば、前記宿主を破砕することによりLタンパク質を抽出する。また、前記Lタンパク質およびその変異体が前記宿主外に生産または分泌される場合、本開示の作製方法は、例えば、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により宿主を除去する。その後、本開示の作製方法は、例えば、タンパク質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、具体的には、限外ろ過膜による濃縮;硫酸アンモニウム沈殿等の塩析;ゲル濾過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等の各種カラムを用いたクロマトグラフィー;等を単独で、または適宜組み合わせて用いることにより、前記Lタンパク質およびその変異体を単離または精製することができる。本開示の作製方法では、例えば、前記形質転換体を用いることにより、前記Lタンパク質およびその変異体は、前記形質転換体の脂質膜上で自己組織化し、表面抗原粒子を形成する。このため、本開示の作製方法は、前記形質転換体を用いることで、前記Lタンパク質またはその変異体のみと、前記脂質膜とを含む表面抗原粒子を簡便に調製できる。
【0045】
本開示の作製方法では、無細胞合成系を用いて、in vitro翻訳により、前記Lタンパク質およびその変異体を得てもよい。この場合は、本開示の作製方法は、前記Lタンパク質をコードするRNAを鋳型にする方法で実施してもよいし、前記Lタンパク質をコードするDNAを鋳型にする方法(転写および翻訳)により実施してもよい。前記無細胞合成系は、市販のシステムが使用でき、具体例として、Expressway(商標)システム(インビトロジェン社)等を用いることができる。
【0046】
本開示において、前記Lタンパク質は、前述のように、自己組織化能を有し、脂質膜上に集合して粒子を形成することにより抗原提示できる。すなわち、前記Sクンパク質、前記Mタンパク質、および前記Lタンパク質は、いずれも脂質親和性の高いS領域を持っており、いずれのタンパク質も、生物細胞(例えば、宿主)を利用して製造すると脂質膜に突き刺さって存在する状態となる。これにより、前記各タンパク質は、安定な抗原粒子構造を取り、この粒子構造のため高い免疫原性を持つことになる。このように抗原提示させる方法は、例えば、特許第4085231号公報(米国特許第7597905号明細書)または特許第4936272号公報(米国特許出願公開2010/0292445号明細書)に記載されている方法があげられる。
【0047】
本開示において、前記B型肝炎ウイルスのコアタンパク質は、前記表面抗原粒子と混合してもよいし、前記Lタンパク質を含む表面抗原粒子の表面または内部に含めてもよい。前記コアタンパク質の作製方法は、例えば、既に報告されている非特許文献(例えば、Rolland et al.J Chromatogr B Biomed Sci Appl.2001 25; 753(1):51-65)等の方法を利用できる。
【0048】
本開示のワクチンは、例えば、対象への投与によりLタンパク質のPre-S1および/またはPre-S2領域に対する抗体が産生される。また、本開示のワクチンは、例えば、対象への投与によりLタンパク質のPre-S1および/またはPre-S2領域に対する細胞性免疫が誘導される。さらに、本開示のワクチンがコアタンパク質を含む場合、本開示のワクチンは、例えば、対象への投与によりコアタンパク質に対する抗体が誘導され、および/または、コアタンパク質に対する細胞性免疫が誘導される。前記細胞性免疫は、例えば、T細胞、NKT細胞、NK細胞、またはマクロファージ等の食細胞に作用し、生体内に侵入した前記異物を攻撃し、前記異物を排除する免疫応答である。
【0049】
前記Lタンパク質、または前記Lタンパク質のPre-S1および/またはPre-S2領域に対する抗体の産生の開始時期は、例えば、対象への投与後、5週間後、4週間後、3週間後、2週間後、または1週間後までである。前記抗体の産生は、後述の実施例1に準じて、前記Lタンパク質、Pre-S1ペプチド、またはPre-S2ペプチドを用いて測定できる。前記対象への投与は、前記対象への初回または2回目以降の投与であり、好ましくは、対象への初回投与である。
【0050】
前記抗体誘導は、例えば、前記Lタンパク質およびその変異体を検出対象とし、前記対象から単離した血清、血漿等の生体試料を用いてELISA等により行うことができる。本開示のワクチンは、例えば、前記ワクチンが投与された対象におけるB型肝炎ウイルスに対する中和抗体価が、少なくとも2から1000、または2から1000である。前記中和抗体価は、後述の実施例1(5)に準じて、IC50値として算出できる。また、本開示のワクチンは、例えば、前記ワクチンが投与された対象におけるB型肝炎ウイルスに対する中和抗体価として、B型肝炎ウイルスのヒト肝細胞への結合に対する阻害効果が、少なくとも50~100%である。前記中和抗体価は、例えば、前記対象由来の血清を100倍、200倍、500倍、または1000倍に希釈した際の中和抗体価である。前記阻害効果は、後述の実施例1(5)に準じて測定できる。
【0051】
本開示のワクチンは、前述のように、エスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発できる。このため、本開示のワクチンは、エスケープ変異体に対する中和抗体の誘導促進作用を示すことが好ましい。前記中和抗体の誘導促進作用は、後述の実施例1(5)に準じて、HBVレポーターウイルスのヒト肝臓細胞培養株(例えば、NTCP発現HepG2細胞株)への感染の抑制能(IC50値)を指標に評価できる(エスケープ変異体に対する中和活性アッセイ)。前記評価では、例えば、前記被検物を3回投与した群から採取した血清または血漿のエスケープ変異体に対する中和抗体価(IC50値)が、前記Sタンパク質を含むワクチンを3回投与した群から採取した血清または血漿のエスケープ変異体に対する中和抗体価と比較して、1.5倍以上、2倍以上、2.5倍以上、5倍以上、10倍以上、25倍以上、50倍以上、または100倍以上、125倍以上、または250倍以上である場合、前記被検物は、エスケープ変異体に対する中和抗体の誘導促進作用があると評価できる。本開示のワクチンは、例えば、前記ワクチンが投与された対象由来の血清または血漿におけるエスケープ変異体(例えば、G145R変異体)の中和抗体価は、前記Sタンパク質を含むワクチンが投与された対象由来の血清または血漿におけるエスケープ変異体の中和抗体価と比較して、1.5倍以上、2倍以上、2.5倍以上、5倍以上、10倍以上、25倍以上、50倍以上、または100倍以上、125倍以上、または250倍以上であり、その上限が、10000倍以下または5000倍以下である。前記血清または血漿の取得時期は、例えば、3回目の接種後、2週間、4週間、6週間、2週間以内、4週間、または6週間以内である。
【0052】
本開示のワクチンの投与対象は、特に制限されず、例えば、治療的処置または予防的処置が必要な対象があげられる。前記対象は、例えば、前記HBVワクチンを未接種の対象、前記HBVのSタンパク質を含むワクチンを接種(投与)された対象、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に感染している対象等があげられる。本開示のワクチンは、このような対象に投与することにより、例えば、前記対象を、前記エスケープ変異体によるHBV感染症からの予防またはHBV感染症からの治療ができる。前記エスケープ変異体は、例えば、前記対象に感染しているHBVについて、ゲノムDNA(例えば、cccDNA)の塩基配列を解読し、前記配列番号1のアミノ酸配列と比較し、変異したアミノ酸を特定することにより同定できる。
【0053】
本開示のワクチンの投与経路は、特に制限されず、公知のワクチンの投与経路が利用でき、例えば、筋肉投与、腹腔内投与、皮内投与または皮下投与等の注射;鼻腔、口腔または肺からの吸入;経口投与;等により生体に導入することができる。さらに、本開示のワクチンには、既存の抗ウイルス薬(例えば、インターフェロン)または既存のワクチンを併用してもよい。本開示のワクチンと抗ウイルス薬と併用の態様は、特に制限されず、本開示のワクチンと、既存のワクチンまたは抗ウイルス薬とを同時に投与してもよいしし、一方を投与後、一定時間経過後に他方を投与してもよい。
【0054】
本開示のワクチンは、賦形剤、増量剤、結合剤、滑沢剤等公知の薬学的に許容される担体;緩衝剤、等張化剤、キレート剤、着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤等;を含んでもよい。この場合、本開示のワクチンは、ワクチン組成物として使用できる。
【0055】
本開示のワクチンの剤型は、特に制限されず、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、丸剤、液剤、シロップ剤等の経口投与剤、注射剤、噴霧剤、外用剤、坐剤等の非経口投与剤等の投与形態に応じて適宜設定できる。本開示のワクチンは、好ましくは、皮内、皮下、筋肉内、腹腔等への局部注射あるいは経鼻噴霧等に用いられる剤型があげられる。
【0056】
本開示のワクチンまたはワクチン組成物の投与量は、有効成分の種類、投与経路、投与対象、患者の年齢、体重、性別、症状その他の条件により適宜選択されるが、エスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発できる有効用量を含んでいればよい。本開示のワクチンまたはワクチン組成物の投与量は、例えば、HBs-L抗原の一日投与量が、皮下注射の場合、約5~400μg、好ましくは、約10~100μgである。本開示のワクチンまたはワクチン組成物の投与量は、例えば、HBs-L抗原の一日投与量が、経鼻噴霧の場合、約5~400μg、好ましくは、10~100μgである。本開示のワクチンまたはワクチン組成物は、1日1回投与することもでき、数回に分けて投与することもできる。
【0057】
<液性免疫応答の誘発方法>
別の態様において、本開示は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発する方法を提供する。本開示の方法(以下、「誘発方法」ともいう)は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発する方法であって、対象に、前記本開示のB型肝炎ウイルスワクチンを投与する工程を含む。本開示の誘発方法は、前記本開示のワクチンの説明を援用できる。
【0058】
本開示の誘発方法は、例えば、in vitroでまたはin vivoで投与される。本開示の誘発方法は、例えば、対象においてエスケープ変異体に対する中和抗体を誘導化能であることから、本開示のB型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発する方法は、本開示のB型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する中和抗体を誘導する方法ということもできる。
【0059】
<B型肝炎ウイルス感染症の処置方法>
別の態様において、本開示は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体の感染症の処置方法を提供する。本開示の方法は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体の感染症の処置方法であって、対象に、前記本開示のB型肝炎ウイルスワクチンを投与する工程を含む。本開示の処置方法は、前記本開示のワクチンの説明を援用できる。
【0060】
本開示の処置方法は、例えば、in vitroでまたはin vivoで投与される。本開示の処置方法は、B型肝炎ウイルスワクチンの未投与者(未接種者)に対する処置でもよいし、B型肝炎ウイルスワクチンの投与者(接種者)に対する処置でもよい。後者の場合、前記接種者は、例えば、Sタンパク質を含むB型肝炎ウイルスワクチンの接種者でもよいし、本開示のワクチンの接種者でもよい。また、本開示の処置方法は、B型肝炎ウイルスの未感染者に対する処置でもよいし、B型肝炎ウイルスの感染者に対する処置でもよい。
【0061】
<使用>
本開示は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発するための、前記本開示のB型肝炎ウイルスワクチン、またはその使用である。また、本開示は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体の感染症の処置するための、前記本開示のB型肝炎ウイルスワクチン、またはその使用である。本開示は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発するためのB型肝炎ウイルスワクチンの製造のための、前記本開示のワクチンの使用である。また、本開示は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体の感染症の処置するためのB型肝炎ウイルスワクチンの製造のための、前記本開示のワクチンの使用である。
【実施例0062】
以下、実施例を用いて本開示を詳細に説明するが、本開示は実施例に記載された態様に限定されるものではない。
【0063】
[実施例1]
本開示のワクチンについて、エスケープ変異体に対する中和抗体を誘導できることを確認した。
【0064】
(1)L抗原の調製
L抗原として、配列番号2のアミノ酸配列からなる自己組織化能を有するLタンパク質が脂質膜上に集合して出来たウイルス様粒子を用いた。前記L抗原は、特許第4085231号(米国特許第7597905号明細書)に記載されている方法で調製した。具体的には、特許第4085231号に記載の方法により、L抗原を発現する酵母を調製した。この酵母を培養し、培養後、特許第4936272号(米国特許出願公開2010/0292445号明細書)に記載の方法により、ガラスビーズを利用して培養菌体を破砕した。得られた菌体破砕液を70℃にて20分間の熱処理に供した。熱処理後に遠心工程に供し、得られた上清を回収した、その後、回収された上清を硫酸セルロファインカラムおよびゲル濾過カラムを用いて精製し、タンパク質濃度が0.2mg/mL以上となるように濃縮して、L抗原を得た。
【0065】
(2)L抗原の生化学的・物理化学的性質
製造したL抗原を電気泳動し銀染色すると、45kDa付近の位置にL抗原のモノマーのバンドが観察され、その2倍の分子量位置にL抗原のダイマーのバンドが観察された。一方、L抗原をウェスタンブロットで検出すると、S抗体、Pre-S1抗体、およびPre-S2抗体の何れの抗体を利用しても、45kDa付近の位置とその約2倍の分子量の位置にバンドが見られた。前記L抗原の粒子径は、ゼータサイザー(マルバーン社)を用いて動的光散乱法によって行った。その結果、粒子径は59.7nmであり、前記L抗原が粒子を形成していることが分かった。なお、乾燥状態で測定する電子顕微鏡では、粒子径は、おおよそ20nm程度になるが、本方式では粒子サイズは水溶液中で測定するため、粒子径より大きくなる。これらの結果は、前記L抗原が、Sタンパク質およびMタンパク質を含まず、Lタンパク質のみからなる抗原であり、さらに粒子を形成していることが確認された。
【0066】
(3)L抗原投与時の抗体産生
L抗原の投与スケジュールおよび投与量を、
図3に示す。前記実施例1(1)で調製したPre-S1領域を含むL抗原(3.0μg/shot)をアジュバント(AddaVax、InvivoGen社製)500μlとともに、アカゲザル(3~5歳、体重:~約5kg、各群3頭)に皮下投与した。接種に用いたワクチン液は、抗原溶液を6μg/mlにリン酸緩衝液(PBS)を用いて希釈後、得られた希釈液500μlと、前記アジュバント500μlとを混合することにより調製した。得られたワクチン液全量(1ml)を前記アカゲザルに投与した。前記投与は、初回投与を基準として、4週目および20週目に実施した。さらに、接種前、接種日、および1回目の接種日を基準として接種後の所定日(4週後、8週後、12週後、16週後、20週後、22週後、24週後、または26週後)に、各アカゲザルから採血し、血漿を回収した。コントロールは、S抗原を有効成分とするワクチン(ビームゲン、1.6μg/shot)を用いた以外は同様に投与と採血を実施した。なお、各抗原は、モル数が約等モルとなる量とした。
【0067】
(4)L抗原に対する抗体価
捕捉抗原として、HBs L-proteinが1μg/mlとなるようにTBS(50 mmol/l Tris-HCl, 150 mmol/l NaCl)で希釈した抗原液を、96穴プレートに各ウェルに50μlずつ分注して、4℃で一晩インキュベーションした。前記インキュベート後、各ウェルに、ブロッキングバッファー(Block Ace, KAC, Kyoto)を各ウェルに100μlずつ加え、37℃で2時間インキュベートしてブロッキングした。前記ブロッキング後、200μlの0.05% Tween 20添加PBS(PBST)で3回洗浄した後、ブロッキングバッファーで250倍に希釈した血漿を各ウェルに50μlずつ加え、室温で1.5時間インキュベーションした。
【0068】
つぎに、再度200μlのPBSTで3回洗浄した後、2次抗体としてブロッキングバッファーで1μg/mlに希釈したヤギ抗サルIgG抗体を各ウェルに50μlずつ加え、37℃で2時間インキュベーションした。その後、200μlのPBSTで3回洗浄した後、3次抗体としてブロッキングバッファーで10,000倍に希釈した抗ウサギIgGヤギ抗体を各ウェルに50μlずつ加え、37℃で1時間インキュベーションした。200μlのPBSTで3回洗浄した後、0.15mol/lクエン酸バッファー10mlあたりオルトフェニレンジアミン二塩酸塩(OPD)を40mg溶解し、過酸化水素(H2O2)を4μl加えたものを各ウェルに100μlずつ加えた。室温で10分間発色させた後、反応停止液として2mol/l H2SO4を各ウェル50μlずつ加え、吸光光度計を用いて492nmの吸光度を測定した。また、S-HBs抗原に対する抗体価の測定は、エンザイグノスト Anti-HBs II(シーメンスヘルスケアダイアグノスティクス株式会社製)を用いて測定した。
【0069】
図4は、両ワクチン液投与後の抗体価の推移を示すグラフである。
図4において、(A)は、抗S抗原に対する抗体の抗体価を示し、(B)は、抗L抗原に対する抗体の抗体価を示す。
図4(A)および(B)において、横軸は、ワクチン接種後の日数を示し、縦軸は、抗体価を示す。
図4(A)および(B)に示すように、実施例のL抗原ワクチン液投与群は、抗S抗原に対する抗体の抗体価がビームゲンワクチン液投与群より低いものの、抗L抗原に対する抗体の抗体価は、ビームゲンワクチン液投与群と比較して、格段に増強していた。
【0070】
つぎに、前記実施例1(3)で得られた血漿について、前記捕捉抗原として、HBs L-proteinに代えて、Pre-S1ペプチド(ビークル社製)を用いた以外は、同様にしてPre-S1に対する抗体価を測定した。この結果を
図5に示す。
【0071】
図5は、ワクチン液投与後の抗体価の推移を示すグラフである。
図5において、横軸は、ワクチン接種後の日数を示し、縦軸は、抗体価を示す。
図5に示すように、Pre-S1抗体価は、
図4(B)のL抗原に対する抗体価と、時間推移およびシグナル強度が共に良く一致し、L抗原に対する抗体の多くがPre-S1に対する抗体であることが分かった。以上のことから、L抗原ワクチン液投与後にはPre-S1抗体が早期に上昇すると判断された。
【0072】
(5)HBVの感染中和活性
前記ワクチン接種後、26週目に採血した血液由来の血漿を用いて、HBVの感染中和活性の評価を行った。具体的には、
図6に示すように、HBV感染の中和活性の評価には、Nano Luciferaseを持つHBVレポーターウイルスをNTCP発現HepG2細胞(HepG2-NTCP30細胞:HepG2/NTCP細胞)に感染させる系を使用した(参考文献2参照)。HBVレポーターウイルスは、参考文献2と同様にして調製した。HepG2-NTCP30細胞の培養にはDulbecco’s Modified Essential Medium/F12-Glutamax(商標)(Thermo Fisher社製)にHEPESを10mmol/l、加熱非働化牛胎児血清(Fetal Calf Serum:FCS)を10%、Insulinを5μg/ml、Puromycinを1μg/ml、Penicillinが100units/ml、Streptomycinが100μg/mlとなるように添加したものを培地として用いた。
参考文献2:Hironori Nishitsuji et.al., “Novel reporter system to monitor early stages of the
hepatitis B virus life cycle”, Cancer Sci., vol. 106, no. 11, pp. 1616-1624
【0073】
まず、HBVレポーターウイルスの作製用プラスミド2種類(HBV-NLおよびHBV-dE)をHepG2細胞に導入後、HepG2を37℃の条件下で1週間培養し、前記培養後に培養上清中のHBVレポーターウイルスを回収した。なお、HBVレポーターウイルスは、野生型のHBVウイルスと、G145R変異体のHBVウイルスの2種類を調製した。回収したHBVレポーターウイルスはイオデキサノールを用いた密度勾配超遠心法で精製し感染材料とした。前記実施例1(3)のアカゲザル血漿中の抗体はProtein G(protein G HP SpinTrap, Cytiva, 28903134)を用いて精製した。精製された抗体を10倍ずつ段階希釈し、5濃度準備した(1、10、100、1000または10000倍)。準備した抗体液を、HBVレポーターウイルス(moi=20)と混合した後に37℃で1時間静置後、得られた混合液をNTCP発現HepG2細胞と接触させ、HBVレポーターウイルスに感染させた。前記感染8日後に細胞内のNano Luciferase発現量を測定キット(Nano-Glo Luciferase Assay System, Promega, N1130)を用いて測定することでHBVの感染を評価した。また、HBV感染を50%阻害した抗体の希釈倍率(IC
50値)を中和活性の指標とした。これらの結果を、
図7および
図8に示す。
【0074】
図7および
図8は、血漿中の中和抗体の活性を示すグラフである。
図7および
図8において、横軸は、抗体の希釈倍率を示し、縦軸は、HBVレポーターウイルスの感染量を示す。
図7に示すように、通常のHBV株(HBV-WT)の感染では、実施例のL抗原およびアジュバントの投与群で誘導された抗体のIC
50値は、155.7±127.9(fold dilution)であり、コントロールのビームゲン接種(S抗原のみ)により誘導された抗体のIC
50値(383.9±291.2(fold dilution))と、ほぼ同程度であった。他方、
図8に示すように、ワクチンエスケープ変異として知られているG145R変異を持つHBV株(HBV-G145R)を用いた場合、実施例のL抗原およびアジュバントの投与群で誘導された抗体のIC
50値は、434.2±314.9(fold dilution)であり、HBV-WT株と比較して、IC
50値に大きな変化を認められなかった。これに対して、ビームゲン接種により誘導された抗体のIC
50値は、16.9±10.5(fold dilution)であり著明な低下が認められた。さらに、ワクチン接種を行った各個体群での変化を比較したところ、実施例のL抗原およびアジュバントの投与群では、HBV-WTとHBV-G145Rとの差は、1.11±0.20倍と大きな差を認めなかったが、コントロールのビームゲン接種個体では、0.12±0.02倍とIC
50値が、1/100程度に低下していた。これらの結果から、既存のHBVワクチンでは、エスケープ変異体に対する中和抗体の誘導ができないのに対して、本開示のワクチンによれば、エスケープ変異体に対する中和抗体の誘導ができることがわかった。また、本開示のワクチンでは、Pre-S1領域に対する中和抗体の誘導能を有することにより、G145R変異体についても中和活性を示すと推定される。また、G145R変異体以外のエスケープ変異体もS領域に変異を有し、Pre-S1領域に対する中和抗体は、中和活性を示すといえる。したがって、本開示のワクチンによれば、エスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発できるといえる。
【0075】
(6)HBVの感染中和活性
前記ワクチン接種後、26週目に採血した血液由来の血清を用いて、G145Rエスケープ変異体以外のエスケープ変異体に関してHBVの感染中和活性の評価を行った。具体的には、野生型のHBVウイルスに加えて、I126Sエスケープ変異体、G145Rエスケープ変異体、およびG145Aエスケープ変異体を調製した以外は、前記実施例1(5)と同様にして、HBVの感染を評価した。また、HBV感染を50%阻害した抗体の希釈倍率(IC
50値)を中和活性の指標とした。また、野生型のHBVウイルスに対する中和活性を100%として、中和活性の相対値を算出した。これらの結果を
図9に示す。
【0076】
図9は、血漿中の中和抗体の活性を示すグラフである。
図9(A)において、横軸は、抗体の希釈倍率を示し、縦軸は、HBVレポーターウイルスの感染量を示す。また、
図9(B)において、横軸は、エスケープ変異体の種類およびワクチンの種類を示し、縦軸は、中和活性の相対値(IC
50値)を示す。
図9(A)および(B)に示すように、いずれのエスケープ変異体においても、コントロールのビームゲン接種(S抗原のみ)では、野生型のHBVウイルスに対する中和活性と比較して、中和活性が低下した。これに対して、実施例のL抗原およびアジュバントの投与群では、いずれのエスケープ変異体に対する中和活性が、野生型のHBVウイルスに対する中和活性と同程度であった。したがって、本開示のワクチンによれば、異なるエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発できることがわかった。
【0077】
(7)HBVの感染中和活性
前記実施例1(2)で調製したL抗原について、水酸化アルミニウムゲル(Alhydrogel Adjuvant, InvivoGen 社)で製剤化し、雄のアカゲザル(3頭)に抗原として3μgを4週間毎(0、4、または8週目)に3回皮下投与した。さらに、接種日および1回目の接種日を基準として接種後の所定日(2週後、4週後、6週後、8週後、10週後、または12週後)に、各アカゲザルから採血し、血漿を回収した。得られた血漿中の抗S抗体、抗Pre-S1抗体および抗Pre-S2抗体の量について、それぞれの抗体測定キット(株式会社ビークル社製)を用いて行いて定量した。これらの結果を
図10に示す。
【0078】
図10は、ワクチン液投与後の抗体価の推移を示すグラフである。
図10において、横軸は、ワクチン接種後の日数を示し、縦軸は、抗体価を示す。
図10に示すように、抗S抗体、抗Pre-S1抗体、および抗Pre-S2抗体のいずれも抗体価の上昇は確認され、2回目の投与後に急激に各抗体の抗体価の上昇(75~400倍)が確認された。他方、
図5(B)に示すスクワレン含有アジュバントであるAddaVaxのワクチン液投与群と、初回投与後の抗体価の上昇を比較すると、AddaVaxのワクチン液投与群では、水酸化アルミニウムゲルのワクチン投与群より早期に抗Pre-S1抗体の急激な上昇が確認された。以上のことから、免疫原としてLタンパク質を用いる場合、AddaVax、すなわち、スクワラン含有アジュバントをアジュバントとして利用するとアラムアジュバントよりも早期に抗体価の上昇を誘導できることがわかった。
【0079】
以上、実施形態を参照して本開示を説明したが、本開示は、上記実施形態に限定されるものではない。本開示の構成や詳細には、本開示のスコープ内で当業者が理解しうる様々な変更をすることができる。
【0080】
<付記>
上記の実施形態および実施例の一部または全部は、以下の付記のように記載されうるが、以下には限られない。
<B型肝炎ウイルスワクチン>
(付記1)
対象に投与することにより、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発する方法に用いるためのB型肝炎ウイルスワクチンであって、
B型肝炎ウイルスのLタンパク質またはその変異体のみと、脂質膜とを含む表面抗原粒子を含む、ワクチン。
(付記2)
前記Lタンパク質またはその変異体は、下記(a)または(b)のタンパク質である、付記1に記載のワクチン:
(a)配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号2のアミノ酸配列において、6番目から113番目のPre-S1領域内で6個以下、114番目から162番目のPre-S2領域内で6個以下、163番目から385番目のS領域内で13個以下であって、かつ合計で16個以下のアミノ酸が欠失または置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質。
(付記3)
前記Lタンパク質またはその変異体が、酵母により発現されたものである、付記1または2に記載のワクチン。
(付記4)
対象への投与により、前記Lタンパク質のPre-S1領域および/またはPre-S2領域に対する抗体が産生される、付記1から3のいずれかに記載のワクチン。
(付記5)
対象への投与により、前記Lタンパク質のPre-S1領域および/またはPre-S2領域に対する細胞性免疫が誘導される、付記1から4のいずれかに記載のワクチン。
(付記6)
対象への投与により、投与後2週間までに、前記対象においてLタンパク質のPre-S1領域および/またはPre-S2領域に対するに対する抗体が産生される、付記1から5のいずれかに記載のワクチン。
(付記7)
免疫賦活化剤を含む、付記1から6のいずれかに記載のワクチン。
(付記8)
前記免疫賦活化剤は、スクワレン含有アジュバントである、付記7に記載のワクチン。
(付記9)
B型肝炎ウイルスのコアタンパク質を含む、付記1から8のいずれかに記載のワクチン。
(付記10)
対象への投与により、コアタンパク質に対する抗体が誘導される、付記9に記載のワクチン。
(付記11)
対象への投与により、コアタンパク質に対する細胞性免疫が誘導される、付記9または10に記載のワクチン。
(付記12)
前記B型肝炎ウイルスに対する中和抗体価が、少なくとも2から1000である、付記1から11のいずれかに記載のワクチン。
(付記13)
前記B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体は、B型肝炎ウイルスのSタンパク質を含むB型肝炎ワクチンにより誘導される中和抗体に対するエスケープ変異体である、付記1から12のいずれかに記載のワクチン。
(付記14)
前記B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体は、B型肝炎ウイルスのS領域のG145R変異体、G145A変異体、および/またはI126S変異体である、付記1から13のいずれかに記載のワクチン。
(付記15)
前記対象は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に感染している対象、および/または、B型肝炎ウイルスのSタンパク質を含むワクチンを投与された対象である、付記1から14のいずれかに記載のワクチン。
<液性免疫応答の誘発方法>
(付記16)
B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発する方法であって、
対象に、付記1から15のいずれかに記載のB型肝炎ウイルスワクチンを投与する工程を含む、方法。
(付記17)
前記B型肝炎ウイルスワクチンは、in vitroでまたはin vivoで投与される付記16に記載の方法。
(付記18)
前記B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体は、B型肝炎ウイルスのS領域のG145R変異体、G145A変異体、および/またはI126S変異体である、付記16または17に記載の方法。
(付記19)
前記対象は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に感染している対象、および/または、B型肝炎ウイルスのSタンパク質を含むワクチンを投与された対象である、付記16から18のいずれかに記載の方法。
<B型肝炎ウイルス感染症の処置方法>
(付記20)
B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体の感染症の処置方法であって、対象に、付記1から15のいずれかに記載のB型肝炎ウイルスワクチンを投与する工程を含む、方法。
(付記21)
前記B型肝炎ウイルスワクチンは、in vitroでまたはin vivoで投与される付記20に記載の方法。
(付記22)
前記B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体は、B型肝炎ウイルスのS領域のG145R変異体、G145A変異体、および/またはI126S変異体である、付記20または21に記載の方法。
(付記23)
前記対象は、B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に感染している対象、および/または、B型肝炎ウイルスのSタンパク質を含むワクチンを投与された対象である、付記20から22のいずれかに記載の方法。
<使用>
(付記24)
B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘発するための、付記1から15のいずれかに記載のB型肝炎ウイルスワクチン。
(付記25)
B型肝炎ウイルスのエスケープ変異体の感染症の処置するための、付記1から15のいずれかに記載のB型肝炎ウイルスワクチン。
以上のように、本開示によれば、エスケープ変異体に対する液性免疫応答を誘導可能なB型肝炎ウイルスワクチンを提供できる。このため、本開示は、例えば、医薬分野等において極めて有用である。