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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023102339
(43)【公開日】2023-07-25
(54)【発明の名称】減塩パンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   A21D 2/02 20060101AFI20230718BHJP
   A21D 2/18 20060101ALI20230718BHJP
   A21D 10/02 20060101ALI20230718BHJP
   A21D 13/06 20170101ALI20230718BHJP
【FI】
A21D2/02
A21D2/18
A21D10/02
A21D13/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022002745
(22)【出願日】2022-01-12
(71)【出願人】
【識別番号】505218801
【氏名又は名称】学校法人渡辺学園
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鍋谷 浩志
(72)【発明者】
【氏名】都築 和香子
(72)【発明者】
【氏名】廣野 りえ
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 朱里
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼垣 若子
【テーマコード(参考)】
4B032
【Fターム(参考)】
4B032DB02
4B032DG02
4B032DK03
4B032DK12
4B032DK18
4B032DK43
4B032DK55
4B032DL20
4B032DP13
4B032DP33
4B032DP40
(57)【要約】
【課題】食感及び食味に優れる減塩パンを製造する。
【解決手段】下記工程(i)~(iii)を含む製造方法で減塩パンを製造する:
(i)穀粉、酵母、塩化ナトリウム及び糖類を少なくとも含むパン生地を調製する工程であって、前記糖類が、スクロース、グルコース及びフルクトースからなる群から選択される少なくとも1種を含み、塩化ナトリウムの添加量を穀粉100gあたり1.0g以下とし、スクロース、グルコース及びフルクトースの合計添加量を穀粉100gあたり14mmol以上とし、かつ、下記式(I)で表されるQの値を70~110とする、工程:
Q=2X+Y ・・・(I)
(式中、Xは穀粉100gあたりに添加する塩化ナトリウム量(mmol)、Yは穀粉100gあたりに添加する糖類及び糖アルコールの合計量(mmol)を示す);
(ii)前記パン生地を発酵させる工程;及び
(iii)発酵後の前記パン生地を焼成する工程。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(i)~(iii)を含む、減塩パンの製造方法:
(i)穀粉、酵母、塩化ナトリウム及び糖類を少なくとも含むパン生地を調製する工程であって、
前記糖類が、スクロース、グルコース及びフルクトースからなる群から選択される少なくとも1種を含み、
塩化ナトリウムの添加量を穀粉100gあたり1.0g以下とし、
スクロース、グルコース及びフルクトースの合計添加量を穀粉100gあたり14mmol以上とし、かつ、下記式(I)で表されるQの値を70~110とする、工程:
Q=2X+Y ・・・(I)
(式中、Xは穀粉100gあたりに添加する塩化ナトリウム量(mmol)、Yは穀粉100gあたりに添加する糖類及び糖アルコールの合計量(mmol)を示す);
(ii)前記パン生地を発酵させる工程;及び
(iii)発酵後の前記パン生地を焼成する工程。
【請求項2】
前記糖類が、グルコース又はフルクトースを含む、請求項1に記載の減塩パンの製造方法。
【請求項3】
糖アルコールを含む、請求項1又は2に記載の減塩パンの製造方法。
【請求項4】
穀粉、酵母、塩化ナトリウム及び糖類を少なくとも含み、
前記糖類が、スクロース、グルコース及びフルクトースからなる群から選択される少なくとも1種を含み、
前記塩化ナトリウム量が穀粉100gあたり1.0g以下であり、
前記スクロース、グルコース及びフルクトースの合計量が穀粉100gあたり14mmol以上であり、
下記式(I)で表されるQの値が70~110である減塩パンミックス:
Q=2X+Y ・・・(I)
(式中、Xは穀粉100gあたりの塩化ナトリウム量(mmol)、Yは穀粉100gあたりの糖類及び糖アルコールの合計量(mmol)を示す)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、減塩パンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
塩分の過剰摂取が、高血圧症などの生活習慣病や、胃癌、骨粗鬆等の疾患に関連することが知られている。厚生労働省によると、1日当たりの食塩摂取量は8g以下とすることが推奨されているが、実際の我が国での食塩摂取量は、男性で一日当たり平均10.9g、女性で平均9.3gであり、高い水準にある(非特許文献1)。市販される通常の食パンの食塩濃度は、小麦質量の2%程度であり、例えば、6枚切りの食パン1枚に含まれる食塩量は0.86g程度となり、これだけで1日の推奨摂取量の10%を超えることとなる。食パンはコメと同様に主食としての需要が高いが、健康維持のため、その食塩含有量を減らすことが望まれる。特に腎臓疾患患者や循環器疾患患者においては、その食塩摂取量が厳しく制限されるが、QOL向上のため、塩分を気にせず食べられるパンの需要はより高いといえる。
【0003】
特許文献1には、食感を改善するために、パン生地の製造にpHを2.9~6.2に調整した水を使用する無塩乃至減塩パン類の製造方法が開示されている。特許文献2には、食塩に代えて、食塩代替塩とグルコースオキシダーゼとを添加することを含む、無塩パン又は減塩パンの製造方法が開示されている。特許文献3には、食塩に代えて、食塩代替塩と植物性タンパク質の加水分解物とを添加することを含む、減塩パン又は無塩パンの製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-209058号公報
【特許文献2】特開2020-150881号公報
【特許文献3】特開2020-162562号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】厚生労働省「令和元年 国民健康・栄養調査報告」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、減塩化又は無塩化による食味の低下を改善することが困難であった。また、特許文献2及び3の発明に使用される食塩代替塩は、独特のエグみ等を有することが知られ、食味の低下を生じさせるおそれがあった。本発明の目的は、食感及び食味に優れる減塩パンの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討の結果、食塩含有量を減じた減塩パンを製造するにあたり、減量した分の塩化ナトリウムのモル量の2倍程度のモル量の糖類及び/又は糖アルコールをパン生地に追加することで、通常のパンと同等程度の食感を有し、かつ、食味に優れたパンを得ることができることを見出し、本発明を完成させるに到った。
【0008】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
(1)下記工程(i)~(iii)を含む、減塩パンの製造方法:
(i)穀粉、酵母、塩化ナトリウム及び糖類を少なくとも含むパン生地を調製する工程であって、
前記糖類が、スクロース、グルコース及びフルクトースからなる群から選択される少なくとも1種を含み、
塩化ナトリウムの添加量を穀粉100gあたり1.0g以下とし、
スクロース、グルコース及びフルクトースの合計添加量を穀粉100gあたり14mmol以上とし、かつ、下記式(I)で表されるQの値を70~110とする、工程:
Q=2X+Y ・・・(I)
(式中、Xは穀粉100gあたりに添加する塩化ナトリウム量(mmol)、Yは穀粉100gあたりに添加する糖類及び糖アルコールの合計量(mmol)を示す);
(ii)前記パン生地を発酵させる工程;及び
(iii)発酵後の前記パン生地を焼成する工程。
(2)前記糖類が、グルコース又はフルクトースを含む、(1)に記載の減塩パンの製造方法。
(3)糖アルコールを含む、(1)又は(2)に記載の減塩パンの製造方法。
(4)穀粉、酵母、塩化ナトリウム及び糖類を少なくとも含み、
前記糖類が、スクロース、グルコース及びフルクトースからなる群から選択される少なくとも1種を含み、
前記塩化ナトリウム量が穀粉100gあたり1.0g以下であり、
前記スクロース、グルコース及びフルクトースの合計量が穀粉100gあたり14mmol以上であり、
下記式(I)で表されるQの値が70~110である減塩パンミックス:
Q=2X+Y ・・・(I)
(式中、Xは穀粉100gあたりの塩化ナトリウム量(mmol)、Yは穀粉100gあたりの糖類及び糖アルコールの合計量(mmol)を示す)。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、食感及び食味に優れる減塩パンの製造方法を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】通常のパン、従来の減塩パンの一例及び本発明の方法で製造された各種減塩パンにおける、塩化ナトリウム、糖類及び糖アルコールの強力粉100gあたりの重量とQ(塩化ナトリウムのモル量(mmol)×2+糖類及び糖アルコールの合計モル量(mmol))の値との関係を示す模式図を示す。図1Aは、通常のパンにおけるスクロース及び塩化ナトリウムの重量とQの値の関係を示す模式図である。図1Bは、従来の減塩パンにおけるスクロース及び塩化ナトリウムの重量とQの値の関係を示す模式図である。図1Cは、本発明の方法で製造された減塩パンのスクロース、塩化ナトリウム及びグルコースの重量とQの値の関係を示す模式図である。図1Dは、添加する糖類等を全てグルコースとした減塩パンにおける塩化ナトリウム及びグルコースの重量とQの値の関係を示す模式図である。図1Eは、従来の減塩パンにエリスリトールを添加した減塩パンにおける、スクロース、塩化ナトリウム及びエリスリトールの重量とQの値の関係を示す模式図である。図1Fは、従来の減塩パンにキシリトールを添加した減塩パンにおける、スクロース、塩化ナトリウム及びキシリトールの重量とQの値の関係を示す模式図である。
図2】通常のパン、従来の減塩パン及び本発明の方法で製造された各種減塩パンにおける、歪率と荷重の関係を示すグラフである。図2Aは、通常のパン(参考例)、従来の減塩パン(比較例)及び本発明の方法で製造された減塩パン(実施例1及び2)における、歪率と荷重の関係を示す。図2Bは、従来の減塩パン(比較例)と本発明の方法で製造された減塩パン(実施例3~5)における、歪率と荷重の関係を示す。
図3】通常のパン(参考例)、従来の減塩パン(比較例)及び本発明の方法で製造された各種減塩パン(実施例1~5)における、歪率10%での荷重値を示す棒グラフである。
図4】各種糖類を含む水溶液における、酵母による二酸化炭素発生量の推移を示すグラフである。図4Aは、通常のパンに含まれる糖濃度における酵母による二酸化炭素発生量を示す(試料No.1(スクロース)、2(グルコース)及び3(フルクトース))。図4Bは、通常のパンに含まれる糖濃度の3倍の糖濃度における酵母による二酸化炭素発生量を示す(試料No.4(スクロース)、5(グルコース)及び6(フルクトース))。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において、「A~B」(A及びBは数値)は、特に説明のない限り、「A以上B以下」を表すものとする。
【0012】
1.減塩パンの製造方法
本発明の減塩パンの製造方法(以下、「本発明の方法」とも称する)は、下記工程(i)~(iii)を含む、ことを特徴とする。
(i)穀粉、酵母、塩化ナトリウム及び糖類を少なくとも含むパン生地を調製する工程であって、前記糖類が、スクロース、グルコース及びフルクトースからなる群から選択される少なくとも1種を含み、塩化ナトリウムの添加量を穀粉100gあたり1.0g以下とし、スクロース、グルコース及びフルクトースの合計添加量を穀粉100gあたり14mmol以上とし、かつ、下記式(I)で表されるQの値を70~110とする、工程:
Q=2X+Y ・・・(I)
(式中、Xは穀粉100gあたりに添加する塩化ナトリウム量(mmol)、Yは穀粉100gあたりに添加する糖類及び糖アルコールの合計量(mmol)を示す);
(ii)前記パン生地を発酵させる工程;及び
(iii)発酵後の前記パン生地を焼成する工程。
【0013】
従来の減塩パンは、通常のパンと比較して、食感(特に歯ごたえ)及び食味が劣る、という問題があった。本発明の方法によれば、上記の特徴を有することで、食感と食味が改善された減塩パンを得ることが可能である。
【0014】
本発明の方法による上記の改善は、次の原理によるものと考えられる。食感の改善について、パン生地の焼成前には発酵工程を要するが、減塩パンのパン生地は含まれる塩化ナトリウム量が少ないため、酵母発酵時の生地内の浸透圧が通常のパンよりも低くなる。低浸透圧条件下では酵母の発酵が過剰に進み、パン生地の弾力性が失われやすいと考えられる。本発明の方法は、塩化ナトリウムを減量した分、添加される糖類及び任意で添加される糖アルコール(以下、「糖類等」とも称する)の合計モル量を通常のパンの同成分の合計モル量よりも高くして、下記式(I)で示されるQの値が、一定の値となるように調整することを含む。
Q=2X+Y ・・・(I)
(式中、Xは穀粉100gあたりに添加する塩化ナトリウム量(mmol)、Yは穀粉100gあたりに添加する糖類及び糖アルコールの合計量(mmol)を示す)
より具体的には、本発明の方法は、上記Qの値を70~110とすることを含む。
【0015】
本発明の方法は、塩化ナトリウムの含有モル量の2倍と糖類等の含有モル量の合計(すなわちQの値)を一定に揃えることを要し、これにより、パン生地の浸透圧を一定とすることを可能とする。本明細書において、浸透圧(π)とは、下記式(II)のファントホッフの式で求められる圧力を指す。
π(atm)=MRT ・・・(II)
(ここで、Mはモル濃度(mol/dm)、Rは気体定数(atm・dm/K・mol)、Tは温度(K)である)
すなわち、浸透圧は、温度が一定に維持された状態では、原則として溶質のモル濃度に比例する。しかし、溶質が塩化ナトリウム等の電解質の場合は、上記のファントホッフの式をそのまま適用することはできず、モル濃度Mに下記式(III)で示されるファントホッフ係数iを乗ずる必要がある。
i=1+(n-1)α ・・・(III)
(ここで、nは電離後のイオンの数、αは解離度である)
塩化ナトリウムの場合、n=2、α≒1(ほぼ完全に電離)であることから、i≒2となる。一方、糖類等の水和物を形成する物質についても、浸透圧の計算において上記式(II)をそのまま適用することができず、厳密には水和の影響を考慮する必要があるが、水和が浸透圧の値に与える影響は微細である。上記より、発明者らは、塩化ナトリウム及び糖類等の浸透圧の程度を簡便に示す指標として、穀粉100gあたりに添加する糖類のモル量(mmol)に、塩化ナトリウムのモル量(mmol)の2倍の値を加算した、上記式(I)で示されるQの値が有用であることを見出した。
【0016】
本発明の方法によれば、塩化ナトリウム量の添加量を減らすことで低減されるパン生地内の浸透圧を、糖類等の含有量を増加させることで上昇させ、通常のパン生地と同等程度とすることができる。これにより、酵母による過発酵を抑え、通常のパンと同等の弾力性のある減塩パンを製造することが可能になったと考えられる。
【0017】
一方、酵母は、糖類を基質としてこれを発酵させるため、糖類の増量により、過発酵が生じやすくなるとも考えられた。しかし、本発明者らは、通常のパン生地の発酵時の濃度に相当する濃度、及びその3倍の濃度の糖類溶液中で酵母を発酵させ、その発酵速度を測定・比較して、糖類を増量させても酵母の発酵速度に上昇がみられないことを確認した(試験例3)。
【0018】
食味の改善について、通常のパンでは、一定量以上の塩化ナトリウムが含まれることにより、食した際に甘味が強く感じられるが、従来の減塩パンは、塩化ナトリウム量を減じるため、その効果が得られにくい。本発明の方法は、糖類等の含有量を通常のパンよりも多くすることで、塩化ナトリウム量を減らしたことによる甘味の低下を補填することができる。一方、従来の減塩パンでは、塩化ナトリウム量を減じるため、当然ながら通常のパンと比較して食した際の塩味が低く満足感が得られにくかった。本発明者らは、減塩パンの製造において、糖類等の含有量を多くすることで、甘味の増加による対比効果により、塩味が増強されて、従来の減塩パンよりも喫食時に高い満足感が得られることを確認した(複数名のパネリストの官能評価による(データ示さず))。すなわち、本発明の方法は、甘味及び塩味の両方で、減塩パンの食味の低下を抑えることが可能である。
【0019】
上記の通り、本発明の方法は、塩化ナトリウムを減量した分、通常よりも高い所定量の糖類等をパン生地に添加して、従来の減塩パンの問題点である、食感及び食味の低下を抑え、通常のパンに近い食感及び食味を実現させたものである。
【0020】
本明細書において、「減塩パン」とは、通常のパンより、焼成前のパン生地に添加する塩化ナトリウム量が少ないパンを指す。より具体的には、焼成前のパン生地に含まれる穀粉100gに対して、添加する塩化ナトリウム量が通常のパンの50%以下のパンを指す。通常のパンにおける塩化ナトリウム添加量は、その種類によっても異なるが、穀粉100gに対して2.0g程度であるから、本明細書における減塩パンの塩化ナトリウム添加量は穀粉100gに対して1.0g以下とする。
【0021】
本明細書において、「穀粉」は、麦、米、トウモロコシ、ひえ、粟、アマランサス、そば、豆等の穀類及びジャガイモ、葛、キャッサバ等の根菜類を粉状に挽いて製造された粉であって、パンの原料として通常使用されるものをいずれも包含する。例えば、小麦粉、大麦粉、ライ麦粉、麦芽粉、エンバク粉、米粉、トウモロコシ粉、ひえ粉、粟粉、アマランサス粉、そば粉、大豆粉(きな粉)、緑豆粉、片栗粉、葛粉、タピオカ粉等が含まれる。
【0022】
本明細書において「塩化ナトリウム」は、通常、食塩に含まれる塩化ナトリウムを指す。塩事業法第2条第1項で定義される「食塩」は、塩化ナトリウムの含有量が100分の40以上の固形物(ただし、チリ鉱石、カイニット、シルビニットその他財務省令で定める鉱物を除く)をいう。現在、一般的に流通する食塩は、塩化ナトリウム含有率が99重量%以上のものがほとんどであるが、塩化カリウムや、他のミネラル成分を含むものも「食塩」として流通している。本明細書に使用される「食塩」の用語は、特に説明のない限り、塩化ナトリウム含有量が99重量%以上の一般的な食塩を指すものとする。
【0023】
本明細書において、「糖類」は、糖質(炭水化物)のうち、単糖類及び二糖類に含まれる糖をいずれも包含する。単糖類としては、例えば、グルコース、フルクトース、ガラクトース等が知られるが、これらに限定されない。また、二糖類としては、例えば、マルトース、スクロース、ラクトース、トレハロース等が知られるが、これらに限定されない。
【0024】
本明細書において、「糖アルコール」とは、糖質のカルボニル基を還元して得られる物質を指す。糖アルコールとしては、例えば、エリスリトール、グリセリン、ラクチトール、マンニトール、ソルビトール、キシリトール、マルチトール、還元水飴等が知られるが、これらに限定されない。糖アルコールは、糖類と比較して、酸・アルカリ・熱に強い、消化吸収されにくい、等の特徴を有することが知られる。
【0025】
表1に、主な糖類及び糖アルコールの分子量、甘味の強さ、カロリー及びアルコール発酵能を示す。ここでいう甘味の強さは、スクロースの甘みを1.0とした場合の、同重量の各糖類/糖アルコールの甘みの強さを示す。
【0026】
【表1】
【0027】
本明細書において、「パン生地」とは、穀粉、食塩、糖類/糖アルコール、酵母及び水分、並びに必要に応じて、牛乳、スキムミルク、卵、油脂(無塩バター等)等を混ぜたものを指す。前記パン生地は、焼成の前に酵母発酵を行うものとする。
【0028】
1-1 パン生地を調製する工程(工程(i))
本発明の方法は、穀粉、酵母、塩化ナトリウム及び糖類を少なくとも含むパン生地を調製する工程であって、前記糖類が、スクロース、グルコース及びフルクトースからなる群から選択される少なくとも1種を含み、塩化ナトリウムの添加量を穀粉100gあたり1.0g以下とし、スクロース、グルコース及びフルクトースの合計添加量を穀粉100gあたり14mmol以上とし、下記式(I)で表されるQの値を70~110とする、工程である。
Q=2X+Y ・・・(I)
(式中、Xは穀粉100gあたりに添加する塩化ナトリウム量(mmol)、Yは穀粉100gあたりに添加する糖類及び糖アルコールの合計量(mmol)を示す)
【0029】
工程(i)で使用される穀粉は、特に限定されないが、小麦粉を主原料とすることが好ましい。小麦粉は、水分を加えて混ぜ合わせることで、グルテンの働きでパン生地に弾力を持たせることができる。高い弾力を持たせるため、通常は、グルテン含有量の高い強力粉が使用される。小麦粉を主原料とする場合、必要に応じて、小麦粉に加えて、米粉、コーンスターチ等の他の穀粉を混ぜ合わされていてもよい。また、工程(i)で使用される酵母は、生酵母であっても、粉末状のドライイーストであってもよい。
【0030】
工程(i)で、塩化ナトリウムは、添加量が穀粉100gあたり1.0g以下、好ましくは0.5~0.9gとなるように他の材料と混合される。塩化ナトリウムは、粉状の食塩として穀粉と共に篩にかけられて混合されてもよいが、例えば、有塩バター等、他の材料に含まれる形で添加されてもよい。ただし、ここでいう塩化ナトリウムの添加量には、食塩、有塩バター等の0.5重量%以上の塩化ナトリウムを含有する材料以外の材料、例えば、穀粉、酵母等に含まれる微量の塩化ナトリウムの量は含まれないものとする。
【0031】
工程(i)で使用される糖類は、スクロース、グルコース及びフルクトースからなる群から選択される少なくとも1つを含む。これらの糖類は、酵母のアルコール発酵に使用される糖類であり、最低限添加することを要する糖類である。スクロース、グルコース及びフルクトースは、合計添加量が、穀粉100gあたり14mmol以上、好ましくは20mmol以上となるように添加することを要する。パン生地に添加する糖類は、重量当たりのモル量が高いことから、単糖類を添加することが好ましい。すなわち、グルコース及びフルクトースの少なくとも一方を添加することが好ましい。
【0032】
工程(i)では、他の糖類及び/又は糖アルコールが添加されてもよい。他の糖類及び/又は糖アルコールの添加の有無にかかわらず、添加される糖類等は、塩化ナトリウム含有量との関係で、下記式(I)で示されるQの値が、70~110、好ましくは80~100となるように他の材料と混合される。
Q=2X+Y ・・・(I)
(式中、Xは穀粉100gあたりに添加する塩化ナトリウム量(mmol)、Yは穀粉100gあたりに添加する糖類及び糖アルコールの合計量(mmol)を示す)
【0033】
前記他の糖類としては、単糖類であっても二糖類であってもよいが、単糖類とすることが好ましい。一方、糖アルコールを添加する場合は、より分子量の低いエリスリトール、グリセリン、キシリトール、マンニトール、ソルビトール等を使用することが好ましい。糖アルコールは、パンに甘味を与える一方で、食した際の血糖値が上がりにくい、摂取カロリーを低く抑えられる、という特徴を有することから、摂取者が糖尿病・糖尿病予備群や肥満傾向であっても摂取しやすい。また、多くの糖アルコールは、モル量当たりの甘味がスクロースよりも低いことから、添加モル量が多くなっても、減塩パンに過剰な甘味を与えにくい。そのため、摂取者が過剰な甘味を好まない場合も好適に使用できる。
【0034】
工程(i)では、さらに、牛乳、スキムミルク、卵、油脂、pH調整剤等の他の材料を加えてもよい。
【0035】
工程(i)は、上記の材料を混ぜ合わせて、水分を加えて適度な粘度に調整し、捏ね合わせることを含む。工程(i)により、従来よりも塩化ナトリウム量が少なく、糖類及び/又は糖アルコールの合計量が多いパン生地が調製される。
【0036】
1-2 発酵工程(工程(ii))
本発明の方法は、前記パン生地を発酵させる工程(以下「工程(ii)」とも称する)を含む。工程(ii)の実施条件は、パン生地の膨張が十分になされる条件であれば、特に限定されないが、通常は、20~40℃の温度下で20分間~3時間、好ましくは20分間~2時間静置することで実施される。パン生地の過発酵を防ぐため、静置時間は、3時間を超えないように調整することを要する。
【0037】
本発明の方法は、工程(ii)の後、焼成の前に、必要に応じて、分割工程、成形工程、二次発酵工程を有していてもよい。ここで、二次発酵工程は、過発酵を防止するため、45℃以下の温度下で、2時間以内とすることが好ましい。
【0038】
1-3 焼成工程(工程(iii))
本発明の方法は、発酵後の前記パン生地を焼成する工程(以下、「工程(iii)」とも称する)を含む。工程(iii)の実施条件は、パン生地の焼成が十分になされる条件であれば、特に限定されないが、通常は、150~240℃の温度下で10~90分間、好ましくは15~60分間加熱することで実施される。
【0039】
2.減塩パンミックス
本発明の減塩パンミックスは、穀粉、酵母、塩化ナトリウム及び糖類を少なくとも含み、前記糖類が、スクロース、グルコース及びフルクトースからなる群から選択される少なくとも1種を含み、前記塩化ナトリウムの量が穀粉100gあたり1.0g以下、好ましくは0.5~0.9gであり、前記スクロース、グルコース及びフルクトースの合計量が穀粉100gあたり14mmol以上、好ましくは20mmol以上であり、下記式(I)で表されるQの値が70~110、好ましくは80~100である、ことを特徴とする。
Q=2X+Y ・・・(I)
(式中、Xは穀粉100gあたりの塩化ナトリウム量(mmol)、Yは穀粉100gあたりの糖類及び糖アルコールの合計量(mmol)を示す)
【0040】
本発明の減塩パンミックスは、本発明の減塩パンの製造方法に使用可能であり、業務用の製パン機でのパンの製造に適用可能であるが、家庭用ホームベーカリー又は手作りでのパンの製造にも適用可能である。本発明の減塩パンミックスは、穀粉、酵母、塩化ナトリウム及び糖類、並びに任意で糖アルコールを含むが、これらとは別に、スキムミルク、油脂、pH調整剤等が含まれていてもよい。本発明の減塩パンミックスは、水分と、任意で卵、牛乳等を添加し、所定の手順を踏むことで、減塩パンを製造することが可能である。
【0041】
本発明の減塩パンミックスは、例えば、卵、牛乳等の冷蔵が必要なパン材料と共にキットの形で流通していてもよい。あるいは、本発明の減塩パンミックスは、当該減塩パンミックスを使用して減塩パンを製造するための手順を記載した説明書が添付されて流通していてもよい。
【実施例0042】
[試験例1]減塩パンの物性比較
通常の塩分量のパン(参考例)と、同じ材料で塩分量のみを減らした減塩パン(比較例)及び塩分量を減らしてグルコースを添加した減塩パン(実施例1)を調製した。表2に示す、参考例、比較例及び実施例1の材料をホームベーカリー(パナソニックSD-BMT1001)にセットし、食パンモードでパンを製造した。食パンモードは、練り、ねかし、練り、発酵、焼きの工程をこの順で自動で実施する。製造したパンを取り出し、パンの内側から、縦2cm×横2cm×厚さ2.5cmの切片を切り出し、クリープメーター(山電社製、RE2-33005C)を用いて、かたさ(応力)、凝集性、付着性の各種物性を測定した。
【0043】
図1に、参考例、比較例及び実施例1における、塩化ナトリウム、スクロース及びグルコースの強力粉100gあたりの重量とQの値の関係を示す模式図を示す。図1Aは、通常のパン(参考例)におけるスクロース及び塩化ナトリウムの重量とQの値の関係を示す模式図である。図1Bは、比較例におけるスクロース及び塩化ナトリウムの重量とQの値の関係を示す模式図である。図1Cは、実施例1におけるスクロース、塩化ナトリウム及びグルコースの重量とQの値の関係を示す模式図である。添加する食塩量、すなわち塩化ナトリウム量を穀粉100gあたり1.2g減じることで、塩分及び糖類のモル量より計算されるQの値、すなわち浸透圧が大幅に減少することが分かる。一方、グルコースをスクロースと同重量程度添加することで、減塩により減じた分のモル量を十分に補填できることが分かる。
【0044】
参考例、比較例及び実施例1の物性試験の結果を表2に示す。塩分量を減らしたのみの減塩パン(比較例)においては、通常のパン(参考例)と比較して、かたさ、凝集性に大きな差異は見られなかったが、付着性が半分以下の数値となっていた。これが、減塩パンの食感を変化させる一因であることが示唆された。一方、塩分量を減らしてグルコースを添加した減塩パン(実施例1)においては、かたさの数値が少し上がったものの、他の物性については大きな差異は見られなかった。減量した塩化ナトリウムに代えて、その約2倍のモル量のグルコースを添加することで、通常のパンと同等の食感が得られることが示された。
【0045】
【表2】
【0046】
[試験例2]各種減塩パンの圧縮時荷重値の比較
試験例1で調製したパンに加えて、実施例1の上白糖に代えて同モル量のグルコースを追加した減塩パン(実施例2)、実施例1のグルコースに代えて同モル量のエリスリトール、キシリトールを添加した減塩パン(実施例3、4)及び実施例2のドライイースト量を減じた減塩パン(実施例5)のパンを、材料を表3に示すものにした以外は、試験例1と同様に調製した。
【0047】
図1に実施例2~5における、強力粉100gあたりの塩化ナトリウム及び糖類等の重量とモル量の関係を示す模式図を示す。図1Dは、実施例2及び5における塩化ナトリウム及びグルコースの重量とQの値の関係を示す模式図である。図1Eは、実施例3におけるスクロース、塩化ナトリウム及びエリスリトールの重量とQの値の関係を示す模式図である。図1Fは、実施例4におけるスクロース、塩化ナトリウム及びキシリトールの重量とQの値の関係を示す模式図である。
【0048】
【表3】
【0049】
各パンについて、クリープメーター(株式会社山電、RE2-33005C)を用いて、圧縮時荷重の測定を行った。具体的には、測定は、焼成後の各種パンを厚さ2cmに切り分けた後、2cm角となるように中心部を3ヶ所切り出し、プラスチック製楔型冶具で圧縮して、下記に示す条件で行った。
冶具:No.50
ロードセル:20N
格納ピッチ:0.06秒
圧縮率:90%
速度:1mm/秒
【0050】
図2に、参考例、比較例、実施例1~5における、歪率と荷重の関係を示す。図2Aは、参考例、比較例、実施例1及び2における、歪率と荷重の関係を示す。図2Bは、比較例及び実施例3~5における、歪率と荷重の関係を示す。比較例の減塩パンにおいて、低荷重でも歪率が大きくなるのに対して、糖類を添加して浸透圧を増加させた実施例1及び2の減塩パンは、通常のパン圧縮時の挙動がほぼ同様となることが確認できた。実施例1のグルコースに代えてエリスリトール、キシリトールを同モル量添加した実施例3、4においてもグルコース添加時と同様の結果となった。また、実施例2よりドライイーストの量を減じた実施例5において、実施例2と同様の結果となった。
【0051】
図3に、各種パンにおける、歪率10%での荷重値を示す。歪率10%は、パンを噛み始めた時のかたさの指標となる。参考例と比較して、比較例は明らかにかたさが不足していた。一方、実施例1~5は、いずれも参考例と同等程度のかたさであった。
【0052】
[試験例3]アルコール発酵能比較
糖濃度を増加させることにより、酵母のアルコール発酵速度が上昇するかを確認した。ガラススクリュー管瓶(マルエム社製 0101-09)内に、表4の試料No.1~6として示される成分を含む水溶液を液温42℃で調製した。試料No.1~3の水溶液の含まれる糖類(順に、スクロース、グルコース、フルクトース)及び酵母(ドライイースト)の濃度は、通常のパン生地中の糖類及び酵母の濃度に相当する。一方、試料No.4~6の水溶液には、それぞれ試料No.1~3の3倍濃度の糖類を添加した。各試料について、室温に維持しながら酵素反応を継続し、放出される二酸化炭素の量を測定した。二酸化炭素量の測定には、キューネ発酵管(ケニス社製 82-2409)を使用した。
【0053】
【表4】
【0054】
各試料における二酸化炭素発生量の推移を図4に示す。図4Aは、通常のパンに含まれる糖濃度における酵母による二酸化炭素発生量(試料No.1~3)を、図4Bは、通常の3倍の糖濃度における酵母による二酸化炭素発生量(試料No.4~6)を示す。糖濃度を3倍に増加させても、酵母による糖分解速度の顕著な上昇は見られず、スクロースにおいては、むしろ糖濃度を増加させることで、分解速度の上昇が阻害されることが示された。
図1
図2
図3
図4