(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023102434
(43)【公開日】2023-07-25
(54)【発明の名称】鋼部材
(51)【国際特許分類】
C23C 24/08 20060101AFI20230718BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230718BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230718BHJP
【FI】
C23C24/08 Z
C22C38/00 301Z
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022002909
(22)【出願日】2022-01-12
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】成宮 洋輝
(72)【発明者】
【氏名】今高 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】平上 大輔
(72)【発明者】
【氏名】山下 朋広
【テーマコード(参考)】
4K044
【Fターム(参考)】
4K044AA02
4K044BA06
4K044BA18
4K044BB01
4K044BB11
4K044BC01
4K044CA11
4K044CA22
4K044CA24
(57)【要約】
【課題】高い剛性を有し、摺動相手となる他部材の摩耗や損傷を抑制し、さらに、摺動面の焼付きを抑制することができる鋼部材を提供すること。
【解決手段】鋼からなる基材部と、前記基材部の少なくとも一部を覆う表層部と、を備え、前記表層部は、ホウ化物、炭化物、窒化物のうちの少なくとも1種の化合物を、面積%で前記表層部の断面の10%以上含有し、残部がバインダーである、複合材料からなり、前記化合物は、300GPa以上の縦弾性率を有し、かつ、1200HV以上のビッカース硬さを有し、前記表層部の平均厚さが、0.5mm以上であり、前記表層部の表面の、摺動方向の表面粗さ負荷曲線において、突出山部高さRpkが0.50μm以下、かつ、突出谷部深さRvkが0.10μm以上である、鋼部材。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼からなる基材部と、
前記基材部の少なくとも一部を覆う表層部と、
を備え、
前記表層部は、ホウ化物、炭化物、窒化物のうちの少なくとも1種の化合物を、面積%で前記表層部の断面の10%以上含有し、残部がバインダーである、複合材料からなり、
前記化合物は、300GPa以上の縦弾性率を有し、かつ、1200HV以上のビッカース硬さを有し、
前記表層部の平均厚さが、0.5mm以上であり、
前記表層部の表面の、摺動方向の表面粗さ負荷曲線において、突出山部高さRpkが0.50μm以下、かつ、突出谷部深さRvkが0.10μm以上である、
鋼部材。
【請求項2】
前記基材部が、化学組成として、質量%で、
C:0.10~0.55%、
Si:0.05~1.50%、
Mn:0.20~2.00%、
Al:0.005~0.100%、
N:0.0010~0.0250%、
P:0.001~0.150%、
S:0.005~0.150%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなる、
請求項1に記載の鋼部材。
【請求項3】
前記基材部は、前記化学組成として、残部のFeの一部に換えて、質量%で、
Cr:0.10~5.00%、
Mo:0.05~1.00%、
から選択される1種又は2種を更に含有する、
請求項2に記載の鋼部材。
【請求項4】
前記基材部は、前記化学組成として、残部のFeの一部に換えて、質量%で、
V:0.05~0.50%、
Ti:0.05~0.30%、
から選択される1種又は2種を更に含有する、
請求項2又は3に記載の鋼部材。
【請求項5】
前記複合材料の前記バインダーが、C含有量が0.1~1.0質量%である鉄基合金であり、かつ、
前記化合物が、NbC、TiC、VC、WC、SiC、Cr3C2、Mo2C、ZrC、TiB2、W2B5、Mo2B5、TiN、VN、NbN、ZrNのうちの1種以上である、
請求項1~4の何れか一項に記載の鋼部材。
【請求項6】
前記化合物の平均粒子径が150μm以下である、
請求項1~5の何れか一項に記載の鋼部材。
【請求項7】
前記表層部の平均厚さが0.5~30.0mmである、
請求項1~6の何れか一項に記載の鋼部材。
【請求項8】
前記表層部と前記基材部との両方を通る断面における前記表層部の面積率が、10.0~50.0%である、
請求項1~7の何れか一項に記載の鋼部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼部材に関する。
【背景技術】
【0002】
機械、自動車等の部品に使用される鋼部材の中には、高い剛性が求められるものがある。例えば、自動車の内燃機関や変速機においては、振動やノイズの低減を目的として可動部品の剛性向上が望まれている。自動車燃費向上のために鋼部材を小型・軽量化しつつ、その剛性を維持・向上させるためには、鋼よりも高い弾性率を有する材料(以下、「高弾性率材料」ともいう。)が必要となる。
【0003】
そのような高弾性率材料として、例えば、切削工具等に用いられる超硬合金やサーメットが挙げられる。サーメットとはTiB2やNbC等のような、鋼よりも高い弾性率を有する硬質化合物を金属中に粒子分散させた複合材料であり、数多くのサーメットが提案されている。しかしながら、いずれの材料も一般的な鋼と比較して非常に高価であり、塑性加工や切削加工が困難な難加工材である。そのため、鋼部材全体を前述のような高弾性率材料に置き換えることは、材料コスト及び加工コストの両面から、経済性を大きく損ねることになる。
【0004】
大幅なコストの増加を伴うことなく鋼部材の剛性を向上させる方法として、部分的な材料置換が考えられる。すなわち、鋼部材全体ではなく、剛性が必要とされる部位のみを高弾性率材料に置換すれば大幅なコストの増加を伴うことなく鋼部材の剛性を向上させることができる。また、外周部を高弾性率材料に置換することで、曲げ剛性及びねじり剛性を効率的に向上させることが可能となる。
【0005】
例えば、以下の特許文献1には、軸受により支承される回転体の回転軸であって、少なくとも軸受から回転体までの間の部位を超硬合金やサーメット等のヤング率の高い高弾性率材料で構成することで剛性を向上させた、回転体の回転軸を提供する技術が記載されている。特許文献1では、また、回転体の回転軸において、少なくとも軸受から回転体までの間の部位における表層部は、マトリックス金属中に硼化物、炭化物、窒化物のうち少なくとも1種の硬質粒子が分散している複合材料で構成されていることが開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、表面硬化処理された歯車であって、歯車表面の荷重移動方向の表面粗さが0.2μm≦Rpk+0.5Rk≦0.8μmを満足することを特徴とする歯車が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005-90587号公報
【特許文献2】特開2006-225741号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らが検討した結果、他部材との摺動部(例えばクランクシャフトのピン部)にサーメット等を被覆する場合は、その表面性状に注意する必要があることが分かった。例えば、表面に硬質化合物が突き出していると、それが砥石における砥粒のような役割を果たし、他部材を大きく摩耗・損傷させてしまうことが分かった。
上述した特許文献1では、表層部が、マトリックス金属中に硬質粒子が分散している複合材料で構成されていることが開示されているものの、このような課題について考慮しておらず、粗さの制御も行っていない。
【0009】
特許文献2には、接触域内に突起状の「山」部が存在したり、逆に数μmの「谷」部が存在したりすると、その周囲に応力集中が生じるためピッチング強度の低下をきたしてしまうので、耐ピッチング疲労を高めるために接触域内における粗さ突起の高さをほぼ一様とする必要があることが開示されている。しかしながら、特許文献2では、高弾性率材料への材料置換の検討はされておらず、部材の剛性は十分でない。また、高弾性率材料による他部材の摩耗・損傷については検討されていない。
さらに、本発明者らが検討した結果、超硬合金やサーメットで形成された表層部の表面が過剰に平滑になると、摺動面に潤滑材が供給されにくくなり、スティック・スリップ現象や焼付きが生じる可能性があることが分かった。すなわち、特許文献2のように表面を平滑にすることは対象とする部品によっては好ましくない場合があることが分かった。
【0010】
本発明は上記の課題に鑑み、高い剛性を有し、摺動相手となる他部材の摩耗や損傷を抑制し、さらに、摺動面の焼付きを抑制することができる鋼部材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、基材部と、表層部として高弾性率化合物を含む複合材料層とを備える鋼部材において、摺動相手となる他部材の摩耗や損傷を抑制し、かつ、摺動面の焼付きを抑制する方法について、検討を行った。その結果、表層部の表面の摺動方向の表面粗さとして、突出山部高さ及び突出谷部深さをそれぞれ制御することで、他部材の摩耗や損傷を抑制しつつ、摺動面の焼付きを抑制することができることを見出した。
【0012】
本発明は上記の知見に基づいてなされた。本発明の要旨は、以下の通りである。
【0013】
[1]鋼からなる基材部と、前記基材部の少なくとも一部を覆う表層部と、を備え、前記表層部は、ホウ化物、炭化物、窒化物のうちの少なくとも1種の化合物を、面積%で前記表層部の断面の10%以上含有し、残部がバインダーである、複合材料からなり、前記化合物は、300GPa以上の縦弾性率を有し、かつ、1200HV以上のビッカース硬さを有し、前記表層部の平均厚さが、0.5mm以上であり、前記表層部の表面の、摺動方向の表面粗さ負荷曲線において、突出山部高さRpkが0.50μm以下、かつ、突出谷部深さRvkが0.10μm以上である、鋼部材。
[2]前記基材部が、化学組成として、質量%で、C:0.10~0.55%、Si:0.05~1.50%、Mn:0.20~2.00%、Al:0.005~0.100%、N:0.0010~0.0250%、P:0.001~0.150%、S:0.005~0.150%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる、[1]に記載の鋼部材。
[3]前記基材部は、前記化学組成として、残部のFeの一部に換えて、質量%で、Cr:0.10~5.00%、Mo:0.05~1.00%、から選択される1種又は2種を更に含有する、[2]に記載の鋼部材。
[4]前記基材部は、前記化学組成として、残部のFeの一部に換えて、質量%で、V:0.05~0.50%、Ti:0.05~0.30%、から選択される1種又は2種を更に含有する、[2]又は[3]に記載の鋼部材。
[5]前記複合材料の前記バインダーが、C含有量が0.1~1.0質量%である鉄基合金であり、かつ、前記化合物が、NbC、TiC、VC、WC、SiC、Cr3C2、Mo2C、ZrC、TiB2、W2B5、Mo2B5、TiN、VN、NbN、ZrNのうちの1種以上である、[1]~[4]の何れか一項に記載の鋼部材。
[6]前記化合物の平均粒子径が150μm以下である、[1]~[5]の何れか一項に記載の鋼部材。
[7]前記表層部の平均厚さが0.5~30.0mmである、[1]~[6]の何れか一項に記載の鋼部材。
[8]前記表層部と前記基材部との両方を通る断面における前記表層部の面積率が、10.0~50.0%である、[1]~[7]の何れか一項に記載の鋼部材。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、高い剛性を有し、摺動相手となる他部材の摩耗や損傷を抑制し、さらに、摺動面の焼付きを抑制することができる鋼部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】ブロックオンリング試験の概要を示す図である。
【
図2A】本実施形態に係る鋼部材の複合材料からなる表層部の腐食なしの場合の断面写真である。
【
図2B】本実施形態に係る鋼部材の複合材料からなる表層部の
図2Aと同じ部分を、ナイタールで腐食した場合の断面写真である。
【
図3】化合物が部分的に脱落することで生じた谷部の例を示す断面写真である。
【
図4】本実施形態に係る鋼部材の表面(複合材料からなる表層部の表面)の摺動方向の粗さ曲線の例を示す図である。
【
図5】三点曲げ試験片の形状を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
以下に示す実施形態は、本発明を限定するものではない。また、以下に示す実施形態の構成要素には、当業者が置換可能かつ容易なもの、或いは実質的に同一のものが含まれうる。更に、以下に示す実施形態に含まれる各種形態は、当業者が自明の範囲内で任意に組み合わせることができる。
【0017】
(鋼部材について)
本発明の一実施形態に係る鋼部材(本実施形態に係る鋼部材)は、鋼からなる基材部と、前記基材部の少なくとも一部を覆う表層部と、を備える。
以下それぞれについてさらに説明する。
【0018】
<基材部について>
まず、鋼部材を構成する基材部について説明する。
本実施形態に係る鋼部材における基材部は、鋼からなる。
本実施形態に係る鋼部材における基材部は、その全面が以下で詳述する表層部に覆われていてもよいし、部分的に以下で詳述する表層部に覆われ、部分的に表面に基材部が露出していてもよい。換言すれば、本実施形態に係る鋼部材における基材部には、以下で詳述する表層部で覆われている領域と、かかる表層部に覆われていない領域と、が存在していてもよい。
例えば、本実施形態に係る鋼部材を用いたギヤシャフトにおいて、基材部の一部が露出する場合があるが、かかる露出部分に高い剛性が要求されないのであれば、本実施形態に係る鋼部材を用いたギヤシャフトにおいて基材部が露出していてもよい。
基材部の形状や外径等は限定されないが、コネクティングロッドやギヤシャフトといった部品への適用を想定した場合、例えば断面が円や矩形状の棒状であり、外径(矩形の場合には断面の長径)が10~50mmであってもよい。または、クランクシャフトのピン部への適用を想定した場合、例えば断面が円であり、外径が30~120mmである。
【0019】
≪基材部の化学組成≫
基材部の化学組成は、求められる機械的特性に応じて決定することができるが、以下に示す化学組成とすることが好ましい。
すなわち、本実施形態に係る鋼部材の基材部(本実施形態に係る基材部と言う場合がある)は、化学組成として、質量%で、C:0.10~0.55%、Si:0.05~1.50%、Mn:0.20~2.00%、Al:0.005~0.100%、N:0.0010~0.0250%、P:0.001~0.150%、S:0.005~0.150%を含有し、残部がFe及び不純物からなることが好ましい。また、本実施形態に係る基材部は、必要に応じて、残部のFeの一部に換えて、質量%で、Cr:0.10~5.00%、Mo:0.05~1.00%の1種もしくは2種、及び/又は、V:0.05~0.50%、Ti:0.05~0.30%1種もしくは2種を、更に含有してもよい。
【0020】
以下の説明では、上述した本実施形態に係る鋼部材の基材部の好ましい化学組成について、化学成分毎にその含有量の限定理由を説明する。以下に示す各元素の割合(%)は、断りのない限りは、全て質量%を意味する。
【0021】
[C:0.10~0.55%]
炭素(C)は、鋼部材の強度に大きく影響する重要な元素である。C含有量が0.10%未満であると、十分な強度が得られない場合がある。一方、C含有量が0.55%を超える場合には、部品加工時の鍛造性及び被削性が悪化する。そのため、本実施形態に係る基材部では、C含有量を0.10~0.55%とすることが好ましい。本実施形態に係る基材部では、強度をより向上させるために、C含有量は、0.18%以上であることがより好ましく、0.35%以上であることがさらに好ましい。また、本実施形態に係る基材部において、部品加工時の鍛造性及び被削性をより確実に保持するために、C含有量は、0.50%以下であることがより好ましく、0.45%以下であることがさらに好ましい。
【0022】
[Si:0.05~1.50%]
シリコン(Si)は、鋼部材の強度を高めるとともに、焼き戻し軟化抵抗を向上させ、温度上昇に伴う軟化を抑制する有用な元素である。Si含有量が0.05%未満である場合には、上記効果が発揮できない。一方、Si含有量が1.50%を超える場合には、上記効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できない。そのため、本実施形態に係る基材部では、Si含有量を0.05~1.50%とすることが好ましい。本実施形態に係る基材部では、上記効果をより確実に発揮させるために、Si含有量は、0.15%以上であることがより好ましく、0.50%以上であることがさらに好ましい。また、本実施形態に係る基材部では、Si含有量は、1.20%以下であることがより好ましく、0.70%以下であることがさらに好ましい。
【0023】
[Mn:0.20~2.00%]
マンガン(Mn)は、鋼材の焼き入れ性を高めて鋼部材の強度を高めると同時に、赤熱脆性を抑制し、熱間延性を向上させる元素である。Mn含有量が0.20%未満である場合には、上記効果が発揮できない。一方、Mn含有量が2.00%を超える場合には、上記作用が飽和し、含有量に見合う効果が期待できない。そのため、本実施形態に係る基材部では、Mn含有量を0.20~2.00%とすることが好ましい。本実施形態に係る基材部では、上記効果をより確実に発揮させるために、Mn含有量は、0.60%以上であることがより好ましく、1.00%以上であることがさらに好ましい。また、本実施形態に係る基材部において、Mn含有量は、1.80%以下であることがより好ましく、1.50%以下であることがさらに好ましい。
【0024】
[Al:0.005~0.100%]
アルミニウム(Al)は、脱酸作用を有するとともに、熱処理の際、Nと結合してAlNを形成することによりオーステナイト粒の粗大化を抑制する効果を持つ元素である。Al含有量が0.005%未満である場合には、上記効果が発揮されない。一方、Al含有量が0.100%を超える場合には、上記効果が飽和する。そのため、本実施形態に係る基材部では、Al含有量を0.005~0.100%とすることが好ましい。本実施形態に係る基材部では、上記効果をより確実に発揮させるために、Al含有量は、0.015%以上であることがより好ましく、0.030%以上であることがさらに好ましい。また、本実施形態に係る基材部では、Al含有量は、0.080%以下であることがより好ましく、0.050%以下であることがさらに好ましい。
【0025】
[N:0.0010~0.0250%]
窒素(N)は、Alと結合してAlNを形成することにより熱処理時のオーステナイト粒の粗大化を抑制する効果を有する元素である。N含有量が0.0010%未満である場合には、上記効果を十分に得ることができない。一方、N含有量が0.0250%を超える場合には、上記効果が飽和する。そのため、本実施形態に係る基材部では、N含有量を0.0010~0.0250%とすることが好ましい。本実施形態に係る基材部では、上記効果をより確実に発揮させるために、N含有量は、0.0030%以上であることがより好ましく、0.0100%以上であることがさらに好ましい。また、本実施形態に係る基材部において、N含有量は、0.0200%以下であることがより好ましく、0.0150%以下であることがさらに好ましい。
【0026】
[P:0.001~0.150%]
リン(P)は、通常、不純物として含まれる元素である。Pは、粒界に偏析して粒界強度を下げるため、P含有量はなるべく低い方が良い。しかしながら、Pは、製鋼工程において低減することができるものの、P含有量を0.001%未満とするには製造コストが著しく上昇する。また、P含有量を0.001%未満としても粒界強度が顕著に向上することはない。また、破断分割式コネクティングロッド用の鋼には、その分割工程において脆性破断面を得るため、意図的に多量のPを含有させることがある。そのため、本実施形態に係る基材部では、P含有量を0.001%以上とすることが好ましい。脆性破断面をより確実に得る場合、P含有量は、0.050%以上であることがより好ましく、0.080%以上であることがさらに好ましい。
一方、P含有量が0.150%を超える場合には、上記効果が飽和する。そのため、本実施形態に係る基材部では、P含有量を0.150%以下とすることが好ましい。P含有量は、0.120%以下であることがより好ましく、0.100%以下であることがさらに好ましい。
【0027】
[S:0.005~0.150%]
硫黄(S)は、鋼部材の被削性を向上させる元素である。この効果を得る場合、S含有量を0.005%以上とすることが好ましい。被削性をより確実に向上させるためには、S含有量は、0.040%以上であることがより好ましく、0.060%以上であることがさらに好ましい。
一方、S含有量が多すぎると、Mnによって固定されなかったSがFeSとして粒界に生成することで、熱間延性が低下する。そのため、本実施形態に係る基材部では、S含有量を0.150%以下とすることが好ましい。S含有量は、0.120%以下であることがより好ましく、0.100%以下であることがさらに好ましい。
【0028】
上記基材部の化学組成は、上記元素を含有し残部が、鉄(Fe)及び不純物であることを基本とする。ここで、不純物とは、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから、又は、製造工程の環境等から混入する成分であって、鋼材に意図的に含有させた成分ではない成分を意味する。
一方で、機械的特性等の向上を目的として、以下に示すCr、Mo、V、Tiの1種以上をFeの一部に換えてさらに含有させてもよい。ただし、これらの元素を含有することは必須ではないので、含有量は0%でもよく、また、不純物として、後述する範囲以下の含有量で含まれていてもよい。
【0029】
[Cr:0.10~5.00%]
クロム(Cr)は、鋼の焼き入れ性を高めると同時に、鋼部材の弾性率を向上させる有用な元素である。そのため、本実施形態に係る基材部は、残部のFeの一部に換えて、Crを所定量含有してもよい。Cr含有量が0.10%未満であると、上記効果が発揮できない可能性がある。一方、Cr含有量が5.00%を超えると、部品加工時の鍛造性及び被削性が低下する可能性がある。そのため、本実施形態に係る基材部において、Crを含有させる場合、Cr含有量は、0.10~5.00%であることが好ましい。本実施形態に係る基材部において、鋼材の焼き入れ性及び弾性率をより確実に向上させるために、Cr含有量は、0.90%以上であることがより好ましい。また、本実施形態に係る基材部において、部品加工時の鍛造性及び被削性の低下を抑制する観点からは、Cr含有量は、3.00%以下であることがより好ましい。
【0030】
[Mo:0.05~1.00%]
モリブデン(Mo)は、鋼の強度及び焼き入れ性を高める有用な元素である。そのため、本実施形態に係る基材部は、残部のFeの一部に換えて、Moを所定量含有してもよい。Mo含有量が0.05%未満であると、上記効果が発揮できない可能性がある。一方、Mo含有量が1.00%を超えると、部品加工時の鍛造性及び被削性を低下させる可能性がある。そのため、本実施形態に係る基材部において、Moを含有させる場合、Mo含有量は、0.05~1.00%であることが好ましい。本実施形態に係る基材部において、鋼材の強度及び焼き入れ性をより確実に向上させるために、Mo含有量は、0.15%以上であることがより好ましい。また、本実施形態に係る基材部において、部品加工時の鍛造性及び被削性の低下を抑制する観点からは、Mo含有量は、0.60%以下であることがより好ましい。
【0031】
[V:0.05~0.50%]
バナジウム(V)は、鋼中でバナジウム炭化物及び/又はバナジウム炭窒化物を形成して鋼の強度を高めるとともに、熱処理時のオーステナイト粒の粗大化を防止する効果を有する元素である。更に、鋼中にバナジウム炭化物及び/又はバナジウム炭窒化物が形成されることで、本実施形態に係る鋼部材を用いて破断分割式コネクティングロッドを製造する際には、破断分割式コネクティングロッドの分割工程において脆性破断面を得られやすくなる。そのため、本実施形態に係る基材部は、残部のFeの一部に換えて、Vを所定量含有してもよい。V含有量が0.05%未満であると、上記効果が発揮できない可能性がある。一方、V含有量が0.50%を超えると、鋼の製造コストが高くなるだけでなく、含有量に見合う効果が期待できない。そのため、本実施形態に係る基材部において、Vを含有させる場合、V含有量は、0.05~0.50%であることが好ましい。本実施形態に係る基材部において、上記効果をより確実に得るために、V含有量は、0.15%以上であることがより好ましい。また、本実施形態に係る基材部において、含有量に見合うだけの効果を、コスト抑制しつつより確実に発揮させるために、V含有量は、0.35%以下であることがより好ましい。
【0032】
[Ti:0.05~0.30%]
チタン(Ti)は、鋼中でチタン炭化物及び/又はチタン炭窒化物を形成して鋼の強度を高めるとともに、熱処理時のオーステナイト粒の粗大化を防止する効果を有する元素である。更に、TiをVと複合して含有させることによって、鋼中でTiとVの複合炭化物が形成されやすくなり、破断分割式コネクティングロッドの分割工程において脆性破断面を得られやすくなる。そのため、本実施形態に係る基材部は、残部のFeの一部に換えて、Tiを所定量含有してもよい。Ti含有量が0.05%未満であると、上記効果が発揮できない可能性がある。一方、Ti含有量が0.30%を超えると、鋼の製造コストが高くなるだけでなく、含有量に見合う効果が期待できない。そのため、本実施形態に係る基材部において、Tiを含有させる場合、Ti含有量は、0.05~0.30%であることが好ましい。本実施形態に係る基材部において、上記効果をより確実に得るために、Ti含有量は、0.10%以上であることがより好ましい。また、本実施形態に係る基材部において、含有量に見合うだけの効果を、コスト抑制しつつより確実に発揮させるために、Ti含有量は、0.20%以下であることがより好ましい。
【0033】
上述したように、上記基材部の化学組成は、C、Si、Mn、Al、N、P、Sを含有し、残部が鉄(Fe)及び不純物であるか、C、Si、Mn、Al、N、P、Sを含有し、さらにCr、Mo、V、Tiの1種以上を含有し、残部が鉄(Fe)及び不純物であることが好ましい。
【0034】
<表層部について>
次に、本実施形態に係る鋼部材が備える表層部(本実施形態に係る表層部という場合がある)の構成について、詳細に説明する。
図2A、
図2Bに示すように、本実施形態に係る表層部1は、ホウ化物、炭化物、窒化物のうちの少なくとも1種の化合物11を、面積%で表層部の断面の10%以上含有し、残部がバインダー12である、複合材料からなり、前記化合物11は、300GPa以上の縦弾性率を有し、かつ、1200HV以上のビッカース硬さを有する。
本実施形態に係る表層部の平均厚さは、0.5mm以上であり、前記表層部の表面の、摺動方向の表面粗さ負荷曲線において、突出山部高さRpkが0.50μm以下、かつ、突出谷部深さRvkが0.10μm以上である。
【0035】
≪表層部の化合物について≫
本実施形態に係る鋼部材の表層部を構成する複合材料は、ホウ化物、炭化物、窒化物のうちの少なくとも1種の化合物を含有している。
【0036】
[化合物の縦弾性率]
鋼の縦弾性率は、200GPa程度である。そのため、剛性(縦弾性率)の向上を目的として含有する化合物(高弾性率化合物)の縦弾性率が300GPa未満である場合には、十分な弾性率向上効果が得られない。そのため、本実施形態に係る表層部において、表層部を構成する複合材料に含まれる化合物の縦弾性率は、300GPa以上とする。化合物の縦弾性率は、好ましくは400GPa以上であり、より好ましくは500GPa以上である。一方、化合物の縦弾性率は、大きければ大きいほど良く、その上限は特に規定されるものではない。ただし、本実施形態に係る鋼部材が備える表層部に引張応力が負荷された際、バインダーとなる金属部と化合物との弾性変形量の差により、バインダー(母材)と高弾性率化合物との界面が剥離したり、高弾性率化合物の周囲に大きな応力集中が生じたりすることが懸念される。そのため、このような界面の剥離や応力集中を抑制するという観点から、化合物の縦弾性率は、900GPa以下であることが好ましく、700GPa以下であることがより好ましい。
【0037】
以上のような、300GPa以上の縦弾性率を有する化合物として、例えば、NbC、TiC、VC、WC、SiC、Cr3C2、Mo2C、ZrC、TiB2、W2B5、Mo2B5、TiN、VN、NbN、ZrN等が挙げられる。化合物は、比ヤング率(比重1あたりのヤング率)の点で、TiC、またはTiB2であることが好ましい。
【0038】
複合材料に含まれる化合物の縦弾性率は、以下のようにして測定することが可能である。すなわち、ミリメートルオーダー以上の試験片が作製可能な化合物については、JIS Z2241:2011に規定された引張試験や、JIS Z2280:1993に規定された共振法、超音波パルス法等によって、縦弾性率を測定することが可能である。また、ミリメートルオーダー以上の試験片が作製困難な化合物については、ISO14577に規定されたナノインデンテーション法によって縦弾性率を測定することが可能である。ナノインデンテーション法では、化合物の中心について、5mNの荷重で5点以上測定を行う。また、これを無作為に選んだ20個以上の化合物に対して行い、その平均値を化合物の縦弾性率とする。
【0039】
[化合物のビッカース硬さ]
また、本実施形態に係る表層部において、化合物は、そのビッカース硬さが1200HV以上である。
本実施形態に係る鋼部材では、化合物を含む複合材料からなる表層部を研磨することによって、表面の突出山部高さ及び突出谷部深さを制御する。特にこの突出谷部深さについては、研磨によって化合物を部分的に脱落させることによって、適度な窪み(谷部)を生じさせて制御する。
本発明者らが検討した結果、化合物のビッカース硬さが1200HV以上であれば、研磨によって適度なサイズで化合物を部分的に脱落させることができることが分かった。
化合物のビッカース硬さが1200HV未満では、化合物が平滑に研磨され、Rvkを好ましい範囲とすることができない。
図3は、化合物11が部分的に脱落することで生じた谷部21の例を示す断面写真である。
【0040】
化合物のビッカース硬さは、JIS Z2244:2009に規定されたビッカース硬さ試験で測定することができる。化合物の中心について、10gfの荷重で測定を行う。これを無作為に選んだ20個以上の化合物に対して行い、その平均値を化合物のビッカース硬さとする。
【0041】
[化合物の含有割合]
また、本実施形態に係る鋼部材の表層部の断面において、かかる断面の全面積に対する化合物の割合が10面積%未満である場合には、十分な弾性率向上効果が発揮されない。そのため、本実施形態に係る鋼部材の表層部の断面において、化合物(高弾性率化合物)の割合は、10面積%以上とする。表層部の断面における高弾性率化合物の割合は、好ましくは30面積%以上であり、より好ましくは50面積%以上である。
一方、表層部の断面における高弾性率化合物の割合は、大きければ大きいほど良く、上限は特に規定されるものではない。ただし、表層部においてバインダーである金属部の割合が少なくなると、表層部の靭性が低下する可能性がある。そのため、表層部の断面における化合物(高弾性率化合物)の割合は、70面積%以下であってもよい。
【0042】
表層部の断面における化合物の面積率は、以下のようにして測定することが可能である。まず、表層部の断面の50000μm
2以上の範囲を、光学顕微鏡デジタル写真を撮影する。次に、光学顕微鏡デジタル写真において、表層部において、化合物とその他のバインダーとは明確に区別ができる場合は、かかる写真を用いて、JISG0555:2003に示される点算法を用いて、高弾性率化合物の面積率を測定する。高弾性率化合物とその他のバインダーとが明確に区別できない場合は、バインダーである金属部と高弾性率化合物とが区別できるよう表層部の断面を腐食した後、光学顕微鏡デジタル写真を撮影すればよい。例えば、バインダーが鉄基合金の場合、腐食液はナイタールを用いればよい。例えば、
図2Bは、バインダーが鉄基合金である
図2Aの断面に対し、ナイタール腐食を行った場合の写真である。腐食を行うことで、
図2Bのように、化合物11とバインダー12とがより明瞭に区別できることが分かる。
【0043】
[化合物の平均粒子径]
表層部は、繰り返し負荷される引張や曲げの力に対して強いことも求められる。
化合物の平均粒子径が150μm超である場合には、高弾性率化合物が亀裂発生源となり、疲労強度が低下することが懸念される。そのため、鋼部材の疲労強度も高める場合には、表層部の複合材料に含まれる化合物の平均粒子径を150μm以下とすることが好ましい。化合物の平均粒子径は、100μm以下であることがより好ましく、45μm以下であることがさらに好ましい。一方、化合物の平均粒子径が小さくなると表層部の靭性が低下するので、平均粒子径は、0.1μm以上とすることが好ましい。
また、平均粒子径は、高弾性率材料を複合材料化させる方法に応じて上記の範囲で変更することが好ましい。例えば、複合材料化させる方法として高速フレーム溶射を用いた場合には、化合物の平均粒子径を15~45μmとすることが好ましい。複合材料化させる方法として粉体プラズマ溶接を用いた場合には、化合物の平均粒子径を75~150μmとすることが好ましい。また、複合材料化させる方法としてレーザークラッディングを用いた場合には、化合物の平均粒子径を45~150μmとすることが好ましい。
【0044】
化合物の平均粒子径は、光学顕微鏡による表層部の断面観察から求めることができる。具体的には、粒子の長径と短径を測定し、それらの平均値を粒子径とする。これを無作為に選んだ20個以上の粒子に対して行い、その平均値を平均粒子径とする。
【0045】
≪表層部のバインダーについて≫
本実施形態に係る鋼部材の表層部を構成する複合材料において、以上説明したような、化合物(高弾性率化合物)以外の残部は実質的にバインダーである。すなわち、化合物が、母材(マトリックス)となるバインダー中に存在している。
【0046】
[バインダーの化学組成]
本実施形態に係る表層部のバインダーは金属材料であれば限定されるものではないが、例えば、C含有量が0.10~1.00質量%である鉄基合金やステンレス、Ni、Ni基合金、Cr、Cr基合金、CoまたはCo基合金が挙げられる。
バインダーが鉄基合金である場合には、C含有量が0.10%未満であると、表層部の強度が十分に確保できない可能性がある。一方、鉄基合金のC含有量が1.00%を超える場合には、延性及び靭性が低下し、化合物を含有することも相まって、表層部が脆くなる可能性が高くなる。鉄基合金のC以外の化学成分については、特に限定されるものではなく、所望の特性を実現するために有用な各種の元素を、適宜含有していればよい。
【0047】
≪断面における表層部の平均厚さ≫
鋼部材の剛性を向上させるため、表層部は、基材部の少なくとも一部を覆う必要がある。曲げ剛性及びねじり剛性を効率的に向上させるためには、表層部は、基材部の外周を覆うことが好ましい。
本実施形態に係る鋼部材において、十分な剛性向上効果を得るため、基材部の表面に表層部が形成された位置において、表層部の平均厚さ(表面に垂直な方向)は重要である。表層部の平均厚さが0.5mmより薄い(0.5mm未満である)場合には、十分な剛性向上効果が得られない。よって、表層部の平均厚さは、0.5mm以上とする。表層部の平均厚さは、1.0mm以上であることが好ましく、3.0mm以上であることがより好ましい。
一方、表層部の平均厚さが30.0mmを越える場合には、高価な複合材料の割合が多くなり、大幅なコストの増加を招く。そのため、表層部の平均厚さは、30.0mm以下とすることが好ましい。表層部の平均厚さは、20.0mm以下であることがより好ましく、10.0mm以下であることがさらに好ましい。
【0048】
≪断面における表層部の面積率≫
十分な剛性向上効果を得る場合、表層部と基材部との両方を通る断面における、表層部の面積率は、上記断面の全面積に対して10.0%以上であることが好ましい。上記断面における表層部の面積率は、より好ましくは20.0%以上である。一方、上記断面における表層部の面積率は、大きければ大きいほど良く、その上限値は、特に規定されるものではない。ただし、鋼部材の材料コスト及び加工コストを抑えるという観点から、上記断面における表層部の面積率は、50.0%以下であることが好ましく、40.0%以下であることがより好ましい。
【0049】
鋼部材の断面における表層部の面積率及び平均厚さは、試料断面にナイタール腐食を行った後、光学顕微鏡により対象となる断面全体を観察し、高弾性率化合物粒子を含む部分を表層部と判断して測定すればよい。表層部の平均厚さは、例えば表層部が断面において略板状であった場合、試料断面における表層部の面積を、表層部の表面である線分の長さで除して算出すればよい。例えば表層部が断面において略環状であった場合、環の中心を起点として放射状に20本以上の半直線を引き、表層部を通過している部分の線分の長さの平均値を表層部の平均厚さとして算出すれば良い。
表層部の断面における面積率は、全体の厚みにおける表層部の平均厚さから求めることができる。
【0050】
≪摺動方向の表層部の表面粗さ≫
本実施形態に係る表層部の表面(すなわち、本実施形態に係る鋼部材の表面でもある)は、摺動方向の表面粗さ負荷曲線において、突出山部高さRpkが0.50μm以下、かつ、突出谷部深さRvkが0.10μm以上である。
本実施形態に係る鋼部材は、他部材との摺動部を有する部材への適用を想定している。表面に硬質な化合物が突き出していると、それが砥石における砥粒のような役割を果たし、他部材を大きく摩耗・損傷させてしまう。摺動方向の表面粗さ負荷曲線において、突出山部高さRpkが0.50μm超であると、摺動相手部材の摩耗や損耗が著しく大きくなる。
そのため、突出山部高さRpkを0.50μm以下とする。
一方、表層部の表面が過剰に平滑になると、摺動面に潤滑材が供給されにくくなり、スティック・スリップ現象や焼付きが生じる。摺動方向の表面粗さ負荷曲線において、突出谷部深さRvkが0.10μm以上であれば、谷部が油だまりとなって、スティック・スリップ現象や焼付きを抑制できる。突出谷部深さRvkが0.10μm未満では十分な効果が得られない。
ここで、摺動方向とは、他部材と接触し、摺動する方向であり、鋼部材の移動方向や回転方向を意味する。ただし、鋼部材の一部に着目して、その一部の移動方向や回転方向を意味してもよい。例えばクランクシャフトのピン部であれば、その周方向であり、ピストンのスカート部であれば、その軸方向である。
【0051】
突出山部高さRpk及び突出谷部深さRvkは以下の方法で測定する。
JIS B0601:2001に規定された方法で粗さ曲線を測定し、さらに、この粗曲線を元にしてJIS B0671-2:2002に基づいて得られた負荷曲線から、Rpk及びRvkを算出する。
一般に、表面粗さの指標としては、Ra(算術平均粗さ)やRz(最大高さ粗さ)が用いられることも多いが、これらの指標では、本実施形態に係る表層部の粗さを評価できない。
【0052】
(鋼部材の製造方法について)
以下、本実施形態に係る鋼部材の製造方法について、詳細に説明する。
上述したように、本実施形態に係る鋼部材は、例えば、基材部として所望される化学組成を有する鋼と、高弾性率化合物を含有する複合材料と、を一体化させた鋼素材を製造した後、鋼素材に対して必要に応じて機械加工等を施して部品形状とし、更に必要に応じて、焼き入れ・焼き戻しを行い、その後ショットピーニングまたはウェットブラストを施すことにより製造される。また、かかる鋼部材は、基材部として所望される化学組成を有する鋼素材に対して機械加工等を施して部品形状とし、加工後の鋼素材を、高弾性率化合物粒子を含む複合材料と一体化させた後、必要に応じて、焼き入れ・焼き戻しを施し、その後ショットピーニングまたはウェットブラストを施すことにより製造される。
【0053】
本実施形態に係る鋼部材の製造方法の一例を説明する。
まず、基材部となる所望の化学組成を有する鋼と、所定の化合物(高弾性率化合物)を含む複合材料とを用意し、鋼は所定の形状とする。その上で、化合物を含む複合材料を、粉体プラズマ溶接や高速フレーム溶射、レーザークラッディングなどを用いて、基材部と一体化させ、鋼素材とする。
【0054】
次いで、得られた鋼素材に対し、必要に応じて機械加工等を施して部品形状とする。また、更に部材の機械的特性を調整するため、必要に応じて、焼き入れ・焼き戻しを行い、所望の圧縮残留応力値を実現するために、ショットピーニングやウェットブラストを施す。
【0055】
製造後の鋼部材において、表層部の断面における高弾性率化合物の面積率が所望の状態となるように、一体化に用いる複合材料を用意する際に、一体化に用いる手法についても考慮しつつ、含有させる高弾性率化合物の含有量(面積%)を適宜調整することが好ましい。
【0056】
このようにして得られた鋼部材に対し、少なくとも他部材との摺動が想定される部分に関しては、研磨を行って、表面粗さ(突出山部高さ及び突出谷部深さ)を制御する。研磨については、摺動方向に沿って行う。
研磨条件については特に限定されないが、例えば、粒度#60のCBN砥石を使って研磨を行うことが好ましい。
【0057】
摺動方向とは、他部材と接触し、摺動する方向であり、鋼部材の移動方向や回転方向を意味する。ただし、鋼部材の一部に着目して、その一部の移動方向や回転方向を意味してもよい。例えばクランクシャフトのピン部であれば、その周方向であり、ピストンのスカート部であれば、その軸方向である。
【実施例0058】
続いて、実施例及び比較例を示しながら、本発明の鋼部材について、具体的に説明する。以下に示す実施例は、本発明の鋼部材のあくまでも一例にすぎず、本発明の鋼部材が下記に示す例に限定されるものではない。
【0059】
表1の「基材部」に示す化学組成を有する鋼を真空溶解した後、鋳型を用いて鋳造し、鋼片を製造した。
表1中の空欄は、対応する元素含有量が、実施形態に規定の有効数字(最小桁までの数値)において、0%であることを意味する。換言すれば、対応する元素含有量において、上述の実施形態で規定の有効数字(最小桁までの数値)での端数を四捨五入した場合に0%であることを意味する。例えば、本実施形態で記載されたCr含有量は小数第二位までの数値で規定されている。したがって、表1中の鋼種符号Aでは、測定されたCr含有量を小数第三位で四捨五入した場合に、0%であったことを意味する。Mo、V、Tiについても本実施形態で記載された含有量は小数第二位までの数値で規定されており、同様に、測定されたそれらの含有量を小数第三位で四捨五入した場合に、0%であったことを意味する。四捨五入とは、規定された最小桁の下の桁(端数)が5未満であれば切り捨て、5以上であれば切り上げることを意味する。
【0060】
得られた鋼片を1250℃に加熱した後、外径25mmの丸棒に熱間鍛伸した。この丸棒から、幅14.0mm×高さ3.0~8.5mm×長さ150mmの角材を、機械加工にて作製し、No.1~11の角材(基材部)を得た。ただし、機械加工の際、実施例No.1、実施例No.4、比較例No.10については、複合材料からなる表層部の平均厚さを変化させるために、角材の高さをそれぞれ8.0mm、3.0mm、8.5mmとした。それ以外については、高さを5.0mmとした。
また、複合材料からなる表層部を持たない場合の曲げ剛性を測定するため、前記丸棒から別途後述の三点曲げ試験片を作製した。
【0061】
上記機械加工で得られたNo.1~No.11の角材(基材部)に対し、下記の加工を施した。
まず、表2の「表層部」に「含有化合物」として示す化合物の粉体と、JIS S55C(機械構造用炭素鋼、C含有量:0.54質量%)、JIS SUS410、またはNi基合金(スペシャルメタルズ社製「インコネル625」)の粉体とを混ぜた混合物を作製した。ここで、用いた化合物は、市販のものを用いており、その詳細は、以下の通りである。
NbC:平均粒子径 36μm
TiC:平均粒子径 52μm
TiN:平均粒子径 69μm
TiB2:平均粒子径 124μm
VB2:平均粒子径 76μm
WSi2:平均粒子径 55μm
【0062】
次に、上記角材の上面及び下面に対し、複合材料からなる表層部が両面で同じ平均厚さで形成され、かつ、上記表層部を含む角材の高さが10.0mm程度となるように、上記混合物を粉体プラズマ溶接した。粉体プラズマ溶接に際しては、Arガスをシールドガスとして使用し、溶接速度:5mm/s、溶接電流:200A、粉体供給量:20g/minを基準条件として、粉体の組み合わせに応じて適宜条件を調整した。
その後、粉体プラズマ溶接された角材から、試験片中心、高さ方向、及び、長手方向が変わらないように、幅5.0mm×高さ9.0mm×長さ120mmの三点曲げ試験片と、幅6.35mm×高さ9.0mm×長さ15.75mmのブロック試験片を機械加工にて作製した。各試験片の上面及び下面は平面研削加工で仕上げた。No.1~10については粒度#60のCBN砥石を使用し、No.11については粒度#20のCBN砥石を使用した。
【0063】
次に、試験片中心を通り、試験片長手方向に垂直な断面が観察面となるように上記三点曲げ試験片を切断し、樹脂埋め、研磨、ナイタール腐食を行った。光学顕微鏡(株式会社ニコン製ECLIPSE L150)により広さ45mm2の断面を10視野に分けて観察した。各視野において、化合物粒子を含む部分を表層部と判断して、上面表層部の平均厚さ及び下面表層部の平均厚さを測定し、上面表層部の平均厚さと下面表層部の平均厚さの平均を更に算出して、表層部の平均厚さとした。
結果を表2に示す。
【0064】
更に、光学顕微鏡(株式会社ニコン製ECLIPSE L150)により上記三点曲げ試験片の表層部の断面を200倍で観察し、広さ50000μm2分の視野について、JIS G0551:2013に準じた切断法により化合物粒子の平均粒子径を求めた。
また、化合物縦弾性率を、ナノインデンテーション法によって測定した。具体的には、化合物の中心について、5mNの荷重で5点以上測定を行った。これを無作為に選んだ20個の化合物に対して行い、その平均値を化合物の縦弾性率とした。
また、化合物ビッカース硬さを、ビッカース硬さ試験によって測定した。具体的には、化合物の中心について、10gfの荷重で測定を行った。これを無作為に選んだ20個の化合物に対して行い、その平均値を化合物のビッカース硬さとした。
最後に、光学顕微鏡(株式会社ニコン製ECLIPSE L150)により、上記三点曲げ試験片の表層部の断面を200倍で観察し、広さ50000μm2分の視野について、光学顕微鏡写真において白く写った化合物粒子の面積率を、JISG0555:2003に示される点算法により算出した。
それぞれの結果を表2に示す。
【0065】
また、ブロック試験片の上面および下面について、表面性状測定機(株式会社ミツトヨ製SV-C3200)によりRpk、Rvkを測定した。
【0066】
次に、三点曲げ試験を行い、上記三点曲げ試験片の曲げ剛性を評価した。
【0067】
具体的には、
図5に示すように、前記三点曲げ試験片を用いて、試験片長手方向に100mm離れた2つの下側支点と、試験片長手方向の中央に位置する1つの上側支点とを配置して、上側支点に下方向の変位を与える三点曲げ試験を行った。上側支点の下降速度は0.5mm/sとし、上側支点にかかる荷重と試験片中央のたわみ量から、上記三点曲げ試験片の曲げ剛性を算出した。更に、複合材料からなる表層部を持たない三点曲げ試験片の曲げ剛性で規格化した曲げ剛性比を算出した。曲げ剛性比が1.10以上の場合を、曲げ剛性に優れるとして合格と判定した。
【0068】
また、上記ブロック試験片に対し、
図1の要領で、以下の条件でブロックオンリング試験を行って、焼き付きの有無及び、リング試験片の摩耗量を測定した。
試験条件は、以下の通りとした。
リング試験片は純アルミ(JIS A1070)製で外径はφ37.32mmとした。リング試験片の回転数は1000rpm、押し付け荷重は50N、試験時間は1時間、潤滑油はエンジンオイル(エクソンモービル製モービル1 0W-30)、油温は60℃とした。
リング試験片の片側摩耗量が、50μm以下であれば合格と判断した。
【0069】
【0070】
【0071】
表1、表2から分かるように、No.1~6では、高い剛性に加え、ブロックオンリング試験において、焼き付きが生じず、純アルミ製リング試験片の摩耗量も小さかった。ただし、No.4およびNo.5は、曲げ剛性比が非常に高く、焼き付きも防止でき、また、純アルミ製リング試験片の摩耗量も小さかったももの、表層部の面積率が大きく、材料コストが高くなった。
これに対し、No.7~11は、曲げ剛性比が低いか、焼き付きが発生したか、または、純アルミ製リング試験片の摩耗量が大きかった。
具体的には、No.7は、表層部に含まれる化合物の縦弾性率が低いため、十分な曲げ剛性が得られなかった。
No.8は、表層部に含まれる化合物粒子の割合が低いため、十分な曲げ剛性が得られなかった。
No.9は、表層部に含まれる化合物粒子のビッカース硬さが低いため平滑に研磨されてRvkが低くなり、ブロックオンリング試験で焼付きが生じた。
No.10は、表層部の平均厚さが薄い(それに伴い表層部の面積率も低い)ため十分な曲げ剛性が得られなかった。
No.11は、平面研削加工に用いた砥石が粗く表層部のRpkが高いため、ブロックオンリング試験で相手材が大きく摩耗した。