(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023102989
(43)【公開日】2023-07-26
(54)【発明の名称】イージークリーンコーティング付きガラス物品
(51)【国際特許分類】
C03C 17/34 20060101AFI20230719BHJP
C03C 21/00 20060101ALI20230719BHJP
G09F 9/00 20060101ALI20230719BHJP
【FI】
C03C17/34 Z
C03C21/00 101
G09F9/00 302
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022003786
(22)【出願日】2022-01-13
(71)【出願人】
【識別番号】000004008
【氏名又は名称】日本板硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(72)【発明者】
【氏名】河津 光宏
(72)【発明者】
【氏名】飯田 彦一郎
【テーマコード(参考)】
4G059
5G435
【Fターム(参考)】
4G059AA11
4G059AB09
4G059AC02
4G059AC21
4G059AC22
4G059EA05
4G059EA07
4G059EB06
4G059GA01
4G059GA12
5G435AA09
5G435HH05
5G435LL07
5G435LL08
(57)【要約】
【課題】それ自体の耐摩耗性が改善されたイージークリーンコーティングを備えたコーティング付きガラス物品を提供する。
【解決手段】ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、前記コーティングは、ジルコニウム酸化物を含み、前記コーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下である、コーティング付きガラス物品、とする。ガラス物品は、フェルトパッドに換えて等級No.0000のスチールウールを用いた以外はEN1096-2:2001の耐摩耗性試験に準拠して500往復の条件で行ったコーティングへの耐摩耗性試験の前後で、可視光透過率の差分の絶対値が0.7%以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、
前記コーティングは、ジルコニウム酸化物を含み、
前記コーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下である、
コーティング付きガラス物品。
【請求項2】
フェルトパッドに換えて等級No.0000のスチールウールを用いた以外はEN1096-2:2001の耐摩耗性試験に準拠して500往復の条件で行った前記コーティングへの耐摩耗性試験の前後で、可視光透過率の差分の絶対値が0.7%以下である、
請求項1に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項3】
前記コーティングは、希土類元素の酸化物をさらに含む、
請求項1又は2に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項4】
前記コーティングにおける前記希土類元素の酸化物の含有率が10モル%以上である、
請求項3に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項5】
前記コーティング付きガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝した後の前記接触角が60°以上130°以下である、
請求項1~4のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項6】
前記コーティングが5モル%以上のジルコニウム酸化物を含む、
請求項1~5のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項7】
前記ガラス基材と前記コーティングとの間に下地層をさらに含む、
請求項1~6のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項8】
前記下地層の厚さが10~400nmの範囲にある、
請求項7に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項9】
前記下地層は、SiO2を主成分として含む、
請求項8に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項10】
前記下地層は、非晶質である、
請求項8又は9に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項11】
前記ガラス基材は、前記コーティング側の表面に脱アルカリ層を含む、
請求項1~6のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項12】
前記ガラス基材が強化ガラスである、
請求項1~11のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項13】
建築物用ガラス、輸送機用ガラス、店舗用ガラス、家具用ガラス、家電用ガラス、サイネージ用ガラス、モバイルデバイス用ガラス及び太陽電池用ガラスからなる群より選ばれる少なくとも1つに該当する、
請求項1~12のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項14】
前記コーティングは、防眩及び防曇からなる群より選択される少なくとも1つの機能を有する、
請求項1~13のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項15】
前記コーティングは、フルオロアルキル基含有化合物を実質的に含まない、請求項1~14のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項16】
前記コーティングは単層膜である、請求項1~15のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項17】
前記コーティングの膜厚が10nm以上300nm以下である、請求項1~16のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イージークリーンコーティング付きガラス物品に関する。
【背景技術】
【0002】
各種基材の表面には、イージークリーンコーティング(Easy to clean coating)と呼ばれる被膜が形成されることがある。イージークリーンコーティングにより、基材の表面に付着した汚れは除去しやすくなる。イージークリーンコーティングは、典型的にはフッ素含有有機化合物を含む。イージークリーンコーティングが形成される代表的な基材はガラス基材である。ガラス基材の表面には、例えば、フルオロアルキル基含有シリコンアルコキシドを含む市販のコーティング液が塗布され、イージークリーンコーティングが形成される。
【0003】
特許文献1には、ガラス基材とイージークリーンコーティングとの間に接着促進剤層を設ける技術が開示されている。接着促進剤層は、具体的にはケイ素混合酸化物層であり、イージークリーン特性の持続性を改善する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されているように、フッ素含有有機化合物により汚れの付着を抑制するイージークリーンコーティングは、その効果の持続性、特にその耐摩耗性を実用に耐え得る程度に向上させるためには、イージークリーンコーティングとガラス基材との間に、接着を促進する層を必要とする。
【0006】
本発明は、それ自体の耐摩耗性が改善されたイージークリーンコーティングを備えたコーティング付きガラス物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、
ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、
前記コーティングは、ジルコニウム酸化物を含み、
前記コーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下である、
コーティング付きガラス物品、を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、改善された耐摩耗性を有するコーティング付きガラス物品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】親水性の表面における水滴の蒸発の進行を説明する模式的な断面図である。
【
図2】フッ素含有有機化合物により撥水性が付与された表面における水滴の蒸発の進行を説明する模式的な断面図である。
【
図3】実施例1で作製したコーティング付きガラス物品を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した結果を示す図である。
【
図4】比較例1で作製したコーティング付きガラス物品をSEMで観察した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下の本発明の実施形態についての説明は、本発明を特定の形態に制限する趣旨ではない。本明細書において、「主成分」は、質量基準で、含有率が50%以上、特に60%以上の成分を意味する。「実質的に含まない」は、質量基準で、含有率が1%未満、さらに0.1%未満であることを意味する。「実質的に平坦」は、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したときに当該表面上に高さ又は深さ500nm以上の凹凸が確認されないことを意味する。「常温」は、5~35℃、特に10~30℃の範囲の温度を意味する用語として使用する。
【0011】
本実施形態により提供されるコーティング付きガラス物品は、
ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、
前記コーティングは、ジルコニウム酸化物を含み、
前記コーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下である。
【0012】
ジルコニウム酸化物は、良好な耐摩耗性を有するイージークリーンコーティングの成分として有用であることが見い出された。ジルコニウム酸化物は、フッ素含有有機化合物と比較して耐熱性に優れている。しかも、本実施形態によるイージークリーンコーティングは、汚れを除去しやすいという特性も有し得る。
【0013】
これまで、イージークリーンコーティングについては、水の接触角の高さがイージークリーン性の尺度となることが前提とされてきた。このため、使用されるコーティング材料は、フッ素含有有機化合物に代表される高い接触角を実現できる有機材料であった。しかし現実には、フッ素含有有機化合物により撥水性が付与された表面には、そこに付着した水滴の蒸発に伴って、散点状の汚れが残りやすい。この汚れは、付着した水滴に含まれていた微粒子又は溶質が微量領域にスポット状に集まって形成されたものである。コーティングが形成されていないガラスの表面においても、汚れの偏在はよく観察される。親水性のガラス表面にリング状に残る汚れは、「コーヒーリング」と呼ばれることがある。スポット又はリング状に集中して残る汚れは、目立ちやすく、その集中の程度によっては容易に除去できないこともある。
【0014】
汚れがリング状に残るメカニズムは
図1により理解できる。ガラス基材20の親水性表面21に付着した水滴10は、水分の蒸発の進行に伴って収縮し、やがては消失する。蒸発が進行する間、水滴10は親水性表面21との接触面積を維持しながら収縮する傾向がある。このため、水滴10の中央部は周縁部よりも大きく収縮する。この収縮に伴い、収縮していく水滴11の内部では、基材20の表面21近傍において中央部から周縁部11pに向かう流れ31が生じる。この微小な流れ31により、水滴11に含まれていた異物や析出した溶質である微粒子は周縁部11pに集まり、リング状に析出することになる。
【0015】
汚れがスポット状に残るメカニズムは
図2により理解できる。ガラス基材20の撥水性表面22に付着した水滴10は、水分の蒸発の進行に伴って収縮し、やがては消失する。フッ素含有有機化合物により撥水性が付与された表面22上では、水滴10は、表面22との高い接触角を維持しながら収縮する傾向がある。このため、より小さい水滴11へと収縮していく水滴10の内部では、基材の表面22近傍において周縁部から中央部11cに向かう流れ32が生じる。この微小な流れ32により、水滴に含まれる微粒子は中央部11cに集まり、スポット状に析出することになる。
【0016】
意外なことに、所定の酸化物を含み、水の接触角が60°以上130°以下であるコーティング上では、水滴の蒸発に伴って表出する汚れが集中しない傾向にあることが見い出された。言い換えると、このコーティング上では、水滴の蒸発後、特定の部位に偏って水滴に由来する汚れが付着する傾向が緩和される。また、このコーティング上で相対的に広がって付着した汚れは、集中して付着した汚れと比較して、除去が容易であることも確認された。本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、付着する汚れの偏在を緩和し、これによって改善されたイージークリーン性を有し得る。フッ素含有有機化合物により撥水性を付与した表面では、水の接触角が上記と同程度であっても汚れがスポット状に残存することがある。さらに、本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、付着した有機物を洗い流しやすくもする。イージークリーン性の改善に寄与し得る酸化物としては、ジルコニウム酸化物以外に、イットリウム、セリウム等の希土類元素の酸化物が挙げられる。
【0017】
本発明者らの検討によると、ジルコニウム酸化物による撥水性は、水の接触角により表示して62°以上、65°以上、70°以上、場合によっては72°以上にまで到達し得る。この程度の接触角は、有機物である撥水剤を用いた表面処理により実現することが可能である。有機物である撥水剤は、通常、300℃程度までに加熱する過程で分解する。これに対し、ジルコニウム酸化物はより高温に加熱しても安定して存在し得る。
【0018】
本実施形態では、ガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝した後のコーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下であり得る。熱処理に曝した後の水の接触角は、62°以上、65°以上、70°以上、場合によっては72°以上にまで到達し得る。ただし、本実施形態において、コーティングの表面上の水の接触角は、コーティングの成分によっては熱処理直後には一時的に低下することがあるため、熱処理から期間を置いて測定されるものであってもよい。接触角の回復には数十日間を要することがある。したがって、上記接触角は、例えば、ガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝し、さらに、常温の大気中で40日間保管した後に測定されたものであってもよい。
【0019】
以下では、本実施形態のコーティング付きガラス物品を構成するガラス基材及びコーティングを説明し、引き続き本実施形態により達成され得る特性及び物品の用途についても説明し、最後に本実施形態の製造方法について説明する。
【0020】
(ガラス基材)
ガラス基材を構成するガラスの種類に特に制限はない。ガラス基材は、ソーダ石灰ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミノケイ酸ガラス、無アルカリガラス、石英ガラス等と呼ばれている各種のガラスにより構成されていてもよい。ガラス基材はSiO2を主成分としていてもよい。ガラス基材は、ナトリウム、カリウムに代表されるアルカリ成分(アルカリ金属元素)の酸化物を含んでいてもよい。ガラス基材のサイズ及び形状にも特段の制限はない。ガラス基材は、ガラス板、ガラス容器、ガラス蓋、ガラス管、ガラスバルブ、ガラスレンズその他の成形体であってもよい。ガラス容器は、例えばガラスバイアル、ガラスアンプル、ガラス瓶であるが、トレイ、シャーレ等と呼ばれるその他の形状を有していてもよい。ガラス蓋は、蓋として機能する限り、その形状に制限はなく、例えば調理器具の蓋として使用可能な形状を有していてもよい。
【0021】
ガラス基材は、コーティング側の表面に脱アルカリ層を含んでいてもよい。脱アルカリ層を含むことにより、ガラス基材からコーティングへのガラスのアルカリ成分の拡散移動が抑制される。本実施形態において、脱アルカリ層とは、ガラス基材の表面における脱アルカリ反応とそれに引き続いて起こる緻密化とにより形成されるシリカリッチな層を意味する。
【0022】
コーティング側の表面に脱アルカリ層を含むガラス基材は、例えば、ガラス板の連続製造方法であるフロート法により製造され得る。フロート法では、フロート窯で溶融されたガラス原料がフロートバス内の溶融金属上で板状のガラスリボンに成形され、得られたガラスリボンは、徐冷炉で徐冷された後、所定の大きさのガラス板へと切り分けられる。本実施形態では、溶融金属として溶融スズが用いられる場合について説明する。ここで、ガラス板において、フロートバス内での成形工程で溶融スズに接していた表面をボトム面と呼ぶ。ボトム面と反対側の、溶融スズと非接触の表面をトップ面と呼ぶ。
【0023】
まず、少なくともボトム面に対し、脱アルカリ処理が施される。ここでいう脱アルカリとは、アルカリ成分と反応する酸化性ガスをガラス板の表面に接触させて、ガラスからアルカリ成分を抜き出すものである。抜き出されたアルカリ成分は酸化性ガスと反応し、その結果、ガラス板の少なくともボトム面に保護被膜が形成される。
【0024】
酸化性ガスとしては、例えば亜硫酸ガス(SO2ガス)を用いることができる。SO2は、ガラスの構成成分との反応によって、ガラス板表面に硫酸ナトリウム等のアルカリ硫酸塩を形成する。このアルカリ硫酸塩が保護被膜となる。ここで用いられる酸化性ガスは、SO2ガス以外の、ガラス中のアルカリ成分との反応によって保護被膜を形成できるガスであってもよい。また、フッ化水素ガスのような強力な脱アルカリ効果が見込めるガスは、保護被膜を形成しないうえ、ガラス表面をエッチングして当該ガラス表面に凹凸を形成するため、好ましくない。また、キャリアーガスとして、空気や、窒素、アルゴンなどの不活性ガスを使用してもよい。酸化性ガスが水蒸気をさらに含んでもよい。
【0025】
次いで、保護被膜が形成された部分に緻密化が起こる。具体的には、脱アルカリによって抜け出たアルカリ成分に代わって、プロトン(H+)及びオキソニウムイオン(H3O+)等の種々の状態で、雰囲気中の水分がガラス中に入り込み、保護被膜が形成された部分にシラノール基(≡Si-OH)が形成される。そして、このシラノール基が脱水縮合することにより、シロキサン結合(≡Si-O-Si≡)を形成する。本実施形態では、このような脱水縮合によるシロキサン結合が増えた状態を「緻密化した」としている。シロキサン結合が増えたガラス板表面はエッチングされにくくなるため、エッチングレートを測定することで、緻密化の度合いがわかる。
【0026】
上述の方法により、少なくともボトム面に脱アルカリ層が形成される。トップ面に対しても脱アルカリ層を形成する処理が施されていてもよい。また、ボトム面に対してのみ酸化性ガスが吹き付けられた場合であっても、吹き付けられた酸化性ガスの一部がトップ面側にも回り込むことでトップ面が処理され、トップ面にも脱アルカリ層が形成されることがある。
【0027】
本実施形態において、ガラス基材のコーティング側の表面における脱アルカリ層は、ボトム面に形成された脱アルカリ層であってもよく、トップ面に形成された脱アルカリ層であってもよい。ガラス基材のコーティング側の表面に脱アルカリ層が形成されていることにより、ガラス基材からコーティングへのガラスのアルカリ成分の拡散移動が抑制される。
【0028】
トップ面にも脱アルカリ層が形成された場合、トップ面の脱アルカリ層の厚みは、ボトム面に形成された脱アルカリ層の厚みよりも大きいものとなる。ボトム面では、その表面内に酸化スズ拡散層が存在することによりSO2ガスとガラスの構成成分との反応が抑制されるので、脱アルカリ層の形成が抑制されるためである。本実施形態において、コーティング側の表面における脱アルカリ層は、トップ面に形成された脱アルカリ層であってもよい。この場合、ガラス基材からコーティングへのガラスのアルカリ成分の拡散移動がより抑制される。
【0029】
上述したとおり、ガラス基材はガラス板であってもよい。ガラス板は、平板状であってもよいが、曲げ加工処理により付与された曲げ形状を有していてもよい。ガラス板の厚みは、特に制限されないが、例えば0.5mm以上12mm以下の範囲内である。ガラス板は、建築物、車両等の窓ガラスとしての使用に適するように処理されていてもよい。ガラス板には、例えば強化処理が施されていてもよい。言い換えると、ガラス板等のガラス基材は、強化ガラスであってもよい。強化処理としては、加熱後に急冷して表面に圧縮応力層を生じさせる風冷強化と、アルカリ金属イオンのイオン交換により表面に圧縮応力層を生じさせる化学強化とが知られている。ガラス板は、合わせ加工及び/又は複層加工により別のガラス板と一体化されていてもよい。
【0030】
上述したガラス板の処理には、ガラス板の加熱を伴うものが多い。例えば、ガラス板の曲げ加工処理は、ガラス板を加熱して軟化させる工程を含む。強化処理に加え、合わせ加工処理や複層加工処理も、ガラス板の間に挟持される樹脂膜、又はガラスの間の空間を封止するために使用される封止材の種類に応じ、ガラス板は高温に加熱されることがある。これらの加熱を経ると、有機物によるイージークリーンコーティングは、その撥水性が大きく低下し、イージークリーン性も損なわれる。このため、コーティングの形成は、ガラス板の加熱を伴う処理の後に実施する必要があった。このような工程上の制限は、量産の効率化を阻害することがある。例えば、曲面にコーティング液を均一に塗布することは、平板の表面上における塗布と比較すると、その難易度は格段に高い。切断されて個々に曲面を有するように加工される前の平坦な帯状ガラスに塗布液を塗布する工程は、格段に効率よく実施できる。
【0031】
加熱を伴う処理による撥水性低下の問題は、ガラス板に限らず、ガラス基材全般において生じる。これに対し、本実施形態によれば、有機物に頼ることなく撥水性が発現しているため、加熱に伴う撥水性の低下は抑制され得る。したがって、本実施形態による方法では、コーティングを形成した後に、コーティングが形成されたガラス基材を加熱してガラス基材の各種の処理を実施することができる。各種の処理は、ガラス板について例示すると、加熱を伴う曲げ加工処理(加熱曲げ処理)、風冷強化処理、化学強化処理、合わせ加工処理、複層加工処理、及び被膜形成処理からなる群より選ばれる少なくとも1つ、特に加熱曲げ処理及び/又は風冷強化処理である。すなわち、本実施形態では、ガラス基材が、加熱曲げ処理及び風冷強化処理からなる群より選ばれる少なくとも1つの処理を受けたガラス板であってもよい。以上の熱処理に適用される温度は、通常は、高くても760℃程度以下である。
【0032】
従来は、ガラス板を所定の形状に切断してから加熱曲げ処理及び/又は風冷強化処理を実施し、その後にイージークリーンコーティングを形成するためのコーティング液をガラス板の主面に塗布していた。このため、コーティング液の一部がガラス板の端面に付着し、端面の少なくとも一部にもコーティングが形成されていた。これに対し、本実施形態によれば、平板状のガラス板の主面にコーティング液を塗布してイージークリーンコーティングを形成し、その後にガラス板に対して加熱曲げ処理及び風冷強化処理からなる群より選ばれる少なくとも1つの処理を実施できる。この形態により提供されるガラス板は、その少なくとも一方の主面上にコーティングを備え、ガラス板の端面にはコーティングを有さないものとなり得る。コーティング液が溜まりやすい端面には局部的に厚いコーティングが形成されることがある。したがってこれを回避できることは、製品の美観の確保等の点で利点がある。こうした品質の向上だけでなく、切断前の大面積のガラス板に連続的にコーティング処理を施すことができるため、最終製品のコストダウンに寄与する。
【0033】
(コーティング)
イージークリーンコーティングはジルコニウム酸化物を含む。コーティングは、ジルコニウム酸化物を、5モル%以上、8モル%以上、さらに9モル%以上含んでいてもよく、さらに主成分として含んでいてもよい。コーティングは、ジルコニウム酸化物以外の成分を実質的に含まない膜であってもよい。コーティングは、ジルコニウム酸化物が露出した表面を有していてもよい。
【0034】
イージークリーンコーティングは、ジルコニウム酸化物以外の無機化合物をさらに含んでいてもよい。ジルコニウム酸化物以外の無機化合物としては、希土類元素の酸化物を例示できる。無機化合物は、酸化物以外、例えば窒化物、炭化物等であっても構わない。
【0035】
イージークリーンコーティングは、希土類元素の酸化物をさらに含んでいてもよい。希土類元素の酸化物は、ジルコニウム酸化物と同様に、撥水性の材料として機能し得る。コーティングは、希土類元素の酸化物を、10モル%以上、30モル%以上、40モル%以上、50モル%以上含んでいてもよい。コーティングは、ジルコニウム酸化物及び希土類元素の酸化物を主成分とする膜であってもよい。
【0036】
希土類元素の酸化物は、セリウム酸化物、ランタン酸化物、及びイットリウム酸化物からなる群より選択される少なくとも1種であってもよい。希土類元素の酸化物は、セリウム酸化物であり得る。セリウム酸化物は、ジルコニウム酸化物と同様、適切な撥水性を付与し得る好ましい材料である。本発明者らのX線回折法を用いた検討によると、ジルコニウム酸化物とセリウム酸化物との組み合わせは、ジルコニウム酸化物がセリウム酸化物の結晶性を損なうことなくセリウム酸化物と協働し得る点において、イージークリーンコーティングにおける使用に適している。ジルコニウム酸化物と共にセリウム酸化物を含むイージークリーンコーティングは、ジルコニウム酸化物のみのコーティングよりも、有機成分を引き寄せやすい。これは、セリウム酸化物が、その特異的な電子軌道により水分子との水素結合を形成しにくいことによる。加えて、引き寄せられた有機成分は吸着能を有している。したがって、イージークリーンコーティングにセリウム酸化物を混在させることで、安定的に撥水性能が発現されるとともに、イージークリーン機能を持たせることができることが期待される。
【0037】
コーティングは、セリウム酸化物を、10モル%以上、30モル%以上、40モル%以上、50モル%以上含んでいてもよい。コーティングは、ジルコニウム酸化物及びセリウム酸化物を主成分とする膜であってもよい。セリウム酸化物は、CeO2、すなわち4価のセリウム酸化物を含むことが好ましい。CeO2は、Ce2O3、すなわち3価のセリウム酸化物よりもイージークリーン性を高める観点からは望ましい成分である。ただし、コーティングには、セリウム酸化物としてCe2O3が含まれていてもよい。例えば、セリウム酸化物の供給源として3価のセリウムを含む化合物を用い、その一部を4価のセリウムに酸化した場合は、CeO2と共に、残部の3価のセリウムがCe2O3としてコーティングに含まれる。なお、本明細書では、コーティング中のセリウム酸化物の含有率その他の比又は比率を、セリウム酸化物をすべてCeO2に換算して、言い換えるとセリウムがすべて4価で存在しているとみなして算出することとする。
【0038】
イージークリーンコーティングにおいて、ジルコニウム酸化物に対するセリウム酸化物のモル比(セリウム酸化物/ジルコニウム酸化物)は、特に制限されないが、0.01以上、0.1以上、0.5以上、0.75以上、1以上であってよく、50以上、30以下、20以下、15以下であってもよい。
【0039】
ガラス等の基材上のイージークリーンコーティングは、下地を提供する金属酸化物層と、有機化合物のオーバーコート層との複層構成を有することが通常であった。オーバーコート層は、接着層として作用する金属酸化物層と強く結合させるために、加水分解性有機ケイ素化合物の加水分解重縮合物により構成されることが多い。加水分解性有機ケイ素化合物は、撥水性の向上に適した有機化合物、典型的にはフルオロアルキル基含有化合物である。これに対し、本実施形態では、コーティングが、加水分解性有機ケイ素化合物の加水分解重縮合物を実質的に含まなくてもよい。また、コーティングは、フッ素含有有機化合物、特にフルオロアルキル基含有化合物を実質的に含まなくてもよい。
【0040】
コーティングは、単層膜であっても、複数層により構成された複層膜であってもよいが、単層膜が量産コストを削減する上では有利である。本実施形態のイージークリーンコーティングは、単層膜であってもイージークリーン性を提供できる。複層膜である場合、コーティングは、複層膜の最上層として、ジルコニウム酸化物を含む層を備えることが望ましい。
【0041】
言い換えると、本実施形態ではガラス基材とコーティングとの間に下地層をさらに含んでいてもよい。下地層を含むことにより、ガラス基材からコーティングへのガラスのアルカリ成分の拡散移動が抑制される。下地層は、例えば金属酸化物層であり、具体的には、ジルコニウム酸化物の質量基準の含有率が表層のコーティングよりも低い、さらにはジルコニウム酸化物を実質的に含まない層であってもよい。下地層は、シリコン酸化物及びアルミニウム酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含んでいてもよい。望ましい下地層の一例は、シリコン酸化物(SiO2)を主成分とする層である。下地層は、それ自体が複数層であってもよい。
【0042】
下地層は、非晶質であってもよい。イージークリーンコーティングは結晶質であるため、ガラス基材からコーティングへのガラスのアルカリ成分が拡散移動しやすい。しかし、下地層が非晶質であると、粒界がないことにより、ガラス基材からコーティングへのガラスのアルカリ成分の拡散移動がより抑制される。
【0043】
下地層の厚さは、例えば10~400nmの範囲にある。下地層の厚さは、10nm以上、20nm以上、さらに30nm以上であってもよく、350nm以下、300nm以下、さらに250nm以下であってもよい。
【0044】
下地層は、低放射膜(Low-E膜)、導電膜、反射抑制膜、着色膜等として機能し得る層であってもよい。
【0045】
Low-E膜は、例えば、導電層を含む積層膜である。Low-E膜は、例えば、ガラス基材の主表面側から順に色調調整層と導電層とが積層された積層構造を有する。色調調整層は、例えば、ケイ素、アルミニウム、亜鉛及びスズの各酸化物から選ばれる少なくとも1つを主成分とする層である。色調調整層は、酸化スズを主成分とする層であり得る。色調調整層の厚さは、例えば25nm以上90nm以下であり、特に35nm以上70nm以下である。色調調整層は、屈折率が互いに異なる2つ以上の層から構成されていてもよい。屈折率が互いに異なる2つの層は、例えば、ガラス板等のガラス基材側から順に、酸化スズを主成分とする第1色調調整層、及び酸化ケイ素を主成分とする第2色調調整層である。ただし、第1色調調整層及び第2色調調整層の積層順は特に限定されない。導電層は、例えば、酸化インジウムスズ(ITO)、酸化亜鉛アルミニウム、アンチモンドープ酸化スズ(SnO2:Sb)及びフッ素ドープ酸化スズ(SnO2:F)から選ばれる少なくとも1つを主成分とする層である。導電層は、フッ素ドープ酸化スズ(SnO2:F)を主成分とする層であり得る。導電層の厚さは、例えば100nm以上350nm以下であり、特に120nm以上260nm以下である。
【0046】
本実施形態のイージークリーンコーティングは、60°以上、62°以上、70°以上、75°以上、場合によっては80°以上の水の接触角を提供することができる。水の接触角の上限は、特に制限されないが、例えば130°以下、120°以下、110°以下、100°以下、さらに95°以下、90°以下、特に85°以下である。水の接触角は、4mg(約4μL)の精製水をコーティングの表面に滴下することにより測定できる。
【0047】
本実施形態のイージークリーンコーティングは、高温、例えば500℃、さらには760℃にまで加熱しても、その撥水性を完全に消失しない。本実施形態のコーティングは、例えば、ガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝した後にも、60°以上、62°以上、70°以上、75°以上、場合によっては80°以上であって、130°以下、120°以下、110°以下、100°以下、さらに95°以下、90°以下、特に85°以下である、水の接触角を提供し得る。熱処理の前後を問わず、水の接触角は、上記に例示した下限及び上限を任意に組み合わせた範囲、例えば62°以上85°以下の範囲にあってもよい。
【0048】
理由の詳細は不明であるが、本実施形態のイージークリーンコーティングの撥水性は、高温で加熱された後に一時的に低下することがある。また、成膜の直後には測定値が安定せず低い値を示すことがある。しかし、これらの場合も、大気に曝して常温で保管しておくだけで、水の接触角は徐々に上昇し、さらに安定して、上述した程度の接触角を示すようになる。本発明者らの検討によると、回復及び安定に要する期間は、概ね30~40日程度である。したがって、高温で熱処理した後の接触角の測定は、所定期間、常温の大気中で保管した後に測定することが望ましい。
【0049】
イージークリーンコーティングは、有機成分を含んでいてもよい。有機成分は、有機化合物であっても、膜を構成する酸化物等と結合した有機基であってもよい。コーティングにおける有機成分の含有率は、特に制限されないが、質量基準で0.01%以上、さらに0.1%以上であってよく、10%以下、さらに1%以下であってよい。高温の熱処理に曝されていないコーティングは、相対的に高い含有率の有機成分を含み得る。ただし、コーティングは、有機成分を実質的に含まなくてもよい。
【0050】
イージークリーンコーティングの膜厚は、例えば2nm以上1000nm以下であり、さらに5nm以上500nm以下であり、特に10nm以上300nm以下である。コーティングの膜厚は、15nm以上、さらに20nm以上であってもよく、100nm以下、さらに50nm以下であってもよい。イージークリーンコーティングが厚過ぎると、剥離の原因となるクラックが生じやすくなるため、クラックを確実に防止するべき場合、コーティングの膜厚は、30nm以下であってもよい。
【0051】
イージークリーンコーティングの表面は実質的に平坦であってもよい。
【0052】
なお、ガラス基材がガラス板である場合、イージークリーンコーティングは、ガラス板の一方の主面のみに形成されていても、ガラス板の両方の主面に形成されていてもよい。ただし、可視光透過率の低下を防ぐためには、ガラス板の一方の主面上のみにコーティングを形成することが望ましい。
【0053】
(特性)
本実施形態のガラス物品が提供し得る撥水性は上述したとおりである。これに加え、本実施形態のガラス物品は、例えば以下の耐摩耗性を有し得る。ガラス物品は、フェルトパッドに換えて等級No.0000のスチールウールを用いた以外はEN1096-2:2001の耐摩耗性試験に準拠して500往復の条件(クラスA)で行ったイージークリーンコーティングへの耐摩耗性試験の前後で、可視光透過率の差分の絶対値が0.7%以下であってもよい。
【0054】
ガラス物品は、スチールウールを用いた上記耐摩耗性試験の前後で、可視光透過率の差分の絶対値が0.6%以下、0.5%以下、さらに0.4%以下であってもよい。可視光透過率の差分の絶対値の下限は、特に制限されないが、例えば0.01%以上である。
【0055】
また、本実施形態のガラス物品は、例えば以下の耐摩耗性を有し得る。500往復の条件(クラスA)に換えて10000往復の条件を採用した以外はフェルトパッドを用いたEN1096-2:2001の耐摩耗性試験に準拠して行ったイージークリーンコーティングへの耐摩耗性試験の前後で、可視光透過率の差分の絶対値が0.22%以下、さらに0.1%以下であってもよい。
【0056】
さらに、本実施形態のガラス物品は、例えば以下の光学特性を有し得る。可視光透過率は、65%以上、70%以上、80%以上、さらに85%以上であってよい。可視光透過率の上限は、特に制限されないが、例えば95%である。ヘイズ率は、例えば10%以下であるが、好ましくは5%以下、さらに3%以下、特に2%以下である。本実施形態によれば、1%以下、さらに0.5%以下のヘイズ率も達成できる。
【0057】
可視光透過率、ヘイズ率の好ましい範囲は、以下のとおりである。カッコ内はさらに好ましい範囲である。
可視光透過率:80~95%(85~95%)
ヘイズ率:5%以下(4%以下)
【0058】
(物品の用途)
本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、各種用途に供し得るが、特に、水滴が付着する環境で使用されるガラス物品としての使用に適している。水滴は、通常、雨、霧等の自然水、又は水道水から供給される。本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、具体的には、建築物用ガラス、輸送機用ガラス、店舗用ガラス、家具用ガラス、家電用ガラス、サイネージ用ガラス、モバイルデバイス用ガラス及び太陽電池用ガラスからなる群より選ばれる少なくとも1つに該当する物品であってもよい。本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、窓ガラス、屋根ガラス、浴室用ガラス、鏡、店舗用ガラス、モバイルデバイス用ガラス及び太陽電池用ガラスからなる群より選ばれる少なくとも1つに該当する物品であってもよい。窓ガラスは、例えば、建築物又は輸送機の窓ガラスであり、屋根ガラスも同様である。建築物は、家屋、ビルディングに限らず、温室、アーケードその他土地に固定された建造物を含む。輸送機は、車両、船舶及び航空機を含む。車両は、例えば自動車又は鉄道車両である。浴室用ガラスは、例えば、浴室のガラスパーティション及びガラスドアである。鏡は、例えば、浴室及び洗面化粧台の鏡である。店舗用ガラスは、例えば、ショーウインドウ、カウンター、テーブル、冷蔵又は冷凍ケースのガラスドア、食品等のショーケースである。モバイルデバイス用ガラスは、例えば、スマートフォン、タブレット型PC等のモバイルデバイスの表示部を覆うガラスであり、場合によってはモバイルデバイスの筐体を構成するガラスである。太陽電池用ガラスは、例えば、太陽電池の光入射側に配置されるカバーガラスである。特に人体への安全を確保する必要がある場合、上述の各用途では強化ガラスが使用されることが多い。
【0059】
上述の用途において、本実施形態によるイージークリーンコーティングは、イージークリーン特性と共に、防眩、防曇等その他の機能を奏するものであってもよい。本実施形態によるイージークリーンコーティングは、防眩及び防曇からなる群より選択される少なくとも1つの機能を有するものであってもよい。
【0060】
(製造方法)
次に、本実施形態のガラス物品の製造方法を説明する。ただし、本実施形態のガラス物品は、以下の製造方法以外の方法によって製造されたものであってもよい。
【0061】
本実施形態の製造方法は、ガラス基材上に、ジルコニウム酸化物を含有するコーティング液を塗布してガラス基材上に塗膜を形成する工程と、塗膜を乾燥させる工程とを具備する。なお、固形分としての「ジルコニウム酸化物」は、コーティングにジルコニウム酸化物を供給できる成分である限り、完全な酸化物として存在している必要はなく、脱水縮合後にジルコニウム酸化物を供給し得るジルコニウム酸水酸化物、ジルコニウム水酸化物等も包含する。
【0062】
この製造方法は、コーティング液を調製する工程をさらに具備していてもよい。コーティング液は、極性溶媒、特に炭素数5以下の低級アルコールを溶媒として含んでいてもよい。低級アルコールは、メタノール及び/又はエタノールであってもよい。コーティング液を調製する工程は、ジルコニウム化合物を極性溶媒に溶解することを含んでいてもよい。そのため、ジルコニウム化合物は、極性溶媒に溶解する化合物であってもよい。
【0063】
調製されたコーティング液はガラス基材上に塗布される。コーティング液の塗布は、例えば、スピンコーティング、バーコーティング、スプレーコーティング、ノズルフローコーティング、ロールコーティング等の公知の手法により実施できる。
【0064】
本実施形態の製造方法は、塗膜に洗浄及び乾燥から選択される少なくとも1つの処理を施す工程をさらに含んでいてもよい。
【0065】
コーティング液がジルコニウム酸化物とともに希土類元素の酸化物、例えばセリウム酸化物を含有する場合、本実施形態の製造方法は、ガラス基材上に、ジルコニウム酸化物及びセリウム酸化物を含有するコーティング液を塗布してガラス基材上に塗膜を形成する工程と、塗膜を乾燥させる工程とを具備する。セリウム酸化物はCeO2を含んでいる。なお、「セリウム酸化物」は、コーティングにセリウム酸化物を供給できる成分である限り、完全な酸化物として存在している必要はなく、脱水縮合後にセリウム酸化物を供給し得るセリウム酸水酸化物、セリウム水酸化物等も包含する。
【0066】
この場合、コーティング液を調製する工程は、3価のセリウムを含むセリウム化合物を加水分解することをさらに含んでいてもよい。加水分解可能なセリウム化合物は、極性溶媒に溶解する化合物であることが好ましく、具体的には水溶性セリウム化合物から選択するとよい。セリウム化合物は、例えば、ハロゲン化セリウム及び硝酸セリウムからなる群より選ばれる少なくとも1つであってもよい。ハロゲン化セリウムは、例えば塩化セリウム(III)、臭化セリウム(III)である。硝酸セリウム(III)を含め、ここに例示したように、好ましいセリウム化合物は、3価のセリウムの化合物である。ただしこれに限らず、セリウム化合物は、4価のセリウムを含んでいてもよい。3価のセリウムの4価のセリウムへの酸化には時間を要する場合がある。したがって、コーティング液がジルコニウム酸化物及びセリウム酸化物を含有する場合、本実施形態の製造方法は、コーティング液及び湿潤状態にある塗膜から選ばれる少なくとも1つを所定時間だけ保持する工程をさらに含んでいてもよい。この工程は、例えば、調製したコーティング液及び湿潤状態にある塗膜から選ばれる少なくとも1つを温度5~80℃及び0.5~48時間保持することによって実施できる。この工程によって、コーティング液又は塗膜は、いわば「エージング」が進行し、4価のセリウムの比率が高くなる。エージングする対象としては、コーティング液が好ましい。例えば、コーティング液は、4価のセリウムへの転換が進むにつれて、4価のセリウムに起因する発色が観察されるようになる。3価のセリウムのみが含まれているコーティング液は、その他に着色の要因となる材料が含まれていなければ無色である。コーティング液は、4価のセリウムが生成するにつれて、典型的には、まず茶色系に、その後さらに黄色系に着色され得る。保持している間に、十分な量の4価のセリウムを生成させるためには、コーティング液のpHは低くなり過ぎないように維持することが望ましい。
【0067】
4価のセリウムの生成の過程は、紫外域から可視域にかけての吸収スペクトルによりモニタリングすることが可能である。例えばコーティング液の紫外域の吸収端は、4価のセリウムが生成するにつれて長波長域へと移動する。この吸収端が、例えば、350nm以上、特に360nm以上の領域に存在するまでエージングを継続すると、イージークリーンコーティングの生成に十分な量の4価のセリウムが生成する。
【0068】
本実施形態の製造方法は、ガラス基材上にイージークリーンコーティングを形成した後に、ガラス基材に加熱を伴う処理を実施する工程をさらに具備していてもよい。加熱を伴う処理は、上述した例からなる群より選ばれる少なくとも1つであり、特に加熱曲げ処理及び/又は風冷強化処理である。もっとも、本実施形態のガラス基材は、このような処理を受けることなく使用に供することも可能である。
【0069】
本実施形態における製造方法は、ガラス基材上に、キレート化されたジルコニウムイオンを含有するコーティング液を塗布してガラス基材上に塗膜を形成する工程と、塗膜を乾燥させる工程とを具備する方法としても実施できる。ジルコニウムイオンをキレート化するためには、EDTA、アセチルアセトン等の一般的なキレート剤を特に制限なく使用できる。
【0070】
コーティング液がジルコニウム酸化物及びセリウム酸化物を含有する場合、本実施形態における製造方法は、ガラス基材上に、キレート化されたジルコニウムイオン及びキレート化されたセリウムイオンを含有するコーティング液を塗布してガラス基材上に塗膜を形成する工程と、塗膜を乾燥させる工程とを具備する方法としても実施できる。キレート化には、EDTA、アセチルアセトン等の一般的なキレート剤を特に制限なく使用できる。コーティング液におけるセリウムイオンは、3価のセリウムであってもよい。キレート化された3価のセリウムイオンは、コーティング液が塗布された後の乾燥工程、さらには加熱処理工程において、少なくともその一部が4価に酸化されやすくなる。
【0071】
(その他の製造方法)
本実施形態のイージークリーンコーティング付きガラス物品は、上記で例示した液相成膜法により製造されるものに限定されない。
【実施例0072】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、以下の実施例も本発明を特定の形態に制限する趣旨で提示するものではない。以下の実施例では、ガラス基材としてガラス板を使用した。
【0073】
(測定前の熱処理)
イージークリーンコーティング付きガラス物品には、各特性の評価前に熱処理を実施した。熱処理は、760℃に設定した電気炉内で4分加熱し、炉から取り出してセラミックウールで包んで熱割れしない冷却速度で室温まで冷却することにより実施した。熱処理後、コーティング付きガラス物品を常温の大気中で少なくとも7日間放置し、その後、各特性を評価した。
【0074】
(水の接触角)
水の接触角は、接触角測定機(共和界面科学社製,DMs-401型)を用い、4mgの精製水をコーティング表面に滴下して測定した。
【0075】
(耐摩耗性)
スチールウールを用いたイージークリーンコーティングへの耐摩耗性試験は、フェルトパッドに換えて等級No.0000のスチールウールを用いた以外はEN1096-2:2001の耐摩耗性試験に準拠して実施した。具体的には、摩耗試験機(新東科学社製,ヘイドン・トライボステーションType32)を用い、4Nの荷重を印加しながら、当該スチールウールをイージークリーンコーティング表面に押し当て、500往復(クラスA)させることにより実施した。スチールウールは、摩耗試験機のヘッドに取り付けた。このヘッドにおける、試験対象の膜に接触する部分のサイズは、20×20mmであった。縦140mm×横270mmのサイズで厚さが75mmのスチールウール(トラスコ中山社製,TSW0000-200)を、ヘッドに取り付けた。スチールウールの量は、20×20mmのサイズで厚さが75mmである状態に換算した場合に、約0.2gになるようにした。摩耗試験機は、片道100mmの距離を6000mm/分の速度でヘッドが移動するように設定した。
【0076】
付随的にフェルトパッドを用いたイージークリーンコーティングへの耐摩耗性試験も実施した。この耐摩耗性試験は、500往復の条件(クラスA)に換えて10000往復の条件を採用した以外はEN1096-2:2001の耐摩耗性試験に準拠して実施した。具体的には、摩耗試験機(新東科学社製,ヘイドン・トライボステーションType32)を用い、4Nの荷重を印加しながら、当該フェルトパッドをイージークリーンコーティング表面に押し当て、10000往復させることにより実施した。フェルトパッドは、摩耗試験機のヘッドに取り付けた。このヘッドにおける、試験対象の膜に接触する部分のサイズは、直径15mmであった。フェルトパッドの密度は0.5g/cm3であった。摩耗試験機は、片道100mmの距離を6000mm/分の速度でヘッドが移動するように設定した。
【0077】
耐摩耗性試験を実施する前と実施した後において、下記の方法により可視光透過率を測定し、その差分を算出した。差分は、耐摩耗性試験後の測定値から耐摩耗性試験前の測定値を差し引くことにより実施した。
【0078】
(光学特性)
可視光透過率は分光光度計(日立社製,330型)で測定した可視紫外吸収スペクトルから求めた。ヘイズ率はヘイズメータ(スガ試験機社製,HZ-V3型)を用いて測定した。
【0079】
(膜厚)
イージークリーンコーティングの膜厚は、断面SEM観察により測定した。ガラス物品が下地層(SiO2層)を有する場合、下地層の厚さも断面SEM観察により測定した。
【0080】
(汚れ付着試験)
コーティング付きガラス物品をその主面が鉛直方向となる姿勢で、コーティング表面に水道水を噴霧した。次いで、コーティング付きガラス物品を室温で10分間保持し、コーティング表面に付着した水滴を蒸発させた。その後、ガラス板の端面からLED光源からの光を入射させて、コーティング表面を観察した。
【0081】
〈実施例1〉
硝酸セリウム(III)六水和物(Ce(NO3)3・6H2O)(富士フィルム和光純薬社製,98%)3.33g、ジアセトキシジルコニウム(IV)オキシド(C4H6O5Zr)(東京化成社製,20%)2.48g、アセチルアセトン67.2g、及びプロピレングリコール60gを、エタノールを主剤とした混合溶剤(双葉化学薬品社製,ファインエターA-10)267.0gに溶解し、コーティング液を得た。コーティング液において、CeO2とZrO2のモル比は3.5:1であった。次に、コーティング液を40℃で15時間以上攪拌し続けてエージングした。エージング後のコーティング液は、薄黄色を呈していた。
【0082】
ガラス基材として、高透過ガラス(日本板硝子社製,オプティホワイト(登録商標):厚さ3mm,以下「OPW」と表記)を用いた。このガラス板を10cm角に切断し、洗浄及び乾燥させた。エージング済みのコーティング液をガラス板にスプレー塗布した。コーティング付きガラス物品に、上述の乾燥処理を施した。乾燥処理後のコーティング付きガラス物品に、上述の熱処理を施した。これにより、実施例1のコーティング付きガラス物品を得た。
【0083】
〈実施例2〉
ガラス基材として、シリコン酸化物(SiO2)層が形成されたガラス(ピルキントン社製,OptiShower:SiO2層厚さ15nm,以下「OPS」と表記)を用い、SiO2層の上にコーティングを形成した。これを除いては、実施例1と同様にして、実施例2のコーティング付きガラス物品を得た。
【0084】
〈実施例3〉
コーティング液におけるCeO2とZrO2のモル比が6:1となるように配合を調節した。ガラス基材として、OPSを用い、SiO2層の上にコーティングを形成した。これを除いては、実施例1と同様にして、実施例3のコーティング付きガラス物品を得た。
【0085】
〈実施例4〉
コーティング液におけるCeO2とZrO2のモル比が9.3:1となるように配合を調節した。ガラス基材として、OPSを用い、SiO2層の上にコーティングを形成した。これらを除いては、実施例1と同様にして、実施例4のコーティング付きガラス物品を得た。
【0086】
〈実施例5〉
コーティング液におけるCeO2とZrO2のモル比が1:1となるように配合を調節した。ガラス基材として、OPSを用い、SiO2層の上にコーティングを形成した。これを除いては、実施例1と同様にして、実施例5のコーティング付きガラス物品を得た。
【0087】
〈実施例6〉
コーティング液におけるCeO2とZrO2のモル比が0:1となるように配合を調節した。すなわち、実施例6のコーティング液は、CeO2を実質的に含有していなかった。ガラス基材として、OPSを用い、SiO2層の上にコーティングを形成した。これを除いては、実施例1と同様にして、実施例6のコーティング付きガラス物品を得た。
【0088】
〈比較例1〉
コーティング液におけるCeO2とZrO2のモル比が1:0となるように配合を調節した。すなわち、比較例1のコーティング液は、ZrO2を実質的に含有していなかった。これを除いては、実施例1と同様にして、比較例1のコーティング付きガラス物品を得た。
【0089】
〈比較例2〉
コーティング液におけるCeO2とZrO2のモル比が1:0となるように配合を調節した。すなわち、比較例2のコーティング液は、ZrO2を実質的に含有していなかった。ガラス基材として、OPSを用い、SiO2層の上にコーティングを形成した。これを除いては、実施例1と同様にして、比較例2のコーティング付きガラス物品を得た。
【0090】
実施例及び比較例のそれぞれについて、上述した方法により、水の接触角、可視光透過率等を測定した。結果を表1に示す。表1には、参照例1及び2として、コーティングを形成しない場合のガラス基材の表面における各測定値も示している。
【0091】
【0092】
スチールウールを用いた耐摩耗性試験の結果、実施例では可視光透過率の差分の絶対値が0.7%以下になった。これに対し、比較例では可視光透過率の差分の絶対値が0.7%を上回った。比較例において可視光透過率の差分が正の値になったのは、耐摩耗性試験後にコーティングの少なくとも一部が剥離し、可視光透過率が上昇したためである。フェルトパッドを用いた耐摩耗性試験においても、個別のデータは割愛するが、実施例における可視光透過率の差分の絶対値は0.22%以下となり、比較例における同絶対値(0.22%超)を下回った。
【0093】
また、実施例1~6では、熱処理後のコーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下の範囲にあった。ガラス表面よりも高い水の接触角を反映し、汚れ付着試験の結果、実施例1~6及び比較例1~2では参照例1~2よりも水滴が付着した部分の跡が目立たないものとなった。参照例1~2では、コーティングが形成されていないことにより水が表面に付着しやすく、水滴が付着した部分の跡又は水が流れた跡が広い面積にわたって存在し、白っぽい外観を与えた。
【0094】
なお、実施例1と実施例2との比較から、SiO2層が下地層として形成されたガラス基材を用いると、ガラス基材の表面にコーティングを直接形成した場合と比較して、水の接触角が向上することが理解できる。これは、非晶質のSiO2層によりガラス基材からコーティングへのガラスのアルカリ成分の拡散移動が抑制されたためと考えられる。本実施形態によるコーティングは、フッ素含有有機化合物を塗布した従来のイージークリーンコーティングと異なり、その下部に接着促進剤層を形成しなくても良好な耐摩耗性を有し得る(実施例1)。本実施形態によるコーティグにおいて、下地層は、接着促進剤層としてではなく、拡散防止層として機能する。この拡散防止層は、熱処理の際にガラス基材から拡散するアルカリ成分のコーティングへの侵入を抑制し、表面の撥水性の維持に貢献し得る(実施例2)。
【0095】
実施例1及び比較例1について、上記熱処理後に、SEMを用いてコーティングの表面を観察した。結果を
図3(実施例1)及び
図4(比較例1)に示す。実施例1のコーティングの表面にはクラックが確認できなかった。一方、比較例1のコーティングの表面にはクラックが発生していた。各実施例のコーティングの表面を同様に観察したところ、いずれの表面も実質的に平坦であり、クラックは確認できなかった。