(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023102990
(43)【公開日】2023-07-26
(54)【発明の名称】イージークリーンコーティング付きガラス物品
(51)【国際特許分類】
C03C 17/34 20060101AFI20230719BHJP
C03C 21/00 20060101ALI20230719BHJP
G09F 9/00 20060101ALI20230719BHJP
【FI】
C03C17/34 Z
C03C21/00 101
G09F9/00 302
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022003787
(22)【出願日】2022-01-13
(71)【出願人】
【識別番号】000004008
【氏名又は名称】日本板硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(72)【発明者】
【氏名】河津 光宏
(72)【発明者】
【氏名】飯田 彦一郎
【テーマコード(参考)】
4G059
5G435
【Fターム(参考)】
4G059AA01
4G059AA11
4G059AB09
4G059AC22
4G059EA05
4G059EA07
4G059GA01
4G059GA04
4G059GA12
5G435AA09
5G435HH05
5G435LL07
5G435LL08
(57)【要約】
【課題】製造効率の向上に適したイージークリーンコーティング付きガラス物品を提供する。
【解決手段】ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、前記ガラス基材と前記コーティングとの間に拡散防止層を含む、コーティング付きガラス物品、とする。また、ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、前記ガラス基材は、前記コーティング側の表面に脱アルカリ層を含む、コーティング付きガラス物品、とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、
前記ガラス基材と前記コーティングとの間に拡散防止層を含む、
コーティング付きガラス物品。
【請求項2】
ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、
前記ガラス基材は、前記コーティング側の表面に脱アルカリ層を含む、
コーティング付きガラス物品。
【請求項3】
前記コーティングの前記ガラス基材側の面における第1族元素と第2族元素の含有率の和が5atm%以下である、
請求項1又は2に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項4】
前記ガラス基材を構成するガラス組成物において含有率が最大の第1族元素を元素R、前記ガラス組成物において含有率が最大の第2族元素を元素Mとそれぞれ表示したときに、前記コーティングの前記ガラス基材側の面における前記元素Rと前記元素Mの含有率の和が4atm%以下である、
請求項1又は2に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項5】
前記コーティングは、希土類元素の酸化物を含む、
請求項1~4のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項6】
前記コーティングは、セリウム酸化物を含む、
請求項1~5のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項7】
前記セリウム酸化物は、結晶性を有する、
請求項6に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項8】
前記コーティングは、ジルコニウム酸化物を含む、
請求項1~7のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項9】
前記コーティング付きガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝し、常温の大気中で2週間保管した後の接触角が60°以上130°以下である、
請求項1~8のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項10】
前記拡散防止層の厚さが10~400nmの範囲にある、
請求項1に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項11】
前記拡散防止層は、SiO2を主成分として含む、
請求項10に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項12】
前記拡散防止層は、非晶質である、
請求項10又は11に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項13】
前記ガラス基材は、フロートガラスであり、
前記ガラス基材の前記表面は、前記フロートガラスのトップ面である、
請求項2に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項14】
前記コーティングは、アルミニウム酸化物をさらに含む、
請求項5~8のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項15】
フェルトパッドに換えて等級No.0000のスチールウールを用いた以外はEN1096-2:2001の耐摩耗性試験に準拠して500往復の条件で行った前記コーティングへの耐摩耗性試験の前後で、可視光透過率の差分の絶対値が0.7%以下である、
請求項1~14のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項16】
前記ガラス基材が強化ガラスである、
請求項1~15のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項17】
建築物用ガラス、輸送機用ガラス、店舗用ガラス、家具用ガラス、家電用ガラス、サイネージ用ガラス、モバイルデバイス用ガラス及び太陽電池用ガラスからなる群より選ばれる少なくとも1つに該当する、
請求項1~16のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項18】
前記コーティングは、フルオロアルキル基含有化合物を実質的に含まない、請求項1~17のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項19】
前記コーティングは単層膜である、請求項1~18のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【請求項20】
前記コーティングの膜厚が10nm以上300nm以下である、請求項1~19のいずれか1項に記載のコーティング付きガラス物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イージークリーンコーティング付きガラス物品に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス基材その他の基材の表面には、イージークリーンコーティング(Easy to clean coating)と呼ばれる被膜が形成されることがある。イージークリーンコーティングは一般に、撥水性の有機物、具体的にはフッ素含有化合物又はシリコーン系化合物を含む撥水剤を塗布して成膜される。
【0003】
有機物に頼ることなく撥水性を付与する技術についても、検討が進められている。例えば、特許文献1には、酸化物セラミックスを有機物濃度及び水分濃度が低い雰囲気中で1600℃及び5時間焼成することにより、酸化物セラミックスを焼結し、撥水性を付与する技術が開示されている。ただし、この技術は、耐熱性が高い基材である酸化物セラミックス自体に撥水性を付与するものであって、高温での焼結を必須とする。このため、ガラス基材に適用することは困難である。ガラス基材は、特許文献1が開示する1600℃及び5時間の条件で加熱すると、通常、少なくとも基材としての形状を維持し得ない程度に軟化し、場合によっては完全に溶融する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ガラス基材には、ガラス基材が軟化しない範囲の温度及び加熱時間で加熱を伴う処理が施されることがある。理由の詳細は不明であるが、本発明者の検討によると、ガラス基材上に形成したイージークリーンコーティングの撥水性は、加熱直後に低下し、その後徐々に回復することがある。しかし、撥水性の回復及びその確認のために長期間保存してから出荷したのでは、製造効率が大きく低下する。一方、曲げ加工に代表されるように、ガラス基材の加熱を伴う処理にはコーティングの形成を難しくしたり非効率にしたりする処理もある。このため、コーティングの形成に先立ってガラス基材の加熱処理を実施することは、製造効率の改善策としては望ましくない。製造効率を考慮すると、イージークリーンコーティング付きガラス物品の撥水性は、加熱処理後、早期に回復することが望ましい。
【0006】
以上に鑑み、本発明は、製造効率の向上に適したイージークリーンコーティング付きガラス物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、
ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、
前記ガラス基材と前記コーティングとの間に拡散防止層を含む、
コーティング付きガラス物品、を提供する。
【0008】
また、本発明は、
ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、
前記ガラス基材は、前記コーティング側の表面に脱アルカリ層を含む、
コーティング付きガラス物品、を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、製造効率の向上に適したイージークリーンコーティング付きガラス物品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1で作製したコーティング付きガラス物品の深さ方向における成分の分析結果を示す図である。
【
図2】実施例2で作製したコーティング付きガラス物品の深さ方向における成分の分析結果を示す図である。
【
図3】実施例6で作製したコーティング付きガラス物品の深さ方向における成分の分析結果を示す図である。
【
図4】比較例1で作製したコーティング付きガラス物品の深さ方向における成分の分析結果を示す図である。
【
図5】比較例2で作製したコーティング付きガラス物品の深さ方向における成分の分析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下の本発明の実施形態についての説明は、本発明を特定の形態に制限する趣旨ではない。本明細書において、「主成分」は、質量基準で、含有率が50%以上、特に60%以上の成分を意味する。「実質的に含まない」は、質量基準で、含有率が1%未満、さらに0.1%未満であることを意味する。「実質的に平坦」は、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したときに当該表面上に高さ又は深さ500nm以上の凹凸が確認されないことを意味する。「常温」は、5~35℃、特に10~30℃の範囲の温度を意味する用語として使用する。
【0012】
〔第1実施形態〕
本実施形態により提供されるコーティング付きガラス物品は、
ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、
前記ガラス基材と前記コーティングとの間に拡散防止層を含む。
【0013】
拡散防止層を設けることにより、熱処理後におけるコーティングの撥水性の回復、具体的には水の接触角の上昇速度が向上し得ることが見出された。
【0014】
本実施形態では、ガラス基材とコーティングとの間に拡散防止層が存在している。後述する元素分析の結果等から、拡散防止層は、ガラス基材からコーティングへのガラスの成分、特にアルカリ成分の拡散を抑制し、これにより水の接触角の上昇速度の向上に貢献していると考えられる。
【0015】
以下では、本実施形態のコーティング付きガラス物品を構成するガラス基材、コーティング、及び拡散防止層を説明し、引き続き本実施形態により達成され得る特性及び物品の用途についても説明し、最後に本実施形態の製造方法について説明する。
【0016】
(ガラス基材)
ガラス基材を構成するガラスの種類に特に制限はない。ガラス基材は、ソーダ石灰ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミノケイ酸ガラス、無アルカリガラス、石英ガラス等と呼ばれている各種のガラスにより構成されていてもよい。ガラス基材はSiO2を主成分としていてもよい。ガラス基材は、ナトリウム、カリウムに代表される第1族元素(アルカリ成分、アルカリ金属元素)の酸化物を含んでいてもよい。ガラス基材は、カルシウムに代表される第2族元素を含んでいてもよい。ガラス基材のサイズ及び形状にも特段の制限はない。ガラス基材は、ガラス板、ガラス容器、ガラス蓋、ガラス管、ガラスバルブ、ガラスレンズその他の成形体であってもよい。ガラス容器は、例えばガラスバイアル、ガラスアンプル、ガラス瓶であるが、トレイ、シャーレ等と呼ばれるその他の形状を有していてもよい。ガラス蓋は、蓋として機能する限り、その形状に制限はなく、例えば調理器具の蓋として使用可能な形状を有していてもよい。
【0017】
上述したとおり、ガラス基材はガラス板であってもよい。ガラス板は、平板状であってもよいが、曲げ加工処理により付与された曲げ形状を有していてもよい。ガラス板の厚みは、特に制限されないが、例えば0.5mm以上12mm以下の範囲内である。ガラス板は、建築物、車両等の窓ガラスとしての使用に適するように処理されていてもよい。ガラス板には、例えば強化処理が施されていてもよい。言い換えると、ガラス板等のガラス基材は、強化ガラスであってもよい。強化処理としては、加熱後に急冷して表面に圧縮応力層を生じさせる風冷強化と、アルカリ金属イオンのイオン交換により表面に圧縮応力層を生じさせる化学強化とが知られている。ガラス板は、合わせ加工及び/又は複層加工により別のガラス板と一体化されていてもよい。
【0018】
上述したガラス板の処理には、ガラス板の加熱を伴うものが多い。例えば、ガラス板の曲げ加工処理は、ガラス板を加熱して軟化させる工程を含む。強化処理に加え、合わせ加工処理や複層加工処理も、ガラス板の間に挟持される樹脂膜、又はガラスの間の空間を封止するために使用される封止材の種類に応じ、ガラス板は高温に加熱されることがある。これらの加熱によるイージークリーンコーティングの撥水性の低下を防ぐためには、コーティングの形成をガラス板の加熱を伴う処理の後に実施することも考えられる。しかし、このような工程上の制限は、量産の効率化を阻害することがある。例えば、曲面にコーティング液を均一に塗布することは、平板の表面上における塗布と比較すると、その難易度は格段に高い。切断されて個々に曲面を有するように加工される前の平坦な帯状ガラスに塗布液を塗布する工程は、格段に効率よく実施できる。
【0019】
加熱を伴う各種の処理は、ガラス板について例示すると、加熱を伴う曲げ加工処理(加熱曲げ処理)、風冷強化処理、化学強化処理、合わせ加工処理、複層加工処理、及び被膜形成処理からなる群より選ばれる少なくとも1つ、特に加熱曲げ処理及び/又は風冷強化処理である。すなわち、本実施形態では、ガラス基材が、加熱曲げ処理及び風冷強化処理からなる群より選ばれる少なくとも1つの処理を受けたガラス板であってもよい。以上の熱処理に適用される温度は、通常は、高くても760℃程度以下である。
【0020】
従来は、ガラス板を所定の形状に切断してから加熱曲げ処理及び/又は風冷強化処理を実施し、その後にイージークリーンコーティングを形成するためのコーティング液をガラス板の主面に塗布していた。このため、コーティング液の一部がガラス板の端面に付着し、端面の少なくとも一部にもコーティングが形成されていた。これに対し、本実施形態によれば、平板状のガラス板の主面の拡散防止層上にコーティング液を塗布してイージークリーンコーティングを形成し、その後にガラス板に対して加熱曲げ処理及び風冷強化処理からなる群より選ばれる少なくとも1つの処理を実施できる。この形態により提供されるガラス板は、その少なくとも一方の主面上にコーティングを備え、ガラス板の端面にはコーティングを有さないものとなり得る。コーティング液が溜まりやすい端面には局部的に厚いコーティングが形成されることがある。したがってこれを回避できることは、製品の美観の確保等の点で利点がある。こうした品質の向上だけでなく、切断前の大面積のガラス板に連続的にコーティング処理を施すことができるため、最終製品のコストダウンに寄与する。
【0021】
(コーティング)
イージークリーンコーティングは、無機物を主成分としていてもよい。コーティングは、有機物を主成分としていてもよいが、高温での加熱処理を実施する場合は無機物の使用が適している。コーティングは、有機物を実質的に含んでいなくてもよい。無機物としては、酸化物、窒化物、炭化物等の各種無機化合物が挙げられるが、酸化物が好適である。コーティングは、酸化物を主成分としていてもよい。好ましい酸化物としては、ジルコニウム酸化物が挙げられる。好ましい別の酸化物は、希土類元素の酸化物である。コーティングは、ジルコニウム酸化物及び希土類元素の酸化物からなる群より選択される少なくとも1種を含んでいてもよく、ジルコニウム酸化物及び希土類元素の酸化物を主成分としていてもよい。ジルコニウム酸化物及び/又は希土類元素の酸化物は、適切な撥水性の発現に適している。特に好ましい酸化物はジルコニウム酸化物である。コーティングは、ジルコニウム酸化物を含んでいてもよい。ジルコニウム酸化物は、イージークリーンコーティングの耐摩耗性の改善に有用である。コーティングは、ジルコニウム酸化物を、5モル%以上、8モル%以上、9モル%以上含んでいてもよく、さらに主成分として含んでいてもよい。コーティングは、ジルコニウム酸化物以外の成分を実質的に含まない膜であってもよい。
【0022】
コーティングは、希土類元素の酸化物を含んでいてもよい。希土類元素の酸化物は、セリウム酸化物、ランタン酸化物、及びイットリウム酸化物からなる群より選択される少なくとも1種であってもよい。
【0023】
希土類元素の酸化物は、セリウム酸化物であり得る。セリウム酸化物は、ジルコニウム酸化物と同様、適切な撥水性を付与し得る好ましい材料である。セリウム酸化物は、結晶性を有し得る。結晶性の希土類酸化物、特にセリウム酸化物は、イージークリーン特性の発現に適している。結晶性のセリウム酸化物の結晶子サイズは、例えば、4~10nmの範囲にある。結晶子サイズがこの程度となるように結晶が発達していると、コーティングが薄くても、ガラス基材からの拡散距離が長くなってアルカリ成分がコーティングの表面に到達しにくくなる。
【0024】
本発明者らのX線回折法を用いた検討によると、ジルコニウム酸化物とセリウム酸化物との組み合わせは、ジルコニウム酸化物がセリウム酸化物の結晶性を損なうことなくセリウム酸化物と協働し得る点において、イージークリーンコーティングにおける使用に特に適している。
【0025】
コーティングは、セリウム酸化物を、10モル%以上、30モル%以上、40モル%以上、50モル%以上含んでいてもよく、主成分として含んでいてもよい。コーティングは、セリウム酸化物以外の成分を実質的に含まない膜であってもよい。セリウム酸化物は、CeO2、すなわち4価のセリウム酸化物を含むことが好ましい。CeO2は、Ce2O3、すなわち3価のセリウム酸化物よりもイージークリーン性を高める観点からは望ましい成分である。ただし、コーティングには、セリウム酸化物としてCe2O3が含まれていてもよい。例えば、セリウム酸化物の供給源として3価のセリウムを含む化合物を用い、その一部を4価のセリウムに酸化した場合は、CeO2と共に、残部の3価のセリウムがCe2O3としてコーティングに含まれる。なお、本明細書では、コーティング中のセリウム酸化物の含有率その他の比又は比率を、セリウム酸化物をすべてCeO2に換算して、言い換えるとセリウムがすべて4価で存在しているとみなして算出することとする。
【0026】
イージークリーンコーティングにおいて、ジルコニウム酸化物に対するセリウム酸化物のモル比(セリウム酸化物/ジルコニウム酸化物)は、特に制限されないが、0.01以上、0.1以上、0.5以上、0.75以上、1以上であってよく、50以上、30以下、20以下、15以下であってもよい。
【0027】
コーティングは、ジルコニウム酸化物及び/又は希土類元素の酸化物と共に、アルミニウム酸化物を含んでいてもよい。アルミニウム酸化物は、コーティングの撥水性の向上に寄与し得る。コーティングは、アルミニウム酸化物を、5モル%以上、10モル%以上、さらに20モル%以上含有していてもよい。
【0028】
コーティングのガラス基材側の面における第1族元素と第2族元素の含有率の和は制限されていることが好ましい。この含有率の和は、5原子(atm)%以下、4atm%以下、3atm%以下、さらに2atm%以下であってもよい。ガラス基材を構成するガラス組成物における第1族元素と第2族元素の含有率の和は、5atm%を超えていてもよく、7atm%以上、さらには10atm%以上であってもよい。なお、コーティングの特性に影響を与え得る成分は主として第1族元素であるが、第2族元素も影響を及ぼし得る。
【0029】
上記に代えて、ガラス基材を構成するガラス組成物において、含有率が最大の第1族元素及び第2族元素に着目してもよい。この観点から、ガラス基材を構成するガラス組成物において含有率が最大の第1族元素を元素R、このガラス組成物において含有率が最大の第2族元素を元素Mとそれぞれ表示したときに、コーティングのガラス基材側の面における元素Rと元素Mの含有率の和は、4atm%以下、3atm%以下、2atm%以下、さらに1atm%以下であってもよい。元素Rは、典型的にはナトリウムである。元素Mは、典型的にはカルシウムである。ただし、元素Rと元素Mとの組み合わせは、ナトリウムとマグネシウム、ナトリウムとストロンチウム、カリウムとカルシウム、リチウムとカルシウム、リチウムとマグネシウム等であってもよい。ガラス基材を構成するガラス組成物における元素Rと元素Mの含有率の和は、4atm%を超えていてもよく、5atm%を超えていてもよく、7atm%以上、さらには10atm%以上であってもよい。
【0030】
本実施形態では、ガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝し、常温の大気中で2週間保管した後のコーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下であり得る。熱処理に曝した後の水の接触角は、61°以上、65°以上、70°以上、さらには75°以上にまで到達し得る。水の接触角の上限は、特に制限されないが、例えば130°以下、120°以下、110°以下、100°以下、さらに95°未満である。コーティングの表面上の水の接触角は、熱処理前においても、上述の上限と下限との任意の組み合わせにより定まる範囲にあり得る。熱処理の前後を問わず、水の接触角は、上記に例示した下限及び上限を任意に組み合わせた範囲、例えば61°以上90°以下の範囲にあってもよい。水の接触角は、4mg(約4μL)の精製水をコーティングの表面に滴下することにより測定できる。本実施形態において、コーティングの表面上の水の接触角は、熱処理直後には一時的に大きく低下することがある。接触角の回復には数十日間を要することがあるが、本実施形態のコーティングの撥水性は、常温の大気中で2週間保管することにより、上記程度の接触角を有する程度に回復する。なお、放置する大気中の湿度は、相対湿度により表示して、例えば20%以上60%以下が適切である。
【0031】
本実施形態では、コーティングが、フッ素含有有機化合物、特にフルオロアルキル基含有化合物を実質的に含まなくてもよい。
【0032】
本実施形態のイージークリーンコーティングは、単層膜であってもよい。
【0033】
本実施形態のイージークリーンコーティングは、60°以上、61°以上、65°以上、70°以上、場合によっては75°以上の水の接触角を提供することができる。水の接触角の上限は、特に制限されないが、例えば130°以下、120°以下、110°以下、105°以下、さらに100°以下、95°以下である。水の接触角は、4mg(約4μL)の精製水をコーティングの表面に滴下することにより測定できる。
【0034】
本実施形態のイージークリーンコーティングは、高温、例えば500℃、さらには760℃にまで加熱しても、その撥水性を完全に消失しない。本実施形態のコーティングは、例えば、ガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝した後にも、60°以上、61°以上、65°以上、70°以上、場合によっては75°以上であって、130°以下、120°以下、110°以下、105°以下、さらに100°以下、95°以下である、水の接触角を提供し得る。
【0035】
イージークリーンコーティングの膜厚は、例えば2nm以上1000nm以下であり、さらに5nm以上500nm以下であり、特に10nm以上300nm以下である。コーティングの膜厚は、15nm以上、さらに20nm以上であってもよく、100nm以下、さらに50nm以下であってもよい。イージークリーンコーティングが厚過ぎると、剥離の原因となるクラックが生じやすくなるため、コーティングの膜厚は、30nm以下であることが望ましい。
【0036】
イージークリーンコーティングの表面は実質的に平坦であってもよい。
【0037】
なお、ガラス基材がガラス板である場合、イージークリーンコーティングは、ガラス板の一方の主面のみに形成されていても、ガラス板の両方の主面に形成されていてもよい。ただし、可視光透過率の低下を防ぐためには、ガラス板の一方の主面上のみにコーティングを形成することが望ましい。
【0038】
(拡散防止層)
拡散防止層は、非晶質であってもよい。非晶質である拡散防止層は、ガラス基材からコーティングへのアルカリ成分の拡散の抑制に適している。
【0039】
拡散防止層は、シリコン酸化物(SiO2)を主成分としていてもよい。シリコン酸化物は、シリコン原子と酸素原子との不規則網目構造により非晶質構造を形成しやすい。拡散防止層は、シリコン酸化物以外の酸化物、例えばアルミニウム酸化物、ジルコニウム酸化物、セリウム酸化物、を含んでいてもよい。拡散防止層は、ガラス基材及び/又はイージークリーンコーティングから拡散してきた微量成分を含んでいてもよい。ただし、拡散防止層は、シリコン酸化物以外の成分を実質的に含まなくてもよい。
【0040】
拡散防止層の厚さは、例えば10~400nmの範囲にある。拡散防止層の厚さは、10nm以上、20nm以上、さらに30nm以上であってもよく、350nm以下、300nm以下、さらに250nm以下であってもよい。
【0041】
拡散防止層の表面は実質的に平坦であってもよい。コーティングの耐摩耗性をするために、ガラス基材とコーティングとの間に、表面に凹凸が付与された層が形成されることがある。しかし、拡散防止の観点からは、厚さが局所的に薄い凹部を形成する必要はない。
【0042】
拡散防止層は、単層膜であっても、複数層により構成された複層膜であってもよいが、単層膜が量産コストを削減する上では有利である。複層膜である拡散防止層は、非晶質である層を含んでいてもよい。複層膜である拡散防止膜は、シリコン酸化物を主成分とする層を含んでいてもよい。
【0043】
拡散防止層は、低放射膜(Low-E膜)、導電膜、反射抑制膜、着色膜等として機能し得る層であってもよい。
【0044】
(特性)
本実施形態のガラス物品が提供し得る撥水性は上述したとおりである。これに加え、本実施形態のガラス物品は、例えば以下の耐摩耗性を有し得る。ガラス物品は、フェルトパッドに換えて等級No.0000のスチールウールを用いた以外はEN1096-2:2001の耐摩耗性試験に準拠して500往復の条件(クラスA)で行ったイージークリーンコーティングへの耐摩耗性試験の前後で、可視光透過率の差分の絶対値が0.7%以下であってもよい。
【0045】
ガラス物品は、スチールウールを用いた上記耐摩耗性試験の前後で、可視光透過率の差分の絶対値が0.6%以下、0.5%以下、さらに0.4%以下であってもよい。可視光透過率の差分の絶対値の下限は、特に制限されないが、例えば0.01%以上である。
【0046】
また、本実施形態のガラス物品は、例えば以下の耐摩耗性を有し得る。500往復の条件(クラスA)に換えて10000往復の条件を採用した以外はフェルトパッドを用いたEN1096-2:2001の耐摩耗性試験に準拠して行った耐摩耗性試験の前後で、可視光透過率の差分の絶対値が0.22%以下、さらに0.1%以下であってもよい。
【0047】
さらに、実施形態のガラス物品は、例えば以下の光学特性を有し得る。可視光透過率は、65%以上、70%以上、80%以上、さらに85%以上であってよい。可視光透過率の上限は、特に制限されないが、例えば95%である。ヘイズ率は、例えば10%以下であるが、好ましくは5%以下、さらに3%以下、特に1%以下である。本実施形態によれば、0.5%以下、さらに0.3%以下のヘイズ率も達成できる。
【0048】
可視光透過率、ヘイズ率の好ましい範囲は、以下のとおりである。カッコ内はさらに好ましい範囲である。
可視光透過率:80~95%(85~95%)
ヘイズ率:5%以下(4%以下)
【0049】
(物品の用途)
本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、各種用途に供し得るが、特に、水滴が付着する環境で使用されるガラス物品としての使用に適している。水滴は、通常、雨、霧等の自然水、又は水道水から供給される。本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、具体的には、建築物用ガラス、輸送機用ガラス、店舗用ガラス、家具用ガラス、家電用ガラス、サイネージ用ガラス、モバイルデバイス用ガラス及び太陽電池用ガラスからなる群より選ばれる少なくとも1つに該当する物品であってもよい。本実施形態によるコーティング付きガラス物品は、窓ガラス、屋根ガラス、浴室用ガラス、鏡、店舗用ガラス、モバイルデバイス用ガラス及び太陽電池用ガラスからなる群より選ばれる少なくとも1つに該当する物品であってもよい。窓ガラスは、例えば、建築物又は輸送機の窓ガラスであり、屋根ガラスも同様である。建築物は、家屋、ビルディングに限らず、温室、アーケードその他土地に固定された建造物を含む。輸送機は、車両、船舶及び航空機を含む。車両は、例えば自動車又は鉄道車両である。浴室用ガラスは、例えば、浴室のガラスパーティション及びガラスドアである。鏡は、例えば、浴室及び洗面化粧台の鏡である。店舗用ガラスは、例えば、ショーウインドウ、カウンター、テーブル、冷蔵又は冷凍ケースのガラスドア、食品等のショーケースである。モバイルデバイス用ガラスは、例えば、スマートフォン、タブレット型PC等のモバイルデバイスの表示部を覆うガラスであり、場合によってはモバイルデバイスの筐体を構成するガラスである。太陽電池用ガラスは、例えば、太陽電池の光入射側に配置されるカバーガラスである。特に人体への安全を確保する必要がある場合、上述の各用途では強化ガラスが使用されることが多い。
【0050】
(製造方法)
次に、本実施形態のガラス物品の製造方法を説明する。ただし、本実施形態のガラス物品は、以下の製造方法以外の方法によって製造されたものであってもよい。
【0051】
本実施形態の製造方法は、ガラス基材上に拡散防止層を形成する工程と、拡散防止層上にイージークリーンコーティングを形成する工程とを具備する。本実施形態の製造方法は、イージークリーンコーティングを形成した後に、加熱を伴う処理を前記ガラス基材に対して実施する工程を具備していてもよい。加熱を伴う処理における温度は、例えば100℃以上、200℃以上、さらには300℃以上であり、760℃以下であってもよい。
【0052】
〔第2実施形態〕
本実施形態により提供されるコーティング付きガラス物品は、
ガラス基材と、前記ガラス基材上のイージークリーンコーティングとを備え、
前記ガラス基材は、前記コーティング側の表面に脱アルカリ層を含む。
【0053】
ガラス基材のコーティング側の表面に脱アルカリ層を設けることにより、熱処理後におけるコーティングの撥水性の回復、具体的には水の接触角の上昇速度が向上し得ることが見出された。
【0054】
本実施形態のガラス物品は、ガラス基材がコーティング側の表面に脱アルカリ層を含むことを除き、第1実施形態のガラス物品と同様の構成、特性、用途等を有し得る。以下では、ガラス基材のコーティング側の表面に存在する脱アルカリ層以外については説明を省略する。
【0055】
本実施形態において、脱アルカリ層とは、ガラス基材の表面における脱アルカリ反応、すなわちアルカリ成分(アルカリ金属元素)の脱離反応、とそれに引き続いて起こる緻密化とにより形成されるシリカリッチな層を意味する。
【0056】
コーティング側の表面に脱アルカリ層を含むガラス基材は、例えば、ガラス板の連続製造方法であるフロート法により製造され得る。フロート法では、フロート窯で溶融されたガラス原料がフロートバス内の溶融金属上で板状のガラスリボンに成形され、得られたガラスリボンは、徐冷炉で徐冷された後、所定の大きさのガラス板へと切り分けられる。本実施形態では、溶融金属として溶融スズが用いられる場合について説明する。ここで、ガラス板において、フロートバス内での成形工程で溶融スズに接していた表面をボトム面と呼ぶ。ボトム面と反対側の、溶融スズと非接触の表面をトップ面と呼ぶ。フロート法により得られたガラス板は、フロートガラスと称される。
【0057】
まず、少なくともボトム面に対し、脱アルカリ処理が施される。ここでいう脱アルカリとは、アルカリ成分と反応する酸化性ガスをガラス板の表面に接触させて、ガラスからアルカリ成分を抜き出すものである。抜き出されたアルカリ成分は酸化性ガスと反応し、その結果、ガラス板の少なくともボトム面に保護被膜が形成される。
【0058】
酸化性ガスとしては、例えば亜硫酸ガス(SO2ガス)を用いることができる。SO2は、ガラスの構成成分との反応によって、ガラス板表面に硫酸ナトリウム等のアルカリ硫酸塩を形成する。このアルカリ硫酸塩が保護被膜となる。ここで用いられる酸化性ガスは、SO2ガス以外の、ガラス中のアルカリ成分との反応によって保護被膜を形成できるガスであってもよい。また、フッ化水素ガスのような強力な脱アルカリ効果が見込めるガスは、保護被膜を形成しないうえ、ガラス表面をエッチングして当該ガラス表面に凹凸を形成するため、好ましくない。また、キャリアーガスとして、空気や、窒素、アルゴンなどの不活性ガスを使用してもよい。酸化性ガスが水蒸気をさらに含んでもよい。
【0059】
次いで、保護被膜が形成された部分に緻密化が起こる。具体的には、脱アルカリによって抜け出たアルカリ成分に代わって、プロトン(H+)及びオキソニウムイオン(H3O+)等の種々の状態で、雰囲気中の水分がガラス中に入り込み、保護被膜が形成された部分にシラノール基(Si-OH)が形成される。そして、このシラノール基が脱水縮合することにより、シロキサン結合(Si-O-Si)を形成する。本実施形態では、このような脱水縮合によるシロキサン結合が増えた状態を「緻密化した」としている。シロキサン結合が増えたガラス板表面はエッチングされにくくなるため、エッチングレートを測定することで、緻密化の度合いがわかる。
【0060】
上述の方法により、少なくともボトム面に脱アルカリ層が形成される。トップ面に対しても脱アルカリ層を形成する処理が施されていてもよい。また、ボトム面に対してのみ酸化性ガスが吹き付けられた場合であっても、吹き付けられた酸化性ガスの一部がトップ面側にも回り込むことでトップ面が処理され、トップ面にも脱アルカリ層が形成されることがある。
【0061】
本実施形態において、ガラス基材のコーティング側の表面における脱アルカリ層は、ボトム面に形成された脱アルカリ層であってもよく、トップ面に形成された脱アルカリ層であってもよい。ガラス基材のコーティング側の表面に脱アルカリ層が形成されていることにより、ガラス基材からコーティングへのガラスのアルカリ成分の拡散移動が抑制される。
【0062】
フロートガラスのトップ面にも脱アルカリ層が形成された場合、トップ面の脱アルカリ層の厚みは、通常、ボトム面に形成された脱アルカリ層の厚みよりも大きいものとなる。ボトム面では、酸化スズ膜が存在することによりSO2ガスとガラスの構成成分との反応が抑制されるので、脱アルカリ層の形成が抑制されるためである。本実施形態において、ガラス基材のコーティング側の表面は、トップ面であってもよい。この場合、ガラス基材からコーティングへのガラスのアルカリ成分の拡散移動がより抑制される。
【0063】
(製造方法)
次に、本実施形態のガラス物品の製造方法を説明する。ただし、本実施形態のガラス物品は、以下の製造方法以外の方法によって製造されたものであってもよい。
【0064】
本実施形態のガラス物品の製造方法は、ガラス基材の脱アルカリ層上にイージークリーンコーティングを形成する工程を具備する。本実施形態の製造方法は、イージークリーンコーティングを形成した後に、加熱を伴う処理を前記ガラス基材に対して実施する工程を具備していてもよい。、加熱を伴う処理における温度は、例えば100℃以上、200℃以上、さらには300℃以上であり、760℃以下であってもよい。
【実施例0065】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、以下の実施例も本発明を特定の形態に制限する趣旨で提示するものではない。以下の実施例では、ガラス基材としてガラス板を使用した。なお、用いた以下のガラス板を構成するガラス組成物は、そのいずれについても、ナトリウムが含有率最大の第1族元素であり、カルシウムが含有率最大の第2族元素であった。ガラス組成物におけるナトリウムの含有率は4~6atm%、カルシウムの含有率は4~6atm%であった。
【0066】
(測定前の熱処理)
イージークリーンコーティング付きガラス物品には、各特性の評価前に熱処理を実施した。熱処理は、760℃に設定した電気炉内で4分加熱し、炉から取り出してセラミックウールで包んで熱割れしない冷却速度で室温まで冷却することにより実施した。
【0067】
(水の接触角)
水の接触角は、接触角測定機(共和界面科学社製,DMs-401型)を用い、4mgの精製水をコーティング表面に滴下して測定した。ただし、水の接触角の測定は、後述する熱処理後(初期)、熱処理後のコーティング付きガラス基材を常温の大気中で1週間放置した時点(1W後)、及びさらに1週間放置した時点(2W後)でそれぞれ実施した。放置した大気の相対湿度は20~60%程度であった。
【0068】
(光学特性)
可視光透過率は分光光度計(日立社製,330型)で測定した可視紫外吸収スペクトルから求めた。ヘイズ率はヘイズメータ(スガ試験機社製,HZ-V3型)を用いて測定した。
【0069】
(膜厚)
イージークリーンコーティングの膜厚は、断面SEM観察により測定した。ガラス物品が拡散防止層(SiO2層)を有する場合、拡散防止層の厚さも、断面SEM観察により測定した。
【0070】
(元素分析)
O、Na、Ca、Ce、Zr及びSnの深さ方向分布をX線光電子分光法(XPS)により実施した。
【0071】
(耐摩耗性)
スチールウールを用いたイージークリーンコーティングへの耐摩耗性試験は、フェルトパッドに換えて等級No.0000のスチールウールを用いた以外はEN1096-2:2001の耐摩耗性試験に準拠して実施した。具体的には、摩耗試験機(新東科学社製,ヘイドン・トライボステーションType32)を用い、4Nの荷重を印加しながら、当該スチールウールをイージークリーンコーティング表面に押し当て、500往復(クラスA)させることにより実施した。スチールウールは、摩耗試験機のヘッドに取り付けた。このヘッドにおける、試験対象の膜に接触する部分のサイズは、20×20mmであった。縦140mm×横270mmのサイズで厚さが75mmのスチールウール(トラスコ中山社製,TSW0000-200)を、ヘッドに取り付けた。スチールウールの量は、20×20mmのサイズで厚さが75mmである状態に換算した場合に、約0.2gになるようにした。摩耗試験機は、片道100mmの距離を6000mm/分の速度でヘッドが移動するように設定した。
【0072】
付随的にフェルトパッドを用いたイージークリーンコーティングへの耐摩耗性試験も実施した。この耐摩耗性試験は、500往復の条件(クラスA)に換えて10000往復の条件を採用した以外はEN1096-2:2001の耐摩耗性試験に準拠して実施した。具体的には、摩耗試験機(新東科学社製,ヘイドン・トライボステーションType32)を用い、4Nの荷重を印加しながら、当該フェルトパッドをイージークリーンコーティング表面に押し当て、10000往復させることにより実施した。フェルトパッドは、摩耗試験機のヘッドに取り付けた。このヘッドにおける、試験対象の膜に接触する部分のサイズは、直径15mmであった。フェルトパッドの密度は0.5g/cm3であった。摩耗試験機は、片道100mmの距離を6000mm/分の速度でヘッドが移動するように設定した。
【0073】
(汚れ付着試験)
コーティング付きガラス物品をその主面が鉛直方向となる姿勢で、コーティング表面に水道水を噴霧した。次いで、コーティング付きガラス物品を室温で10分間保持し、コーティング表面に付着した水滴を蒸発させた。その後、ガラス板の端面からLED光源からの光を入射させて、コーティング表面を観察した。
【0074】
まず、実施例1~4及び比較例1~2を用いて、ガラス基材とコーティングとの間に拡散防止層を含む場合の水の接触角について検討した。
【0075】
〈実施例1〉
硝酸セリウム(III)六水和物(Ce(NO3)3・6H2O)(富士フィルム和光純薬社製,98%)4.04g、アセチルアセトン67.2g、及びプロピレングリコール60gを、エタノールを主剤とした混合溶剤(双葉化学薬品社製,ファインエターA-10)268.8gに溶解し、コーティング液を得た。コーティング液を40℃で15時間以上攪拌し続けてエージングした。エージング後のコーティング液は、薄黄色を呈していた。
【0076】
ガラス基材として、シリコン酸化物(SiO2)層が形成されたガラス(ピルキントン社製,OptiShower:SiO2層厚さ15nm,以下「OPS」と表記)を用いた。このガラス板を10cm角に切断し、洗浄及び乾燥させた。エージング済みのコーティング液をSiO2層の上にスプレー塗布した。コーティング付きガラス物品に、250℃に設定したオーブン内で10分加熱し、乾燥処理を施した。乾燥処理後のコーティング付きガラス物品に、上述の熱処理を施した。これにより、実施例1のコーティング付きガラス物品を得た。
【0077】
〈実施例2〉
硝酸セリウム(III)六水和物(Ce(NO3)3・6H2O)(富士フィルム和光純薬社製,98%)3.33g、ジアセトキシジルコニウム(IV)オキシド(C4H6O5Zr)(東京化成社製,20%)2.48g、アセチルアセトン67.2g、及びプロピレングリコール60gを、エタノールを主剤とした混合溶剤(双葉化学薬品社製,ファインエターA-10)267.0gに溶解し、コーティング液を得た。コーティング液において、CeO2とZrO2のモル比は3.5:1であった。次に、コーティング液を40℃で15時間以上攪拌し続けてエージングした。エージング後のコーティング液は、薄黄色を呈していた。
【0078】
コーティング液として実施例2のコーティング液を用いたことを除いては、実施例1と同様にして、実施例2のコーティング付きガラス物品を得た。
【0079】
〈実施例3〉
硝酸セリウム(III)六水和物(Ce(NO3)3・6H2O)(富士フィルム和光純薬社製,98%)3.33g、硝酸アルミニウム九水和物(Al(NO3)3・9H2O)(東京化成社製,20%)0.53g、アセチルアセトン67.2g、及びプロピレングリコール60gを、エタノールを主剤とした混合溶剤(双葉化学薬品社製,ファインエターA-10)269.5gに溶解し、コーティング液を得た。コーティング液において、CeO2とAl2O3のモル比は2.8:1であった。次に、コーティング液を40℃で15時間以上攪拌し続けてエージングした。エージング後のコーティング液は、透明薄黄色を呈していた。
【0080】
コーティング液として実施例3のコーティング液を用いたことを除いては、実施例1と同様にして、実施例3のコーティング付きガラス物品を得た。
【0081】
〈比較例1〉
ガラス基材として、高透過ガラス(日本板硝子社製,オプティホワイト(登録商標):厚さ3mm,以下「OPW」と表記)を用い、コーティングを形成した。すなわち、比較例1ではガラス基材上に拡散防止層が形成されていない。これを除いては、実施例1と同様にして、比較例1のコーティング付きガラス物品を得た。
【0082】
〈比較例2〉
ガラス基材としてOPWを用いたことを除いては、実施例2と同様にして、比較例1のコーティング付きガラス基材を得た。
【0083】
実施例1~3及び比較例1~2のそれぞれについて、上述した方法により、水の接触角(初期、1W後、2W後)、可視光透過率等を測定した。結果を表1に示す。表1には、参照例1及び2として、コーティングを形成しない場合のガラス基材の表面における各測定値も示している。
【0084】
【0085】
〈実施例4〉
実施例4のコーティング液は、実施例1と同じ方法により得られた。
【0086】
ガラス基材として、トップ面、すなわち、ガラス板の製造工程において溶融スズと非接触の表面上に脱アルカリ層を含む超薄板ガラス(日本板硝子社製,UFF(登録商標):厚さ0.28mm,以下「UFF」と表記)を用い、トップ面上にコーティングを形成した。これを除いては、実施例1と同じ方法により、実施例4のコーティング付きガラス物品を得た。
【0087】
〈実施例5〉
実施例5のコーティング液は、実施例2と同じ方法により得られた。
【0088】
ガラス基材としてUFFを用い、実施例4と同じ方法により、実施例5のコーティング付きガラス基材を得た。
【0089】
実施例1~2及び実施例4~5のそれぞれについて、上述した方法により、水の接触角(初期、1W後、2W後)、可視光透過率等を測定した。結果を表2に示す。表2には、参照例3として、コーティングを形成しない場合のガラス基材の表面における測定値も示している。
【0090】
【0091】
〈実施例6〉
実施例6のコーティング液は、実施例1と同じ方法により得られた。
【0092】
ガラス基材として、Low-E膜が形成されたガラス(日本板硝子社製,Low-E:Low-E膜厚さ3.1mm,以下「Low-E」と表記)を用い、Low-E膜上にコーティングを形成した。これを除いては、実施例1と同様にして、実施例6のコーティング付きガラス基材を得た。
【0093】
実施例1~2、6及び比較例1~2について、元素(O,Na,Ca,Ce,Zr及びSn)の深さ方向分布の測定結果を
図1~5に示す。
図1~5において、符号F1で示した点線は、第1族元素と第2族元素の含有率の和の測定点、すなわちコーティングのガラス基材側の面を示している。符号F2で示した点線は、ガラス基材のコーティング側の面を示している。また、測定したナトリウムの含有率、カルシウムの含有率、及びこれらの和を表3に示す。
【0094】
【0095】
〈実施例7〉
実施例7のコーティング液は、実施例2と同じ方法により得られた。
【0096】
ガラス基材としてOPSを用い、実施例1と同じ方法により、実施例7のコーティング付きガラス基材を得た。
【0097】
〈実施例8〉
コーティング液におけるCeO2とZrO2のモル比が6:1となるように配合を調節した。これを除いては、実施例7と同様にして、実施例8のコーティング付きガラス基材を得た。
【0098】
〈実施例9〉
コーティング液におけるCeO2とZrO2のモル比が9.3:1となるように配合を調節した。これを除いては、実施例7と同様にして、実施例9のコーティング付きガラス基材を得た。
【0099】
〈実施例10〉
コーティング液におけるCeO2とZrO2のモル比が1:1となるように配合を調節した。これを除いては、実施例7と同様にして、実施例10のコーティング付きガラス基材を得た。
【0100】
〈実施例11〉
コーティング液におけるCeO2とZrO2のモル比が0:1となるように配合を調節した。すなわち、実施例11のコーティング液は、CeO2を実質的に含有していなかった。これを除いては、実施例7と同様にして、実施例11のコーティング付きガラス基材を得た。
【0101】
〈比較例3〉
コーティング液におけるCeO2とZrO2のモル比が1:0となるように配合を調節した。すなわち、比較例3のコーティング液は、ZrO2を実質的に含有していなかった。
【0102】
ガラス基材としてOPWを用い、コーティングを形成した。すなわち、比較例3は拡散防止層を有していなかった。これらを除いては、実施例7と同様にして、比較例3のコーティング付きガラス基材を得た。
【0103】
実施例7~11及び比較例3のそれぞれについて、上述した方法により、耐摩耗性試験前後の可視光透過率の差分を測定した。結果を表4に示す。表4には、参照例4及び5として、コーティングを形成しない場合のガラス基材の表面における各測定値も示している。
【0104】
【0105】
スチールウールを用いた耐摩耗性試験の結果、実施例では可視光透過率の差分の絶対値が0.7%以下になった。これに対し、比較例では可視光透過率の差分の絶対値が0.7%を上回った。比較例において可視光透過率の差分が正の値になったのは、耐摩耗性試験後にコーティングの少なくとも一部が剥離し、可視光透過率が上昇したためである。フェルトパッドを用いた耐摩耗性試験においても、個別のデータは割愛するが、実施例における可視光透過率の差分の絶対値は0.22%以下となり、比較例における同絶対値(0.22%超)を下回った。
【0106】
また、実施例1~5では、熱処理後のコーティングの表面上の水の接触角が60°以上130°以下の範囲にあった。ガラス表面よりも高い水の接触角を反映し、汚れ付着試験の結果、実施例1~5では参照例1~2よりも水滴が付着した部分の跡が目立たないものとなった。参照例1~2では、コーティングが形成されていないことにより水が表面に付着しやすく、水滴が付着した部分の跡又は水が流れた跡が広い面積にわたって存在し、白っぽい外観を与えた。