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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023103139
(43)【公開日】2023-07-26
(54)【発明の名称】ガラス物品
(51)【国際特許分類】
   C03C 17/25 20060101AFI20230719BHJP
   C03C 27/06 20060101ALI20230719BHJP
   C03C 27/12 20060101ALI20230719BHJP
   B60J 1/00 20060101ALI20230719BHJP
   E06B 3/663 20060101ALI20230719BHJP
【FI】
C03C17/25 A
C03C27/06 101H
C03C27/12 Q
B60J1/00 H
E06B3/663 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022004023
(22)【出願日】2022-01-13
(71)【出願人】
【識別番号】000004008
【氏名又は名称】日本板硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124039
【弁理士】
【氏名又は名称】立花 顕治
(72)【発明者】
【氏名】河津 光宏
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 瑶子
(72)【発明者】
【氏名】飯田 彦一郎
(72)【発明者】
【氏名】籔田 武司
【テーマコード(参考)】
2E016
4G059
4G061
【Fターム(参考)】
2E016AA01
2E016BA00
2E016CA01
2E016CB01
2E016CC02
2E016EA02
4G059AA01
4G059AC22
4G059CB04
4G059EA01
4G059EA18
4G059EB06
4G059FA29
4G061AA10
4G061BA01
4G061BA02
4G061CB06
4G061CB19
4G061CD02
4G061CD03
4G061CD18
4G061CD21
4G061CD24
(57)【要約】
【課題】熱処理に供しても消失することがない撥水性が付与されたガラス基材を提供する。
【解決手段】本発明に係るガラス物品は、ガラス基材と、前記ガラス基材上に設けられた無機撥水成分を含む撥水膜と、を備え、前記無機撥水成分はランタノイド酸化物を含有している。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス基材と、
前記ガラス基材上に設けられた無機撥水成分を含む撥水膜と、
を備え、
前記無機撥水成分はランタノイド酸化物を含有している、ガラス物品。
【請求項2】
前記ガラス基材は曲面に形成されている、請求項1に記載のガラス物品。
【請求項3】
前記ガラス基材には風冷強化または化学強化が施されている、請求項1または2に記載のガラス物品。
【請求項4】
前記撥水膜の表面に、ランタノイド酸化物微粒子が露出していない、請求項1から3のいずれかに記載のガラス物品。
【請求項5】
前記ランタノイド酸化物は、セリウム酸化物を含有している、請求項1から4のいずれか記載のガラス物品。
【請求項6】
前記撥水膜の表面には、クラックが生じていない、請求項1から5のいずれかに記載のガラス物品。
【請求項7】
前記撥水膜の膜厚は30μm以下である、請求項1から6のいずれかに記載のガラス物品。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載のガラス物品により構成され、前記撥水膜を車外側に配置した、自動車用窓ガラス。
【請求項9】
光の照射及び/または受光を行うことで情報を取得する情報取得装置が配置可能な自動車用窓ガラスであって、
請求項1から7のいずれかに記載のガラス物品により構成され、前記撥水膜が車外側を向くように配置された外側ガラス板と、
内側ガラスと、
前記外側ガラス板と前記内側ガラス板とを接着する中間膜と、
を備え、
前記光が通過する情報取得領域を有し、当該情報取得領域に前記撥水膜が配置されている、自動車用窓ガラス。
【請求項10】
前記撥水膜は中空微粒子を含有している、請求項8または9に記載の自動車用窓ガラス。
【請求項11】
前記撥水膜は有機ポリマーを含有している、請求項8から10のいずれかに記載の自動車用窓ガラス。
【請求項12】
請求項1から7のいずれかに記載のガラス物品により構成され、前記撥水膜を建物の外部に向けて配置した、建築用窓ガラス。
【請求項13】
請求項1から7のいずれかに記載のガラス物品により構成された第1ガラス板と、
前記第1ガラス板に空隙層を介して対面する第2ガラス板と、
前記空隙層をシールするように前記第1ガラス板及び第2ガラス板の外周縁同士を接合するシール部と、
を備え、
前記シール部は、ハンダを含む、建築用窓ガラス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス物品、自動車用窓ガラス、及び建築用窓ガラスに関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス基材その他の基材の表面には撥水膜が形成されることがある。撥水膜は一般に、撥水性の有機物、具体的にはフッ素含有化合物又はシリコーン系化合物を含む撥水剤を塗布して成膜される。撥水膜の一部を無機化合物により構成することも提案されている。例えば、特許文献1には、基材と撥水膜とを備え、撥水膜が、基材側から、金属酸化物粒子層及びオーバーコート層をこの順に有する撥水性物品が開示されている。金属酸化物粒子層は、その表面に微小凹凸を有し、それによってオーバーコート層により付与される撥水性の耐摩耗性等を向上させる。金属酸化物粒子を構成する酸化物は、実施例ではSiO2のみであるが、CeOその他の酸化物も例示的に列挙されている。実施例で使用されているオーバーコート層は、加水分解性有機ケイ素化合物の加水分解重縮合物である。
【0003】
有機物に頼ることなく撥水性を付与する技術についても、検討が進められている。例えば、特許文献2には、酸化物セラミックスを有機物濃度及び水分濃度が低い雰囲気中で1600℃及び5時間焼成することにより、酸化物セラミックスを焼結し、撥水性を付与する技術が開示されている。酸化物セラミックスを構成する酸化物としては、CeO2等の希土類の酸化物例示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015-116731号公報
【特許文献2】特開2015-140277号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ガラス基材には加熱を伴う処理が施されることがあり、この加熱は、処理の内容によっては数百度の高温に及ぶことがある。有機物により付与された撥水性は、この程度の高温では完全に消失する。一方、特許文献2による撥水性は、高温でも安定して発現することが期待できる。しかし、特許文献2による技術は、耐熱性が高い基材である酸化物セラミックス自体に撥水性を付与するものであって、高温での焼結を必須とする。このため、ガラス基材に適用することは困難である。ガラス基材は、特許文献2が開示する1600℃及び5時間の条件で加熱すると、通常、少なくとも基材としての形状を維持し得ない程度に軟化し、場合によっては完全に溶融する。
【0006】
以上に鑑み、本発明は、熱処理に供しても消失することがない撥水性が付与されたガラス基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
項1.ガラス基材と、
前記ガラス基材上に設けられた無機撥水成分を含む撥水膜と、
を備え、
前記無機撥水成分はランタノイド酸化物を含有している、ガラス物品。
【0008】
項2.前記ガラス基材は曲面に形成されている、項1に記載のガラス物品。
【0009】
項3.前記ガラス基材には風冷強化または化学強化が施されている、項1または2に記載のガラス物品。
【0010】
項4.前記撥水膜の表面に、セリウム酸化物微粒子が露出していない、項1から3のいずれかに記載のガラス物品。
【0011】
項5.前記ランタノイド酸化物は、セリウム酸化物を含有している、項1から4のいずれか記載のガラス物品。
【0012】
項6.前記撥水膜の表面には、クラックが生じていない、項1から5のいずれかに記載のガラス物品。
【0013】
項7.前記撥水膜の膜厚は30μm以下である、項1から6のいずれかに記載のガラス物品。
【0014】
項8.項1から7のいずれかに記載のガラス物品により構成され、前記撥水膜を車外側に配置した、自動車用窓ガラス。
【0015】
項9.光の照射及び/または受光を行うことで情報を取得する情報取得装置が配置可能な自動車用窓ガラスであって、
請求項1から7のいずれかに記載のガラス物品により構成され、前記撥水膜が車外側を向くように配置された外側ガラス板と、
内側ガラスと、
前記外側ガラス板と前記内側ガラス板とを接着する中間膜と、
を備え、
前記光が通過する情報取得領域を有し、当該情報取得領域に前記撥水膜が配置されている、自動車用窓ガラス。
【0016】
項10.前記撥水膜は中空微粒子を含有している、項8または9に記載の自動車用窓ガラス。
【0017】
項11.前記撥水膜は有機ポリマーを含有している、項8から10のいずれかに記載の自動車用窓ガラス。
【0018】
項12.項1から7のいずれかに記載のガラス物品により構成され、前記撥水膜を建物の外部に向けて配置した、建築用窓ガラス。
【0019】
項13. 項1から7のいずれかに記載のガラス物品により構成された第1ガラス板と、
前記第1ガラス板に空隙層を介して対面する第2ガラス板と、
前記空隙層をシールするように前記第1ガラス板及び第2ガラス板の外周縁同士を接合するシール部と、
を備え、
前記シール部は、ハンダを含む、建築用窓ガラス。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、熱処理に供しても消失することがない撥水性が付与されたガラス基材が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の一実施形態に係るガラス物品の断面図である。
図2】本発明のガラス物品の一例のSEMで観察した写真である。
図3】本発明のガラス物品を適用した合わせガラスの一例の断面図である。
図4】本発明に係るガラス物品を適用した複層ガラスの一例の断面図である。
図5】本発明のガラス物品の実施例のSEMで観察した写真である。
図6】本発明のガラス物品の実施例のXRDの結果である。
図7】本発明のガラス物品の撥水膜の厚みと可視光透過率との関係を示すグラフである。
図8】本発明のガラス物品の撥水膜の厚みと色差ΔEとの関係を示すグラフである。
図9】本発明のガラス物品の撥水膜の厚みと透過率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下の本発明の実施形態についての説明は、本発明を特定の形態に制限する趣旨ではない。本明細書において、「主成分」は、質量基準で、含有率が50%以上、特に60%以上の成分を意味する。「実質的に含まない」は、質量基準で、含有率が1%未満、さらに0.1%未満であることを意味する。「実質的に平坦」は、SEMで観察したときに当該表面上の微粒子及微粒子状の凸部を除いて高さ又は深さ500nm以上の凹凸が確認されないことを意味する。「常温」は、5~35℃、特に10~30℃の範囲の温度を意味する用語として使用する。
【0023】
図1は本実施形態に係るガラス物品である。図1に示すように、このガラス物品は、ガラス基材1と、ガラス基材1上に形成された撥水膜2とを備えている。撥水膜2に含まれる無機撥水成分はランタノイド酸化物を含有している。以下、各構成について詳細に説明する。
【0024】
ランタノイド酸化物は、アルミニウム酸化物、シリコン酸化物等と異なり、撥水性の材料として機能し得る。本発明者の検討によると、ランタノイド酸化物による撥水性は、水の接触角により表示して75°以上、80°以上、さらには85°以上にまで到達し得る。この程度の接触角は、これまでは有機物である撥水剤を用いた表面処理により実現されてきた。有機物である撥水剤は、通常、300℃程度までに加熱する過程で分解するが、ランタノイド酸化物はより高温に加熱しても安定して存在する。
【0025】
本実施形態では、例えば、撥水膜付きガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝した後の水の接触角が75°以上、80°以上、さらには85°以上であり得る。但し、本実施形態において、撥水膜2の表面上の水の接触角は、熱処理直後には一時的に低下することがあるため、熱処理から期間を置いて測定されるものであってもよい。接触角の回復には数十日間を要することがある。したがって、上記接触角は、例えば、ガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝し、さらに、常温の大気中で40日間保管した後に測定されたものであってもよい。
【0026】
<1.ガラス基材>
ガラス基材1を構成するガラスの種類に制限はない。ガラス基材1は、ソーダ石灰ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミノケイ酸ガラス、無アルカリガラス、石英ガラス等と呼ばれている各種のガラスにより構成されていてもよい。ガラス基材1はSiO2を主成分としていてもよい。ガラス基材1のサイズ及び形状にも特段の制限はない。ガラス基材1は、ガラス板、ガラス容器、ガラス蓋、ガラス管、ガラスバルブ、ガラスレンズ、ガラス繊維、ガラスフィラーその他の成形体であってもよい。ガラス容器は、例えばガラスバイアル、ガラスアンプル、ガラス瓶であるが、トレイ、シャーレ等と呼ばれるその他の形状を有していてもよい。ガラス蓋は、蓋として機能する限り、その形状に制限はなく、例えば調理器具の蓋として使用可能な形状を有していてもよい。ガラス繊維は、長繊維であっても短繊維であってもよい。ガラスフィラーは、例えばフレーク状の形状を有していてもよい。
【0027】
ガラス基材1が、ガラス板で形成される場合、平板であってもよい、曲げ加工処理により曲げ形状が付与されていてもよい。また、ガラス板には、例えば、強化処理が施されていてもよい。強化処理としては、加熱後に急冷して表面に圧縮応力層を生じさせる風冷強化と、アルカリ金属イオンのイオン交換により表面に圧縮応力層を生じさせる化学強化とが知られている。
【0028】
ガラス板の厚みは、特に制限されないが、例えば0.5~12mmの範囲とすることができる。
【0029】
ガラス基材1は、建築物、自動車等の窓ガラスとしての使用に適するように処理されていてもよい。例えば、ガラス基材1を構成するガラス板は、後述するように、合わせ加工及び/又は複層加工により別のガラス板と一体化されていてもよい。ガラス板の表面には、撥水性以外の特性の付与又は制御のために、種々の被膜が形成されていてもよい。被膜としては、導電膜、反射抑制膜、着色膜等を例示できる。着色膜は、例えば、ガラス板の周縁に黒色系の枠を付与するためのセラミックコーティングである。
【0030】
<2.撥水膜>
撥水膜2は、ランタノイド酸化物を含み、ランタノイド酸化物を主成分としてもよい。また、撥水膜2は、ランタノイド酸化物が露出した表面を有していてもよい。撥水膜2は、後述する熱加工処理により、ランタノイド酸化物の結晶化構造を有している。
【0031】
ランタノイド酸化物としては、例えば、セリウム酸化物、プラセオジム酸化物(例えば、Pr611)、ネオジム酸化物(例えば、Nd23)、サマリウム酸化物(例えば、Sm23)、ユウロピウム酸化物(例えば、Eu23)、ガドリニウム酸化物(例えば、Gd23)、テルビウム酸化物(例えば、Tb47)、ジスプロシウム酸化物(Dy2O)3、ホルミウム酸化物(例えば、Ho23)、エルビウム酸化物(例えば、Er23)、ツリウム酸化物(例えば、Tm23)、イッテルビウム酸化物(例えば、Yb23)、ルテチウム酸化物(例えば、Lu23)を挙げることができる。
【0032】
このうち、セリウム酸化物を好適に用いる子℃できる。例えば、撥水膜2はセリウム酸化物を主成分としていてもよい。セリウム酸化物は、Ce○、すなわち4価のセリウムの酸化物を含むことが好ましい。CeO2は、Ce23、すなわち3価のセリウムの酸化物よりも撥水性を高める観点からは望ましい成分である。ただし、撥水膜には、セリウム酸化物としてCe23が含まれていてもよい。例えば、セリウム酸化物の供給源として3価のセリウムを含む化合物を用い、その一部を4価のセリウムに酸化した場合は、CeO2と共に、残部の3価のセリウムがCe23として撥水膜に含まれる。
【0033】
従来のガラス等の基材上の撥水膜は、下地を提供する金属酸化物層と、有機化合物のオーバーコート層との複層構成を有することが通常であった(特許文献1参照)。オーバーコート層は、金属酸化物層と強く結合させるために、加水分解性有機ケイ素化合物の加水分解重縮合物により構成されることが多い。加水分解性有機ケイ素化合物は、撥水性の向上に適した有機化合物、典型的にはフルオロアルキル基含有化合物である。これに対し、本実施形態では、撥水膜2が、加水分解性有機ケイ素化合物の加水分解重縮合物を実質的に含まなくてもよい。また、撥水膜2は、フルオロアルキル基含有化合物を実質的に含まなくてもよい。
【0034】
撥水膜2は、単層膜であっても、複数層により構成された複層膜であってもよいが、単層膜が量産コストを削減する上では有利である。本実施形態の撥水膜2は、単層膜であっても撥水性を維持できる。複層膜である場合、撥水膜2は、複層膜の最上層として、ランタノイド酸化物を含む層を備えることが望ましい。
【0035】
本実施形態の撥水膜2は、75°以上、さらに80以上、85°以上、場合によっては90°以上の水の接触角であることが好ましい。水の接触角の上限は、特に制限されないが、例えば110°未満、さらに100°未満である。水の接触角は、4mlの純水を撥水膜2の表面に滴下することにより測定できる。
【0036】
本実施形態の撥水膜2は、高温、例えば500℃、さらには760℃にまで加熱しても、その撥水性を完全に消失しない。本実施形態の撥水膜2は、例えば、ガラス物品を760℃及び4分間の熱処理に曝した後にも、75°以上、さらに80°以上、85°以上、場合によっては90°以上の水の接触角を提供し得る。
【0037】
理由の詳細は不明であるが、本実施形態の撥水膜2の撥水性は、高温で加熱された後に一時的に低下することがある。また、成膜の直後には測定値が安定せず低い値を示すことがある。しかし、これらの場合も、大気に曝して常温で保管しておくだけで、水の接触角は徐々に上昇し、さらに安定して、上述した程度の接触角を示すようになる。本発明者の検討によると、回復及び安定に要する期間は、概ね30~40日程度である。したがって、高温で熱処理した後の接触角の測定は、所定期間、常温の大気中で保管した後に測定することが望ましい。
【0038】
撥水膜2は、有機成分を含んでいてもよい。有機成分は、有機化合物であっても、膜を構成する酸化物等と結合した有機基であってもよい。撥水膜における有機成分の含有率は、特に制限されないが、質量基準で0.01%以上、さらに0.1%以上であってよく、10%以下、さらに1%以下であってよい。高温の熱処理に曝されていない撥水膜2は、相対的に高い含有率の有機成分を含み得る。ただし、撥水膜2は、有機成分を実質的に含まなくてもよい。
【0039】
撥水膜2に含まれる有機基は、エポキシ基を含んでいてもよい。すなわち、エポキシ基を有する有機ポリマーを含有することができる。エポキシ基は、後述する撥水膜2の製造例における使用に適した好ましい官能基である。後述するように、エポキシ基は他の成分、具体的には酸、と反応して消費されていくが、過剰に添加されたエポキシ基は撥水膜に残存し得る。撥水膜2に残存しているエポキシ基は、特に熱処理の際に架橋剤として機能し、膜の構造に影響を及ぼし得る。
【0040】
また、撥水膜2に含有される有機ポリマーとしては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリエーテル系樹脂、ポリウレタン樹脂、デンプン系樹脂、セルロース系樹脂、アクリル系樹脂、ポリエステルポリオール、ヒドロキシアルキルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリカプロラクトンポリオール、ポリビニルアセタール樹脂、ポリ酢酸ビニル、ポリアルキレングリコール系樹脂等を挙げることができる。
【0041】
撥水膜2は、ランタノイド酸化物以外の無機化合物を含んでいてもよい。ランタノイド酸化物以外の酸化物としては、希土類の酸化物を例示できる。無機化合物は、酸化物以外、例えば窒化物、炭化物等であっても構わない。
【0042】
撥水膜2の膜厚は、例えば5~100nmであることが好ましく、50nm以上がさらに好ましく、30nm以下がより好ましく、さらに20nm以下が特に好ましい。撥水膜2の膜厚が大きくなると、ヘイズ率が高くなるおそれがある。
【0043】
撥水膜2は、緻密な構造を有していてもよいが、内部に孔を有していてもよい。撥水膜2の気孔率は、例えば、20%以上、25%以上、30%以上、場合によっては40%以上であってもよく、85%以下、70%以下、60%以下、場合によっては50%以下であってもよい。適切な気孔率を有する撥水膜は、優れた光学特性を有し得る。具体的には、気孔率の制御によって、撥水膜2によって生じ得る干渉色の排除、可視光透過率及び反射率の改善等が可能になる。
【0044】
気孔率は、例えば次のように測定することができる。エリプソメーター(溝尻光学社製、DVA-FL型)を用い、反射光のスペクトル分析を行って、膜の光学パラメータを求めた。それに際し、撥水性膜付きガラス板の積層構造をガラス板(屈折率1.52)/撥水膜(屈折率2.2;気孔率0の場合)と設定し、撥水膜の屈折率と膜厚とをフィッティングにより算出し、気孔率を算出することができる。
【0045】
気孔を形成するためには、例えば、中空微粒子を混在させることもできる。このような中空微粒子は、例えば、シリカ微粒子により形成することができる。すなわち、中空のシリカ微粒子を用いることができる。このような中空微粒子の径は、例えば、50~60nmとすることができる。あるいは、シリカ微粒子の代わりに、MgF2微粒子を主成分とする微粒子を含有させることができる。
【0046】
撥水膜2の表面には、以下の指標により表わされる微小凹凸が形成されていてもよい。算術平均粗さRaは、1nm以上、2nm以上、さらに3nm以上、場合によっては10nm以上であってもよく、50nm以下、40nm以下、さらに30nm以下、場合によっては25nm以下であってもよい。十点平均粗さRzJISは、20nm以上、さらに50nm以上、100nm以上、さらに200nm以上であってもよく、500nm以下、400nm以下、さらに300nm以下であってもよい。ここで、Raは日本産業規格(JIS)B0601:2013に規定された算術平均粗さであり、RzJISはJIS B0601:2001に規定された十点平均粗さである。適切な微小凹凸を有する撥水膜2は、例えば、微小凹凸が付着する水滴の表面張力に作用するため、さらに向上した撥水性を有し得る。
【0047】
表面性状は、例えば次のように測定することができる。原子間力顕微鏡(旧エスアイアイ・ナノテクノロジー社製、SPA-400型)を用い、視野5um角について表面高さプロファイルを取得し、このプロファイルに基づき、IS B0601:2013の算術平均粗さRa、JIS B0601:2001の十点平均粗さRzJIS を算出することができる。
【0048】
撥水膜2は、その表面上に複数の微粒子を有していてもよい。微粒子2は、ランタノイド酸化物微粒子であってもよい。言い換えると、撥水膜2に含まれるランタノイド酸化物は、その一部が微粒子として撥水膜2の表面に露出した微粒子として含まれていてもよい。撥水膜2の表面は実質的に平坦であってもよい。上述したとおり、実質的に平坦か否かは、微粒子を除いた表面の平坦性に基づいて、すなわち微粒子により付与された凹凸を除いて判断する。ランタノイド酸化物微粒子の粒径は、100nm~1.5μm、さらに250nm~1μmの範囲にあってもよい。微粒子の粒径は、SEM観察により測定することができる。撥水膜2の表面において、上記粒径を有する微粒子は、膜表面5μm四方において1~100個、さらに2~20個の範囲の密度で存在してもよい。微粒子の存在は、微小凹凸の発達を通じて、撥水性の向上に寄与し得る。
【0049】
撥水膜2に含まれるランタノイド酸化物微粒子(例えば、酸化セリウム微粒子)の結晶子サイズは、特に制限されないが、例えば1~100nm、さらに2~20nmの範囲にあってもよい。
【0050】
なお、撥水膜2の表面に微粒子が露出していると、ヘイズ率が低下するおそれがある。したがって、撥水膜2の表面には、ランタノイド酸化物微粒子がほとんど存在せず、平坦であることが好ましい。
【0051】
また、撥水膜2の厚みが大きくなると、撥水膜2にクラックが生じるおそれがある。大きくクラックが生じたり、クラックの数が多くなると撥水膜2がガラス基材1から剥がれるおそれがある。また、クラックによりヘイズ率が高くなるおそれもある。さらには、クラックから湿気が浸入し、ガラス基板1が劣化するおそれもある。以上の観点から、撥水膜2にはクラックがないことが好ましい。なお、撥水膜2上に形成されるクラックの例として、図2に示すようなクラックがある。
【0052】
撥水膜2は、ガラス基材1上に直接形成してもよいし、下地層を形成した後に、撥水膜2を形成することもできる。下地層としては、例えば、SiO2の膜を形成することができる。
【0053】
<3.特性>
本実施形態のガラス物品が提供し得る撥水性は上述したとおりである。これに加え、本実施形態のガラス物品は、例えば以下の光学特性を有し得る。可視光透過率は、70%以上、80%以上、さらに85%以上であってよい。可視光透過率の上限は、特に制限されないが、例えば95%である。可視光反射率は、20%以下、15%以下、10%以下、さらに8%以下であってよい。可視光反射率の下限は、特に制限されないが、例えば2%である。ここで、可視光反射率は、撥水膜2が形成された面についての可視光反射率、言い換えると、ガラス物品の外部から撥水膜2を通してガラス基材1に到達する可視光の反射率である。ヘイズ率は、例えば20%以下であるが、好ましくは10%以下、さらに5%以下、特に4%以下である。
【0054】
可視光透過率、可視光反射率、ヘイズ率の好ましい範囲は、以下のとおりである。カッコ内はさらに好ましい範囲である。
可視光透過率:80~95%(85~95%)、
ヘイズ率:5%以下(4%以下)、
撥水膜2が形成されたガラス基材1の面についての可視光反射率:2~20%(2~8%)
【0055】
<4.製造方法>
次に、本実施形態のガラス物品の製造方法を説明する。ただし、本実施形態のガラス物品は、以下の製造方法以外の方法によって製造されたものであってもよい。
【0056】
本実施形態のガラス物品の製造方法は、ガラス基材1上に、ランタノイド酸化物を固形分として含有するコーティング液を塗布してガラス基材1上に塗膜を形成する工程と、塗膜を乾燥させる工程とを具備している。ランタノイド酸化物は、上述したものを含んでいる。なお、固形分としての「ランタノイド酸化物」は、撥水膜2にランタノイド酸化物を供給できる成分である限り、完全な酸化物として存在している必要はない。例えば、ランタノイド酸化物がセリウム酸化物である場合、脱水縮合後にセリウム酸化物を供給し得るセリウム酸水酸化物及びセリウム水酸化物も包含する。
【0057】
この製造方法は、コーティング液を調製する工程をさらに具備していてもよい。コーティング液は、極性溶媒、特に炭素数5以下の低級アルコールを溶媒として含んでいてもよい。低級アルコールは、メタノール及び/又はエタノールであってもよい。撥水膜2に含まれるランタノイド酸化物がセリウム酸化物である場合、コーティング液を調製する工程は、3価のセリウムを含むセリウム化合物を加水分解することを含んでいてもよい。加水分解可能なセリウム化合物は、極性溶媒に溶解する化合物であることが好ましく、具体的には水溶性セリウム化合物から選択するとよい。セリウム化合物は、例えば、ハロゲン化セリウム及び硝酸セリウムからなる群より選ばれる少なくとも1つであってもよい。ハロゲン化セリウムは、例えば塩化セリウム(III)、臭化セリウム(III)である。硝酸セリウム(III)を含め、ここに例示したように、好ましいセリウム化合物は、3価のセリウムの化合物である。ただしこれに限らず、セリウム化合物は、4価のセリウムを含んでいてもよい。
【0058】
一般的なゾルゲル法では、金属化合物の加水分解を促進するために、コーティング液には酸又はアルカリが添加される。本実施形態の製造方法においても、酸又はアルカリを添加してもよい。ただし、より好ましい添加剤は、酸スカベンジャーとして機能する有機化合物、具体的にはエポキシ基含有有機化合物、特に水溶性エポキシドである。水溶性エポキシドは、20℃の水への溶解度が1g/100ml以上のエポキシ基含有化合物である。水溶性エポキシドは、単官能エポキシドでも多官能エポキシドであってもよい。単官能の水溶性エポキシドは、例えば、プロピレンオキシド(1,2-エポキシプロパン)、1.2-エポキシブタン等のエポキシ基含有アルカンに加え、ラウリルアルコールEO付加物グリシジルエーテル、フェノールEO付加物グリシジルエーテル等であってもよい。多官能の水溶性エポキシドは、例えば、グリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールジグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテルである。
【0059】
上述したように、本実施形態の製造方法では、好ましくは、水溶性エポキシドの存在下でセリウム化合物が加水分解される。撥水膜2に含まれるランタノイド酸化物がセリウム酸化物である場合、セリウム化合物を水溶性エポキシドの存在下で加水分解すると、セリウム化合物の加水分解により生じる酸が消費され、加水分解反応が促進される。また、水溶性エポキシドを過剰に添加したコーティング液では、3価のセリウムから4価のセリウムが生じやすくなる。この現象は、pHが高い領域では4価のセリウムの安定性が向上することによると考えられる。
【0060】
調製されたコーティング液はガラス基材1上に塗布される。コーティング液の塗布は、例えば、スピンコーティング、バーコーティング、スプレーコーティング、ノズルフローコーティング、ロールコーティング等の公知の手法により実施できる。
【0061】
本実施形態の製造方法は、塗膜に洗浄及び乾燥から選択される少なくとも1つの処理を施す工程をさらに含んでいてもよい。塗布されたままの湿潤状態にある塗膜には、コーティング液に含まれていた有機化合物、例えば水溶性エポキシド及びその開環反応生成物がセリウム酸化物と共に含まれている。湿潤状態にある塗膜中の有機化合物の少なくとも一部は、洗浄及び/又は乾燥である処理、特に洗浄によって塗膜から除去される。洗浄に使用する溶剤は、有機溶剤、特に炭素数5以下の極性有機溶剤が適している。好ましい洗浄の一例は、低級アルコールとケトンとを順次用いて実施される。ここで、低級アルコールは、上述したとおり、炭素数5以下のアルコールである。好ましいケトンは、炭素数が7以下、5以下、さらに3以下のケトンである。有機化合物の除去により、乾燥後の撥水膜2中には気孔が形成され、その表面には微小凹凸が形成され得る。気孔率と微小凹凸の大きさは、有機化合物の添加量その他により制御できる。上記に例示した製造方法は、所望の気孔率及び微小凹凸を有する撥水膜の形成に特に適している。
【0062】
上述した3価のセリウムの4個のセリウムへの酸化には時間を要する場合がある。したがって、本実施形態の製造方法は、コーティング液及び湿潤状態にある塗膜から選ばれる少なくとも1つを所定時間だけ保持する工程をさらに含んでいてもよい。この工程は、例えば、調製したコーティング液及び湿潤状態にある塗膜から選ばれる少なくとも1つを温度5~80℃及び0.5~48時間保持することによって実施できる。この工程によって、コーティング液又は塗膜は、いわば「エージング」が進行し、4価のセリウムの比率が高くなる。エージングする対象としては、コーティング液が好ましい。例えば、コーティング液は、4価のセリウムへの転換が進むにつれて、4価のセリウムに起因する発色が観察されるようになる。3価のセリウムのみが含まれているコーティング液は、その他に着色の要因となる材料が含まれていなければ無色である。コーティング液は、4価のセリウムが生成するにつれて、典型的には、まず茶色系に、その後さらに黄色系に着色され得る保持している間に、十分な量の4価のセリウムを生成させるためには、コーティング液のpHは低くなり過ぎないように維持することが望ましい。pHの制御のためには、例えば、酸スカベンジャーとして作用する水溶性エポキシドの添加量を適切に調整するとよい。
【0063】
4価のセリウムの生成の過程は、紫外域から可視域にかけての吸収スペクトルによりモニタリングすることが可能である。例えばコーティング液の紫外域の吸収端は、4価のセリウムが生成するにつれて長波長域へと移動する。この吸収端が、例えば、350nm以上、特に360nm以上の領域に存在するまでエージングを継続すると、撥水膜の生成に十分な量の4価のセリウムが生成する。
【0064】
なお、好ましい水溶性エポキシドの添加量は、その種類等によって相違する。水溶性エポキシドがプロピレンオキシドの場合、セリウム化合物に含まれるセリウム(III)とプロピレンオキシドとの混合比は、モル比により表示して、1:10~1:90、1:15~1:80、さらに1:20~1:70、特に1:25~1:50の範囲とするとよい。
【0065】
セリウム化合物の加水分解後に、水溶性エポキシド等のエポキシ基含有有機化合物をさらに供給してもよい。エポキシ基含有有機化合物は、膜の洗浄を兼ねて膜に供給してもよい。加水分解後のエポキシ基含有有機化合物の供給は、成膜後の水の接触角の早期安定化に寄与し得る。また、熱処理後の水の接触角の向上にも寄与し得る。
【0066】
本実施形態の製造方法は、ガラス基材1上に撥水膜2を形成した後に、ガラス基材1に加熱を伴う処理を実施する工程をさらに具備していてもよい。加熱を伴う処理は、上述した例からなる群より選ばれる少なくとも1つであり、特に加熱曲げ処理及び/又は風冷強化処理である。もっとも、本実施形態のガラス基材1は、このような処理を受けることなく使用に供することも可能である。
【0067】
本実施形態の撥水膜付きガラス物品は、上記で例示したセリウム化合物の加水分解を伴う方法により製造されるものに限定されない。本実施形態の撥水膜付きガラス物品は、例えば、スパッタリング法に代表される減圧成膜法を用いて製造することも可能である。
【0068】
<5.用途>
本実施形態に係るガラス物品は、例えば、自動車用の窓ガラス、建築用の窓ガラスとして使用することができる。
【0069】
<5-1.自動車用窓ガラス>
本実施形態に係るガラス物品を自動車用窓ガラスとして用いる場合、ガラス物品を単板の窓ガラス、または合わせガラスである窓ガラスとして用いることができる。単板の場合、撥水膜2が車外を向くような窓ガラスとして用いることができる。
【0070】
合わせガラスは、図3に示すように、外側ガラス板51、内側ガラス板52、及びこれらガラス板を接着する中間膜53を備えている。本実施形態のガラス物品は、外側ガラス板として用いることができる。このとき、撥水膜2が車外を向くように配置することができる。
【0071】
本実施形態に係る合わせガラスの厚みは特には限定されないが、軽量化の観点からは、外側ガラス板1と内側ガラス板2の厚みの合計を、2.4~4.6mmとすることが好ましく、2.6~3.4mmとすることがさらに好ましく、2.7~3.2mmとすることが特に好ましい。このように、軽量化のためには、外側ガラス板1と内側ガラス板2との合計の厚みを小さくすることが必要であるので、各ガラス板のそれぞれの厚みは、特には限定されないが、例えば、以下のように、外側ガラス板1と内側ガラス板2の厚みを決定することができる。
【0072】
外側ガラス板51は、主として、外部からの障害に対する耐久性、耐衝撃性が必要であり、例えば、この合わせガラスを自動車のウインドシールドとして用いる場合には、小石などの飛来物に対する耐衝撃性能が必要である。他方、厚みが大きいほど重量が増し好ましくない。この観点から、外側ガラス板51の厚みは1.0~3.0mmとすることが好ましく、1.6~2.3mmとすることがさらに好ましい。
【0073】
内側ガラス板52の厚みは、外側ガラス板51と同等にすることができるが、例えば、合わせガラスの軽量化のため、外側ガラス板51よりも厚みを小さくすることができる。具体的には、ガラスの強度を考慮すると、0.6~2.0mmであることが好ましく、0.8~1.8mmであることがさらに好ましく、0.8~1.6mmであることが特に好ましい。更には、0.8~1.3mmであることが好ましい。
【0074】
中間膜53には、融着により各ガラス板51,52に接着されるものが含まれていれば、特には限定されないが、例えば、ポリビニルブチラール樹脂(PVB)、エチレンビニルアセテート樹脂(EVA)などによって形成することができる。一般に、ポリビニルアセタール樹脂の硬度は、(a)出発物質であるポリビニルアルコールの重合度、(b)アセタール化度、(c)可塑剤の種類、(d)可塑剤の添加割合などにより制御することができる。
【0075】
中間膜53の厚みは、特には限定されないが、例えば、0.05~2.0mmであることが好ましく、0.1~1.0mmであることがさらに好ましい。
【0076】
<5-2.建築用窓ガラス>
本実施形態に係るガラス物品を建築用窓ガラスとして用いる場合、ガラス物品を単板の窓ガラス、または複層ガラスである窓ガラスとして用いることができる。単板の場合、撥水膜2が建物の外部を向くような窓ガラスとして用いることができる。
【0077】
複層ガラスは、図4に示すように、外側ガラス板(第1ガラス板)61、内側ガラス板(第2ガラス板)62、これらガラス板61,62の間に形成される空隙層63、及びシール材64を備えている。シール材64は、両ガラス板61,62の外周縁同士を固定し、空隙層63を密閉するものである。本実施形態のガラス物品は、外側ガラス板61として用いることができる。このとき、撥水膜2が建物の外側を向くように配置することができる。なお、内側ガラス板62の屋内側の面に撥水膜2を形成することもできる。
【0078】
各ガラス板61,62の厚みは特には限定されないが、例えば、2~15mmとすることが好ましく、2.5~8mmとすることがさらに好ましい。
【0079】
空隙層63の厚みは、特には限定されないが、例えば、4~16mmにすることが好ましく、6~16mmにすることがさらに好ましい。空隙層63には、乾燥空気のほか、アルゴン、クリプトンのような不活性ガスを充填することができる。
【0080】
シール材64は、特には限定されないが、シリコーンシーラント、ポリサルファイドシーラントなどの公知のシール材を用いることができる。また、シール材64には、ハンダを含ませることもできる。
【0081】
<6.特徴>
ガラス板等のガラス基材1の処理には、ガラス板の加熱を伴うものが多い。例えば、ガラス板の曲げ加工処理は、ガラス板を加熱して軟化させる工程を含む。強化処理に加え、合わせ加工処理や複層加工処理も、ガラス板の間に挟持される樹脂膜、又はガラスの間の空間を封止するために使用される封止材の種類に応じ、ガラス板は高温に加熱されることがある。これらの加熱を経ると、有機物により撥水性を発現させる撥水膜は、その撥水性が大きく低下する。このため、撥水膜の形成は、ガラス板の加熱を伴う処理の後に実施する必要があった。このような工程上の制限は、量産の効率化を阻害することがある。例えば、曲面にコーティング液を均一に塗布することは、平板の表面上における塗布と比較すると、その難易度は格段に高い。切断されて個々に曲面を有するように加工される前の平坦な帯状ガラスに塗布液を塗布する工程は、格段に効率よく実施できる。
【0082】
加熱を伴う処理による撥水性低下の問題は、ガラス板に限らず、ガラス基材1全般において生じる。これに対し、本実施形態によれば、有機物に頼ることなく撥水性が発現しているため、加熱に伴う機水性の低下は抑制され得る。したがって、本実施形態による方法では、撥水膜2を形成した後に、撥水膜2が形成されたガラス基材1を加熱してガラス基材1の各種の処理を実施することができる。各種の処理は、ガラス板について例示すると、加熱を伴う曲げ加工処理(加熱曲げ処理)、風冷強化処理、化学強化処理、合わせ加工処理、複層加工処理、及び被膜形成処理からなる群より選ばれる少なくとも1つ、特に加熱曲げ処理及び/又は風冷強化処理である。すなわち、本実施形態では、ガラス基材1が、加熱曲げ処理及び風冷強化処理からなる群より選ばれる少なくとも1つの処理を受けたガラス板であってもよい。以上の熱処理に適用される温度は、通常は、高くても760℃程度以下である。
【0083】
従来は、ガラス板を所定の形状に切断してから加熱曲げ処理及び/又は風冷強化処理を実施し、その後に撥水膜を形成するためのコーティング液をガラス板の主面に塗布していた。このため、コーティング液の一部がガラス板の端面に付着し、端面の少なくとも一部にも撥水膜が形成されていた。これに対し、本実施形態によれば、平板状のガラス板の主面にコーティング液を塗布して撥水膜を形成し、その後にガラス板に対して加熱曲げ処理及び風冷強化処理からなる群より選ばれる少なくとも1つの処理を実施できる。この形態により提供されるガラス板は、その少なくとも一方の主面上に撥水膜2を備え、ガラス板の端面には撥水膜2を有さないものとなり得る。コーティング液が溜まりやすい端面には局部的に厚い撥水膜2が形成されることがある。したがってこれを回避できることは、製品の美観の確保等の点で利点がある。こうした品質の向上だけでなく、切断前の大面積のガラス板に連続的にコーティング処理を施すことができるため、最終製品のコストダウンに寄与する。
【実施例0084】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、以下の実施例も本発明を特定の形態に制限する趣旨で提示するものではない。
【0085】
まず、上述した特性の測定方法を説明する。
【0086】
(光学特性)
可視光透過率及び可視光反射率は分光光度計(日立社製、330型)で測定した可視紫外吸収スペクトルから求め、ヘイズ率はヘイズメータ(スガ試験機社製、HZ-V3型)を用いて測定した。
【0087】
(水の接触角)
水の接触角は、接触角測定機(共和界面科学社製、DMS-401型)を用い、4mgの精製水を撥水膜の表面に滴下して測定した。ただし、水の接触角は、撥水膜の成膜後、常温の大気中に20日間放置した後に実施した。熱処理後の水の接触角は、熱処理後に水膜付きガラス板を常温の大気中で40日間放置した時点で実施した。
【0088】
(熱処理)
撥水膜付きガラス板を、760℃に設定した電気炉内で4分加熱し、炉から取り出してセラミックウールで包んで熱割れしない冷却速度で室温まで冷却した。熱処理後にも、水の接触角等を測定した。
【0089】
(実施例1)
工業用アルコールA-10(双葉化学薬品株式会社製)67.19gに対し、硝酸セリウム(III)六水和物(富士フィルム和光純薬株式会社製)1.01g、アセチルアセトン(富士フィルム和光純薬株式会社製)16.80g、プロピレングリコール(東京化成工業株式会社)15.0gを混合し、100gのコーティング液を得た。すなわち、このコーティング液では、硝酸セリウム(III)六水和物は0.40重量%含有されている、次に、このコーティング液を室温で一晩攪拌した。
【0090】
高透過ガラス(日本板硝子社製、オプティホワイト(登録商標)3mm厚)を10cm角に切断し、洗浄及び乾燥させ、ガラス基板を準備した。エージング済みのコーティング液をガラス基板に塗布した。塗布はスピンコータ(ミカサ株式会社製、1H-360S型)を用い、基板回転数1000rpm、塗布後の回転保持時間10秒で行った。コーティング液を塗布後、250℃で1時間乾燥後、760℃で4分間焼成し、撥水膜を得た。撥水膜の厚みが20nmのガラス物品を得た。
【0091】
撥水膜の表面性状をSEMにより観察したところ、図5に示す写真が得られた。この写真が示すように、実施例1の撥水膜の表面には、セリウム酸化物微粒子は露出していない。また、この撥水膜における接触角は、76.0°であった。
【0092】
<1.結晶構造の検討>
撥水膜に対し、以下の条件により、XRDの測定を行った。
・分析装置:X線回折装置(リガク:SmartLab)
・分析条件:in-plane X線回折法 (平行ビーム:φ-2θχ連動スキャン)
・CuKα線、管電圧45kV、管電流200mA(9.0kW)
・in-plane軸合わせを実施後、X線の入射角ω=0.50°として測定を行った。
・2θ範囲:10~70°、サンプリング角度:0.024°、スキャンスピード:0.5°/min、入射スリット:0.2mm、受光スリット1:20.0mm、受光スリット2:20.0mm、入射平行スリット:In-plane_PSC_0.5deg、長手制限スリット:10.0mm、
【0093】
結果は、図6に示すとおりである。図6に示すように、(111)面のピークが比較的シャープに得られている。接触角は76.0°であった。撥水膜は特徴として、760℃焼成による結晶成長がみられず、結晶子サイズは焼成前32Å、焼成後38Åと近い値だった。図6のグラフに示すピーク値が示されていることから、CeO2の結晶構造が形成されていることが分かる。
【0094】
<2.撥水膜の膜厚の検討>
実施例1の組成の撥水膜において、撥水膜の膜厚を変えて可視光透過率と色差ΔEの変化を算出した。図7は膜厚と可視光透過率(%T(300~800nm))の関係であり、図8は膜厚と色差ΔEとの関係である。図7に示すように、可視光透過率は膜厚が大きくなるほど、低くなっている。一方、図8に示すように、色差ΔEは膜厚が大きくなるほど大きくなっている。したがって、可視光透過率や色差ΔEの観点からは、撥水膜の膜厚が小さいことが好ましい。
【0095】
また、実施例1の組成の撥水膜において、撥水膜の膜厚を21~32nmの範囲で変えて波長毎の透過率を測定した。また、撥水膜が形成されていない柄判の透過率も測定した。結果は、図9に示すとおりである。図9に示すように、撥水膜を形成していないガラス板の透過率が一番高く、撥水膜の膜厚が大きくなるほど、透過率が低くなっている。特に、撥水膜の膜厚は30nm以下であれば、波長が380~780nmの可視光の平均透過率が、撥水膜が形成されていないガラス板に対し、2.5%以下の低下であった。
【符号の説明】
【0096】
1 ガラス基材
2 撥水膜
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9