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特開2023-1035海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023001035
(43)【公開日】2023-01-04
(54)【発明の名称】海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル
(51)【国際特許分類】
   C04B 28/02 20060101AFI20221222BHJP
   C04B 24/12 20060101ALI20221222BHJP
   C04B 24/06 20060101ALI20221222BHJP
【FI】
C04B28/02
C04B24/12 A
C04B24/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022078935
(22)【出願日】2022-05-12
(31)【優先権主張番号】P 2021100780
(32)【優先日】2021-06-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】304021288
【氏名又は名称】国立大学法人長岡技術科学大学
(71)【出願人】
【識別番号】000155034
【氏名又は名称】株式会社本間組
(71)【出願人】
【識別番号】000224215
【氏名又は名称】藤村クレスト株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】596148629
【氏名又は名称】中部キレスト株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】592211194
【氏名又は名称】キレスト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】下村 匠
(72)【発明者】
【氏名】小松 啓志
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 敦子
(72)【発明者】
【氏名】山村 未来
(72)【発明者】
【氏名】林 峰啓
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 治
(72)【発明者】
【氏名】中村 淳
【テーマコード(参考)】
4G112
【Fターム(参考)】
4G112PB07
(57)【要約】
【課題】本発明は、余計な手間やコストをかける必要の無い、海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル、及びコンクリート・モルタルへの海洋生物の付着を抑制する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタルは、第3~14族金属イオン及びキレート成分を含む金属キレート化合物を含有することを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第3~14族金属イオン及びキレート成分を含む金属キレート化合物を含有することを特徴とする海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
【請求項2】
前記コンクリート・モルタルに含まれるセメント成分100質量部に対して0.1質量部以上、0.5質量部以下の前記第3~14族金属イオンを含有する請求項1に記載の海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
【請求項3】
前記第3~14族金属イオンが、コバルトイオン及び銅イオンから選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
【請求項4】
前記第3~14族金属イオンが、コバルトイオン及び銅イオンから選ばれる少なくとも1種である請求項2に記載の海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
【請求項5】
前記キレート成分がアミノカルボン酸系キレート成分である請求項1~4のいずれかに記載の海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
【請求項6】
前記アミノカルボン酸系キレート成分が、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、及びニトリロ三酢酸から選ばれる少なくとも1種である請求項5に記載の海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
【請求項7】
コンクリート・モルタルへの海洋生物の付着を抑制する方法であって、前記コンクリート・モルタルに、第3~14族金属イオン及びキレート成分を含む金属キレート化合物を配合することを特徴とする方法。
【請求項8】
前記コンクリート・モルタルに含まれるセメント成分に対して0.1質量部以上、0.5質量部以下の前記第3~14族金属イオンを配合する請求項7に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル、及びコンクリート・モルタルへの海洋生物の付着を抑制する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海水に接するコンクリート・モルタル構造物の表面には、貝類、フジツボ類、管棲多毛類、藻類などの海洋生物が付着する。特に、海水を大量に使用する原子力発電所や火力発電所、臨海プラント等の港湾設備の取水口、配管、放水路への海洋生物の付着は、管水路の狭小化や閉塞による海水流量の低下を引き起こすため、プラント稼働を停めた上での定期的な除去作業が必要となる。このように、コンクリート・モルタル構造物への海洋生物の付着は、産業界において非常に重大な悪影響を及ぼす。よって、このような海洋生物による被害を未然に防ぐ必要がある。
【0003】
コンクリート・モルタルへの海洋生物の付着を防止する方法として、例えば特許文献1には、海水を電気分解することにより次亜塩素酸塩を発生させ、これを海水に注入することにより構造物表面に海洋生物が付着するのを防止する方法が開示されている。また、特許文献2には、オリゴマー状常温硬化型シリコーンゴム系海洋生物付着防止用塗料が開示されている。
【0004】
海洋生物の付着の抑制を目的とするものではないが、特許文献3には、硫黄酸化細菌や硫黄還元細菌などを原因とする下水道処理施設などのコンクリートの腐食を抑制するための、銀化合物、銅化合物、及びイオン保持化合物を含むコンクリート用抗菌剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭52-58074号公報
【特許文献2】特開昭58-13673号公報
【特許文献3】特開2004-175772号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、海洋生物が付着するのを防止する方法としては、海洋コンクリート・モルタル構造物を作製した後に、別途設備を導入したり、塗装をする必要がある。またこれらの性能を維持するには、設備の稼働・維持のコストや、塗装の再施工など、手間とコストがかかる。
例えば特許文献1に記載の方法は、実験室レベルの実施規模であれば効果はあるかもしれないが、実際の港湾施設に適用するレベルの実施ではコストがかかり過ぎるし、次亜塩素酸塩による副作用の懸念もある。特許文献2などに記載の塗料は、定期的な塗り直しなどの必要がある。
また、海洋生物の付着の抑制を目的とするものではないが、特許文献3では、水を含むモルタル成分に、コンクリート用抗菌剤として、銀化合物、銅化合物、及びイオン保持化合物を添加しているが、アルカリ性の強いセメントを含む組成物に金属化合物とイオン保持化合物を別々に添加すると、金属キレート化合物は形成されず、金属イオンとキレートせず残存するイオン保持化合物(キレート成分など)は、セメントの硬化を阻害するおそれがある。
本発明は前記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、上記のような余計な手間やコストをかける必要の無い、海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル、及びコンクリート・モルタルへの海洋生物の付着を抑制する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、コンクリート・モルタルに金属キレート化合物を配合することにより上記課題を解決できることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0008】
[1] 第3~14族金属イオン及びキレート成分を含む金属キレート化合物を含有することを特徴とする海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
[2] 前記コンクリート・モルタルに含まれるセメント成分100質量部に対して0.1質量部以上、0.5質量部以下の前記第3~14族金属イオンを含有する前記[1]に記載の海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
[3] 前記第3~14族金属イオンが、コバルトイオン及び銅イオンから選ばれる少なくとも1種である前記[1]に記載の海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
[4] 前記第3~14族金属イオンが、コバルトイオン及び銅イオンから選ばれる少なくとも1種である前記[2]に記載の海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
[5] 前記キレート成分がアミノカルボン酸系キレート成分である前記[1]~[4]のいずれかに記載の海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
[6] 前記アミノカルボン酸系キレート成分が、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、及びニトリロ三酢酸から選ばれる少なくとも1種である前記[5]に記載の海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタル。
[7] コンクリート・モルタルへの海洋生物の付着を抑制する方法であって、前記コンクリート・モルタルに、第3~14族金属イオン及びキレート成分を含む金属キレート化合物を配合することを特徴とする方法。
[8] 前記コンクリート・モルタルに含まれるセメント成分に対して0.1質量部以上、0.5質量部以下の前記第3~14族金属イオンを配合する前記[7]に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタルを容易に製造することが可能になる。海洋生物付着抑制能を有する本発明に係るコンクリート・モルタルにより、海水を大量に使用する原子力発電所や火力発電所、海水に接触する港湾設備などを構成すれば、海洋生物の付着を抑制することができ、その維持コストや立て直しの必要性を低減することができることから、本発明は、産業上非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明に係る金属キレート化合物を配合して作製したコンクリート試料、及び従来の抗菌剤などを配合したコンクリート試料を海中に浸漬した後の外観写真である。
図2図2は、本発明に係るコバルトキレート化合物を配合して作製したコンクリート試料を海中に浸漬した後の外観写真である。
図3図3は、塩基性炭酸銅(II)とエチレンジアミン四酢酸を別々にセメントに混合して作製したモルタル円柱供試体の外観写真である。
図4図4は、金属キレート化合物を含まないモルタル方形供試体を海中に浸漬した後の外観写真である。
図5図5は、本発明に係る金属キレート化合物を配合して作製したモルタル方形供試体を海中に浸漬した後の外観写真である。
図6図6は、塩基性炭酸銅(II)とエチレンジアミン四酢酸を別々にセメントに混合して作製したモルタル方形供試体を海中に浸漬した後の外観写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタルは、第3~14族金属イオン及びキレート成分を含む金属キレート化合物を含有する。なお、本開示においてコンクリート・モルタルとは、コンクリートおよび/またはモルタルをいい、例えばモルタルで補修されたコンクリート構造物が含まれる。
【0012】
金属キレート化合物を構成する第3~14族金属イオンとしては、コンクリートへの海洋生物の付着を抑制できるものであれば特に制限されないが、例えば、スカンジウムイオン、チタンイオン、バナジウムイオン、クロムイオン、マンガンイオン、鉄イオン、コバルトイオン、ニッケルイオン、及び銅イオンから選択される1種以上の第一遷移金属イオン;ジルコニウムイオン、モリブデンイオン、パラジウムイオン、及び銀イオンから選択される1種以上の第二遷移金属イオン;亜鉛イオン等の第12族金属イオン;アルミニウムイオン等の第13族金属イオン;及び、スズ、鉛などの第14族金属イオンが挙げられ、チタンイオン、クロムイオン、マンガンイオン、鉄イオン、コバルトイオン、ニッケルイオン、及び銅イオンから選択される1種以上の第一遷移金属イオンが好ましく、コバルトイオン及び銅イオンから選ばれる少なくとも1種がより好ましい。第3~14族イオンは、1種のみを単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0013】
金属キレート化合物は、海洋生物付着抑制能のための前記第3~14族金属イオンに加えて、アルカリ金属イオンを含んでいてもよい。アルカリ金属イオンを含む金属キレート化合物は、水溶性がより高く、コンクリート・モルタル内により容易に分散させることができる。アルカリ金属イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、及びセシウムイオンから選択される1種以上が挙げられ、リチウムイオン、ナトリウムイオン、及びカリウムイオンから選択される1種以上が好ましく、ナトリウムイオン及びカリウムイオンから選択される1種以上がより好ましい。アルカリ金属イオンは、1種のみを単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0014】
キレート成分としては、溶液中で第3~14族金属イオンとキレート形成できるものであれば特に限定されず、例えば、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、エチレンジアミン二酢酸、1,2-ジアミノプロパン四酢酸、1,3-ジアミノプロパン四酢酸、ヘキサメチレンジアミン四酢酸、1,2-シクロヘキサンジアミン四酢酸、ジアミノプロパノール四酢酸、ヒドロキシエチレンジアミン三酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、エチレンジアミンジ(o-ヒドロキシフェニル)酢酸、イミノ二酢酸、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、ニトリロ三酢酸、メチルグリシン二酢酸、エチレンジアミン二プロピオン酸、ニトリロ三プロピオン酸、エチレンジアミン二こはく酸、1,3-ジアミノプロパン二こはく酸、グルタミン酸-N,N-二酢酸、アスパラギン酸-N,N-二酢酸などのアミノカルボン酸系キレート成分;ヒドロキシエチリデンジホスホン酸、ニトリロトリスメチレンホスホン酸、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸、ジエチレントリアミンペンタメチレンホスホン酸、2-ホスホノ-1,2,4-ブタントリカルボン、ホスホノヒドロキシ酢酸、ヒドロキシエチルジメチレンホスホン酸などのカルボン酸系キレート成分;グルコン酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸などのヒドロキシカルボン酸系キレート成分などを用いることができる。キレート成分は水溶性であることが好ましい。これらのキレート成分は、1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、第3~14族金属イオンとのキレート力の強さの観点から、アミノカルボン酸系キレート成分を用いることが好ましい。好ましいアミノカルボン酸系キレート成分としては、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、及びニトリロ三酢酸から選択される1種以上が挙げられる。これらのキレート成分を含むキレート剤は、低価格であり入手が容易であるとともに、金属成分を安定して溶解し、澄明な金属キレート溶液を容易に調製することができる。
【0015】
金属キレート化合物は、セメントや水を含む混合物に金属化合物とキレート剤を別々に添加しても、一部形成される可能性もある。しかし、セメントを含む分散液は、一般的にpH12~13と強アルカリ性であることから、金属イオンが高アルカリ性により水に不溶な水酸化物となって不溶化してしまうため、安定な金属キレートを形成することができない場合がある。よって、事前に金属化合物とキレート剤から金属キレート化合物またはその溶液を調製してから、得られた金属キレート化合物またはその溶液をセメント等と混合することが好ましい。
【0016】
金属キレート化合物溶液の調製に用いる金属化合物は、キレート剤と反応して金属キレート化合物を形成することができ、コンクリート・モルタルおよびコンクリート・モルタル構造物に悪影響を与える化学種でなければ特に制限されないが、例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、ケイ酸塩などを用いることができる。これらの中でも、金属酸化物、金属水酸化物、及び金属炭酸塩が好ましい。これらの金属化合物を用いて金属キレート化合物溶液を調製することにより、コンクリート・モルタル中に不要な元素が混入することを抑えることができる。なお、金属水酸化物など水不溶性の化合物であっても、水中でキレート剤と徐々に反応して金属キレート化合物を形成することができ得る。
【0017】
金属キレート化合物溶液の調製に用いるキレート剤は、目的の金属キレート化合物を構成するキレート成分を含むと共に、溶媒への溶解性が十分に高いものであれば特に制限されないが、例えば、キレート成分のアルカリ金属塩、アンモニウム塩、及びアミン塩が挙げられる。アルカリ金属塩を構成するアルカリ金属イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、及びセシウムイオンから選択される1種以上が挙げられ、リチウムイオン、ナトリウムイオン、及びカリウムイオンから選択される1種以上が好ましく、ナトリウムイオン及びカリウムイオンから選択される1種以上がより好ましい。アミン塩を構成するアミン成分としては、例えば、アンモニア、エチレンジアミン、トリエチレンテトラミン、ジイソプロパノールアミン、トリエタノールアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、モノイソプロパノールアミン、トリイソプロパノールアミン、ジエチレントリアミン、ジエチルアミン、ジブチルアミン、ヘキサヒドロアニリン、ペンタエチレンヘキサミン、アリルアミン、2-アミノプロパノール、3-アミノプロパノール、4-アミノブタノール、4-メチルアミノブタノール、エチルアミノエチルアミン等が挙げられる。キレート剤を構成するカウンターカチオンは、1種のみを単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0018】
金属キレート化合物溶液の調製に用いる溶媒としては、水;メタノール、エタノール、2-プロパノール等のアルコール系溶媒;及びこれらの混合溶媒を用いることが好ましい。なお、金属キレート化合物溶液の溶媒は少なくとも水を含むことが好ましく、例えば溶媒中の水の濃度が50質量%以上であることが好ましく、70質量%以上がより好ましく、90質量%以上がより更に好ましい。溶媒としては実質的に水のみを用いることが特に好ましく、従って、金属キレート化合物溶液は金属キレート化合物水溶液であることが好ましい。溶媒が実質的に水のみであるとは、水以外の溶媒が検出限界以下であるか、水以外の有機溶媒を意図的に添加したり混入させないことをいう。
【0019】
金属キレート化合物溶液の調製において、海洋生物付着抑制能のための第3~14族金属イオン、アルカリ金属イオン、及びキレート成分の割合は、目的の金属キレート化合物における各成分の割合に応じて調整すればよい。また、反応液における各成分の濃度は特に制限されないが、低過ぎるとセメントとの混練時に使用する全溶媒量が過剰になり過ぎてコンクリート・モルタルの本来の性能が発揮できない恐れがあるため、例えば、反応液中の目的金属キレート化合物の濃度が10質量%以上、60質量%以下となるよう、各成分の量を決定すればよい。当該濃度としては、30質量%以上がより好ましい。
【0020】
金属キレート化合物を調製するための反応液に添加するキレート剤の量は、金属成分に対してキレート配位する理論量以上とすることが好ましく、金属イオンの価数にもよるが、例えば、配位すべき金属イオン1モルに対して1倍モル以上、1.5倍モル以下に調整することがより好ましい。なお、金属イオンには、海洋生物付着抑制能のための第3~14族金属イオンに加えてアルカリ金属イオンやアンモニウムイオン等のカチオンも含まれるものとする。
【0021】
金属キレート化合物溶液は、第3~14族金属イオンを含む金属化合物とキレート剤を、溶媒に溶解することにより調製することができる。或いは、金属化合物の溶液および/またはキレート剤の溶液を用いてもよい。
【0022】
反応条件は、特に制限されないが、例えば、溶媒中、金属化合物とキレート剤を混合する温度としては、10℃以上、溶媒の沸点以下とすることができ、常温や加熱還流条件で反応してもよい。
【0023】
また、必要に応じて、反応液のpHを調整してもよい。pH調整剤としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の水酸化物;炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸アンモニウム等の炭酸塩;炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素アンモニウム等の炭酸水素塩;アンモニアまたはアミンのようなアルカリ剤が挙げられる。
【0024】
得られた反応液は、そのまま金属キレート化合物溶液として用いてもよいし、濾過や濃縮したうえで金属キレート化合物溶液として用いてもよい。また、反応液から金属キレート化合物を精製してもよい。精製方法は特に制限されず、常法を用いればよいが、例えば、晶析や乾燥が挙げられる。乾燥方法としては常法を用いることができ、例えば、減圧濃縮、スプレードライ、ドラム乾燥などを適用できる。
【0025】
コンクリート・モルタルは、一般的に、主にセメント、骨材および水から構成される。骨材は、粗骨材と細骨材に分類され、一般的に、粗骨材は5mm目ふるいに85質量%以上留まるものをいい、細骨材は、10mmふるいをすべて通過し、且つ5mm以下のものが85質量%以上含まれるものをいい、モルタルは骨材として細骨材を含み、コンクリートは骨材として細骨材に加えて粗骨材を含む。一般的なコンクリートでは、骨材が約7割を占める。
【0026】
本発明に係るコンクリート・モルタルは、第3~14族金属イオン及びキレート剤を含む金属キレート化合物を含有する。特に、本発明に係るコンクリート・モルタルは、その表面に金属キレート化合物からなる層を有するのではなく、その全体に金属キレート化合物が分散している。その結果、本発明に係るコンクリート・モルタルに海水が接触した場合、金属キレート化合物が長期的に作用し、その表面への海洋生物の付着が抑制されると考えられる。
【0027】
本発明に係るコンクリート・モルタルにおいて、セメント成分100質量部に対する第3~14族金属イオンの割合としては0.1質量部以上、0.5質量部以下が好ましい。当該割合が0.1質量部以上であれば、海洋生物付着抑制効果がより確実に発揮され得、0.5質量部以下であれば、コンクリートの強度をより確実に確保することができる。前記割合は、本発明に係るコンクリート・モルタルの作製時におけるセメント成分と第3~14族金属イオンの使用量が明らかであれば、それら使用量から求めればよい。それら使用量が不明であれば、硬化後の本発明に係るコンクリート・モルタルを分析することにより求めればよい。例えば、コンクリート・モルタル表面における元素分布は、電子プローブマイクロ分析法(EPMA法)により分析することができる。また、コンクリート・モルタルから試料を採取して粉砕し、塩酸を加えて攪拌した後に濾過し、EDTA標準液を用いた滴定に得られた濾液を付すことにより含まれる酸化カルシウム量を定量することにより、セメント量を推定することができる。
【0028】
本発明に係るコンクリート・モルタルにおける金属キレート化合物の割合は、海洋生物の付着が効果的に抑制される範囲で適宜調整すればよいが、例えば、前記コンクリート・モルタル全体に対して0.1質量%以上、1質量%以下とすることができる。当該割合が0.1質量%以上であれば、金属キレート化合物による海洋生物付着抑制効果がより確実に発揮され得、1質量%以下であれば、コンクリート・モルタルの強度をより確実に確保することができる。
【0029】
また、本発明に係るコンクリート・モルタルにおける海洋生物付着抑制効果を示す金属成分の割合も適宜調整すればよいが、例えば、0.005質量%以上、5質量%以下とすることができ、0.2質量%以上、1質量%以下が好ましい。
【0030】
本発明に係るコンクリート・モルタルは、コンクリート・モルタルに金属キレート化合物を配合することにより製造することができる。キレート化合物は、セメントを含む混練物が硬化する前に均一に混合すればよく、例えば、セメント粉末、砂利・砂・砕石・砕砂等の骨材、及び水を混練する際に添加するのが好ましい。その際、固形の金属キレート化合物を添加してもよいし、金属キレート化合物の溶液を添加してもよい。
【0031】
本発明に係るコンクリート・モルタルには、セメント、骨材、金属キレート化合物、及び水以外の添加成分を添加してもよい。添加成分としては、例えば、フライアッシュ、シリカフューム、高炉スラグ微粉末、膨張剤、AE剤、減水剤、AE減水剤、流動化剤、凝結遅延剤などが挙げられる。
【0032】
上記のようにして、海洋生物付着抑制能を有するコンクリート・モルタルを得ることができる。本発明に係るコンクリート・モルタルは、コンクリート・モルタルそのものが海洋生物付着抑制能を有するため、海洋生物付着抑制のための設備導入や塗装の施工を行う必要が無く、その効果を長期にわたり維持することができる。
【実施例0033】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0034】
実施例1
砂利入りセメント(「インスタントコンクリート」トーヨーマテラン社製)(400g)、及びエチレンジアミン四酢酸・銅・二ナトリウム41質量%水溶液(「キレストCu-40」キレスト社製)(6g)を混合し、水(54mL)を少しずつ加えて混練し、250mL紙コップ2個に流し込み、アンカーフックを入れ、常温で3日間養生し、直径約6cm×高さ約4cmのコンクリート円柱を作製した。なお、使用した砂利入りセメント製品の安全データシートによる情報からセメントの含有量を30質量%と仮定すると、セメント成分に対する銅の割合は約0.3質量%である。
【0035】
比較例1
エチレンジアミン四酢酸・銅・二ナトリウムの代わりに、4gのコンクリート用抗菌剤(銀・銅担持ゼオライト,「ゼオマイティ」シナネンゼオミック社製)、亜鉛化銅、Ag担持サンゴCa(「コーラルバイオ-SI-II」沖縄サンゴ社製)、またはNi抗菌粉末を用い、水の量を60gに変更した以外は実施例1と同様にして、コンクリート円柱を作製した。また、比較のために、添加剤を用いずにコンクリート円柱を作製した。
【0036】
実施例2: 海洋生物付着抑制試験
実施例1および比較例1のコンクリート円柱のアンカーフックにロープを結び付け、新潟県柏崎市の柏崎マリーナの岸壁上部から海中約1m±50cmの位置に設置した。なお、試験場における満潮干潮の海面差は50cm未満であり、各コンクリート試料は常に海中にあった。設置から162日目に各コンクリート円柱を引き上げて外観を観察した。各コンクリート円柱の外観写真を図1に示す。
図1に示される結果の通り、添加剤を含まない対照コンクリート円柱や、一般的な抗菌剤などを含むコンクリート円柱には、藻などの海洋生物が表面全体に付着していた(図1(1),(3)~(6))。
それに対してエチレンジアミン四酢酸・銅・二ナトリウムを含むコンクリート円柱には、海洋生物の付着が顕著に抑制されており、コンクリート円柱の表面が一部露出していた。なお、図1(2)の左側に写っているネバリモ(Leathesia marina)は、左側のコンクリート円柱に付着していたものであり、実施例1のコンクリート円柱に付着していたものではない。
【0037】
実施例3
エチレンジアミン四酢酸・銅・二ナトリウムの代わりにエチレンジアミン四酢酸・コバルト・二ナトリウム・四水和物(「キレストCo」キレスト社製)の48.5質量%水溶液(エチレンジアミン四酢酸・コバルト・二ナトリウムを41質量%含有)を用いた以外は実施例1と同様にして、コンクリート円柱を作製し、実施例2と同様にして海中に設置し、設置から87日目に円柱を引き上げて外観を観察した。円柱の外観写真を図2に示す。
図2に示される結果の通り、エチレンジアミン四酢酸・コバルト・二ナトリウムを含むコンクリート円柱には、海洋生物の付着が明らかに抑制されており、コンクリート試料の表面が一部露出していた。
【0038】
実施例4: 圧縮強さ試験
セメントに対する銅またはコバルトの割合が表1に示す通りになるよう、エチレンジアミン四酢酸・銅・二ナトリウム41質量%水溶液(「キレストCu-40」キレスト社製)、及びエチレンジアミン四酢酸・コバルト・二ナトリウム・四水和物(「キレストCo」キレスト社製)を使って銅またはコバルトをセメント(「普通ポルトランドセメント」宇部三菱セメント社製)と標準砂との混合物に添加し、セメント:標準砂:水=1:2.5:0.5の割合(質量比)で混練し、φ50mm×100mmの円柱供試体を作製した。
作製した供試体を水中に浸漬して水中養生し、7日目と28日目に、圧縮強さ試験機(東京衡機試験機社製)を使って圧縮強さを測定した。結果を表1に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
表1に示される結果の通り、添加遷移金属の量が多くなるほどモルタルの圧縮強さが低下することが示された。
モルタルやコンクリートは時間をかければ硬化するが、製造効率や、実用的な圧縮強さが20N/mm2以上であることを考慮すれば、セメント成分に対する遷移金属の割合は0.5質量%以下が好ましいといえる。
【0041】
実施例5: 圧縮強さ試験
(1)本発明試料の作製
セメントに対する銅の割合が0.3質量%になるよう、エチレンジアミン四酢酸・銅・二ナトリウム41質量%水溶液(「キレストCu-40」キレスト社製)を使って銅をセメント(「普通ポルトランドセメント」宇部三菱セメント社製)と標準砂との混合物に添加し、セメント:標準砂:水=1:2.5:0.5の割合(質量比)で混練し、φ50mmm×高さ100cmの円柱供試体を作製した。
【0042】
(2)比較試料1の作製
セメントに対する銅の割合が0.3質量%になるよう、塩基性炭酸銅(II)をセメント(「普通ポルトランドセメント」宇部三菱セメント社製)と標準砂との混合物に添加し、更に銅とエチレンジアミン四酢酸が等モルになるようエチレンジアミン四酢酸四ナトリウムの40質量%水溶液を添加し、セメント:標準砂:水=1:2.5:0.5の割合(質量比)で混練し、φ50mmm×高さ100cmの円柱供試体を作製した。
【0043】
(3)強度試験
作製した円柱供試体2本を水中に28日間浸漬して水中養生し、圧縮強さ試験機(東京衡機試験機社製)を使って圧縮強さを測定し、平均値を算出した。
しかし、銅化合物とキレート成分をセメント組成物へ別々に添加して作製した比較試料1は、図3に示す通り、脱型する際に一部崩壊するなど十分に硬化しておらず、試験機に載荷できるほど十分な強度を有していなかったため、強度を測定することができなかった。その理由としては、セメントの強塩基性のため、銅とエチレンジアミン四酢酸が反応できず、遊離のエチレンジアミン四酢酸が硬化を阻害したことが考えられる。
一方、銅キレート化合物水溶液を用いて作製された円柱供試体は強度測定できる程度に十分に硬化しており、平均強度は30.8N/mm2であった。
【0044】
実施例6: 海洋生物付着抑制試験
(1)比較試料2の作製
セメント(「普通ポルトランドセメント」宇部三菱セメント社製)と標準砂と水をセメント:標準砂:水=1:2.5:0.5の割合(質量比)で混練し、10cm×10cm×10cmの方形供試体を作製した。
【0045】
(2)本発明試料の作製
セメントに対する銅の割合が0.3質量%になるよう、エチレンジアミン四酢酸・銅・二ナトリウム41質量%水溶液(「キレストCu-40」キレスト社製)を使って銅をセメント(「普通ポルトランドセメント」宇部三菱セメント社製)と標準砂との混合物に添加し、セメント:標準砂:水=1:2.5:0.5の割合(質量比)で混練し、10cm×10cm×10cmの方形供試体を作製した。
【0046】
(3)比較試料3の作製
セメントに対する銅の割合が0.3質量%になるよう、塩基性炭酸銅(II)をセメント(「普通ポルトランドセメント」宇部三菱セメント社製)と標準砂との混合物に添加し、更に銅とエチレンジアミン四酢酸が等モルになるようエチレンジアミン四酢酸四ナトリウムの40質量%水溶液を添加し、セメント:標準砂:水=1:2.5:0.5の割合(質量比)で混練し、10cm×10cm×10cmの方形供試体を作製した。
【0047】
(4)海洋生物付着抑制試験
上記の通り作製した方形供試体のアンカーフックにカラビナを取り付け、金具バーに固定した。金具バーにロープを結び付け、新潟東港内に係留している鋼製フロートに吊り下げ、海面からおおよそ40~60cmの位置に設置した。設置から6週間目に各方形供試体を引き上げて外観を観察した。各方形供試体の上面と側面の外観写真を図4~6に示す。
図4の通り、銅化合物を添加していない比較試料2には、全面にフジツボ類が付着しており、また上面と一部の側面には緑藻類も付着している。
それに対して、図5の通り、銅キレート化合物を添加した本発明試料では、フジツボ類の付着量が明確に低減されており、試料の地肌も一部露出しており、また藻類の付着は認められなかった。
一方、図6の通り、銅化合物とキレート成分を別々にセメントと混合して作製した比較試料3には、銅化合物を添加していない比較試料2と比べて明確な海洋生物付着抑制効果は認められず、緑藻類も付着していた。その理由としては、試料作製時においてセメントの強塩基性のために銅化合物とキレート成分が反応できず、試料中に水不溶性の銅化合物(塩基性炭酸銅)が単独で存在するため、海水中の生物に作用を及ぼすことができなかったと考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6