(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023103724
(43)【公開日】2023-07-27
(54)【発明の名称】牛糞中に生息する菌根菌、並びにこの菌根菌とパートナー細菌とを用いた菌根菌接種源および土壌改良資材
(51)【国際特許分類】
C05F 11/08 20060101AFI20230720BHJP
A01P 17/00 20060101ALI20230720BHJP
A01N 63/30 20200101ALI20230720BHJP
A01N 63/23 20200101ALI20230720BHJP
A01N 63/25 20200101ALI20230720BHJP
A01N 63/27 20200101ALI20230720BHJP
C09K 17/14 20060101ALI20230720BHJP
C12N 1/14 20060101ALI20230720BHJP
A01G 7/00 20060101ALI20230720BHJP
【FI】
C05F11/08
A01P17/00
A01N63/30
A01N63/23
A01N63/25
A01N63/27
C09K17/14 H
C12N1/14 E
A01G7/00 605A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022004414
(22)【出願日】2022-01-14
(71)【出願人】
【識別番号】302018020
【氏名又は名称】石井 孝昭
(71)【出願人】
【識別番号】522019421
【氏名又は名称】松浦 孝裕
(71)【出願人】
【識別番号】520230488
【氏名又は名称】一般財団法人日本菌根菌財団
(74)【代理人】
【識別番号】100085394
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 哲夫
(74)【代理人】
【識別番号】100128392
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100165456
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 佑子
(72)【発明者】
【氏名】石井 孝昭
(72)【発明者】
【氏名】松浦 孝裕
【テーマコード(参考)】
4B065
4H011
4H026
4H061
【Fターム(参考)】
4B065AA71X
4B065CA49
4H011AC06
4H011BA01
4H011BA06
4H011BB21
4H011BC20
4H011BC22
4H011DA02
4H011DF04
4H026AA08
4H026AB04
4H061CC36
4H061CC41
4H061DD07
4H061DD14
4H061EE66
4H061HH08
4H061KK02
(57)【要約】
【課題】牛糞中に生息する菌根菌、並びにこの菌根菌とパートナー細菌との配合資材を用いた、安心・安全で良質な菌根菌接種源およびその土壌改良資材、並びにその大量製造方法を提供する。
【解決手段】遺伝子操作された毛状根で生産された、不安で危険な菌根菌接種源ではなくて、安心・安全で良質な菌根菌接種源およびその土壌改良資材を安価で大量に生産できる技術開発が必要となっている。本発明に係る安心・安全で良質な菌根菌接種源およびその土壌改良資材は、牛糞中には菌根菌が生息しているという発見から見出されたものであり、この発見によって、前記の菌根菌接種源およびその土壌改良資材を安価で大量に生産できる。これらの生産には、菌根菌の胞子内またはその周辺に生息するパートナー細菌を配合することによって、安価で、さらに安心・安全で良質な菌根菌接種源およびその土壌改良資材を大量に製造できる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
牛糞および牛の胃腸内容物中に生息している菌根菌を含む、
ことを特徴とする菌根菌接種源。
【請求項2】
牛糞および牛の胃腸内容物中に生息している菌根菌を含む、
ことを特徴とする土壌改良資材。
【請求項3】
菌根菌が生息している牛糞および牛の胃腸内容物にコーヒー粕、炭、ゼオライト、珪藻土、ベントナイト、モンモリロナイト、バーミキュライト、鹿沼土、赤玉土、および砂土の少なくともいずれか1つを含む資材が加えられ、発酵処理された、
ことを特徴とする請求項2に記載の土壌改良資材。
【請求項4】
菌根菌が生息している牛糞を含む敷草、敷わら、もみがら、樹皮、およびおがくずを少なくともいずれか1つを含む資材を発酵処理させた、
ことを特徴とする請求項2に記載の土壌改良資材。
【請求項5】
菌根菌が生息している牛糞および牛の胃腸内容物に、有機物分解促進効果および抗菌・殺虫作用を有するパートナー細菌が配合されて発酵処理され、前記牛糞中の未熟な有機物が分解され、病原菌および有害小動物が死滅され、蠅または又は蚊を忌避する、
ことを特徴とする請求項2に記載の土壌改良資材。
【請求項6】
前記パートナー細菌は、
Bacillus属における、Bacillus sp.(KTCIGME01)NBRC109633菌株、Bacillus thuringiensis(KTCIGME02)NBRC109634菌株、
Paenibacillus属における、Paenibacillus rhizosphaerae(KTCIGME03)NBRC109635菌株、および
Pseudomonas属における、Pseudomonas sp.(KCIGC01)NBRC109613菌株、の群より選択された少なくとも一種類以上の微生物と、相同性が97%以上の微生物とを含有する、
ことを特徴とする請求項4に記載の土壌改良資材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、牛糞中に生息する菌根菌、並びにこの菌根菌とパートナー細菌とを用いた菌根菌接種源および土壌改良資材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
菌根菌の中でも最も古いアーバスキュラー菌根菌(AMF)は、4億6千万年前から植物と「持ちつ持たれつ」の関係、つまり「共生」を作り上げて、植物の光合成産物を得る見返りに、植物の養水分吸収を促進したり、植物の病害虫抵抗性や環境ストレス耐性を付与したりするなど、現在のほぼ全ての植物の生育に多大な貢献をしている。この菌根菌を活用することによって、化学合成農薬や化学肥料の不使用が可能となり、安心・安全で持続可能な作物栽培や環境緑化を実現できることが明らかになっている。そこで、家畜糞尿などを加えた堆肥などの腐熟有機物が広く使用されている。その中で、牛糞を用いた堆肥は、豚糞、鶏糞などを用いた堆肥と比べて、肥料成分が少ないのに作物の生育が良い。この原因は、AMFの働きにあることを本件発明者の一人、石井が気づいた。
【0003】
さらに調査を進めて、本件発明者は、AMFが牛糞中や牛の胃腸内容物中で生息し、特に腸内で増殖していることを発見した。しかし、豚糞や鶏糞中ではAMF胞子らしいものはみられたが、増殖している様子は見られなかった。
【0004】
そこで、この発見を踏まえて、(1)牛糞中に生息するAMFを用いた菌根菌接種源およびその土壌改良資材、並びにその製造方法、また(2)牛糞中に生息するAMFとパートナー細菌とを配合した菌根菌接種源およびその土壌改良資材、並びにその製造方法の発明は、安心・安全で良質な菌根菌接種源および菌根菌入りの土壌改良資材を安価に、かつ大量に生産できる画期的な製造技術をわが国や世界に提供して、人畜や自然環境に深刻な悪影響を及ぼしている有害な化学合成農薬を不要にでき、化学肥料も不要あるいは大幅削減を可能とする、菌根菌とそのパートナー細菌を活用した、安心・安全で持続可能な作物生産技術および環境緑化技術を構築できる。
【0005】
現在、AMFを使用した菌根菌接種源は、わが国などの先進国では販売されている。そのAMF胞子の製造方法は、1)植物根(非特許文献1参照)、2)毛状根という人為的に遺伝子変異を起こした根を用いる方法(非特許文献2、p.29-31参照)である。1)は、AMF胞子の生産が容易で、安価に生産できるが、時間や手間がかかり、植物根の生長に左右されるので、胞子の生産性が不安定であるという問題がある。また、2)は遺伝子組み換え植物の根でのAMF胞子であるので、遺伝子汚染したAMF胞子による自然環境の破壊が深刻な問題となる(非特許文献2、p.29-31参照)。
【0006】
一方、石井・堀井は、菌根菌を人工の培地で単独で菌糸を増殖させ、胞子形成まで培養し、その胞子や菌糸が感染性を持つという菌根菌の純粋培養を、世界で初めて成功した(特許文献1、2、および非特許文献2、p.8-19参照)。この技術の成功は、学術的に極めて重要なことであり、菌根共生メカニズムの解明に大いに役立つことが考えらえる。また、石井・堀井はこの技術によるAMFの大量生産技術にも成功している(非特許文献2、p.8-19参照)。
【0007】
しかし、純粋培養技術による大量AMF胞子生産は、前述の植物根を用いたAMF胞子生産よりも、作業的にも煩雑で高度な技術を必要とするので、純粋培養で生産されたAMF胞子は非常に高価になる。そこで、純粋培養技術によるAMFの大量生産の事業化は控えられているのが現状である。
【0008】
パートナー細菌は、菌根菌の胞子内またはその周辺に生息する細菌であり、Bacillus sp.(KTCIGME01:NBRC109633、2013年5月8日受入)、Bacillus thuringiensis(KTCIGME02:NBRC109634、2013年5月8日受入)、Paenibacillus rhizosphaerae(KTCIGME03:NBRC109635、2013年5月8日受入)およびPseudomonas sp.(KCIGC01:NBRC109613、2013年4月12日受入)が同定されている(非特許文献3参照)。これらのパートナー細菌は、1)菌根菌の生長を促進する、2)抗菌作用や殺虫作用を有す、3)窒素固定能やリン溶解能を持つ、4)有機物の腐熟促進効果を持つ、5)トイレ、畜舎などの消臭効果および蠅、蚊などの忌避効果があるので、公衆衛生に役立つ、などの効果を持つことが明らかになっている(非特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4979551号公報
【特許文献2】特許第6030908号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】堀井幸江外、2007年、バヒアグラスを用いたアーバスキュラー菌根菌の簡便な胞子生産技術の開発、農業生産技術管理学会誌 第14巻(1)p.25―30
【非特許文献2】菌根菌ジャーナル、2020年、一般財団法人 日本菌根菌財団発行、第2巻 第1号、p.8-19(アーバスキュラー菌根菌の純粋培養技術の確立)、p.29-31(遺伝子変異が起きているアーバスキュラー菌根菌,Rhizophagus irregularisがわが国の自然環境を破壊する)
【非特許文献3】石井孝昭、2012年、アーバスキュラー菌根菌およびその菌に関連する微生物とパートナー植物を活用した土壌管理に関する研究、IFOリサーチコミュニケーション、第26巻、p.87-100
【非特許文献4】石井孝昭、2014年、菌根菌の働きと使い方、農村文化協会出版、p.15-19、96
【非特許文献5】T.Ishii、およびK.Amanai、2020年、New technique for observing mycorrhizal fungi、Acta Hortic.、第1267巻、p.267-301
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
現在、菌根菌接種源が販売されているが、その多くは高価であるので、作物栽培や環境緑化において手軽に使えないのが現状である。また、市販の菌根菌接種源の多くはパートナー細菌を配合していない接種源であるので、接種効果が不安定なものがある。そこで、菌根菌の活用場面を拡げるためには、遺伝子操作された毛状根で生産された菌根菌接種源ではなくて、安心・安全な技術で製造されたものであること、かつ全ての作物栽培において菌根菌の接種が作物栽培の必須技術であるようにするためには、安心・安全で良質な菌根菌接種源およびその土壌改良資材を安価で大量に生産できること、特に菌根菌と協働して植物の生育を助けるパートナー細菌を配合した菌根菌接種源およびその土壌改良資材を開発することが極めて重要である。
【0012】
現在、安心・安全で持続可能な作物生産や環境緑化を作り上げるためには菌根菌とそのパートナー細菌がなくてはならないことが知られてきている。そのため、菌根菌とそのパートナー細菌の大量生産技術の開発が必要である。その中で、パートナー細菌は安価に大量増殖できる生産技術は確立できている。しかし、菌根菌の大量増殖(生産)は現状では難しい。そのためには安価で大量に生産できる方法を見出さなくてはならない。
【0013】
そこで、発明者らは、自然の生態系の保全・維持に重要な役割を持つ菌根菌の生態メカニズムをいろいろと探った。牛は腸内でAMF胞子を増殖しており、その糞の中には大量のAMF胞子が含まれていることを発見した。この発見は、これまでの菌根菌接種源の作り方を根底から覆し、自然における菌根菌の重要な生態メカニズムを牛という動物が担っていることを明らかにしたことである。この驚嘆されるべき事実は、非常に安価で大量に良質な菌根菌接種源や、その菌根菌入りの土壌改良資材を生産できる方策を示唆しており、作物生産や環境緑化のほぼ全てにおいて菌根菌を活用できるほどの菌根菌接種源および菌根菌入りの土壌改良資材の量を持続的に提供でき、菌根菌とそのパートナー細菌を活用した、安心・安全で持続可能な作物生産技術や環境緑化技術を広く普及できる道を指し示したと言える。
【0014】
本発明は、上述した発見を踏まえて、これまでの菌根菌接種源および菌根菌を含む土壌改良資材の製造方法の問題を解決するために、牛糞中に生息している菌根菌を用いた菌根菌接種源およびその土壌改良資材の大量製造方法を提供することにある。しかし、牛糞中には菌根菌以外にも病原性の微生物や有害小動物が生息していることが考えられる。そこで、牛糞中に生息している菌根菌を活用した菌根菌接種源およびその土壌改良資材の生産においては温度制御した発酵槽などで作製する製造方法、並びに菌根菌が生息する牛糞にパートナー細菌を配合して、強制的な発酵と抗菌・殺虫作用で牛糞に含まれる病原菌および有害小動物を死滅させ、かつ牛糞中の未熟な有機物を分解させて、安心・安全で良質な菌根菌接種源および土壌改良資材とその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の目的を達成するために、本発明に係る菌根菌接種源および土壌改良資材は、牛糞または牛の胃腸内容物中に生息している菌根菌を含むものである。
【0016】
そして、牛糞中に生息しているAMFを活用した菌根菌接種源は牛糞そのもの、または牛糞にコーヒー粕、炭、ゼオライト、珪藻土、ベントナイト、モンモリロナイト、バーミキュライト、鹿沼土、赤玉土、および砂土の少なくともいずれか1つを含む資材を加えた接種源、またこれらの接種源に、牛糞を含む敷草、敷わら、もみがら、樹皮、およびおがくずの少なくともいずれか1つを含む土壌改良資材を60℃以上90℃以下程度に温度制御した発酵槽などで自然発酵処理する製造方法を提供する。
【0017】
AMF成熟胞子は80℃前後の温度では死滅することがないので、発酵処理温度は60℃以上90℃以下程度にして、牛糞および牛糞を用いた土壌改良資材に含まれる病原菌や有害小動物を死滅させることが好ましい。
【0018】
また、本発明の牛糞に生息する菌根菌を用いた土壌改良資材にパートナー細菌を配合した資材は、上述と同様の牛糞に生息する菌根菌を用いた菌根菌接種源および土壌改良資材にパートナー細菌を配合して、強制的に60℃以上90℃以下程度の発酵温度に高めて発酵を促進させ、かつパートナー細菌が持つ抗菌・殺虫作用で牛糞に含まれる病原菌および有害小動物を死滅させ、さらにはパートナー細菌が持つ有機物促進効果で牛糞中の未熟な有機物、例えば未熟な敷草、敷わら、もみがら、樹皮、又はおがくずを効率的に分解させて、安心・安全で良質な菌根菌接種源およびその土壌改良資材、並びにその製造方法を提供する。
【0019】
そして、上記の配合資材は、菌根菌の胞子内またはその周辺に生息する微生物であるパートナー細菌を配合することが好ましい。
【0020】
前記のパートナー細菌は、Bacillus属における、Bacillus sp.(KTCIGME01)NBRC109633菌株、Bacillus thuringiensis(KTCIGME02)NBRC109634菌株、Paenibacillus属における、Paenibacillus rhizosphaerae(KTCIGME03)NBRC109635菌株、およびPseudomonas属における、Pseudomonas sp.(KCIGC01)NBRC109613菌株、の群より選択された少なくとも一種類以上の微生物を含むことが好ましい。なお、相同性が97%以上の微生物も含む。
【0021】
これら以外のパートナー細菌としては、Bacillus属、Paenibacillus属およびPseudomonas属の有益細菌でもかまわない。
【0022】
本発明によって、安心・安全で良質な菌根菌接種源およびその土壌改良資材を安価で大量に生産できるので、化学合成農薬不使用で、化学肥料も不使用、あるいは大幅に削減でき、わが国だけでなく、世界の安心・安全で持続可能な作物生産や環境緑化を推進することが可能となり、近い将来の食糧不足を克服できるとともに、菌根菌とそのパートナー細菌を接種した植物は光合成活性が高まるので、大気中の二酸化炭素の削減にも大きく貢献することが期待される。それは、本発明によって、菌根菌接種源および菌根菌が生息する土壌改良資材を非常に安価で大量に生産できるからであり、貧農家でもこれらの資材を得やすいので、菌根菌とそのパートナー細菌の働きによる安定した持続可能な作物生産体系を構築できる。
【0023】
菌根菌が共生した植物は、無駄なく養水分を吸収するので、わずかな養水分でも健全に育つようになるとともに、病虫害抵抗性や環境ストレス耐性も獲得して、丈夫な体を作り上げて自己抵抗力を高める(非特許文献4参照)。また、パートナー細菌は、菌根菌の生長を促進するだけでなく、抗菌作用および殺虫作用を有し、大気中の窒素を固定でき、また、土壌中の難溶性あるいは不溶性のリンを溶解できる力を持つ微生物である(非特許文献4参照)ので、本発明に係る土壌改良資材中の菌根菌と共働して、窒素やリンの施用量を削減しても作物の生長を旺盛にさせうることが期待される。また、本発明に係る土壌改良資材中の菌根菌やパートナー細菌によって生育が旺盛になった植物の光合成活性は、非菌根植物と比べて、著しく増加するので、大気中の二酸化炭素削減にも多大な貢献をすると考えられる。
【0024】
さらには、本発明に係る土壌改良資材中の菌根菌とそのパートナー細菌を活用することによって、作物の生長を旺盛になるだけでなく、収量が増加し、かつ収穫物中の糖含量や糖酸比が高まるとともに、GABA、フラボノイド、カロチノイドなどの機能性成分が増えるので、作物の品質向上を図ることもできる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、安価で、安心・安全で良質で、大量に製造可能な菌根菌接種源および土壌改良資材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】牛の排泄直後の生糞中のアーバスキュラー菌根菌胞子(AMF)の写真である。
【
図2】菌根菌検査薬による牛糞中のAMF胞子の観察を示し、左側がAMF胞子、右側がAMF胞子の2、3か所から菌糸が伸び始めている状態の図である。
【
図3】牛の胃腸内容物のpH、EC、塩分および内容物中のAMF胞子数を示す表である。
【
図4a】牛の胃(第4)内容物中のAMF胞子の写真で、胃の中で発芽している胞子が観察された状態である。
【
図4b】牛の胃(第4)内容物中のAMF胞子の写真で、菌根菌検査薬によって牛の胃内容物中のAMF胞子の有無を調査したところ、わずかに胞子(矢印)が生息していた状態である。
【
図5a】牛の腸内容物中のAMF胞子の写真で、母胞子(濃い点状のもの)から菌糸が旺盛に伸長しており、その菌糸から新胞子(薄い点状のもの)が多数観察された状態である。
【
図5b】牛の腸内容物中のAMF胞子の写真で、菌根菌検査薬によって牛の腸内容物中のAMF胞子の有無を調査したところ、数多くの胞子(矢印)が観察された状態である。
【
図6】牛糞中に生息する菌根菌を用いた、発酵処理済みの土壌改良資材から採取したAMF胞子の発芽の写真で、採取胞子のほぼ全てが発芽し、旺盛に菌糸を伸ばしている状態である。
【
図7】牛糞中に生息する菌根菌とパートナー細菌を配合した、発酵処理済みの土壌改良資材がネギの菌根形成に及ぼす影響を示し、左側が対照区、右側がAMF接種区の図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明する。
【0028】
(1)菌根菌が生息しやすい牛糞
牛の飼料として牧草以外のものが用いられたり、抗生物質、ホルモン剤などの化学物質が用いられたときの牛糞は、菌根菌の生息にとって好ましくない。そこで、牧草を主に飼育している乳牛の排泄直後の生糞中のAMFを調査したところ、牧草の小片の中から、AMF母胞子から菌糸が伸び、その菌糸に新しい胞子が数個形成されているもの(
図1)や、発芽しかけている胞子、白色あるいは黄白色の新しい胞子が数多く観察された。この発見をさらに確認するため、菌根菌検査薬(非特許文献5参照)を用いて、牛糞中のAMF胞子を調査したところ、数多くの胞子が観察された(
図2)。その中には、胞子の2、3か所から菌糸が伸び始めているものがみられた(
図2右)。なお、
図1においては、中心近傍に位置する点(胞子)がAMF母胞子であり、このAMF母胞子から菌糸が伸び、新しい胞子(AMF母胞子の周囲に位置する白または透明な胞子)が数個形成されている。
【0029】
(2)牛の胃腸内容物中の菌根菌
牛の排泄直後の生糞中にはAMFが生息していることが明らかとなったので、胃腸内にもAMFが生息していると考え、牛の胃腸内容物中の菌根菌を調査した。その結果、胃(第4)液のpHは2.7とかなり低かったが、AMF胞子は胃内容物1g中7個存在していた(
図3および
図4a)。また、菌根菌検査薬を用いた場合でも胃内容物中にAMFが生息することを確認できた(
図4b)。
【0030】
さらに、上述に供試した牛の腸内容物中のAMFを調査したところ、腸内容物中のAMF胞子数は、胃内容物中よりも約6倍増加していた(
図3)。また、牛の腸内容物では母胞子から菌糸が旺盛に伸長しており、その菌糸から新胞子が多数形成されていた(
図5a)。さらに、菌根菌検査薬によっても、牛の腸内容物中には数多くのAMF胞子が生息していることが明らかとなった(
図5b)。
【0031】
(3)牛糞中に生息する菌根菌を用いた菌根菌接種源およびその土壌改良資材、並びにそれらの製造方法
牛糞中に生息する菌根菌を用いた菌根菌接種源およびその土壌改良資材を60℃以上90℃以下程度の発酵槽で菌根菌接種源およびその土壌改良資材中の未熟有機物の分解を促進させるとともに、病原菌および有害小動物を死滅させるために、自然発酵処理を数か月間行うことが好ましい。
【0032】
(3-1)実験例
上述の発酵処理した菌根菌接種源およびその土壌改良資材中のAMFの健全性を見るために、発酵処理した土壌改良資材からAMF胞子を採取し、この胞子を27℃のインキュベータ内に入れて2週間培養した。
【0033】
その結果、ほぼ全ての胞子が健全に発芽し、旺盛に菌糸を伸ばしていた(
図6)。
【0034】
この結果は、牛糞に生息するAMF胞子が60℃以上90℃以下程度の発酵(腐熟)処理下でも生存でき、菌根菌接種源およびその土壌改良資材として使用できることを示唆している。
【0035】
牛糞中に生息しているAMFを活用した菌根菌接種源には、牛糞そのもの、または牛糞にコーヒー粕、炭、ゼオライト、珪藻土、ベントナイト、モンモリロナイト、バーミキュライト、鹿沼土、赤玉土、および砂土の少なくともいずれか1つを含む資材を用いられるが、牛糞の悪臭軽減のためにはコーヒー粕、炭およびゼオライトが好ましく、接種源を軽くするためにはコーヒー粕および炭が良い。
【0036】
上述の菌根菌接種源や、この菌根菌接種源に、牛糞を含む敷草、敷わら、もみがら、樹皮、およびおがくず少なくともいずれか1つを含む土壌改良資材を安心・安全なものにするためには、牛糞に含まれる病原菌および有害小動物を駆除するために、80℃前後に温度制御した発酵槽などで自然発酵処理することが望まれる。
【0037】
(4)牛糞中に生息する菌根菌とパートナー細菌との配合資材を用いた菌根菌接種源およびその土壌改良資材、並びにそれらの製造方法
前記の自然発酵させた菌根菌接種源およびその土壌改良資材の有効性とともに、菌根菌接種源およびその土壌改良資材にパートナー細菌を配合することで、強制的に80度前後の発酵温度に高めて腐熟を促進させることができ、かつパートナー細菌が持つ有機物分解促進効果で菌根菌接種源やその土壌改良資材中の有機物を効率的に分解させることができる。さらに、家畜糞尿を用いるときは衛生管理に注意を払う必要があるが、パートナー細菌は、牛糞に含まれる病原菌および有害小動物を死滅させたり、蠅、蚊などを忌避するとともに、消臭効果も有すという素晴らしい効能を持っているので、衛生管理上、安心・安全で良質な菌根菌接種源およびその土壌改良資材を大量に製造するためには、パートナー細菌の活用は必須であると言える。
【0038】
前記のパートナー細菌は、菌根菌の胞子内またはその周辺に生息する細菌で、次の群より選択された一種類以上の微生物である。
【0039】
1)Bacillus sp.(KTCIGME01)NBRC109633菌株
2)Bacillus thuringiensis(KTCIGME02)NBRC109634菌株
3)Paenibacillus rhizosphaerae(KTCIGME03)NBRC109635菌株
4)Pseudomonas sp.(KCIGC01)NBRC109613菌株
なお、相同性が97%以上の微生物も含む。菌根菌接種源およびその土壌改良資材へのパートナー細菌の配合(添加)量は、作物の種類、栽培環境などによって変化すると考えられるので、その都度、適切な配合を決定する。
【0040】
(5)牛糞中に生息する菌根菌とパートナー細菌とを配合した発酵処理済みの土壌改良資材がネギの菌根形成に及ぼす影響
上述の結果から、牛糞中に生息するAMFを含む菌根菌接種源およびその土壌改良資材を60℃以上90℃以下程度の温度で発酵処理しても、採取AMF胞子のほぼ全てが発芽し、菌糸が旺盛に伸長することが明らかになった。そこで、パートナー細菌を牛糞中に生息するAMFを含む菌根菌接種源およびその土壌改良資材に配合して発酵処理した、さらに安心・安全で良質な菌根菌接種源およびその土壌改良資材を活用することが好ましい。
【0041】
(5-1)実験例
牛糞中に生息する菌根菌とパートナー細菌とを配合し発酵処理した土壌改良資材がネギの菌根形成に及ぼす影響の実験例について説明する。
【0042】
この土壌改良資材とネギの播種用培土を容量比で1:10の割合で混ぜて、ネギ(品種:九条ネギ)種子を播種した。処理区として、1)AMF(牛糞中に生息する菌根菌とパートナー細菌を配合した、発酵処理済みの土壌改良資材)接種区、2)対照(牛糞中に生息する菌根菌とパートナー細菌を配合した、発酵処理済みの土壌改良資材をオートクレイブしたもの)区を設けた。実験開始約1か月後、ネギの根のAMF共生状態を調査した。
【0043】
その結果、AMF接種区ではAMF共生(蛍光している部分)が多数観察され、菌根形成が良好であったが、対照区では菌根は全くみられなかった(
図7)。
【0044】
以上、本発明の特長や製造方法について説明したが、本発明は上記の特長や実施形態に何ら限定されるものでなく、本発明の趣旨、つまり「菌根菌は牛の腸内で増殖しており、牛糞中に健全な菌根菌胞子が生息している」という発見を逸脱しない範囲内で種々の改良変形が可能であることは容易に推察できるものである。
【0045】
飼料用牧草中には根もいくらか含まれており、AMF胞子が見つかる。そこで、草食動物である牛の胃腸内容物中でAMF胞子が発見され、腸内ではAMFが増殖している。
【0046】
それゆえ、AMFは馬、羊、ヤギ、ラクダ、ウサギなどの草食動物の腸内でもいくらか増殖でき、これら草食動物の糞中のAMFを菌根菌接種源および土壌改良資材として使用可能なことは容易に推察できるものである。
【0047】
上記実施形態の5-1では、上記の4種のパートナー細菌すべてを供試したが、必ずしもこれらの細菌に限られず、他の1又は複数の種類の有益微生物をさらに加えても良い。他の有益な微生物としては、例えば、乳酸菌、酵母、ボーベリア菌などがある。上記の4種類のパートナー細菌は、いずれも乳酸菌、酵母、ボーベリア菌などと共存できる微生物であるため、さらに安心・安全で安定した良質な菌根菌接種源およびその土壌改良資材を製造できる。
【0048】
このように、菌根菌とそのパートナー細菌は、植物から光合成産物を得る見返りに、植物の養水分吸収を促進させて、植物に環境ストレス耐性を付与するとともに、病害虫抵抗性も付与するという「共生」を築き上げて、自然の生態を守り、安定した作物生産や品質向上に貢献している。ヒンズー教徒が牛を神として崇める理由は、牛糞中には作物生産や環境緑化に多大に貢献する“地母神”が宿っていることに気づいたからだろう。この神が、牛糞中に生息している菌根菌とその胞子内またはその周辺に生息しているパートナー細菌であると言っても過言ではない。本発明が、世界の食糧生産や環境緑化に大きく役立つことを願っている。