(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023104119
(43)【公開日】2023-07-28
(54)【発明の名称】アスタキサンチンの製造及びその利用
(51)【国際特許分類】
C12N 1/12 20060101AFI20230721BHJP
C12P 7/02 20060101ALI20230721BHJP
A23K 50/80 20160101ALI20230721BHJP
【FI】
C12N1/12 A
C12P7/02
A23K50/80
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022004929
(22)【出願日】2022-01-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年12月8日第5回バイオテクノロジー大学院生国際会議要旨集にて発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、国際科学技術共同研究推進事業、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)、「微細藻類の大量培養技術の確立による持続可能な熱帯水産資源生産システムの構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】598123138
【氏名又は名称】学校法人 創価大学
(74)【代理人】
【識別番号】100175075
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 康子
(72)【発明者】
【氏名】戸田 龍樹
(72)【発明者】
【氏名】名取 則明
(72)【発明者】
【氏名】関根 睦実
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼山 佳樹
(72)【発明者】
【氏名】古 倩怡
【テーマコード(参考)】
2B005
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
2B005GA05
2B005GA06
2B005GA08
2B005LB07
4B064AC01
4B064CA08
4B064CC15
4B064DA20
4B065AA83X
4B065AC14
4B065BA30
4B065BB03
4B065BC13
4B065CA05
4B065CA43
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】海水程度の高塩分濃度の環境下であってもヘマトコッカスを生存させてアスタキサンチンを得ることができるヘマトコッカス培養方法、アスタキサンチン製造方法、水産養殖用餌料、および海洋動物養殖方法を提供することを目的とする。
【解決手段】ヘマトコッカスを培養液中で培養してアスタキサンチンを産生させるヘマトコッカスの培養方法において、前記培養液の塩分濃度を、0%から3.5%まで段階的に上昇させる塩分順応工程を含む、ヘマトコッカス培養方法、及びアスタキサンチン製造方法、並びに、これら方法により得られたアスタキサンチンを用いた水産養殖用餌料、及び海洋動物養殖方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘマトコッカスを培養液中で培養してアスタキサンチンを産生させるヘマトコッカスの培養方法において、
前記培養液の塩分濃度を、0%から3.5%まで段階的に上昇させる塩分順応工程を含む、ヘマトコッカス培養方法。
【請求項2】
塩分順応工程は、塩分濃度を、0%から次の濃度に1段階上昇させた段階を第1段階、続いてさらに次の濃度に1段階上昇させた段階を第2段階とし、最終濃度に上昇させた第N段階(N=3~10の整数)までのN段階(N=3~10の整数)を含む、請求項1に記載のヘマトコッカス培養方法。
【請求項3】
塩分順応工程の第1段階の塩分濃度が0.058~0.58%である、請求項1または2に記載のヘマトコッカス培養方法。
【請求項4】
塩分順応工程の第1段階の期間が3日間以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載のヘマトコッカス培養方法。
【請求項5】
塩分順応工程の全体の期間が5日間~30日間である、請求項1~4のいずれか一項に記載のヘマトコッカス培養方法。
【請求項6】
塩分が、塩化ナトリウムを含む、請求項1~5のいずれか一項に記載のヘマトコッカス培養方法。
【請求項7】
ヘマトコッカスが、ヘマトコッカス・ラクストリス、ヘマトコッカス・プルビアリス、及びヘマトコッカス・ニヴァーリスから選ばれる一以上である、請求項1~6のいずれか一項に記載のヘマトコッカス培養方法。
【請求項8】
ヘマトコッカスを培養液中で培養して、ヘマトコッカスにアスタキサンチンを産生させるアスタキサンチンの製造方法において、
前記培養液の塩分濃度を、0%から3.5%まで段階的に上昇させる塩分順応工程を含むヘマトコッカス培養方法によりマトコッカスを培養する、アスタキサンチン製造方法。
【請求項9】
請求項1~7のいずれか一項に記載のヘマトコッカス培養方法、または請求項8に記載のアスタキサンチン製造方法によって得られたアスタキサンチンをその細胞内に蓄積したヘマトコッカスを含有する、水産養殖用餌料。
【請求項10】
請求項1~7のいずれか一項に記載のヘマトコッカス培養方法、または請求項8に記載のアスタキサンチン製造方法によって得られたアスタキサンチンをその細胞内に蓄積したヘマトコッカスを、動物プランクトンに与えることを含む、海洋動物養殖方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘマトコッカスにより効率よくアスタキサンチンを産生させる、アスタキサンチンの製造及びその利用に関する。詳しくは、塩分順応工程を含むヘマトコッカス培養方法及びアスタキサンチンの製造方法、並びにアスタキサンチンを蓄積したヘマトコッカスを含む水産養殖用餌料、及び同ヘマトコッカスを利用した海洋動物養殖方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カロテノイド系抗酸化物質のアスタキサンチンは、他のカロテノイド類と比較して高い抗酸化作用を有する。そのため、アスタキサンチンは、健康食品、化粧品、および養殖魚の色揚げ等に好適に使用される。従来、アスタキサンチンを製造する方法として、淡水性の藻類であるヘマトコッカスを培養する方法が用いられている。ヘマトコッカスは、強光、窒素制限、塩分(例えば塩化ナトリウム)といった外的なストレスを受けると、その形態が変化してアスタキサンチンを産生する。
【0003】
例えば特許文献1には、ヘマトコッカスを屋外で培養させることで、太陽光による強光のストレスをヘマトコッカスに与える方法や、0.3~0.4%の塩化ナトリウム等の添加による塩分濃度の増加によってヘマトコッカスはシスト化することが記載されている。また特許文献2には、屋外培養池の培地に塩化ナトリウムを添加して培養することにより、栄養細胞の休眠細胞化(すなわち、シスト化)と細胞内部へのアスタキサンチンの蓄積を誘発することが記載されている。
【0004】
しかし、上記いずれの文献にも、ヘマトコッカスを海水と同程度の塩分濃度または塩化ナトリウム濃度(約3.5%)で培養したことについては記載されていない。これは淡水性の藻類であるヘマトコッカスは、海水と同程度の高塩分濃度に晒されると死滅してしまうためである。そのため、ヘマトコッカスに、塩分による刺激を与えることでシスト化しアスタキサンチンを産生することは知られていても、海水と同程度の高塩分濃度で培養することは不可能であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000-60532号公報
【特許文献2】国際公開2005/116238号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、海水程度の高塩分濃度環境下でもヘマトコッカスの致死率を下げて死滅させずに培養することにより、アスタキサンチンを高収率で得ることができるヘマトコッカス培養方法、アスタキサンチン製造方法、及びこれら方法により得られたアスタキサンチンを含有する水産養殖用餌料、並びに海洋動物養殖方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、ヘマトコッカスを培養液中で培養してアスタキサンチンを産生させるヘマトコッカスの培養方法において、前記培養液の塩分濃度を、0%から3.5%まで段階的に上昇させる塩分順応工程を含む、ヘマトコッカス培養方法を提供するものである。
【0008】
また本発明は、ヘマトコッカスを培養液中で培養して、ヘマトコッカスにアスタキサンチンを産生させるアスタキサンチンの製造方法において、前記培養液の塩分濃度を初期濃度から3.5%まで段階的に上昇させる、N段階(N=3~10の整数)からなる塩分順応工程を含む方法によりヘマトコッカスを培養する、アスタキサンチン製造方法を提供するものである。
【0009】
さらに本発明は、上述のヘマトコッカス培養方法、またはアスタキサンチン製造方法によって得られたアスタキサンチンをその細胞内に蓄積したヘマトコッカスを含有する、水産養殖用餌料を提供するものである。
【0010】
本発明は、上述のヘマトコッカス培養方法、またはアスタキサンチン製造方法によって得られたアスタキサンチンをその細胞内に蓄積したヘマトコッカスを、動物プランクトンに与えることを含む、海洋動物養殖方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、海水と同程度の高塩分濃度下でもヘマトコッカスの致死率を下げて、アスタキサンチンを産生する中間体細胞またはシスト化細胞(シスト)として生存(生残)させることが可能となり、アスタキサンチンを高収率で得ることができる。また本発明により、淡水性のヘマトコッカスを、海水と同等の高塩分濃度でも死滅せずに培養することが可能となり、アスタキサンチンを豊富に蓄積するヘマトコッカスを海水に放ち、水産養殖の餌であるワムシやかいあし類、アルテミアなどの動物プランクトンの餌(水産養殖用餌料)とすることができる。さらに本発明により、アスタキサンチンを豊富に蓄積するヘマトコッカスをワムシやかいあし類、アルテミアなどの動物プランクトンに与えることによる海洋動物(主に魚類や甲殻類)養殖方法を提供することができる。これにより、仔稚魚の生残率を上昇させることで、成体の養殖生産量を最大化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例1~3、比較例1、及び参考例1~4の培養条件をまとめた表である。図中の数字は塩分濃度(%)を表す。
【
図2】実施例1~3の細胞密度、シスト化率、アスタキサンチン含量、及びアスタキサンチン収量を示すグラフである。各実施例とも、棒グラフは左から、細胞密度、シスト化率、アスタキサンチン含量、及びアスタキサンチン収量に対応している。
【
図3】参考例1~4の培養最終日における、運動性細胞(VC: Vegetative cell)、不動性細胞(GCC: Green coccoid cell)、中間体細胞(IC: Intermediate cell)、及びシスト化細胞(Cyst)の細胞密度を示すグラフである。
【
図4】比較例1、及び実施例1~3の培養条件をまとめた表である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において、「塩分」は「塩化ナトリウム」を主成分とするが、さらに「他の塩分」を含んでもよい。「他の塩分」としては、例えば、塩化カリウム、塩化マグネシウム、及び塩化カルシウムが挙げられる。本明細書において、「塩分濃度」は、塩分のすべてが塩化ナトリウムの場合は塩化ナトリウムの濃度を、塩分が塩化ナトリウムと「他の塩分」を含む場合は塩分の合計濃度を、それぞれ示す。また本明細書において、単位「%」は、特に断らない限り重量%を示す。さらに本明細書において、細胞の「生存」と「生残」は、共に、生き残る(survived)ことを示す。
【0014】
<ヘマトコッカスの性質>
ヘマトコッカスは、塩分をほとんど含まない淡水に生息する藻類である。ヘマトコッカスは、強光、窒素制限、高温、乾燥、高塩分といった外的なストレスを要因として形態が変化(シスト化)し、アスタキサンチンを産生する。このとき、ヘマトコッカスは、赤く変色する。これは、ヘマトコッカスが、ストレスにより生じた活性酸素を消去するため、抗酸化成分であるアスタキサンチンを産生するためである。尚、ヘマトコッカスにはいくつかの種があり、本発明の塩分順応工程により順応しやすい種として、実施例で用いたヘマトコッカス・ラクストリスの他、ヘマトコッカス・プルビアリス、及びヘマトコッカス・ニヴァーリスが挙げられる。
【0015】
ヘマトコッカスのシスト化は、いくつかの形態を経る。詳細には、ヘマトコッカスは、外的なストレスを受けていない状態では2本の等長鞭毛を有する運動性細胞(Vegetative cell)の状態であり、細胞分裂により増殖する。このとき、少しの外的なストレスを受けると細胞分裂を停止し、不動的な細胞である不動性細胞(Green coccoid cell)という状態に変化する。ここで、ヘマトコッカスは、さらに外的なストレスを受けると、アスタキサンチンを産生し始め、アスタキサンチンをその細胞内に少量含む中間体細胞(Intermediate cell)という状態に変化する。そして、さらに多くの外的なストレスを受けるとアスタキサンチンを多く産生し、アスタキサンチンをその細胞内に多く含むシスト化細胞(Cyst)という状態に変化する。
【0016】
<ヘマトコッカスの培養方法>
本発明の一の態様は、ヘマトコッカスを培養液中で培養してアスタキサンチンを産生させるヘマトコッカスの培養方法において、前記培養液の塩分濃度を0%から3.5%まで段階的に上昇させる塩分順応工程を含む、ヘマトコッカス培養方法である。
【0017】
塩分順応工程とは、培養液の塩分濃度を段階的に上昇しながらヘマトコッカスを培養する工程を示す。塩分順応工程は、塩分濃度を初期濃度(0%)から次の濃度に1段階上昇させた段階を第1段階、続いてさらに次の濃度に1段階上昇させた段階を第2段階とし、最終濃度に上昇させた第N段階(N=3~10の整数)までのN段階(N=3~10の整数)を含んでよい。第N段階は最終段階を指し、この時の塩分濃度を海水の塩分濃度程度である約3.2~3.8%の範囲、または約3.5%となるように構成することができる。
【0018】
ここで、「N」は整数であり、3~10とすることができる。「N」は、各段階の塩分濃度の上昇度合いにより適宜設定することができる。なお、第N段階は最終段階を指す。
【0019】
塩分順応工程における培養液の塩分濃度は、例えば、第1段階では0.058%~0.58%、または0.29~0.44%、第2段階では0.29~2.3%、または0.44~1.8%、第3段階では1.8%~3.5%、第4段階では2.8%~3.5%とし、第N段階で3.5%とすることができる。塩分濃度の具体的な態様として、以下のような例が挙げられる。
例1:第1段階0.29%、第2段階0.44%、第3段階1.8%、第4段階3.5%
例2:第1段階0.29%、第2段階1.8%、第3段階3.5%
例3:第1段階0.44%、第2段階1.8%、第3段階3.5%
【0020】
塩分順応工程の各段階の継続期間は、塩分濃度の上昇度合や総段階数に照らして設定することができる。各段階の継続期間は、具体的には例えば、3~10日間、3~7日間、または3~5日間とすることができる。総段階数が3以上である場合、各段階の継続期間は、同一であっても異なってもよい。例えば、第1段階の継続期間を3~5日間とし、第2段階を3~5日間、第3段階を3~5日間、第4段階を3~10日間のように設定することができる。特に、第1段階の継続期間を3日間以上とすることにより、生残する細胞数を多くすることができる。塩分順応工程の各段階の継続期間の具体的な態様として、以下のような例が挙げられる。
例1:第1段階3日間、第2段階3日間、第3段階5日間、第4段階5日間
例2:第1段階3日間、第2段階5日間、第3段階8日間
【0021】
塩分順応工程の全体の期間は、塩分濃度の上昇度合や総段階数、アスタキサンチンの収率等に照らして設定することができる。全体の期間は、具体的には例えば、5日間~30日間、10日間~25日間、または14日間~20日間とすることができる。特に好ましい期間として、16日間、または20日間が挙げられる。
【0022】
本発明のヘマトコッカスの培養方法において、塩分順応工程以外は、従来公知の条件や方法を用いることができる。
【0023】
本発明のヘマトコッカス培養方法を経て生き残ったヘマトコッカスは、高塩分濃度のストレスによって少なくとも一部が中間体細胞またはシスト化細胞の状態に変化している。そして生存するヘマトコッカスのうちの半分から大部分(70%または80%以上)が、中間体細胞またはシスト化細胞であることが特徴である。中間体細胞及びシスト化細胞、特にシスト化細胞は、より多くのアスタキサンチンを産生するため、本発明のヘマトコッカス培養方法により、効率よくアスタキサンチンを得ることができる。また、本来は淡水性の藻類であるヘマトコッカスであるが、本発明のヘマトコッカス培養方法を経て生き残ったヘマトコッカスは、海水のような高塩分濃度の環境においても生存することができる。
【0024】
<アスタキサンチン製造方法>
本発明の他の態様は、ヘマトコッカスを培養液中で培養して、ヘマトコッカスにアスタキサンチンを産生させるアスタキサンチンの製造方法において、前記培養液の塩分濃度を、0%から3.5%まで段階的に上昇させる塩分順応工程を含むヘマトコッカス培養方法によりヘマトコッカスを培養する、アスタキサンチン製造方法である。ヘマトコッカスの培養、塩分順応工程については、上述の通りである。
【0025】
本発明のアスタキサンチン製造方法により、生存するヘマトコッカスの中間体細胞またはシスト化細胞から、アスタキサンチンを高収率で得ることができる。また、本来は淡水性の藻類であるヘマトコッカスであるが、本発明のアスタキサンチン製造方法により、海水のような高塩分濃度の環境においても生存可能な多量のアスタキサンチンをその細胞内に蓄積したヘマトコッカスを得ることができる。
【0026】
<水産養殖用餌料>
本発明の他の態様は、上述したヘマトコッカス培養方法、またはアスタキサンチン製造方法によって得られたアスタキサンチンをその細胞内に蓄積したヘマトコッカスを含有する、水産養殖用餌料である。ここで、水産養殖用餌料は、本発明のヘマトコッカス培養方法、またはアスタキサンチン製造方法によって得られたアスタキサンチンを蓄積したヘマトコッカスを、主成分または一成分として含んでいてもよいし、添加物として含んでいてもよい。
【0027】
このようなアスタキサンチンをその細胞内に蓄積したヘマトコッカスは、海水程度の高塩分濃度の環境においても生存可能である。これらヘマトコッカスを海水に放てば、水産養殖(海洋動物養殖)用の餌料として使用することができる。詳しくは、アスタキサンチンを蓄積したヘマトコッカスを、養殖場に放ち、ワムシ等の動物プランクトンの餌とする。さらにヘマトコッカスを摂取した動物プランクトンは、仔稚魚に捕食されることにより、アスタキサンチンを豊富に含む有用な水産養殖用餌料となる。
【0028】
<海洋動物養殖方法>
本発明の他の態様は、上述したヘマトコッカス培養方法、またはアスタキサンチン製造方法によって得られたアスタキサンチンをその細胞内に蓄積したヘマトコッカスを、動物プランクトンに与えることを含む、海洋動物養殖方法である。
【0029】
このようなアスタキサンチンをその細胞内に蓄積したヘマトコッカスをワムシ等の動物プランクトンに与えることによる海洋動物(主に魚類や甲殻類)養殖方法により、仔稚魚の生残率を上昇させることで、成体の養殖生産量を最大化することができる。
【実施例0030】
以下に具体的な実施形態を挙げて本発明を説明するが、本発明はその実施形態に限定されるものではなく、それらにおける様々な変更及び改変が当業者によって、添付の特許請求の範囲に規定される本発明の範囲または趣旨から逸脱することなく実行され得ることが理解される。
【0031】
(微細藻類の細胞密度および細胞組成の測定)
所定量の培養液を採取し、グルタルアルデヒドで固定する(最終濃度2%)。固定した試料の一部を血球計算盤へ移し、生物顕微鏡を用いて、細胞数の計数ならびに細胞状態の観察を行った。得られた細胞数を用いて、以下の式によって細胞密度を算出した。また、観察された細胞状態から、細胞組成を求めた。
(細胞密度cell/mL)=(計数された細胞数 cell)÷(観察領域の体積mL)
【0032】
(シスト化率の測定)
実施例、比較例、及び参考例において、「シスト化」は、中間体細胞もしくはシスト化細胞(シスト)へと変化したことを示す。シスト化率は次の様にして求めた。
(シスト化率%)=(中間体細胞数+シスト化細胞数 cell)÷(計数された細胞数 cell)×100
【0033】
(微細藻類の乾燥重量の測定)
所定量の培養液を採取し、予めマッフル炉にて550℃で2時間加熱したGF/Fガラス繊維濾紙(Whatman)上に捕集し、濾紙ごと60℃の恒温乾燥機へ移して24時間乾燥させて、精密天秤を用いて重量(灰分込み重量)を測定した。その後、濾紙ごとマッフル炉へ移し、550℃で4時間加熱したのち、重量を測定して灰分重量とした。細胞の乾燥重量は、以下の式によって求めた。
(乾燥重量mg)=(灰分込み重量mg)-(灰分重量mg)
【0034】
(アスタキサンチンの測定)
5mLの培養液をGF/Fガラス繊維濾紙(Whatman)上に捕集し、濾紙ごと5mLのN,N-ジメチルホルムアミド(以後DMF)に沈め、4℃暗所下で48時間静置し、アスタキサンチンを抽出した。その後、抽出後のDMFを0.2μmのPTFEシリンジフィルター(Millipore)で0.5mL以上濾過し、LC-MS(Waters、Acquity UPLC)で分析した。
【0035】
[実施例1]
(前培養:順応培養に用いる細胞の増殖)
キサントフィルのひとつであるアスタキサンチンを生産する、ヘマトコッカス・ラクストリスNIES-144株を用いた。4ガロン、ポリカーボネイト製の密閉型ボトル(Nalgene)に以下の組成のC培地を入れて、NEIS-144株を接種した。その後、人工気象機を用いて、光強度100μmol/m2/s、明暗周期12時間、培養温度25℃の条件下で、空気を0.1L/minで通気しながら10日間培養した。
【0036】
【0037】
(順応プロセスを用いた、塩分ストレスによる細胞のシスト化)
前培養によりNIES-144株を増殖させた培養液を遠心分離し、上澄みを捨てて、濃縮した。500mLの三角フラスコに300mLのC培地を入れて、濃縮したNIES-144株を、初期濃度が1.0×105cell/mLとなるように接種した。NaClを培地に加えて、NaCl濃度を0.29%とし、3日間培養した(第1段階)。その後、新たなNaClを培地へ加えて、NaCl濃度を0.44%に上げて、さらに3日間培養した(第2段階)。引き続き、NaClを加えてNaCl濃度1.8%の条件下で5日間培養(第3段階)し、その後さらにNaClを加えて3.5%として5日間培養し(第4段階)、合計で4段階、16日間の培養を行なった。なお、これらの培養は、上記の前培養と同じ光・温度・通気条件下で行われた。
培養後のNIES-144株は、培養初期の緑色から赤色へと変化しており、シスト化したことが確認された。シスト化したNIES-144株からは、乾燥重量あたりに0.0041%(w/w)のアスタキサンチン含量が認められ、3.5%NaCl濃度下において5.7×104cell/mLの細胞密度が得られるとともに、76%の細胞がシスト化していた。得られたアスタキサンチン収量は、培養液あたり0.87mg/Lであった。
【0038】
[比較例1]
培養初日のNaCl濃度を3.5%とした以外は、実施例1と同様にしてNIES-144株を16日間培養した。培養後の結果を、実施例1とともに以下に示す。
【0039】
【0040】
表2より、微細藻類(ヘマトコッカス)を順応させながら培養すると、3.5%のNaClという、生存が困難な環境(高塩分)においても生存し、比較的高い細胞密度を維持することがわかる。また、環境ストレス(高塩分)によって細胞はシスト化し、アスタキサンチンを生産する。一方、比較例1では、培養後数日間のうちに、9割以上の細胞が死滅した。
【0041】
[実施例2]
(急激な塩分濃度上昇を伴う順応によるシスト化)
実施例1に比べてより急激な塩分上昇系列による順応培養を検討した。実施例1と同じ培地、初期細胞密度、光、水温、通気条件のもと、NIES-144株を、初期NaCl濃度0.29%で3日間培養(第1段階)したのち、NaCl濃度を1.8%に上げて5日間培養(第2段階)し、その後NaCl濃度を3.5%に上げて8日間培養した(第3段階)(合計3段階、16日間)。結果を以下に示す。
【0042】
【0043】
表3より、0.29%から1.8%へと急激な濃度上昇を伴う順応培養においては、順応を行わない場合(比較例1)と比べて高い細胞密度、すなわち高い生残率を示したものの、4段階で比較的穏やかに濃度上昇させた場合(実施例1)に比べて、細胞密度は低くなった。シスト化率およびアスタキサンチン含量も同様に、実施例1に比べて低くなった。これらの結果は、急激な濃度変化では細胞の順応が間に合わないことを示し、ヘマトコッカス特有の濃度上昇幅(度合)が存在することがわかる。
【0044】
[実施例3]
(初期濃度を高くした順応培養による細胞のシスト化)
実施例2に比べて初期濃度を高くし、緩やかな濃度上昇による順応培養を行った。実施例1と同じ培養環境のもと、NIES-144株を、初期NaCl濃度を0.44%として3日間培養した(第1段階)のち、NaCl濃度を1.8%に上げて5日間培養(第2段階)し、その後NaCl濃度を3.5%に上げて8日間培養した(第3段階)(合計3段階、16日間)。結果を以下に示す。
【0045】
【0046】
表4より、初期濃度を0.44%とした3段階順応では、初期濃度0.29%の3段階順応(実施例2)に比べて高い細胞密度、シスト化率を示した。シスト化率は実施例1に匹敵したものの、乾燥重量あたりのアスタキサンチン含量は少なかった。加えて、細胞密度が実施例1に比べて低いため、アスタキサンチン収量は実施例1よりも低くなった。このように、実施例3では、実施例1に比べてアスタキサンチン収量は落ちるものの、実施例1よりも短い期間で順応培養が可能であるため、プロセスの短期化という点で、産業利用において有用である。
【0047】
[参考例1]
(第1段階の継続期間(初期濃度による順応期間)とシスト化)
実施例3に比べて、第1段階の継続期間(初期濃度による順応期間)を短くすることで、短期間に順応させる培養を行った。実施例1と同じ培養環境のもと、NIES-144株を、初期NaCl濃度を0.44%として1日間培養(第1段階)したのち、NaCl濃度を1.8%に上げて4日間培養(第2段階)した(最終濃度1.8%、5日間)。その結果、細胞密度は5.1×104cell/mL、シスト化率は82%となった。
【0048】
[参考例2]
参考例1と同じ培養環境のもと、初期NaCl濃度0.44%で3日間培養(第1段階)したのち、NaCl濃度を1.8%に上げて2日間培養(第2段階)した(最終濃度1.8%、5日間)。結果を、参考例1とともに以下に示す。
【0049】
【0050】
表5より、第1段階の継続期間(初期濃度による順応期間)が短い場合、シスト化率は高くなるものの、生残する細胞が少なくなることがわかった。この高いシスト化率と低い細胞密度より、初期濃度による順応期間が短いと、順応が間に合わず、高いストレス負荷に晒されている(シスト化率は上がる)ことがわかる。
【0051】
[参考例3]
(第1段階の塩分濃度(初期濃度)・継続期間とシスト化)
参考例1に比べて、第1段階の塩分濃度(初期濃度)を低くし、さらに継続期間(初期濃度による順応期間)を短くして培養を行った。実施例1と同じ培養環境のもと、NIES-144株を、初期NaCl濃度を0.29%として1日間培養(第1段階)したのち、NaCl濃度を0.44%に上げて1日間(第2段階)培養し、さらにNaCl濃度を1.8%に上げて5日間培養(第3段階)した(最終濃度1.8%、7日間)。その結果、細胞密度は3.4×104cell/mLと著しく減少した。
【0052】
[参考例4]
参考例3と同じ培養環境のもと、初期NaCl濃度0.29%で3日間培養(第1段階)したのち、NaCl濃度を0.44%に上げて1日間培養(第2段階)し、さらにNaCl濃度を1.8%に上げて3日間培養(第3段階)した(最終濃度1.8%、7日間)。結果を、参考例3とともに以下に示す。
【0053】
【0054】
表6より、低い初期濃度においても、3日間程度の順応期間を要することがわかり、少なくとも1日間の順応期間では、不十分であることがわかる。
本発明により、アスタキサンチンを高収率で効率的に製造することが可能なヘマトコッカスの培養方法、並びにアスタキサンチンの製造方法を提供することが可能となる。また淡水生のヘマトコッカスを海水濃度と同程度の塩分濃度下でも死滅させずに培養することにより、アスタキサンチンをより高い割合で含有する付加価値の高い水産養殖用餌料、及び魚類等の海洋動物養殖方法を提供することが可能となる。さらに本発明により、仔稚魚の生残率を上昇させることで、成体の養殖生産量を最大化することが可能となる。