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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023105357
(43)【公開日】2023-07-31
(54)【発明の名称】溶剤希釈型潤滑剤組成物
(51)【国際特許分類】
   C10M 105/54 20060101AFI20230724BHJP
   C10M 143/14 20060101ALI20230724BHJP
   C10M 147/04 20060101ALI20230724BHJP
   C10M 103/00 20060101ALI20230724BHJP
   C10M 103/02 20060101ALI20230724BHJP
   C10M 103/06 20060101ALI20230724BHJP
   C10M 133/42 20060101ALI20230724BHJP
   C10N 50/02 20060101ALN20230724BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20230724BHJP
   C10N 40/00 20060101ALN20230724BHJP
【FI】
C10M105/54
C10M143/14
C10M147/04
C10M103/00 A
C10M103/00 Z
C10M103/02 Z
C10M103/06 F
C10M133/42
C10N50:02
C10N30:00 Z
C10N40:00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022006118
(22)【出願日】2022-01-19
(71)【出願人】
【識別番号】596024921
【氏名又は名称】株式会社ハーベス
(74)【代理人】
【識別番号】100112689
【弁理士】
【氏名又は名称】佐原 雅史
(74)【代理人】
【識別番号】100128934
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 一樹
(72)【発明者】
【氏名】新山 元彬
(72)【発明者】
【氏名】梅村 怜也
(72)【発明者】
【氏名】山田 岳
【テーマコード(参考)】
4H104
【Fターム(参考)】
4H104BE28C
4H104CB08C
4H104CD04A
4H104CD04C
4H104LA20
4H104PA00
4H104QA08
(57)【要約】
【課題】固体潤滑剤の沈降を抑制するとともに、その再分散性に優れた溶剤希釈型潤滑剤組成物を提供する。
【解決手段】溶剤希釈型潤滑剤組成物として、フッ素原子を含まない固体潤滑剤と、含フッ素カチオン系界面活性剤と、フッ素系溶剤と、フッ素油とを含むことを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素原子を含まない固体潤滑剤と、含フッ素カチオン系界面活性剤と、フッ素系溶剤と、フッ素油とを含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【請求項2】
フッ素原子を含まない固体潤滑剤と、含フッ素カチオン系界面活性剤と、フッ素系溶剤と、(メタ)アクリレートポリマーとを含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【請求項3】
請求項1に記載の溶剤希釈型潤滑剤組成物であって、更に、(メタ)アクリレートポリマーを含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の溶剤希釈型潤滑剤組成物であって、前記(メタ)アクリレートポリマーが、フッ化(メタ)アクリレートポリマーを含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の溶剤希釈型潤滑剤組成物であって、前記固体潤滑剤が、メラミンシアヌレート、窒化ホウ素、グラファイト、シリカ、オニオンライクカーボン、雲母、タルクから選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【請求項6】
請求項5に記載の溶剤希釈型潤滑剤組成物であって、前記固体潤滑剤が、前記メラミンシアヌレートを含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の溶剤希釈型潤滑剤組成物であって、さらにアルコール系溶剤を含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶剤希釈型潤滑剤組成物に関するものであり、固体潤滑剤をフッ素系溶剤に分散させてなる潤滑剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
溶剤希釈型潤滑剤は、塗布後に希釈溶剤が揮発することで潤滑性被膜を形成するため薄膜塗布が可能であり、グリース等の潤滑剤と比較して使用量を抑えることができる。また、液状潤滑剤であるため、ディッピングによる一括処理や塗布作業の簡略化による作業工程の短縮が可能であり、生産コストを低減することができる。このように溶剤希釈型潤滑剤を適用するメリットは大きい。
【0003】
溶剤希釈型潤滑剤は、固体潤滑剤成分として溶剤の比重よりも大きいものを用いることが多い。例えば、代表的な固体潤滑剤の一つであるポリテトラフルオロエチレンの比重は2.2程度であり、溶剤の比重よりも大きいため沈降し易い。固体潤滑剤成分の沈降は、液の均一性を大きく損なうため、こまめに撹拌することが必須である。撹拌の手間を省くことができれば、作業効率や生産性のさらなる向上が期待できることから、固体潤滑剤成分の沈降を抑制した、作業時に撹拌の必要がない溶剤希釈型潤滑剤が求められている。
【0004】
固体潤滑剤成分の沈降を抑制した溶剤希釈型潤滑剤組成物として、特許文献1ではエステル系油と固体潤滑剤とワックスとフッ素系溶剤とからなる溶剤希釈型潤滑剤組成物が提案されている。また、特許文献2および3では、潤滑油と固体潤滑剤とワックスとアニオン系界面活性剤と水性溶剤とからなる溶剤希釈型潤滑剤組成物が開示されている。
【0005】
特許文献4ではパーフルオロポリエーテル油と、固体潤滑剤であるポリテトラフルオロエチレンまたは窒化ホウ素と、炭素数8のパーフルオロアルキル基とアクリル基とを有する分散性向上剤と、フッ素系溶剤とからなる溶剤希釈型潤滑剤組成物が開示されている。特許文献5ではフッ素原子を含まない固体潤滑剤と、フッ素油と、フッ化(メタ)アクリレートポリマーと、フッ素系溶剤とからなる溶剤希釈型潤滑剤組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002-20775号公報
【特許文献2】特開2006-282945号公報
【特許文献3】特開2008-88297号公報
【特許文献4】特開2017-115099号公報
【特許文献5】特開2020-158601号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の溶剤希釈型潤滑剤組成物の場合、エステル系油は各種の樹脂部材を膨潤させる、またはクラックを生じさせるという問題があり、その適用範囲は限定された。
【0008】
また、特許文献2および3の溶剤希釈型潤滑剤組成物の場合、溶剤に水を含むため、乾燥に時間がかかるという問題があった。
【0009】
更に、本発明者らの検討の結果、特許文献4に開示される溶剤希釈型潤滑剤組成物の場合、撹拌後の静置時間が2時間を超えると固体潤滑剤の沈降が生じる、という問題があった。また、特許文献5に開示される溶剤希釈型潤滑剤組成物の場合、撹拌後8時間が経過しても固体潤滑剤の沈降は生じないものの、さらに長時間が経過して一旦固体潤滑剤が沈降すると、その後の再分散が極めて困難になるため、保管中に定期的に撹拌を行う必要がある、という問題があった。
【0010】
本発明は上記の問題点に鑑み、固体潤滑剤の沈降を抑制するとともに、一旦固体潤滑剤が沈降したとしても、その再分散を容易に行うことが可能な溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、フッ素原子を含まない固体潤滑剤の分散性向上剤として含フッ素カチオン系界面活性剤を配合することで、上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。
【0012】
すなわち、本発明は下記のとおりである。
【0013】
1)フッ素原子を含まない固体潤滑剤と、含フッ素カチオン系界面活性剤と、フッ素系溶剤と、フッ素油とを含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【0014】
2)フッ素原子を含まない固体潤滑剤と、含フッ素カチオン系界面活性剤と、フッ素系溶剤と、(メタ)アクリレートポリマーとを含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【0015】
3)1)に記載の溶剤希釈型潤滑剤組成物であって、更に、(メタ)アクリレートポリマーを含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【0016】
4)2)または3)に記載の溶剤希釈型潤滑剤組成物であって、前記(メタ)アクリレートポリマーが、フッ化(メタ)アクリレートポリマーを含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【0017】
5)1)~4)のいずれか1項に記載の溶剤希釈型潤滑剤組成物であって、前記固体潤滑剤が、メラミンシアヌレート、窒化ホウ素、グラファイト、シリカ、オニオンライクカーボン、雲母、タルクから選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【0018】
6)5)に記載の溶剤希釈型潤滑剤組成物であって、前記固体潤滑剤が、前記メラミンシアヌレートを含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【0019】
7)1)~6)のいずれか1項に記載の溶剤希釈型潤滑剤組成物であって、さらにアルコール系溶剤を含むことを特徴とする溶剤希釈型潤滑剤組成物。
【発明の効果】
【0020】
以上の通り、本発明によれば、フッ素原子を含まない固体潤滑剤を採用し、その分散性向上剤として、含フッ素カチオン系界面活性剤を配合することで、固体潤滑剤の沈降を抑制するとともに、その再分散性に優れた溶剤希釈型潤滑剤組成物が提供される。本発明の溶剤希釈型潤滑剤組成物は、保管中および作業時における撹拌の必要性が低減するので、作業効率や生産性を向上させることが可能である。更にはフッ素系溶剤を使用しているため乾燥が早く、また、樹脂部材への悪影響が無いため、幅広い用途、部位への適用が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0022】
第1の実施形態の溶剤希釈型潤滑剤組成物は、フッ素原子を含まない固体潤滑剤(以下、非フッ素系固体潤滑剤)と、含フッ素カチオン系界面活性剤と、フッ素系溶剤と、フッ素油から構成される。この溶剤希釈型潤滑剤組成物は、塗布後にフッ素系溶剤が揮発することで、少なくとも、非フッ素系固体潤滑剤と、含フッ素カチオン系界面活性剤と、フッ素油とからなる準乾性潤滑被膜を形成するものである。この場合、非フッ素系固体潤滑剤と、フッ素油とが被膜の潤滑性を担う主な成分となる。被膜状態において、非フッ素系固体潤滑剤は、流動性を有するフッ素油と共に移動可能な状態となる。
【0023】
第2の実施形態の溶剤希釈型潤滑剤組成物は、非フッ素系固体潤滑剤と、含フッ素カチオン系界面活性剤と、フッ素系溶剤と、(メタ)アクリレートポリマーから構成される。なお、この(メタ)アクリレートポリマーは、フッ化(メタ)アクリレートポリマーを主成分とすることが好ましい。この溶剤希釈型潤滑剤組成物は、塗布後にフッ素系溶剤が揮発することで、少なくとも、非フッ素系固体潤滑剤と、含フッ素カチオン系界面活性剤と、(メタ)アクリレートポリマーとからなる乾性潤滑被膜を形成するものである。この場合、乾性潤滑被膜内に固定される非フッ素系固体潤滑剤が被膜の潤滑性(接触面積の減少による低摩擦特性)を担う主な成分となり、(メタ)アクリレートポリマーは、非フッ素系固体潤滑剤を担持するバインダーとしての機能を担う。
【0024】
第3の実施形態の溶剤希釈型潤滑剤組成物は、非フッ素系固体潤滑剤と、含フッ素カチオン系界面活性剤と、フッ素系溶剤と、フッ素油と、(メタ)アクリレートポリマーから構成される。第3実施形態は、第1実施形態と第2実施形態の複合形態となる。なお、この(メタ)アクリレートポリマーは、フッ化(メタ)アクリレートポリマーを主成分とすることが好ましい。この溶剤希釈型潤滑剤組成物は、第1実施形態の準乾性潤滑被膜態様と、第2実施形態の乾性潤滑被膜態様が複合状態になると推測されるが、外観上は、準乾性潤滑被膜態様になる。
【0025】
第1実施形態~第3実施形態における非フッ素系固体潤滑剤としては、公知のものが使用できる。具体的には、例えば、メラミンシアヌレート、窒化ホウ素、グラファイト、シリカ、オニオンライクカーボン、雲母、タルクが挙げられる。これら固体潤滑剤の市販品の例を挙げると、メラミンシアヌレートとしてはメラミンシアヌレートProFlame-MC15、同MC25(NOVISTA社製)、MC-4000、MC-4500、MC-6000(日産化学工業株式会社製)、MELAPUR MC25、同200/70(BASF社製)などを利用できる。窒化ホウ素としてはデンカボロンナイトライド(デンカ株式会社製)、ショウビーエヌ(昭和電工株式会社製)、BNリーフパウダー(水島合金鉄株式会社製)などを利用できる。グラファイトとしてはCP、HAG(日本黒鉛工業株式会社製)、AGB、SRP(伊藤黒鉛株式会社製)などを利用できる。シリカとしてはAEROSIL(日本アエロジル株式会社製)Nipsil、NIPGEL(東ソーシリカ株式会社製)、サイリシア、サイロホービック(富士シリシア化学株式会社製)などを利用できる。オニオンライクカーボンとしては神港精機株式会社製のオニオンライクカーボンなどを利用できる。雲母としては山口マイカ株式会社製やレプコ株式会社製の金雲母、白雲母、合成雲母などを利用できる。タルクとしてはナノエース、ミクロエース(日本タルク株式会社製)、タルカンパウダー、ミクロンホワイト(林化成株式会社製)などを利用できる。これらの非フッ素系固体潤滑剤は、1種が単独で用いられていても、2種以上が併用されていてもよい。これらの中でも、グラファイト状の結晶構造を有し、その層間の易劈開性により優れた潤滑性を示す観点から、メラミンシアヌレートが特に好ましい。メラミンシアヌレートは、その比重が、本第1~第3実施形態において用いられるフッ素系溶剤の比重に近く、沈降しにくいという利点もある。一般に、分散液中の粒子が分散媒を乱さず静かに沈降する場合には、粒子の沈降速度は粒子径の二乗に比例することが知られており、その沈降速度を低下させるべく,本第1~第3実施形態における非フッ素系固体潤滑剤の平均粒子径は、30μm以下が好ましく、10μm以下が特に好ましい。
【0026】
本第1~第3実施形態においては、元来、フッ素系溶剤に対する分散が困難とされる非フッ素系固体潤滑剤の分散性向上剤として、含フッ素カチオン系界面活性剤が配合される。含フッ素カチオン系界面活性剤としては、公知のものを用いることができる。例えばカチオン性基として一級アミン塩、二級アミン塩、三級アミン塩、四級アンモニウム塩、ヒドロキシアンモニウム塩、エーテルアンモニウム塩等の脂肪族アミン塩およびその四級アンモニウム塩又ベンザルコニウム塩、ベントニウム塩等の芳香族四級アンモニウム塩又ピリジウム塩、イミダゾリニウム塩等を、疎水基として含フッ素基を有するものが挙げられる。含フッ素基としてはフルオロアルキル基、フルオロアルケニル基、フルオロポリエーテル基等が挙げられる。これらの含フッ素カチオン系界面活性剤は、1種が単独で用いられていても、2種以上併用されていてもよい。これらの含フッ素カチオン系界面活性剤は、前記カチオン性基が非フッ素系固体潤滑剤との親和性を有し、一方で、前記含フッ素基がフッ素系溶剤との親和性を有することから、フッ素系溶剤中への非フッ素系固体潤滑剤の分散剤として極めて有効に作用すると推察される。つまり、含フッ素カチオン系界面活性剤が、その親和性によって非フッ素系固体潤滑剤を取り囲むように介在して、フッ素系溶剤中への分散を実現すると推察される。
【0027】
含フッ素カチオン系界面活性剤の配合量は、非フッ素系固体潤滑剤の種類やその粒子径に基づく表面積によって適宜調整することが好ましい。同じ含有量となる非フッ素系固体潤滑剤を基準として、その非フッ素系固体潤滑剤の粒子径を小さくすると、全ての非フッ素系固体潤滑剤の総表面積が大きくなるので、含フッ素カチオン系界面活性剤の配合量を多くして、分散性向上効果を効果的に発現させることが好ましい。具体的には、例えば、非フッ素系固体潤滑剤の平均粒子径を30μm以下とする場合(好ましくは10μm以下とする場合)、含フッ素カチオン系界面活性剤の配合量としては、非フッ素系固体潤滑剤1質量部に対して0.005質量部から0.3質量部であることが好ましく、0.01質量部から0.2質量部であることがより好ましく、0.02質量部から0.1質量部であることが特に好ましい。含フッ素カチオン系界面活性剤の配合量が、非フッ素系固体潤滑剤1質量部に対して0.005質量部より少ない場合には、十分な分散性向上効果が得られず、固体潤滑剤の沈降を効果的に抑制することができない。一方で、非フッ素系固体潤滑剤1質量部に対して0.3質量部を超える割合で配合しても、その効果は頭打ちとなる。また、過剰に配合した場合には、薄膜塗布した被膜表面に残存する含フッ素カチオン系界面活性剤分子の割合が大きくなり、潤滑性に悪影響を及ぼすことがある。
【0028】
本第1~第3実施形態におけるフッ素系溶剤は、有機系溶剤であることが好ましく、例えば、パーフルオロカーボン、ハイドロフルオロカーボン、ハイドロフルオロエーテル、ハイドロフルオロオレフィン、ハイドロフルオロクロロオレフィン、ヘキサフルオロメタキシレン、などが挙げられる。これらの溶剤は1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。溶剤希釈型潤滑剤組成物中のフッ素系溶剤の割合は、特に限定されないが、ハンドリング性や潤滑性の観点から、50質量%~99質量%であることが好ましく、75質量%~97質量%であることがより好ましい。
【0029】
本第1~第3実施形態におけるフッ素油としては、パーフルオロポリエーテルが挙げられ、市販品としては、Krytox(クライトックス)GPL 100、同GPL 101、同GPL 102、同GPL 103、同GPL 104、同GPL 105、同GPL 106、同GPL 107(以上、ケマーズ株式会社製)、FOMBLIN(フォンブリン)M03、同M07、同M15、同M30、同M60、同M100、同Y04、同Y06、同Y15、同Y45、同YU700、同YR、同YPL1500、同YR1800、同YLVAC06/6、同YLVAC16/6、同W150、同W500、同W800、同Z03、同Z15、同Z25、同Z60(以上、ソルベイジャパン株式会社製)DEMNUM(デムナム)S-20、同S-65、同S-200(以上、ダイキン工業株式会社製)、BARRIERTA(バリエルタ)J25 FLUID、同J60 FLUID、同J100 FLUID、同J180 FLUID、同J400 FLUID、同J800 FLUID、同J25、同J60、同J100、同J180、同J400、同J60EP(以上、NOKクリューバー株式会社製)などが挙げられる。これらのフッ素油は1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。前記フッ素油の配合量は、非フッ素系固体潤滑剤1質量部に対して0.05質量部から20質量部であることが好ましく、0.1質量部から15質量部であることがより好ましく、0.5質量部から10質量部であることが特に好ましい。
【0030】
本第1~第3実施形態におけるフッ化(メタ)アクリレートポリマーとしては、フッ化(メタ)アクリレートモノマーの重合体、およびフッ化(メタ)アクリレートモノマーと他の共重合性モノマーとの共重合によって得られる共重合体が好適に用いられる。なお、本明細書において「(メタ)アクリレート」とは、アクリレートおよびメタクリレートを意味し、「(メタ)アクリル酸」とは、アクリル酸およびメタクリル酸を意味する。
フッ化(メタ)アクリレートモノマーとしては、(メタ)アクリル酸2,2,2-トリフルオロエチル、(メタ)アクリル酸2,2,3,3-テトラフルオロプロピル、(メタ)アクリル酸2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピル、(メタ)アクリル酸1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピル、(メタ)アクリル酸2,2,3,4,4,4-ヘキサフルオロブチル、(メタ)アクリル酸2,2,3,3,4,4,4-ヘプタフルオロブチル、(メタ)アクリル酸 1H,1H,5H-オクタフルオロペンチル、(メタ)アクリル酸1H,1H,2H,2H-ノナフルオロヘキシル、(メタ)アクリル酸2,2,3,3,4,4,5,5,6,6,7,7-ドデカフルオロヘプチル、(メタ)アクリル酸1H,1H,2H,2H-トリデカフルオロ-n-オクチル、アクリル酸1H,1H-ペンタデカフルオロ-n-オクチル、アクリル酸1H,1H,2H,2H-ヘプタデカフルオロデシル、(メタ)アクリル酸ペンタフルオロフェニル、メタクリル酸ペンタフルオロベンジル、2-(トリフルオロメチル)アクリル酸等が挙げられる。また、フッ化(メタ)アクリレートモノマーは、他の共重合性モノマー(例えば、非フッ化の(メタ)アクリレートモノマー等)と共重合していてもよい。
【0031】
他の共重合性モノマーは、例えば、非フッ化の(メタ)アクリレートモノマーが挙げられる。非フッ化の(メタ)アクリレートモノマーの具体例としては、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸オクチル、(メタ)アクリル酸シクロヘキシル、(メタ)アクリル酸ベンジル、(メタ)アクリル酸イソボルニル等の(メタ)アクリル酸エステルモノマーや、(メタ)アクリル酸、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、アクリルアミド、グリシジルメタクリレート等が挙げられる。
【0032】
上記以外の他の共重合性モノマーとしては、例えば、イタコン酸、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、ビニルエーテル、スチレン、アクリロニトリル、パーフルオロブチルエチレン、パーフルオロヘキシルエチレン、3-(パーフルオロヘキシル)-1-プロペン、2-(パーフルオロヘキシル)エチルビニルエーテル、トリフルオロ酢酸ビニルなどが挙げられる。
【0033】
これらのモノマーは、1種が単独で用いられていても、2種以上が併用されていてもよい。ただし非フッ化の共重合性モノマーは、フッ素系溶剤に親和性を示す官能基を有さないため、ポリマーにおける含有量が過大になるとフッ素系溶剤に対する溶解性が低下する。従って、ポリマー全体における、非フッ化の共重合性モノマーのモル比は70%以下であることが好ましく、より好ましくは50%以下である。
【0034】
フッ化(メタ)アクリレートポリマーの配合量は、非フッ素系固体潤滑剤1質量部に対して0.05~4.5質量部であることが好ましく、0.1~2.5質量部であることがより好ましく、0.3~1.5質量部であることが特に好ましい。フッ化(メタ)アクリレートポリマーの配合量が、固体潤滑剤1質量部に対して0.05質量部より少ない場合には、乾性潤滑被膜においてバインダーとしての機能を担うフッ化(メタ)アクリレートの割合が相対的に少なくなり、乾性潤滑被膜の耐久性が低下することがある。一方で、固体潤滑剤1質量部に対して4.5質量部を超える場合には、乾性潤滑被膜において潤滑機能を担う固体潤滑剤の割合が相対的に少なくなり、潤滑性に悪影響を及ぼすことがある。
なお、上記フッ化(メタ)アクリレートポリマーの代わりに、非フッ化(メタ)アクリレートポリマーを採用することも可能である。非フッ化(メタ)アクリレートポリマーとしては、上記非フッ化(メタ)アクリレートモノマーの重合物等が挙げられる。この場合、フッ素系溶剤としては、ハイドロフルオロエーテル、ハイドロフルオロクロロオレフィン、ヘキサフルオロメタキシレン等を組み合わせることが好ましい。
【0035】
本第1~第3実施形態においては、含フッ素カチオン系界面活性剤の溶解性向上を目的に、アルコール系溶剤を配合することも望ましい。アルコール系溶剤としては、具体的には、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、ブタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール等が挙げられる。これらのアルコール系溶剤は1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。アルコール系溶剤の配合量は、本第1~第3実施形態による効果を阻害しない範囲内であれば特に限定されないが、アルコール系溶剤は一部の樹脂部材にクラックを生じさせることがあるから、溶剤希釈型潤滑剤組成物中のアルコール系溶剤の割合は、1質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以下であることがより好ましい。
【0036】
前述したように、フッ素原子を含まない固体潤滑剤(非フッ素系固体潤滑剤)の分散性向上剤として、含フッ素カチオン系界面活性剤を添加することで、本発明の目的を達成することができるが、さらに詳細には、非フッ素系固体潤滑剤と、フッ素系溶剤との比重差Δdを、0≦Δd≦2.0の範囲にすることが好ましい。本実施形態における比重差Δdとは、次の式(1)により求められる値を意味する。
【0037】
比重差Δd=dl-ds ・・・式(1)
dl:非フッ素系固体潤滑剤の比重
ds:フッ素系溶剤の比重
【0038】
非フッ素系固体潤滑剤の比重がフッ素系溶剤の比重より大きい場合、すなわちdl>dsである場合には、Δd>0となり、非フッ素系固体潤滑剤の比重がフッ素系溶剤の比重より小さい場合、すなわちds>dlである場合には、Δd<0となる。式(1)により求められる比重差Δdが0未満の場合には、フッ素系溶剤の液面(界面)に非フッ素系固体潤滑剤が浮遊し、均一に塗布することが困難となる。一方、比重差Δdが2.0を超える場合には、非フッ素系固体潤滑剤が沈降しやすくなる。より好ましい比重差Δdの範囲は0.02≦Δd≦1.0、特に好ましくは0.04≦Δd≦0.6である。
また、本第1~第3実施形態の溶剤希釈型潤滑剤組成物には、必要な添加剤として、使用される用途に応じ一般的に使用される添加剤が添加されることを妨げない。添加剤としては、酸化防止剤、極圧剤、油性剤、防錆剤、腐食防止剤、金属不活性剤、染料、色相安定剤、粘度指数向上剤、流動点降下剤、構造安定剤、消泡剤、導電剤等が挙げられる。これらの添加剤は、本実施形態による効果を阻害しない範囲内であれば、配合量も特に制限されない。
【0039】
本第1~第3実施形態の溶剤希釈型潤滑剤組成物は、公知の方法により製造することができる。具体的には、例えば、容器に非フッ素系固体潤滑剤、含フッ素カチオン系界面活性剤、フッ素油(本第1実施形態または第3実施形態の場合)、フッ化(メタ)アクリレートポリマー(本第2実施形態または第3実施形態の場合)、フッ素系溶剤を投入して分散させる方法が挙げられる。分散処理は、例えば、プロペラ撹拌機、ディゾルバー、ディスパーマット、スターミル、ダイノーミル、アジテーターミル、クレアミックス、フィルミックス、ホモミキサー等の湿式撹拌・分散処理装置を用いて行うことができる。また、フッ素油を含む第1または第3実施形態においては、非フッ素系固体潤滑剤とフッ素油とを予め混合または混練したものを、他の材料とともに上記の方法により分散処理してもよい。なお、各成分の投入順序は特に限定されず、各成分を同時に添加して撹拌してもよい。
【実施例0040】
以下、実施例及び比較例を用いて、本第1~第3実施形態をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、表1において、第1実施形態の溶剤希釈型潤滑剤組成物は、実施例1、6~8に対応する。第2実施形態の溶剤希釈型潤滑剤組成物は、実施例4,5に対応する。第3実施形態の溶剤希釈型潤滑剤組成物は、実施例2,3に対応する。
【0041】
下記の材料を用い、表1に示されるように溶剤希釈型潤滑剤組成物を調整した。以下の記載において「部」は特に断らない限り「質量部」を表す。
【0042】
<非フッ素系固体潤滑剤>
A:メラミンシアヌレート(比重1.7、平均粒子径2.5μm)
B:窒化ホウ素(比重2.3、平均粒子径4.0μm)
C:グラファイト(比重2.2、平均粒子径1.0μm)
【0043】
<界面活性剤>
A:フタージェント320(含フッ素カチオン系界面活性剤、ネオス社製)
B:フタージェント208G(含フッ素ノニオン系界面活性剤、ネオス社製)
C:FPE-50(含フッ素アニオン系界面活性剤、AGCセイミケミカル社製)
【0044】
<フッ素油>
フォンブリンYLVAC16/6(パーフルオロポリエーテル油、ソルベイジャパン株式会社製)
【0045】
<フッ化(メタ)アクリレートポリマー>
フロロサーフ FS-1610(株式会社フロロテクノロジー製)
【0046】
<非フッ化(メタ)アクリレートポリマー>
ダイヤナール BR-107(三菱ケミカル株式会社製)
【0047】
<フッ素系溶剤>
A:ハイドロフルオロエーテル(比重1.5)
B:ヘキサフルオロメタキシレン(比重1.4)
【0048】
<アルコール系溶剤>
エタノール
【0049】
<試料の調整>
(実施例4,5、比較例6~8)
全材料を容器に投入し、ホモミキサーで撹拌し試料とした。
(実施例1~3,6~8、比較例1~5)
非フッ素系固体潤滑剤およびフッ素油を混合し、さらに3本ロールミルで処理し、グリースとした。
【0050】
このグリースとほかの残りの材料を容器に投入し、ホモミキサーで撹拌し試料とした。
【0051】
実施例、比較例において得られた試料における非フッ素系固体潤滑剤の沈降性と再分散性、およびこれらの試料を用いて作製した被膜の潤滑性は、下記の方法により評価した。
【0052】
<非フッ素系固体潤滑剤の沈降性評価>
容量50mLの比色管に各試料を20mL封入し、50回振盪した後平面に静置した。所定の時間ごとに、比色管の底面を基準とした堆積物の高さを計測した。各試料について堆積物の高さが5mmを超えた静置時間を表1に記載した。
【0053】
<非フッ素系固体潤滑剤の再分散性評価>
試験管に試料を10mL入れ、2500rpmで4時間遠心分離して固体潤滑剤を沈降させた後、1時間静置した。これを試料とし、15cmの振り幅で横に振盪(1往復/秒)を繰り返し、試験管底部の固体潤滑剤が完全に分散するまでの回数(以下、分散完了回数)を測定した。各10本について試験を実施し、その平均値を算出し、下記の基準に基づいて評価を行った。
【0054】
(評価基準)
〇:分散完了回数の平均が10回未満
△:分散完了回数の平均が10回以上20回未満
×:分散完了回数の平均が20回以上
【0055】
<被膜の潤滑性評価>
沈降の評価と同様に、振盪直後と振盪後静置8時間後の上層部液をサンプリングし、それぞれをPC製樹脂版に塗布したのち、溶剤を揮発させて試験片とした。下記に示した試験条件で摩擦係数を測定し、得られた数値から摩擦係数上昇率Δμを式(2)の通り算出し、下記の基準に基づいて評価を行った。
【0056】
摩擦係数上昇率Δμ(%)=(B-A)÷A×100 ・・・式(2)
A:振盪直後の摩擦係数
B:振盪後静置8時間経過後の摩擦係数
【0057】
(試験条件)
装置:HEIDON表面性試験機(新東科学社製)
テストピース:ABS球、PC板(ボールオンディスク)
荷重:100gf
摺動速度:2000mm/min
摺動距離:10mm
摺動回数:3000回
温度:室温
【0058】
(評価基準)
◎:摩擦係数上昇率Δμが5%未満
〇:摩擦係数上昇率Δμが5%以上10%未満
△:摩擦係数上昇率Δμが10%以上20%未満
×:摩擦係数上昇率Δμが20%以上
【表1】
【0059】
表1の実施例1~8に示すように、含フッ素カチオン系界面活性剤を配合することにより、非フッ素系固体潤滑剤の沈降を抑制するとともに、一旦、非フッ素系固体潤滑剤が沈降したとしても、その再分散を容易に行うことが可能な溶剤希釈型潤滑剤組成物が得られることがわかる。比較例1,2は、配合した界面活性剤の種類について実施例1と比較したものである。含フッ素ノニオン系界面活性剤、含フッ素アニオン系界面活性剤を配合した比較例1,2については、そもそも、非フッ素系固体潤滑剤の沈降に至るまでの時間が短くなり、潤滑性が低下することがわかる。
【0060】
また、実施例2,3と比較例3,4との対比からわかるように、含フッ素カチオン系界面活性剤と(メタ)アクリレートポリマーとを併用した実施例2,3は、(メタ)アクリレートポリマーのみを配合した比較例3,4と比べて、非フッ素系固体潤滑剤の再分散性が改善されたことがわかる。換言すると、比較例3,4のように、フッ素油や(メタ)アクリレートポリマーのみでは、再分散性の向上効果が得られないことがわかる。
【0061】
実施例4,5と比較例6,7の対比からわかるように、フッ素油を含まず且つ(メタ)アクリレートポリマーを含む、乾性皮膜形成を目的とした溶剤希釈型潤滑剤組成物に関しても、含フッ素カチオン系界面活性剤を配合することにより、非フッ素系固体潤滑剤の沈降性及び再分散性の双方にすぐれたものが得られることがわかる。界面活性剤を配合しない比較例6,7や、含フッ素ノニオン界面活性剤を配合した比較例8については、再分散性が低下した。
【0062】
更に実施例6~8からわかるように、フッ素油を含み且つ(メタ)アクリレートポリマーを含まない、準乾性潤滑被膜形成を目的とした溶剤希釈型潤滑剤組成物に関しても、含フッ素カチオン系界面活性剤を配合することにより、非フッ素系固体潤滑剤の沈降性及び再分散性の双方にすぐれたものが得られることがわかる。
【0063】
本発明は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加えることは勿論である。