(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023105840
(43)【公開日】2023-08-01
(54)【発明の名称】金属積層造形装置
(51)【国際特許分類】
B22F 10/366 20210101AFI20230725BHJP
B22F 10/28 20210101ALI20230725BHJP
B22F 10/38 20210101ALI20230725BHJP
B33Y 30/00 20150101ALI20230725BHJP
【FI】
B22F10/366
B22F10/28
B22F10/38
B33Y30/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022006821
(22)【出願日】2022-01-20
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】弁理士法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松久 浩一郎
(72)【発明者】
【氏名】孫 岳
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018BA02
(57)【要約】
【課題】光ビームにより凝固した造形部が積層方向の下部に存在せず下支えのない第1エリア部における形状精度を向上させることが可能な金属積層造形装置を提供する。
【解決手段】金属粉末の層である粉末層に光ビームを照射し溶融、凝固させて積層することを繰り返して構造物を積層造形する金属積層造形装置であって、構造物は、光ビームにより凝固した造形部が積層方向の下部に存在しない第1エリア部と、造形部が下部に存在する第2エリア部と、を有し、第1エリア部と第2エリア部とを識別する識別情報を予め記憶する記憶部と、識別情報に基づき、第1エリア部の造形時に、第2エリア部の造形時よりも低いエネルギ密度で入熱を行うように、エネルギ密度を決定する造形条件を調整する条件調整部と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属粉末の層である粉末層に光ビームを照射し溶融、凝固させて積層することを繰り返して構造物を積層造形する金属積層造形装置であって、
前記構造物は、前記光ビームにより凝固した造形部が積層方向の下部に存在しない第1エリア部と、前記造形部が下部に存在する第2エリア部と、を有し、
前記第1エリア部と前記第2エリア部とを識別する識別情報を予め記憶する記憶部と、
前記識別情報に基づき、前記第1エリア部の造形時に、前記第2エリア部の造形時よりも低いエネルギ密度で入熱を行うように、前記エネルギ密度を決定する造形条件を調整する条件調整部と、
を備える金属積層造形装置。
【請求項2】
前記記憶部は、
前記第1エリア部のうち、前記第2エリア部と同じ前記エネルギ密度により造形した場合に予め定められた形状誤差を超えた反りが発生する発生部と、前記第2エリア部と同じ前記エネルギ密度により造形した場合に前記反りが発生しない非発生部と、を識別する情報を前記識別情報としてさらに記憶し、
前記条件調整部は、
前記光ビームの出力であるビーム出力が前記非発生部の造形時における前記ビーム出力と同じであり、かつ、前記発生部におけるビーム照射時温度が前記非発生部における前記ビーム照射時温度と同一となるように、
前記発生部の造形時において、前記ビーム出力とは異なる条件を前記造形条件として調整する、
請求項1に記載の金属積層造形装置。
【請求項3】
前記金属粉末は、銅合金である請求項1または請求項2に記載の金属積層造形装置。
【請求項4】
前記構造物は、流体の流れる管路を有し、
前記第1エリア部は、前記管路を形成する曲面状をなす内周部に形成されている請求項1~請求項3のうちいずれか一項に記載の金属積層造形装置。
【請求項5】
前記構造物は、高周波熱処理用のコイルである請求項4に記載の金属積層造形装置。
【請求項6】
前記条件調整部は、
前記造形条件として、前記光ビームの走査速度、前記光ビームの走査ピッチ、および前記粉末層の積層厚みのうち少なくともいずれかの条件を調整する請求項1~請求項5のうちいずれか一項に記載の金属積層造形装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、金属積層造形装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば特許文献1に記載されるように、金属粉末の層にレーザ等の光ビームを照射し溶融、凝固させて積層することを繰り返して、構造物を積層造形する金属積層造形装置が知られている。金属粉末としては、アルミニウムや、チタン、ニッケル、ステンレス鋼、銅合金等、様々な金属が使用される。このような金属積層造形装置は、微細な造形が可能であるため、機械系部品から電気系部品まで、様々な分野で期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、水管などであって、内部に流路などとして用いられる軸方向に延びる空洞が形成される構造物を、軸方向に垂直な平面での断面における下方から上方へ積層造形する場合には、構造物における、重力方向の上半分において大きな形状誤差が生じる虞がある。具体的には、流路の軸方向に垂直な平面での断面において、内周面を形成する部分のうちの重力方向の下半分は、造形時に下支えとなる造形部が存在するため、高精度な造形が可能となる。しかし、内周面を形成する部分のうちの重力方向の上半分は、造形時において既に造形された部位(凝固された部位)が直下に存在せず下支えがないため、下支えがある部位に比べて過入熱の状態となり、形状誤差を生じ、形状精度が悪化するという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【0006】
(1)本開示の一形態によれば、金属積層造形装置が提供される。この金属積層造形装置は、金属粉末の層である粉末層に光ビームを照射し溶融、凝固させて積層することを繰り返して構造物を積層造形する金属積層造形装置であって、前記構造物は、前記光ビームにより凝固した造形部が積層方向の下部に存在しない第1エリア部と、前記造形部が下部に存在する第2エリア部と、を有し、前記第1エリア部と前記第2エリア部とを識別する識別情報を予め記憶する記憶部と、前記識別情報に基づき、前記第1エリア部の造形時に、前記第2エリア部の造形時よりも低いエネルギ密度で入熱を行うように、前記エネルギ密度を決定する造形条件を調整する条件調整部と、を備える。
光ビームにより凝固した造形部が積層方向の下部に存在せず下支えのない第1エリア部の造形時において、下支えとなる造形部が下部に存在する第2エリア部と同じエネルギ密度で光ビームを照射すると、第2エリア部と比べて過入熱の状態となり、形状誤差を生じやすく、形状精度が悪化する虞があった。上記形態の金属積層造形装置によれば、記憶部において第1エリア部と第2エリア部とを識別する識別情報が記憶される。そして、識別情報に基づき、条件調整部によって、第1エリア部の造形時に、第2エリア部の造形時よりも低いエネルギ密度で入熱を行うようにエネルギ密度を決定する造形条件を調整できる。このため、第1エリア部における過入熱が抑制でき、形状精度を向上させることができる。
(2)上記形態において、前記記憶部は、前記第1エリア部のうち、前記第2エリア部と同じ前記エネルギ密度により造形した場合に予め定められた形状誤差を超えた反りが発生する発生部と、前記第2エリア部と同じ前記エネルギ密度により造形した場合に前記反りが発生しない非発生部と、を識別する情報を前記識別情報としてさらに記憶し、前記条件調整部は、前記光ビームの出力であるビーム出力が前記非発生部の造形時における前記ビーム出力と同じであり、かつ、前記発生部におけるビーム照射時温度が前記非発生部における前記ビーム照射時温度と同一となるように、前記発生部の造形時において、前記ビーム出力とは異なる条件を前記造形条件として調整してもよい。
この形態の金属積層造形装置によれば、第1エリア部のうち、第2エリア部と同じ造形条件により造形した場合に予め定められた形状誤差を超えた反りが発生する発生部に対して、条件調整部により、第2エリア部の造形時よりも低いエネルギ密度で入熱を行うように調整できる。非発生部は、第2エリア部の造形時と同じエネルギ密度であっても反りが生じないため、エネルギ密度の調整は必要ない。上記形態では、形状精度を悪化させるような形状誤差を超えた反りが発生する発生部に対して、エネルギ密度が低くなるように調整するため、必要な部位に対して調整を行う好適な実施形態とできる。
(3)上記形態において、前記金属粉末は、銅合金であってもよい。銅合金粉末は、反射率が高く、光ビームのエネルギを吸収しにくいために、積層造形加工が比較的困難とされる。このような銅合金粉末であっても、上記形態の金属積層造形装置によれば、造形された構造物の形状精度を向上させることができる。
(4)上記形態において、前記構造物は、流体の流れる管路を有し、前記第1エリア部は、前記管路を形成する曲面状をなす内周部に形成されていてもよい。この形態の金属積層造形装置によれば、管路を有する構造物において、曲面状をなす内周部に形成される第1エリア部の形状精度を向上させることができる。
(5)上記形態において、前記構造物は、高周波熱処理用のコイルであってもよい。この形態の金属積層造形装置によれば、高周波熱処理用のコイルを形状精度良く積層造形加工により製造できる。
(6)上記形態において、前記条件調整部は、前記造形条件として、前記光ビームの走査速度、前記光ビームの走査ピッチ、および前記粉末層の積層厚みのうち少なくともいずれかの条件を調整してもよい。この形態の金属積層造形装置によれば、光ビームの走査速度、光ビームの走査ピッチ、および粉末層の積層厚みのうち少なくともいずれかの条件を用いて、エネルギ密度を調整できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本開示の第1実施形態における金属積層造形装置の概略構成を示す断面図である。
【
図2】ビーム照射装置によるビーム照射について説明するための模式図である。
【
図3】金属積層造形装置の機能的構成を示す概略ブロック図である。
【
図4】金属積層造形装置により造形される構造物を示す断面図である。
【
図5】ビーム照射時におけるエネルギ密度の理論式を説明するための模式図である。
【
図6】エネルギ密度とビーム照射時温度との対応を示す図である。
【
図7】エネルギ密度と造形条件との対応を示す図である。
【
図8】
図7に示す条件調整を経て造形された構造物の一部を拡大して示す断面写真である。
【
図9】エネルギ密度と造形条件との対応を示す図である。
【
図10】
図9に示す条件調整を経て造形された構造物の一部を拡大して示す断面写真である。
【
図11】比較形態の金属積層造形装置によって、管路の半径を変化させて造形したときの、形状誤差の発生を説明するための図である。
【
図12】第1実施形態の金属積層造形装置によって、管路の半径を変化させて造形したときの、形状誤差の発生を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
A.第1実施形態:
A1.金属積層造形装置1の全体構成:
図1は、本開示の第1実施形態における金属積層造形装置1の概略構成を示す断面図である。金属積層造形装置1は、パウダーベッド方式により、三次元形状の構造物Wを積層造形する。具体的には、金属積層造形装置1は、金属粉末Mの層である粉末層PLにレーザビームを照射し溶融、凝固させた後、再度上層に金属粉末Mを被せて粉末層PLを形成し、そこにレーザビームを照射するという作業を繰り返し、積層していくことによって構造物Wを造形する。
【0009】
第1実施形態では、光ビームとしてレーザビームを使用する。なお、光ビームとしては、レーザビームの他、電子ビームや、その他、金属粉末Mを溶融することができる種々のビームを含む。また、レーザビームには、近赤外波長のレーザ、CO2レーザ(遠赤外レーザ)、半導体レーザ等、種々のレーザを適用でき、対象の金属粉末Mに応じて適宜決定される。また、第1実施形態では、金属粉末Mは銅合金である。なお、金属粉末Mとしては、銅合金の他、アルミニウム、純銅、マルエージング鋼やインコネル等の鋼材、ステンレス等、種々の金属材料を適用できる。
【0010】
金属積層造形装置1は、
図1に示すように、チャンバ10、造形物支持装置20、粉末供給装置30、および、ビーム照射装置40を備える。チャンバ10は、内部の空気を、例えばHe(ヘリウム)、N2(窒素)やAr(アルゴン)等の不活性ガスに置換可能となるように構成されている。なお、チャンバ10は、内部を不活性ガスに置換するのではなく、減圧可能な構成としてもよい。
【0011】
造形物支持装置20は、チャンバ10の内部に設けられ、構造物Wを造形するための部位である。造形物支持装置20は、造形用容器21、昇降テーブル22、ベース23を備える。造形用容器21は、上側に開口部を有し、上下方向の軸線に平行な内壁面を有する。昇降テーブル22は、造形用容器21の内部にて内壁面に沿うように上下方向に移動可能に設けられる。ベース23は、昇降テーブル22の上面に着脱可能に取り付けられ、ベース23の上面が構造物Wを造形するための部位となる。つまり、ベース23は、上面に層状に金属粉末Mを配置すると共に、造形時に構造物Wを支持する。昇降テーブル22の位置決め高さを変更することにより、金属粉末Mの積層厚みを変更することができる。
【0012】
粉末供給装置30は、チャンバ10の内部であって、造形物支持装置20に隣接して設けられる。粉末供給装置30は、粉末収納容器31、供給テーブル32、リコータ33を備える。粉末収納容器31は、上側に開口部を有しており、粉末収納容器31の開口部の高さは、造形用容器21の開口部の高さと同一に設けられている。粉末収納容器31は、上下方向の軸線に平行な内壁面を有する。供給テーブル32は、粉末収納容器31の内部にて内壁面に沿うように上下方向に移動可能に設けられる。そして、粉末収納容器31内において、供給テーブル32の上側領域に、金属粉末Mが収納されている。
【0013】
リコータ33は、造形用容器21の開口部および粉末収納容器31の開口部の全領域に亘って、両開口部の上面に沿って往復移動可能に設けられている。リコータ33は、
図1の右から左に移動するときに、粉末収納容器31の開口部から盛り出ている金属粉末Mを、造形用容器21側に運搬する。さらに、リコータ33は、運搬した金属粉末Mをベース23の上面にて層状に配置する。なお、上記構成の他に、移動可能な上記リコータ33自体が、金属粉末Mを供給する機能を備えるようにすることも可能である。この場合、金属粉末Mは、リコータ33によってベース23上に供給されながら、平坦化される。
【0014】
図2は、ビーム照射装置40によるビーム照射について説明するための模式図である。
図2に示すように、ビーム照射装置40は、ベース23の上面に層状に配置された金属粉末Mの層である粉末層PLの表面に、ビームを照射する。ビーム照射装置40は、層状に配置された金属粉末Mにビームを照射することにより、金属粉末Mを金属粉末Mの融点以上の温度に加熱する。そうすると、金属粉末Mは、溶融し、その後凝固することで、一体化された層状の造形部W11、W12、W13(いずれも構造物Wの一部)が造形される。つまり、隣接する金属粉末M同士は、溶融接合によって一体化される。
【0015】
図3は、金属積層造形装置1の機能的構成を示す概略ブロック図である。
図3に示すように、金属積層造形装置1は、制御装置50を備えている。制御装置50は、記憶部51と、条件調整部52と、を備えている。記憶部51は、構造物Wに関する各種情報を記憶する。具体的には、例えば、構造物Wの3次元データを基礎として、スライサーソフトウェア等により、積層される2次元の断面形状における情報を記憶する。
【0016】
制御装置50は、例えば、CPU、ROM,RAM、その他の入出力ポート等を含むマイクロコンピュータであり、金属積層造形装置11の全体を制御する。かかるマイクロコンピュータのCPUが、ROMに記憶されたプログラムを読み出して実行することによって、上記条件調整部52として機能する。
【0017】
図4は、金属積層造形装置1により造形される構造物W1を示す断面図である。第1実施形態において造形する構造物W1は、高周波熱処理用のコイルである。構造物W1は、流体としての水が流れる管路60を有している。
図4では、管路60の延びる軸方向に垂直な平面で切った断面(以下、単に「軸方向断面」という)を図示している。なお、
図4右側は、
図4左側の管路60の周辺を拡大して示すものである。管路60の軸方向断面形状は、略半円形状をなしている。管路60の半径Rは8mmである。なお、管路60の軸方向断面形状は、略半円に限らず、正円、楕円、三角形や四角形の多角形、任意の直線および曲線により形成された形状とすることができる。
【0018】
構造物W1は、第1エリア部61と、第2エリア部62と、を有している。第1エリア部61は、構造物W1において、光ビームにより凝固した造形部が積層方向Zの下部に存在しない部位である。具体的には、第1エリア部61は、管路60の外側であって曲面状をなす内周部に形成されている。第2エリア部62は、構造物W1において、光ビームにより凝固した造形部が下部に存在する部位である。具体的には、第2エリア部62は、管路60の外側下部であって直線状をなす直線部および、内周部の外側に位置する部位であって、造形部が積層方向Zの下部に存在しない部分に形成されている。
【0019】
なお、
図4では、後述するエネルギ密度Eの調整が条件調整部52においてなされず、第1エリア部61および第2エリア部62の全てが同一造形条件にて造形されたときの形状を図示している。したがって、破線で囲んで示す天面部66近傍に形状崩れが見られる。なお、「エネルギ密度Eの調整が条件調整部52においてなされず、第1エリア部61および第2エリア部62の全てが同一造形条件にて造形されたとき」のことを、以下、単に「条件調整がなされないとき」ともいう。
【0020】
条件調整がなされない状態で造形された第1エリア部61は、発生部64と、非発生部65とに区分けされる。発生部64は、第2エリア部62と同じ造形条件によりビームを照射して造形した場合に、予め定められた許容形状誤差を超えた反りが発生する部位である。非発生部65は、第2エリア部62と同じ造形条件によりビームを照射して造形した場合に、上記反りが発生しない部位である。「許容形状誤差を超えた反り」とは、例えば、1層の厚みを超えるような反りである。
図4において右側に拡大して示すように、第1エリア部61のうち、例えば、379層は非発生部65を有する層であり、399層は発生部64を一部に有する層である。
【0021】
上記記憶部51は、第1エリア部61と、第2エリア部62と、を識別する識別情報を記憶する。さらに、記憶部51は、発生部64と、非発生部65と、を識別する情報を識別情報として記憶する。
【0022】
上記条件調整部52は、識別情報に基づいて、ビーム照射装置40による各種照射条件や積層厚みなどを含む造形条件を調整する。具体的には、条件調整部52は、発生部64の造形時に、非発生部65および第2エリア部62よりも低いエネルギ密度Eで入熱を行うように調整する。条件調整に関する、具体的な数値データを用いた詳細な説明については後述する。
【0023】
図5は、ビーム照射時におけるエネルギ密度Eの理論式を説明するための模式図である。条件調整部52は、予め設定されたプログラムに従って、照射位置、レーザ出力P[W]、走査速度v[mm/s]、走査ピッチs[mm]、積層厚みt[mm]等を変更する。照射位置を変化させることにより、所望の層状の造形物を造形することができる。また、レーザ出力Pを変化させることにより、金属粉末Mに流入する入熱量が変化し、金属粉末M同士の接合強度を変化させることができる。入熱量に相関するエネルギ密度Eは、下記理論式(1)に基づいたパラメータにより調節可能である。
エネルギ密度:E=P/(v×s×t) ・・・(1)
【0024】
A2.条件調整部52による調整:
次に、上記金属積層造形装置1により構造物W1を造形する際に、条件調整部52が実行する条件調整について、データを用いて説明する。条件調整部52は、発生部64の造形時に、ビーム出力が非発生部65の造形時におけるビーム出力と同じであり、かつ、発生部64のビーム照射時温度が非発生部65のビーム照射時温度と同一となるように、ビーム出力とは異なる造形条件を調整する。
【0025】
なお、ここで言う「同一」および「同じ」とは、厳密な意味での「同一」および「同じ」に限らず、当該技術分野の技術常識に照らして、通常、「同一」および「同じ」であると判断される範囲の同一性を有していれば、「同一」および「同じ」であると解釈する。具体的には、基準値の20%程度の増減による相違は同一であるものに含まれることがある。
【0026】
図6は、エネルギ密度Eとビーム照射時温度との対応を示す図である。ここで、「ビーム照射時温度」とは、レーザ照射ポイント周辺の平均温度である。レーザ照射ポイント周辺は、レーザ照射により金属粉末Mが溶融して形成される溶融池N(
図5を参照)を含む。
図6に示すデータにおいて、「照射時温度」は、レーザ照射ポイント周辺における複数点をプロットして、解析により導出されたものである。
【0027】
図6のcase1およびcase2に示すエネルギ密度Eで造形したときの、構造物の態様が、
図4に示す構造物W1と一致している。
図4、
図6のcase1およびcase2に示すように、エネルギ密度Eが231J/mm
3の場合には、379層では反りが発生せず、399層では、399層における天面部66近傍に反りが発生して、造形崩れが発生した。上記解析により得られた照射時温度を比較すると、399層における発生部64の照射時温度は3700℃であり、379層における非発生部65の照射時温度は1350℃であった。
【0028】
すなわち、非発生部65(379層)の方が、照射時温度が著しく高かった。
図4に示すように、本願発明者の検討により、下支えのない第1エリア部61の中でも、より天面部66に近い部位において、形状崩れが発生することが分かった。天面部66に近い部位は、具体的には、内周面の接線角度θ(接線と、接点を通る水平面とのなす角度であり、
図4の反時計回りの角度)が30度~150度の領域の部位である。接線角度θが90度付近である部位が、最も形状誤差が大きかった。
【0029】
ここで、形状崩れが発生する原理について簡単に説明する。造形が進み、下部から天面部66付近まで積層されていくにしたがって、粉末層PLに対してレーザ照射する部位の長さL1(
図2参照)は長くなる。特に、天面部66付近の粉末層PLでは、金属粉末Mにレーザを照射する際に、照射部位の真下に金属粉末Mが凝固していない部位の長さL2は、下層の該当長さL3よりも長い。すなわち、金属粉末Mが凝固していない部分との接触面積が大きくなる。凝固していない金属粉末Mは、凝固した状態の金属よりも熱伝導率が低く、また、1つの粉末層PLの厚みは40μmとごく薄いため、発生部64へのレーザ照射が、非発生部65へのレーザ照射と同じエネルギ密度Eであると、下の層へ放熱しづらくなり熱を蓄えてしまう。
【0030】
その結果、発生部64への入熱量が大きくなり、すなわち熱膨張が下層(例えば、造形部W13の造形時であれば、
図2に示す一つ下の造形部W12)よりも大きくなり、やがて発生部64が冷却されて収縮する際に、下層側は形状が保持されているため上側に反ってしまっていた。反りが生じると、その上部にリコータ33で金属粉末Mを敷き詰める際に、平坦に敷き詰めることができない。或いは、平坦に敷き詰められたとしても、1層の厚みが部分的に薄くなり、さらに過入熱の状態となることから、誤差が積み重なってしまい、最終的に、天面部66付近が許容範囲を超えて下側へ崩れていた。これにより、許容範囲を超えた形状崩れとなっていた。
【0031】
そこで、本願発明者は、発生部64の照射時温度が、非発生部65の照射時温度と同程度になるように低くすれば、過入熱が抑えられて、反りを抑制できるのではないかと思料した。再び、
図6を参照する。本願発明者の解析により、発生部64(399層)のエネルギ密度Eをcase2に示す231J/mm
3からcase3に示す85J/mm
3に小さくすると、379層と同等の温度である1400℃まで低くすることができた。ここで、エネルギ密度Eは上記式(1)により求められる。式(1)より、エネルギ密度Eを低くするには、レーザ出力Pを下げる、もしくは、走査速度v、走査ピッチs、および積層厚みtのいずれかの値を上げる、ことが考えられる。
【0032】
以下、いずれの造形条件によりエネルギ密度Eを低くすることが適しているかを検討した。
図7は、エネルギ密度Eと造形条件との対応を示す図であり、調整する条件として走査速度vを用い、走査速度vを大きくすることによりエネルギ密度Eを小さくする対応を取ったときのデータを示している。
図7に示す例では、走査速度vを500mm/sから1100mm/sに変更している。なお、レーザ出力Pは、370Wから300Wに減少しているが、これは、レーザ出力Pと走査速度vとを条件に作成されたマップに基づいて実験を行ったためであり、意図的に下げたものではない。また、本実施形態では、第2エリア部62と非発生部65とにおける造形条件は同じとしている。
【0033】
図8は、
図7に示す条件調整を経て造形された構造物W2の一部を拡大して示す断面写真である。
図9は、エネルギ密度Eと造形条件との対応を示す図であり、調整する条件としてレーザ出力Pを用い、レーザ出力Pを小さくすることによりエネルギ密度Eを小さくする対応を取ったときのデータを示している。
図9に示す例では、レーザ出力Pを370Wから136Wに変更している。
図10は、
図9に示す条件調整を経て造形された構造物W3の一部を拡大して示す断面写真である。
【0034】
なお、構造物W1、W2、W3は、いずれも同様の形状の水管をモデルにしたものであって、金属積層造形装置1による造形時の条件が異なって造形されたことで、仕上がり形状が異なっている。
【0035】
図8に示すように、走査速度vを大きくする調整を行って造形した場合、天面部66での形状崩れはほぼ生じず、形状誤差を0.5mm以下まで小さくすることが可能となった。一方、
図10に示すように、レーザ出力Pを小さくする調整を行って造形した場合、ある程度の形状誤差の改善は得られたものの、相対密度の低下に起因する空孔67が複数生じており、品質の低下が見られた。空孔67が複数生じると、製品使用時に、水圧が構造物W3の内周部に作用したときに機械的な応力で割れやすくなるという不都合が生じる。
【0036】
以上により、空孔67が生じない程度の品質を確保するために金属粉末Mを適度に溶融させるには、レーザ出力Pは、ある程度の大きさが必要であるため、エネルギ密度Eを小さくする調整に際しては、レーザ出力P以外の条件を用いて調整することが好ましい。具体的には、発生部64における造形条件として走査速度v、走査ピッチs、および積層厚みtのいずれかの値を大きくすることにより調整できる。
【0037】
(1)上記第1実施形態の金属積層造形装置1では、造形部W11,W12,W13が直下に存在せず下支えがない第1エリア部61の発生部64の造形時において、非発生部65の造形時におけるレーザ出力Pと同じであり、かつ、非発生部65の照射時温度と同程度となるように、走査速度vを大きくすることによりエネルギ密度Eを小さくする調整を行う。これにより、第1エリア部61において形状崩れが生じる原因となる層での反りの発生を抑制でき、形状精度を向上させることができる。
【0038】
(2)また、エネルギ密度Eを小さくする調整に際して、レーザ出力Pの大きさは小さくすることなく維持できるため、出来上がった構造物W2に空孔67が生じない程度の品質を確保することができる。
【0039】
(3)
図11は、条件調整部52を有さない比較形態の金属積層造形装置1によって、管路60の半径Rを変化させて造形したときの、形状誤差の発生を説明するための図である。
図12は、第1実施形態の金属積層造形装置1によって、管路60の半径Rを変化させて造形したときの、形状誤差の発生を説明するための図である。
図11に示すように、条件調整部52を有さず、第1エリア部61および第2エリア部62において同じ条件で照射し造形する場合には、形状誤差が0.5mm以下に抑えられるのは、半径Rが2mm以下であった。一方、
図12に示すように、上記第1実施形態の金属積層造形装置1による造形では、半径Rが8mmまでの範囲で形状誤差が0.5mm以下に抑えられた。
【0040】
すなわち、半径Rが8mm程度の大きな管部材ついても、形状精度を維持しつつ造形が可能となった。このように、金属積層造形装置1により造形できる水管形状が増えるため、例えば鍛造や手作業を含む溶接等の他の方法により製造する場合と比較して、構造物W2の製造時間の短縮や、寿命向上の効果を得ることができ、ひいては製造コストを削減できる。
【0041】
(4)上記第1実施形態の金属積層造形装置1では、金属粉末Mとして銅合金を用いている。銅合金粉末は、反射率が高いため、レーザ光のエネルギを吸収しにくく、粉末の温度が上昇しにくい。また、粉末の温度が上昇して融点を超えても、熱伝導率がアルミの約2倍、ステンレスの20倍と大きいために、すぐに冷却されて融点以下になり凝固してしまう。そのため、レーザ照射中に融点を超えて粉末が流動している時間が非常に短く、高密度な積層金属を得ることが困難であった。すなわち、銅合金は、レーザ照射時における過入熱の影響を受けやすいが、上記第1実施形態によれば、銅合金によっても上記したように、品質精度の良い造形が可能となる。
【0042】
B.他の実施形態:
(B1)上記第1実施形態の金属積層造形装置1では、同一の1層の中における発生部64と非発生部65とを区別した上で、発生部64に対して走査速度vを大きく変更するようにしたが、1層ごとに走査速度vを調整するようにしてもよい。例えば、上記の例では、発生部64を有する399層の1層全体について、エネルギ密度Eを小さくする調整を行ってもよい。
【0043】
なお、積層厚みtについては、1層の中で異なるような調整はできないが、1層全体としての厚みは、造形物支持装置20の昇降テーブル22の下降量を調整することで調整可能である。走査速度v、走査ピッチsについては、上記と同様に1層ごとに調整してもよいし、1層の中での走査部位に応じて発生部64に対してのみ調整してもよい。
【0044】
(B2)上記第1実施形態の金属積層造形装置1では、構造物Wとして、高周波熱処理用のコイルである水管を例に説明したが、構造物Wはこのような水管に限られない。凝固した造形部が積層方向Zの下部に存在しない第1エリア部61と、造形部が下部に存在する第2エリア部62と、を有する構造物Wであれば、本開示による金属積層造形装置1による造形が適用可能である。
【0045】
(B3)上記第1実施形態の金属積層造形装置1では、発生部64の造形時において、走査速度vを大きくするように調整したが、非発生部65を含めた第1エリア部61全体の造形において、第2エリア部62よりも低いエネルギ密度Eで入熱を行うように調整してもよい。
【0046】
(B4)上記第1実施形態の金属積層造形装置1では、エネルギ密度Eを小さくするために走査速度vを大きくすることで調整したが、走査ピッチsや積層厚みt等のパラメータを大きくすることにより調整してもよい。また、これらのパラメータを複数組み合わせて調整してもよい。
【0047】
(B5)上記第1実施形態の金属積層造形装置1では、発生部64を識別する識別情報を、事前の試験により実際に反りが生じたデータに基づいて識別した。その他、造形時における蓄積データから、反りが発生すると予測される管路の半径と接線角度との関係や、照射部位の真下における金属粉末Mが凝固していない部位の長さ等に基づいた推定により、発生部を識別するようにしてもよい。
【0048】
本開示は、上記各実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する各実施形態中の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【符号の説明】
【0049】
1…金属積層造形装置、10…チャンバ、11…金属積層造形装置、20…造形物支持装置、21…造形用容器、22…昇降テーブル、23…ベース、30…粉末供給装置、31…粉末収納容器、32…供給テーブル、33…リコータ、40…ビーム照射装置、50…制御装置、51…記憶部、52…条件調整部、60…管路、61…第1エリア部、62…第2エリア部、64…発生部、65…非発生部、66…天面部、67…空孔、W,W1,W2,W3…構造物、W11,W12,W13…造形部