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特開2023-106912予後推定装置、情報取得方法、プログラム及び胆道癌の予後推定用キット
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023106912
(43)【公開日】2023-08-02
(54)【発明の名称】予後推定装置、情報取得方法、プログラム及び胆道癌の予後推定用キット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20230726BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20230726BHJP
【FI】
C12Q1/68 ZNA
C12M1/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022007920
(22)【出願日】2022-01-21
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TENSORFLOW
(71)【出願人】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【弁理士】
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】横山 勢也
(72)【発明者】
【氏名】谷本 昭英
(72)【発明者】
【氏名】東 美智代
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA23
4B029AA27
4B029BB11
4B029BB20
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ28
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR55
4B063QR62
4B063QR72
4B063QR77
4B063QS25
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】胆道癌の予後を正確に推定できる予後推定装置、情報取得方法、プログラム及び胆道癌の予後推定用キットを提供する。
【解決手段】予後推定装置1は、予後が未知である胆道癌を有する対象由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化の状況を示す情報に基づいて対象の予後を推定する推定部10を備える。遺伝子は、MUC1、MUC4、TMEFF2、ECAD、BRCA1、AQP1、MSH2、GLUT1、MUC2、RARb、SLC5A7、SMAD4及びMGMTからなる群から選択される少なくとも1種である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
予後が未知である胆道癌を有する第1の対象由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化の状況を示す情報に基づいて前記第1の対象の予後を推定する推定部を備え、
前記遺伝子は、MUC1、MUC2、MUC4、AQP1、SLC5A7、GLUT1、ECAD、TMEFF2、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2からなる群から選択される少なくとも1種である、
予後推定装置。
【請求項2】
前記メチル化の状況を示す情報は、
前記遺伝子内に含まれるCpG部位がメチル化されていない程度を示す指標である、
請求項1に記載の予後推定装置。
【請求項3】
MUC1、MUC2、MUC4、SLC5A7、ECAD、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2における前記CpG部位は、
前記遺伝子のプロモーター配列の一部を含む領域におけるCpG部位である、
請求項2に記載の予後推定装置。
【請求項4】
MUC1、MUC2、MUC4、SLC5A7、ECAD、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2における前記領域は、
転写開始点を含む、
請求項3に記載の予後推定装置。
【請求項5】
前記遺伝子は、
AQP1、SLC5A7、GLUT1及びRARbである、
請求項1から4のいずれか一項に記載の予後推定装置。
【請求項6】
前記遺伝子は、
MUC2、MUC4、GLUT1及びBRCA1である、
請求項1から4のいずれか一項に記載の予後推定装置。
【請求項7】
前記推定部は、
前記第1の対象の予後として、胆道腫瘍組織の摘出後の前記第1の対象の生存期間を推定する、
請求項1から6のいずれか一項に記載の予後推定装置。
【請求項8】
前記検体試料は、
胆道の非腫瘍組織を含む、
請求項1から7のいずれか一項に記載の予後推定装置。
【請求項9】
前記推定部は、
予後が判明している胆道癌を有する第2の対象由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化の状況を示す情報と、判明している予後に関する情報との関係を示すサンプルデータに基づく教師あり学習で生成されたモデルによって、前記第1の対象の予後を推定する、
請求項1から8のいずれか一項に記載の予後推定装置。
【請求項10】
前記推定部は、
前記サンプルデータを用いた教師あり学習を実行することにより、前記モデルを生成する、
請求項9に記載の予後推定装置。
【請求項11】
予後が未知である胆道癌を有する対象由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化の状況を示す情報に基づいて前記対象の予後に関する情報を取得する取得ステップを含み、
前記遺伝子は、MUC1、MUC2、MUC4、AQP1、SLC5A7、GLUT1、ECAD、TMEFF2、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2からなる群から選択される少なくとも1種である、
情報取得方法。
【請求項12】
コンピュータを、
予後が未知である胆道癌を有する対象由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化の状況を示す情報に基づいて前記対象の予後を推定する推定部として機能させ、
前記遺伝子は、MUC1、MUC2、MUC4、AQP1、SLC5A7、GLUT1、ECAD、TMEFF2、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2からなる群から選択される少なくとも1種である、
プログラム。
【請求項13】
胆道癌を有する対象由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化の状況を検出する試薬を備え、
前記遺伝子は、MUC1、MUC2、MUC4、AQP1、SLC5A7、GLUT1、ECAD、TMEFF2、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2からなる群から選択される少なくとも1種である、
胆道癌の予後推定用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、予後推定装置、情報取得方法、プログラム及び胆道癌の予後推定用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
日本における癌死は死因の第1位であり、年間37万人を超えている。がん全体における胆道癌の割合は約2%であるが、胆道癌の罹患数はがん全体では13位で、胆道癌による死亡数は6位である。胆道癌の5年相対生存率は約27%と極めて低く、胆道癌は難治性癌の代表とも言える。
【0003】
胆道癌は外科的に取り除くことが唯一の根治的治療法となっている。癌の拡がりのわずかな違いにより手術の方法が大きく異なるため精密な診断を要するが、胆道腫瘍の拡がりを画像情報だけで判断することは困難である。
【0004】
胆道癌の予後とアポタンパク質に糖鎖が結合した糖タンパク質であるムチンとの関連が示唆されている。例えば、非特許文献1では、肝内胆管癌(ICC)組織におけるMUC1の発現が高い患者の予後は発現の低い患者より不良で、逆に、MUC2の発現が高い患者の予後は発現の低い患者よりも良好であることが報告されている。
【0005】
非特許文献2では、腫瘤形成型のICC組織におけるMUC4の発現が高い患者の予後は発現の低い患者よりも不良であることが報告されている。非特許文献3には、肝外胆管癌において、MUC1及びMUC4の発現が予後の増悪因子であることが報告されている。
【0006】
胆道癌の予後に関して、ムチン以外のマーカーも報告されている。例えば、非特許文献4には、ICCにおいて、アクアポリン1(AQP1)の発現が低い患者の予後が発現の高い患者よりも不良であることが報告されている。
【0007】
特許文献1には、機械学習の手法を応用して、生体試料から抽出される特徴量の統計的な差異に基づいて結腸癌、肺癌、黒色腫、乳癌、肝臓癌及び膵臓癌等の癌の患者の予後を推定する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2021-521536号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Michiyo Higashi,外6名,“Expression of MUC1 and MUC2 Mucin Antigens in Intrahepatic Bile Duct Tumors: Its Relationship With a New Morphological Classification of Cholangiocarcinoma”,HEPATOLOGY,1999,30,1347-1355
【非特許文献2】Hiroaki Shibahara,外7名,“MUC4 Is a Novel Prognostic Factor of Intrahepatic Cholangiocarcinoma-Mass Forming Type”,HEPATOLOGY,2004,39,220-229
【非特許文献3】Shugo Tamada,外6名,“MUC4 Is a Novel Prognostic Factor of Extrahepatic Bile Duct Carcinoma”,Clin Cancer Res,2006,12,4257-4264
【非特許文献4】Shinichi Aishima,外7名,“Down-regulation of aquaporin-1 in intrahepatic cholangiocarcinoma is related to tumor progression and mucin expression”,Human Pathology,2007,38 (12),1819-1825
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記特許文献1では、胆道癌については検討されていない。胆道癌の患者は胆道腫瘍を切除しても予後不良である症例が比較的多いため、予後の予測、特には外科的治療の適応性を予測できれば臨床的に極めて有用である。
【0011】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、胆道癌の予後を正確に推定できる予後推定装置、情報取得方法、プログラム及び胆道癌の予後推定用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の第1の観点に係る予後推定装置は、
予後が未知である胆道癌を有する第1の対象由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化の状況を示す情報に基づいて前記第1の対象の予後を推定する推定部を備え、
前記遺伝子は、MUC1、MUC2、MUC4、AQP1、SLC5A7、GLUT1、ECAD、TMEFF2、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2からなる群から選択される少なくとも1種である。
【0013】
前記メチル化の状況を示す情報は、
前記遺伝子内に含まれるCpG部位がメチル化されていない程度を示す指標である、
こととしてもよい。
【0014】
MUC1、MUC2、MUC4、SLC5A7、ECAD、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2における前記CpG部位は、
前記遺伝子のプロモーター配列の一部を含む領域におけるCpG部位である、
こととしてもよい。
【0015】
MUC1、MUC2、MUC4、SLC5A7、ECAD、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2における前記領域は、
転写開始点を含む、
こととしてもよい。
【0016】
前記遺伝子は、
AQP1、SLC5A7、GLUT1及びRARbである、
こととしてもよい。
【0017】
前記遺伝子は、
MUC2、MUC4、GLUT1及びBRCA1である、
こととしてもよい。
【0018】
前記推定部は、
前記第1の対象の予後として、胆道腫瘍組織の摘出後の前記第1の対象の生存期間を推定する、
こととしてもよい。
【0019】
前記検体試料は、
胆道の非腫瘍組織を含む、
こととしてもよい。
【0020】
前記推定部は、
予後が判明している胆道癌を有する第2の対象由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化の状況を示す情報と、判明している予後に関する情報との関係を示すサンプルデータに基づく教師あり学習で生成されたモデルによって、前記第1の対象の予後を推定する、
こととしてもよい。
【0021】
前記推定部は、
前記サンプルデータを用いた教師あり学習を実行することにより、前記モデルを生成する、
こととしてもよい。
【0022】
本発明の第2の観点に係る情報取得方法は、
予後が未知である胆道癌を有する対象由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化の状況を示す情報に基づいて前記対象の予後に関する情報を取得する取得ステップを含み、
前記遺伝子は、MUC1、MUC2、MUC4、AQP1、SLC5A7、GLUT1、ECAD、TMEFF2、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2からなる群から選択される少なくとも1種である。
【0023】
本発明の第3の観点に係るプログラムは、
コンピュータを、
予後が未知である胆道癌を有する対象由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化の状況を示す情報に基づいて前記対象の予後を推定する推定部として機能させ、
前記遺伝子は、MUC1、MUC2、MUC4、AQP1、SLC5A7、GLUT1、ECAD、TMEFF2、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2からなる群から選択される少なくとも1種である。
【0024】
本発明の第4の観点に係る胆道癌の予後推定用キットは、
胆道癌を有する対象由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化の状況を検出する試薬を備え、
前記遺伝子は、MUC1、MUC2、MUC4、AQP1、SLC5A7、GLUT1、ECAD、TMEFF2、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2からなる群から選択される少なくとも1種である。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、胆道癌の予後を正確に推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の実施の形態に係る予後推定装置の構成を示すブロック図である。
図2】本実施の形態に係る各遺伝子におけるメチル化の程度を取得する塩基配列、メチル化部位、及び当該塩基配列に含まれるプロモーター配列を示す図である。
図3】本実施の形態に係る各遺伝子におけるメチル化の程度を取得する塩基配列、及びメチル化部位を示す図である。
図4図1の予後推定装置のハードウエア構成を示すブロック図である。
図5図1の予後推定装置の学習段階の処理の流れを示すフローチャートである。
図6図1の予後推定装置の推定段階の処理の流れを示すフローチャートである。
図7】MUC1についてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図8】MUC1のメチル化部位がメチル化されていない程度を示す指標(脱メチル化指数)で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図9】MUC2についてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図10】MUC2の脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図11】MUC4についてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図12】MUC4の脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図13】AQP1についてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図14】AQP1の脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図15】SLC5A7についてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図16】SLC5A7の脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図17】GLUT1についてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図18】GLUT1の脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図19】ECADについてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図20】ECADの脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図21】TMEFF2についてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図22】TMEFF2の脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図23】MGMTについてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図24】MGMTの脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図25】RARbについてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図26】RARbの脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図27】SMAD4についてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図28】SMAD4の脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図29】BRCA1についてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図30】BRCA1の脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図31】MSH2についてメチル化されているメチル化部位の個数それぞれの割合の分布を示す図である。
図32】MSH2の脱メチル化指数で分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図33】AQP1、SLC5A7、GLUT1及びRARbの脱メチル化指数を組み合わせたモデルで分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図34】AQP1、SLC5A7、GLUT1及びRARbの脱メチル化指数を組み合わせたモデルの4分割交差検定の結果を示す図である。
図35】AQP1、SLC5A7、GLUT1及びRARbの脱メチル化指数を組み合わせたモデルの2分割交差検定の結果を示す図である。
図36】MUC2、MUC4、GLUT1及びBRCA1の脱メチル化指数を組み合わせたモデルで分けられる2群それぞれの生存曲線を示す図である。(A)及び(B)は、それぞれ非腫瘍部及び腫瘍部の検体試料を解析した結果である。
図37】MUC2、MUC4、GLUT1及びBRCA1の脱メチル化指数を組み合わせたモデルの4分割交差検定の結果を示す図である。
図38】MUC2、MUC4、GLUT1及びBRCA1の脱メチル化指数を組み合わせたモデルの2分割交差検定の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明に係る実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。各図面においては、同一又は同等の部分には同一の符号が付される。
【0028】
本実施の形態に係る予後推定装置は、予後が未知である胆道癌を有する対象の予後、特には術後予後を推定するための装置である。対象とは、胆道を有する動物であれば特に限定されず、イヌ、ネコ、ブタ及びサル等が挙げられ、好ましくはヒトである。
【0029】
予後推定装置は、コンピュータ上に構築される。すなわち、予後推定装置は、ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現される情報処理装置である。
【0030】
図1に示すように、予後推定装置1は、遺伝子のメチル化の状況を示す情報(メチル化データ)2を入力する。遺伝子は、MUC1、MUC2、MUC4、AQP1、SLC5A7、GLUT1、ECAD、TMEFF2、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2の少なくとも1種である。ここでの“遺伝子”とは、5’非翻訳領域(5’UTR)よりも上流のプロモーター及びエンハンサー等の当該遺伝子の発現を制御する転写調節領域、5’UTR、開始コドンから終止コドンまでのオープンリーディングフレーム(ORF)、並びに3’非翻訳領域(3’UTR)を含むものとする。DNAのメチル化は、主にシトシンに生じるメチル基による修飾をいう。メチル化の状況を示す情報は、塩基配列における5’-CG-3’の部位(以下、“CpG部位”ともいう)のシトシンのメチル化又は脱メチル化の程度を示す値である。
【0031】
メチル化データは、対象由来の検体試料から公知の方法で取得される。検体試料は、例えば、胆道癌を有する対象から摘出術によって採取された組織検体の腫瘍組織及び非腫瘍組織、細胞診検体、術中迅速診断の凍結組織検体の他、膵液及び末梢血等の体液検体である。メチル化データは、遺伝子に関して、CpG部位がメチル化した塩基配列とメチル化していない塩基配列とを識別できる公知の方法によって解析することで取得できる。
【0032】
例えば、検体試料から抽出した遺伝子をバイサルファイトで処理することで、メチル化されていないシトシンは、ウラシルに変換され、メチル化されているシトシンを含む塩基配列と異なる塩基配列となる。さらに、メチル化されたシトシンを含む塩基配列とメチル化されていないシトシンを含む塩基配列とをそれぞれ増幅可能なプライマーを用いて、PCR(Polymerase Chain Reaction)を行うことで増幅させたDNAの塩基配列を、次世代シーケンサー等を使用して決定すればよい。PCRの結果、増幅産物ではバイサルファイト処理で変換されたウラシルはチミンとして増幅される。結果的に検体試料中の遺伝子の塩基配列がメチル化されていないシトシンであればチミンとして読まれ、メチル化されたシトシンであればシトシンとして読まれ、メチル化データを取得できる。
【0033】
プライマーの長さは、特に限定されないが、例えば20~45塩基の長さとして、メチル化部位を含む80~500塩基、好ましくは100~400塩基、さらに好ましくは120~350塩基の長さの増幅産物を得るようにすればよい。
【0034】
例えば、メチル化データは、遺伝子内に含まれるCpG部位がメチル化されていない程度を示す指標である。具体的には、遺伝子内の所定の領域の塩基配列(以下、“標的配列”ともいう)中のCpG部位のうちメチル化されているCpG部位の個数が少ない増幅産物の、当該遺伝子の全増幅産物に対する割合である。メチル化されているCpG部位の個数が少ないとみなす条件は、例えば、mRNAの発現量と一致する傾向を示す閾値、腫瘍組織と非腫瘍組織との間で有意差を示す閾値、TNMスコア及び予後等の臨床情報間で有意差を示す閾値等に基づいて設定される。少ないとみなされる、メチル化されているCpG部位の個数の上限は、標的配列中のCpG部位の個数に応じて増減させてもよく、適宜設定されるが、例えば、標的配列中にCpG部位が8個ある場合、メチル化されているCpG部位が0個、1個、2個又は3個である増幅産物の全増幅産物に対する割合である。
【0035】
好ましくは、遺伝子がMUC1、MUC2、MUC4、SLC5A7、ECAD、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2の場合、CpG部位は、遺伝子のプロモーター配列の一部を含む領域である標的配列におけるCpG部位である。図2には、MUC1、MUC2、MUC4、SLC5A7、ECAD、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2の塩基配列の一部である標的配列がそれぞれ示されている。図2において直線で囲まれている塩基配列はプロモーター配列であって、標的配列中のCpG部位が二重下線で示されている。MUC1、MUC2、MUC4、SLC5A7、ECAD、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2の場合、プロモーター配列の一部を含む標的配列におけるCpG部位についてのメチル化データを使用するのが好ましい。
【0036】
図2において、プロモーター配列の3’末端付近には転写開始点がある。よって、MUC1、MUC2、MUC4、SLC5A7、ECAD、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2における標的配列は転写開始点を含んでもよい。
【0037】
図3には、AQP1、GLUT1及びTMEFF2の標的配列を例示する。図3においても標的配列中のCpG部位が二重下線で示されている。
【0038】
予後推定装置1は、メチル化データ2に対して演算を行って、予後に関する情報(予後情報)3を出力する。予後情報3としては、術後の生存期間の他に、胆道腫瘍組織の摘出術の適応、腫瘍の転移の有無及び摘出術後の再発の有無又は再発までの期間等を示す情報が挙げられる。
【0039】
予後推定装置1の構成についてより詳細に説明する。以下では、予後が未知である対象を対象A(第1の対象)とし、予後が判明している対象を対象B(第2の対象)とする。予後推定装置1は、図1に示すように、推定部10を備える。推定部10は、胆道癌を有する対象A由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化データに基づいて対象Aの予後を推定する。詳細には、推定部10は、胆道癌を有する対象B由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化データと、判明している予後情報との関係を示すサンプルデータに基づく教師あり学習で生成されたモデルによって、対象Aについての予後情報を出力する。
【0040】
教師あり学習とは、説明変数とそれに付随する目的変数との組み合わせの集合を学習用データとして、学習用データに対するフィッティングを行うことにより学習を行う機械学習の一手法である。フィッティングは、学習用データに含まれる説明変数の特徴量を抽出して目的変数ごとの特徴量を選んだり、その目的変数に属するデータの特徴を抽出したり、目的変数を識別する判断基準を生成したりすることで行う。フィッティングによって、入力された説明変数からその説明変数に対応するべき目的変数を出力するモデルが生成される。モデルによって、学習用データに含まれない新たな説明変数に対応する目的変数を出力することができる。
【0041】
サンプルデータは、学習用データに相当し、説明変数は予後が判明している対象B由来の検体試料に含まれる遺伝子のメチル化データであって、目的変数は対象Bの予後情報である。推定部10が用いるモデルは、学習用である複数の対象B由来の検体試料から取得されるメチル化データと、各対象Bの予後を示す情報との組み合わせの集合をサンプルデータとして生成されたモデルである。
【0042】
例えば、サンプルデータは、遺伝子G1、G2、G3・・・Gnそれぞれのメチル化データをv1、v2、v3・・・vnとして、v1~vnが説明変数である。目的変数は、予後情報としての胆道腫瘍組織の摘出後の当該対象の生存期間である。
【0043】
推定部10は、対象A由来の検体試料から取得されたメチル化データを、あらかじめ生成されたモデルに入力することで、対象Aの胆道腫瘍組織の摘出後の生存期間を出力として得る。これにより、推定部10は、対象Aの予後を推定できる。
【0044】
教師あり学習で生成するモデルには、公知の任意のモデルを採用すればよい。教師あり学習のモデルとしては、例えば、線形回帰、線形分類、ロジスティック回帰、サポートベクターマシーン、ランダムフォレスト、決定木、ニューラルネットワーク、畳み込みニューラルネットワーク、パーセプトロン、ディープラーニング及びk近傍法等が挙げられる。教師あり学習には、R、Jubatus、Theano及びTensorFlow等、種々のフレームワークを利用できる。
【0045】
好ましくは、上記モデルは、線形回帰モデル又は線形分類モデルである。線形回帰モデル及び線形分類モデルは、説明変数とそれに対応するべき目的変数とを写像する関数である。線形回帰モデルの場合、目的変数として連続値を予測することができる。線形分類モデルでは、目的変数としてラベル(カテゴリ)を判定することができる。目的変数がラベルの場合、例えば、生存期間が5年未満を予後不良、5年以上を予後良好とした2つのラベルとすることができる。
【0046】
説明変数として用いる遺伝子の数は1つであってもよいが、複数種の遺伝子を組み合わせて用いることで、推定の精度の向上が期待できる。組み合わせられる遺伝子の種類は、2~10種類、2~8種類、2~6種類又は2~5種類である。推定に使用される遺伝子は、例えば、AQP1、SLC5A7、GLUT1及びRARbであってもよいし、MUC2、MUC4、GLUT1及びBRCA1であってもよい。
【0047】
推定部10は、サンプルデータを用いた教師あり学習を実行することにより、モデルを生成する。実際には、サンプルデータは複数の対象Bから取得される。予後不良、すなわち生存期間が短い対象B、及び予後良好、すなわち生存期間が長い対象B由来の検体試料から取得されたサンプルデータを多数使用することで推定の精度を向上させることができる。
【0048】
図1に示す予後推定装置1は、例えば、図4に示すハードウエア構成を有するコンピュータがソフトウエアプログラムを実現することにより実現される。具体的には、予後推定装置1は、装置全体の制御を司るCPU(Central Processing Unit)21と、CPU21の作業領域等として動作する主記憶部22と、CPU21の動作プログラム等を記憶する外部記憶部23と、操作部24と、表示部25と、通信インターフェイス26と、これらを接続する内部バス27から構成される。
【0049】
主記憶部22は、RAM(Random Access Memory)等から構成されている。主記憶部22には、CPU21の推定プログラム28と、機械学習プログラム29と、サンプルデータ30と、メチル化データ2とが外部記憶部23からロードされる。また、主記憶部22は、CPU21の作業領域(データの一時記憶領域)としても用いられる。
【0050】
外部記憶部23は、フラッシュメモリ、ハードディスク等の不揮発性メモリから構成される。外部記憶部23には、CPU21に実行させるための推定プログラム28と、機械学習プログラム29と、があらかじめ記憶されている。また、外部記憶部23には、さらに、サンプルデータ30と、対象A由来の検体試料から取得されたメチル化データ2とが記憶される。
【0051】
操作部24は、キーボード及びマウス等のデバイスと、これらのデバイスを内部バス27に接続するインターフェイス装置から構成されている。
【0052】
表示部25は、CRT(Cathode Ray Tube)、液晶モニタ等の表示用デバイスから構成される。
【0053】
通信インターフェイス26は、外部機器とのデータ送受信を行うインターフェイスである。通信インターフェイス26を介して、サンプルデータ30又はメチル化データ2が送受信される。
【0054】
次に、本実施の形態に係る予後推定装置1の動作によって実現される情報取得方法、すなわち予後推定装置1によって実行される処理について説明する。予後推定装置1によって実行される処理は、図5に示す学習段階の処理と、図6に示す推定段階の処理とに分かれている。
【0055】
まず、学習段階の処理について説明する。学習段階では、機械学習プログラム29が外部記憶部23から主記憶部22に読み込まれ、CPU21が、機械学習プログラム29を実行することにより、処理が実行される。
【0056】
図6に示すように、まず、予後推定装置1は、サンプルデータ30の読み込みを行う(ステップS1)。ここでは、サンプルデータ30が外部記憶部23から主記憶部22に読み込まれる。
【0057】
続いて、推定部10は、サンプルデータ30を用いて教師あり学習を行う(ステップS2)。教師あり学習により、教師あり学習で生成されたモデルは、後述される推定プログラム28で用いられるため、主記憶部22及び外部記憶部23に記憶される。ステップS2が完了すると、予後推定装置1は、学習段階の処理を終了する。
【0058】
次に、推定段階の処理について説明する。推定段階では、推定プログラム28が外部記憶部23から主記憶部22に読み込まれ、CPU21が、推定プログラム28を実行することにより、処理が実行される。
【0059】
図6に示すように、まず、予後推定装置1は、メチル化データ2の読み込みを行う(ステップS11)。ここでは、メチル化データ2が外部記憶部23から主記憶部22に読み込まれる。続いて、推定部10は、教師あり学習で生成されたモデルに従ってメチル化データ2から対象Aの予後が推定され、予後情報が出力される(ステップS12)。ステップS12が完了すると、予後推定装置1は、推定段階の処理を終了する。
【0060】
本実施の形態に係る予後推定装置1は、下記実施例に示すように、胆道癌を有する対象Bの予後に相関する遺伝子に係るメチル化データに基づく教師あり学習で生成されたモデルによって対象Aの胆道癌の予後、例えば胆道腫瘍組織の摘出後の対象Aの生存期間を推定する。このため、対象Aの胆道癌の予後を正確に推定することができる。本実施の形態では、遺伝子の発現抑制に関与するCpG部位がメチル化されていない程度を示す指標を用いてもよいこととした。遺伝子の発現量としてmRNAを定量する場合、mRNAはDNAより不安定であるとともに、DNAに逆転写する必要があり、検体試料の調整が煩雑となりやすい。この点、メチル化データは抽出したDNAを処理すればよいので、精度よく予後を推定できる。
【0061】
MUC1、MUC2、MUC4、SLC5A7、ECAD、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2については、CpG部位をプロモーター配列の一部を含む標的配列におけるCpG部位であってもよいこととした。プロモーター配列の塩基のメチル化は、当該プロモーター配列によって発現が制御される遺伝子の発現への影響が大きいため、これら遺伝子の発現をより反映したモデルによって、予後を正確に推定することができる。
【0062】
本実施の形態では、複数の遺伝子として、AQP1、SLC5A7、GLUT1及びRARbの組み合わせ、又はMUC2、MUC4、GLUT1及びBRCA1の組み合わせで生成されたモデルを用いて予後を推定してもよいこととした。これら遺伝子の組み合わせのメチル化データによれば、下記実施例に示すように、良好な精度で予後を推定できる。
【0063】
本実施の形態では、検体試料は胆道の腫瘍組織を含んでもよいこととした。下記実施例に示すように、上記の遺伝子は腫瘍組織の検体試料から取得したメチル化データが予後に相関するため、予後を正確に推定できる。また、検体試料は胆道の非腫瘍組織を含んでもよいこととした。特に、下記実施例に示すように、上記のその他の遺伝子はもちろんのこと、ECAD及びTMEFF2については、非腫瘍組織の検体試料から取得したメチル化データが予後により相関するため、非腫瘍組織から取得されるECAD及びTMEFF2のメチル化データの使用は、予後の正確な推定に寄与する。
【0064】
なお、本実施の形態に係る予後推定装置1は、推定部10でモデルを生成するようにしたが、推定部10は、生成したモデルではなく、予後推定装置1の外部で生成され、外部記憶部23にあらかじめ記憶されたモデルにより予後を推定してもよい。
【0065】
上述の予後推定装置1のハードウエア構成やソフトウエア構成は一例であり、任意に変更および修正が可能である。
【0066】
CPU31、主記憶部32、外部記憶部33、操作部34、表示部35、通信インターフェイス36及び内部バス38などから構成される予後推定装置1の処理を行う中心となる部分は、専用のシステムによらず、通常のコンピュータシステムを用いて実現可能である。例えば、上記の動作を実行するためのコンピュータプログラムを、コンピュータが読み取り可能な記録媒体(フレキシブルディスク、CD-ROM、DVD-ROM等)に格納して配布し、当該コンピュータプログラムをコンピュータにインストールすることにより、上記の処理を実行する予後推定装置1を構成してもよい。また、インターネット等の通信ネットワーク上のサーバ装置が有する記憶装置に当該コンピュータプログラムを格納しておき、通常のコンピュータシステムがダウンロード等することで予後推定装置1を構成してもよい。
【0067】
予後推定装置1の機能を、OS(オペレーティングシステム)とアプリケーションプログラムの分担、またはOSとアプリケーションプログラムとの協働により実現する場合などには、アプリケーションプログラム部分のみを記録媒体や記憶装置に格納してもよい。
【0068】
搬送波にコンピュータプログラムを重畳し、通信ネットワークを介して配信することも可能である。たとえば、通信ネットワーク上の掲示板(BBS, Bulletin Board System)にコンピュータプログラムを掲示し、ネットワークを介してコンピュータプログラムを配信してもよい。そして、このコンピュータプログラムを起動し、OSの制御下で、他のアプリケーションプログラムと同様に実行することにより、前記の処理を実行できるように構成してもよい。
【0069】
なお、別の実施の形態では、胆道癌の予後推定用キットが提供される。予後推定用キットは、胆道癌を有する対象由来の検体試料に含まれる上記の遺伝子のメチル化の状況を検出する試薬を備える。試薬としては、バイサルファイト処理されたゲノムDNAに含まれる上記遺伝子について、メチル化されたシトシンを含む塩基配列とメチル化されていないシトシンを含む塩基配列とをPCRでそれぞれ増幅可能なプライマーが挙げられる。好ましくは、プライマーは、各遺伝子の上記標的配列をPCR産物の塩基配列中に含むように設計されたものである。予後推定用キットは、検体試料に含まれるゲノムDNAにおけるメチル化されていないシトシンをウラシルに変換する試薬、例えばバイサルファイト(亜硫酸水素塩)を試薬として備えてもよい。予後推定用キットは、各種緩衝液、PCRによる増幅産物の塩基配列の決定に使用するその他の試薬等を備えてもよい。
【実施例0070】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0071】
試験例1
(DNA抽出及びバイサルファイト処理)
胆管癌患者から摘出術によって取得した組織検体の腫瘍部より1mm辺組織を採取した。臨床フローで陰性が確定している組織断端部より非腫瘍部を同様に採取した。なお、検体を採取した胆管癌患者の術後の生存期間は判明している。DNeasy Blood&Tissue Kit(Qiagen社製)を用いて、腫瘍部の組織及び非腫瘍部の組織それぞれからDNAを抽出した。次いで、EpiTect Bisulfite Kit(Qiagen社製)を使用して、抽出したDNAをバイサルファイト処理に供した。
【0072】
(標的配列の増幅)
バイサルファイト処理したDNAについて、KOD-Multi&Epi(商標)(TOYOBO社製)を用いてPCRを行い、標的配列を増幅した。対象とした遺伝子はMUC1、MUC2、MUC4、AQP1、SLC5A7(コリントランスポーター)、GLUT1、ECAD、TMEFF2、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2である。
【0073】
MUC1、MUC2、MUC4、SLC5A7、ECAD、MGMT、RARb、SMAD4、BRCA1及びMSH2の標的配列は図2に示される。AQP1、GLUT1及びTMEFF2の標的配列は図3に示される。
【0074】
PCRの条件は、94℃で2分間に続き、98℃で10秒間、Tm値の温度で30秒間及び68℃で30秒間からなるサイクルを30サイクルとした。MUC1、MUC4、TMEFF2、ECAD、BRCA1、AQP1、MSH2及びGLUT1のTm値は59、MUC2、RARb及びSLC5A7のTm値は53、SMAD4及びMGMTのTm値は50である。AM pure XP(Beckman社製)を用いてPCRの増幅産物を精製した。
【0075】
各遺伝子における標的配列を増幅するためのプライマーの塩基配列を表1に示す。
【0076】
【表1】
【0077】
なお、本明細書に係る塩基配列において、“Y”は“C”又は“T”を意味し、“Rは“G”又は“A”を意味する。
【0078】
(次世代シーケンサー用のライブラリーの構築及び配列決定)
次世代シーケンサーにアプライするライブラリー(サンプル)を、GenNext(商標) NGS Library Prep Kit(TOYOBO社製)を用いて構築した。各検体の標識には、Illumina社製のindexを用いた。MiSeq Reagent Kit v3(600-cycle)(Illumina社製)を用いて、ライブラリーの塩基配列を決定した。
【0079】
(メチル化データのマイニング)
バイサルファイトシーケンスアラインメント及びメチル化検出のためのソフトウエアであるアプリケーションbismarkを用いて、塩基配列データについてマッピングを行った。methpat(Nicholas C. Wong, et al., BMC Bioinformatics,2016,17 (98))を用いて、メチル化シークエンスデータを抽出した。メチル化シークエンスデータに基づいて、Rを用いて脱メチル化指数を次のように算出した。
【0080】
1検体から調製され、次世代シーケンサーで塩基配列が決定された全リードについて、各遺伝子の標的配列内に含まれる被メチル化部位であるCpG部位のうち、メチル化されているCpG部位の個数を計数した。続いて、全リードにおけるメチル化されているCpG部位の個数それぞれの割合を算出した。例えば、遺伝子Aの標的配列内のCpG部位が8個であるところ、塩基配列が決定された200000リードにおいて、メチル化されているCpG部位の個数が0個(X0と表記する)、1個(X1と表記する)、2個(X2と表記する)、3個(X3と表記する)、4個(X4と表記する)、5個(X5と表記する)、6個(X6と表記する)、7個(X7と表記する)及び8個(X8と表記する)のリードがそれぞれ74000リード、40000リード、20000リード、16000リード、14000リード、12000リード、10000リード、8000リード及び6000リードとする。X0、X1、X2、X3、X4、X5、X6、X7及びX8の割合は、それぞれで37%(74000/200000)、20%、10%、8%、7%、6%、5%、4%及び3%となる。この場合、遺伝子Aの脱メチル化指数を、X0~X4の割合を合計し、82とする。
【0081】
図7は、MUC1を解析対象として、検体すべてについて、全リードにおけるメチル化されているCpG部位の個数それぞれの割合の分布を示す。MUC1では脱メチル化指数(Hypomethylation Index)をX0~X4の割合の合計とした。非腫瘍部においてMUC1の脱メチル化指数が65以上を陽性(positive)、65未満を陰性(negative)とした場合の生存曲線を図8(A)に示す。一方、腫瘍部においてMUC1の脱メチル化指数が63.5以上を陽性、63.5未満を陰性とした場合の生存曲線を図8(B)に示す。非腫瘍部及び腫瘍部のいずれでも陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、MUC1の脱メチル化の程度が高いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0082】
図9は、MUC2を解析対象として、検体すべてについて、全リードにおけるメチル化されているCpG部位の個数それぞれの割合の分布を示す。MUC2では脱メチル化指数をX0~X7の割合の合計とした。非腫瘍部においてMUC2の脱メチル化指数が85以上を陽性、85未満を陰性とした場合の生存曲線を図10(A)に示す。一方、腫瘍部においてMUC2の脱メチル化指数が89.9以上を陽性、89.9未満を陰性とした場合の生存曲線を図10(B)に示す。非腫瘍部及び腫瘍部のいずれでも陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、MUC2の脱メチル化の程度が高いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0083】
同様に、MUC4に関してCpG部位の各個数の割合の分布、非腫瘍部及び腫瘍部についての生存曲線を、図11図12(A)及び図12(B)にそれぞれ示す。MUC4については非腫瘍部及び腫瘍部のいずれでも陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、MUC4の脱メチル化の程度が低いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0084】
AQP1に関してCpG部位の各個数の割合の分布、非腫瘍部及び腫瘍部についての生存曲線を、図13図14(A)及び図14(B)にそれぞれ示す。AQP1については非腫瘍部及び腫瘍部のいずれでも陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、AQP1の脱メチル化の程度が低いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0085】
SLC5A7に関してCpG部位の各個数の割合の分布、非腫瘍部及び腫瘍部についての生存曲線を、図15図16(A)及び図16(B)にそれぞれ示す。SLC5A7については非腫瘍部及び腫瘍部のいずれでも陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、SLC5A7の脱メチル化の程度が低いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0086】
GLUT1に関してCpG部位の各個数の割合の分布、非腫瘍部及び腫瘍部についての生存曲線を、図17図18(A)及び図18(B)にそれぞれ示す。GLUT1については非腫瘍部及び腫瘍部のいずれでも陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、GLUT1の脱メチル化の程度が高いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0087】
ECADに関してCpG部位の各個数の割合の分布、非腫瘍部及び腫瘍部についての生存曲線を、図19図20(A)及び図20(B)にそれぞれ示す。ECADについては非腫瘍部において陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、ECADの脱メチル化の程度が低いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0088】
TMEFF2に関してCpG部位の各個数の割合の分布、非腫瘍部及び腫瘍部についての生存曲線を、図21図22(A)及び図22(B)にそれぞれ示す。TMEFF2については非腫瘍部において陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、TMEFF2の脱メチル化の程度が低いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0089】
MGMTに関してCpG部位の各個数の割合の分布、非腫瘍部及び腫瘍部についての生存曲線を、図23図24(A)及び図24(B)にそれぞれ示す。MGMTについては非腫瘍部及び腫瘍部のいずれでも陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、MGMTの脱メチル化の程度が低いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0090】
RARbに関してCpG部位の各個数の割合の分布、非腫瘍部及び腫瘍部についての生存曲線を、図25図26(A)及び図26(B)にそれぞれ示す。RARbについては非腫瘍部及び腫瘍部のいずれでも陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、RARbの脱メチル化の程度が低いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0091】
SMAD4に関してCpG部位の各個数の割合の分布、非腫瘍部及び腫瘍部についての生存曲線を、図27図28(A)及び図28(B)にそれぞれ示す。SMAD4については非腫瘍部及び腫瘍部のいずれでも陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、SMAD4の脱メチル化の程度が低いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0092】
BRCA1に関してCpG部位の各個数の割合の分布、非腫瘍部及び腫瘍部についての生存曲線を、図29図30(A)及び図30(B)にそれぞれ示す。BRCA1については非腫瘍部及び腫瘍部のいずれでも陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、BRCA1の脱メチル化の程度が低いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0093】
MSH2に関してCpG部位の各個数の割合の分布、非腫瘍部及び腫瘍部についての生存曲線を、図31図32(A)及び図32(B)にそれぞれ示す。MSH2については非腫瘍部において陽性と陰性との間に生存曲線に有意な差があり、MSH2の脱メチル化の程度が低いと、術後の生存期間が短い傾向があり、予後不良であった。
【0094】
171個の検体の全生存期間と生存時間データオブジェクトを作成するRの関数Survとを用いて算出したデータに線形回帰する関数を、線形モデルを作成するRの関数lmによって作成した。説明変数は、モデル1ではAQP1、SLC5A7、GLUT1及びRARbの脱メチル化指数を用い、モデル2ではMUC2、MUC4、GLUT1及びBRCA1の脱メチル化指数を用いた。モデル1又はモデル2で得られる目的変数(Caluculated risk Index)が0以上の検体をハイリスク群(positive)、目的変数が0未満の検体をnegativeとした。モデル1及びモデル2の性能を交差検定で検討した。
【0095】
図33(A)及び図33(B)は、それぞれ1個抜き交差検定:Leave One Out Cross Varidation(LOOCV)法によるモデル1の非腫瘍部及び腫瘍部の生存曲線を示す。非腫瘍部及び腫瘍部で、ハイリスク群は有意に生存期間が長く、ハザードレシオはそれぞれ2.193及び2.006であった。モデル1の4分割交差検定の結果を図34に示す。非腫瘍部及び腫瘍部で、ハイリスク群を有意に判別でき、ハザードレシオはそれぞれ2.709及び2.412であった。モデル1の2分割交差検定の結果を図35に示す。非腫瘍部及び腫瘍部で、ハイリスク群を有意に判別でき、ハザードレシオはそれぞれ2.745及び2.368であった。
【0096】
図36(A)及び図36(B)は、それぞれLOOCV法によるモデル2の非腫瘍部及び腫瘍部の生存曲線を示す。非腫瘍部及び腫瘍部で、ハイリスク群は有意に生存期間が長く、ハザードレシオはそれぞれ2.528及び2.19であった。モデル1の4分割交差検定の結果を図37に示す。非腫瘍部及び腫瘍部で、ハイリスク群を有意に判別でき、ハザードレシオはそれぞれ2.412及び2.299であった。モデル1の2分割交差検定の結果を図38に示す。非腫瘍部及び腫瘍部で、ハイリスク群を有意に判別でき、ハザードレシオはそれぞれ2.447及び2.418であった。
【0097】
この発明は、この発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、この発明を説明するためのものであり、この発明の範囲を限定するものではない。すなわち、この発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
【符号の説明】
【0098】
1 予後推定装置、2 メチル化データ、3 予後情報、10 推定部、21 CPU、22 主記憶部、23 外部記憶部、24 操作部、25 表示部、26 通信インターフェイス、27 内部バス、28 推定プログラム、29 機械学習プログラム、30 サンプルデータ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
図34
図35
図36
図37
図38
【配列表】
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