(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023107219
(43)【公開日】2023-08-02
(54)【発明の名称】組織切片の回収方法、及びガラス板
(51)【国際特許分類】
G01N 1/04 20060101AFI20230726BHJP
G01N 1/28 20060101ALI20230726BHJP
【FI】
G01N1/04 X
G01N1/28 G
G01N1/04 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023004809
(22)【出願日】2023-01-17
(31)【優先権主張番号】P 2022008149
(32)【優先日】2022-01-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】山岡 英彦
(72)【発明者】
【氏名】永田 晃基
(72)【発明者】
【氏名】八谷 如美
【テーマコード(参考)】
2G052
【Fターム(参考)】
2G052AA33
2G052AB22
2G052AD32
2G052BA14
2G052BA24
2G052CA11
2G052EC17
(57)【要約】
【課題】切り出した微小切片を、効率的かつ安定して回収する回収方法を提供する。
【解決手段】誘電泳動用の電極が配置された板面に、切片を設置する工程と、切片に含まれる標的部分の周囲を切断する工程と、電極に電圧を印加し、誘電泳動によって切断された標的部分を所定の位置に移動させる工程と、所定の位置に移動した標的部分を吸引により回収する工程と、を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘電泳動用の電極が配置された板面に、切片を設置する工程と、
前記切片に含まれる標的部分の周囲を切断する工程と、
前記電極に電圧を印加し、誘電泳動によって切断された前記標的部分を所定の位置に移動させる工程と、
前記所定の位置に移動した前記標的部分を吸引により回収する工程と、を備える組織切片の回収方法。
【請求項2】
前記電極は、中心部から放射状に広がるアーム部を有し、前記標的部分は、誘電泳動により前記中心部に向かって移動する、請求項1に記載の組織切片の回収方法。
【請求項3】
前記中心部の電極の一部がくり抜かれている、請求項2に記載の組織切片の回収方法。
【請求項4】
前記アーム部が曲率を有する、請求項2または3に記載の組織切片の回収方法。
【請求項5】
前記切断する工程では、レーザー光により切断が行われる、請求項1から3のいずれか1項に記載の組織切片の回収方法。
【請求項6】
試料を載せるガラス板であって、
前記資料を載せる板面に配置された電極を備え、
前記電極は、中心部から放射状に広がるアーム部を有する、ガラス板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織切片の回収方法、及びガラス板に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザーマイクロダイセクション法は、顕微鏡下で組織切片を観察しながら標的とする病変細胞塊をレーザー光によって切り出し、採取、及び回収するための手法である(例えば、特許文献1から3参照。)。この方法は、複雑に混ざり合った組織標本の中から標的となる細胞群や単一細胞のみを回収することができるため、疾患や生命現象の解明にとって有用である。また、レーザーマイクロダイセクション法は、医療用途に限らず、工業製品等の試料から微小な標的部分を切り出すためにも用いられている。
【0003】
通常のレーザーマイクロダイセクション法で用いるレーザー波長(355nm)に比べて、より短いレーザー波長(266nm)を採用するアドバンスドレーザーマイクロダイセクタ(ALMD)では、数μmからサブμmの超微小領域を切削することが可能である。しかし、ALMDによる切削物は、その小ささ故に既存の方法で回収することができず、極細のガラスキャピラリを用いて個別に回収する必要があった。しかし、個別回収は煩雑であり、極細のガラスキャピラリも破損しやすいなどの問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014-78008号公報
【特許文献2】特表2015-517669号公報
【特許文献3】特開2013-63336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、切り出した微小切片を、効率的かつ安定して回収する回収方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る組織切片の回収方法は、誘電泳動用の電極が配置された板面に、切片を設置する工程と、前記切片に含まれる標的部分の周囲を切断する工程と、前記電極に電圧を印加し、誘電泳動によって切断された前記標的部分を所定の位置に移動させる工程と、前記所定の位置に移動した前記標的部分を吸引により回収する工程と、を備えるものである。
【0007】
また、前記電極は、中心部から放射状に広がるアーム部を有し、前記標的部分は、誘電泳動により前記中心部に向かって移動するようにしてもよい。
【0008】
また、前記中心部の電極の一部がくり抜かれているようにしてもよい。
【0009】
また、前記アーム部が曲率を有するようにしてもよい。
【0010】
また、前記切断する工程では、レーザー光により切断が行われるようにしてもよい。
【0011】
本発明に係るガラス板は、試料を載せるガラス板であって、前記資料を載せる板面に配置された電極を備え、前記電極は、中心部から放射状に広がるアーム部を有するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、切り出した微小切片を、効率的かつ安定して回収する回収方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】発明の実施の形態に係るレーザーマイクロダイセクション装置10の模式図である。
【
図2】発明の実施の形態に係る組織切片の回収方法を説明する図である。
【
図3】発明の実施の形態に係る透明電極の形状を例示する図である。
【
図4】発明の実施の形態に係る誘電泳動によって標的部分Tを移動させる仕組みを説明する図である。
【
図5】発明の実施の形態に係る透明電極の形状を例示する図である。
【
図6】発明の実施の形態に係る透明電極の形状を例示する図である。
【
図7】発明の実施の形態に係る透明電極と比較する透明電極の形状を例示する図である。
【
図8】本発明の方法を利用したマイクロプラスチックの定量評価を説明する図である。
【
図9】本発明の方法を適用したマイクロプラスチックを含む試料の透過率の分光計測結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明の実施の形態を説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分は同一又は類似の符号で表している。ただし、図面は模式的なものである。したがって、具体的な寸法等は以下の説明を照らし合わせて判断するべきものである。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることはもちろんである。
【0015】
図1は、本発明の実施の形態による、組織切片から標的領域(微小切片)を切削し、回収するためのレーザーマイクロダイセクション装置10の模式図である。
図1に示すように、レーザーマイクロダイセクション装置10は、切片1を乗せたスライドガラス(ガラス板)2を置くためのステージ11と、切片1の三次元画像を取得する顕微鏡12と、切片1を切断する切断レーザー光を発する切断レーザー光源13と、切片1の標的部分の周囲が切断されるように、標的部分の三次元座標に基づき、切片1に対する切断レーザーの入射位置及び入射角を変化させる制御部14を備えている。
【0016】
切片1は、例えば、培養細胞及びスライスされた生体組織等の生体試料である。ステージ11には、例えば、ステージ11を移動させるステージ駆動機構が接続される。ステージ駆動機構は、ステージ11を、ステージ11表面と平行方向(x方向及びy方向)に移動させたり、ステージ11表面に対して垂直方向(z方向)に移動させたりする。
【0017】
顕微鏡12は、例えば共焦点ラマン顕微分光装置である。顕微鏡12は、励起光源を備える。励起光源は、ラマン散乱光を励起するレーザー光を照射するレーザーである。ラマン散乱光を励起するレーザー光の波長は、例えば532nm、633nm、及び785nmであるが、これらに限定されない。励起光源から発せられた励起レーザー光は、例えば、ラインフィルターを通過する。顕微鏡12は、切片1に対して励起レーザー光を下方から照射するための倒立型の励起光光路と、切片1に対して励起レーザー光を上方から照射するための透過型の励起光光路との両方を備えていてもよい。
【0018】
切断レーザー光源13は、例えば、波長範囲が200nm以上300nm以下(例えば、266nm)である深紫外(DUV)レーザー光を切断レーザー光として発する。切断レーザー光源13から発せられた切断レーザー光は、制御部14を経て、切片1の切断位置で集光される。
【0019】
制御部14は、切片1の三次元画像から得られる標的部分の断面形状に基づき、例えばガルバノスキャナーを駆動して、切片1に対する切断レーザーの入射位置及び入射角を変化させる。制御部14は、記憶装置(図示せず)に記憶された、切片1の標的部分の輪郭の三次元座標の情報を読み取り、切断レーザー光の焦点が切片1の標的部分の輪郭に沿って移動するよう、ガルバノミラー等を駆動する。なお、ステージ11を移動させるステージ駆動機構が制御部14に含まれていてもよい。
【0020】
次に、
図2を用いて、本発明の実施の形態による、組織切片の回収方法を説明する。ここでは、生体組織の切片1を試料としてスライドガラス2上に載せ、レーザーマイクロダイセクション装置10を用いて、切片1中に含まれる複数の標的部分Tを切片1から切り出す。レーザー光の波長は特に限定されないが、例えば266nmである。さらに、切り出した複数の標的部分Tを、誘電泳動によって特定の場所に集めた上で、ガラスキャピラリCを用いて吸引する。以下、
図2を用いてより詳細に説明する。
【0021】
P1に示すように、切片1を載せるスライドガラス2の上には、ITO(Indium Tin Oxide)等の透明電極21が配置されている。
図3は、透明電極21の形状を例示する図である。
図3に示すように、透明電極21は、中心部Oから放射状に広がる複数のアーム部211を有している。
【0022】
次に、P2に示すように、スライドガラス2の板面に、切片1を設置する。続いて、P3に示すように、レーザーマイクロダイセクション装置10によって、切片1中の標的部分Tの周囲を切断し、複数の標的部分Tを切り出す。
【0023】
さらに、P4に示すように、切片1の上に水Wを滴下し、切り出した標的部分Tが移動できるようにする。さらに、P5に示すように、透明電極21に交流電圧を印加し、切り出した標的部分Tを誘電泳動によって移動させる。
【0024】
図4は、誘電泳動によって、切片1から切り出した標的部分Tを移動させる仕組みを説明する図である。透明電極21に電圧を印加することによって形成される不均一な電界中に、標的部分Tのような誘電微粒子(例えば、タンパク質の凝集体)が置かれると、微粒子の左右に形成される電界(E
left、E
right)の強度の差に応じて、誘電微粒子に発生した誘起双極子が及ぼす力の差(F
dep)が発生し、結果的に誘導微粒子が移動する。
【0025】
図2の例では、P5に示すように、標的部分Tは、透明電極21の中心部Oに向かって移動する(図中の矢印)。その結果P6に示すように、標的部分Tは透明電極21の中心部Oに集まる。次に、P6に示すように、ガラスキャピラリCを用いて集合した標的部分Tを吸引する。標的部分Tが狭い領域に集まっているため、一度の吸引で効率よくまとめて回収することができる。
【0026】
図5は、透明電極22の他の例を示す図である。透明電極22は、中心部Oから放射状に広がるアーム部211を有する点は
図3に示す透明電極21と同様である。一方、中心部Oを拡大して見ると、透明電極21については、図中(a)に示すように、中心部Oは円形の電極である。一方、透明電極22については、図中(b)に示すように、中心部Oの電極は一部がくり抜かれて同心円状になっている。中心部Oの電極をくり抜くことにより、標的部分Tをより小さな面積の領域に集めることができるので、回収の効率をさらに向上させることができる。
【0027】
図6は、透明電極23の他の例を示す図である。透明電極23も透明電極21,22と同様に、中心部Oから放射状に広がる複数のアーム部231を有するが、アーム部231は曲率を有しており、全体として渦を巻くような形状になっている。これにより、透明電極23に電圧を印加することによって発生する電解に渦が生じ、標的部分Tの中心部Oへの求心力をさらに高めることができる。
【0028】
以上のように、本実施形態によれば、透明電極21を配置したスライドガラス2上で、レーザーマイクロダイセクション法によって切片を切削し、切り出した微小切片である標的部分を誘電泳動によって所定の位置に移動させて集めるようにしたので、切削した微小切片を、効率的かつ安定して回収することができる。
【0029】
また、透明電極21は、中心部Oから放射状に広がるアーム部211を有することにより、切削した微小切片を中心部に向かって集めることができる。これにより、微小切片の回収効率をより高くすることができる。なお、本実施形態による透明電極21による誘電泳動と、
図7に示すような一般的な櫛歯形状の電極24による誘電泳動とを比較したところ、一般的な櫛歯電極24では、電極全体の周囲の比較的広い範囲に誘電微粒子が移動した。これに対し、本実施形態による放射形状の電極では、電極の中央部に集中して誘電微粒子が移動し、より集中的な泳動力を発生することが分かった。
【0030】
また、透明電極22のように、中心部の電極の一部をくり抜くことにより、微小切片が集まる面積をさらに小さくすることができる。これにより、微小切片の回収効率をさらに高くすることができる。
【0031】
また、透明電極23のようにアーム部231に曲率を付与し、渦を巻くような形状にしてもよい。これにより、微小切片の求心力をさらに高めることができる。
【0032】
なお、本実施形態では、切片の切断にはレーザーマイクロダイセクション法を用いているが、切断方法はこれに限定されず、本発明は、1つの試料から複数の微小領域を分離し、分離した微小領域を効率よく回収するために利用することができる。また、試料についても、生体試料に限らず、工業製品等に適用することもできる。
【0033】
(マイクロプラスチックの定量評価への応用例)
河川や海へ流出したマイクロプラスチックの生態系や健康への影響が懸念されている。特に、直径300μm以下のマイクロプラスチックの量をモニタリングする技術は現状確立されていない。マイクロプラスチックは誘電泳動によって移動させることができる微粒子であるため、本発明によるレーザーマイクロダイセクション装置10を用いて、試料に含まれるマイクロプラスチックの定量評価を行った。
【0034】
図8は、本発明の方法を利用したマイクロプラスチックの定量評価を説明する図である。ここでは、分光光度計によって測定した光の透過率に基づいて定量評価を行う。
図8(A)に示すように、レンズの視野801に対して分光光度計による測定エリア802が小さいため、スライドガラス上にマイクロプラスチックを含む試料を載せただけの状態では、定量評価を行うことは難しい。そこで、透明電極21を配置したスライドガラス2に試料を載せて、
図2に示す手順にて誘電泳動を行い、試料中のマイクロプラスチックをスライドガラス2上の所定の位置に移動させる。この結果、
図8(B)に示すように、スライドガラス2上のD3の領域にマイクロプラスチックの微粒子MPが集まった。一方、D1の領域には微粒子MPはほとんど存在せず、D3に隣接するD2の領域では、D3よりは少ないものの、ある程度の量の微粒子MPが存在している。
【0035】
図9は、
図8に示す3つの領域D1~D3における透過率の分光計測結果を示す図である。
図9に示すように、領域D3においては、透過率の大きな変化が見られた。領域D2では、多少の透過率の変化が見られたものの、領域D3ほどではなかった。一方、領域D1では透過率の変化はほとんど見られなかった。このように、スライドガラス全体での透過率による評価は難しくても、本発明を適用し、誘電泳動により試料中のマイクロプラスチックを狭いエリアに集中させることにより、十分な透過率の変化を計測することが可能であることが実証された。
【符号の説明】
【0036】
1…切片、2…スライドガラス、10…レーザーマイクロダイセクション装置、11…ステージ、12…顕微鏡、13…切断レーザー光源、14…制御部、21,22,23…透明電極、211,231…アーム部、801…レンズの視野、802…分光光度計による測定エリア