(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023107255
(43)【公開日】2023-08-03
(54)【発明の名称】ウイルスの質量検出センサおよび測定装置
(51)【国際特許分類】
G01N 5/02 20060101AFI20230727BHJP
G01N 29/12 20060101ALI20230727BHJP
【FI】
G01N5/02 A
G01N29/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022008329
(22)【出願日】2022-01-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 先導研究プログラム/未踏チャレンジ2050 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(71)【出願人】
【識別番号】501061319
【氏名又は名称】学校法人 東洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 一浩
(72)【発明者】
【氏名】合田 達郎
【テーマコード(参考)】
2G047
【Fターム(参考)】
2G047AA12
2G047BA04
2G047BC04
2G047BC15
2G047CA04
2G047CA05
2G047GG32
(57)【要約】
【課題】 エアロゾルの状態で空気中に漂うウイルスを検出し得る検査装置、特に質量検出センサおよび測定装置を提供する。
【解決手段】
質量検出センサは、基板上にキャビティを形成するとともに、該キャビティの開口部をグラフェンによって閉口させて該グラフェンの架橋構造による可動膜を形成し、該可動膜を振動させるときの共振周波数の変化により可動膜に付着する物質の質量を検出する。少なくとも可動膜を形成する範囲のグラフェンの表面に担持され、核酸分子に対する吸着能を有する吸着物質と、吸着物質に吸着され、かつ特定ウイルスとの結合能を有するアプタマーとを備える。測定装置は、質量検出センサを使用し、可動膜を振動させるための加振手段と、振動するときの可動膜の振幅を検出する振幅検出手段と、検出された振幅から共振周波数を判定する判定手段とを備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上にキャビティを形成するとともに、該キャビティの開口部をグラフェンによって閉口させて該グラフェンの架橋構造による可動膜を形成し、該可動膜を振動させるときの共振周波数の変化により可動膜に付着する物質の質量を検出する質量検出センサにおいて、
少なくとも可動膜を形成する範囲のグラフェンの表面に担持され、核酸分子に対する吸着能を有する吸着物質と、該吸着物質に吸着され、かつ特定ウイルスとの結合能を有するアプタマーとを備えることを特徴とするウイルスの質量検出センサ。
【請求項2】
前記グラフェンの表面もしくは前記吸着物質の表面のいずれか一方または両者の双方に、測定目的以外の物質の吸着を阻害するブロッキング剤を吸着させている請求項1に記載のウイルスの質量検出センサ。
【請求項3】
前記グラフェンによって閉口されたキャビティの内部は減圧環境に維持されるものである請求項1または2に記載のウイルスの質量検出センサ。
【請求項4】
前記アプタマーは、SARS-CoV-2のスパイクタンパクを特異吸着する核酸分子であり、前記特定ウイルスがSARS-CoV-2である請求項1~3のいずれかに記載のウイルスの質量検出センサ。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の質量検出センサを使用し、エアロゾル化したウイルス量を計測する測定装置であって、
前記質量検出センサと、前記可動膜を振動させるための加振手段と、振動するときの可動膜の振幅を検出する振幅検出手段と、検出された振幅から共振周波数を判定する判定手段とを備えることを特徴とするウイルスの測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスの付着による質量増加を検出するセンサと、このセンサを利用する測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
2020年初頭頃より流行し始めた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、世界的な大流行(パンデミック)を引き起こし、2022年に至るも変異を繰り返し収束が見込めない状況となっており、医療崩壊の危機や経済活動の停滞などの状況を招来させている。このような状況において、経済活動を推進させるためには、環境中のSARS-CoV-2(コロナウイルス)を継続的に監視し得るセンシングデバイスやスループットの高い診断・検査技術の開発が求められている。現時点において、SARS-CoV-2(コロナウイルス)の検出には、専らPCR法が採用されているが、このPCR法は、ウイルスのエンベロープ中のRNAを取り出し、増幅させる工程が必須であるため、簡易かつ短時間におけるSARS-CoV-2の検出が困難であるという問題点があった。他方において、簡易検査法として抗原検査法または抗体検査法が使用されているところ、抗原検査法も、検出の対象はエンベロープ中の抗原であり、抗体検査法は感染後の抗体を計測するものであった。そのため、感染前に環境中に存在するSARS-CoV-2を直接測定するものではなかった。
【0003】
そこで、ウイルスそのものを検出する小型センサとして、FET技術を応用したISFETによるバイオセンサが研究されている。例えば、非常に高い電子移動度を示すグラフェンを使用するものとして、グラフェンの表面に接触したタンパク質やウイルスなどの電荷に応答して変化する導電性に着目して、電気的に標的を検出するFET型バイオセンサが研究されている(特許文献1~3および非特許文献1参照)。また、SARS-CoV-2のスパイクタンパクを特異的に吸着する抗体をグラフェンチャンネル上に固定化してウイルスを検出したことが報告されている(非特許文献2参照)。
【0004】
しかしながら、電気的なバイオセンサでは、測定範囲を制限するデバイ遮蔽の問題があり、生理的な塩濃度下では10nmを超える生体分子の検出が困難であるという問題点があった。これに対し、基板から自立させた架橋構造のグラフェン(以下、単に「架橋グラフェン」と称する場合がある)は、基板の光学フォノンによる電子散乱を受けないため、基板に固定されたグラフェンよりも高いキャリア移動度(200,000cm2/Vs)を示し、また、薄く軽量の架橋グラフェンを用いることにより高感度にセンシングし得ることが想定されるところ、現実に、二酸化炭素1分子を架橋グラフェン上で検出したことが報告されている(非特許文献3参照)。
【0005】
ところが、上記の報告例によれば、分子が架橋グラフェン上に物理吸着した際の物性値の変化を測定したものであって、測定対象とする分子を選択的に検出したものではなかった。そこで、本願の発明者らは、基板にキャビティを形成し、その開口部をグラフェン膜で封止させることにより、キャビティ上に架橋グラフェンを設ける技術を開発し(非特許文献4参照)、さらに、架橋グラフェン上に分子吸着能を有する物質を修飾したデバイスを設け、分子が吸着されたときに生ずるグラフェン膜の変形に基づいた選択的分子の検出を可能とする技術を開発した(非特許文献5参照)。
【0006】
上記の技術は、分子吸着能を有する物質として抗体を使用し、この抗体によって化学的に機能化した架橋グラフェンに抗原の吸着を可能とする(抗原抗体反応を利用する)ものであって、このときの架橋グラフェンによる膜の静的な変形を測定する表面応力測定によるものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2016-047777号公報
【特許文献2】国際公開WO2020/170799号公報
【特許文献3】特開2021-076529号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Y.Ohno, K.Maehashi, K.Matsumoto, “Label-free biosensors based on aptamer-modified graphene field-effect transistors”, J.AM.Chem.Soc. 132, pp.18012-18013 (2010)
【非特許文献2】G.Seo, G.Lee, M.Jeong, S.-H.Beak, M.Choi, K.B.Ku, C.-S.Lee, S.Jun, D.Park, H.G.Kim, S.-J.Kim, J.Lee, B.T.Kim, E.C.Park, S.I.Kim, “Rapid detection of COVID-19 causative virus(SARS-CoV-2) in human nasopharyngeal swab specimens using field-effect transistor-based biosensor”, ACS Nano 14, pp.5135-5142 (2020)
【非特許文献3】J.Sun, M.Muruganathan, H.Mizutani, “Room temperature detection of individual molecular physisorption using suspended bilayer graphene”, Sci.Adv.2, e1501518 (2016)
【非特許文献4】K.Takahashi, H.Ishida, K.Sawada, “Vacuum-sealed microcavity formed from suspended graphene by using a low-pressure dry-transfer technique”, APPL.Phys.Lett. 112, 041901 (2018)
【非特許文献5】S.Kidane, H.Ishida, K.Sawada, K.Takahashi, “A suspended graphene-based optical interferometric surface stress sensor for selective biomolecular detection”, Nanoscale Adv.2, pp.1431-1436 (2020)
【非特許文献6】喜種 慎、澤田 和明、高橋 一浩、「架橋グラフェンを用いた超高感度光干渉型マルチモーダルバイオセンサ」、第12回集積化MEMSシンポジウム、2020年10月26~28日、オンライン、28A3-AP-1
【非特許文献7】K.Arano, A.A.B.Kusaini, E.Furusawa, J.Uesaka, Y.-J.Choi, T.Noda, T.Goda, Y.Miyahara, K.Sawada, K.Takahashi, “A suspended graphene-based resonant mass sensor for label-free virus detection”, 2021 Int. Conf. on Solid State Devices and Materials, On-line, G-6-01
【非特許文献8】新野 謙、クサイニ アミルン、上坂 純平、古澤 絵里子、崔 容俊、合田 達郎、宮原 裕司、野田 俊彦、澤田 和明、高橋 一浩、「グラフェン共振センサによる飛沫中のインフルエンザウイルス検出」第82回応用物理学会秋季学術講演会、2021年9月10日~13日、オンライン、13p-N322-8
【非特許文献9】Y.Song, J.Song, X.Wei, M.Huang, M.Sun, L.Zhu, B.Lin, H.shen, Z.Zhu, C.Yang, “Discovery of aptamers targeting the receptor-binding domain of the SARS-COV-2 spike gilcoprotein”, Anal.Chem.92, pp.9895-9900 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前掲の非特許文献5に開示される技術は、表面応力測定によるものであるが、この表面応力測定では、抗原分子の電荷に依存して変化する膜の変形量を計測するため、濃度の変化は測定できるものの、実際に吸着されている分子の数量を定量することができなかった。そこで、本願の発明者らは、架橋グラフェンを振動させるとき、架橋グラフェン上の吸着物質の質量に応じて共振周波数が変化することを見出し、その共振周波数シフトを検出する共振質量測定を開発した。そして、この共振質量測定を利用して、抗原抗体反応によって吸着する抗原の質量計測の可能性(非特許文献6)およびヒトインフルエンザウイルスの吸着量に対する質量計測の可能性(非特許文献7および8)を実証した。これらの実証実験では、レセプターとして抗体やシアロ糖鎖を用いており、タンパク質またはヒトインフルエンザウイルスを架橋グラフェン上に特異吸着させることも同時に実証したものであった。
【0010】
ところで、上記に示した抗原の質量計測では、体液中の抗原検出を模して、架橋グラフェンに適宜濃度の液体試薬を滴下したものであり、また、ヒトインフルエンザウイルスの質量計測では、飛沫感染を模して、1.6HAU(凝集単位:Hemagglutination Unit)のウイルスをスプレーによって強制的に修飾させた後、共振周波数を計測したものであった。
【0011】
しかしながら、SARS-CoV-2は、エアロゾルの状態で空気中に漂うことで拡散されることが報告されており、従って、体液中に含まれる抗原または飛沫に含まれるウイルスの検出ではSARS-CoV-2の検出としては不十分であった。そのため、環境中のウイルスを検出し、特にウイルスの量的濃度を検出することをもって、ウイルス感染を未然に防ぐことができる検出装置が切望されていた。なお、非特許文献9には、SARS-CoV-2のスパイクタンパクを特異的に吸着する特性を有するアプタマーが開示されている。
【0012】
本発明は、上記諸点に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、エアロゾルの状態で空気中に漂うウイルスを検出し得る検査装置、特に質量検出センサおよび測定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
そこで、ウイルスの質量検出センサに係る本発明は、基板上にキャビティを形成するとともに、該キャビティの開口部をグラフェンによって閉口させて該グラフェンの架橋構造による可動膜を形成し、該可動膜を振動させるときの共振周波数の変化により可動膜に付着する物質の質量を検出する質量検出センサにおいて、少なくとも可動膜を形成する範囲のグラフェンの表面に担持され、核酸分子に対する吸着能を有する吸着物質と、該吸着物質に吸着され、かつ特定ウイルスとの結合能を有するアプタマーとを備えることを特徴とする。
【0014】
上記のような構成によれば、特定ウイルスとの間で結合することができるアプタマーが、吸着物質を介してグラフェンによる可動膜の表面に吸着されることにより、当該アプタマーが特定ウイルスと特異的に吸着(結合)するとき、吸着した特定ウイルスの質量に応じて可動膜の共振周波数が変化することとなる。この共振周波数の変化を検出することにより、環境下における特定ウイルスの存在を検知し、また共振周波数の変化の程度に応じて特定ウイルスの量的濃度を検知することも可能となる。ここで、グラフェンによる可動膜の膜厚は、0.34nmと極めて薄膜であるため、振動時における質量感度は、極めて高く、解析値において10~100yg/Hzであることから、エアロゾルの状態で空気中を漂う特定ウイルスを僅かに吸着したとしても検出が可能なものとなる。
【0015】
上記構成の発明においては、前記グラフェンの表面もしくは前記吸着物質の表面のいずれか一方または両者の双方に、測定目的以外の物質の吸着を阻害するブロッキング剤を吸着させることが好ましい。ブロッキング剤を可動膜の表面に吸着させることにより、アプタマーとの間で特異的に吸着し得る特定ウイルス以外の物質の吸着を排除し、測定対象たる特定ウイルスの吸着による可動膜の共振周波数の変化を測定することができる。
【0016】
また、上記各構成の発明において、前記グラフェンによって閉口されたキャビティの内部は減圧環境に維持されていることが好ましい。このような構成の場合、キャビティ内が減圧環境であるため、アプタマーおよび特定ウイルスの吸着による分子間応力による膜の静的変形(膨出変形)が生じた場合においても、可動膜の膨出変形を抑えることができ、共振周波数測定時の可動膜の振動が円滑になる。また、可動膜の振動に対する空気抵抗を排除する目的で、共振周波数測定を減圧チャンバ内で行う場合であっても、圧力差による可動膜の変形を抑えることができる。
【0017】
さらに、上記各構成の発明において、前記アプタマーは、SARS-CoV-2のスパイクタンパクを特異吸着する核酸分子であり、前記特定ウイルスがSARS-CoV-2であるものとすることができる。
【0018】
上記のような構成によれば、SARS-CoV-2の可動膜への付着は、当該SARS-CoV-2のスパイクタンパクを特異的に吸着させることによって可能となり、空気中に漂うエアロゾルの状態のSARS-CoV-2が当該アプタマーに接触することによる捕捉が可能となる。そして、前述のとおり、グラフェンによる可動膜は、振動時の質量感度が極めて高いことから、エアロゾルの状態で空気中を漂う僅かなSARS-CoV-2を吸着した場合であっても共振周波数の変化を測定し得るものとなる。
【0019】
他方、ウイルスの測定装置に係る本発明は、前記各構成の質量検出センサいずれかを使用し、エアロゾル化したウイルスを検出する測定装置であって、前記質量検出センサと、前記可動膜を振動させるための加振手段と、振動するときの可動膜の振幅を検出する振幅検出手段と、検出された振幅から共振周波数を判定する判定手段とを備えることを特徴とする。
【0020】
上記構成によれば、加振手段により異なる周波数により質量検出センサを構成する可動膜を振動させ、振幅検出手段により検出される振幅に基づいて共振周波数を判断することにより、可動膜の共振周波数の変化を測定することが可能となる。この共振周波数が変化するとき、ウイルスが存在することを検知することとなり、また、共振周波数の変化の程度に応じてウイルスの量的濃度の測定(質量測定)が可能となる。
【0021】
ここで、加振手段としては、光照射による熱駆動のような光励起方式のほか、ジュール熱駆動または静電駆動のような電気的方式によることができ、振幅検出手段としては、キャビティと可動膜とのギャップの変化による干渉色変化によって測定する方法のほか、動インピーダンス計測による電気的な検出方法がある。
【発明の効果】
【0022】
質量検出センサに係る本発明によれば、エアロゾルの状態で空気中に漂うウイルスが可動膜に接触することにより、当該ウイルスを捕捉し、その状態における共振周波数の検知によりウイルスの存否を判断することができる。このときの共振周波数の変化の程度に応じて適宜ウイルスの質量(量的濃度)を検出することが可能となる。
【0023】
他方、ウイルスの測定装置に係る本発明によれば、前記のような質量検出センサを使用することからウイルスの検出および質量の測定が可能であり、加振手段、振幅検出手段および判定手段を備えることにより、ウイルスの質量計測が可能な測定装置として使用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】質量検出センサの実施形態を示す説明図である。
【
図2】質量検出センサの可動膜の状態を示す説明図である。
【
図3】加振器および周波数解析装置を例示する説明図である。
【
図4】加振器および周波数解析装置の他の例を示す説明図である。
【
図5】質量検出センサの作製手順を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0026】
<質量検出センサ>
図1は、ウイルスの質量検出センサの実施形態を示す図である。
図1(a)に示すように、本実施形態の質量検出センサAは、シリコン基板1の表面に単層グラフェンを接着させた構成であり、このシリコン基板1は、基板本体11の表面を熱酸化させて酸化シリコン膜12を形成したうえ、部分的に反応性イオンエッチング(RIE)によってキャビティ3を形成したものである。単層グラフェン2が、シリコン基板1のキャビィ3が開口する部分(開口部)30を含む領域に積層され、当該開口部30が閉口され、キャビティ3が封止されている。この状態で、単層グラフェン2には、架橋構造を形成することとなり、当該架橋構造となっている部分が振動可能な可動膜として機能するものである。なお、キャビティ3の形状は、平面視において矩形とすることができるほか、円形としてもよく、また、他の形状とすることが可能であるが、後述のように振動させることを考慮すれば、架橋構造の境界部分に頂点を形成しない円形または楕円形が好ましい。
【0027】
このように構成された架橋構造のグラフェン(架橋グラフェン)の表面側には、特定の核酸分子(アプタマー)を吸着することができる吸着物質が担持されている。この吸着物質の担持は、単層グラフェンの接着前に処理するほか、接着後に担持させてもよい。また、吸着物質は、吸着させるべきアプタマーによって選定することとなる。吸着物質は、単層グラフェンの表面全域に担持させてもよいが、少なくとも架橋グラフェン(可動膜)を含む領域に担持されるものである。
【0028】
例えば、
図1(b)に示すように、単層グラフェンのうち架橋構造グラフェン(可動膜)20に対して限定的に吸着物質を担持させる場合、当該可動膜の表面にアプタマー4を吸着させることができる。このアプタマー4を吸着させた後に、ブロッキング剤5をさらに吸着させることにより、当該アプタマー4との間で特異的に吸着し得る特定ウイルス以外の物質の吸着を排除することができる。このブロッキング剤5の吸着状態は、架橋剤に吸着される態様と、グラフェン2の表面に吸着される態様とがあり、そのいずれか一方であってもよく双方であってもよい。要諦は、可動膜に対象ウイルス6とは異なる物質の付着による検出精度を安定させるためであり、ブロッキング剤の吸着状態によってウイルス6の特異的な吸着の状況が変化するものではないのである。その結果として、環境中においてエアロゾルの状態で浮遊するウイルス6との接触により、当該ウイルス6のみを吸着することができることとなる。
【0029】
なお、キャビティ3の内部は、単層グラフェンによって封止される状態において減圧(ゲージ圧で-1気圧程度)された状態とすることにより、アプタマー4、ブロッキング剤5およびウイルス6などの吸着に際して、これらの分子間応力による可動膜20の変形(膨出)を抑制させることができる。
【0030】
<質量検出の原理>
図2に示すように、質量検出センサAは、上記のような構成としたことから、単層グラフェン2のうちキャビティ3の形成により架橋構造となっているグラフェンの可動膜20は、グラフェンそのものが有する変形可能な範囲で振動させることができる。このとき、可動膜20の全体質量に応じて、可動膜20における固有振動数が変化することから、振動させるときの共振周波数を検出することにより、可動膜20の全体の質量変化を検出することができる。
【0031】
すなわち、
図2(a)に示すように、特定ウイルス6と特異的に吸着できる状態(吸着前の状態)とした可動膜20を振動させるときの共振周波数を予め計測しておき、観測後において再度可動膜20の共振周波数を計測することにより、その差異に基づき、特定ウイルスの存在および質量を検出することが可能となるのである。
【0032】
例えば、一定時間中、所定の環境下に質量検出センサAを配置し、単層グラフェン表面が当該環境下における空気に触れる状態とした後の共振周波数を計測するとき、
図2(b)に示すように、特定ウイルス6がアプタマー4に吸着する場合には、異なる周波数において共振することとなるから、上記の共振周波数の異同によってウイルス6の検出が可能となる。さらに、吸着されたウイルス6の量(質量)の大小によって、当然に共振周波数が異なることから、当該共振周波数に基づいて質量を算出することができることとなる。
【0033】
ここで、可動膜に吸着したウイルス6の質量は下式によって算出することができる。
【数1】
【0034】
従って、例えば、吸着前の共振周波数(f0)が6.88MHzであり、測定時の共振周波数が5.54MHzであるとき、共振周波数の周波数シフト(Δf)は-1.34MHzとなる。ここで、可動膜20の質量が45.5fgである場合には、吸着物質(特定ウイルス)の質量は17.7fgと算出することができる。
【0035】
また、可動膜に物質が吸着されたときの、質量感度Smは、下式で表すことができる。従って、可動膜を単層グラフェンによって構成することにより、可動膜を軽量化することができることとなり、質量感度を向上させることができる。
【0036】
【0037】
<加振手段、振幅検出手段および判定手段>
上記のように、可動膜20を振動させ、また共振周波数を計測できれば、上記式により吸着物質(特定ウイルス)の質量検出が可能となる。そこで、加振器(加振手段)および共振周波数解析装置(振幅検出手段・判定手段)を例示して説明する。加振器は、ジュール熱を周期的に付与し、または加振用レーザを周期的に照射することによって可動膜20を加熱し、グラフェンの加熱収縮を利用することにより振動させることができる。すなわち、周期的にグラフェンを加熱することで、当該周波数に応じた収縮・緩和を繰り返させることにより加振できるものである。
【0038】
図3は、電気的な加振器および周波数解析装置を例示するものである。
図3(a)に示す加振器は、交流電源をファンクションジェネレータ7によって出力電圧の周波数を調整しつつ、単層グラフェン2に印加するものである。周波数を変更しつつグラフェンに電圧を印加することにより、単層グラフェン2に流れる電流量も周期的に変化することとなり、このとき発生するジュール熱が周期的に変動(ON・OFF)することとなる。このジュール熱の周期的な変化に応じて、可動膜20が収縮・緩和を繰り返すことにより振動が惹起されるものとなる。
【0039】
他方、共振周波数解析装置は、前述の単層グラフェン2を流れる電流のインピーダンスを計測するインピーダンス測定器8で構成されている。ファンクションジェネレータ7によって調整された周波数に変化させた交流電流について、インピーダンス測定器8で計測されるインピーダンスが大きく変化する状態から、モーショナルインピーダンス(共振状態におけるインピーダンス)を検出するものである。モーショナルインピーダンスが検出されたときの位相および振幅を出力することにより、共振周波数が解析されることとなる。なお、モーショナルインピーダンスが検出されるときのインピーダンスの大きさに応じて、可動膜20が振動するときの振幅に換算することができるものである。
【0040】
また、電気的な加振方法としては、ジュール熱によるグラフェンの熱収縮を利用するほか、静電駆動によることも可能である。例えば、
図3(b)に示すように、シリコン基板1に形成されるキャビティ3をギャップとして利用し、シリコンと単層グラフェン2との間に静電引力を与え、可動膜20を静電アクチュエータのように駆動させて振動を惹起させるものである。この場合には、インピーダンス測定器8によって調整された周波数による交流電圧を印加させることができ、同時にインピーダンス測定器8によってインピーダンスの変化を測定し、モーショナルインピーダンスを特定することで共振周波数を計測するものとなる。
【0041】
他方、光学的な手法を用いることもできる。例えば、
図4(a)は、共振周波数解析装置を光学的装置とするものである。すなわち、加振器としては交流電流を供給しつつジュール熱による可動膜20を加振するものであり、振幅を光学的に検出する形態を例示している。光学的な振幅の検出は、プローブレーザとしてCWレーザを可動膜20に照射し、その反射光を検出するものである。プローブレーザは、プローブレーザ発振器81から連続発振される特定波長(例えば、638nm)のレーザ光を可動膜20に照射させるものであり、反射光は、フォトダイオード82を介してスペクトラムアナライザ83に入力し、反射光の波長の変化および程度によって振動数および振幅を検出するものである。
【0042】
さらに、可動膜20の加振においても光学的手法を採用する場合には、
図4(b)に示すように、光励起による加振用レーザによる光励起計測法を用いることができる。加振用レーザは、レーザ発振器71によって連続発振される特定波長(例えば405nm)の加振用レーザを可動膜20に照射するものである。また、振動検出には、プローブレーザによるものとし、プローブレーザ発振器81から連続発振される特定波長(例えば、638nm)のレーザ光により、反射光をスペクトラムアナライザ83によって振動数および振幅を検出するものである。そのため、加振用レーザに使用するレーザは、プローブレーザと区別するため、プローブレーザが照射された可動膜20の振動によって変化することが予想される波長の範囲から十分に逸脱したものが選択される。なお、スペクトラムアナライザ83に対してプローブレーザの反射光のみを入力させるため、フォトダイオード82の直前にはバンドパスフィルタ84が設けられる構成としている。
【0043】
上述のいずれの形態においても、可動膜20に対して周波数を変化させつつ振動させることと、振動の状態(振幅)を検出することにより、可動膜20の共振周波数を検出することができるものとなる。従って、ウイルスの質量検出センサを使用しつつ、上述の各加振装置および周波数測定装置を組み合わせることにより、本発明のウイルス測定装置に係る実施形態を構成するものとなる。
【0044】
なお、可動膜20の共振周波数の検出に際しては、簡易的な測定であれば、大気圧下で行うことも可能であるが、精密な測定においては、微妙な空気抵抗を排除するため減圧環境下(例えば真空チャンバ内)で実施することが好ましい。この場合、簡易な測定装置としては、加振器および共振周波数解析装置を質量検出センサと一体に設けることができ、精密な測定装置としては、加振器および共振周波数解析装置を真空チャンバに設置しておき、質量検出センサを当該真空チャンバ内の所定位置に設置できるように構成することができる。
【実施例0045】
ウイルスの質量検出センサは、次のようにして作製した。すなわち、
図5に示すように、シリコン基板1と単層グラフェン2とを個別に製作し、最後に接着することにより設けた。グラフェンは、
図5(a)~(d)に示すように、触媒の銅箔Cuの表面上に単層グラフェン2をCVD成長させた。単層グラフェン2から銅箔Cuを除去するため、グラフェン2の表面に支持膜としてのポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)をスピンコートし、ポリジメチルシロキサン(PDMS)をPMMAとグラフェンの外周部分に圧着し、このPDMSによってPMMAとグラフェンを支持しつつ、FeCl
3液によるエッチング液Etchの中に銅箔Cuを浸漬して、当該銅箔Cuを除去した。
【0046】
他方、シリコン基板1は、
図5(e)~(h)に示すように、シリコン本体11の上面を熱酸化によりシリコン酸化膜12を形成し、キャビティを形成する領域以外にレジストResを転写し、そのうえで反応性イオンエッチング(RIE)により、直径8μmの円形による深さ1~2μmのキャビティを形成した。
【0047】
上記のように個別に作製した単層グラフェンとシリコン基板1とを
図5(i)(j)に示すように、シリコン基板1のキャビティが形成されている側の表面に接着し、減圧下においてPMMAのガラス転移点(約125℃)以上の温度で基板を加熱し、PMMAを軟化させグラフェンをシリコン基板1に密着させた。その後、不要なPMMAを除去し、PDMSを剥離し、シリコン基板1と単層グラフェンの積層体を得た。単層グラフェンは、基板1のキャビティによってギャップを有する架橋構造となる構造体を得た。なお、熱処理を減圧下(ゲージ圧で-1気圧)で実施することにより、キャビティ内部は減圧状態に維持され、グラフェンとの接着性を向上させた。
【0048】
このようにして作製した基板1とグラフェン2との接合体に対し、化学的処理を施してウイルス吸着能を生じさせる。単層グラフェンの表面には、核酸分子(アプタマー)の吸着物質として、ピレン基を有する1-ピレンブタン酸スクシンイミジルエステル(PBSE)をπスタッキングにより修飾させた。PBSEのピレン基をグラフェンとπ結合させ、反対側のスクシンイミジルエステル基によって、核酸分子の末端に用意されるアミノ基と反応させてアミド結合させるのである。従って、単層グラフェンの表面に修飾させたPBSEが架橋剤として機能し、核酸分子(アプタマー)を単層グラフェンの表面に固定化させることができる。
【0049】
ここで使用する核酸分子(アプタマー)は、次のような構成を有するものである。
5’-CAGCACCGACCTTGTGCTTTGGGAGTGCTGGTCCAAGGGCGTTAATGGACA-3’ (塩基数51mer)
このアプタマーは、前述の非特許文献9に開示されるものであり、SARS-CoV-2のスパイクタンパクを特異的に吸着する特性を有している。
【0050】
上記のようにして、SARS-CoV-2のスパイクタンパクを特異的に吸着し得るアプタマーを架橋グラフェンの表面に固定化してなる質量検出センサを構成した。
【0051】
次に、加振器としては、光励起による加振用レーザによる光励起計測法を用い、周波数解析装置としては、プローブレーザ発振器、フォトダイオードおよびスペクトラムアナライザを使用し、プローブレーザ発振器は、波長638nmのレーザ光を連続発振させるものとし、フォトダイオードおよびスペクトラムアナライザは、反射光の変化から可動膜の振動数および振幅を検出させるものとした。
【0052】
<実験例>
上記構成の質量検出センサについて、上記に示した加振器および周波数解析装置を用いて共振周波数解析を行った。具体的には、架橋グラフェンのみによる可動膜の共振周波数、架橋剤を介してアプタマーを固定化した状態における共振周波数、および不活化処理を行ったSARS-CoV-2内のスパイクタンパクを特異吸着させた状態における共振周波数をそれぞれ測定する実験を行った。
【0053】
まず、予備実験として、不活化したSARS-CoV-2の溶液に質量検出センサを浸漬し、乾燥後の共振周波数を測定した。このとき、架橋剤としてはPBSEを使用し、非イオン界面活性剤(Tween(登録商標)20)を1%添加した溶液1ng/mLを使用して処理時間5分で修飾処理した。また、アプタマーは、前記の特異吸着能を有する塩基数51merによる構成のもの(5μM)を0.1mL使用した。アプタマーは、緩衝材としてトリスヒドロキシメチルアミノメタン(tris)を100mM使用してpH8.5に調整し、処理時間60分で修飾処理した。また、測定対象のSARS-CoV-2は、104copiesのウイルス量を含む溶液1.5mLを使用した。
【0054】
このときの各状態における共振周波数の変化を
図6(a)に示す。この検出結果から明らかなとおり、架橋グラフェンのみを加振した際の共振周波数は、10.9MHz付近であったが、架橋剤およびアプタマーを修飾した状態においては、8.5付近に共振周波数が低下していた。これは、架橋剤とアプタマーの吸着による可動膜の質量増加に起因するものと考えられる。さらに、SARS-CoV-2の溶液に浸漬した後(乾燥後)においては、7.9付近に共振周波数がシフトした。これは、SARS-CoV-2がアプタマーに特異吸着されて可動膜の質量が増加したためであり、言い換えれば当該ウイルスがアプタマーに吸着したことによるセンサ応答が取得できたものということができる。
【0055】
そして、初期のグラフェンのみによる可動膜の質量が45.5fgである場合、吸着したウイルスの質量は、前記式(数1)に基づいて算出することができる。このとき、まず、架橋剤およびアプタマーの吸着により増加した質量を算出すれば、20.0fg(-2×45.5×(-2.4/10.9))となる。そこで、この架橋剤およびアプタマーの質量を加算した可動膜について、ウイルスの吸着前後の共振周波数の変化から、さらにウイルスの質量を算出すると、9.2fg(-2×65.5×(-0.6/8.5))となる。
【0056】
このように、グラフェンによる可動膜の表面に特異的に吸着したウイルス量を質量として得ることができるものとなる。また、上記式(数1)に示す計算式において、グラフェンに架橋剤およびアプタマーを修飾した状態における共振周波数および質量の値が予め得られていれば、同式(数1)は、ウイルスの吸着後における共振周波数のみが変数となる質量換算式となるから、当該共振周波数が検出されればウイルス量(質量)を容易に取得することができることが判明した。
【0057】
そこで、次に、本試験として、上記質量検出センサを使用してエアロゾルの状態のウイルスの検出が可能か否かを実験した。実験に使用した質量検出センサは、前記の予備実験と同様とし、また、架橋剤およびアプタマーも同様の条件で修飾した。この状態において、コンプレッサ式噴霧器を使用し、ウイルス溶液を約3μmの粒子径となる噴霧粒子を作製し、質量検出センサにエアロゾル溶液を供給し、共振周波数の変化を観察した。
【0058】
なお、エアロゾルとは、粒径が5μm以下のミスト状液滴であって空気中においてしばらく漂うものであることから、噴霧粒径を約3μmとして供給できる噴霧装置によって噴霧される液滴はエアロゾルに該当するものである。また、本試験に使用したコンプレッサ噴霧装置は、噴霧能力が0.35mL/min以上であり、送気流量が最大約4L/minのものを使用した。噴霧したウイルス溶液の液量は3mLとし、含まれるウイスル(SARS-CoV-2)は、104copiesを使用した。
【0059】
このときの実験結果を
図6(b)に示す。この実験結果ら明らかなとおり、エアロゾル状態のウイルスの場合であっても同様の共振周波数シフトが生じた。これらにより空気中に漂うエアロゾルの状態になっているウイルスを質量検出できるものであることが判明した。すなわち、可動膜がグラフェンのみである場合の共振周波数は、10.85MHz付近であったが、架橋剤およびアプタマーを修飾した場合の共振周波数は7.3MHzに低下し、さらに噴霧されたウイルス溶液が付着した後においては、共振周波数がさらに5.75付近に低下したことが明確に判別できるものであった。なお、上記と同様にウイルス量(質量)を算出すると、架橋剤およびアプタマーの質量が29.8fg(-2×45.5×(-3.55/10.85))であるため、ウイルスの質量は31.98fg(-2×75.3×(-1.55/7.3))であった。
【0060】
なお、上記実験に際しては、特にブロッキング剤による架橋剤の修飾を行っていないが、例えば、ポリエチレングリコールなどのブロッキング剤を架橋剤に修飾させることにより、検出対象となる特定ウイルス以外の物質の吸着を防ぐことができる。この場合、架橋剤およびアプタマーに加えてブロッキング剤が可動膜に吸着した状態における共振周波数との比較によってウイルス量(質量)を検出することとなるものである。
【0061】
ブロッキング剤の修飾方法としては、架橋剤にブロッキング剤を吸着させるほか、グラフェンの表面に直接ブロッキング剤を吸着させる方法がある。架橋剤は、前述のように、アプタマーの吸着物質となり得るピレン基を有するPBSEを使用することが好ましいが、PBSEは、ピレン基をグラフェンとπ結合させ、スクシンイミジルエステル基を核酸分子の末端のアミノ基とアミド結合させることから、ピレン基がグラフェンと結合しない領域が生ずる場合も想定されるため、ブロッキング剤をグラフェンに直接吸着させることで、対象となるウイルス以外の物質がグラフェンに付着することを防止できる。そこで、PBSEによるグラフェン表面の修飾可能な程度にもよるが、PBSEおよびグラフェンの双方にブロッキング剤を吸着させることが、さらに好適な状態となる。
【0062】
いずれの場合においても、ブロッキング剤としてはポリエチレングリコール(PEG)を使用することができる。PEGをグラフェン表面に吸着させる場合には、ピレン基を有するピレンPEG(Pyrene PEG)を使用して、グラフェンとπ結合させるものであり、また、PBSEに吸着させる場合には、スクシンイミジルエステル基とアミド結合させるために、アミノ基を有するアミノPEG(Amino PEG)を使用する。ブロッキング剤を吸着させるタイミングはアプタマーを架橋剤に結合させた後である。前記の二種類のPEGを同時に修飾させてもよいが、順次個別に修飾させてもよい。すなわち、架橋剤として使用するPBSEのほとんどについて、スクシンイミジルエステル基が核酸分子のアミノ基と結合されている場合は、ピレンPEGがグラフェン表面に結合することとなり、他方、核酸分子が結合していないPBSEが残っているときは、アミノPEGが当該PBSEに吸着することとなる。従って、可動膜上において他の物質が吸着できる領域にPEGを吸着させることにより、上記二種類のPEGによって全体を修飾される状態とすることができるのである。このように、架橋剤がグラフェン表面に吸着される程度(範囲)に応じて、ブロッキング剤の吸着状態は、グラフェン表面または架橋剤のいずれか一方に吸着する状態としてよいが、画一的に選択されるものではでなく、双方が重畳的に形成されることがあり得るものであり、そのようないずれかの状態において、他の物質の吸着を排除する目的を達成できるものである。
【0063】
<使用方法>
以上の実験結果より、本実施例において作製した質量検出センサは、エアロゾルの状態におけるウイルスを捕捉することができるものであるから、例えば、環境中のウイルスを検出する場合、架橋剤およびアプタマーが修飾された後の可動膜の共振周波数を予め検出し、同時に当該状態における可動膜の質量を予め算出しておき、その後、少なくとも可動膜部分を当該環境中の空気に触れさせたうえで、可動膜の共振周波数を特定すれば、ウイルス量(質量)を検出することができるものとなる。なお、エアロゾルを形成する際の水分を除去するために、共振周波数の計測前には乾燥させる時間を設けることが好ましい。
【0064】
このような環境中の空気に触れさせる場合、長時間設置しつつ、定期的に共振周波数の変化を観察するように使用してもよく、短時間で検査する場合は、当該環境下において送風機等によって一定時間(例えば1分間など)質量検出センサの可動膜に空気を吹き付け、適宜乾燥させたうえで、可動膜の共振周波数を測定してもよい。
【0065】
このとき、特定ウイルス(例えばSARS-CoV-2)の存否のみを簡易に検査する場合であれば、共振周波数のシフト現象が認められれば、特定ウイルスが存在するものとして、また周波数シフトが認められない場合はウイルスが存在しないものとして判定することも可能である。
【0066】
また、ウイスル量(質量)を正確に計測する場合は、単一基板上に複数の可動膜をアレイ状に形成し、これら複数の可動膜ごとに共振周波数を検出したうえで、当該周波数の平均値を求めることなどによって、検査のばらつきを修正させるものとしてよい。さらには、可動膜の形成が不適合となり得ることを考慮し、アレイ状に形成した複数の可動膜のうち、周波数シフトが出現したもののみをもってウイルス量(質量)を算出してもよい。
【0067】
さらに、質量検出センサは、架橋剤およびアプタマーの修飾処理後における状態までについて、複数を同時に同じ条件で作製する場合や同一条件下により均一な性能のセンサを作製できる場合には、予め検量線を作製しておけば、ウイルス計測時に個々の質量検出センサに対する共振周波数のみを計測することにより(事前の状態における共振周波数は同じものとみなして)、即時にウイルス量を判定(質量を計測)することが可能となる。簡易検査の場合は、共振周波数がシフトする際の周波数に閾値を設けておくことで、ウイルスの存否を判定するようにしてもよい。
【0068】
上記質量検出センサを使用する測定装置としては、加振器および周波数解析装置を使用するものであるが、これらの装置は、その所定位置に質量検出センサを設置できるようにしておけば、質量検出センサを設置するのみで測定することが可能となる。つまり、個々の質量検出センサごとに個別に加振器等を設ける必要はないものである。
【0069】
従って、測定するべき環境下に質量検出センサのみを搬入し、当該環境下の空気に触れさせることにより、計測が可能となる。そのため、例えば、加振器および周波数解析装置を1セット所持すれば、同一環境下であっても必要に応じて何度でも検査することができ、その場でウイルス量(質量)を検査することができる。例えば、一つの飲食店において、開店前の検査として使用し、また、開店後定期的に検査することができる。これらの検査結果と感染状況等の情報が集約されることにより、将来的には、感染の可能性を示すウイルス量(質量)の分岐点などのデータを取得することも期待できる。感染の可能性がない低濃度(低質量)の環境下においては、感染防止対策なしに経済活動を継続し得ることも期待できる。
【0070】
<変形例>
本発明の実施形態および実施例は上記のとおりであるが、これらの実施形態は本発明の一例を示すものであって、本発明がこれらに限定される趣旨ではない。従って、本発明の構成要素を変更し、他の構成要素を追加してもよいものである。
【0071】
例えば、上記の実施形態および実施例では、特定ウイルスとしてSARS-CoV-2を例示したが、特定ウイルスがインフルエンザウイルスの場合には、グラフェン表面にシロア糖鎖を用いた糖鎖プローブを修飾した構成としてもよい。この場合の架橋剤はアミノピレンを使用することができる。
【0072】
また、SARS-CoV-2のスパイクタンパクとの間で吸着能を有するアプタマーとして前掲の塩基数51merの核酸分子を使用したが、他にSARS-CoV-2との間で特異的に吸着し得る核酸分子が存在すれば、それを使用してもよい。さらに、可動膜の加振手段としてジュール熱、静電駆動および加振用レーザを例示したが、他の加振手段を用いる構成もよい。