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特開2023-107550ハイドロゲル除染剤およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023107550
(43)【公開日】2023-08-03
(54)【発明の名称】ハイドロゲル除染剤およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   G21F 9/12 20060101AFI20230727BHJP
【FI】
G21F9/12 501B
G21F9/12 501Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022008803
(22)【出願日】2022-01-24
(71)【出願人】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】根岸 昌範
(57)【要約】
【課題】アルカリ金属類が比較的大量に溶解していても放射性セシウムを回収する能力に優れ、放射性セシウムを捕捉した後の取り扱いが容易なハイドロゲル除染剤とその製造方法を提供する。
【解決手段】放射性セシウムを含んだ廃水またはスラリーを除染するためのハイドロゲル除染剤の製造方法であって、アルギン酸ナトリウムを水に溶かして、アルギン酸ナトリウム水溶液を作成し、フェロシアン化カリウム水溶液と硫酸金属塩水溶液とを混合して、フェロシアン化金属塩スラリーを作成し、前記アルギン酸ナトリウム水溶液と前記フェロシアン化金属塩スラリーを混合した混合溶液を作成し、前記混合溶液をカルシウムイオン含有水溶液中に注入して、アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品を生成させ、前記ハイドロゲル成形品を回収して、ハイドロゲル除染剤とするハイドロゲル除染剤の製造方法である。また当該製造方法によるハイドロゲル除染剤である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射性セシウムを含んだ廃水またはスラリーを除染するためのハイドロゲル除染剤の製造方法であって、
アルギン酸ナトリウムを水に溶かして、アルギン酸ナトリウム水溶液を作成する工程と、
フェロシアン化カリウム水溶液と硫酸金属塩水溶液とを混合して、フェロシアン化金属塩スラリーを作成する工程と、
前記アルギン酸ナトリウム水溶液と前記フェロシアン化金属塩スラリーを混合した混合溶液を作成する工程と、
前記混合溶液をカルシウムイオン含有水溶液中に注入して、アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品を生成させる工程とを有し、
前記ハイドロゲル成形品を回収して、ハイドロゲル除染剤とするハイドロゲル除染剤の製造方法。
【請求項2】
前記混合溶液に磁性金属粉を添加する工程を有することを特徴とする請求項1に記載のハイドロゲル除染剤の製造方法。
【請求項3】
前記混合溶液をカルシウムイオン含有水溶液中に注入して、アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品を生成させた後、前記ハイドロゲル成形品を回収するまで、20分間以上水溶液中に浸漬することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のハイドロゲル除染剤の製造方法。
【請求項4】
前記混合溶液をカルシウムイオン含有水溶液中に注入して、アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品を生成させるために、前記カルシウムイオン含有水溶液を繰り返し使用することを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載のハイドロゲル除染剤の製造方法。
【請求項5】
前記カルシウムイオン含有水溶液が、有機酸のカルシウム塩の水溶液であることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載のハイドロゲル除染剤の製造方法。
【請求項6】
放射性セシウムを含んだ廃水またはスラリーを除染するためのハイドロゲル除染剤であって、
三次元網目構造を有するアルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品からなり、
前記放射性セシウムの捕捉性化合物であるフェロシアン化金属塩を、前記アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品中に含有することを特徴とするハイドロゲル除染剤。
【請求項7】
水分含有率が80~90質量%であることを特徴とする請求項6に記載のハイドロゲル除染剤。
【請求項8】
前記フェロシアン化金属塩が、フェロシアン化ニッケル、フェロシアン化銅、フェロシアン化鉄およびフェロシアン化コバルトから選ばれるいずれか1種以上であることを特徴とする請求項6または請求項7に記載のハイドロゲル除染剤。
【請求項9】
前記ハイドロゲル除染剤が、磁性金属粉を含有することを特徴とする請求項6~8のいずれか1項に記載のハイドロゲル除染剤。
【請求項10】
前記放射性セシウムを含んだ廃水またはスラリーが、放射性セシウムを含んだ飛灰の洗浄後に固液分離したろ液、または放射性セシウムを含んだ飛灰のスラリーであることを特徴とする請求項6~9のいずれか1項に記載のハイドロゲル除染剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性セシウムの除染に有効なハイドロゲル除染剤およびその製造方法に関する。特に、放射性セシウムを含んだ溶融飛灰等の除染技術に関連する。
【背景技術】
【0002】
国(環境省)は、福島県内に中間貯蔵している除染廃棄物等を2045年までに福島県外での最終処分を完了させる方針であり、この方針のもと、最終処分量の減容化に資する各種事業やさまざまな技術開発が行われてきた。そのなかで、対策地域内の仮設焼却炉から発生した焼却残渣(主灰と飛灰)や土壌分別施設から発生する可燃物(フレコンや除去土壌に含まれる草木類など)に対しては、2020年3月より熱的に溶融して減容化させる施設を稼働させた。
【0003】
放射能濃度の高い溶融飛灰についても、様々な減容化オプションについて検討がなされてきた。溶融飛灰は、土壌等と異なり、水溶性セシウムの比率が高いため、溶融飛灰の洗浄処理によって減容化が可能である。この場合、溶融飛灰の洗浄処理によって、放射性セシウムを含有する大量の廃水が発生することとなり、当該廃水を処理することが必要とされる。
【0004】
本出願人は、先に、放射性セシウムを含む飛灰の除染装置であって、フェロシアン化化合物を担持した磁性体鉄ナノ粒子を含む吸着剤による除染装置に関する特許を出願した(特許文献1)。また、関連する先行技術として、特許文献2には、アルギン酸のアルカリ土類金属塩と、放射性物質除去機能物質とを含有する多孔質体粒状体を基体粒子とし、該基体粒子の少なくとも表層部に、ナトリウムよりもイオン化傾向の小さな金属のアルギン酸金属塩が存在する粒状放射性物質除去剤が開示されている。また、特許文献3には、三次元網目構造を有する捕捉性ハイドロゲルであって、前記三次元網目構造内に、磁性粉と、目的物質を液体中で捕捉する吸着材と、水と、を含有し、前記磁性粉は、鉄粉であり、アルカリ性を示し、且つ磁力により回収可能な物質回収用の捕捉性ハイドロゲルが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-117981号公報
【特許文献2】特開2014-32107号公報
【特許文献3】特許第6667880号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の発明は、アルギン酸塩等のハイドロゲルを使用しない方法であり、放射性セシウム等の補足後の取り扱いに改良の余地を有するものであった。特許文献2に記載の発明では、粒状放射性物質除去剤は、ゲルを乾燥させて多孔質体粒状体とすることにより作製されるものであり、製造時のエネルギー消費や経済性に課題を有するものであった。また、ナトリウム含有量が多いときも処理することが可能であるが、アルギン酸のアルカリ土類金属塩と、アルギン酸の鉄、アルミニウム、亜鉛、ニッケル、コバルト、銅等との金属塩とが混在するため、ハイドロゲルが硬くなる傾向にあり、放射性セシウム等の補足能力が必ずしも十分なものとはなっていなかった。特許文献3の実施例に開示されたグルコマンナンは、水に対する膨潤性が必ずしも十分に大きいものではない。また、グルコマンナンはゲルの硬化時に飽和蒸気環境下での加温が必要であり、大量に材料を供給する際の設備や経済性に課題を有するものであった。
【0007】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明の課題は、アルカリ金属類が比較的大量に溶解していても放射性セシウムを回収する能力に優れ、放射性セシウムを捕捉した後の取り扱いが容易なハイドロゲル除染剤とその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、フェロシアン化カリウム水溶液と硫酸金属塩水溶液とを混合して、フェロシアン化金属塩のスラリーを作成し、それをアルギン酸カルシウムからなるハイドロゲルの中に分散させることを検討した。その結果、水分含有率が比較的高く、内部まで均一に水に膨潤し、放射性セシウムを回収する能力に優れたハイドロゲル除染剤を製造できることを見出した。本発明は、このような知見を基になされたものである。
【0009】
(1)放射性セシウムを含んだ廃水またはスラリーを除染するためのハイドロゲル除染剤の製造方法であって、アルギン酸ナトリウムを水に溶かして、アルギン酸ナトリウム水溶液を作成する工程と、フェロシアン化カリウム水溶液と硫酸金属塩水溶液とを混合して、フェロシアン化金属塩スラリーを作成する工程と、前記アルギン酸ナトリウム水溶液と前記フェロシアン化金属塩スラリーを混合した混合溶液を作成する工程と、前記混合溶液をカルシウムイオン含有水溶液中に注入して、アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品を生成させる工程とを有し、前記ハイドロゲル成形品を回収して、ハイドロゲル除染剤とするハイドロゲル除染剤の製造方法。
【0010】
(2)前記混合溶液に磁性金属粉を添加する工程を有することを特徴とする前記(1)に記載のハイドロゲル除染剤の製造方法。
【0011】
(3)前記混合溶液をカルシウムイオン含有水溶液中に注入して、アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品を生成させた後、前記ハイドロゲル成形品を回収するまで、20分間以上水溶液中に浸漬することを特徴とする前記(1)または前記(2)に記載のハイドロゲル除染剤の製造方法。
【0012】
(4)前記混合溶液をカルシウムイオン含有水溶液中に注入して、アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品を生成させるために、前記カルシウムイオン含有水溶液を繰り返し使用することを特徴とする前記(1)~(3)のいずれか1項に記載のハイドロゲル除染剤の製造方法。
【0013】
(5)前記カルシウムイオン含有水溶液が、有機酸のカルシウム塩の水溶液であることを特徴とする前記(1)~(4)のいずれか1項に記載のハイドロゲル除染剤の製造方法。
【0014】
(6)放射性セシウムを含んだ廃水またはスラリーを除染するためのハイドロゲル除染剤であって、三次元網目構造を有するアルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品からなり、前記放射性セシウムの捕捉性化合物であるフェロシアン化金属塩を、前記アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品中に含有することを特徴とするハイドロゲル除染剤。
【0015】
(7)水分含有率が80~90質量%であることを特徴とする前記(6)に記載のハイドロゲル除染剤。
【0016】
(8)前記フェロシアン化金属塩が、フェロシアン化ニッケル、フェロシアン化銅、フェロシアン化鉄およびフェロシアン化コバルトから選ばれるいずれか1種以上であることを特徴とする前記(6)または前記(7)に記載のハイドロゲル除染剤。
【0017】
(9)前記ハイドロゲル除染剤が、磁性金属粉を含有することを特徴とする前記(6)~(8)のいずれか1項に記載のハイドロゲル除染剤。
【0018】
(10)前記放射性セシウムを含んだ廃水またはスラリーが、放射性セシウムを含んだ飛灰の洗浄後に固液分離したろ液、または放射性セシウムを含んだ飛灰のスラリーであることを特徴とする前記(6)~(9)のいずれか1項に記載のハイドロゲル除染剤。
【発明の効果】
【0019】
本発明のハイドロゲル除染剤は、アルカリ金属類が比較的大量に溶解していても放射性セシウムを回収する能力に優れ、放射性セシウムを捕捉した後の取り扱いが容易である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本実施形態のハイドロゲル除染剤の製造方法の工程図である。
図2】本実施形態のハイドロゲル除染剤の使用方法の工程図である。
図3】アルギン酸ナトリウムからアルギン酸カルシウムを生成する反応式である。
図4】実施例におけるセシウム濃度の経時変化を示すグラフである。
図5】(a)実施例におけるアルギン酸ナトリウムの累積添加量に対する乳酸カルシウム溶液中のCa濃度とNa濃度の変化を示すグラフである。(b)実施例におけるアルギン酸ナトリウムゲルの添加回数に対する回収ゲル乾燥物中のCa濃度とNa濃度の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の実施形態について、以下詳細に説明する。但し、以下に記載する実施形態は、本発明の実施態様の一例であり、本発明はこれらの内容に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0022】
本発明は、放射性セシウムを含んだ廃水またはスラリーを処理対象とする。具体的には、放射性セシウムを含んだ飛灰の洗浄後に固液分離したろ液、または放射性セシウムを含んだ飛灰のスラリーを処理対象とする。
【0023】
(吸着剤の種類)
水中にある放射性セシウムを吸着し回収する吸着剤(捕捉性化合物)として、従来から(i)ゼオライト、(ii)フェロシアン化金属塩、(iii)ケイチタン酸塩などの無機系の吸着剤が汎用されてきた。
【0024】
上記の無機系の吸着剤のなかで、(i)ゼオライトは陽イオン交換反応で吸着するため、セシウム(Cs)と同族のアルカリ金属であるカリウム(K)やナトリウム(Na)が高濃度で共存する場合には、セシウムの吸着剤としての機能を果たせなくなる懸念がある。一方、(ii)フェロシアン化金属塩、および(iii)ケイチタン酸塩は、セシウムに対する選択性が高いため、高濃度のアルカリ金属の共存下でも所定の吸着性能を発揮することが可能である。
【0025】
本発明で処理対象とする溶融飛灰を洗浄した後の廃水には、放射性セシウム以外に、アルカリ金属類が大量に溶解していることから、使用可能な吸着剤の候補としてはフェロシアン化金属塩およびケイチタン酸塩が挙げられる。
両者の中では、最大吸着量において、フェロシアン化金属塩がケイチタン酸塩を大幅に上回ることが知られている。また、製造コストにおいても、フェロシアン化金属塩の方が安価である。そのため、本発明における放射性セシウムの吸着剤として、フェロシアン化金属塩を採用することにする。
【0026】
(吸着剤の形態:粉体の場合)
粉体状のフェロシアン化金属塩を使用した場合、表面積が大きくなり、放射性セシウムに対する吸着容量を余すことなく利用できると想定されるが、放射性セシウムを吸着後の吸着剤を回収する際に、高放射能濃度を含んだスラッジを取り扱うことになり、分離回収設備のコストやハンドリングの安全性に課題が生じることとなる。
【0027】
(吸着剤の形態:粒状の場合)
吸着剤を造粒加工すると、円筒形の吸着塔に充填して、連続通水することにより、連続して廃水処理することが可能となる。一方で、各種バインダーなどを使用して造粒加工することは、フェロシアン化金属塩の吸着性能を低下させることに繋がる。また、材料の製造コストも高価になる。
【0028】
以上のような状況を踏まえて、本発明者は、吸着剤であるフェロシアン化金属塩の存在形態として、粉体や粒状物ではなく、三次元網目構造を有したアルギン酸カルシウムのハイドロゲル中に分散させることを検討した。
すなわち、フェロシアン化カリウム水溶液と硫酸金属塩水溶液とを混合して、フェロシアン化金属塩のスラリーを湿式で作成し、それをアルギン酸カルシウムからなるハイドロゲルの中に均一に分散させることを可能とする製造方法を考案した。その結果、水分含有率が比較的高く、内部まで均一に水に膨潤し、放射性セシウムを回収する能力に優れたハイドロゲル除染剤を製造することに成功した。
【0029】
すなわち、本実施形態のハイドロゲル除染剤は、三次元網目構造を有するアルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品からなり、放射性セシウムの捕捉性化合物であるフェロシアン化金属塩を、アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品中に含有することを特徴とするハイドロゲル除染剤である。
【0030】
ここで、ゲルとは、一般に、ナノスケール間隔の3次元網目とそれを浸潤する分散媒により構成されている。接触面積が非常に大きいため強く相互作用しており、高分子網目と分散媒とが容易には分離しない。ハイドロゲルとは、分散媒が水であるゲルである。高分子ゲルは、その他の架橋様式のものに比べて、より広い範囲の熱、溶液種、イオン強度、pHの変化に対して安定であり、高分子の網目が崩壊することが少なく、形状を保つことができる。本実施形態のアルギン酸カルシウムからなるハイドロゲルは、この高分子ゲルに該当する。
【0031】
図3は、アルギン酸ナトリウムからアルギン酸カルシウムを生成する反応式である。アルギン酸ナトリウムを乳酸カルシウム等のカルシウムイオン含有水溶液中に注入(滴下)することにより、アルギン酸カルシウムが生成される。アルギン酸カルシウムのカルシウムイオンは他のイオンとネットワークを形成することができるので、三次元網目構造を有するアルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品を形成することができる。
【0032】
本実施形態のハイドロゲル除染剤の場合、溶液反応(フェロシアン化カリウム水溶液+硫酸金属塩水溶液)で生成したフェロシアン化金属塩の一次粒子は、数10nm~100nm程度の微粒子である。それらが二次凝集して、マイクロメートルオーダーの粒子状になって、三次元網目構造の全体に分散して存在しているものと考えられる。
【0033】
本実施形態のハイドロゲル除染剤は、前述した粉体や粒状物の欠点を補うことが可能であり、特段の設備を必要とせずに分離回収することが容易であり、放射能濃度の面からも安全なハンドリングが可能である。
【0034】
本実施形態のハイドロゲルの形態を有した除染剤の利点を整理すると以下のようになる。
(a)放射性セシウム吸着後のハイドロゲルを金網などで簡便に回収することができる。ハイドロゲル中に磁性金属粉を添加しておくと、磁力を利用して容易に回収することができる。磁性金属粉としては、平均粒径が80μm程度のマイクロサイズの鉄粉が好ましい。特許文献1に記載のナノサイズの鉄粉に捕捉性化合物を直接担持させる方法と異なり、マイクロサイズの鉄粉を用いる場合は、マイクロサイズの鉄粉を三次元網目構造内に分散させればよいので、磁気分離性を容易に付与することができる。また、マイクロサイズの鉄粉は、安価であるので、磁性体のコストを大幅に削減することができる。
(b)水分含有率を80~90質量%とすることが可能であり、放射能濃度を低減化させることができる。その結果、吸着剤の表面線量率が大幅に低減されることになり、安全にハンドリングすることが可能である。
(c)放射性セシウム吸着後に、任意のタイミングで減容化したり、濃縮することが可能である。例えば、水分を除去して乾燥させることで、10分の1程度に減容化させることができる。また、300℃程度の比較的低温度でセシウムの揮発を抑制しながらフェロシアン化金属塩を熱分解させることができる。また、適切な安定化技術(例えば、セラミックス化、ガラス固化など)と組み合わせることで、放射能を含有した安定体に変換させることができる。
(d)フェロシアン化金属塩は、フェロシアン化ニッケル、フェロシアン化銅、フェロシアン化鉄およびフェロシアン化コバルトから選ばれるいずれか1種以上とすることができる。任意のフェロシアン化金属塩を選択して、その場で製造することができる。また、常温環境下で反応するため、オンサイトで製造することができる。
【0035】
(ハイドロゲル除染剤の製造方法)
図1は、本実施形態のハイドロゲル除染剤の製造方法の工程図である。本実施形態のハイドロゲル除染剤は、以下の工程S1~工程S10までの10の工程を経て製造される。
【0036】
工程S1は、アルギン酸ナトリウムを水に溶解して、アルギン酸ナトリウム水溶液を作成する工程である。例えば、アルギン酸ナトリウム(工業品;中粘性)の粉末を、3質量%の条件で、水道水に溶解させ、しばらく静置すると、粘性のあるアルギン酸ナトリウム溶液から気泡が自然に抜けて、滑らかな水飴状になる。
工程S2は、フェロシアン化カリウム水溶液と硫酸金属塩水溶液(例えば、硫酸ニッケル水溶液)を混合する工程である。なお、工程S1と工程S2の順序に制限はない。
工程S3は、フェロシアン化金属塩(例えば、フェロシアン化ニッケル)を析出させて、フェロシアン化金属塩スラリーを作成する工程である。
工程S4は、アルギン酸ナトリウム水溶液とフェロシアン化金属塩スラリー(例えば、フェロシアン化ニッケルスラリー)を混合した混合溶液を作成する工程である。
工程S5は、磁性金属粉を添加する工程である。工程S5は、必要に応じて行う。磁性金属粉は、例えば、マイクロサイズ鉄粉(神戸製鋼所社製:平均粒径80μm)である。
工程S6は、磁性金属粉を含んだ混合溶液を攪拌する工程であり、工程S5を実施した場合に行われる。工程S6では、撹拌機を使用して2~3分間均一に撹拌し、アルギン酸ナトリウムゲル水溶液、フェロシアン化金属塩スラリーおよび磁性金属粉を混合した混合溶液を作成する。
工程S7は、乳酸カルシウムを水に溶解して、乳酸カルシウム水溶液を作成する工程である。水は、水道水でよい。水道水に対し、乳酸カルシウムを例えば2~5質量%の範囲で溶解させる。カルシウムイオン含有水溶液としては、有機酸のカルシウム塩の水溶液であることが好ましく、有機酸としては、乳酸、酢酸、クエン酸、コハク酸、フタル酸等を挙げることができる。
工程S8は、混合溶液のゲルをシリンジ等に分取して、速やかに乳酸カルシウム水溶液内に注入(射出、滴下)して、アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品を生成させる工程である。
工程S9は、工程S8で得られたハイドロゲル成形品をしばらく静置する工程である。アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品を生成させた後、ハイドロゲル成形品を回収するまで、5分間以上、好ましくは20分間以上水溶液中に浸漬しておく。20分間以上水溶液中に浸漬することによって、安定したハイドロゲルが得ることができる。
工程S10は、生成したゲル(ハイドロゲル成形品)を回収する工程である。ハイドロゲル成形品は、糸状や紐状(直径2~3mm程度)等であり、用途に応じて、所定の長さ(例えば、数mm~10cm程度)に切断するなどして、ハイドロゲル除染剤を得る。
【0037】
(ハイドロゲル除染剤の使用方法)
図2は、本実施形態のハイドロゲル除染剤の使用方法の工程図である。本実施形態のハイドロゲル除染剤は、以下の工程S11~工程S16までの6の工程を経て、飛灰中の放射性セシウムを吸着し、回収することができる。
工程S11は、水に放射性物質(放射性セシウム)を含む飛灰を添加して飛灰スラリーを作成する工程である。30分間から60分間撹拌混合することで、水溶性セシウムを水に溶解させることが可能である。
工程S12は、ハイドロゲル除染剤を適当量添加する工程である。
工程S13は、工程S12で得られた溶液をしばらく撹拌して反応させる工程である。すなわち、工程S13は、ハイドロゲル除染剤によって溶液中の放射性セシウムを吸着させる工程である。
工程S14は、磁気分離器具あるいは装置により放射性セシウムを吸着したハイドロゲル除染剤を回収する工程である。具体的には、マグネットバーやマグネットセパレータなど、永久磁石(ネオジム磁石)を使用した汎用装置が使用できる。
工程S15は、工程S14を経た後の溶液を適切な固液分離装置を用いてろ過し、ろ過残渣(固形分、洗浄済み飛灰)とろ液に分ける工程である。なお、高圧フィルタープレス等を使用して事前に固液分離実施後に、放射性セシウムが溶解したろ液のみを除染する場合には、本工程S15をS11の直後に実施する場合もある。
工程S16は、放射能濃度を測定する工程である。ろ過した残渣(洗浄済み飛灰)およびろ液の放射線濃度を測定することによって、回収した放射性セシウムの量を定量する。
【0038】
本実施形態のハイドロゲル除染剤は、上記の工程の製造方法で製造され、上記の工程の使用方法で使用することにより、以下のような効果を期待することができる。
(a)ハイドロゲル成形品に含有させる吸着剤(フェロシアン化金属塩)の量を調整することによって、放射能濃度が高くなりすぎず、安全なハンドリングが可能な除染剤を提供することができる。
(b)ハイドロゲル成形品の形状を利用した分離回収が可能である。例えば、メッシュ材を用いて物理的に回収することができる。また、磁性金属粉を含むハイドロゲル成形品であれば、磁気によって分離して回収することができる。特段の固液分離装置(高圧フィルタープレス等)は必要としない。
(c)汎用機材を使用し、常温環境下で合成することが可能である。その結果、必要とする量の吸着剤をその場で提供することが可能である。一定の品質管理方法による管理も可能である。
【実施例0039】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0040】
[実験例1:室内で撹拌機を使用したハイドロゲル除染剤の製造試験および製造品の評価]
(1)試験目的
シリンジレベルの少量合成の場合と、実際の製造を模擬した試験規模として、室内の撹拌装置を使用して1kgオーダーの大量合成の場合で、ハイドロゲル除染剤を製造し、セシウム除去性能を把握する。
【0041】
(2)試験方法
実験例1では、7つのケース(No.1~7)について検討を行った。表1に、No.1~7に用いたハイドロゲル除染剤の製造条件を示した。少量合成の場合は、アルギン酸ナトリウムの粘度、乳酸カルシウムの濃度、フェロシアン化ニッケルの添加量を変化させた。アルギン酸ナトリウムは中粘度タイプ(富士化学工業株式会社製ニューテックスFM)をベースとし、No.6だけ高粘性タイプ(富士化学工業株式会社製ニューテックスF-SH)を使用した。
ハイドロゲル除染剤の製造方法および使用方法は、図1および図2に記載した工程に準じて行なった。
ハイドロゲル除染剤によるセシウムの吸着試験の基本的な手順は以下の通りである。
(i)塩化セシウムを蒸留水に溶解し、セシウム濃度10mg/Lの模擬溶液を作製した。
(ii)上記のセシウム模擬液にハイドロゲル除染剤を5質量%添加した。
(iii)回転型振とう装置で、10rpmの条件で撹拌させた。
(iv)経過時間10分、30分、24時間の時点で、マグネットを用いてハイドロゲル除染剤を分離し、液相中のセシウム濃度、ニッケル濃度をICP/MSにより定量分析した。静置した後の上澄みを分析対象とした(未ろ過)。また、放射能濃度の測定を行った。
【0042】
具体的な資材の使用量は以下の通りである。
No.1では、フェロシアン化ナトリウム0.6M溶液0.6mlと硫酸ニッケル0.6M溶液0.6mlからフェロシアン化ニッケルのスラリーを調製し、濃度3質量%のアルギン酸ナトリウム水溶液2.4gに添加した。その後、鉄粉0.2gを添加し、濃度2質量%の乳酸カルシウム水溶液0.5Lに射出した。
No.2は、フェロシアン化ナトリウム0.6M溶液1.2mlと硫酸ニッケル0.6M溶液1.2mlとして2倍量とした以外の条件は、No.1と同じである。No.3~6については、表1の記載に準じて、添加量を変更した。
少量合成の場合は、シリンジ内で混合・合成し、得られたハイドロゲル除染剤の質量は50g程度であった。大量合成の場合は、実用的な装置を想定して作成し、得られたハイドロゲル除染剤の質量は5kg程度であった。
【0043】
【表1】
【0044】
(3)試験結果
表2に試験結果を示した。また、図4にセシウム(Cs)濃度の経時変化を示した。
表2に示したとおり、No.1~7のすべてにおいて、ハイドロゲル除染剤試作品を添加して30分経過後のセシウム除去率が98%以上となり、No.2、5以外は99%以上となった。また、大量合成の場合は、30分経過後のセシウム濃度の除去率が少量合成の場合よりも大きくなった。このことから、製造時のスケールメリットが見込めるものと推定される。
【0045】
なお、フェロシアン化ニッケルの添加量を増やしても、除去速度が大幅に改善することは無かった。このことから、セシウム除去速度は、専らゲル内の通過速度等に依存し、ゲル内に保持されるフェロシアン化ニッケルの量には依存しないものと考えられた。但し、今回は評価しなかったが、大量にフェロシアン化ニッケルを保持した方が最大吸着量は増大するので、繰り返し利用する場合に際しては有利になるものと推定される。
【0046】
また、液相中に含まれる捕捉性化合物の成分であるニッケルの測定値から、ゲル内部から捕捉性化合物であるフェロシアン化ニッケルが離脱して系外に溶出してしまうことはほとんど無いことを確認できた。
図4から分かるように、24時間経過後のセシウム濃度が30分経過後よりも若干上昇する現象が見られた。長時間浸漬すると捕捉性化合物がゲル内から少量離脱してくるなどの影響で、セシウム濃度が若干上昇しているものと考えられる。
【0047】
【表2】
【0048】
[実験例2:ハイドロゲル製造時の浸漬時間の影響]
(1)試験目的
乳酸カルシウム水溶液中での浸漬時間がハイドロゲル除染剤中のナトリウム、カルシウムの含有量に与える影響を評価する。
【0049】
(2)試験方法
(i)3質量%アルギン酸ナトリウム水溶液を、以下の条件で、試験前日に調整した。
蒸留水500mlに対して15gのアルギン酸ナトリウム粉末を溶解して、撹拌した
(ii)5質量%乳酸カルシウム水溶液を、以下の条件で、試験当日に準備した。
蒸留水2000mlに対して100gの乳酸カルシウム粉末を溶解し、スターラーで撹拌した。
(iii)フェロシアン化ニッケルスラリーを、以下の条件で調製して、試験当日に準備した。
ディスポの皿×5個にそれぞれ、フェロシアン化カリウム0.6mol/l水溶液50mlを分取し、硫酸ニッケル0.6ml/l水溶液を50ml添加して、1時間程度反応させた。
(iv)ハイドロゲル除染剤を以下の手順で作成した。
・50mlシリンジにアルギン酸ナトリウムゲル20gを分取する。
・20mlシリンジにフェロシアン化ニッケルスラリーを10ml分取する。
・三方活栓で入念に混合する。
・鉄粉1.7gを添加し、更に入念に混合する。
・混合したゲルを50mlシリンジに全量移す。
・乳酸カルシウム水溶液中に射出する。
・所定の時間浸漬させた後に、速やかに回収する。
浸漬時間は、30sec、2min、5min、20min、60minとした。
・得られたハイドロゲルをハサミで細断して、測定試験用のゲルとした。
(v)除染試験
・50mg/l濃度の塩化セシウム溶液を調整した。
・上記セシウム溶液40mlに対して、ハイドロゲル2g(5wt%)を添加した。
・撹拌開始から10分間、30分間経過後に、セシウム濃度を測定した。
・別途、ハイドロゲルについて、含水率と、実質部分について蛍光X線分析による元素の定量分析を行った。含水率は、ハイドロゲルを110℃に加熱された加熱炉内に入れて乾燥後の質量変化から測定した。
【0050】
(3)試験結果
試験結果を表3に示した。また、図5(a)に、アルギン酸ナトリウムの累積添加量に対する乳酸カルシウム溶液中のCa濃度とNa濃度の変化を示すグラフを示した。また、図5(b)には、アルギン酸ナトリウムゲルの添加回数に対する回収ゲル乾燥物中のCa濃度(含有量)とNa濃度(含有量)の変化を示すグラフを示した。
・得られたハイドロゲル中のナトリウム(Na)の残存率は、浸漬時間とともに減少し、20分以上浸漬すれば、定量下限値未満(N.D.)となった。
・ナトリウムと置換して架橋するカルシウム(Ca)の含有率は浸漬時間とともに増加することを確認した。
・セシウムの除染効果に関しても、浸漬時間が20分間および60分間のハイドロゲルが相対的に良好な結果であった。
以上より、ハイドロゲル製造時の浸漬時間は20分間以上であれば、良好な製品が得られると判断できた。
【0051】
【表3】
【0052】
[実験例3:乳酸カルシウム水溶液の繰り返し使用の可能性の検討]
(1)試験目的
混合溶液をカルシウムイオン含有水溶液中に注入して、アルギン酸カルシウムのハイドロゲル成形品を生成させるときに、カルシウムイオン含有水溶液を繰り返し使用することができるかどうかを確認する。
【0053】
(2)試験方法
・乳酸カルシウム水溶液として、乳酸カルシウムを2質量%含有する水溶液500gを繰り返し用いた。カルシウムとしては1.74g含まれている。
・アルギン酸ナトリウム水溶液は、アルギン酸ナトリウムを3質量%濃度で溶解したものを用いた。
・上記の乳酸カルシウム水溶液に対して、上記のアルギン酸ナトリウム水溶液を合計7回添加して、ハイドロゲルの生成を繰り返し行った。
・アルギン酸ナトリウム水溶液のハイドロゲルとして合計607gを添加した(表4)。これは、粉体換算で18.2g、Naとしては2.12gの添加量に相当する。
・アルギン酸カルシウムゲルとして硬化したゲルを毎回回収し、その都度乳酸カルシウム溶液もサンプリングした。
・アルギン酸ナトリウムゲルを常に添加して、硬化後に回収する作業を繰り返したが、ビーカー内の水溶液量が減るようなことはなかった。
【0054】
(3)試験結果
表4に結果を示した。
・乳酸カルシウム10g(粉体換算)に対して、アルギン酸ナトリウム7.1g(粉体換算)を添加するまで、乳酸カルシウム水溶液を繰返し利用することが可能であることを確認した。
・乳酸カルシウム水溶液は、飽和溶解度を超えない範囲であれば、例えば2質量%から5質量%の範囲内で任意に設定し、使用することができる。アルギン酸ナトリウムは粘性のある液体であり、ハンドリングが容易な範囲で選択でき、例えば3質量%濃度などが好適である。
【0055】
【表4】
【0056】
[実験例4:放射性セシウムを含んだ飛灰スラリーの除染試験]
(1)試験目的
放射性セシウムを含んだ都市ごみ飛灰の実試料に対して、除染処理の可能性を評価する。
【0057】
(2)試験方法
・実験例1、2と同様の方法で、アルギン酸カルシウムゲル中にフェロシアン化ニッケルと鉄粉を含んだハイドロゲル除染剤を作成した。
・都市ごみ飛灰に対して5倍の蒸留水を添加して、飛灰スラリーを作成した。
・飛灰に対して5質量%のハイドロゲル除染剤を添加し、200rpmの回転速度で撹拌させながら30分間反応させた。
・マグネットバーで除染剤を回収し、処理済みスラリーとした。
・上記スラリーを0.45μmメッシュのろ過装置でろ過し、ろ過残渣(処理飛灰)とろ液(処理水)に分けた上で、それぞれの放射能濃度を測定した。
【0058】
(3)試験結果
試験結果を表5に示した。
・初期の放射線濃度がおよそ20,000Bq/kgの飛灰に対して、処理済みスラリーの放射能濃度は1,700Bq/kg程度まで除染されており、再生利用の目標である8,000Bq/kgを十分に下回った。また、ろ液の放射能濃度も放流基準を十分に満足するまで低下していた。
【0059】
【表5】
【0060】
(4)補足分析結果
試験に供した飛灰および水を添加したスラリーに含まれる成分の分析結果を表6に示した。特に、セシウムと競合するアルカリ金属であるナトリウムとカリウムをそれぞれ、3。1質量%と5.0質量%含んだ飛灰試料であり、スラリー化した際の液中濃度は、それぞれ5,900mg/Lと8,000mg/Lと高濃度であった。以上から、アルカリ金属を高濃度に含む環境下での除染試験であったことを確認した。
【0061】
【表6】
図1
図2
図3
図4
図5