IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社GSIクレオスの特許一覧

特開2023-108622カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品
<>
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図1
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図2
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図3
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図4
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図5
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図6
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図7
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図8
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図9
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図10
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図11
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図12
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図13
  • 特開-カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品 図14
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023108622
(43)【公開日】2023-08-04
(54)【発明の名称】カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品
(51)【国際特許分類】
   C08L 101/00 20060101AFI20230728BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20230728BHJP
   C10M 113/02 20060101ALI20230728BHJP
   C10N 50/00 20060101ALN20230728BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20230728BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20230728BHJP
【FI】
C08L101/00
C08K3/04
C10M113/02
C10N50:00
C10N30:00 Z
C10N30:06
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023009039
(22)【出願日】2023-01-24
(31)【優先権主張番号】P 2022009474
(32)【優先日】2022-01-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、防衛装備庁、安全保障技術研究推進制度「超低摩擦性を有する新奇高分子塗膜のナノ構造表面の基礎研究」に係る委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000105154
【氏名又は名称】株式会社GSIクレオス
(74)【代理人】
【識別番号】100090479
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 一
(74)【代理人】
【識別番号】100104710
【弁理士】
【氏名又は名称】竹腰 昇
(74)【代理人】
【識別番号】100124682
【弁理士】
【氏名又は名称】黒田 泰
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 隆
(72)【発明者】
【氏名】外山 歩
(72)【発明者】
【氏名】安蔵 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】石井 伸幸
【テーマコード(参考)】
4H104
4J002
【Fターム(参考)】
4H104AA04C
4H104LA03
4H104LA20
4H104QA22
4J002AA001
4J002BD152
4J002CD001
4J002DA016
4J002FD016
4J002FD172
4J002GF00
4J002GH01
4J002GM00
(57)【要約】
【課題】 主剤とカーボンナノチューブとの結合力を強化して、耐衝撃性に優れ、摩擦が繰り返されても低い摩擦係数を維持することができるカーボンナノチューブ含有樹脂組成物を提供すること。
【解決手段】 カーボンナノチューブ含有樹脂組成物は、主剤樹脂の溶液に、すべり剤PТFE及びカーボンナノチューブCNТを添加剤として含む。カーボンナノチューブは、各々がカップの形状をなす炭素六員環網層10が軸方向Aで積層されて形成される。複数の六員環11で形成される炭素六員環網層10のうち各々のカップの開口部に位置する六員環端12が軸方向Aで連なって、カーボンナノチューブの外側面が形成され、六員環端12に官能基を備える。カーボンナノチューブの外側面の六員環端12に備えられた官能基と主剤が架橋構造により結合され、カーボンナノチューブが分散された主剤(海)の中にすべり剤(島)と混合されて海島構造を形成する。主剤樹脂の溶液100部に対して0.001~0.1部のカーボンナノチューブを含む。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
主剤樹脂の溶液に、すべり剤及びカーボンナノチューブを添加剤として含み、
前記カーボンナノチューブは、各々がカップの形状をなす炭素六員環網層が軸方向で積層されて形成され、複数の六員環で形成される前記炭素六員環網層のうち前記各々のカップの開口部に位置する六員環端が前記軸方向で連なって前記カーボンナノチューブの外側面が形成され、前記六員環端に官能基を備え、
前記カーボンナノチューブの前記外側面の前記六員環端に備えられた前記官能基に前記主剤樹脂が架橋され、
前記主剤樹脂の中に前記すべり剤が海島構造を形成し、
前記主剤樹脂の溶液100部に対して0.001~0.5部の前記カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ含有樹脂組成物。
【請求項2】
請求項1において、
前記カーボンナノチューブの前記外側面に前記主剤樹脂が密集して付着する樹脂緻密層を有するカーボンナノチューブ含有樹脂組成物。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記主剤樹脂の溶液100部に対して0.5部未満の前記カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ含有樹脂組成物。
【請求項4】
請求項1または2に記載のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物により形成されてなる塗膜であって、
前記主剤樹脂の固形分100部に対して0.002~1.0部の前記カーボンナノチューブを含む、被塗装面に形成された塗膜。
【請求項5】
請求項3に記載のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物により形成されてなる塗膜であって、
前記主剤樹脂の固形分100部に対して0.002~1.0部未満の前記カーボンナノチューブを含む、被塗装面に形成された塗膜。
【請求項6】
請求項1または2に記載のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物により成形されてなる成形体であって、
前記主剤樹脂の固形分100部に対して0.002~1.0部の前記カーボンナノチューブを含む成形体。
【請求項7】
請求項3に記載のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物により成形されてなる成形体であって、
前記主剤樹脂の固形分100部に対して0.002~1.0部未満の前記カーボンナノチューブを含む成形体。
【請求項8】
主剤樹脂に、すべり剤及びカーボンナノチューブを添加剤として含み、
前記カーボンナノチューブは、各々がカップの形状をなす炭素六員環網層が軸方向で積層されて形成され、複数の六員環で形成される前記炭素六員環網層のうち前記各々のカップの開口部に位置する六員環端が前記軸方向で連なって前記カーボンナノチューブの外側面が形成され、前記六員環端に官能基を備え、
前記カーボンナノチューブの前記外側面の前記六員環端に備えられた前記官能基に前記主剤樹脂が架橋され、
前記主剤樹脂の中に前記すべり剤が海島構造を形成し、
前記主剤樹脂100部に対して0.001~0.5部の前記カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ含有樹脂組成物。
【請求項9】
請求項8において、
前記カーボンナノチューブの前記外側面に前記主剤樹脂が密集して付着する樹脂緻密層を有するカーボンナノチューブ含有樹脂組成物。
【請求項10】
請求項8または9において、
前記主剤樹脂100部に対して0.5部未満の前記カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ含有樹脂組成物。
【請求項11】
請求項8または9に記載のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物より成形されてなる成形体。
【請求項12】
請求項10に記載のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物より成形されてなる成形体。
【請求項13】
請求項4に記載の塗膜で形成された摺動面を有する摺動部品。
【請求項14】
請求項5に記載の塗膜で形成された摺動面を有する摺動部品。
【請求項15】
請求項6に記載の成形体で形成された摺動面を有する摺動部品。
【請求項16】
請求項7に記載の成形体で形成された摺動面を有する摺動部品。
【請求項17】
請求項11に記載の成形体で形成された摺動面を有する摺動部品。
【請求項18】
請求項12に記載の成形体で形成された摺動面を有する摺動部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、導電性、耐摩耗性及び難付着性が良好なカーボンナノチューブ含有塗料の製造方法が開示されている。この方法は、(a)カーボンナノチューブを、硫酸と硝酸との混合溶液に浸漬する、表面修飾カーボンナノチューブを作製する工程と、(b)表面修飾カーボンナノチューブを水に分散し、pHを調整して、カーボンナノチューブ分散液を調製する工程と、(c)カーボンナノチューブ分散液と、フッ素樹脂含有エマルジョンとの、フッ素樹脂含有量100質量部に対してカーボンナノチューブの含有量が0.5質量部~20.0質量部である混合液を調製する工程と、を含む。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-231129号公報
【特許文献2】特許第4439527号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では、単層のカーボンナノチューブまたは同軸多層のカーボンナノチューブを用いている(段落0016)。単層のカーボンナノチューブを、図14(A)~図14(C)に示す。多層のカーボンナノチューブは、図14(A)~図14(C)のいずれかに示す単層カーボンナノチューブであって、径の異なる単層カーボンナノチューブが、同軸で積層されたものである。このカーボンナノチューブの外表面は、図14(A)~図14(C)に示すように、炭素原子が蜂の巣状の規則正しい六員環で形成される。外表面の六員環は、軸方向の両端部を除いて、相互に共有結合して閉じているので、活性ではない。そこで、特許文献1では、カーボンナノチューブの外表面を硫酸及び硝酸と接触させて、外表面の六員環の一部を破壊する。つまり、炭素六員環の一部を硫酸及び硝酸により切断して、炭素六員環に欠陥を作ることで炭素六員環網を破り、炭素六員環端を露出させ、その破れた炭素六員環端に官能基を付加して、表面修飾カーボンナノチューブを作製している。このように従来技術による表面修飾の工程では、カーボンナノチューブの炭素六員環網を切断するものであるから、カーボンナノチューブが本来有していた特性、特に機械的強度が大きく劣化する。
【0005】
また、表面修飾の工程において、カーボンナノチューブの全外側面を表面修飾することは事実上不可能である。単層カーボンナノチューブの外表面の炭素六員環を全て破壊してしまうと、単層カーボンナノチューブとしての形状が保てなくなり、本来の高結晶性、その機能が喪失される。多層カーボンナノチューブの最外表面の炭素六員環を全て破壊してしまうと、最外層炭素網の形状が保てなくなり、本来の高結晶性、その機械的特徴が喪失される。いずれの場合も、表面修飾工程自体が、単層、多層カーボンナノチューブの本来性能を喪失することになる。従って、従来のカーボンナノチューブに表面修飾する従来技術は、カーボンナノチューブの機能を喪失させるという極めて矛盾した工程である。
【0006】
一方、本願出願人は各々がカップの形状をなす複数の炭素六員環網層が軸方向で積層されることで、各炭素六員環網層の端面が露出しているカップ積層型のカーボンナノチューブを提案している(特許文献2)。炭素六員環網層の端面は、他の原子と結びつきやすく、きわめて活性度の高いものと指摘されている。しかし、カーボンナノチューブ含有物の具体例として、吸着機能を有する吸着材例えばバイオチップ(DNAチップ)や、フィルターが提示されているに過ぎない。
【0007】
本発明は、主剤とカーボンナノチューブとの結合力を強化して、耐衝撃性に優れ、摩擦が繰り返されても低い摩擦係数を維持することができるカーボンナノチューブ含有樹脂組成物を提供することを目的とする。
本発明はさらに、そのカーボンナノチューブ含有樹脂組成物が塗料として被塗装面に形成されてなる塗膜と、摺動面がその塗膜により形成された摺動部品とを提供することを目的とする。
本発明はさらに、そのカーボンナノチューブ含有樹脂組成物より成形されてなる成形体と、摺動面がその成形体により形成された摺動部品とを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明の一態様は、
主剤樹脂の溶液に、すべり剤及びカーボンナノチューブを添加剤として含み、
前記カーボンナノチューブは、各々がカップの形状をなす炭素六員環網層が軸方向で積層されて形成され、複数の六員環で形成される前記炭素六員環網層のうち前記各々のカップの開口部に位置する六員環端が前記軸方向で連なって前記カーボンナノチューブの外側面が形成され、前記六員環端に官能基を備え、
前記カーボンナノチューブの前記外側面の前記六員環端に備えられた前記官能基に前記主剤樹脂が架橋され、
前記主剤樹脂の中に前記すべり剤が海島構造を形成し、
前記主剤樹脂の溶液100部に対して0.001~0.5部の前記カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ含有樹脂組成物に関する。
【0009】
本発明の一態様(1)によれば、添加剤であるカーボンナノチューブは、各々がカップの形状をなす複数の炭素六員環網層が軸方向で積層されて形成され、各々のカップの複数の六員環のうち開口部に位置する六員環端が軸方向で連なって外側面が形成されている。各々のカップの開口部では、炭素六員環網層を形成する六員環が閉じられておらず、六員環端を有する。つまり、このカーボンナノチューブは、各々のカップの開口部が軸方向で連なって外側面の広い範囲にて、六員環端が露出している。この六員環端は高活性であるので、カーボンナノチューブの外側面の広い範囲に官能基を形成することができる。つまり、カーボンナノチューブの炭素六員環網面を破壊せずに、カーボンナノチューブの広い範囲を表面装飾し得る。
【0010】
カーボンナノチューブの外側面の高活性な六員環端に官能基が設けられて、カーボンナノチューブが表面修飾されている。カーボンナノチューブの外側面の六員環端に備えられた官能基に主剤樹脂が架橋される。カーボンナノチューブの形状を健全に保ったまま、外側面の広い範囲に表面修飾することで、主剤樹脂との架橋点が多くなり、カーボンナノチューブと取材樹脂との共有結合は非常に強固になる。一方、このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物には、例えばフッ素樹脂等のすべり剤が添加されて、主剤樹脂の中に海島構造(海が主剤、島がフッ素樹脂等)を形成している。ここで、カーボンナノチューブは、その外側面の広い範囲に備えらたれ官能基により主剤と化学的に強固に結合しているので、摩擦力が作用しても主剤からカーボンナノチューブは脱落し難い。従って、海島構造では、島部の機械的強度が弱いすべり剤を、カーボンナノチューブCNТが化学結合して強化された主剤樹脂が支えて、総体として機械的な特性が強化される。それにより、このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物が例えば塗料として被塗布面に形成された塗膜は、摩擦が繰り返されても低摩擦係数を維持することできる。カーボンナノチューブが塗膜の弾性率を高くして塗膜の硬度を増すからと考えられる。カーボンナノチューブのカップ積層構造が外部応力に対する緩和機構として機能することも、摩擦係数を低くしている要因と考えられる。カーボンナノチューブは、その外側面の広い範囲に備えらたれ官能基により主剤と化学的に強固に結合しているので、質量換算で、主剤樹脂の溶液100部に対して0.001~0.5部のカーボンナノチューブ、つまり主剤樹脂の溶液に対して極めて少量のカーボンナノチューブを添加するだけで、耐衝撃性が格段に向上することが分かった。クラックデフレクションやBridging効果により耐衝撃性が向上すると考えられる。なお、カーボンナノチューブ含有樹脂組成物は例えば塗料として用いることができ、この場合の塗料は、水性塗料であることが環境上では好ましいが、これに限定されない。
【0011】
(2)本発明の一態様(1)では、前記カーボンナノチューブの前記外側面に前記主剤樹脂が密集して付着する樹脂緻密層を有することができる。樹脂緻密層は、本発明の一態様(1)に係るカーボンナノチューブ含有樹脂組成物に見られる特異な構造である。樹脂緻密層は、このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物で形成される塗膜、成形体または摺動部品に作用する応力を緩和し、表面自由エネルギーを低下させ、摩擦係数の低下に寄与するものと考えられる。
【0012】
(3)本発明の一態様(1)または(2)では、前記主剤樹脂の溶液100部に対して0.5部未満の前記カーボンナノチューブを含むことができる。こうすると、特許文献1のカーボンナノチューブの添加量の上限とも明確に区別され、しかも耐衝撃性に優れながら、摩擦が繰り返されても摩擦係数が大きくなるように変動することを抑制できる。
【0013】
(4)本発明の他の態様は、本発明の一態様(1)又は(2)に記載のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物により形成されてなる塗膜であって、前記主剤樹脂の固形分100部に対して0.002~1.0部の前記カーボンナノチューブを含む、被塗装面に形成された塗膜に関する。
【0014】
本発明の他の態様(4)によれば、本発明の一態様(1)または(2)に記載のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物が塗料として被塗布面に塗布されて乾燥されると、主剤樹脂の溶液中に含まれる50重量%の溶媒が蒸発する。よって、塗膜中には、主剤樹脂の固形分100部に対して0.002~1.0部のカーボンナノチューブが含まれる。この塗膜は、上述した理由により、耐衝撃性が向上し、摩擦が繰り返されても低摩擦係数を維持することができる。
【0015】
(5)本発明の他の態様(4)では、前記主剤樹脂の固形分100部に対して1.0部未満の前記カーボンナノチューブを含むことができる。こうすると、本発明の一態様(3)と同等の作用・効果を奏することができる。
【0016】
(6)本発明のさらに他の態様は、本発明の一態様(1)または(2)に記載のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物により成形されてなる成形体であって、前記主剤樹脂の固形分100部に対して0.002~1.0部の前記カーボンナノチューブを含む、成形体に関する。
【0017】
本発明のさらに他の態様(6)によれば、本発明の一態様(1)に記載のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物が型内に充填されて乾燥されると、主剤樹脂の溶液中に含まれる50重量%の溶媒が蒸発する。よって、成形体中には、主剤樹脂の固形分100部に対して0.002~1.0部のカーボンナノチューブが含まれる。この成形体は、上述した理由により、耐衝撃性に優れながら、摩擦が繰り返されても低摩擦係数を維持することができる。
【0018】
(7)本発明の他の態様(6)では、前記主剤樹脂の固形分100部に対して1.0部未満の前記カーボンナノチューブを含むことができる。こうすると、本発明の一態様(3)と同等の作用・効果を奏することができる。
【0019】
(8)本発明のさらに他の態様は、
主剤樹脂に、すべり剤及びカーボンナノチューブを添加剤として含み、
前記カーボンナノチューブは、各々がカップの形状をなす炭素六員環網層が軸方向で積層されて形成され、複数の六員環で形成される前記炭素六員環網層のうち前記各々のカップの開口部に位置する六員環端が前記軸方向で連なって前記カーボンナノチューブの外側面が形成され、前記六員環端に官能基を備え、
前記カーボンナノチューブの前記外側面の前記六員環端に備えられた前記官能基に前記主剤樹脂が架橋され、
前記主剤樹脂の中に前記すべり剤が海島構造を形成し、
前記主剤樹脂100部に対して0.001~0.5部の前記カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ含有樹脂組成物に関する。
【0020】
本発明の他のさらに態様(8)によれば、このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物は、その製造段階では、主剤100部に対して0.001~0.1部のカーボンナノチューブが添加され、さらにすべり剤が添加された材料が用いられる。主剤樹脂として例えば熱可塑性樹脂を含む材料が押出機に供給されると、主剤である熱可塑性樹脂が加熱下で溶融されて、材料が混錬されて、棒状に押し出されて、必要により切断されて、このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物(樹脂ペレット)が得られる。この樹脂ペレットを用いて成形体を成形することができる。主剤樹脂として例えば熱硬化性樹脂を含むカーボンナノチューブ含有樹脂組成物の場合には、カーボンナノチューブ含有樹脂組成物に任意の硬化剤を加えて粘度が十分に低下する所定の温度で混錬する。その後、目的の形状の金型等に充填し、これを適切な硬化温度に加熱することで主剤と硬化剤の反応が促進、硬化し成形体が得られる。このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物により成形される成形体もまた、上述した塗膜と同じ理由により、摩擦が繰り返されても低摩擦係数を維持することができる。
【0021】
(9)本発明の他の態様(8)では、前記カーボンナノチューブの前記外側面に前記主剤樹脂が密集して付着する樹脂緻密層を有することができる。この樹脂緻密層は、このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物で形成される塗膜、成形体または摺動部品に作用する応力を緩和し、表面自由エネルギーを低下させ、摩擦係数の低下に寄与するものと考えられる。
【0022】
(10)本発明の他の態様(8)または(9)では、前記主剤樹脂100部に対して1.0部未満の前記カーボンナノチューブを含むことができる。こうすると、本発明の一態様(3)と同等の作用・効果を奏することができる。
【0023】
(11)本発明のさらに他の態様は、本発明のさらに他の態様(8)、(9)または(10)に記載のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物より成形されてなる成形体に関する。この成形体は、上述の通り、耐衝撃性に優れながら、摩擦が繰り返されても低摩擦係数を維持することができる。
【0024】
(12)本発明のさらに他の態様は、本発明の他の態様(4)または(5)に記載の塗膜で形成された摺動面を有する摺動部品に関する。この摺動部品の摺動面は、上述の通り、耐衝撃性に優れながら、摩擦が繰り返されても低摩擦係数を維持することができる。
【0025】
(13)本発明のさらに他の態様は、本発明の他の態様(6)、(7)または(11)に記載の成形体で形成された摺動面を有する摺動部品に関する。この摺動部品の摺動面は、上述の通り、耐衝撃性に優れながら、摩擦が繰り返されても低摩擦係数を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】主剤中のカーボンナノチューブ及びすべり剤の配合状態(海島構造)を模式的に示す図である。
図2】塗膜を破断して、海島構造を観察した走査型電子顕微鏡の画像である。
図3】カップ状の炭素六員環網層を模式的に示す斜視図である。
図4図3の炭素六員環網層が軸方向に積層して形成されるカーボンナノチューブを模式的に示す斜視図である。
図5図5(A)は塗料により形成されてなる塗膜を有する摺動部品等の被塗布物を示し、図5(B)はカーボンナノチューブ含有樹皮組成物により形成されてなる摺動部品等の成形体を示す図である。
図6】実施例と比較例の動摩擦係数の変化を示す特性図である。
図7】耐衝撃試験後の塗膜表面を観察した走査型電子顕微鏡の画像(上段)と、その二値化像(下段)である。
図8】塗膜を破断して、破断面のカーボンナノチューブ上に形成される主剤樹脂の緻密層を観察した走査型電子顕微鏡の画像である。
図9】塗膜を破断して、破断面のカーボンナノチューブ上に形成される主剤樹脂の緻密層を観察した他の走査型電子顕微鏡の画像である。
図10】塗膜を破断して、破断面のカーボンナノチューブ上に形成される主剤樹脂の緻密層を観察したさらに他の走査型電子顕微鏡の画像である。
図11】塗膜を破断して、破断面のカーボンナノチューブ上に形成される主剤樹脂の緻密層を観察したさらに他の走査型電子顕微鏡の画像である。
図12】塗膜表面のトポグラフィー像である。
図13図12と同じ個所のPhase像である。
図14図14(A)~図14(C)は、一般のカーボンナノチューブを模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明に係るカーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動部品の実施形態について図面を参照して説明する。
【0028】
1.カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、塗膜、成形体及び摺動体
第1実施形態のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物は、図1に示すように、主剤(Base resin)である樹脂の溶液に、すべり剤例えばPТFE(四フッ化エチレン樹脂)及びカーボンナノチューブCNТを添加剤として含んでいる。カーボンナノチューブ含有樹脂組成物は、必要により顔料を含むことができる。
【0029】
1.1.主剤
主剤となる樹脂は、熱可塑性樹脂であっても、熱硬化性樹脂であっても良い。熱硬化性樹脂として、例えば、エポキシ樹脂、アルキド樹脂、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル、シリコン樹脂等を挙げることができる。熱可塑性樹脂として、例えば、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリプロピレン(PP)、高密度ポリエチレン(HDPE)、低密度ポリエチレン(LDPE)、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)、アクリル(PMMA)、ポリアミド(PA) 、ポリエチレンテレフタレート(PEТ)、液晶ポリマー(LCP)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアセタール(POM)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリカーボネート(PC)、などを挙げることができる。主剤樹脂は、カーボンナノチューブ含有樹脂組成物が塗料として用いられる場合は、大気汚染や土壌汚染の原因となる揮発性有機化合物(VOC)を含まない水性塗料が好ましいが、これに限定されない。水性塗料の溶剤は水であり、有機溶剤塗料の溶剤はトルエン、キシレン、エステル、ケトン等の強溶剤である。なお、このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物は、塗料の他、型内に充填されて成形体を得るための成形材料として利用しても良い。
【0030】
1.2.すべり剤
すべり剤は塗膜または成形体の摩擦係数を低くするために添加される。すべり剤として、上述のPТFEやPFA(四フッ化エチレン・パーフルオロアルコキシエチレン共重合樹脂)等のフッ素樹脂や、二硫化モリブデン等を挙げることができる。
【0031】
1.3.カーボンナノチューブ
カーボンナノチューブは、塗膜または成形体の機械的強度を高めてすべり剤の機能を持続させるために添加される。本実施形態で用いられるカーボンナノチューブCNТは、図3に示すように、切頭円錐筒形状、つまり底のないカップの形状をなす炭素六員環網層(グラフェンシート)10を含む。カーボンナノチューブCNТは、複数の炭素六員環網層10が、図4に模式的に示すように軸方向Aで積層されて構成される。ここで、図4に示す複数の炭素六員環網層10は、実際には軸方向Aにて密に積層されているが、図4では図面作成の便宜上、積層密度を粗にして示している。なお、炭素六員環網層10は底のあるカップ形状であっても良い。
【0032】
図3に示す炭素六員環網層10は、複数の六員環11が相互に化学的に結合して構成されるが、カップの開口部に位置する六員環11は他と連結されてなく、六員環端12を有する。従って、図4に示す軸方向Aで複数の炭素六員環網層10が密に積層されると、カップ形状の各々の炭素六員環網層10の開口部(大径の開口部)に位置する六員環11が軸方向Aで連なって、カーボンナノチューブCNТの外側面が形成される。つまり、このカーボンナノチューブCNТは、各々のカップの開口部が軸方向で連なって形成される外側面の広い範囲にて、六員環端12が露出している。この六員環端12は高活性であるので、カーボンナノチューブCNТの外側面の広い範囲に官能基を形成することができる。本実施形態では、カーボンナノチューブCNТの外側面を例えばオゾンと接触させることで、カーボンナノチューブCNТの外側面にて露出する炭素六員環網層10のエッジの六員環端12に、官能基を形成している。形成法はこれに限らず、硝酸を用いても良好に官能基をカーボンナノチューブCNТ上に形成することができる。官能基として、フェノール性水酸基、カルボキシル基、キノン型カルボニル基、ラクトン基などの含酸素官能基を挙げることができる。これら含酸素官能基は、親水性や、主剤である樹脂に対する親和性が高いと考えられる。本明細書では、カーボンナノチューブCNТの外側面の官能基に主剤である樹脂が架橋されている領域を「樹脂緻密層」と称する。
【0033】
1.4.主剤と添加剤との結合関係
先ず、図1に模式的に示すように、主剤の中に、添加剤であるすべり剤例えばPТFEが、海島構造の島部を形成する。ここで、図1において、PТFEの一粒の直径は10μmであり、CNТは外径100nm、内径50Nm、長さ3μmであり、PТFEの一粒の直径はCNТの長さの約3倍である。総体積ではPTFEがCSCNTの約10倍を占めるが、総本(個)数はCNTがPTFEよりも約10万倍多い。これにより、PTFEの島の周囲の海(主剤樹脂)が微小繊維(CNT)で覆われて、海領域を強化している。図2は塗膜を破断して、海島構造を観察したSEM(走査型電子顕微鏡)の画像である。図2において、右上向き矢印の先に見られる比較的大きな物質がPТFEであり、左下向き矢印の先に見られる比較的小さな物質がCNTである。
【0034】
PТFEは、その分子構造上、主剤ともカーボンナノチューブCNТとも化学的に結合されず、島部が主剤樹脂の海部に浮かんでいる状態と考えられる。一方カーボンナノチューブCNТの外表面は、主剤と化学的に強固に結合される。つまり、カーボンナノチューブの外側面の広い範囲に存在する官能基に、主剤、例えばエポキシ樹脂が架橋される。こうして、主剤とカーボンナノチューブとの結合力が高められている。従って、海島構造では、島部のPTFEを、カーボンナノチューブCNТが化学結合して強化された主剤樹脂が支えて、総体として機械的な特性が強化される。
【0035】
1.5.主剤に対するカーボンナノチューブ、すべり剤の添加量
カーボンナノチューブ含有樹脂組成物は、質量換算で、主剤樹脂の溶液100部に対して0.001~0.5部のカーボンナノチューブを含む。主剤樹脂の溶液は、主剤樹脂の固形分を50重量%、溶剤例えば水を50重量%含んでいる。このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物が、図5(A)に示す摺動部品等の被塗装物20の被塗装面22に塗布されて、塗膜30形成される。塗膜30の表面は摺動面32として利用できる。塗膜30は、乾燥されると、塗料中の溶剤は全て蒸発する。一方、樹脂組成物を型内に充填して、図5(B)に示す成形体40を成形することができる。この成形体40は、摺動面42を有する摺動部品として利用することができる。あるいは、摺動部品は、その一部に成形体40を含み、成形体40の少なくとも一面を摺動面42とすることができる。成形体40中の溶媒もまた全て蒸発する。従って、塗膜30及び成形体40は、質量換算で、主剤の溶液100部に対して0.002~1.0部のカーボンナノチューブを含む。一方すべり剤は、主剤の溶液100部に対して10~30部含むことができ、塗膜30及び成形体40中では主剤の固形分100部に対して20~60部含むことができる。
【0036】
ここで、本実施形態のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物では、主剤に対するカーボンナノチューブの添加量は、質量比で1/100000~5/1000と極めて少ない。本実施形態の塗膜及び成形体でも、主剤に対するカーボンナノチューブの添加量も、質量比で2/100000~1/100と極めて少ない。この理由は次の通りである。フッ素樹脂等のすべり剤は機械的強度が弱いが、主剤と架橋つまり化学的に結合されているカーボンナノチューブにより、機械的強度が担保される。ここで、本実施形態のカーボンナノチューブCNТは、その外側面の広い範囲に備えらたれ官能基により主剤と化学的に結合している。よって、摩擦力が作用しても主剤からカーボンナノチューブは脱落し難い。それにより、このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物により形成されてなる塗膜30または成形体40は、摩擦が繰り返されても低摩擦係数を維持することできる。また、カーボンナノチューブは、その外側面の広い範囲に備えらたれ官能基により主剤と化学的に結合しているので、主剤の溶液に対して極めて少量のカーボンナノチューブを添加するだけで済む。
【実施例0037】
1-1.実施例E1
水性エポキシ樹脂EM051R(株式会社ADEKA製)の溶液100部に、PTFE15部及びカーボンナノチューブ(株式会社GSIクレオス製の商品名「カルベール」)CNТ0.1部を添加して、実施例E1の塗料を製造した。この実施例E1塗料が、図5(A)に示す摺動部品20に塗布されて、実施例E1の塗膜30を形成した。水性エポキシ樹脂の水溶液中の水が蒸発される実施例E1の塗膜30は、水性エポキシ樹脂の固形分100部に対して、PTFE30部及びカーボンナノチューブCNТ0.2部を含む。
【0038】
1-2.実施例E2
水性エポキシ樹脂EM051R(株式会社ADEKA製)の溶液100部に、PTFE15部及びカーボンナノチューブCNТ(株式会社GSIクレオス製の商品名「カルベール」)0.01部を添加して、実施例E2の塗料を製造した。この実施例E2の塗料が、図5(A)に示す摺動部品20に塗布されて、実施例E2の塗膜30を形成した。水性エポキシ樹脂の水溶液中の水が蒸発される実施例E2の塗膜30は、水性エポキシ樹脂の固形分100部に対して、PTFE30部及びカーボンナノチューブCNТ0.02部を含む。
【0039】
1-3.実施例E3
水性エポキシ樹脂EM051Rの溶液100部に、PTFE15部及びカーボンナノチューブCNТ0.001部(株式会社GSIクレオス製の商品名「カルベール」)を添加して、実施例E3の塗料を製造した。この実施例E3の塗料が、図5(A)に示す摺動部品20に塗布されて、実施例E3の塗膜30を形成した。水性エポキシ樹脂の水溶液中の水が蒸発される実施例E3の塗膜30は、水性エポキシ樹脂の固形分100部に対して、PTFE30部及びカーボンナノチューブCNТ0.002部を含む。
【0040】
1-4.実施例E4
実施例E4の塗料は、水性エポキシ樹脂EM051Rの溶液100部に、PTFE15部及びカーボンナノチューブCNТ(株式会社GSIクレオス製の商品名「カルベール」)0.5部を含む。実施例E4の塗料が形成されてなる実施例E4の塗膜は、水性エポキシ樹脂EM051Rの固形分100部に対して、PTFE30部及びカーボンナノチューブCNТ1部を含む。つまり、実施例E4の塗料及び塗膜は、実施例E1~E3よりも多くのカーボンナノチューブCNТを含む。
【0041】
1-5.比較例C1-C3
実施例E1-E4を対比評価するための比較例C1-C3を準備した。
【0042】
1-5.1.比較例C1
比較例C1の塗料は、水性エポキシ樹脂EM051Rの溶液である。比較例C1の塗料には添加剤が含まれない。比較例C1の塗料が形成されて比較例C1の塗膜が用意された。
【0043】
1-5.2.比較例C2
比較例C2の塗料は、主剤である水性エポキシ樹脂EM051Rの溶液100部に、カーボンナノチューブCNТ0.1部が添加された。比較例C2の塗料には、すべり剤は添加されない。比較例C2の塗料が形成されてなる比較例C2の塗膜は、水性エポキシ樹脂EM051Rの固形分100部に対してカーボンナノチューブCNТ0.2部を含む。
【0044】
1-5.3.比較例C3
比較例C3の塗料は、主剤である水性エポキシ樹脂EM051Rの溶液100部に、PTFE15部が添加された。比較例C3の塗料には、カーボンナノチューブCNТは添加されない。比較例C3の塗料が形成されてなる比較例C3の塗膜は、水性エポキシ樹脂EM051Rの固形分100部に対してPTFE30部を含む。
【0045】
1-6.動摩擦係数の評価
図5は、実施例E1-E4及び比較例C1-C3の塗膜30の摺動面32をそれぞれ摩擦接触させながら500に亘って摺動部品20を往復させた時の、各塗膜30の動摩擦係数の変化を示している。なお、実施例E1-E4及び比較例C1-C3の塗膜として、それぞれ5つの試料が準備された。図5の各往復回数での動摩擦係数は、5つの試料の動摩擦係数の平均値である。図5から、すべり剤を含まない比較例C1及びC2の塗膜は、すべり剤を含む実施例E1-E4及び比較例C3の塗膜よりも、動摩擦係数が格段に高いことが分かる。比較例C1及びC2の対比から、すべり剤を含まない場合には、カーボンナノチューブCNТを含むことで往復回数が増えるにつれ、かえって動摩擦係数が高くなることが分かった。
【0046】
すべり剤を含む実施例E1-E4及び比較例C3の塗膜は、図5から、比較例C1及びC2と比べれば、往復回数が増えても動摩擦係数の変化が比較的少ないことが分かる。特に、適量のCNТを含む実施例E1の塗膜は、動摩擦係数が最も低く、かつ、往復回数が増えても動摩擦係数の変化も最も少ないことが分かる。実施例E1よりもCNТが少ない実施例E2及びE3の塗膜でも、比較例C1-3と対比すると、往復回数500回の中での平均の動摩擦係数が低く、かつ、往復回数が増えても動摩擦係数の変化も少ないことが分かる。よって、実施例E1-E3は、動摩擦係数が低くその変化も少ない点で、比較例C1-C3よりも優れていることが分かる。なお、実施例4のように上限量のカーボンナノチューブCNТを含むことで、往復回数が少ない段階では比較例3よりも低摩擦係数となることが分かった。ただし、実施例4は、往復回数が多くなると、カーボンナノチューブCNТを含まない比較例C3よりも動摩擦係数が少し悪化することが分かったが、比較例1-2よりも動摩擦係数の変化は格段に少ない。なお、図6では摩擦試験のための往復回数が500回とされているが、比較例C3は400回付近から動摩擦係数は増加する傾向にあるが、実施例E4ではその傾向はない。よって、500回を超える回数では比較例C3が実施例E4よりも劣る可能性がある。実施例E4は、比較例C3とは塗膜の成分が明らかに相違することで区別される上、後述するように比較例C3よりも耐衝撃特性が優れている。つまり、主剤100部に対するカーボンナノチューブCNТの添加量には、実施例E4が示す上限(塗料では0.5部、塗膜では1.0部)を設けることが有用であることが分かる。また、実施例E3が、主剤100部に対するカーボンナノチューブCNТの添加量の下限(塗料では0.001部、塗膜では0.002部)を示している。特許文献1で開示されたCNТの下限と明確に区別する上では、主剤100部に対するカーボンナノチューブCNТの添加量の上限を、実施例Eが含まれない範囲となるように、塗料では0.5部未満、塗膜では1.0部未満としても良い。
【0047】
本実施形態に係る塗膜中に存在するナノ領域(CNТ界面)、ミクロ領域(CNT)及び海島構造(PTFE/CNT)が、摩擦により生じるマクロの動的・静的エネルギーを緩和・転化し、ミクロ~マクロ領域の亀裂や剥離の伝播を防ぎ、塗膜の三次元領域における健全性を確保することから、摩擦係数が低下すると考えられる。
【0048】
1-7.表面自由エネルギーの評価
実施例E1~E2及びE4の塗膜と、比較例C1~C3の塗膜との表面自由エネルギーを測定したところ、表1の通りであった。表面自由エネルギーは、動摩擦係数と正の相関があることが分かる。動摩擦係数での評価と同様に、実施例E1、E2及びE4は、比較例C1及びC2よりも表面自由エネルギーは小さいことが分かる。動摩擦係数が最も優れていた実施例E1は、表面自由エネルギーも最も低かった。
【表1】
【0049】
表面自由エネルギーの低下が、摩擦係数の低下の一つの要因と考えられる。表面自由エネルギーの低下は、塗膜内部の海島構造とCNTの微量添加とによる内部応力の低減、CNTの炭素網端での内部応力の緩和、CNT上に形成された樹脂緻密層による応力緩和等が寄与していると考えられる。
【0050】
1-8.耐衝撃性の評価
実施例E1~E2及びE4の塗膜と、比較例C1~C3の塗膜とについて、衝撃試験(JIS K5600-5-3)を実施した。100mm刻みで100mm~1000mmの高さから重りを塗膜に落下させた。その際、重りの落下点から離れた位置での塗膜表面を走査型電子顕微鏡で観察した外観像を図7の上段に示す。図7の上段から分かるように、実施例E1~E2及びE4の耐衝撃試験後の外観は比較的滑らかである一方で、比較例C1~C3の耐衝撃試験後の外観には明らかに亀裂が観察される。このことを定量的に評価するために、図7の上段の外観像を二値化したものを図7の下段に示す。図7の下段に示す二値化像のなかで、島状に観察される部位が亀裂である。実施例E1~E2及びE4の塗膜と比較例C1~C3の塗膜との双方に亀裂は観察されるが、二値化像中の亀裂の総面積を表2に示す。表2から明らかなように、実施例E1~E2及びE4の塗膜は、比較例C1~C3の塗膜よりも耐衝撃試験後の亀裂は少なくことが分かる。つまり、実施例E4は、摩擦係数だけを考慮すると比較例C3と同等であるが、耐衝撃性では比較例C3よりも格段に優れている。よって、摩擦係数及び耐衝撃試験の双方を考慮すると、主剤100部に対するカーボンナノチューブCNТの添加量の上限は、実施例E4(塗料では0.5部、塗膜では1.0部)である。
【表2】
【0051】
1-9.塗膜構造
実施例E1の塗膜を破断して、カーボンナノチューブCNТの状態を観察したSEM(走査型電子顕微鏡)の画像を図8~11に示す。図8では、図8の中央にて上下に延びるカーボンナノチューブCNТの外側面に主剤であるエポキシ樹脂が密集して付着する、楕円状の点線に囲まれた領域の「樹脂緻密層」と称する、本実施形態の塗膜に特異な現象が観察できる。図8では、図8の右下の四角枠状の点線で囲まれた領域に集まっている複数本のカーボンナノチューブには、「樹脂緻密層」が観察されない。「樹脂緻密層」の形成が見られない要因はまだ分かっていないが、複数本のカーボンナノチューブCNТが密集しているため、樹脂の付着反応が起こりづらかったか、あるいはカーボンナノチューブCNТ表面の官能基量が微量であることが考えられる。図9~11にて点線で囲まれた領域でも、カーボンナノチューブCNТの外表面に主剤であるエポキシ樹脂が付着している「樹脂緻密層」の現象を観察できる。なお、これらの「樹脂緻密層」は、塗膜だけでなく、本実施形態に係るカーボンナノチューブ含有樹脂組成物及び成形体にとっても特異な構造である。
【0052】
図12及び図13は、AFM(Atomic Force Microscope原子間力顕微鏡)の画像である。図12は、塗膜表面のトポグラフィー像、つまり凹凸などの表面状態が表現されるOffset画像である。明るい部分が凸部、暗い部分が凹部となる。図12の寸法と明度から見て、中央の凸部がカーボンナノチューブCNТであり、それ以外の部分は明度から見て塗膜の主剤のエポキシ樹脂と判断される。一方、図9は、図12と同じ領域の物質の硬度を表現するPhase像である。図13では、高硬度ほど暗く、高軟度ほど明るく表現される。図12中の高い明度(カーボンナノチューブCNТ)の領域内では、図13では暗い部分があり、その暗い部分の形状からすると、カーボンナノチューブCNТそのものではなく、カーボンナノチューブCNТの外側面に付着された主剤(塗料用樹脂)を観察していると考えられる。この部分は、他の部分と比べると明らかに暗く、この部分が高硬度であることを示している。他の部分も同じ主剤の樹脂にもかかわらず、この暗部が他の主剤樹脂に比べて硬度が高いことを示唆している。
【0053】
2.カーボンナノチューブ含有樹脂組成物、成形体及び摺動体
第2実施形態のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物は、第1実施形態のように溶液でない点で相違するが、図1に示すように、主剤(Base resin)である熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂に、すべり剤例えばPТFE(四フッ化エチレン樹脂)及びカーボンナノチューブCNТを添加剤として含んでいる点で共通する。このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物でも、カーボンナノチューブの外側面の広い範囲に存在する官能基に、主剤が架橋される。こうして、主剤とカーボンナノチューブとの結合力が高められている。従って、海島構造では、島部のPTFEを、カーボンナノチューブCNТが化学結合して強化された主剤樹脂が支えて、総体として機械的な特性が強化される。カーボンナノチューブ含有樹脂組成物は、必要により顔料を含むことができる。本実施形態のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物は、例えば成形用の樹脂ペレットであり、樹脂材料を二軸のスクリューを有する押出機にて加熱下で混錬し、例えばφ3mmの棒状(ストランドと称する)に押し出し、ペレット状に切断することで製造される。
【0054】
押出機に供給される樹脂材料は、主剤である熱可塑性樹脂に、すべり剤PТFE及びカーボンナノチューブCNТを添加剤として含み、主剤100部に対して0.001~0.1部のカーボンナノチューブCNТを含む。この樹脂材料が上述のようにして樹脂ペレット(カーボンナノチューブ含有樹脂組成物)に形成される。例えば主剤である熱可塑性樹脂は、加熱により高分子の分子鎖の結合が崩れて溶融され、押出機から押し出されたストランドを小さく切断することで、樹脂ペレット(カーボンナノチューブ含有樹脂組成物)とされる。溶剤を含む塗料等のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物の場合は50%の水分が蒸発して、主剤に対するカーボンナノチューブCNT濃度が2倍になるが、樹脂ペレット(カーボンナノチューブ含有樹脂組成物)の製造には溶剤が用いられない。よって、樹脂ペレット(カーボンナノチューブ含有樹脂組成物)は、質量換算で、主剤100部に対して0.001~0.1部の前記カーボンナノチューブCNТを含む。
【0055】
主剤が熱硬化性樹脂の場合には、熱硬化性樹脂を含むカーボンナノチューブ含有樹脂組成物に任意の硬化剤を加えて粘度が十分に低下する所定の温度、例えば80℃程度の温度で混錬する。その後、目的の形状の金型等に充填し、適切な硬化温度に加熱することで、主剤と硬化剤の反応が促進し、硬化して成形体が得られる。例えば主剤をエポキシ樹脂とする場合は、130℃で1時間保持して十分な硬度を有する成形体が得られる。このカーボンナノチューブ含有樹脂組成物の製造にも溶剤が用いられない。よって、カーボンナノチューブ含有樹脂組成物は、質量換算で、主剤100部に対して0.001~0.1部の前記カーボンナノチューブCNТを含む。
【0056】
2.1.主剤
カーボンナノチューブ含有樹脂組成物に含まれる主剤は、熱可塑性樹脂であっても、熱硬化性樹脂であっても良い。すべり剤及びカーボンナノチューブは塗膜と同じものを用いることができる。主剤である熱硬化性樹脂として、例えばエポキシ樹脂、アルキド樹脂、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル、シリコン樹脂等を挙げることができる。主剤である熱可塑性樹脂として、例えば、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリプロピレン(PP)、高密度ポリエチレン(HDPE)、低密度ポリエチレン(LDPE)、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)、アクリル(PMMA)、ポリアミド(PA) 、ポリエチレンテレフタレート(PEТ)、液晶ポリマー(LCP)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアセタール(POM)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリカーボネート(PC)、などを挙げることができる。
【0057】
2.2.成形体
主剤として熱可塑性樹脂を含むカーボンナノチューブ含有樹脂組成物を樹脂ペレットとして用いて、図5(B)に示す成形体40を例えば射出成形することができる。あるいは、主剤として熱硬化性樹脂を含むカーボンナノチューブ含有樹脂組成物を用いて、上述の通り成形体40を成形することができる。この成形体40は、例えば摺動面42を有する摺動部品として利用することができる。あるいは、摺動部品は、その一部に成形体40を含み、成形体40の少なくとも一面を摺動面42とすることができる。
【0058】
2.3.摺動部品の動摩擦係数
本実施形態のカーボンナノチューブ含有樹脂組成物及びそれにより成形されてなる成形体は、上述の塗膜30と同じ図1の構造を有する。従って、摺動面42を摩擦接触させながら摺動部品40を500回に亘って往復させた時の、各回の動摩擦係数は、図5と同様の低摩擦係数となることは明らかである。また、摺動部品の耐衝撃性も塗膜同様に確保される。
【0059】
なお、本発明の実施形態について説明したが、これら実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。
【符号の説明】
【0060】
10…炭素六員環網層、11…六員環、12…六員環端、20…被塗装物(摺動部品)、22…被塗装面、30…塗膜、32…摺動面、40…成形体(摺動部品)、42…摺動面、A…軸方向、CNТ…カーボンナノチューブ、PТFE…すべり剤
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14