(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023108699
(43)【公開日】2023-08-07
(54)【発明の名称】フッ素樹脂の改質方法及び改質装置
(51)【国際特許分類】
C08J 7/00 20060101AFI20230731BHJP
【FI】
C08J7/00 304
C08J7/00 CEW
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022009876
(22)【出願日】2022-01-26
(71)【出願人】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】島本 章弘
【テーマコード(参考)】
4F073
【Fターム(参考)】
4F073AA01
4F073BA16
4F073BB02
4F073CA47
4F073CA63
4F073CA70
4F073CA71
4F073EA11
4F073EA21
4F073EA24
4F073HA11
(57)【要約】
【課題】改善したフッ素樹脂の改質方法及び改質装置を提供する。
【解決手段】フッ素樹脂の改質方法は、酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物を含む第一流体に少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を照射し、前記紫外光が照射された前記第一流体をフッ素樹脂に接触させる第一工程と、ガス又は霧状の水を含む第二流体に前記紫外光を照射し、前記紫外光が照射された第二流体をフッ素樹脂に接触させる第二工程と、を備える。改質装置は、酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物を含む第一流体、及び、ガス又は霧状の水を含む第二流体を、チャンバ内に供給するための、少なくとも一つの流体供給口と、波長205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を、前記チャンバ内の前記第一流体と前記第二流体に向けて照射する光源と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物を含む第一流体に、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を照射し、前記紫外光が照射された前記第一流体をフッ素樹脂に接触させる、第一工程と、
ガス又は霧状の水を含む第二流体に、前記紫外光を照射し、前記紫外光が照射された前記第二流体を前記フッ素樹脂に接触させる、第二工程と、
を備えることを特徴とする、フッ素樹脂の改質方法。
【請求項2】
ガス又は霧状の前記第一流体と前記第二流体が混合された、ガス又は霧状の混合流体に前記紫外光を照射して、前記第一工程と前記第二工程を並行して行うことを特徴とする、請求項1に記載の改質方法。
【請求項3】
前記第一工程の後に前記第二工程を行うことを特徴とする、請求項1に記載の改質方法。
【請求項4】
前記第一工程と前記第二工程の少なくとも一方は、前記フッ素樹脂に接触している流体に向けて前記紫外光を照射して処理を行うことを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の改質方法。
【請求項5】
前記有機化合物は、ヒドロキシ基、カルボニル基及びエーテル結合の少なくとも一つを含むことを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の改質方法。
【請求項6】
前記有機化合物は、アルコール、ケトン、アルデヒド、カルボン酸及びフェノール類からなる群から選択される少なくとも一つを含むことを特徴とする、請求項5に記載の改質方法。
【請求項7】
前記有機化合物は、炭素数が10以下のアルコール、及び炭素数が10以下のケトンからなる群から選択される少なくとも一つを含むことを特徴とする、請求項6に記載の改質方法。
【請求項8】
前記有機化合物は、炭素数が2以上4以下のアルコール、及びアセトンからなる群から選択される少なくとも一つを含むことを特徴とする、請求項7に記載の改質方法。
【請求項9】
前記有機化合物は、アミノ基、イミノ基又はシアノ基の少なくとも一つを含むことを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の改質方法。
【請求項10】
前記有機化合物は、炭素数が4以下のアミン、及び炭素数が4以下のニトリルからなる群から選択される少なくとも一つを含むことを特徴とする、請求項9に記載の改質方法。
【請求項11】
前記紫外光はキセノンエキシマランプによって生成されたものであることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の改質方法。
【請求項12】
酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物を含む第一流体、及び、ガス又は霧状の水を含む第二流体を、チャンバ内に供給するための、少なくとも一つの流体供給口と、
波長205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を、前記チャンバ内の前記第一流体と前記第二流体に向けて照射する光源と、を備え、
前記紫外光が照射された前記第一流体及び前記紫外光が照射された前記第二流体で、被処理物の表層を親水化することを特徴とする、改質装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素樹脂の改質方法及び改質装置に関する。
【背景技術】
【0002】
以前より、疎水性のフッ素樹脂を親水性に改質する方法が知られている。
【0003】
特許文献1には、エタノール水溶液90の液面にフッ素樹脂からなる基板91を接触させて、エタノール水溶液90と接触する基板91の主面92に、ArFエキシマレーザの紫外光を照射し、主面92を親水性に改質する方法が記載されている(
図10参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、主面92に紫外光を照射する方法として二つの方法が開示されている。
図10に示されるように、第一の方法は、光源95aを、エタノール水溶液90を溜める容器93の上方に配置し、基板91の裏面側から基板91を透過して、主面92に紫外光L8を照射する方法である。第二の方法は、光源95bを容器93の下方に配置し、容器93とエタノール水溶液90を介して主面92に紫外光L9を照射する方法である。
【0006】
第一の方法を採る場合、紫外光L8が基板91を通過するため、厚みの薄い基板しか処理できず、薄い基板であっても、紫外光L8が基板91に吸収されて、主面92に到達する紫外光L8の光量が減少する問題と、基板91を構成するフッ素樹脂が紫外光L8により変質する問題がある。第二の方法を採る場合、紫外光L9が容器93とエタノール水溶液90を通過するとき、紫外光L9がエタノール水溶液90に吸収されたり、エタノール水溶液90により散乱したりすることによって、主面92に届く紫外光L9の光量が大幅に減少する問題がある。
【0007】
これらの問題を踏まえて、改善したフッ素樹脂の改質方法及び改質装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のフッ素樹脂の改質方法は、酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物を含む第一流体に、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を照射し、前記紫外光が照射された前記第一流体をフッ素樹脂に接触させる、第一工程と、
ガス又は霧状の水を含む第二流体に、前記紫外光を照射し、前記紫外光が照射された第二流体をフッ素樹脂に接触させる、第二工程と、を備える。
【0009】
本発明では、少なくとも205nm以下の波長域に強度を示す紫外光が、第一工程における酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物のラジカル化と、第二工程におけるガス又は霧状の水のラジカル化と、に使用される。
【0010】
本明細書で使用される用語を説明する。「ラジカル」とは、不対電子を持つ原子や分子を指す。詳細は後述するが、ラジカルは、不対電子を持つため、他の分子との反応性が高い。「ラジカル化」とは、ラジカル源からラジカルを生成することをいう。「酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物」は、当該有機化合物の分子構造内に、酸素原子又は窒素原子を少なくとも一つ有することを表す。
【0011】
第一流体は酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物を含む。当該有機化合物は、第一流体中で、ガス、液体、又は霧状に存在する。第一工程では、酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物が、前記紫外光によりラジカル化する。酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物から得られたラジカルが、疎水性を示すフッ素樹脂の表面を親水化する。第二工程では、第二流体に含まれる水分子(H2O)が前記紫外光によりラジカル化し、OHラジカル及び水素ラジカルを生成する。生成されたOHラジカル及び水素ラジカルが、フッ素樹脂の表層を親水化する。「表層」には、当該物体の表面と、当該物体の内部のうち表面近傍とが含まれる。
【0012】
本発明では、紫外光を前記第一流体と前記第二流体のラジカル化に使用し、生成したラジカルをフッ素樹脂表層の親水化に用いる。特許文献1では、ArFエキシマレーザの紫外光はエタノール水溶液に照射されるが、特許文献1において紫外光を照射する目的は、エタノール水溶液中のエタノール分子のラジカル化であって、エタノール水溶液中の水分子のラジカル化ではない。この点において、本発明は、特許文献1に対して大きく異なる。
【0013】
第二工程で前記紫外光を照射する対象は、ガス又は霧状の水を含む第二流体である。「ガス又は霧状の水を含む第二流体」という表現は、第二流体が、ガス状態のH2O(すなわち、水蒸気)を有すること、又は、液体状態であっても、その液体が流体中に浮遊可能な粒子で構成される状態のH2Oを有することを意図する。ガス又は霧状の第二流体を透過する紫外光の減衰量は、容器に溜められた水を透過する紫外光の減衰量より少ないため、より多くの紫外光をフッ素樹脂に照射できる。よって、従来よりも親水化を促進できる。
【0014】
フッ素樹脂の表面の親水化とは、当該表面の水分子との親和性を高める処理をいう。フッ素樹脂の表面にあるフッ素原子を、フッ素原子を含まず、極性を有する官能基に置換すると、フッ素樹脂表面の親水性が高くなる。詳細は後述するが、フッ素樹脂を疎水性から親水性に改質すると、例えば、フッ素樹脂と他の材料を強固に接合できる。
【0015】
前記第一工程の後に前記第二工程を行っても構わないし、前記第一工程と前記第二工程を並行して行っても構わない。前記第一工程と前記第二工程を並行して行う方法の一つとして、ガス又は霧状の第一流体とガス又は霧状の第二流体が混合された、ガス又は霧状の混合流体に前記紫外光を照射するとよい。詳細は後述するが、混合流体に紫外光が照射されると、第一流体中の有機化合物と第二流体中の水分子が並行してラジカル化され、フッ素樹脂の表層(すなわち、表面と表面近傍の内部)を親水化する。表面のみならず、表面近傍の内部まで親水化すると、接合力が向上する。また、複数の工程を並行して処理すると、処理時間が短くなるとともに、装置及びシステムを単純化できる。なお、前記第一工程の後に前記第二工程を行う場合には、第一流体が、液体として存在する有機化合物を含んでいても構わない。
【0016】
前記第一工程と前記第二工程の少なくとも一方は、前記フッ素樹脂に接触している流体に向けて紫外光を照射して処理を行っても構わない。フッ素樹脂に接触している流体に向けて紫外光を照射するには、例えば、前記紫外光を出射する光源とフッ素樹脂との間隔を近づけた状態で、当該間隔に流体を流しつつ、前記光源から前記紫外光をフッ素樹脂に向けて照射する。これにより、改質処理に必要な、フッ素樹脂の表面近傍又はフッ素樹脂の内部に存在する流体を狙ってラジカル化できる。その結果、多くのラジカルをフッ素樹脂に接触させることができる。
【0017】
前記有機化合物は、ヒドロキシ基、カルボニル基及びエーテル結合の少なくとも一つを含んでも構わない。フッ素樹脂の表面に、ヒドロキシ基、カルボニル基及びエーテル結合のうち、少なくともいずれかを含む官能基を形成できるから、フッ素樹脂の表面に強い親水性を付与できる。
【0018】
前記有機化合物は、アルコール、ケトン、アルデヒド、カルボン酸及びフェノール類からなる群から選択される少なくとも一つを含んでも構わない。
【0019】
前記有機化合物は、炭素数が10以下のアルコール、及び炭素数が10以下のケトンからなる群から選択される少なくとも一つを含んでも構わない。
【0020】
前記有機化合物は、炭素数が2以上4以下のアルコール、及びアセトンからなる群から選択される少なくとも一つを含んでも構わない。炭素数が2以上4以下のアルコール、及びアセトンは、入手の容易性や経済性に優れている。炭素数が2以上4以下のアルコールは安全性や取扱いの簡便性に優れている。アセトンは、蒸気圧が高いため、比較的高濃度の雰囲気を形成しやすい。
【0021】
前記有機化合物は、アミノ基、イミノ基又はシアノ基の少なくとも一つを含んでも構わない。
【0022】
前記有機化合物は、炭素数が4以下のアミン、及び炭素数が4以下のニトリルからなる群から選択される少なくとも一つを含んでも構わない。炭素数が4以下のアミン、及び炭素数が4以下のニトリルは、入手の容易性や経済性に優れている。
【0023】
前記紫外光はキセノンエキシマランプによって生成されたものであっても構わない。
【0024】
本発明の改質装置は、
酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物を含む第一流体、及び、ガス又は霧状の水を含む第二流体を、チャンバ内に供給するための、少なくとも一つの流体供給口と、
波長205nm以下の波長域に強度を示す紫外光を、前記チャンバ内の前記第一流体と前記第二流体に向けて照射する光源と、を備え、
前記紫外光が照射された前記第一流体及び前記紫外光が照射された前記第二流体で、処理物の表層を親水化する。
【0025】
前記流体供給口は、例えば、前記チャンバの壁または天井等に配置されていても構わない。前記流体供給口が一つしかない場合、通常、当該流体供給口は、前記第一流体の供給源及び前記第二流体の供給源の両方に接続される。ただし、供給源は、第一流体と第二流体の両方を供給する統合された供給源であっても構わない。前記流体供給口が一つしかなく、統合された供給源が使用されている場合には、当該流体供給口は、統合された供給源に接続される。流体供給口が複数の場合、少なくとも一つの流体供給口が第一流体の供給源に接続され、残りの流体供給口が第二流体の供給源に接続される。なお、流体供給口を供給源に接続される際、流体供給口と供給源との間に、配管等の流体供給路を介して接続されても構わない。
【発明の効果】
【0026】
改善したフッ素樹脂の改質方法及び改質装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】フッ素樹脂の改質システムの一実施形態を示す図である。
【
図4】流体供給源の第一変形例を説明する図である。
【
図5】流体供給源の第二変形例を説明する図である。
【
図8A】5つのサンプルの表層に対するATR-FTIRの分析結果である。
【
図8B】5つのサンプルの表層に対するATR-FTIRの分析結果である。
【
図9】処理時間と接触角との関係を示すグラフである。
【
図10】従来のフッ素樹脂の改質方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
図面を参照しながら実施形態を説明する。なお、本明細書に開示された各図面は、あくまで模式的に図示されたものである。すなわち、図面上の寸法比と実際の寸法比とは必ずしも一致しておらず、また、各図面間においても寸法比は必ずしも一致していない。
【0029】
[改質システムの概要]
以下に、フッ素樹脂の改質システムと、改質システムを利用したフッ素樹脂の改質方法の一実施形態を示す。
図1は、フッ素樹脂の改質システムを示している。改質システム100は、改質装置20と、改質装置20に流体を供給する流体供給源30とを備える。
【0030】
改質装置20は、光源3と、流体供給源30に接続される流体供給口2と、を備える。流体供給源30は、酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物を含む第一流体F1と、水分子を含む第二流体F2を、チャンバ5に供給する。第一流体F1、第二流体F2及び流体供給源30の詳細は後述する。
【0031】
光源3が出射する紫外光L1は、真空紫外光、より詳細には、少なくとも波長205nm以下の波長域に強度を示す紫外光である。本明細書において使用される、「少なくとも波長205nm以下の波長域に強度を示す紫外光」とは、205nm以下に発光帯域を有する光である。斯かる光には、例えば、(1)ブロードな波長帯域に強度を示しつつ、最大強度を示すピーク発光波長が205nm以下となる発光スペクトルを示す光、(2)複数の極大強度(複数のピーク)を示す発光スペクトルを示しつつ、複数のピークのうちいずれかのピークが205nm以下の波長範囲に含まれるような発光スペクトルを示す光、(3)発光スペクトル内における全積分強度に対して、205nm以下の光が、少なくとも30%以上の積分強度を示す光、が含まれる。
【0032】
光源3には、例えば、キセノンエキシマランプが使用される。キセノンエキシマランプのピーク発光波長は172nmである。キセノンエキシマランプより発光される光は、酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物を含む第一流体、及び、ガス又は霧状の水を含む第二流体に吸収されやすい。そして、酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物と水分子から、それぞれラジカルを多く生成する。
【0033】
[被処理物]
本実施形態では、被処理物10は、全体としてフッ素樹脂で構成されている物体である。しかしながら、被処理物10は、全体としてフッ素樹脂で構成されていない物体でもよい。被処理物10は、その表面の少なくとも一部に、フッ素樹脂が露出した領域を有しておればよい。被処理物10は、リジッドな板状基板でも構わないし、長尺の可撓性フィルムでも構わないし、板状ではない立体形状でも構わない。
【0034】
被処理物10の具体例として、医療用のフッ素樹脂や高周波用のプリント配線板が挙げられる。フッ素樹脂の表面を疎水性から親水性に転換すると、フッ素樹脂と他の材料との接合力を高められる。プリント配線板の場合には、例えば、母材であるフッ素樹脂と銅めっき膜との間の接合力を高められ、その結果、銅めっきが剥がれにくくなるという効果が期待される。
【0035】
[改質装置による第一流体のラジカル生成]
改質装置による第一流体のラジカル生成の機序を説明する。はじめに、酸素原子を含む有機化合物の場合を説明する。酸素原子を含む有機化合物の例として、エタノール(C
2H
5OH)を取り上げる。エタノールの分子に、紫外光(hν)を照射してラジカルを生成する工程の、化学反応式を示す。
【化1】
【化2】
【化3】
【0036】
上記(1)~(3)式に示されるように、紫外光(hν)がエタノール分子に照射されると、紫外光のエネルギーがエタノール分子を構成する原子間の結合を切断し、炭素原子、水素原子及び酸素原子からなるラジカル(「{CHO}ラジカル」と表記することがある)と、水素ラジカル(「H・」と表記することがある)と、を生成する。{CHO}ラジカルは、Cがラジカル化されたものと、Oがラジカル化されたものとを含む。CとOのどちらがラジカル化されるか、及びどの位置のCがラジカル化されるかの違いに因って、上記(1)~(3)式に示した3種類の{CHO}ラジカルが形成される。いずれの{CHO}ラジカルも均等の割合で生成されるとは限らない。
【0037】
なお、上記(1)~(3)式に示された、それぞれ3種類の化学反応式は、不対電子を持つ原子を一つ有する{CHO}ラジカルについて示したものである。紫外光の照射により、不対電子を持つ原子を2つ以上有する{CHO}ラジカルが生成されても構わない。
【0038】
次に、窒素原子を含む有機化合物の場合を説明する。窒素原子を含む有機化合物の例として、エチルアミン(C
2H
5NH
2)を取り上げる。エチルアミンの分子に、紫外光(hν)を照射して、ラジカルを生成する工程の、化学反応式を示す。
【化4】
【化5】
【化6】
【0039】
上記(4)~(6)式に示されるように、紫外光(hν)がエチルアミン分子に照射されると、紫外光のエネルギーがエチルアミン分子を構成する原子間の結合を切断し、炭素原子、水素原子及び窒素原子からなるラジカル(「{CHN}ラジカル」と表記することがある)と、水素ラジカルと、を生成する。ラジカルは、不対電子を持つ原子又は分子である。{CHN}ラジカルは、Cがラジカル化されたものと、Nがラジカル化されたものとを含む。CとNのどちらがラジカル化されるか、及びどの位置のCがラジカル化されるかの違いに因って、上記(4)~(6)式に示した3種類の{CHN}ラジカルが形成される。いずれの{CHN}ラジカルも均等の割合で生成されるとは限らない。
【0040】
なお、上記(4)~(6)式に示された、それぞれ3種類の化学反応式は、不対電子を持つ原子を一つ有する{CHN}ラジカルについて示したものである。紫外光の照射により、不対電子を持つ原子を2つ以上有する{CHN}ラジカルが生成されても構わない。
【0041】
[改質メカニズム]
図2A~
図2Dを参照しながら、第一流体が酸素原子を含む有機化合物である場合の、第一工程と第二工程による被処理物10の表層の改質メカニズムを説明する。
図2A~
図2Dは、被処理物10のフッ素樹脂の表面又は表層の化学構造を理解できるように示した図である。
【0042】
図2Aは、フッ素樹脂11(ここでは、PTFE)が改質される直前の、ラジカルが生成される様子を示している。
図2Aに示されるように、表面改質前のフッ素樹脂11の表面には、炭素原子(C)に結合したフッ素原子(F)が多く存在する。フッ素樹脂11の表面付近では、エタノール分子から生成された{CHO}ラジカルと、水素ラジカルとが存在する。
【0043】
フッ素樹脂11に含まれるフッ素原子は、炭素原子と結合した状態にある。炭素原子とフッ素原子間の結合エネルギーは485kJ/molと高く、フッ素原子と炭素原子とを熱や光によって切り離すには、非常に大きなエネルギーが必要である。
【0044】
ここで、フッ素原子の電気陰性度は4.0、水素原子の電気陰性度は2.2であり、両者は大きく異なる。このため、水素ラジカルは静電引力によりフッ素原子に接近することができ、HF(フッ化水素)を形成することで、フッ素原子と炭素原子の間の結合を切断する。水素原子とフッ素原子の間の結合エネルギーは568kJ/molとさらに高く、また、HFはガスとしてフッ素樹脂表面から離れるため、HFの生成反応は不可逆的に進行する。フッ素樹脂11の表面からフッ素を引き抜かれた場所には、{CHO}ラジカル又は水素ラジカルが結合する。
【0045】
図2Bは、
図2Aのフッ素樹脂11を第一流体のラジカルで表面改質した後の様子を示している。
図2Bでは、6個のフッ素原子が引き抜かれて、そのうち3箇所に水素ラジカルが結合し、残りの3箇所に{CHO}ラジカルが結合した様子を例示しているが、表面にフッ素原子が残留していても構わない。また、水素ラジカルの結合数と{CHO}ラジカルの結合数は同じ数でなくても構わない。例えば、フッ素原子の引き抜かれた場所に全て{CHO}ラジカルが結合しても構わない。フッ素樹脂11の表面において、少なくとも一部には、炭素原子、水素原子及び酸素原子からなる官能基(以下、「{CHO}官能基」ということがある)が存在する。
【0046】
図2B中、(a)に示される{CHO}官能基は、上記(3)式により得られた{CHO}ラジカルがフッ素樹脂11と結合することにより形成される。
図2B中、(b)に示される{CHO}官能基は、上記(1)式により得られた{CHO}ラジカルがフッ素樹脂11と結合することにより形成される。
図2B中、(c)に示される{CHO}官能基は、上記(2)式により得られた{CHO}ラジカルがフッ素樹脂11と結合することにより形成される。
【0047】
フッ素樹脂11と結合した{CHO}官能基には極性がある。
図2B中、(b)及び(c)に示される{CHO}官能基は、それぞれ、末端にヒドロキシ基を有するため、強い親水性を示す。
図2B中、(a)に示される{CHO}官能基は、フッ素樹脂11との間にエーテル結合を形成するため、ヒドロキシ基ほど強い親水性ではないものの、一定の親水性を示す。なお、
図2Bでは、説明の都合上、(a)、(b)及び(c)という異なる官能基が隣り合う配置を示したが、実際には同じ官能基が隣り合う配置でも構わない。
【0048】
図2Cは、第二工程において、第二流体に含まれる水分子がフッ素樹脂11の表面に近づいて、当該水分子よりラジカルが生成される様子を示している。
図2Cに示されるように、ガス又は霧状のH
2Oに紫外光が照射されると、紫外光のエネルギーが、H
2OにおけるH-O間の結合を切断し、OHラジカル(「OH・」と表記することがある)と水素ラジカルを生成する。
【0049】
図2Dは、第二工程後のフッ素樹脂の表層の様子を示している。フッ素樹脂11の表面には多くの炭化水素基を有する。H
2Oから生成されたOHラジカル及び水素ラジカルは、炭化水素基に含まれるC-H結合を切断し、炭化水素基から水素原子を引き抜く。そして、
図2Dに示されるように、水素原子を引き抜かれた場所に、H
2Oから生成されたOHラジカルが結合する。
図2Dにおいて、破線の円で囲われている官能基は、第二工程において付加された官能基を表す。斯くして、第二工程を行うことで、第一工程で付加した炭化水素基にOH基が付加され、フッ素樹脂の表面における親水化がさらに進む。
【0050】
加えて、第一工程によりフッ素樹脂11の表面が親水化していると、
図2Cに示されるように、第二工程では、水分子がフッ素樹脂11の表面に近づくことができる。一部の水分子がフッ素樹脂11の表面近傍の内部に浸入できる。フッ素樹脂11の内部に浸入した水分子は、紫外光L1により分解されて、水素ラジカルとOHラジカルを生成する。
【0051】
フッ素樹脂11の表面近傍の内部にある水素ラジカルがフッ素樹脂の表面近傍の内部にあるC-F結合を切断し、フッ素を引き抜く。フッ素が引き抜かれた場所にOHラジカルが結合し、OH基を生成する(
図2D参照)。なお、結合したOHラジカルから水素原子が引き抜かれて、CO基を生成することもある。CO基もまた、親水性を示す酸素系官能基である。このようにして、フッ素樹脂11の表面近傍の内部においても親水化が進む。なお、
図2Dに示されるように、フッ素が引き抜かれた場所に水素ラジカルが結合することもある。
【0052】
以上が、第一流体が酸素原子を含む有機化合物である場合の、第一工程と第二工程によるフッ素樹脂の表層の改質メカニズムである。改質メカニズムは、原理上、第一工程の後に第二工程が進行する。しかしながら、第一工程と第二工程は、いずれも僅かな時間とともにチャンバ内で局所的に進行する。よって、実際には、第一工程と第二工程を並行して行ってもよい。詳細は後述する。
【0053】
なお、ガスに紫外光を照射してラジカルを生成する反応は、圧力に関係なく進行するので、反応場であるチャンバ内を必ずしも減圧環境にしなくてもよい。ただし、短時間でチャンバ5内の雰囲気を所望のガス雰囲気に置換させるために、流体排出口6に真空ポンプを接続し、チャンバ5内を減圧できるようにしても構わない。
【0054】
次に、
図3A~
図3Dを参照しながら、第一流体が窒素原子を含む有機化合物である場合の第一工程と第二工程による被処理物10の表層の改質メカニズムを説明する。
図3A~
図3Dでは、被処理物10のフッ素樹脂の表面又は表層の化学構造を理解できるように示した図である。以下において、酸素原子を含む有機化合物である場合の改質メカニズムと共通する部分の説明は、適宜、省略される。
【0055】
図3Aは、フッ素樹脂11(ここでは、PTFE)が改質される直前の、ラジカルが生成される様子を示している。
図3Aに示されるように、エチルアミン分子は紫外光を吸収して、{CHN}ラジカルと、水素ラジカルを生成する。水素ラジカルはC-F結合を切断する。フッ素樹脂11の表面からフッ素を引き抜かれた場所には、{CHN}ラジカル又は水素ラジカルが結合する。
【0056】
図3Bは、
図3Aのフッ素樹脂11を第一流体のラジカルで表面改質した後の様子を示している。
図3Bでは、6個のフッ素原子が引き抜かれて、そのうち3箇所に水素ラジカルが結合し、残りの3箇所に{CHN}ラジカルが結合した様子を例示している。このように、フッ素樹脂11の表面において、少なくとも一部には、炭素原子、水素原子及び窒素原子からなる官能基(以下、「{CHN}官能基」ということがある)が存在する。
【0057】
図3B中、(d)に示される{CHN}官能基は、上記(6)式により得られた{CHN}ラジカルがフッ素樹脂11と結合することにより形成される。
図3B中、(e)に示される{CHN}官能基は、上記(4)式により得られた{CHN}ラジカルがフッ素樹脂11と結合することにより形成される。
図3B中、(f)に示される{CHN}官能基は、上記(5)式により得られた{CHN}ラジカルがフッ素樹脂11と結合することにより形成される。
【0058】
図3Cは、第二工程において、第二流体のラジカルが生成される様子を示している。
図3Dは、生成された第二流体でフッ素樹脂11の表層を改質した様子を示している。
図3Dにおいて、破線の円で囲われている官能基は、第二工程において付加された官能基を表す。第一流体が窒素原子を含む有機化合物である場合においても、第一流体が窒素原子を含む有機化合物である場合と同様に、第二工程を行うことで、フッ素樹脂の表面における親水化がさらに進む。
【0059】
以上が、第一工程と第二工程によるフッ素樹脂の表面の改質メカニズムである。「改質装置による第一ガスのラジカル生成」及び「改質メカニズム」の項においては、第一流体として、酸素原子を含む有機化合物の例にエタノール(C2H5OH)を取り上げ、窒素原子を含む有機化合物の例にエチルアミン(C2H5NH2)を取り上げた。しかしながら、これらの例に限らず、酸素原子と窒素原子の少なくとも一方を内包する有機化合物を含む流体であれば、第一工程の親水化に使用できる。
【0060】
とはいえ、酸素原子を含む有機化合物は、ヒドロキシ基、カルボニル基及びエーテル結合の少なくとも一つを含んでいるとよい。フッ素樹脂の表面に、ヒドロキシ基、カルボニル基及びエーテル結合のうち、少なくともいずれかを含む官能基を形成できるから、フッ素樹脂の表面に強い親水性を付与できる。特に、アルコール、ケトン、アルデヒド、カルボン酸及びフェノール類からなる群から選択される少なくとも一つを含んでいるとよい。さらに、炭素数が10以下のアルコール、及び炭素数が10以下のケトンからなる群から選択される少なくとも一つを含んでいると好ましい。なかでも、炭素数が2以上4以下のアルコール、及びアセトンは、入手の容易性や経済性に優れている。特に、炭素数が2以上4以下のアルコールは安全性や取扱いの簡便性に優れている。また、アセトンは、蒸気圧が高いため、比較的高濃度の雰囲気を形成しやすい。また、窒素原子を含む有機化合物は、アミノ基、イミノ基又はシアノ基の少なくとも一つを含んでいるとよく、特に、炭素数が4以下のアミン、及び炭素数が4以下のニトリルからなる群から選択される少なくとも一つであるとより好ましい。例えば、メチルアミン、エチルアミン又はアセトニトリルであるとよい。
【0061】
[流体供給源]
図1を参照しながら本実施形態の流体供給源30を説明する。流体供給源30は、エタノール水溶液51が収容された容器55と、容器55内のエタノール水溶液51にキャリアガスG1を供給するキャリアガス供給管52と、を有する。エタノール水溶液51の液中にキャリアガスG1を送り込むことで、バブリング法によりエタノール水溶液51を揮発させて、エタノールガスを含む第一流体F1と、水蒸気を含む第二流体F2を同時に取り出し、流体供給管56を介して改質装置20に送ることができる。この場合、改質装置20では、第一工程と第二工程を並行して行うことができる。
【0062】
キャリアガスG1は、例えば窒素ガス等の不活性ガスである。流体供給源30は、キャリアガスG1とエタノールガスを含む第一流体F1と、水蒸気を含む第二流体F2とが混合された混合流体を、流体供給管56を介して改質装置20に送ることができる。なお、第二流体F2には、水蒸気の他に、霧状の水が含まれていても構わない。
【0063】
流体供給源30は、エタノール水溶液51中の液量、温度、又はエタノール濃度等を調整することで、改質装置20における混合流体中の、エタノールガス、水蒸気及びキャリアガスG1の混合比を調整できる。キャリアガスG1の供給量は、流量計53を見ながら、バルブ54を使用して調整できる。容器55にエタノール水溶液51を供給する供給管を配置してもよい。容器55からエタノール水溶液51を排出する排出管を配置してもよい。容器55内のエタノール水溶液51の温度を制御するヒータを配置してもよい。本実施形態のエタノール水溶液51は、無水エタノールの量と水の量が1:1で混合されたものを使用している。なお、本明細書において、無水エタノールは、エタノールが95vol%以上を占める高濃度エタノールを指す。
【0064】
[改質装置]
図1を参照しながら、改質装置20の詳細を説明する。改質装置20は、チャンバ5と、光源3と、チャンバ5内へ第一流体F1及び第二流体F2を供給する流体供給口2と、チャンバ5内の流体をチャンバ5へ排出する流体排出口6と、被処理物10を載置するテーブル15と、を備える。本実施形態の場合、光源3は、チャンバ5の上に配置された光源室8内に配置され、光源室8とチャンバ5は、石英ガラス等の透光材料で仕切られている。
【0065】
改質装置20は、例えば以下の手順で使用する。不図示の搬送機構で改質装置20の外から被処理物10をテーブル15上に搬入する。流体供給口2からチャンバ5内へ、第一流体F1及び第二流体F2を供給し、チャンバ5内の大気を、第一流体F1及び第二流体F2に置換する。置換終了後、第一流体F1及び第二流体F2のチャンバ5への供給を続けながら、光源3を点灯させて改質処理を行う。改質処理終了後、光源3を消灯し、第一流体F1及び第二流体F2の供給を停止し、テーブル15上からチャンバ5の外へ被処理物10を搬出する。
【0066】
[変形例]
流体供給源及び改質装置は様々な態様が考えられる。流体供給源と改質装置の変形例を示す。
【0067】
図4を参照しながら、流体供給源の第一変形例を説明する。流体供給源31は、エタノール液61が収容された容器65と、液体である水71が収容された容器75とを備える。
【0068】
エタノール液61の液中にキャリアガス供給管62を挿入し、キャリアガス供給管62からキャリアガスG1を送り込み、バブリング法によりエタノール液61を揮発させる。これにより、キャリアガスG1とエタノールガスを含む第一流体F1を取り出す。エタノール液61は、高濃度エタノールであるとよく、無水エタノールであるとよい。エタノール液61は、エタノール水溶液であってもよい。
【0069】
水71の液中にキャリアガス供給管72を挿入し、キャリアガス供給管72からキャリアガスG2を送り込み、バブリング法により水71を揮発させる。これにより、キャリアガスG2と水蒸気を含む第二流体F2を取り出す。なお、水71を加熱して揮発させても構わないし、水71を攪拌して揮発させても構わないし、水71に超音波振動を与えて揮発させても構わない。上述したように、第二流体F2に含まれる水は、必ずしも水蒸気である必要はなく、キャリアガスG1内で浮遊する霧状の水であってもよい。
【0070】
第一流体F1の流れる配管66と、第二流体F2の流れる配管76は、合流部67で合流させて、改質装置20に接続する。なお、配管66と配管76を合流させることなく、配管66と配管76をそれぞれ改質装置20に接続してもよい。キャリアガスG1とキャリアガスG3は同じガスを使用しても構わないし、異なるガスを使用しても構わない。
【0071】
キャリアガスG1とキャリアガスG2の流量比を調整することにより、第一流体F1と第二流体F2の混合比を調整できる。合流部67には、二流体の混合比を調整する流量調整弁を配置しても構わない。
【0072】
キャリアガスG2を流さず、キャリアガスG1を流すことで第二流体F2を改質装置20に送ることなく、第一流体F1を改質装置に送ることができる。逆に、キャリアガスG1を流さず、キャリアガスG2を流すことで、第一流体F1を改質装置20に送ることなく、第二流体F2を改質装置20に送ることができる。さらに、合流部67には、二流体の流れを切り替える三方弁を配置しても構わない。第一流体F1と第二流体F2を供給するタイミングをずらすことができる。
【0073】
図5を参照しながら、流体供給源の第二変形例を説明する。流体供給源32は、直接気化方式を採用している。流体供給源32は、エタノール水溶液81が収容された容器85と、キャリアガスG6を流すキャリアガス供給管87と、気化器88と、エタノール水溶液81の液量を制御するマスフローコントローラ83と、キャリアガスG6のガス量を制御するマスフローコントローラ84と、を備える。マスフローコントローラ(83,84)を使用して、気化器88に、定量のキャリアガスG6と定量のエタノール水溶液81とを供給する。気化器88は、供給されたキャリアガスG6を使用して、供給されたエタノール水溶液81の全量を瞬時に気化させる。なお、
図5に示されるように、エタノール水溶液81は、エタノール水溶液81が収容された容器85に圧送ガスG5を送り込むことで、容器85からエタノール水溶液81を搬出できる。また、
図5では、第一流体F1と第二流体F2を含むエタノール水溶液81を気化器88に供給する構成であるが、第一流体F1と第二流体F2を別々に気化器88に供給する構成であっても構わない。
【0074】
図6を参照しながら、改質装置の第一変形例を説明する。改質装置21は、2つの光源3が、それぞれ、光源3の長手方向が図面の手前から奥に向かうように、配置されている。第一流体F1と第二流体F2の流体供給口2は、被処理物10を均等に処理できるように、チャンバ1の天井に複数設けられていている。第一流体F1と第二流体F2の流れを考慮して、流体供給口2の位置及び数を設定できる。同様に、流体排出口6の位置及び数も設定できる。
【0075】
光源3は、いずれも、図面の手前から奥に向かって延びる筒33に収容されている。筒33のうち、少なくとも被処理物10に対向する部分は、石英ガラス等の紫外光L1を透過する材料で構成されている。光源3と筒33との間の空間34は、紫外光を吸収しにくい不活性ガスが充填されている。また、雰囲気に含まれる流体の変質物が光源3の表面に付着することを防止し、光源3の照度の低下を防ぐ。
【0076】
第一流体F1と第二流体F2は、
図6に示すように混合流体(F1+F2)として、同時にチャンバ5内に送り込んでもよい。他に、第一流体F1をチャンバ5に送り込んだ後に、第二流体F2をチャンバ5に送り込んでもよい。さらに、第一工程と第二工程を異なるチャンバで処理してもよい。
【0077】
図7を参照しながら、改質装置の第二変形例を説明する。改質装置22は、配管46内を通過する第二流体F2に向かって、光源3から紫外光L1を照射する。これにより、第二流体F2をラジカル化する。そして、水素ラジカルとOHラジカルを含む第二流体F2を配管46の先端47からテーブル15上の被処理物10に向けて吹きつける。被処理物10のうちフッ素樹脂の表面に水素ラジカル及びOHラジカルが接触すると、被処理物10の表層に親水化層が形成される。
【0078】
本実施形態では、被処理物10と配管46の先端47との間隔を保ちつつ、被処理物10と先端47を相対移動させることで、被処理物10上で改質が必要な領域のみを選択的に処理できる。また、本実施形態では、チャンバ等で囲われた処理空間全体を第二流体F2で満たさなくてもよい。なお、改質装置22は、第一流体F1を使用する場合、第一流体F1と第二流体F2の混合流体を使用する場合においても、同様に使用できる。
【0079】
以上で、改質システムの一実施形態と、改質システムを構成する流体供給源と改質装置の変形例を説明した。しかしながら、本発明は上記した実施形態と変形例に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で、変形例を組み合わせたり、上記の実施形態及び変形例に種々の変更又は改良を加えたりできる。
【実施例0080】
ATR-FTIR分析と接触角の計測実験により、上記改質方法の効果を確かめた。
【0081】
[ATR-FTIR分析]
被処理物10として、淀川ヒューテック株式会社製のPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)基板を5つ準備し、そのうち4つに、
図1に示される実施形態の改質システム100を使用して、被処理物10の表層の親水化処理を行った。
【0082】
共通する処理条件は、以下のとおりである。チャンバ5内に、光源3から1mmの間隔を空けて基板を配置した。光源3には、ピーク波長が172nmのキセノンエキシマランプを使用した。光源3の表面での放射照度は30mW/cm2であった。キャリアガスG1として窒素ガスを、毎分2L(2×10-3m3)の量を送り込んで、バブリングにより容器55内の液体を気化させた。後述するように、液体は試料によって異なる。
【0083】
【0084】
試料S1は、改質処理していない基板(PTFE樹脂)である。
試料S2は、エタノールガス雰囲気下で紫外光を30秒照射した試料である。つまり、第一工程のみを30秒行った試料である。
試料S3は、エタノールガス雰囲気下で紫外光を120秒照射した試料である。つまり、第一工程のみを120秒行った試料である。
試料S4は、気化したエタノール水溶液雰囲気下で紫外光を30秒照射した試料である。つまり、第一工程と第二工程を30秒行った試料である。エタノール水溶液は、10mL(1×10-5m3)の無水エタノールと、10mL(1×10-5m3)の水とを混合して得られた液である。
試料S5は、気化したエタノール水溶液雰囲気下で紫外光を120秒照射した試料である。つまり、第一工程と第二工程を120秒行った試料である。S5に使用したエタノール水溶液は、S4に使用したエタノール水溶液と同じである。
【0085】
図8A及び
図8Bは、5つのサンプルの表層に対するATR-FTIRの分析結果である。ATR-FTIRでは、試料表面に試料よりも高屈折率の結晶を密着させて、当該結晶側から試料に赤外光を照射し、表面近傍に潜り込んで反射する全反射光を測定することにより、試料表層(表面から1μm程度)の吸収スペクトルを得る。
図8A及び
図8Bにおいて、横軸は波数、縦軸は吸光度を表す。吸光度が高いと、吸収された赤外光エネルギーが大きい。それぞれの図中S1~S5は、それぞれ、試料S1~S5の吸収スペクトルを表す。計測装置は、ブルカー社製のVERTEX 70vを使用した。高屈折率結晶としてダイヤモンドを使用した。赤外光の入射角を45度にした。
【0086】
表層のO-H結合は、波数が3300~3400cm
-1付近に強い吸収を示す。表層のC-H結合は、波数が2900~3000cm
-1付近に強い吸収を示す。
図8Aより、表層のO-H結合とC-H結合は、試料S5、S4、S3、S2、S1の順に多いことが分かる。表層のC=O結合は、波数が1700~1710cm
-1付近に強い吸収を示す。
図8Bより、表層のC=O結合は、試料S5、S4、S3、S2、S1の順に多いことが分かる。
【0087】
O-H結合、C-H結合及びC=O結合は、未処理の試料S1にはほとんど含まれないことから、O-H結合、C-H結合及びC=O結合は、フッ素樹脂の表層の改質により生じたものであるとわかる。そして、試料S5、S4、S3、S2の順に、表層の改質が進んでいることから、エタノール水溶液雰囲気下で改質処理を行った試料S4,S5は、エタノールガス雰囲気下のみで改質処理を行った試料S2,S3と比べて表層の改質が進んでいること、および、120秒の処理時間の試料S3,S5は、30秒の処理時間の試料S2,S4と比べて表層の改質が進んでいること、がわかる。
【0088】
[接触角の計測]
図1に示される実施形態の改質システム100を使用して、被処理物10の表層の親水化処理を行った。被処理物10は、淀川ヒューテック株式会社製のPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)である。容器55内の液体にキャリアガスG1として窒素ガスを毎分2L(2×10
-3m
3)で送り込み、容器55内の液体をバブリングにより気化させて、チャンバ5に供給した。後述するように、液体は試料によって異なる。チャンバ5内に、光源3から1mmの間隔を空けて基板を配置した。光源3には、ピーク波長が172nmのキセノンエキシマランプを使用した。光源3の表面での放射照度は30mW/cm
2であった。キャリアガスG1として窒素ガスを、毎分2L(2×10
-3m
3)の量を送り込んで、バブリングにより容器55内の液体を気化させた。水接触角を測定するために、協和界面化学株式会社製の接触角計DMs-401を使用した。接触角計の測定結果から、接触角を、楕円のカーブフィッティング法により算出した。この接触角の算出を、同一の被処理物4の表面3箇所それぞれにおいて行った。3箇所で計測した水接触角の平均値を算出し、当該平均値を最終的な水接触角であると定めた。水接触角の他の計測条件については、JIS R 3257「基板ガラス表面のぬれ性試験方法」に準拠した。
【0089】
図9は、改質の処理時間(sec)と接触角(deg)との関係を示すグラフである。
横軸は被処理物10の処理時間であり、縦軸は被処理物10表面の水接触角である。水接触角が低いほど親水化が進んでいることを示す。
【0090】
図9に示されるように、未処理時の接触角は119度という高い疎水性を示す。実線D1は、「容器55内の液体」としてエタノール水溶液を使用し、第一流体と第二流体を使用したとき(すなわち、第一工程と第二工程の両方を行ったとき)の測定結果である。破線D2は、「容器55内の液体」としてエタノール液(無水エタノール)を使用し、第一流体のみを使用したとき(すなわち、第一工程のみを行ったとき)の測定結果である。一点鎖線D3は、「容器55内の液体」として水を使用し、第二流体のみを使用したときの測定結果である。
【0091】
図9より、第一工程と第二工程の両方を行うと、第一工程だけの場合に比べて、短時間で親水化できることがわかる。また、第二工程だけでは親水化することができず、第二工程を第一工程と組合せて行うことで親水化できることがわかる。