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特開2023-109023有機結晶座屈アクチュエータ、これに用いるハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバー並びにその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023109023
(43)【公開日】2023-08-07
(54)【発明の名称】有機結晶座屈アクチュエータ、これに用いるハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバー並びにその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H02N 10/00 20060101AFI20230731BHJP
【FI】
H02N10/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022010388
(22)【出願日】2022-01-26
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】高澤 健
(57)【要約】
【課題】常温付近での温度誘起構造相転移による有機結晶座屈アクチュエータを提供すること。
【解決手段】ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素の単結晶ナノファイバーを有し、前記単結晶ナノファイバーの両端を固定すると共に、前記単結晶ナノファイバーの相転移温度の低温側では直線状に保持され、前記相転移温度の高温側では前記単結晶ファイバーの軸方向に対して直交する方向に撓む変位をすることを特徴とする。
好ましくは、ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素は1,2,4,5-四臭化ベンゼンであるとよい。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素の単結晶ナノファイバーを有し、
前記単結晶ナノファイバーの両端を固定すると共に、
前記単結晶ナノファイバーの相転移温度の低温側では直線状に保持され、前記相転移温度の高温側では前記単結晶ファイバーの軸方向に対して直交する方向に撓む変位をすることを特徴とする有機結晶座屈アクチュエータ。
【請求項2】
前記ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素は、
モノフルオロベンゼン、ジフルオロベンゼン、トリフルオロベンゼン、4フッ化ベンゼン、モノクロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン、4塩化ベンゼン、モノブロモベンゼン、ジブロモベンゼン、トリブロモベンゼン、四臭化ベンゼン、モノヨードベンゼン、ジヨードベンゼン、トリヨードベンゼン、4ヨウ化ベンゼン;
モノフルオロメチルベンゼン、ジフルオロメチルベンゼン、トリフルオロメチルベンゼン、4フッ化メチルベンゼン、モノクロロメチルベンゼン、ジクロロメチルベンゼン、トリクロロメチルベンゼン、4塩化メチルベンゼン、モノブロモメチルベンゼン、ジブロモメチルベンゼン、トリブロモメチルベンゼン、四臭化メチルベンゼン、モノヨードメチルベンゼン、ジヨードメチルベンゼン、トリヨードメチルベンゼン、4ヨウ化メチルベンゼン;
モノフルオロジメチルベンゼン、ジフルオロジメチルベンゼン、トリフルオロジメチルベンゼン、4フッ化ジメチルベンゼン、モノクロロジメチルベンゼン、ジクロロジメチルベンゼン、トリクロロジメチルベンゼン、4塩化ジメチルベンゼン、モノブロモジメチルベンゼン、ジブロモジメチルベンゼン、トリブロモジメチルベンゼン、四臭化ジメチルベンゼン、モノヨードジメチルベンゼン、ジヨードジメチルベンゼン、トリヨードジメチルベンゼンおよび4ヨウ化ジメチルベンゼン;
からなる群から選ばれた一つである請求項1に記載の有機結晶座屈アクチュエータ。
【請求項3】
前記ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素は1,2,4,5-四臭化ベンゼンである請求項1に記載の有機結晶座屈アクチュエータ。
【請求項4】
前記1,2,4,5-四臭化ベンゼンの単結晶ナノファイバーの相転移温度は35℃以上39℃以下の範囲にある請求項3に記載の有機結晶座屈アクチュエータ。
【請求項5】
ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素を所定量の溶媒に溶解し、
溶解された前記ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素を含む前記溶媒をガラス基板表面に膜状に塗付又は滴下し、
前記溶媒がほぼ飽和の蒸気圧である雰囲気で、前記溶媒を蒸発させ、
前記ガラス基板表面に前記ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素の単結晶ナノファイバーとして析出させる、
ハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーの製造方法。
【請求項6】
前記前記溶媒がほぼ飽和の蒸気圧である雰囲気で、前記溶媒を蒸発させることは、前記溶解された前記ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素を含む溶媒を保持する前記ガラス基板表面上にカバースリップを2枚置くことで、実現する請求項5に記載のハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーの製造方法。
【請求項7】
前記溶媒は、メタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール、1-ペンタノール、2-ペンタノール、3-ペンタノール、2-メチル-1-ブタノール、2-メチル-2-ブタノール、3-メチル-1-ブタノール、3-メチル-2-ブタノール、およびこれらの任意のブレンドからなる群から選ばれた、請求項5又は6に記載のハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーの製造方法。
【請求項8】
請求項5乃至7の何れかに記載のハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーの製造方法で製造されると共に、
請求項1乃至4の何れかに記載の有機結晶座屈アクチュエータに使用されるハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度変化により有機結晶が構造相転移し、瞬間的に変形する現象を利用したアクチュエータに関する。
また、本発明は、上記の有機結晶座屈アクチュエータに用いるハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバー並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療機器や産業用、およびパーソナルロボット、マイクロマシンなどの分野において小型かつ軽量で柔軟性に富むアクチュエータの必要性が高まっている。
小型アクチュエータとしては、静電引力型、圧電型、超音波式、形状記憶合金式、高分子伸縮式のほか、電気化学反応を利用した電子導電性高分子アクチュエータやイオン導電性高分子アクチュエータなどの電気化学型が提案されている(例えば、特許文献1~3参照)。
【0003】
他方で、有機結晶が加熱や光照射で構造相転移し、突然粉砕する現象が古くから知られている(例えば、非特許文献1、2参照)。
結晶粉砕は、相転移により結晶に大きな応力が発生していることを示しているため、発生応力を利用した高速アクチュエータへの応用が期待されている。しかし、結晶自体が粉砕してしまうため、応用の目途は立っていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007-204682号公報
【特許文献2】特開2008-251697号公報
【特許文献3】特表2008-523254号公報 請求項227、段落番号0010
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ken Takazawa et. al.; Phase-transition-induced jumping, bending, and wriggling of single crystal nanofibers of coronene. Scientific Reports. 11 [1] (2021)
【非特許文献2】Sahoo, S. C., Panda, M. K., Nath, N. K. & Naumov, P. Biomimetic crystalline actuators: Structure-kinematic aspects of the selfactuation and motility of thermosalient crystals. J. Am. Chem. Soc. 135, 12241-12251 (2013).
【非特許文献3】Ken Takazawa et. al.; Fabrication and Optical Properties of Fiber-Shaped Pseudoisocyanine J-Aggregates Grown Directly on a Glass Substrate. J. Phys. Chem. C 2021, 125, 26108-26115
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術の問題点を解決したもので、常温付近での温度誘起構造相転移による有機結晶座屈アクチュエータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、有機結晶化合物をナノファイバー化すると、柔軟性が著しく向上する可能性があることから、相転移で粉砕されるような有機結晶化合物をナノファイバー化すれば、自身が柔軟に屈曲することで発生応力を開放し、粉砕を免れるのではないかと考えた。そして、これにより、形状記憶合金式と類似の動作を、ナノファイバーを用いたアクチュエータを用いて実現できる可能性が生じると考え、本発明を想到するに至った。
なお、本発明者は、有機結晶をナノファイバー状に結晶成長させる技術を提案している(例えば、非特許文献3参照)。
【0008】
〔1〕本発明の温度誘起構造相転移による有機結晶座屈アクチュエータは、ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素の単結晶ナノファイバーを有し、
前記単結晶ナノファイバーの両端を固定すると共に、
前記単結晶ナノファイバーの相転移温度の低温側では直線状に保持され、前記相転移温度の高温側では前記単結晶ファイバーの軸方向に対して直交する方向に撓む変位をすることを特徴とする。
【0009】
〔2〕本発明の温度誘起構造相転移による有機結晶座屈アクチュエータ〔1〕において、好ましくは、ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素は、
モノフルオロベンゼン、ジフルオロベンゼン、トリフルオロベンゼン、4フッ化ベンゼン、モノクロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン、4塩化ベンゼン、モノブロモベンゼン、ジブロモベンゼン、トリブロモベンゼン、四臭化ベンゼン、モノヨードベンゼン、ジヨードベンゼン、トリヨードベンゼン、4ヨウ化ベンゼン;
モノフルオロメチルベンゼン、ジフルオロメチルベンゼン、トリフルオロメチルベンゼン、4フッ化メチルベンゼン、モノクロロメチルベンゼン、ジクロロメチルベンゼン、トリクロロメチルベンゼン、4塩化メチルベンゼン、モノブロモメチルベンゼン、ジブロモメチルベンゼン、トリブロモメチルベンゼン、四臭化メチルベンゼン、モノヨードメチルベンゼン、ジヨードメチルベンゼン、トリヨードメチルベンゼン、4ヨウ化メチルベンゼン;
モノフルオロジメチルベンゼン、ジフルオロジメチルベンゼン、トリフルオロジメチルベンゼン、4フッ化ジメチルベンゼン、モノクロロジメチルベンゼン、ジクロロジメチルベンゼン、トリクロロジメチルベンゼン、4塩化ジメチルベンゼン、モノブロモジメチルベンゼン、ジブロモジメチルベンゼン、トリブロモジメチルベンゼン、四臭化ジメチルベンゼン、モノヨードジメチルベンゼン、ジヨードジメチルベンゼン、トリヨードジメチルベンゼンおよび4ヨウ化ジメチルベンゼン;
からなる群から選ばれた一つであるとよい。
〔3〕本発明の温度誘起構造相転移による有機結晶座屈アクチュエータ〔1〕において、好ましくは、ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素は1,2,4,5-四臭化ベンゼンであるとよい。
〔4〕本発明の温度誘起構造相転移による有機結晶座屈アクチュエータ〔3〕において、好ましくは、前記1,2,4,5-四臭化ベンゼンの単結晶ナノファイバーの相転移温度は35℃以上39℃以下の範囲にあるとよい。
【0010】
〔5〕本発明のハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーの製造方法は、ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素を所定量の溶媒に溶解し、
溶解された前記ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素を含む前記溶媒をガラス基板表面に膜状に塗付又は滴下し、
前記溶媒がほぼ飽和の蒸気圧である雰囲気で、前記溶媒を蒸発させ、
ガラス基板表面に前記ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素の単結晶ナノファイバーとして析出させるものである。
ここで、ほぼ飽和の蒸気圧とは、飽和の蒸気圧の95%以上105%以下であって、過飽和蒸気圧も含むものである。好ましくは、飽和の蒸気圧の98%以上102%以下であるとよい。
【0011】
〔6〕本発明のハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーの製造方法〔5〕において、好ましくは、前記前記溶媒がほぼ飽和の蒸気圧である雰囲気で、前記溶媒を蒸発させることは、前記溶解された前記ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素を含む溶媒を保持する前記ガラス基板表面上にカバースリップを2枚置くことで、実現するとよい。
〔7〕本発明のハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーの製造方法〔5〕又は〔6〕において、好ましくは、前記溶媒は、メタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール、1-ペンタノール、2-ペンタノール、3-ペンタノール、2-メチル-1-ブタノール、2-メチル-2-ブタノール、3-メチル-1-ブタノール、3-メチル-2-ブタノール、およびこれらの任意のブレンドからなる群から選ばれるとよい。
【0012】
〔8〕本発明のハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーは、ハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーの製造方法〔5〕乃至〔7〕の何れかで製造されると共に、有機結晶座屈アクチュエータ〔1〕乃至〔4〕の何れかに使用されるものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の温度誘起構造相転移による有機結晶座屈アクチュエータによれば、繰り返し動作が可能な高速アクチュエータが実現できる。
特に、ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素として1,2,4,5-四臭化ベンゼンを用いる場合においては、温度誘起構造相転移は常温付近の38℃を基準とする転移温度を境界として昇温・降温を繰り返しても20回以上安定して「座屈⇔直線状」の動作を繰り返せるので、小型アクチュエータに必要な機械的特性を有している。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1A】本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンの構造相転移の説明図で、低温相(β相)を示しており、(A)は平面図、(B)は斜視図を示している。
図1B】本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンの構造相転移の説明図で、高温相(γ相)を示しており、(C)は平面図、(D)は斜視図を示している。
図2A】1,2,4,5-四臭化ベンゼンの構造相転移の説明図で、(A)は低温相(β相)、(B)は高温相(γ相)で、相転移によりファイバー長が0.8%伸びた場合の模式図を示している。
図2B】1,2,4,5-四臭化ベンゼンの構造相転移の説明図で、(A)は低温相(β相)、(B)は高温相(γ相)で、低温相で両端を固定すると、高温相では相転移による座屈によりファイバー中央部が大きく変位する状態を示している。
図3】本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの構造相転移による座屈を示す図で、(A)は低温相(β相)、(B)は高温相(γ相)、(C)は高温相(γ相)での座屈部位を強調した図である。
図4】本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの構造相転移による繰り返し変形を示す図で、(A)は温度変化、(B)はファイバーの外観写真の時系列表示図を示している。
図5図4における1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの構造相転移の説明図で、(A)は相転移温度の変化、(B)は中央部の変位量を示す図である。
図6】本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの光学顕微鏡画像である。
図7】本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーについて、(A)は高倍率の光学顕微鏡画像、(B)は高倍率の偏光顕微鏡画像である。
図8】本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーについて、(A)は原子間力顕微鏡画像、(B)はファイバーの横断面方向の形状プロフィールである。
図9】本発明の他の実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーについて、(A)は原子間力顕微鏡画像、(B)はファイバーの横断面方向の形状プロフィールである。
図10】マイクロマニピュレーション法を説明する模式図である。
図11】四臭化ベンゼンファイバーが構造相転移によりジャンプしてガラス基板上を移動する状態の光学顕微鏡画像で、(A)はジャンプ前、(B)はジャンプ後を示している。
図12図11に示す1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの構造相転移の前後での超低振動ラマンスペクトルを示すもので、(A)はジャンプ前、(B)はジャンプ後を示している。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の温度誘起構造相転移による有機結晶座屈アクチュエータは、ハロゲン化された単環式芳香族炭化水素の単結晶ナノファイバーで構成される。有機結晶座屈アクチュエータなので、室温領域で相転移すると共に、ファイバー状の結晶を作れる化合物であることが必要であり、この要件を満たす物質としては、1,2,4,5-四臭化ベンゼンを含むハロゲン化ベンゼンが好ましい。
本発明のハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーとしては、実施例で示す1,2,4,5-四臭化ベンゼン結晶が好ましいが、本発明はこれに限定されるものではなく、ハロゲン化ベンゼンとして、モノフルオロベンゼン、ジフルオロベンゼン、トリフルオロベンゼン、4フッ化ベンゼン、モノクロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン、4塩化ベンゼン、モノブロモベンゼン、ジブロモベンゼン、トリブロモベンゼン、モノヨードベンゼン、ジヨードベンゼン、トリヨードベンゼンおよび4ヨウ化ベンゼンであってもよい。
【0016】
また、ハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーとして、1,2,4,5-四臭化ベンゼン結晶や上記のハロゲン化ベンゼンを記載しているが、ベンゼン環に4個のハロゲン元素が付いており、さらに残りの二つの水素の一つ又は二つがメチル基に置換されているような分子であってもよい。具体的には、水素の一つがメチル基に置換されているハロゲン化メチルベンゼンとして、モノフルオロメチルベンゼン、ジフルオロメチルベンゼン、トリフルオロメチルベンゼン、4フッ化メチルベンゼン、モノクロロメチルベンゼン、ジクロロメチルベンゼン、トリクロロメチルベンゼン、4塩化メチルベンゼン、モノブロモメチルベンゼン、ジブロモメチルベンゼン、トリブロモメチルベンゼン、四臭化メチルベンゼン、モノヨードメチルベンゼン、ジヨードメチルベンゼン、トリヨードメチルベンゼンおよび4ヨウ化メチルベンゼンであってもよい。
また、水素の二つがメチル基に置換されているハロゲン化ジメチルベンゼンとして、モノフルオロジメチルベンゼン、ジフルオロジメチルベンゼン、トリフルオロジメチルベンゼン、4フッ化ジメチルベンゼン、モノクロロジメチルベンゼン、ジクロロジメチルベンゼン、トリクロロジメチルベンゼン、4塩化ジメチルベンゼン、モノブロモジメチルベンゼン、ジブロモジメチルベンゼン、トリブロモジメチルベンゼン、四臭化ジメチルベンゼン、モノヨードジメチルベンゼン、ジヨードジメチルベンゼン、トリヨードジメチルベンゼンおよび4ヨウ化ジメチルベンゼンであってもよい。
【0017】
ハロゲン化単環芳香族の単結晶を作成するために用いる溶媒は、一般式R1-OHのアルコール類、一般式R2-C(=O)-R3のケトン類、一般式(R2)2N-C(=O)-R3のアミド類、およびそれらの任意のブレンドからなる群から選択されてよく、この式中、R1およびR2は互いに独立して、1~10個の炭素を有するアルキル、およびR3は、H、1~10個の炭素を有するアルキル、または、R2およびR3は共に、4~6個の炭素原子を有するアルカンジイルから選択されてもよい。
特に適したアルコール類の例は、メタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール、1-ペンタノール、2-ペンタノール、3-ペンタノール、2-メチル-1-ブタノール、2-メチル-2-ブタノール、3-メチル-1-ブタノール、3-メチル-2-ブタノール、およびこれらの任意のブレンドである。好ましい例は、メタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノール、およびこれらの任意のブレンドである。最も好ましい例は、n-プロパノール、i-プロパノール、およびこれらの任意のブレンドである。
特に適したケトン類の例は、アセトン、2-ブタノン(エチルメチルケトン)、2-ペンタノン、3-ペンタノン、2-ヘキサノン、3-ヘキサノン、4-ヘキサノン、2-オクタノン、3-オクタノン、4-オクタノン、アセトフェノン、およびこれらの任意のブレンドである。最も好ましいケトンは、アセトンである。
【実施例0018】
<サンプルの調製>
1,2,4,5-四臭化ベンゼン(分子量、393.70)は富士フイルム和光純薬株式会社から購入し、そのまま使用した。1,2,4,5-四臭化ベンゼンをエタノールに溶解し、モル濃度1.7×10-3Mの溶液を得た。直径94mm、高さ22mmのガラスシャーレに、顕微鏡用カバースリップ(22mm×22mm、松波硝子工業株式会社)を2枚敷き詰めた。各カバースリップに溶液を4滴(約5×10-2mL)滴下し、直ちにシャーレに蓋をした。これにより、ほぼ飽和の蒸気圧で溶媒がゆっくりと蒸発した。溶媒が約2時間で蒸発した後、試料をディッシュから取り出し、常温で乾燥させた。
【0019】
この試料作製法ではガラス基板表面が溶媒(エタノール)に濡れることが重要である。
今回使用したカバースリップの表面はエタノールに濡れるため、そのまま使用した。しかし、カバースリップの濡れ性は製品ブランドによって異なることがわかった。そのため、他のカバースリップでは、表面を濡れやすくするために、プラズマ処理などの追加処理が必要となる場合がある。また、溶媒の蒸発速度も本製造方法における重要なパラメータである。ペトリ皿の場合、環境条件よりも蒸発速度が遅く、カバースリップの枚数や滴下する溶液の量を増やすことで、さらに蒸発速度を低下させることが可能である。
その結果、カバースリップを2枚置くと蒸発時間が約2時間となり、良好な結果が得られることがわかった。
【0020】
<顕微鏡検査>
落射照明顕微鏡(Olympus、BX-51)を用いて、作製した、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの顕微鏡画像を取得した。図6は本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの光学顕微鏡画像である。画像は、カラーCCDカメラ(Jenoptic社製、ProgRes C10)を用いて記録した。
図7は本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーについて、(A)は高倍率の光学顕微鏡画像、(B)は高倍率の偏光顕微鏡画像である。
【0021】
図8は本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーについて、(A)は原子間力顕微鏡画像、(B)はファイバーの横断面方向の形状プロフィールである。ファイバーの長手方向の軸に対して、幅は約0.5μm、高さは約0.25μmの凸状形状をしている。
図9は本発明の他の実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーについて、(A)は原子間力顕微鏡画像、(B)はファイバーの横断面方向の形状プロフィールである。ファイバーの長手方向の軸に対して、幅は約1.5μm、高さは約0.9μmの凸状形状をしている。
【0022】
図10はマイクロマニピュレーション法を説明する模式図である。マイクロマニピュレーション法は、顕微鏡観察下で、マイクロマニピュレータに取り付けたガラス針を用いて基板からファイバーを剥離するものである。
作製したままの状態で1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーをガラス基板上に載置していたのでは、作製された1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーがガラス基板上に強く張り付いているため、構造相転移温度を挟んで加熱しても、低温相(β相)と高温相(γ相)の間の相転移が妨げられている。
そこで、作製された1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーをマイクロマニピュレーション法によりガラス基板上から剥離し、この状態でガラス基板上に置く。
【0023】
図11はガラス基板から剥離した1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーが構造相転移によりジャンプしてガラス基板上を移動する状態の光学顕微鏡画像で、(A)はジャンプ前、(B)はジャンプ後を示している。
ガラス基板から剥離した状態でガラス基板上に置かれた1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーは、30℃から40℃に加熱されると、構造相転移により低温相(β相)から高温相(γ相)に相転移して、ガラス基板上をジャンプして移動する。移動距離は、全長が約400μm程度の1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの場合、例えば100μmから200μmであった。
【0024】
図12図11に示す1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの構造相転移の前後での超低振動ラマンスペクトルを示すもので、(A)はジャンプ前、(B)はジャンプ後を示している。超低振動ラマンスペクトルの測定は、Necsel社製のレーザー(波長785nm)を励起光源として用いた。励起レーザーをファイバーに照射し、発生した散乱光をOptiGrate社製のフィルターを通過させた後にActon Research社製の分光器で分光し、Princeton Instruments社製のCCDカメラによりスペクトルを記録した。ここで、超低振動ラマンスペクトルとは、一般に50cm-1以下の領域のラマンスペクトルをいう。
低温相(β相)に相当する30℃(303K)では、超低振動ラマンスペクトルのピークはL(16cm-1)、L(22cm-1)、L(36cm-1)、L(40cm-1)、L(47cm-1)であった。
高温相(γ相)に相当する40℃(313K)では、超低振動ラマンスペクトルのピークはL’(14cm-1)、L’(27cm-1)、L’(34cm-1)、L’(39cm-1)であった。
【0025】
1,2,4,5-四臭化ベンゼン結晶は約40度の室温で構造相転移し、粉々に砕けることが知られている。1,2,4,5-四臭化ベンゼンの化学式は、次のようなものである。
【化1】

【0026】
図1Aは本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンの構造相転移の説明図で、低温相(β相)を示しており、(A)は平面図、(B)は斜視図を示している。図1Bは本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンの構造相転移の説明図で、高温相(γ相)を示しており、(C)は平面図、(D)は斜視図を示している。
1,2,4,5-四臭化ベンゼンの温度誘起構造相転移の転移温度は、常温付近の35~39℃であり、低温相(β相)と高温相(γ相)の間の相転移を起こしている。
【0027】
図2Aは1,2,4,5-四臭化ベンゼンの構造相転移の説明図で、(A)は低温相(β相)、(B)は高温相(γ相)で、相転移によりファイバー長が0.8%伸びた場合の模式図を示している。図2Bは1,2,4,5-四臭化ベンゼンの構造相転移の説明図で、(A)は低温相(β相)、(B)は高温相(γ相)で、低温相で両端を固定すると、高温相では相転移による座屈によりファイバー中央部が大きく変位する状態を示している。ファイバー中央部の変位hは、ファイバー長Lを用いて、次式で表される。
h=57x10-3
【0028】
図3は本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの構造相転移による座屈を示す図で、(A)は低温相(β相)、(B)は高温相(γ相)、(C)は高温相(γ相)での座屈部位を強調した図である。
ファイバー長Lは100~800μmで、太さは200nm~2μmである。
【0029】
図4は本発明の一実施例を示す、1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの構造相転移による繰り返し変形を示す図で、(A)は温度変化、(B)はファイバーの外観写真の時系列表示図を示している。
図5図4における1,2,4,5-四臭化ベンゼンファイバーの構造相転移の説明図で、(A)は相転移温度の変化、(B)は中央部の変位量を示す図である。高温側は310~312K(37℃~39℃)であり、低温側は308K(35℃)である。中央部の変位量は、高温側で11~13μm、低温側で0μmとなっている。
【0030】
本発明のハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーの製造方法により製造した、1,2,4,5-四臭化ベンゼンの単結晶ナノファイバーを用いた有機結晶座屈アクチュエータによれば、次のような効果がある。
(1)ガラス基板上の自己組織化により、1,2,4,5-四臭化ベンゼンの単結晶ナノファイバーの合成に成功した。
(2)1,2,4,5-四臭化ベンゼンの単結晶ナノファイバーは、昇温すると、38度付近で相転移し、ファイバー長が0.8%伸びる。
(3)ナノファイバーの中央部のみを基板から剥離(ファイバーの両端が固定された状態)。
(4)38度に昇温すると相転移し、ファイバーが瞬間的に屈曲(座屈)。
(5)35度に降温すると相転移し、ファイバーが直線状に戻る。
(6)20回以上安定して「座屈⇔直線状」の動作を繰り返せる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明のハロゲン化単環芳香族の単結晶ナノファイバーによれば、小型かつ軽量で柔軟性に富み、小型アクチュエータとして必要な機械的特性を有しているので、医療機器や産業用、およびパーソナルロボット、マイクロマシンなどの分野に用いて好適である。
図1A
図1B
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12