(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023110295
(43)【公開日】2023-08-09
(54)【発明の名称】制震装置
(51)【国際特許分類】
F16F 15/02 20060101AFI20230802BHJP
E04H 9/02 20060101ALI20230802BHJP
F16F 7/12 20060101ALI20230802BHJP
【FI】
F16F15/02 L
E04H9/02 351
F16F7/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022011649
(22)【出願日】2022-01-28
(71)【出願人】
【識別番号】000235543
【氏名又は名称】飛島建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂本 啓太
(72)【発明者】
【氏名】阿部 隆英
(72)【発明者】
【氏名】久保田 雅春
【テーマコード(参考)】
2E139
3J048
3J066
【Fターム(参考)】
2E139AA01
2E139AB11
2E139AD03
2E139BA06
3J048AA01
3J048AC06
3J048BC04
3J048BC09
3J048CB21
3J048DA01
3J048EA38
3J066AA26
3J066BA04
3J066BD07
3J066BF01
3J066BG05
(57)【要約】
【課題】簡単な構造でありながら効率的に制震を行う制震装置を提供する。
【解決手段】本発明による制震装置は、互いに離隔する第1及び第2構造部を含む構造物の第1及び第2構造部の間に設置される制震装置であって、板状部材を長手方向の中間部で折り返して互いに対向する第1及び第2直線部と、両直線部の間をつなぐ湾曲部とを備えるU字形状のダンパー材と、第1直線部に固定され、第1直線部に沿って外側からダンパー材の地震時の変形範囲を拘束し、第1構造部に固定される第1拘束材と、第2直線部に固定され、第2直線部に沿って外側からダンパー材の地震時の変形範囲を拘束し、第2構造部に固定される第2拘束材と、を有し、ダンパー材は、長手方向と直交する方向の板状部材の幅が所定の寸法を超える場合、少なくとも第1及び第2直線部のそれぞれにダンパーの長手方向に沿う貫通または非貫通のスリットを有することを特徴とする。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに離隔する第1構造部と第2構造部を含む構造物の第1構造部と第2構造部の間に設置され、地震の際の第1構造部と第2構造部との間の相対振動を抑制する制震装置であって、
板状部材を長手方向の中間部で一定の曲率で折り返して互いに対向する第1及び第2直線部と、第1及び第2直線部の間を連続的につなぐ湾曲部とを備えるU字形状のダンパー材と、
前記第1直線部の端部近傍に固定され、前記第1直線部に沿って外側から前記ダンパー材の地震時の変形範囲を拘束し、前記第1構造部に固定される第1拘束材と、
前記第2直線部の端部近傍に固定され、前記第2直線部に沿って外側から前記ダンパー材の地震時の変形範囲を拘束し、前記第2構造部に固定される第2拘束材と、を有し、
前記ダンパー材は、前記長手方向と直交する方向の板状部材の幅が所定の寸法を超える場合、少なくとも前記第1及び第2直線部のそれぞれに前記ダンパーの長手方向に沿う貫通または非貫通のスリットを有することを特徴とする制振装置。
【請求項2】
前記第1又は第2拘束材は、前記第1直線部から前記第2直線部に向かう方向の厚さが、前記第1直線部又は前記第2直線部より厚く、前記第1又は第2直線部に沿う方向の長さが前記ダンパー材より長いことを特徴とする請求項1に記載の制震装置。
【請求項3】
前記第1又は第2拘束材は、前記第1及び第2直線部の少なくとも長手方向の稜部に対向する面に、前記第1及び第2直線部にねじれ変形が生じた際の変形部の一部を受け入れる凹部を備えることを特徴とする請求項1に記載の制震装置。
【請求項4】
前記ダンパー材の湾曲部の内側表面の曲率半径は前記板状部材の板厚の1~3倍の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の制震装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制震装置に関し、特にU字形状のダンパーを2枚の拘束材で挟み込み、地震の揺れ発生の際には2枚の拘束材が互いに面内ずれを生ずるようにダンパーの変形を拘束することで、簡単な構造でありながら効率的にエネルギー吸収を行う制震装置に関する。
【背景技術】
【0002】
地震が発生しやすい地域に限らず、地震が起こりうる地域において住宅やオフィスビルなどの構造物の地震による損傷や倒壊などの被害を防ぐことは重要な課題である。小規模な構造物では、構造物の耐震性を考慮した構成材料の寸法の決定や使用材料の選定等により、構造物の耐震性を高めるのが一般的であるが、大規模な構造物では構造物の強度を高めることにも限界があり、また規模に拘わらず、構造物が堅牢になったとしても地震のエネルギーが減衰することなく、そのまま揺れとして構造物内部に伝搬すると、内部の被害が甚大となるおそれがある。
そこで、地震の揺れを低減したり早く収めたりする制震の技術が開発され、実用化されている。
【0003】
特許文献1には、建物の躯体に接続された制震ダンパーと、制震ダンパーと並列に設けられたPC鋼材又はタイロッドからなる引張材とを備え、引張材の定着部には、制震ダンパーの引張方向の変位を許容するギャップを有し、引張材は、引張力を作用させた状態で弾塑性ダンパーとして機能するようにして、特定層に変形を集中させずに分散、均一化することができる制震装置が開示されている。
【0004】
特許文献1に記載の発明によれば、下層の複数層に上記制震装置を配置することで地震に伴うエネルギーを下層の複数層で分散して受けるため、高層ビルにおいても高性能な制震装置を実現することができる。
しかし特許文献1に記載の制震装置は、高い制震性能が期待できる一方で、制震装置は設計、製作、施工のコストが嵩みやすく、高い制震性能が求められる大規模構造物以外の構造物には適用し辛い。
【0005】
特許文献2には、上部躯体と下部躯体のそれぞれに固定されるベースプレートと、両ベースプレート間に架設され、両端部において両ベースプレートにボルトにより接合される、弾塑性特性を有する金属材料製のU字形に湾曲した複数本のダンパー材から構成される免震ダンパーが開示されている。
【0006】
特許文献2に記載の免震ダンパーは、複数本のダンパー材の両端部がベースプレートに固定されるのみで、変形が拘束されるようには構成されていないので、地震の際に揺れによる外力を受けると、いずれかのベースプレートの延長面を超える曲げ変形を起こしやすい。このため曲げ変形が特定のエリアに限られ、繰り返しの揺れに対する寿命が低下することが懸念される。
【0007】
特許文献3には、階上側に剛接合されて垂れ下げられた上剛体と、下階側に剛接合され
て上方に立ち上げられた下剛体とが備えられ、上剛体の下端部に剛接合される上拘束部と、下剛体の上端部に剛接合される下拘束部との間にU字形弾塑性ダンパーが配設され、層間変位によって上下の剛体が左右方向に相対変位をすると、U字形弾塑性ダンパーが、上下の拘束部の両拘束面によって上下方向への変形を拘束されながら湾曲部の位置を移動させていく弾塑性変形を行い、エネルギーを吸収するようになされている建物制震構造が開示されている。
【0008】
特許文献3の制震構造によれば、U字形弾塑性ダンパーは弾塑性変形部が移動しながらエネルギーを吸収するため、変形が特定箇所に偏らず、繰り返し振動に対する寿命が低下しにくい。しかし、特許文献3の制震構造ではU字形弾塑性ダンパーの長手方向の振動については有効に地震エネルギーを吸収するものの、U字形弾塑性ダンパーの長手方向と直交する幅方向の揺れに関しては考慮がなされていない。特にU字形弾塑性ダンパーの奥行き方向の幅が広い場合、この奥行き方向の揺れに対して、U字形弾塑性ダンパーは剛体に近い特性を示すため、地震の揺れがほぼそのまま伝搬してしまう。更にこのような幅広のU字形弾塑性ダンパーは、板状部材をU字形に形成する時点で、折り曲げる方向と直交する幅方向の板状部材の変形が拘束されるため、幅方向の中心部に高い残留応力が発生しやすい。このため幅広のU字形弾塑性ダンパーに繰返しの変形を加えると、残留応力の高い部分から亀裂が発生しやいという課題もある。
【0009】
そこで長手方向の揺れには、上下方向への変形を拘束されながら湾曲部の位置を移動させるように変形して揺れのエネルギーを吸収し、長手方向以外の方向の揺れにも制震効果が見込め、構造が簡単なU字形ダンパーを備えた制震装置の提供が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開第2020-180547号公報
【特許文献2】特開第2004-278205号公報
【特許文献3】特開第2009-270336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記従来の制震装置における問題点に鑑みてなされたものであって、本発明の目的は、U字形状のダンパーを2枚の拘束材で挟み込み、地震の揺れ発生の際には2枚の拘束材が互いに面内ずれを生ずるようにダンパーの変形を拘束することで、簡単な構造でありながら効率的にエネルギー吸収を行う制震装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するためになされた本発明による制震装置は、互いに離隔する第1構造部と第2構造部を含む構造物の第1構造部と第2構造部の間に設置され、地震の際の第1構造部と第2構造部との間の相対振動を抑制する制震装置であって、板状部材を長手方向の中間部で一定の曲率で折り返して互いに対向する第1及び第2直線部と、第1及び第2直線部の間を連続的につなぐ湾曲部とを備えるU字形状のダンパー材と、前記第1直線部の端部近傍に固定され、前記第1直線部に沿って外側から前記ダンパー材の地震時の変形範囲を拘束し、前記第1構造部に固定される第1拘束材と、前記第2直線部の端部近傍に固定され、前記第2直線部に沿って外側から前記ダンパー材の地震時の変形範囲を拘束し、前記第2構造部に固定される第2拘束材と、を有し、前記ダンパー材は、前記長手方向と直交する方向の板状部材の幅が所定の寸法を超える場合、少なくとも前記第1及び第2直線部のそれぞれに前記ダンパーの長手方向に沿う貫通または非貫通のスリットを有することを特徴とする。
【0013】
前記第1又は第2拘束材は、前記第1直線部から前記第2直線部に向かう方向の厚さが、前記第1直線部又は前記第2直線部より厚く、前記第1又は第2直線部に沿う方向の長さが前記ダンパー材より長いことが好ましい。
【0014】
前記第1又は第2拘束材は、前記第1及び第2直線部の少なくとも長手方向の稜部に対向する面に、前記第1及び第2直線部にねじれ変形が生じた際の変形部の一部を受け入れる凹部を備えることが好ましい。
前記ダンパー材の湾曲部の内側表面の曲率半径は前記板状部材の板厚の1~3倍の範囲であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る制震装置によれば、制震装置のU字形状のダンパーは、第1及び第2拘束材により挟み込まれることにより、変形の範囲が限定されるので、U字形状のダンパーの長手方向の揺れに対しては、第1及び第2拘束材が互いにずれるように変位するのに伴い、U字形状の両側の直線部(第1直線部、第2直線部)が互いにずれ、それにより第1直線部、第2直線部から湾曲部に応力が伝達される。湾曲部は、伝達された応力により湾曲部の位置が移動するように安定的に曲げ変形を継続し、これによって特定箇所に変形が集中することなく継続的に塑性変形を繰り返すため、安定的なエネルギー吸収を行うことができる。
【0016】
また、本発明に係る制震装置によれば、制震装置のU字形状のダンパーは、長手方向と直交する方向の幅が所定の幅以上の場合には、長手方向に沿うスリットが形成されるため、U字形状のダンパーの長手方向と直交する方向や、それ以外の斜めの方向の揺れに対しても、スリットにより分割された部分が面内曲げ変形及びねじれ変形を起こすことにより、揺れのエネルギーを吸収する機能を果たすため、一方の拘束材が取り付けられる構造物の揺れが、他方の拘束材が取り付けられる構造物にそのまま伝搬するのを防ぐことができる。
【0017】
更に、制震装置のU字形状のダンパーは、長手方向に沿うスリットが形成されるため、板状部材をU字形に形成する時点で、折り曲げる方向と直交する幅方向の板状部材の変形の拘束が緩和され、残留応力が低減されるため、幅の広いU字形状のダンパーを使用してもクラックなどのダメージが入りにくい制振装置を実現することができる。
【0018】
また、本発明に係る制震装置によれば、第1及び第2拘束材のU字形状のダンパーの長手方向の稜部に対向する面に凹部を備えるため、U字形状のダンパーの直線部にねじれ変形を起こすように外力が加わった場合、第1及び第2拘束材は、ねじれ変形を阻止するように拘束することがないので、U字形状のダンパーの長手方向以外の揺れに対しても揺れのエネルギーを吸収して制震を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施形態による制震装置の構成を概略的に示す図である。
【
図2】本発明の実施形態による制震装置の長手方向の揺れに対する変形挙動を説明するための図である。
【
図3】本発明の実施形態による制震装置の構成を概略的に示す斜視図である。
【
図4】本発明の実施形態による制震装置の幅方向の揺れに対する変形挙動を説明するための図である。
【
図5】本発明の実施形態による制震装置のスリットによる効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に、本発明に係る制震装置を実施するための形態の具体例を、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明の実施形態による制震装置の構成を概略的に示す図であり、
図1(a)は制震装置の長手方向に直交する方向から見た図であり、
図1(b)は制震装置の長手方向から見た図である。
【0021】
図1を参照すると、本発明の実施形態による制震装置1は、離隔する第1構造部41と第2構造部42を含む構造物40の第1構造部41と第2構造部42の間に設置され、地震の際の第1構造部41と第2構造部42との間の相対振動を抑制する制震装置1であり、U字形状のダンパー材10と、ダンパー材10を挟み込むように設けられて第1拘束材21及び第2拘束材22を含む拘束材20とを備える。更に
図1の実施形態ではダンパー材10の端部近傍でダンパー材10と拘束材20とを接合する接合部材30を備える。
【0022】
ダンパー材10は、U字形状を構成する左右(
図1では横向きのため上下に配置)に位置する第1直線部11及び第2直線部12からなる直線部と、第1及び第2直線部(11、12)の間に位置し、第1及び第2直線部(11、12)を連続的につなぐ湾曲部13を含む。ダンパー材10は、板状部材を長手方向の中間部で一定の曲率で折り返して、第1及び第2直線部(11、12)が互いに対向するように形成することでU字形状を有する。
【0023】
拘束材20は、地震の際にダンパー材10が外側に広がるように折れ曲がるのを防止するためのものである。第1拘束材21は、ダンパー材10の第1直線部11の端部近傍に固定され、第1直線部11に沿って外側からダンパー材10の地震時の変形範囲を拘束する。第2拘束材22は、ダンパー材10の第2直線部12の端部近傍に固定され、第2直線部12に沿って外側からダンパー材10の地震時の変形範囲を拘束する。実施形態では拘束材20の厚さTは、ダンパー材10の地震時の変形範囲を拘束するようにダンパー材10の板状部材の板厚tよりも厚くする。一実施形態ではダンパー材10の板厚は6~20mm程度である。土木構造物や大規模な建築構造物の場合、ダンパー材10は、より大きなものが求められ、このような用途ではダンパー材10の板厚はさらに厚い~40mm程度のものを使用することもある。
【0024】
拘束材20の第1直線部11又は第2直線部12に沿う方向の長さLは、ダンパー材10の全長l、即ち端部から湾曲部13の湾曲した先端部までの長さよりも長くし、地震の際ダンパー材10が変形しても、拘束材20を超えて拘束材20の長さL方向にはみ出さないように構成する。ダンパー材10の全長は、各直線部(11、12)の長さと、湾曲部13の先端部までの長さである曲率中心から湾曲部13の最外周部までの距離とによって決定される。この内、各直線部(11、12)の長さは、端部近傍の拘束材20との接合部の長さと、接合部以外の長さとに分けられるが、接合部以外の長さがダンパー材10の変形に寄与する長さとなる。
【0025】
ダンパー材10の変形に寄与する長さは、拘束材20を固定する接合部からダンパー材10の曲げ起点、即ち各直線部(11、12)と湾曲部13との境目までの長さであり、許容する制震装置1の変形量に応じて決定される。実施形態では、ダンパー材10の変形に寄与する長さは、10mm程度~ダンパー材10の板状部材の板厚tの10倍程度の長さに設定される。
【0026】
ダンパー材10と拘束材20との接合部の長さは、地震の際に拘束材20に加わる面内の荷重を、ダンパー材10に滑ることなく伝えるために必要な長さである。接合部材30を
図1に示すようにボルト、ナットとする場合、拘束材20とダンパー材10との間に加わる剪断力に応じてボルトの材質と必要本数が決定され、必要本数を設置するのに必要な長さにより接合部の長さが求められる。
【0027】
また、拘束材20の幅方向についても、ダンパー材10がはみ出さないように、拘束材20の幅Wはダンパー材10の板状部材の幅方向である幅wより広くなるように形成し、拘束材20とダンパー材10の接合の際も、拘束材20からダンパー材10がはみ出さないように位置合わせして接合する。実施形態ではダンパー材10の幅wは40~400mm程度である。ダンパー材10の幅wにつても、土木構造物や大規模な建築構造物の場合、幅wはより広いものが求められ、~1000mm程度のものを使用することもある。
【0028】
2つの拘束材20(21、22)は、それぞれダンパー材10の端部近傍でダンパー材10の第1直線部11又は第2直線部12に接合されるので、接合部を含む部分では地震などの外力に対し、拘束材20は第1直線部11又は第2直線部12と一体の挙動を示す。一方、ダンパー材10の湾曲部13近傍においては拘束材20とダンパー材10とは接合されていないので、ダンパー材10は拘束材20により広がり方向(図中のz方向)の拘束は受けつつも独自に変形することが可能である。
【0029】
U字形状のダンパー材10を使用した制震構造は、構造が簡単で制震装置1としての費用も抑えられるというメリットが有る。しかし、その構造上ダンパー材10の長手方向の揺れに対しては有効であるものの、ダンパー材10の長手方向と直交する方向の揺れに対しては幅方向に対する剛性が強く、特に大規模な構造物に使用するような幅広のダンパー材10の場合に制震の機能を果たさないという課題があった。
【0030】
そこで、本発明の実施形態による制震装置1に使用するダンパー材10には、
図1(b)に示すように、幅の広いダンパー材10にはダンパー材10の幅方向を分割するようにスリット14を備える。
図1(b)では、スリット14はダンパー材10の幅方向を2分割するように1つのスリット14を設けた実施形態を示すが、ダンパー材10の幅wに応じて複数のスリット14を備えてもよい。スリット14を設けることにより、ダンパー材10の長手方向と直交する方向の揺れが加わった際に、ダンパー材10がねじれ変形を生じやすくなり、それにより揺れのエネルギーが減衰され、制震の機能が向上する。スリット14は、ダンパー材10の板状部材を貫通しても非貫通でもよいが、貫通したスリット14の方がダンパー材10のねじれ変形がより生じやすいことから、板状部材を貫通する方が望ましい。
【0031】
このように、本発明の実施形態による制震装置1が備えるダンパー材10は、長手方向と直交する方向の板状部材の幅wが所定の寸法を超える場合、少なくとも第1及び第2直線部(11、12)のそれぞれの端部を除く部分にダンパー10の長手方向に沿うスリット14を有することにより、ダンパー材10の長手方向の揺れに対する制震性はもとより、長手方向と直交する方向の揺れに対しても制震性を合わせ備える制震装置1の実現を可能とする。一実施形態では板状部材の幅wが80mmを超えるとスリット14を設ける。他の実施形態では板状部材の幅wが60mmを超えるとスリット14により幅方向を分割するが、分割された板状部材のそれぞれの幅が30mmを超えないようにスリット14を設ける。これらの例示した幅は一つの実施形態であって、必ずしもこの値である必要はない。特にダンパー材10の特性は板厚によって大きく変わってくるため、スリット14を設ける所定の寸法は、ダンパー材10の板厚によって変化するようにしてもよい。例えば板状部材の板厚が8mm以下では板状部材の幅wが80mmを超えるとスリット14を設け、板厚が8mmを超える場合は60mmを超えるとスリット14を設けるようにする。
【0032】
ダンパー材10は、前述のように板状部材を長手方向の中間部で一定の曲率で折り返して形成するが、板状部材の幅wが広くなるほど一定の曲率で折り返す際に、幅方向の変形が拘束されるため、幅方向の中央部付近に残留応力が発生しやすい。その点、本発明の実施形態によるダンパー材10は、幅方向を分割するようにスリット14を有するため、折り返し加工の際の残留応力を抑制することができる。その結果、繰り返しの揺れに対するダンパー材10の寿命が向上する効果も得ることができる。残留応力の大きさは曲げ応力が最大となる板状部材の表面近傍の応力状態に影響されるので、スリット14は非貫通でも十分に残留応力の抑制の効果が得られる。
【0033】
ダンパー材10は、板状部材をU字形状に加工する際、あまり曲率が小さくなるように折り返すと加工が難しくなると共に、ダンパー材10として使用した際に地震に対する湾曲部13の変形が生じにくくなり、制震性が低下するおそれがある。逆に曲率を大きくしすぎるとダンパー材10を設置するための空間が広くなり、スペース効率が低下する。そこで実施形態ではダンパー材10の湾曲部13の内側表面の曲率半径rは、板状部材の板厚tの1~3倍の範囲とする。
【0034】
本発明による制震装置1は、地震による繰返し揺れに有効に制震機能を果たすものであり、そのためにダンパー材10の材質としては繰り返し性能に富んだ材料を使用することが望ましい。ダンパー材10は通常の鋼材でもよいが、一実施形態では繰り返し性能に優れるFMS合金を使用する。
【0035】
図1では接合部材30は複数のボルト、ナットで示したが、ボルト、ナットに限らず、キーやピンなどの他の接合方式の部材でも構わない。また、拘束材20はダンパー材10の端部近傍で一体の挙動を示すように接合されていればよいので、接合部材30を使用せずにダンパー材10と拘束材20とを直接溶接などの接合方法で接合してもよい。
【0036】
制震装置1は、構造物40に設置する場合、第1拘束材21は、第1構造部41に固定され、第2拘束材22は、第2構造部42に固定されるが、拘束材20(21、22)のダンパー材10との接合部側の一端の固定手段として接合部材30を兼用する形にしてもよい。例えば接合部材30としてボルトを使用する場合、拘束材20(21、22)とダンパー材10の第1及び第2直線部(11、12)にはボルト穴を設け、構造物40(41、42)にねじ穴を設け、第1及び第2直線部(11、12)から挿通したボルトを構造物40(41、42)に設けたねじ穴に締結することで、拘束材20(21、22)のダンパー材10との接合と、拘束材20(21、22)の構造物40(41、42)への固定を同時に行うことができる。
【0037】
図2は、本発明の実施形態による制震装置の長手方向の揺れに対する変形挙動を説明するための図である。
図2(a)は、本発明の実施形態による制震装置1を構造物40(41、42)に設置し、地震の揺れが加わっていない状態を示し、
図2(b)は地震が発生し、第1構造部41と第2構造部42とが相対的に変位した状態を示す。
【0038】
図2(a)を参照すると、図面上では上方に位置する第1構造部41に第1拘束材21が固定され、下方に位置する第2構造部42に第2拘束材22が固定されている。図中では拘束材20(21、22)の固定手段は省略しているが、拘束材20(21、22)は構造物40(41、42)に対してずれないように複数箇所にて固定する。構造物40(41、42)は例えば建物の壁の一部であり、その場合、制震装置1は壁に沿って複数設けるようにする。制震装置1の設置はこれに限らず様々な場所に様々な形で設置可能である。
図2(a)ではダンパー材10の湾曲部13が上部の第1構造部41を支持するイメージで示すが、制震装置1は必ずしも垂直構造物の間に設置するとは限らず、互いに水平に離隔する第1構造部41と第2構造部42の間に水平に設置してもよく、互いに斜め方向に離隔する第1構造部41と第2構造部42の間に斜めに設置してもよい。
【0039】
図2(b)を参照すると、
図2(a)の状態から地震によるダンパー材10の長手方向であるx方向の揺れが加わり、第2構造部42が矢印A方向に変位し、相対的に第1構造部41が矢印B方向に変位し、両構造部が位置ズレした状態が示される。拘束材20(21、22)は構造物40(41、42)に対してずれないように固定されているので、第1拘束材21と第2拘束材22との間も同様にずれが生ずる。更に拘束材20(21、22)に固定されている第1直線部11と第2直線部12との間にもズレが生ずる。
【0040】
これに伴い湾曲部13は、上下方向には拘束材20(21、22)で拘束されるものの、拘束材20(21、22)に直接固定されてはいないので、矢印C方向で示すように回転するように変形する。即ち曲げ変形が場所を変えながら連続して生ずる形となり、特定箇所に変形が集中することが無いので、繰り返しの揺れに対し疲労破壊が生じにくい。逆向きの揺れに転じた場合は、矢印A、B、Cの向きがそれぞれ逆になり、変形の向きが逆転するが曲げ変形が場所を変えながら連続して生ずることに変わりはない。このように制震装置1は、ダンパー材10に連続して変形が生ずることで地震の揺れのエネルギーを効率的に減衰することができる。
【0041】
図3は、本発明の実施形態による制震装置の構成を概略的に示す斜視図である。
図3を参照すると、本発明の実施形態による制震装置1のダンパー材10にはスリット14が設けられるが、スリット14は、湾曲部13から第1及び第2直線部(11、12)に延在し、拘束材20(21、22)と接合される第1及び第2直線部(11、12)の端部を除く部分に設けられている。尚、
図3ではダンパー材10と拘束材20(21、22)とを接合する接合部材30は省略している。このようにスリット14を設けることにより、ダンパー材10の長手方向xと直交するy方向に沿った地震の揺れを受けて、第1拘束材21と第2拘束材22とが相対的にy方向に沿って変形しようとする際、ダンパー材10のスリット14を設けた部分がねじれ変形を起こしやすくなる。
【0042】
また本発明の一実施形態では、第1拘束材21と第2拘束材22のダンパー材10の第1及び第2直線部(11、12)の少なくとも長手方向の稜部15に対向する面に、凹部23が設けられる。ここで、稜部15とはスリット14の形成により新たに生じた稜部15も含む。凹部23は、ダンパー材10の稜部15に沿って、またスリット14が設けられた領域において設けられる。拘束材20(21、22)のダンパー材10に向かう面が平坦な場合、上記の様にy方向に沿った地震の揺れを受けて、ダンパー材10のスリット14を設けた部分がねじれ変形をしようとした際、拘束材20(21、22)によってねじれ変形が拘束され、ダンパー材10のスリット14により幅方向に分割された部分は、幅方向の一端が拘束材20(21、22)に押し付けられ、他端が拘束材20(21、22)から離れるようにねじれ変形することになる。
【0043】
一実施形態では、第1及び第2直線部(11、12)の少なくとも長手方向の稜部15に対向する面に、第1及び第2直線部(11、12)にねじれ変形が生じた際の変形部の一部を受け入れるように凹部23が設けられるため、ダンパー材10のスリット14を設けた部分のねじれ変形に拘束材20(21、22)による拘束がなくなり、より効率的に揺れのエネルギーを減衰することができるようになる。
【0044】
図4は、本発明の実施形態による制震装置の幅方向の揺れに対する変形挙動を説明するための図である。
図4(a)は、本発明の実施形態による制震装置1を構造物40(41、42)に設置し、地震の揺れが加わっていない状態を示し、
図4(b)は地震が発生し、第1構造部41と第2構造部42とが相対的に変位した状態を示し、いずれも湾曲部13側から見た図である。
【0045】
図4(a)を参照すると、ダンパー材10のスリット14により分割されたそれぞれの部分の幅方向の中央部で、ダンパー材10と拘束材20(21、22)とが接し、ダンパー材10のスリット14により分割されたそれぞれの部分の稜部15に向かうにしたがって深くなるように凹部23が形成されている。この凹部23の最大深さは、想定される最大の地震の揺れを受けた際に発生するダンパー材10のねじれ変形を拘束しない深さとなるように設定するのが望ましい。
【0046】
図4(b)を参照すると、
図4(a)の状態から地震によるダンパー材10の長手方向と直交するy方向の揺れが加わり、第2構造部42が矢印D方向に変位し、相対的に第1構造部41が矢印E方向に変位し、両構造部が位置ズレした状態が示される。この場合、第1直線部11及び第2直線部12を繋ぐ湾曲部13にはねじるように力が加わる。
【0047】
もしスリット14のない幅広のダンパー材10の場合には、容易にねじれ変形を生ずることができないため、第2構造部42に加わる地震による外力は減衰されることなく第1構造部41に伝わってしまうが、本発明の実施形態では、所定の幅を超える幅広のダンパー材10の場合にはスリット14が設けられるため、
図4(b)に示すように、スリット14により分割された部分が個別にねじれ変形を起こすことが可能となる。
【0048】
図4(b)のように第2構造部42が矢印D方向に変位し、相対的に第1構造部41が矢印E方向に変位する場合、スリット14により分割された部分は、矢印Fに示すような右回りのねじりモーメントを受けるため、右向きにねじれ変形を生ずる。このとき拘束材20(21、22)に設けた凹部23がねじれ変形により盛り上がる変形部を内部に収容してねじれ変形を拘束しないので、ねじれ変形が円滑に行われる。その結果ねじれ変形により地震のエネルギーの一部が吸収され、第2構造部42の揺れは減衰した形で第1構造部41に伝搬されるようになる。
【0049】
図5は、本発明の実施形態による制震装置のスリットによる効果を示す図である。
図5はモデルケースとして、ダンパー材10の板状部材の板厚tが8mm、曲率半径rが18mmのダンパー材10で、幅wが100mmのスリット14無しのケースと幅wが100mmで6mm幅のスリット14が入ったケースの2つのケースについて、ダンパー材10の第1及び第2直線部(11、12)が互いにずれるようにダンパー材10の長手方向と直交するy方向の荷重が加わった際の荷重(kN)と変位(mm)の関係をシミュレーションした結果を示す図である。ダンパー材10の材質はFMS合金ではなく、建築用の構造材料であるSN400材(降伏235N/mm
2)とした結果である。破線で示すグラフがスリット14無しのケースで、実線で示すグラフがスリット14有りのケースである。
【0050】
図5を参照すると、スリット14有りのケースは、スリット14無しのケースに比べ荷重が低くなっており、歪の少ない弾性変形の領域で見ると、スリット14有りのケースはスリット14無しのケースの約0.6倍になっている。このことは構造物40の一方の構造部である第2構造部42に、効果を期待しない直交方向の地震の揺れが加わった際、ダンパー材10によって他方の構造部である第1構造部41に伝わる揺れが低減することを意味する。このように幅広のダンパー材10にスリット14を設けることにより、ダンパー材10の長手方向に直交する方向の荷重が加わった際にも面内曲げ変形及びねじれ変形を生じて地震の揺れのエネルギーを吸収し、制震する効果を備える制振装置1を実現することが可能となる。
図5ではダンパー材10の長手方向に直交する方向の荷重として評価したが、この方向に限らずダンパー材10の長手方向との間に有る斜め方向の揺れを受けた際も、ダンパー材10の長手方向に直交する方向の揺れ成分に対し同様に制震機能を果たすため、こうした斜め方向の揺れに対しても制震の効果を果たすことに変わりはない。
【0051】
このように、本発明の実施形態による制震装置1は、小形ながら様々な揺れの方向に対して有効に制震性の機能を果たす制震装置1である。
【0052】
以上、本発明の実施形態について図面を参照しながら詳細に説明したが、本発明は、上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲から逸脱しない範囲内で多様に変更することが可能である。
【符号の説明】
【0053】
1 制震装置
10 ダンパー材
11 第1直線部
12 第2直線部
13 湾曲部
14 スリット
15 稜部
20 拘束材
21 第1拘束材
22 第2拘束材
23 凹部
30 接合部材
40 構造物
41 第1構造部
42 第2構造部