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特開2023-110552疑似汚染物、対象物の洗浄方法及び洗浄操作の精度管理方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023110552
(43)【公開日】2023-08-09
(54)【発明の名称】疑似汚染物、対象物の洗浄方法及び洗浄操作の精度管理方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/00 20060101AFI20230802BHJP
   C07K 14/76 20060101ALI20230802BHJP
   C07K 14/47 20060101ALI20230802BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20230802BHJP
【FI】
C07K14/00
C07K14/76
C07K14/47
G01N33/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022012076
(22)【出願日】2022-01-28
(71)【出願人】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】渡部 俊介
(72)【発明者】
【氏名】松本 和也
(72)【発明者】
【氏名】榮田 佳那子
【テーマコード(参考)】
2G045
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045DA36
2G045JA05
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA51
4H045EA50
4H045FA50
(57)【要約】
【課題】
洗浄される対象物に直接付着することができ、且つ目視により検出可能な疑似汚染物を提供することを課題とする。
【解決手段】
複数分子の標識ポリペプチドを含む疑似汚染物であって、標識ポリペプチドは、共有結合により色素が付加されたポリペプチドであり、且つ下記の式により算出されるXの値が100000以上となる、疑似汚染物により、上記の課題を解決する。
X=(1分子の標識ポリペプチドが有する色素の数)×(色素のモル吸光係数(M-1cm-1))
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数分子の標識ポリペプチドを含む疑似汚染物であって、
前記標識ポリペプチドは、共有結合により色素が付加されたポリペプチドであり、且つ下記の式により算出されるXの値が100000以上となる、
疑似汚染物。
X=(1分子の標識ポリペプチドが有する色素の数)×(前記色素のモル吸光係数(M-1cm-1))
【請求項2】
前記Xの値が350000以上となる、請求項1に記載の疑似汚染物。
【請求項3】
前記Xの値が1000000以上となる、請求項1又は2に記載の疑似汚染物。
【請求項4】
前記ポリペプチドが、アルブミン、カゼイン及びフィブリンからなる群より選択される少なくとも1のタンパク質又はその断片である請求項1~3のいずれか1項に記載の疑似汚染物。
【請求項5】
前記色素が、エリスロシン、フルオレセイン系色素及びシアニン系色素からなる群から選択される少なくとも1である請求項1~4のいずれか1項に記載の疑似汚染物。
【請求項6】
前記色素が、赤色色素である請求項1~5のいずれか1項に記載の疑似汚染物。
【請求項7】
前記色素が、エリスロシンである請求項1~6のいずれか1項に記載の疑似汚染物。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の疑似汚染物を対象物に付着する工程と、
前記疑似汚染物が付着した対象物を洗浄する工程と、
を含む、対象物の洗浄方法。
【請求項9】
洗浄された前記対象物に残存した前記疑似汚染物が、洗浄操作が適切であったか否かの指標となる請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項1~7のいずれか1項に記載の疑似汚染物を対象物に付着する工程と、
前記疑似汚染物が付着した対象物を洗浄する工程と、
洗浄された前記対象物に残存した前記疑似汚染物を、前記色素に基づいて評価する工程と、
前記評価結果に基づいて、洗浄操作が適切であったか否かを判定する工程と、
を含む、洗浄操作の精度管理方法。
【請求項11】
請求項1~7のいずれか1項に記載の疑似汚染物を第1の対象物に付着する工程と、
前記疑似汚染物が付着した第1の対象物と、生体由来の汚染物が付着した第2の対象物とを洗浄する工程と、
洗浄された前記第1の対象物に残存した前記疑似汚染物を、前記色素に基づいて評価する工程と、
前記評価結果に基づいて、前記第2の対象物に対する洗浄操作が適切であったか否かを判定する工程と、
を含む、洗浄操作の精度管理方法。
【請求項12】
前記付着する工程において、ポリペプチド濃度で表して1cm2当たり少なくとも2μg以上の割合で前記疑似汚染物を前記対象物に付着する請求項8~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記対象物が、医療器具である請求項8~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記評価工程において、前記第1の対象物における前記疑似汚染物の残存量が所定の値以上であると評価された場合、前記判定工程において、前記第2の対象物に対する洗浄操作が適切ではなかったと判定される請求項11に記載の方法。
【請求項15】
前記評価工程において、前記第1の対象物における前記疑似汚染物の残存量が所定の値未満であるか、又は前記疑似汚染物が残存していないと評価された場合、前記判定工程において、前記第2の対象物に対する洗浄操作が適切であったと判定される請求項11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疑似汚染物に関する。本発明は、対象物の洗浄方法に関する。本発明は、洗浄操作の精度管理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
外科用小刀、鉗子、内視鏡などの手術や検査に使用した医療器具には、体液や微細な組織片が付着している。使用した医療器具を再使用可能にするためには、十分に洗浄して、付着したこれらの汚染物を除去する必要がある。また、洗浄作業が適切に実施されているか否かを評価することも重要である。評価法には、直接的な方法と間接的な方法がある。直接的評価法としては、例えば、疑似汚染物(テストソイルとも呼ばれる)としてヒツジ血液を医療器具に塗布した後、当該医療器具を洗浄し、洗浄された医療器具に残存するタンパク質を検出する方法が知られている。タンパク質の検出は、例えば、アミドブラック10Bのようなタンパク質を染色可能な色素を用いて、洗浄された医療器具に残存するタンパク質を着色し、目視で確認することにより行われる。
【0003】
間接的評価法としては、疑似汚染物の層を備えたインジケータを医療器具と共に洗浄して、洗浄が適切に行われたかを評価する方法が知られている。例えば、特許文献1には、疑似汚染物として、グルテン及び赤色102号(ニューコクシンとも呼ばれる)の混合物を用いたインジケータが記載されている。インジケータは主に、ウォッシャーディスインフェクター(WD)と呼ばれる自動洗浄装置による洗浄の評価に用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-056030号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
直接的評価法では、医療器具に付着した疑似汚染物は、洗浄によってほとんどが除去されるので、残存した疑似汚染物を目視で検出することは困難である。そのため、洗浄した医療器具に色素溶液を塗布又は噴霧するが、当該医療器具を再使用するためには、再洗浄が必要である。また、間接的評価法は、WD内に配置されたインジケータにより、当該WDの性能や動作を確認することが目的である。そのため、インジケータにより、洗浄された医療器具自体に汚染物が残存しているか否かを評価することは難しい。
【0006】
これまでのところ、洗浄される対象物に直接付着することができ、且つ目視により検出可能な疑似汚染物は知られていない。本発明は、そのような疑似汚染物、並びにこれを用いて対象物を洗浄する手段、及び洗浄操作の精度を管理する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、複数分子の標識ポリペプチドを含む疑似汚染物であって、標識ポリペプチドは、共有結合により色素が付加されたポリペプチドであり、且つ下記の式により算出されるXの値が100000以上となる、疑似汚染物を提供する。
X=(1分子の標識ポリペプチドが有する色素の数)×(色素のモル吸光係数(M-1cm-1))
【0008】
本発明は、上記の疑似汚染物を対象物に付着する工程と、疑似汚染物が付着した対象物を洗浄する工程とを含む、対象物の洗浄方法を提供する。
【0009】
本発明は、上記の疑似汚染物を対象物に付着する工程と、疑似汚染物が付着した対象物を洗浄する工程と、洗浄された対象物に残存した疑似汚染物を、色素に基づいて評価する工程と、評価結果に基づいて、洗浄操作が適切であったか否かを判定する工程とを含む、洗浄操作の精度管理方法を提供する。
【0010】
本発明は、上記の疑似汚染物を第1の対象物に付着する工程と、疑似汚染物が付着した第1の対象物と、生体由来の汚染物が付着した第2の対象物とを洗浄する工程と、洗浄された第1の対象物に残存した疑似汚染物を、色素に基づいて評価する工程と、評価結果に基づいて、第2の対象物に対する洗浄操作が適切であったか否かを判定する工程とを含む、洗浄操作の精度管理方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、対象物に対する洗浄操作が適切であったか否かを目視により評価することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】容器に収容された本実施形態の疑似汚染物の一例を示す模式図である。
図2】エリスロシンB(EB)標識アルブミン溶液の吸光度(530 nm)の値(S)と、ブランクとしてのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)の吸光度の値(N)とから算出したS/N比を示すグラフである。
図3】1分子のEB標識アルブミンが有するEBの数と、吸光度のS/N比との相関を示すグラフである。
図4】EB標識アルブミンが塗布されたステンレス鋼製の板の写真である。
図5】EB標識カゼイン溶液の吸光度(530 nm)の値(S)と、PBSの吸光度の値(N)とから算出したS/N比を示すグラフである。
図6】EB標識カゼインが塗布されたステンレス鋼製の板の写真である。
図7】EB標識アルブミンが塗布されたステンレス鋼製の板の洗浄前及び洗浄後の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本実施形態の疑似汚染物は、複数分子の標識ポリペプチドを含む組成物である。本実施形態の疑似汚染物に含まれる標識ポリペプチドの分子数は、2分子以上であれば特に限定されない。本実施形態の疑似汚染物は、ポリペプチドを主な成分とする汚染物を模して、人工的に作製した組成物である。
【0014】
本実施形態の疑似汚染物に含まれる標識ポリペプチドは、色素が人為的に付加されたポリペプチドである。標識ポリペプチドにおいて、色素とポリペプチドとが共有結合している。そのため、対象物に通常行われる洗浄によって当該標識ポリペプチドから色素が脱離することはないと考えられる。すなわち、本実施形態の疑似汚染物が対象物に付着した状態で脱色することは生じにくい。したがって、洗浄された対象物において、疑似汚染物に含まれる標識ポリペプチドの色素を検出することにより、当該対象物が十分に洗浄されたか否かを評価できる。
【0015】
ポリペプチドは、そのアミノ酸配列、分子量、溶媒への溶解性などは特に限定されず、任意に選択できる。好ましくは、分子量が20000以上のポリペプチドである。ポリペプチドは、例えば、洗浄される対象物に付着していることが想定されるポリペプチドであってもよい。そのようなポリペプチドとしては、哺乳動物の体液又は組織に含まれるタンパク質が好ましい。そのようなタンパク質としては、例えばアルブミン、カゼイン、フィブリン、グロブリン、ヘモグロビンなどが挙げられる。それらの中でもアルブミン及びカゼインが好ましい。アルブミンの種類は特に限定されず、例えば血清アルブミン、オボアルブミン、ラクトアルブミン、ロイコシン、レグメリン、リシンなどが挙げられる。カゼインの種類は特に限定されず、例えば酸カゼイン、カゼインナトリウム、αs-カゼイン、β-カゼイン、κ-カゼインなどが挙げられる。
【0016】
色素は特に限定されず、天然色素でもよいし、合成色素でもよい。色素としては、例えば、視認可能な色を呈する色素、検出可能なシグナルを発生する色素などが挙げられる。視認可能な色を呈する色素は、白色光の下で所定の波長の可視光線を吸収及び反射して呈色する色素である。例えば、エリスロシン(エリスロシンBとも呼ばれる)、フロキシン、ローズベンガル、タートラジン、アマランス、ニューコクシン、アルラレッドAC、アシッドレッドなどが挙げられる。検出可能なシグナルを発生する色素としては、例えば蛍光色素が挙げられる。蛍光色素を有する標識ポリペプチドは、励起光の照射、例えばブラックライト(例えば波長約315 nm以上約380 nm以下のUV-A)の照射により視認できる。蛍光色素は、フルオレセイン系色素、シアニン系色素、ローダミン、アクリジンオレンジ、Alexa Fluor(登録商標)などが例示される。フルオレセイン系色素は、フルオレセイン及びその誘導体をいう。フルオレセインの誘導体としては、例えばフルオレセインイソチオシアネート、カルボキシフルオレセイン、カルボキシフルオレセインジアセテート、オレゴングリーン、ホスファフルオレセインなどが挙げられる。シアニン系色素は、ポリメチン骨格の両端に含窒素複素環を有する構造の色素をいう。シアニン系色素としては、例えばCy(登録商標)3、Cy5、Cy7、TOTO(商標)-1、TOTO-3、TO-PRO(商標)-1、TO-PRO-3、DiOC6(3)などが挙げられる。
【0017】
標識ポリペプチド中の色素は、視認性の観点から赤色色素が好ましい。ここで、赤色とは、白色光の下で観察したときに、色素が、赤以外の波長の可視光線を吸収して、赤の可視光線(波長約610 nm以上約780 nm以下の光線)を反射することにより、観察者が視認できる色をいう。赤色色素としては、例えばエリスロシン、フロキシン、ローズベンガルなどが挙げられる。それらの中でもエリスロシンが特に好ましい。
【0018】
本発明者らは、標識ポリペプチドの視認性は、1分子の標識ポリペプチドが有する色素の数(以下、「標識数」ともいう)と、色素分子に固有の値であるモル吸光係数とに相関すると考えた。そこで、下記の式(I)により算出されるXの値を、標識ポリペプチドによる標識の強度を表す指標として定義した。以下、Xの値を「カラートーンインデックス」又は「CTI」とも呼ぶ。
【0019】
X=(1分子の標識ポリペプチドが有する色素の数)×(色素のモル吸光係数(M-1cm-1)) ・・・(I)
【0020】
標識ポリペプチドは、上記の式(I)により算出されるXの値が100000以上となることを特徴とする。Xの値が100000以上であることにより、微量の標識ポリペプチドでも目視により検出可能となる。Xの値が高いほど、標識ポリペプチドはより強く呈色する。例えば、標識ポリペプチドは、Xの値が350000以上となることが好ましく、Xの値が1000000以上となることがより好ましい。
【0021】
標識数は、質量分析法、又は、標識ポリペプチド溶液の色素濃度及びポリペプチド濃度の測定により決定される。質量分析法は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法により標識ポリペプチドをイオン化し、これを飛行時間(TOF)型質量分析計で分析するMALDI-TOF MS法である。MALDI-TOF MS法自体は公知である。標識ポリペプチドがMALDI-TOF MS法により分析できる場合は、当該方法により標識数を決定する。標識ポリペプチドがMALDI-TOF MS法により分析できない場合にのみ、標識ポリペプチド溶液の色素濃度及びポリペプチド濃度の測定により標識数を決定する。標識ポリペプチドがMALDI-TOF MS法により分析できるか否かは、標識ポリペプチド中のポリペプチドの種類に依存する。
【0022】
MALDI-TOF MS法による標識数の決定は、MALDI-TOF MS法により取得した標識ポリペプチドの質量、当該標識ポリペプチド中のポリペプチドの質量及び色素の分子量を用いて、下記の式(II)から標識数を算出することにより行われる。ポリペプチドの質量は、標識ポリペプチドと同様にMALDI-TOF MS法で測定してもよい。あるいは、当該ポリペプチドの製造業者又は販売業者が開示した質量の値を用いてもよい。色素の分子量は、色素の構造式から算出してもよいし、色素の製造業者又は販売業者が開示した分子量を用いてもよい。
【0023】
(標識数)=[(標識ポリペプチドの質量)-(ポリペプチドの質量)]/(色素の分子量) ・・・(II)
【0024】
標識ポリペプチド溶液の色素濃度及びポリペプチド濃度の測定による標識数の決定は、測定により決定した標識ポリペプチド溶液の色素及びポリペプチドの濃度を用いて、下記の式(III)から標識数を算出することにより行われる。式(III)における「濃度」は、例えばモル濃度、質量濃度、容量パーセント濃度などが用いられる。
【0025】
(標識数)=(標識ポリペプチド溶液の色素濃度)/(標識ポリペプチド溶液のポリペプチド濃度) ・・・(III)
【0026】
標識ポリペプチド溶液の色素濃度は、次のようにして測定する。まず、色素溶液の色素濃度とその吸光度とに基づく検量線を作成する。具体的には、まず、色素自体を種々の濃度で含む溶液を調製し、各溶液について、当該色素を測定可能な波長(例えば極大吸収波長)の吸光度を測定する。吸光度は、公知の分光光度計を用いて測定できる。そして、各色素濃度に対応する吸光度をプロットして検量線を作成する。次いで、標識ポリペプチド溶液を、色素溶液と同様にして吸光度を測定する。そして、検量線を用いて、標識ポリペプチド溶液の吸光度の値から、当該溶液の色素濃度を決定する。
【0027】
標識ポリペプチド溶液のポリペプチド濃度は、次のようにして測定する。まず、ポリペプチド溶液のポリペプチド濃度とその吸光度とに基づく検量線を作成する。具体的には、ポリペプチド自体を種々の濃度で含む溶液を調製し、各溶液について、Pierce(商標) 660 nm Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific社)を用いてポリペプチド濃度を測定する。具体的には、まず、当該キットに含まれるタンパク質定量用試薬と、ポリペプチド溶液とを混合し、混合液について660 nmの吸光度を測定する。そして、各ポリペプチド濃度に対応する吸光度をプロットして検量線を作成する。次いで、標識ポリペプチド溶液を、ポリペプチド溶液と同様にして吸光度を測定する。そして、検量線を用いて、標識ポリペプチド溶液の吸光度の値から、当該溶液のポリペプチド濃度を決定する。
【0028】
色素のモル吸光係数は、測定により取得した値を用いることができる。あるいは、色素の製造業者又は販売業者が開示したモル吸光係数を用いてもよい。色素のモル吸光係数(M-1cm-1)は、色素溶液の吸光度、分光光度計のセルの光路長(cm)及び色素濃度(M)の測定値を用いて、下記の式(IV)から算出できる。好ましくは、色素濃度が異なる複数の色素溶液についてモル吸光係数を算出し、それらの平均値を色素のモル吸光係数として用いる。色素溶液の色素濃度はモル濃度であり、次のようにして算出する。まず、精密はかり又は電子天秤により、所定量の色素を正確に秤量する。次いで、秤量した色素を溶媒に溶解して、正確に所定量にした溶液を調製する。そして、秤量した色素の重量、溶液量及び当該色素の分子量から、モル濃度を算出する。色素溶液の調製に用いた溶媒は、ブランクの吸光度の測定に用いる。色素溶液の吸光度の測定については、上記のとおりである。
【0029】
【数1】
【0030】
標識ポリペプチドは、ポリペプチドと色素とを共有結合により結合することで得ることができる。例えば、ポリペプチド及び色素のそれぞれの官能基を利用して、ポリペプチドと色素とを共有結合させることが好ましい。例えば、縮合剤又はクロスリンカーを用いる反応が簡便で好ましい。そのような反応自体は公知である。官能基は特に限定されないが、アミノ基、カルボキシル基及びスルフヒドリル基は、市販の縮合剤及びクロスリンカーを利用できるので好ましい。
【0031】
縮合剤は特に限定されないが、例えば、アミド化反応によりポリペプチドと色素とを共有結合させる場合、4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルホリニウムクロリド(DMT-MM)、2-クロロ-1, 3-ジメチルイミダゾリニウム(DMC)、1H-ベンゾトリアゾール-1-イルオキシトリピロリジノホスホニウムヘキサフルオロリン酸塩、ジフェニルホスホリルアジド、クロロトリピロリジノホスホニウムヘキサフルオロリン酸塩、N, N’-ジイソプロピルカルボジイミドなどが例示される。これらの中でも、DMT-MM、DMC及び1H-ベンゾトリアゾール-1-イルオキシトリピロリジノホスホニウムヘキサフルオロリン酸塩が好ましく、DMT-MMが特に好ましい。DMT-MMによるアミド化反応は、下記のとおりである。
【0032】
【化1】
【0033】
クロスリンカーは特に限定されず、ポリペプチド及び色素のそれぞれの官能基に応じて適宜選択できる。例えば、官能基としてアミノ基を有する化合物は、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)エステル又はイソチオシアノ基を有する化合物と結合できる(下図参照)。例えば、アミノ基を有するポリペプチドと、アミノ基を有する色素とを結合する場合、クロスリンカーとして、両端にNHSエステルを有する二価性試薬を用いることができる。
【0034】
【化2】
【0035】
官能基としてカルボキシル基を有する化合物は、まず、カルボジイミド基(-N=C=N-)を有する化合物と反応させる(下図参照)。この例では、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩と反応させている(第1ステップ)。ここにNHSを反応させることで、不安定なNHSエステルを形成させる(第2ステップ)。ここに、アミノ基を有する化合物を反応させることにより、カルボキシル基を有する化合物と結合できる(第3ステップ)。例えば、カルボキシル基を有する色素(又はポリペプチド)と、アミノ基を有するポリペプチド(又は色素)とを結合する場合は、このようにしてクロスリンクできる。また、カルボキシル基を有するポリペプチドと、カルボキシル基を有する色素とをクロスリンクする場合は、両端にアミノ基を有する二価性試薬を用いることができる。
【0036】
【化3】
【0037】
官能基としてスルフヒドリル基を有する化合物は、マレイミド基又はブロモ(もしくはヨード)アセトアミド基を有する化合物と結合できる(下図参照)。例えば、スルフヒドリル基を有するポリペプチドと、スルフヒドリル基を有する色素とを結合する場合、クロスリンカーとして、両端にマレイミドを有する二価性試薬を用いることができる。また、スルフヒドリル基を有する色素(又はポリペプチド)と、アミノ基を有するポリペプチド(又は色素)とを結合する場合は、クロスリンカーとして、マレイミドとNHSエステルを有するヘテロ二価性試薬を用いることができる。
【0038】
【化4】
【0039】
標識ポリペプチドにおいては、1分子のポリペプチドに対して複数分子の色素が結合していることが好ましい。よって、ポリペプチドと色素とを結合させる反応を行うとき、ポリペプチドの量よりも多量の色素を用いることが好ましい。例えば、ポリペプチドと色素とを、モル比で表して1:2~100で反応させ得る。
【0040】
必要に応じて、本実施形態の疑似汚染物は、標識ポリペプチド以外の成分を含んでもよい。そのような成分としては、例えば、脂質、糖質、防腐剤、抗酸化剤、pH調製剤、安定化剤などが挙げられる。脂質としては、例えばグリセリド、コレステロールエステル、高級脂肪酸、リン脂質、糖脂質などが挙げられる。糖質としては、例えばグルコース、グリコーゲン、デキストラン、デンプンなどが挙げられる。防腐剤としては、例えばアジ化ナトリウム、チメロサールなどが挙げられる。抗酸化剤としては、例えばアスコルビン酸、ブチルヒドロキシアニソールなどが挙げられる。pH調整剤としては、リン酸、クエン酸、コハク酸及びそれらの塩などが挙げられる。安定化剤としては、例えばポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。
【0041】
本実施形態の疑似汚染物を容器に収容し、当該容器を箱に梱包して、ユーザーに提供してもよい。疑似汚染物は、粉末などの固体の状態でもよいし、溶液又は懸濁液などの液体の状態でもよい。箱には、本実施形態の疑似汚染物の使用方法、保存方法などを記載した添付文書を同梱してもよい。図1に、本実施形態の疑似汚染物の例を示す。図1を参照して、10は、本実施形態の疑似汚染物を収容した容器を示し、11は、梱包箱を示し、12は、添付文書を示す。
【0042】
本発明のさらなる実施形態は、疑似汚染物を用いる対象物の洗浄方法に関する。以下、この方法を「本実施形態の洗浄方法」ともいう。本実施形態の洗浄方法では、まず、本実施形態の疑似汚染物を対象物に付着する。対象物は、洗浄により再使用可能になる器具であれば、特に限定されない。そのような器具としては、例えば医療器具、食器、調理器具などが挙げられる。それらの中でも医療器具が好ましく、患者の身体又は生体試料と接触する器具が特に好ましい。医療器具としては、例えば外科用小刀、鉗子、剪刀、チューブ、カテーテル、シリンジ、内視鏡などが挙げられる。医療器具は、医師等が直接使用する器具に限られず、例えば手術支援ロボットに用いられる医療器具も包含する。また、医療器具は、洗浄可能であれば電子機器でもよい。対象物は1つであってもよいし、複数であってもよい。
【0043】
本実施形態の洗浄方法では、疑似汚染物は溶液又は懸濁液にして用いることが好ましい。溶液又は懸濁液中の標識ポリペプチドの濃度は特に限定されない。例えば、本実施形態の疑似汚染物の溶液又は懸濁液は、ポリペプチドの濃度で表して例えば0.1μg/mL以上、1μg/mL以上、10μg/mL以上、0.1 mg/mL以上又は0.5 mg/mL以上の標識ポリペプチドを含み得る。本実施形態の疑似汚染物の溶液又は懸濁液は、ポリペプチドの濃度で表して例えば300 mg/mL以下、100 mg/mL以下、50 mg/mL以下、15 mg/mL以下又は5mg/mL以下の標識ポリペプチドを含み得る。媒体は、標識ポリペプチドを溶解又は分散可能であれば特に限定されないが、好ましくは水性媒体である。水性媒体としては、例えば水、生理食塩水、緩衝液などが挙げられる。緩衝液は、pH6以上8以下で緩衝作用を有することが好ましく、例えばリン酸緩衝生理食塩水(PBS)、Tris-HCl、グッドの緩衝液(HEPES、MOPSなどが例示される)などが挙げられる。
【0044】
疑似汚染物の対象物への付着は、例えば、疑似汚染物の溶液又は懸濁液を対象物に塗布、噴霧、滴下、もしくは印刷するか、又は対象物を疑似汚染物の溶液又は懸濁液に浸漬するなどの方法により行うことができる。疑似汚染物の溶液又は懸濁液を付着させた後、風乾又は温風などにより、溶液又は懸濁液を付着した対象物を乾燥させることが好ましい。対象物において疑似汚染物を付着させる部位は、特に限定されない。そのような部位は、例えば対象物の外面、内面、内腔など、実際の汚染物が付着し得る部位から選択できる。1つの対象物において、疑似汚染物を付着させる部位は1箇所でもよいし、2箇所以上であってもよい。付着する疑似汚染物の量は特に限定されないが、例えば、ポリペプチド濃度で表して対象物1cm2当たり例えば2μg以上、10μg以上、50μg以上、200μg以上、500μg以上、1000μg以上、1500μg以上又は1800μg以上の割合で本実施形態の疑似汚染物を対象物に付着する。なお、医療器具洗浄の分野では、洗浄後に残存するタンパク質の量は2μg/cm2未満であることが求められる。
【0045】
次いで、本実施形態の洗浄方法では、疑似汚染物が付着した対象物を洗浄する。洗浄の手段は特に限定されず、対象物に応じて適宜決定できる。例えば、用手洗浄、超音波洗浄、ウォッシャーディスインフェクター(WD)による洗浄などが挙げられる。用手洗浄には、水又は洗浄剤溶液への浸漬、ブラッシング、すすぎなどの作業が含まれる。超音波洗浄は、対象物を水又は洗浄剤溶液に浸漬した状態で超音波を照射して洗浄する。市販の超音波洗浄装置を用いることが好ましい。WDによる洗浄は、市販のWD内に配置された対象物に水又は洗浄剤溶液を噴射して洗浄する。水の温度は特に限定されないが、通常10℃以上100℃未満であり、好ましくは40℃以上90℃以下である。洗浄剤は特に限定されず、対象物及び洗浄の手段に応じて公知の洗浄剤から適宜選択できる。例えば、アルカリ性洗浄剤、中性洗浄剤などが挙げられる。洗浄剤には、プロテアーゼ、リパーゼ、アミラーゼなどの酵素が配合されてもよい。洗浄剤溶液の濃度は特に限定されないが、洗浄剤の種類及び洗浄の手段に応じて適宜決定できる。例えば、対象物を洗浄剤溶液に浸漬して洗浄する場合、当該溶液の洗浄剤濃度は、通常は0.5重量%以上1重量%以下である。
【0046】
本実施形態の洗浄方法では、洗浄された対象物に残存した疑似汚染物が、洗浄操作が適切であったか否かの指標となり得る。例えば、洗浄された対象物に本実施形態の疑似汚染物が残存していなかった場合、対象物に対する洗浄操作は適切であったことが示唆される。また、洗浄された対象物に本実施形態の疑似汚染物が残存していた場合、対象物に対する洗浄操作は適切ではなかったことが示唆される。洗浄操作の不適切さの程度は、対象物に残存した疑似汚染物の量に基づいて評価し得る。
【0047】
洗浄された対象物に本実施形態の疑似汚染物が残存しているか否かは、目視により確認できる。例えば、赤色色素を結合した標識ポリペプチドを含む疑似汚染物を用いた場合では、洗浄操作が適切ではなかったとき、白色光の下での目視観察により、対象物に赤色の付着物が確認され得る。洗浄操作が適切であったとき、白色光の下で目視観察しても、対象物に赤色の付着物は確認されない。また、蛍光色素を結合した標識ポリペプチドを含む疑似汚染物を用いた場合では、洗浄操作が適切ではなかったとき、励起光の照射下での目視観察により、対象物に蛍光色の付着物が確認され得る。洗浄操作が適切であったとき、励起光の照射下で目視観察しても、対象物に蛍光色の付着物は確認されない。
【0048】
本発明のさらなる実施形態は、本実施形態の疑似汚染物を用いる、洗浄操作の精度管理方法に関する。以下、この方法を「本実施形態の精度管理方法」ともいう。本実施形態の精度管理方法では、まず、本実施形態の疑似汚染物を対象物に付着する。次いで、疑似汚染物が付着した対象物を洗浄する。疑似汚染物の付着及び対象物の洗浄の詳細は、本実施形態の洗浄方法について述べたことと同様である。
【0049】
本実施形態の精度管理方法では、洗浄された対象物に残存した疑似汚染物を、当該疑似汚染物に含まれる標識ポリペプチドの色素に基づいて評価する。例えば、洗浄された対象物に疑似汚染物が残存しているか否かを、目視により色素が確認できるか否かに基づいて評価し得る。具体的には、洗浄された対象物を目視観察したときに標識ポリペプチドの色素が認められた場合、当該対象物に疑似汚染物が残存していると評価できる。この場合、対象物に対する洗浄操作が適切ではなかったと判定できる。一方、洗浄された対象物を目視観察したときに標識ポリペプチドの色素が認められなかった場合、当該対象物から疑似汚染物が除去されたと評価できる。この場合、対象物に対する洗浄操作が適切であったと判定できる。
【0050】
例えば、赤色色素を結合した標識ポリペプチドを含む疑似汚染物を用いた場合では、洗浄された対象物を白色光の下で目視観察して赤色の付着物が認められたとき、疑似汚染物が残存したと評価できる。洗浄された対象物を白色光の下で目視観察して赤色の付着物が認められなかったとき、疑似汚染物は除去されたと評価できる。また、蛍光色素を結合した標識ポリペプチドを含む疑似汚染物を用いた場合では、洗浄された対象物に励起光を照射し、目視観察して蛍光色の付着物が認められたとき、疑似汚染物が残存したと評価できる。洗浄された対象物に励起光を照射し、目視観察して蛍光色の付着物が認められなかったとき、疑似汚染物は除去されたと評価できる。
【0051】
本実施形態の精度管理方法では、疑似汚染物を付着させた対象物を洗浄するとともに、生体由来の汚染物が付着した別の対象物も同様に洗浄してもよい。よって、本発明のさらなる実施形態は、疑似汚染物が付着した第1の対象物と、生体由来の汚染物が付着した第2の対象物とを洗浄することによる、洗浄操作の精度管理方法に関する。以下、この方法を「さらなる実施形態の精度管理方法」ともいう。
【0052】
さらなる実施形態の精度管理方法では、まず、疑似汚染物を第1の対象物に付着する。第1の対象物は、疑似汚染物を付着されることとなる対象物である。対象物の種類自体は、本実施形態の洗浄方法における対象物と同様である。第1の対象物は、好ましくは医療器具であり、より好ましくは未使用又は洗浄済みの医療器具である。第1の対象物への疑似汚染物の付着の詳細は、本実施形態の洗浄方法について述べたことと同様である。
【0053】
第2の対象物は、第1の対象物とは別個の対象物であって、使用により生体由来の汚染物が付着した対象物である。対象物の種類自体は、本実施形態の洗浄方法における対象物と同様である。好ましい第2の対象物は、使用後かつ未洗浄の医療器具である。第2の対象物は、第1の対象物と同じ種類の器具でもよいし、第1の対象物と異なる種類の器具でもよい。
【0054】
生体由来の汚染物は、第2の対象物を生体に使用したことにより、当該第2の対象物に付着する物質であれば特に限定されない。そのような汚染物としては、例えば体液、皮膚片、脂肪片、細胞、組織片、骨片、喀痰、嘔吐物、尿、糞便などが挙げられる。体液としては、例えば血液、リンパ液、脳脊髄液、唾液、消化液、腹水、鼻汁、膿汁などが挙げられる。第2の対象物に付着した生体由来の汚染物は、水分を含有した状態にあってもよいし、乾燥した状態にあってもよい。生体由来の汚染物は1種に限られず、2種以上の汚染物及びそれらの混合物が付着し得る。
【0055】
さらなる実施形態の精度管理方法では、疑似汚染物が付着した第1の対象物と、生体由来の汚染物が付着した第2の対象物とを洗浄する。洗浄手段の詳細は、本実施形態の洗浄方法について述べたことと同様である。さらなる実施形態の精度管理方法における洗浄工程では、第1の対象物と第2の対象物とを一緒に洗浄してもよい。例えば、洗浄剤溶液への浸漬により洗浄する場合、第1の対象物及び第2の対象物を、洗浄剤溶液をためた一つの洗浄槽に入れることにより、第1の対象物と第2の対象物とを一緒に洗浄できる。また、超音波洗浄又はWDにより洗浄する場合、第1の対象物及び第2の対象物を一台の超音波洗浄装置又はWDに入れることにより、第1の対象物と第2の対象物とを一緒に洗浄できる。
【0056】
あるいは、さらなる実施形態の精度管理方法における洗浄工程では、洗浄の手段及び条件が同じであれば、第1の対象物及び第2の対象物を別個に、実質的に同時又は逐次に洗浄してもよい。例えば、用手洗浄の場合、第1の対象物にブラッシング及びすすぎを行った後、同様にして第2の対象物にブラッシング及びすすぎを行ってもよい。複数人で用手洗浄を行う場合は、ある者が第1の対象物にブラッシング及びすすぎを行い、別の者が同様にして第2の対象物にブラッシング及びすすぎを行ってもよい。また、超音波洗浄又はWDにより洗浄する場合は、まず、第1の対象物を超音波洗浄又はWDにより洗浄する。その後、装置の設定及び第2の対象物の配置場所を第1の対象物の洗浄と同じにして、第2の対象物を超音波洗浄又はWDにより洗浄する。二台の超音波洗浄装置又はWDを用いて、装置の設定を同じにして、第1の対象物及び第2の対象物を別個に、実質的に同時に洗浄してもよい。
【0057】
さらなる実施形態の精度管理方法では、洗浄された第1の対象物に残存した疑似汚染物を、色素に基づいて評価する。当該精度管理方法では、疑似汚染物が付着した第1の対象物と生物由来の汚染物が付着した第2の対象物は同様に洗浄されるので、洗浄された第1の対象物に残存した疑似汚染物は、第2の対象物に対する洗浄操作の精度の指標となる。色素に基づく、残存した疑似汚染物の評価の詳細は、本実施形態の精度管理方法について述べたことと同様である。
【0058】
例えば、洗浄された第1の対象物を目視観察したときに標識ポリペプチドの色素が認められた場合、当該第1の対象物に疑似汚染物が残存していると評価できる。この場合、第1の対象物に対する洗浄操作が適切ではなかったと判定できることから、同様に洗浄した第2の対象物に対する洗浄操作も適切ではなかったと判定される。一方、洗浄された第1の対象物を目視観察したときに標識ポリペプチドの色素が認められなかった場合、当該第1の対象物から疑似汚染物が除去されたと評価できる。この場合、第1の対象物に対する洗浄操作が適切であったと判定できることから、同様に洗浄した第2の対象物に対する洗浄操作も適切であったと判定される。
【0059】
洗浄された第1の対象物における疑似汚染物の残存量を、色素に基づいて定量してもよい。例えば、洗浄された第1の対象物に残存した疑似汚染物をすべて剥がし取り、所定量の水性溶媒に溶解又は懸濁する。得られた溶液又は懸濁液中の色素を例えば分光光度計で測定する。そして、吸光度の測定値に基づいて、溶液又は懸濁液中の色素濃度を算出する。当該色素濃度の値を疑似汚染物の残存量として用いることができる。
【0060】
さらなる実施形態の精度管理方法では、洗浄された第1の対象物における疑似汚染物の残存量に基づいて、第2の対象物に対する洗浄操作が適切であったか否かを評価してもよい。例えば、第1の対象物における疑似汚染物の残存量が所定の値以上であると評価された場合、第2の対象物に対する洗浄操作が適切ではなかったと判定できる。また、第1の対象物における疑似汚染物の残存量が所定の値未満であるか、又は疑似汚染物が残存していないと評価された場合、第2の対象物に対する洗浄操作が適切であったと判定できる。上記の所定の値は、特に限定されず、第1及び第2の対象物の種類に応じて適宜決定してもよい。
【0061】
第2の対象物に対する洗浄操作が適切であると判断された場合、洗浄後の第2の対象物は再使用可能である。第2の対象物に対する洗浄操作が適切ではないと判断された場合、洗浄後の第2の対象物は再使用しないことが好ましい。また、洗浄操作をより適切にして、再度第2の対象物を洗浄することが好ましい。
【0062】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0063】
実施例1: 疑似汚染物の調製及び評価
種々の縮合剤を用いてエリスロシンB(EB)とウシ血清アルブミン(BSA)とを結合することにより、EB標識BSAを調製した。いずれの縮合剤を用いるのがよいかを検討するため、EB標識BSAの吸光度(530 nm)及び1分子のEB標識BSAが有するEB数を測定した。調製したEB標識BSAを対象物に塗布して、疑似汚染物として用い得るか否かを評価した。
【0064】
1.EB標識BSAの調製
EB(東京化成工業株式会社)をPBSで溶解して、EB溶液を得た。表1に記載の縮合剤1~9をそれぞれジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解して、各縮合剤の溶液を得た。BSAをPBSで溶解して、BSA溶液を得た。EB溶液と縮合剤溶液とを1:1.5のモル比で混合して、室温で10分間静置した。そして、EB及び縮合剤を含む溶液とBSA溶液とを100:1のモル比で混合し、室温で1時間静置した。これにより、EBとBSAとが共有結合したEB標識BSAを含む溶液を得た。比較のため、縮合剤溶液を用いずに、EB溶液とBSA溶液とを混合して、物理吸着によるEBとBSAとの複合体(以下、コントロールとも呼ぶ)を含む溶液を得た。得られた各溶液を脱塩カラムに通して精製した。各溶液の一部を分取し、Pierce(商標) 660 nm Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific社)を用いた660 nmの吸光度測定により、各溶液のBSA濃度を決定した。なお、縮合剤1、4及び7は東京化成工業株式会社から購入し、縮合剤2、3、5、6、8及び9は富士フイルム和光純薬株式会社から購入した。
【0065】
【表1】
【0066】
2.EB標識BSAが有するEB数の評価
(2.1) EB標識BSAの吸光度(530 nm)の測定
各EB標識BSA溶液のBSA濃度が1.6μg/mLとなるようにPBSで調整した。これらの溶液の一部を取り、分光光度計で530 nmの吸光度を測定した。縮合剤1~9を用いて調製したEB標識BSA溶液の吸光度をシグナル値(S)とし、ブランクとしてのPBSの吸光度をノイズ値(N)として、各溶液のS/N比を算出した。結果を図2に示す。
【0067】
(2.2) MALDI-TOF MSによるEB標識BSAが有するEB数の決定
アセトニトリル及びトリフルオロ酢酸を超純水に混合して、30%アセトニトリル及び0.10%トリフルオロ酢酸を含む溶液(以下、TA30溶液と呼ぶ)を調製した。シナピン酸(1.0 mg)にTA30溶液(0.10 mL)を加え、超音波処理を10分間行った。得られた溶液を遠心分離し、回収した上清をマトリックスとして用いた。上記(2.1)のEB標識BSAの溶液を10μLとり、0.20%トリフルオロ酢酸水溶液で2倍に希釈した。マイクロピペッターにZipTip U-C18(Merck Millipore社)を装着し、TA30溶液(10μL)で先端のレジンを洗浄した。そして、洗浄したレジンにEB標識BSAの溶液を吸着させた。マトリックス(3.0μL)を吸い取り、MALDIプレート(Bruker社)上にEB標識BSAを溶出させた。サンプルをプレート上で乾燥した後、Ultraflex MALDI-TOF MS(Bruker社)を用いて、各EB標識BSAの1分子当たりの質量を測定した。比較のため、コントロールを含む溶液を用いて、同様に測定した。取得したEB標識BSAの質量、BSAの質量(66463 Da)及びEBの分子量(879.86)から、1分子のEB標識ポリペプチドが有するEB数(以下、EB標識数ともいう)を下記の式から算出した。結果を表2に示す。表2では、EB標識BSAを、その調製に用いた縮合剤で示した。なお、コントロールではEBとBSAとが共有結合していないので、MALDI-TOF MS測定においてEBとBSAが解離し、EB標識数は0となった。
【0068】
(EB標識数)=[(取得したEB標識BSAの質量)-(BSAの質量)]/(EBの分子量)
【0069】
【表2】
【0070】
(2.3) 結果
図2に示されるように、縮合剤1及び2を用いて調製したEB標識BSAにおいて、S/N比が顕著に高かった。また、縮合剤3~5を用いて調製したEB標識BSAにおいて、比較的良好なS/N比が認められた。530 nmはEB水溶液の吸光波長のピークであるので、530 nmの吸光度のS/N比が高いことは、BSAに結合したEB数が多いことを示唆する。表2を参照すると、縮合剤1~6を用いて調製したEB標識BSAにおいて、当該BSA1分子につき、少なくとも1分子のEBが結合したことが示された。特に縮合剤1~3を用いた場合、EB標識数が顕著に多かった。EB標識数と530 nmの吸光度のS/N比との相関を検討した。結果を図3に示す。図3から分かるように、EB標識数が多いほど、吸光度のS/N比が高くなることが示された。
【0071】
3.疑似汚染物としてのEB標識BSAの使用
ステンレス鋼製の板(以下、ステンレス板という)の表面(約1cm2)に、縮合剤1~6を用いて調製したEB標識BSA溶液及びコントロールの溶液をそれぞれ2μg/cm2の量(BSA濃度に基づく)で塗布して乾燥させた。医療器具洗浄の分野では、残存するタンパク質の量は2μg/cm2未満であることが求められることから、EB標識BSAが塗布されたステンレス板は、洗浄後の医療器具を模していた。各EB標識BSAが塗布されたステンレス板の写真を図4に示す。図4では、EB標識BSAを、その調製に用いた縮合剤で示した。図4を参照すると、縮合剤1~6を用いて調製したEB標識BSAは、目視により存在が確認できた。特に縮合剤1~3を用いて調製したEB標識BSAは、EB由来の赤色の付着物が明確に確認できた。一方、コントロールは、目視による存在の確認は困難であった。
【0072】
4.疑似汚染物を特徴付ける指標の決定
EB標識BSAの疑似汚染物としての性能を、調製に用いた縮合剤の種類ではなく、EB標識BSA自体に基づく指標で評価することを検討した。本発明者らは、疑似汚染物の視認性は、EBのモル吸光係数とEB標識数とに相関すると考えた。そこで、EBのモル吸光係数及びEB標識数に基づくカラートーンインデックスを決定した。
【0073】
(4.1) EBのモル吸光係数の決定
EB(分子量879.86)を正確に660.0 mg秤量し、正確に50 mLとなるように超純水に溶解した。得られたEB水溶液(15 mM)を超純水で希釈して、37.5μM、18.75μM及び9.375μMのEB水溶液を調製した。各濃度のEB水溶液と、ブランクとしての超純水(EB濃度0μM)とを分光光度計で530 nmの吸光度を測定した。分光光度計のセルの光路長は1cmであった。吸光度、光路長(cm)及びEB濃度(μM)の値を用いて、下記の式からモル吸光係数(M-1cm-1)を算出した。結果を表3に示す。
【0074】
(EBのモル吸光係数)=[(EB水溶液の吸光度)-(ブランクの吸光度)]/[(EB濃度)×10-6×1]
【0075】
【表3】
【0076】
37.5μM、18.75μM及び9.375μMのEB水溶液のモル吸光係数の平均値を算出した。平均値は、76579であった。以下では、この平均値をEBのモル吸光係数として用いた。
【0077】
(4.2) EB標識BSAのカラートーンインデックス(CTI)の算出
縮合剤1~6を用いて調製したEB標識BSAのCTIを、上記(2.2)で決定したEB標識数と上記(4.1)で決定したEBのモル吸光係数の値とを用いて、下記の式から算出した。各EB標識BSAについて、CTIを含め、これまでに得たデータを表4に示す。表中、目視判定の項目の「-」は、ステンレス板上のEB標識BSAの存在を目視により確認することが困難であったことを示し、「+」は、ステンレス板上のEB標識BSAの存在を目視により確認できたことを示し、「++」は、ステンレス板上のEB標識BSAの存在を目視により、「+」の場合よりも短時間で又は瞬時に確認できたことを示す。
【0078】
(CTI)=(1分子のEB標識ポリペプチドが有するEBの数)×(EBのモル吸光係数)
【0079】
【表4】
【0080】
表4より、CTIの値が100,000以上であるEB標識BSAは、疑似汚染物として用い得ることが示された。特にCTIの値が1,000,000以上であるEB標識BSAは、視認性に優れた疑似汚染物であることが示された。
【0081】
実施例2: 疑似汚染物の調製及び評価(2)
ポリペプチドとしてカゼインを用い、DMT-MMによりEBを共有結合してEB標識カゼインを調製した。EB標識カゼインの吸光度(530 nm)及び標識数を測定した。調製したEB標識カゼインを対象物に塗布して、疑似汚染物として用い得るか否かを評価した。
【0082】
1.EB標識カゼインの調製
実施例1と同様にして、EB溶液、及びDMT-MM溶液(10 mM)を得た。カゼイン(富士フィルム和光純薬株式会社)をPBSで溶解して、カゼイン溶液を得た。EB溶液とDMT-MM溶液とを表5に示すモル比(条件1~6)で混合して、室温で10分間静置した。そして、EB及び縮合剤を含む溶液とカゼイン溶液とを100:1のモル比で混合し、室温で1時間静置した。これにより、EBとカゼインとが共有結合したEB標識カゼインを含む溶液を得た。得られた各溶液を脱塩カラムに通して精製した。各溶液の一部を分取し、タンパク質定量試薬としてPierce(商標) 660 nm Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific社)を用いて660 nmの吸光度を測定し、各溶液のカゼイン濃度を決定した。当該濃度の決定に用いた検量線は、カゼインの乾燥重量に基づいて作成した。
【0083】
【表5】
【0084】
2.EB標識カゼインが有するEB数の評価
(2.1) EB標識カゼインの吸光度(530 nm)の測定
EB標識カゼイン溶液(カゼイン濃度1.6μg/mL)について、分光光度計で530 nmの吸光度を測定した。条件1~6で調製したEB標識カゼインを含む溶液の吸光度をシグナル値(S)とし、ブランクとしてのPBSの吸光度をノイズ値(N)として、各溶液のS/N比を算出した。結果を図5に示す。
【0085】
(2.2) 1分子のEB標識カゼインが有するEB数の決定
EB標識カゼインは、MALDI-TOF MSでは測定が困難であった。そこで、条件1~6で調製したEB標識カゼイン溶液のEB濃度及びカゼイン濃度からEB標識数を算出した。具体的には、次のとおりであった。まず、上記のEB溶液をPBSで希釈して、種々の濃度でEBを含むEB溶液の希釈系列を調製した。当該希釈系列の吸光度(530 nm)を測定し、各EB濃度に対応する吸光度をプロットして検量線を作成した。当該検量線を用いて、上記(2.1)で取得したシグナル値(S)から、条件1~6で調製したEB標識カゼイン溶液のEB濃度を決定した。各溶液のEB濃度の値をカゼイン濃度の値(1.6μg/mL)で除算した。得られた値を、EB標識カゼインのEB標識数とした。当該EB標識数及びEBのモル吸光係数を用いて、実施例1の式から、EB標識カゼインのCTIを算出した。結果を表6に示す。表6では、EB標識カゼインを、その調製に用いた条件で示した。
【0086】
【表6】
【0087】
3.疑似汚染物としてのEB標識カゼインの使用
ステンレス板の表面(約1cm2)に、条件1~6で調製したEB標識カゼイン溶液をそれぞれ2μg/cm2の量(カゼイン濃度に基づく)で塗布して乾燥させた。各EB標識カゼインが塗布されたステンレス板の写真を図6に示す。図中、EB標識カゼインを、その調製に用いた条件で示した。図6を参照すると、条件1及び2で調製したEB標識カゼインは、目視によりEB由来の赤色の付着物が明確に確認できた。一方、条件3~6で調製したEB標識カゼインは、目視により存在は確認できたが、EB由来の赤色は認められなかった。比較のため、条件1~4で調製したEB標識カゼインについてのデータを表7に示す。表中、目視判定の項目の「-」は、ステンレス板上のEB標識カゼインの存在を目視により確認することが困難であったことを示し、「+」は、ステンレス板上のEB標識カゼインの存在を目視により確認できたことを示す。
【0088】
【表7】
【0089】
表7より、CTIの値が350,000以上であるEB標識カゼインは、視認性に優れた疑似汚染物であることが示された。
【0090】
実施例3: 疑似汚染物が付着した対象物の洗浄
疑似汚染物としてのEB標識BSAが付着したステンレス板を超純水又は洗浄剤の溶液で洗浄して、疑似汚染物が残存しているか否かを評価した。
【0091】
1.疑似汚染物の対象物への付着及び洗浄
縮合剤としてDMT-MMを用いて、実施例1と同様にしてEB標識BSAを調製した。EB標識BSAを含む溶液(BSA濃度5 mg/mL)を2枚のステンレス板のそれぞれに500μLずつ塗布して、風乾させた。不十分な洗浄を再現するため、一方のステンレス板を超純水(25℃)に10分間浸漬した後、表面を流水で1分間洗浄した。十分な洗浄を再現するため、もう一方のステンレス板を、アルカリ性洗浄剤(1重量%ドデシル硫酸ナトリウム(富士フイルム和光純薬株式会社)及び0.1 M水酸化ナトリウム(キシダ化学株式会社))(25℃)に10分間浸漬した後、表面を流水で1分間洗浄した。洗浄後の各ステンレス板上にEB標識BSAが残存しているか否かを目視で確認した。
【0092】
2.洗浄されたステンレス板の清浄度の評価
洗浄前及び洗浄後のステンレス板の写真を図7に示す。図7の左の写真から、洗浄前は、十分な量の疑似汚染物がステンレス板上に付着したことが示された。図7の中央の写真から分かるように、洗浄剤を用いずに水だけで洗浄した場合、ステンレス板上に赤色の付着物が認められた。これは、洗浄後にEB標識BSAが残存したことを示した。図7の右の写真から分かるように、洗浄剤を用いて洗浄した場合、ステンレス板上には付着物が認められなかった。これは、洗浄後にEB標識BSAが残存せず、完全に除去されたことを示した。このように、EB標識BSAを疑似汚染物として対象物に付着させて洗浄して、当該対象物に疑似汚染物が残存しているかを目視で確認することにより、対象物に対する洗浄操作が適切であったかを評価できることが示された。
【符号の説明】
【0093】
10: 疑似汚染物を収容した容器
11: 梱包箱
12: 添付文書
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7