(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023110930
(43)【公開日】2023-08-10
(54)【発明の名称】被覆装置、被覆方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/20 20060101AFI20230802BHJP
G01N 1/28 20060101ALI20230802BHJP
C23C 16/50 20060101ALI20230802BHJP
H01J 37/28 20060101ALN20230802BHJP
【FI】
H01J37/20 A
G01N1/28 N
C23C16/50
H01J37/28 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022011830
(22)【出願日】2022-01-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告) 令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、医療分野研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)、「1450nm計測イメージングによる分子病理解析システムの開発研究」委託研究;令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出、「気道組織における病的リモデリング(線維化)機構の解明と病態制御治療戦略の基盤構築」委託研究;令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、ムーンショット型研究開発事業、「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」、「ウイルス-人体相互作用ネットワークの理解と制御」、「免疫モジュールの計測解析技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(71)【出願人】
【識別番号】522040182
【氏名又は名称】合同会社DLC研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100121706
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128705
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 幸雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147773
【弁理士】
【氏名又は名称】義村 宗洋
(72)【発明者】
【氏名】馬場 恒明
(72)【発明者】
【氏名】池原 譲
【テーマコード(参考)】
2G052
4K030
5C101
【Fターム(参考)】
2G052AA28
2G052AB18
2G052AD32
2G052AD52
2G052DA05
2G052FD06
2G052GA35
4K030AA09
4K030AA18
4K030AA24
4K030BA01
4K030BA27
4K030CA01
4K030CA04
4K030CA06
4K030CA11
4K030CA12
4K030DA02
4K030EA03
4K030FA01
4K030GA02
4K030JA01
4K030JA17
4K030JA18
5C101AA03
5C101FF03
5C101FF23
5C101FF26
5C101FF41
(57)【要約】
【課題】スライドガラス標本とされた病理組織を構成するタンパク質や間質の線維タンパク質により形作られる微細な立体構造や凸凹表面を導電性の炭素系膜で被覆する。
【解決手段】被覆方法は、スライドガラス電極作製ステップ、配置ステップ、電圧印加ステップを実行する。スライドガラス電極作製ステップは、板状のガラスの表面にあらかじめ定めた電気抵抗率の膜を形成したスライドガラス電極を作る。配置ステップは、スライドガラス電極上に組織切片を直接配置し、スライドガラス電極を陰電極である試料台に通電できるように配置する。電圧印加ステップは、減圧状態のプラズマ発生用ガス雰囲気中で陽電極と陰電極との間に電圧を印加し、プラズマを発生させる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
組織切片の表面を膜の材料で被覆するための被覆装置であって、
真空容器と、
前記真空容器内の気体を排気する排気部と、
前記真空容器内に気体を吸気する吸気部と、
前記真空容器内に配置された陽電極と陰電極と、
前記陽電極と前記陰電極間に電圧を印加する電源部と、
板状のガラスの表面にあらかじめ定めた電気抵抗率の膜を形成したスライドガラス電極と
を備え、
前記陰電極は、導電性を有する試料台であり、
前記組織切片は、前記スライドガラス電極上に直接配置し、
前記スライドガラス電極は、前記試料台上に前記試料台と通電できるように配置する
ことを特徴とする被覆装置。
【請求項2】
請求項1記載の被覆装置であって、
前記組織切片は、ホルマリン固定・パラフィン包埋標本より薄切された組織切片であり、
前記スライドガラス電極の膜は、電気抵抗率が100Ωm以下である
ことを特徴とする被覆装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の被覆装置であって、
前記スライドガラス電極の膜の材料は、導電性の炭素系膜の材料であり、
前記吸気部から吸気する気体は、含窒素化合物、炭化水素ガスと窒素ガスとの混合ガス、もしくは炭化水素ガスと含ホウ素化合物との混合ガスである
ことを特徴とする被覆装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の被覆装置であって、
前記陽電極は接地されており、
前記電源部は、1Hz以上100kHz以下の2kV以上の負の電圧パルスを前記陰電極に繰り返し印加する
ことを特徴とする被覆装置。
【請求項5】
請求項1から3のいずれかに記載の被覆装置であって、
前記陽電極は接地されており、
前記電源部は、1kV以上の負の直流電圧を前記陰電極に印加する
ことを特徴とする被覆装置。
【請求項6】
組織切片の表面を膜の材料で被覆する被覆方法であって、
板状のガラスの表面にあらかじめ定めた電気抵抗率の膜を形成したスライドガラス電極を作るスライドガラス電極作製ステップと、
前記スライドガラス電極上に前記組織切片を直接配置し、前記スライドガラス電極を陰電極である試料台に通電できるように配置する配置ステップと、
減圧状態のプラズマ発生用ガス雰囲気中で陽電極と前記陰電極との間に電圧を印加し、プラズマを発生させる電圧印加ステップと、
を実行する被覆方法。
【請求項7】
請求項6記載の被覆方法であって、
前記組織切片は、ホルマリン固定・パラフィン包埋標本より薄切された組織切片であり、
前記スライドガラス電極の膜は、電気抵抗率が100Ωm以下である
ことを特徴とする被覆方法。
【請求項8】
請求項6または7記載の被覆方法であって、
前記スライドガラス電極の膜の材料は、導電性の炭素系膜の材料であり、
前記プラズマ発生用ガスは、含窒素化合物、炭化水素ガスと窒素ガスとの混合ガス、もしくは炭化水素ガスと含ホウ素化合物との混合ガスである
ことを特徴とする被覆方法。
【請求項9】
請求項6から8のいずれかに記載の被覆方法であって、
前記陽電極は接地されており、
前記陰電極に印加する電圧は、1Hz以上100kHz以下の2kV以上の負の電圧パルスである
ことを特徴とする被覆方法。
【請求項10】
請求項6から8のいずれかに記載の被覆方法であって、
前記陽電極は接地されており、
前記陰電極に印加する電圧は、1kV以上の負の直流電圧を印加する
ことを特徴とする被覆方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査電子顕微鏡での絶縁物の観察を可能にするために組織切片の表面に薄膜(好ましくは、導電性薄膜)を形成するための被覆装置、被覆方法に関する。
【背景技術】
【0002】
被処理基材の表面に薄膜を形成する技術として特許文献1,2などが知られている。特許文献1は、プラズマ化学気相成長(plasma chemical vapor deposition: PCVD)を用いた薄膜形成の手段を開示している。特許文献1では、薄膜形成のために、陽電極と陰電極の間に直流高電圧を印加してグロー放電を発生させる装置を使用している。ОsО4を使用した場合、導電性Оs(オスミウム)金属薄膜(Оs薄膜)がほぼ均一な厚さで、効率的に製膜できることが開示されている。特許文献2は、導電性の被処理基材をプラズマ発生部とする方法を採用して試作した装置とこれを用いた実証結果を開示している。特許文献2では、当該方法と装置を用いることにより、立体物金属表面に炭素系薄膜を形成できる装置を開示している。また、非特許文献1,2には、薄膜を形成した組織切片を観察するための電子顕微鏡が紹介されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002-004056号公報
【特許文献2】特開2004-087842号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】株式会社日立ハイテクノロジーズ、“新型卓上顕微鏡 TM4000シリーズ”,THE HITACHI SCIENTIFIC INSTRUMENT NEWS, 2017 Vol.60 No.2[令和3年11月21日検索]、インターネット<https://www.hitachi-hightech.com/file/jp/pdf/sinews/new_products/6020502.pdf>.
【非特許文献2】株式会社日立ハイテクノロジーズ、“新型の電界放出形走査電子顕微鏡「SU8200 シリーズ」を発売”,2013年5月16日[令和3年11月21日検索]、インターネット<https://www.hitachi-hightech.com/jp/about/news/2013/nr20130516.html>.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の技術を組織切片(生体試料)の表面における薄膜形成に応用すると、直流電源を使用した設計であるために、電極間の負グロー層領域の空間で、組織表面への到達以前にОs微粒子の形成が始まり、組織表面で重畳して成長することから微細構造を重畳してしまう課題があった。さらにОsО4から形成するОs薄膜は、第6周期の元素であるために、組織表面を重畳したОs膜が後方散乱電子(Backscattered electron:BSE)信号を遮りやすく、特に第4周期以下の元素に由来する信号の取得は困難になる課題があった。
【0006】
また、特許文献2の技術である自己放電電極方式によるイオン注入法により、組織(生体試料)の微細な凸凹表面に炭素系膜を形成にする可能性について検討した。特許文献2の技術は、導電性の被処理基材の表面にイオンを注入する方法であるところ、ホルマリン固定・パラフィン包埋標本より薄切し、スライドガラス上にのせた組織切片は絶縁体(非導電性)試料であることから、特許文献2の技術を組織切片表面上の薄膜作製にそのまま適用しても、被処理基材表面でプラズマを均一に発生させられない課題があった。
【0007】
本発明は、上述した問題を解決するために、ホルマリン固定・パラフィン包埋標本より薄切しスライドガラス上にのせた組織切片において、微細な凸凹のある細胞膜を構成するタンパク質や間質の線維タンパクの表面を薄膜(好ましくは、導電性の炭素系膜)で被覆することで病理組織標本を特徴づける二次電子(Secondary Electron:SE)信号を走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)で検出できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の被覆装置は、組織切片の表面を膜の材料で被覆する。本発明の被覆装置は、真空容器、排気部、吸気部、陽電極、陰電極、電源部、スライドガラス電極を備える。排気部は、真空容器内の気体を排気する。吸気部は、真空容器内に気体を吸気する。陽電極と陰電極は、真空容器内に配置されている。電源部は、陽電極と陰電極間に電圧を印加する。スライドガラス電極は、板状のガラスの表面にあらかじめ定めた電気抵抗率の膜を形成している。陰電極は、導電性を有する試料台である。組織切片は、スライドガラス電極上に直接配置する。スライドガラス電極は、試料台上に試料台と通電できるように配置する。
【0009】
本発明の被覆方法は、組織切片の表面を膜の材料で被覆する。本発明の被覆方法は、スライドガラス電極作製ステップ、配置ステップ、電圧印加ステップを実行する。スライドガラス電極作製ステップは、板状のガラスの表面にあらかじめ定めた電気抵抗率の膜を形成したスライドガラス電極を作る。配置ステップは、スライドガラス電極上に組織切片を直接配置し、スライドガラス電極を陰電極である試料台に通電できるように配置する。電圧印加ステップは、減圧状態のプラズマ発生用ガス雰囲気中で陽電極と陰電極との間に電圧を印加し、プラズマを発生させる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の被覆装置と被覆方法によれば、ホルマリン固定・パラフィン包埋標本より薄切されてスライドガラスにのせられた組織切片は、その表面は凸凹、内部には微小な小胞の存在によってスポンジ状になっているものであるが、スライドガラスとこれにのせた組織切片にプラズマを均一に発生させることができる。したがって、薄切された組織切片の複雑な立体構造物の表面に薄膜(好ましくは、導電性の炭素系薄膜)を形成できるので、走査電子顕微鏡での観察時には組織切片からの二次電子が効率良く放出されるようにできる。そのため、二次電子信号を走査電子顕微鏡で検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の被覆方法と走査電子顕微鏡での観察のフローを示す図。
【
図3】トレンチ構造のシリコンの表面に炭素系膜を形成した例を示す図。
【
図4】炭素系膜を形成した場合とОs膜を形成した場合の後方散乱電子(Backscattered Electron:BSE)信号の違いを示すための走査電子顕微鏡の画像(SEM画像)を示す図。
【
図5】炭素系膜を形成した場合とОs膜を形成した場合の二次電子(Secondary Electron:SE)信号の違いを示すための走査電子顕微鏡の画像(SEM画像)を示す図。
【
図6】電気抵抗率471Ωmの炭素系膜を形成して二次電子(Secondary Electron:SE)信号を画像化した走査電子顕微鏡の画像(SEM画像)の例を示す図。
【
図7】アスペルギルスのグロコット染色の必要性を検証する図。
【
図8】気管支上皮に生じた粘液上皮化生を、粘液細胞の特徴をグロコット染色で強調できることを検証した図。
【
図9】気管支上皮をグロコット染色した後に導電性の炭素系膜(35nm厚又は130nm厚)で被覆し、二次電子信号を画像化した走査電子顕微鏡の画像及び光学顕微鏡により取得した画像の例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、同じ機能を有する構成部には同じ番号を付し、重複説明を省略する。以下の説明において、低真空走査電子顕微鏡(非特許文献1)を用いた走査電子顕微鏡観察は、5~15kVの電子銃加速電圧で行った。電界放射型走査電子顕微鏡(非特許文献2)を用いた走査電子顕微鏡観察は、2.0~10kVの電子銃加速電圧で行った。
【実施例0013】
図1に本発明の被覆方法と走査電子顕微鏡での観察のフローを示す。
図2に本発明の被覆装置の構成例を示す。本発明の被覆方法は、組織切片の表面を膜の材料で被覆する。組織切片の表面を被覆する膜は、好ましくは炭素系膜又はオスミウム膜であり、より好ましくは炭素系膜である。被覆方法(S100)は、スライドガラス電極作製ステップ(S110)、配置ステップ(S120)、電圧印加ステップ(S130)を実行する。その後、走査電子顕微鏡での観察(S200)を行う。
【0014】
スライドガラス電極作製ステップ(S110)は、板状のガラスの表面にあらかじめ定めた電気抵抗率の膜を形成したスライドガラス電極を作る。配置ステップ(S120)は、スライドガラス電極上に組織切片を直接配置し、スライドガラス電極を陰電極である試料台に通電できるように配置する。電圧印加ステップ(S130)は、減圧状態のプラズマ発生用ガス雰囲気中で陽電極と陰電極との間に電圧を印加し、プラズマを発生させる。
【0015】
電圧印加ステップ(S130)は、被覆装置200を用いて実行すればよい。被覆装置200は、組織切片の表面を膜の材料で被覆する。被覆装置200は、真空容器270、排気部210、吸気部280、陽電極290、陰電極である試料台230、電源部260、スライドガラス電極100を備える。スライドガラス電極100は、板状のガラスの表面にあらかじめ定めた電気抵抗率の膜を形成したものである。排気部210は、真空容器270内の気体310を排気する。
【0016】
吸気部280は、真空容器270内に気体を吸気する。吸気部280は、流量調整部281,282を備えればよい。
図2に示した構造であれば、2種類の原料ガス381,382を吸気できる。吸気する気体(原料ガス)は、プラズマ発生用ガスである。プラズマ発生用ガスは、組織切片を被覆する膜の種類に応じて適宜選択することができる。炭素系膜を形成する場合、プラズマ発生用ガスとしては、炭化水素ガス(例、アセチレン)、含窒素化合物(例、アニリン)、炭化水素ガス(例、アセチレン)と窒素ガスとの混合ガス、もしくは炭化水素ガス(例、アセチレン)と含ホウ素化合物の混合ガスとすればよい。高導電性の炭素系膜を形成する場合、プラズマ発生用ガスとして、含窒素化合物(例、アニリン)、炭化水素ガス(例、アセチレン)と窒素ガスとの混合ガス、又は炭化水素ガス(例、アセチレン)と含ホウ素化合物の混合ガスを用いればよい。低導電性の炭素系膜を形成する場合、プラズマ発生用ガスとして、炭化水素ガス(例、アセチレン)を用いればよい。オスミウム膜を形成する場合、プラズマ発生用ガスとして、四酸化オスミウムガスを用いればよい。2種類の原料ガス381,382を吸気できれば、混合ガスを吸気しやすい。
【0017】
陽電極290と陰電極(試料台230)は、真空容器270内に配置されている。陽電極290は、真空容器270の内側を覆うように配置してもよいし、真空容器270自体が陽電極290の役割を果たしてもよい。「真空容器内に配置された陽電極」とは、真空容器270とは別体を陽電極290とする場合、真空容器270の内面を陽電極290とする場合、真空容器270自体を陽電極290とする場合を含んでいる。
【0018】
試料台230は導電性であり、陰電極である。試料台230は、絶縁台220によって外部と絶縁されている。スライドガラス電極100は、試料台230上に試料台230と通電できるように配置する。試料台230は、導線250を介して電源部260と接続される。スライドガラス電極100は試料台230(陰電極)と電気的に一体となる構造である。電流導入端子240は、真空容器270の外部と内部の導線250を接続する。陽電極290は、接地すればよい。このような構造にすることで、陰電極230付近の電界強度が強くなり、陰電極230付近でプラズマを発生させやすくなる。
【0019】
組織切片は、スライドガラス電極100上に直接配置する。組織切片は、例えば、ホルマリン固定・パラフィン包埋標本より薄切された組織切片である。また、スライドガラス電極作製ステップ(S110)で作製するスライドガラス電極100を被覆するあらかじめ定めた電気抵抗率の膜は、組織切片を被覆したときにチャージアップが生じないような膜であればよい。したがって、導電性の膜である方が好ましいが、一般的な導電材料である必要はなく、あらかじめ定めた電気抵抗率を有する膜の材料であればよい。例えば、「あらかじめ定めた電気抵抗率」は、電気抵抗率は100Ωm以下とすればよい。膜厚は、プラズマ発生の場となり、膜形成の反応場となりやすい膜厚であればよい。なお、スライドガラス電極100を被覆する膜としては、炭素系膜が好ましい。また、電気抵抗率と膜厚は、電気抵抗率0.25Ωm以上57Ωm以下、膜厚3nm以上100nm以下が好ましい。
【0020】
電源部260は、陽電極290と陰電極(試料台230)間に電圧を印加する。具体的には、陰電極である試料台230に、接地電位に対して1Hz以上100kHz以下の2kV以上の負の電圧パルス(高電圧ミリ秒パルス)を印加すればよい。電源部260は、例えば最高-25kVを印加できるようにすればよい。なお、試料に凹凸が少ない場合は、陽電極290を接地し、陰電極(試料台230)に、1kV以上の負の直流電圧を印加してもよい。
【0021】
被覆装置200のスライドガラス電極100の表面は、あらかじめ定めた電気抵抗率の膜(好ましくは、炭素系膜)でコートしたことにより導電性の試料台230との間に通電される構造を有している。よって、電源部260から導線250を介して最大10Aの電流を流せるようにできる。減圧状態で、流量調整部281,282で原料ガス381,382を吸気してプラズマ発生用ガス雰囲気とする。そして、試料台230に対して高電圧パルスを印加すると、組成切片付近でプラズマが発生する。
【0022】
組織切片としては、例えば、ホルマリン固定・パラフィン包埋標本より薄切された組織切片を用いることができる。組織切片の厚さは、観察対象に応じ適宜調整することができるが、例えば0.1~10μm程度とする。組織切片は、特許文献2と参考非特許文献1(K. Baba and R. Hatada, Deposition of diamond-like carbon films by plasma source ion implantation with superposed pulse. Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section B: Beam Interactions with Materials and Atoms, 2003.)に開示された方法で10μm未満の厚さとしてもよい。また、必要に応じてパラフィンの除去後に各種染色(例、蛍光顕微鏡で観察可能な蛍光色素による染色、光学顕微鏡で観察可能な色素による染色)を行ったのちに脱水乾燥させればよい。導電性の炭素系膜による被覆では、Alを含むマイヤーのヘマトキシリン染色に付した組織切片であっても、組織形態を特徴づけるSE信号の検出・画像化が可能になる。BSEを増大させるため、組織切片は、金(Au)などの金属によりドーピング処理されていてもよい。特に、炭素系膜はBSEを遮りにくいので、Au等でドーピングした組織切片を炭素系膜で被膜することにより、Au等に由来するBSE信号を良好に取得することができる。またAuでドーピングして炭素系膜で被覆することにより、管理の必要な重金属Uを使用せずに、良好なBSE信号の検出・可視化が可能となる。グロコット染色ではAuが組織切片に導入されるが、グロコット染色した組織切片を導電性の炭素系膜で被膜して、走査電子顕微鏡によりBSE信号とSE信号を画像化することにより良好なSEM画像を取得することが可能であり、例えば、アスペルギルスなどの真菌や粘液空胞をSEM画像中で確認することも可能である。そして、スライドガラス電極に配置した状態で被覆装置200の試料台230上へ配置すればよい。
【0023】
被覆装置200では、あらかじめ定めた電気抵抗率の膜(好ましくは、炭素系膜)で被覆したスライドガラス電極100は、試料台230を介して通電される構造となっている。これにより、電源部260が生成する高電圧ミリ秒パルスが印加されるので、スライドガラス電極100の表面とスライドガラス電極100上の薄切された組織切片は、プラズマ発生の場となり、膜(好ましくは、炭素系膜)形成の反応場となる。被覆装置200はこのような原理で組織切片の表面に薄膜(好ましくは、導電性の薄膜)を形成する(膜の構成材料(好ましくは、導電性物質)で被覆する)ので、スライドガラス電極100は試料台230と電気的に一体となる構造であり、高電圧ミリ秒パルスを印加できる構造であれば良い。
【0024】
被覆装置200では、減圧状態のプラズマ発生用ガス雰囲気中で、アーク放電を生じない電圧の範囲内で接地電位に対して負の高電圧パルスを繰り返し印加できる。そのため、試料台230上のスライドガラス電極100上にある組織切片を、実質的に自己放電電極としてプラズマ発生の場とし、膜形成の反応場にできる。よって、被覆装置200では、イオンはスポンジ状の組織切片の内部やその表面で発生し、組織切片の内部の構造タンパク質周囲へと引き寄せられることで、構造タンパク質の表面で膜(好ましくは、炭素系膜)の形成が進む。
【0025】
走査電子顕微鏡での観察において、良好な二次電子放出を達成するため、組織切片の表面を被覆する膜は導電性であることが好ましい。組織切片の表面に形成する膜の電気抵抗率は、例えば585Ωm以下である。本発明者らは、本発明の方法により、組織切片の表面を27.2Ωm~585Ωmの電気抵抗率の炭素系膜で被覆し、走査電子顕微鏡で観察することにより、組織切片から二次電子が効率よく放出され、二次電子信号の取得を通じた良好な可視化が可能になることを確認している。なお、原料ガスとして炭化水素ガス(例、アセチレン)のみを用いると、膜厚35nmで抵抗値2GΩが測定限界の抵抗測定器でも電気抵抗率を測定できない程度の低導電性の炭素系膜を形成することもできる。組織切片の表面を被覆する膜の膜厚は、厚すぎると、試料表面の微細構造を覆い隠してしまい、また光学顕微鏡での観察を困難としてしまうため、できるだけ薄い方がよいが、薄すぎると膜が連続せず帯電を引き起こしてしまう。炭素系膜の膜厚を、例えば、3nm~130nm(好ましくは、35nm~130nm)とすることにより、光学顕微鏡による良好な観察と、高い空間分解能のあるSE信号の検出・画像化が可能となる。オスミウム膜の膜厚は、例えば、1nm~10nm程度(例、2.5~5nm)とする。
【0026】
被覆方法(S100)の後、走査電子顕微鏡での観察(S200)を行う。観察では、被覆方法(S100)で表面を膜(好ましくは、導電性の炭素系膜)で被覆した組織切片を、非特許文献1,2などの走査電子顕微鏡で観察すればよい。
【0027】
図3は、トレンチ構造のシリコンの表面に炭素系膜を形成した例を示す図である。
図3(A)はトレンチ構造全体を示す図、
図3(B)は
図3(A)の実線の部分を拡大した図である。この例では、深さ10μmの開口広さを有するシリコン製トレンチ構造を試料台230上に設置し、原料ガスとしてアセチレンを流量調整部281により濃度調節を行って導入し、パルス電圧-18kV、パルス周波数1kHzで炭素系膜形成を行った。処理後シリコンウエハを切断し、炭素系膜の生成状況について断面をSEMにより観察すると、シリコン基板のトレンチ側面にも形成された炭素系膜を確認できる(
図3)。
【0028】
図4は、炭素系膜を形成した場合とОs膜を形成した場合の後方散乱電子(Backscattered Electron:BSE)信号の違いを示すための走査電子顕微鏡の画像(SEM画像)を示す図である。
図4(A)は35nmの厚みの炭素系膜、
図4(B)は130nmの厚みの炭素系膜、
図4(C)は2.5nmのОs膜、
図4(D)は5nmのОs膜の例である。被覆装置200では、真空排気した真空容器270に導電性のある炭素系膜を形成できる各種組成を原料ガスとして用いる。たとえば、気化させたアセチレンを原料ガス381として流量調整部281で所定量導入し、同時に原料ガス382として窒素ガスを流量調整部282により所定量導入しておく。そして、真空容器270を3Paに保ち、電源部260より導線250を介して試料台230上のスライドガラス電極100に-8KVで1kHzの高電圧ミリ秒パルスを26分にわたって印加しつづけると35nmの厚みで導電性のある炭素系膜が形成される。98分にわたって印加しつづけると130nmの厚みで導電性のある炭素系膜が形成される(
図4(A),(B))。Оs膜の場合、2.5nmから5nmへ厚みが増しただけで組織表面にОsが重畳し、これより大きくなるとBSE信号を取ることができなくなるが(
図4(C),(D))、炭素系膜では130nmの厚みとなっても支障なくBSE信号を取得できる。
【0029】
図5は、炭素系膜を形成した場合とОs膜を形成した場合の二次電子(Secondary Electron:SE)信号の違いを示すための走査電子顕微鏡の画像(SEM画像)を示す図である。
図5(A)は導電性の高い炭素系膜、
図5(B)は低導電性の炭素系膜、
図5(C)はОs膜の例である。
図5(A)は、被覆装置200を用いて、気化させたアニリンを原料ガス381として流量調整部281により所定量導入しながら、-8kV、1kHzのパルス電圧を膜厚35nmとなるように20分間にわたり印加することで、電気抵抗率471Ωmの導電性のある炭素系膜を形成した例である。
図5(A)の場合、二次電子(Secondary Electron:SE)信号を検出するSEM画像では、粘液小胞の周囲の微細な凸凹構造や繊細な細胞表面の絨毛構造を確認できる。
図5(B)は、被覆装置200を用いて、アセチレンを原料ガス381として流量調整部281により所定量を真空容器に導入しながら、-8kV、1kHzのパルス電圧を20分間にわたり印加することで、測定限界が2000kΩ(2GΩ)である絶縁抵抗計(三和電気計測株式会社製、DM1528S)で電気抵抗率が計測不能なレベルの大きさの導電性の低い膜厚35nmの炭素系膜を形成した例である。
図5(B)の場合、粘液小胞の周囲の微細な凸凹構造や細胞表面の絨毛の観察は困難である。
図5(C)は、2.7nmの厚みのОs膜を形成した例である。
図5(C)の場合は、
図5(B)の結果と同じように、粘液小胞の周囲の微細な凸凹構造や細胞表面の絨毛の観察は困難である。これらより、導電性の低い炭素系膜での被覆やОs膜での被覆に比べて導電性の高い炭素系膜は、高い空間分解能のあるSE信号の検出・画像化が可能になる。
【0030】
図6は、電気抵抗率471Ωmの炭素系膜を形成して二次電子(Secondary Electron:SE)信号を画像化した走査電子顕微鏡の画像(SEM画像)の例である。
図6(A)~(D)はすべて、マイヤーのヘマトキシリンでマウス肺組織を染色した後に、被覆装置200を用いて気化させたアニリンを原料ガス381として流量調整部281により所定量を真空容器に導入しながら、-8kV、1kHzのパルス電圧を膜厚35nmとなるように20分間にわたり印加して、電気抵抗率471Ωmの炭素系膜を形成して、SE信号を画像化したSEM画像である。電気抵抗率471Ωmの炭素系膜による被覆では、Alを含むマイヤーのヘマトキシリン染色であっても、組織形態を特徴づけるSE信号の検出・画像化が可能になる。
【0031】
図7は、アスペルギルスをグロコット染色の必要性を検証する図である。
図7(A)~(C)はアスペルギルスをグロコット染色した例である。
図7(D)~(F)はアスペルギルスをグロコット染色しなかった例である。
図7(A)と
図7(D)は、光学顕微鏡で撮影した画像である。
図7(B)と
図7(E)は、BSE信号を画像化したSEM画像である。
図7(C)と
図7(F)は、SE信号を画像化したSEM画像である。
図7の例では、深在真菌感染であるアスペルギルスをグロコット染色により描出し、被覆装置200において気化させたアニリンを原料ガス381として流量調整部281により所定量を真空容器に導入しながら、-8kV、1kHzのパルス電圧を膜厚35nmとなるように20分間にわたり印加して、電気抵抗率471Ωmの炭素系膜を形成している。BSE信号とSE信号を画像化したSEM画像を取得すると、電気抵抗率471Ωmの炭素系膜によるコートを行った場合、アスペルギルスはグロコット染色を行わなくても、BSE信号とSE信号を画像化したSEM画像において確認することが可能になる。
【0032】
図8は、気管支上皮に生じた粘液上皮化生を、粘液細胞の特徴をグロコット染色で強調できることを検証した図である。次に、気管支上皮に生じた粘液上皮化生について、グロコット染色により粘液小胞を染色したのち、被覆装置200を用いて気化させたアニリンを原料ガス381として流量調整部281より所定量を真空容器270に導入しながら、-8kV、1kHzのパルス電圧を膜厚35nmとなるように20分間にわたり印加して、電気抵抗率471Ωmの炭素系膜を形成した。
図8(A)は、走査電子顕微鏡でBSE信号を取得して画像化した例で、グロコット染色で染色された粘液空胞が強調されている。
図8(B)は、走査電子顕微鏡でグロコット染色で特徴づけられた粘液空胞のSE信号を取得して画像化した例である。
図8(C)と
図8(D)は、グロコット染色で導入された金の分布を、エネルギー分散型X線分析(Energy Dispersive X-ray spectroscopy,EDX)により検出した結果である。
【0033】
図9は、グロコット染色した気管支上皮を光学顕微鏡及び走査電子顕微鏡で観察した結果である。
図9(A)~
図9(D)については、気管支上皮をグロコット染色で染色したのち、被覆装置200を用いて気化させたアニリンを原料ガス381として流量調整部281より所定量を真空容器270に導入しながら、-8kV、1kHzのパルス電圧を膜厚35nm又は130nmとなるように20分間にわたり印加して、電気抵抗率471Ωmの炭素系膜を形成した。
図9(A)と
図9(B)は、光学顕微鏡像の例である。
図9(C)と
図9(D)は、走査電子顕微鏡でSE信号を取得して画像化した例である。
図9(A)と
図9(C)は膜厚35nm、
図9(B)と
図9(D)は膜厚130nmである。膜厚35nm及び130nmの導電性の炭素系膜で被覆した場合に、良好な光学顕微鏡像と走査電子顕微鏡像が同時に取得できた。
図9(E)は、気管支上皮をグロコット染色で染色したのち、
図4(A)と同様に、被覆装置200を用いて、アセチレン及び窒素ガスを原料ガスとして真空容器270に導入し、パルス電圧を印加して、組織切片の表面を導電性のある炭素系膜で被覆し、走査電子顕微鏡でSE信号を取得して画像化した例である。
【0034】
被覆装置200は、ホルマリン固定・パラフィン包埋標本より薄切された組織切片に炭素系膜を形成してSEM用試料とする。走査電子顕微鏡に内蔵された電子銃から照射された電子が、その入射エネルギーがそれ程高くないにも拘わらず、試料に形成された炭素系膜を透過し、それにより二次電子又は透過電子を検出することができる。それにより、走査電子顕微鏡等により組織切片を観察することができること、試料表面に溜まった電荷が炭素系膜を介して放出されるのでチャージアップの問題が発生しないことを見出した。本発明によれば、病理診断に用いられるホルマリン固定・パラフィン包埋標本より薄切された組織切片であっても、変形させずに試料そのものの状態を損なうことなく高倍率で観察することができる。
【0035】
本発明の被覆装置と被覆方法によれば、表面に凸凹が存在するホルマリン固定・パラフィン包埋標本、もしくは切片内部に微小な小胞が存在してスポンジ状になっているホルマリン固定・パラフィン包埋標本より薄切された組織切片においても、プラズマを均一に発生させることができる。したがって、組織切片の表面に薄膜(好ましくは、導電性の炭素系の薄膜)を形成できるので、走査電子顕微鏡での観察時には組織切片からの二次電子が効率良く放出されるようにできる。そのため、二次電子信号を走査電子顕微鏡で検出できる。
【0036】
なお、今回開示された実施の形態は全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、今回開示された実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示された範囲内又は特許請求の範囲と均等の範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。