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特開2023-110935化合物、並びにそれを用いた酸及び塩基感応型のガスセンサ材料、発光材料及び酸塩基指示薬
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  • 特開-化合物、並びにそれを用いた酸及び塩基感応型のガスセンサ材料、発光材料及び酸塩基指示薬 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023110935
(43)【公開日】2023-08-10
(54)【発明の名称】化合物、並びにそれを用いた酸及び塩基感応型のガスセンサ材料、発光材料及び酸塩基指示薬
(51)【国際特許分類】
   C07F 5/02 20060101AFI20230803BHJP
   C09K 11/06 20060101ALI20230803BHJP
   C07D 213/30 20060101ALI20230803BHJP
   G01N 31/22 20060101ALI20230803BHJP
   G01N 21/78 20060101ALI20230803BHJP
   G01N 21/80 20060101ALI20230803BHJP
【FI】
C07F5/02 A CSP
C09K11/06
C07D213/30
G01N31/22 123
G01N21/78 C
G01N21/80
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022012473
(22)【出願日】2022-01-29
(71)【出願人】
【識別番号】800000068
【氏名又は名称】学校法人東京電機大学
(74)【代理人】
【識別番号】100151183
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】足立 直也
【テーマコード(参考)】
2G042
2G054
4C055
4H048
【Fターム(参考)】
2G042AA03
2G042BE01
2G042BE02
2G042CB01
2G042DA08
2G042FA12
2G054AA01
2G054BB01
2G054BB06
2G054BB10
2G054CA03
2G054CA05
2G054CA06
2G054CA10
2G054CE02
2G054EA03
2G054EA04
2G054EA05
2G054EA06
2G054GA02
2G054GA03
2G054GA04
2G054GB01
2G054GB02
2G054GB04
2G054GB05
4C055AA01
4C055BA03
4C055BA16
4C055BB02
4C055CA01
4C055DA01
4C055FA11
4C055GA02
4H048AA01
4H048AB92
4H048AB99
4H048AC90
4H048VA11
4H048VA20
4H048VA32
4H048VA75
4H048VB10
(57)【要約】      (修正有)
【課題】感度良く検出対象を検出可能であり、かつその検出情報を色調や蛍光発光の変化という形で目視でも直感的に知覚することのできる、新規な化合物及びそれを用いた酸や塩基の検出材料等を提供すること。
【解決手段】下記一般式(1)で表す共役化合物と、下記化学式(2)で表すトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランとのルイス錯体となる化合物を用いる。下記一般式(1)において、各Arは、少なくとも1つのArがピリジン環であることを条件に、それぞれ独立に置換基を有してもよい芳香環であり、上記置換基として各Arの合計で少なくとも4個のアルキルオキシ基を備え、nは1以上の整数である。なお、二重結合及び破線の組み合わせで表す結合はそれぞれ独立に二重結合又は三重結合である。

【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表す共役化合物と、下記化学式(2)で表すトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランとのルイス錯体となる化合物。
【化1】
(上記一般式(1)において、各Arは、少なくとも1つのArがピリジン環であることを条件に、それぞれ独立に置換基を有してもよい芳香環であり、前記置換基として各Arの合計で少なくとも4個のアルキルオキシ基を備え、nは1以上の整数であり、下記二重結合及び破線の組み合わせで表す結合はそれぞれ独立に二重結合又は三重結合である。)
【化2】
【請求項2】
前記一般式(1)で表す共役化合物が、下記一般式(1a)で表す共役化合物である請求項1記載の化合物。
【化3】
(上記一般式(1a)において、各Arは、少なくとも1つのArがピリジン環であることを条件に、それぞれ独立に置換基を有してもよい芳香環であり、前記置換基として各Arの合計で少なくとも4個のアルキルオキシ基を備える。)
【請求項3】
前記一般式(1)で表す共役化合物が、下記一般式(1b)で表す共役化合物である請求項1又は2記載の化合物。
【化4】
(上記一般式(1b)において、各Rは、それぞれ独立に、炭素数1~30のアルキル基であり、m及びpは、(m+p)が4以上であることを条件に、それぞれ独立に1~5の整数である。)
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項記載の化合物を含んでなる酸及び塩基感応型のガスセンサ材料。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項記載の化合物を含んでなる発光材料。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか1項記載の化合物を含んでなる酸塩基指示薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化合物、並びにそれを用いた酸及び塩基感応型のガスセンサ材料、発光材料及び酸塩基指示薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アンモニア等のような塩基性ガスや塩化水素等のような酸性ガスは、各種の化学品の合成に用いられる有用な化合物であり、現代の化学産業において大量に生産及び消費されているのは周知の通りである。しかし、これらのガスは、その有用さの反面、高濃度のものは人体に対して有害であったり、例えば悪臭防止法で大気中の濃度が規制されるように低濃度であっても環境に影響を与えたりすることは広く知られるところである。
【0003】
以上のことから、各種のガスセンサが用いられている。例えば、特許文献1には窒素酸化物ガスセンサが提案され、特許文献2には金属酸化物を検出部位とした半導体型のアンモニアガスセンサが提案されている。これらは、電気化学的な手法を用いたものであり、高感度ではあるが電源や設置場所の問題を生じがちである。また、そのようなガスセンサの多くは、数値データ等の形で検出対象の存在を示すものが多く、直感的にその存在を判別しにくいものではある。
【0004】
このような状況のもと、本発明者により、室温で液状を示す共役系化合物を酸性ガスやアンモニアのセンサとして用いることが提案されている(特許文献3、4を参照)。これらの共役系化合物は、蛍光を有し、酸性ガスやアンモニアに曝露されるとその蛍光色調や強度を変化させるので、目視という直感的な手段によりこれらのガスの存在を把握するのに役立つものである。なお、特許文献3に記載された共役系化合物は、酸性物質及び塩基性物質の両方を検出可能とされているが、実施例にてその効果が実証されているのは酸性物質のみであり、また、特許文献4に記載された共役系化合物は、塩基性ガスであるアンモニアを検出するためのものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2012-504237号公報
【特許文献2】特開2010-071658号公報
【特許文献3】特開2018-076251号公報
【特許文献4】特開2021-143140号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上の背景からなされたものであり、感度良く検出対象を検出可能であり、かつその検出情報を色調や蛍光発光の変化という形で目視でも直感的に知覚することのできる、新規な化合物及びそれを用いた酸や塩基の検出材料等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、以上の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、複数の芳香環を含んで共役系を形成している化合物において、その共役系の一部をピリジン環とし、そのピリジン環の窒素原子に所定のルイス酸を配位させた化合物が、酸や塩基の存在下で色調や蛍光発光を変化させることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は、以下のようなものを提供する。
【0008】
(1)本発明は、下記一般式(1)で表す共役化合物と、下記化学式(2)で表すトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランとのルイス錯体となる化合物である。
【化1】
(上記一般式(1)において、各Arは、少なくとも1つのArがピリジン環であることを条件に、それぞれ独立に置換基を有してもよい芳香環であり、上記置換基として各Arの合計として少なくとも4個のアルキルオキシ基を備え、nは1以上の整数であり、下記二重結合及び破線の組み合わせで表す結合はそれぞれ独立に二重結合又は三重結合である。)
【化2】
【0009】
(2)また本発明は、上記一般式(1)で表す共役化合物が、下記一般式(1a)で表す共役化合物である(1)項記載の化合物である。
【化3】
(上記一般式(1a)において、各Arは、少なくとも1つのArがピリジン環であることを条件に、それぞれ独立に置換基を有してもよい芳香環であり、前記置換基として各Arの合計で少なくとも4個のアルキルオキシ基を備える。)
【0010】
(3)また本発明は、上記一般式(1)で表す共役化合物が、下記一般式(1b)で表す共役化合物である(1)項又は(2)項記載の化合物である。
【化4】
(上記一般式(1b)において、各Rは、それぞれ独立に、炭素数1~30のアルキル基であり、m及びpは、(m+p)が4以上であることを条件に、それぞれ独立に1~5の整数である。)
【0011】
(4)本発明は、(1)項~(3)項のいずれか1項記載の化合物を含んでなる酸及び塩基感応型のガスセンサ材料でもある。
【0012】
(5)本発明は、(1)項~(3)項のいずれか1項記載の化合物を含んでなる発光材料でもある。
【0013】
(6)本発明は、(1)項~(3)項のいずれか1項記載の化合物を含んでなる酸塩基指示薬でもある。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、感度良く検出対象を検出可能であり、かつその検出情報を色調や蛍光発光の変化という形で目視でも直感的に知覚することのできる、新規な化合物及びそれを用いた酸や塩基の検出材料等が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、酸性ガス・塩基性ガス非曝露時、酸性ガス曝露時、及び塩基性ガス曝露時の化合物14の薄膜についての蛍光スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る化合物、酸及び塩基感応型のガスセンサ材料、発光材料及び酸塩基指示薬の各一実施形態についてそれぞれ説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲において適宜変更を加えて実施することができる。
【0017】
[化合物]
まずは、本発明の化合物の一実施形態について説明する。本発明の化合物は、下記一般式(1)で表すπ共役系化合物と下記一般式(2)で表すトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランとのルイス錯体となる化合物である。下記一般式(1)で表す化合物は、少なくとも1つのArがピリジン環であり、複数の芳香環を含むπ共役系を備えることから蛍光発光を示す。また、この化合物は、π共役系の中に組み込まれたピリジン環の窒素原子が、ルイス酸である下記一般式(2)で表すトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランのホウ素原子へ配位してルイス錯体を形成する。
【0018】
【化5】
【0019】
このルイス錯体では、下記化学式に示すように、配位子であるトリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン[B(PFPh)]が酸性ガス(酸性化合物)や塩基性ガス(塩基性化合物)の存在によりピリジンの窒素原子から離れ、それに応じてπ共役系の電子状態が変化する。そして、この電子状態の変化は、π共役系に基づく蛍光発光や色調の変化として捉えられる。これら変化は、下記化学式に示すように、ピリジン環の窒素原子に配位する化学種が変わることによりもたらされ、可逆的である。すなわち、例えばこのルイス錯体となる化合物を基板上に塗布して薄膜を形成させた場合、この薄膜は、塩化水素のような酸性ガスやアンモニアのような塩基性ガスに曝露されると、そのガスに応じて蛍光や色調を変化させるが、その曝露が停止すると速やかにもとの蛍光発光や色調に戻る。本発明の化合物は、このような性質を備えるため、酸性ガスや塩基性ガスの存在を目視で直感的に把握するのに役立つものとなる。なお、下記の化学式では、理解を助けるために、上記一般式(1)で表す化合物として1つのピリジン環と2つのベンゼン環とを備えたπ共役化合物を例に挙げて説明したが、本発明はこれに限定されるものでない。また、下記の化学式では、塩基性ガスとしてアンモニアを用いた場合を例示したが、本発明はこれに限定されるものでない。
【0020】
【化6】
【0021】
上記一般式(1)において、各Arは、少なくとも1つのArがピリジン環であることを条件に、それぞれ独立に置換基を有してもよい芳香環である。このような芳香環としては、ベンゼン環、ナフタレン環、ピリジン環等が挙げられ、これらの中でもベンゼン環が好ましく例示できる。なお、「各~は、それぞれ独立に」とは、複数存在する~のそれぞれが独立して決定されるという意味であり、これらは、互いに同一でもよいし異なってもよい。このような表現は、本明細書で度々用いられるが、いずれも意味は同じである。
【0022】
なお、上記一般式(1)で表す化合物は、上記置換基として各Arの合計として少なくとも4個のアルキルオキシ基を備える。これら4つのアルキルオキシ基は、複数のArに分散して結合してもよいし、1つのArのみに結合してもよく、互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。これらのアルキルオキシ基は、一般式(1)で表す化合物を、室温で液状を呈するものとするためのものである。したがって、アルキルオキシ基としては、長鎖アルキル基を備えたものが好ましく選択され、中でも分岐を有するものがより好ましく選択される。このようなアルキルオキシ基のアルキル基部分としては、炭素数1~30程度のものが好ましく選択され、炭素数8~30程度のものがより好ましく選択され、炭素数8~20程度のものがさらに好ましく選択される。このようなアルキル基部分としては、オクチル基、2-エチルヘキシル基、ノニル基、デシル基、ドデシル基、ウンデシル基、2-オクチルドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ナノデシル基、イコシル基等が挙げられ、これらの中でも、2-オクチルドデシル基を好ましく例示できる。
【0023】
上記一般式(1)で表す化合物が上記のように室温で液体を呈するものであることにより、上記一般式(1)で表す化合物とトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランとのルイス錯体となる本発明の化合物が室温で液体を呈するものとなり、例えばこの化合物を所望の基材に塗布して薄膜を形成させるのが容易になるなど、この化合物のハンドリングが容易になる。なお、「常温で液体を呈する」とは、溶媒を用いずとも、この化合物自体が常温おいて液状であることを意味する。また、「常温」とは、この化合物がガスセンサ材料等として適用される環境の温度を意味し、多くの場合、-10℃程度から50℃程度の範囲となる。
【0024】
上記一般式(1)において、nは、Arの繰り返し数を表し、1~5の整数である。これらの中でも、nが1であることを好ましく例示できる。
【0025】
上記一般式(1)において、各Arを結合するのはエテニレン基(-CH=CH-;ビニレン基とも呼ばれる。)又はエチニレン基(-C≡C-)である。上記一般式(1)において各Arの間に存在する炭素-炭素間において二重結合及び破線の組み合わせで表す下記結合は、二重結合又は三重結合を表す。
【0026】
【化7】
【0027】
この結合は、nの値により複数存在することになるが、その場合、各結合はそれぞれ独立に二重結合及び三重結合の中から任意に選択される。なお、この結合が二重結合である場合、その結合はシス型又はトランス型のいずれかとなるが、トランス型であることが好ましい。上記一般式(1)では、この結合を便宜上トランス型の結合角度で表しているが、この結合はシス型であってもよいし、この結合が三重結合である場合にはその結合角度は180°となる。このことは後述する(1a)及び(1b)でも同様である。
【0028】
上記化学式(2)で表す化合物は、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボランである。この化合物は、それに含まれるホウ素原子が空のp軌道を有し、ルイス酸として作用する。ルイス酸であるトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランに、一般式(1)に含まれるピリジンの窒素原子が配位することは既に述べた通りである。本発明は、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボランが適度なルイス酸性を示し、これにピリジンが配位した化学種が、酸性ガスや塩基性ガスの存在によりトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランを解離させるとの知見に基づいて完成されたものである。
【0029】
上記一般式(1)で表す化合物として、さらに具体的には、下記一般式(1a)で表す化合物を挙げることができる。
【0030】
【化8】
【0031】
上記一般式(1a)において、各Arは、少なくとも1つのArがピリジン環であることを条件に、それぞれ独立に置換基を有してもよい芳香環であり、当該置換基として各Arの合計で少なくとも4個のアルキルオキシ基を備える。これらのことは既に一般式(1)について説明したものと同様である。
【0032】
上記一般式(1a)は、上記一般式(1)おいて、Ar間の結合を二重結合に、nを1にそれぞれ特定したものに該当する。上記一般式(1a)では、二重結合の結合角を便宜上トランス型で表したが、この結合はシス型であってもよい。なお、これら二重結合の結合角はトランス型であることが好ましい。
【0033】
上記一般式(1a)で表す化合物として、さらに具体的には、下記一般式(1b)で表す化合物を挙げることができる。
【0034】
【化9】
【0035】
上記一般式(1b)において、各Rは、それぞれ独立に、炭素数1~30のアルキル基である。各OR基は、上記一般式(1)及び(1a)におけるアルキルオキシ基に該当し、一般式(1b)で表す化合物を室温で液状を呈するものとするためのものである。したがって、Rとしては、長鎖アルキル基が好ましく選択され、中でも分岐を有するものがより好ましく選択される。このようなアルキル基としては、炭素数1~30程度のものが好ましく選択され、炭素数8~30程度のものがより好ましく選択され、炭素数8~20程度のものがさらに好ましく選択され、一例としては、オクチル基、2-エチルヘキシル基、ノニル基、デシル基、ドデシル基、ウンデシル基、2-オクチルドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ナノデシル基、イコシル基等が挙げられ、これらの中でも、2-オクチルドデシル基を好ましく例示できる。
【0036】
上記一般式(1b)において、m及びpは、(m+p)が4以上であることを条件に、それぞれ独立に1~5の整数である。上記一般式(1)の説明で述べたように、各Ar(すなわち芳香環)は、化合物(1)が常温で液状を呈すべく、各Arの合計で少なくとも4個のアルキルオキシ基を備える。上記一般式(1b)の化合物は、3個の芳香環を備えた分子であり、その分子の両端に存在する芳香環に合計で(m+p)個のアルキルオキシ基を備え、これが4以上となる。このことは、上記一般式(1)及び(1a)における「各Arの合計で少なくとも4個のアルキルオキシ基を備える」という事項に対応する。
【0037】
上記一般式(1b)で表す化合物の具体的な一例として、下記化学式で表すものを挙げることができる。なお、本発明の化合物がこの例に限定されるものでないことは言うまでも無い。
【0038】
【化10】
【0039】
上記一般式(1)で表す化合物は、常温で液体であり、上記一般式(2)で表すトリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン[B(PFPh)]が添加されることにより、速やかにこれとルイス錯体を形成する。このときの化学反応の一例として下記の化学反応式を示す。なお、本発明の化合物がこの例に限定されるものでないことは言うまでも無い。
【0040】
【化11】
【0041】
ルイス錯体となる本発明の化合物を合成するための経路の一例として、下記に示すスキームを示すことができる。なお、下記のスキーム中において、BPOは過酸化ベンゾイルを、NBSはN-ブロモスクシンイミドを、PPhはトリフェニルホスフィンを、tBuOKはカリウム-tert-ブトキシドを、それぞれ意味する。
【0042】
【化12】
【0043】
<酸及び塩基感応型のガスセンサ材料>
ルイス錯体である上記本発明の化合物を含んでなる酸及び塩基感応型のガスセンサ材料もまた本発明の一つである。
【0044】
既に述べたように、ルイス錯体である上記本発明の化合物は、酸性ガスや塩基性ガスに曝露されると、ルイス酸であるトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランが、共役系に組み込まれたピリジンの窒素原子から解離し、共役系の電子状態が変化する。この電子状態の変化は、蛍光発光や色調の変化として肉眼で観察できるので、本発明の化合物は、これらのガスの存在を直感的に把握するのに役立つ。
【0045】
観察対象となる酸性ガスとしては、塩化水素、トリフルオロ酢酸、酢酸、窒素酸化物(NO)、硫黄酸化物(SO)、フッ化水素、ホスゲン等が挙げられる。また、観察対象となる塩基性ガスとしては、アンモニア、トリエチルアミン、トリメチルアミン、ピリジン等が挙げられる。
【0046】
本発明のガスセンサ材料は、ルイス錯体となる本発明の化合物を含むものであればよく、その形態は問わない。本発明のガスセンサ材料に上記本発明の化合物を含ませる方法は、特に問わない。このような方法の一例として、本発明の化合物そのものをガスセンサ材料とする方法、本発明の化合物を基材の表面に塗布してこれをガスセンサ材料とする方法、本発明の化合物を樹脂等の基材に練り込んでこれをガスセンサ材料とする方法、本発明の化合物を溶媒に溶解させてこれをガスセンサ材料とする方法等が挙げられる。特に、本発明の化合物は、常温においてそれ自身が液状を示すので、ガスセンサ材料として所望の場所に適用することが可能である。
【0047】
本発明のガスセンサ材料が酸性ガスや塩基性ガスを検出したか否かは、その蛍光発光や色調を観察することで判別される。蛍光発光を用いる場合、紫外光を含む光の照射が必要である。このような光を発する光源としては、太陽(すなわち太陽光)、ブラックライト、紫外LED、高圧水銀ランプ、メタルハライドランプ、キセノンランプ等を挙げることができる。
【0048】
本発明のガスセンサ材料は、上記の光源からの光を受けることにより蛍光発光を示すほか可視光の吸収による呈色もある。そして、酸性ガスや塩基性ガスを検知するとその蛍光発光や色調が変化する。これにより、本発明のガスセンサ材料は、肉眼でも識別可能な酸性ガス及び塩基性ガス検出材料として機能する。蛍光発光の観察方法としては、肉眼のほか、蛍光スペクトル分光計をはじめとして、各種の分光器を用いることも可能であるし、色調変化の観察方法としては、肉眼のほか、紫外可視吸収スペクトル分光計等を用いることも可能である。
【0049】
<発光材料>
ルイス錯体となる本発明の化合物を含んでなる発光材料もまた本発明の一つである。
【0050】
本発明の化合物は、π共役化合物とトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランとのルイス錯体であり、大きなπ共役系の存在に基づいて強い蛍光を示す。このため、発光材料としても有用である。
【0051】
本発明の化合物を発光させるには、本発明の化合物を励起手段により励起させればよい。このような励起手段としては、光(紫外線)、電場等を挙げることができる。
【0052】
<酸塩基指示薬>
ルイス錯体である上記本発明の化合物を含んでなる酸塩基指示薬もまた本発明の一つである。
【0053】
既に述べたように、本発明の化合物は、酸性環境や塩基性環境に置かれると、ルイス酸であるトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランが、共役系に組み込まれたピリジンの窒素原子から解離し、共役系の電子状態が変化する。この電子状態の変化は、蛍光発光や色調の変化として検出可能なので、本発明の化合物は酸塩基指示薬としても有用である。
【実施例0054】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、以下の合成例において示す化学反応式に記した化合物番号は、上記本発明の化合物の合成スキームで示した化合物番号に対応する。
【0055】
・2,6-ビス(ブロモメチル)ピリジンの合成
【化13】
【0056】
2,6-ジメチルピリジン(1.0g、9.33×10-3mol)を四塩化炭素(10mL)に溶解させ、これにN-ブロモスクシンイミド(NBS;3.65g、2.05×10-2mol)、及び過酸化ベンゾイル(BPO;0.23g、9.33×10-4mol)を加えて、窒素気流下、75℃で16時間撹拌した。その後、反応混合物を室温まで冷却し、自然濾過を行って濾液を減圧濃縮した。その後、ヘキサンを加えて再度自然濾過を行い、濾液を減圧濃縮することで、透明な液体の2,6-ビス(ブロモメチル)ピリジンを得た。これをそのまま次の反応に用いた。収量は2.30g(収率93%)だった。
【0057】
・(ピリジン-2,6-ジイルビス(メチレン))ビス(トリフェニルホスホニウム)ブロミド(11)の合成
【化14】
【0058】
上記の手順で調製した2,6-ビス(ブロモメチル)ピリジン(2.30g、8.68×10-3mol)をトルエン(10mL)に溶解させ、これにトリフェニルホスフィン(PPh;3.42g、1.30×10-2mol)を加えて、120℃で2時間撹拌した。その後、反応混合物を温かいまま吸引濾過し、得られた固体をトルエン及びヘキサンでよく洗浄した。これを60℃で乾燥させて白色固体の(ピリジン-2,6-ジイルビス(メチレン))ビス(トリフェニルホスホニウム)ブロミド(11)を得た。収量は2.55g(収率37%)だった。
【0059】
・3,4-ビス((2-オクチルドデシル)オキシ)ベンズアルデヒド(12)の合成
【化15】
【0060】
3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド(0.32g、2.30×10-3mol)をジメチルホルムアミド(DMF;10mL)に溶解させ、これに炭酸カリウム(KCO;3.20g、2.30×10-2mol)及びヨウ化カリウム(KI;50mg)を加えて、65℃で30分間加熱撹拌した。次いで、1-ブロモ-2-オクチルドデカン(2.0g、5.53×10-3mol)を加えて、120℃で1日撹拌した。その後、反応混合物を氷中に注ぎ入れ、酢酸エチルで抽出し、有機相を水で2回、飽和食塩水で1回洗浄した。硫酸マグネシウムで脱水後、溶媒を減圧留去し、ジクロロメタン:ヘキサン=1:2を展開溶媒としてシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製することで、透明液体の3,4-ビス((2-オクチルドデシル)オキシ)ベンズアルデヒド(12)を得た。収量は0.70g(収率43%)だった。
【0061】
・2,6-ビス((E)-3,4-ビス((2-オクチルドデシル)オキシ)スチリル)ピリジン(13)の合成
【化16】
【0062】
上記の手順で得た化合物11(0.30g、3.77×10-4mol)及び化合物12(0.58g、8.30×10-4mol)をテトラヒドロフラン(THF;10mL)に溶解させ、カリウム-tert-ブトキシド(tBuOK;0.42g、3.77×10-3mol)を加えて、窒素気流下、65℃で16時間反応させた。反応終了後、反応混合物を氷中に注ぎ入れ、クロロホルムで抽出し、有機相を水で2回、飽和食塩水で1回洗浄した。硫酸マグネシウムで脱水後、溶媒を減圧留去し、ジクロロメタン:ヘキサン=1:2を展開溶媒としてシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製することで、透明液体の2,6-ビス((E)-3,4-ビス((2-オクチルドデシル)オキシ)スチリル)ピリジン(13)を得た。収量は0.20g(収率35%)だった。
【0063】
・化合物13-B(PFPh)ルイス錯体(14)の合成
【化17】
上記の手順で得た化合物13(0.10g、6.80×10-5mol)及びトリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン(42mg、8.17×10-5mol)をジクロロメタン(5.0mL)に溶解させ、14時間加熱撹拌した。その後、ヘキサンを加えて自然濾過を行い、濾液を減圧濃縮することで黄色液体の化合物13-B(PFPh)ルイス錯体(14)を得た、収量は0.12g(収率92%)だった。
【0064】
[酸性ガス・塩基性ガス曝露試験]
ルイス錯体となる化合物14を10.0mg量り取り、1.0mLのジクロロメタンに溶解させた。得られた溶液をガラス基板上に滴下して、30秒間、3000rpmの条件でスピンコートすることで化合物14を薄膜化させた。この薄膜の蛍光が、酸性ガスとして塩化水素を、塩基性ガスとしてアンモニアをそれぞれ曝露させたときにどのように変化するかを確認するために、蛍光スペクトル変化を調べた。その結果を図1に示す。図1は、酸性ガス・塩基性ガス非曝露時、酸性ガス曝露時、及び塩基性ガス曝露時の化合物14の薄膜についての蛍光スペクトルである。なお、蛍光スペクトル測定時の励起光の波長は、400nmとした。
【0065】
図1に示すように、化合物14の薄膜は、非曝露時に505nmに蛍光ピークをもつ緑色蛍光を示したが、酸性ガス曝露時にはこれが510nmにピークをもつ黄色蛍光に変化し、塩基性ガス曝露時にはこれが490nmにピークをもつ青色蛍光に変化した。さらに、このとき、薄膜自体の色調は、非曝露時に薄い黄色を示していたものが、酸性ガス曝露時には濃い黄色に変化し、塩基性ガス曝露時には無色透明に変化した。また、こうした蛍光や色調の変化は、酸性ガスや塩基性ガスの曝露を停止させた後、これらのガスが抜けるとともに元に戻った。なお、同様の変化は、酸性ガスとしてトリフルオロ酢酸を用いたときや、塩基性ガスとしてトリエチルアミンを用いたときにも観察された。以上のことから、本発明の化合物が酸性ガス及び塩基性ガスの視覚的な検知に有用であると示された。
図1