(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023111138
(43)【公開日】2023-08-10
(54)【発明の名称】チタン多孔質体及び、チタン多孔質体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 1/08 20060101AFI20230803BHJP
C22C 14/00 20060101ALI20230803BHJP
B22F 3/02 20060101ALI20230803BHJP
B22F 3/11 20060101ALI20230803BHJP
B22F 3/10 20060101ALI20230803BHJP
【FI】
C22C1/08 F
C22C14/00 Z
B22F3/02 M
B22F3/11 B
B22F3/10 C
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022012822
(22)【出願日】2022-01-31
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-06-28
(71)【出願人】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】井上 洋介
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA06
4K018BA03
4K018BB04
4K018BC13
4K018CA09
4K018CA33
4K018DA03
4K018DA31
4K018DA32
4K018HA08
4K018KA22
4K018KA33
4K018KA70
(57)【要約】
【課題】比較的薄いシート状で耐圧縮性に優れるとともに、ハンドリング時の破損を抑制することができるチタン多孔質体および、チタン多孔質体の製造方法を提供する。
【解決手段】この発明のチタン多孔質体は、シート状のものであって、チタン含有量が97質量%以上、酸素含有量が0.9質量%以上かつ2.0質量%以下、炭素含有量が0.01質量%以上かつ0.06質量%以下であり、厚みが0.3mm以下であり、空隙率が35%以上かつ45%以下であり、65MPaでの加圧後の不可逆変形量が5.0%以下であり、破断曲げひずみが0.005以上であるというものである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート状のチタン多孔質体であって、
チタン含有量が97質量%以上、酸素含有量が0.9質量%以上かつ2.0質量%以下、炭素含有量が0.01質量%以上かつ0.06質量%以下であり、
厚みが0.3mm以下であり、
空隙率が35%以上かつ45%以下であり、
65MPaでの加圧後の不可逆変形量が5.0%以下であり、破断曲げひずみが0.005以上であるチタン多孔質体。
【請求項2】
窒素含有量が0.01質量%以上かつ0.10質量%以下である請求項1に記載のチタン多孔質体。
【請求項3】
厚みが0.04mm以上かつ0.3mm以下である請求項1又は2に記載のチタン多孔質体。
【請求項4】
65MPaでの加圧後の前記不可逆変形量が3.0%以下である請求項1~3のいずれか一項に記載のチタン多孔質体。
【請求項5】
シート状のチタン多孔質体を製造する方法であって、
チタン粉末、有機バインダー及び有機溶媒を含み、水及び発泡剤を含まないペーストを、樹脂基材上で乾燥させ、シート状の成形体を得る乾燥工程と、
前記成形体を、酸素を含む雰囲気の下、350℃超かつ450℃未満の温度に3時間以上かつ12時間以下の時間で加熱し、前記成形体中の有機物を揮発させる予備加熱工程と、
前記予備加熱工程後の成形体を加熱し、前記成形体中のチタン粉末を焼結させる焼結工程と
を含む、チタン多孔質体の製造方法。
【請求項6】
前記チタン粉末として、平均粒径D50が10μm以上かつ20μm以下である粉砕粉末を使用する、請求項5に記載のチタン多孔質体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、シート状のチタン多孔質体及び、チタン多孔質体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタン多孔質体の製造方法として、従来は、たとえば特許文献1及び2に記載されたものがある。
【0003】
特許文献1には、「チタン粉末および水素化チタン粉末の少なくとも一方に、有機バインダー、発泡剤、可塑剤、水および必要に応じて界面活性剤を混合してスラリーを作製するスラリー作製工程と、前記スラリーを第1の支持体上に塗布して成形体とする成形工程と、前記成形体を加熱乾燥して発泡させることによって発泡成形体を作製する発泡工程と、前記第1の支持体から分離して第2の支持体上に載置した前記発泡成形体を加熱して脱脂する脱脂工程と、脱脂された前記発泡成形体を非酸化雰囲気で加熱して、導電性を有する1次焼結体を作製する第1焼結工程と、前記1次焼結体を非酸化雰囲気で前記第1焼結工程よりも高い温度で焼結して多孔質チタン焼結体を製出する第2焼結工程と、を備えていることを特徴とする多孔質チタン焼結体の製造方法」が記載されている。
【0004】
特許文献2には、「水素化チタン粉およびチタン粉をペースト化した後、前記ペーストを高分子フィルム上にコーティングした後、脱バインダー処理、脱水素および焼結処理を行なって、シート状の多孔体を得た。」との記載がある。この「脱バインダー処理」について、「前記乾燥成形体を減圧雰囲気下で焼成した。詳細は、以下のとおりである。昇温速度:3℃/分(室温~300℃) 雰囲気:アルゴンガス 焼成温度:300℃ 焼成時間:2時間 真空焼結炉:島津メクティム・真空焼鈍炉」と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009-102701号公報
【特許文献2】特開2014-109049号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、チタン多孔質体は、多数の細孔による通気性ないし通液性及び、電気伝導性を有し、また、表面に不動態皮膜が形成されること等により高い耐食性をも有するものである。このため、チタン多孔質体は、PEM水電解装置の腐食が生じ得る環境下にあるPTL(Porous Transport Layer)等として用いることが検討されている。
【0007】
そのような用途では、チタン多孔質体には、さらに、耐圧縮性に優れることが求められる場合がある。耐圧縮性に劣るチタン多孔質体では、PEM水電解装置等の装置内部に組み込まれた際に作用し得る圧縮力に対して、所要の厚みないし形状が維持されなくなることが懸念される。また、装置の小型化の観点から、厚みが薄いシート状のチタン多孔質体が要求される。但し、耐圧縮性の向上を指向して強度を高めた薄いチタン多孔質体は、搬送時や装置に取り付ける際等のハンドリング時に割れやすい傾向がある。
【0008】
特許文献1及び2に記載されたような、チタン粉末のペーストを用いる製造方法は、厚みが薄くても比較的良好な通気性ないし通液性を有するチタン多孔質体が得られる点で有利である。この一方で、特許文献1及び2に記載された方法で製造されたチタン多孔質体は、耐圧縮性の向上および、ハンドリング時の破損抑制の観点から改善の余地がある。
【0009】
この発明の目的は、比較的薄いシート状で耐圧縮性に優れるとともに、ハンドリング時の破損を抑制することができるチタン多孔質体および、チタン多孔質体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者は鋭意検討の結果、ペーストに水及び発泡剤を含ませないこと、及び、有機バインダー等の有機物を揮発させる予備加熱を所定の温度条件および時間条件にて、酸素を含む雰囲気下で行うことにより、優れた耐圧縮性を有するとともに、ハンドリング時に破損し難いチタン多孔質体が得られることを見出した。
【0011】
水及び発泡剤を含まないペーストとすることにより、チタン粉末がペースト中で適切に分散するので、水及び発泡剤に起因する局所的に大きな空隙が形成されなくなると推測される。その結果、チタン多孔質体は耐圧縮性が高まり、またハンドリング時に割れ難くなると考えられる。また、ペーストを乾燥させてシート状の成形体を得た後に酸素を含む雰囲気下で予備加熱をすれば、その際にチタン粉末の粒子にある程度厚い表面酸化層が形成され、その後の焼結時に表面酸化層の酸素が粒子内部まで入り込み、固溶強化によって耐圧縮性がさらに向上すると考えられる。なお、酸素の粒子内部への入り込み量が過剰となると製造されるチタン多孔質体の脆化が懸念されるところ、適切な入り込み量で所定の酸素含有量にすれば脆性破壊が抑えられ、破損の抑制を実現できると考えられた。その結果として、耐圧縮性に優れるとともに、破損しにくいチタン多孔質体になると推測される。
【0012】
なおここでは、ペーストを作製した後に、これを乾燥してシート状の成形体としてから、酸素を含む雰囲気下で予備加熱をすることで、ペースト中にてチタン粉末の適切な配置が維持されつつチタン粉末の表面が酸化されると思われる。仮に、ペーストの作製前にチタン粉末の表面を予め酸化させておくと、ペーストを作製した際に、ペースト中でチタン粉末の表面酸化層がチタン粉末の分散性に影響を及ぼし、チタン粉末が一部に偏って位置することが懸念される。
但し、この発明は、上述したような理論に限定されるものではない。
【0013】
この発明のチタン多孔質体は、シート状のものであって、チタン含有量が97質量%以上、酸素含有量が0.9質量%以上かつ2.0質量%以下、炭素含有量が0.01質量%以上かつ0.06質量%以下であり、厚みが0.3mm以下であり、空隙率が35%以上かつ45%以下であり、65MPaでの加圧後の不可逆変形量が5.0%以下であり、破断曲げひずみが0.005以上であるというものである。
【0014】
上記のチタン多孔質体は、窒素含有量が0.01質量%以上かつ0.10質量%以下である場合がある。
【0015】
上記のチタン多孔質体は、厚みが0.04mm以上かつ0.3mm以下である場合がある。
【0016】
上記のチタン多孔質体は、65MPaでの加圧後の前記不可逆変形量が3.0%以下であることが好ましい。
【0017】
この発明のチタン多孔質体の製造方法は、シート状のチタン多孔質体を製造する方法であって、チタン粉末、有機バインダー及び有機溶媒を含み、水及び発泡剤を含まないペーストを、樹脂基材上で乾燥させ、シート状の成形体を得る乾燥工程と、前記成形体を、酸素を含む雰囲気の下、350℃超かつ450℃未満の温度に3時間以上かつ12時間以下の時間で加熱し、前記成形体中の有機物を揮発させる予備加熱工程と、前記予備加熱工程後の成形体を加熱し、前記成形体中のチタン粉末を焼結させる焼結工程とを含むものである。
【0018】
前記チタン粉末として、平均粒径D50が10μm以上かつ20μm以下である粉砕粉末を使用することが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
この発明のチタン多孔質体は、比較的薄いシート状で耐圧縮性に優れるとともに、ハンドリング時の破損が抑制されたものである。この発明のチタン多孔質体の製造方法は、そのようなチタン多孔質体の製造に適している。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、この発明の実施の形態について詳細に説明する。
この発明の一の実施形態のチタン多孔質体は、厚みが0.3mm以下であるシート状のものであって、チタン含有量が97質量%以上、酸素含有量が0.9質量%以上かつ2.0質量%以下、炭素含有量が0.01質量%以上かつ0.06質量%以下である。このチタン多孔質体は、空隙率が35%以上かつ45%以下であり、また、65MPaでの加圧後の不可逆変形量が5.0%以下であり、破断曲げひずみが0.005以上である。かかるチタン多孔質体は、耐圧縮性に優れるとともに、比較的厚みが薄いにも関わらず、ハンドリング時に破損し難いものである。このチタン多孔質体は、耐圧縮性に優れるので圧縮変形しにくく、かつ、曲げ応力が発生しても破損しにくいのでハンドリングが容易になる。かかるチタン多孔質体は、たとえばPEM水電解装置等の装置内部に組み込まれた場合に所要の厚みないし形状が維持されやすく、また、PEM水電解装置等の装置の組立て作業時にも破損しにくい。
【0021】
チタン多孔質体を製造するには、チタン粉末を含むペーストを樹脂基材上で乾燥させ、シート状の成形体を得る乾燥工程と、成形体を加熱し、成形体中の有機物を揮発させる予備加熱工程と、その後に成形体を加熱し、成形体中のチタン粉末を焼結させる焼結工程とを行う。乾燥工程の前には、ペーストを樹脂基材上に塗布するペースト塗布工程を行うことがある。
【0022】
ペーストは、チタン粉末、有機バインダー及び有機溶媒を含むが、水及び発泡剤を含まないものとする。ペーストに発泡剤を含ませると、発泡剤の発泡によって大きな空隙が局所的に形成され得るが、この実施形態では、ペーストが発泡剤を含まないので、そのような大きな空隙の局所的な形成が抑制される。また、水と有機溶媒とはチタン粉末や樹脂基材との濡れ性等において相違があり、また、有機溶媒は乾燥しやすいが水は乾燥しにくい傾向がある。そのため、有機溶媒に加えて水を含めると均一なペーストが得られ難く、さらには濡れ性の違いの影響により乾燥時にチタン粉末のばらつきが生じて、乾燥後の成形体に局所的に大きな空隙が形成されやすい。水を含まないペーストを使用すれば、そのような空隙の形成が抑制される。
【0023】
また、予備加熱工程を、酸素を含む雰囲気下で行うことにより、有機物が揮発して除去される際に、チタン粉末の粒子にある程度厚い表面酸化層が形成されると考えられる。そして、その後の焼結工程では、チタン粉末の粒子の表面酸化層の酸素が内部に固溶すると推測され、これにより、焼結体としてのチタン多孔質体が強化される。
【0024】
それらの結果として、耐圧縮性に優れ、ハンドリング時に割れ難いチタン多孔質体が製造される。
【0025】
(組成)
チタン多孔質体は、チタン製である。チタン製であれば、ある程度の相対密度で高い電気伝導性を有するチタン多孔質体が得られる。チタン多孔質体のチタン含有量は、97質量%以上であり、好ましくは98質量%以上である。チタン含有量の上限側は、これに限らないが、例えば99.8質量%以下、99質量%以下となることがある。
【0026】
チタン多孔質体は不純物としてFeを含有することがあり、Fe含有量は、たとえば0.25質量%以下である。またチタン多孔質体には、たとえば製造過程に起因する不可避的不純物として、Ni、Cr、Al、Cu、Zn、Snが含まれる場合がある。Ni、Cr、Al、Cu、Zn、Snの各々の含有量は0.10質量%未満、それらの合計の含有量は0.30質量%未満であることが好適である。
【0027】
チタン多孔質体の酸素含有量は0.9質量%以上かつ2.0質量%以下である。酸素含有量が0.9質量%以上であれば、強度が高く、所要の耐圧縮性が得られる。酸素含有量は1.3質量%以上であることが好ましい。また、酸素含有量が2.0質量%以下であることにより、チタン多孔質体の脆性が高くなることが抑制されて、ハンドリング時に破損しにくいものになる。すなわち、空隙率等の他の条件も影響し得るが、酸素含有量がこのように制御されていると、耐圧縮性と破断曲げひずみが高い次元で両立されやすくなる。この観点から、酸素含有量は、1.3質量%以上かつ2.0質量%以下であることが好ましい。酸素含有量は、不活性ガス溶融-赤外線吸収法により測定することができる。
【0028】
この実施形態のチタン多孔質体は、後述するようなチタン粉末を含むペーストを用いて製造された場合、ペーストに含まれる有機物中の炭素が残存していることがあり、炭素含有量がある程度多くなる。具体的には、チタン多孔質体の炭素含有量は、0.01質量%以上かつ0.06質量%以下であり、典型的には0.01質量%以上かつ0.04質量%以下となる場合がある。炭素含有量は、燃焼赤外線吸収法により測定することができる。
【0029】
チタン多孔質体の窒素含有量は、製造条件に応じて変化し得るが、たとえば0.01質量%以上かつ0.10質量%以下、典型的には0.05質量%以上かつ0.10質量%以下である場合がある。たとえば、後述する製造方法の予備加熱工程で、大気雰囲気下にて加熱を行った場合、チタン多孔質体の窒素含有量が上記の範囲になることがある。窒素含有量は、不活性ガス溶融-熱伝導度法により測定することができる。
【0030】
なお、チタン多孔質体は、上記の酸素含有量および窒素含有量を除き、JIS H 4600(2012)の純チタン1~4種、典型的には1~2種に相当する純度である場合がある。
【0031】
(厚み)
シート状のチタン多孔質体の厚みは、0.3mm以下であり、0.04mm以上かつ0.3mm以下である場合があり、0.04mm以上かつ0.2mm以下とすることがある。用途によっては、この程度の薄い厚みのものが求められることがある。なお、チタン多孔質体についての「シート状」とは、平面視の寸法に対して厚みが小さい板状もしくは箔状を意味し、平面視の形状については特に問わない。
【0032】
厚みは、チタン多孔質体の周縁の4点と中央の1点の計5点について、例えばミツトヨ製デジタルシックネスゲージ(型番547-321)等の、測定子がΦ10mmのフラット型で測定精度が0.001~0.01mmのデジタルシックネスゲージを用いて測定し、それらの測定値の平均値とする。シート状のチタン多孔質体が平面視で矩形状をなす場合は、上記の周縁の四点は、四隅の四点とする。
【0033】
(空隙率)
チタン多孔質体の空隙率は、35%以上かつ45%以下である。空隙率がこの程度の範囲であれば、用途に応じた所要の通気性もしくは通液性を確保しつつ、高い耐圧縮性を発揮できるとともに、ハンドリング時の割れを抑制することができる。空隙率が35%未満である場合は、所望の通気性もしくは通液性が得られないおそれがある。一方、空隙率が45%を超えると、耐圧縮性が低下したり、ハンドリング時に割れが発生しやすくなったりすることが懸念される。
【0034】
チタン多孔質体の空隙率εは、チタン多孔質体の幅、長さ及び厚みより求められる体積及び、質量から算出した見かけ密度ρ´と、チタン多孔質体を構成するチタンの真密度ρ(4.51g/cm3)を用いて、式:ε=(1-ρ´/ρ)×100により算出する。
【0035】
なお、後述するようなチタン粉末を用いてチタン多孔質体を製造した場合、チタン多孔質体の空隙を区画する三次元網目構造の骨格が、スポンジチタン状になる傾向がある。このスポンジチタン状である三次元網目構造の骨格は、クロール法で製造したスポンジチタンと形状が類似している。一方、チタン繊維を用いた場合は、チタン多孔質体の空隙を区画する三次元網目構造の骨格が不織布状のものになることが多い。また、チタン粉末や有機バインダー等を含むペーストを用いて、そのペーストを乾燥させた後にチタン粉末を焼結させる方法において、ペーストに発泡剤を含ませると、それにより製造されるチタン多孔質体は、発泡剤の影響により、骨格内にも空隙が形成されやすくなる。
【0036】
(不可逆変形量)
チタン多孔質体は、その厚み方向に65MPaの圧力を3分間作用させて圧縮した後に除荷する操作を2回実施した場合における、当該操作の前後での厚みの変化の割合である不可逆変形量が5.0%以下になる。
【0037】
それにより、チタン多孔質体は、PEM水電解装置等の装置の内部に組み込まれた場合、圧縮力が作用したときに、所要の厚みないし形状が維持され得る。不可逆変形量は、3.0%以下であることが好ましい。また、不可逆変形量は小さい程好ましいものの、たとえば0.6%以上になる場合がある。前記不可逆変形量は、例えば0.6%以上かつ5.0%以下になる場合があり、また例えば0.6%以上かつ3.0%以下となることがある。
【0038】
より詳細には、不可逆変形量Dcは、65MPaの圧力を作用させる前のチタン多孔質体の厚みT1と、当該圧力を作用させて除荷した後のチタン多孔質体の厚みT2を測定し、式:Dc=(1-T2/T1)×100より算出される値である。
なお、不可逆変形量Dcを測定するには、予めチタン多孔質体の厚みT1を計測しておく。そのチタン多孔質体を二枚の平板等のそれぞれの平坦面間に厚み方向に挟み込み、それらの平坦面を互いに近づける向きに変位させることにより、当該チタン多孔質体に対してその表面上に均等に、厚み方向に65MPaの圧力を3分間作用させる。圧力を作用させた後は、その圧力を除荷する。このような圧力の作用及び除荷の操作を再度行い、当該操作を計2回実施する。その後、平坦面間から取り出したチタン多孔質体の厚みT2を計測する。ここでは、そのようにチタン多孔質体に圧力を作用させることが可能な種々の圧縮試験装置その他の装置を用いることができる。チタン多孔質体の厚みT1、T2を計測するには、チタン多孔質体の平面視の異なる位置の5か所(たとえば平面視が四角形のチタン多孔質体である場合は、中心とその周囲の四隅の計5か所)について厚みを測り、それらの平均値を厚みT1、T2とする。
【0039】
(破断曲げひずみ)
チタン多孔質体の破断曲げひずみは、0.005以上である。破断曲げひずみが大きいと、破損し難くハンドリング性に優れたものであるといえる。よって、破断曲げひずみは大きいことが好ましく、例えば0.007以上であることが好ましい。他方、後述の実施例の項目で示すように、曲げひずみがある程度大きくなっても破断しないチタン多孔質体もあるので、上記破断曲げひずみの上限値は特に限定されない。敢えて例示すると、破断曲げひずみは、たとえば0.10以下である場合がある。破断曲げひずみは、たとえば0.005以上かつ0.10以下である場合があり、また例えば0.007以上かつ0.10以下となることがある。
【0040】
チタン多孔質体の破断曲げひずみは、三点曲げ試験にて測定する。検体の寸法は長さ60mm、幅15mmとし、支点間距離は22.5mm、圧子径および支点径はR5mm、試験速度は2mm/minとする。この他の条件はJIS K 7171(プラスチック曲げ特性の求め方)に従う。たわみをs(mm)、試験片厚さをh(mm)、支点間距離をL(mm)とすると、曲げひずみεfは、式:εf=6sh/L2にて求められる。破断曲げひずみは検体が破断した際の曲げひずみである。なお、測定装置は、例えば、ミヤベヤ製Techno Graph TG-1KNが使用可能である。
【0041】
(製造方法)
上述したようなチタン多孔質体は、たとえば、以下に述べるようにして製造されることがある。
【0042】
はじめに、チタン粉末、有機バインダー及び有機溶媒を含むペーストを準備する。ペーストは、水及び発泡剤を含まないものとする。ペーストが水及び発泡剤を含まないことにより、チタン多孔質体に、発泡剤の発泡に起因する局所的に大きな空隙が形成されず、圧縮に対する耐性が高まるとともに、ハンドリング時に割れが生じにくくなると推測される。また、水は、チタン粉末や樹脂基材との間の濡れ性が有機溶媒と異なる他、有機溶媒と乾燥のしやすさが異なる。それ故に、ペーストに有機溶媒だけでなく水も含めると、均質なペーストが得られず、また乾燥時にペースト中でチタン粉末のばらつきが生じて、乾燥後の成形体に大きな空隙が形成されやすくなる。このため、所期したチタン多孔質体を製造できないことがある。
【0043】
ペーストに含ませるチタン粉末としては、種々のものを用いることができるが、チタン粉末として、水素化脱水素チタン粉末(いわゆるHDH粉末)等の粉砕粉末を用いたときは、当該粉砕粉末を構成する粒子どうしの接触点が多くなり、耐圧縮性がさらに高まる点で好ましい。なお、この水素化脱水素チタン粉末とは、スポンジチタン等を水素化して粉砕した後に脱水素して得られるものをいう。上述した水素化脱水素チタン粉末を含め、チタン粉末は、水素を0.5質量%以下で含むことがある。また、チタン粉末は、水素含有量が0.1質量%以下である場合がある。
【0044】
チタン粉末の平均粒径D50は、10μm以上かつ20μm以下であることが好ましい。このような微細なチタン粉末を用いて製造すれば、厚みが薄いチタン多孔質体で、空隙率が望ましい範囲内になり、さらに耐圧縮性が向上するとともにハンドリング時に割れ難いものになる。平均粒径D50は、レーザー回折散乱法によって得られた粒度分布で体積基準の累積分布が50%となる粒子径を意味する。
【0045】
チタン粉末は、チタン含有量が99質量%以上、酸素含有量が0.7質量%以下であることが好ましい。当該酸素含有量は0.1質量%以上となることがある。チタン粉末の酸素含有量は0.1質量%以上かつ0.7質量%以下とすることがあり、また、酸素含有量が0.1質量%以上0.6質量%以下であるチタン粉末を用いることがある。チタン粉末として、酸素含有量が多い酸化チタン粉末を使用すると、表面性状の変化に基づく分散性の変化により、ペースト中でチタン粉末が均一に分散しないおそれがある。
【0046】
ペーストに使用する有機バインダー及び有機溶媒としては、それぞれ様々なものを適宜選択して用いることができる。たとえば、有機バインダーとしては、メチルセルロース系、ポリビニルアルコール系、エチルセルロース系、アクリル系、ポリビニルブチラール系等のものを挙げることができる。また、有機溶媒としては、アルコール(エタノール、イソプロピルアルコール、ターピネオール、ブチルカルビトール等)、トルエン、シクロヘキサン、メチルエチルケトン等を使用可能である。但し、ここで挙げたものに限らない。一例として、有機バインダーはポリビニルブチラール、有機溶媒はイソプロピルアルコールとすることがある。ペーストには、さらに、可塑材(グリセリン、エチレングリコール等)や、界面活性材(アルキルベンゼンスルホン酸塩等)を含ませてもよい。
【0047】
チタン粉末と、有機バインダー及び有機溶媒を含む有機物との質量比は、適宜設定することが可能であり、例えば、チタン粉末:有機物=1:1~4:1の範囲内とすることが好ましい。それにより、チタン多孔質体の空隙率を適切な範囲に制御しやすくなる。たとえば、チタン粉末100gに対し、有機バインダーは5g~15g、有機溶媒は25g~45gとすることがある。
【0048】
ペーストは、上述したようなチタン粉末、有機バインダー及び有機溶媒等を、たとえば撹拌機付混合機、回転混合機又は三本ロールミル等を用いて混合させることにより作製することができる。このとき、振動ミル、ビーズミルその他の粉砕混合機等を用いて粉砕してもよい。
【0049】
ペースト塗布工程では、上記のペーストを樹脂基材上に比較的薄く塗布する。樹脂基材はある程度安価であり、可撓性を有するので取扱いが容易である。樹脂基材の具体的な材質としては、たとえば、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PEN(ポリエチレンナフタレート)等のポリエステル類、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリビニルアルコール等のポリビニル類が挙げられるが、なかでも、安価なPETが好ましい。
【0050】
乾燥工程では、たとえば炉内や乾燥機内等にて樹脂基材上でペーストを乾燥させる。これにより、ペースト中の有機溶媒が蒸発し、シート状の成形体が得られる。
【0051】
乾燥時の温度や時間等の条件は適宜設定可能であり、例えば、温度80℃~160℃、時間は5分~20分の乾燥とすることができる。ペーストから有機溶媒を有効に除去するとの観点から、乾燥は、炉内から気体を排出させながら行うことが望ましい。炉内を排気するに当たり、炉内は、減圧雰囲気とすることができる他、大気等の気体の供給により、外部と同等の圧力としてもよい。
【0052】
乾燥工程の後、ペーストが乾燥して得られた成形体は、樹脂基材から剥離させ、次の予備加熱工程に供される。上述した樹脂基材を用いたときは、樹脂基材からの成形体の剥離が容易になる。この段階で成形体を樹脂基材から剥離させておくことで、後の予備加熱工程及び焼結工程で樹脂基材に由来する炭素の混入、それによる意図しない炭素含有量の増加を防止することができる。
【0053】
次いで、予備加熱工程で上記の成形体を炉内で加熱し、成形体中の有機バインダー等の有機物を揮発させて除去する。ここでは、酸素を含む雰囲気下で、350℃超かつ450℃未満の温度に3時間以上かつ12時間以下の時間で加熱する。
【0054】
予備加熱工程を、酸素を含む雰囲気下で行うことにより、成形体中のチタン粉末を構成する粒子は、その表面が酸化されて表面酸化層が形成される。このときに表面酸化層を形成しておくことにより、後の焼結工程で表面酸化層の酸素が、チタン粉末の粒子の内部まで入り込んで固溶し、焼結体のチタン多孔質体が強化される。
【0055】
予備加熱工程の雰囲気は、酸素を含むものであれば特に限定されないが、大気雰囲気とすることが好ましい。大気雰囲気は、特殊な炉を使用せずに簡便に作り出すことができるからである。大気雰囲気のように酸素のみならず窒素も含む雰囲気としたときは、チタン多孔質体の窒素含有量がある程度増加し得る。雰囲気中の酸素濃度は、たとえば10体積%以上かつ100体積%以下とすることができる。
【0056】
予備加熱工程では、加熱温度を350℃超かつ450℃未満とし、その温度に3時間以上かつ12時間以下の時間にわたって加熱する。それにより、成形体中の適切に配置されたチタン粒子に、比較的厚い表面酸化層が形成されると考えられる。そのような表面酸化層は、チタン多孔質体の耐圧縮性の向上に寄与し得る。予備加熱工程では、その加熱温度を、たとえば360℃以上かつ430℃以下、また例えば360℃以上かつ410℃以下としてもよい。予備加熱工程では、その加熱時間を、たとえば3時間以上かつ10時間以下とすることがあり、また例えば4時間以上かつ10時間以下、さらに5時間以上かつ10時間以下としてもよい。
【0057】
加熱温度が低すぎる場合や加熱時間が短すぎる場合は、表面酸化層が十分に形成されず、チタン多孔質体の耐圧縮性をそれほど高めることができない可能性がある。一方、加熱温度が高すぎる場合や、加熱時間が長すぎる場合は、酸素量が過多になり、製造されるチタン多孔質体の脆性が高くなるおそれがある。
【0058】
その後、予備加熱工程を経た成形体に対して焼結工程を行い、成形体中のチタン粉末を焼結させる。このとき、予備加熱工程でチタン粉末の粒子に形成された表面酸化層中の酸素で、当該粒子が固溶強化されると考えられる。その結果、焼結工程後に得られるチタン多孔質体の耐圧縮性が大きく向上する。
【0059】
焼結工程は、成形体中のチタン粉末が焼結すれば、その条件は特に限らない。たとえば、焼結工程では、成形体を、700℃以上かつ850℃以下の温度に1時間以上かつ4時間以下の時間にわたって加熱することがある。この実施形態のチタン多孔質体は、比較的厚みが薄いので、ある程度の低温かつ短時間の加熱で、チタン粉末の焼結が適切に行われ得る。焼結時の雰囲気は、たとえば1.0×10-2Pa以下の真空か、又は、ArガスやHeガスによる不活性雰囲気とすることができる。
【0060】
焼結工程後、チタン多孔質体が得られる。このチタン多孔質体は、先述したもののように、比較的薄いシート状で、耐圧縮性に優れるとともに、ハンドリング時の割れを抑制できるものになる。
【実施例0061】
次に、この発明のチタン多孔質体を試作し、その性能を評価したので以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0062】
チタン粉末として、チタン含有量が99質量%以上、水素含有量が0.05質量%以下、酸素含有量が約0.4質量%であって平均粒径D50が13.5μmであるHDH粉末を使用し、ペーストを作製した。ペーストには、上記のチタン粉末の他、有機バインダーとしてポリビニルブチラール、及び、有機溶媒としてイソプロピルアルコールを含ませて混合させた。ペーストは、チタン粉末100gに対し、有機バインダー9g、有機溶媒36gとなる割合で各成分を含むものとした。以上の通り、ペーストは、水及び発泡剤を含まないものとした。
【0063】
上記のペーストをPET製の樹脂基材上に塗布し、その樹脂基材上のペーストについて120℃にて10分の乾燥を行い、シート状の成形体を得た。なお、さらに、有機溶媒を10質量%低減し、かつ水を10質量%で含有させたペーストでも成形体の作製を試みたが、ペーストが均一にならず、良好な成形体を作製できなかった。
【0064】
次いで、成形体に対し、大気雰囲気の下、表1に示す条件で加熱する予備加熱を行った。その後、1.0×10-2Pa以下の真空雰囲気下、成形体を800℃に2時間加熱して、成形体中のチタン粉末を焼結させ、焼結体としてチタン多孔質体を得た。
【0065】
各チタン多孔質体の成分(酸素含有量、窒素含有量及び炭素含有量)、厚み、空隙率、破断曲げひずみ並びに、不可逆変形量を先述した各方法で確認したところ、表1に示すとおりであった。なお、いずれの実施例1~6のチタン多孔質体のチタン含有量も98質量%以上であった。
【0066】
【0067】
表1からわかるように、実施例1~6のチタン多孔質体はいずれも、不可逆変形量が小さいことから耐圧縮性に優れたものであり、破断曲げひずみが大きいのでハンドリング時に割れが生じ難いものであった。
【0068】
比較例1及び2では、予備加熱時の温度が低かったことにより、チタン多孔質体の酸素含有量が少なくなり、不可逆変形量が大きくなった。また、比較例1及び2のチタン多孔質体は炭素含有量が多かった。このことから、予備加熱による脱バインダーが不十分であったと考えられる。
【0069】
比較例3及び4では、予備加熱を高温としたことにより、チタン多孔質体の酸素含有量が多くなりすぎて、破断曲げひずみが小さかった。
比較例5は、予備加熱の時間が短かったことに起因して、チタン多孔質体の酸素含有量が少なく、酸素による固溶強化が不十分であったことから不可逆変形量が大きくなったと考えられる。比較例6は、予備加熱をアルゴン雰囲気で行ったことにより、チタン多孔質体の酸素含有量が少なくなり、不可逆変形量が大きくなった。また、破断曲げひずみが小さかった。
【0070】
以上より、この発明によれば、比較的薄いシート状で耐圧縮性に優れるとともに、ハンドリング時の破損を抑制可能なチタン多孔質体が得られることがわかった。