(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023111220
(43)【公開日】2023-08-10
(54)【発明の名称】状態推定装置及び方法
(51)【国際特許分類】
H02J 3/00 20060101AFI20230803BHJP
H02J 13/00 20060101ALI20230803BHJP
【FI】
H02J3/00 170
H02J13/00 301A
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022012965
(22)【出願日】2022-01-31
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002365
【氏名又は名称】弁理士法人サンネクスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】犬塚 達基
(72)【発明者】
【氏名】志賀 雅人
【テーマコード(参考)】
5G064
5G066
【Fターム(参考)】
5G064AC09
5G064CA03
5G064CB08
5G064DA03
5G066AE01
(57)【要約】
【課題】
状態推定の精度を向上させ得る状態推定装置及び方法を提案する。
【解決手段】
計測機器から与えられる計測信号に基づいて状態推定対象の状態を推定する状態推定装置及びその装置により実行される状態推定方法において、1又は複数の計測機器から取得したn(n≧1)個の属性をもつk(k≧1)種類の計測信号をn次元の基底関数を用いて基底変換し、前記基底変換により得られた係数を用いて回帰式を生成し、生成した回帰式を用いて計測信号の原信号を推定するようにした。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
計測機器から与えられる計測信号に基づいて状態推定対象の状態を推定する状態推定装置において、
1又は複数の前記計測機器から取得したn(n≧1)個の属性をもつk(k≧1)種類の計測信号をn次元の基底関数を用いて基底変換する基底変換部と、
前記基底変換により得られた係数を用いて回帰式を生成する回帰式生成部と、
生成された前記回帰式を用いて前記計測信号の原信号を推定する推定部と
を備えることを特徴とする状態推定装置。
【請求項2】
前記計測信号が有するk種類の前記属性の1つが計測時刻であり、
前記基底変換部は、
前記計測信号のn次元の前記基底変換において、前記計測時刻について最初に基底変換を行う
ことを特徴とする請求項1に記載の状態推定装置。
【請求項3】
前記回帰式生成部は、
前記基底変換により得られた係数の中からスパース推定により前記係数を選択し、選択した前記係数を用いて前記回帰式を生成する
ことを特徴とする請求項1に記載の状態推定装置。
【請求項4】
前記推定部は、設定された現在時刻以降の時刻の前記原信号を推定し、
推定された前記原信号に基づいて、必要な制御対象を制御する制御部をさらに備える
ことを特徴とする請求項1に記載の状態推定装置。
【請求項5】
前記計測機器は、電力系統に設置され、
前記計測信号は、少なくとも計測時刻及び計測箇所を前記属性として有し、
前記推定部は、前記回帰式に基づいて任意の時刻及び箇所における前記状態推定対象の状態を推定する
ことを特徴とする請求項1に記載の状態推定装置。
【請求項6】
前記計測機器は、電力系統に設置され、
前記計測信号は、少なくとも計測時刻及び計測箇所を前記属性として有し、
前記推定部は、前記回帰式に基づいて前記電力系統の2点の箇所の状態推定値を推定し、
推定した前記2点の箇所の前記状態推定値を、当該2点の計測箇所を挟む区間の電力方程式又は電圧降下式に代入することにより、当該区間の系統特性を算出する
ことを特徴とする請求項1に記載の状態推定装置。
【請求項7】
前記回帰式生成部は、
前記基底関数としてn次元の三角関数を用いて、前記基底変換した係数を選択する
ことを特徴とする請求項3に記載のシステム状態推定装置。
【請求項8】
計測機器から与えられる計測信号に基づいて状態推定対象の状態を推定する状態推定装置により実行される状態推定方法において、
1又は複数の前記計測機器から取得したn(n≧1)個の属性をもつk(k≧1)種類の計測信号をn次元の基底関数を用いて基底変換する第1のステップと、
前記基底変換により得られた係数を用いて回帰式を生成する第2のステップと、
生成した前記回帰式を用いて前記計測信号の原信号を推定する第3のステップと
を備えることを特徴とする状態推定方法。
【請求項9】
前記計測信号が有するk種類の前記属性の1つが計測時刻であり、
前記第1のステップでは、
前記計測信号のn次元の前記基底変換において、前記計測時刻について最初に基底変換を行う
ことを特徴とする請求項8に記載の状態推定方法。
【請求項10】
前記第2のステップでは、
前記基底変換により得られた係数の中からスパース推定により前記係数を選択し、選択した前記係数を用いて前記回帰式を生成する
ことを特徴とする請求項8に記載の状態推定方法。
【請求項11】
前記第3のステップでは、設定された現在時刻以降の時刻の前記原信号を推定し、
推定された前記原信号に基づいて、必要な制御対象を制御する制御ステップをさらに備える
ことを特徴とする請求項8に記載の状態推定方法。
【請求項12】
前記計測機器は、電力系統に設置され、
前記計測信号は、少なくとも計測時刻及び計測箇所を前記属性として有し、
前記第3のステップでは、前記回帰式に基づいて任意の時刻及び箇所における前記状態推定対象の状態を推定する
ことを特徴とする請求項8に記載の状態推定方法。
【請求項13】
前記計測機器は、電力系統に設置され、
前記計測信号は、少なくとも計測時刻及び計測箇所を前記属性として有し、
前記第3のステップでは、前記回帰式に基づいて前記電力系統の2点の箇所の状態推定値を推定し、
推定した前記2点の箇所の前記状態推定値を、当該2点の計測箇所を挟む区間の電力方程式又は電圧降下式に代入することにより、当該区間の系統特性を算出する系統特性算出ステップをさらに備える
ことを特徴とする請求項1に記載の状態推定方法。
【請求項14】
第2のステップでは、
前記基底関数としてn次元の三角関数を用いて、前記基底変換した係数を選択する
ことを特徴とする請求項10に記載の状態推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は状態推定装置及び方法に関し、例えば、電力系統を監視及び制御する監視制御装置に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
対象システムを監視及び制御するために、対象システムの状態を正しく把握することは重要な課題である。このため対象システムに計測機器を設置して計測信号を採取し、採取した計測信号に基づいて対象システムの状態を推定することが一般的に行われている。
【0003】
電力系統は電力エネルギー供給のために構築された大規模システムであり、電力系統についても安定運用のために多くの仕組みが施されている。例えば、センサ付き閉開器、位相検出器(PMU:Phasor Measurement Unit)等の計測機器を用いて電圧、電流及び位相などを計測し、その計測信号をサーバ装置に集約して電力系統の状態(以下、適宜、これを系統状態と呼ぶ)を解析することが広く行われている。
【0004】
また系統構成データを用いて電力方程式を解くことで状態解析を行う方法や、計測信号と電力方程式とを組み合わせて系統状態を解析する方法なども利用されている。系統状態を表す指標としては、電圧、電流及び周波数などがあるが、系統状態を推定する手法としては、他の何らかの基準による判定結果を利用することもできる。
【0005】
系統状態を推定する目的は限定されないが、電力系統を監視及び制御するために広く利用することができる。例えば、系統状態の推定結果を、定常状態(健全状態)を維持するための制御信号を生成するために利用したり、電力エネルギーの需給関係を解析するために利用することができる。
【0006】
このような系統状態の推定結果を利用した制御を実現するためには、精度の高い計測信号を取得することが必要となる。ここで、計測信号の精度を決める要因としては、最大振幅、量子化数(分解能)、周波数特性、ノイズ及び信号の計測時刻などがある。
【0007】
誤差を含まない理想的な計測信号を原信号と呼ぶとすると、現実には、上述のような要因により計測信号には何らかの誤差が含まれる。このため系統状態を監視及び制御する上で、計測信号に含まれる誤差を軽減する仕組みが求められている。
【0008】
このような要求に対して、例えば特許文献1には、電力方程式の誤差と、計測信号の誤差とを最小化する電圧電流の推定値を最小二乗法を用いて算出する際、計測信号の精度を信頼度として重み付けすることで、推定値の精度を向上させることが開示されている。
【0009】
また特許文献2には、状態推定に関連して、電力系統の多地点の計測信号を集約することなく分散コントローラを用いて対象となる機械の状態を推定し、制御信号を算出する手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第5872732号公報
【特許文献2】特開2018-7126号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところで、かかる特許文献1に記載の従来技術は、電力系統の各種情報に基づいて電力方程式を作成することを前提にしているが、電力系統の多種多様な特性データがシステム上で正しく更新されているとは限らず、また連系する負荷や分散型電源(例えば太陽光発電システム)等の情報が実時間で精度良く取得できるとは限らない。このため、この従来技術によると、電力方程式の計算結果に大きな誤差が含まれる可能性があった。
【0012】
一方、特許文献2では、センサ側にサンプリング周期を伝える伝送手段を備える装置構成を前提としており、センサ側にかかる伝送手段を有しないセンサでは実現できないという問題があった。また計測信号が非周期である場合を想定していないという問題もあった。
【0013】
本発明は以上の点を考慮してなされたもので、状態推定の精度を向上させ得る状態推定装置及び方法を提案しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
かかる課題を解決するため本発明においては、計測機器から与えられる計測信号に基づいて状態推定対象の状態を推定する状態推定装置において、1又は複数の前記計測機器から取得したn(n≧1)個の属性をもつk(k≧1)種類の計測信号をn次元の基底関数を用いて基底変換する基底変換部と、前記基底変換により得られた係数を用いて回帰式を生成する回帰式生成部と、生成された前記回帰式を用いて前記計測信号の原信号を推定する推定部とを設けるようにした。
【0015】
また本発明においては、計測機器から与えられる計測信号に基づいて状態推定対象の状態を推定する状態推定装置により実行される状態推定方法において、1又は複数の前記計測機器から取得したn(n≧1)個の属性をもつk(k≧1)種類の計測信号をn次元の基底関数を用いて基底変換する第1のステップと、前記基底変換により得られた係数を用いて回帰式を生成する第2のステップと、生成した前記回帰式を用いて前記計測信号の原信号を推定する第3のステップとを設けるようにした。
【0016】
本発明の状態推定装置及び方法によれば、非同期の計測信号から同期した計測信号を復元し、復元した計測信号から原信号を精度良く推定することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、状態推定の精度を向上させ得る状態推定装置及び方法を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本実施の形態による状態推定方法の説明に供する概念図である。
【
図2】(A)は、1つのセンサに着目したときの時間及び信号の関係を示し、(B)は、複数のセンサに着目したときの距離及び信号の関係を示す。
【
図3】本実施の形態による状態推定方法の概略説明に供する図である。
【
図4】本実施の形態による状態推定方法の概略説明に供する図である。
【
図6】電力系統の状態の推定方法の説明に供する図表である。
【
図7】本実施の形態による状態推定方法を適用した監視制御システムの構成を示すブロック図である。
【
図8】監視制御システムにおけるセンサの論理構成を示すブロック図である。
【
図9】監視制御システムにおける監視制御装置の論理構成を示すブロック図である。
【
図10】監視制御装置の制御部の動作説明に供する図である。
【
図11】監視制御装置の制御部の動作説明に供する図である。
【
図12】(A)~(C)は、各種情報の表示例を示す図である。
【
図13】システム状態推定処理の処理手順を示すフローチャートである。
【
図14】(A)~(C)は、回帰式を用いて電圧推定する場合の電圧調整器による電圧段差を補正する方法の説明に供する特性曲線図である。
【
図15】本実施の形態による状態推定方法についての次元の拡大及び予測に関する説明に供する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下図面について、本発明の一実施の形態を詳述する。
【0020】
(1)対象システムの状態推定
対象システムの状態を定量化するために、複数の計測機器を用いて対象システムの状態を計測し、これら計測機器から出力される計測信号に基づいて対象システムの状態を推定することを考える。ここでは、
図1に示すように、多くの拠点で消費及び生成が行われる電力エネルギーについて、計測機器を用いて電圧及び電流などの計測信号を取得し、電力系統における電力エネルギーの状態を推定するものとする。
【0021】
電力エネルギーを伝送する電力系統において、各計測機器がそれぞれ備える時計の時刻が完全に一致しており、計測信号を周期的に取得できるのであれば、サンプリング定理に基づく計測信号の取得及び信号処理を容易に行うことができる。
【0022】
しなしながら、現実的には多数の計測機器の時刻を完全に一致させることは難しい。また各計測機器にGNSS(Global Navigation Satellite System、全地球航法衛星システム)受信機を搭載し、GNSS信号を用いて各計測機器の時刻を同期させる方法も考えられるものの、そのためには莫大なコスト及び労力を必要とする。
【0023】
一方で、各計測機器から採取した計測信号に計測時刻等のばらつきがある場合、対象システムの状態の推定結果に誤差が生じることが懸念される。そこで以下の実施の形態では、計測信号のばらつきを除去して対象システムが備える本来の状態を推定可能とする方法を提案する。
【0024】
なお、以下においては、対象システムが電力系統である場合について説明する。電力系統は、面的に広がる送電線を用いて電力エネルギーを安定的に送るシステムである。近年になって、多くの分散型電源が連系するようになり、電力系統の状態が大きく変動する場合があるため、電力系統の状態を精度良く推定する技術が求められている。
【0025】
そこで、このような電力系統に設置した複数の計測機器(以下においては、センサと呼ぶ場合がある)でそれぞれ計測した物理量を収集し、収集した計測信号を信号処理するサーバ装置を例にして実施の形態を説明する。なお計測機器は、何らかの対象とする物理量をディジタル信号に変換して出力する手段であり、その具体的な構成方法を限定するものではない。
【0026】
またサーバ装置は、各センサから計測信号を採取して電力系統の状態を推定する装置、又は、プログラムを用いた演算機能を有する装置から構成されるものとするが、その具体的な構成を限定するものではない。サーバ装置は、スタンドアローン型の計算機であってもよいし、いわゆるクラウド型の計算機であってもよい。センサ及びサーバ装置は、有線又は無線の通信方法で情報の伝達が可能であり、その構成及び伝達手順等を限定するものではない。
【0027】
さらに電力系統に設置するセンサは、電力系統の3相交流の各相の電圧実効値、電流実効値、電圧及び電流の位相、有効電力及び無効電力等のk種類(k≧1)の計測値を取得可能とするが、その種類を限定するものではない。
【0028】
以下においては、計測信号として上述の計測値に加えて、計測時刻及び計測箇所などのn個(n≧1)の属性を関連付けて扱うこととする。計測値は、電力系統がもつ物理量をAD(Analog-Digital)変換したディジタル値とする。計測時刻は、センサが物理量を取得する時刻であり、サンプリング時刻ともいう。計測箇所は、センサが設置されている箇所、距離又はセンサを区別する何らかの識別子とする。これらの属性を付加するのは、センサであってよく、あるいは計測値を採取するサーバ装置側が計測値に属性値を付加してデータ管理するようにしてもよい。
【0029】
センサが1つであり、かつ周期的に計測することが分かっている場合には、計測時刻及び計測箇所の属性は自明であるとして省略しても支障はない。しかしながら、複数のセンサを用いる構成では、設置個所は異なる複数の地点になり、計測時刻は非周期・非同期になることがある。そこで以下の実施の形態では、複数のセンサを用いる場合には属性を用意し、参照できるものとする。これらの属性データの管理方法は任意である。
【0030】
図2に、電力系統に設置されたセンサから採取した計測信号の一例を示す。
図2は、電力系統1の複数個所にそれぞれ設置された各センサ2から送信された計測信号を、時間及び状態と、距離(センサの設置個所)及び状態との2種類の座標平面にプロットしたものである。電力系統1は、送電線によって繋がれているシステムであり、各センサ2で計測した信号は、時間軸方向及び線路方向の両方向に変化するが、電気的な繋がりをもつことにより信号相関性がある。
【0031】
図2(A)は、1つのセンサ2に着目したときの時間及び信号の関係を示す。実線で示す曲線は、電力系統の電圧、電流又は周波数などの物理量を理想的に計測した信号(以下、これを原信号と呼ぶ)を表す。また図中の黒点は、原信号を適宜のサンプリング時刻でサンプリングすることにより得られた物理量(計測信号の値、つまり計測値)を示す。原信号及び計測信号の差分を、ノイズ等の重畳による信号値の誤差、及び、計測時刻に関わる周期の誤差として示す。後者の計測時刻を決める方法は幾つかあり、必ずしも周期的ではないため、これを周期誤差と呼ぶものとする。
【0032】
図2(B)は、複数のセンサ2に着目したときの距離及び信号の関係を示す。この場合も原信号及び計測信号の間には誤差が生じることがある。ここで複数のセンサ2間で時刻同期を取れない場合は、センサ間の計測時刻の同期誤差が生じる。
【0033】
これらの誤差がある場合、計測時刻が揃った計測信号を用意することができない。計測時刻が不一致の計測信号を用いて状態推定することは推定誤差の要因となる。解決策として、例えば、GPS受信機をセンサ2に付加してセンサ2間の時刻同期をとる方法があるが、実用化には多大なコストと労力とを要する。後述する本実施の形態による状態推定方法では、測定信号を集約するサーバ装置において、これらの誤差を信号処理により軽減することで、系統状態の推定精度を向上させる。
【0034】
(2)本実施の形態による状態推定方法
本実施の形態による状態推定方法は、電圧、電流及び位相などのk種類の計測信号が備えるn個(n≧1)の属性に基づいて、n次元の基底変換を行うことにより得られた係数を用いて回帰式を作成し、作成した回帰式を用いて原信号を復元し、復元結果に基づいて任意の時刻及び箇所における電力系統の状態を推定することを特徴とする。
【0035】
例えば、属性が計測時刻の1個だけであり、計測時刻が非周期である場合には、計測値と計測時刻とを組み合わせて計測信号として扱うことにする。ここで、非周期の計測信号の個数が対象システムの状態を表す原信号の個数よりも少ない場合、計測信号から原信号を推定することは劣決定問題になる。
【0036】
そこで本実施の形態では、後述するスパース推定の解法を適用して回帰式を作成することにより、任意時刻の信号(原信号)を復元する。一般に、計測信号を取得、伝送、蓄積及び処理する際には何らかの時間遅延を伴うが、本実施の形態の技術を用いることで、このような時間的な制約がある計測信号から任意の時刻及び箇所の状態(原信号)を推定することができる。
【0037】
図3における左側の図は、電力系統の計測信号が時間及び距離(線路長)の2つの属性を持つとき、時間及び距離の属性に基づく二次元空間に計測値をプロットした二次元計測信号yを示す。
【0038】
時間方向は計測時刻、距離方向は電力系統の線路に設置された複数のセンサの配置箇所を識別する数値であり、両者で定義される座標点に計測値をプロットしている。なお距離方向は、何らかの正規化処理により数値を簡略化してもよく、さらにはセンサを識別する番号であってもよい。この
図3の左側の図から、電力系統に特有の以下の性質が観察される。
・計測時刻は非周期及び非同期であるので計測値は散布図としてプロットされる。
・計測値は時間方向及び距離方向に変化するが、電気的な関係に基づく相関性がある。
【0039】
本実施の形態では、これらの性質を備える多次元計測信号にスパース推定の解法を適用して、
図3の左側の図に示す2次元計測信号を基底変換して得られた
図3の中央の図に示す係数を用いて回帰式を作成し、作成した回帰式に基づいて任意箇所の任意時刻の原信号を復元する。これにより
図3の右側に示すような、計測信号の誤差を除去した任意時刻及び任意箇所の原信号を得ることができる。
【0040】
ここで、スパース推定は、Lpノルム最小化という規準を用いて基底関数の係数を算出する方法である。従来から最小二乗法による回帰の手法が知られているが、この手法によると過学習による誤差が発生することがある。これに対してスパース推定は、基底変換結果から適切な係数を選択する機能を備えており、過学習の問題が発生しない利点がある。
【0041】
二次元計測信号にスパース推定を適用するためには、以下の(X)及び(Y)の2つの手順がある。
(X)時間及び距離を独立してスパース推定する場合
(X-1)時間方向に基底変換する
(X-2)時間方向に回帰式を作成する
(X-3)時間方向に信号復元する
(X-4)距離方向に基底変換する
(X-5)距離方向に回帰式を作成する
(X-6)距離方向に信号復元する
【0042】
(Y)時間及び距離を組み合わせてスパース推定する場合
(Y-1)時間方向に基底変換する
(Y-2)距離方向に基底変換する
(Y-3)時間方向及び距離方向に回帰式を作成する
(Y-4)時間方向及び距離方向に信号復元する
【0043】
本実施の形態では、スパース推定の適用方法として、上述の(X)及び(Y)のいずれを適用するかを限定しない。ここで基底関数としてサイン関数及びコサイン関数を用意すれば、離散フーリエ変換と同等に周波数成分を抽出することになる。そのとき上述の(X)の手順は、時間及び距離についての一次元周波数成分を算出することになり、上述の(Y)の手順は、時間と距離とを組み合わせた二次元周波数成分を算出することになる。
【0044】
また、
図4に示すように、本実施の形態は、計測信号が計測時刻に関わる属性をもつとき、時間方向を最初に基底変換することを特徴の1つとする。換言すれば、最初に、センサごとの計測信号について基底変換する。このとき計測信号の計測時刻が不均一であっても時間方向のデータが一次元方向に並ぶため、一次元の基底変換が可能となる。このとき基底変換が一次元周波数変換に相当する場合には、一次元の周波数成分が得られることになる。この結果を用いて、残る属性について基底変換する。
【0045】
これに対して、計測信号を最初に距離方向に変換しようとしても、複数のセンサの時刻同期がとれていない場合には、ある時刻において複数のセンサの計測信号が距離方向に揃わないため、一次元の基底変換ができない。本実施の形態では、上述のように最初に時間方向の基底変換を行うことで、時間に関する基底変換後の係数を算出して、その結果を用いて距離方向の基底変換を行い得るようにする。
【0046】
この二次元基底変換は、画像データ圧縮で用いられている二次元離散コサイン変換の手順が参考になる。かかる二次元離散コサイン変換では、画像データから格子状に配置されている8×8画素を切り出し、切り出した8×8画素の画像データに対して一方向に一次元の離散コサイン変換を行うことで周波数成分を算出する。その後、この周波数成分について、先と直交する方向に一次元の離散コサイン変換を実行し、これにより結果として二次元周波数成分を算出する。このように縦方向及び横方向の一次元の基底変換(周波数変換)を繰り返すことで二次元基底変換を行うことができる。
【0047】
このように本実施の形態による状態推定方法では、格子状に配置されていない非周期及び非同期の計測信号を対象として、n個の異なる属性に基づいてn次元方向の基底変換を行うことが特徴である。
【0048】
なお本実施の形態による状態推定方法は、基底変換の基底を限定するものでもない。例えばコサイン関数(離散コサイン変換)、コサイン関数とサイン関数(離散フーリエ変換)又はべき乗数などを利用することができる。あるいは、電力系統がある地域の日射量カーブ、負荷カーブ等の計測値に基づく基底を利用するようにしてもよい。
【0049】
スパース推定の解法として使われるLASSO(Least Absolute Shrinkage and Selection Operator)は、その名の通り係数選択の機能を備えることが知られている。複数種類の基底を辞書として用意しておき、その中から有効な基底を選択する手段としても利用可能である。つまり、用意した基底関数の中から、有用で相関性がある基底関数を選択するための手段としても利用可能である。
【0050】
次に、上述のようにして基底変換した係数を用いて回帰式を生成する。この場合の回帰式の形成は限定されない。基底変換が、周波数変換(時間成分を周波数成分に変換)に相当する場合は、回帰式は周波数成分から時間成分への変換となる。基底変換がウェーブレット変換であれば、回帰式はウェーブレット逆変換となる。
【0051】
このような方式によれば、スパース推定を用いて適切な係数を選択することにより、過学習のない回帰式を作成できる効果がある。また係数を適宜に選択することにより、周波数フィルタの特性を実現することができる。このように本実施の形態は、計測信号が備える複数の属性に基づいて、スパース推定を多次元に拡張して適用する手順と効果とを備えることを特徴とする。
【0052】
以上のようにして生成した回帰式に、計測信号が備える属性について任意の数値を設定して、状態の数値を設定して、状態の推定値を算出する。例えば、現在時刻の計測信号が揃っていない場合にも、回帰式に現在時刻を設定することで現在時刻の対象システム(ここでは電力系統)の現在の状態の推定値(以下、これを状態推定値と呼ぶ)を算出することができる。同様に、任意箇所を設定することにより、センサが設定されていない箇所の状態推定値を算出することができる。
【0053】
ところで、スパース推定は、スパースモデリング、圧縮サンプリング、圧縮センシングなどの名前で呼ばれることがあり、いずれもLpノルム最小化を実現することを特徴とする。解法として、LASSO、エラスティックネットなどの提案がある。本実施の形態に関わる要点のみを以下の文献を参照して説明する。
Heinrich Edgar Arnold Laue,“Demystifying Compressive sensing,” pp.171-175, IEEE Signal Processing Magazine, July, 2017.
【0054】
図5は、スパース推定の原理説明に利用する図であり、原信号、計測信号及び後述する変換信号の関係を示している。この
図5に示す手順を時間方向及び距離方向に組み合わせることで、上述の二次元空間のスパース推定に展開できる。
【0055】
具体的に、まず、対象システムの事象を表す原信号をxとし、これをセンサで計測した信号(計測信号)をyとする。また、これら原信号x及び計測信号yのそれぞれの信号個数をN及びMとし、センサ計測時刻が非周期であるなどの理由でN>Mの関係があるとする。さらに原信号xと基底変換の関係にある信号(以下、これを変換信号と呼ぶ)をs、計測信号yを基底変換した変換信号sの個数をK、M>Kとする。
【0056】
ここで、スパース(疎)とは、原信号xと計測信号yとの間のN>Mの関係、計測信号yと変換信号sのM>Kの関係、さらには原信号xと計測信号yの変換信号sのN>Mの関係において、信号個数の大小関係を指すものとする。計測信号y又は変換信号sをスパース信号と呼ぶ場合がある。計測信号yの個数Mが少ない問題を圧縮センシング又は圧縮サンプリングと呼ぶことがある。
【0057】
原信号xと変換信号sとの関係を、基底変換行列Ψ(プサイ)を用いて次式
【数1】
とし、原信号xと計測信号yとの関係を、基底変換行列Φ(ファイ)を用いて次式
【数2】
とし、原信号xと変換信号sとの関係を、基底変換行列Θ(シータ)を用いて次式
【数3】
とする。
【0058】
ここで、次式
【数4】
及び
【数5】
とすれば、基底変換した変換信号sを用いて原信号xを復元するのは、次式
【数6】
になる。少数のM個の計測信号yを基底変換して変換信号sを算出し、変換信号sを用いて原信号xを算出することが状態推定の手順となる。ここで基底Ψの係数になるsを適切に選択して回帰式を作成することが課題となる。
【0059】
スパース推定は、上述の関係式を条件として変換信号sのノルムLpを最小化する手順を備える。ここでp=1とするL1ノルム(エルワンノルム)は変換信号sの絶対値の総和であり、これを||s||で表せば、スパース推定は、次式
【数7】
で与えられる最小化問題になる。
【0060】
これを、実数λ≧0を用意してラグランジェの未定定数法の形式を利用して解く方法にLASSOがある。また関連手法として、エラスティックネット等がある。この解法は、p=1の場合に、実数λと、基底変換後の回帰式に用いる係数の大きさとの関係に基づく係数選択の性質が備わる。詳細は省略するが、例えばクロスバリデーション手法で適切な実数λを算出し、このλを用いて適切な回帰式の係数を決める手順が知られている。
【0061】
本実施の形態の状態推定は、計測信号y(M個)が、計測時刻の非周期性により、原信号(N個)に比べて信号個数が少ない場合(N>M)に、上述のL1ノルム最小化に基づくスパース推定の手順を用いて、計測信号yを基底変換した変換信号sを算出し、変換信号sの係数を用いて原信号xを算出する回帰式を生成することを特徴とする。なお、特定の基底を用いるときには、かかる基底変換が周波数変換やウェーブレット変換などの名前で呼ばれることがある。
【0062】
(3)電力方程式との組合せ
図6に、電力系統の状態の推定方法を示す。このような推定方法としては、大きく分けて、計測信号を用いて推定する方法(
図6の「従来」)と、電力方程式(又は電圧降下式)を用いて推定する方法(
図6の「構成1」及び「構成2」)とがある。
【0063】
電力方程式を用いて推定する方法(
図6の「従来」)は、様々な条件を設定して推定結果を算出することができる特徴をもつが、数式を生成するために必要な線路長、線路インピーダンス、連系機器などの系統構成に関する情報を事前に正しく入手できるとは限らない。また計測信号と、電力方程式とを組み合わせて、両者が含む誤差を最小二乗法等を用いて最小化する方法もあるものの、電力方程式の作り方に依存することに変わりなく、系統情報が正しく入手できない場合は、推定結果に誤差が残ることになる。
【0064】
これに対して、本実施の形態では、スパース推定を用いて計測信号に含まれる誤差を軽減して状態推定することを基本構成としている(
図6の「構成1」)。また本発明の別の構成として、計測信号に基づく状態推定結果を、電力方程式(又は電圧降下式)に入力して、計測信号に関わる誤差と、電力方程式に関わる誤差とを分離して状態推定することもできる(
図6の「構成2」)。
【0065】
電力系統の全体ではなく、電力系統に設けた2点間に着目した電圧降下式に、本実施の形態の計測信号に基づく状態推定結果を入力してもよい。電源側(送出し側)と負荷側とを端点とする電力系統の区間に着目して、当該区間の送出し側を添え字s、負荷側を添え字rを付して区別し、送出し側の電圧をEs、負荷側の電圧をEr、線路インピーダンスをZ、電流をJとすると、送出し側から負荷側までの電圧降下は次式
【数8】
のような非線形複素数式で表される。(8)式において、それぞれの変数は複素数又はベクトルとする。
【0066】
ここで抵抗をR、リアクタンスをX、虚数記号をjとすると、線路インピーダンスZは次式
【数9】
であり、記号(
*)は共役を表すものとすると、有効電力P、無効電力Q、及び、負荷側電圧E
rは次式
【数10】
の関係を有する。
【0067】
例えば、2点間の路線インピーダンス(R,X)を未知数とする電圧降下式に、本実施の形態の状態推定結果を代入することにより、未知である路線インピーダンスについて解くことができる。また異なる時刻で取得した計測信号を用いて、電圧降下式を連立させて解くことができる。未知数としては、線路インピーダンスのほかに、計測及び推定の関係として、
・電源側の計測信号を用いて負荷側の系統状態を推定する
・負荷側の計測信号を用いて負電源側の系統状態を推定する
などがあり、計測信号(電圧降下式の変数)として、
・電圧と電流
・電圧と電力
などの扱い方がある。連系する負荷機器・分散型電源等の電力量を計測信号としてもよい。
【0068】
電力系統の全体を計測機器が設置されている箇所で区間分割して、各区間について上述した2点間の電圧降下式を組わせていくことで、系統全体の状態推定が可能となる。計測機器としては、例えばセンサ付き開閉器等が利用できる。
【0069】
なお2点間の電圧降下式の作成方法として、計算機を簡易化するために電圧相差角をゼロと仮定したり、線路抵抗が十分に低いと仮定する場合がある。しかし電力系統の場合は、これらの仮定が成り立たない場合があるため、近似することなく電圧降下式を立てて解くことが望ましい。
【0070】
連系する負荷・電源等の容量についても、同様に計測信号を用いて解くことができる。例えば、太陽光発電機器が連系した電圧降下式を対象にして、計測信号として太陽光発電機器との連系箇所の日射量及び電圧等を入力して、太陽光発電機器の発電特性等を算出するために利用できる。
【0071】
このようにして、計測信号に基づく電力系統のモデル化(又はシステム同定)を可能とする。状態推定の結果は、電力方程式を作成するために用いた系統情報と組み合わせて、何らかの表示装置に出力することができる。
【0072】
(4)本実施の形態による監視制御システムの構成
(4-1)監視制御システムの構成
次に、以上のような本実施の形態による状態推定方法を適用した監視制御システムについて説明する。
図7は、かかる状態推定方法を適用した本実施の形態による監視制御システム10を示す。この監視制御システム10は、電力系統11に設置された複数のセンサ12と、これらのセンサ12とネットワーク13を介して接続された監視制御装置14とを備えて構成される。
【0073】
センサ12は、それぞれ電力系統11の送電線を流れる3相交流の各相の電圧実効値、電流実効値、電圧及び電流の位相、有効電力及び無効電力などの物理量を計測する計測装置である。
【0074】
監視制御装置14は、各センサ12が取得した計測信号を採取し、採取した計測信号に基づいて電力系統11の状態を推定し、推定結果に基づいて必要な制御を実行するサーバ装置である。この監視制御装置14は、CPU(Central Processing Unit)20、記憶装置21、入力装置22及び表示装置23を備えて構成される。
【0075】
CPU20は、監視制御装置14全体の動作制御を司るプロセッサである。また記憶装置21は、CPU20のワークメモリとして利用される揮発性の半導体メモリと、ハードディスク装置やSSD(Solid State Drive)などの不揮発性の大容量の記憶装置とから構成され、必要なプログラムや各センサからそれぞれ採取した計測信号などを含む長期間保存が必要な各種情報が格納される。後述する二次元信号生成プログラム30、時間方向基底変換プログラム31、距離方向基底変換プログラム32、係数選択プログラム33、信号復元プログラム34、異常検知プログラム35及び制御プログラム36もこの記憶装置21に格納されて保持される。
【0076】
入力装置22は、例えばマウスやキーボードなどから構成され、ユーザが必要な指示や情報を入力するために利用する。また表示装置23は、液晶ディスプレイや有機EL(Electro-Luminescence)などから構成され、必要な情報や画面を表示するために利用される。なお入力装置22及び表示装置23に代えて、これらを一体化したタッチパネルを適用するようにしてもよい。
【0077】
なお以下において、監視制御装置14は、配電系統の系統情報が参照できるものとして、例えば電力調整機器であるSVR(Step Voltage Regulator)等の設置個所を認識し得るものとする。また電圧調整機器を遠隔制御する場合は、その制御信号(例えばSVRのタップ数)が分かることが望ましい。また計測信号を伝送するネットワークは、セキュリティが確保された高速な伝送路であることが望ましいが、限定するものではない。
【0078】
図8は、かかる監視制御システム10のセンサ12の論理構成を示す。この
図8に示すように、各センサ12は、信号変換部40、AD変換部41及び信号出力部42を備えて構成される。
【0079】
信号変換部40は、電圧、電力、位相、有効電力又は無効電力といった計測対象の物理量をアナログ値に変換する機能を有する機能部である。またAD変換部41は、信号変換部40によりアナログ値に変換された計測対象の物理量をディジタル値に変換(サンプリング)する機能を有する機能部である、さらに信号出力部42は、AD変換された物理量を計測値、その計測値を取得した時刻を計測時刻、自センサの箇所を計測箇所として出力する機能を有する機能部である。
【0080】
AD変換部41がアナログ値をディジタル値に変換するタイミングとしては、
・センサ12が備えるクロックの係数値に基づいて周期的に計測を開始
・入力信号が何らかの閾値を超えたときに計測開始
・外部からの要求に基づいて計測開始
などがある。
【0081】
この場合、クロックに基づく場合であっても、複数のセンサ12間では同期がずれることがある。また信号変化がなくても周期的に計測することは、センサ12及び監視制御装置14間を接続する通信路や、監視制御装置14の信号処理能力の負荷を圧迫することになる。このため本実施の形態による状態推定方法を利用することで、このような不都合を緩和することができる。
【0082】
なお本実施の形態においては、計測する信号種類を限定するものではなく、例えば、各センサ12が、電圧、電流及び位相等の複数種類の信号を同じ計測時刻に計測するようにしてもよい。
【0083】
図9は、かかる監視制御装置14の論理構成を示す。この
図9に示すように、監視制御装置14は、二次元信号生成部43、時間方向基底変換部44、距離方向基底変換部45、係数選択部46、信号復元部47、異常検知部48及び制御部49を備えて構成される。
【0084】
二次元信号生成部43は、CPU20が記憶装置21に格納された二次元信号生成プログラム30(
図7)を実行することにより具現化される機能部である。二次元信号生成部は43、各センサ12からそれぞれ採取した計測信号について、時間及び距離の属性に基づいて
図3の左側の図について上述した二次元計測信号を生成し、生成した二次元計測信号を時間方向基底変換部44に出力する。
【0085】
時間方向基底変換部44は、CPU20が記憶装置21に格納された時間方向基底変換プログラム31を実行することにより具現化される機能部である。時間方向基底変換部44は、二次元信号生成部43から与えられた二次元計測信号を時間方向に基底変換することにより一次元変換信号を生成し、生成した一次元変換信号を距離方向基底変換部45に出力する。
【0086】
距離方向基底変換部45は、CPU20が記憶装置21に格納された距離方向基底変換プログラム32(
図7)を実行することにより具現化される機能部である。距離方向基底変換部45は、時間方向基底変換部44から与えられた一次元変換信号を距離方向に基底変換することにより二次元変換信号を生成し、生成した二次元変換信号を係数選択部46及び信号復元部47にそれぞれ出力する。
【0087】
係数選択部46は、CPU20が記憶装置21に格納された係数選択プログラム33を実行することにより具現化される機能部である。係数選択部46は、距離方向基底変換部45から与えられた二次元変換信号に含まれる基底関数についての係数からスパース推定を用いて有効な係数を選択し、選択した係数を信号復元部47に出力する。
【0088】
信号復元部47は、CPU20が記憶装置21に格納された信号復元プログラム34を実行することにより具現化される機能部である。信号復元部47は、距離方向基底変換部45から与えられた二次元変換信号に基づき、係数選択部46から通知された係数を利用して回帰式を生成し、生成した回帰式に、任意の時刻及び距離を復元条件として設定することによりその時刻及び距離における原信号を復元する。そして信号復元部47は、復元した原信号を推定信号として異常検知部48に出力する。
【0089】
異常検知部48は、CPU20が記憶装置21に格納された異常検知プログラム35を実行することにより具現化される機能部である。異常検知部48は、信号復元部47から与えられた推定信号に基づいて、監視対象の電力系統に現在発生している異常を検知し、検知した異常を制御部49に通知する。
【0090】
なお、異常検知部48は、現在時刻の状態推定の結果と、現在の計測信号とを比較し、これらの差分を算出することで異常を検知する。例えば電圧について、推定結果よりも計測値が大きく下がっていることを検出した場合に、何らかの判定基準を用意して例えば地絡事故を要因の1つとして挙げることができる。また複数の状態を組み合わせてもよく、例えば、電圧及び電流の位相差について、推定結果と計測値とを比較して位相差に大きな差分が検出された場合に、上述した電圧低下の検出結果と組み合わせて、地絡事故を要因の1つとして挙げることができる。
【0091】
また現在時刻の状態推定は、回帰式における時間又は距離にセンサ12による計測範囲を超える数値を設定することで行う。そもそも計測信号(t-1、t-2,……)による測定範囲を超える数値を回帰式に設定することで状態を推定(予測)することができるが、現在時刻の状態を推定すること自体が状態推定に相当する。
【0092】
回帰式を次式
【数11】
として、sを時間tの変数とすれば、次式
【数12】
のように、原時刻(t
now)にΔt(Δt≧0)を加算した時刻(t
now+Δt)を設定することで将来の電力系統の状態の予測値を算出することができ、Δtをゼロに設定することで現在時刻の状態の予測値を算出することができる。
【0093】
同様に、距離方向について、計測信号を得た範囲を超えた距離を設定することで、距離方向の状態を予測することもできる。なお、このとき基底関数を切り替えるようにしてもよい。例えば、日射量に関わる基底関数をもつとき、状態予測をする時刻の日射量の大きさを適宜に修正して回帰式を計算することで、天候の変化を反映した状態を予測することができる。
【0094】
制御部49は、CPU20が記憶装置21に格納された制御プログラム36(
図7)を実行することにより具現化される機能部である。制御部49は、異常検知部48から与えられた異常に対する対処を実行するための制御信号を生成し、生成した制御信号を監視制御システム10内の制御対象に送信するようにしてその制御対象を制御する。例えば、異常検知部48が異常として電圧低下を検知した場合、制御部49は、地絡が発生している地点を特定し、その前後の開閉器を開状態とするようこれらの開閉器に制御信号を送信することにより、地絡が発生した地点を前後の送電線から切り離す。
【0095】
ところで、上述のように制御信号を生成する際、センサがサンプリングにより計測値を得た時刻(計測時刻)と、制御信号を用いて電力系統11内の制御対象を制御する時刻(以下、これを制御時刻と呼ぶ)との間には時間差Δtが生じる場合がある。一般に、計測時刻から制御時刻までには、計測信号の伝達及び蓄積などに要する時間と、計測信号に基づいて制御信号を生成して制御対象に伝達する時間とが必要になる。この時間内に、制御信号を生成する根拠となる電力系統11の状態が変化する場合は、制御の誤差が発生する可能性がある。
【0096】
そこで実施の形態の場合、制御部49は、
図10に示すように、計測時刻(t
-1,t
-2,……)、現在時刻(t
now)、予測時刻(t
predict)の時間関係に基づいて、制御する時刻の状態を予測し、予測時刻の予測値に基づいて制御信号を算出する。これにより制御誤差を軽減することができる。このための状態予測の手順は上述の通りであり、スパース推定に基づいて生成した回帰式に予測時刻を代入して予測値を算出する。回帰式は、対象システムである電力系統11の本来の原信号を推定するために利用している。
【0097】
この予測した予測値(状態値)が電源系統の運用範囲に収まるように、何らかの制御機器を対象とする制御信号を算出して、上述の予測時刻に出力することで、精度の高い制御を行うことができる。ここで状態として扱う信号は、電圧、電流、位相、有効電力及び無効電力などであってよく、何れかに限定するものではない。また、かかる制御機器及び制御信号の算出方法も限定されない。
【0098】
同様に、距離方向についても、
図11に示すように、電力系統11に設置されたセンサ12の箇所(r
1,r
2,……)の範囲が限定されているときに、その範囲を超えた監視制御システム10内の箇所(r
predict)を設定して状態の予測値を算出することで、予測した状態値が電力系統11の運用範囲に収まるように制御信号を生成することができる。
【0099】
本実施の形態の制御部49は、上述の時間及び距離の両方向を組み合わせて予測値を算出して制御に適用する。
【0100】
なお異常検知部48が何らかの異常(事故)や、異常に先立つ予兆を検出した場合に、制御部がその旨を表示装置23(
図7)に表示するようにしてもよく、さらにはその異常を解消又は予防するための対策方法や復旧方法に関する作業指示を表示装置に表示するようにしてもよい。
【0101】
(4-2)表示画面
図12(A)~(C)は、上述した本実施の形態の状態推定方法による推定結果の表示装置23(
図7)への表示例を示す。
図12(A)は、推定に用いた計測信号の表示例であり、
図12(B)は、復元条件(「入力」の欄の「時間」及び「距離」)と、その復元条件の下で推定された状態(「出力」の欄の「電圧」及び「電流」)との表示例を示す。また
図12(C)は、最終的な推定結果の表示例である。これらの表示は、例えば信号復元部47(
図9)により実行されるものとするが、例えば
図12(A)については、二次元信号生成部43(
図9)が表示を行うようにしてもよい。
【0102】
なお、例えば計測機器を含む各種機器の特性や、動作状態、計測信号等を併せて表示するようにしてもよい。計測機器に不具合がある場合には、推定結果の信頼性に関わる何らかの情報を表示するようにしてよい。さらに系統構成と、各センサ12の設置箇所と、上述の計測信号及び推定値とを重ねて表示するようにしてもよい。
【0103】
(4-3)システム状態推定処理
図13は、各センサ12から収集した計測信号に基づき任意の時刻の電力系統の状態を推定するために監視制御装置14において実行される一連の処理(以下、これをシステム状態推定処理と呼ぶ)の具体的な処理の流れを示す。
【0104】
このシステム状態推定処理は、時刻及び箇所を指定した上でその時刻及び箇所における電力系統の状態を推定すべき旨の指示(以下、これを状態推定指示と呼ぶ)が、入力装置22(
図7)を介してユーザにより入力されると開始される。なお、前提として、監視制御装置14の二次元信号生成部43(
図9)は、各センサ12から適宜送信されてくる計測信号を順次記憶装置21(
図7)に格納して蓄積している。
【0105】
そして、かかる状態推定指示が入力されると、まず、二次元信号生成部43が、記憶装置21に蓄積された各センサ12からの計測信号に基づき時間及び距離の属性に従って二次元計測信号を生成する(S1)。
【0106】
続いて、時間方向基底変換部44(
図9)が、二次元信号生成部43により生成された二次元計測信号を時間方向に基底変換して一次変換信号を生成し(S2)、さらにその結果に対して距離方向基底変換部45(
図9)が距離方向に基底変換することにより二次元変換信号を生成する(S3)。
【0107】
次いで、係数選択部46(
図9)が、スパース推定を用いて、二次元変換信号に含まれる基底関数についての係数から有効な係数を選択し(S4)、選択した係数を用いて回帰式を生成する(S5)。
【0108】
また、この後、信号復元部47が、ユーザにより指定された時刻及び距離を復元条件としてステップS46で生成された回帰式に設定することにより、推定対象の原信号(例えば、電圧信号、電流信号又は周波数信号)を復元し(S6)、復元した原信号を推定信号として適切な形式で表示装置23に表示したり、異常検知部48に出力する(S7)。以上によりこのシステム状態推定処理が終了する。
【0109】
(4-4)配電系統にある制約と対策
本実施の形態による監視制御装置14を用いて電力系統11の状態を推定する場合、設備機器や設備構成などの制約を受けることがある。例えば、線路の構成や、各種機器が制約になることがある。
【0110】
配電系統の線路は、幹線及び分岐線の組み合せで構成されている。線路は、一般にトリー状の系統構成であるが、部分的又は一時的にループ状の系統構成をとる場合もある。電力方程式を生成して電力系統の状態推定を行う場合には、このような系統構成が推定精度に大きな影響を与える。
【0111】
しかしながら本実施の形態では、系統全体を対象にする必要はない。分岐又はループがある場合は、線路を適宜分割して、系統の分割した部分について計測信号を用いた状態推定を適用すればよい。ループに分割点を入れて、一次元の線路と見立てて展開することで、上述した距離方向の座標に当て嵌めることができる。このときループ分割点の状態が、一次元に展開した線路の両端の状態に対応する。
【0112】
電力系統11に設置する電圧調整器の1つであるSVRは、一次側と二次側の巻線比をタップ制御で切り替えて電圧を調整する。自端の計測値を用いて自律的にタップ比を選択して動作する方法、及び、遠隔に設置した制御装置から制御指示を出す方法がある。
図14(A)に示すように、一次側と二次側とで電圧の段差があるため、回帰式で電圧分布を表すことは難しい。
【0113】
回帰式を用いて電圧推定する場合の電圧調整器による電圧段差を補正する方法の一例を
図14(B)及び(C)に示す。事前にタップ比が分かれば、その比率に基づいて
図14(C)のようにSVRの設定を行うことにより、
図14(B)のように一次側と二次側との電圧が滑らかに連続するよう計測信号を補正することができる。またタップ比が分からない場合は、一次側及びに二次側の電圧が滑らかに連続するように計測信号を補正することができる。
【0114】
このようにして計測信号を補正し、上述した回帰式で推定した結果に、電圧補正に用いたタップ数を用いて一次側と二次側の電圧段差を再現する。
【0115】
(4-5)次元の拡大、予測
本実施の形態による状態推定方法は、計測信号が備える属性の個数及び種類を限定するものではない。
【0116】
図15は、計測信号の属性として、時間、距離及び日数の3つがあるとき、属性に基づく三次元空間でスパース推定を行う例を示している。ここで日数は、24時間を周期として繰り返す一日を単位とする。ただし、月や年を単位としてもよい。
【0117】
基底関数として、24時間を周期とする気象データ(日射量、気温など)、人流、交通量、分散電源の発電量及び電力負荷などを利用することができる。それぞれの基底関数は、上述した手順に基づいて回帰式を生成するときの係数として反映する。このように複数の属性があり、多次元計測信号が得られる場合も、上述のように最初に一次元の基底変換を行い、測定時刻の非周期性を除去する。
【0118】
また本実施の形態による状態推定方法は、計測信号の属性を限定するものでもない。電力系統11の場合は、時間及び距離(線路)方向に電気的な相関性があることを利用したが、電気的に接続していない場合でも、同様に地域性、人間性及び国民性などの相関を取り込むようにしてもよい。
【0119】
例えば
図15に示すように、日本国内の様々な事象を対象にした状態推定に適用することができる。このため
図1に示すように、日本地形を底面に配置して、底面に垂直に時間をとった空間を用意して、日本国内の各所で計測された様々な信号をプロットする。本実施の形態による状態推定方法は、多種・多地点の計測信号を限定しないため、計測信号は非周期及び非同期になることが必然になるため、かかる状態推定方法を用いて周期及び同期がとれた信号を復元する。
【0120】
また同時に有効な基底を選択することもできる。例えば、エネルギー流通を解析するために、距離を地域(二次元)に置き換えて時間と組み合わせることで、三次元空間の計測信号の分布についてスパース推定を行うことができる。こうして、例えば以下の各事項について、計測値、計測時刻及び計測地点を対象にした状態推定に適用してもよい。
・電力、ガス、水などの生活インフラの流通や需給バランス
・トラック、鉄道、船舶などによる資材の流通や需給バランス
・人、車、電車などの人材の流通や需給バランス
【0121】
これらの信号は、異なる機関が異なる手法で計測し、また計測値の属性が異なる場際がある。これらに関わる様々な基底関数を辞書(基底データの組合せ)として用意し、以下の(A)~(E)の手順で計測信号をスパース推定することにより原信号を復元する。
(A)各計測信号を時間方向に基底変換する
(B)その変換結果について緯度方向に基底変換する
(C)その変換結果について経度方向に基底変換する
(D)変換結果から有効な係数を選択して回帰式を生成する
(E)生成した回帰式に任意の属性を設定して原信号を復元する
【0122】
こうして様々な計測信号全体として同期がとれた原信号を算出する。多種・多地点の計測信号を区別するため、緯度・経度に代えて、計測機器・計測地点を区別する任意の識別子を用いることができる。
【0123】
一般に、多種・多地点の計測信号は過去データとなることがあるため、本手順で生成した回帰式に現在の時刻や未来の時刻を設定することで電力系統の状態の推定や予測を行うことができる。また多種類の基底関数を用意しておき、スパース推定による係数選択結果に基づいて、計測対象の状態を決めている基底関数の有用性や相関性を明らかにすることができる。
【0124】
(4-6)監視制御装置が計測信号を主体的に取得する場合
図7について上述した監視制御システム10において、各センサ12が監視制御装置14からの計測要求に基づいて計測を行う場合、監視制御装置14は、任意時刻に発する計測要求(デマンド)に応答する計測信号(レスポンス)を用いて対象とする電力系統の状態を監視し、状態を制御することになる。このデマンド・レスポンスの手順はポーリングと言い換えることができる。
【0125】
監視制御装置14は、電力系統11の状態又は電力系統11の周辺状況に何らかの状態の変化が検出された場合に、より詳細な計測信号を集めるために、計測要求の頻度を高めることができる。この結果、電力系統11に設置された複数のセンサ12からの計測信号は、非周期及び非同期になる。本実施の形態による状態推定方法は、このようにして収集した計測信号にスパース推定を適用することにより、周期・同期の原信号を生成する。
【0126】
このとき、計測要求の頻度を高めて計測信号を収集した時間帯においては、計測信号の時間方向の分解能(言い換えれば周波数特性)が高くなっている。このように時間方向に計測信号の周波数特性が変化するとき、時間位置と周波数成分との関係を見出す方法にウェーブレット解析がある。ウェーブレット解析は、ドビシー関数等の基底関数を用いて基底変換する手法で、例えば、声紋解析などの分野で使われている技術である。
【0127】
本実施の形態による状態推定方法は、スパース推定の信号処理手順における基底変換に、ドビシー関数等の基底関数を用いたウェーブレット変換を利用することができる。ウェーブレット逆変換も定義されており、変換結果から原信号の復元が可能である。この基底変換の係数選択にスパース推定を適用する。
【0128】
(5)本実施の形態の効果
以上のように本実施の形態の監視制御システム10において、監視制御装置14は、n(n≧1)個の属性をもつk(k≧1)種類の計測信号をn次元の基底関数を用いて基底変換し、基底変換により得られた係数を用いて回帰式を生成し、生成した回帰式を用いて原信号を復元する。
【0129】
従って、本実施の形態によれば、複数の非同期の計測信号から同期した計測信号を復元し、復元した計測信号から原信号を精度良く推定することができ、かくして状態推定の精度を向上させ得る監視制御装置14を実現できる。
【0130】
(6)他の実施の形態
なお上述の実施の形態においては、本発明を電力系統11を状態推定の対象(状態推定対象)とする監視制御装置14に適用するようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、電力系統11以外の種々のシステム、装置又は機器を状態推定対象とするこの他種々の状態推定装置に広く適用できる。
【0131】
また上述の実施の形態においては、実施の形態による状態推定方法の機能を1つのサーバ装置(監視制御装置14)に搭載するようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、かかる機能を、分散コンピューティングシステムを構成する複数のサーバ装置に分散して搭載するようにしてもよい。
【0132】
具体的には、1又は複数の前記計測機器から取得したn(n≧1)個の属性をもつk(k≧1)種類の計測信号をn次元の基底関数を用いて基底変換する基底変換部(時間方向基底変換部44及び距離方向基底変換部45)と、基底変換により得られた係数を用いて回帰式を生成する回帰式生成部(係数選択部46)と、生成された回帰式を用いて計測信号の原信号を推定する推定部(信号復元部47)との一部又は全部を異なるサーバ装置に分散配置するようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0133】
本発明は種々のシステム、装置又は機器を状態推定対象とする種々の状態推定装置に広く適用することができる。
【符号の説明】
【0134】
10……監視制御システム、11……電力系統、12……センサ、14……監視制御装置、20……CPU、23……表示装置、30……二次元信号生成プログラム、31……時間方向基底変換プログラム、32……距離方向基底変換プログラム、33……係数選択プログラム、34……信号復元プログラム、35……異常検知プログラム、36……制御プログラム、43……二次元信号生成部、44……時間方向基底変換部、45……距離方向基底変換部、46……係数選択部、47……信号復元部、48……異常検知部、49……制御部。