(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023111315
(43)【公開日】2023-08-10
(54)【発明の名称】尿素の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 273/02 20060101AFI20230803BHJP
C07C 275/00 20060101ALI20230803BHJP
【FI】
C07C273/02
C07C275/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022013115
(22)【出願日】2022-01-31
(71)【出願人】
【識別番号】504194878
【氏名又は名称】国立研究開発法人海洋研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】北台 紀夫
【テーマコード(参考)】
4H006
【Fターム(参考)】
4H006AA02
4H006AB99
4H006AC57
4H006BA52
4H006BB31
4H006BC11
4H006BC34
4H006BE14
4H006BE40
(57)【要約】
【課題】低コストかつ環境調和的な新規の尿素製造方法を提供する。
【解決手段】一酸化炭素、アンモニア、及び硫黄を、好ましくは硫黄の一酸化炭素に対するモル比(S0/CO)が5以上で、水中で反応させることを含む尿素の製造方法により、作業工程が少なく、有害レベルの硫化水素の発生を伴わないと共に、高収率な尿素の製造を達成することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一酸化炭素、アンモニア、及び硫黄を反応させることを含む尿素の製造方法であって、前記反応を水中で進行させる製造方法。
【請求項2】
硫黄の一酸化炭素に対するモル比(S0/CO)が5以上である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記反応が常圧で行なわれる請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
アンモニアが溶解した水溶液、硫黄、及び一酸化炭素ガスを混合することを含む請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記水溶液のpHが9.0~11.0である請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記水溶液が塩化アンモニウムを含む請求項4又は5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記水溶液が硫化水素ナトリウムを含む請求項4~6のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、尿素の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
尿素は世界中で最も多く使用されている窒素肥料である。国際肥料協会(International Fertilizer Association)が公表する統計によると、2019年に全世界で消費された尿素肥料は計5238万トン(窒素量換算)に上り、これは全窒素肥料消費量(10772万トン;窒素量換算)の約半分を占めている。今後も人口増加による食料需要の拡大に伴い、尿素市場は数十年に渡って成長を続けると予想される。
【0003】
尿素は、一般的な工業プロセスでは二酸化炭素とアンモニアとの反応により製造されている。この反応は定量的ではなく、また、高温高圧条件を必要とするため、エネルギー利用の効率化や未反応物の回収及び処理などについて、従来、改良が重ねられてきている。工業的に収率を上げるために多段階からなるサイクルシステムも用いられているが、エネルギー消費量が多く、大量の二酸化炭素を排出する。
【0004】
尿素の製造のための別の方法として、特許文献1には、硫化カルボニルとアンモニアをメタノール中で混合し、0.17~1.7MPa、40~140℃で反応させる方法が開示されている。また、特許文献2では、アンモニア、一酸化炭素、及び硫黄を有機溶剤(メタノール、ジエチレングリコール、あるいはジエチルエタノールアミン)中で混合し、1.7~2.8MPa、90~110℃で反応させ、尿素を製造する方法が開示されている。これらの方法は二酸化炭素とアンモニアを原料とする従来法と比較して、一回の反応で達成できる収率が高く、反応条件も穏やかでエネルギーコストが低い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第2681930号明細書
【特許文献2】米国特許第2857430号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1又は特許文献2に記載の尿素の製造方法では、尿素と共に硫化水素が同モル量発生し、この方法の工業プロセスへの適用の妨げになっていた。
本発明の課題は、低コストかつ高収率で、作業工程が少なく、有害な副生成物の発生が抑えられた尿素の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題の解決のため鋭意検討し、アンモニア、一酸化炭素、及び硫黄の反応が、水中でも高収率かつ低コストで進行することを初めて見出した。そして、水中での反応により、有毒な硫化水素の発生を大幅に抑えることに成功し、さらに検討を重ねて、本発明を完成させた。
具体的には、本発明は以下のとおりである。
【0008】
<1>一酸化炭素、アンモニア、及び硫黄を反応させることを含む尿素の製造方法であって、上記反応を水中で進行させる製造方法。
<2>硫黄の一酸化炭素に対するモル比(S0/CO)が5以上である<1>に記載の製造方法。
<3>上記反応が常圧で行なわれる<1>又は<2>に記載の製造方法。
<4>アンモニアが溶解した水溶液、硫黄、及び一酸化炭素ガスを混合することを含む<1>~<3>のいずれかに記載の製造方法。
<5>上記水溶液のpHが9.0~11.0である<4>に記載の製造方法。
<6>上記水溶液が塩化アンモニウムを含む<4>又は<5>に記載の製造方法。
<7>上記水溶液が硫化水素ナトリウムを含む<4>~<6>のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、新規の尿素の製造方法が提供される。本発明の尿素の製造方法は、作業工程が少なく、高収率であるとともに、有害レベルの硫化水素を発生しない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】尿素標準試料の紫外可視分光スペクトル(左)及び525nmと625nmにおける吸光度の差を用いて作成した尿素濃度の検量線(右)を示す。
【
図2】一酸化炭素標準試料のクロマトグラム(左)及び一酸化炭素分圧の検量線(右)を示す。
【
図3】二酸化炭素標準試料のクロマトグラム(左)及び二酸化炭素溶存濃度の検量線(右))を示す。
【
図4】硫化水素標準試料のクロマトグラム(左)及び硫化水素濃度の検量線(右)を示す。
【
図5】アンモニアの水中濃度(a)5質量%及び(b)10質量%におけるにおける尿素収率(一酸化炭素量換算)の35、50、65℃での経時変化を示す。
【
図6】硫黄使用量に応じた、副産物として生じる硫化水素ガスの濃度(上)と、尿素収率及び一酸化炭素残量(下)の変化を示す。
【
図7】尿素生成反応によって消費された一酸化炭素量と、生じた多硫化物イオン量との関係を示す。
【
図8】熱力学計算から予測される、尿素合成実験後の溶存硫黄成分(多硫化物イオン(S
2
2-~S
8
2-)及び硫化水素成分(H
2S、HS
-))の水中濃度分布(a)、及び反応水溶液と平衡にあるガス中の硫化水素濃度(b)を示す。
【
図9】ガスクロマトグラフ質量分析計による反応バイアル瓶中の硫化カルボニル又は硫化水素の分析結果を示す。
【
図10】(a)35℃、(b)50℃、及び(c)65℃における尿素収率と一酸化炭素残量の経時変化(プロット)を、反応速度式により再現した結果(曲線)を示す。本図に示す尿素収率(プロット)は
図5(a)と同様である。
【
図11】実験結果の反応速度式による再現(
図10)から得られた速度定数(●)のアレニウスプロットを示す。Kamyshny et al. (2003)において報告された、一酸化炭素と多硫化物イオンからの硫化カルボニルの生成速度定数(◆)も併せて示す。
【
図12】アレニウスプロット(
図11)から得られた活性化エネルギー(Ea=58.5kJ/mol)及び頻度因子(A=6.7×10
7)を用いて予測される、40、60、80、100℃における尿素生成曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。
本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0012】
本発明の尿素製造方法は、一酸化炭素、アンモニア、及び硫黄を反応させることを含み、この反応を水中で進行させる製造方法である。この尿素製造方法では、二酸化炭素とアンモニアを原料とする従来法で取り入れられているような高温高圧条件を必要とせず、エネルギーコストを抑えることができる。また、二酸化炭素排出量を抑えることができる。
【0013】
一酸化炭素(CO)及びアンモニア(NH3)からの尿素((NH2)2CO)の生成は酸化反応であり、進行には酸化剤を要する。
CO+2NH3→(NH2)2CO+2H++2e-
【0014】
硫黄(S0)は、多硫化物イオン(Sn
2-(n=2~8))へと還元することで酸化剤として機能し、尿素生成を駆動する。
nS0+2e-→Sn
2-(n=2~8)
すなわち、反応全体としては以下の式で表される。
CO+2NH3+S0→(NH2)2CO+Sn
2-+2H+
【0015】
本明細書において、多硫化物イオンは一般式Sn
2-(n=2~8)で表される二価陰イオンを意味する。多硫化物イオンは、nが単一の数値で表される1種類の化合物からなっていてもよく、nが異なる数値で表される2種以上の化合物の混合物であってもよい。平衡状態においては、例えば25℃、pH10.5の水中では、多硫化物イオンはn=5の状態で最も多く存在し、次いで多いn=4、n=6の成分と合わせた存在比率は80~90%程度となる。本発明の尿素製造方法では、これらの比率を調整する必要はない。
【0016】
本発明において、多硫化物というときは、多硫化物イオンに加えて、多硫化物イオンの塩及びその溶媒和物等も含む意味である。塩はアルカリ金属塩が好ましく、アルカリ金属としてはナトリウム、カリウム又はリチウムが好ましい。溶媒和物としては水和物が挙げられる。
【0017】
本発明の尿素製造方法では、特許文献1及び特許文献2で開示された方法と比較して、有毒な硫化水素の発生を大幅に抑えることができる。これは、硫化水素は水中で速やかに硫黄と反応し、多硫化物イオンを生じるためである。
(n-1)S0+HS-→Sn
2-+H+
【0018】
本反応の進行には、アルカリ性pHが好ましい。実施例でも示すように、pHを10.3以上に調整することにより、硫化水素ガスの発生濃度を5ppm未満に抑えることができる(25℃での測定結果)。硫化水素ガス濃度は任意の温度・pH条件において、熱力学計算から予測することができる。
【0019】
多硫化物イオンは腐食作用を有する(国際公開第2014/025533号等)。したがって、本発明の尿素の製造方法を工業的に実施する場合においては、反応容器の腐食の問題も生じ難い。また、多硫化物イオンは酸化処理により容易に元素硫黄又は硫黄酸化物に変換できる。例えば、多硫化物の酸素による元素硫黄への酸化は、硫化水素から元素硫黄への酸化と比較しても迅速である(Steudel, 1986; Kleinjan et al., 2005)。このような酸化処理により最終的に得られる硫酸イオンは、肥料成分として尿素と共に使用することも考えられる。
【0020】
本発明の尿素の製造方法により生じた多硫化物イオンは、酸化処理により元素硫黄に変換し、本発明の尿素の製造方法に再利用することもできる。
【0021】
本発明の尿素の製造方法において、重要な反応中間体は硫化カルボニル(OCS)であり、一酸化炭素と多硫化イオンとの以下の反応から生成する。
CO+Sn
2-→OCS+Sn-1
2-
生成した硫化カルボニルがアンモニアと反応することで、尿素が生じる。
上記の硫化カルボニル生成反応は、尿素生成反応全体の進行速度を律速する段階でもある。結果として、尿素の生成速度は、一酸化炭素と多硫化物イオンの濃度に比例する。
【0022】
本発明の尿素の製造方法において、尿素の生成速度は以下の反応速度式で表される:
d[(NH2)2CO]/dt=k[CO][Sn
2-]
[(NH2)2CO]、[CO]、[Sn
2-]は、各成分の水中濃度(mol/L)を表す。kは速度定数であり、活性化エネルギー(Ea=58.5kJ/mol)及び頻度因子(A=6.7×107)を用いて以下のアレニウスの式から求められる:
k=Aexp(-Ea/RT)
Rは気体定数、Tは絶対温度である。
【0023】
なお、反応全体の式(CO+2NH3+S0→(NH2)2CO+Sn
2-+2H+)が示すように、反応進行に伴う一酸化炭素の減少量、及び多硫化物イオンの増加量は、尿素の生成量と同量である。このため、一酸化炭素及び多硫化物イオンの濃度を経時観測しなくても尿素の生成速度を計算することができる。反応開始時における一酸化炭素・多硫化物イオンの量、及び上記のアレニウスの式から得られる速度定数kを用いることで、任意の温度条件下における尿素生成速度を予測することができる。
【0024】
本発明の尿素製造方法では、全ての反応は水中で進行する。本発明では、多硫化物イオンの生成、硫化カルボニルの生成、硫化カルボニルとアンモニアとの反応などの上記の複数の工程が、水中で連続的に進行することを初めて見出した。そして、上述のように有毒な硫化水素の発生を大幅に抑えることに成功した。
【0025】
特許文献2に記載の、アンモニア、一酸化炭素、及び硫黄を原料とする尿素合成方法は、有機溶剤の使用によりコストが高く、また環境負荷の問題もあった。同文献では溶剤を用いない尿素製造方法も開示されているが、反応進行には高濃度のアンモニア、一酸化炭素、及び硫黄が必要であり(1.8L容器中にそれぞれ8.5、3.9、3.1moL)、尿素収率も低かった(61%)。反応を水中で進行させる本発明の方法により、低コスト、環境調和的かつ高収率な尿素の製造が可能になる。
【0026】
本明細書において、「水中」というとき、水の中のみでなく、水とガス相の界面も含む意味である。また、「水中」というとき、主に水を含む溶媒中との意味であり、他の媒体や成分を含む溶媒中を除く意味ではない。したがって、反応は、水中に加えて、水と水に混和可能な媒体との混合溶媒中で進行させてもよい。水に混和可能な媒体の例としては、メタノール、エタノール、アセトン、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチル-2-ピロリドン、テトラヒドロフラン、エチレングリコール、ジエチレングリコール等が挙げられる。混合溶媒は水を70質量%以上含有することが好ましく、80質量%以上含有することが好ましく、90質量%以上含有することが好ましい。
【0027】
本発明の尿素の製造方法において、一酸化炭素は気体として反応水溶液に接触させればよい。反応水溶液と接触させる一酸化炭素を含むガス相中には、一酸化炭素以外に窒素などの不活性ガスや微量の二酸化炭素が含まれていてもよい。一酸化炭素は、ガス相中に存在する他の気体の総モル量より多いモル量でガス相に含まれていることが好ましく、例えば、他の気体の総モル量の2倍以上、4倍以上、5倍以上、又は10倍以上であることが好ましい。反応開始時における一酸化炭素の分圧は、0.05~30MPaとなる範囲内であることが好ましく、0.08~10MPaとなる範囲内であることがより好ましく、0.1~5MPaとなる範囲内であることがさらに好ましい。反応開始時における一酸化炭素の分圧は、実施例で示すように、常圧(0.1MPa)でも高い尿素収率をもたらすことができる(最大で略100%)。反応時における反応容器内の一酸化炭素の分圧が好ましい範囲内で維持されるように、反応により消費された一酸化炭素を補いながら行ってもよい。
【0028】
本発明の尿素の製造方法において、アンモニアは水中に溶解したアンモニア水溶液として反応に用いることが好ましい。アンモニアは、アンモニウムイオンとの平衡を通じて水溶液pHの緩衝材としても働くことから(NH3+H+⇔NH4
+)、一酸化炭素に対して当量以上で用いることが好ましく、過剰量であってもよい。
アンモニア水溶液に硫黄を懸濁又は分散させて一酸化炭素を含むガス相と接触させることが好ましい。
【0029】
硫黄は天然物であっても合成製品であっても、これらの組み合わせであってもよい。硫黄は化石燃料の精製プロセスから大量に生じている安価な材料である。近年では、硫黄精製技術の向上や硫黄を多く含む原油の採掘などにより、世界全体の硫黄の供給量は増加傾向にある。需要量を超過した硫黄は世界各地で山積みに放置されており、中長期的な環境への悪影響が懸念されている(Wagenfeld et al., 2019)。本発明の尿素の製造方法は、硫黄の有効な活用法として、このような問題の解決にも資すると考えられる。
【0030】
本発明の製造方法で使用される硫黄は、単体硫黄若しくはその同素体又はそれらの混合物であってもよい。硫黄は、固体であっても液体であってもよいが、固体であることが好ましい。固体は、アモルファスであっても結晶であってもよい。硫黄としては例えば単体硫黄や固体の6~20の硫黄を含む環状硫黄[例えば八員環S8を単位とする斜方昌系硫黄(α硫黄)や六員環S6の菱面体構造の硫黄など]を挙げることができる。硫黄は粉末状で用いることが好ましい。
【0031】
十分な尿素の収率を得るため、硫黄は一酸化炭素に対するモル比(S0/CO比)が2.0以上で用いられることが好ましく、2.4以上で用いられることがより好ましく、5以上で用いられることがより好ましい。実施例で示すように、S0/CO比を5以上とすることにより、一酸化炭素に対する尿素の収率を略100%とすることができる。また、S0/CO比を5以上とすることにより、副産物として生じる硫化水素の大部分を硫黄と反応させ、多硫化物イオンに変換することができる。すなわち、尿素製造過程における硫化水素ガスの発生量を抑えることができる。S0/CO比の上限は特にないが、硫黄が過剰であることにより反応水溶液の撹拌が困難となる場合等において、10程度としておけばよい。一酸化炭素、アンモニア、又は両方を順次供給しながら反応を進行させる場合は、反応時に、常にS0/COが5以上に保持されるように、硫黄を過剰量で用いることが好ましい。
【0032】
本発明の尿素製造方法において、反応水溶液はアンモニアが溶解していることにより、通常アルカリ性である。上述のように、アルカリ性では硫化水素ガスの発生が抑えられると共に、多硫化物イオンの溶解度が増すことによって、尿素生成速度が上昇する。一方、強いアルカリ性条件下では、反応中間体である硫化カルボニルが加水分解し、尿素収率が低下する。これらのことから、pHは9.0~11.0であることが好ましく、10.3~10.5であることが特に好ましい。反応水溶液のpHは、実施例で示すように、塩化アンモニウム等のアンモニウム塩を添加して調整することができる。
【0033】
反応水溶液には硫化水素塩を添加してもよい。硫化水素塩の添加により、硫化水素イオンと硫黄との以下の反応から多硫化物イオンを得ることができる:
(n-1)S0+HS-→Sn
2-+H+
多硫化物イオンは、一酸化炭素、アンモニア及び硫黄の反応で生じるが(CO+2NH3+S0→(NH2)2CO+Sn
2-+2H+)、硫化水素塩の添加により予め反応水溶液に存在させておくことで、反応開始直後から高い反応速度で尿素の製造を進めることができる。
【0034】
硫化水素塩の例としては、硫化水素ナトリウムが挙げられる。硫化水素塩の添加量が多すぎると、尿素製造後に残存する硫化水素の濃度が高まり、尿素収率の低下にもつながる。したがって、硫化水素塩は一酸化炭素に対して5%~20%程度のモル比を目安として用いることが好ましい。
【0035】
本発明の尿素製造方法における反応温度は、35℃~100℃が好ましく、50℃~90℃がより好ましく、50℃~80℃がさらに好ましい。実施例で示すように、35℃条件と65℃条件とでは最終的に得られる尿素の収率には大きな差は見られないが、高温ほどより早い反応速度を得ることができる。一方、高温では生成した尿素が加水分解するため、これを抑えるためには反応温度は100℃以下であることが好ましい。反応は常圧(0.1MPa)で行なうことが可能であるが、反応速度を上げるため、例えば0.05~30MPa、好ましくは0.1~5MPaの範囲で行なってもよい。
【0036】
本発明の尿素製造方法は、一酸化炭素、アンモニア、及び硫黄が水中で反応できる限りどのような容器又は装置を用いて行なわれてもよい。典型的には、アンモニア水溶液、硫黄粉末、及び一酸化炭素ガスを混合及び撹拌して反応を進行させる。
【0037】
混合及び撹拌方法の一例として、アンモニア水溶液、硫黄粉末、及び一酸化炭素ガスを気密性の反応容器中で振盪、撹拌する方法が挙げられる。例えば、反応容器内に、アンモニア水溶液及び硫黄粉末を仕込んだ後、反応容器内に一酸化炭素ガスを注入して振盪する。又は反応容器内に、硫黄粉末を仕込んだ後、アンモニア水溶液及び一酸化炭素ガスを注入してもよい。反応容器は一酸化炭素ガスの注入前に不活性ガスで満たし、この不活性ガスを一酸化炭素ガスに置き換えてもよく、一酸化炭素ガスの注入前に反応容器内の気体を真空ポンプ等で吸引していてもよい。
【0038】
混合及び撹拌は、硫黄を懸濁させているアンモニア水溶液中に一酸化炭素ガスをバブリングする等の方法でも行うことができる。
【0039】
本発明の尿素製造方法にかける反応時間は、原料の濃度、温度等の条件に応じて、目標の収率が得られる時間に設定すればよい。上述のように、尿素収率の経時変化は、反応開始時における一酸化炭素・多硫化物イオンの濃度、及び速度定数kを用いた速度論的計算によって予測できる。例えば尿素収率80%は65℃では1日程度で達成することができ、より高温ではさらに短時間で達成できる(例えば80℃では8~9時間、100℃では2~3時間;実施例を参照)。
【0040】
尿素製造後の反応水溶液中には、尿素のほか、多硫化物イオンや残存する原料(アンモニア等)が含まれる。尿素はこの水溶液から、浸透膜を用いた選別や(Ray et al., 2019; 2021)、吸着材への濃集(Urbanczyk et al., 2016)、有機溶剤(エタノール等)への溶解・再沈殿による集積(Marepula et al., 2021)など、様々な方法で精製・単離することができる。尿素は、反応水溶液から必要に応じて他の成分を処理した後、水溶液として利用することもできる。例えば多硫化物イオンは、酸素により速やかに硫黄へと酸化できる(Steudel, 1986; Kleinjan et al., 2005)。この酸化反応では、副産物としてチオ硫酸イオン(S2O4
2-)も生じると予想されるが、チオ硫酸イオンは硫化金属触媒(CuS等;Lara et al., 2019)や紫外線(Ahmad et al., 2015)等の利用により、硫酸イオン(SO4
2-)へと容易に変換できる。これら酸化処理により得られる尿素及び硫酸イオンを含む水溶液は、窒素及び硫黄含有肥料としての使用も考えられる。
【0041】
本発明の尿素製造方法に必要な硫黄は、化石燃料の精製プロセスから大量に生じている安価な材料である。また、アンモニアの製造工程においても、化石燃料の利用を通して、硫黄は副産物として大量に得られている。一方、一酸化炭素は、高い製造効率を実現する電気化学触媒が複数開発されており(例えばSatanowski and Bar-Even, 2020)、また、アンモニア製造に関わる工業プロセスからも副産物として大量に得ることができる。このため、本発明は従来プロセスを補完する、低コストで環境調和的な新規尿素製造方法として、持続可能社会への貢献が期待される。
【実施例0042】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、試薬、物質量とその割合、操作等は本発明の趣旨から逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0043】
1-1.尿素合成手順
内容量13mlのガラスバイアル瓶に硫黄粉末(コロイド状)を2.5~200mg計り入れ、ブチルゴム栓及びアルミキャップを取り付けた。瓶内の気体を油回転真空ポンプ(GCD-136X、アルバック)で吸引し、一酸化炭素ガス8mL(0.1MPa(1気圧))及びアンモニア水溶液5mLをそれぞれシリンジで注入した。アンモニア水溶液は、10%アンモニア水試薬を直接、あるいは純水で5%に希釈したものを用いた。水溶液pHは、塩化アンモニウムをアンモニアに対して1/10の割合(モル比)で混合することで調整した。これにより、実験後のpHは10.3~10.5となった(塩化アンモニウムを加えない場合は10.7~10.8)。水溶液にはさらに、15%硫化水素ナトリウム試薬を、硫化水素ナトリウム濃度が6.5mMとなるよう加えた。この添加量は、CO量に対して1/10(モル比)に相当する。
【0044】
次に、バイアル瓶を恒温振盪機(BR-23FH、タイテック)内に固定し、一定温度(35、50、又は65℃)で150rpmにて振盪させた。一定時間経過後、バイアル瓶を振盪機から取り出し、瓶内のガス成分を室温下にてガスクロマトグラフィーで分析した。その後、窒素・水素混合ガス(96:4)を満たした嫌気性グローブボックス(VG-800;サンプラテック)内にてバイアル瓶を開封し、水溶液サンプルを孔径0.22μmのろ紙(ポリテトラフルオロエチレン製)でろ過し、ガラス容器に保管した。
【0045】
実験で用いた全ての試薬は、硫黄粉末(ナカライテスク)を除いて、富士フイルム和光純薬から購入した。水溶液の調製にはMilli-Q水(18.2MΩ・cm)を溶媒として用いた。一酸化炭素ガス(純度99.9%)はGLサイエンスより購入した。
【0046】
1-2.尿素定量手順
反応水溶液中の尿素濃度はジアセチルモノオキシム(DAMO)法(Rahmatullah and Boyde, 1980)に則り定量した。まず、以下の水溶液をそれぞれ用意した。
3.4g DAMOを純水に溶かし100mlに調整した水溶液
0.19g チオセミカルバジド(TSC)を純水に溶かし20mlに調整した水溶液
97% 硫酸 56.01mlに純水を加え100mlに調整した水溶液
0.15g塩化鉄(FeCl3)を純水に溶かし10mlに調整した水溶液
【0047】
DAMO水溶液とTSC水溶液は体積比9.615:0.385にて、硫酸水溶液と塩化鉄水溶液は体積比32:0.009にてそれぞれ混合し、得られた2種の混合液は体積比10:32.009(すなわちDAMO&TSC:硫酸&塩化鉄=10:32.009)にて混合した。一方、サンプル水溶液は純水で5000倍に希釈し、ポリプロピレン容器に移した。ここに上記の混合液を体積比1.2:4(混合液:サンプル)で加え、よく振った後、70℃、150rpmに設定した恒温振盪機(BR-23FH、タイテック)内に固定した。75分後、容器を氷水で冷却し、得られた水溶液の波長350~800nmにおける吸光スペクトルを紫外可視分光器(V-650、日本分光)にて計測した。525nm及び625nmにおける吸光度の差から尿素濃度を定量した(
図1)。得られた結果の再現性は、サンプル準備から分析までの一連の手順を複数の条件下にて繰り返し行い調査した。同一条件にて得られた尿素生成量の相違は5%未満であった。
【0048】
1-3.一酸化炭素残量定量手順
尿素合成実験後のバイアル瓶中の一酸化炭素残量はアジレント社製ガスクロマトグラフ(7890B)にて定量した。検出器はパルス放電ヘリウムイオン化(PDHID)検出器を、カラムはMICROPACKED-ST(信和化工)を、キャリアガスは高純度ヘリウム(純度>99.99995%)を使用した。ヘリウムガスの流圧は0.31MPa(45psi)で一定とした。カラム温度は35℃で1分間保持した後、10℃/minで65℃へと昇温し、4分間保持後に20℃/minで185℃へと昇温した。この測定条件により得られた一酸化炭素標準ガスのクロマトグラム及び検量線を
図2に示す。ガスサンプルは、ヘリウム(純度>99.99995%)を満たした内容量6mlのガラスバイアル瓶に任意量を移し、希釈した後に測定を行った。反応水溶液中の溶存一酸化炭素量は、ガス分析から得られた一酸化炭素分圧及び、文献に記された一酸化炭素のヘンリー定数(9.7×10
-6mol m
-3 Pa
-1;Sander, 2015)から計算した。得られた結果の再現性は、サンプル準備から分析までの一連の手順を、複数の条件下にて繰り返し行い調査した。同一条件にて得られた一酸化炭素残量の相違は10%未満であった。
【0049】
1-4.二酸化炭素発生量定量手順
尿素生成過程に副産物として生じる二酸化炭素は、水溶液がアルカリ性のため、ほぼ全てが炭酸イオン(CO
3
2-)及び重炭酸イオン(HCO
3
-)として溶存していると予想される。これらを定量するため、窒素・水素混合ガス(96:4)を満たした嫌気性グローブボックス内にて、実験後の反応水溶液100μLをガラスバイアル瓶(内容量6ml)に移し、ブチルゴム栓及びアルミキャップを取り付けた。ここに、純水で2倍に希釈した85%リン酸水溶液100μLをシリンジで注入し、発生した二酸化炭素ガスをアジレント社製ガスクロマトグラフ(7890B)にて定量した。検出器はパルス放電ヘリウムイオン化(PDHID)検出器を、カラムはMICROPACKED-ST(信和化工)を、キャリアガスは高純度ヘリウム(純度>99.99995%)を使用した。ヘリウムガスの流圧は0.31MPa(45psi)で一定とした。カラム温度は150℃で5分間保持した後、20℃/minで230℃へと昇温した。この測定条件により得られた二酸化炭素標準ガスのクロマトグラムを
図3に示す。なお、実験に用いたアンモニア水には、元々わずかながら二酸化炭素が含まれている。これを定量し、実験後の二酸化炭素濃度から差し引くことで、実験中に発生した二酸化炭素量を算出した。得られた結果の再現性は、サンプル準備から分析までの一連の手順を、複数の条件下にて繰り返し行い調査した。同一条件にて得られた二酸化炭素量の相違は10%未満であった。
【0050】
1-5.硫化水素ガス定量手順
尿素合成実験後のバイアル瓶中硫化水素ガス量はアジレント社製ガスクロマトグラフ(7890B)にて定量した。検出器は化学発光硫黄(SCD)検出器を、カラムはDB-Sulfur SCD(アジレント)を、キャリアガスは高純度ヘリウム(純度>99.99995%)を使用した。ヘリウムガスの流速は3ml/minで一定とした。カラム温度は35℃で5分間保持した後、60℃/minで125℃へと昇温した。この測定条件により得られた硫化水素標準ガスのクロマトグラム及び検量線を
図4に示す。得られた結果の再現性は、サンプル準備から分析までの一連の手順を、複数の条件下にて繰り返し行い調査した。同一条件にて得られた硫化水素量の相違は10%未満であった。
【0051】
1-6.多硫化物イオン定量手順
多硫化物イオンは、アルカリ性である反応水溶液中には安定して溶存しているが、pHを酸性に調整することで、硫黄と硫化水素に変換できる(S
n
2-+2H
+→(n-1)S
0+H
2S;
図8a)。ここで発生した硫化水素を定量すれば、多硫化物イオン量を求めることができる。
窒素・水素混合ガス(96:4)を満たした嫌気性グローブボックス内にて、実験後の水溶液サンプル50μLをガラスバイアル瓶(内容量20ml)に移し、ブチルゴム栓及びアルミキャップを取り付けた。ここに、純水で2倍に希釈した85%リン酸水溶液100μLをシリンジで注入し、発生した硫化水素ガスをアジレント社製ガスクロマトグラフ(7890B)にて定量した。ガスクロマトグラフによる分析方法は、1-5.硫化水素ガス定量手順と同様である。
【0052】
1-7.硫化カルボニル検出手順
尿素生成反応の中間体として生じる硫化カルボニルは、四重極質量分析計(JMS-Q1500GC;日本電子)を備えたガスクロマトグラフ(7890B;アジレント)にて検出した。カラムはDB-Sulfur SCD(アジレント)を、キャリアガスは高純度ヘリウム(純度>99.99995%)を使用した。ヘリウムガスの流速は2.8ml/minで一定とした。カラム温度は35℃で3.5分間保持した後、20℃/minで245℃へと昇温した。m/z=25~200の範囲において分析を行った。実験条件は、アンモニア濃度を5%、CO分圧を0.1MPa、硫黄量を100mg、反応温度を50℃、反応期間を1日間とした。
【0053】
2.結果
図5に、35、50、65℃における尿素収率(CO使用量換算)の経時変化を示す。アンモニア濃度は5質量%(
図5a)或いは10質量%(
図5b)とした。反応開始時のCO分圧は0.1MPa(0.33mmoL、8mL)、硫黄量は3.1mmoL(100mg)とした。尿素生成速度は高温ほど速く、収率80%には65℃では1日で、50℃では2日で、35℃では6日程度で到達した。収率はその後もさらに上昇し、例えばアンモニア濃度5%、反応温度50℃及び65℃の条件では、98±5%の尿素収率が3日間で達成された(
図5a)。アンモニア濃度を10%とした場合も、誤差の範囲(±5%)で同様の傾向が見られた(
図5b)。副産物としては二酸化炭素が観測されたが、収率は全ての条件において0.8%未満であった。二酸化炭素は、反応中間体である硫化カルボニルが加水分解することで生じたと予想される(OCS+H
2O→CO
2+H
2S)。
【0054】
なお、塩化アンモニウムを除いた条件では、塩化アンモニウムを含む場合に比べて尿素収率がわずかに低下し、CO
2の収率が増加した。例えばアンモニア濃度5%・反応温度50℃とした場合、反応5日後の尿素及び二酸化炭素の収率はそれぞれ96±5%、2±0.2%となった。一方、アンモニア又は硫黄粉末のいずれかを除いた条件では、尿素の生成は観測されなかった。一酸化炭素ガスを二酸化炭素ガスに置き換えた場合も、尿素は生じなかった。また、硫化水素ナトリウムを除いた条件(
図5aの「NaHS無し」)では、尿素生成は初期(0~1日目)にはほとんど見られなかったものの、その後(1~3日目)加速度的に進行し、5日目には収率90%を超える結果となった(
図5a)。
【0055】
さらに、硫黄使用量は、尿素の収率のみならず、副産物として生じる硫化水素の濃度にも大きく影響することが確認された。
図6に、硫黄使用量に応じた硫化水素ガスの濃度変化(上)を、尿素収率及びCO残量の変化(下)と共に示す。本図の横軸は、硫黄と一酸化炭素の使用量のモル比(S
0/CO)とした。全ての条件において、CO使用量は一定(0.33mmoL(8mL、0.1MPa))であり、硫黄使用量を0.08~6.2mmoL(2.5~200mg)の範囲で調整した。アンモニア濃度は5%、反応温度は50℃、反応期間は5日間とした。
硫化水素ガス濃度は、S
0/CO比が0から2の範囲において次第に増加し、S
0/CO=2付近で最大値(約60ppm)を示した。その後は減少に転じ、S
0/CO=5付近で下げ止まり、最終的に2ppmで落ち着いた。一方、尿素収率はS
0/CO=0~2にかけて大きく増加し、S
0/CO=2付近で90%を超えた後はわずかずつ増加し、S
0/CO=5程度以上において98±5%に達した。
【0056】
反応後の水溶液は多硫化物イオン特有の黄色を示し、その濃さは尿素生成量に比例して増加した。また、
図5aに示す尿素合成実験で消費された一酸化炭素量と生成した多硫化物イオン量とを比較したところ、ほぼ一対一の関係が見られた(
図7)。これらの結果は、一酸化炭素から尿素(及び二酸化炭素)の生成反応が、硫黄の多硫化物イオンへの還元反応と共役して進行していることを意味している。これらの共役は、以下の反応式で表される。
CO+2NH
3+nS
0→(NH
2)
2CO+S
n
2-+2H
+
CO+H
2O+nS
0→CO
2+S
n
2-+2H
+
【0057】
3.熱力学的計算による解析
水中における多硫化物イオン及び硫化水素の濃度分布は熱力学計算から予想できる。
図8に熱力学計算を行なった結果を示す。本計算では、水溶液及びガスの容量は上記の尿素合成実験と同じ設定とした(それぞれ5mL、8mL)。また、尿素(及び二酸化炭素)生成反応が完全に進行した場合、すなわち、一酸化炭素全量(0.33mmol)に相当する硫黄が多硫化物イオンへと還元された場合を想定した。硫黄量は平衡後も残存することとした。硫黄が多硫化物イオンではなく、硫化水素へと還元された場合の硫化水素ガス濃度の計算も行なった(
図8b:多硫化物イオン無し)。
【0058】
図8aに、硫黄粉末が十分に存在する場合における、溶存硫黄成分の濃度分布をpHの関数として示す(温度25℃)。硫化水素成分(H
2S及びHS
-)は、硫黄及び多硫化物イオンとの間の平衡から生じるが、本実験を行ったpH(10.3~10.5)においては0.7~1mMで推移すると計算された。この濃度は多硫化物イオンに比べてわずかであり、溶存硫黄成分に占める割合は1~1.5%に過ぎない。結果として、水溶液と平衡にあるガス中の硫化水素濃度は1~3ppmに抑えられる(
図8b)。一方、硫黄が多硫化物イオンではなく、硫化水素へと還元されると仮定した場合、硫化水素ガスの予想濃度は130~210ppmと大きく増加した(
図8b)。多硫化物イオンの平均長は5.0であることから、S
0/COが5以上であれば、硫化水素ガスの発生量は十分に低減できると予想される。一方、硫黄量が少なければ(例えばS
0/CO=2)、還元された硫黄種(S
2-)を多硫化物イオンとして取り込みきることができず、実験でも見られたような(
図6)、ガス相への硫化水素の発散をもたらすこととなる。このように、多硫化物イオンを考慮した熱力学計算は、本実験結果をうまく説明できる。反応を行った温度である35、50、65℃においては、最終的に到達する硫化水素ガス濃度は、それぞれ3~8ppm、14~30ppm、47~98ppmと予想された。
【0059】
なお、上記の計算に用いた熱力学パラメータは、多硫化物イオンについてはKamyshny et al. (2007)から、HS-についてはShock et al. (1997)から、溶存H2SについてはShock et al. (1989)から、H2SガスについてはRobie and Hemingway (1995)から、それぞれ得た。
【0060】
水中において、多硫化イオンは一酸化炭素と反応し、硫化カルボニルを生じることが知られている(Kamyshny et al., 2003)。
CO+Sn
2-→OCS+Sn-1
2-
【0061】
硫化カルボニルは、米国特許第2681930号明細書が示すように、尿素製造における重要な反応中間体となる。本実施例においても、硫化カルボニルはバイアル瓶中のガス相から、硫化水素と共に微量に検出された(
図9)。硫化カルボニルの生成速度は、一酸化炭素及び多硫化イオンの濃度に比例する(Kamyshny et al., 2003)。一方、硫化カルボニルは、水中では二酸化炭素及び硫化水素へと速やかに加水分解することが知られている。
OCS+H
2O→CO
2+H
2S
【0062】
この半減期は、例えば50℃、pH10においては18秒であり(Kamyshny et al., 2003)、実施例で見られた尿素生成プロセス(
図5)に比べてはるかに短い時間スケールで進行する。しかし、実施例では二酸化炭素はあまり生じなかったことから(収率0.8%未満)、硫化カルボニルは生成後直ちにアンモニアと反応し、尿素へと変化したと考えられる。
【0063】
【0064】
すなわち、尿素生成反応全体の速度は、硫化カルボニルの生成が律速している可能性が考えられる。実際、
図5aに示す35、50、65℃における尿素収率の経時変化は、一酸化炭素及び多硫化物イオンの濃度を用いた以下の単純な一次反応式でうまく再現できた(
図10)。
d[(NH
2)
2CO]/dt=k[CO][S
n
2-]
[(NH
2)
2CO]、[CO]、[S
n
2-]は、各成分の水中濃度(mol/L)を、kは速度定数を表す。
【0065】
図10に示す、尿素収率及び一酸化炭素残量の実験結果(プロット)の反応速度式による再現(曲線)から、35、50、65℃における速度定数k(1/molLS)は、それぞれ0.0072、0.03、0.054と予想された。
【0066】
なお、反応全体の式(CO+2NH3+S0→(NH2)2CO+Sn
2-+2H+)が示すように、反応進行に伴う一酸化炭素の減少量、及び多硫化物イオンの増加量は、尿素の生成量と同量となる。このため、尿素の生成速度の計算には、一酸化炭素及び多硫化物イオンの濃度を経時観測する必要は無い。実際、上記の一次反応式は、反応開始時における一酸化炭素量([CO]0(mol))、多硫化物イオン量([Sn
2-]0(mol))、水溶液量(VL(L))及びガス体積(Vg(L))をパラメータとして、以下のように表すことができる。
d[(NH2)2CO]/dt=k(([CO]0-[(NH2)2CO]VL)/((Vg/RTH)+VL)([(NH2)2CO]+[Sn
2-]0/VL)
Rは気体定数、Tは絶対温度、HはCOのヘンリー定数である。
【0067】
実験結果の反応速度式による再現(
図10)から得られた速度定数は、アレニウスプロットにおいて直線性を示した(
図11)。直線を外挿して予想される温度と速度定数の関係は、先行研究で報告された一酸化炭素と多硫化物イオンからの硫化カルボニルの生成速度定数(◆)(Kamyshny et al., 2003)と大まかには調和的となった。
【0068】
アレニウスプロットから得られる活性化エネルギー(Ea=58.5kJ/mol)及び頻度因子(A=6.7×10
7)は、以下の式に代入することで、任意の温度における尿素生成速度の予測に利用できる:
k=Aexp(-Ea/RT)
Rは気体定数、Tは絶対温度である。例えば反応温度80℃では、尿素収率80%は8~9時間、90%は9~10時間で達成できると予想された(
図12)。
【0069】
以上のように、本発明の水を溶媒とする尿素の製造方法は、作業工程が少なく、有害レベルの硫化水素の発生を伴わないと共に、高収率な尿素の製造を可能とする。尿素生成速度や副産物である硫化水素のガス濃度は、反応速度式及び熱力学計算により、定量的に予測できる。
【0070】
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