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特開2023-111396樹脂製表面構造体、およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023111396
(43)【公開日】2023-08-10
(54)【発明の名称】樹脂製表面構造体、およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 3/18 20060101AFI20230803BHJP
【FI】
C09K3/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022013235
(22)【出願日】2022-01-31
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム トライアウト「霧を集め水滴に変える機能表面」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】597065329
【氏名又は名称】学校法人 龍谷大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】橋本 祐希
(72)【発明者】
【氏名】内田 欣吾
【テーマコード(参考)】
4H020
【Fターム(参考)】
4H020AA04
4H020AA05
4H020BA02
(57)【要約】
【課題】テングシロアリの翅を模した表面構造体を、簡便に製造することを課題とする。
【解決手段】深さが1.5~30μmであり孔径が1~6μmである第1細孔、および深さが1~5μmであり孔径が0.05~1μmである第2細孔を有する、樹脂製表面構造体。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
深さが1.5~30μmであり孔径が1~6μmである第1細孔、および
深さが1~5μmであり孔径が0.05~1μmである第2細孔を有する、
樹脂製表面構造体。
【請求項2】
前記樹脂が、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、またはポリアクリル酸である、
請求項1に記載の樹脂製表面構造体。
【請求項3】
鋳型として用いるための、請求項1または2に記載の樹脂製表面構造体。
【請求項4】
犠牲型の表面に樹脂層を形成する工程、および
前記犠牲型から樹脂層を分離して樹脂製表面構造体を得る工程を含み、
前記犠牲型が、基材上に、長さが1.5~30μmであり直径が1~6μmである第1針状構造、および長さが1~5μmであり直径が0.05~1μmである第2針状構造を有する、
請求項1~3のいずれかに記載の樹脂製表面構造体の製造方法。
【請求項5】
犠牲型の表面に樹脂層を形成する工程、および
前記犠牲型から樹脂層を分離して樹脂製表面構造体を得る工程を含み、
前記犠牲型が、
基材上に、下記構造式(3c):
【化1】
で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶、および
下記構造式(4c):
【化2】
で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶を有する、請求項1~3のいずれかに記載の樹脂製表面構造体の製造方法。
(構造式(3c)および(4c)において、
、およびRは、各々独立に、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、メトキシ基、エトキシ基またはシアノ基を表し、
、およびRは、各々独立に、メチル基、エチル基、プロピル基、またはイソプロピル基を表し、
、R、R、およびRは、各々独立に、トリメチルシリル基、t-ブチル基、ネオペンチル基、またはイソプロピル基を表し、
~Rは、各々独立に、水素原子、置換されていてもよい鎖状または環状のアルキル基、または、ハロゲン原子を表す。)
【請求項6】
構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体が下記構造式(1c):
【化3】
で表される化合物であり、
構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体が下記構造式(2c):
【化4】
で表される化合物である、
請求項5に記載の樹脂製表面構造体の製造方法。
【請求項7】
構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶の長さが、構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶の長さの8倍以上であり、
構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶の直径が、構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶の直径の7倍以上である、
請求項5または6に記載の樹脂製表面構造体の製造方法。
【請求項8】
構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶、および構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶を含有する層が、基材表面に、1~20μmの範囲内の厚みで形成されていることを特徴とする、請求項5~7のいずれかに記載の樹脂製表面構造体の製造方法。
【請求項9】
請求項1~3のいずれかに記載の樹脂製表面構造体と、樹脂とを接触させる工程を含む、
撥水性表面構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂製表面構造体、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球の温暖化に伴い乾燥地域が拡大し、水不足が大きな課題となっている。乾燥地域では地下水源が限られる一方で、空気中には霧が発生することがあり、霧を効率的に回収できれば有力な水源となり得る。霧粒は重量が小さいため物質表面に付着しやすいが、体積に対して表面積が大きいために迅速に蒸発する傾向があり、回収は容易ではない。
【0003】
オーストラリア原産のテングシロアリは、巣作りのために雨季に飛行する。このシロアリの翅の表面は、霧粒を付着させ、大きな水滴にしてから表面から排除する機能を備えている(非特許文献1)。この表面構造を模倣し、霧粒を効率的に収集して液滴に転換させることができれば、乾燥地域における水不足への有力な対策となると考えられる。
【0004】
特許文献1は、ジアリールエテン誘導体1c、2c
【化1】
【化2】
により、テングシロアリの翅を模した表面構造体を形成でき、この表面構造体が、微小液滴を効率的に回収できることを開示している。また、この表面構造体を母型として電鋳法により鋳型を作製する方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-154712号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ACS Nano 2010,4,1,129-136
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1によれば、ジアリールエテン誘導体を有する表面構造体を母型として、電鋳法により雌型の鋳型を作製することができ、この雌型をもとにテングシロアリの翅を模した表面構造体を作製できる。しかし、電鋳を行うためには蒸着やスパッタリングによる金属膜の形成、電気めっき等の大規模な設備が必要であった。本発明の課題は、テングシロアリの翅を模した表面構造体を、簡便に製造することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、樹脂製の樹脂製表面構造体を雌型として用いることにより、テングシロアリの翅を模した表面構造体を、簡便に製造できることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、深さが1.5~30μmであり孔径が1~6μmである第1細孔、および深さが1~5μmであり孔径が0.05~1μmである第2細孔を有する、樹脂製表面構造体に関する。
【0010】
前記樹脂が、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、またはポリアクリル酸であることが好ましい。
【0011】
樹脂製表面構造体は、鋳型として用いるためのものであることが好ましい。
【0012】
また、本発明は、犠牲型の表面に樹脂層を形成する工程、および前記犠牲型から樹脂層を分離して樹脂製表面構造体を得る工程を含み、前記犠牲型が、基材上に、長さが1.5~30μmであり直径が1~6μmである第1針状構造、および長さが1~5μmであり直径が0.05~1μmである第2針状構造を有する、前記樹脂製表面構造体の製造方法に関する。
【0013】
また、本発明は、犠牲型の表面に樹脂層を形成する工程、および前記犠牲型から樹脂層を分離して樹脂製表面構造体を得る工程を含み、前記犠牲型が、基材上に、下記構造式(3c):
【化3】
で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶、および下記構造式(4c):
【化4】
で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶を有する、前記樹脂製表面構造体の製造方法に関する。
(構造式(3c)および(4c)において、
、およびRは、各々独立に、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、メトキシ基、エトキシ基またはシアノ基を表し、
、およびRは、各々独立に、メチル基、エチル基、プロピル基、またはイソプロピル基を表し、
、R、R、およびRは、各々独立に、トリメチルシリル基、t-ブチル基、ネオペンチル基、またはイソプロピル基を表し、
~Rは、各々独立に、水素原子、置換されていてもよい鎖状または環状のアルキル基、または、ハロゲン原子を表す。)
【0014】
構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体が下記構造式(1c):
【化5】
で表される化合物であり、構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体が下記構造式(2c):
【化6】
で表される化合物であることが好ましい。
【0015】
構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶の長さが、構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶の長さの8倍以上であり、構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶の直径が、構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶の直径の7倍以上であることが好ましい。
【0016】
構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶、および構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶を含有する層が、基材表面に、1~20μmの範囲内の厚みで形成されていることが好ましい。
【0017】
また、本発明は、前記樹脂製表面構造体と、樹脂とを接触させる工程を含む、撥水性表面構造体の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明の表面構造体は、樹脂製であるため、犠牲型の表面構造を転写して簡便に製造することができる。本発明の表面構造体を雌型の鋳型として使用することにより製造される撥水性表面構造体は、テングシロアリの翅を模した表面構造を有し、微小液滴を効率的に回収できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】樹脂製表面構造体の製造方法の概要を示す。
図2】樹脂製表面構造体のSEM画像を示す。
図3】撥水性表面構造体の製造方法の概要を示す。
図4】撥水性表面構造体のSEM画像を示す。
図5】撥水性表面構造体の水との接触角を示す。
図6】実施例1で得られた犠牲型、および実施例3で得られた表面構造体のSEM画像と、水滴の付着性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<<樹脂製表面構造体>>
本発明の樹脂製表面構造体は、樹脂からなる構造体の表面に開口部を有する第1細孔および第2細孔を有する。特に、樹脂製表面構造体は、深さが1.5~30μmであり孔径が1~6μmである第1細孔、および深さが1~5μmであり孔径が0.05~1μmである第2細孔を有することを特徴とする。
【0021】
第1細孔の深さは、1.5~30μmであるが、10~30μmが好ましく、15~30μmがより好ましい。第1細孔の孔径は、1~6μmであるが、1~3μmが好ましく、1~2μmがより好ましく、1.5~2μmがさらに好ましい。第2細孔の深さは、1~5μmであるが、1.5~2μmが好ましく、1.8~2μmがより好ましい。第2細孔の孔径は、0.05~1μmであるが、0.1~0.5μmが好ましく、0.1~0.3μmがより好ましく、0.1~0.2μmがさらに好ましい。第1細孔、および第2細孔を以上の構造とすることにより、後述する撥水性表面構造体を製造するための鋳型として好適に用いることができ、得られる撥水性表面構造体は、小さな液滴を付着させるが、大きな液滴は弾くことができる。
【0022】
第1細孔の深さは、第2細孔の深さの8倍以上であることが好ましく、9倍以上であることがより好ましい。第1細孔の孔径が、第2細孔の孔径の7倍以上であることが好ましく、8倍以上であることがより好ましい。
【0023】
第1細孔、および第2細孔は、それぞれ、樹脂製表面構造体の表面に対して60°~90°の傾きを有し、樹脂製表面構造体の表面開口部から内部方向に形成されることが好ましい。第1細孔及び第2細孔の形状は特に限定されず、その断面形状としては、多角形、円形、楕円形が挙げられる。第1細孔及び第2細孔は樹脂製表面構造体の表面開口部から内部方向に向かって、湾曲することなく、略直線状の部分を有することが好ましく、全体が略直線状であることがより好ましい。
【0024】
樹脂製表面構造体の表面における第1細孔の密度は1mmあたり50000~80000本が好ましく、60000~70000本がより好ましく、65000~70000本がさらに好ましい。また、第2細孔の密度は1mmあたり600000~900000本が好ましく、700000~800000本がより好ましい。各細孔の密度は、樹脂製表面構造体上の表面開口部の数により算出できる。
【0025】
樹脂製表面構造体は、これを鋳型として製造される表面構造体が撥水性を有する限り、任意で、第1細孔および第2細孔以外の表面構造を有していてもよい。任意の表面構造としては、板状結晶を立てて敷き詰めた表面構造や、第1細孔および第2細孔以外の細孔が挙げられる。
【0026】
第1細孔および第2細孔の構造はSEMにより観察し、評価することができる。また、この樹脂製表面構造体を鋳型として得られる撥水性表面構造体には、樹脂製表面構造体の表面構造が転写されるため、撥水性表面構造体の表面の針状構造をSEMにより観察することにより、間接的に、樹脂製表面構造体の構造を評価することもできる。
【0027】
樹脂製表面構造体は、その内部に上記第1細孔および第2細孔を保持できるよう、厚みが40μm以上であることが好ましく、60μm以上であることがより好ましい。構造体の厚みの上限は特に限定されないが、一般的に100μm以下である。
【0028】
樹脂製表面構造体を構成する樹脂材料は、上記第1細孔および第2細孔を形成できれば特に限定されないが、製造の容易性、および樹脂製表面構造体を鋳型として用いるときの成形性の観点から、熱可塑性樹脂が好ましく、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸がより好ましく、ポリビニルアルコールがさらに好ましい。樹脂製表面構造体は、基材と積層されていてもよい。基材の材質は特に限定されず、金属、樹脂、ガラスなどを使用できる。
【0029】
樹脂製表面構造体は、第1細孔および第2細孔を有するため、後述する撥水性表面構造体を作製する際の鋳型、特に雌型として好適に使用できる。
【0030】
<<樹脂製表面構造体の製造方法>>
樹脂製表面構造体は、犠牲型の表面に樹脂層を形成する工程、および前記犠牲型から樹脂層を分離して樹脂製表面構造体を得る工程により、製造できる。
【0031】
<犠牲型(1)>
犠牲型は、基材上に、長さが1.5~30μmであり直径が1~6μmである第1針状構造、および長さが1~5μmであり直径が0.05~1μmである第2針状構造を有することが好ましい。
【0032】
第1針状構造の長さは、1.5~30μmであるが、10~30μmが好ましく、15~30μmがより好ましい。第1針状構造の直径は、1~6μmであるが、1~3μmが好ましく、1~2μmがより好ましく、1.5~2μmがさらに好ましい。第2針状構造の長さは、1~5μmであるが、1.5~2μmが好ましく、1.8~2μmがより好ましい。第2針状構造の直径は、0.05~1μmであるが、0.1~0.5μmが好ましく、0.1~0.3μmがより好ましく、0.1~0.2μmがさらに好ましい。
【0033】
第1針状構造の針状結晶の長さは、第2針状構造の針状結晶の長さの8倍以上であることが好ましく、9倍以上であることがより好ましい。また、第1針状構造の直径が、第2針状構造の直径の7倍以上であることが好ましく、8倍以上であることがより好ましい。
【0034】
第1針状構造、および第2針状構造は、それぞれ、基材に対して60°~90°の傾きを有することが好ましい。第1針状構造は、第2針状構造がこの傾きを有し得るため、基材表面に、2つの針状構造からなる層が1.5~20μmの厚みで形成されることが好ましい。
【0035】
基材上の第1針状構造の密度は1mmあたり50000~80000本が好ましく、60000~70000本がより好ましく、65000~70000本がさらに好ましい。また、第2針状構造の密度は1mmあたり600000~900000本が好ましく、700000~800000本がより好ましい。
【0036】
基材の材質は特に限定されず、例えば、金属、樹脂、ガラスなどが挙げられる。製造コストの観点からは、第1および/または第2の針状構造と同じ材質であることが好ましい。
【0037】
犠牲型は、第1および第2の針状構造に加えて、任意の表面構造を有していてもよい。このような表面構造としては、板状結晶を立てて敷き詰めた表面構造が挙げられる。
【0038】
<犠牲型(2)>
また、犠牲型は、基材上に、下記構造式(3c):
【化7】
で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶、および
下記構造式(4c):
【化8】
で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶を有していてもよい。
【0039】
構造式(3c)および(4c)において、R、およびRは、各々独立に、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、メトキシ基、エトキシ基またはシアノ基を表す。R、およびRは、各々独立に、メチル基、エチル基、プロピル基、またはイソプロピル基を表す。この中でも、R、およびRは各々独立にメトキシ基、メチル基が好ましく、R、およびRは各々独立にメチル基、エチル基が好ましい。
【0040】
、R、R、およびRは、各々独立に、トリメチルシリル基、t-ブチル基、ネオペンチル基、またはイソプロピル基を表すが、トリメチルシリル基がより好ましい。
【0041】
~Rは、各々独立に、水素原子、置換されていてもよい鎖状または環状のアルキル基、または、ハロゲン原子を表す。アルキル基は炭素数1~4が好ましい。アルキル基の置換基としては、水素原子、メチル基、トリメチルシリル基、エチル基、イソプロピル基、ターシャリーブチル基、メトキシ基、エトキシ基などが挙げられる。ハロゲン原子としては、フッ素、ヨウ素、塩素などが挙げられる。R~Rは、以上に挙げたなかでも水素原子、メチル基、トリメチルシリル基、エチル基、イソプロピル基、ターシャリーブチル基、メトキシ基が好ましい。
【0042】
構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体は、下記構造式(1c):
【化9】
で表される化合物であることが好ましい。また、構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体は、下記構造式(2c):
【化10】
で表される化合物であることが好ましい。
【0043】
構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶は、基材上に塗布された構造式(3o):
【化11】
で表されるジアリールエテン開環体の微小結晶に、紫外線を照射することによって形成できる。
【0044】
構造式(3o)で表されるジアリールエテン開環体は、下記構造式(1o):
【化12】
で表される化合物であることが好ましい。
【0045】
構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶は、基材上に塗布された構造式(4o):
【化13】
で表されるジアリールエテン開環体の微小結晶に、紫外線を照射することによって形成できる。(3c)および(4c)の針状結晶は、基材の種類によらず基板上の(3o)および(4o)の結晶格子に対してエピタキシャル成長する。
【0046】
構造式(4o)で表されるジアリールエテン開環体は、下記構造式(2o):
【化14】
で表される化合物であることが好ましい。
【0047】
(3o)、(3c)、(4o)、(4c)は、いずれも光応答性を有しており、開環体(3o)に紫外線を照射すると閉環体(3c)となり、閉環体(3c)に可視光を照射すると開環体(3o)となる。同様に、開環体(4o)に紫外線を照射すると閉環体(4c)となり、閉環体(4c)に可視光を照射すると開環体(4o)となる。
【0048】
基材上に構造式(3o)および(4o)の開環体の微小結晶が存在する表面は、平滑である。これに紫外光を照射すると、前記開環体は、構造式(3c)および(4c)の閉環体に変化し、前記層の表面から針状に結晶が成長し、平滑な結晶面は消失する。
【0049】
なお、前記針状の結晶が成長した層表面に可視光を照射すると、前記閉環体は前記開環体に変化して前記針状の結晶は消失し、元の平滑な結晶面に戻る。ジアリールエテン閉環体の針状結晶を有する犠牲型は、針状結晶を維持するために、可視光への曝露を回避することが好ましく、特に波長360~830nmの光への曝露は回避することが好ましい。
【0050】
ジアリールエテン閉環体の針状結晶を有する犠牲型において、構造式(3c)の針状結晶の長さは1.5~30μmが好ましく、10~30μmがより好ましく、15~30μmがより好ましい。構造式(3c)の針状結晶の直径は、1~6μmが好ましく、1~3μmがより好ましく、1~2μmがさらに好ましく、1.5~2μmがさらにより好ましい。構造式(4c)の針状結晶の長さは、1~5μmが好ましく、1.5~2μmがより好ましく、1.8~2μmが更に好ましい。構造式(4c)の針状結晶の直径は、0.05~1μmが好ましく、0.1~0.5μmがより好ましく、0.1~0.3μmがさらに好ましく、0.1~0.2μmがさらにより好ましい。
【0051】
構造式(3c)の針状結晶の長さは、構造式(4c)の針状結晶の長さの8倍以上であることが好ましく、9倍以上であることがより好ましい。また、構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶の直径が、構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶の直径の7倍以上であることが好ましく、8倍以上であることがより好ましい。
【0052】
構造式(3c)、および構造式(4c)の針状結晶は、それぞれ、基材に対して60°~90°の傾きを有することが好ましい。各針状結晶がこの傾きを有し得るため、基材表面に、2つの針状結晶からなる層が1.5~20μmの厚みで形成されることが好ましい。
【0053】
針状結晶を担持する基材の材質は、その上でジアリールエテン閉環体の針状結晶を成長させることができれば限定されず、例えば、ガラス、金属、樹脂などが挙げられる。金属としてはニッケル、鉄、ステンレス、アルミニウムなどが挙げられる。樹脂としては、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリジメチルシロキサン、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリオレフィン、ポリカーボネート、メラミン樹脂、エポキシ樹脂などが挙げられる。
【0054】
犠牲型は、所望の撥水性を有する限り、構造式(3c)および(4c)の針状結晶に加えて、任意の表面構造を有していてもよい。このような表面構造としては、板状結晶を立てて敷き詰めた表面構造が挙げられる。
【0055】
犠牲型は、(a)構造式(3o)で表されるジアリールエテン開環体の微小結晶、および構造式(4o)で表されるジアリールエテン開環体の微小結晶を含む溶液を、基材上に塗布する工程、および(b)塗布面に紫外線を照射することによって、構造式(3c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶、および構造式(4c)で表されるジアリールエテン閉環体の針状結晶を形成する工程により製造できる。
【0056】
工程(a)で使用する溶液の溶媒としては、クロロホルム、ジクロロメタン、ベンゼン、トルエン、THF等が挙げられる。前記溶液中、構造式(3o)の化合物と構造式(4o)の化合物のモル比(3o:4o)は、80:120~120:80が好ましく、95:105~105:95がより好ましく、等モル比であることが最も好ましい。また、構造式(3o)の微小結晶、および構造式(4o)の微小結晶の濃度は、それぞれ、100~500mg/mLであることが好ましい。
【0057】
工程(a)において微小結晶を含む溶液を塗布した後、溶媒を乾燥することが好ましい。乾燥条件は特に限定されず、常圧室温でもよい。
【0058】
工程(b)において照射する紫外線の波長は、254~313nmが好ましい。照射する紫外線のエネルギーは5~30Wが好ましい。また、紫外線を照射した後に、30~40℃の範囲内の温度で24時間~1週間程度保持することが好ましく、これにより針状結晶の成長を促進することができる。構造式(3c)および(4c)の針状結晶は、前記保持温度を上げるとサイズが大きく撥水性効果が低下する傾向にあるため、前記範囲内の温度で保持することが好ましい。
【0059】
ジアリールエテン閉環体の針状結晶を有する犠牲型を用いて樹脂製表面構造体を製造する際には、あらかじめ、犠牲型の表面に、Au-Pd、Au、Pt、Pt-Pdなどによる金属被膜を形成することが好ましい。これらの被膜はスパッタ法等の一般的な方法により形成できる。
【0060】
<樹脂層の形成工程>
犠牲型の表面に樹脂層を形成する工程では、犠牲型の表面に樹脂溶液を積層し、乾燥や加熱により溶媒を除去する。樹脂は、熱可塑性樹脂が好ましく、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸がより好ましく、ポリビニルアルコールがさらに好ましい。樹脂溶液の溶媒は特に限定されないが、水、アルコール、酢酸、クロロホルムなどが挙げられる。溶媒の除去方法は特に限定されないが、15~30℃での静置乾燥が好ましく、室温での静置乾燥がより好ましい。本工程により、犠牲型の表面構造が、樹脂層に転写される。
【0061】
<樹脂層の分離工程>
犠牲型から樹脂層を分離して樹脂製表面構造体を得る工程では、樹脂層を分離できればその具体的な方法は特に限定されない。例えば、犠牲型の表面にポリビニルアルコールの薄膜を形成した場合、薄膜の犠牲型からの剥離を容易にするために、薄膜上にクロロホルムを滴下してもよい。また、犠牲型がジアリールエテン閉環体の針状結晶からなる場合には、針状結晶の溶剤であるクロロホルム、ジクロロメタン、ベンゼン、トルエン、THF等を適用することにより、犠牲型を溶解してもよい。本工程により、犠牲型の表面構造が転写された、樹脂製表面構造体が得られる。
【0062】
<<撥水性表面構造体の製造方法>>
撥水性表面構造体は、前記樹脂製表面構造体と、樹脂とを接触させる工程を含む方法により製造することができる。樹脂製表面構造体と樹脂との接触は、樹脂製表面構造体への樹脂溶液の積層により行うことが好ましい。樹脂溶液の積層後は、乾燥や加熱により溶媒を除去する。
【0063】
樹脂としては、ポリスチレン、ポリジメチルシロキサン、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリメタクリル酸ブチル(poly(n-butyl methacrylate))、ポリメチルアクリレート(poly(methyl acrylate))、ポリオレフィン、シクロオレフィンポリマー(Zeonex polymer)などの熱可塑性樹脂が挙げられる。これらの中でも、ポリスチレン、ポリジメチルシロキサンが好ましい。2つの針状構造の構成材料は同一である必要はないが、製造コストの観点からは同一であることが好ましい。
【0064】
樹脂溶液の溶媒は特に限定されないが、クロロホルム、ベンゼン、アセトン、シクロヘキサンなどが挙げられる。溶媒の除去方法は特に限定されないが、15~30℃での静置乾燥が好ましく、室温での静置乾燥がより好ましい。本工程により、樹脂製表面構造体の表面構造が、樹脂層に転写される。
【0065】
樹脂製表面構造体と、樹脂とを接触させる工程に次いで、樹脂製表面構造体から樹脂層を分離して撥水性表面構造体を得る。樹脂層の分離方法は特に限定されない。
【0066】
以上の方法で得られる撥水性表面構造体は、犠牲型の表面構造が転写されているため、犠牲型と同様に、長さが1.5~30μmであり直径が1~6μmである第1針状構造、および長さが1~5μmであり直径が0.05~1μmである第2針状構造を有することが好ましい。第1針状構造、および第2針状構造の寸法、形状、密度等は、犠牲型について前述した通りである。
【0067】
撥水性表面構造体は、表面に犠牲型の構造が転写されている限り、他の材料と積層されていてもよい。他の材料としては、例えば、金属、樹脂、ガラスなどが挙げられる。例えば、撥水性表面構造体を、霧粒の回収に用いる場合には、撥水性表面構造体を、ネットや板等の支持体に担持すればよい。
【0068】
撥水性表面構造体の表面は、水滴の接触角が90°以上であることが好ましく、100°以上であることがより好ましい。一般には、表面に落とした水滴の接触角が90°未満である場合を親水性、90°以上である場合を撥水性と区別されている。さらに、接触角が150°を超える表面は、撥水性と言われる。このような撥水性を有する表面の代表的なものがハスの葉の表面であることから、前記撥水性は「ロータス効果」と呼ばれることもある。
【0069】
撥水性表面構造体は、第1および第2の針状構造に加えて、任意の表面構造を有していてもよい。このような表面構造としては、板状結晶を立てて敷き詰めた表面構造が挙げられる。
【0070】
<<微小液滴の回収方法>>
撥水性表面構造体に、微小液滴を吸着させる第1工程、および吸着された微小液滴を回収する第2工程を含む方法により、微小液滴を回収することができる。
【0071】
撥水性表面構造体は、テングシロアリの翅の表面構造を模倣しているため、テングシロアリの翅と同様に微小液滴を吸着する性質を有する。第1工程で撥水性表面構造体に吸着される微小液滴の大きさは1~200μmが好ましく、10~180μmがより好ましい。200μmを超える微小液滴は、撥水性表面構造体に弾かれる傾向がある。微小液滴としては水が好ましい。具体例としては、霧粒が挙げられる。また、微小液滴が存在する空間は、気体が存在し真空でなければ特に限定されないが、空気が存在する空間であることが好ましい。
【0072】
微小液滴の吸着方法としては、撥水性表面構造体に、微小液滴を含む気体を噴霧する方法や、微小液滴を含む気体が存在する空間に撥水性表面構造体を担持する方法が挙げられる。例えば、霧の発生している空間に撥水性表面構造体を静置することにより、撥水性表面構造体の表面に霧粒を吸着させることができる。
【0073】
第2工程では、第1工程で吸着された微小液滴を回収できれば、具体的な回収方法は特に限定されず、例えば撥水性表面構造体を傾けることにより重力で流して回収することができる。第1工程で吸着された微小液滴が小さすぎる場合には、微小液滴同士を接触させて大きな液滴を形成してから回収してもよい。
【実施例0074】
(実施例1)犠牲型の作製
開環体である構造式(1o)と(2o)を等モル比になるように秤量し(1o:8.4mg、2o:10.3mg)、クロロホルム30μLに溶解させた。この溶液を2cm四方にカットしたポリプロピレン製基材に滴下し、常圧室温暗所下で乾燥させることで、構造式(1o)と(2o)の微小結晶を含む混合薄膜を作成した。この薄膜における水の接触角は123°であった。この薄膜に紫外光(波長313nm)を5分間照射した。その後、暗所で30℃において9日間保存することによって針状結晶を成長させ、犠牲型を得た。
【0075】
(実施例2)樹脂製表面構造体の作製
実施例1で得られた犠牲型を利用して、図1に記載したプロセスにて樹脂表面構造体を作成した。犠牲型の針状結晶を含む面をAuでコーティングした後、10wt%のPVA水溶液を滴下し、気泡を除くため超音波を30秒照射した。表面がPVA水溶液で覆われた後、一日乾燥し、水分を蒸発させPVAからなる表面構造体を得た。これにクロロホルムを数滴滴下し、PVAからなる表面構造体を基板より剥離させた。構造体表面をクロロホルムで洗浄後、SEM観察を行った。SEM画像(図2)では、実施例1の犠牲型の構造が雌型として転写されている様子が観察された。なお、図2において、スケールバーはそれぞれ(a)20.0μm、(b)10.0μm、(c)5.0μm、(d)2.0μmである。
【0076】
(実施例3)撥水性表面構造体の作製
図3に記載したプロセスにて、撥水性表面構造体を作製した。すなわち、実施例2で得られた樹脂製表面構造体上に、15wt%のポリスチレンのクロロホルム溶液を滴下し、一日乾燥させた。乾燥後、DMSO(dimethylsulfoxide)に混合膜を浸漬し、PVAからなる表面構造体を溶解して除き、撥水性表面構造体を得た。その後、Auをコーティングした後、SEM観察を行った。
【0077】
得られた撥水性表面構造体のSEM画像を図4に示す。図4において、スケールバーはそれぞれ(a)20.0μm、(b)10.0μm、(c)5.0μm、(d)2.0μmである。図4において、ポリスチレンに転写された撥水性表面構造体は、犠牲型表面の微細構造(図6(a)参照)を再現していた。図5に示すように、撥水性表面構造体の水との接触角は、145.2°であった。
【0078】
(測定例1)撥水性表面構造体に対する水滴の付着性
実施例3で得られたポリスチレン製の表面構造体の表面に、市販の霧吹きで純水を噴霧し、微小水滴が表面と衝突する瞬間をハイスピードカメラ(1000fps)で撮影した。
【0079】
図6の右下に、実施例3で得られた表面構造体の表面に吸着し弾かれなかった水滴数(Non-bouncing)、霧吹き1(直径40~400μmの微水滴を生成)から放出され表面から弾かれた水滴数(Bouncing(Spr.1))、および霧吹き2(直径400~1000μmの微水滴を生成)から放出され表面から弾かれた水滴数(Bouncing(Spr.2))と、水滴の直径との分布を示す。図6(b)に、実施例3で得られた表面構造体の表面のSEM画像を示す。
【0080】
また、実施例1で得られた犠牲型の表面についても同様の測定を行った。図6の左下に、水滴数と水滴の直径との分布を示す。図6(a)に表面のSEM画像を示す。
【0081】
図6(b)に示されるポリスチレンに転写された撥水性表面構造体は、図6(a)に示される犠牲型表面の微細構造を再現していた。実施例3で得られた表面構造体(図6右下)では、霧粒の大きさ(直径40~100μm)の水滴を多く保持する能力が発現しており、樹脂製の表面構造体によっても、十分に霧粒サイズの水滴を保持できることが判った。さらに、実施例3で得られた表面構造体(図6右下)では、実施例1で得られた犠牲型(図6左下)と比較して、全ての水滴の分布に対するNon-bouncingとBouncing(Spr.1)の分布の重なりが小さくなっており、霧粒の大きさ(直径40~100μm)の水滴を特異的に保持する傾向が強くみられた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6