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特開2023-111771生分解性ポリエステル繊維およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023111771
(43)【公開日】2023-08-10
(54)【発明の名称】生分解性ポリエステル繊維およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/62 20060101AFI20230803BHJP
   D01F 6/84 20060101ALI20230803BHJP
   D02J 1/22 20060101ALI20230803BHJP
【FI】
D01F6/62 305Z
D01F6/84 302Z
D02J1/22 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022013802
(22)【出願日】2022-01-31
(71)【出願人】
【識別番号】305037123
【氏名又は名称】KBセーレン株式会社
(72)【発明者】
【氏名】森江 健吾
(72)【発明者】
【氏名】小原 正之
(72)【発明者】
【氏名】平佐多 久晶
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 雅春
【テーマコード(参考)】
4L035
4L036
【Fターム(参考)】
4L035AA05
4L035BB31
4L035BB33
4L035BB53
4L035BB55
4L035BB89
4L035BB91
4L035CC07
4L035EE09
4L035EE20
4L035HH10
4L036MA05
4L036MA25
4L036MA33
4L036PA03
4L036PA18
4L036PA28
4L036UA07
(57)【要約】      (修正有)
【課題】通常の使用の際に実用上で十分に耐えられる強度を有した生分解性ポリエステル繊維を提供する。連続的に安定した生産が可能であって、繊維間の膠着や繊維径のバラツキがなく、実用上で十分に耐えられる強度を有した生分解性ポリエステル繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】繊度が200dtex以下、強度が1.5cN/dtex以上であり、PHAからなる生分解性ポリエステル繊維である。またPHAを含む樹脂材料を溶融して紡糸口金bより繊維状に吐出する第1工程、吐出された樹脂材料からなる繊維cを空冷した後、140℃以180℃以下で保温する第2工程、第2工程より得られた未延伸繊維を巻き取る第3工程、巻取った未延伸繊維を延伸速度100m/min以上600m/min以下、延伸倍率1.5倍以上3.0倍以下で延伸する第4工程、延伸された繊維を0.80倍以上0.99倍以下で応力緩和させる第5工程を含む製造方法である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊度が200dtex以下、強度が1.5cN/dtex以上であり、ポリヒドロキシアルカノエートからなる生分解性ポリエステル繊維。
【請求項2】
伸度が100%以下である請求項1記載の生分解性ポリエステル繊維。
【請求項3】
単糸繊度が1.5dtex以上15dtex以下である請求項1または2記載の生分解性ポリエステル繊維。
【請求項4】
U%(繊度斑)が3.5%以下である請求項1~3いずれか1項に記載の生分解性ポリエステル繊維。
【請求項5】
ポリヒドロキシアルカノエートを含む樹脂材料を溶融して紡糸口金より繊維状に吐出する第1工程、
吐出された樹脂材料からなる繊維を空冷した後、140℃以上180℃以下で保温する第2工程、
第2工程より得られた未延伸繊維を巻き取る第3工程、
巻き取った未延伸繊維を延伸速度100m/ min以上600m/min以下、延伸倍率1.5倍以上3.0倍以下で延伸する第4工程、
延伸された繊維を0.80倍以上0.99倍以下で応力緩和する第5工程とを含む、
生分解性ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項6】
第1工程における溶融温度が160℃以上180℃以下である請求項5記載の生分解性ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項7】
第2工程において、繊維の周囲に保温筒を配することにより保温する請求項5または6記載の生分解性ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項8】
第3工程において、未延伸繊維を500m/min以上2000m/min未満で巻き取る請求項5~7いずれか1項に記載の生分解性ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項9】
第4工程において、未延伸繊維の解舒時の張力が8g以下である請求項5~8いずれか1項に記載の生分解性ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項10】
第5工程において、80℃以上110℃以下の熱処理をする請求項5~9いずれか1項に記載の生分解性ポリエステル繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生分解性ポリエステル繊維およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マイクロプラスチックが引き起こす生態系への影響が懸念され、生分解性プラスチックが注目されている。一般的なプラスチックは石油から合成されたものであり、自然環境中では分解できる微生物が存在しない。一般的なプラスチックは水や紫外線により微細化は進行するが、分解されないためにマイクロプラスチックとなり、回収が困難となっている。マイクロプラスチックで特に問題となっているのは水環境中の生分解性であるが、水環境中での生分解性はごく一部のプラスチックに限られている。
【0003】
水環境中で生分解性を示すプラスチックの中でもポリヒドロキシアルカノエート(以下、PHAと呼ぶことがある)は生物由来のポリエステル系ポリマーであり、フィルムや繊維などの各種成型品への応用が検討されている。しかしながら、PHAは結晶化速度が遅く、冷却固化するまでの時間を長くとる必要があり、生産性が悪い。特に溶融紡糸法を用いた繊維化では、繊維を巻き取るまでに冷却固化が十分に進行しないため、繊維間で膠着が発生しやすい。そのため、安定して連続的に製造することが困難である。また、得られる繊維も繊維径の斑が生じやすく、強度が低くなりやすいため、後工程での加工性も悪いなど、糸品質も良好ではない。
【0004】
このようなPHAを用いた繊維の問題点を改善する目的で、これまでにも様々な検討が行われてきた。
例えば、溶融させたPHAを紡糸口金より繊維状に吐出させ、ポリエチレングリコールなどのグリコール系の水溶性液体を含む20~60℃の液体相を通過させ、巻取ることで引張強度の高いPHA繊維を製造する方法が開示されている(特許文献1)。
また、溶融押出したPHA繊維をガラス転移温度+10℃以下に急冷、ガラス転移温度+20℃以下の温度で保持、せん断応力を与えながら室温で延伸することで、繊維形状や繊維径、引張強度にバラツキがなく、均一性が高いPHA繊維を製造することができると開示されている(特許文献2)。
また、ポリ(3-ヒドロキシブチレート-コ-3-ヒドロキシヘキサノエート)を含有するポリエステル樹脂を1,500m/min~7,000m/minで引取り、β型結晶からのX線回折強度(Iβ)とα型結晶からのX線回折強度(Iα)の比(Iβ/Iα)が0.02以上とすることで生産性と引張強度を高めたポリエステル繊維が開示されている。(特許文献3)。
また、ポリ(3-ヒドロキシブチレート)系樹脂に結晶核剤を添加し、紡糸ドラフトや巻取速度を調整することで、生産性を向上させ、引張強度を高めた脂肪族ポリエステル繊維が開示されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-133022号公報
【特許文献2】特開2018-159142号公報
【特許文献3】国際公開WO2015/029316号公報
【特許文献4】国際公開WO2021/206154号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載されている繊維の製造方法ではグリコール系の水溶性液体を含む液体相を通過させる必要があるため、繊維の水洗工程追加による製造工程の複雑化や、低速度での紡糸による生産性の低下が生じ、生産コストが高くなりやすい。また、引張強度も十分ではなく、実用可能な強度に達していなかった。
特許文献2に記載されている繊維製造方法では、ガラス転移温度が室温以下のPHAを、溶融押出し直後にガラス転移温度+10℃以下に急冷するための消費エネルギーが大きく、特殊な設備が必要になってくる。また繊維の引張強度については言及されていない。
特許文献3に記載されている繊維の製造方法では2000m/min未満では繊維間の膠着を完全に改善できておらず、引張強度も実用可能な強度には達していなかった。
特許文献4に記載されている繊維の製造方法では、実用に耐えうる十分な引張強度を得られるが、繊維間の膠着については記載されておらず、得られた繊維の解舒が困難で、使用できない可能性がある。
したがって、本発明は、通常に用いる際に、実用に耐える強度を有する生分解性ポリエステル繊維を提供することを目的とする。
また、連続的に安定した繊維製造が可能であって、繊維間の膠着や繊維径のバラツキがなく、実用上で十分に耐えられる強度を有した生分解性ポリエステル繊維の製造方法を提供することを別の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、PHAの繊維化に際し、簡素な製造工程で2000m/min未満の紡糸速度でも繊維間の膠着を抑制する条件を発見し、高強度で安定して連続的に製造することが可能であること見出し、本発明に到達した。
【0008】
すなわち、本発明の要旨は、第1に繊度が200dtex以下、強度が1.5cN/dtex以上であり、ポリヒドロキシアルカノエートからなる生分解性ポリエステル繊維である。また、中でも、伸度は100%以下であることが好ましく、単糸繊度は1.5dtex以上15dtex以下であることが好ましく、U%(繊度斑)は3.5%以下であることが好ましい。
第2にポリヒドロキシアルカノエートを含む樹脂材料を溶融して紡糸口金より繊維状に吐出する第1工程、吐出された樹脂材料からなる繊維を空冷した後、140℃以上180℃以下で保温する第2工程、空冷保温された未延伸繊維を巻き取る第3工程、巻き取った未延伸繊維を延伸速度100m/min以上600m/min以下、延伸倍率1.5倍以上3.0倍以下で延伸する第4工程、延伸された繊維を0.80倍以上、0.99倍以下で応力緩和させる第5工程を含む製造方法である。また、その中でも第1工程における溶融温度が160℃以上180℃以下であることが好ましい。第2工程の保温方法が繊維の周囲に保温筒を配置することが好ましい。第3工程の未延伸繊維の巻取速度は500m/min以上、2000m/min未満が好ましい。第4工程の未延伸繊維の解舒張力が8g以下であることが好ましい。第5工程の応力緩和時に80℃以上110℃以下の熱処理をすることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明の繊維によれば、実用上、十分に耐えられる強度を有する生分解性ポリエステル繊維を提供できる。
本発明の繊維の製造方法によれば、連続的に安定した繊維の製造でき、得られた繊維は繊維間の膠着や繊維径のバラツキが少なく、実用上、十分に耐えられる強度を有する生分解性ポリエステル繊維を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の生分解性ポリエステル繊維の紡糸方法を示した模式図である。
図2】本発明の生分解性ポリエステル繊維の延伸方法を示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の生分解性ポリエステル繊維はPHAを含む。
【0012】
本発明におけるPHAは微生物により生産されるPHAから選択することが好ましい。微生物により生産されるPHAは[-CHR-CH-CO-O-:RはC2n+1で表されるアルキル基でnは1~15の整数]で示されるヒドロキシアルカン酸由来の繰り返し単位を有することが好ましい。また、具体的なポリヒドロキシアルカン酸は3-ヒドロキシブタン酸、3-ヒドロキシバレリル酸、3-ヒドロキシヘキサン酸、及び4-ヒドロキシブタン酸などが挙げられる。PHAはこの成分単体を繰り返し単位として用いた単独重合体であっても、2種以上の成分を繰り返し単位として含む共重合体であってもよい。共重合体としては、ポリ(3-ヒドロキシブタン酸-コ-3-ヒドロキシヘキサン酸)やポリ(3-ヒドロキシブタン酸-コ-4-ヒドロキシブタン酸)が挙げられる。紡糸性の観点からポリ(3-ヒドロキシブタン酸-コ-3-ヒドロキシヘキサン酸)が好ましい。また、生分解性ポリエステル繊維の性質を損なわない範囲で、PHA以外のポリマーや粒子、滑剤、帯電防止剤等の添加物を含有していても良い。
【0013】
上記PHAの融点は110℃以上160℃以下が好ましい。融点が110℃より低いと、実用上の耐熱性が得られない傾向がある。好ましくは110℃以上であり、より好ましくは120℃以上である。融点が160℃より高いと、溶融紡糸において、溶融時にPHAの熱分解温度に近い温度まで上昇させる必要があり、糸切れや毛羽の発生などが生じ、目的の生分解性ポリエステル繊維を得るのが困難となる傾向がある。好ましくは160℃以下であり、より好ましくは155℃以下である。
【0014】
本発明の生分解性ポリエステル繊維において、樹脂の融点とは、示差走査熱量計(DSC)を用いて、窒素雰囲気下、10℃/minで200℃まで昇温した時の吸熱ピークのピークトップが示す値のことをいう。
【0015】
上記PHAの165℃、荷重5.0kgにおけるメルトフレート(MFR)は、1g/10min以上30g/10min以下が好ましい。MFRが1g/10min以上であれば、溶融紡糸の際に溶融温度を低く設定でき、熱分解が生じ難くなる。この結果、紡糸安定性や糸品位が良好となり、目的の生分解性ポリエステル繊維を得やすい傾向がある。より好ましくは2g/10min以上である。さらに好ましくは3g/10min以上である。また生分解性ポリエステル繊維の強度を保つ点からは、MFRが30g/10min以下であることが好ましい。より好ましくは25g/10min以下である。さらに好ましくは20g/10min以下である。
【0016】
本発明の生分解性ポリエステル繊維は、強度が1.5cN/dtex以上である。強度が1.5cN/dtex未満であると、糸加工や製織、製編などの後工程で糸切れが生じやすく、トラブルになりやすい。好ましくは1.6cN/dtex以上であり、よりが好ましくは1.7cN/dtex以上である。
【0017】
本発明の生分解性ポリエステル繊維は、伸度は40%以上が好ましく、また100%以下が好ましい。伸度が40%未満であると整経や製織工程での糸切れが生じやすく、工程通過性が悪化する。工程通過性の観点から、40%以上が好ましく、50%以上がより好ましい。さらに好ましくは60%以上である。伸度が100%を超えると寸法安定性が悪くなりやすい。寸法安定性の観点から100%以下が好ましく、90%以下がより好ましい。さらに好ましくは80%以下である。
【0018】
本発明の生分解性ポリエステル繊維は、単糸繊度が1.5dtex以上15dtex以下が好ましい。単糸繊度が1.5dtex未満であると糸加工や製織、製編などの後工程で糸切れが生じやすく、トラブルになりやすい。好ましくは1.5dtex以上であり、より好ましくは2.0dtex以上である。さらに好ましくは2.5dtex以上である。単糸繊度が15dtexを超えると、繊維径の均一性を保つことが難しくなり、繊度斑や引張強度のバラツキが大きくなりやすい。均一性の観点から、好ましくは15dtex以下であり、より好ましくは10dtex以下である。さらに好ましくは8dtex以下である。
【0019】
本発明の生分解性ポリエステル繊維は、繊度斑の指標として表せられるU%の値が3.5%以下であることが好ましい。U%が3.5%を超えると繊維の均一性が悪化し、引張強度のバラツキが大きくなりやすい。また、後工程での毛羽や糸切れが発生しやすく、工程通過性が悪化する。均一性の観点から、好ましくは3.5%以下、より好ましくは3.3%以下である。さらに好ましくは3.0%以下である。
【0020】
本発明において、U%とは繊維径の平均偏差率である。平均偏差率は、連続糸斑試験機を用いて、生分解性ポリエステル繊維の静電容量を100m測定し、静電容量の変動から繊維径の変動を算出し、算出された繊維径の変動から求められる繊維の太さ斑を表す値である。この平均偏差率の値が低いほど繊度斑が少なく、均一性に優れていることを意味する。
【0021】
本発明の生分解性ポリエステル繊維の断面形状は特に制限されず、円形断面のほかに、扁平や楕円、3~8角形、C字、U字、W字などの任意の形状とすることができる。
【0022】
次に、本発明の生分解性ポリエステル繊維を製造する方法について説明する。
本発明の生分解性ポリエステル繊維は、未延伸繊維を一旦巻き取った後、延伸するいわゆるコンベンショナル法で得ることができる。
【0023】
本発明の生分解性ポリエステル繊維を製造する方法は、少なくともPHAを繊維状に吐出する第1工程と、繊維状に吐出されたPHAを冷却後に加熱保温する第2工程、未延伸繊維を巻き取る第3工程、巻き取られた未延伸繊維を延伸する第4工程、延伸繊維の応力を緩和する第5工程を含む。これらの工程を含む方法で生分解性ポリエステル繊維を製造する。
【0024】
図1は、溶融紡糸する際の紡糸する装置の模式図の例、図2は、延伸工程に用いる装置の模式図の例を示す。
まず、第1工程は、PHAを溶融させ、所定の断面形状となる紡糸口金(b)を用いて、繊維状に吐出させることで溶融状態の生分解性ポリエステル繊維(c)を形成する工程である。また、PHAを溶融させる溶融温度は160℃以上、180℃以下が好ましい。ここで溶融温度とは、PHAを溶融させる押出機(a)から繊維状に吐出させる紡糸口金(b)までの温度の中で最も高い温度を示している。溶融温度が160℃未満であると、溶融できなかったPHAが繊維中に混入し、糸切れや毛羽の要因となり、紡糸安定性が低下しやすい。よって溶融温度の下限は160℃であり、好ましくは165℃である。溶融温度が180℃を超えるとPHAの熱分解が生じやすくなり、糸切れや毛羽が発生し、紡糸安定性が低下しやすい。よって溶融温度の上限は180℃であり、好ましくは175℃であり、より好ましくは170℃以下である。
【0025】
第2工程は、繊維状に吐出された生分解性ポリエステル繊維(c)に、冷却風(d)を吹き付けて、一旦繊維表面を徐冷し固化させた後、140℃以上180℃以下で加熱保温する工程である。繊維状に吐出された生分解性ポリエステル繊維(c)は冷却風(d)で空冷されることで少なくとも繊維表面が冷却固化される。しかしながら、PHAの結晶化速度が遅いため、このまま未延伸繊維(f)を巻き取ると繊維間で膠着が発生し、安定して連続生産することが困難である。そのため、固化した生分解性ポリエステル繊維(c)を加熱保温することで、結晶化速度を加速させ、繊維中の結晶化を促進し、繊維間の膠着を抑制することができる。また、膠着を抑制することで繊度斑の発生も抑制することができる。生分解性ポリエステル繊維を加熱する方法は特に制限されないが、生分解性ポリエステル繊維(c)を加熱された円形の筒(e)で加熱保温する方法や、遠赤外線ヒーターで加熱保温する方法が好ましい。加熱温度が140℃未満であると結晶化が不十分であり、繊維間の膠着を抑制することが困難である。よって加熱温度の下限は140℃であり、好ましくは150℃であり、より好ましくは160℃である。加熱温度が180℃を超えると再溶融して糸切れが発生しやすくなる。よって加熱温度の上限は180℃であり、好ましくは175℃であり、より好ましくは170℃である。
また、生分解性ポリエステル繊維(c)の収束点はローラー(f)の直前が好ましい。収束点がローラー(f)に近いほど、単糸同士が離れている時間が長くなり、繊維間の膠着を抑制し易くなる。
【0026】
第3工程は、結晶化促進された生分解性ポリエステル繊維の未延伸繊維を一旦巻き取る工程である。巻取速度は500m/min以上2000m/min未満が好ましい。巻取速度が500m/min未満であると、得られる生分解性ポリエステル繊維の強度を1.5cN/dtex以上にすることが困難になってくる。強度の観点から巻取速度は、好ましくは500m/min以上、より好ましくは600m/min以上である。さらに好ましくは700m/min以上である。巻取速度が2000m/min以上になると、結晶化促進を行う加熱保温の領域を通過する時間が短くなり、十分に結晶化が進行しにくく、事後に膠着し易くなる。結晶化の観点から巻取速度は、好ましくは2000m/min未満であり、より好ましくは1800m/min未満である。さらに好ましくは1500m/min未満であり、特に好ましくは1300m/min未満である。
【0027】
第4工程は、生分解性ポリエステル繊維の未延伸繊維を100m/min以上600m/min以下の延伸速度、1.5倍以上3.0倍以下の延伸倍率で延伸する工程である。延伸速度とは第2ローラー(i)の回転速度であり、延伸速度を100m/min未満にすると生産性が低下するので高コストの繊維になりやすい。好ましくは200m/min以上であり、より好ましくは250m/min以上である。延伸速度が600m/minを超えると毛羽や糸切れが発生しやすくなり、安定した連続生産が困難となりやすい。より好ましくは550m/min以下であり、さらに好ましくは500m/min以下である。また、未延伸繊維は第1ローラー(h)と第2ローラー(i)の間で延伸される。延伸倍率が1.5倍未満であると、強度が1.5cN/dtex以上とすることが困難になりやすい。延伸倍率の下限値は、1.5倍であり、好ましくは1.6倍であり、より好ましくは1.7倍であり、さらに好ましくは1.8倍である。延伸倍率が3.0倍を超えて延伸すると、毛羽や糸切れが発生しやすくなり、安定して連続的に生産することが困難となりやすい。延伸倍率の上限は、3.0倍であり、好ましくは2.7倍であり、より好ましくは2.5倍であり、さらに好ましくは2.3倍である。
また、未延伸繊維の解舒張力は8g以下であることが好ましい。繊維間で膠着が発生していると、解舒張力は高くなり、解舒時に未延伸繊維の崩れが発生しやすくなる。8gを超えると解舒時に未延伸繊維が崩れやすくなり、安定して連続的に生産することが困難になる。好ましくは8g以下であり、より好ましくは6g以下である。さらに好ましくは5g以下である。
【0028】
第5工程は、延伸された生分解性ポリエステル繊維を第2ローラー(i)と第3ローラー(j)の間で0.8倍以上0.99倍以下の延伸倍率で延伸し、応力緩和する工程である。延伸倍率が0.8倍未満であると第2ローラー(i)と第3ローラー(j)の間でたるみが発生し、延伸された生分解性ポリエステル繊維の巻取が困難となり、安定して連続的に生産しにくい。好ましくは0.85倍以上であり、より好ましくは0.87倍以上である。延伸倍率が0.99倍を超えると応力緩和が十分ではなく、糸加工や生機の加工時に収縮応力が大きくなり、糸切れなどが発生しやすくなる。好ましくは0.97倍以下であり、より好ましくは0.95倍以下である。また、応力を緩和させるときに第2ローラー上で80℃以上110℃以下の熱処理することが好ましい。80℃未満で熱処理すると応力緩和が十分ではなく、加工時に糸切れが生じやすくなる。よって応力緩和における熱処理温度の下限は、好ましくは80℃であり、より好ましくは90℃であり、さらに好ましくは95℃である。110℃を超えて熱処理すると生分解性ポリエステル繊維が軟化していまい、糸切れしやすくなる。よって応力緩和における熱処理温度の上限は、好ましくは110℃であり、より好ましくは105℃であり、さらに好ましくは100℃である。
【0029】
このようにして本発明の生分解性ポリエステル繊維は、2000m/min未満の低い紡糸速度でも、繊維間の膠着を抑制でき、繊維径の均一性に優れ、高強度で安定して連続的に生産することができる。
また、強伸度物性に優れた生分解性ポリエステル繊維となるため、例えば衣料用、産業資材、ティーパック,水切りネットなど家庭用雑貨資材等の資材用などの織物や編物などの布帛のような繊維構造物に用いることができる。
【実施例0030】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下に述べる実施例に限定されるものではない。なお、各種物性測定及び評価方法は以下の方法である。
【0031】
<繊度>
JIS L 1013に準じ、検尺機を用い、試料糸長を100m採取し、測定した重量から算出した。
【0032】
<強度、伸度>
JIS L 1013に準じ、島津製作所製のオートグラフ(登録商標)AGS-1KNG引張試験機を用い、試料糸長20cm、定速引張速度20cm/minの条件で測定した。荷重-伸び曲線での荷重の最高値を繊度で除した値を強度(cN/dtex)とし、そのときの伸び率を伸度(%)とした。
【0033】
<繊度斑>
連続糸斑試験機としてZellweger社製UsterTester4 Model Cを用い、100m/minの速度で繊維を給糸しながらノーマルモードでU%の測定を行った。
【0034】
<紡糸安定性>
10kgの繊維を紡糸した際の平均糸切れ回数で紡糸安定性を評価した。
○:糸切れ回数が1回未満の場合
×:糸切れ回数が1回以上の場合
【0035】
<繊維間膠着>
未延伸繊維を400m/minで解舒しながら、大広社製の毛羽検知機KH-700に1万m走行させ、毛羽の発生状況で評価した。
○:単糸切れや毛羽の発生がなく、解舒できる場合
△:単糸切れや毛羽の発生はあるが、解舒できる場合
×:単糸切れや糸切れが発生し、解舒できない場合
【0036】
<解舒張力>
未延伸繊維を400m/minで解舒した際の糸張力を1秒間に2回、1分間測定し、その平均値を解舒張力とした。
【0037】
<延伸状況>
○:単糸切れや毛羽の発生がない場合
×:糸切れ、単糸切れや毛羽の発生がある場合
【0038】
〔実施例1〕
PHAとしてポリ(3-ヒドロキシブタン酸-コ-3-ヒドロキシヘキサン酸)を用い、円形断面となる紡糸口金から、溶融温度165℃で吐出した。次いで、吐出された繊維を空冷し、165℃に加熱された円筒状の保温筒を用いて保温し、1500m/minで未延伸繊維を巻き取った。得られた未延伸繊維を延伸速度300m/min、延伸倍率1.85倍で延伸し、熱処理温度100℃、延伸倍率0.93倍で応力緩和を行い、84dtex/24fの生分解性ポリエステル繊維を得た。得られた生分解性ポリエステル繊維の強度は1.8cN/dtexであり、U%は2.0%であり、紡糸安定性も良好であった。また、未延伸繊維の解舒張力は3.2gで、繊維間の膠着もみられなかった。得られた結果を表1に示す。
【0039】
〔実施例2〕
空冷された繊維を175℃に加熱された円筒状の保温筒で保温すること以外は実施例1と同様の方法で作製した。得られた生分解性ポリエステル繊維の強度は1.7cN/dtexであり、U%は2.9%であり、紡糸安定性も良好であった。また、未延伸繊維の解舒張力は4.5gで、繊維間の膠着もみられなかった。得られた結果を表1に示す。
【0040】
〔実施例3〕
延伸速度を400m/min、延伸倍率を2.1倍とすること以外は実施例1と同様の方法で作製した。得られた生分解性ポリエステル繊維の強度は1.7cN/dtexであり、U%は2.7%であり、紡糸安定性も良好であった。また、未延伸繊維の解舒張力は3.2gで、繊維間の膠着もみられなかった。得られた結果を表1に示す。
【0041】
〔実施例4〕
延伸倍率0.87倍で応力緩和を行ったこと以外は実施例1と同様の方法で作製した。得られた生分解性ポリエステル繊維の強度は1.6cN/dtexであり、U%は3.0%であり、紡糸安定性も良好であった。また、未延伸繊維の解舒張力は3.2gで、繊維間の膠着もみられなかった。得られた結果を表1に示す。
【0042】
〔実施例5〕
未延伸繊維を800m/minで巻き取り、延伸倍率を2.45倍で延伸し、延伸倍率0.96倍で応力緩和を行い、140dtex/24fの生分解性ポリエステル繊維を得たこと以外は実施例1と同様の方法で作製した。得られた生分解性ポリエステル繊維の強度は1.5cN/dtexであり、U%は3.4%であり、紡糸安定性も良好であった。また、未延伸繊維の解舒張力は5.7gで、繊維間の膠着もみられなかった。得られた結果を表1に示す。
【0043】
〔実施例6〕
空冷された繊維を185℃に加熱された円筒状の保温筒で保温すること以外は実施例1と同様の方法で作製した。紡糸での糸切れが多発した。また、得られた生分解性ポリエステル繊維の強度は1.7cN/dtexであった。しかし、U%は4.1%と繊維の均一性が悪く、物性にバラツキがみられた。また、未延伸繊維は繊維間で膠着がみられ、解舒張力は8.4gであり、解舒時に毛羽の発生もみられた。得られた結果を表1に示す。
【0044】
〔比較例1〕
空冷された繊維を135℃に加熱された円筒状の保温筒で保温すること以外は実施例1と同様の方法で作製した。得られた生分解性ポリエステル繊維の未延伸繊維は繊維間で膠着しており、解舒不可であった。得られた結果を表2に示す。
【0045】
〔比較例2〕
延伸速度を700m/minとすること以外は実施例1と同様の方法で作製した。延伸工程での毛羽や糸切れが多発し、生分解性ポリエステル繊維を得られなかった。また、未延伸繊維の解舒張力は3.2gで、繊維間の膠着はみられなかった。得られた結果を表2に示す。
【0046】
〔比較例3〕
延伸倍率を3.2倍とすること以外は実施例1と同様の方法で作製した。延伸工程での毛羽や糸切れが多発し、生分解性ポリエステル繊維を得られなかった。また、未延伸繊維の解舒張力は3.2gで、繊維間の膠着はみられなかった。得られた結果を表2に示す。
【0047】
〔比較例4〕
延伸倍率0.75倍で応力緩和を行うこと以外は実施例1と同様の方法で作製した。延伸繊維の巻き取中に糸切れが発生し、生分解性ポリエステル繊維を得られなかった。また、未延伸繊維の解舒張力は3.2gで、繊維間の膠着はみられなかった。得られた結果を表2に示す。
【0048】
〔比較例5〕
熱処理温度110℃で応力緩和を行うこと以外は実施例1と同様の方法で作製した。熱処理時に延伸繊維の糸切れが多発し生分解性ポリエステル繊維を得られなかった。また、未延伸繊維の解舒張力は3.2gで、繊維間の膠着はみられなかった。得られた結果を表2に示す。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
実施例1~5から得られた生分解性ポリエステル繊維は、連続的に安定して生産が可能で、繊維間の膠着がなく、繊維径や物性のバラツキがなく、高強度であり、実施例6は実用的な強度を有していたが、比較例から得られた生分解性ポリエステル繊維は、安定した生産が不可であるか、膠着の発生、繊維径や物性のバラツキ、低強度の少なくとも一つが発生していた。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の生分解性ポリエステル繊維は、種々の繊維構造体とすることができ、使用後には微生物に分解されるため、地球環境の負荷を低減させる資材に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0053】
a 押出機
b 紡糸口金
c 繊維
d 冷却風
e 保温筒
f ローラー
g 未延伸繊維
h 第1ローラー
i 第2ローラー
j 第3ローラー
k 延伸繊維
図1
図2