(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023111774
(43)【公開日】2023-08-10
(54)【発明の名称】再灌流療法の適用を決定するバイオマーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20230803BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20230803BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022013807
(22)【出願日】2022-01-31
(71)【出願人】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】猪原 匡史
(72)【発明者】
【氏名】石山 浩之
(72)【発明者】
【氏名】田中 智貴
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA26
2G045DA36
2G045FB03
(57)【要約】
【課題】再灌流療法の適用を決定するバイオマーカーを提供する。
【解決手段】Adrenomedullin(ADM)前駆体タンパク質、又はその分解産物からなる、対象における再灌流療法の適用を決定するためのバイオマーカー。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Adrenomedullin(ADM)前駆体タンパク質、又はその分解産物からなる、対象における再灌流療法の適用を決定するために用いられるバイオマーカー。
【請求項2】
ADM前駆体タンパク質、又はその分解産物からなる、ペナンブラ評価用バイオマーカー。
【請求項3】
前記分解産物が、Mid-regional Pro-Adrenomedullin(MR-proADM)、Proadrenomedullin N-terminal 20 Peptide(PAMP)、Adrenotensin、及びAdrenomedullin(ADM)からなる群より選ばれる少なくとも一種の、ADM前駆体タンパク質の分解産物である、請求項1又は2に記載のバイオマーカー。
【請求項4】
(A)対象から得た生物学的試料中のADM前駆体タンパク質、又はその分解産物の濃度を測定する工程
を含む、対象における再灌流療法の適用を決定する方法。
【請求項5】
(B)前記工程(A)において測定された濃度を基準値と比較し、前記濃度が、前記基準値より高い場合には前記対象に対して再灌流療法を適用することを、あるいは前記基準値より低い場合には前記対象に対して再灌流療法を適用しないことを、それぞれ決定する工程
をさらに含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
ADM前駆体タンパク質又はその分解産物に結合し得る抗体を含む、対象における再灌流療法の適用を決定するために用いられるキット。
【請求項7】
ADM前駆体タンパク質又はその分解産物に結合し得る抗体を含む、対象におけるペナンブラを評価するために用いられるキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再灌流療法の適用を決定するバイオマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
虚血性脳卒中は死亡や機能障害の主たる要因となる疾患の一つであり、直接コストは1兆円を超える。中でも、脳主幹動脈閉塞症例は、死亡や高度機能障害の多くを占める重症型であるが、近年の血栓溶解療法や血管内治療の台頭により、発症早期の症例では予後が改善された。更に発症から時間の経過した症例でも、救済可能な虚血領域,すなわちペナンブラが十分に存在する場合、同治療により予後を劇的に改善することが可能となった。なお、本明細書では、虚血性脳卒中発症後の脳において、不可逆的虚血域を虚血中心、血液量が低下している領域にあって細胞死を免れている部分であって、脳血流の再開により回復可能な領域をペナンブラという場合がある。
【0003】
虚血性脳卒中におけるペナンブラの評価は、血管内トレーサを用いた頭部MRIやCTによる灌流画像を専用ソフトウェアで自動解析することにより行なっている(非特許文献1)。しかし、同手法は造影剤を使用するため腎機能障害例では適応が制限される、ソフトウェアの導入や維持コストが高額である、解析結果の解釈に専門的知識を要する、等の点から、一部の医療機関でしか利用出来ない。
【0004】
齧歯類モデルにおいて、脳虚血早期から鋭敏に発現が誘導される遺伝子としてアドレノメジュリン(ADM)が挙げられる(非特許文献2)。ADMは血管拡張作用や抗炎症作用による神経保護作用を持つ生体内ペプチドであり、急性期虚血性脳卒中では重症度に相関して上昇することが知られている。このため、虚血性脳卒中のためのバイオマーカーとして期待されていたが、実用化には至っていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Fisher M et al., Identifying and utilizing the ischemic penumbra. Neurology. 2012;79:S79-85
【非特許文献2】Reimer MM et al., Rapid disruption of axon-glial integrity in response to mild cerebral hypoperfusion. J Neurosci. 2011;31:18185-18194
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、再灌流療法の適用を決定するバイオマーカーを提供することを課題とする。
【0007】
また、本発明は、ペナンブラを評価するためのバイオマーカーを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意検討を行ったところ、ADM前駆体の分解産物、特にMid-regional pro-Adrenomedullin(MR-proADM)が急性期虚血性脳卒中におけるペナンブラを反映する血液バイオマーカーとして有用であることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいてさらに検討を加えることにより完成したものであり、以下の態様を含む。
【0009】
項1.
Adrenomedullin(ADM)前駆体タンパク質、又はその分解産物からなる、対象における再灌流療法の適用を決定するために用いられるバイオマーカー。
【0010】
項2.
ADM前駆体タンパク質、又はその分解産物からなる、ペナンブラ評価用バイオマーカー。
【0011】
項3-1.
前記分解産物が、Mid-regional Pro-Adrenomedullin(MR-proADM)、Proadrenomedullin N-terminal 20 Peptide(PAMP)、Adrenotensin、及びAdrenomedullin(ADM)からなる群より選ばれる少なくとも一種の、ADM前駆体タンパク質の分解産物である、項1又は2に記載のバイオマーカー。
【0012】
項3-2.
前記分解産物がMR-proADMである、項1又は2に記載のバイオマーカー。
【0013】
項3-3.
前記分解産物がPAMPである、項1又は2に記載のバイオマーカー。
【0014】
項3-4.
前記分解産物がAdrenotensinである、項1又は2に記載のバイオマーカー。
【0015】
項3-5.
前記分解産物がADMである、項1又は2に記載のバイオマーカー。
【0016】
項4.
(A)対象から得た生物学的試料中のADM前駆体タンパク質、又はその分解産物の濃度を測定する工程
を含む、対象における再灌流療法の適用を決定する方法。
【0017】
項5.
(B)前記工程(A)において測定された濃度を基準値と比較し、前記濃度が、前記基準値より高い場合には前記対象に対して再灌流療法を適用することを、あるいは前記基準値より低い場合には前記対象に対して再灌流療法を適用しないことを、それぞれ決定する工程
をさらに含む、項4に記載の方法。
【0018】
項6-1.
前記分解産物が、Mid-regional Pro-Adrenomedullin(MR-proADM)、Proadrenomedullin N-terminal 20 Peptide(PAMP)、Adrenotensin、及びAdrenomedullin(ADM)からなる群より選ばれる少なくとも一種の、ADM前駆体タンパク質の分解産物である、項4又は5に記載の方法。
【0019】
項6-2.
前記分解産物がMR-proADMである、項4又は5に記載の方法。
【0020】
項6-3.
前記分解産物がPAMPである、項4又は5に記載の方法。
【0021】
項6-4.
前記分解産物がAdrenotensinである、項4又は5に記載の方法。
【0022】
項6-5.
前記分解産物がADMである、項4又は5に記載の方法。
【0023】
項7.
ADM前駆体タンパク質又はその分解産物に結合し得る抗体を含む、対象における再灌流療法の適用を決定するために用いられるキット。
【0024】
項8.
ADM前駆体タンパク質又はその分解産物に結合し得る抗体を含む、対象におけるペナンブラを評価するために用いられるキット。
【0025】
項9-1.
前記分解産物が、Mid-regional Pro-Adrenomedullin(MR-proADM)、Proadrenomedullin N-terminal 20 Peptide(PAMP)、Adrenotensin、及びAdrenomedullin(ADM)からなる群より選ばれる少なくとも一種の、ADM前駆体タンパク質の分解産物である、項7又は8に記載のキット。
【0026】
項9-2.
前記分解産物がMR-proADMである、項7又は8に記載のキット。
【0027】
項9-3.
前記分解産物がPAMPである、項7又は8に記載のキット。
【0028】
項9-4.
前記分解産物がAdrenotensinである、項7又は8に記載のキット。
【0029】
項9-5.
前記分解産物がADMである、項7又は8に記載のキット。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、再灌流療法の適用を決定する血液バイオマーカーを提供することができる。また、ペナンブラを評価するためのバイオマーカーを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】ヒトADMの前駆体であるADM前駆体タンパク質の構造を示す模式図である。当該図は、[Schonauer R et al., Adrenomedullin - new perspectives of a potent peptide hormone. J Pept Sci. 2017 Jul;23(7-8):472-485.]より引用し、一部改変した。
【
図3】HAIS患者と健常者の血漿MR-proADM濃度の比較を示す図である。血漿MR-proADM濃度は健常者に比べてHAIS患者で上昇した(A)。血漿MR-proADM濃度を用いたHAIS予測のためのROC曲線(Receiver Operating Characteristic curve)のAUC(Area Under the Curve)値は0.89(感度:78.4%、特異度:87.3%)であった(B)。発症から1時間以内のHAIS(早期HAIS)(C)、及び虚血性コア(ischemic core)(D)における血漿MR-proADM濃度は、健常者に比べて高かった。箱ひげ図は、中央値を平行線として、四分位範囲を示す。ひげの上端は最大値、下端は最小値を示す。
【
図4】HAIS患者における血漿MR-proADM濃度と広域ペナンブラの関連性を示す図である。入院時における血漿MR-proADM濃度は、非広域ペナンブラ患者に比べて、広域ペナンブラを有する患者においてより高かった。箱ひげ図は、中央値を平行線として、四分位範囲を示す。ひげの上端は最大値、下端は最小値を示す(A)。多変量解析の結果に基づくフォレストプロット。広域ペナンブラの存在と関連する因子を示す(B)。***はP値が0.001より小さいことを表す。CIは信頼区間(confidence interval)を表す。
【
図5】内頚動脈/中大脳動脈水平部閉塞症患者における血漿MR-proADM濃度と広域ペナンブラとの関連性を示す図である。内頚動脈/中大脳動脈水平部閉塞症患者のうち、広域ペナンブラを有する患者における血漿MR-proADM濃度は、非広域ペナンブラ患者における血漿MR-proADM濃度に比べて、顕著に高かった。箱ひげ図は、中央値を平行線として、四分位範囲を示す。ひげの上端は最大値、下端は最小値を示す。**はP値が0.01より小さいことを表す(A)。多変量解析の結果に基づくフォレストプロットは、内頚動脈/中大脳動脈水平部閉塞症患者における広域ペナンブラの存在と関連する各因子を示す(B)。
【
図6】血漿MR-proADM濃度とペナンブラ体積との相関を示す図である。血漿MR-proADM濃度は、MR灌流画像又はCT灌流画像上のTmaxが6秒を超える領域の体積から虚血性コア体積を引いて算出したペナンブラ体積と正の相関を示した。丸の中の数字は虚血性コア体積(mL)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本開示に包含される各実施形態について、さらに詳細に説明する。
【0033】
1. 本発明のバイオマーカー
本発明のバイオマーカーは、Adrenomedullin(ADM)前駆体タンパク質、又はその分解産物からなる。
【0034】
本発明において、ADM前駆体タンパク質の分解産物とは、ADM前駆体タンパク質の分解産物の代謝物を含む。ADM前駆体タンパク質の分解産物の代謝物とは、例えば、ADM前駆体タンパク質の分解産物の血中代謝物が挙げられる。
【0035】
本明細書において、ADM前駆体タンパク質、又はその分解産物を「マーカーポリペプチド」という場合がある。
【0036】
ヒトADMの前駆体であるADM前駆体タンパク質は、シグナルペプチドの他、Mid-regional Pro-Adrenomedullin(MR-proADM)、Proadrenomedullin N-terminal 20 Peptide(PAMP)、Adrenotensin(Pro-Adrenomedullin (153-185))、及びADMの4つのコンポーネントから構成される(
図1)。したがって、本発明のマーカーポリペプチドは、MR-proADM、PAMP、Adrenotensin、又はADMからなる群より選択される少なくとも一種のADM前駆体タンパク質の分解産物であってもよい。本発明においてマーカーポリペプチドは、MR-proADMがより好ましい。MR-proADMは検体中で安定して存在しており、MR-proADMをマーカーポリペプチドとして用いることにより、下記に述べる再灌流療法の適用の決定やペナンブラの評価等に好適に用いることができる。
【0037】
本発明のバイオマーカーは、対象における再灌流療法の適用を決定するために用いられる。本発明において、「再灌流療法の適用を決定する」とは、対象における本発明のマーカーポリペプチドの濃度を測定し、その値を基準値と比較し、値が基準値より高い場合に再灌流療法を適用し、値が基準値より低い場合に再灌流療法を適用しないことを決定することをいう。
【0038】
本発明において、「対象」とは、虚血性脳卒中、特に急性期虚血性脳卒中を発症しているか、将来的に発症する可能性のある対象をいう。
【0039】
本発明において、「基準値」は、虚血性脳卒中を発症しているヒト個体と、虚血性脳卒中を発症していないヒト個体とからそれぞれ十分量ずつの試料を用意し、これらの試料それぞれに含まれる本発明のマーカーポリペプチド量を検出することにより設定することができる。
【0040】
本発明において、虚血性脳卒中を発症しているヒト個体由来の試料中の本発明のマーカーポリペプチド濃度は、急性期虚血性脳卒中を発症していないヒト個体由来の試料中の本発明のマーカーポリペプチド濃度と比較して、1.5倍以上、好ましくは1.6倍以上、より好ましくは1.6~2.0倍、さらに好ましくは1.67倍である。
【0041】
本発明において、「試料」とは、特に制限されないが、好ましくは血液、より好ましくは血漿である。
【0042】
本発明において、「再灌流療法」とは、閉塞した血管を再び開通させる治療法であれば、特に制限されない。再灌流療法の具体例としては、例えば、血栓溶解療法、脳神経血管内治療等が挙げられる。
【0043】
虚血性脳卒中発症後の脳において、不可逆的虚血域を虚血中心(虚血性コア)、血液量が低下している領域にあって細胞死を免れている部分であって、脳血流の再開により回復可能な領域をペナンブラという。本発明において、再灌流療法の目的は、ペナンブラを救済することである。
【0044】
ペナンブラの体積の測定は、RAPIDシステム(iSchemaView社)という画像解析ソフトウェアを用いて行うことができる。より具体的には、MRI画像やCT画像をRAPIDにより解析し、虚血性コアと脳血流が低下した低灌流領域を算出し、低灌流領域から虚血性コアを差し引いた領域をペナンブラ領域としてその体積を測定する。しかしながら、RAPIDシステムは高価であるため、RAPIDシステムを導入している施設は僅かである。
【0045】
本発明のバイオマーカーは、対象におけるペナンブラを評価するために用いることができる。本発明において「ペナンブラを評価する」とは、例えば、ペナンブラの存否の判定又は体積の予測を行うこと等をいう。
【0046】
本発明において、ペナンブラの評価は、対象由来の試料中における本発明のマーカーポリペプチドの量に基づいて行うことができる。
【0047】
本発明のバイオマーカーにより、迅速かつ簡便に、対象の組織状態に基づいた(tissue-based)治療の選択が可能となる。
【0048】
2. 本発明の方法
本発明の方法は、(A)対象から得た生物学的試料中のADM前駆体タンパク質、又はその分解産物の濃度を測定する工程を含む、対象における再灌流療法の適用を決定する方法である。
【0049】
本発明の方法は、前記工程(A)の後に、さらに、(B)前記工程(A)において測定された濃度を基準値と比較し、前記濃度が、前記基準値より高い場合には前記対象に対して再灌流療法を適用することを、あるいは前記基準値より低い場合には前記対象に対して再灌流療法を適用しないことを、それぞれ決定する工程を含んでもよい。
【0050】
本発明のマーカーポリペプチドの測定は、特に制限されないが、例えば、本発明のバイオマーカーに結合し得る抗体を用いた免疫学的方法により検出する方法が挙げられる。免疫学的方法の具体例としては、例えば、ホモジニアス時間分解蛍光イムノアッセイ法、酵素免疫測定法(Enzyme-Linked immunosorbent assay、ELISA)、放射性免疫測定法(Radio immunoassay、RIA)等が挙げられる。ホモジニアス時間分解蛍光イムノアッセイ法としては、例えば、時間分解蛍光増幅測定法(time resolved amplified cryptate emission、TRACE)が挙げられる。
【0051】
本発明の方法は、in vitro又はin vivoのどちらでも行うことが可能であるが、より簡便に試験できるという点で、in vitroで行われることが好ましい。
【0052】
3. 本発明のキット
本発明のキットは、本発明の試験方法のために用いられる、本発明のマーカーポリペプチドに結合し得る抗体を含むキットである。
【0053】
本発明のキットは、本発明のバイオマーカーの他、本発明の方法についての手順書を含み、さらに、本発明の方法に必要な試薬や器具等を含んでいてもよい。
【0054】
上記手順書には、本発明の方法において必要な「基準値」についての記述が含まれていてもよい。そのような記述は、「基準値」を直接的に記載したものであってもよいし、「基準値」の設定方法についての説明であってもよい。
【0055】
上記に加え、本発明のキットは、任意で、さらに本発明の方法に必要な試薬を含んでいてもよい。そのような試薬としては、例えば、滅菌水、生理食塩水、植物油、界面活性剤、脂質、溶解補助剤、緩衝材、タンパク質安定化剤、保存剤、ブロッキング溶液、反応溶液、及び反応停止薬等が挙げられる。本発明のキットは、これらの試薬を単独で含んでいてもよいし、複数種を含んでいてもよい。
【実施例0056】
以下、例を示して本開示の実施形態をより具体的に説明するが、本開示の実施形態は下記の例に限定されるものではない。なお、以下特に断らない限り、%は質量%を示す。
【0057】
<実施例1>
MR-proADM濃度の測定
(1)血液サンプルの採取
急性虚血性脳卒中患者866名中、発症から4.5時間以内に病院に搬送された145名の患者からインフォームドコンセントが得られた。これらの患者から採取した血液サンプルのうち、量が不十分あるいは質が悪い17サンプルを除いて、128の血液サンプルにおいてMR-proADM濃度を測定した。これらの患者のうち、急性感染症又は炎症性疾患に罹患した患者はいなかったが、3名の患者は末期の腎疾患のため除外した。したがって、以下の実験は、125名の超急性期脳梗塞(hyperacute ischemic stroke、HAIS)患者(平均年齢:77歳、IQR:70-85歳、男性:59.2%)及び1298名の健常者(平均年齢:58歳、IQR:49-67歳、男性:33.2%)から得られた血液サンプルを用いて行った(
図2)。
【0058】
(2)血漿MR-proADM濃度の測定と定期血液検査
入院直後の全てのHAIS患者から末梢血を採取した。血液サンプルは、血液生化学検査やグルコース代謝等の定期血液検査にも使用した。MR-proADMの測定のため、採取した血液サンプルを通常のエチレンジアミン四酢酸チューブに分注した。各サンプルは採取後すぐに攪拌し、3400xg、25℃で6分間遠心分離させた。血漿サンプルを回収し、MR-proADMの測定まで-80℃で保存した。血漿MR-proADM濃度(nmol/L)は、時間分解蛍光増幅測定法(Time-Resolved Amplified Cryptate Emission technology assay, TRACE)を用いてautomated KRYPTOR (登録商標) analyzer(Thermo Fisher Diagnostics K.K., Japan)によって測定した。
【0059】
(3)HAIS患者と健常者の血漿MR-proADM濃度の比較
HAIS患者は、健常者に比べて、BMIがより高く、推算糸球体濾過量がより低く、血管リスク因子(高血圧症、糖尿病、脂質異常症)の有病率、並びに、過去の脳梗塞及び過去の心筋梗塞又は狭心症を含む虚血性心疾患の有病率がより高いことを特徴とする(表1)。
【0060】
【0061】
一変量解析により、HAIS患者におけるMR-proADM濃度が、健常者におけるMR-proADM濃度に比べて、著しく上昇していることが示された(
図3A)。HAIS患者におけるMR-proADM濃度は平均0.68 nmol/L(IQR:0.53-0.84 nmol/L)であるのに対して、健常者におけるMR-proADM濃度は平均0.42 nmol/L(IQR:0.37-0.48 nmol/L)であった(P<0.01)。
【0062】
この違いは、年齢、性別、BMI、推算糸球体濾過量、血管リスク因子、及び過去の病歴に関する傾向スコアマッチング後も確認された(表2)。両グループともn=66で、HAIS患者におけるMR-proADM濃度は平均0.57 nmol/L(IQR:0.49-0.75 nmol/L)であるのに対して、健常者におけるMR-proADM濃度は平均0.51 nmol/L(IQR:0.46-0.59 nmol/L)であった(P<0.01)。
【0063】
【0064】
HAISの予測のためのMR-proADMについてROC分析を行った結果、78.4%の感度及び87.3%の特異度でHAISの診断における基準値は0.52 nmol/Lであり、AUC(area under the curve)値は0.89であった(P<0.01)(
図3B)。time-based(発症からの時間に基づき診断された)HAIS患者(n=51)におけるMR-proADM濃度は、健常者におけるMR-proADM濃度に比べて高かった(
図3C)。time-based HAIS患者におけるMR-proADM濃度は平均0.72 nmol/L(IQR:0.54-0.85 nmol/L)であるのに対して、健常者におけるMR-proADM濃度は平均0.42 nmol/L(IQR:0.37-0.48 nmol/L)であった(P<0.01)。また、tissue-based(組織の状態に基づき診断された)HAIS患者(n=80)におけるMR-proADM濃度は、健常者におけるMR-proADM濃度に比べて高かった(
図3D)。tissue-based HAIS患者におけるMR-proADM濃度は平均0.66 nmol/L(IQR:0.54-0.84 nmol/L)であるのに対して、健常者におけるMR-proADM濃度は平均0.42 nmol/L(IQR:0.37-0.48 nmol/L)であった(P<0.01)。
【0065】
これらの違いはベースラインのマッチング後も確認された。time-based HAIS患者におけるMR-proADM濃度は平均0.61 nmol/L(IQR:0.49-0.82 nmol/L)であるのに対して、健常者におけるMR-proADM濃度は平均0.48 nmol/L(IQR:0.40-0.59 nmol/L)であった(それぞれn=34、P<0.01)。また、tissue-based HAIS患者におけるMR-proADM濃度は平均0.57 nmol/L(IQR:0.49-0.74 nmol/L)であるのに対して、健常者におけるMR-proADM濃度は平均0.51 nmol/L(IQR:0.43-0.60 nmol/L)であった(それぞれn=45、P<0.01)。
【0066】
<実施例2>
MR-proADM濃度とHAISとの関連性についての評価
表3は、HAIS患者におけるMR-proADM濃度と各変数との間の相関を示す。MR-proADM濃度は、年齢(r=0.42、p<0.01)及びNIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale)(r=0.38、p<0.01)と正の相関を示し、とは負の相関を示した(r=-0.64、P<0.01)。MR-proADM濃度は高血圧症、心原性脳塞栓症、及び内頚動脈/中大脳動脈水平部閉塞症の患者で上昇した。具体的には、高血圧症患者におけるMR-proADM濃度は平均0.74 nmol/L(IQR:0.54-0.86 nmol/L)であるのに対して、健常者におけるMR-proADM濃度は平均0.59 nmol/L(IQR:0.48-0.71 nmol/L)であった(P=0.01)。心原性脳塞栓症患者におけるMR-proADM濃度は平均0.80 nmol/L(IQR:0.62-0.96 nmol/L)であるのに対して、健常者におけるMR-proADM濃度は平均0.58 nmol/L(IQR:0.50-0.74 nmol/L)であった(P<0.01)。また、内頚動脈/中大脳動脈水平部閉塞症患者におけるMR-proADM濃度は平均0.79 nmol/L(IQR:0.55-0.96 nmol/L)であるのに対して、健常者におけるMR-proADM濃度は平均0.62 nmol/L(IQR:0.53-0.80 nmol/L)であった(P=0.03)。MR-proADM濃度は最終健常確認/発症から来院までの時間又は虚血性コア体積とは相関しなかった。
【0067】
【0068】
<実施例3>
MR-proADM濃度とペナンブラとの関連性についての評価
広域ペナンブラを有する患者(虚血性コア体積が50 ml以下の内頚動脈/中大脳動脈水平部閉塞、NIHSSが6以上)は主に女性であり、非広域ペナンブラ患者に比べて心原性脳塞栓症の有病率がより高かった。広域ペナンブラを有する患者の心原性脳塞栓症の有病率が92.3%であるのに対して、非広域ペナンブラ患者の心原性脳塞栓症の有病率は31.3%であった(P<0.01)。MR-proADM濃度は、非広域ペナンブラ患者に比べて、広域ペナンブラを有する患者で顕著に高かった(
図4A)。非広域ペナンブラ患者におけるMR-proADM濃度が0.62 nmol/L(IQR:0.52-0.79 nmol/L)であるのに対して、広域ペナンブラを有する患者におけるMR-proADM濃度は0.89 nmol/L(IQR:0.63-1.07 nmol/L)であった(P<0.01)。また、広域ペナンブラの予測のための血漿MR-proADMのROC分析の結果、AUC値は0.74、基準値は0.82 nmol/L(感度61.5%、特異度79.8%)であった。さらに、多変量解析の結果、血漿MR-proADM濃度が0.82 nmol/Lより高い場合に、広域ペナンブラの存在を独立して予測することができることが示された(オッズ比:7.09、95%信頼区間(CI):1.77-35.45、P<0.01)(
図4B)。
【0069】
内頚動脈/中大脳動脈水平部閉塞症の患者において(表4)、MR-proADM濃度は、非広域ペナンブラ患者に比べて、広域ぺナンブラを有する患者でより高かった(
図5A)。非広域ペナンブラ患者におけるMR-proADM濃度は平均0.55 nmol/L(IQR:0.49-0.79 nmol/L)であるのに対して、広域ペナンブラを有する患者におけるMR-proADM濃度は平均0.86 nmol/L(IQR:0.63-1.07 nmol/L)であった(P<0.01)。MR-proADM濃度に基づいて広域ペナンブラを予測するROC分析ではAUC値は0.76であった。また、血漿MR-proADM濃度が0.81 nmol/Lより高い場合に、内頚動脈/中大脳動脈水平部閉塞症患者における広域ペナンブラの存在を顕著に予測することができることが示された(
図5B)。
【0070】
【0071】
MR灌流画像又はCT灌流画像をHAIS患者7名から取得した。血漿MR-proADM濃度はペナンブラの体積と顕著に正の相関関係を示した(r=0.79、P=0.04)(
図6)。