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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023011207
(43)【公開日】2023-01-24
(54)【発明の名称】リン酸化多糖の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 37/00 20060101AFI20230117BHJP
   C08B 37/02 20060101ALI20230117BHJP
   C08B 37/08 20060101ALI20230117BHJP
   C08B 37/12 20060101ALI20230117BHJP
   A61L 24/08 20060101ALI20230117BHJP
   A61Q 11/00 20060101ALI20230117BHJP
   A61K 8/41 20060101ALI20230117BHJP
【FI】
C08B37/00 D
C08B37/02
C08B37/08 A
C08B37/12 A
C08B37/00 G
A61L24/08
A61Q11/00
A61K8/41
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021114917
(22)【出願日】2021-07-12
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
(71)【出願人】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002206
【氏名又は名称】弁理士法人せとうち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】沖原 巧
【テーマコード(参考)】
4C081
4C083
4C090
【Fターム(参考)】
4C081AC04
4C081BA16
4C081BB04
4C081BC01
4C081CD01
4C081CD03
4C081CD09
4C081EA02
4C081EA12
4C081EA14
4C083AC69
4C083AD21
4C083AD32
4C083AD351
4C083CC41
4C083EE31
4C083EE33
4C083EE38
4C083FF01
4C090AA05
4C090BA08
4C090BA12
4C090BA14
4C090BA15
4C090BA19
4C090BA38
4C090BA40
4C090BA41
4C090BA47
4C090BB64
4C090BB96
4C090BD05
4C090BD17
4C090BD18
4C090BD36
4C090CA04
4C090CA07
4C090CA19
4C090CA38
4C090DA22
4C090DA24
4C090DA26
(57)【要約】
【課題】均質なリン酸化多糖を効率よく簡便に製造する方法を提供する。
【解決手段】プルランなどの多糖と、リン酸水素二ナトリウムやリン酸二水素ナトリウムなどのリン酸塩とが溶解した水溶液を乾燥させて固体状組成物を得る乾燥工程、及び該固体状組成物を加熱してリン酸エステルを形成させるリン酸化工程を有する、リン酸化多糖の製造方法であって;前記乾燥工程において、噴霧乾燥、凍結乾燥又はフィルム形成後の乾燥により前記水溶液から水を除くことを特徴とする、リン酸化多糖の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多糖とリン酸塩が溶解した水溶液を乾燥させて固体状組成物を得る乾燥工程、及び該固体状組成物を加熱してリン酸エステルを形成させるリン酸化工程を有する、リン酸化多糖の製造方法であって;
前記乾燥工程において、噴霧乾燥、凍結乾燥又はフィルム形成後の乾燥により前記水溶液から水を除くことを特徴とする、リン酸化多糖の製造方法。
【請求項2】
前記多糖が、プルラン、アミロース、デキストラン、グルコマンナン、アガロース、グアーガム、キトサン及びカラギーナンからなる群から選択される少なくとも1種の多糖である、請求項1に記載のリン酸化多糖の製造方法。
【請求項3】
前記水溶液中にアルカリ金属のリン酸塩が溶解し、アルカリ金属原子のモル数(A)とリン原子のモル数(P)の比(A/P)が1~1.5である、請求項1又は2に記載のリン酸化多糖の製造方法。
【請求項4】
前記リン酸塩が、リン酸水素二ナトリウム(a1)、リン酸二水素ナトリウム(a2)、リン酸水素二カリウム(a3)及びリン酸二水素カリウム(a4)からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項3に記載のリン酸化多糖の製造方法。
【請求項5】
前記リン酸塩が、リン酸水素二ナトリウム(a1)とリン酸二水素ナトリウム(a2)の混合物、又はリン酸水素二カリウム(a3)とリン酸二水素カリウムの混合物(a4)であり、モル比(a1/a2)又はモル比(a3/a4)が0.1~1である、請求項4に記載のリン酸化多糖の製造方法。
【請求項6】
前記乾燥工程後の前記固体状組成物の含水率が20質量%以下である、請求項1~5のいずれかに記載のリン酸化多糖の製造方法。
【請求項7】
前記リン酸化工程において120~250℃で加熱する、請求項1~6のいずれかに記載のリン酸化多糖の製造方法。
【請求項8】
前記リン酸化工程における加熱方法が、熱風加熱、赤外線放射加熱、熱板接触加熱又はマイクロ波加熱の少なくとも1種の加熱方法である、請求項1~7のいずれかに記載のリン酸化多糖の製造方法。
【請求項9】
前記リン酸化工程後の組成物の含水率が2質量%以下である、請求項1~8のいずれかに記載のリン酸化多糖の製造方法。
【請求項10】
得られたリン酸化多糖の、ICP発光分光分析によるリン元素含有量が0.5~20質量%である請求項1~9のいずれかに記載のリン酸化多糖の製造方法。
【請求項11】
得られたリン酸化多糖の固有粘度が、0.3~5dl/gである請求項1~10のいずれかに記載のリン酸化多糖の製造方法。
【請求項12】
請求項1~11のいずれかに記載の方法によって製造されたリン酸化多糖と、塩化セチルピリジニウムとを水中で混合する複合化工程を含む、リン酸化多糖と塩化セチルピリジニウムとの複合体の製造方法。
【請求項13】
多糖とリン酸塩が溶解した水溶液を乾燥させて固体状組成物を得る乾燥工程、及び該固体状組成物を加熱してリン酸エステルを形成させるリン酸化工程を経て製造されるリン酸化多糖。
【請求項14】
ICP発光分光分析によるリン元素含有量が0.5~20質量%であり、固有粘度が0.3~5dl/gであるリン酸化多糖及びアルカリ金属塩を含む組成物であって、該組成物中のアルカリ金属原子のモル数(A)とリン原子のモル数(P)の比(A/P)が1~1.5であり、かつ該組成物の含水率が0.2~2質量%である、組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸化多糖の製造方法に関する。また本発明は、その方法によって製造されたリン酸化多糖を用いる、リン酸化多糖と塩化セチルピリジニウムとの複合体の製造方法に関する。また本発明は、前記方法によって製造されたリン酸化多糖に関する。さらに本発明は、リン酸化多糖及びアルカリ金属塩を含む組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸化多糖は、多糖に含まれる水酸基がリン酸化されて、リン酸基が形成されたものである。リン酸化多糖は、生体組織に対して低刺激であり親和性が高く、生体吸収性を示す。また、リン酸基は、アパタイトの構成元素であるカルシウムへの親和性が高いため、リン酸化多糖は骨や歯などの硬組織に吸着されやすい。したがって、リン酸化多糖は、生体硬組織への親和性の高い接着成分として有用である。
【0003】
特許文献1には、リン酸化糖(a)、カチオン性殺菌剤(b)及び溶剤(c)を含有してなる歯科口腔用組成物が記載されていて、口腔内の歯や粘膜表面への細菌付着を抑制し、その結果、歯の表面への歯垢(プラーク)や歯石の形成を抑制することができるとされている。その実施例では、リン酸化プルランとセチルピリジニウムクロライド(CPC)を水に溶解した歯科口腔用組成物が記載されている。そこでは、プルラン水溶液と、水酸化ナトリウムでpHを5.5に調整した1Mのリン酸水溶液とを混合してから、100℃から103℃の間で約200mLの水を留去し、続いて170℃で5時間攪拌することによってリン酸化させ、冷却後に粉砕することで茶色のリン酸化プルランを得たことが記載されている。しかしながら、このような製造方法では、加熱ムラや反応ムラが生じやすく、均質なものを大量に製造するのは困難であった。
【0004】
特許文献2には、多糖(a)とリン酸塩化合物(b)との固体混合物に、マイクロ波を照射することを特徴とするリン酸化多糖の製造方法が記載されていて、水酸基からリン酸基への置換率が高く、水への溶解性が高いリン酸化多糖が簡便に合成できるとされている。その実施例では、プルラン1.5gと、リン酸水素二ナトリウム17.3gとリン酸二水素ナトリウム9.4gとを粉体のまま混合した後にマイクロ波を照射して、リン酸基含有量が4.5重量%の褐色のリン酸化プルランが得られたことが記載されている。しかしながら、平均粒径100μm程度の粉体を混合しただけでは接触面積が小さいので均質な反応を進行させるのは困難であった。
【0005】
特許文献3には、多糖(a)とアルカリ化合物(b)を含有する水溶液と、オキシ塩化リン(c)とを-5~10℃で混合して反応させることを特徴とするリン酸化多糖の製造方法が記載されていて、水酸基からリン酸基への置換率が高く、水への溶解性が高いリン酸化多糖を簡便に合成できるとされている。その実施例では、プルランと水酸化ナトリウムが溶解した水溶液にオキシ塩化リンを滴下し、0℃で反応させた例が記載されている。しかしながら、オキシ塩化リンは毒物であるし、それを用いることで薬品コストも上昇してしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2008/010517号
【特許文献2】国際公開第2013/146668号
【特許文献3】国際公開第2013/146669号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、均質なリン酸化多糖を効率よく簡便に製造する方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題は、多糖とリン酸塩が溶解した水溶液を乾燥させて固体状組成物を得る乾燥工程、及び該固体状組成物を加熱してリン酸エステルを形成させるリン酸化工程を有する、リン酸化多糖の製造方法であって;前記乾燥工程において、噴霧乾燥、凍結乾燥又はフィルム形成後の乾燥により前記水溶液から水を除くことを特徴とする、リン酸化多糖の製造方法を提供することによって解決される。
【0009】
このとき、前記多糖が、プルラン、アミロース、デキストラン、グルコマンナン、アガロース、グアーガム、キトサン及びカラギーナンからなる群から選択される少なくとも1種の多糖であることが好ましい。
【0010】
前記水溶液中にアルカリ金属のリン酸塩が溶解し、アルカリ金属原子のモル数(A)とリン原子のモル数(P)の比(A/P)が1~1.5であることが好ましい。そして、前記リン酸塩が、リン酸水素二ナトリウム(a1)、リン酸二水素ナトリウム(a2)、リン酸水素二カリウム(a3)及びリン酸二水素カリウム(a4)からなる群から選択される少なくとも1種であることがより好ましい。さらに、前記リン酸塩が、リン酸水素二ナトリウム(a1)とリン酸二水素ナトリウム(a2)の混合物、又はリン酸水素二カリウム(a3)とリン酸二水素カリウムの混合物(a4)であり、モル比(a1/a2)又はモル比(a3/a4)が0.1~1であることがさらに好ましい。
【0011】
前記乾燥工程後の前記固体状組成物の含水率が20質量%以下であることが好ましい。前記リン酸化工程において120~250℃で加熱することも好ましい。前記リン酸化工程における加熱方法が、熱風加熱、赤外線放射加熱、熱板接触加熱又はマイクロ波加熱の少なくとも1種の加熱方法であることも好ましい。前記リン酸化工程後の組成物の含水率が2質量%以下であることも好ましい。得られたリン酸化多糖の、ICP発光分光分析によるリン元素含有量が0.5~20質量%であることも好ましい。得られたリン酸化多糖の固有粘度が、0.3~5dl/gであることも好ましい。
【0012】
本発明の好適な実施態様は、前記方法によって製造されたリン酸化多糖と、塩化セチルピリジニウムとを水中で混合する複合化工程を含む、リン酸化多糖と塩化セチルピリジニウムとの複合体の製造方法である。
【0013】
上記課題は、多糖とリン酸塩が溶解した水溶液を乾燥させて固体状組成物を得る乾燥工程、及び該固体状組成物を加熱してリン酸エステルを形成させるリン酸化工程を経て製造されるリン酸化多糖を提供することによっても解決される。
【0014】
また上記課題は、ICP発光分光分析によるリン元素含有量が0.5~20質量%であり、固有粘度が0.3~5dl/gであるリン酸化多糖及びアルカリ金属塩を含む組成物であって、該組成物中のアルカリ金属原子のモル数(A)とリン原子のモル数(P)の比(A/P)が1~1.5であり、かつ該組成物の含水率が0.2~2質量%である、組成物を提供することによっても解決される。
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法によれば、均質なリン酸化多糖を効率よく簡便に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のリン酸化多糖の製造方法は、多糖とリン酸塩が溶解した水溶液を乾燥させて固体状組成物を得る乾燥工程、及び該固体状組成物を加熱してリン酸エステルを形成させるリン酸化工程を有する。
【0017】
まず、多糖とリン酸塩が溶解した水溶液を調製する。ここで用いられる多糖は、特に限定されないが、プルラン、アミロース、デキストラン、グルコマンナン、アガロース、グアーガム、キトサン、カラギーナン、ラクトース、スクロース、スクラロース、セロビオース、トレハロース、マルトース、パラチノース(登録商標)、マルトトリオース、マルトデキストリン、シクロデキストリン、グリコシルスクロース、アミロペクチン、シクロアミロース、グリコーゲン、セルロース、クラスターデキストリン、マンナン、デンプン、レクチン等が挙げられる。これらの2種以上を組み合わせて用いることもできる。また、前記多糖において、一部の水酸基がリン酸基以外の官能基で置換されたものを用いることもできる。中でも、前記多糖が、プルラン、アミロース、デキストラン、グルコマンナン、アガロース、グアーガム、キトサン及びカラギーナンからなる群から選択される少なくとも1種の多糖であることが好ましい。
【0018】
ここで用いられるリン酸塩は特に限定されないが、カリウム、ナトリウム、マグネシウム、カルシウム等の金属元素のリン酸塩を用いることができる。具体的には、リン酸三ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸三カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸マグネシウム、リン酸カルシウム等が挙げられる。これらの塩の2種以上を組み合わせて用いることもできる。中でも、アルカリ金属のリン酸塩が好適に用いられる。アルカリ金属のリン酸塩としては、リン酸水素二ナトリウム(a1)、リン酸二水素ナトリウム(a2)、リン酸水素二カリウム(a3)及びリン酸二水素カリウム(a4)からなる群から選択される少なくとも1種であることがより好ましい。リン酸水素塩に含まれる水素原子がリン酸化反応の進行に寄与していると推定される。そして、前記リン酸塩が、リン酸水素二ナトリウム(a1)とリン酸二水素ナトリウム(a2)の混合物、又はリン酸水素二カリウム(a3)とリン酸二水素カリウムの混合物(a4)であり、モル比(a1/a2)又はモル比(a3/a4)が0.1~1であることがさらに好ましい。
【0019】
前記水溶液においては、溶解しているアルカリ金属イオン、リン酸イオン、リン酸水素イオン及びリン酸二水素イオンの量に対応する組成のリン酸塩が溶解している。したがって、例えばリン酸1モルと水酸化ナトリウム1モルを水に溶解させて水溶液を調製してもよく、この場合にはリン酸二水素ナトリウム1モルが溶解した水溶液が得られる。
【0020】
多糖とアルカリ金属のリン酸塩が溶解した水溶液中の、アルカリ金属原子のモル数(A)とリン原子のモル数(P)の比(A/P)が1~1.5であることが好ましい。これにより、リン酸化される水酸基の割合(リン酸化率)を大きくすることができる。アルカリ金属原子のモル数(A)とリン原子のモル数(P)の比(A/P)について、ナトリウム塩を例にとって説明する。比(A/P)が1であるときは、リン酸二水素ナトリウムのみが溶解していて、比(A/P)が1.5であるときは、リン酸二水素ナトリウムとリン酸水素二ナトリウムが同じモル数で溶解している。比(A/P)は、1.05以上であることがより好ましい。また比(A/P)は、1.4以下であることがより好ましく、1.3以下であることがさらに好ましい。
【0021】
水溶液に含まれる、リン酸塩中のリン原子のモル数(P)とプルラン中の水酸基のモル数(OH)の比(P/OH)は0.5~10であることが好ましい。比(P/OH)が小さすぎると、リン酸化率を大きくすることが困難になる。比(P/OH)はより好適には1以上であり、さらに好適には1.5以上である。一方、比(P/OH)が大きすぎると、リン酸化工程後のリン酸化多糖に大量の塩が混入してしまう。比(P/OH)はより好適には6以下であり、さらに好適には4以下である。
【0022】
こうして得られた水溶液は、本発明の効果を阻害しない範囲で、多糖とリン酸塩以外の成分を含んでいても構わない。界面活性剤、増粘剤、リン酸塩以外の塩、アルコールなどの有機溶媒などを、目的に応じて適宜配合することができる。
【0023】
次に、乾燥工程について説明する。乾燥工程は、多糖とリン酸塩が溶解した水溶液を乾燥させて固体状組成物を得る工程である。ここで当該組成物が固体状であるとは、流動性を失った状態であるということである。本発明においては、乾燥工程において、噴霧乾燥、凍結乾燥又はフィルム形成後の乾燥により、前記水溶液から水を除く。
【0024】
まず、噴霧乾燥について説明する。噴霧乾燥は、溶液又は懸濁液をスプレーノズルから高温気体中に噴霧し、液滴から溶媒を蒸発させて乾燥粉体を得る乾燥方法である。多糖とリン酸塩が溶解した水溶液からなる液滴を乾燥させることによって、多糖とリン酸塩が均一に含まれた紛体を得ることができる。得られる粉体は比較的寸法の揃った粒子を含んでいて、その平均粒子径は通常1~500μm程度である。ノズルから噴霧された液滴が高温気体中で短時間のうちに乾燥されるので、熱履歴を受けにくく、多糖に含まれる水酸基は、ほとんどリン酸化されない。噴霧乾燥は、後述の凍結乾燥に比べて、必要エネルギーが小さく、処理速度も速いので、特に好適に採用される。
【0025】
次に、凍結乾燥について説明する。凍結乾燥は、水分を含む組成物を凍結してから、凍結した水分(氷)を減圧下で昇華させて、組成物から水分を除去する方法である。本発明では、多糖とリン酸塩が溶解した水溶液を凍結し、減圧下で水分(氷)を昇華させて、多糖とリン酸塩が均一に混合された固体組成物を得る。乾燥工程中にほとんど熱がかからないので、熱に弱い多糖を含む場合などに好適である。凍結乾燥によって、多糖に含まれる水酸基はほとんどリン酸化されない。また、乾燥後の固体状組成物は多孔質なので、容易に砕くことができ、粉体として取り扱うことができる。
【0026】
さらに、フィルム形成後の乾燥について説明する。多糖とリン酸塩が溶解した水溶液をキャスティングしてフィルムを形成し、これを加熱することによって乾燥させる方法である。フィルムとすることによって、表面積が大きくなるとともに均一な厚みに形成できるので、均一に乾燥することができる。多糖は高分子化合物なので、フィルム形態を維持することが可能である。フィルム厚さは、通常10~500μmである。連続的に乾燥する場合には、乾燥ドラム上に水溶液をキャスティングし、ロールで搬送しながら連続的に乾燥することができる。そしてそのままロールで搬送しながら加熱して、続くリン酸化工程に供することも可能である。なお、乾燥工程においては、多糖に含まれる水酸基はほとんどリン酸化されない。
【0027】
上記いずれの方法で乾燥した場合も、乾燥工程後の固体状組成物の含水率は、通常20質量%以下である。当該含水率は、2~20質量%であることが好ましく、このような含水率であることによって、続くリン酸化工程においてリン酸化反応が進行しやすい。特にマイクロ波加熱の場合には、一定量の水分を含んでいることによって効率よく加熱することができる。
【0028】
前記乾燥工程の後にリン酸化工程に供する。リン酸化工程では、乾燥工程で得られた固体状組成物を加熱してリン酸化多糖を合成する。リン酸化工程では、多糖の水酸基とリン酸塩との間で脱水反応を起こさせてリン酸エステルが形成されることによって、リン酸化多糖が得られる。このとき、リン酸基(-OPO(OH))のみならず、リン酸塩基(-OPO(OH)(ONa)、-OPO(ONa)など)が導入されても構わない。
【0029】
リン酸化工程における加熱方法は特に限定されないが、熱風加熱、赤外線放射加熱、熱板接触加熱又はマイクロ波加熱の少なくとも1種の加熱方法であることが好適である。加熱方式は、バッチ式であってもよいし連続式であってもよい。加熱温度は120~250℃であることが好ましい。
【0030】
ここで、マイクロ波加熱について説明する。マイクロ波とは、波長が1~100mm、周波数が0.3~300GHzの電磁波をいう。本発明のリン酸化工程で用いられるマイクロ波としては、特に制限されないが、好ましくは0.9~3.0GHz、より好ましくは2.0~2.8GHzの周波数を有するものが挙げられる。さらに、このようなマイクロ波を照射する際の出力(強度)としては特に制限されないが、10~100000Wが好ましく、100~50000Wがより好ましい。マイクロ波の照射は、連続式であっても間欠式であってもよく、公知のマイクロ波照射装置を用いることができる。照射時間は1分~1時間程度であり、比較的短時間で反応を進めることができる。マイクロ波を照射する際の温度条件、圧力条件、時間条件等は、原料の種類、量などに応じて適宜決定される。
【0031】
リン酸化工程後の組成物の含水率は、通常2質量%以下である。当該含水率は、0.2~2質量%であることが好ましい。リン酸化工程によって、リン酸化多糖が合成される。本発明の製造方法によれば、高いリン元素含有量のリン酸化多糖を容易に得ることができる。得られたリン酸化多糖(精製後)の、ICP発光分光分析によるリン元素含有量は、0.5~20質量%であることが好ましい。リン元素含有量は、2質量%以上であることがより好ましく、5質量%であることがより好ましい。一方、リン元素含有量は、16質量%以下であることがより好ましい。また、得られたリン酸化多糖の、固有粘度は0.3~5dl/gであることが好ましい。
【0032】
リン酸化工程後の組成物は、未反応のリン酸塩やその他の不純物を含む。このような不純物を含んだままで各種の用途に用いても構わないし、それらの不純物を除いてリン酸化多糖を精製してもよい。
【0033】
こうして得られたリン酸化多糖は、生体組織に対して低刺激であり親和性が高く、生体吸収性を示す。また、リン酸基は、アパタイトの構成元素であるカルシウムへの親和性が高いため、リン酸化多糖は骨や歯などの硬組織に吸着されやすい。したがって、リン酸化多糖は、生体硬組織に対する接着成分として有用である。
【0034】
さらに、リン酸化多糖を介して、抗菌剤などを生体硬組織に保持することが可能である。例えば、カチオン性殺菌剤とリン酸化多糖を混合して複合化したものは、長時間にわたって生体硬組織に接着し、抗菌効果が持続するので好適な実施態様である。このようなカチオン性抗菌材は特に限定されないが、アンモニウム塩であることが好ましい。中でも好適なものが塩化セチルピリジニウム(CPC)である。CPCはリン酸化プルランと複合体を形成し、それが歯牙表面などの硬組織に持続的に接着することが確認されている。
【0035】
本発明の製造方法により得られたリン酸化多糖は、生体親和性の高い接着成分として、歯磨剤、洗口剤、トローチ剤、錠剤、クリーム剤、軟膏剤、貼付剤、マウススプレー、歯面や歯科用補綴物へのコーティング剤、知覚過敏抑制剤、歯周ポケットに塗布する歯周病治療剤、口腔ケア用ウェットティッシュ、口中清涼剤、チューインガム、又はうがい液などに用いることができる。
【実施例0036】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。実施例及び比較例中の測定方法及び評価方法は以下の通りである。
【0037】
(1)リン元素含有量
得られたリン酸化プルランを秤量し、水に溶解させて、その濃度が約1000ppmとなるようにして測定用の水溶液を調製した。これを、セイコーインスツルメンツ株式会社製ICP発光分光分析装置「VISTA-PRO」を用いて測定し、リン元素含有量(質量%)を得た。
【0038】
(2)固有粘度
溶媒として水を用い、30℃の恒温槽中に配置したUbbelohde粘度計を用いて、固有粘度[η](dl/g)を得た。具体的には、毛細管中を流下する時間を測定して比粘度ηspを算出し、複数の濃度ごとに測定した比粘度ηspをそれぞれの濃度で割って、還元粘度ηredを求めた。濃度ごとの還元粘度ηredを濃度に対してプロットし、濃度ゼロに外挿した値を固有粘度[η]として求めた。
【0039】
実施例1
[水溶液の調製]
プルラン(株式会社林原製)50g、リン酸水素二ナトリウム(無水)29g、及びリン酸二水素ナトリウム(無水)221gを水に溶解させて水溶液を調製した。リン酸塩中のリン原子のモル数(P)とプルラン中の水酸基のモル数(OH)の比(P/OH)は2.21であった。また、得られた水溶液中のアルカリ金属原子のモル数(A)とリン原子のモル数(P)の比(A/P)は1.10であった。
【0040】
[乾燥工程]
得られた水溶液を噴霧乾燥装置に供給し、熱風中にスプレーすることによって液滴を乾燥させて粉体を得た。これにより、粒子の直径が比較的揃った粉体が得られた。乾燥後の粉体中において、プルランはリン酸化されていなかった。したがって、当該乾燥後の粉体は、プルラン、リン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素ナトリウムを前記水溶液と同じ質量比で含み、比(A/P)は1.10であった。また、噴霧乾燥後の粉体の含水率は2~20質量%であった。
【0041】
[リン酸化工程]
こうして得られた乾燥後の粉体1.0gを入れたシャーレをホットプレート(HP)上に載せて180℃で24時間加熱し、リン酸化多糖を合成した。こうして得られた粉体は、リン酸化プルラン、リン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素ナトリウムを含み、比(A/P)は1.10であった。また、リン酸化工程後の粉体の含水率は0.2~2質量%であった。
【0042】
[精製工程]
リン酸化工程後の粉体を水に溶解させて、日本メディカルサイエンス社製の直径23.8mmの透析チューブに入れて封をした。この透析チューブを5Lの蒸留水が入った5Lのビーカーに入れ、マグネチックスターラーを用いて蒸留水を撹拌し、脱塩した。一定時間ごとに蒸留水を交換しながら撹拌を続け、蒸留水の電気伝導率が10μS/m以下になるまで透析を続けた。透析後、透析チューブ中の液を、テフロン製メンブランフィルター(Millipore社製:ポアサイズ10.0μm)を用いて濾過した。濾過後の水溶液を、凍結乾燥装置を用いて凍結乾燥してほぼ無色のリン酸化プルランの粉体を得た。得られたリン酸化プルランの固有粘度は0.3~5dl/gであり、リン元素の含有量は10.4質量%であった。以上の結果を表1にまとめて示す。
【0043】
実施例2
実施例1のリン酸化工程において、乾燥後の粉体1.0gを入れた二つ口フラスコをオイルバスに浸漬して180℃で24時間加熱した以外は実施例1と同様にしてリン酸化多糖を合成し、分析した。結果を表1にまとめて示す。
【0044】
実施例3
実施例1のリン酸化工程において、乾燥後の粉体1.0gを入れた二つ口フラスコを、マイルストーンゼネラル株式会社製のマイクロ波反応装置「StartSYNTH」(2.45GHz)に設置して、出力500Wで、テフロン撹拌子を回転させるとともにターンテーブルによってフラスコも回転させながら30分間マイクロ波を照射した以外は実施例1と同様にしてリン酸化プルランを合成し、分析した。マイクロ波照射中の試料の温度を熱電対で測定したところ概ね120~250℃であった。結果を表1にまとめて示す。
【0045】
実施例4
実施例3において、乾燥後の粉体にリン酸水素二ナトリウムの含水結晶物を混合してから、得られた混合物1.0gを二つ口フラスコに入れて、テフロン撹拌子で撹拌しながら、出力200Wでマイクロ波を20分間照射した以外は実施例3と同様にしてリン酸化多糖を合成し、分析した。ここで、含水結晶物は、水和物の結晶ではなく結晶粒子の間に水を含むものである。結果を表1にまとめて示す。
【0046】
実施例5
実施例4において、リン酸水素二ナトリウム(含水結晶物)の代わりに水7mlを混合した以外は実施例4と同様にしてリン酸化多糖を合成し、分析した。結果を表1にまとめて示す。
【0047】
実施例6
実施例4において、リン酸水素二ナトリウム(含水結晶物)の代わりに2Mの水酸化ナトリウム水溶液7mlを混合した以外は実施例4と同様にしてリン酸化多糖を合成し、分析した。結果を表1にまとめて示す。
【0048】
実施例7
実施例3において、テフロン撹拌子をウェフロン撹拌子に変更し、反応時間を3分間とした以外は実施例3と同様にしてリン酸化多糖を合成し、分析した。ここで、ウェフロン撹拌子は、マイクロ波を吸収することによって温度が上昇する撹拌子である。結果を表1にまとめて示す。
【0049】
実施例8
実施例3において、テフロン撹拌子をウェフロン回転子に変更し、マイクロ波の出力を200Wとした以外は実施例3と同様にしてリン酸化多糖を合成し、分析した。結果を表1にまとめて示す。
【0050】
比較例1
プルラン1.5g、リン酸水素二ナトリウム(含水結晶物)17.3g、及びリン酸二水素ナトリウム9.4gを混合した紛体を二つ口フラスコに入れて、実施例3と同様にして、出力200Wでマイクロ波を20分間照射してリン酸化多糖を合成し、分析した。結果を表1にまとめて示す。
【0051】
比較例2
比較例1において、撹拌子をウェフロン回転子に変更し、反応時間を15分間とした以外は比較例1と同様にしてリン酸化多糖を合成し、分析した。結果を表1にまとめて示す。
【0052】
【表1】
【0053】
実施例9
プルラン(株式会社林原製)1g、リン酸水素二ナトリウム(無水)0.58g、及びリン酸二水素ナトリウム(無水)4.42gを水に溶解させて、pHが6の水溶液を調製した。得られた水溶液を凍結乾燥装置に供給して凍結乾燥し、粉体を得た。乾燥後の粉体中において、プルランはリン酸化されていなかった。したがって、当該乾燥後の粉体は、プルラン、リン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素ナトリウムを前記水溶液と同じ質量比で含む。また、当該凍結乾燥後の粉体の含水率は2~20質量%であった。こうして得られた粉体を、実施例1と同様にしてホットプレート(HP)を用い、180℃で加熱し、リン酸化プルランを合成した。リン酸化反応後の組成物の含水率は0.2~2質量%であった。実施例1と同様に精製して得られたリン酸化プルランを分析した。結果を表2にまとめて示す。
【0054】
実施例10~15
リン酸水素二ナトリウム(無水)とリン酸二水素ナトリウム(無水)の配合量を表2に示すように変更した以外は、実施例9と同様にして、リン酸化プルランを合成し、分析した。結果を表2にまとめて示す。
【0055】
実施例16
8.2gの水酸化ナトリウムが水に溶解した水溶液350mLにプルラン5gを溶解させ、その後リン酸(85質量%水溶液)9.5mLを添加した。こうして得られたpH6の水溶液を用いて、実施例9と同様にして凍結乾燥して粉体を得た。得られた粉体を、実施例9と同様にしてホットプレート(HP)を用いリン酸化プルランを合成し、分析した。結果を表2にまとめて示す。
【0056】
【表2】
【0057】
実施例17
実施例9と同様にして、プルラン、リン酸水素二ナトリウム(無水)及びリン酸二水素ナトリウム(無水)が溶解した水溶液を凍結乾燥して粉体を得た。こうして得られた粉体を、実施例7と同様にして、出力200Wで、ウェフロン撹拌子を回転させるとともにターンテーブルによってフラスコも回転させながらマイクロ波を照射してリン酸化プルランを合成し、分析した。マイクロ波照射中の試料の温度を熱電対で測定したところ概ね120~250℃であった。結果を表3にまとめて示す。
【0058】
実施例18~23
リン酸水素二ナトリウム(無水)とリン酸二水素ナトリウム(無水)の配合量を表3に示すように変更した以外は、実施例17と同様にして、リン酸化プルランを合成し、分析した。結果を表3にまとめて示す。
【0059】
実施例24
8.2gの水酸化ナトリウムが水に溶解した水溶液350mLにプルラン5gを溶解させ、その後リン酸(85質量%水溶液)9.5mLを添加した。こうして得られた水溶液を用いて、実施例17と同様にして凍結乾燥して粉体を得た。得られた粉体を、実施例17と同様にしてマイクロ波を照射してリン酸化プルランを合成し、分析した。結果を表3にまとめて示す。
【0060】
【表3】
【0061】
実施例25
実施例1で得られた、透析後のリン酸化プルランを水に溶解し、塩化セチルピリジニウム(CPC)の水溶液を加えて撹拌し、白濁したところで撹拌を停止し、リン酸化プルランとCPCの複合体を得た。