(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023112217
(43)【公開日】2023-08-14
(54)【発明の名称】ナノ粒子、抗炎症剤、及び活性酸素捕捉剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/785 20060101AFI20230804BHJP
A61P 1/04 20060101ALI20230804BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20230804BHJP
A61P 39/06 20060101ALI20230804BHJP
【FI】
A61K31/785
A61P1/04
A61P29/00
A61P39/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022013831
(22)【出願日】2022-02-01
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】西口 昭広
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086FA03
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA43
4C086NA14
4C086ZA68
4C086ZB11
4C086ZC21
(57)【要約】 (修正有)
【課題】安全性及び抗炎症性を有することに加え、経口投与した場合に炎症患部に効率的に送達され高い治療効果を奏するナノ粒子を提供する。
【解決手段】ナノ粒子であって、重量平均分子量100~1000であるポリエチレンイミン又はポリエチレンイミン誘導体によって架橋されている、生体適合性ポリマーを含む。前記架橋された生体適合性ポリマーが、第1級アミノ基を有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノ粒子であって、
重量平均分子量100~1000であるポリエチレンイミン又はポリエチレンイミン誘導体によって架橋されている、生体適合性ポリマーを含み、
前記架橋された生体適合性ポリマーが、第1級アミノ基を有する、ナノ粒子。
【請求項2】
前記ナノ粒子中の第1級アミノ基の含有量が、50μmol/g~500μmol/gである、請求項1に記載のナノ粒子。
【請求項3】
前記ナノ粒子の平均粒子径が、100nm~1000nmである、請求項1又は2に記載のナノ粒子。
【請求項4】
前記ポリエチレンイミンが分岐鎖状である、請求項1~3のいずれか一項に記載のナノ粒子。
【請求項5】
前記ナノ粒子のゼータ電位が負の値である、請求項1~4のいずれか一項に記載のナノ粒子。
【請求項6】
前記架橋されている生体適合性ポリマーが、重量平均分子量500,000~2,000,000である生体適合性ポリマーの架橋物である、請求項1~5のいずれか一項に記載のナノ粒子。
【請求項7】
前記生体適合性ポリマーが、ヒアルロン酸又はヒアルロン酸誘導体である、請求項1~6のいずれか一項に記載のナノ粒子。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載のナノ粒子を含む抗炎症剤。
【請求項9】
更に、水を含み、
前記抗炎症剤中の第1級アミノ基の含有量が、50μmol/L~500μmol/Lである、請求項8記載の抗炎症剤。
【請求項10】
経口用である請求項8又は9に記載の抗炎症剤。
【請求項11】
大腸炎用の抗炎症剤である請求項8~10のいずれか一項に記載の抗炎症剤。
【請求項12】
前記大腸炎が、潰瘍性大腸炎である請求項11に記載の抗炎症剤。
【請求項13】
請求項1~7のいずれか一項に記載のナノ粒子を含む活性酸素補足剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノ粒子、抗炎症剤、及び活性酸素捕捉剤に関する。
【背景技術】
【0002】
超高齢社会に突入した我が国において、急性、及び慢性炎症疾患に対する治療法の開発がより一層望まれる。炎症反応は、感染等の外的因子に対する生体防御システムである一方で、関節炎、動脈硬化、褥瘡及び、癌等の疾患との関連性が知られている。
【0003】
中でも、炎症性腸疾患のひとつである潰瘍性大腸炎は、国内患者数が16万人以上にのぼる難治性の炎症性疾患である。潰瘍性大腸炎は、大腸における腸管免疫の異常亢進によって下痢や血便を引き起こし、炎症反応が起きる活動期と消失する寛解期を繰り返すため、生涯にわたって治療が必要な難治性の自己免疫疾患である。免疫異常の原因として、遺伝子異常や腸内細菌の関与が示唆されているが、根本原因については明らかになっていない。
【0004】
潰瘍性大腸炎に対する標準的治療法としては、抗炎症薬やステロイド薬、生物学的製剤、免疫抑制剤などによる薬物療法が行われる。しかし、多くの患者が既存の治療法では十分な治療効果が得られていない。また、これらの薬物療法では、日和見感染症や癌、副腎皮質の機能低下、肝毒性などの全身性の副作用が問題となっている。また、血球成分除去療法や外科手術などの治療法もあるが、QOL(Quality of life)を損なう可能性がある。
【0005】
潰瘍性大腸炎に対するその他の治療法としては、ROS捕捉剤(ROSスカベンジャー)を用いた治療が報告されている。活性酸素(ROS:Reactive Oxygen Species)は、様々な炎症反応の原因物質であり、活性酸素を直接消去することで炎症を抑制できる。ROS捕捉剤として、には、抗酸化ナノ粒子(非特許文献1)、ビリルビンナノ粒子(非引用文献2)等が報告されいる。
【0006】
また、非ステロイド系の安全性が高い抗炎症剤として、ヒアルロン酸誘導体を用いた炎症抑制剤、炎症性サイトカイン産生抑制材も提案されている(特許文献1及び2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Biomacromolecules,10,596(2009)
【非特許文献2】Nat.Mater.19,118(2019)
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2021-31453号公報
【特許文献2】特開2021-31454号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、効率的に患部の炎症を抑制するためには、抗炎症剤は、安全性及び抗炎症能を有することに加え、より多くの量が炎症患部に送達される必要がある。例えば、潰瘍性大腸炎の治療薬(抗炎症剤)は、生体に経口投与した場合、体液中で分解されることなく大腸まで到達し、更に患部に特異的に集積することが望ましい。
【0010】
非特許文献1及び2に開示されるROS捕捉剤は、生分解性が乏しく、また、ラジカルが組織内に残存する可能性があり、安全性が十分でなかった。経口薬として用いる場合には、炎症患部への送達性や集積性について、更なる改良を行い、治療効果を高める必要がある。
【0011】
本発明は上記課題を解決するものであり、安全性及び抗炎症性を有することに加え、経口投与した場合に炎症患部に効率的に送達され高い治療効果を奏するナノ粒子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を達成することができることを見出した。
【0013】
[1]ナノ粒子であって、重量平均分子量100~1000であるポリエチレンイミン又はポリエチレンイミン誘導体によって架橋されている、生体適合性ポリマーを含み、前記架橋された生体適合性ポリマーが、第1級アミノ基を有する、ナノ粒子。
[2]前記ナノ粒子中の第1級アミノ基の含有量が、50μmol/g~500μmol/gである、[1]のナノ粒子。
[3]前記ナノ粒子の平均粒子径が、100nm~1000nmである、[1]又は[2]のナノ粒子。
[4]前記ポリエチレンイミンが分岐鎖状である、[1]~[3]のいずれかのナノ粒子。
[5]前記ナノ粒子のゼータ電位が負の値である、[1]~[4]のいずれかのナノ粒子。
[6]前記架橋されている生体適合性ポリマーが、重量平均分子量500,000~2,000,000である生体適合性ポリマーの架橋物である、[1]~[5]のいずれかのナノ粒子。
[7]前記生体適合性ポリマーが、ヒアルロン酸又はヒアルロン酸誘導体である、[1]~[6]いずれかのナノ粒子。
[8][1]~[7]のいずれかのナノ粒子を含む抗炎症剤。
[9]更に、水を含み、前記抗炎症剤中の第1級アミノ基の含有量が、50μmol/L~500μmol/Lである、[8]の抗炎症剤。
[10]経口用である[8]又は[9]の抗炎症剤。
[11]大腸炎用の抗炎症剤である[8]~[10]の抗炎症剤。
[12]前記大腸炎が、潰瘍性大腸炎である[11]の抗炎症剤。
[13][1]~[7]のいずれかのナノ粒子を含む活性酸素補足剤。
【発明の効果】
【0014】
安全性及び抗炎症性を有することに加え、経口投与した場合に炎症患部に効率的に送達されて高い治療効果を奏するナノ粒子を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例で作製したナノ粒子1のSEM写真である。
【
図2】実施例で測定した、ヒアルロン酸、及びナノ粒子1~3中の第1級アミノ基含有量を示すグラフである。
【
図3】実施例で測定した、ヒアルロン酸、及びナノ粒子1~3の粒度分布を示すグラフである。
【
図4】実施例で測定した、ヒアルロン酸、及びナノ粒子1~3のゼータ電位を示すグラフである。
【
図5】実施例で評価した、ヒアルロン酸、ヒアルロン酸誘導体、及びナノ粒子1~3の酵素安定性を示すグラフである。
【
図6】実施例で評価した、ポリエチレンイミン、ヒアルロン酸、及びナノ粒子1~3の活性酸素捕捉効果を示すグラフである。
【
図7】実施例で行った、ポリエチレンイミン、及びナノ粒子1~3の細胞毒性試験の結果を示すグラフである。
【
図8】実施例で行った、ポリエチレンイミン、及びナノ粒子1~3の細胞培養試験による抗炎症機能評価の結果を示すグラフである。
【
図9】実施例でナノ粒子1を用いて行った、炎症関連遺伝子の発現抑制機能評価の結果を示すグラフである。
【
図10A】実施例で行った、マウスを用いたナノ粒子1の安全性試験の方法を説明する図である。
【
図10B】実施例で行った安全性試験における、マウスの体重変化を示すグラフである。
【
図10C】実施例で行った安全性試験における、マウスの各組織切片の光学顕微鏡写真である。
【
図11A】実施例で行った、マウス潰瘍性大腸炎モデルに対するナノ粒子1の大腸集積能評価の方法を説明する図である。
【
図11B】実施例で行った大腸集積能評価における、マウスの各組織切片の蛍光顕微鏡写真である(光学顕微鏡写真(カラー)は、グレースケールに変換している)。
【
図11C】実施例で行った、ヒアルロン酸、及びナノ粒子の大腸集積能評価の結果を示すグラフである。
【
図12A】実施例で行った、マウス潰瘍性大腸炎モデルに対する治療効果評価の方法を説明する図である。
【
図12B】実施例で行った治療効果評価における、マウスの体重変化を示すグラフである。
【
図12C】実施例で行った治療効果評価における、マウスの大腸の長さを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0017】
本明細書における基(原子群)の表記において、置換及び無置換を記していない表記は、本発明の効果を奏する範囲で、置換基を有さないものと共に置換基を有するものをも包含するものである。例えば、「アルキル基」とは、置換基を有さないアルキル基(無置換アルキル基)のみならず、置換基を有するアルキル基(置換アルキル基)をも包含するものである。このことは、各化合物についても同義である。
【0018】
[ナノ粒子]
本実施形態のナノ粒子は、ポリエチレンイミン又はポリエチレンイミン誘導体(以下、適宜「ポリエチレンイミン類」と記載する)によって架橋されている生体適合性ポリマーを含む粒子である。ナノ粒子を活性酸素捕捉剤、抗炎症剤等として用いる場合、架橋された生体適合性ポリマーは、活性酸素捕捉剤、抗炎症剤等の有効成分である。尚、本願明細書において、ナノ粒子とは、平均粒子径が1μm以下の粒子を意味する。
【0019】
ポリエチレンイミン類は、アミノ基と脂肪族スペーサーとの繰り返し単位を含むポリマーであり、末端に第1級アミノ基を有する。末端の第1級アミノ基が生体性適合性ポリマーと結合することで、生体性適合性ポリマーが架橋されている。このように、ポリエチレンイミン類は生体性適合性ポリマーの架橋剤として機能する。一方で、架橋に関与するのは、ポリエチレンイミン類に含まれる第1級アミノ基の一部であり、全てではない。架橋に関与していない、フリーの第1級アミノ基が一定数存在している。即ち、本実施形態の架橋された生体適合性ポリマーは、ポリエチレンイミン類由来の第1級アミノ基を含有する。発明者は、このフリーの第1級アミノ基により、後述する活性酸素捕捉能、抗炎症能が発現すると推測している。
【0020】
ポリエチレンイミン類は、直鎖状でもよく、分岐鎖状でもよい。また完全に分岐したデンドリマー状でもよい。直鎖状ポリエチレンイミン類は、両末端以外のアミノ基は全て第2級アミノ基である。分岐鎖状ポリエチレンイミン類は、第1級、第2級、第3級アミノ基を全て含んでいる。デンドリマー状ポリエチレンイミン類は、両末端以外のアミノ基は全て第3級アミノ基である。本実施形態に用いるポリエチレンイミン類としては、直鎖状と比較して末端の第1級アミノ基の割合が高く、デンドリマー状と比較して低コストで生産できる、分岐鎖状のポリエチレンイミン類が好ましい。
【0021】
ポリエチレンイミン類の重量平均分子量は、100~1000であり、好ましくは、300~800、又は500~700である。ポリエチレンイミン類は、分子量が大き過ぎると毒性が強まり生体に悪影響を与える虞がある。ポリエチレンイミン類の重量平均分子量が上記範囲の上限値以下であれば、生体適合性が高い。また、ポリエチレンイミン類の重量平均分子量が上記範囲の下限値以上であれば、本実施形態の粒子は、十分な活性酸素捕捉能、抗炎症能を発揮できる。
【0022】
ポリエチレンイミン類のうち、ポリエチレンイミンは、アミノ基と脂肪族スペーサー(エチレン基、-CH2CH2-)との繰り返し単位から構成されるポリマーであり、末端に第1級アミノ基を有する。一方、ポリエチレンイミン誘導体は、脂肪族スペーサーはエチレン基に限定されず、本実施形態の効果を奏する範囲であれば、様々な形態をとり得る。例えば、脂肪族スペーサーは、直鎖状又は分岐鎖状であってもよく、非環式又は環式であってもよく、飽和又は不飽和であってもよい。また、脂肪族スペーサーにおいては、水素以外にも、酸素や窒素、硫黄および塩素などのヘテロ原子が炭素鎖に結合してもよい。脂肪族スペーサーとしては、例えば、炭素数1~6個の炭化水素基を用いてもよい。更に、ポリエチレンイミン誘導体は、アミノ基と脂肪族スペーサーとの繰り返し単位に加えて、本実施形態の効果を奏する範囲で、別の構成単位(2価の基)を含んでもよい。また、ポリエチレンイミン誘導体は、その末端に、第1級アミノ基に加えて、本実施形態の効果を奏する範囲において、別の1価の基を含有してもよい。別の1価の基としては、例えば、カルボキシル基、チオール基が挙げらる。
【0023】
ポリエチレンイミン類としては、例えば、以下の式で表される化合物が使用できる。
【0024】
【0025】
【0026】
ポリエチレンイミン類は、単一の化合物のみから構成されてもよいし、2種類以上の化合物の混合物であってもよい。また、ポリエチレンイミン類は、ポリエチレンイミンのみで構成されてもよい。
【0027】
生体適合性ポリマーとは、生体に投与した場合に、強い炎症反応等の悪影響を及ぼしにくいポリマーを意味する。生体適合性ポリマーとしては、本実施形態の効果を奏する限り特に制限されず、例えば、多糖類、ポリエチレングリコール、ポリアミノ酸、ポリアクリルアミド、ポリエーテル、ポリエステル、ポリウレタン、ポリヌクレオチド、及びこれらのコポリマー等が挙げられ、特に、多糖類の一種であるヒアルロン酸及びヒアルロン酸誘導体が好ましい。また、生体適合性ポリマーはカルボキシル基を有することが好ましい。カルボキシル基とポリエチレンイミン類のアミノ基とが反応することで(アミド化反応)、効率的に架橋して粒子化できる。
【0028】
ヒアルロン酸及びヒアルロン酸誘導体としては、ヒアルロン酸、又はその塩、エステル、グルコシド等が挙げられる。ヒアルロン酸塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩等のアルカリ金属塩、及びテトラアルキルアンモニウム塩(例えば、テトラブチルアンモニウム(TBA)塩)等が挙げられる。
【0029】
生体適合性ポリマーの重量平均分子量は任意であるが、例えば、100,000~2,000,000、又は800,000~1,200,000であってよい。生体適合性ポリマーの重量平均分子量が上記範囲内であれば、ナノ粒子が形成されやすく、また抗炎症性を示す場合もある。尚、ここに記載する生体適合性ポリマーの重量平均分子量とは、ポリエチレンイミン類によって架橋される前の生体適合性ポリマーの重量平均分子量である。したがって、架橋されている生体適合性ポリマーは、これら特定の重量平均分子量を有する生体適合性ポリマーの架橋物であってよい。
【0030】
生体適合性ポリマーは、単一のポリマーのみから構成されてもよいし、2種類以上のポリマーの混合物であってもよい。また、生体適合性ポリマーは、ヒアルロン酸のみで構成されてもよい。
【0031】
生体適合性ポリマーは、ポリエチレンイミン類によって架橋されることにより、液中での広がりが抑制され、また分子量が増加することで液中での溶解性が低下して粒子化する。架橋された生体適合性ポリマーの粒子が、本実施形態のナノ粒子を構成する。架橋された生体適合性ポリマーは、ナノ粒子の主成分である。
【0032】
架橋された生体適合性ポリマーを構成する、生体適合性ポリマーとポリエチレンイミン類との比率は特に限定されず、例えば、後述するナノ粒子中の第1級アミノ基の含有量、粒子径等が特定の範囲内となるように適宜調整してもよい。架橋された生体適合性ポリマーにおいて、母体部分(生体適合性ポリマー)に対する、架橋剤部分(ポリエチレンイミン類)の質量比率は、例えば、1.0×10-2~2.0×10-1、又は2.5×10-2~1.0×10-1としてもよい。
【0033】
ナノ粒子は、架橋された生体適合性ポリマーのみから構成されてもよし、また、本実施形態の効果を奏する範囲で、その他の化合物を含んでもよい。その他の化合物としては、抗炎症薬や生物学的製剤(サイトカインや抗体医薬)等が挙げられる。ナノ粒子における、架橋された生体適合性ポリマーの含有割合は、100質量%、50~100質量%、又は80~95質量%としてよい。
【0034】
架橋された生体適合性ポリマーは、ポリエチレンイミン由来の第1級アミノ基を有する。したがって、ナノ粒子は第1級アミノ基を有する。ナノ粒子中の第1級アミノ基の含有量は特に限定されない。第1級アミノ基の含有量が高過ぎると、生体毒性が高くなる傾向がある。しかし、その場合、例えば、ナノ粒子を水等の溶媒と混合し、その混合物を経口摂取してもよい。経口摂取する混合物中の第1級アミノ基濃度が低下することで、生体毒性が低下し、生体適合性が向上する。このように、ナノ粒子中の第1級アミノ基の含有量は特に限定されないが、例えば、50μmol/g~500μmol/g、70μmol/g~400μmol/g、又は100μmol/g~340μmol/gとしてもよい。ナノ粒子中の第1級アミノ基の含有量が上記範囲の下限値以上であれば、十分な活性酸素捕捉能、抗炎症能を発揮でき、上記範囲の上限値以下であれば、高い生体適合性が得られる。尚、ナノ粒子中の第1級アミノ基の含有量は、2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸を用いた比色試験により求めることができる。
【0035】
本実施形態のナノ粒子の平均粒子径は、特に限定されないが、例えば、100nm~1000nm、150nm~800nm、又は200nm~700nmであってよい。ここで、平均粒子径とは、液体(リン酸緩衝生理食塩水(PBS))に分散したナノ粒子について、動的光散乱法を使用した測定装置を用いて測定した個数基準の粒子径分布におけるモード径を意味する。
【0036】
ナノ粒子のゼータ電位は、負の値(即ち、0mV未満)であることが好ましい。生体内は、基本的にマイナスに帯電している。したがって、ナノ粒子のゼータ電位が負の値であれば、ナノ粒子は生体内を安定して移動でき、例えば、胃や食道でトラップされることなく、口から遠い大腸に到達し易くなる。ナノ粒子のゼータ電位は、例えば、-10~-50mV、又は-20~-40mVであってよい。
【0037】
〈ナノ粒子が奏する効果〉
本実施形態のナノ粒子は、架橋された生体適合性ポリマーにより構成されるため、生体に対する安全性が高い。架橋剤であるポリエチレンイミン類も、比較的分子量の小さい、所謂オリゴエチレンイミン類であるため、生体に対する毒性が低い。そして、本実施形態のナノ粒子は、ポリエチレンイミン類由来のフリーの第1級アミノ基を有し、これにより、抗炎症能が発現すると推測される。このように、安全性及び抗炎症能を有するナノ粒子は、生体に対して用いる抗炎症剤として最適である。
【0038】
ナノ粒子による抗炎症能発現のメカニズムの1つは、以下のように推測される。様々の炎症反応を引き起こす原因物質の1つである活性酸素は、核内転写因子(NF-κB)を活性化する。NF-κBは免疫細胞(例えば、マクロファージ)内に発現しており、様々な炎症関連遺伝子を活性化する。本実施形態のナノ粒子は、活性酸素捕捉能を有する。活性酸素捕捉能は、ナノ粒子が含有する第1級アミノ基に起因すると推測される。活性酸素を捕捉することで、NF-κBの活性化を抑制でき、結果として、様々な炎症を抑制できる。尚、この効果のメカニズムは推測であり、本発明の範囲に何ら影響を与えない。
【0039】
更に、本実施形態のナノ粒子は、粒子化により、原料である生体適合性ポリマーから分子構造が変化している。このため、原料ポリマー分解酵素(例えば、ヒアルロン酸分解酵素であるヒアルロニダーゼ)に対する安定性が高い。この結果、ナノ粒子は、体液で分解され難い。また、生体の炎症患部では、粘膜組織が崩れて大きな隙間が形成される。粒子化していないポリマーと比較して、ナノ粒子は、このような状態の炎症患部に集積し易い。このように、本実施形態のナノ粒子は、体液で分解され難く、且つ炎症患部に集積し易いため、炎症患部に効率的に送達されて高い治療効果を奏する。特に、本実施形態のナノ粒子は、経口投与される経口薬として有効である。例えば、経口投与されたナノ粒子は、胃や食道、小腸において分解及び/又はトラップされずに大腸まで到達して炎症患部に集積し、効率的に潰瘍性大腸炎を治癒可能である。
【0040】
[ナノ粒子の製造方法]
本発明のナノ粒子の製造方法は、特に限定されず、汎用の方法により製造できる。例えば、以下に説明する方法により製造してもよい。
【0041】
まず、良溶媒と貧溶媒の両方を含む、生体適合性ポリマー溶液を調製する。貧溶媒を含むことで、溶液中の生体適合性ポリマーをグロビュール状態(凝集状態)とすることができる。この溶液にポリエチレンイミン類を加えて反応溶液を調整し、グロビュール状態の生体適合性ポリマーを架橋する。これにより、効率的に生体適合性ポリマーを架橋して粒子化できる。
【0042】
生体適合性ポリマー及びポリエチレンイミン類は、ナノ粒子の構成要素として先に説明したものと同様であり、市販品を用いてもよいし、汎用の方法により製造してもよい。例えば、ヒアルロン酸及びその塩は、鶏冠及び豚皮下等の生物由来のものを抽出する方法、生物発酵法等の各種公知の方法を用いて製造できる。
【0043】
生体適合性ポリマーがカルボキシル基を有する場合、生体適合性ポリマー中のカルボキシル基のモル数に対する、ポリエチレンイミン類中の第1級アミノ基のモル数の比率(NH2/COOH)は、例えば、0.05~1.0又は0.1~0.4とすることができる。比率(NH2/COOH)を上記範囲とすることで、効率的に架橋反応が進み、また、十分な活性酸素捕捉能、抗炎症能を発揮するナノ粒子が得られる。比率(NH2/COOH)が上記範囲となるように、生体適合性ポリマーと、ポリエチレンイミン類との比率を調整することが好ましい。例えば、生体適合性ポリマーに対する、ポリエチレンイミン類の質量比率は、1.0×10-2~2.0×10-1、2.5×10-2~1.0×10-1としてもよい。
【0044】
生体適合性ポリマーがヒアルロン酸又はその誘導体である場合、良溶媒としては、水、又は一般的な生化学用緩衝液(スルホン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、リン酸緩衝液等)を用いることができ、貧溶媒としては、アルコールを用いることができる。アルコールの炭素数としては特に制限されないが、より均一な溶液が得られる点で、炭素数が1~10個が好ましく、1~6個がより好ましく、1~4個が更に好ましい。また、アルコールとしては、1価のアルコールが好ましく、メタノール、エタノール、プロパノール、及び、2-プロパノールがより好ましく、エタノールが更に好ましい。
【0045】
反応溶液中の生体適合性ポリマーの濃度、ポリエチレンイミン類の濃度、良溶媒と貧溶媒との比率等は、生体適合性ポリマーがグロビュール状態を安定に得られるように適宜調整してよい。安定なグロビュール状態を得る観点から、溶媒全体(良溶媒と貧溶媒との合計)に対する貧溶媒の比率は、0.5~2、又は0.8~1.2が好ましい。
【0046】
反応溶液は、必要に応じて、更にカルボジイミド化合物等のカルボキシ基の活性化剤、反応補助剤、及びpH調整剤等の汎用の試薬を含有してもよい。調製された反応溶液中で架橋反応(例えば、アミド化反応)を行う際の温度及び反応時間は特に制限されないが、20~30℃で1~6時間撹拌すればよい。また、本製造方法は、反応後の反応溶液を精製する工程を更に有していてもよい。精製方法としては特に制限されないが、透析、及び/又は、凍結乾燥等が挙げられる。
【0047】
[抗炎症剤]
本実施形態の抗炎症剤は、本実施形態のナノ粒子を含む。ナノ粒子を含む抗炎症剤は、上述したように活性酸素捕捉能を有し、結果として様々な炎症を抑制できる。
【0048】
本実施形態の抗炎症剤は、経口投与剤であってもよいし、非経口投与剤であってもよい。上述のように、ナノ粒子は、体液で分解され難く、且つ炎症患部に集積し易い。経口投与した場合に炎症患部に効率的に到達して高い治療効果を奏するため、特に経口投与剤に適している。
【0049】
対象となる炎症性疾患としては、特に制限されないが、潰瘍性大腸炎、炎症性肝炎、皮膚潰瘍等が挙げられる。ナノ粒子は大腸に届き易いため、本実施形態の抗炎症剤は、潰瘍性大腸炎等の大腸炎の抗炎症剤として有効である。
【0050】
本実施形態の抗炎症剤は、ナノ粒子のみから構成されてもよいし、また、本発明の効果を奏する範囲内においてその他の成分を含んでもよい。その他の成分としては、例えば、水、水を含む一般的な生化学用緩衝液(PBS、等)を用いることができる。抗炎症剤は、水等の液体にナノ粒子を分散させた形態であってもよい。
【0051】
抗炎症剤は、ナノ粒子以外のその他の成分を含有することで、抗炎症剤中の、ナノ粒子由来の第1級アミノ基の濃度を調整できる。例えば、抗炎症剤中の第1級アミノ基の含有量を50μmol/L~500μmol/L、又は50μmol/L~200μmol/Lとしてもよい。第1級アミノ基の含有量を上記範囲内とすることで、より高い抗炎症効果を発揮できる。また、抗炎症剤中の第1級アミノ基の含有量を200μmol/L以下とすることで、より生体に対する安全性を高められる。
【0052】
[活性酸素補足剤]
本実施形態の活性酸素補足剤は、本実施形態のナノ粒子を含む。ナノ粒子は、上述したように活性酸素捕捉能を有する。また、従来の活性酸素補足剤と異なり、生体に対する安全性が高く、経口摂取に適している。
【0053】
本実施形態の活性酸素補足剤は、上述の抗炎症剤と同様の構成をとってよい。また、本実施形態の活性酸素補足剤は、医薬品だけでなく、健康増進、美容を目的としたサプリメントとして用いることもできる。
【実施例0054】
以下に実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す実施例により限定的に解釈されるべきものではない。
また、以下の実施例で説明する図面中のグラフにおけるエラーバーは、いずれも標準偏差を意味する。
【0055】
[ナノ粒子の作製]
<ナノ粒子1>
生体適合性ポリマーとしてヒアルロン酸(重量平均分子量:800,000~1,200,000)を用いた。ヒアルロン酸(精製ヒアルロン酸ナトリウム、生化学工業株式会社、100mg)を、2-モルホリノエタンスルホン酸緩衝液(100mL、pH=4.8)に溶解し、そこへエタノール(100mL)を添加してヒアルロン酸溶液を調製した。2-モルホリノエタンスルホン酸緩衝液はヒアルロン酸の良溶媒であり、エタノールはヒアルロン酸の貧溶媒である。
【0056】
ヒアルロン酸溶液に、分岐鎖状のポリエチレンイミン(69237-1601、純正化学株式会社、分子量600、2.5mg)、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC、25mg)、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS、終濃度:10mM)を添加して反応溶液を調製し、室温で1時間撹拌した。反応液中において、ヒアルロン酸はロビュール状態(凝集状態)であり、この状態でポリエチレンイミンにより架橋されて粒子化した。超純水を用いた透析によって精製し、凍結乾燥によってナノ粒子1を得た。
【0057】
尚、使用したヒアルロン酸中のカルボキシル基含有量は、2.5mmol/gであり、使用したポリエチレンイミン中の第1級アミノ基含有量は、10mmol/gである。したがって、ヒアルロン酸(100mg)中のカルボキシル基のモル数に対する、ポリエチレンイミン(2.5mg)中の第1級アミノ基のモル数の比率(NH2/COOH)は、0.1である。
【0058】
<ナノ粒子2>
ポリエチレンイミンの使用量を5mgとした以外は、ナノ粒子1と同様の方法により、ナノ粒子2を作製した。ヒアルロン酸中のカルボキシル基のモル数に対する、ポリエチレンイミン中の第1級アミノ基のモル数の比率(NH2/COOH)は、0.2である。
【0059】
<ナノ粒子3>
ポリエチレンイミンの使用量を10mgとした以外は、ナノ粒子1と同様の方法により、ナノ粒子3を作製した。ヒアルロン酸中のカルボキシル基のモル数に対する、ポリエチレンイミン中の第1級アミノ基のモル数の比率(NH2/COOH)は、0.4である。
【0060】
[ナノ粒子の評価]
(1)電子顕微鏡観察
ナノ粒子1~3のSEM観察を行った。
図1に示すように、単分散しているナノ粒子が確認された。
【0061】
次に、ポリエチレンイミンの添加量がナノ粒子形成に与える影響について評価するために、ナノ粒子1~3について、(2)第1級アミノ基含有量の測定、(3)平均粒子径の測定、及び(4)ゼータ電位の測定を行った。
【0062】
(2)第1級アミノ基含有量の測定
ナノ粒子1~3に含まれる第1級アミノ基の含有量を2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸を用いた比色試験により測定した。結果を表1及び
図2に示す。ナノ粒子の原料として用いた、架橋していないヒアルロン酸(HM)はアミノ基を含まない。これに対して、ナノ粒子は、ポリエチレンイミン由来の第1級アミノ基を含むことが確認できた。ポリエチレンイミンの使用量が多い程、即ち、比率(NH
2/COOH)が大きい程、多くのアミノ基をナノ粒子に導入することができた。
【0063】
尚、これ以降の評価結果を示す
図3~
図8、
図12B及び
図12Cにおいて、第1級アミノ基含有量が約100μmol/gであるナノ粒子1を100-PANPs、約140μmol/gであるナノ粒子2を140-PANPs、約340μmol/gであるナノ粒子3を340-PANPsと記載する。
【0064】
(3)平均粒子径の測定
ナノ粒子1~3と、ナノ粒子1~3の原料として用いたヒアルロン酸(HM)を、それぞれ、液体(リン酸緩衝生理食塩水(PBS))に分散し、動的光散乱法を使用した測定装置(大塚電子株式会社製、DLS-8000)を用いて平均粒子径を測定した。ここで、平均粒子径は、個数基準の粒度分布におけるモード径とした。
図3に得られた粒度分布を示す。また、表1に、各ナノ粒子1~3及びヒアルロン酸(HA)の平均粒子径を示す。
【0065】
図3及び表1に示すように、ヒアルロン酸と比較して、各ナノ粒子1~3は、平均粒子径が大きくなっていた。これは、ポリエチレンイミンにより架橋されて、高分子化したためだと推測される。
【0066】
(4)ゼータ電位の測定
ナノ粒子1~3と、ナノ粒子1~3の原料として用いたヒアルロン酸(HM)を、それぞれ、液体(10mM 塩化ナトリウム水溶液)に分散し、大塚電子株式会社製、ゼータ電位測定システム ELSZ-2000Zを用いて、ゼータ電位を測定した。結果を
図4及び表1に示す。ナノ粒子1~3及びヒアルロン酸(HA)共にゼータ電位は負の値(0mV未満)であった。生体内は、基本的にマイナスに帯電している。したがって、ゼータ電位が負の値であるナノ粒子1~3は、生体内を安定して移動でき、例えば、胃や食道でトラップされることなく、より口から遠い大腸に到達し易くなる。
【0067】
【0068】
(5)酵素安定性
ナノ粒子の酵素に対する安定性を評価するために、ヒアルロン酸分解酵素であるヒアルロニダーゼを用いた酵素分解試験を行った。ヒアルロン酸はヒアルロニダーゼにより分解され、分解生成物であるN-アセチルグルコサミンが生成する。酵素分解試験後のN-アセチルグルコサミンを定量することによって、ヒアルロン酸の分解挙動を評価した。
【0069】
まず、ナノ粒子1~3をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に分散させたナノ粒子分散液(1mg/mL)を調製した。それぞれのナノ粒子分散液にヒアルロニダーゼ(1000U/mL)を添加し、37℃で0.5、1、3、6、24時間、培養した。各試料(溶液)をジメチルアミノベンズアルデヒドと反応させ、プレートリーダーで544nmの吸光度を測定し、検量線から分解生成物の重量を算出した。結果を
図5に示す。
図5の縦軸は、酵素分解試験に用いた各ナノ粒子の重量(酵素分解前の重量)に対する、分解生成物の重量の割合(分解率)(%)を示す。
【0070】
比較のため、ナノ粒子1~3の原料として用いたヒアルロン酸(HM)についても、同様の評価を行い、分解生成物の重量を算出した。結果を
図5に示す。更に比較のため、ヒアルロン酸にポリエチレンイミンを導入したが、ナノ粒子化していないヒアルロン酸誘導体(HA-PA)を合成し、同様の評価を行い、分解生成物の重量を算出した。結果を
図5に示す。ヒアルロン酸誘導体(HA-PA)は、特開2021-31453号公報(特許文献1)の表2中の試料「PHEIA10」と同じ化合物であり、特許文献1の段落0100~0106に記載の方法により合成した。
【0071】
図5に示すように、ヒアルロン酸(HA)と比較して、ヒアルロン酸誘導体(HA-PA)及びナノ粒子1~3(100―PANPs、140―PANPs、340-PANPs)は分解生成物の量が少なかった。更に、ナノ粒子1~3は、ヒアルロン酸誘導体(HA-PA)と比較しても、分解生成物の量が少なかった。
【0072】
これは、ヒアルロン酸から分子構造が変化していることで、ヒアルロン酸誘導体及びナノ粒子の酵素分解が抑制されるためと推測される。そして、ヒアルロン酸誘導体(HA-PA)と比較して、ナノ粒子1~3の分解生成物の量が少なかったことから、単にポリエチレンイミンを導入した場合よりも、ナノ粒子化することで、更に酵素分解が抑制されることがわかった。
図5に示すように、ヒアルロン酸誘導体(HA-PA)の分解生成物の量は、ヒアルロン酸の分解生成物の約80%程度に抑制されたが、更にナノ粒子化することで、分解生成物の量はヒアルロン酸の分解生成物の約20%程度に抑制できた。これらの結果から、ナノ粒子1~3は、体液による分解が抑制され、より多くのナノ粒子1~3が大腸に送達されると推測される。
【0073】
(6)活性酸素捕捉効果
ナノ粒子の活性酸素捕捉効果(ROSスカベンジング効果)を評価するために、活性酸素の一種であるヒドロキシラジカル除去能を定量した。まず、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)に以下の物質を分散した評価試料を調製した。尚、下記物質のうち、ポリエチレンイミン(PA)及びヒアルロン酸(HA)は、ナノ粒子1~3の原料として使用したものを用いた。
PA:ポリエチレンイミン(0.1mg/mL)
HA:ヒアルロン酸(1mg/mL)
100―PANPs:ナノ粒子1(1mg/mL)
140―PANPs:ナノ粒子2(1mg/mL)
340-PANPs:ナノ粒子3(1mg/mL)
【0074】
上記各試料に、ヒドロキシラジカルを生成する過酸化水素(終濃度100μM)、及びヒドロキシラジカルに対する蛍光プローブである2’,7'‐ジクロロジヒドロフルオレセイン二酢酸(DCF:終濃度50μM)を添加し、37℃で2時間、培養した。培養した各試料の蛍光強度(Ex=485nm、Em=525nm)をプレートリーダーで測定した。コントロールとして、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、過酸化水素及び蛍光プローブのみを含む試料を作製して同様に評価した。結果を
図6に示す。
図6に示すように、ナノ粒子1~3(100―PANPs、140―PANPs、340-PANPs)は、ポリエチレンイミンと同様の高いROSスカベンジング能を有していることが確認できた。
【0075】
(7)細胞毒性試験
マウスマクロファージ様細胞株(RAW‐Blue細胞)を用いて、ナノ粒子1~3の細胞毒性試験を行った。
【0076】
まず、96ウェルプレートの各ウェルに、3×10
4個のRAW‐Blue細胞を播種し、37℃、5%CO
2の条件で24時間、細胞培養培地(10%仔牛血清、1%ペニシリン・ストレプトマイシン)中で培養した。次に、ポリエチレンイミン(PA)、ナノ粒子1~3を、それぞれ細胞培養培地(10%仔牛血清、1%抗生物質)に0.3~5mg/mLで溶解してアミン含有分散体を調製して各ウェルに100μLずつ添加し、更に、リポ多糖(LPS、終濃度:100ng/mL)を添加して24時間培養した。リポ多糖は、炎症を惹起する細菌由来の内毒素である。尚、ポリエチレンイミン(PA)は、ナノ粒子1~3の原料として使用したものを用いた。培養後、WST-8試薬(同仁化学研究所)を添加し、2時間、37℃で更に培養し、その後に、プレートリーダーで吸光度(450nm)を測定して、RAW‐Blue細胞の生存率を算出した。
図7に、各試料に用いたアミン含有分散体中の第1級アミノ基濃度と、細胞生存率(%)との関係を示す。
【0077】
図7に示すように、ポリエチレンイミン及びナノ粒子1~3共に、アミン含有分散体中の第1級アミノ基濃度が高くなると細胞生存率が低下する傾向がみられた。一方、第1級アミノ基濃度が200μmol/L以下の領域では、細胞生存率は約90%程度以上と高く、細胞毒性が低いことが確認できた。この結果から、経口摂取する抗炎症剤において、第1級アミノ基濃度が200μmol/L以下であれば、生体安全性を高められることがわかった。
【0078】
(8)細胞培養試験による抗炎症機能評価
マウスマクロファージ様細胞株(RAW‐Blue細胞)を用いて、ナノ粒子1~3の抗炎症機能評価を行った。RAW‐Blue細胞は、炎症反応により核内転写因子(NF-κB)が活性化されると、アルカリフォスファターゼを産生する。産生されるアルカリフォスファターゼを定量することによって、細胞の炎症状態を評価可能な細胞モデルとして利用できる。
【0079】
まず、96ウェルプレートの各ウェルに、3×10
4個のRAW‐Blue細胞を播種し、37℃、5%CO
2の条件で24時間、細胞培養培地(10%ウシ血清、1%抗生物質)中で、培養した。次に、ポリエチレンイミン(PA)及びナノ粒子1~3を細胞培養培地(10%ウシ血清、1%抗生物質)に0.3~5mg/mLで溶解してアミン含有分散体を調製して各ウェルに100μLずつ添加し、更に、リポ多糖(終濃度:100ng/mL)を添加して24時間培養した。リポ多糖は、炎症を惹起する細菌由来の内毒素である。尚、ポリエチレンイミン(PA)は、ナノ粒子1~3の原料として用いたものを用いた。培養後、各試料の上清を回収し、アルカリフォスファターゼ検査試薬を添加し、更に2時間、37℃で培養し、その後、プレートリーダーで吸光度(655nm)を測定して、NF-κBの活性化度を評価した。
図8に、各試料に用いたアミン含有分散体中の第1級アミノ基濃度と、NF-κBの活性化度(%)との関係を示す。ここで、NF-κBの活性化度(%)とは、アミン含有分散体を添加しなかった細胞サンプル(リポ多糖(LPS)のみ添加、コントロール)における吸光度に対する、各試料を添加した細胞サンプル(LPSと試料)の吸光度の割合(%)である。
【0080】
図8に示すように、ナノ粒子1~3はポリエチレンイミン(PA)と同様にNF-κBの活性化度(%)を100%から低下させた。即ち、ナノ粒子1~3も、抗炎症機能を有することが確認できた。また、ナノ粒子1~3は、アミン含有分散体中の第1級アミノ基濃度が100μmol/L付近(50μmol/L~200μmol/L)でNF-κBの活性化度が最も低く、炎症反応を最も抑制していた。この結果から、経口摂取する抗炎症剤において、第1級アミノ基濃度が50μmol/L~200μmol/Lであれば、高い抗炎症効果を有することがわかった。
【0081】
(9)炎症関連遺伝子の発現抑制機能評価
マウス初代骨髄由来マクロファージ細胞を用いて、ナノ粒子の炎症関連遺伝子(炎症性サイトカインに関連した遺伝子)の発現抑制機能を行った。ナノ粒子としては、代表して、ナノ粒子1(100-PANPs)を用いた。
【0082】
まず、12ウェルプレートの各ウェルに、3×105個のマウス初代骨髄由来マクロファージ細胞を播種し、37℃、5%CO2の条件で24時間、培養培地(10%ウシ血清、1%抗生物質、40ng/mLマウスマクロファージコロニー刺激因子)中で培養した。次に、ナノ粒子1(100―PANPs)を培養培地(10%ウシ血清、1%抗生物質、40ng/mLマウスマクロファージコロニー刺激因子)に分散してアミン含有分散体(1mg/mL)を調製して各ウェルに100μLずつ添加し、更に、リポ多糖(終濃度:100ng/mL)を添加して24時間培養した。その後、RNA精製キットを用いて全RNAを回収し、cDNAへ逆転写を行い、ポリメラーゼ連鎖反応アレイキット(Qiagen)を用いて、炎症関連遺伝子の発現量を評価した。
【0083】
図9に、コントロールの炎症関連遺伝子の発現量と、ナノ粒子1(100―PANPs)を用いた試料の炎症関連遺伝子の発現量との関係を示す。ここで、コントロールとは、アミン含有分散体を添加しなかった試料を意味する。
図9において、ナノ粒子1を用いた試料と、コントロールとの間の遺伝子発現レベルに変化が無い場合には、その遺伝子はグラフの左下端から右上端に伸びる直線上にプロットされる。データが直線より上にプロットされた場合は、その遺伝子はコントロールと比較して、ナノ粒子1を用いた試料において発現レベルが上昇していることを示す。反対に、データが直線より下にプロットされた場合は、その遺伝子はコントロールと比較して、ナノ粒子1を用いた試料において発現レベルが抑制されたことを示す。
【0084】
図9に示すように、ナノ粒子1(100―PANPs)は、例えば、インターロイキン1(IL1β)、インターロイキン6(IL6)、腫瘍壊死因子(TNF)αなどの炎症関連遺伝子の発現を大きく抑制していた。上述したように、ナノ粒子1~3は、活性酸素捕捉能を有する(
図6参照)。活性酸素を補足したことにより、NF-κBの活性化が抑制され、結果として、様々な炎症関連遺伝子の発現が抑制できたと推測される。
【0085】
(10)安全性試験
以下に説明する方法により、マウスに対するナノ粒子の安全性試験を行った。ナノ粒子としては、代表して、ナノ粒子1(100-PANPs)を用いた。
【0086】
図10Aに示すように、マウス(C57BL/6J、メス、6-8週齢)に対して、10mg/kg、又は100mg/kgのナノ粒子(PANPs)を0日目、2日目、4日目に経口投与し、体重を経時的に測定した。10日後にマウスを安楽死させ、心臓、肺、肝臓、腎臓、脾臓、大腸の各組織を摘出し、組織学的評価を行った。また、比較のため、ナノ粒子に代えてリン酸緩衝生理食塩水(PBS)与えたマウスについても、同様の実験を行った。
図10Bに、マウスの体重の変化を示す。
図10Cに、摘出した各組織切片の光学顕微鏡写真を示す。
【0087】
図10Bに示すように、ナノ粒子投与群とPBS投与群の間に体重の差はほとんどなく、ナノ粒子の投与はマウスの体重に影響を与えないことがわかった。また、組織学的評価の結果、摘出した各組織において、
図10Cに示すナノ粒子投与群とPBS投与群の間に大きな差異は見られず、炎症反応や細胞死などは確認されなかった。これから、ナノ粒子は、高い安全性を有していることが確認できた。
【0088】
(11)大腸集積能評価
デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を用いて、マウス潰瘍性大腸炎モデルを作製し、ナノ粒子の大腸集積性を評価した。ナノ粒子としては、代表して、ナノ粒子1(100-PANPs)を用いた。
【0089】
図11Aに示すように、マウス(C57BL/6J、メス、6-8週齢)に5日間DSS溶液(3wt%)を自由飲水で摂取させ、5日目で水に切り替えた。更に、5日目から16時間絶食させることで、胃の内容物の蛍光顕微鏡観察(イメージング)への影響を低減した。6日目に、マウスに対して、蛍光分子であるCy5.5で修飾したナノ粒子(100-PANPs)10mg/kgを経口投与した。6時間後にマウス(DSS-PANPs投与群)を安楽死させ、心臓、肺、肝臓、腎臓、脾臓、大腸組織を摘出し、組織学的評価および蛍光顕微鏡観察(イメージング)を行った。
【0090】
更に、比較のため、マウス潰瘍性大腸炎モデルに対して、ナノ粒子に代えてCy5.5で修飾したヒアルロン酸を経口投与した群(DDS―HA投与群)について同様の評価を行った。また、DSSに代えて水を摂取させた正常なマウスに対して、同様にナノ粒子を経口投与した群(Water-PANPs投与群)についいても同様の評価を行った。
【0091】
図11Bに、マウスから摘出した各組織断片の蛍光顕微鏡観察(イメージング)の結果を示す。
図11Bは、向かって左から、正常なマウスにナノ粒子を経口投与したWater-PANPs投与群、マウス潰瘍性大腸炎モデルにヒアルロン酸を投与したDDS―HA投与群、マウス潰瘍性大腸炎モデルにナノ粒子を投与したDSS-PANPs投与群の写真を示す。
図11Bは蛍光顕微鏡写真(カラー)をグレースケールに変換したものであり、各臓器の組織切片において、黒色が濃いほど多くのヒアルロン酸又はナノ粒子が存在することを示している。
図11Bに示すように、Water-PANPs投与群、DDS―HA投与群では、ナノ粒子又はヒアルロン酸が胃から大腸まで全体に分布していた。これに対して、DSS-PANPs投与群は、胃、小腸に堆積しているナノ粒子が少なかった。
【0092】
Water-PANPs投与群、DDS―HA投与群、DSS-PANPs投与群それぞれの、ヒアルロン酸又はナノ粒子について、胃における蛍光強度に対する大腸の蛍光強度の比率を算出た。この比率が高いほど、ヒアルロン酸又はナノ粒子が、胃で分解及び/又はトラップされることなく、より多く大腸に送達されたことを示す。結果を
図11Cに示す。
図11Cに示すように、マウス潰瘍性大腸炎モデルにナノ粒子を投与したDSS-PANPs投与群では、他の群と比較して、より多くのナノ粒子が大腸に送達されたことがわかった。
【0093】
更に、Water-PANPs投与群、DDS―HA投与群、DSS-PANPs投与群それぞれについて、大腸の炎症患部の蛍光顕微鏡観察(イメージング)も行った。この結果、マウス潰瘍性大腸炎モデルにヒアルロン酸を投与したDDS―HA投与群では、ヒアルロン酸の炎症患部への集積はほとんど確認されなかった。また、正常なマウスにナノ粒子を経口投与したWater-PANPs投与群では、炎症患部の一部のみに粒子が存在するにとどまり、粒子の集積は認められなかった。これに対して、マウス潰瘍性大腸炎モデルにナノ粒子を投与したDSS-PANPs投与群では、炎症患部に粒子が集積していた。
【0094】
以上の結果から、経口投与されたナノ粒子は、ヒアルロン酸等の粒子化していないポリマーと比較して、胃や食道において分解及び/又はトラップされずに大腸まで到達して炎症患部に集積することがわかった。
【0095】
(12)マウス潰瘍性大腸炎モデルに対する治療効果の評価
上述の「大腸集積能評価」と同様の方法でマウス潰瘍性大腸炎モデルを作製し、それにナノ粒子を投与して治療効果を評価した。
【0096】
図12Aに示すように、マウス(C57BL/6J、メス、6-8週齢)に5日間DSS溶液(3wt%)を自由飲水で摂取させ、5日目で水に切り替えた。5日目、7日目、9日目に、マウスに対して、ナノ粒子1(100-PANPs)、ナノ粒子2(140-PANPs)、又はナノ粒子3(340-PANPs)を経口投与した(投与量:10mg/kg)。経時的に体重を測定し、10日目にマウスを安楽死させ、大腸組織を摘出して大腸の長さを測定した。
【0097】
また、比較のため、マウス潰瘍性大腸炎モデルに対して、ナノ粒子に代えて、潰瘍性大腸炎の市販薬の有効成分である5-ASA(メサラジン)を経口投与した群(DDS―5-ASA投与群)と、ナノ粒子に代えてリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を経口投与した群(DDS-PBS投与群)についても同様に評価した。更に、DSSに代えて水を摂取させた正常なマウスに対して、ナノ粒子に代えてリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を経口投与した群(Water-PBS投与群)についても同様に評価した。
【0098】
図12Bに示すように、正常なマウス(Water-PBS投与群)の体重は10日間ほぼ一定であったが、マウス潰瘍性大腸炎モデル(DDS-PBS投与群)の体重は大きく低下した。これに対して、マウス潰瘍性大腸炎モデルにナノ粒子1~3及び5-ASAを投与した群は、体重の回復が確認された。そして、ナノ粒子1~3を投与した群は、5-ASAを投与した群(DDS-5-ASA群)よりも体重の回復量が大きかった。中でも、ナノ粒子1(100-PANPs)を投与した群が最も体重の回復量が大きかった。
【0099】
図12Cに、各群の大腸の長さを示す。炎症が生じたマウスの大腸は、浮腫むため、その長さが短くなることが知られている。正常なマウス(Water-PBS投与群)の大腸に対して、マウス潰瘍性大腸炎モデル(DDS-PBS投与群)の大腸は短くなっていた。これに対して、マウス潰瘍性大腸炎モデルにナノ粒子1~3及び5-ASAを投与した群は、マウス潰瘍性大腸炎モデル(DDS-PBS投与群)よりも大腸の長さが長く、炎症が抑制されていた。
【0100】
以上の結果から、ナノ粒子1~3は、市販薬(5-ASA)と同等、又は同等以上の抗炎症能を発揮することが確認できた。
本発明のナノ粒子は、安全性及び抗炎症性を有し、更に、経口投与した場合に炎症患部に効率的に送達されて高い治療効果を奏する。したがって、抗炎症剤として大変有用である。