(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023112274
(43)【公開日】2023-08-14
(54)【発明の名称】超硬合金,被覆超硬合金,ならびにこれらを用いた切削工具および耐摩耗部材
(51)【国際特許分類】
C22C 29/08 20060101AFI20230804BHJP
C22C 1/051 20230101ALI20230804BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20230804BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20230804BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20230804BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20230804BHJP
C04B 35/56 20060101ALI20230804BHJP
C04B 41/87 20060101ALI20230804BHJP
B22F 1/00 20220101ALN20230804BHJP
【FI】
C22C29/08
C22C1/05 G
B22F3/24 102A
B23B27/14 A
B23B27/14 B
B23B51/00 M
B23B51/00 J
B23C5/16
C04B35/56 260
C04B41/87 N
B22F1/00 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022013947
(22)【出願日】2022-02-01
(71)【出願人】
【識別番号】302001240
【氏名又は名称】日本特殊合金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001830
【氏名又は名称】弁理士法人東京UIT国際特許
(72)【発明者】
【氏名】堤 友浩
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 真之
(72)【発明者】
【氏名】松原 秀彰
【テーマコード(参考)】
3C037
3C046
4K018
【Fターム(参考)】
3C037CC02
3C037CC04
3C037CC09
3C046FF03
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF19
3C046FF22
3C046FF32
3C046FF37
3C046FF39
3C046FF40
3C046FF44
3C046FF46
3C046FF48
3C046FF50
3C046FF52
3C046FF53
4K018AB02
4K018AD06
4K018BA04
4K018BB04
4K018FA24
4K018KA15
(57)【要約】
【課題】従来の超硬合金に比べて抗折力が大きく,耐摩耗性に優れた超硬合金を提供する。
【解決手段】超硬合金は,WCを主成分とする硬質相を,超硬合金全体に対して30.0~99.3wt%含み,Tiの酸化物を焼結中に炭窒化させて生成されるTi(C,N)とTaCおよびNbCのいずれか一方とを含む固溶体または複合体を主成分とする粒成長抑制および分散相を,超硬合金全体に対して0.2~40.0wt%含み,Co,NiおよびFeからなる群より選択される少なくとも1種類を主成分とする結合相を,超硬合金全体に対して0.5~30.0wt%含み,上記硬質相と,粒成長抑制および分散相と,結合相との合計が100wt%である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン(WC)を主成分とする硬質相を,超硬合金全体に対して30.0~99.3wt%含み,
チタン(Ti)の酸化物を焼結中に炭窒化させて生成されるチタン炭窒化物(Ti(C,N))と,炭化タンタル(TaC)および炭化ニオブ(NbC)の少なくともいずれか一方とを含む固溶体または複合体を主成分とする粒成長抑制および分散相を,超硬合金全体に対して0.2~40.0wt%含み,
コバルト(Co),ニッケル(Ni)および鉄(Fe)からなる群より選択される少なくとも1種類を主成分とする結合相を,超硬合金全体に対して0.5~30.0wt%含み,
上記硬質相と,粒成長抑制および分散相と,結合相との合計が100wt%である,
超硬合金。
【請求項2】
炭化タングステン(WC)を主成分とする硬質相,
コバルト(Co),ニッケル(Ni)および鉄(Fe)からなる群より選択される少なくとも1種類を主成分とする結合相,ならびに
チタン(Ti)の酸化物を焼結中に炭窒化させて生成されるチタン炭窒化物(Ti(C,N))と,炭化タンタル(TaC)および炭化ニオブ(NbC)の少なくともいずれか一方と含む固溶体または複合体を主成分とする粒成長抑制および分散相を含み,
上記粒成長抑制および分散相が組織中に均一に分散されている,
超硬合金。
【請求項3】
炭化タングステン(WC)を主成分とする硬質相,
コバルト(Co),ニッケル(Ni)および鉄(Fe)からなる群より選択される少なくとも1種類を主成分とする結合相,ならびに
チタン(Ti)の酸化物を焼結中に炭窒化させて生成されるチタン炭窒化物(Ti(C,N))と,炭化タンタル(TaC)および炭化ニオブ(NbC)の少なくともいずれか一方とを含む固溶体または複合体を主成分とする粒成長抑制および分散相を含み,
粒成長抑制および分散相の斑状組織および残留組織が無い,
超硬合金。
【請求項4】
TaCがTaの酸化物を焼結中に炭化させて生成されるものである,
請求項1から3のいずれか一項に記載の超硬合金。
【請求項5】
NbCがNbの酸化物を焼結中に炭化させて生成されるものである,
請求項1から4のいずれか一項に記載の超硬合金。
【請求項6】
炭化クロム(Cr3C2)が上記結合相全体に対して0.1~20.0wt%含まれている,
請求項1から5のいずれか一項に記載の超硬合金。
【請求項7】
XをTaC,NbC,またはTaCおよびNbCとするときに,X/(Ti(C,N)+X)(wt%比)対して0.10~0.50含まれている,
請求項1から6のいずれか一項に記載の超硬合金。
【請求項8】
Ti(C,N)が超硬合金全体に対して0.90~2.60wt%含まれている,請求項7に記載の超硬合金。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか一項に記載の超硬合金にPVDまたはCVDによって硬質被膜が被覆されている,
被覆超硬合金。
【請求項10】
上記硬質被膜が,TiC,TiN,TiAlN,TiSiN,Ti(C,N)からなる群より選択される少なくとも1種類である,
請求項9に記載の被覆超硬合金。
【請求項11】
上記硬質被膜の下地にまたは上記硬質被膜の表面に,Alを含有する炭化物,窒化物,炭窒化物もしくは酸化物,またはそれらの複合材が積層されている,
請求項10に記載の被覆超硬合金。
【請求項12】
請求項1から8のいずれか一項に記載の超硬合金,または請求項9から11のいずれか一項に記載の被覆超硬合金から構成される切削工具。
【請求項13】
請求項1から8のいずれか一項に記載の超硬合金,または請求項9から11のいずれか一項に記載の被覆超硬合金から構成される耐摩耗部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,超硬合金,被覆超硬合金,ならびにこれらを用いた切削工具および耐摩耗部材に関する。
【背景技術】
【0002】
超硬合金は,鋼,鋳鉄,マンガン鋼,ステンレス鋼等の金属材料の切削工具(たとえばドリル,エンドミル,インサートチップ),ダイス,プラグ,ノズル,成型金型等の耐摩耗用部材として広く利用されている。機械的に安定した硬質相を形成する炭化タングステン(以下「WC」と言う)を主成分とする超硬合金が特に広範囲に利用されている。
【0003】
超硬合金を作製するために単にWCとこれを結合するコバルト(Co)等の結合金属とを焼結すると粒成長が発生し,これは作製される超硬合金の硬さ低下をもたらす。WCの粒成長を抑制し,作製される超硬合金の硬さの低下を防止するために炭化バナジウム(VC),炭化クロム(Cr3C2),炭化タンタル(TaC)といった様々な粒成長抑制物が用いられている。
【0004】
特許文献1は,炭化タングステン(WC),チタン炭窒化物(Ti(C,N))およびコバルト(Co)を含む,硬さが優れた超硬合金を開示する。Ti(C,N)がWCの粒成長抑制に寄与する。WC粒子の粒成長が効果的に抑制されることで,高い硬さの超硬合金が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この発明は,従来の超硬合金に比べて抗折力に優れた超硬合金を提供することを目的とする。
【0007】
この発明はまた,従来の超硬合金に比べて耐摩耗性に優れた超硬合金を提供することを目的とする。
【0008】
この発明はさらに,耐摩耗性に優れた切削工具および耐摩耗部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明による超硬合金は,炭化タングステン(WC)を主成分とする硬質相を,超硬合金全体に対して30.0~99.3wt%含み,チタン(Ti)の酸化物を焼結中に炭窒化させて生成されるチタン炭窒化物(Ti(C,N))と,炭化タンタル(TaC)および炭化ニオブ(NbC)の少なくともいずれか一方とを含む固溶体または複合体を主成分とする粒成長抑制および分散相を,超硬合金全体に対して0.2~40.0wt%含み,コバルト(Co),ニッケル(Ni)および鉄(Fe)からなる群より選択される少なくとも1種類を主成分とする結合相を,超硬合金全体に対して0.5~30.0wt%含み,上記硬質相と粒成長抑制および分散相と結合相との合計が100wt%であることを特徴とする。不可避不純物,すなわち原料中に存在したり,製造工程において不可避的に混入したりするもので,本来は不要なものであるが,微量であり,製品の特性に影響を及ぼさないため,許容されている不純物が,超硬合金に含まれる場合があるのは言うまでもない。「固溶体」とは全体が均一の固相となっているもの,すなわち1つの相となっている状態である。「複合体」とは均一の固相になっていないが複数の固相が互いに結合している状態である。
【0010】
この発明による超硬合金は,「硬質相」(第1相)と,「粒成長抑制および分散相」(第2相)と,「結合相」(第3相)の3種類の相を含む。これらの3つの相の合計が100wt%である。
【0011】
この発明による超硬合金は,硬質相(第1相)として炭化タングステン(WC)を超硬合金全体に対して30.0~99.3wt%含み,かつコバルト(Co),ニッケル(Ni)および鉄(Fe)からなる群より選択される少なくとも1種類を主成分とする結合相(第3相)を超硬合金全体に対して0.5~30.0wt%含む。結合相によって硬質相が結合される。硬質相としての炭化タングステン(WC)は,その平均粒径が2.0μm以下の微細粒子であるのが好ましい。平均粒径が2.0μm以上である場合に比べて硬さ(硬度)が高くなり,耐摩耗性が向上する。
【0012】
「硬質相」および「結合相」に加えて,この発明による超硬合金は「粒成長抑制および分散相」を含む。「粒成長抑制および分散相」は,上述した硬質相である炭化タングステン(WC)の粒成長を抑制するとともに,超硬合金中に分散されることで晶出ないし残留を組織中に生じない相を言う。この発明において,「粒成長抑制および分散相」はチタン炭窒化物(Ti(C,N))と炭化タンタル(TaC)および炭化ニオブ(NbC)の少なくともいずれか一方とを含む固溶体または複合体である。すなわち,Ti(C,N)とTaCとからなる固溶体または複合体,Ti(C,N)とNbCとからなる固溶体または複合体,Ti(C,N)とTaCとNbCとからなる固溶体または複合体を包含する。
【0013】
炭化タンタル(TaC)および炭化ニオブ(NbC)はいずれも炭化タングステン(WC)の粒成長抑制のために従来用いられている炭化物である。チタン炭窒化物(Ti(C,N))は上述した特許文献1において炭化タンタル(TaC)および炭化ニオブ(NbC)に代えて採用されている粒成長抑制のための炭窒化物である。
【0014】
TaCおよびNbCに代えてTi(C,N)を用いるのではなく,TaCおよび/またはNbCとTi(C,N)の両方を用いる(組み合わせる)ことによって,WCの成長抑制が図られ,これに加えてTaC,NbC,Ti(C,N)のいずれについても晶出ないし残留のないまたはほとんどない,すなわち異常組織のない超硬合金を作製できることが発明者によって見出された。TaC,NbC,Ti(C,N)の良好な分散が生じ,その結果として超硬合金の特性の低下をもたらす異常組織の発生の防止,消失または減少の新たな効果が生じ,最終的に得られる超硬合金について特性の向上が図られる。この意味で,TaCおよび/またはNbCとTi(C,N)との組み合わせを「粒成長抑制および分散相」と名付けている。この発明による異常組織のない超硬合金の抗折力を測定したところ,TaC,NbCまたはTi(C,N)のいずれかを用いて作製した超硬合金を凌駕する抗折力を得られることが確認された。また,硬さについては少なくとも同等の性能を維持できる(向上がみられるものもある)ことも確認された。
【0015】
超硬合金を作製するときにTi(C,N)そのものは出発原料として用いられず,出発原料としてはチタン(Ti)の酸化物(TiO2)が用いられる。TiO2を焼結中に炭窒化させることで微粒のTi(C,N)が得られ,これが超硬合金に含有されることでWCの粒成長が効果的に抑制されると考えられる。
【0016】
TaCおよびNbCについては,Ti(C,N)と同様にしてTa(タンタル)の酸化物(Ta2O5)もしくはNb(ニオブ)の酸化物(Nb2O5)を焼結中に炭化させて生成されるTaCもしくはNbCを用いてもよいし,または出発原料からTaCもしくはNbCを用いてもよい。出発原料をタンタル酸化物(Ta2O5)とNbC(炭化ニオブ),または炭化タンタル(TaC)とニオブ酸化物(Nb2O5)とすることも可能である。もっとも,出発原料としてTaCまたはNbC(炭化物)を用いるよりも,Ta2O5またはNb2O5(酸化物)を用いた方が抗折力が高くなることが確認されたので,抗折力を重視する場合にはTa2O5またはNb2O5(酸化物)を用いるとよい。
【0017】
この発明は次のように規定することもできる。この発明による超硬合金は,炭化タングステン(WC)を主成分とする硬質相,コバルト(Co),ニッケル(Ni)および鉄(Fe)からなる群より選択される少なくとも1種類を主成分とする結合相,ならびにチタン(Ti)の酸化物を焼結中に炭窒化させて生成されるチタン炭窒化物(Ti(C,N))と,炭化タンタル(TaC)および炭化ニオブ(NbC)の少なくともいずれか一方を含む固溶体または複合体を主成分とする粒成長抑制および分散相を含み,上記粒成長抑制および分散相(上記固溶体または複合体)が組織中に均一に分散されていることを特徴とする。
【0018】
この発明はさらに次のように規定することもできる。この発明による超硬合金は,炭化タングステン(WC)を主成分とする硬質相,コバルト(Co),ニッケル(Ni)および鉄(Fe)からなる群より選択される少なくとも1種類を主成分とする結合相,ならびにチタン(Ti)の酸化物を焼結中に炭窒化させて生成されるチタン炭窒化物(Ti(C,N))と,炭化タンタル(TaC)および炭化ニオブ(NbC)の少なくともいずれか一方とを含む固溶体または複合体を主成分とする粒成長抑制および分散相を含み,上記粒成長抑制および分散相(上記固溶体または複合体)の晶出組織および残留組織が無いことを特徴とする。
【0019】
TaCおよび/またはNbCとTi(C,N)との両方からなる固溶体または複合体を含む超硬合金は,上述したように,固溶体または複合体が組織中に均一に分散され,晶出組織(斑状組織)および残留組織が観察されない。抗折力を測定するとTaC,NbCまたはTi(C,N)を単体で含む超硬合金よりも優れ,硬さについては同等以上となる。
【0020】
一実施態様では,炭化クロム(Cr3C2)が上記結合相全体に対して0.1~20.0wt%含まれている。超硬合金の硬さおよび抗折力を高めることができる。
【0021】
他の実施態様では,TaC/(Ti(C,N)+TaC)(wt%比)が超硬合金全体に対して0.10~0.50含まれている。Ti(C,N)とTaCの両方を含む粒成長抑制および分散相において,上記含有比率によってTi(C,N)およびTaCを含ませることで,超硬合金の抗折力を高めることができることが確認されたものである。TaCに代えてNbCを用いる,またはTaCとNbCの両方を用いる場合も,同様であると考えられる。
【0022】
好ましくは,上述したTi(C,N)とTaCの含有比率において,Ti(C,N)が超硬合金全体に対して0.90~2.60wt%含まれている。Ti(C,N)をこの範囲の含有量とすることで,超硬合金の抗折力を確実に高めることができることが確認されたものである。
【0023】
この発明は,上述した超硬合金に物理気相蒸着法(PVD)または化学気相蒸着法(CVD)を用いて硬質被膜が被覆された被覆超硬合金も提供する。
【0024】
具体的には,上記硬質被膜には,TiC,TiN,TiAlN,TiSiN,Ti(C,N)からなる群より選択される少なくとも1種類が用いられる。上述したように,超硬合金はTi(C,N)を含む。Ti(C,N)に含まれる元素と同一の元素であるTiの炭化物,窒化物,炭窒化物または酸化物が,この発明による被覆超硬合金を構成する基材(母材)に良好に密着する硬質被膜に適すると考えられる。
【0025】
一実施態様では,上記硬質被膜の下地にまたは上記硬質被膜の表面に,Alを含有する炭化物,窒化物,炭窒化物もしくは酸化物,またはそれらの複合材が積層されている。これらは2層に限らず3層以上に積層してもよい。
【0026】
この発明は,上述した超硬合金または被覆超硬合金から構成される切削工具(たとえばドリル,インサートチップ)または耐摩耗工具(たとえばダイス,金型)も提供する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】超硬工具の製造工程の一例を示すフローチャートである。
【
図2】超硬工具の製造工程の一例を示すフローチャートである。
【
図3】Ta
2O
5を出発原料に用いて製造した超硬合金とTaCを出発原料に用いて製造した超硬合金についてのTaC含有量と平均抗折力との関係を示すグラフである。
【
図4】Ti(C,N)を含む超硬合金とTi(C,N)を含まない超硬合金についてのTaC含有量と平均抗折力との関係を示すグラフである。
【
図5】Ti(C,N)およびTaCの両方を含む超硬合金においてTi(C,N)とTaCの含有比率を変化させたときの平均抗折力を示すグラフである。
【
図6】Co含有量およびTaC含有量の増減に伴う晶出領域および残留領域の関係を示すグラフである。
【
図7】TaCを含む従来の超硬合金の光学顕微鏡写真である。
【
図8】TaCおよびNbCを含む従来の超硬合金の光学顕微鏡写真である。
【
図9】サンプルNo.61の超硬合金の光学顕微鏡写真である。
【
図10】サンプルNo.62の超硬合金の光学顕微鏡写真である。
【
図11】サンプルNo.63の超硬合金の光学顕微鏡写真である。
【
図12】サンプルNo.64の超硬合金の光学顕微鏡写真である。
【
図13】サンプルNo.63についてCo量を維持しかつTaC量を2倍にして試作した超硬合金の光学顕微鏡写真である。
【
図14】サンプルNo.64についてCo量を維持しかつTaC量を2倍にして試作した超硬合金の光学顕微鏡写真である。
【
図15】サンプルNo.61の超硬合金の走査電子顕微鏡写真である。
【
図16】サンプルNo.62の超硬合金の走査電子顕微鏡写真である。
【
図17】サンプルNo.63の超硬合金の走査電子顕微鏡写真である。
【
図18】サンプルNo.64の超硬合金の走査電子顕微鏡写真である。
【
図21】被覆なしの超硬合金を用いて作製したドリルを用いた穴あけ試験の試験結果を示す。
【
図22】被覆なしの超硬合金を用いて作製したドリルを用いた穴あけ試験の試験結果を示す。
【
図23】被覆なしの超硬合金を用いて作製したドリルを用いた穴あけ試験の試験結果を示す。
【
図24】被覆を備える超硬合金を用いて作製したドリルを用いた穴あけ試験の試験結果を示す。
【
図25】被覆を備える超硬合金を用いて作製したドリルを用いた穴あけ試験の試験結果を示す。
【
図26】被覆を備える超硬合金を用いて作製したドリルを用いた穴あけ試験の試験結果を示す。
【
図27】被覆を備える超硬合金を用いて作製したインサートチップを用いた旋削試験の試験結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
この発明の実施例による超硬合金は,炭化タングステン(WC)を主成分とする第1相(以下,「WC相」または包括的に「硬質相」という。)と,チタン炭窒化物(Ti(C,N))と炭化タンタル(TaC)および炭化ニオブ(NbC)の少なくともいずれか一方との固溶体または複合体を主成分とする第2相(以下,包括的に「粒成長抑制および分散相」という。)と,コバルト(Co),ニッケル(Ni)もしくは鉄(Fe),またはこれらの合金を主成分とする第3相(以下,包括的に「結合相」という。)とを含む,いわゆる炭化タングステン基超硬合金である。
【0029】
詳細は後述するが,チタン炭窒化物(Ti(C,N))は出発原料としては用いられず,出発原料としてチタン酸化物(TiO2)が用いられる。超硬合金の製造工程の一つの焼結処理においてチタン酸化物(TiO2)が炭窒化されることによってチタン炭窒化物(Ti(C,N))が生成され,これが最終的に作製される超硬合金の組成の一つとなる。炭化タンタル(TaC),炭化ニオブ(NbC),または炭化タンタル(TaC)および炭化ニオブ(NbC)については,出発原料にタンタル酸化物(Ta2O5)またはニオブ酸化物(Nb2O5)を用いて焼結時にこれを炭化させることによって生成してもよいし,出発原料から炭化タンタル(TaC)または炭化ニオブ(NbC)を用いてもよい。
【0030】
(1)硬質相(WC相)の含有量
超硬合金全体に対して30.0~99.3wt%のWC相が含まれている。WC相が30.0wt%未満になると相対的に結合相の割合が増え,WC相の粒成長(WC相の粒成長については後述する)の制御が困難になることがある。30.0wt%以上のWC相を含ませることによって,WC相の粒成長が効果的に抑制され,焼結後のWC平均粒径を細かく,たとえば2.0μm以下に維持することができる。また,WC相が99.3wt%を超えると,相対的に結合相の割合が減ることになり,超硬合金の抗折力が低下する。WC相を99.3wt%以下とすることによって超硬合金の抗折力を所定値以上に確保することができる。超硬合金全体に対するWC相の割合はWC原料粉末の配合量によって調整される。
【0031】
(2)粒成長抑制および分散相の含有量
粒成長抑制および分散相を含ませる理由の一つは,上述したように,WC相の粒成長を抑制し,WC相を細かく(2.0μm以下)維持するためである。WC相の粒成長とは焼結時に結合相に溶解したWC相が他のWC相に析出することによって直径の大きな粒子に成長する現象である。Ti(C,N),TaC,NbCを添加することによってWC相の周囲にTi(C,N),TaC,NbCが点在し,これによってWC相の析出が減少してWC相の粒成長が抑制されると考えられている。
【0032】
Ti(C,N)のWCの粒成長抑制効果は大きい。TaCまたはNbCも,上述したTi(C,N)と同様に,WC相の粒成長抑制作用を呈するが,粒成長抑制作用よりも,Ti(C,N)との組み合わせにおいて超硬合金組織の正常化(異常組織の発生の防止,消失または減少)の効果を生じさせる。結果として超硬合金の硬さの向上が図られる。Ti(C,N)とTaCの組み合わせ,Ti(C,N)とNbCの組み合わせ,またはTi(C,N)とTaCとNbCの組み合わせは固溶体または複合体として超硬合金を構成する。組織観察結果および硬さの測定結果は後述する。
【0033】
粒成長抑制および分散相は,WC相の粒成長を効果的に抑制するのに適する量,すなわち超硬合金全体に対して0.2wt%以上であって,かつ粒成長抑制および分散相の晶出ないし残留が生じないまたは生じにくい量,すなわち40.0wt%以下に調整される。超硬合金全体に対する粒成長抑制および分散相の割合も,以下に説明する出発原料の配合量によって調整することができる。
【0034】
Ti(C,N)については,上述したように,出発原料とはされず,出発原料としてはTiO2が用いられ,これを焼結中に炭窒化させることによって生成される。これは,最終製品としての超硬合金に微細な粒成長抑制および分散相を含有させ,少ない含有量でWC相の粒成長を効果的に抑制するためである。粒成長抑制および分散相(たとえばTi(C,N)とTaCの固溶体または複合体)は平均粒径が5~500nmの範囲にあるのが好ましい。他方,TaCないしNbCについては,Ti(C,N)と同様に酸化物を出発原料として焼結時に生成されるようにしてもよいし,TaCないしNbCそれ自体を出発原料としてもよい。
【0035】
(3)結合相の含有量
結合相は,WC粒子同士を結合するために用いられる。
【0036】
結合相には,コバルト(Co),ニッケル(Ni)または鉄(Fe)を用いることができ,これらを混合した合金を用いることもできる。結合相はこれらの金属元素を主成分(結合相全体に対して50.0wt%以上含む)とする金属である。
【0037】
結合相が0.5wt%未満になると超硬合金の抗折力が低下し,30.0wt%を超えると超硬合金の硬さが低下する。これらの観点から,超硬合金の結合相の含有量は0.5~30.0wt%とされる。結合相によってWC粒子同士をしっかりと結合させることで,超硬合金からのWC粒子の脱落が防止され,超硬合金の強度を確保することができる。超硬合金全体に対する結合相の割合も原料粉末の配合量によって調整することができる。
【0038】
(4)炭化クロム(Cr3C2)の含有量
Cr3C2は,WC相の粒成長抑制および炭窒化物相の成長抑制のために用いられる。またCr3C2は,結合相の硬さおよび耐酸化性の向上にも寄与することが知られている。結合相全体に対して0.1wt%以上20.0wt%以下の含有量とすることで,Cr3C2を結合相に十分に溶解させることができる。
【0039】
(5)炭化タンタル(TaC)の含有量
TaCは,WC相の粒成長抑制と,上述したチタン炭窒化物(Ti(C,N))との組み合わせ(固溶体または複合体)を構成することによって組織中に固溶体または複合体を分散させるために用いられる。結合相全体に対して0.1wt%以上7.0wt%以下の含有量とすることで超硬合金の硬さを大きく低下させず,かつ固溶体または複合体の分散を達成することができる。
【0040】
(6)炭化ニオブ(NbC)の含有量
TaCに代えて用いることができる炭化ニオブ(NbC)についてもTaCと同様に結合相全体に対して0.1~7.0wt%程度の含有量が適当である。
【0041】
TaCとNbCの両方を用いることもできる。この場合には,TaCおよびNbCの総量が,結合相全体に対して0.1~7.0wt%とされる。
【0042】
超硬合金を利用した超硬工具の製造工程を概略的に説明する。
図1は超硬工具の製造工程の一例を示すフローチャートである。ここでは,結合相としてコバルト(Co)を主成分とする金属を用いる例を説明する。
【0043】
炭化タングステン(WC)11,チタン酸化物(TiO2)12,タンタル酸化物(Ta2O5)13(ニオブ酸化物(Nb2O5)でもよい。以下同様。),コバルト(Co)14,炭化クロム(Cr3C2)15および炭素(C)16の原料粉末を所定量ずつ円筒形容器に入れ,さらに超硬合金製の多数の小径のボールも円筒形容器に入れ,円筒形容器を回転させる。容器内において原料粉末が粉砕されかつ混合される(ステップ21)(ボールミル)。粉砕効果を高め,かつ粉末の酸化を防止するために,アセトン,アルコール,ヘキサンなどの有機溶媒も円筒形容器に入れられ,これによって円筒形容器内において原料粉末はスラリー(泥状)となる。
【0044】
粉砕混合されたスラリー状の原料粉末は,次にスプレードライヤー法,ミキサー乾燥法等によって乾燥され,これによって原料粉末から有機溶剤が取り除かれる(ステップ22)。
【0045】
有機溶剤が取り除かれた粉砕混合された原料粉末は,金型成形,ゴム型成形,押出し成形などによってプレスされ(押し固められ),所定形状に成形される(ステップ23)。
【0046】
成形品は,窒素ガスが所定分圧で制御された加熱炉内において焼結される(ステップ24)。W-Co-C(タングステン-コバルト-炭素)の三元共晶温度を超える温度で成形品を焼結することによって,WC11を硬質相とし,かつCo14を結合相とする超硬合金(ここでは,WC-Ti(C,N)-TaC-Cr3C2-Co)となる。
【0047】
上述したように粉砕混合された原料粉末には炭素(C)16が配合され,かつ加熱炉は窒素雰囲気であるので,原料粉末の一つであるTiO212が加熱炉内において炭窒化されて,上述したようにTi(C,N)が生成される。タンタル酸化物(Ta2O5)については,タンタル(Ta)の窒素(N)との結合力が弱く,このため窒素とは結合せず炭素と結合する。焼結によってタンタル酸化物(Ta2O5)から炭化タンタル(TaC)が生成される(ステップ24)。
【0048】
超硬合金にはごく微小のポア(巣)が含まれることがある。このポアを除去するためにHIP(Hot Isostatic Pressing)(熱間静水圧加圧法)が行われる(ステップ25)。たとえば5~100MPaのガス圧のアルゴンガスが加えられ,これによってポアが除去される。
【0049】
最後に,形状加工,被覆加工等が行われることで,超硬合金を利用した超硬工具(切断用工具,切削用工具,耐摩耗用工具など)が製造される(ステップ26)。
【0050】
図2は超硬合金を利用した超硬工具の製造工程の他の例を示している。
図1に示す製造工程とは,タンタル酸化物(Ta
2O
5)13に代えて炭化タンタル(TaC)13Aが出発原料とされている点が異なる。この場合も,焼結処理(ステップ24)ではチタン酸化物(TiO
2)12からチタン炭窒化物(Ti(C,N))が生成される。
【0051】
表1は,出発原料にタンタル酸化物(Ta
2O
5)13を用いて製造した,すなわち
図1に示すフローチャートにしたがって製造した超硬合金(i~iv)のサンプルと,出発原料に炭化タンタル(TaC)13Aを用いて製造した,すなわち
図2に示すフローチャートにしたがって製造した超硬合金(v~viii)のサンプルについての硬さおよび平均抗折力の測定結果を示している。i~ivのそれぞれ,v~viiiのそれぞれは,炭化タンタル(TaC)の含有量(0.25~1.00wt%)を変化させて製造したもので,WCの粒径(0.4μm),Ti(C,N)の含有量(1.3wt%),Cr
3C
2の含有量(0.2wt%)およびCoの含有量(10wt%)はすべてのサンプルについて統一している。
【0052】
【0053】
図3は,横軸をTaC含有量,縦軸を平均抗折力とするグラフによって表1の測定結果を示している。
【0054】
上述のように,この実施例に示す超硬合金は,Ta
2O
513を出発原料に用いても(
図1),TaC13Aを出発原料に用いても(
図2),製造することができる。しかしながら,製造された超硬合金の硬さおよび平均抗折力を測定したところ,
図3のグラフから明確なように,平均抗折力に大きな差が生じ,Ta
2O
513を出発原料に用いて製造した超硬合金(サンプルi~iv)の方がTaC13Aを出発原料に用いて製造した超硬合金(サンプルv~viii)よりも平均抗折力が高くなることが分かった。平均抗折力は,超硬合金を構成する硬質相の粒度(粒径)や超硬合金に占める結合相の含有量に影響を受けることが知られているが,超硬合金にTaCを含ませるための出発原料(添加方法)によっても平均抗折力に影響が生じることが分かる。平均抗折力の高い超硬合金を製造する場合には,出発原料としてTa
2O
513を用い,これを焼結中に炭化させるのがよい。このことは,TaCに代えてまたは加えてNbCを超硬合金に含有させる場合も同様と考えられる。
【0055】
表2~表4は,チタン炭窒化物(Ti(C,N))の含有量,炭化タンタル(TaC)の含有量,炭化ニオブ(NbC)の含有量,炭化クロム(Cr3C2)の含有量およびコバルト(Co)の含有量を適宜変化させることによって作製された多数の超硬合金(サンプルNo.1~No.68)のそれぞれについての,硬さおよび平均抗折力の測定結果を示している。炭化タングステン(WC)の平均粒径(0.4μm)はすべてのサンプルについて統一している。また,すべてのサンプルについて,Ti(C,N),TaC,NbCは,いずれも酸化物(TiO2,Ta2O5,Nb2O5)を出発原料として用いることで超硬合金中に含有させた。
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
硬さ(HRA)はロックウェル硬度計(Aスケール)を用いて測定した。平均抗折力(GPa)は,一つのサンプルについて複数回の3点曲げ試験を実施して複数の抗折力を得,これを平均した値である。
【0060】
硬さに着目すると,No.1~No.68のサンプルは,いずれも既存の超硬合金が備える硬さ(HRA92.0以上)と同程度以上である。他方,平均抗折力を見ると,No.1~No.6のサンプル(表2参照)には既存の超硬合金の平均抗折力(3.0GPa以上)に満たないものが含まれている。No.7~No.68のサンプルはいずれも既存の超硬合金の平均抗折力と同等以上である。No.1~No.6のサンプルはTi(C,N)を含まず,No.7~No.68の超硬合金はいずれもTi(C,N)を含むことから,Ti(C,N)の有無が超硬合金の抗折力に大きく影響を及ぼすことが分かる。
【0061】
No.7~No.10,No.11~No.15,No.16~No.24,No.25~No.30,No.31~No.36,No.37~41,No.42~46の各グループは,いずれも,Ti(C,N),Cr3C2およびCoの含有量を固定し,TaCの含有量を変化させて作製した超硬合金のサンプルである。各グループ間においてはTi(C,N)の含有量を0.4~3.0wt%の範囲で変化させている。
【0062】
図4は,Ti(C,N)を含まずかつTaCおよびNbCのいずれも含まないサンプル(No.1),Ti(C,N)を含まずかつTaCを含むサンプル(No.2~No.4),Ti(C,N)を含みかつTaCおよびNbCのいずれも含まないサンプル(No.16),Ti(C,N)を含みかつTaCを含むサンプル(No.17~No.22)について表1~表4に示す測定結果をプロットした,横軸をTaC含有量,縦軸を平均抗折力とするグラフを示している。
【0063】
Ti(C,N)を含むNo.16~No.22のサンプル(黒丸)は,Ti(C,N)を含まないNo.1~No.4のサンプル(白丸)と比較して平均抗折力に優れていることが分かる。また,Ti(C,N)に加えてTaCを含有させることで平均抗折力が向上すること,しかしながらTaCの含有量が多くなると平均抗折力が低下していることも分かる。TaC含有量が0.25~1.00wt%のときに平均抗折力はピークを示しており,それよりもTaC含有量が少ないときおよび多いときに,平均抗折力は低下している。平均抗折力に着目すると,0.25~1.00wt%程度のTaCをTi(C,N)とともに超硬合金に含有させると最も効果的である。
【0064】
表3のNo.25~No.30,No31~No.36,No.37~41,No.42~No.46の各グループの超硬合金についても,上述と同様に,Ti(C,N)に加えてTaCを含有させることによって平均抗折力が向上し,TaCの含有量が0.25~1.00wt%のときにピークを示し,それ以上のTaCを含有させると平均抗折力が低下している。
【0065】
表4のNo.47~No.52のグループはTaCに代えてNbCを添加した超硬合金であり,No.53~No.60のグループはTaCとNbCの両方を添加した超硬合金である。TaCに代えてNbCを添加しても,TaCに加えてNbCを添加しても,おおよそ同様の現象がみられる。
【0066】
図5は,Ti(C,N)およびTaCの両方を含む超硬合金において,Ti(C,N)およびTaCの全体(すなわち,粒成長抑制および分散相)を占めるTaCの割合を変化させたとき,すなわちTi(C,N)とTaCの含有比率を変化させたときに,平均抗折力がどのように変化するかを示すグラフである。横軸がTaC/(Ti(C,N)+TaC)(wt%比)の値であり,右に行くほど(Ti(C,N)+TaC)を占めるTaCの含有量が多いことを示している。
図5にはTi(C,N)の含有量を1.3wt%としたサンプルNo.16~No.22(表2参照)が代表として示されている。
【0067】
図5から,TaC/(Ti(C,N)+TaC)の値(wt%比)が0.10~0.50であるときに平均抗折力が高くなっている。すなわちTi(C,N)およびTaCの両方を超硬合金に含ませる場合,Ti(C,N)はTaCより多く含ませるべきであることが分かる。また,表1~表4に示す測定結果からは,TaC/(Ti(C,N)+TaC)の値が0.10~0.50であっても,Ti(C,N)を0.4wt%と比較的少なくしたり(No.7~No.10),3.0wt%と比較的多くしたり(No.42~No.46)すると,平均抗折力がやや小さくなる傾向もある。上記含有比率において,すなわち,No.7~No.10,No.42~No.46を除くと,超硬合金には0.9~2.6wt%程度のTi(C,N)を含ませるのが適当であると考えられる。
【0068】
図6は,コバルト(Co)含有量(wt%)を横軸とし,炭化タンタル(TaC)含有量を縦軸とするグラフに,表4に示すNo.61~No.64のサンプルの超硬合金,ならびに従来製品である2つの超硬合金A,Bの測定結果をプロットしたものである。超硬合金Aの組成はWC-0.9wt%Cr
3C
2-0.6wt%TaC-12wt%Co,超硬合金Bの組成はWC-0.8wt%TaC-0.2wt%NbC-6wt%Coであり,いずれもTi(C,N)を含まない。
【0069】
Co含有量およびTaC含有量の増減に伴う晶出領域および残留領域の関係を示す
図6のグラフは,村上嘉三,武田恒雄,土屋信次郎,「WC-TaC-Co合金におけるTaCの異常組織について」,粉体および粉末冶金,一般社団法人粉体粉末冶金協会,1968年1月15日発行,第15巻第1号,pp.14-18に基づく。
【0070】
TaCは結合相(Co)に溶解するが,TaC溶解度以下の量のTaCを添加すると,冷却後に晶出組織(斑状組織)が生じ,TaC溶解度以上の量のTaCを添加すると,冷却後に残留組織が生じる。
図6に示す破線は,晶出組織を生じるCo含有量およびTaC含有量の領域(晶出領域)と,残留領域を生じるCo含有量およびTaC含有量の領域(残留領域)を区画するものである。
【0071】
図7はTaCを含む超硬合金A(WC-0.9wt%Cr
3C
2-0.6wt%TaC-12wt%Co)の光学顕微鏡写真(400倍,食刻あり)であり,写真中に黒く映っている斑状組織がTaCである。
図6のグラフに示すとおりに,超硬合金Aでは組織中にTaCが晶出しているのが分かる。焼結時にTaCはCoに溶解するが,冷却を経ることで晶出し,これによってTaCが組織中に斑状に現れたものである。核がないことから晶出後のTaCは不均質に(斑状に)出現する。不均質なTaCの存在は超硬合金の特性(抗折力および硬さ)を低下させる。
【0072】
図8はTaCおよびNbCを含む超硬合金B(WC-0.8wt%TaC-0.2wt%NbC-6wt%Co)の光学顕微鏡写真(400倍,食刻あり)であり,写真中に黒く映っているのがTaCおよびNbCである。
図6のグラフに示すとおりに,超硬合金Bでは組織中にTaCおよびNbCが溶けきらずに残留しているのが分かる。晶出(
図7)に比べると残留するTaCおよびNbCは均質であるものの,残留したTaCおよびNbCを核として粒径が大きくなるので,やはり超硬合金の特性は低下する。
【0073】
図9~
図12はNo.61~No.64のそれぞれの超硬合金のサンプルの光学顕微鏡写真(400倍,食刻あり)である。
【0074】
図6に示す上述した文献に基づくグラフによれば,No.61~No.64の超硬合金は,いずれも
図7に示すようにTaCが晶出するはずである。ところが,No.61~No.64の超硬合金のすべてについて,光学顕微鏡ではTaCの晶出組織を確認することができなかった。Ti(C,N)の晶出または残留も確認されなかった。
【0075】
図13および
図14は,No.63およびNo.64のサンプルのそれぞれについてCo含有量を維持しかつTaC含有量を2倍にして試作した超硬合金の光学顕微鏡写真(400倍,食刻あり)である。
図6に示すグラフによれば,
図8に示すようにTaCが残留するはずであるが光学顕微鏡写真では残留組織を確認することはできなかった。Ti(C,N)の晶出または残留も確認されなかった。
【0076】
図7および
図8に光学顕微鏡写真を示す従来の超硬合金AおよびBの組成とNo.61~No.64の超硬合金の組成を比較すると,TaC,NbCに加えてTi(C,N)が含まれている点が異なっており,TaC,NbCとTi(C,N)の組み合わせが,TaC,NbCの晶出および残留を無くしている,すなわち光学顕微鏡で確認することができるほどの大きさのTaC,NbCを組織中に晶出または残留させず,TaC,NbCを組織中に細かく分散させて存在させていると考えることができる。Ti(C,N)の晶出または残留も確認されず,Ti(C,N)とTaC,NbCとの組み合わせは,Ti(C,N)も細かく分散させていると考えることができる。光学顕微鏡写真によれば,Ti(C,N)とTaCおよび/またはNbCとの両方からなる固溶体または複合体が,超硬合金中に細かく分散して存在すると考えられる。
【0077】
図15~
図18はNo.61~No.64の超硬合金のサンプルのそれぞれの走査電子顕微鏡写真(5,000倍)である。
【0078】
図15~
図18に示す写真と表4のNo.61~No.64の組成とを参照して,結合相であるCoが少ないほど(No.61からNo.64に向かうにつれてCo含有量は少なくなっている),WC粒子間の距離が狭くなり,超硬合金の硬さが高くなっている。もっとも,表4に示す測定結果によれば,Co含有量の減少に伴って硬さは高くなるものの,平均抗折力は次第に小さくなる。硬さ(硬度)と抗折力(強度)のバランスを考慮してCo含有量は適宜調整すればよい。
【0079】
表4に示すNo.65~No.68の超硬合金のサンプルを参照して,No.65~No.68の超硬合金はいずれもTi(C,N)およびTaCを含む超硬合金であり,Cr3C2の含有量を変化させたものである。Cr3C2についても,これを含有することによって平均抗折力が向上し,しかしながら0.50wt%程度をピークとして,それ以上のCr3C2を添加すると平均抗折力が低下することが分かる。
【0080】
Ti(C,N)に加えてTaCまたはNbCを含み,さらに好ましくはCr3C2を含み超硬合金は,硬さおよび抗折力に優れるので,切削工具または耐摩耗性部材として用いると,耐摩耗性に優れたものを製造することができる。以下,Ti(C,N),TaCおよびCr3C2を含む超硬合金を用いたドリルおよびインサートチップの評価試験結果を説明する。
【0081】
図19はドリルの先端部分(刃部)を拡大して示している。
【0082】
ドリル1は,先端のチゼル11,チゼル11の両側にのびる2つの切れ刃12,切れ刃12に連続する逃げ面13,逃げ面13に連続する二番取り面14,二番取り面14の頂部を形成するマージン15,および切削材料の切りくずが流れるすくい面16を備えている。
【0083】
高速回転するドリル1がその先端から被加工材に押し当てられる。被加工材はチゼル11およびチゼル11につながる切れ刃12によって切削される。ドリル1を被加工材に向けて送り出すことで被加工材が切削され,被加工材にはドリル1の直径に相当する孔があく。
【0084】
チゼル11および切れ刃12は被加工材に直接に接触するので次第に摩耗する。チゼル11および切れ刃12のみならず,切れ刃12に連続する逃げ面13およびマージン15の摩耗も避けられない。
【0085】
図20はインサートチップを拡大して示す斜視図である。
【0086】
インサートチップ2は,切れ刃21,逃げ面22およびすくい面23を備えている。切れ刃21によって材料が切削され,切削された材料はすくい面23に沿って流れる。逃げ面22とすくい面23の稜線が切れ刃21となる。高速回転する被加工材の表面にインサートチップ2の切れ刃21が押し当てられると,被加工材の表面がインサートチップ2によって削り取られる。被加工材の回転軸の軸方向に沿って(被加工材の長手方向に沿って)インサートチップ2を移動させることで,被加工材の表面が旋削される。インサートチップ2についても,切れ刃21のみならず,切れ刃21に連続する逃げ面22およびすくい面23も次第に摩耗する。
【0087】
(穴あけ試験)
表5は穴あけ試験に使用した6種類の超硬合金製ドリル1(実施例1および比較例1~5)を構成する超硬合金の組成(成分ごとの量),ならびに焼結後のWC粒径,硬さおよび平均抗折力を示している。WCの量に記載の「bal.」は残部量であることを表す。結合相としてのCoの含有量(10wt%)は実施例1および比較例1~5において統一している。
【0088】
【0089】
硬さはロックウェル硬度計(Aスケール)を用いて測定した。平均抗折力は3点曲げ試験により測定した。
【0090】
実施例1の超硬合金は硬質相としてWCを含み,粒成長抑制相および分散相としてTi(C,N)およびTaCを含み,結合相としてCoを含み,さらにCr3C2が添加された,上述した超硬合金である。表5において,WC,Ti(C,N),Coおよび後述するVCについては超硬合金全体を基準とする含有量を示している。Cr3C2は結合相(ここではCo)を基準とする含有量を示している。
【0091】
実施例1の超硬合金がTi(C,N)およびTaCの両方を含むのに対し,比較例1および比較例2の超硬合金はTi(C,N)のみを含み,TaCを含まない。比較例3の超硬合金はTi(C,N)およびTaCのいずれも含まず,粒成長抑制相として炭化バナジウム(VC)を含む。比較例4の超硬合金はTi(C,N),TaCおよびVCのいずれも含まず,その結果として焼結後のWC粒径がやや大きい(0.81μm)。比較例5の超硬合金はさらにCr3C2も含まず,その結果焼結後のWC粒径がさらに大きいものとなっている(1.72μm)。
【0092】
硬さに着目すると比較例2の超硬合金が比較的優れている。他方,実施例1と比較例2の超硬合金の平均抗折力に着目すると,実施例1の超硬合金の平均抗折力が大きく,実施例1の超硬合金の方が比較例2に比べてバランスのよい超硬合金となっている。
【0093】
図21~
図23は,上述した表5に示す6種類の超硬合金を用いて作製した直径6mmのドリル1(
図19参照)を用いた穴あけ試験の試験結果を示している。
図21~
図23に示すグラフにおいて横軸は被加工材に開けた穴の数である。縦軸については,
図21はチゼル11の摩耗量(mm)を,
図22は逃げ面13の摩耗量(mm)を,
図23はマージン15の摩耗量(mm)を,それぞれ示している。
図21~
図23のグラフには,実施例1の超硬合金を用いて作製したドリル1のグラフが実線によって,比較例1~5の超硬合金を用いて作製した超硬合金製ドリルのグラフが破線によって,それぞれ示されている。後述する,超硬合金に被覆を施したもの(被覆超硬合金)の試験結果と区別するために,
図21~
図23に示すグラフの左上に「被覆なし」を明示する。
【0094】
穴あけ試験では被加工材(被削材)としてS50C(HRC34)を用いた。被加工材をノンステップで穿孔し,被加工材に深さ20mmの止まり穴を次々とあけた。穿孔中,外部から水溶性クーラントを適宜供給した。ドリル1の回転数は4700rpm,送り量は600mm/minとした。
【0095】
図21~
図23のグラフの終点はドリル1が寿命に達したためにそこで穴あけ試験を終了したことを示している。ドリル1の寿命判断には,所定量の摩耗(たとえばチゼル11の摩耗量が所定量に到達したとき)の他,ドリル1の折損発生,0.5mm以上のカケ発生,切削くずの形状異常の発生,切削時の異音発生などが用いられる。
【0096】
寿命に達したときの穴数は,実施例1の超硬合金製ドリル1は約460,比較例1の超硬合金を用いると約420,比較例2の超硬合金を用いると約170,比較例3の超硬合金を用いると約140,比較例4の超硬合金を用いると約140,比較例5の超硬合金を用いると82であった。
【0097】
図21~
図23を参照して,実施例1の超硬合金製ドリル1は,すなわちTi(C,N)およびTaCの両方を含む超硬合金を用いて作製したドリル1は,比較例1~5の超硬合金製ドリル1に比べて耐摩耗性に優れることが分かる。
【0098】
図24~
図26は,表5に示す6種類の超硬合金を用いて直径6mmのドリルを作製し,これに物理気相蒸着法(PVD)を用いてTiAlNを被覆した6種類のドリル1を用いた穴あけ試験の試験結果を示している。
図21~
図23と区別するために,
図24~
図26に示すグラフの左上に「被覆あり」を明示する。
【0099】
寿命に達したときの穴数は,実施例1の超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超硬合金製ドリル1は約2600,比較例1の超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超硬合金を用いると約2000,比較例2の超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超硬合金を用いると約2500,比較例3の超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超硬合金を用いると約1200,比較例4の超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超硬合金を用いると約1300,比較例5の超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超硬合金を用いると約900であった。
【0100】
図24~
図26を参照して,実施例1の超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超硬合金製ドリルは,比較例1~5の超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超硬合金製ドリルに比べて耐摩耗性にかなり優れることが分かった。基材(母材)となる超硬合金と被覆されるTiAlNとに同一元素(Ti)が含まれるために両者の密着性が良好になって寿命が伸びたと考えられる。
【0101】
(旋削試験)
表6は,旋削試験に使用した4種類の被覆超硬合金製インサートチップ2(実施例2,比較例6~8)を構成する超硬合金の組成(量),ならびに焼結後のWC粒径,硬さおよび平均抗折力を示している。
【0102】
【0103】
実施例2の超硬合金がTi(C,N)およびTaCの両方を含むのに対し,比較例6の超硬合金はTi(C,N)のみを含み,TaCを含まない。比較例7の超硬合金は逆にTaCのみを含み,Ti(C,N)を含まない。比較例8の超硬合金はTi(C,N),TaC(さらにはVC)のいずれも含まない。また,実施例2ならびに比較例6および7は表6に示す組成を持つ超硬合金に物理気相蒸着法(PVD)用いてTiAlNを被覆した被覆超硬合金であり,比較例8は表6に示す組成を持つ超硬合金にTiAlNおよびCrAlNを交互に複数層,被覆したものである。
【0104】
図27は,表6に示す4種類の被覆超硬合金を用いて
図20に示す形状のインサートチップ2を作製し,これに物理気相蒸着法(PVD)用いてTiAlN(実施例2,比較例6および7),またはTiAlNおよびCrAlN(比較例8)を被覆した4種類のインサートチップ2を用いた旋削試験の試験結果のグラフを示している。
図27のグラフにおいて横軸は切削距離を,縦軸は逃げ面22の摩耗幅(mm)を示している。
図27のグラフには,実施例2の超硬合金を用いて作製した被覆超硬合金製インサートチップ2のグラフが実線によって,比較例6,7および8の超硬合金を用いて作製した被覆超硬合金製インサートチップのグラフが破線によって,それぞれ示されている。
【0105】
旋削試験では,被加工材(被削材)として直径80mmのS45C製のみがき丸棒を用いた。切削速度は160m/min,送り量は0.2mm/rev,切込み量は2.0mmとし,旋削中に水溶性切削油を適宜供給した。
【0106】
インサートチップ2の寿命(旋削試験の終了)を0.2mm以上の逃げ面摩耗が発生したときとした。
【0107】
寿命に到達したときの切削距離は,実施例2の超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超硬合金製インサートチップ2は約45,000m,比較例6の超硬合金を用いると約27,000m,比較例7の超硬合金を用いると約8,000m,比較例8の超硬合金を用いると8,100mであった。実施例2の超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超硬合金製インサートチップ2は,比較例6~8の超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超硬合金製インサートチップに比べて耐摩耗性にかなり優れることが分かる。
【0108】
上述では超硬合金製ドリル,被覆超硬合金製ドリルおよび被覆超硬合金製インサートチップに関する試験結果を説明したが,ドリルまたはインサートチップ以外の切削工具または耐摩耗部材についても,従来に比べて耐摩耗性に優れる結果が得ることができる。また,上述ではTiAlNを硬質被膜として用いている。TiAlN以外のTiを含む硬質被膜,具体的にはTiC,TiN,TiSiNおよびTi(C,N)についても,TiAlNと同等の耐摩耗性の向上に寄与すると考えられる。TiAlN,TiNおよびTi(C,N)の3種類の硬質被膜についてそれぞれ同一条件のもとでスクラッチ試験をしたところ,いずれについても膜剥がれは発生せず,これらの3種類について性能差は確認することができなかった。いずれにしても,少なくともTiを元素に含む炭化物,窒化物,炭窒化物,酸化物およびこれらの相互固溶体を硬質被膜として用いれば,上述した超硬合金と良好に密着し,切削工具ないし耐摩耗部材として用いた場合の寿命が大幅に伸びると考えられる。
【符号の説明】
【0109】
11 炭化タングステン
12 チタン酸化物
13 タンタル酸化物
14 コバルト
15 炭化クロム
16 炭素